色とりどりのネオン、ふわりふわりと舞う白雪。夕暮れの街は既にクリスマス一色で、夜も始まっていないのに誰も彼もが楽しそうに笑っている。
ここ、日本では、聖夜と呼ばれる記念日。そこにイエスキリストの生誕を祝うという意味なんてとうに形骸化して無くなっていて、ただ、恋人や家族達が楽しく語らう一日だと認識されている。所謂外国人である私も、長い間日本に居たことで、その和洋折衷な風習に当たり前のように根付いていた。
キリシタンではない私にとっては、元々大して関心を抱くことが出来ない行事だったということもあるのかもしれないが、日本に移り住んでしまって見れば、なんだか素直に楽しめるようになっている。ここは元から、そんな雰囲気の国なのだろう。
風習に根付いた、国の一員。そんな意識を持ってから、私は進んで日本の行事を行うようになった。ひな祭り、端午の節句、バレンタインにホワイトデイ。クリスマスにチキンとピザと寿司とケーキでお祝いだなんて言うのも、その一環だ。
できれば仲の良い友人と、この日を過ごしたい。そう思って誘ってみたのだけれど心なしか期待を孕んだ顔で断られてしまった。ついにあの子にも春が来たのだろうか。だったら、少し……いいえ、すごく寂しいけれど、私は祝福してあげなければならないのだろう。
そんな風に、友達の……大切な女の子の為に胸を痛めていた、のに。
「なに、これ」
高層マンションの最上階、所謂スィートルームが私の暮らす場所。景色とサービス、住人環境、そして何より安全性が高いということで海外の両親が私に買い与えてくれた部屋。その安心と信頼の警備をどうやって抜けてきたのか、扉の前に鎮座する大きなダンボール。
ばかに可愛らしい文字で書かれた“でぃあ(はーと)メリー”の文字に、無性に嫌な予感がした。え? これ、ここで開けなきゃならないの?
この階に、私以外に暮らす人は居ない。一階丸々使って一部屋という、友達曰く“セレブ”な家。だから、ご近所さんの目を気にする必要が無いというのは、まぁ、良い。でもこれ、見るからに重い。
「退かさないと、家には入れない……」
どうしよう。外国の家は、“ウェルカム”という意味合いを込めて内側に扉が開く。けれど家の中で靴を脱ぐ風習のある日本では、靴に当たらないように外側へ開くようになっている。とどのつまり、ダンボールを乗り越えて家に戻るのは無理。
というか、何でここにこれがあるのよ。嬉しそうな笑顔で、『ごめん、メリー。今日は予定があるんだ』だなんて嘯いて、私の胸を痛めて。笑顔で送り出す覚悟までしたのに、なんのつもりだ。私のセンチメンタルを返せ。
「考えていたら、むかついて来たわ」
苛立ちのままに、ダンボールの側面を蹴飛ばしてみる。すると、不自然なほどに揺れ動いて、収まった。プレゼントの癖に一丁前に動揺しているらしい。
「えいっ」
――ぼこっ
「やぁっ」
――ずんっ
「せいっ」
――ぱこっ
「これで」
――だんっ
「終わりッ」
――ずぱんっ
蹴って蹴って、蹴って蹴って。楽しくなってきたところで、少しだけ強めに蹴る。
私が、どんな気持ちで、家族にも、連絡せずにっ、ひとりで過ごすことを決めたと思っているのよこのばか蓮子っ!!
――ふぅ、ぅえぇぇぇ……
揺れるダンボールから、聞こえる声。そのなんとも悲痛な響きに、私は思わず冷や汗を掻く。まずい。やり過ぎた。ああいえ、思わず八つ当たりしちゃったけど、蓮子が悪い――うん、過ぎたことはもういいわね。
「はぁ、なによ。こんなところにあるから躓いちゃったじゃない」
――!
