妹紅は警戒心が非常に強い。
慧音は傍らの水筒を傾け蓋に水をあけると、僅かに唇を湿らせてから再び双眼鏡を取り上げた。
竹林のこの場所に今回のテントを構えてからもう三日になる。未だ、妹紅が罠にかかる気配は無い。
慧音が身を伏せているテントから五十歩ほど離れた位置に、棒をつっかえにして一端を持ち上げた大きなカゴがある。棒には紐が結わえてあり、それを辿って来ると先端は慧音の左手の内にある。すなわち、獲物がカゴの下まで来れば、慧音が紐を引く事により棒が倒れ、カゴが獲物の上にかぶさるという画期的な罠である。
カゴの下には皿に乗ったコンニャクがある。元はぷるぷるとして実に食欲をそそる艶を誇っていたそれは、時の経過と共に潤いを失い、今やぱさぱさになっていた。
「ううむ…」
双眼鏡を持った右手で額に浮いた汗をぬぐいながら慧音は呻いた。
「コンニャクもだめか…」
妹紅の生態は全くと言って良いほど解明されていない。極めて目撃数が少ないのである。従って、妹紅が何を好んで食べるのかもまた不明なままだ。慧音は手探りのまま試行錯誤を続けて来たのであった。今までに慧音の用意した食材は優に二十を超える。納豆、ミミガー、イナゴの佃煮、スッポンの生血、リグル、メッコール、靴下などなど――――いずれも、妹紅を捕らえるには至らなかった。
あそこの枝先に溜まった水滴が落ちるまで待ってから、コンニャクを次の食材に取り替えよう、と慧音は思った。残る食材のストックは高麗人参しか無い。いずれにせよあまり逗留が長くなると己の体臭が気取られて余計に妹紅が警戒して寄り付かなくなる。高麗人参でも駄目ならば今回もまた出直すしかないだろう。
枝先の水滴は少しずつ丸々と太り、やがてぴちょりと地面に落下した。慧音はため息をつき、双眼鏡を下ろした。
鞄をごそごそやって高麗人参を引っ張り出し、テントからもぞもぞと這い出す。少し湾曲しながら際限無く伸び続ける竹の群に遮られて直接陽の光は届かないが、そろそろ正午も近い頃合と見える。竹林は湿気が酷く、夜は肌寒いし昼は蒸し暑い。テントの中はなおさら環境が悪い。襟元を扇いで息をつく慧音の遥か頭上を、鋭い鳴声をあげて何かの鳥が過ぎた。
念の為に注意深く周囲を見回しながら、慧音はゆっくりと罠の方へ歩いて行く。どこを見ても同じような竹林には、相変わらず妹紅の影も形も無い。皿の上の干からびたコンニャクを高麗人参と取り替え、罠の具合を点検してから再びテントへと戻る。入り口でスカートの裾に付着した泥を払い落としながら、再び慧音はため息をついた。
「……」
物音を立てぬよう身動き一つせずに双眼鏡のレンズをのぞき続けるのは、実際苦行と言っても良い。双眼鏡の地味な重さが堪えた。首が、肩が、背中が凝り固まって、ほんのわずか身じろぎする度にぎいぎいと悲鳴を漏らすのを聞きながら、なお慧音は待った。風も無く辺りは全くしんとしている。暑い。頬から顎へと伝う汗が鬱陶しい。
「……」
軽く首を振って慧音は双眼鏡を下ろし、水筒を傾けたが、蓋には数滴がとと、と落ちたのみだった。思わず軽く舌打ちをしてから、ゆっくりと最後の水を舐めた。潮時か、という言葉を脳裏によぎらせつつ、それでも諦め切れずに慧音は双眼鏡を取り上げる。
