0
チルノは考える事が苦手だった。
より正確には頭を使う事が苦手なのだ。だから、謎々などは大の苦手で解こうと何時間でも悩んでしまい、頓珍漢な答えを出してしまうし、算数の問題を出された日には、考えすぎて卒倒してしまう。
それでも、チルノは、そんな事など気にせずに暮らしていた。
なぜなら、そうした日常の小さな出来事など、チルノは記憶していないからだ。
チルノは考える事だけではなく、物事をおぼえる事も苦手だった。人の名前や約束事もすぐに忘れてしまう。困った事やつらい事も、一夜寝てしまえば忘れてしまう。嫌な事があって憂鬱でも、明日になれば全て忘れて元通りの元気なチルノになっている。
だから、チルノは日々を楽しく暮らしていける。
最も、それはチルノに限った事ではない。
妖精という生き物が、そういう風にできているのだ。
記憶力と認識能力の低さで、彼女らは明日は明日の風が吹くとばかりに風任せ。こうした種族的特性こそ、妖精は脳天気だと言われる要因である。
けれども、そうした人々の認識は少しだけ正確ではない。
妖精は脳天気ではなく、結果的に脳天気に見えるように出来ているだけだ。
だから、妖精も脳天気でなくなる事もある。
チルノの身に起こった出来事は、そういう事だった。
1
人間の里で一人の子どもが死んだ。
どうして死んだのかチルノには分からなかった。神社の巫女から簡単な説明されたのだけれど、難しくて理解できなかったからだ。
ならばと、巫女が詳しい説明をしようとすると、魔法の森の魔法使いは声を荒げて遮った。
「あんな事を教える必要ないだろ!」
魔法使いは怖い顔をしていた。
それがどんな事であるのか、結局チルノには分からなかった。魔法使いに止められた巫女は、あっさりと説明を止めたからだ。
きっとそれは、『子どもが知るべきではない事』だったのだろう。魔法使いはチルノとは仲良くしてくれているが、肝心な所で『子ども扱い』をする。
対して、巫女は他人を子ども扱いする事はなく、チルノに対しても『一個の確立した存在』として扱った。最も、それはチルノを認めているのではなくて、誰を相手にしても扱いを変えないだけだけれども。
巫女と魔法使い、どちらの態度の方が正しいのか。それはチルノには分からない。
いずれにせよ、子どもが死んだのだ。
死んだ子どもは、チルノも知っている子どもだ。花屋の若夫婦の息子で色々な草花の種を持ち歩き、道端に撒いては父親に怒られていたりしていた。あだ名は、そのまま花屋の息子だった。
チルノも、里に下りて遊んだときに朝顔の種をもらった事がある。顔はおぼえているが、名前をおぼえていなかった。
チルノには、よくある事だ。妖精という身の上では、名前など早々おぼえていられるものではない。どうしても記憶容量の限界があるからだ。
「お葬式かぁ」
巫女がつまらなそうに言う。
最も、この巫女はいつも詰まらなそうにしていた。だからといって、この世を疎む隠者というわけでもないし、全てに倦んだデカダンスでもない。単に物臭なのだ。
けれども、今日の巫女は普段よりも遥かに詰まらなそうな顔をしている。
「葬式は妖怪寺でするからな。仕事を取られたってわけだよ。だから、むくれているんだ」
魔法使いが巫女を揶揄する。
それでようやくチルノも理解した。
巫女は仕事を寺に盗られたから、少しばかり不機嫌になって、普段以上の仏頂面になっていたのだ。
それでは商売敵に塩は送らないとばかりに葬式には出ないのだろうか。
チルノが、その辺りの事を尋ねると、巫女は詰まらなそうな顔で「出る」と言った。
「宗旨的にどうなんだ?」
「別に気にしないわよ。そもそも寺も神社もちょっと前までは一緒だったんだし」
どうやら気に入らない事とは別に、ちゃんと葬式には出てくれるらしい。
チルノは少しホッとした。
こんな事で巫女が来ないという事になるのが嫌だったのだ。
チルノは死んだ子どもの名前も覚えていないけど、その子どもが『いい奴』だった事は覚えている。
そんないい奴のお葬式に巫女が臍を曲げて来ないのは、どうにも嫌だった。
「それで、葬式はいつだ?」
「うん。色々と後始末があるでしょ。今のままだと喪主を任せられる人もいないし。だから、里のご隠居辺りに頼んで、二日後にお通夜をするみたい。そういや、仏式って数珠がいるんだっけ?」
「喪服も忘れるなよ」
「……あんたはいいわよね。エプロンを取ればそれで喪服になるから」
二人が葬式に関する相談をし始めたとき、チルノは慌てて手を上げて、自分も行く事を告げた。
「だったら、お前は三日後の葬儀のときに来い。私らは手伝いがあるから通夜から参加するけど、葬式は相当忙しい。色々あった所為で、やることが多くて、人手は馬鹿みたいに足りないが、餓鬼の手は邪魔なだけだからな」
「私も葬式の時だけじゃだめ?」
「駄目に決まっているだろ。それじゃ、チルノ三日後に寺に来い。葬儀はあそこでやるから、忘れるんじゃないぞ」
忘れるはずが無い。
友人の葬式を忘れるなんて、馬鹿な真似をするわけが無いと、チルノは、大きく頷いた。
三日後に、ちゃんとお別れをしよう。その時は、そう決めていた。
けれど、チルノは忘れてしまった。
妖精という生き物は、その程度の事も憶えていられなかった。
10
その日、朝に目が冷めた時、チルノは何か引っかかっていた。何かを忘れているような気がしたのだ。
けれど、何を忘れているのかチルノは思い出せなかった。
思い出せないのだから、きっと大したことではない。結局、チルノは遊びに出る事にした。
朝食を済ませ家を出ると、家の外は妙に静かだ。
家の外に出れば、いつもなら霧の湖で遊んでいる誰かしらに出会うものだけれど、今日は不思議と誰にも出会わない。
最も、チルノは一人遊びもかなり上手いので特に苦労はしなかった。
一部の例外を除けば、妖精達は、冷気を振りまくチルノを避けるので、嫌でも一人遊びは上達する。
だから、一人でも不自由はしないのだ。
そうした一人遊びの中で一番面白いのは、蛙遊びだ。蛙を凍らせて、蘇生させるこの遊びが、氷の妖精のお気に入りだ。
チルノはそれをやろうとしたが、だいぶ寒くなってきたので、蛙はみんな冬眠してしまっている。
他に誰かいるならば、弾幕ごっこをして遊べるのに今日は誰もいない。
仕方無しにチルノは、虫取りをする事にする。
これも、かなり楽しい。
そこらにある木の棒に蜘蛛の巣をたっぷりつけてトリモチ棒の代用品を作り、それで蜻蛉などを捕まえるのだ。
トリモチ棒を持ったチルノは、蜻蛉を探した。
目当ては、大きなオニヤンマ。
蜘蛛の巣の付いた棒を振り回して、チルノは蜻蛉を探すけれど、もうすっかり寒くなってきたので、どうにも蟲が少ない。
チルノは少し考えた。
どこかに蜻蛉が沢山いるところは無いだろうか。
そうして考えていると、一匹の大きなオニヤンマが視界の端を掠めた。
これは凄い大物だ。
チルノはそれを追いかけた。
あんなに大きなオニヤンマはちょっと見た事もない。アレを捕まえたら、みんな驚くだろう。
チルノは、懸命にオニヤンマを追いかけた。
小川を渡り、丘を越えて、稲刈りの終わった田んぼのあぜを通って着いた先は、寺の裏にある墓地だった。
そこに入ったところで、オニヤンマを見失ってしまい、チルノは往生する。
どこに行ったのかとオニヤンマを探していると、何処からか念仏が聞こえてきた。
寺では決まった時間に読経があるけれど、こんな時間でも読経をしただろうか。チルノは首を捻った。
何かが引っかかった。
何かを忘れているような気がする。
ちりちりと嫌な感触がチルノの気に障った。けれども、チルノは何を忘れているのかも分からなかったので、頭をぶんぶんと振る。
そんな事よりも蜻蛉捕りだ。
とびっきり大きなオニヤンマが、この寺の墓地への入っていったのは間違いない。アレを捕まえられなければきっと後悔するだろう。
チルノは再度、墓地で蜻蛉を探した。
そうして時間を忘れて蜻蛉捕りをしていると、チルノは突然声をかけられた。
「何してるのよ」
冷たい声だった。
振り向くと手首に数珠を巻いた巫女が立っている。隣には魔法使いも居た。