如何にもわざとらしく、大きな声で言ってやる。怒ってないって、伝えてやる。頭は良いはずなのに、どうしてこの子はこんなにもおばかさんなのだろうか。私に対してだけ、なのかな。
何よ、可愛いところ在るじゃない。なんて絆されてしまうからいけないのだろうけれど。
「えーと、あら蓮子からね? なにかしら?」
――あわ、あわわわ、準備準備っ
がたがたと揺れる、側面が凹んだダンボール。包装くらいすれば蹴るのを躊躇ったかも知れないのに、なんでこの子は無骨なダンボールのままで来たんだろう。
蓮子が“準備”とやらを終えるのを待って、それからダンボールに手を伸ばす。がたがたと震えるダンボールが鎮まると、それが合図だ。
「せーの……えいっ」
――パーンッ
「メリークリスマスっ!!」
クラッカー片手に飛び出す黒い帽子。白いカッターシャツは、情けなくよれていて、洒落たネクタイも皺が寄っている。紙吹雪も手作り感満載で、全体的に安っぽい。
けれど、だから嬉しくないのかと言われれば、当然そんな事はない。満を持して構えていたのか、目を惹くナチュラルメイク。細められた瞳は嬉しげで、頬はだらしなく緩んでいて、気持ちの全てで私を喜ばそうとしてくれていた。
「どうどう? 驚いた? プレゼントは、宇佐見印の“ダンボール蓮子”よ!」
それでもって、このどや顔。苛立つよりも先に気が抜けてしまう、暢気さ。本当に、この子には叶わない。大事なところで、私の一歩も二歩も先に行って、結局戻って来て並んでしまう。
「驚いたし、嬉しかったわ。蓮子」
だから、だろうか。私の口から零れたのは、そんな、自分でも驚くほどに素直な言葉だった。ど、どうしよう、恥ずかしいっ。
怒濤の勢いでからかわれるかもしれない。そう思って照れから伏せた瞳を蓮子に向けると、私の発言に次いで珍しい、顔を赤くさせた蓮子の姿があった。いや、何時ものようにからかいなさいよ。こっちまで、その……恥ずかしいじゃない。
「な、中に入りましょう、蓮子。チキンとピザとお寿司とケーキとシャンパンがあるわ」
そう言って買い物袋――チキンとピザと寿司――を掲げてみせると、蓮子は赤い顔で頷いた。
「あ、あはは、うん、そうだね。って、なんだか要素多すぎない?」
「普通でしょ?」
まだ互いにちょっとぎこちないような気もするのだけれど、仕方がない。蓮子がガラにもなく照れるのが悪いのだ。きっと。
そう自分に言い聞かせながら、蓮子を部屋に招く。勝手知ったる友の家、なんて言わんばかりの軽快さで奥へと進み、手を洗ってリビングへ。待ちきれないのか浮き足立つ彼女を見て、私も自分の足取りが随分と軽くなっているということに気がついた。
なんだ、私も随分と安っぽい。蓮子が来てくれたというだけで、こんなにも落ち着いている。こんなにも、心が安らかになっている。
「蓮子、この際だから一番良いシャンパン空けるわよ!」
「おお! さっすがメリー、わかってるーっ!」
照れも何もどこかに放り出して、二人で料理を並べて、グラスを付き合わせる。そうしたら、何時もの二人に戻っていて、それにどうしようもなく安心した。
何が、覚悟を決めた、だ。結局私は、彼女から離れていくことを嫌がっていたのだ。ふふふ、滑稽ね。でも、なんだか、そう、悪くないわ。
「メリー? どしたの?」
「いいえ、なんでもないわ、蓮子」
辛気くさい考え方は、この場には似合わない。トラウトサーモンのにぎり寿司を口に運びながら、私はそう、頭を振った。
・
・
・
明日のことは、考えない。体重計を脳裏から振り払い、ウェストを測る巻き尺を投げ捨てて。チキンにピザに寿司に、シャンパンとワインとついでにビールまで空けて、蓮子と額を付き合わせて、それから仲良く崩れ落ちた。
