それは、ある日の姉妹の会話。
「ねぇねぇ、お姉ちゃん、お姉ちゃん!」
「何? こいし。
……あと、耳元であんまり大きな声を出さないでね。びっくりするから」
「温泉やろう! 温泉!」
「……は?」
「だから、温泉! 旅館!」
「……あのね、こいし」
この妹はこれだから困る、と言わんばかりの表情を、彼女は浮かべる。
「まず、誰が何をどうしたいのか。それはなぜなのか。ちゃんとわかるように言いなさい。
じゃないと、あなたが何を言いたいのか伝わらないでしょ?」
「うん。わかった。
簡単に言うと、温泉旅館やりたい」
確かに簡潔明快な言葉にはなった。
なったのだが、それで意味が伝わるかどうかは別問題である。
彼女は妹の言葉に、ため息を一つつく。
「温泉旅館って何?」
「あのね、この前、地上を歩いてきたんだけどね」
「うん」
「おっきなお山のところにね、すーっごくきれいな旅館があったの。
『天狗のお宿』って言うんだって」
「……………………」
あれ? 確か、その辺りのそいつらって外部との接触を一切断ってる、すごく閉鎖的な奴らじゃなかったっけ?
そんな疑問を思い浮かべても、『でね、でね』と会話を続けてくる妹にはかなわない。
「すっごく楽しかったの。
だから、温泉旅館やりたいなって思ったの。はい、理由説明!」
「……あー」
頭痛がする。思わず、優しさと愛が成分の半分を埋める頭痛薬を探してしまう。
ちなみに、その薬は、某竹林の医者開発の『既存の薬の倍以上の効力を発揮する』ものらしい。よくわからないが。
「もう勇儀さんとかには話をして、『よし! それなら、あたしがいい旅館を建ててやるよ!』って!」
「勝手に話を進めたの!?」
「うん。
町の中に、今、建設中だよ。お燐が『……さとり様にも、あとで話をしてきてね……』って言ってた」
それって、呆然と突っ立ってのセリフだったんじゃなかろうか。
彼女は妹の口調から、そんなことを推理する。大方、間違っちゃいないだろう。
「これ、建設費用。勇儀さんが『大負けに負けてこれくらいだね』って」
「……」
きりきりと胃が痛み出す。
取り出された請求書には、目の玉が飛び出るくらいの額が書かれていた。
「……必要経費で落ちるかしら……」
「街の偉い人も『これで地獄にも雇用が増えます。ありがとうございます、こいし様。早速、職業斡旋所に求人を出しておきますね』って!」
昨今は幻想郷も不景気であり、それは地獄も例外ではないとか何とか言われているらしい。
ぶっちゃけ、彼女は『そりゃわたしの周りは不景気よね……』と、家計簿に赤の字が増え始めた最近を嘆いていたりする。
「で、地上の人たちに『温泉旅館始めます。来てね♪』って招待状配ってきちゃった」
「はい!?」
「福引の景品にしてくれるって。
あとそれから、温泉旅館で、こいしちゃん達もたまに働きますって言ってきたから!」
「……」
「楽しみだね♪」
――時々、思う。この妹の行動全てが突飛なものに見えるのは、実は彼女のあまりの計算高さに自分の判断がついていってないだけなのではないだろうか、と。
天才のすること、考えることは凡人には理解できないと言われている。
それは間違いなく、彼らの考えていること、やろうとすることが常人の理解の範囲を飛び越えているからだ。
……ああ、私の妹は、とても天才なのだなぁ、と。
彼女は思う。
内心では、実はその『天才』は『天災』なんじゃなかろうか、とも思っていたりするのだが。
「……あ、お燐。ええ、わたしよ……。事情は理解したから……。
……え? 予算? あはは……すっからかんになったわ……。これから四季さまのところに行くから……ええ、耳栓の用意をお願いね……」
――そして、それは結局、この妹を叱ることはあっても最終的には甘い対応をしてしまう自分に原因があるのだな、と。
彼女の頬を、ぽろりと一筋の涙が伝ったのは、決して、見間違いではない真実であった。
所変わって、ここはとある廟の中。
「ふんふんふ~ん♪
うふふ、なかなかかわいい服が手に入ったわ~」
上機嫌で、そこの入り口をくぐるのは霍青娥。彼女の手元には、小さな紙袋が握られている。
「たっだいま~」
「青娥、お帰りだぞー!」
「あら、芳香。お出迎えしてくれるのね、偉い偉い」
ぴょんこぴょんこ飛び跳ねながらやってくる、愛すべきキョンシー――名を宮古芳香という――の頭をなでなでしながら、彼女は言う。
「あのね、芳香。実は、あなたにちょうど似合いそうなお洋服が――」
「青娥、何か布都が呼んでたぞ」
「まあ、布都ちゃんが!?
それは急がないといけないわ! 芳香、いらっしゃい!」
「おう!」
――布都ちゃんがわたくしに何を!? はっ! まさか、愛の告白!?
それは……それはいけないわっ! わたくしは淑女として、少女を愛でるべき存在……決して、直接的に手を出しては……ああ、だけど、そんな熱く激しく愛を語られたら、わたくしは……わたくしはどうすればっ!
……などとよこしまな思いを抱くこの彼女、自称他称共に『邪仙』を名乗る存在である。
もちろん、その『邪』は、一般的に考えられる『邪』ではないのは言うまでもないだろう。
端的に言うと、この彼女、極端なくらいに少女への偏愛を抱く類の輩であった。
「ふっとっちゃ~ん! 何かしら~!?」
「わわわっ!? ちょっ、青娥殿むぎゅぅ」
がらっ、と引き戸を開けて、部屋の中でちょこんと座していた少女に飛び掛る青娥。
その姿を傍から見れば『獲物に向かって飛び掛る肉食獣』にしか見えないシーンである。
「……青娥さま。お戯れもその辺りで」
「あー、はいはい。ちっ」
「今、舌打ちしませんでした?」
「してないわよ」
「……ぷはっ。死ぬかと思った……」
「大丈夫だぞ、布都。死んでも芳香みたいに青娥にキョンシーにしてもらえばいいぞ!」
「まあ、布都ちゃんがわたくしのキョンシーに!? そ、それは、ぜひ!」
「……いや、『ぜひ』とか言われても……」
「そこまでで。お話を進めさせてください、青娥さま」
「……ちっ。邪魔くさいわね」
「今、絶対に舌打ちしましたよね……?」
「あら、してないわよ。屠自古ったらもう」
「……気がおけねぇ……」
部屋の中にいた、ちびっこ――物部布都という――の隣で、この状況を冷ややかな目で眺めていた少女――蘇我屠自古――は、内心、『この女、ほんと大丈夫か?』という思いを抱いたとか抱かなかったとか。
ともあれ、青娥は屠自古に勧められるまま、座布団の上へと腰を下ろす。
ちょうどその時、奥の間に続く障子がすっと開けられる。
「皆さん、そろっているようですね」
「おお、太子さま。
こっちです、こちらへどうぞ。屠自古、太子さまにも座を」
「はい」
わかってますわかってます、という顔で、『にぱ~』としか表現できない笑顔を浮かべている布都に返事をする屠自古。
彼女は、やれやれ、とため息一つ。そんな彼女の内心を知ってか知らずか、太子――豊聡耳神子――は『苦労をかけますね』と微笑んだ。
「して、何でしょうか?」
「ええ。実は、布都がですね――」
神子がその場に座したところで、青娥はゆったりとした口調で尋ねる。
その声音だけを聞くのなら、なるほど、仙人の威厳たっぷりであった。自分の隣に芳香を座らせ、その頭をなでなでしていなければ。
「うむ。
青娥殿には、いつも、我々は迷惑をかけていると感じている」
「あら、そんなことないのよ。布都ちゃん」
――少女のお世話をするのが、わたくしの仕事……いいえ、使命だもの!
ぐぐっ、と内心で拳を握り、熱い魂をほとばしらせる青娥。もちろん、顔と声には出さない。
「そこで、青娥殿には、ぜひ、礼をしたいと考えている」
「あら、まあ」
「これを」
と、青娥に渡されたのは『地底温泉へようこそ』と書かれた、やたらけばけばしい色合いのチラシと『ご宿泊無料チケット』だった。
「これを、わたくしに?