何事かとチルノが佇んでいると魔法使いが焦ったような顔をして近付き、持っていたトリモチ棒を捨てさせると、こう言った。
「お前はアレだろ。ちょっと時間が余っていたから虫取りをやっていただけだよな。それで、つい夢中になってただけなんだろ? ほら、こっちに来い。そんで最後の挨拶をしてやれ。これから埋葬だが、まだ挨拶は出来る」
捨てさせられたトリモチ棒が転がってしまったので、チルノはそれを目で追った。
どうして虫取りをやめさせたのかと魔法使いに尋ねようとして顔を上げると、怖い顔をした巫女が居る。
とても困った顔をした魔法使いが居る。
そして、戸惑い顔の住職、眉を潜めた命蓮寺の尼僧達、里の人間達、妖怪の山の天狗や河童、花の妖怪、他にも沢山の人がチルノをじっと見ていた。
チルノは魔法使いに問うた。
みんなはここで何をしているのか。
なぜ、そんなに怖い顔をしているのか。
「馬鹿。今日はお前の友達の葬式だろう」
そこでようやくチルノは理解した。
自分が、花屋の子どもの葬式があることも忘れて、遊び惚けていた事を。
それの一部始終を『みんな』に見られていた事を。
チルノは、馬鹿みたいに蜻蛉捕りに熱中して、葬式を忘れていたところを見られて、葬式に参列していた人々に呆れられたのだ。
「仕方ないですよ。妖精とはそういうものですから。こうした事柄は覚えていられないものなのです」
取り繕うように命蓮寺の住職が言った。
「それもそうね」
巫女も同意する。
それは実にあっさりしたものだった。
まるで『お前はそんな程度のものだ』と見切られてしまったかのようだ。チルノは、どうしようもない位に自分が呆れられている事を知った。
「ほら、行くぞ」
魔法使いがチルノの手を引く。
呆然としながら、チルノはそれに従った。
それから、チルノは魔法使いに手を引かれて、遅まきながらも葬式に参列する。
納棺はとっくに終わっているから、出来る事は埋葬の時に拝む事くらい。それをするためにチルノは一行に混ざった。
手を引かれて埋葬場所へと行く間、チルノはずっと考えていた。
ちゃんと葬式に行こうと考えていたのに、なぜ忘れてしまったのだろう。死者への哀悼の気持ちは確かにあったのに、自分はそれさえも忘れていた。
ほんの少しだけ、引っかかっただけで、すっかり忘れていたのだ。
そもそもチルノは、かなり長い年月を生きている。
その間に、かかずらった人間は一人や二人ではない。
中には親友とさえ言える人間だって、いた気がする。
けれども、その人たちの事をチルノは全く思い出せない。
本当にそんな人はいたのかと悩み込むほどに、チルノは何も覚えていない。
なら、この小さな桶のような棺桶に入っている友人はどうだろうか。
チルノは、死んだ子どもを思い出そうとする。
けれども、名前はおろか顔すらも思い出せない。どんな遊びをしたのかも思い出せなかった。
チルノに分かる事は、友達が死んだという事だけ。
「そんなに怯える事はないわ」
すると、参列していた花の妖怪が声を掛けてくる。チルノはそこで初めて自分が震えている事に気が付いた。
「妖精とは、陽気で幸福な生きもので、そうした人生を生きるために知恵の類は持たされていないし、記憶力も持ち合わせていない。なぜなら、全てを忘れる事ができれば人生は常に新鮮で新しく、知恵が無ければ目の前の不幸を認識できないのだから。今日のつらい事も明日には忘れられ、つらい事は忘れてしまうように出来ているのよ。だから、貴方は友達が死んだお葬式を忘れたの。貴方は友達が好きだから、つらいから忘れただけよ」
優しい声だ。
だが、その優しさは、剣呑に思える。
花の妖怪が示した優しさは、手の施しようも無い末期患者に対するような、屠殺場に送られる牛を見送るような、そんな優しさだった。
――自分は哀れに思われている。
その事が怖ろしくて、震えていた事にチルノは気が付く。
自分は『ここにいる誰よりも哀れな生き物なのだ』と認識する事に、チルノは怯えていた。優しくされているのは、それだけ哀れであるという証明だった。
実際に、自分は哀れな生き物なのだろう。
いい奴だった花屋の息子の死を、完全に忘れ去っていたのだから。
棺桶は墓地にたどり着いた。後は棺を埋葬すれば、一連の葬儀は終了となる。
あらかじめ掘ってあった墓穴に、棺を納めて、供養にとお膳が投げ入れられた。
そして、若い衆が土がかけられる中も、チルノはまだ震えている。
明日には、この事すら忘れ去ってしまうであろう事が、忘れたくない事を忘れてしまう事が、何よりもそんな生き物である自分自身の境遇が、怖ろしく、そして情けなかったのだ。
葬式が終わってから、チルノは後始末の手伝いをしている巫女や魔法使いに尋ねた。
物事をキチンと覚えているにはどうすればいいのか、教えを乞うた。
「……ああ、だったら覚え書きをすれば良いんじゃないか?」
魔法使いは、自身が覚えられないのならば、書き記せばいいと言った。
「簡単な方法だけど、それは悪くないわね。でも、だったら日記の方が良いんじゃないかしら?」
魔法使いの意見を巫女が修正する。
チルノは、その日を境に日記をつけることになった。
11
チルノは日記をつけるようになった。
その日に起きた出来事や約束事を書くことはチルノの日課となり、これによってチルノは、日常の瑣末な出来事や細々とした約束事、何よりも日々の大切な思い出を覚えていられるようになった。
しかし、それは逆説的に語れば、日記が無ければそれらの出来事を忘れてしまう事でもあった。
毎朝、日記を読み返す度に、チルノはそれを認識する。
チルノは本当に沢山の事を忘れていた。友達を遊んだときの様々な失敗や、お気に入りの小物をなくして悲しかった事、美味しい物をご馳走になって嬉しかった事、弾幕ごっこに勝った負けたなどの印象的な出来事ですら、チルノは忘れてしまっていた。
それでも、中には覚えていられたこともある。紅霧異変や春雪異変、六十年周期の大結界異変などは比較的良く覚えていた。
けれど、全体としては忘れている事の方が圧倒的に多い。
だから、日記帳を読み返すたびに、チルノは恐ろしくなる。簡単に物事を忘れてしまう自分が怖くなる。
日記を書く事も、読み返す事も恐ろしかった。
しかし、日記に触れないでいる事の方がより怖ろしく、思い出を忘れてしまう事は耐えられなかった。
だから、強迫観念に突き動かされて、チルノは日記を書き、読み返した。
そうして、日記に苦痛を覚え始めてしばらく経過した頃、チルノは何かにつけて日記の事を忘れてしまう事が多くなった。
妖精は、嫌な事はすぐに忘れるように出来ている。妖精の防衛本能が日記を拒絶し始めたのだ。
そしてある日、チルノは日記を日記として認識できなくなり、それを何処かに放り出してしまった。
日記はそのまま何ヶ月も放置された。
ある日、チルノの家に遊びに来た魔理沙が気まぐれから、勝手に部屋を漁って日記を発掘し、それを読み出すという暴挙に出なければ、チルノはそのまま全てを忘れ去っていただろう。
自分は日記を忘れ去っていた。その事に気が付いた時、チルノは九死に一生を得たかのような、冷たいものを感じた。
かくして、記憶を失う事に恐怖する日々に、チルノは戻る。
真っ暗闇の中を、微かな光を頼りにして歩くように、記憶を失わないために、チルノは再び日記をつける。
日記は、怖い。
つらい過去を、苦い経験を振り返る作業は苦しい。、
しかし、大切なものを大切であると認識できず、無造作に捨てていく事は、何よりも恐ろしかった。
だから、もう二度と忘れないようチルノは腕に一文を書く。
雨が降っても洗い流されないように、油性の染料で書いた一文は『日記をみろ』という簡素な一言。
それは実に効果的だった。
朝起きれば、顔を洗うなり、朝食を食べるなりする時に、嫌でも腕は目に入る。
そこで腕の一文を読んで、チルノは日記の事を思い出すことが出来た。日記を忘れる事はなくなって、チルノは小さな安心と僅かな心の安定を手に入れた。
そのようにチルノが日記に振り回されていた頃、チルノに対する周囲の評価が少し変わりはじめていた。
「最近、チルノが変わったわね」
博麗の巫女がいつも通りのつまらなそうな言い方で、言った。
「確かにそうだな。なんというか、だいぶ落ち着いたんじゃないか」