どこをどう移動したのか、正直ハッキリ覚えていない。けれど、帽子はどこかに飛んでいって、蓮子のネクタイが私の右手に巻き付いて、二人揃ってテラスで夜空を見上げていると言うことだけはわかる。
「ねぇ、蓮子。せっかく“ぷれぜんと”に素敵な仕込みを入れたのに、ラッピングはしなかったの?」
「えへへ、だって、だんぼーる持ってきて、メリーの部屋の前で中に入ったんだもん」
「ああ、なるほど。それで警備員さんに捕まらなかったのね」
なんて、益体のない会話をしながら、蓮子の様子を窺い見る。私はお酒が抜けるのが早くて、風に当たってしまえばもう、理性を取り戻すことが出来る。その代わりに、酔い始めが早いのだ。
けれど、蓮子は私とはまったくの正反対。酔い始めは遅い代わりに、一度酔い始めたら、理性なんてどこかに吹き飛ばしてしまう。具体的には、普段よりも子供っぽくなって、だいぶ正直者になって、その上明日には何も覚えていない。
だからこそ、普段聞けないようなことも、普段ならいえないようなことも言える。全部、夜空の下の夢にしかならないから。
「ねぇ、蓮子」
「なーに? メリー」
空から視線を外して、蓮子は小さく「二十三時五十分、メリー邸」と呟き、それからふにゃりと笑って私を見た。こんな笑顔をするから、本当にこの子は、油断ならない。
「知り合ってから毎年、私とばかりクリスマスを過ごしているけれど、その、彼氏とか作ろうと思わないの?」
「うん」
――――びっくり、した。
精一杯の勇気で、一生懸命声を絞り出して言ったのに、即答。これじゃあなんだか、散々悩んでいた私がバカみたいだ。
そう、照れもせず私も思わないと、そう答えてやろうと思ったのに。なのに、蓮子は、皿に言葉を連ねる。胸の裡に秘めた思いを、宝箱にしまい込んでいた宝石を、そっと差し出すように……自慢を、するように。
「だって――メリーよりも好きなひとなんて、作れないよ」
とくん、と、心臓が跳ねる。きらきらと星を瞳に溜め込んで、当たり前のように宝物を差し出した。早鐘を打つ心の音に、私はなんて答えたら良いんだろう。
アタマはそうやって屁理屈ばかりこねているのに、ココロは、自然と、想い連ねていたカタチを吐き出した。
「うん――私も、蓮子よりも好きなひとなんか、作れないわ」
蓮子はきょとんと目を瞠り、それから、花開いたように笑ってくれた。たぶん、私も同じ様な笑みを浮かべているように思える。ううん、きっと、浮かべてる。
繋いだ手を、引き寄せ合い。指を絡めて向き合う。このまま寝てしまったら、きっと風邪を引いてしまう。けれど、どうしても彼女から離れるのが惜しくて、身体を寄せ合った。
そうすれば、ひとりよりもずっと、温かいから。
「あはは、一緒だね。メリー」
「ふふふ、一緒ね、蓮子」
吐き出す息が白くて、上気する頬が温かくて。握り合う掌が冷たくて、寄せ合う肩が何より優しい。
それでもきっと、何時かは別れなくてはならないだろう。でも、そんな未来の事を考えて、今こうして蓮子と一緒に紡ぐ時間に翳りを入れてしまうのは、余りに惜しい。
だから、今はこうしていよう。蓮子と二人で、この優しい時間を、目一杯楽しんで過ごそう。
私はそう、月と星だけが見守る夜空の下、寝息を立て始めた蓮子に、小さな誓いを立てた――。
・
・
・
後日談、というほど大したことは起きなかった。ただ、目を覚ましたら二人揃って仲良く風邪を引いていて、そのまま私の家に蓮子が泊まり込む。
なにせ二人とも風邪だから、看病のし合いという非常に効率的かつ疲労感満載な方法を選択することしかできず、熱が引く頃には昨日よりも間抜けな夜空が広がっていた。
「な、なんでこんなことになったんだっけ?」
「そう言って蓮子が思い出せたこと、あった?」
「ううぅ、メリー、それは言わない約束よ……」