まあ……光栄ですわ。ありがとうございます」
「うむ。ぜひ、この温泉で、ゆっくりと骨休めをしてもらいたい。
太子さまにも了解を取っている。我々からの、ほんの気持ちなのだ」
「では、ありがたくちょうだいいたします」
差し出されたチケットを受け取り、青娥は深々と頭を下げた。
彼女のそんな仕草に感心したのか、神子が「青娥さんは礼儀正しい方ですね」と一言。
「それでは、せっかくですので、皆様で参りませんか?」
ゆっくりと顔を上げる青娥。
彼女はにっこりと、誰もが心を許してしまいそうな笑顔で微笑むと、一同に向かって言う。
しかし、
「いえ、青娥さん。それはお一人様限定なのです」
「……えっ?」
「先日、屠自古が買い物に行った際に『ふくびき』をしてきて、それを持って帰ってきたのだ」
「ご家族様ご案内と言うのもあったのですが……すみません。それを引くことが出来ませんでした」
「……屠自古。お前、ちょっと後で裏こいや」
「……あの、今、何か?」
「いいえ、何にも」
いきなり声のトーンが低くなって目つきが悪くなったと思えば、すぐに元に戻ったりする。
その百面相の腕前は、まさに仙人の器にふさわしい。
「それで、皆で相談した結果、青娥殿にぜひと言う話になってな」
「どうぞ、ゆっくりしてきてください」
「あ、あの、ですけど、それはちょっと皆様に悪いと言うか……。
あ、ほら、わたくし、芳香の面倒も見ないといけませんし……」
「それは我がやるから大丈夫。どーんと、大船に乗ったつもりで安心してくれ!」
えっへん! と胸を張る布都。
その仕草の愛らしさに、思わず青娥は布都を抱きしめそうになったが、一瞬の刹那の間に伸ばしかけた腕を引き戻していた。ちなみにその瞬間、一部の筋肉が断裂したのか、『ぶちっ』というや~な音がしていたのだが、それはさておきとしよう。
「青娥。ゆっくりしてくるといいぞ」
「あ……う……」
「それに、地底には、温泉だけでなく色々な名物もあると聞きます。
こんなことを言うのもなんですが、お土産、期待しております」
「う……えと……」
「青娥殿。すでに荷物の用意も済ませておる。
どうぞ、我々の好意と思って」
「……………………はい」
この状況下で、なお、『いいえ』を言い続けられるほど、青娥は人間が出来ていなかった。
まだまだ、己は仙人の器にふさわしくない……そう胸中でつぶやき、青娥は立ち上がると、『それでは、皆様のご好意、ありがたくちょうだいいたします』と笑顔を浮かべる。
布都から差し出された荷物を受け取り、ぺこりと一礼。
顔を上げる瞬間、ものすさまじい視線を屠自古に向けたような向けてないような、そんな気がしたが、それはさておき、彼女は地底温泉へと向かって出発したのだった。
「……あの女、ここに、もう二度と入れないほうがいいような……」
「屠自古? どうかしましたか?」
「あ……いえ。気のせいです……はい」
頬に汗を一筋流し、つぶやく屠自古の表情は、さすがの豊聡耳でも見抜けない不安に満ちていたのだった。
「……あの屠自古め、どうしてくれよう。
これはきっと、廟からわたくしを追い出して、神子ちゃんと布都ちゃんと芳香を独り占めする作戦に違いないわ……!」
ぶつくさつぶやきながら、青娥は一路、地底へと向かっていた。
『地底入り口 こちら↓』と書かれた看板の前に、たくさんの人妖が群がっている。それを案内するのは、疲れきった顔の一匹の猫だった。
彼女は渡されるチケットを受け取り『……はい、どーぞー』と死んだ魚のような目と声で彼らを地底へと案内していく。
青娥は一応、並んでいる人々に倣う形で猫に案内されて地底へと。
その間、ずっと『対・屠自古計画』を立てていたため、どのように道を歩き、どのようにその場にやってきたかもわからないまま、『地底温泉』と看板の立てられた建物の中へと入っていく。
「いらっしゃいませ~!」
気楽に響くその声に。
「――っ!?」
何かを感じたのか、ばっ、と青娥は顔を上げた。
その視線の先には、
「地底温泉へようこそ~!
従業員代表のこいしちゃんと、こいしちゃんのお姉ちゃんのさとりお姉ちゃんでーっす!」
「さ、さとりで~す……」
「屠自古っ……! わたくしは……わたくしは、あなたを誤解していたっ……!」
青娥の目の前に現れたのは二人の少女だった。
見た目的に、完璧、青娥のストライクゾーン――ちなみに、彼女のストライクゾーンは『見た目5~12歳』である――だ。時速200キロの剛速球が直球ストレートで投げ込まれたと言ってもいいだろう。
小さくてかわいい二人の女の子。
一人は元気一杯、一人は控えめ。
しかもそれだけではない。
少女たちの衣装。それが、青娥の心をどストレートに抉り出す。
旅館といえば、従業員の衣装は和服だ。洋服など断じて認めるわけもない。一般的には浴衣だろう。
彼女たちは、その浴衣を身に纏っている。
しかし、誰がデザインしたのか知らないが、その浴衣は丈が異様に切り詰められたミニスカ浴衣だったのだ。
すらりと伸びる少女たちの白い足。
柔らかそうな肉付き。
スレンダーに、しかし、ぷにぷにふわふわは間違いない曲線。
これを芸術といわずに何と言おう。美しい以外にどんな言葉が似合うだろう。
「ありがとう……ありがとう、屠自古……!
こんな素晴らしい少女との出会いの場をくれて……!」
青娥の中で、屠自古が『悪の帝王』から『笑顔の女神』へと変貌していた。
180度どころか360度回った末に斜め上方向に向けてムーンサルトでドラゴンメテオかましたくらいの印象の変化である。
「えっと、お姉さん!」
「は、はい!?」
「お姉さん、らっきーだね! そのチケット、お姉ちゃんが担当従業員のやつ!」
「なっ、なななななな何ですって!?」
青娥の中で、屠自古の評価が『笑顔の女神』から『絶対にして唯一。全知全能の神ト・ジーコ』へと変貌した。なぜか彼女はサッカーボールを持っていたが、それはもはや瑣末ごとに過ぎない。
「さっ、お姉ちゃん。お客さんをお部屋にごあんなーい」
「……どうぞ。こちらです」
「はっ、はい!」
ありがとう……ありがとう、屠自古……!
わたくし、あなたに足を向けて眠れません……!
――心の中で涙を流しながら、青娥は屠自古へ感謝の言葉を述べていた。その彼女の前に立って歩くさとり――もちろん、いわずもがな、あの『古明地さとり』当人である――は、「何かいいことがあったのですか?」と尋ねたりする。
「え?」
「あ、いえ。何か幸せそうな顔をしてらっしゃいましたので」
「は、はい! それは、もう! はい!」
「……は、はあ」
鼻息荒く宣言する青娥に気圧され、一歩、足を引いてしまうさとり。
「あの……こちらです」
「あら、これはこれは」
前を行くさとりの姿(主に足とお尻)を見ようとして『いいえ、わたくしは淑女……! そのような不埒な振る舞いはっ!』と己と戦っていた青娥は、案内された部屋を見て声を上げた。
部屋の広さは8畳。床の間もあり、清潔な印象を漂わせる和室である。
「……あの、何だか申し訳ありません」
「え?」
「今回のこれですが……こいしの突飛な思いつきに端を発していまして。
『地上の方々ともっと交流しよう』と。
思いつきはいいんですけれど、まさか温泉稼業を営むことになるとは……」
「よろしいではありませんか」
苦笑と共につぶやいていたさとりは、青娥の一言で顔を上げる。
青娥は笑顔だった。右手がこっそり親指が立っていた。もちろん、さとりにはそれが見えない位置で。
「このようにかわいらしい方々……ではなくて、素晴らしい施設があるのですもの。
それをもって、大勢の方々と友好を結ぶ――とても素晴らしいことだと思いますよ」
「……そうですか?」
「ええ。
わたくしのように、皆さん、このような素晴らしいもてなしを受けて満足しているでしょう」
さとりからの答えはなかった。
勧められるまま、青娥は座布団へと腰を下ろす。
さとりはテーブルの上にパンフレット(作:こいし)を広げると温泉施設の説明を行い、夕食の説明を行い、一連の施設説明を終えると、
「どうぞごゆっくり」
ぺこりと頭を下げて出て行ってしまった。
――気分を害させてしまったかしら。
ひょいと肩をすくめて、青娥。
「まぁ、ともあれ、彼女はどうやら迷っている様子……。
ならば、わたくしの力をもって、彼女の悩みを取り除いてあげれば……」
『ありがとうございます、青娥さま。わたし、青娥さまのおかげで決心がつきました』
『いいえ。よろしいのですよ』
『はい……。
あの、それで、これはお礼なのですが……』
『まあ……』
「ふ……ふふ……うふふふふふっ!」
顔の造形崩れまくるほどの『にたぁ~』な笑みを浮かべて、青娥の脳内を邪悪な妄想が駆け巡る。
「よしっ! これしかない!
