月明かりが照らす京都。
近代的建物が並ぶ町の裏。
ひっそり並ぶ前時代のビル街。
人が消えたビルの世界。
月明かりを拒むビル街の道。
雨が止み小さな湖ができた道。
その道を歩く少女。
異形な瞳を持つ少女。
きっと一人ぼっちの少女。
少女は止まる。
小さな湖の前で。
少女は覗く。
合わせ鏡になった湖を。
少女は見る。
湖に映る自分を。
髪の色は雨を照らす雷色。
瞳の色は彼岸と海の混色。
肌の色は風に舞った桜色。
その名前は。
「名前はなに。」
遠い異国の名前。
「マエリベリー・ハーン。」
少女は覗く。
湖に映った彼女を。
少女は見る。
名前を聞いた彼女を。
髪の色は秋に枯れた葉色。
瞳の色は薔薇と空の混色。
肌の色は雪に染まる菊色。
その名前は。
「名前は何。」
近い世界の名前。
「宇佐見蓮子。」
少女は空を見た。
彼女も空を見た。
ビルで閉じた空を。
きっと二人ぼっちで。
『幽玄の空、朝露の夢』
―一―
枯れた葉。
それを拾う少女。
拾って捨てる少女。
そして歩く少女。
季節は秋。
もうすぐ冬になる。
枯れ葉を飾る木は消えて。
白い雪を飾る木が流行る。
それは繰り返し起こること。
でも人はそれに飽きる。
百年という命で飽きる。
千年生きる妖怪は飽きないのに。
だから光を飾る木が流行る。
きっと人はその木の咲く中を歩く。
きっとこのビル街と違う道を歩く。
少女と違って。
少女は歩く。
ビルの世界を。
人が消えた道を。
怪奇が生まれる中を。
少女は止まる。
少女はしゃがむ。
少女は拾う。
季節外れの桜を。
少女は立つ。
少女は見る。
桜色の髪の少女を。
きっと独りぼっちの少女を。
「初めまして。」
少女は言う。
「初めましてね。」
独りの少女は言う。
「きれいな桜。」
少女は見る。
道に咲く桜を。
独りの少女の後ろの桜を。
「きれいな桜よ。」
独りの少女は見る。
「父が愛した。」
後ろを向いて。
「人を殺す桜。」
墨染の桜を。
風が吹く。
桜が舞う。
少女の桜が舞う。
拾った桜が舞う。
「もしあなたの命で。」
少女は見る。
「桜を封印できたら。」
舞う桜を。
「あなたはそうするかしら。」
空へ舞う桜を。
少女は見る。
彼女と見た空を。
「友達を守るためなら。」
友達の彼女と見た空を。
風が止む。
桜が落ちる。
拾った桜は。
独りの少女に。
「私には友達なんて。」
独りの少女は拾う。
「いなかった。」
落ちた桜を。
「でも、今は。」
舞った桜を。
「友達ができたわ。」
微笑んで。
少女は閉じる。
彼岸と海の。
少女は開ける。
混色の瞳を。
少女は見る。
どこかへ続く道を。
独りの少女がいた道を。
少女は拾う。
独りの少女の桜を。
少女は歩く。
彼女に会うため。
―二―
海を見に行きましょう、メリー――
秋が枯れるころ。
冬が咲くころ。
そんなことを彼女は言った。
閉じた空の下。
誰もいない世界。
少女に伝えるため。
「どこの海。」
少女は聞く。
「東京の海、ヒロシゲを使わないで。」
彼女は答える。
「時間がかかりそうね。」
彼女は歩く。
「そうね、でも望んだのはメリーよ。」
少女も歩く。
常夜のような現を。
日が落ちる世界を。
「お土産は彼岸花かしら。」
彼女は見る。
「それなら東京タワーよ。」
少女も見る。
夕日が染める道を。
月が浮かぶ世界を。
きっと二人ぼっちで笑って。
―三―
雨が降る。
優しい雨が。
残酷な雨が。
少女は歩く。
広い草原の中を。
傘を差さないで。
最後の秋雨を感じて。
少女は見る。
遠い後ろを。
地平線のビル街を。
少女は見る。
遠い常夜を。
草原を走る電車を。
きっと雨は止む。
積もることなく。
ただ海に流れるだけ。
海に流れて天に昇る。
でも雨として産まれない。
雪として産まれてしまう。
冬が解けない限り。
雨として産まれない。
それは不幸なのか。
それは幸福なのか。
少女はわからない。
少女は歩く。
雨の中を。
広い草原を。
誰かがいた世界を。
少女は止まる。
少女は見る。
地底に咲く薔薇を。
少女はしゃがむ。
少女は触れる。
棘のある薔薇を。
「なぜあなたがここに。」
少女は見る。
薔薇色の髪の少女を。
「友達に会うため。」
きっと独りぼっちの少女を。
「初めまして。」
少女は言う。
「初めましてね。」
独りの少女は言う。
「すてきな薔薇。」
少女は見る。
足元に咲く薔薇を。
独りの少女が見る薔薇を。
「すてきな薔薇ね。」
独り少女は歩く。
「あの子と同じ。」
雨を感じて。
「人に嫌われた薔薇。」