巫女の言葉に、魔法使いは同意する。
「暗くなったとも言うけどね」
「そういう事言うなよ。アレは落ち着いたんだ。いい事だ」
「そうかしらね。妖精が落ち着くのって、不自然だと思うけど」
外から見ればその程度の変化だったけれど、それでも日記という外付け式記憶媒体を使い始めたチルノの行動は、確実に変わっていたのだ。
特に大きく変わった事は、無根拠な自信の喪失。
チルノは、失敗を忘却することによって、自分は全能であるという幼児期にありがちな錯覚を抱いていた。だが、日記によって自分が失敗を繰り返していると認識して、大言壮語を吐かなくなった。
つまり『あたいったら最強ね』などと口に出さなくなったのだ。
魔法の森の魔法使いのように、凡人である事を認識しつつも、意地と伊達と酔狂によって虚勢を張るほど、チルノは前のめりな性格ではなかった。
本質的に、素直なのだ。
だから、失敗の記憶を蓄積するにつれ、チルノは虚勢を張る事をやめた。
それは自己に対する過剰な自信がなくなっただけであるが、他人から見れば『暗くなった』とも取れるかもしれない。
今までのチルノは、我武者羅で明るかった――あるいは考えなしで脳天気だった。
しかし、今のチルノには、それは無い。
今のチルノは、幻想郷で一番妖精らしくない妖精になっていた。
ただ、日記をつけただけで、チルノはここまで変わったのだ。
日記は、チルノの行動指針にまでなっていった。
日記に記述をすれば、普通なら忘れてしまうような事でもずっとおぼえていられる。
一夜たてば消えてしまう瑣末な思い出も、チルノの代わりに日記がおぼえていてくれる。それはとても頼もしいものだった。
けれも、やはりチルノは日記を見るのが恐ろしい。
例えば、チルノの友人である闇妖が、一匹の子猫を飼い、そしてその子猫が居なくなってしまったという記述が日記にある。
そこにはチルノの字で、
如何に『猫が可愛かった』のか、
猫は『幾ら探しても見つからなかった』のか、
みんなで闇妖を『慰めて、その日は大変だった』のか、しっかりと書かれている。
そのような事が書いてるけれども、それをチルノは欠片もおぼえていない。読んでも一切思い出せない。自分を主人公にした小説を読んでいるような気分でそれを読む。
チルノは、しばらくの間、朝起きるたびにそれを読んで自分の記憶としておぼえておき、闇妖と一緒に猫を捜しに行った。
猫を失った闇妖の事を思うと、チルノは毎朝心を痛めた。
そうしてみんなで猫を探したが、結局、猫は見つからなかった。
鼠のダウザーに頼んでも、見つからなかったのだ。
だから、しばらくの間、チルノはその顛末を毎朝確認しては、子猫が見つからなかった事を知り、子猫の末路を想像して暗澹たる気分になった。
勿論、日記には嫌な事や悪い事、苦い経験だけではなく、良い事や楽しかった事も書いてある。
しかし、それの事もチルノはおぼえていない。
だから、日記に書いてある楽しい思い出を読んでも、そういう事があったのだと感じる程度でしかない。実感を伴わない。
書いている文字は、喜びが滲み出してきそうなくらいに楽しそうなのに、読んでいるチルノは大して楽しくない。
万事その調子だった。
日記はチルノになくてはならない物だが、同時にチルノを深く傷つけ続けていた。
しばらくして、日記が厚みを増してきたころ、チルノは日記の要略版を作った。毎日、日記を全て読み返す事が難しくなったためだ。
要略版は、基本的な出来事や約束事がまとめられた手帳のような物で、これを読めばチルノは、現在取り巻く基本的な状況や、それに至る経緯を知る事が出来る。
そして、週に一度は日記の整理をして、その度に要略版の改訂をした。
こうした日々は、記憶の糸を使った綱渡りのようなもので、チルノは危なげながらも、それを渡っていた。
しかし、何年もの繊細な記憶の綱渡りの末に、チルノはそこから滑り落ちてしまった。
日記を紛失してしまったのだ。
その時には、日記はすでに三冊目になっていたが、チルノがなくしたのは一冊目の日記だ。
現在の状況は、要略版や二冊目以降の日記で、問題なく理解できる。
全ての契機となった花屋の息子の事も、要略版に記述があるおかげで、忘れないでいられた。しかし、細かい状況は分からない。要略版は本当に簡単にしか書いていないのだから。
チルノは、日記一冊分。つまり、一年間の記憶を失ってしまい、激しい衝撃を受ける。
そして、日記――物質的な記憶媒体には絶対的な限界があることを知った。
日記がある間は、確かにチルノは思い出を残す事も、経験を積む事もできる。日記がチルノの脳の、記憶野の代わりをしてくれるからだ。
けれど所詮は日記など、紙の束に過ぎない。
こうして無くなる事もあるし、事故で焼失してしまう事もある。
今から思えば、バックアップを取っておけば良かったのかも知れない。しかし、バックアップも所詮は紙でしかないのだ。
だからといって、石版や鉄板に掘って残す事は現実的ではないし、それも所詮は物質に過ぎない。いつかは無くなってしまう。
そんなものに自分の全てを託す事の頼りなさを、チルノは痛感した。
チルノは家を飛び出した。
本来ならば日記を探すべきだろう。しかし、その時のチルノが考えていたのは別の事だ。
代わりを探さなくてはならないと、とっさに思ったのだ。
日記ではダメだ。
元々、日記では問題があったのだ。日記に書き記した記憶は、あくまで『記録』に過ぎない。それは記憶を思い出しているのではなく、文字を追って追体験をしているだけだ。
それをチルノは他に方法がないから、必死に『記憶』だと思い込もうとしていた。
二年前の葬式に起こった出来事も、今のチルノには、そういう事があったのだと『読む』事しか出来ない。『思い出す』事など、望めない。日記は単体では記憶や思い出になりえない。単なる記録だ。
そんな程度のモノに、チルノは必死に縋っていた。
それでは、駄目だ。
やはり、どうにかして自分でおぼえるしかないのだ。
チルノは、もっと優れた解決策を探すために、幻想郷の『頭のいい人達』を尋ねた。
記憶力を手に入れなければならない。もっと頭が良くしなければならない。
何でも自分でおぼえていられるようにならないと、大切なものを大切だと認識できないまま全てを捨ててしまう。
そう思った。
だから、チルノは幻想郷中を訪ね歩いた。
命蓮寺の住職曰く。
「……そうですね。見聞きしたものを全て憶える事が出来るという虚空蔵求聞持法という修法はあります。でも、それは貴方には無理でしょう。これは虚空蔵菩薩のお力を借りた修法でして、虚空蔵菩薩の真言を百日かけて百万回唱えるというものですが……相当な修行を積んだ僧であっても成し遂げられるものではありません」
永遠亭の薬師曰く。
「頭の良くなる薬と言うものは存在しないわね。DHAとかが頭が良くなるサプリメントなんて言われているけど、それは誇大広告もいいところ。鬱やアルツハイマー型の痴呆には少し効果があるけれど、摂取すればするほど頭が良くなる事なんてないわ。勿論、摂取して悪いものじゃないけれどね。風邪のときに暖かいものを食べる程度の効果はあるでしょう。まあ、それよりもバランスのいい食事をする事の方が重要だけど」
妖怪の山の風神曰く。
「頭の良くなる奇跡が欲しいなら、道真公辺りにお願いしなさい。こっちは同じ天神でも、風雨のコントロールに農耕関係、それと戦争ぐらいしか加護が無いの。勉学知識は専門外よ」
紅魔館の魔法使い曰く。
「妖精風情が智慧を授ける悪魔を呼び出したいって? やめときなさいって。智慧を与える悪魔といえば地獄の公爵ブネだけど、その恐ろしさはかのタタール人も恐れるほどなのよ。私だって手が余る悪魔を氷の妖精に召喚できるわけないじゃない」
頭を良くしようとして、簡単に頭が良くなるのなら世界はもっと愉快なものになっているだろう。
頭が良くて偉い人達はみんな、最後は示し合わせたかのように『頭を良くしたいなら地道に勉強をするのが一番』と語った。
けれども、そうした地道な努力でどうにもなりそうに無いから、チルノは困っているのだ。