地底の少女をげっとする作戦、開始するわっ! もちろん、淑女として清楚な振る舞いは忘れずに!」
邪仙は己の欲望に非常に正直であった。そして同時に、己のポリシーにも背かない高潔さを備えていた。
その邪悪な思いと共に、彼女は淹れてもらったお茶を飲み干すと、『それじゃ、まずは温泉から』とそそくさ荷物を探り出す。
この空間に、己を満足させる『もの』があることがわかった以上、徹底的にこの時間を楽しむつもりであるらしい。
誠、その辺りの気持ちの切り替えは早い青娥であった。
「……にしても、どうしたものかしらね」
言葉巧みに相手の心を揺り動かすのは並大抵の業ではない。
湯船に浸かりながら、青娥は一人、小さな声でつぶやいた。
他者の心の琴線に触れ、心を動かす術は心得ているものの、そうではない、いわゆる真っ当な手段については彼女のスキルはそれほど高くはなかった。
こうなってくると、尊敬する茨華仙――なお、彼女は青娥の中で『少女愛同盟』の盟友とされている――にその辺りの技術を学んでおくべきだったか、と後悔する。
そんな風に、いくつもの作戦を立てていると、
「お姉さん、こんにちは」
「ひゃあっ!?」
いきなり耳元で声がした。
思わず、驚き、飛びのく青娥。その青娥を見て、けたけた笑っているのは、入り口で彼女を出迎えてくれたこいしだ。
「そんなにびっくりしないでよ」
「あ、い、いえ……失礼しました……。
あ、あの、それで何か……」
「お背中流しに来ました!」
びしっ、と手に持ったタオルを突き出すこいし。
どうやら、温泉ではそうしたサービスも行っているところがある、ということを誰かに吹き込まれてきたらしい。
その彼女の笑顔に、思わず前のめりになりそうなところをこらえ、青娥は『それではお願いします』と仙人スマイルを浮かべた。
「おー、お姉さん、肌きれいだねー」
「うふふ、そうですか? ありがとうございます」
「美人だよねー」
「まあ、美人だなんて」
「いいなー。こいしちゃんも美人になりたいなー」
「あら、こいしさんも、充分、かわいらしいじゃないですか」
「わかってないなー。
かわいいんじゃなくて『きれい』って言われたい乙女心」
「あら、ごめんなさい」
「おっと手が滑った」
「ひゃあっ!?」
まさに刹那。
こいしの手が青娥の胸に伸び、がっしりとそれをわしづかみする。
「ち、ちょっと!?」
「ん~……88……89……87……。E……かな」
「……」
なぜ自分のバストサイズがわかるのだろう。この子は。
さすがの青娥も沈黙する。
「お姉さん、おっぱいおっきいねー」
「は、はい。ありがとうございます」
「うりゃうりゃ~」
「きゃっ、ちょ、ちょっと」
と、否定はするものの、顔は全くの笑顔であった。
彼女の脳内では『少女にもてあそばれるわ・た・し』なイメージが出来上がっており、その笑顔はまさに天下無双の笑顔であった。
彼女は幸せだった。
愛する少女と過ごす、一瞬の楽しい時間。しかし、それは一瞬でありながら、永遠だった。
この時間だけは、生涯、忘れまい。
脳裏の記憶を心の中へと焼き付けながら、青娥は誓った。
そして、思う。
こんな美味しいイベントに遭遇できるなんて、ここに来てよかった。屠自古、ありがとう。――と。
「ふい~、もんだもんだ。
おっしまーい」
「あ、ありがとうございます」
「疲れたから、こいしちゃんも一緒にお風呂入りまーす」
「えっ?」
「とうっ」
その一言と共に、こいしは一糸纏わぬ姿になると、湯船へと飛び込んだ。
青娥は動かない。いや、動けなかった。
彼女は見たのだ。その眼前――まさに手を伸ばせば、息を吐けば、それを感じられるところに無限の楽園を。
「……ふふふ。人は言う……つるぺたんに勝るものはない、と。
だけど、それは少女たちの真の魅力を理解していないことに相違ない……」
くわっ、と彼女は目を見開き、立ち上がると宣言する。
『つるぺたんの一歩先、ふくらみかけの少女もまた、素晴らしい、と!』
――少女を愛する者たちの始祖と言われる、かの偉大な師『楼璃瑚夢』は言った。
『つるぺたんが似合うものには範囲がある』
――と。
少女――それも『幼女』と表現できるものと、そこから一歩進んだところにいる、少女と幼女の中間にいるもの。
ここに属するものにこそ、『つるぺたん』はふさわしい。具体的には廟の布都であろう。あれこそまさに、つるぺたんの真髄。彼女は決して大きくなってはならない。成長してはならない。彼女の、今の最大の魅力を捨て去る必要など、誰が認めるだろうか。
しかし、つるぺたんは、そこから先に進んでしまうと途端に魅力を失ってしまう。
年齢不相応に幼い少女。それは、青娥の価値判断から行けば無粋であった。
――なぜか。
それは、彼女にとって、少女とは常に『笑顔の似合う存在』でなくてはならないことによる。
年齢不相応に幼い少女は、きっと、己の肢体にコンプレックスを持っていることだろう。それを抱いているということは、少なからず、そのコンプレックスは、少女から笑顔を奪っていることにつながるのだ。
少女から笑顔を奪うものを、青娥は許しはしない。この世の誰が、たとえお天道様が許したとしても、千の苦しみと万の苦痛を与え、この世からもあの世からも抹消すべき存在である。
少女たちのコンプレックスが解消されるためには、それ相応の成長を、年齢と共に遂げなくてはならないのだ。
つまり、こいしくらいの年齢の少女ならば、まさに『ふくらみかけ』の状態がふさわしいと言える。
それくらいの成長ならば己の許容範囲内。そして少女たちにとっても、これから先、さらに育っていくであろう己に期待して笑顔を失う必要性が消滅する状態――『ふくらみかけ』。何と素晴らしい言葉であろうか。
すべすべつるつるの素肌の上に、ほんの少しだけ乗った女の証。それは、花が咲く前のつぼみであるとも言える。
そのつぼみの状態もまた、等しく愛すべし――それが青娥の心情である。
「ふい~、極楽極楽~」
温泉を味わうこいしの背中を見ながら、青娥は椅子の上に腰を下ろすと、鏡に映る己の顔を見る。
――いい笑顔をしていた。美しい女の笑顔が、そこにある。
「ふっふっふ……! 地底最高……!」
「……あ、あの、大丈夫ですか? 湯あたりしたのでしたら、上がった方が……」
「あ、お気になさらず」
鼻からだくだく愛をあふれさせる青娥を見て、さすがに見かねたのか、隣に座っていた女性が恐る恐る尋ねてくる。
青娥はびしっと親指立てて返答すると、さながら血の池状態の己の周りを、お湯で洗い流したのだった。
湯から上がった後は、旅館の中の散策である。
獲物……ではなくて、かわいらしい少女……でもなく、旅館の中を見て回りながら、青娥は『ここにはまた来ないといけないわね』と内心でつぶやく。
「あら、お土産屋」
足を運び、廟の者達へのお土産を買い求める。
基本の温泉饅頭、各人それぞれが好きそうなお菓子、中でも屠自古の分は、その中でも一番高くておいしそうなものを購入する。
すでに青娥の中で、屠自古の評価は『パーフェクト』であった。
お土産を購入し、頭の中で廟のもの達が喜ぶ笑顔を浮かべ、にへら~と笑いながら歩いていく彼女。
すると、目の前を、頭の上に何かを載せてぴょんこぴょんこと飛び跳ねていく少女を見つける。
なぜか、桶に入っている彼女を目で追いかけていると、
「お、キスメ、お手伝い? 偉い偉い」
その少女に声をかけるものがいた。彼女を見て、桶に入った彼女は嬉しそうに笑うと、またぴょんこぴょんこ飛び跳ねて、どこかへと行ってしまう。
「すみません」
「あ、はい」
「あの……彼女は?」
「ああ。彼女、キスメっていう釣瓶落としの妖怪ですよ。
ここの手伝いをしてるみたいです」
その彼女に声をかけて、青娥は『ふぅん……』とうなずいた。
それじゃ、と声をかけた女は歩いていく。
彼女の方を見ることなく、青娥はつぶやく。
「……あのかわいらしい姉妹だけではなく、あんな子まで……。
地底……侮れないところね」
あの桶に入った少女。
具体的に判断することは不可能だが、恐らく、年齢的に10歳前後の少女に相当するはずである。
つまり、彼女もまた、青娥のストライクゾーンだ。
あいにくと会話を交わすことも出来ず、見かけたのも一瞬だったため、少女へのアプローチはかなわなかった。
しかし、次はない。彼女は断言する。
「次こそ、あの子も、また……!」
――幻想郷にかわいらしい少女は、全てわたくしの手に。
邪悪な思いと共に浮かべた笑顔は、思わず、それを見たものが『びくっ!』背筋をすくませて彼女をよけて通るほど邪悪なものであった。
小さな含み笑いを残して、彼女はその場を後にする。
そして、残るのは『……あーいうの残念な美人っていうんだろうね』という青娥に対する評価だけであった。
「いやぁ、盛り上がってるねぇ」
「何だ、勇儀。あなたも来たの?」
「何だよ。あたしが来ちゃ悪いか」
「別に。
ただ、あなたみたいな人が旅館の従業員っていうのは何だかなぁ、って思っただけ」
「相変わらず口の減らない奴だな」
「何よ。やろうっての」
「何だと」
「あー、はいはい。そこまでそこまで」
ばちばちと火花を散らしていがみ合いをする二人の間に、ヤマメが割って入った。
何かとそりの合わないこの二人――勇儀とパルスィは、ある意味ではいい友人なのだが、ある意味では犬猿の仲であった。
「こんな場でそういういがみ合いはよくないって思わない?」
「あ……まぁ、確かにそうだな。ヤマメ、すまん」
ただいま、旅館『ちれいでん』は夕食の時間。
大広間に大勢の客が集まって、わいのわいのと騒いでいる。
そうした楽しい場を壊す無粋な真似を最も嫌うのが、この勇儀である。
「ふん。何よ」
「まあまあ」
「というか、パルスィは何しに来たんだ?」
「わ、私はその……べ、別に何だっていいじゃない!」
『パルスィちゃん、パルスィちゃん。言われた通りに、みんなにおみやげ配ってきたの』
「ほほー、なるほどな」
「うぐ……」
その時、ぴょこぴょこ飛び跳ねて、キスメが戻ってくる。
彼女の差し出したノートを見て、首肯する勇儀にパルスィが沈黙した。結局のところ、彼女たちは、この奇妙な旅館業がうまいこと回っているか心配して見に来たのだ。
「まぁ、何事もなさそうでよかったよ」
「そうだな。
ま、あたしが選んだ奴らも従業員に混じってるし。よっぽどのことがない限りトラブルなんて起きないさ」
「あなたの友人っていうだけで、それって怪しいものよね」
「なぁに、みんな気のいい奴らさ。大丈夫、大丈夫」