二人並んで敷いた布団。右隣を見ると、蓮子は頭を抱えて呻っていた。そこに、昨日のことを思い出すようなそぶりは見られない。本音だって言うことは、わかってる。でもほんの少しだけ寂しいような、そんな気がして。
「ねぇ、蓮子は、好きな人とか作らないの?」
気がつけば、昨日と同じような質問を、口に出していた。今度は流石に即答とは行かないのか、蓮子はほんの少しだけ考える。昨日とは、ほんの少しだけ違う状況。
けれど、何故だか、蓮子が浮かべる笑顔だけは昨日のそれによく似ていて。
「好きな人? って言われても、メリーより好きな人なんてつくれる自信ない」
また、心臓が、跳ねた。蓮子は自分でいった言葉の意味に気がついて、これは違うと手を振り、やっぱり違わないと慌てて、それから呻り声だけ上げて頭を抱える。
昨日の遣り取りが私の頭の中でも再生されると、もう、ダメだった。続きを言わないと、と、心が急かして理性の箍をあっさりと外す。
「そうね。私も、蓮子よりも好きな人を作る自信、ないわ」
風邪のせいか、それとも別の要因か。ふふ、私としては“別の要因”を推したいものだ。蓮子は瞳を潤わせて、それから、緩んだ頬を隠すように背を向けた。
もう笑顔は見せてしまっているのに、本当に、不器用で真っ直ぐな子だと想う。
「今日のメリーは、なんか変」
「今日の蓮子も、どこか変よ」
「そっか。きっと、風邪のせいだね」
「ええ、そうね。きっと風邪のせい」
互いに背中合わせになって、それでも手は繋ぎあって。顔を向けないまま笑った。ううん、きっと蓮子も笑っているから、笑い合った、が正しいはずだ。
「早く風邪治して、秘封倶楽部の活動再開よ、メリー」
「はいはい、素敵な探索スポット、期待しているわよ? 蓮子」
「あはは、任せておいて!」
「ふふふ、頼もしいわね」
笑って、笑って、笑い合って、また、明日からの日々を迎えよう。前もよりもほんの少しだけ近づいた大切なひとと二人で手を繋ぎあって、最高の日々を彩ろう。
想いを誓った、月と星と、夜空の下で。
――了――
ここ、日本では、聖夜と呼ばれる記念日。そこにイエスキリストの生誕を祝うという意味なんてとうに形骸化して無くなっていて、ただ、恋人や家族達が楽しく語らう一日だと認識されている。所謂外国人である私も、長い間日本に居たことで、その和洋折衷な風習に当たり前のように根付いていた。
キリシタンではない私にとっては、元々大して関心を抱くことが出来ない行事だったということもあるのかもしれないが、日本に移り住んでしまって見れば、なんだか素直に楽しめるようになっている。ここは元から、そんな雰囲気の国なのだろう。
風習に根付いた、国の一員。そんな意識を持ってから、私は進んで日本の行事を行うようになった。ひな祭り、端午の節句、バレンタインにホワイトデイ。クリスマスにチキンとピザと寿司とケーキでお祝いだなんて言うのも、その一環だ。
できれば仲の良い友人と、この日を過ごしたい。そう思って誘ってみたのだけれど心なしか期待を孕んだ顔で断られてしまった。ついにあの子にも春が来たのだろうか。だったら、少し……いいえ、すごく寂しいけれど、私は祝福してあげなければならないのだろう。
そんな風に、友達の……大切な女の子の為に胸を痛めていた、のに。
「なに、これ」
高層マンションの最上階、所謂スィートルームが私の暮らす場所。景色とサービス、住人環境、そして何より安全性が高いということで海外の両親が私に買い与えてくれた部屋。その安心と信頼の警備をどうやって抜けてきたのか、扉の前に鎮座する大きなダンボール。
ばかに可愛らしい文字で書かれた“でぃあ(はーと)メリー”の文字に、無性に嫌な予感がした。え? これ、ここで開けなきゃならないの?