そういう人達は、頭を良くするためには、ある程度は頭が良くないと話にならない事を知らない。頭が良いから、頭が悪いものの生きる世界を理解してくれない。
頭の根本的な悪さを語るなら――
例えば、チルノは算術がよく分からない。
1たす1なら、その答えが2だとどうにか理解できる。
けれども、これが1たす2になると、チルノは途端に理解できなくなる。
何も無い0は分かる。
そこに在る1も分かる。
だが、2となると数が多すぎて、チルノは把握するのに一杯一杯になってしまう。
チルノは、数を『一つ』と『無い』と『沢山』しか理解できない。2も3も4も同じにしか思えない。2より大きいとダメなのだ。
いや、言語化しなければ目の前にある数は認識できる。1が何個かあるなら、感覚的に理解できるのだ。
だから、これは数字との適合性が致命的に悪いとしか言いようがない。
きっとそれが頭が悪いということなのだろうと、チルノは理解している。自分はどうしようもないくらいに頭が悪いのだ。
それでも、チルノはどうにか解決策を手に入れなければならない。
頭を良くして、大切な事を忘れないようになる。
でも――殆どの『頭のいい人』は匙を投げてしまった。
残ったのは、本拠地が分からないので後回しにした、スキマ妖怪を残すのみ。
一縷の望みをかけて、チルノはスキマ妖怪を探した。
方々を探し回り、色んな人を訪ね歩いて、何日も時間をかけて、チルノはスキマ妖怪をどうにか見つけた。
そして、スキマ妖怪に事情を話して、どうにか自分の頭を良く出来ないかと尋ねた。
すると、スキマ妖怪は今までの偉い人たちとは異なる反応をする。
「出来なくはないかもしれません」
その言葉を聞いたチルノは、とっさに妖怪のスカートの端を掴んだ。
チルノは半ば、諦めかけていた。たとえ不完全でも日記に全てを託すしかないと、そう考え始めていた。
そこにスキマ妖怪の、この言葉だ。
それは天から降りてきた蜘蛛の糸。チルノはカンダタのような心持ちになって、スキマ妖怪のスカートの端を掴んで離さない。
離すわけにはいかなかった。
彼女に頭を良くして貰わなければ、チルノは大切なものを全て忘れて、挙句の果てに忘れた事すらも忘れてしまう。
チルノは、それが耐えられない。もうこれ以上記憶を失いたくなかった。
しがみ付くチルノをそのままにして、スキマ妖怪は滔々と語りだす。
「知性とは、脳に由来しています。脳の良し悪しが頭の出来不出来に深く関係しているのです。ですが、悪いからと言って脳に手を加える事は出来ません。生き物の脳というものは、人格の根幹部分で、下手に手を加えれば取り返しの付かないことになります。だから外科的手法で頭を良くするのは至難の業です。仮に頭を良くするために脳手術をしても、きっと弄繰り回した結果、貴方という人格は失われてしまうでしょう。ハード面から頭を良くするのは極めて難しいのです」
ならばどうすれば良いのか。
チルノはスキマ妖怪に教えを乞うた。
「脳を支配している基本的な考え方を変えます。ソフト面から、より効率の良い情報処理法を導入する。脳の仕組みの無駄をなくすのです。そうすれば今の貴方の脳のままでも、より早い思考が出来るようになるし、記憶も脳の容量を食わなくなるでしょう。だから、これを習得すれば、貴方は頭が良くなるし、沢山の事柄を覚えていられるようになります」
そんな素晴らしい事があるのだろうか。
そんなに素晴らしい事があるのなら、どうして誰も『それ』を採用しないのだろうか。
「人類は、極めて初期に十進法を採用しました。文明の初期段階でそういう風になってしまった。だから、『それ』は一般的ではなくなったのよ。でも、式やコンピューターは『こっち』を採用した。だから、式やコンピューターはしかるべき手順を踏めば、如何なる難題であろうとも解決できる」
それは一体何かとチルノが尋ねると、スキマ妖怪は厳かに答える。
「それは、二進法というものです」
100
チルノはスキマ妖怪から、二進法について教えを受ける。
二進法での数の数えから始まり、二進法での計算方法、二進法による言語処理、二進法の情報処理法、二進法における思考方法と、チルノは次々と二進法をマスターしていき、完全に二進法をモノにした。
それは、チルノにしっくりくるものだった。
チルノは、0から2までしか数えられないし、2も数えているときは一杯一杯だ。
しかし、それが二進法だと0と1だけで数を表すので、2は10になる。チルノにも馴染み深い1と0を組み合わせたものだ。これならチルノも簡単に数えられる。
実際、二進法は無駄が無く。とても素敵だった。
二進法を教えたスキマ妖怪も驚くほどに、チルノは二進法に適応したのだ。それはチルノに、本当に馴染んだ。
0と1で再構成されたチルノの記憶は、とてもコンパクトに脳内に収まって全く場所をとらず、日々の記憶を失うという事はなくなった。
記憶がなくなったりしない事を確認したチルノは、日記をしまい込んだ。書かれていることを全て記憶したので不要になったのだ。
もう日記を失う事に怯えなくていい。そんな物が無くても、チルノは全ての記憶をおぼえていられる。
それは、とても嬉しかった。
しかし、チルノの受けた恩恵はそれだけではなかった。
思考速度の向上によって、チルノの世界は、がらりと変わったのだ。思考の基底に二進法を採用して以来、何もかもがうまくいった。
出来なかった事が出来るようになり、チルノの世界は広がりを見せる。
その例を挙げれば――
チルノは今まで、長いスパンの約束が出来なかった。
例えば『一週間後の昼の三時に一本杉で』なんて約束は、今までのチルノには絶対に無理だった。おぼえるおぼえない以前に理解の範疇外にある。
けれども、今では『111日後の1111時に1本杉』とおぼえればいい。0と1が幾つ並んでいるかをおぼえればいいのだから、とても楽なのだ。
日付もおぼえられるので、カレンダーを活用できるようになった。
紅霧異変で初めて巫女や魔法使いたちと弾幕ごっこをしたのは『第1110110季の夏』とおぼえ直した。他の異変も同様に記憶した。
時計も読めるようになったので、スキマ妖怪から貰った懐中時計を持ち歩く。流石に銀の懐中時計とはいかないけれども、それはなかなか上物で、ポケットから時計の鎖を垂らすのがどこか大人っぽく思えて、チルノは得意げに鎖をチャラチャラ鳴らし、人に時間を教えたりして、少し煙たがられた。
二進法は、全く素晴らしいものだった。
難点といえば、脳内の処理は全て二進法で行うようになったので、他人と話す時などは、言葉を人間の言語に訳さなくてはいけない事ぐらいだろうか。
それでも、二進法による思考法を覚えたチルノは、思考速度も向上しているので、それは対して難しい事ではなかった。
二進法を基底として、チルノは確実に頭が良くなったのだ。
その変わりようを人々は驚きを持って受け入れた。
チルノの評判も随分と変わった。
「最近のチルノ。明るくなったわね」
博麗の巫女が、いつも通りのつまらなそうな顔で言った。
「そうだな。いい事だぜ……ただなぁ」
魔法の森の魔法使いは顔を曇らせる。
「どうしたの?」
「ああ、大したことじゃないんだがな」
「大したことじゃないなら口ごもる事ないでしょ。言ってみなさいよ」
「あー、うん。最近、チルノが生意気になったと思ってな」
「ふぅん。どんな風に?」
「いや、大したことじゃないんだが、スターダストレヴァリエあるだろ。私のスペカの」
「うん。あるわね」
「あいつは、アレをあっさり破ったんだよ」
「なんだ。そんな事か」
「いやいや、話はそれだけに終わらないんだ。それで終わった後であいつなんていったと思う? 『今日は星屑弾幕が崩れるタイミングが雑だったから、次は気をつけたほうが良いよ』なんて偉そうな事いったんだぜ」
「成程。それで雑だったの?」
「……まあ、前日は魔法の実験とかしててさ。三時間しか寝てなかったし、寝不足だったんだよ」
「チルノの指摘が正しいなら、別に生意気って言うほどの事じゃないでしょ」
「いや、でもさー。最近のあいつ、可愛くねーんだもん! 小難しい理屈捏ね繰り回して、あのスキマとつるんで何かやってるし」
「ふうん。まあ、良いんじゃない。全く妖精らしくないけど」