わっはっは、と笑う勇儀の、相変わらずな態度に閉口したのか。それとも満足したのか。パルスィは両手をひょいと肩の位置まで挙げた。
「けど、何だってさとりやこいしまで働いてるの?」
「さあ? そこまではあたしにも」
ぱたぱたと、忙しく客の間を駆け回る二人の少女。
彼女たちが何で従業員に混じっているのかは、さすがにその場の面子にはわからないことであった。
まさか、こいしの思い付きとは思っていないのだろう。
「ま、何事もなさそうでよかったよ。
んじゃ、あたしは風呂に入ってから帰ろうかな」
「あ、それじゃ私も」
「この奥に赤提灯も入れてあるよ。そっちでお酒も飲んでいったら?」
「お、いいねぇ!」
何だかんだで、とりあえず、当面は大丈夫であろうと判断したのか、それぞれに踵を返す。
――と、その時だ。
「きゃっ!」
女の悲鳴。
思わず足を止め、振り向けば、さとりが何やら客の一人に絡まれていた。文句を言っているようだが、相手は酒が入っているのか、『まあまあ』といわんばかりの仕草で笑っているだけだ。
「まぁ、盛り場には、往々にしてある光景だぁね」
「……やれやれ。普段なら適度に放っておくところだけど……」
ちらりと、勇儀はこいしの方を見る。
こいしの顔から表情が抜け落ちていた。その瞳が暗い光をたたえ、姉にちょっかいをかけた相手を見据えている。
「あの子がいたらそうもいかないね」
「めんどくさいことになる前に、勇儀、頼んだわよ」
「ああ。任された」
肩を叩かれ、のっしのっしと歩いていく勇儀。
そうして、『おい、あんた。悪乗りはそこまでにしときなよ』と声をかけようとする。
ここ、旧地獄では、ちょっとばかり顔の知られた彼女だ。そして見る限り、さとりにちょっかいを出したものも地獄の住人のようである。勇儀が声をかければ、当然、その悪乗りをやめるだろうと思われたのだが――、
「……あれ?」
拍子抜けしたのは勇儀の方であった。
――まず、認識できたのは、何やら鈍い音。そして、食器が砕ける鋭い音。続けて視線の先に映るのは、何やらこちらに向けて指を向けてきている女の姿。彼女が、その細い指を上に下に動かすだけで、さとりにちょっかいを出した輩が、まるでゴムまりのようにその場で飛び跳ね、床と天井に叩きつけられている。
皆がぽかんとそれを眺める中、彼は最後に床に叩きつけられ、そのまま伸びてしまった。
「……えーっと。
さとり、大丈夫かい?」
「あ……はい。別に、……ええ。はい」
「……そっか。
おーい、ヤマメ。手伝ってくれ」
「……あ。そー……だね。わかったよ」
ぱたぱたやってきたヤマメが彼の頭を持ち、その後をぴょこぴょこついてきたキスメが、ひょいと彼の足を持ち、そのまま退場していく。
「……キスメって、意外と力あるんだ」
「みたい……ですね」
ヤマメに手伝いを頼んだ手前、居心地の悪そうな顔をしていた勇儀は、さとりに了解を取ると、「えー、お騒がせしました。先ほどの騒ぎのお詫びに、当旅館の女将、古明地さとりより皆様にお酒が一杯振舞われます。どうぞご賞味ください」と事務的なアナウンス(死ぬほど似合っていない)をして、ひょこひょこという言葉がぴったりな感じで退場していく。
「お姉ちゃん、大丈夫?」
「ええ。大丈夫。ちょっとちょっかいをかけられただけだから。
お酒が入っているのだもの。仕方ないわ」
「もう。優しいなぁ。
そういう時は、びしっと言ってやらないとダメだよ」
はいはい、とこいしを適当にあしらい、さとりの視線は、先ほどの芸を演出した女へ。
――彼女は飄々とした顔で、差し出される酒を受け取っていたのだった。
「先ほどはありがとうございました」
「いいえ」
夕食後。
青娥の部屋に『お布団を敷きに参りました』とやってきたさとりは、青娥にそんなことを言った。
もちろん、その後の答えも予想済みだ。
「ああいう不埒な輩には天罰が下されてしかるべきです」
「ははは……。
けど、まぁ……こいしの思いつきとはいえ、あの子が『やりたい』と言い出したことですから。
あまり手荒なことをされると評判が下がってしまいますので」
「そうですわね。けれど、それとこれとは別ですよ」
さりげない抗議も受け流し、青娥の笑顔は崩れない。
さとりは、よいしょよいしょと自分よりもだいぶ大きな布団を部屋の中へと敷いていく。
「……そう。少女に手を出すなど、以ての外」
青娥はつぶやく。
さとりには、決して聞こえないよう、小さな声で。
霍青娥には信念がある。少女を愛するものは、皆、紳士淑女であるべしという、確固たる黄金のような信念が。
故に、少女に直接的に手を出す不埒な輩を見過ごすことは、決して、出来ないのだ。
そも、紳士淑女とは何か。
それは端的に言うならば、『少女を愛する』ものであるもの全てである。
少女を愛する。簡単な言葉ではあるが、それはとても難しい。
だが、あえて簡潔な言葉で表現するとしたら、『少女は眺めて愛でるべきである』――この一語に尽きるだろう。
そう。
少女は眺めて愛するものなのだ。彼女たちのかわいらしさ、仕草の愛らしさ、その全てを己の目で見つめ、慈しむべき存在なのである。
手を出すなど以ての外。己の下劣な欲望に負け、それを表に出した瞬間、紳士淑女ではなくなる。そして、紳士淑女の道を外れたものには容赦ない制裁が下されて当然であり、そんなものに少女を愛する資格はないのである。
青娥が日々、最大の敵は己であると定めている理由がそれだった。
胸に抱く、少女たちへのあまりの愛の大きさのため、自らが禁忌としていることを、時に破ってしまいそうになる――そのたびに、鋼鉄のような自制心と共に、己の内なる欲望を押さえつけてきたのである。
彼女が仙人になったのは、そのような鍛錬の果ての賜物でもあった。
幻想郷のかわいらしい少女たち、全てを己のものに。だが、それは一言で言うならば少女たちの楽園を築くことであり、不埒なものをイメージしているのではないのである。
……たま~に、我慢できなくなって、『……芳香。わたくしを縄で縛って、そこの大黒柱にくくりつけてください』と頼むこともあるのだが。
「きゃっ」
「あら、大丈夫ですか?」
「あ、は、はい。
すみません。布団というものに慣れていなくて」
「いいえ」
――と、その時、さとりが布団の重たさに潰されてしまう。
ぽこっと布団の下から顔を出し、這い出してくる彼女。
「なっ……!?」
そのさとりを見て、青娥は驚愕した。
慣れない力仕事のため、上気した肌。それは白い肌との絶妙なコントラストを生み出し、たとえ少女であろうともえもいわれぬ色香を漂わせている。
うっすらと浮かぶ汗。漂う少女の甘い香り。
バランスを崩したために乱れた衣服。そして、その袷から除く、ささやかながら確かな谷間。
「こ、これは、まさか……ロリ巨乳……!」
青娥は、巨乳には興味はない。むしろ育った少女は少女ではないのでアウトオブ眼中である。
しかし、少女には興味がある。ありすぎて困るくらいに。淑女としての己の信念がブレーキをかけ続けていなければ、いずれ暴走は免れないというくらいに。
そして、ロリ巨乳という存在がいることを、青娥は知っていた。
幼くして巨乳。決して相容れない二つの要素を兼ね備えた奇跡の存在のことを。
仙人となって不老不死となり、長い時を生きてきた――その彼女ですら、これまでに見つけることの出来なかったそれは、伝説の上の存在であるに過ぎないと、今、この時まで青娥は考えていた。
それが。それがまさか、こんなところにいるとは。
ロリでありながら巨乳。絶対に重なることのない二つの要素。
つるぺたんでもない、ふくらみかけでもない、もしも手に触れることが許されるのなら、確実にそこに存在を主張する二つの奇跡を備えたもの――それがロリ巨乳なのだ。
ありえない。私は今、夢を見ているのではないか。
目の前の現実に驚愕のあまり、己を見失いかける青娥。しかし、一歩、足を引いた時、足をテーブルにぶつけて覚醒する。
そう。これは現実なのだ。
目の前に存在する少女は、伝説の存在などではない。現実の存在なのだと。
「着物が乱れていますよ」
「あ、ああ。すみません」
慌てて、さとりは衣服の乱れを直すと、ぺこりと青娥に向かって頭を下げる。
にこやかに微笑みながら、しかし、胸中の驚愕を、青娥は隠しきれなかった。
ロリ巨乳。その体がなだらかな曲線だけで構成されたものではなく、確かな凹凸を備えた存在。その見た目にそぐわないアダルトな雰囲気を持ったもの。年齢不相応。だが、そこに年齢不相応というフレーズが持つマイナスの雰囲気はなく、むしろ双方が掛け合わされることでプラスへと転じるという、当たり前であるが、現実には限りなく存在し得ない、0の向こうの無限大を見せてくれる存在。
――少女を愛する者たちの始祖と言われる、かの偉大な師『楼璃瑚夢』は言った。
『我々が愛した少女たちは、皆、無限に広がる大草原の上を駆け回る自由であった。その広大な草原にはいくつもの丘が存在している。少女たちは、その丘の上を駆け上り、己の自由を謳歌していた。
だが、そこに丘を越えた向こうに山があった。そこに登ることの出来た少女は少なく、また、私も、生きている間にそれを見ることはかなわぬだろう。生命の活力、そして奇跡を知る少女はあまりに少ない――それゆえに、何よりも大きな命を持った少女なのである』
――と。
青娥は今、奇跡と相対していた。
目の前の少女の、あまりの神々しさに息を呑む。
「それでは、失礼します」
ぺこりと一礼して、さとりは部屋を辞した。
彼女の足音が遠ざかる。
その気配が完全に、青娥の認識の外に出て行って。彼女はようやく、金縛りから解放される。
「来て……よかった……!」
――それは、魂からの言葉だった。
天に向かって右手を突き上げる伝説の体勢のまま、彼女は滂沱の涙を流し、今、ここにいる己に感謝していた。
――こうして、青娥の地底訪問は終わった。
「いやぁ、いい温泉でした。それではお約束通り、私とはたてさんで、こちらの宣伝はさせて頂きますので」
「ちょっと。何でわたしがあんたと一緒になんか。
わたしはわたしで記事を書くからね!」
「よろしくお願いしますね」
何やらにぎやかな少女二人と宿のものとの会話を横目に眺めながら、青娥は踵を返す。
また、ここに必ず来よう。その決意を胸に、彼女は帰路につく。
「お帰りだぞ青娥! おみやげ、おみやげ」
「はいはい。芳香、焦らないの」
「おお、青娥殿。温泉はどうだったのだ?」
「いいお湯でした」
「楽しんでいただけましたか?」
「はい」
「えーっと……青娥さん、お帰りなさい……」
「あら、屠自古」
「ありがとう! わたくし、あなたのことを誤解していました!
