「え?」
思わず間の抜けた声を返してしまった。
するとお嬢様は、少し呆れたようなお顔をなさって、
「……いや、咲夜。え? じゃなしに」
「はあ」
「…………」
まるっきり分かってない感丸出しの私を前に、お嬢様は眉間に手を当てて深い溜息を吐いた。
「……あなた、言ったでしょ」
「? 何をですか?」
「……あなたが最初、私を殺しに来たときのことよ」
ああ、そういえばそんなこともあったっけ。
なんだか物騒な話題がお嬢様の可愛いお口を突いて出たが、何てことはない、こう見えても私は元ヴァンパイアハンターなのである。
「いや、元じゃないでしょ」
「えっ」
「……いや、いいわ。それでほら、私があなたを倒した後、『これからは私の従者として生きなさい』って言ったときのことよ」
「ああ、思い出しました」
「えっ、本当?」
「はい。あのときのお嬢様、すごくカリスマ滲み出てましたね!」
「…………」
「…………」
「……で、いい? そのとき、あなたはこう言ったのよ」
「あ、はい」
私の相槌に不服でもあるのか、目に見えて気怠い雰囲気を纏いながら、お嬢様は淡々と告げた。
「―――『フッ。いいのか吸血鬼。私はいつお前の首を狙いに行くか分からんぞ?』―――って」
「えっ」
何その痛い子。
えっ私? うっそだぁ。
お嬢様私を担いでるんでしょそうなんでしょ。
「……なんで私がそんな嘘つかないといけないのよ……」
「だって、そう言われましてもいまいち記憶が……」
「もう! あなたがそう言ったから、私は、『いつでも私を殺しに来ていい』っていう約束の下、あなたを従者にしたんでしょうが!」
「あー……」
そう言われてみればそうだったような気がする。
というか多分そうだった。
「もう、なんでたった数年前のことをそんなにきれいさっぱり忘れてしまえるのよ」
「いやあ、お嬢様にとってはついこないだのことかもしれませんが、人間にとっては数年というのは永劫にも似た年月なのですわ」
「いくらなんでもそりゃ大げさでしょ……」
「で、その約束がどうかしたんですか?」
私が素朴な疑問を口にすると、お嬢様はまたも深々と嘆息なさった。
「……あなた、そう言っておきながら、あれから一度も私を殺しに来てないじゃないの」
「ああ、確かに」
メイドの仕事が思ったよりずっと忙しかったからね。
あとお嬢様と遊ぶのにも忙しくて、お嬢様をお殺しに行く暇なんて微塵も無かったわ。
「駄目じゃないの!」
「えー」
何故か怒られた。
いみわからんしらん。
「いい? 咲夜。悪魔との約束は絶対なの! 『殺しに来る』って約束した以上、ちゃんと殺しに来ないとダメなの!」
「はあ」
何その意味わからん自分ルール。
悪魔界マジめんどくさいわあ……。
「まったく……この数年、咲夜がいつ私を殺しに来るんだろうと思って、毎晩毎晩、わくわくしながら待ってたのに!」
「はあ、そうならそうと言ってくれればよかったじゃないですか」
「言われなくても自分から来なさいよ! 草食系にも程があるわよ、もう!」
ぷりぷりと怒ってらっしゃるお嬢様は非常にキューティだったが、これ以上適当にあしらっているとグングニルの雨が降りそうだったので、やむなく私は妥協案を打診することにした。
「……えーと、じゃあ近いうちにお殺しに参りますんで、それで勘弁してもらえません?」
「近いうちって、いつよ」
「えーと、じゃあ今夜あたり」
「駄目よ」
「えー」
「今夜は私とダンスの練習をする約束でしょ」
「ああ、そうでした」
我が館主催のダンスパーティーの開催が半月後に迫っている。
前回は命蓮寺の寅丸・ナズーリンペアに優勝を攫われてしまったから、お嬢様はリベンジに燃えてらっしゃるのだ。
「じゃあえっと……明日の夜など如何でしょう」
「駄目よ」
「えー」
「明日の夜は私とティータイムを愉しむ約束でしょう」
「ああ、そうでした。じゃあ明後日の……」
―――そんな感じでスケジュールを合わせていき、ようやく一週間後の夜にお嬢様をお殺しに行くことが決定した。
ぶっちゃけ、マジめんどい。
「ふふ。運の良いことに、ちょうどこの日は新月ね」
「? それがどうかしたんですか?」
「何言ってるのよ! 新月は吸血鬼の力が一番弱まる日でしょ!? あなたそれでもヴァンパイアハンターなの!?」
「ああ、そうでしたねすみません」
もう何言っても怒られるのでとりあえず謝ってこの場を凌ぎ切ることにした私である。
するとお嬢様も遂に匙を投げられたようで、
「……とにかく、ちゃんとこの日に殺しに来なさいよ。分かったわね?」
「善処します」
「ぜ、善処て……まあいいわ。とにかく絶対に来ること! 来なかったら死刑なんだからね!」
と可愛く言い残して、とすとすと私の部屋から出て行かれた。
まあどっちみち、この後一緒にダンスの練習するからすぐまた会うんだけど。
つか、死刑て。
―――それから数日が経過した、ある夜の事。
「……くや。……くや」
「ん……むぅ……」
心地よい眠りについていた私を、何者かの呼び声が現実へと引き戻そうとしている。
誰だ。
眠い。
寝させろ。
「……くや」
「う……」
「ねえ、さくやってば!」
「……ぉが?」
そこでようやく目を見開くと、薄ぼやけた視界の中、例のドアノブカバーみたいな帽子が目に入った。
愛くるしい姿の美幼女が、私の両肩をつかんでゆっさゆっさと揺らしている。
「……おじょうさま?」
なになになんなの。
さくやはおねむなのですが。
「もう! 何呑気に眠りこけてるのよ!」
「あい?」
目をこすってよく見てみると、あれ、お嬢様はなんだか半ベソをおかきになられているご様子。
なんか悲しみに包まれたのかな。
「もうっ、咲夜のバカ! 今日は私を殺しに来る約束の日でしょ!」
「……うぇっ!?」
私はすぐさま上体を起こし、机上のカレンダーに目をやった。
「……あ」
そこには今日の日付のところに、でっかい花丸が付いていた。
ああ、そうそうそうだよ思い出したよ。
一週間前にお嬢様と約束したとき、忘れないように自分で付けたんだったよ。
……まあ実際には、かんっぜんにコロッと忘れてしまっていたわけだが。
でもでもだって、しょうがないじゃない?
