これは身内の話だが、あたいの親友は良くも悪くも大らかである。
いつ、どんな時も底知らずに元気であり、またちょっと頭の回転が遅い。
勿論放っておいたらすぐに地底が爆発するので、今まであたいが世話をしてきたわけだけど。
でも、これが中々堪えるんだよねえ。
え? 世話が辛いってわけじゃないのさ。もう慣れっこなんだし。
むしろ、もっと辛いのは。
「さとりさまー! きゃーさとりさまー!」
「やめ、おくう、胸が! あなたの無駄に大きく妬ましい胸がー! もごもご……」
酔った友人がハグ魔ってことだ。
◆お酒を言い訳にしちゃいけません。◆
おくうがハグ魔になるのは、大体お酒絡みの話の時である。
「あれだよ。おくう、限度を考えてよ」
「え? でもさとりさま、あんなに嬉しそうじゃない」
おくうが指さした方を見ると、床と密着キッスしたさとり様が「もうお嫁さんにいけない……」とさめざめ泣いていた。何かわいらしいこと言ってるんですか。
しかし、今は無礼講というやつである。そもそもおくうにたらふくお酒を飲ませたこいし様がいけないのだ。
あたいは悪くない。相手が無意識だからどうしようもないのである。
問題はその張本人がふらりといなくなったことだが、果たしてどこへ行ったのやら。
「うふふふ。おりんも揉まれたい? ほら、今なら抱いたままゆでたまごを食べさせたげる」
「あたいが気にしてるからって揉むなあ! じゃなくて、まずさとり様をどうにかしようよ」
「んー、まだ起きあがらないねえ。ほら、さとりさまー起きてー」
そう言いながら、おくうはさとり様の小さい体にのしかかっている。あんた起こす気ないでしょ。
本人は全く気付いてないのだが、おくうは恵まれた体をしている。
短いスカートから見える程良く肉付いたふとももなんて、むしゃぶりつきた……こほん! そこを見ただけでも、並の男なら生唾ものだろう。
しかも、女性の中でも長身である。そんなおくうがうつ伏せのさとり様に、さらにうつ伏せで重なっていた。
霊烏路さとりの誕生である。
「さとりさまぁー」
「お、おふう。お、おりん」
「どうかしました? さとり様」
「わ、私はもうダメです。おも……上からの重力が強くて、このままではぺちゃんこにされてしまいます」
「別に重いって言ってくれてもいいんですよ」
「重い助けて!」
ぱたぱたとスリッパで床を叩きながら、正直に助けを求めてくるところ結構堪えているみたいで。
このままでは潰れるのも時間の問題なので、あたいは助けようと手を伸ばすことにする。
しかし、手を伸ばそうとする途中でむにゅっとした感触に阻まれた。
おくうの手である。
「だーめだよおりんー。さとりさまはぁ、こうされるのが嬉しいみたいだからー」
「本当なんですかってさとり様。何今日の天気予報が外れたショックみたいな顔してるんですか」
「い、いいえー。確かにちょっと嬉しい時もありますけど、今は大分苦しくなってきたんですよー」
「そのまま潰れてもいいんですよ?」
「な、非情ですねお燐! あなたもこうなったら同じような口を聞けると思いますか!?」
「おっりーん知ってるよ。実際に体験しないとそんなの全然分からないってこと」
「おにー! あくまー! にゃーん!」
さとり様がぎゃあてぎゃあてと喚く内に、上のおくうは好き勝手して遊んでいる様子。
両手を下にまわして、余すことなく密着しているようだ。
最初の方こそあたいを詰るくらい元気だったさとり様ではあるが、所詮は少女さとり。
終いには床とおくうにサンドイッチされてしまった。ちょっと美味しそうな組み合わせである。
さて、いよいよ万事休すなのか、さとり様がぷるぷるしながら顔を上げ、舌っ足らずの言葉で訴えてきた。
「へ、へるぷみぃ」
「助けてやりたいのは山々ですけど、さとり様の上から視線を感じるんでやめときます」
「やだー! 四連結してないのに消滅はいやー!」
「残念なことですけど、あたいは赤、こいし様緑、おくう緑、さとり様紫ですし、繋がってもムリです」
「ばかな……」
「それに、あたいが百歩譲って緑だとしてもさとり様緑色全然ないじゃないですか」