けど、あなたはストライクゾーンの外ですので!」
「………………………………は?」
しかし、決して己の信念は曲げない青娥であったという。
「ねぇねぇ、お姉ちゃん、お姉ちゃん!」
「何? こいし。
……あと、耳元であんまり大きな声を出さないでね。びっくりするから」
「温泉やろう! 温泉!」
「……は?」
「だから、温泉! 旅館!」
「……あのね、こいし」
この妹はこれだから困る、と言わんばかりの表情を、彼女は浮かべる。
「まず、誰が何をどうしたいのか。それはなぜなのか。ちゃんとわかるように言いなさい。
じゃないと、あなたが何を言いたいのか伝わらないでしょ?」
「うん。わかった。
簡単に言うと、温泉旅館やりたい」
確かに簡潔明快な言葉にはなった。
なったのだが、それで意味が伝わるかどうかは別問題である。
彼女は妹の言葉に、ため息を一つつく。
「温泉旅館って何?」
「あのね、この前、地上を歩いてきたんだけどね」
「うん」
「おっきなお山のところにね、すーっごくきれいな旅館があったの。
『天狗のお宿』って言うんだって」
「……………………」
あれ? 確か、その辺りのそいつらって外部との接触を一切断ってる、すごく閉鎖的な奴らじゃなかったっけ?
そんな疑問を思い浮かべても、『でね、でね』と会話を続けてくる妹にはかなわない。
「すっごく楽しかったの。
だから、温泉旅館やりたいなって思ったの。はい、理由説明!」
「……あー」
頭痛がする。思わず、優しさと愛が成分の半分を埋める頭痛薬を探してしまう。
ちなみに、その薬は、某竹林の医者開発の『既存の薬の倍以上の効力を発揮する』ものらしい。よくわからないが。
「もう勇儀さんとかには話をして、『よし! それなら、あたしがいい旅館を建ててやるよ!』って!」
「勝手に話を進めたの!?」
「うん。
町の中に、今、建設中だよ。お燐が『……さとり様にも、あとで話をしてきてね……』って言ってた」
それって、呆然と突っ立ってのセリフだったんじゃなかろうか。
彼女は妹の口調から、そんなことを推理する。大方、間違っちゃいないだろう。
「これ、建設費用。勇儀さんが『大負けに負けてこれくらいだね』って」
「……」
きりきりと胃が痛み出す。
取り出された請求書には、目の玉が飛び出るくらいの額が書かれていた。
「……必要経費で落ちるかしら……」
「街の偉い人も『これで地獄にも雇用が増えます。ありがとうございます、こいし様。早速、職業斡旋所に求人を出しておきますね』って!」
昨今は幻想郷も不景気であり、それは地獄も例外ではないとか何とか言われているらしい。
ぶっちゃけ、彼女は『そりゃわたしの周りは不景気よね……』と、家計簿に赤の字が増え始めた最近を嘆いていたりする。
「で、地上の人たちに『温泉旅館始めます。来てね♪』って招待状配ってきちゃった」
「はい!?」
「福引の景品にしてくれるって。
あとそれから、温泉旅館で、こいしちゃん達もたまに働きますって言ってきたから!」
「……」
「楽しみだね♪」
――時々、思う。この妹の行動全てが突飛なものに見えるのは、実は彼女のあまりの計算高さに自分の判断がついていってないだけなのではないだろうか、と。
天才のすること、考えることは凡人には理解できないと言われている。
それは間違いなく、彼らの考えていること、やろうとすることが常人の理解の範囲を飛び越えているからだ。
……ああ、私の妹は、とても天才なのだなぁ、と。
彼女は思う。
内心では、実はその『天才』は『天災』なんじゃなかろうか、とも思っていたりするのだが。
「……あ、お燐。ええ、わたしよ……。事情は理解したから……。
……え? 予算? あはは……すっからかんになったわ……。これから四季さまのところに行くから……ええ、耳栓の用意をお願いね……」
――そして、それは結局、この妹を叱ることはあっても最終的には甘い対応をしてしまう自分に原因があるのだな、と。
彼女の頬を、ぽろりと一筋の涙が伝ったのは、決して、見間違いではない真実であった。
所変わって、ここはとある廟の中。
「ふんふんふ~ん♪
うふふ、なかなかかわいい服が手に入ったわ~」
上機嫌で、そこの入り口をくぐるのは霍青娥。彼女の手元には、小さな紙袋が握られている。
「たっだいま~」
「青娥、お帰りだぞー!」
「あら、芳香。お出迎えしてくれるのね、偉い偉い」
ぴょんこぴょんこ飛び跳ねながらやってくる、愛すべきキョンシー――名を宮古芳香という――の頭をなでなでしながら、彼女は言う。
「あのね、芳香。実は、あなたにちょうど似合いそうなお洋服が――」
「青娥、何か布都が呼んでたぞ」
「まあ、布都ちゃんが!?
それは急がないといけないわ! 芳香、いらっしゃい!」
「おう!」
――布都ちゃんがわたくしに何を!? はっ! まさか、愛の告白!?
それは……それはいけないわっ! わたくしは淑女として、少女を愛でるべき存在……決して、直接的に手を出しては……ああ、だけど、そんな熱く激しく愛を語られたら、わたくしは……わたくしはどうすればっ!
……などとよこしまな思いを抱くこの彼女、自称他称共に『邪仙』を名乗る存在である。
もちろん、その『邪』は、一般的に考えられる『邪』ではないのは言うまでもないだろう。
端的に言うと、この彼女、極端なくらいに少女への偏愛を抱く類の輩であった。
「ふっとっちゃ~ん! 何かしら~!?」
「わわわっ!? ちょっ、青娥殿むぎゅぅ」
がらっ、と引き戸を開けて、部屋の中でちょこんと座していた少女に飛び掛る青娥。
その姿を傍から見れば『獲物に向かって飛び掛る肉食獣』にしか見えないシーンである。
「……青娥さま。お戯れもその辺りで」
「あー、はいはい。ちっ」
「今、舌打ちしませんでした?」
「してないわよ」
「……ぷはっ。死ぬかと思った……」
「大丈夫だぞ、布都。死んでも芳香みたいに青娥にキョンシーにしてもらえばいいぞ!」
「まあ、布都ちゃんがわたくしのキョンシーに!? そ、それは、ぜひ!」
「……いや、『ぜひ』とか言われても……」
「そこまでで。お話を進めさせてください、青娥さま」
「……ちっ。邪魔くさいわね」
「今、絶対に舌打ちしましたよね……?」
「あら、してないわよ。屠自古ったらもう」
「……気がおけねぇ……」
部屋の中にいた、ちびっこ――物部布都という――の隣で、この状況を冷ややかな目で眺めていた少女――蘇我屠自古――は、内心、『この女、ほんと大丈夫か?』という思いを抱いたとか抱かなかったとか。
ともあれ、青娥は屠自古に勧められるまま、座布団の上へと腰を下ろす。
ちょうどその時、奥の間に続く障子がすっと開けられる。
「皆さん、そろっているようですね」
「おお、太子さま。
こっちです、こちらへどうぞ。屠自古、太子さまにも座を」
「はい」
わかってますわかってます、という顔で、『にぱ~』としか表現できない笑顔を浮かべている布都に返事をする屠自古。
彼女は、やれやれ、とため息一つ。そんな彼女の内心を知ってか知らずか、太子――豊聡耳神子――は『苦労をかけますね』と微笑んだ。
「して、何でしょうか?」
「ええ。実は、布都がですね――」
神子がその場に座したところで、青娥はゆったりとした口調で尋ねる。
その声音だけを聞くのなら、なるほど、仙人の威厳たっぷりであった。自分の隣に芳香を座らせ、その頭をなでなでしていなければ。
「うむ。
青娥殿には、いつも、我々は迷惑をかけていると感じている」
「あら、そんなことないのよ。布都ちゃん」
――少女のお世話をするのが、わたくしの仕事……いいえ、使命だもの!
ぐぐっ、と内心で拳を握り、熱い魂をほとばしらせる青娥。もちろん、顔と声には出さない。
「そこで、青娥殿には、ぜひ、礼をしたいと考えている」
「あら、まあ」
「これを」
と、青娥に渡されたのは『地底温泉へようこそ』と書かれた、やたらけばけばしい色合いのチラシと『ご宿泊無料チケット』だった。
「これを、わたくしに?