この階に、私以外に暮らす人は居ない。一階丸々使って一部屋という、友達曰く“セレブ”な家。だから、ご近所さんの目を気にする必要が無いというのは、まぁ、良い。でもこれ、見るからに重い。
「退かさないと、家には入れない……」
どうしよう。外国の家は、“ウェルカム”という意味合いを込めて内側に扉が開く。けれど家の中で靴を脱ぐ風習のある日本では、靴に当たらないように外側へ開くようになっている。とどのつまり、ダンボールを乗り越えて家に戻るのは無理。
というか、何でここにこれがあるのよ。嬉しそうな笑顔で、『ごめん、メリー。今日は予定があるんだ』だなんて嘯いて、私の胸を痛めて。笑顔で送り出す覚悟までしたのに、なんのつもりだ。私のセンチメンタルを返せ。
「考えていたら、むかついて来たわ」
苛立ちのままに、ダンボールの側面を蹴飛ばしてみる。すると、不自然なほどに揺れ動いて、収まった。プレゼントの癖に一丁前に動揺しているらしい。
「えいっ」
――ぼこっ
「やぁっ」
――ずんっ
「せいっ」
――ぱこっ
「これで」
――だんっ
「終わりッ」
――ずぱんっ
蹴って蹴って、蹴って蹴って。楽しくなってきたところで、少しだけ強めに蹴る。
私が、どんな気持ちで、家族にも、連絡せずにっ、ひとりで過ごすことを決めたと思っているのよこのばか蓮子っ!!
――ふぅ、ぅえぇぇぇ……
揺れるダンボールから、聞こえる声。そのなんとも悲痛な響きに、私は思わず冷や汗を掻く。まずい。やり過ぎた。ああいえ、思わず八つ当たりしちゃったけど、蓮子が悪い――うん、過ぎたことはもういいわね。
「はぁ、なによ。こんなところにあるから躓いちゃったじゃない」
――!
如何にもわざとらしく、大きな声で言ってやる。怒ってないって、伝えてやる。頭は良いはずなのに、どうしてこの子はこんなにもおばかさんなのだろうか。私に対してだけ、なのかな。
何よ、可愛いところ在るじゃない。なんて絆されてしまうからいけないのだろうけれど。
「えーと、あら蓮子からね? なにかしら?」
――あわ、あわわわ、準備準備っ
がたがたと揺れる、側面が凹んだダンボール。包装くらいすれば蹴るのを躊躇ったかも知れないのに、なんでこの子は無骨なダンボールのままで来たんだろう。
蓮子が“準備”とやらを終えるのを待って、それからダンボールに手を伸ばす。がたがたと震えるダンボールが鎮まると、それが合図だ。
「せーの……えいっ」
――パーンッ
「メリークリスマスっ!!」
クラッカー片手に飛び出す黒い帽子。白いカッターシャツは、情けなくよれていて、洒落たネクタイも皺が寄っている。紙吹雪も手作り感満載で、全体的に安っぽい。
けれど、だから嬉しくないのかと言われれば、当然そんな事はない。満を持して構えていたのか、目を惹くナチュラルメイク。細められた瞳は嬉しげで、頬はだらしなく緩んでいて、気持ちの全てで私を喜ばそうとしてくれていた。
「どうどう? 驚いた? プレゼントは、宇佐見印の“ダンボール蓮子”よ!」
それでもって、このどや顔。苛立つよりも先に気が抜けてしまう、暢気さ。本当に、この子には叶わない。大事なところで、私の一歩も二歩も先に行って、結局戻って来て並んでしまう。
「驚いたし、嬉しかったわ。蓮子」
だから、だろうか。私の口から零れたのは、そんな、自分でも驚くほどに素直な言葉だった。ど、どうしよう、恥ずかしいっ。
怒濤の勢いでからかわれるかもしれない。そう思って照れから伏せた瞳を蓮子に向けると、私の発言に次いで珍しい、顔を赤くさせた蓮子の姿があった。いや、何時ものようにからかいなさいよ。こっちまで、その……恥ずかしいじゃない。
「な、中に入りましょう、蓮子。チキンとピザとお寿司とケーキとシャンパンがあるわ」
そう言って買い物袋――チキンとピザと寿司――を掲げてみせると、蓮子は赤い顔で頷いた。
「あ、あはは、うん、そうだね。って、なんだか要素多すぎない?」
「普通でしょ?」
まだ互いにちょっとぎこちないような気もするのだけれど、仕方がない。蓮子がガラにもなく照れるのが悪いのだ。きっと。