「この薄情猫ー! 復活したらツナ缶をシュールストレミングにすり替えとくから覚えてなさい!」
「どーん!」
「にゃふん」
辞世の句がにゃふんという何とも後世に伝わりにくい言葉を残して、さとり様は逝ってしまった。
むしろ、よく持ったほうだろう。あの華奢な体があれだけ耐えれたとは。
さて、そんなさとり様を圧縮したおくうはつゆ知らず、満足そうにはあー♪と冷たい床に突っ伏している。
だらしないけど、お酒飲んだ後だと気持ちいいんだよね。
「ほらおくう、立って立って。人型のあんたがそれじゃあたい情けないよ」
「ええー? おくう、もう少しこうするー」
「だだこねないの。そんなこと言うなら、今度からゆで卵茹でたげないよ」
「やだー! でも床も気持ちいいんだよ、おりん! 私どうすればいいの!?」
「布団と愛し合えばいいじゃない」
体が温まってるし、すぐに眠れることだろう。
これはちょっとした余談だが、寝るときに手と足を軽く揉んでおいた方が良いらしい。
手足は体の先端部分なので、神経や血管が集まっている。事前に温めておけば頭も眠りにつけるということだ。
ふと本で読んだ話を思い出しながら、あたいはおくうを引っ張りあげようとする。
しかし、いくら剥がそうとしても体を引っ付かせてびくともしない。甲虫かあんたは。
「う、ぐむむむ。おかしい、こんなことは許されない……」
「あはははー。お燐が影分身してるー」
「あたいは増えません」
「増えたらいいのにー。そしたら、私が片方をずうーっと抱きしめてあげるー、えへへ」
「そ、そんな誘いには乗らないよ! 今すっごく増えたくなったけど!」
「そうだよー、お燐が増えたらもっと地霊殿が楽になるし、私ももっとふらふらしていられるもの」
「こいし様まで……あれ? こいし様戻ってたんですか?」
「はあーい」
おくうの方から声がしたので振り返ると、こいし様が乗っかっていた。両手をおくうの背中の上に重ねながら、上気した顔でえへーと微笑んでいる。
緑色が目立つおくうの上にいるので、さながら浦島こいし。放っていたら今にも竜宮城を目指しそうだ。
ただ、今回の竜宮城は海の中ではなく雲の上である。ましてや出迎えてくれる踊り子もいないし、大きな屋敷にはお偉い人の入る許可が必要になる。
どうかお引き取り下さいとばかりに貰った玉手箱の中には、天界特産の桃詰め合わせ。
勿論雲の上で開けようが地上で開けようが金銀財宝に変わるわけでもなく、桃は桃である。
幻想郷の竜宮城は、物語の世界程優しくはないのだ。
まあそれは置いておこう。
「ひゃあ、こいしさま冷たいですー」
「最近寒くなってきたからね。ちょっと山で野うさぎを追いかけてたら、体が冷たくなっちゃった」
「ああ、通りで帽子の上に大きな葉っぱのっけてるんですね」
「ほえ?」
かわいらしくこいし様が首を傾げると、上の葉っぱが重力に従い落ちていく。
ひらひらと舞う葉っぱを見ていると、突然の閃きがあたいの頭を走った。
床下には今は見えないさとり様、真ん中におくう、そして上にこいし様。
そう。古明地サンドイッチの完成である。
見た目も割とヘルシーな色をしていて、カロリーも低めに抑えられてていい感じ。
当然女性に人気だが、男性にも人気がある。おくうという大変うま味のある存在が効果的なアクセントとなっているのだ。
ソースは赤が映えそうだしあたいでいいかと想像したところで、思いっ切り首を振った。おなか減ってんのかあたい。
「ほら、こいし様もどいてください。おくうが起きなくて大変なんですから」
「えー。じゃあお燐が私を温めてくれる?」
「どかしてくれるなら考えますけど」
「だめー! こいしさまは私のものよー!」
「きゃー♪」
おくうはまた元気になったらしく、今度は反転してこいし様をぎゅうぎゅう。ひとまずさとり様がこれ以上潰れることは無くなった。
この肌寒い時期だからこそ思うことなのだが、あたいはおくうが羨ましくてたまらない。
だが、あたいが身を任せてしまえば地霊殿が終わる。
常識人は目立たないしあまり人気もないかもしれないが、いなかったら核分裂の速さでバランス崩壊してしまうことだろう。
あたいが、あたいが最後の希望なんだ……!