まあ……光栄ですわ。ありがとうございます」
「うむ。ぜひ、この温泉で、ゆっくりと骨休めをしてもらいたい。
太子さまにも了解を取っている。我々からの、ほんの気持ちなのだ」
「では、ありがたくちょうだいいたします」
差し出されたチケットを受け取り、青娥は深々と頭を下げた。
彼女のそんな仕草に感心したのか、神子が「青娥さんは礼儀正しい方ですね」と一言。
「それでは、せっかくですので、皆様で参りませんか?」
ゆっくりと顔を上げる青娥。
彼女はにっこりと、誰もが心を許してしまいそうな笑顔で微笑むと、一同に向かって言う。
しかし、
「いえ、青娥さん。それはお一人様限定なのです」
「……えっ?」
「先日、屠自古が買い物に行った際に『ふくびき』をしてきて、それを持って帰ってきたのだ」
「ご家族様ご案内と言うのもあったのですが……すみません。それを引くことが出来ませんでした」
「……屠自古。お前、ちょっと後で裏こいや」
「……あの、今、何か?」
「いいえ、何にも」
いきなり声のトーンが低くなって目つきが悪くなったと思えば、すぐに元に戻ったりする。
その百面相の腕前は、まさに仙人の器にふさわしい。
「それで、皆で相談した結果、青娥殿にぜひと言う話になってな」
「どうぞ、ゆっくりしてきてください」
「あ、あの、ですけど、それはちょっと皆様に悪いと言うか……。
あ、ほら、わたくし、芳香の面倒も見ないといけませんし……」
「それは我がやるから大丈夫。どーんと、大船に乗ったつもりで安心してくれ!」
えっへん! と胸を張る布都。
その仕草の愛らしさに、思わず青娥は布都を抱きしめそうになったが、一瞬の刹那の間に伸ばしかけた腕を引き戻していた。ちなみにその瞬間、一部の筋肉が断裂したのか、『ぶちっ』というや~な音がしていたのだが、それはさておきとしよう。
「青娥。ゆっくりしてくるといいぞ」
「あ……う……」
「それに、地底には、温泉だけでなく色々な名物もあると聞きます。
こんなことを言うのもなんですが、お土産、期待しております」
「う……えと……」
「青娥殿。すでに荷物の用意も済ませておる。
どうぞ、我々の好意と思って」
「……………………はい」
この状況下で、なお、『いいえ』を言い続けられるほど、青娥は人間が出来ていなかった。
まだまだ、己は仙人の器にふさわしくない……そう胸中でつぶやき、青娥は立ち上がると、『それでは、皆様のご好意、ありがたくちょうだいいたします』と笑顔を浮かべる。
布都から差し出された荷物を受け取り、ぺこりと一礼。
顔を上げる瞬間、ものすさまじい視線を屠自古に向けたような向けてないような、そんな気がしたが、それはさておき、彼女は地底温泉へと向かって出発したのだった。
「……あの女、ここに、もう二度と入れないほうがいいような……」
「屠自古? どうかしましたか?」
「あ……いえ。気のせいです……はい」
頬に汗を一筋流し、つぶやく屠自古の表情は、さすがの豊聡耳でも見抜けない不安に満ちていたのだった。
「……あの屠自古め、どうしてくれよう。
これはきっと、廟からわたくしを追い出して、神子ちゃんと布都ちゃんと芳香を独り占めする作戦に違いないわ……!」
ぶつくさつぶやきながら、青娥は一路、地底へと向かっていた。
『地底入り口 こちら↓』と書かれた看板の前に、たくさんの人妖が群がっている。それを案内するのは、疲れきった顔の一匹の猫だった。
彼女は渡されるチケットを受け取り『……はい、どーぞー』と死んだ魚のような目と声で彼らを地底へと案内していく。
青娥は一応、並んでいる人々に倣う形で猫に案内されて地底へと。
その間、ずっと『対・屠自古計画』を立てていたため、どのように道を歩き、どのようにその場にやってきたかもわからないまま、『地底温泉』と看板の立てられた建物の中へと入っていく。
「いらっしゃいませ~!」
気楽に響くその声に。
「――っ!?」
何かを感じたのか、ばっ、と青娥は顔を上げた。
その視線の先には、
「地底温泉へようこそ~!
従業員代表のこいしちゃんと、こいしちゃんのお姉ちゃんのさとりお姉ちゃんでーっす!」
「さ、さとりで~す……」
「屠自古っ……! わたくしは……わたくしは、あなたを誤解していたっ……!」
青娥の目の前に現れたのは二人の少女だった。
見た目的に、完璧、青娥のストライクゾーン――ちなみに、彼女のストライクゾーンは『見た目5~12歳』である――だ。時速200キロの剛速球が直球ストレートで投げ込まれたと言ってもいいだろう。
小さくてかわいい二人の女の子。
一人は元気一杯、一人は控えめ。
しかもそれだけではない。
少女たちの衣装。それが、青娥の心をどストレートに抉り出す。
旅館といえば、従業員の衣装は和服だ。洋服など断じて認めるわけもない。一般的には浴衣だろう。
彼女たちは、その浴衣を身に纏っている。
しかし、誰がデザインしたのか知らないが、その浴衣は丈が異様に切り詰められたミニスカ浴衣だったのだ。
すらりと伸びる少女たちの白い足。
柔らかそうな肉付き。
スレンダーに、しかし、ぷにぷにふわふわは間違いない曲線。
これを芸術といわずに何と言おう。美しい以外にどんな言葉が似合うだろう。
「ありがとう……ありがとう、屠自古……!
こんな素晴らしい少女との出会いの場をくれて……!」
青娥の中で、屠自古が『悪の帝王』から『笑顔の女神』へと変貌していた。
180度どころか360度回った末に斜め上方向に向けてムーンサルトでドラゴンメテオかましたくらいの印象の変化である。
「えっと、お姉さん!」
「は、はい!?」
「お姉さん、らっきーだね! そのチケット、お姉ちゃんが担当従業員のやつ!」
「なっ、なななななな何ですって!?」
青娥の中で、屠自古の評価が『笑顔の女神』から『絶対にして唯一。全知全能の神ト・ジーコ』へと変貌した。なぜか彼女はサッカーボールを持っていたが、それはもはや瑣末ごとに過ぎない。
「さっ、お姉ちゃん。お客さんをお部屋にごあんなーい」
「……どうぞ。こちらです」
「はっ、はい!」
ありがとう……ありがとう、屠自古……!
わたくし、あなたに足を向けて眠れません……!
――心の中で涙を流しながら、青娥は屠自古へ感謝の言葉を述べていた。その彼女の前に立って歩くさとり――もちろん、いわずもがな、あの『古明地さとり』当人である――は、「何かいいことがあったのですか?」と尋ねたりする。
「え?」
「あ、いえ。何か幸せそうな顔をしてらっしゃいましたので」
「は、はい! それは、もう! はい!」
「……は、はあ」
鼻息荒く宣言する青娥に気圧され、一歩、足を引いてしまうさとり。
「あの……こちらです」
「あら、これはこれは」
前を行くさとりの姿(主に足とお尻)を見ようとして『いいえ、わたくしは淑女……! そのような不埒な振る舞いはっ!』と己と戦っていた青娥は、案内された部屋を見て声を上げた。
部屋の広さは8畳。床の間もあり、清潔な印象を漂わせる和室である。
「……あの、何だか申し訳ありません」
「え?」
「今回のこれですが……こいしの突飛な思いつきに端を発していまして。
『地上の方々ともっと交流しよう』と。
思いつきはいいんですけれど、まさか温泉稼業を営むことになるとは……」
「よろしいではありませんか」
苦笑と共につぶやいていたさとりは、青娥の一言で顔を上げる。
青娥は笑顔だった。右手がこっそり親指が立っていた。もちろん、さとりにはそれが見えない位置で。
「このようにかわいらしい方々……ではなくて、素晴らしい施設があるのですもの。
それをもって、大勢の方々と友好を結ぶ――とても素晴らしいことだと思いますよ」
「……そうですか?」
「ええ。
わたくしのように、皆さん、このような素晴らしいもてなしを受けて満足しているでしょう」
さとりからの答えはなかった。
勧められるまま、青娥は座布団へと腰を下ろす。
さとりはテーブルの上にパンフレット(作:こいし)を広げると温泉施設の説明を行い、夕食の説明を行い、一連の施設説明を終えると、
「どうぞごゆっくり」
ぺこりと頭を下げて出て行ってしまった。
――気分を害させてしまったかしら。
ひょいと肩をすくめて、青娥。
「まぁ、ともあれ、彼女はどうやら迷っている様子……。
ならば、わたくしの力をもって、彼女の悩みを取り除いてあげれば……」
『ありがとうございます、青娥さま。わたし、青娥さまのおかげで決心がつきました』
『いいえ。よろしいのですよ』
『はい……。
あの、それで、これはお礼なのですが……』
『まあ……』
「ふ……ふふ……うふふふふふっ!」
顔の造形崩れまくるほどの『にたぁ~』な笑みを浮かべて、青娥の脳内を邪悪な妄想が駆け巡る。
「よしっ! これしかない!