この一週間、お嬢様とダンスの練習をしたり、お嬢様とティータイムを愉しんでたりして忙しかったんですもの。
まあ全部言い訳ですけどね!
「もう私、二時間も前から、おっきな椅子に威厳たっぷりに座って待ってたのに!」
「それはそれは……大変失礼致しました」
まだ半分寝ている私だが、とりあえず自分の方に非があることはアグニシャインを見るより明らかなので、ぺこりと頭を下げることにする。
するとお嬢様は、頬をぷぅっと膨らませながらも、
「もう、早く着替えて来るのよ! 待ってるからね!」
と言い残して、とすとすと可愛くあんよを踏み鳴らしながら私の部屋から出て行かれた。
「来なかったら死刑」って言ってたのに……やっぱりお嬢様は優しいわあ。
……で、十分後。
「失礼します」
お嬢様の部屋のドアをノックして、それをそっと開けて部屋の中に入る私。
すると、
「ちょっと咲夜!」
「ひゃうっ」
また怒鳴られた。
なんで? また私なんかやらかしちゃった?
「吸血鬼の部屋に、普通にドアノックして正面から入ってくるヴァンパイアハンターがどこにいんのよ!」
「ああ……それは確かにそうですわね」
「もっとちゃんと、前の時みたいにしてよね!」
「前の時?」
「ほら、あなたが最初に私を殺しに来たとき」
「あー。えーっと」
「……忘れたのね」
無言で頷く私。
だって覚えてないのはしょうがないじゃない。
お嬢様は溜息混じりに部屋の窓を指差しながら、
「そこの窓を、こう、体当たりでバリーンって突き破って入って来たじゃないの。ジャッキー・チェンさながらに」
「ああ」
そういえばそんな感じに厨二丸出しだったっけ。
今思えばあんな派手に入ることなかったわよね。
普通に外から鍵だけ壊してそっと侵入した方がよかったんじゃないかしら?
「駄目よそんな地味な方法。空き巣じゃないんだから」
「はあ。じゃあまた窓壊すんですか? 私、後で弁償するの嫌ですよ」
「私だって窓を壊されるのは嫌よ。夜寒いもの」
「じゃあ、どうすれば?」
「そうねぇ……じゃあこうしましょう。私が先に窓を開けておくから、あなたは窓がある体で、外から飛び込んで来なさい」
「はあ」
外寒いからやだなあ。とは流石に言えない私であった。
―――時間を止めて、部屋を出る。
廊下の窓から外に出て、すいーっと館の外壁を伝うように飛び、お嬢様の部屋の窓の前で止まる。
よっし。時間停止解除。
その後まもなく、がららと窓の開く音。
「あ」
「あ」
……。
…………。
まあ当然といえば当然のことなんだけど、窓を開けたお嬢様と目が合った。
「…………」
「…………」
そして思った。
ちょう気まずい。
たとえるならばそう、サンタクロースの衣装に着替えている途中の父親とうっかり鉢合わせしてしまったときのような。
「…………っ」
それはどうやらお嬢様も同じだったらしく、私からぷいっと顔を逸らすと、何も見ていないかのような動きで部屋の中へとお消えになった。
うーむ、これは我ながら失当であった。
いつもの癖で時間を止めて移動したのが完全に裏目に出た。
「…………」
この反省を活かすべく、暫く宙に漂ったまま時間を潰す私。
今の予期せぬハプニングによるお嬢様の心理的動揺を静めるだけの時間を取ろうという作戦だ。
そうして懐中時計の針を見つめること、十五分。
……流石にもういいわよね。
きっと今頃はお嬢様も、威厳たっぷりの夜の王として私の奇襲を待ち構えているはず。
そう思い、私は空中で体勢を固めると、
「てやあっ!!」
空中前転の要領で開け放たれた窓から室内に飛び込む!
その勢いのまま接地するや、ごろごろと転がり、壁際で素早く起き上がる私!
そして続けざまに口上を述べる!
「覚悟しろ吸血鬼! 私はヴァンパイアハン……え?」
……。
………。
あるえー?
お嬢様いないよー?