ふと、何かの物音を慧音の耳が捉えた。…気のせいか? 慧音が慎重に感覚の余韻を吟味していると、再び物音が聞こえた。最早間違いようも無い。慧音はじっと息を殺して全神経を耳に集中させた。物音は規則的に、少しずつこちらへと接近して来る。足音だ。慧音からは死角となる、テントの後方から何者かがこちらへと近付いている。慧音の心臓が早鐘を打つ。
足音はテントの後方から側面を回り、入り口の前で止まった。
慧音はからからに乾いた口内から無理矢理に唾を飲み込む。んぐ、と喉が情けない音を立てた。身を起こしてのぞき穴から外を見るべきか否か――身を震わせながら慧音は逡巡した。そして、意を決して慧音が顔を上げた刹那。
「先生」
「みゃい!?」
いきなり入り口を開けて人影がかがみ込んで来たので慧音は目を白黒させた。ばっくんばっくんばっくんばっくん、と胸は大暴れしている。
「どうしたんですか? 奇声なんて上げて」
「――じょ、助手の阿求君ではないか…」
テントに入って来た阿求は露骨に顔をしかめた。
「ここ、暑いです」
「ああ…」
「しかも先生、ちょっと汗臭いですよ」
「……」
くんくん、と鼻を動かす阿求。テントの中は狭く、身を起こした慧音と阿求は正座して膝を突き合わせる格好となる。
「くんくん、くんくん」
「ちょ、阿求さん… 嗅ぎ過ぎじゃないですか」
「くんくんくくん、くんくくん」
「そんなに嗅いだら恥ずかしいだろ! しかもキモい!!」
顔を真っ赤にして身をかき抱く慧音を見て、阿求もようやく正気を取り戻した。
「そんなに大量にフェロモンを振り撒いて私をどうするつもりだったんですか? 油断も隙も無い。少しは自重して下さい」
「何故私が怒られるのだろうか…」
阿求は慧音の非難もどこ吹く風、正座を崩して掌でしきりに首元をぱたぱたやっている。
「で、何しに来た」
「何しに来た、って。あんまり遅いから心配になって見に来たんですよ」
「そうか、それはすまなかったな。それで、着替えでも持って来てくれたのか?」
「まだ続ける気なんですか? 持って来る訳ないでしょう、一緒に連れて帰るつもりでいたのに」
阿求の冷ややかな眼差しに晒されて慧音はむう、と唸った。が、やがて阿求を見つめる瞳が妖しく輝き出した。
「阿求君」
「何でしょうか」
「服を脱いでくれ」
「はぁ!?」
今度は阿求が身をかき抱いて顔を真っ赤にする番であった。「や、やぶさかではないけれども場所が場所だし心の準備ってものもあるじゃないですかそんな強引な先生も悪くないけどむしろすごくいいけどだめよだめだめだめなのよ」などと胡乱な言葉を口走る阿求。
「きゅ、急に何を言い出すんですか!」
「いやいや阿求君。落ち着いて聞いてくれ。まず君が服を脱ぐ」
「はい」
「次に私が服を脱ぐ」
「はい」
「次に君が脱いだ服を私が着る」
「はい」
「次に私が脱いだ服を君が着る」
「はい」
「君はそのまま一人で汗まみれの私の服を着て帰って、家で洗濯しておいてくれたまえ」
「発想が鬼畜!!」
阿求は大変に憤慨した。が、冷静になって考えてみると、それはそれで悪い提案ではない気がしてきた。慧音が三日間着用した衣服を身にまとって人里まで帰る、それ何てご褒美?