こうして、チルノ自身も、その取り巻く状況も変化したが、その変化をチルノは大いに歓迎した。
頭が良くなった事で広がった、新しい世界にののめり込み、二進法によって得た智慧を持って、様々な事柄に突撃していった。
弾幕ごっこに使用するスペルカードを改良し、それを使うと面白いように勝てた。更に、他の連中のスペカにアドバイスをして、より避けがいのあるスペカにして競い合うのも楽しかった。
妖怪の古老の集まる討論会や集会に顔を出した。
師匠格となったスキマ妖怪に付いて行って、形而上学的な事柄について、自由に意見を言ったり、討論したりした。化け学について狸の大御所に質問をし、古代に起こった戦争の話を鬼から聞いた。
最も全てが和やかに進んだわけではない。
どんな場所にも鼻つまみ者はいる物で、鼻が大きくてプライドも肥大化していたとある鼻高天狗は、妖精如きがこんな場所にいるのは何事かと、チルノを目の敵にした。
そいつは随分とチルノが気に入らなかったらしく、ありとあらゆる嫌がらせをして、チルノを集まりから追い出そうとする。
その情熱は凄まじく、黒幕歴の長いスキマ妖怪をして「これはひどい」と、呆気にとられるほどだった。
結局、穏便に収める事は出来なくて、チルノはそいつと対決をする事になる。
鼻高天狗と二進法を操る妖精の対決に、幻想郷は沸いた。あまりにも組み合わせに脈絡が無いから、面白がったのだ。
しかも、勝負方法は弾幕ごっこではなく討論となれば、野次馬の期待はいやがうえにも高まった。
そして、戦いの火蓋は切って落とされた。天狗と妖精の討論会が開催されたのだ。
鼻つまみ者の鼻高天狗は、差別的で傲慢な見解を修辞技法の限りを尽くしてデコレートし、チルノを口撃した。
だが、氷の妖精は口撃に隠された差別的意図をことごとく引っ剥がして、いかに鼻高天狗が感情的な理由から自分を排撃しようとしているのかを証明し、天狗の鼻を叩き折った。
こうして鼻高天狗を論破したチルノに集まった妖怪達は喝采を送った。
それはとても気持ちが良い出来事だった。
チルノは、これまで生きててこんなにも尊敬を集める事はなかった。せいぜい、巫女や魔法使いから辛勝を拾って褒められる程度だ。
だから、リスペクトされる事がこんなにも楽しくも面白いとは知らなかった。喝采を浴びる事のなんと心地よい事だろう。
それに味を占めたのか、討論会や集会がある度にチルノはスキマ妖怪に付いて行って、齢何千年を数える妖怪達から『弁の立つ妙な妖精』と可愛がられた。
チルノは河童とも随分仲良くなった。
河童の考え方は論理的なものではなく、実に直感的だったけれども、その科学的手法は尊敬に値するもので、チルノは河童から電気工学やら、化学やら、流体力学やら、応用物理学やらと沢山の科学技術を教えてもらった。
応用物理学の実習と称して、様々なカタパルトを使って物を飛ばすのは、実に面白いものだった。最初はチルノの作った氷塊を飛ばして遊んでいただけだが、河童同士でコンテストをしようとある河童が言い出した辺りから雲行きがおかしくなった。
自分のカタパルトが一番遠くに飛ばせるのだと、河童達の競争心に火がついて、強烈なカタパルト開発競争が始まったのだ。
その進歩の速度は目を見張る物があり、カタパルトの飛距離は飛躍的に伸びていって、その投射物はついに博麗神社の鳥居にまで到達し、その鳥居が破壊されてしまった。怒髪天となった巫女によって全ての河童が懲らしめられるまで、カタパルトの改善は続いたのだった。
その後も、チルノと河童は気が合ったようで、外の物品の解体をしたり、巨大な階差機関を作ったり、超伝導実験の為に呼ばれたりと、妖精と河童の交友は続いた。
そうして、河童との付き合いの仲で、チルノが一番気に入ったのはモールス信号だ。
トンとツーの二種類の音だけで、意思疎通を行うモールス信号は二進法を採用した妖精にぴったりだった。
チルノはそれをいたく気に入り、河童と話す時はもっぱらモールス信号を使い、河童の方も、モースル信号を話す妖精をそれはそれは面白がって、次第に妖精と河童の会話はモールス信号によって行われる事になった。
例えばチルノが『こんにちわ』と言う時、『ツーツーツーツー・トンツートンツートン・ツートンツートン・トントンツートン・ツートンツー』と言う。表記すると長いけれど、これをチルノは実にスムースに呟くのだ。
すると河童は面白がって『ツーツー・トントンツー・ツーツーツーツー・ツーツーツートン』と答えた。これは、「ようこそ」という意味だ。
そうした事は、とても楽しいものだった。
しかし、そうした楽しい事とは別に、チルノは楽しくない事も行っていた。
智慧を手に入れ、脳内で記憶の圧縮も出来るようになり、様々な事を覚えていられるようになったチルノは、自分が失った過去を探していたのだ。
それは辛く苦しいものだった。
かつての自分が大切なものだとは気が付かなくて、顧みずに捨ててしまった物を一つづつ拾い集める作業は、チルノの心を磨り減らした。
忘れてしまったかつての知人。
忘れてしまったかつての恩人。
忘れてしまったかつての友人。
大半の人達は死んでしまっていたけれど、遺族や記録、それに残された書簡や日記などを頼りに、チルノはかつて結んでいた絆を、忘却してした事を謝罪しながら自分自身に刻んだ。
それは、苦行と言ってもいい。忘れていた悲しみを、一つ一つ掘り起こす作業は、チルノを深く傷つけた。
それでもチルノは、それを止めなかった。
もう二度と忘れない。それが現在のチルノの信念だからだ。
そうして、過去を拾い集める過程で、チルノはそれまで気が付かなかったことや、理解できずに捨てておいたことも知る事になる。
例えば、全ての切っ掛けとなった、里でよく遊んでいた花屋の子どもに起こったことがそれだ。
子どもの名前は×××××という名前だった。
彼は花屋の息子として生まれたが、母親は産後の肥立ちが悪く、×××××を生んだ直後に死んでしまう。
その後、彼の母親の妹が、彼の父と再婚をし、彼には継母ができる。
継母は彼をたいそう可愛がっていた。姉の子であり少なからず血の繋がりがあるのだから、当然だろう。
しかし、何年かたって継母が妊娠すると、家族の歯車がずれてしまった。
チルノが尋ねても、誰も明確に語らなかったが、継母は×××××を殺してしまったらしい。
何が彼女を突き動かしたのか。
少し前のチルノであれば、それは理解できない事だったが、今のチルノは何とはなしに想像がつく。
きっと、魔が差したのだろう。
子殺しをした継母は、娘を産んだ後は倉に押し込められているらしい。人間の里には、警察機構など無いから、こうした不祥事は内々で処理するしかない。
父親は、一時期は、生きる気力すら失っていたが、今は、押し込められた継母が産んだ子を育てているそうだ。
巫女がチルノに詳しい事情を説明しようとしたときに、魔法使いが叱ったのは、こうしたドロドロとした事情を聞かせたくなかったからだろう。
だが、そうであるとしたら魔法使いの気遣いは全くの杞憂だった。
あの時のチルノは、こんな複雑な事情など説明して貰っても理解など出来なかったのだろう。
無知であるが故に、残酷な世界からチルノは守られていた。
だから、平気だったのだ。
そして今は、チルノを守るものは何も無かった。
二進法を採用して百年が経過した頃、チルノは幻想郷から姿を消した。
逐電したのだ。
101
それから随分経って、幻想郷でチルノの話をする者は居なくなる。
最初の数年は、多くの者がチルノの行方を捜した。
しかし、チルノの行方は依然として知れず、年を経るごとに探す者は少なくなり、かなりの時間が経過すると、次第に忘れ去られた。二進法によって智慧を得て、モールス信号で会話をし、博覧強記ぶりを発揮していた妖精の事を知るものは数えるほどになり、語る者にいたっては皆無となった。
そうして姿を消したチルノは、隠者となっていた。
誰にも語られる事のない妖精は、誰にも見つけられない隠れ家を築いて、その中に閉じこもり、目を閉じ、耳をふさぎ、口をつぐんでいる。
もう何百年もの間、チルノは、ただこうしていた。
チルノが世を捨てた理由は幾つかある。