「えぇ……」
部屋のどこをどう見渡しても、私が討伐すべき夜の王はいなかった。
夜の王マジ行動読めねぇ。
と、そのとき。
―――ジャーッ。
部屋に響くは乙女音。
「……え?」
その方向に顔を向ける。
まあある意味予想通りに、部屋のトイレからお嬢様が出てきた。
「うわあっ! さささ咲夜!?」
「あ、ども……」
やっべちょう気まずい。
もうさっきのアレなんて比になんないくらいの気まずさ。
しかし、お嬢様の方は私以上だったようで、
「なななななんでいるのよう!?」
「いや、なんでと言われましても……」
「も、もうちょっとタイミングを見計いなさいよ! なんで人がトイレ入ってる時に侵入してんの!? バカじゃないの!?」
「はあ……すんません」
正直かなり理不尽な怒られ方のような気もするが、顔を真っ赤にしているお嬢様を前にしては何も言えなかった。
「ったく……窓の外にいたから、すぐにでも入って来るのかと思ったらちっとも入って来ないし……」
「あ、それは一応、気を利かせて間を空けたつもりだったんですが」
「そんな余計な気を回さなくてもいいのよ! おかげで外から吹き込んでくる風が寒くてトイレ行きたくなっちゃったじゃないの!」
「それはそれは……面目次第もございません」
なんというか、上手くいかないときは何をやっても上手くいかないものである。
私は嘆息混じりにお嬢様に問いかけた。
「えっと……じゃあどうします? もう一回、私が窓から入るとこからやり直します?」
「いや、それはもういいわ。めんどいし」
「ですよね」
お嬢様の寛容な精神には痛み入るばかりだ。
「じゃあ、今咲夜が窓を割ってこの部屋に入って来たっていう体で始めましょう」
「分かりました。ではその体で」
お嬢様がすたすたと歩き、部屋の壁際にあるどでかい椅子にとふんと腰掛けたのを見計い、私はその場にしゃがみ込んだ。
転がってきたっていう体だからね。
そしてすっくと立ち上がると、
「覚悟しろ吸血鬼! 私はヴァンパイアハンター・≪レイシス・ヴィ・フェリシティ・夜咲―†YOSAKU†―≫! 今宵、我が一族の命を受け、貴様を討伐しに参った!!」
びしぃっ! とお嬢様に指を突き付け、声高らかに宣言する。
久方ぶりの口上だったけど、なんとか噛まずに言えてほっとした。
ちなみに、≪レイシス・ヴィ・フェリシティ・夜咲―†YOSAKU†―≫というのは、私のヴァンパイアハンターとしてのコードネームだ。
私の一族は、先祖代々吸血鬼殺しを生業とする、由緒正しいヴァンパイアハンターの家系だったため、私は生まれてすぐに両親からこのコードネームを与えられたのだ。
もっともお嬢様に仕えるとき、「痛い。ダサい。長い」と断じられ、「夜咲」をもじった今の名前に改名されたのだが。
「…………」
しかし当のお嬢様は、なんだか怪訝な表情を浮かべていらっしゃる。
あれ? もしかして口上間違えちゃったかしら?
「……ねぇ、咲夜」
「はい」
「……武器は?」
「えっ」
そう言われてみれば。
前の時は、銀のナイフをお嬢様に向けて颯爽と突き付けていたような気がする、が……。
「…………」
「…………」
メイド服のポケットをまさぐること十数秒。
「……忘れました」
「はぁあ!?」
正直に申告したら、またもお嬢様の怒髪が天井を突いた。
「忘れたって、あんた、吸血鬼相手に丸腰で立ち向かうヴァンパイアハンターがどこにいんのよ!」
「いやあ、そう言われましても……さっきまで寝てたんですし……」
ぶーと頬を膨らませながら、両の人差し指をつんつんと突っつき合わせるという女子力アピールを試みてみたが、
「それは咲夜が今日の予定を忘れてただけでしょ!」
「ひゃうっ」
お嬢様にはちーとも効果が無かった。
もう、そんな怒鳴らなくてもいいのにー。
思わず両耳を押さえる私。
「……というか、咲夜」
「はい」
「……私があなたに、吸血鬼の弱点である銀製のナイフを常時携帯することを許しているのは何故だったか……まさか忘れちゃったわけじゃないわよね?」
「えーっと……じゃがいもの皮むきに便利だから、でしたっけ?(てへぺろ)」
「このおバカ! あなたがいつでも私を殺しに来れるようにするためでしょうが!」
「じょ、冗談ですよぅ」
今のは笑うところなのに……お嬢様ったら頭がお固いわ。
今頃美鈴あたりなら抱腹絶倒モノよ。
「ったく……もういいから、とっととナイフを取って来なさい」
「え? まだやるんすかこれ」
「あ?」
「速やかに取って参りますわ」
お嬢様ブチ切れモードだよちょうこわいよ。
とりあえず落ち着いてもらうためにも、時間を止めずにゆっくりと自分の部屋に戻ることにしよう。
そう思い、部屋のドアに手を伸ばしかけたそのとき、
「お姉様!」
「わっ」
「あ、咲夜」
ふいに勢いよくドアが開き、その先には妹様が立っておられた。
妹様は、いつものように無垢な表情を浮かべてお尋ねになる。
「何やってんの? 二人して」
「あー、えっとですね……」
「?」
「ちょっとフラン。勝手に入って来たら駄目じゃない」
私がどう答えたものかと考えあぐねていると、すかさずお嬢様が割り込んできた。
妹様は、可愛く小首を傾げて問う。
「? なんで?」