「しかし、サイズ的に無理だな。ううむ、残念だ」
「なんで胸の辺りを見ながら言うんですか! 殺す!」
期待を裏切られた上にウィークポイントをえぐられて阿求はこの上なく傷付いた。
「っていうか、何で先生がそこまでして妹紅に執着するのかわかりません。大人しく帰りましょうよ」
「…阿求君は妹紅を見た事が無かったな? あれを目にした者は…炎に身を焦がさずにはいられないのだ」
「そんなものですかねえ」
今も鮮やかに慧音の心奥深くに焼き付いている、妹紅との邂逅。
満月の夜だった。獣人化した慧音は昂ぶる気を静める為に竹林を散歩していた。当ても無く彷徨い、飽きる事無く眼前に現れ続ける竹共を眺めながら、慧音はとりとめも無い思考を弄んだ。里の事、寺子屋の事。人間と妖怪について。生と死について。普段のロジカルな思考はそのままに、思考する意識そのものが大きな情動の波に乗って揺られているような、そんな感覚を、慧音は嫌いではなかった。
やや、開けた場所に出た。ぽかりと浮かんだまん丸の月が見えた。慧音の中の獣の血が騒ぎ、細胞一つ一つが震える。その時、慧音は時の流れと人間の死について考えていた。ふわりと船が高波に持ち上がるように、慧音の感情の器は突如溢れ出してしまった。どうにも堪え切れぬ寂寥の念に突き動かされて、慧音は膝を折り、声を上げて泣き出した。
そんな、時の流れを嘆く声に誘われたかのように、妹紅は現れた。
跪いた慧音と、遥か空で輝く満月。その間を、真紅の炎の翼を広げて、妹紅は横切った。
呆然として、天使の羽が如く舞い落ちる火の粉を思わずその手に受け止める。
慧音の掌から零れ落ちていく人間の生命のように、それはちらちらと輝いた後、消えて行く。
恐らく、それは一瞬の事だったのだろう。
そして、その一瞬が、それまでの慧音を新しい慧音へと塗り替えてしまったのである。
今も、慧音は、あの時目に映った炎の翼に身も心も焼かれている。
慧音が惹かれて止まない生命の灯の煌き、その凝縮されたあの美を、求めずにはいられない――
「これが、その夜に妹紅が落としていったもんぺだ。裏に名札が縫い付けてあったので妹紅という名前がわかったのだ」
「いや、もんぺ落として行くっておかしくないですかね」
遠い目でうっとりと語る慧音を阿求は白い目で睨んだ。
「妹紅の素晴らしさがわからないとは、それでも助手かね阿求君は」
「いや、アルバイトですし。ビジネスじゃないですか」
「まあいい。私はもう少しここに残るから、阿求君は帰りなさい。気をつけてな」
はぁ~、と大げさに肩をすくめてため息をついてみせた阿求は、傍らに置いていた風呂敷包みを「はい」と言って差し出した。
「何だ、これは?」
「お昼ごはんですよ。本当は帰り道、ピクニックでもしながら二人で食べようと思ってたんですけど。もう、いいです。諦めました」
ふくれっ面の阿求の顔をしばらく見つめてから、慧音は笑い出した。「ありがとう」と礼を言うと「別に」と言いながら余計に顔を赤くしてふくれるのでなお可笑しい。
「本当にかたじけない。中身は何だ?」
「ただのおむすびです。あまり凝った物は作れないので…」
風呂敷の中には水筒とおむすびが入っていた。稗田家の御阿礼の子ともなれば家事などろくすっぽやった事はないだろう。少々不恰好なおむすびが微笑ましい。
「こいつは本当に美味そうだ。具はなんだろうな」
「梅干と、鮭と…普通ですよ」
恥ずかしげに答える阿求の頭を思わずぐりぐりと撫でてやる。「やめて下さい」と言いながら、満更でもなさそうな阿求。