世界がもつ残酷さにチルノが耐え切れなかった事も理由の一つに数えられるだろう。
死に別れなどのつらい記憶が蓄積して、人と交わる事に苦痛を覚え始めたこともあるだろう。
けれども、そうした感情的な理由よりも切実な、とても切実な理由がチルノにはあった。
その理由の為に、チルノは誰にも見つける事ができない隠れ家に隠れ住んでいる。
何も成さず、何も見ることなく、ただ過去の記憶を反芻するだけの日々を送っていた。
誰にも見つからない何百年もの間、ずっと部屋の隅で膝を抱えて座り込んでいた。
その身体には分厚い埃が雪の如く積もり積もっていて、まるで雪だるまのようだ。そんな有様になりながらも、チルノは一塊の氷塊にでもなったかのように身じろぎ一つしない。
しかし、何百年か経過したある日、チルノは初めての客を迎える。
「酷い有様ね」
隠れ家を尋ねてきた客は、チルノに二進法による思考法を伝授したスキマ妖怪だった。
スキマ妖怪は長い間チルノを探していた事を話すと、目を閉じ、耳をふさぎ、口をつむぐ妖精を見て、深々と溜め息を吐いた。
「貴方に二進法を教えた事は間違いだったようですね」
その言葉にチルノは僅かに身じろぎをする。
動くと身体に積もっていた埃が落ちて、舞った。
そして、大儀そうに腕を動かして頭に積もった埃を振り払うと、初めてスキマ妖怪に気が付いたように、チルノは侵入者を見た。
何百年もの時間閉じられた瞳は、ずっと昔と変わらないアイスブルーだったが、なぜか濁っているような印象を与える。
何用かと、チルノは数百年ぶりに口を開く。
「探していたのよ。ずっとね」
なぜ探していたのかと、チルノは問うた。
「可愛い弟子が逐電したんだから、探すのは当たり前でしょう」
ならば放って置いてくれ、とチルノが言うとスキマ妖怪は首を振った。
「放っておけるわけ無いでしょう」
スキマ妖怪は、どうあってもチルノを放置する気は無いらしい。
探してくれた事は有難い。だが、せっかく探してもらってもチルノの前に示された選択肢は、静かに朽ちていくしかないのだ。
チルノは、スキマ妖怪に自分が隠者となった理由を語った。
チルノの脳の容量は限界に近付いている。
二進法による記憶圧縮にも限界はあった。そもそも、効率的に脳を使えるようになっただけで、本来チルノの脳は、さして出来の良い物ではないのだ。根本的な記憶容量は他の生き物に比べて劣っている。
それを二進法による記憶圧縮術で、無理やり解決していただけなのだ。
これ以上、普通の社会で生活をしたら、チルノの脳は、日々蓄積される記憶によってパンクしてしまう。
だから、これ以上の思い出を抱え込まないように隠遁する事にしたのだ。誰にも理由を語らなかったのは、解決のしようが無いからだ。
その事を説明するとスキマ妖怪は反論した。
「それなら解決策は簡単よ。不必要な記憶を消せば問題は解決します」
その言葉を聞いて、チルノ数百年ぶりに笑う。
確かに、普通の十進法に生きる人々ならば。十を底として、その累乗を基準に物事を考える生き物なら、それでも良いだろう。
二進法の五倍も曖昧模糊で、煩雑になった結果、勝手に記憶が消えていってしまう十進法的思考法に生きる人には、記憶を消そうとしない限り消えないなんて状況は、理解できまい。
しかし、チルノは世界で唯一の二進法による思考を根幹としてしまった生き物だ。
0と1によって思考は整然と構成されていて、意図的に記憶を消去しようとしない限り、記憶が消せないようになっている。
だから、他の知的生命体のように、使わない記憶は勝手に消えてしまう事はない。
自分で選択して忘れないと記憶は消える事が無い――外の世界の電子頭脳と同じだ。
ハードディスクに蓄積された雑多なログを消去して、記憶の整頓をする。脳の容量を確保するために、容量を食っている記憶を消していく。
そういう事をしなければ、チルノは記憶の整理が出来ない。
「今の貴方が置かれている状況は、今理解しました。まさか私の教えた二進法が、貴方にそのような弊害を強いていたなんて……いえ、貴方がそこまで完璧に二進法に適応していた事を驚くべきかも知れないわね。ともかく、そういう事情であれば、ここに閉じこもっていても何の解決にもなりません。感知できる情報量を最小としても、それでも情報は蓄積されていく。体感する時間はカウントされているし、隠れ家の僅かな変化も、貴方ならば情報として認識してしまうでしょう。何よりも、情報の蓄積という点で語れば、貴方が生きているという事で意識の変化は起こり続け、情報は積み重なっているのです。結局のところ、貴方がしている事は延命策以上のことではありません。だから、早く明示されている解決策を実行しなさい」
スキマ妖怪は、理解しているといったが、やはり理解していなかった。
否、これは理解不足というよりも、実感不足と言ったほうが正解だろうか。
チルノが置かれている状況を実感していない。
例えば、一冊のアルバムがある。
そこには沢山の写真が思い出と共に詰め込まれている。
その写真を整理しなければならなくなった時に、こう言われたらどうだろうか。
『そのアルバムを整理しなければ、新しい写真は入らない。けれど、そこから写真を出すと、それはチリ一つ残らず燃えてしまい、その写真に関連する記憶は完全に消去される。絶対に思い出す事は出来ない。さて、どの写真から燃やす?』
そう言われて、写真を処分できる者がいるのだろうか。きっと、どんな下らない写真でも処分できまい。
「なら、どうでもいい、そう、本当につまらない、取るに足らない記憶を消せば……」
スキマ妖怪の呟きに、チルノは首を振った。
とるに足らない記憶なんて、存在しない。ほんの小さな出来事も、何の変哲も無い日常も、嫌な出来事も、つらい事も、悲しかった事も、苦しかった事も、呆れてしまったような下らない事でさえ、全ての記憶が現在のチルノという妖精を形作っているものなのだ。
自分に、捨てられる部分なんて欠片もない。
それにチルノが二進法を習得したのは、二度と大切な思い出を忘れないためだ。
それなのに、自分を救う為に、自分で記憶を消すなんて、本末転倒過ぎる。
また、スキマ妖怪はチルノの選んだ道を延命策と言ったが、記憶の整理こそが延命策なのだ。
これが普通の生き物であれば、いつか死ぬ事で解放されるだろう。己の記憶を切り刻む作業の末に死という終わりが来る。
だが、チルノは妖精だ。
妖精は、自然が存在する限り、不死なる生き物。氷の妖精であるチルノならば、世界に氷という概念が消失しない限りは、消える事はない。
だが、常識的に考えて、そんな事はありえない。
つまり、チルノは永遠に生き続ける。
だから、チルノに残された道は二つだけしかない。
永遠に自分の精神を切り刻み続けるか、全ての思い出を抱えて壊れてしまうか。
どちらかを選べというのなら、チルノは壊れる方を選択する。
だから、帰って欲しいとチルノは言った。
しかし、二進法を教えてくれたスキマ妖怪は、帰る素振りを見せず、何かを堪えるような表情でチルノを見つめ、ぽつりと呟いた。
「――いえ、三番目の道もあるかもしれません」
スキマ妖怪の言葉を聞いて、チルノはのそりと顔を上げた。
記憶を燃やし続けて崩壊を先延ばしにする事と、静かに朽ちていく事以外に、チルノはどんな選択肢も導き出せなかった。それなのに、この妖怪は三番目の道があるのだという。
それは何だ、とチルノが問う。
「死ぬという道もあります」
妖怪は答えた。
その言葉を聞き、チルノは虚を突かれて呆然としていた。
だが、スキマ妖怪の言った事を理解して、自嘲の笑みを浮かべる。
先も語ったように、それは妖精には許されぬ終わり方だ。
大自然の権化である妖精は、絶対に死んだりはしない。
肉体が滅んでも、ただ『一回休み』と呼ばれる状態となって大気を漂い、その間に日月の気を吸い上げて、しかるべき時になれば、全てが五体満足の状態となって再構成をされるのだ。
つまり、妖精とは自然が存在する限り不死である。
そして、自然とはこの星が完全に消滅しない限り、永遠だろう。
かつてこの星は、様々な要因によって五回に渡って地表を焼き尽くされ、自然は叩きのめされて、生命は大量絶滅した。