「なんでって……今日は、咲夜が私を殺しに来る日だって言ったでしょう」
「あー、そういえばそんなこと言ってたね」
しかしそんなお嬢様の警告(?)などお構い無しに、妹様はずかずかと部屋の中へと入って来る。
「ちょ、ちょっとフラン。私の話を聞いてるの?」
「聞いてるよ。でも、それどころじゃないんだよ。お姉様」
「えっ?」
「いいから、一緒に来て」
「わっ。ちょ、フラン?」
妹様はお嬢様の手を取ると、ぐいいっと一気に引っ張り、踵を返して歩き始めた。
なんかしらんが、これはラッキーな展開だ。
そう思い、私がどさくさに紛れてこの場から離れ……ようとした矢先、
「咲夜も!」
逃げようとした私の気配を感じ取ったか、妹様は、素早く空いている方の手でがっしと私の手をつかみなさった。
まあこうなったら最後、吸血鬼の腕力に抗えるはずもないわけで。
結局、私(とお嬢様)は妹様に手を引かれるがまま、ずるずると引きずられて地下の大図書館まで移動した。
そして、
「じゃーんっ!!」
そう言って妹様が図書館の扉を開くと、途端に甘い匂いが立ち込めてきた。
お嬢様は鼻をくんくんと動かしながら(ちょうプリティ)、私に向けて問う。
「なに? この匂い……」
「さあ……」
匂いに導かれるように、私とお嬢様はその発信源の方へと歩みを進めていく。
すると、普段は書物が積まれているはずのテーブルの上に、
「わあ」
「これは……」
なんとも巨大なケーキが鎮座していた。
そしてそのテーブルを取り囲むように、パチュリー様、小悪魔、美鈴の三名が立っている。
私は思わず後ろを振り返り、何故か誇らしげな表情を浮かべている妹様に尋ねた。
「一体なんですか、これ」
「えへへ~、すごいでしょ。パチュリーが作ったんだよ!」
「パチュリー様が?」
再び視線を正面に向けると、パチュリー様が普段通りの眠そうな顔で仰った。
「ダンスパーティーで出す予定のケーキを練習で作ってみたのよ。そしたら大きくなりすぎちゃって」
「はあ」
なんかこれウェディングケーキくらい優にあるんですけど。
相当盛大に材料配分を間違えたのだろうか。
「まあでも折角作ったんですし、皆さんに食べてもらおうと思いまして」
そう言ってにこりと笑ったのは、小悪魔。
エプロンを身に着けているあたり、彼女もケーキ作りに携わったのだろう。
「味は保証しますよ。この私が」
聞いてもいないのにそう言って胸を張ったのは、美鈴。
口周りに付いているホイップを見るに、こいつは食い専のようだ。
「ね? そういうわけだから、早く皆で食べよ?」
そして屈託のない笑顔でそう言う妹様を前に、
「…………」
「…………」
私とお嬢様は、なんともいえない面持ちで見つめあった。
「……どうする? 咲夜」
「どうするも、何も」
この状況で、最優先すべき事柄なんて。
「食べましょう」
「…………」
お嬢様はじとっとした目で私を睨んだが、それが本心を反映したものでないことは明白だった。
でも一応、フォローは入れておく。
「ほら、腹が減ってはなんとやら、とも言いますし」
「…………」
「夜は長いのですし、これを食べた後でも、ね?」
「……ふん」
そこでようやく、お嬢様は、私からぷいっと顔を背けなさった。
「……早く紅茶を淹れなさい、咲夜」
「! お嬢様」
「……さっさと食べて、またさっきの続きから始めるわよ」
「はいっ!」
こうして、深夜のティータイムが幕を開けた。
―――その後。
「……咲夜……動ける?」
「いや……流石にちょっと無理ですね……」
案の定というべきか、ケーキを食べ過ぎてしまった私とお嬢様は二人、背中合わせになってカーペットの上に座り込んでいた。
なお、私達以上のペースでケーキを貪っていた妹様とパチュリー様は、二人揃って床の上に仰向けになり、お腹を押さえながら苦しそうに呻いている。
ちなみに未だ元気な小悪魔と美鈴は、何故かワインの飲み比べなんかをやり出している始末。
そんな中、背中越しにお嬢様の溜息混じりの声が聞こえた。
「……ったく、どうすんのよ……もう」
「いやあ、そう言われましても……」
こればっかりはお互い様としか。
背中合わせのまま、お嬢様に向けて話を続ける。
「……まあ、またそのうちお殺しにお伺いしますので」
「そのうちって、いつよ」
「えーっと……じゃあ明日あたり」
「何言ってるのよ。明日はダンスの練習の日でしょ」
「あ、そっか」
「ていうか、明日からパーティー当日までは毎日練習よ! 今度こそ、私達が優勝するんだからね!」
「そうですねぇ。したいですねぇ優勝」
「いい? 咲夜。優勝に必要なのは努力と根性、そして何よりも二人のチームワークなんだからね!」
「それはもう、よく存じておりますわ」
「いーや。咲夜はまだ分かってない。自分勝手な動きが多過ぎる」
「うぇー? そうですかあ?」
「そうよ! この前だって勝手に変なアレンジ入れようとしたし!」
「いやあ、あれはああした方がカッコイイかと思いまして……」
「だからそういうことは事前に相談しなさいっての! 何のためのパートナーよ!」
「ふぁい。すみません……」
「……ったく。大体普段からあなたは―――」
―――拝啓。
お父様、お母様。
お元気ですか?