そう自分に言い聞かせながら、蓮子を部屋に招く。勝手知ったる友の家、なんて言わんばかりの軽快さで奥へと進み、手を洗ってリビングへ。待ちきれないのか浮き足立つ彼女を見て、私も自分の足取りが随分と軽くなっているということに気がついた。
なんだ、私も随分と安っぽい。蓮子が来てくれたというだけで、こんなにも落ち着いている。こんなにも、心が安らかになっている。
「蓮子、この際だから一番良いシャンパン空けるわよ!」
「おお! さっすがメリー、わかってるーっ!」
照れも何もどこかに放り出して、二人で料理を並べて、グラスを付き合わせる。そうしたら、何時もの二人に戻っていて、それにどうしようもなく安心した。
何が、覚悟を決めた、だ。結局私は、彼女から離れていくことを嫌がっていたのだ。ふふふ、滑稽ね。でも、なんだか、そう、悪くないわ。
「メリー? どしたの?」
「いいえ、なんでもないわ、蓮子」
辛気くさい考え方は、この場には似合わない。トラウトサーモンのにぎり寿司を口に運びながら、私はそう、頭を振った。
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明日のことは、考えない。体重計を脳裏から振り払い、ウェストを測る巻き尺を投げ捨てて。チキンにピザに寿司に、シャンパンとワインとついでにビールまで空けて、蓮子と額を付き合わせて、それから仲良く崩れ落ちた。
どこをどう移動したのか、正直ハッキリ覚えていない。けれど、帽子はどこかに飛んでいって、蓮子のネクタイが私の右手に巻き付いて、二人揃ってテラスで夜空を見上げていると言うことだけはわかる。
「ねぇ、蓮子。せっかく“ぷれぜんと”に素敵な仕込みを入れたのに、ラッピングはしなかったの?」
「えへへ、だって、だんぼーる持ってきて、メリーの部屋の前で中に入ったんだもん」
「ああ、なるほど。それで警備員さんに捕まらなかったのね」
なんて、益体のない会話をしながら、蓮子の様子を窺い見る。私はお酒が抜けるのが早くて、風に当たってしまえばもう、理性を取り戻すことが出来る。その代わりに、酔い始めが早いのだ。
けれど、蓮子は私とはまったくの正反対。酔い始めは遅い代わりに、一度酔い始めたら、理性なんてどこかに吹き飛ばしてしまう。具体的には、普段よりも子供っぽくなって、だいぶ正直者になって、その上明日には何も覚えていない。
だからこそ、普段聞けないようなことも、普段ならいえないようなことも言える。全部、夜空の下の夢にしかならないから。
「ねぇ、蓮子」
「なーに? メリー」
空から視線を外して、蓮子は小さく「二十三時五十分、メリー邸」と呟き、それからふにゃりと笑って私を見た。こんな笑顔をするから、本当にこの子は、油断ならない。
「知り合ってから毎年、私とばかりクリスマスを過ごしているけれど、その、彼氏とか作ろうと思わないの?」
「うん」
――――びっくり、した。
精一杯の勇気で、一生懸命声を絞り出して言ったのに、即答。これじゃあなんだか、散々悩んでいた私がバカみたいだ。
そう、照れもせず私も思わないと、そう答えてやろうと思ったのに。なのに、蓮子は、皿に言葉を連ねる。胸の裡に秘めた思いを、宝箱にしまい込んでいた宝石を、そっと差し出すように……自慢を、するように。
「だって――メリーよりも好きなひとなんて、作れないよ」
とくん、と、心臓が跳ねる。きらきらと星を瞳に溜め込んで、当たり前のように宝物を差し出した。早鐘を打つ心の音に、私はなんて答えたら良いんだろう。
アタマはそうやって屁理屈ばかりこねているのに、ココロは、自然と、想い連ねていたカタチを吐き出した。
「うん――私も、蓮子よりも好きなひとなんか、作れないわ」
蓮子はきょとんと目を瞠り、それから、花開いたように笑ってくれた。たぶん、私も同じ様な笑みを浮かべているように思える。ううん、きっと、浮かべてる。
繋いだ手を、引き寄せ合い。指を絡めて向き合う。このまま寝てしまったら、きっと風邪を引いてしまう。けれど、どうしても彼女から離れるのが惜しくて、身体を寄せ合った。