それでも自然は蘇った。それほどに、自然とは不滅なのだ。
だから、チルノは――妖精は、この星が消える時まで存在し続けるのだろう。
妖精は、それほどにしぶとい生き物である。
そんな妖精に対して、死ぬ道などあるのだろうか。
それこそ、この星の破壊でも提案しようというのだろうか。
そう反論したチルノを、スキマ妖怪は、一笑に付した。
「何を馬鹿なことをいっているのだか。二進法で物事を考え、科学技術と論理学と数学に通じ、モールス信号にて意思を伝え、己の運命に絶望して退廃的な自滅の道を歩もうとしている。こんな生き物が自然の権化であるとでも?」
その言葉によって、随分と昔の出来事がチルノの脳内にありありと蘇った。
それは六十年周期の大結界異変の時分。
チルノは、幽霊と妖精と花が乱舞している有様に熱狂し、ところ構わず弾幕ごっこを吹っ掛けていたところ、最後の最後で幻想郷の閻魔と出会い、例に漏れずお説教をされた時のことだ。
弾幕ごっこを始める前に、閻魔は語った。
妖精の枠を外れ続けていれば、不死であり続ける事は出来ないと。
そして、現在のチルノは、妖精の枠など、とうの昔にはみ出している。
妖精にあるまじき二進法の思考を行い、妖怪の集まりに顔を出し、河童と友好を結び、隠者の如く隠れ住む。
それは妖精なのだろうか。
きっと、もう妖精じゃない。
だから――死ぬ。
「こうなってしまったのは、私に責任がある。だから」
妖怪は優しく続ける。
蜘蛛の糸を掴もうとするカンダタのように、二進法を教えてもらった時の如く、チルノは自然な動作でスキマ妖怪のスカートの裾を掴んだ。
「私が殺してあげましょうか?」
優しい言葉だった。
耳から入って蕩けてしまいそうになるほどに、その言葉は甘く、母親のように優しい。
静かに朽ちていく事を覚悟していたチルノは、妖怪の顔を見上げて、
――ゆっくりと頷いた。
何百年も隠れ家に閉じこもっていた妖精は、スキマ妖怪のスカートの裾を握ったまま、顔を上げる。
死を望む妖精の表情は、笑っているのでもなく、悲しんでいるのでもなく、少しだけ強張っている。そんな顔をしていた。
そんな妖精の首に、妖怪は手をかける。母親が赤子をあやす様な、とても優しい仕草で、チルノの首に手をかけた。
妖怪は、何かを堪えるような顔をして、花を手折るように手に力を込める。
ごきりという音が、チルノの耳朶を打つ。
痛みは、まるで無い。
ただ、二進法によって動いていたチルノの脳に、少しずつ霧がかかっていくだけだ。
0と1で構成されていたチルノの世界が、頚骨骨折に伴う動脈の切断によって、意識の混濁が生じ始めて、
チルノの頬に何かがぽたりと落ちた。
薄れていく意識の中で、チルノは全ての契機となった、あの花屋の子どもの事を思い出す。
あの子は、まあるい棺桶に入っていた。
自分も、そうなるのだろうか。
でも、あの棺桶は狭そうだな。
入るなら、手足がのばせる、もっとおおきなのがいい。
チルノが最後に考えていたのは、そんな事だった。
110
八雲紫は霧の湖を一望できる湖畔に、小さなお墓を建立した。
そのお墓は、上質の杉で出来ていて、戒名の類も、何も書かれていない無名の墓碑だった。
ごく一部の者たちは、それがとある氷の妖精の為のモノだと知っていて、一月に一度程度の割合で御参りに来る。
巫女や魔法使い、天狗たちや河童たち、花の妖怪をはじめとした古参の妖怪達も思い出したように、その墓に来た。
だから、その墓には花が絶える事はない。
その日、八雲紫が御参りに来ると先客が居た。
「四季様がこんな場所に来るとは、珍しいですね」
先客は、四季映姫だった。
「そうでもないですよ。一度は来ようと思ってましたから」
四季映姫は花を捧げた。
その間に、八雲紫は燃え尽きた線香の灰や萎れた花を片付けた。
それが終わると、二人は線香を焚き、手を合わせる。
四季映姫が合掌を止めて目を開いても、八雲紫は手を合わせたままだった。
「随分と、アレは貴方の重みになったみたいだ」
「……それは当然でしょう。私は許されない事をしました」
映姫は立ち上がったが、紫は目こそ開いたがしゃがみ込んだまま、墓碑に向かって合掌をしている。
「こうした事は、私が言うべきではないでしょうが、あまり気に病まないほうがいい」
「分かっています」
「何よりも、貴方はそのお墓に向かって合掌をしているけれども、そこには…………その墓には誰も眠っていないのですよ」
「それは、分かっているのです」
そこでようやく八雲紫は合掌を止めて、顔を上げる。
すると、湖の上で妖精達が弾幕ごっこをしているのが見えた。
その中には、ひときわ元気のいい青い服を着た氷の妖精の姿が見える。
「四季様」
「なんですか」
無邪気に空を舞う氷の妖精を眺めながら、八雲紫は問うた。
「私は、チルノを殺めたのです」
「ですが……あの子は蘇りました」
四季映姫は、八雲紫の言葉を否定しようとした。
けれども、妖精に二進法を授けたスキマ妖怪は、黙って首を振り、閻魔の言葉を否定をする。
八雲紫によって命を絶たれた後、チルノはしばらくしてから再構成された。
ただし、自然というものは不自然な『二進法の妖精』を嫌ったのか、何百年の研鑽を積んだ妖精を再構築する事は難しかったのか、再生されたチルノは、二進法による思考法を習得する前の、無垢なチルノだった。
そうして生まれ変わったチルノは、楽園の住人に相応しく、ただ無邪気に時を過ごしている。
嫌な事があればすぐに忘れ、楽しい事も長く覚える事は出来ず、日々の些事なども忘却し、新鮮さと楽しさに溢れた日々を送っている。
それは、とても幸せそうだった。
「――あの子は、幸福なのでしょうか」
記憶が失われる事に苦悩していた氷の妖精など存在しなかったかのように、今の氷の妖精は無邪気に、幸せそうに生きている。
失われていく記憶に怯え、永遠の生に苦しんでいた二進法による思考を行う妖精の姿は、そこにはいない。
四季映姫が紫を見ると、彼女は再び目を閉じて黙祷していた。二進法を採用した妖精の為に、祈りを捧げているのだろう。
完全に消えてしまった自分の教え子への――
そんな八雲紫の問いに対して、あらゆるものに白黒をつける閻魔は、何も答えられなかった。
以上が、妖精が二進法を採用し、それを放棄した顛末である。
頭をよくするためには、そもそもある程度の頭のできが必要……これは間違いないですね。
ただ、忘れたり気にしなかったりできる自分は気楽だよなあ、とは思った。
とても面白かったです。
紫様の心中は察するに余りある
初期の段階からなんぼなんでも悩み過ぎだろチルノ・・・三月精とかどうなるんだ、と思わないでもないけどここでは野暮ですな。
あと、最終章の墓参りに来る面子(100年後)に巫女がいるのは少し違和感を感じましたねー
お話自体は賢くなったチルノということで、馬鹿の墓を思い出しながら読んでいました
失うことを恐れるのは皆同じ。しかし何も知らずに生きるのと比べたら、まだその方が幸せなのかもしれませんね
もっとも、彼女の主観では幸せなその暮らし方を他人が勝手に不幸だと決めつけることに意味はなさないでしょうが……
記憶が信用できない。自分で書き残したメモすら完璧ではない。目の前で笑っている人間は味方か、まさに今自分を陥れようとしているのか……
それは「記憶を失っている事を自覚している」ことに基づくストレスですが、映画の主人公は幸いにも十進法の人間でした。
個人的には、チルノが「妖精らしい妖精」のままであり続けられるよう祈っております。
唸りながら読んでおりました。日記を読み返したくなる。
とてもいい
あ、モールス信号が何か所かモースル信号になっていました。
そういやルナも妖精から外れる危険があったな
すべて覚えてしまうっていうのもつらいですね・・・
今度チルノが同じことを考えたら紫はどうするんだろうな
賢いことが幸せなのか、忘れる恐怖を知ってしまった妖精は、最早妖精ではいられないのか。そうさせてしまった賢者の心境が、偲ばれるなぁ。
あったかもしれないし、これからあることかもしれない。
紫がもう一度チルノを手折ることがないと信じたい。
無限ループってこわくね?