私が吸血鬼討伐の命を受け、この館に赴いてから早数年。
私は現在、吸血鬼の従者という立場に身をやつしながら、主である吸血鬼を討伐する機会を窺っている毎日です。
しかし残念ながら、今のところ、吸血鬼討伐の目途は立っておりません。
それどころか、明日も明後日も、明々後日も。
来年も、再来年も、その先もずっと―――その目途は、立ちそうにもありません。
親不孝な娘を、お許し下さい。
私は今、幸せです。
了
思わず間の抜けた声を返してしまった。
するとお嬢様は、少し呆れたようなお顔をなさって、
「……いや、咲夜。え? じゃなしに」
「はあ」
「…………」
まるっきり分かってない感丸出しの私を前に、お嬢様は眉間に手を当てて深い溜息を吐いた。
「……あなた、言ったでしょ」
「? 何をですか?」
「……あなたが最初、私を殺しに来たときのことよ」
ああ、そういえばそんなこともあったっけ。
なんだか物騒な話題がお嬢様の可愛いお口を突いて出たが、何てことはない、こう見えても私は元ヴァンパイアハンターなのである。
「いや、元じゃないでしょ」
「えっ」
「……いや、いいわ。それでほら、私があなたを倒した後、『これからは私の従者として生きなさい』って言ったときのことよ」
「ああ、思い出しました」
「えっ、本当?」
「はい。あのときのお嬢様、すごくカリスマ滲み出てましたね!」
「…………」
「…………」
「……で、いい? そのとき、あなたはこう言ったのよ」
「あ、はい」
私の相槌に不服でもあるのか、目に見えて気怠い雰囲気を纏いながら、お嬢様は淡々と告げた。
「―――『フッ。いいのか吸血鬼。私はいつお前の首を狙いに行くか分からんぞ?』―――って」
「えっ」
何その痛い子。
えっ私? うっそだぁ。
お嬢様私を担いでるんでしょそうなんでしょ。
「……なんで私がそんな嘘つかないといけないのよ……」
「だって、そう言われましてもいまいち記憶が……」
「もう! あなたがそう言ったから、私は、『いつでも私を殺しに来ていい』っていう約束の下、あなたを従者にしたんでしょうが!」
「あー……」
そう言われてみればそうだったような気がする。
というか多分そうだった。
「もう、なんでたった数年前のことをそんなにきれいさっぱり忘れてしまえるのよ」
「いやあ、お嬢様にとってはついこないだのことかもしれませんが、人間にとっては数年というのは永劫にも似た年月なのですわ」
「いくらなんでもそりゃ大げさでしょ……」
「で、その約束がどうかしたんですか?」
私が素朴な疑問を口にすると、お嬢様はまたも深々と嘆息なさった。
「……あなた、そう言っておきながら、あれから一度も私を殺しに来てないじゃないの」
「ああ、確かに」
メイドの仕事が思ったよりずっと忙しかったからね。
あとお嬢様と遊ぶのにも忙しくて、お嬢様をお殺しに行く暇なんて微塵も無かったわ。
「駄目じゃないの!」
「えー」
何故か怒られた。
いみわからんしらん。
「いい? 咲夜。悪魔との約束は絶対なの! 『殺しに来る』って約束した以上、ちゃんと殺しに来ないとダメなの!」
「はあ」
何その意味わからん自分ルール。
悪魔界マジめんどくさいわあ……。
「まったく……この数年、咲夜がいつ私を殺しに来るんだろうと思って、毎晩毎晩、わくわくしながら待ってたのに!」
「はあ、そうならそうと言ってくれればよかったじゃないですか」
「言われなくても自分から来なさいよ! 草食系にも程があるわよ、もう!」
ぷりぷりと怒ってらっしゃるお嬢様は非常にキューティだったが、これ以上適当にあしらっているとグングニルの雨が降りそうだったので、やむなく私は妥協案を打診することにした。
「……えーと、じゃあ近いうちにお殺しに参りますんで、それで勘弁してもらえません?」
「近いうちって、いつよ」
「えーと、じゃあ今夜あたり」
「駄目よ」
「えー」
「今夜は私とダンスの練習をする約束でしょ」
「ああ、そうでした」
我が館主催のダンスパーティーの開催が半月後に迫っている。
前回は命蓮寺の寅丸・ナズーリンペアに優勝を攫われてしまったから、お嬢様はリベンジに燃えてらっしゃるのだ。
「じゃあえっと……明日の夜など如何でしょう」
「駄目よ」
「えー」
「明日の夜は私とティータイムを愉しむ約束でしょう」
「ああ、そうでした。じゃあ明後日の……」
―――そんな感じでスケジュールを合わせていき、ようやく一週間後の夜にお嬢様をお殺しに行くことが決定した。
ぶっちゃけ、マジめんどい。
「ふふ。運の良いことに、ちょうどこの日は新月ね」
「? それがどうかしたんですか?」
「何言ってるのよ! 新月は吸血鬼の力が一番弱まる日でしょ!? あなたそれでもヴァンパイアハンターなの!?」
「ああ、そうでしたねすみません」
もう何言っても怒られるのでとりあえず謝ってこの場を凌ぎ切ることにした私である。
するとお嬢様も遂に匙を投げられたようで、
「……とにかく、ちゃんとこの日に殺しに来なさいよ。分かったわね?」
「善処します」
「ぜ、善処て……まあいいわ。とにかく絶対に来ること! 来なかったら死刑なんだからね!」
と可愛く言い残して、とすとすと私の部屋から出て行かれた。
まあどっちみち、この後一緒にダンスの練習するからすぐまた会うんだけど。
つか、死刑て。
―――それから数日が経過した、ある夜の事。
「……くや。……くや」
「ん……むぅ……」
心地よい眠りについていた私を、何者かの呼び声が現実へと引き戻そうとしている。
誰だ。
眠い。
寝させろ。
「……くや」
「う……」
「ねえ、さくやってば!」
「……ぉが?」
そこでようやく目を見開くと、薄ぼやけた視界の中、例のドアノブカバーみたいな帽子が目に入った。
愛くるしい姿の美幼女が、私の両肩をつかんでゆっさゆっさと揺らしている。
「……おじょうさま?」
なになになんなの。
さくやはおねむなのですが。
「もう! 何呑気に眠りこけてるのよ!」
「あい?」
目をこすってよく見てみると、あれ、お嬢様はなんだか半ベソをおかきになられているご様子。
なんか悲しみに包まれたのかな。
「もうっ、咲夜のバカ! 今日は私を殺しに来る約束の日でしょ!」
「……うぇっ!?」
私はすぐさま上体を起こし、机上のカレンダーに目をやった。
「……あ」
そこには今日の日付のところに、でっかい花丸が付いていた。
ああ、そうそうそうだよ思い出したよ。
一週間前にお嬢様と約束したとき、忘れないように自分で付けたんだったよ。
……まあ実際には、かんっぜんにコロッと忘れてしまっていたわけだが。
でもでもだって、しょうがないじゃない?
