(痛い、こわいよ…誰か助けて…)
少女は死にかけていた、背中には何本も矢が刺さり出血している。
もうその命は長くないだろう。目が暗くなり、意識も飛びかけていた。
その時、少女に声がかけられる。
「あら、この子生きてるのね。」
声からすると女のようだった特に感情もなく少女の頬に手を当てている。
「あ……助け…」
「ダメね、あなたは死ぬわ。」
「ひぅ……」
自分でも分かっていたが、改めて言われると「死」という恐怖に涙が出てくる。
「イヤぁ…」
「あなた、死にたくないの?」
少女は女からの問いに力なくカクンと首を下げる。
「じゃあ、願いをかなえてあげる。でもあなたは永遠に私の下僕よ。魂の安らぎなんてないわ。」
「いい、死にたく………な…い……」
その言葉を絞り出した後、少女の命は終わった。
次に少女が目を覚ましたのはどこかの屋敷の中だった。
意識もはっきりしなく、何も覚えていない、在るのは飢餓感と死の恐怖だけだった。
「……これは……本物…」
「死…私は…私でいられるのか?」
「間違い…でしょうね。」
「あなた様方が…された時は…仙…です。」
目を向けると何人か人影が見える。何事か言っているようだがよく聞こえないし意味もわからない。
それから少女は長い間眠っていたが、何か顔に触れられると途端に意識がはっきりし、自分が何をやるべきか分かる。
霊廟を守る
それが少女に与えられた使命だった。
なんであの僕(しもべ)にこだわるのかは青娥にもわからなかった。今まであんなものはいくつも作って使い捨てにしてきた。戦って壊れたキョンシーを直そうなんて思いもしなかった。
しかし今、自分はキョンシーを直して名前を付けている。
宮古芳香
それがキョンシーの名前だった。完璧な人形にしてもいいのに意識を残してある。
今日も操り主の自分の顔も覚えてられない程度の頭で使命を果たそうと墓場に立っている。
野犬や坊主と戦い、肉がえぐられ手足が飛んでも芳香は守ろうとしていた。
時代が移ろい、霊廟が幻想郷に移っても芳香は変わらず霊廟を守っていた。
青娥は思う、使命が果たされたら私はこの僕をどうするのだろうと。
いつものように神社で霊夢を勧誘がてら縁側でお茶を飲んでいると、珍しく霊夢から声をかけてきた。
「勝手にお茶を入れないでよ。」
「あら、いいじゃない、あなたのもあるわよ。」
「それならいいけど…そうだ、アレを片づけてよ。」
霊夢が指さしたのは神社の入り口に立っている芳香だった。
「あんなのが立ってたんじゃ参拝客も来ないわよ。」
「いいじゃないかわいいし、狛犬や鬼瓦より役に立つわ。それに、この神社に参拝客なんているの?」
「これから来る参拝客なんて分かるはずないじゃない。」
「それもそうね、もにょもにょ。」
そう言うと青娥は何事か呟き印を切ると芳香がひょこひょことやってきた。
「なにかよーかー?」
「特にないわ。」
「そーかー」
そうして入り口に戻ろうとしたので声をかける。
「芳香、ここに座りなさい。」
「足曲げれなーい」
青娥は正座して腿に手を置き。
「じゃあ、私の膝を枕にして横になりなさい。」
「それなら出来るぞー」
そう言ってぴょんと縁側に飛ぶともぞもぞと横になる。
「おーあったかいぞー」
日向と青娥の膝の温かさがうれしいのか、体をよじる。
「静かにしなさい。」
ぺんっと軽く頭をはたく、すると芳香はおとなしくなりほどなく寝息を立て始める。
「キョンシーも眠るのね。」
霊夢も物珍しいのか覗き込んでいる。
「生者の眠りとは違うけどね。」
そういって芳香の髪を掻きわける、死臭はするがシラミやダ二の心配もないようだ。
「まぁ、いいわ、おとなしくしてるのなら。」
興味をなくしたのか、そういって霊夢は立てかけられていた箒を持って庭の掃除を始めた。
「♪~♪~~♪」
霊夢と芳香を見ながらいつの間にか青娥は歌を口ずさんでいた。
今となっては遠い記憶の故郷の歌を。
それは子守歌だった。