「さて、それじゃあ早速」
そう言って慧音はおむすびを手に取り、テントの入り口の方へ這い進もうとする。
「どこに行くんですか?」
「罠におむすびを仕掛けに行くんだ」
「あきれた…!!」
余りのショックに怒りを通り越して絶望の表情を浮かべる阿求を、怪訝な目で見る慧音。
「可愛い助手が二人で仲良く食べるつもりで不器用ながら一生懸命作ったおむすびをあろう事か罠に仕掛けるとか! あり得ない! マジあり得ない!!」
「いや、それだけ美味しそうなおむすびだと私は評価したからこそ罠に仕掛けようとしているのだが」
「信じらんない!『仕事と私とどっちが大事なの』ってくだらない質問する女の気持ちが今ならわかる!」
「阿求君はアルバイトで、これはビジネスだろう。先程自分で言っていなかったか?」
「ぷっつーん! もういいです… 先生に何かを期待すること自体間違ってるんです…」
がくりとうなだれて抜け殻となった阿求をテントに残し、いそいそと罠におむすびを仕掛ける慧音。心なしか、弾む足取りでテントに帰って来る。
「ふふふ、妹紅よ。おむすびの魅力に負けてやって来るがいい。きっと捕らえてやるぞ」
「どうでしょうね。先生すら負かす事の出来ない程度の魅力しか無いおむすびですからね…うふふ」
「そうしょげるな。干からびた高麗人参でも食べるか?」
「食べませんよ!!」
阿求の持って来た水筒で喉を潤してから、慧音はお決まりの監視スタイルを整えた。
「もう完全に仕事モードなんですね…」
「おかげ様でもうしばらく頑張れそうだからな」
面白く無さそうに鼻を鳴らしてから、阿求は慧音の横に腹這いになって並んだ。
「帰らないのか」
「助手ですから」
「そうか。まあ、静かにな」
再び、静寂が訪れた。陽も天頂を過ぎ、テント内部の暑さはいよいよ最高潮。しかも狭い空間に身を寄せ合うようにしているのだから、最早蒸し風呂同然の耐え難さである。慧音は双眼鏡を構えたままじっと動かず、阿求は自身と慧音を交互に手にした団扇で緩やかに扇ぐ。
妹紅は現れない。
「……」
「……」
「……」
「…先生」
「……」
「…先生」
「…何だ」
「暑い」
「我慢しろ」
「……」
「……」
「退屈です」
「…帰れ」
ぐにゃぐにゃにだれている傍らの阿求をちらりと見やり、慧音は目を閉じて嘆息した後、双眼鏡を下ろした。段々と竹林は薄暗くなりつつあったが、蒸し暑さは毛ほども改善されたようには思えなかった。
「…おむすびでもだめだ」
「失礼ですね…先生も妹紅も」
投げやりにそう言う阿求は、怒る元気も無い様である。慧音は熱のこもった阿求の髪に指を差し入れて、梳きながら空気を入れてやった。しっとりとした感触が指に残った。
「阿求君、君も随分汗臭くなった」
「いやらしい目で私を見ないで下さい。先生のケダモノ」
「ケダモノ呼ばわりは微妙に私の心の弱い部分に突き刺さるのだが」
「それは失礼。他意はありません。人間とてケダモノに変わりはないのです」
「いやしかし…これはなかなか…」
「ひゃわ!?」
突然慧音が阿求の髪に顔をうずめる様にして匂いを嗅ぎだしたので、阿求は酷く焦った。
「ななななななな何を!? 仕返しですか? 仕返しなんですか!?」
「いやいやこれは。なるほどなるほど。体臭を妹紅に気取られるのは拙いと思っていたが…」
「せ、先生! 恥ずかしいしくすぐったいし! ぞわぞわってしちゃうんで止めて下さい!」
「いやこれは大発見だ、阿求君。でかしたぞ」