この一週間、お嬢様とダンスの練習をしたり、お嬢様とティータイムを愉しんでたりして忙しかったんですもの。
まあ全部言い訳ですけどね!
「もう私、二時間も前から、おっきな椅子に威厳たっぷりに座って待ってたのに!」
「それはそれは……大変失礼致しました」
まだ半分寝ている私だが、とりあえず自分の方に非があることはアグニシャインを見るより明らかなので、ぺこりと頭を下げることにする。
するとお嬢様は、頬をぷぅっと膨らませながらも、
「もう、早く着替えて来るのよ! 待ってるからね!」
と言い残して、とすとすと可愛くあんよを踏み鳴らしながら私の部屋から出て行かれた。
「来なかったら死刑」って言ってたのに……やっぱりお嬢様は優しいわあ。
……で、十分後。
「失礼します」
お嬢様の部屋のドアをノックして、それをそっと開けて部屋の中に入る私。
すると、
「ちょっと咲夜!」
「ひゃうっ」
また怒鳴られた。
なんで? また私なんかやらかしちゃった?
「吸血鬼の部屋に、普通にドアノックして正面から入ってくるヴァンパイアハンターがどこにいんのよ!」
「ああ……それは確かにそうですわね」
「もっとちゃんと、前の時みたいにしてよね!」
「前の時?」
「ほら、あなたが最初に私を殺しに来たとき」
「あー。えーっと」
「……忘れたのね」
無言で頷く私。
だって覚えてないのはしょうがないじゃない。
お嬢様は溜息混じりに部屋の窓を指差しながら、
「そこの窓を、こう、体当たりでバリーンって突き破って入って来たじゃないの。ジャッキー・チェンさながらに」
「ああ」
そういえばそんな感じに厨二丸出しだったっけ。
今思えばあんな派手に入ることなかったわよね。
普通に外から鍵だけ壊してそっと侵入した方がよかったんじゃないかしら?
「駄目よそんな地味な方法。空き巣じゃないんだから」
「はあ。じゃあまた窓壊すんですか? 私、後で弁償するの嫌ですよ」
「私だって窓を壊されるのは嫌よ。夜寒いもの」
「じゃあ、どうすれば?」
「そうねぇ……じゃあこうしましょう。私が先に窓を開けておくから、あなたは窓がある体で、外から飛び込んで来なさい」
「はあ」
外寒いからやだなあ。とは流石に言えない私であった。
―――時間を止めて、部屋を出る。
廊下の窓から外に出て、すいーっと館の外壁を伝うように飛び、お嬢様の部屋の窓の前で止まる。
よっし。時間停止解除。
その後まもなく、がららと窓の開く音。
「あ」
「あ」
……。
…………。
まあ当然といえば当然のことなんだけど、窓を開けたお嬢様と目が合った。
「…………」
「…………」
そして思った。
ちょう気まずい。
たとえるならばそう、サンタクロースの衣装に着替えている途中の父親とうっかり鉢合わせしてしまったときのような。
「…………っ」
それはどうやらお嬢様も同じだったらしく、私からぷいっと顔を逸らすと、何も見ていないかのような動きで部屋の中へとお消えになった。
うーむ、これは我ながら失当であった。
いつもの癖で時間を止めて移動したのが完全に裏目に出た。
「…………」
この反省を活かすべく、暫く宙に漂ったまま時間を潰す私。
今の予期せぬハプニングによるお嬢様の心理的動揺を静めるだけの時間を取ろうという作戦だ。
そうして懐中時計の針を見つめること、十五分。
……流石にもういいわよね。
きっと今頃はお嬢様も、威厳たっぷりの夜の王として私の奇襲を待ち構えているはず。
そう思い、私は空中で体勢を固めると、
「てやあっ!!」
空中前転の要領で開け放たれた窓から室内に飛び込む!
その勢いのまま接地するや、ごろごろと転がり、壁際で素早く起き上がる私!
そして続けざまに口上を述べる!
「覚悟しろ吸血鬼! 私はヴァンパイアハン……え?」
……。
………。
あるえー?
お嬢様いないよー?