そうすれば、ひとりよりもずっと、温かいから。
「あはは、一緒だね。メリー」
「ふふふ、一緒ね、蓮子」
吐き出す息が白くて、上気する頬が温かくて。握り合う掌が冷たくて、寄せ合う肩が何より優しい。
それでもきっと、何時かは別れなくてはならないだろう。でも、そんな未来の事を考えて、今こうして蓮子と一緒に紡ぐ時間に翳りを入れてしまうのは、余りに惜しい。
だから、今はこうしていよう。蓮子と二人で、この優しい時間を、目一杯楽しんで過ごそう。
私はそう、月と星だけが見守る夜空の下、寝息を立て始めた蓮子に、小さな誓いを立てた――。
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後日談、というほど大したことは起きなかった。ただ、目を覚ましたら二人揃って仲良く風邪を引いていて、そのまま私の家に蓮子が泊まり込む。
なにせ二人とも風邪だから、看病のし合いという非常に効率的かつ疲労感満載な方法を選択することしかできず、熱が引く頃には昨日よりも間抜けな夜空が広がっていた。
「な、なんでこんなことになったんだっけ?」
「そう言って蓮子が思い出せたこと、あった?」
「ううぅ、メリー、それは言わない約束よ……」
二人並んで敷いた布団。右隣を見ると、蓮子は頭を抱えて呻っていた。そこに、昨日のことを思い出すようなそぶりは見られない。本音だって言うことは、わかってる。でもほんの少しだけ寂しいような、そんな気がして。
「ねぇ、蓮子は、好きな人とか作らないの?」
気がつけば、昨日と同じような質問を、口に出していた。今度は流石に即答とは行かないのか、蓮子はほんの少しだけ考える。昨日とは、ほんの少しだけ違う状況。
けれど、何故だか、蓮子が浮かべる笑顔だけは昨日のそれによく似ていて。
「好きな人? って言われても、メリーより好きな人なんてつくれる自信ない」
また、心臓が、跳ねた。蓮子は自分でいった言葉の意味に気がついて、これは違うと手を振り、やっぱり違わないと慌てて、それから呻り声だけ上げて頭を抱える。
昨日の遣り取りが私の頭の中でも再生されると、もう、ダメだった。続きを言わないと、と、心が急かして理性の箍をあっさりと外す。
「そうね。私も、蓮子よりも好きな人を作る自信、ないわ」
風邪のせいか、それとも別の要因か。ふふ、私としては“別の要因”を推したいものだ。蓮子は瞳を潤わせて、それから、緩んだ頬を隠すように背を向けた。
もう笑顔は見せてしまっているのに、本当に、不器用で真っ直ぐな子だと想う。
「今日のメリーは、なんか変」
「今日の蓮子も、どこか変よ」
「そっか。きっと、風邪のせいだね」
「ええ、そうね。きっと風邪のせい」
互いに背中合わせになって、それでも手は繋ぎあって。顔を向けないまま笑った。ううん、きっと蓮子も笑っているから、笑い合った、が正しいはずだ。
「早く風邪治して、秘封倶楽部の活動再開よ、メリー」
「はいはい、素敵な探索スポット、期待しているわよ? 蓮子」
「あはは、任せておいて!」
「ふふふ、頼もしいわね」
笑って、笑って、笑い合って、また、明日からの日々を迎えよう。前もよりもほんの少しだけ近づいた大切なひとと二人で手を繋ぎあって、最高の日々を彩ろう。
想いを誓った、月と星と、夜空の下で。
――了――
ニヤけて顔面崩壊状態ですw
やけ食い予定ですかメリーさん
蓮メリちゅっちゅ
ありがとうございます
後日、そこには体重計に八つ当たりしているメリーさんが!
蓮メリちゅっちゅ
蓮メリちゅっちゅ
蓮メリちゅっちゅ。
蓮子可愛いよ蓮子。
いい秘封でした。
なんて贅沢なクリスマス秘封倶楽部!
秘封の日だから仕方ないよね
これは良い蓮メリ
いやー、蓮メリって本当にいいものですな。
12月25日になったらまたクリスマス秘封が上がるんですね!
しかし所々の笑いが甘さを引き立てるエッセンスになっており後日談も面白かったです。
次回作も期待しています。
いやー、甘いっ!甘すぎる!こんな秘封倶楽部を待ってました!
魂を持って行かれるところだった