地底の少女をげっとする作戦、開始するわっ! もちろん、淑女として清楚な振る舞いは忘れずに!」
邪仙は己の欲望に非常に正直であった。そして同時に、己のポリシーにも背かない高潔さを備えていた。
その邪悪な思いと共に、彼女は淹れてもらったお茶を飲み干すと、『それじゃ、まずは温泉から』とそそくさ荷物を探り出す。
この空間に、己を満足させる『もの』があることがわかった以上、徹底的にこの時間を楽しむつもりであるらしい。
誠、その辺りの気持ちの切り替えは早い青娥であった。
「……にしても、どうしたものかしらね」
言葉巧みに相手の心を揺り動かすのは並大抵の業ではない。
湯船に浸かりながら、青娥は一人、小さな声でつぶやいた。
他者の心の琴線に触れ、心を動かす術は心得ているものの、そうではない、いわゆる真っ当な手段については彼女のスキルはそれほど高くはなかった。
こうなってくると、尊敬する茨華仙――なお、彼女は青娥の中で『少女愛同盟』の盟友とされている――にその辺りの技術を学んでおくべきだったか、と後悔する。
そんな風に、いくつもの作戦を立てていると、
「お姉さん、こんにちは」
「ひゃあっ!?」
いきなり耳元で声がした。
思わず、驚き、飛びのく青娥。その青娥を見て、けたけた笑っているのは、入り口で彼女を出迎えてくれたこいしだ。
「そんなにびっくりしないでよ」
「あ、い、いえ……失礼しました……。
あ、あの、それで何か……」
「お背中流しに来ました!」
びしっ、と手に持ったタオルを突き出すこいし。
どうやら、温泉ではそうしたサービスも行っているところがある、ということを誰かに吹き込まれてきたらしい。
その彼女の笑顔に、思わず前のめりになりそうなところをこらえ、青娥は『それではお願いします』と仙人スマイルを浮かべた。
「おー、お姉さん、肌きれいだねー」
「うふふ、そうですか? ありがとうございます」
「美人だよねー」
「まあ、美人だなんて」
「いいなー。こいしちゃんも美人になりたいなー」
「あら、こいしさんも、充分、かわいらしいじゃないですか」
「わかってないなー。
かわいいんじゃなくて『きれい』って言われたい乙女心」
「あら、ごめんなさい」
「おっと手が滑った」
「ひゃあっ!?」
まさに刹那。
こいしの手が青娥の胸に伸び、がっしりとそれをわしづかみする。
「ち、ちょっと!?」
「ん~……88……89……87……。E……かな」
「……」
なぜ自分のバストサイズがわかるのだろう。この子は。
さすがの青娥も沈黙する。
「お姉さん、おっぱいおっきいねー」
「は、はい。ありがとうございます」
「うりゃうりゃ~」
「きゃっ、ちょ、ちょっと」
と、否定はするものの、顔は全くの笑顔であった。
彼女の脳内では『少女にもてあそばれるわ・た・し』なイメージが出来上がっており、その笑顔はまさに天下無双の笑顔であった。
彼女は幸せだった。
愛する少女と過ごす、一瞬の楽しい時間。しかし、それは一瞬でありながら、永遠だった。
この時間だけは、生涯、忘れまい。
脳裏の記憶を心の中へと焼き付けながら、青娥は誓った。
そして、思う。
こんな美味しいイベントに遭遇できるなんて、ここに来てよかった。屠自古、ありがとう。――と。
「ふい~、もんだもんだ。
おっしまーい」
「あ、ありがとうございます」
「疲れたから、こいしちゃんも一緒にお風呂入りまーす」
「えっ?」
「とうっ」
その一言と共に、こいしは一糸纏わぬ姿になると、湯船へと飛び込んだ。
青娥は動かない。いや、動けなかった。
彼女は見たのだ。その眼前――まさに手を伸ばせば、息を吐けば、それを感じられるところに無限の楽園を。
「……ふふふ。人は言う……つるぺたんに勝るものはない、と。
だけど、それは少女たちの真の魅力を理解していないことに相違ない……」
くわっ、と彼女は目を見開き、立ち上がると宣言する。
『つるぺたんの一歩先、ふくらみかけの少女もまた、素晴らしい、と!』
――少女を愛する者たちの始祖と言われる、かの偉大な師『楼璃瑚夢』は言った。
『つるぺたんが似合うものには範囲がある』
――と。
少女――それも『幼女』と表現できるものと、そこから一歩進んだところにいる、少女と幼女の中間にいるもの。
ここに属するものにこそ、『つるぺたん』はふさわしい。具体的には廟の布都であろう。あれこそまさに、つるぺたんの真髄。彼女は決して大きくなってはならない。成長してはならない。彼女の、今の最大の魅力を捨て去る必要など、誰が認めるだろうか。
しかし、つるぺたんは、そこから先に進んでしまうと途端に魅力を失ってしまう。
年齢不相応に幼い少女。それは、青娥の価値判断から行けば無粋であった。
――なぜか。
それは、彼女にとって、少女とは常に『笑顔の似合う存在』でなくてはならないことによる。
年齢不相応に幼い少女は、きっと、己の肢体にコンプレックスを持っていることだろう。それを抱いているということは、少なからず、そのコンプレックスは、少女から笑顔を奪っていることにつながるのだ。
少女から笑顔を奪うものを、青娥は許しはしない。この世の誰が、たとえお天道様が許したとしても、千の苦しみと万の苦痛を与え、この世からもあの世からも抹消すべき存在である。
少女たちのコンプレックスが解消されるためには、それ相応の成長を、年齢と共に遂げなくてはならないのだ。
つまり、こいしくらいの年齢の少女ならば、まさに『ふくらみかけ』の状態がふさわしいと言える。
それくらいの成長ならば己の許容範囲内。そして少女たちにとっても、これから先、さらに育っていくであろう己に期待して笑顔を失う必要性が消滅する状態――『ふくらみかけ』。何と素晴らしい言葉であろうか。
すべすべつるつるの素肌の上に、ほんの少しだけ乗った女の証。それは、花が咲く前のつぼみであるとも言える。
そのつぼみの状態もまた、等しく愛すべし――それが青娥の心情である。
「ふい~、極楽極楽~」
温泉を味わうこいしの背中を見ながら、青娥は椅子の上に腰を下ろすと、鏡に映る己の顔を見る。
――いい笑顔をしていた。美しい女の笑顔が、そこにある。
「ふっふっふ……! 地底最高……!」
「……あ、あの、大丈夫ですか? 湯あたりしたのでしたら、上がった方が……」
「あ、お気になさらず」
鼻からだくだく愛をあふれさせる青娥を見て、さすがに見かねたのか、隣に座っていた女性が恐る恐る尋ねてくる。
青娥はびしっと親指立てて返答すると、さながら血の池状態の己の周りを、お湯で洗い流したのだった。
湯から上がった後は、旅館の中の散策である。
獲物……ではなくて、かわいらしい少女……でもなく、旅館の中を見て回りながら、青娥は『ここにはまた来ないといけないわね』と内心でつぶやく。
「あら、お土産屋」
足を運び、廟の者達へのお土産を買い求める。
基本の温泉饅頭、各人それぞれが好きそうなお菓子、中でも屠自古の分は、その中でも一番高くておいしそうなものを購入する。
すでに青娥の中で、屠自古の評価は『パーフェクト』であった。
お土産を購入し、頭の中で廟のもの達が喜ぶ笑顔を浮かべ、にへら~と笑いながら歩いていく彼女。
すると、目の前を、頭の上に何かを載せてぴょんこぴょんこと飛び跳ねていく少女を見つける。
なぜか、桶に入っている彼女を目で追いかけていると、
「お、キスメ、お手伝い? 偉い偉い」
その少女に声をかけるものがいた。彼女を見て、桶に入った彼女は嬉しそうに笑うと、またぴょんこぴょんこ飛び跳ねて、どこかへと行ってしまう。
「すみません」
「あ、はい」
「あの……彼女は?」
「ああ。彼女、キスメっていう釣瓶落としの妖怪ですよ。
ここの手伝いをしてるみたいです」
その彼女に声をかけて、青娥は『ふぅん……』とうなずいた。
それじゃ、と声をかけた女は歩いていく。
彼女の方を見ることなく、青娥はつぶやく。
「……あのかわいらしい姉妹だけではなく、あんな子まで……。
地底……侮れないところね」
あの桶に入った少女。
具体的に判断することは不可能だが、恐らく、年齢的に10歳前後の少女に相当するはずである。
つまり、彼女もまた、青娥のストライクゾーンだ。
あいにくと会話を交わすことも出来ず、見かけたのも一瞬だったため、少女へのアプローチはかなわなかった。
しかし、次はない。彼女は断言する。
「次こそ、あの子も、また……!」
――幻想郷にかわいらしい少女は、全てわたくしの手に。
邪悪な思いと共に浮かべた笑顔は、思わず、それを見たものが『びくっ!』背筋をすくませて彼女をよけて通るほど邪悪なものであった。
小さな含み笑いを残して、彼女はその場を後にする。
そして、残るのは『……あーいうの残念な美人っていうんだろうね』という青娥に対する評価だけであった。
「いやぁ、盛り上がってるねぇ」
「何だ、勇儀。あなたも来たの?」
「何だよ。あたしが来ちゃ悪いか」
「別に。
ただ、あなたみたいな人が旅館の従業員っていうのは何だかなぁ、って思っただけ」
「相変わらず口の減らない奴だな」
「何よ。やろうっての」
「何だと」
「あー、はいはい。そこまでそこまで」
ばちばちと火花を散らしていがみ合いをする二人の間に、ヤマメが割って入った。
何かとそりの合わないこの二人――勇儀とパルスィは、ある意味ではいい友人なのだが、ある意味では犬猿の仲であった。
「こんな場でそういういがみ合いはよくないって思わない?」
「あ……まぁ、確かにそうだな。ヤマメ、すまん」
ただいま、旅館『ちれいでん』は夕食の時間。
大広間に大勢の客が集まって、わいのわいのと騒いでいる。
そうした楽しい場を壊す無粋な真似を最も嫌うのが、この勇儀である。
「ふん。何よ」
「まあまあ」
「というか、パルスィは何しに来たんだ?」
「わ、私はその……べ、別に何だっていいじゃない!」
『パルスィちゃん、パルスィちゃん。言われた通りに、みんなにおみやげ配ってきたの』
「ほほー、なるほどな」
「うぐ……」
その時、ぴょこぴょこ飛び跳ねて、キスメが戻ってくる。
彼女の差し出したノートを見て、首肯する勇儀にパルスィが沈黙した。結局のところ、彼女たちは、この奇妙な旅館業がうまいこと回っているか心配して見に来たのだ。
「まぁ、何事もなさそうでよかったよ」
「そうだな。
ま、あたしが選んだ奴らも従業員に混じってるし。よっぽどのことがない限りトラブルなんて起きないさ」
「あなたの友人っていうだけで、それって怪しいものよね」
「なぁに、みんな気のいい奴らさ。大丈夫、大丈夫」