あの子が残した薔薇へ。
雷が鳴る。
常夜を照らす。
二人の少女を。
あの子の薔薇を。
「もし誰かを殺して。」
少女は見る。
「大切なものを取り戻せたら。」
あの子の薔薇を。
「あなたはそうしますか。」
棘のあるあの子の薔薇を。
少女は見る。
薔薇に触れた手を。
「それでも罪から逃げることはできません。」
痛みに染まらなかった手を。
雨が止む。
月が照らす。
独りの少女を。
あの子の薔薇を。
「助けるべきだった。」
独りの少女は触れる。
「瞳を閉じたあの子を。」
あの子の薔薇を。
「でも、今からでもあの子に。」
棘のあるあの子の薔薇を。
「許してもらえるかな。」
痛みに染まらずに。
少女は見る。
雨が止んだ空を。
月が浮かぶ空を。
彼女と電車からの空を。
少女は見る。
常夜の草原を。
独りの少女がいた草原を。
少女は拾う。
二人ぼっちの薔薇を。
少女は歩く。
きっと一人ぼっちで。
―四―
月が浮かぶ。
草原を走る電車。
京都では独りだった月。
でもここなら独りじゃない月。
少女は見る。
空を見る彼女を。
「もうすぐ東京の海ね。」
彼女は見る。
空の月を。
「あとどれくらい。」
彼女は見る。
空の星を。
「一時間位かしら。」
少女も見る。
空の月と星を。
空が染まる。
黒い雲で染まる。
「どうして海を見に。」
少女は聞く。
「メリーと会って。」
雨が降る。
「一年がたった。」
優しい雨が降る。
「だから思い出を作ろうと思って。」
彼女は答える。
残酷な雨が降る。
―五―
彼岸花が咲く。
海風に揺れる彼岸花。
雪色に染まる彼岸花。
少女は歩く。
雪の降る中。
彼岸花の中。
桜は咲いても。
薔薇は咲いても。
此岸花は咲かない。
冬になりかけの世界。
雪は世界を染めたい。
触れれば解けてしまうのに。
産まれては死んでしまうのに。
生きた証を残すように。
雪は世界を染める。
その証さえ消えてしまうのに。
少女は歩く。
少女は生きる。
彼女は止まる。
彼女は生きたい。
少女は見る。
生きたい世界を。
生きたいモノを。
生きたい少女を。
きっと独りぼっちの少女を。
「初めまして。」
少女は言う。
「初めましてね。」
独りの少女は言う。
「それは彼岸花。」
少女は見る。
桜と薔薇の色の花を。
独りの少女が持つ花を。
「そう彼岸花。」
独りの少女は見る。
「地獄に落としてしまった。」
手のひらの。
「少女の生まれ変わりの彼岸花。」
善の彼岸花。
雪が降る。
生きたい雪は。
世界を染めたい。
「あなたは自らの罪を。」
独りの少女は見る。
「受け入れることを。」
一人の少女を。
「残酷だと思いますか。」
彼女のいない少女を。
少女は見る。
手に触れる雪を。
解けてしまう雪を。
「残酷だとは思いません。」
きっと生きた雪を。
雪が解ける。
少女は見る。
歩く独りの少女を。
彼岸花を持つ独りの少女を。
「この花をあなたにあげます。」
独りの少女は広げる。
彼岸花を持つ手を。
「どうして。」
少女は見る。
手のひらの彼岸花を。
「彼女にあげてください。」
少女は持つ。
生きる彼岸花を。
少女は見る。
生きたい海を。
独りの少女がいた海を。
少女は歩く。
枯れた彼岸花の中。
少女は見る。
海に浮かぶ小舟を。
少女は揺れる。
雪が降る海の上。
彼女に花をあげるため。
―六―
夕日のような世界。
瞳を開けて広がった世界。
少女は歩く。
きっと二人ぼっちだったから。
―七―
海が揺れる。
胎児が踊るように。
少女は見る。
遠い海の彼方を。
雪が降る。
海に触れる。
海に解ける。
憶えてくれず。
忘れたように。
「彼女のことを忘れたい。」
少女は見る。
鏡が浮かぶ少女を。
菊の花を持つ少女を。
「忘れたくありません。」
少女は閉じる。
彼女と同じ色の瞳を。
「そう。」
少女は想う。
彼女のことを。
「それなら帰りなさい。」
少女は開ける。
朝と夜の境界の色の瞳を。
「彼女の所へ。」
少女は見る。
菊の花を拾って。
彼女と見る此岸の朝日を。
― ―
桜色の世界。
薔薇色の世界。
彼岸花色の世界。
彼女は見る。
月が落ちる世界を。
朝日が染める空を。
少女は歩く。
彼女に近づくため。
海風が吹く世界を。
少女は止まる。
少女はしゃがむ。
少女は見る。
夕日のよう染まった彼女を。
少女はかける。
彼女の顔へ手を。
瞳を閉じるため。
少女は渡す。
彼女の手に。
桜を。
薔薇を。
彼岸花を。
少女は見る。
菊の花を持って。
太陽が浮かぶ空を。
きっと一人ぼっちで。