意識への哀悼。
ずしりとしたいいお話でした。
新たにコンティニューしたチルノは、このままで居るのか、さもなくば十進法に適応するのかなあ。
妖精はハードは死ななくてもソフトが死ぬんですねえ。そう思うと何ともコンピュータチックな存在ですね。
>>あまりにも組み合わせが脈絡が無いから
「組み合わせに」に変えたほうが読みやすいかなと。
後、100年以上経ってるのに墓参りできるのは白黒なら魔法使いになったと解釈できますが、巫女は・・・早苗さんの方なのかな。
賢くなるチルノのネタはいくつか見てきましたが、また違った形で面白く読めました。
最初「桁数が足りなくなってオーバーフローするんじゃね?」とか単純に考えててごめんなさい。
文句なしの1100100点です。
何が本当の幸せだったんだろう。
幸せってなんだろなー。
ゆかりんおいたわしや。
無邪気な妖精が変容するさまは辛いです。
そうなってしまったら安らかに死なせてもらえるよう家族に頼みたいくらいです。
なので一日しか記憶のもたないチルノの絶望ってのはよく伝わってきたし、死を選んだチルノにも説得力がありました。
しかしチルノは以前の状態で再生してしまうのか、私にとってそれこそが一番残酷な結末でした。
死について考えさせられます
しかし、記憶を失う苦悩、それに対する対策と挫折、二進法の習得およびそれによる記憶の成功、しかし皮肉にも記憶することにより苦悩は増し、記憶を失うことを強いられるという一連の流れは、他のどの作品にも無い、独自の魅力に心打たれました。
チルノの結末に関する私の意見としては、ハッピーエンドなのだと思います。
過去にどれほど辛いことがあろうと、全てを忘れ、笑いながら今を生きることは、事の顛末を知る人にとっては不幸に思えても、本人にとっては紛うことなき幸福なのでしょう。
積もり、凍てつき、そして最後には溶けて消えてしまう。果たして、すべてを白く塗り潰してしまうその雪は1なのか、0なのか?
確かなのは、再びチルノは雪解けの春に舞い戻ったということだけだと思いました。
お疲れ様でした。
個人的に妖精は単純なだけで頭は悪くないと思っているので、この系統の話には違和感を覚えるのですが、最後まで興味深く読めました
妖精は常に三つまでしか記憶できないスタンド攻撃を受けているんやな
「最後に何も無くなったのだから、その行為には何の意味もない」のか、「幸せになろうとしたこと自体に意味がある」のか。どちらが正しいとも言えないのでしょうね。
考えさせるお話をありがとうございました。
にとりとチルノタッグのカタパルト作成、鼻高天狗との論争、河童とのモールス会話。
あちこちを飛び回って助けを求める場面とか、生意気だと言っている魔理沙との仲直りとか……。
でも創想話だと、これくらいの長さの方が評価されやすいのでしょうか。
ボリュームは少なめでしたが、凝縮された場面を想像しながら楽しく読みました。
長編で書き直しても良いのよ? では、次回作も期待しております。
チルノの抱えた問題はポピュラーなテーマだけども、それを上手く料理して飽きさせないようにしているのがいいですね
もっとも読んでる最中は、チルノの変わり様に驚いたり、必死さにハラハラしたり、紫のやるせなさに凹んだりと、作品にのめり込めたのでそういうことは考えなかったけども
読ませる技術的にも感情的にも100点をあげたくなる作品でした
賢者と⑨者の意外なコンビでしたが書きようでこうも面白くなるもんだ
なにも考えずに生きるのと、何かを考え続けて生きる。相反する二つの生き方なのでしょうか。
楽しみ、考えます。
余韻の残る話でした。
これ100kbくらいでもっと深くテーマを描けたんじゃないかと思う
そんな感想が出ること自体贅沢な悩みではあるけど
薄暗い部屋で固まるチルノの絵がなかなか頭から離れません
でも凄く面白かった……。
各章が二進法なのもいいアクセントでした
面白かったです。
引き付けられます
冗談もほどほどに、とても良い、また複雑なお話でした。おもしろかったです。
お世辞にも軽いとは言えない話がきれいに纏めてあり、文章もすらすらと読めてしまう。まさに脱帽ものでした
欲を言えば、この短さで終わらせてしまうのはもったいないかと。
もっともっとチルノの世界を観ていたかった。
思い出を忘却に頼ることなく捨てるのは、すごくかなしいことです。
一気に読ませていただきました。おもしろかったです。
ぼくはこの話をいつまで覚えていられるだろう……
こういう展開の話を読むたびに忘れられることに感謝するわ
藍はもともと九尾の狐妖怪であって
完全な式ではないから関係ないのかな…
妖精が十進法を使える幻想郷であってほしいですね
ともかく、妖精や自然の解釈が面白く、分かりやすく、色々と考えさせられました
ゆかりんにも読めなかったこんなちょっと悲しい結末。
主軸であるチルノに一切喋らさない演出もそれに準じたもので、淡々と進む物語がダイレクトに脳味噌に叩き込まれます。
悲劇であってもそれを餌に媚びようとしていない良策です。
蘇ったチルノはハードとしては同じでも、二進法のチルノとは、ソフトが違うわけで。
つまり、別の固体だったと思います。
そう思ったとき二進法のチルノは、記憶を保持することを達成し、最期には自死を選択しました。
自由意志のままに生き、望みを得たのだから、二進法のチルノは幸せだったのではないでしょうか。
自分自身、完全に納得できているわけではないのですが。
この作品は素晴らしいです。
100点どころか、150…いや、10010110点つけたいです。
本当にこれだからそそわはやめられない
関係無いんだけど藍様って式だし、二進法なのかな。
せつねぇ…
短い分量ながら、この衝撃。素晴らしい。
手塚治虫の火の鳥的な圧縮された一つの人生を見たような感じです。
良い話を有難うございました。
数字関連は二進法で覚えたとして、他の単語もコンピュータ並みに全て二進法で考えていたのだろうか?
そうじゃないと単語部分で物忘れしそうだが、全てが二進法なら一般的な思考法よりも数倍以上の記憶容量を必要としそうだ。ちょっと考えてもこわい。
点く消す点く点く、の単純さは確かに妖精向きだと思った。作者様の発想力に乾杯!
チルノは諸行無常に耐えられなかったのですね。
過去と別れを告げられないチルノ。そこを聖あたりに諭してほしかったです。
流れは変わっても、変わらずに在る川のように、過去を忘れて変わって行ってしまう自分も、また自分なのだと思いました。
いい作品でした
彼女にとって死ぬことも苦痛であるのか
もう誰も知る者はいない......
良い部分と悪い部分が顕著にあらわれてますね。チルノはもっと機転利くと思うけどなあ。
それと妖精、特にチルノは単純・純粋なだけで2以上はわからないという事はまずないと思いますが、創作なので細かい事言うのは野暮ですね。
なので無評価にしてます。
二進数を知らないまま能天気な妖精として生きるか、二進数を知って記憶を捨てられない妖精として生きるか、どっちの方が幸福だったのかは二進数を知ったチルノもわからないだろうけど、記憶を捨てずに『二進数を知ったチルノ』として死んだ事はチルノにとってとても幸福なことだったのでしょうね。
誤字です。