「えぇ……」
部屋のどこをどう見渡しても、私が討伐すべき夜の王はいなかった。
夜の王マジ行動読めねぇ。
と、そのとき。
―――ジャーッ。
部屋に響くは乙女音。
「……え?」
その方向に顔を向ける。
まあある意味予想通りに、部屋のトイレからお嬢様が出てきた。
「うわあっ! さささ咲夜!?」
「あ、ども……」
やっべちょう気まずい。
もうさっきのアレなんて比になんないくらいの気まずさ。
しかし、お嬢様の方は私以上だったようで、
「なななななんでいるのよう!?」
「いや、なんでと言われましても……」
「も、もうちょっとタイミングを見計いなさいよ! なんで人がトイレ入ってる時に侵入してんの!? バカじゃないの!?」
「はあ……すんません」
正直かなり理不尽な怒られ方のような気もするが、顔を真っ赤にしているお嬢様を前にしては何も言えなかった。
「ったく……窓の外にいたから、すぐにでも入って来るのかと思ったらちっとも入って来ないし……」
「あ、それは一応、気を利かせて間を空けたつもりだったんですが」
「そんな余計な気を回さなくてもいいのよ! おかげで外から吹き込んでくる風が寒くてトイレ行きたくなっちゃったじゃないの!」
「それはそれは……面目次第もございません」
なんというか、上手くいかないときは何をやっても上手くいかないものである。
私は嘆息混じりにお嬢様に問いかけた。
「えっと……じゃあどうします? もう一回、私が窓から入るとこからやり直します?」
「いや、それはもういいわ。めんどいし」
「ですよね」
お嬢様の寛容な精神には痛み入るばかりだ。
「じゃあ、今咲夜が窓を割ってこの部屋に入って来たっていう体で始めましょう」
「分かりました。ではその体で」
お嬢様がすたすたと歩き、部屋の壁際にあるどでかい椅子にとふんと腰掛けたのを見計い、私はその場にしゃがみ込んだ。
転がってきたっていう体だからね。
そしてすっくと立ち上がると、
「覚悟しろ吸血鬼! 私はヴァンパイアハンター・≪レイシス・ヴィ・フェリシティ・夜咲―†YOSAKU†―≫! 今宵、我が一族の命を受け、貴様を討伐しに参った!!」
びしぃっ! とお嬢様に指を突き付け、声高らかに宣言する。
久方ぶりの口上だったけど、なんとか噛まずに言えてほっとした。
ちなみに、≪レイシス・ヴィ・フェリシティ・夜咲―†YOSAKU†―≫というのは、私のヴァンパイアハンターとしてのコードネームだ。
私の一族は、先祖代々吸血鬼殺しを生業とする、由緒正しいヴァンパイアハンターの家系だったため、私は生まれてすぐに両親からこのコードネームを与えられたのだ。
もっともお嬢様に仕えるとき、「痛い。ダサい。長い」と断じられ、「夜咲」をもじった今の名前に改名されたのだが。
「…………」
しかし当のお嬢様は、なんだか怪訝な表情を浮かべていらっしゃる。
あれ? もしかして口上間違えちゃったかしら?
「……ねぇ、咲夜」
「はい」
「……武器は?」
「えっ」
そう言われてみれば。
前の時は、銀のナイフをお嬢様に向けて颯爽と突き付けていたような気がする、が……。
「…………」
「…………」
メイド服のポケットをまさぐること十数秒。
「……忘れました」
「はぁあ!?」
正直に申告したら、またもお嬢様の怒髪が天井を突いた。
「忘れたって、あんた、吸血鬼相手に丸腰で立ち向かうヴァンパイアハンターがどこにいんのよ!」
「いやあ、そう言われましても……さっきまで寝てたんですし……」
ぶーと頬を膨らませながら、両の人差し指をつんつんと突っつき合わせるという女子力アピールを試みてみたが、
「それは咲夜が今日の予定を忘れてただけでしょ!」
「ひゃうっ」
お嬢様にはちーとも効果が無かった。
もう、そんな怒鳴らなくてもいいのにー。
思わず両耳を押さえる私。
「……というか、咲夜」
「はい」
「……私があなたに、吸血鬼の弱点である銀製のナイフを常時携帯することを許しているのは何故だったか……まさか忘れちゃったわけじゃないわよね?」
「えーっと……じゃがいもの皮むきに便利だから、でしたっけ?(てへぺろ)」
「このおバカ! あなたがいつでも私を殺しに来れるようにするためでしょうが!」
「じょ、冗談ですよぅ」
今のは笑うところなのに……お嬢様ったら頭がお固いわ。
今頃美鈴あたりなら抱腹絶倒モノよ。
「ったく……もういいから、とっととナイフを取って来なさい」
「え? まだやるんすかこれ」
「あ?」
「速やかに取って参りますわ」
お嬢様ブチ切れモードだよちょうこわいよ。
とりあえず落ち着いてもらうためにも、時間を止めずにゆっくりと自分の部屋に戻ることにしよう。
そう思い、部屋のドアに手を伸ばしかけたそのとき、
「お姉様!」
「わっ」
「あ、咲夜」
ふいに勢いよくドアが開き、その先には妹様が立っておられた。
妹様は、いつものように無垢な表情を浮かべてお尋ねになる。
「何やってんの? 二人して」
「あー、えっとですね……」
「?」
「ちょっとフラン。勝手に入って来たら駄目じゃない」
私がどう答えたものかと考えあぐねていると、すかさずお嬢様が割り込んできた。
妹様は、可愛く小首を傾げて問う。
「? なんで?」
「なんでって……今日は、咲夜が私を殺しに来る日だって言ったでしょう」
「あー、そういえばそんなこと言ってたね」
しかしそんなお嬢様の警告(?)などお構い無しに、妹様はずかずかと部屋の中へと入って来る。
「ちょ、ちょっとフラン。私の話を聞いてるの?」
「聞いてるよ。でも、それどころじゃないんだよ。お姉様」
「えっ?」
「いいから、一緒に来て」
「わっ。ちょ、フラン?」
妹様はお嬢様の手を取ると、ぐいいっと一気に引っ張り、踵を返して歩き始めた。
なんかしらんが、これはラッキーな展開だ。
そう思い、私がどさくさに紛れてこの場から離れ……ようとした矢先、
「咲夜も!」