「ほぇ?」
阿求は慧音の舌が艶かしくまず上唇を、続いて下唇をゆっくりと舐めるのを見た。慧音の吸い込まれそうな深い瞳の色に釘付けになる。
「阿求君、君は実に美味しそうな匂いがする」
「ぇ…」
阿求の喉が空唾を飲み込んで鳴いた。慧音に肩を掴まれて、思わず全身をびくりと震わせる。耳の後ろ辺りで血管がどくどくと五月蝿い。
「先生…?」
「……」
何も答えない慧音。無表情な彼女の、唇ばかりがてらてらと輝いている。阿求は身を固くし、目を見開き、浅い呼吸を繰り返した。手首を掴まれ、うつ伏せにされる。テントの床越しに頬にあたる地面を感じながら、阿求は背後でしゅるりと布の擦れる音を聞いた。
「ぁ… ゃ…」
そのまま、両手首を背中で縛られる。全身が熱い。喉が萎縮してしまって声が出せない。口から心臓が飛び出しそう。さらに足首も革のような物で縛られる。先生、こんな風にするのが好きなんだ――沸騰しそうな頭で、阿求はぼんやりとそんな事を思った。
「どうせこんな事だろうってわかってましたけど! わかってましたとも!!」
罠の下で縛られた阿求はぎゃあぎゃあと喚いた。
「しーっ。静かにしてくれ。妹紅が警戒して寄り付かなくなるだろうに」
「最っ低! ほんっと最っっ低!! 人でなし!!」
「半獣半人だからな」
「求人の業務内容に『人身御供』なんて書いてなかったんですけど!!」
「こら、騒ぐなと言うに。『簡単な事務作業、雑務、その他雇用主のサポート業務』とあったはずだろう」
「詐欺じゃないですか! 是非曲直庁に訴えてやる!! 太いパイプを持ってるんですからね!!」
「そんなに怒るな。大丈夫、取って喰われる前にきちんと助けに入ってやるから」
「当たり前過ぎるでしょ!! 何言ってんのこの人!!」
「帰ったらいっぱい飴ちゃんやるから。な?」
「阿呆! 飴ちゃんはもらいますけど、それで許しはしませんからね!!」
「しーっ。わかったわかった、後で不満は聞くから、今は罠としての役目を全うしてくれ。いや、待てよ? 泣き叫んでじたばたしていた方が活きがよく映るかも知れん。よし阿求君、もっと泣き叫びたまえ」
「鬼!! 悪魔!! 下黒沢!!!」
「し、しもくろさわ…!?」
すっかり竹林も暗くなり、ようやくむせる様な暑苦しさは遠のいた。そこここから虫達の声が聞こえ始めている。散々喚き散らしていた阿求はとうとう泣き疲れたのか、時折鼻を啜り上げるのみ。慧音はテントに戻り、双眼鏡を構え、紐を握り締めつつ、固唾を飲んでひたすらに待った。
「……」
「……」
「……」
「…ぐすっ」
「……」
「……」
「…?」
急に辺りが明るくなった。慌てて慧音は双眼鏡を上方へと向ける。
「せ、せせせせ先生ぇぇ!!!」
紛れも無い、炎の翼がゆっくりと舞い降りてくる。
ついに、妹紅が現れたのだ。
「そうか! やはりそうだったんだな!」
叫び出したい衝動と荒れ狂う鼓動を抑え付けながら、慧音は手元の手帳に「妹紅の好物は阿求」とメモを書きつける。
「先生ぇ!! 怖いよ!! 助けて!!」
(よしよし、そのまま引き付けろ)
妹紅はゆっくりと羽ばたきながら降下し、阿求の傍に着地した。
「みきゃああ!! 熱い!! 死ぬ!!」
縛られたまま必死でうずくまる阿求の姿が明々と照らし出される。
(今だ!!)
妹紅が阿求の方へ身をかがめた瞬間、慧音は手の紐を思い切り引いた。
ぐらりと傾くカゴ。妹紅に気付く様子は無い。身をぎゅっと縮める阿求。
(妹紅、召し捕ったり――!!)