そんな小さな指名感を抱きつつ、あたいは潰れていたさとり様を起こすことにした。
ぺちぺち。ぺちぺち。
「ふ、ふわぁ!?」
「さとり様、気が付きました? ここがどこか分かります? ふーあーゆー?」
「ま、まいねーむいず……ぱーどぅん?」
「ごーとぅへる」
「こ、ここ幻想郷ですし! エゲレス語出来なくても大丈夫ですし! お燐、私泣いちゃいますよ!?」
テリブルスーヴニールとはなんだったのか。
とにかくさとり様は大丈夫そうだ。潰されていても何のそのである。
しかし、大きな声を出したものだから、どうやらおくうもさとり様復活に気づいたらしい。
こいし様と一緒に、さとり様もまとめてホールド。大変贅沢である。
「さとりさま! 私とおしくらまんじゅうしましょう!」
「別に構いませんけど、私が下なのはどう考えてもおかしいと思うんですよ」
「んー、お姉ちゃんのほっぺすりすりー」
「あ、ちょっとこいし、そのかわいいほっぺで頬ずりするのはやめてください! 猫が見てますから!」
「うんうん、お姉ちゃんがほおずきになるくらい暖めてあげよう」
ちょっとだけ小洒落たことを言いながら、ほっぺた同士をくっつけているこいし様。色々と読めないお方だ。
その上にはおくうが羨ましそうに、頬を赤らめながらぼうっと二人を眺めていた。
ダメだよおくう、あの姉妹愛という空間はバチカンのような聖域なんだから。
一方あたいはというと、もう諦めてお酒を飲むことにした。摘みにはちょうどいいだろう。
どこの歓楽街の見せ物だと自分にやんわり突っ込みを入れながら、くぴと一献。うん、きゅっとした甘さが口に絡まずすっと喉を通る。これはいいお酒だ。
「あたいは弱いけど、まあこれくらいならいいかな」
そのまま何度かお酒を喉に通しながら、あたいは一人呟く。
弱いと言っても地位とか単純な実力ではなく、お酒の強さだ。
おくうやこいし様のように楽しみつつ飲むというのは、どうも性には合わないらしい。
あたいの理想とする飲み方は、例えるなら旅館で窓から見える雪景色を眺めつつ、一杯一杯熱燗を静かに飲む感じだ。
外は寒いし、窓際は冷える。
でも、それに反して体は熱くなっていく。あたいはそういう飲み方に憧れているのだ。
勿論憧れているだけで、そんな飲み方が出来た試しはない。悲しいことに地底で旅館に泊まる必要がないのだった。
「わ、私も。私もそういう飲み方がいいですお燐」
「さとり様は限度を考えなさすぎなんですよ」
「だって、お酒美味しいんですもん……」
今度はおくうに頬ずりされながら、さとり様はしょんぼり眉を下げていた。自覚はあるのね。
まあおくうはあんな風に甘えていられるけど、その分あたいがしっかりしなくてはならない。
膝の上だけはあたいの特等席なのだが、それ以外は大体おくう。
まあ悔しいわけじゃないけど、おくうは色んな人に好かれているし、また本人も愛嬌を誰にでも振りまいている。
ホント、ばかおくうなんだから。
「一区切りついたところで、そろそろ私を助けてもらえませんか?」
「さとり様、読心してるんならせめて空気を読んでください」
「うぅぅ、お燐が冷たいです。もういいもん、明日の朝食をサルミアッキにしてやるんだから」
「さとり様は今温かいから、あたいが冷たく見えちゃうんです」
そう言い切ったところで、しまったと反射的に口を押さえる。
冷たい言い方をするつもりは無かったのだが、今更言ったことは覆せない。
ホントはさとり様も心を読んでいるのだから、そんなことを言う必要もないのだった。
出任せで余計なことを言ってしまったかと、後悔の念が混じる。
そんなあたいをさとり様は三つの目で見つめていたが、やがて困ったように目尻を下げて笑った。さとり様の数ある表情の中でも、あたいの一番好きな顔。
「いいえ。あなたがあったかいこと、私は知ってますよ」
その瞬間、あたいの顔にぽっと火がついた。
お酒のせい、なのかな?
「にゃ、な、そんなことっ」
「ふふふ。我慢出来ないならこの場で飛び込んできてもいいんですよ。今の私は婦人的ですから」
「ど、どこがですか……!」
何もここで言わなくったってと心の中で思うと、さとり様はますます口端をつり上げるばかり。あたいの主人は基本的に意地悪だ。
さっきまで地面とらぶらぶしていた二人も、今では仲良くこっちを凝視していた。ちくしょう野次馬か。
この状況を打開しようにも出来ず固まっていると、あたいの両ほっぺをさとり様がきゅっと手で固定していて。
何をしようとしているか分かった頃には、もう遅すぎた。
さとり様、酒気にあてられてるじゃないか。
ちゅっ。
「お、おおー……」
「大胆だなあ、お姉ちゃん♪」
どんどん小さくなっていく外野の声。
口元に触れている生暖かい感触。
最後にあたいが感じたのは、自分の尻尾がぶわっと膨れ上がった感覚だった。
その後どうなったのか、あたいは知らない。
目が覚めた時にはあたいはベッドにいて、傍に腰かけていたさとり様がおはようと言ってくれたのは覚えている。
一体自分が気絶している間に、何があったのやら。さとり様に聞いてみても、うふふと小さな笑みを返すばかり。
全く、意地悪なお方なんだから。
「ああ、そうでした。お燐」
「どうかしました?」
暫くしてあたいがいつものように仕事に行こうとしていた時、さとり様がようやく口を開いた。
もしかして、あたい昨日何か粗相してました? と心の中で会話すると、さとり様はまた笑い、いいえと小さく首を振り。
「ごちそうさま」
とだけ言ってきた。
それを聞いたあたいは、たまらず扉を飛び出してしまっていて。
後ろからさとり様の笑い声が聞こえて来るけど、今は自分の熱い頬を押さえるのに精一杯だ。
恥ずかしい。恥ずかしいけど、あったかい気分。
その温かさが少しずつ胸に染み込んでいくのを感じながら、あたいは足早に作業場へと赴くのだった。
「まだ、お酒抜けてないのかなぁ……」
お燐かわいいよ、お燐。
混ざりたいですが、ここは我慢して眺めるだけにしておいた方が良さそうですね
せっかくお燐がいるのにモフモフしないのがもったいなかったかな。
おしくらまんじゅうしたい。いやされたい。