逃げようとした私の気配を感じ取ったか、妹様は、素早く空いている方の手でがっしと私の手をつかみなさった。
まあこうなったら最後、吸血鬼の腕力に抗えるはずもないわけで。
結局、私(とお嬢様)は妹様に手を引かれるがまま、ずるずると引きずられて地下の大図書館まで移動した。
そして、
「じゃーんっ!!」
そう言って妹様が図書館の扉を開くと、途端に甘い匂いが立ち込めてきた。
お嬢様は鼻をくんくんと動かしながら(ちょうプリティ)、私に向けて問う。
「なに? この匂い……」
「さあ……」
匂いに導かれるように、私とお嬢様はその発信源の方へと歩みを進めていく。
すると、普段は書物が積まれているはずのテーブルの上に、
「わあ」
「これは……」
なんとも巨大なケーキが鎮座していた。
そしてそのテーブルを取り囲むように、パチュリー様、小悪魔、美鈴の三名が立っている。
私は思わず後ろを振り返り、何故か誇らしげな表情を浮かべている妹様に尋ねた。
「一体なんですか、これ」
「えへへ~、すごいでしょ。パチュリーが作ったんだよ!」
「パチュリー様が?」
再び視線を正面に向けると、パチュリー様が普段通りの眠そうな顔で仰った。
「ダンスパーティーで出す予定のケーキを練習で作ってみたのよ。そしたら大きくなりすぎちゃって」
「はあ」
なんかこれウェディングケーキくらい優にあるんですけど。
相当盛大に材料配分を間違えたのだろうか。
「まあでも折角作ったんですし、皆さんに食べてもらおうと思いまして」
そう言ってにこりと笑ったのは、小悪魔。
エプロンを身に着けているあたり、彼女もケーキ作りに携わったのだろう。
「味は保証しますよ。この私が」
聞いてもいないのにそう言って胸を張ったのは、美鈴。
口周りに付いているホイップを見るに、こいつは食い専のようだ。
「ね? そういうわけだから、早く皆で食べよ?」
そして屈託のない笑顔でそう言う妹様を前に、
「…………」
「…………」
私とお嬢様は、なんともいえない面持ちで見つめあった。
「……どうする? 咲夜」
「どうするも、何も」
この状況で、最優先すべき事柄なんて。
「食べましょう」
「…………」
お嬢様はじとっとした目で私を睨んだが、それが本心を反映したものでないことは明白だった。
でも一応、フォローは入れておく。
「ほら、腹が減ってはなんとやら、とも言いますし」
「…………」
「夜は長いのですし、これを食べた後でも、ね?」
「……ふん」
そこでようやく、お嬢様は、私からぷいっと顔を背けなさった。
「……早く紅茶を淹れなさい、咲夜」
「! お嬢様」
「……さっさと食べて、またさっきの続きから始めるわよ」
「はいっ!」
こうして、深夜のティータイムが幕を開けた。
―――その後。
「……咲夜……動ける?」
「いや……流石にちょっと無理ですね……」
案の定というべきか、ケーキを食べ過ぎてしまった私とお嬢様は二人、背中合わせになってカーペットの上に座り込んでいた。
なお、私達以上のペースでケーキを貪っていた妹様とパチュリー様は、二人揃って床の上に仰向けになり、お腹を押さえながら苦しそうに呻いている。
ちなみに未だ元気な小悪魔と美鈴は、何故かワインの飲み比べなんかをやり出している始末。
そんな中、背中越しにお嬢様の溜息混じりの声が聞こえた。
「……ったく、どうすんのよ……もう」
「いやあ、そう言われましても……」
こればっかりはお互い様としか。
背中合わせのまま、お嬢様に向けて話を続ける。
「……まあ、またそのうちお殺しにお伺いしますので」
「そのうちって、いつよ」
「えーっと……じゃあ明日あたり」
「何言ってるのよ。明日はダンスの練習の日でしょ」
「あ、そっか」
「ていうか、明日からパーティー当日までは毎日練習よ! 今度こそ、私達が優勝するんだからね!」
「そうですねぇ。したいですねぇ優勝」
「いい? 咲夜。優勝に必要なのは努力と根性、そして何よりも二人のチームワークなんだからね!」
「それはもう、よく存じておりますわ」
「いーや。咲夜はまだ分かってない。自分勝手な動きが多過ぎる」
「うぇー? そうですかあ?」
「そうよ! この前だって勝手に変なアレンジ入れようとしたし!」
「いやあ、あれはああした方がカッコイイかと思いまして……」
「だからそういうことは事前に相談しなさいっての! 何のためのパートナーよ!」
「ふぁい。すみません……」
「……ったく。大体普段からあなたは―――」
―――拝啓。
お父様、お母様。
お元気ですか?
私が吸血鬼討伐の命を受け、この館に赴いてから早数年。
私は現在、吸血鬼の従者という立場に身をやつしながら、主である吸血鬼を討伐する機会を窺っている毎日です。
しかし残念ながら、今のところ、吸血鬼討伐の目途は立っておりません。
それどころか、明日も明後日も、明々後日も。
来年も、再来年も、その先もずっと―――その目途は、立ちそうにもありません。
親不孝な娘を、お許し下さい。
私は今、幸せです。
了
人間って情がわきやすいからなぁ
美鈴やパチュリーもこんなかんじだったりして
楽しすぎだろこの主従ww
あと†与作†www
貴様、読んでいるな!
最後の手紙が素敵
ヴァンパイアは殺せなくても読者は笑い殺せますよ咲夜さん!
天然な咲夜さんも可愛い
ここはちょっと距離を置いて……駄目だ、絶対寂しがって死んじゃう
後書きの親父が全部持っていきやがったよ!
ついでだからこの100点も持っていきやがれ!
ゆるくて面白かった。
なんだこれただのコントじゃねえかwwなんだかんだ言ってもいいコンビなレミ咲が微笑ましい。末永くお幸せにイヤァーフゥーハァー!
そりゃあ許すしかないだろうけど!
なんとも緊張感の無い二人がかわいい
面白かったです
あと与作かと思ったわ!w
何を言っているのか(ry
オチの父上にもワロタ
父ェ……
作品も最高でした