がっす、とカゴの縁は見事に妹紅の後頭部にヒットした。
「あ」
慧音が漏らしたか、阿求が漏らしたか。あるいは妹紅の漏らした「あ」であったやも知れぬ。
兎にも角にも、「あ」、と言う間の事。
ばしこおおおおおおおぉぉぉぉぉん、と大仰な破裂音と共に妹紅は四散した。
一瞬の閃きに真昼よりも遥かに明るく照らされた竹林は、続いて爆風に大きくかしぐ。
「――」
呆然として硬直する慧音と阿求を、やがて包みこむように降り注ぐ億千の火の粉の明滅。
それはあたかも粉雪のように、地面に到達するや否や吸い込まれるが如く消えていく。
そして最後の一片がふわりと戯れるように阿求の鼻の頭に乗り、消え、――花火は終わった。
まさに祭りの後のような静けさと寂寥感を伴って、竹林は元の暗闇に没した。
「……」
慧音はなんとなく右手を少し持ち上げかけて、特にやり場もなかったので結局下ろした。
幾度か唇をわななかせ、目をしばたき、結局こう呟いた。
「何だこれ」
上空からひいらりふうらりと漂うように何かが舞い降りてくる。
自らの傍に落ちたそれを淀んだ目で一瞥し、阿求は言った。
「もんぺですね」
【妹紅】
竹林に生息する。
体長はほぼ人間の女性と同程度だが、体長の2~3倍の炎の翼をもつ。
警戒心が強く、滅多に人前に姿を現さない。
稗田阿求を好んで食べる。
外的ショックに極端に弱く、わずかな衝撃で簡単に死ぬ。
死ぬ際に木っ端微塵に爆散し、体組織を燃やし尽くす習性がある。
(メモ:極めて種としての生命力が低い為、捕食を不可能とする事により外敵からの攻撃を回避する狙いがあると思われる)
もんぺを好んで履く。
わずかに満月に足りない朧月が心許無く照らす夜道を、阿求を負って帰る。
ざくり、ざくりと音を立てる砂利がちな野道を、黙々と踏んで帰る。
「先生」
「ん」
少し歌うような、間延びした口調で自分を呼ぶ阿求を揺すり上げて、慧音は答えた。阿求は半ば夢の世界にいるものと見える。子供の世話をし慣れた慧音には、背に負うた感触だけでそれがわかる。
「がっかりした?」
「…そうでもない」
特に何も考えずに答えてから、慧音は自分の言葉をしばらく吟味した。そして、やはり自分がそれ程落胆してはいない事を確認し、少し驚いた。
「憧れというものは、手に入らないから憧れなのだろう。少し、安堵しているのかも知れないな」
そう口にしてから、もう少し深い感情が自分の中にあるような気がしたが、それはもう言葉に引きずられて雲散霧消してしまった。
「まだ続けるんですか」
「どうだろうな」
「続けるでしょう」
「そうかもしれん」
「続けるんですよ」
「そうか」
「私はまだクビにならなくて済みますね」
「だとすれば、嬉しいか」
「どうですかね」
「少し、時給を上げてやろうか」
阿求の返答は無く、代わりにすうと吐息が聞こえた。慧音は少し笑って、また阿求を揺り上げた。助手の癖に雇用主の背に負われ、あまつさえ寝るなどとは、昇給どころか幾ばくかの手間賃を給与天引せねばならぬ。
ざくり、ざくりと足を交互に出しながら、慧音は獲物に一切触れずに捕獲する方法をあれやこれやと考え始めた。
懐に手を突っ込んで、干からびたおむすびを取り出して、かじる。
「…梅干か」
ようやく見えてきた里の明かりへ、慧音はこころもち歩調を速めて帰る。
阿求が可愛かったです。
あと、慧音は相変わらずジゴロですね。
読んで字の如く阿求乙女ですね!w
でもきちんと東方の二次創作として飲み込める。
なんだろなあ、貴方のそのバランス感覚。
慧音頭大丈夫かw
あっきゅんが不憫w
阿求が可哀想でなりません
虚人「ウー」とかUMAっぽいって俺も思ってたけど、このお話は貴方にしか書けませんよ。本当に。
報われない阿求がツボ。あと、【妹紅】の項目がポケモン図鑑の声で聞こえるのは俺だけだろうか?
面白かったです!!
妹紅が謎過ぎてときめきが止まりません。そうか、これが変か。
切り口が斬新で面白かったです
それと、僕の好物も阿求ちゃんですので先生、よろしくお願いします!
うぅむ。
あっぱれ。
この絶妙な不条理感がつぼでした。
辛抱たまらないほどに
虫はお気に召さなかったのか、妹紅。