わっはっは、と笑う勇儀の、相変わらずな態度に閉口したのか。それとも満足したのか。パルスィは両手をひょいと肩の位置まで挙げた。
「けど、何だってさとりやこいしまで働いてるの?」
「さあ? そこまではあたしにも」
ぱたぱたと、忙しく客の間を駆け回る二人の少女。
彼女たちが何で従業員に混じっているのかは、さすがにその場の面子にはわからないことであった。
まさか、こいしの思い付きとは思っていないのだろう。
「ま、何事もなさそうでよかったよ。
んじゃ、あたしは風呂に入ってから帰ろうかな」
「あ、それじゃ私も」
「この奥に赤提灯も入れてあるよ。そっちでお酒も飲んでいったら?」
「お、いいねぇ!」
何だかんだで、とりあえず、当面は大丈夫であろうと判断したのか、それぞれに踵を返す。
――と、その時だ。
「きゃっ!」
女の悲鳴。
思わず足を止め、振り向けば、さとりが何やら客の一人に絡まれていた。文句を言っているようだが、相手は酒が入っているのか、『まあまあ』といわんばかりの仕草で笑っているだけだ。
「まぁ、盛り場には、往々にしてある光景だぁね」
「……やれやれ。普段なら適度に放っておくところだけど……」
ちらりと、勇儀はこいしの方を見る。
こいしの顔から表情が抜け落ちていた。その瞳が暗い光をたたえ、姉にちょっかいをかけた相手を見据えている。
「あの子がいたらそうもいかないね」
「めんどくさいことになる前に、勇儀、頼んだわよ」
「ああ。任された」
肩を叩かれ、のっしのっしと歩いていく勇儀。
そうして、『おい、あんた。悪乗りはそこまでにしときなよ』と声をかけようとする。
ここ、旧地獄では、ちょっとばかり顔の知られた彼女だ。そして見る限り、さとりにちょっかいを出したものも地獄の住人のようである。勇儀が声をかければ、当然、その悪乗りをやめるだろうと思われたのだが――、
「……あれ?」
拍子抜けしたのは勇儀の方であった。
――まず、認識できたのは、何やら鈍い音。そして、食器が砕ける鋭い音。続けて視線の先に映るのは、何やらこちらに向けて指を向けてきている女の姿。彼女が、その細い指を上に下に動かすだけで、さとりにちょっかいを出した輩が、まるでゴムまりのようにその場で飛び跳ね、床と天井に叩きつけられている。
皆がぽかんとそれを眺める中、彼は最後に床に叩きつけられ、そのまま伸びてしまった。
「……えーっと。
さとり、大丈夫かい?」
「あ……はい。別に、……ええ。はい」
「……そっか。
おーい、ヤマメ。手伝ってくれ」
「……あ。そー……だね。わかったよ」
ぱたぱたやってきたヤマメが彼の頭を持ち、その後をぴょこぴょこついてきたキスメが、ひょいと彼の足を持ち、そのまま退場していく。
「……キスメって、意外と力あるんだ」
「みたい……ですね」
ヤマメに手伝いを頼んだ手前、居心地の悪そうな顔をしていた勇儀は、さとりに了解を取ると、「えー、お騒がせしました。先ほどの騒ぎのお詫びに、当旅館の女将、古明地さとりより皆様にお酒が一杯振舞われます。どうぞご賞味ください」と事務的なアナウンス(死ぬほど似合っていない)をして、ひょこひょこという言葉がぴったりな感じで退場していく。
「お姉ちゃん、大丈夫?」
「ええ。大丈夫。ちょっとちょっかいをかけられただけだから。
お酒が入っているのだもの。仕方ないわ」
「もう。優しいなぁ。
そういう時は、びしっと言ってやらないとダメだよ」
はいはい、とこいしを適当にあしらい、さとりの視線は、先ほどの芸を演出した女へ。
――彼女は飄々とした顔で、差し出される酒を受け取っていたのだった。
「先ほどはありがとうございました」
「いいえ」
夕食後。
青娥の部屋に『お布団を敷きに参りました』とやってきたさとりは、青娥にそんなことを言った。
もちろん、その後の答えも予想済みだ。
「ああいう不埒な輩には天罰が下されてしかるべきです」
「ははは……。
けど、まぁ……こいしの思いつきとはいえ、あの子が『やりたい』と言い出したことですから。
あまり手荒なことをされると評判が下がってしまいますので」
「そうですわね。けれど、それとこれとは別ですよ」
さりげない抗議も受け流し、青娥の笑顔は崩れない。
さとりは、よいしょよいしょと自分よりもだいぶ大きな布団を部屋の中へと敷いていく。
「……そう。少女に手を出すなど、以ての外」
青娥はつぶやく。
さとりには、決して聞こえないよう、小さな声で。
霍青娥には信念がある。少女を愛するものは、皆、紳士淑女であるべしという、確固たる黄金のような信念が。
故に、少女に直接的に手を出す不埒な輩を見過ごすことは、決して、出来ないのだ。
そも、紳士淑女とは何か。
それは端的に言うならば、『少女を愛する』ものであるもの全てである。
少女を愛する。簡単な言葉ではあるが、それはとても難しい。
だが、あえて簡潔な言葉で表現するとしたら、『少女は眺めて愛でるべきである』――この一語に尽きるだろう。
そう。
少女は眺めて愛するものなのだ。彼女たちのかわいらしさ、仕草の愛らしさ、その全てを己の目で見つめ、慈しむべき存在なのである。
手を出すなど以ての外。己の下劣な欲望に負け、それを表に出した瞬間、紳士淑女ではなくなる。そして、紳士淑女の道を外れたものには容赦ない制裁が下されて当然であり、そんなものに少女を愛する資格はないのである。
青娥が日々、最大の敵は己であると定めている理由がそれだった。
胸に抱く、少女たちへのあまりの愛の大きさのため、自らが禁忌としていることを、時に破ってしまいそうになる――そのたびに、鋼鉄のような自制心と共に、己の内なる欲望を押さえつけてきたのである。
彼女が仙人になったのは、そのような鍛錬の果ての賜物でもあった。
幻想郷のかわいらしい少女たち、全てを己のものに。だが、それは一言で言うならば少女たちの楽園を築くことであり、不埒なものをイメージしているのではないのである。
……たま~に、我慢できなくなって、『……芳香。わたくしを縄で縛って、そこの大黒柱にくくりつけてください』と頼むこともあるのだが。
「きゃっ」
「あら、大丈夫ですか?」
「あ、は、はい。
すみません。布団というものに慣れていなくて」
「いいえ」
――と、その時、さとりが布団の重たさに潰されてしまう。
ぽこっと布団の下から顔を出し、這い出してくる彼女。
「なっ……!?」
そのさとりを見て、青娥は驚愕した。
慣れない力仕事のため、上気した肌。それは白い肌との絶妙なコントラストを生み出し、たとえ少女であろうともえもいわれぬ色香を漂わせている。
うっすらと浮かぶ汗。漂う少女の甘い香り。
バランスを崩したために乱れた衣服。そして、その袷から除く、ささやかながら確かな谷間。
「こ、これは、まさか……ロリ巨乳……!」
青娥は、巨乳には興味はない。むしろ育った少女は少女ではないのでアウトオブ眼中である。
しかし、少女には興味がある。ありすぎて困るくらいに。淑女としての己の信念がブレーキをかけ続けていなければ、いずれ暴走は免れないというくらいに。
そして、ロリ巨乳という存在がいることを、青娥は知っていた。
幼くして巨乳。決して相容れない二つの要素を兼ね備えた奇跡の存在のことを。
仙人となって不老不死となり、長い時を生きてきた――その彼女ですら、これまでに見つけることの出来なかったそれは、伝説の上の存在であるに過ぎないと、今、この時まで青娥は考えていた。
それが。それがまさか、こんなところにいるとは。
ロリでありながら巨乳。絶対に重なることのない二つの要素。
つるぺたんでもない、ふくらみかけでもない、もしも手に触れることが許されるのなら、確実にそこに存在を主張する二つの奇跡を備えたもの――それがロリ巨乳なのだ。
ありえない。私は今、夢を見ているのではないか。
目の前の現実に驚愕のあまり、己を見失いかける青娥。しかし、一歩、足を引いた時、足をテーブルにぶつけて覚醒する。
そう。これは現実なのだ。
目の前に存在する少女は、伝説の存在などではない。現実の存在なのだと。
「着物が乱れていますよ」
「あ、ああ。すみません」
慌てて、さとりは衣服の乱れを直すと、ぺこりと青娥に向かって頭を下げる。
にこやかに微笑みながら、しかし、胸中の驚愕を、青娥は隠しきれなかった。
ロリ巨乳。その体がなだらかな曲線だけで構成されたものではなく、確かな凹凸を備えた存在。その見た目にそぐわないアダルトな雰囲気を持ったもの。年齢不相応。だが、そこに年齢不相応というフレーズが持つマイナスの雰囲気はなく、むしろ双方が掛け合わされることでプラスへと転じるという、当たり前であるが、現実には限りなく存在し得ない、0の向こうの無限大を見せてくれる存在。
――少女を愛する者たちの始祖と言われる、かの偉大な師『楼璃瑚夢』は言った。
『我々が愛した少女たちは、皆、無限に広がる大草原の上を駆け回る自由であった。その広大な草原にはいくつもの丘が存在している。少女たちは、その丘の上を駆け上り、己の自由を謳歌していた。
だが、そこに丘を越えた向こうに山があった。そこに登ることの出来た少女は少なく、また、私も、生きている間にそれを見ることはかなわぬだろう。生命の活力、そして奇跡を知る少女はあまりに少ない――それゆえに、何よりも大きな命を持った少女なのである』
――と。
青娥は今、奇跡と相対していた。
目の前の少女の、あまりの神々しさに息を呑む。
「それでは、失礼します」
ぺこりと一礼して、さとりは部屋を辞した。
彼女の足音が遠ざかる。
その気配が完全に、青娥の認識の外に出て行って。彼女はようやく、金縛りから解放される。
「来て……よかった……!」
――それは、魂からの言葉だった。
天に向かって右手を突き上げる伝説の体勢のまま、彼女は滂沱の涙を流し、今、ここにいる己に感謝していた。
――こうして、青娥の地底訪問は終わった。
「いやぁ、いい温泉でした。それではお約束通り、私とはたてさんで、こちらの宣伝はさせて頂きますので」
「ちょっと。何でわたしがあんたと一緒になんか。
わたしはわたしで記事を書くからね!」
「よろしくお願いしますね」
何やらにぎやかな少女二人と宿のものとの会話を横目に眺めながら、青娥は踵を返す。
また、ここに必ず来よう。その決意を胸に、彼女は帰路につく。
「お帰りだぞ青娥! おみやげ、おみやげ」
「はいはい。芳香、焦らないの」
「おお、青娥殿。温泉はどうだったのだ?」
「いいお湯でした」
「楽しんでいただけましたか?」
「はい」
「えーっと……青娥さん、お帰りなさい……」
「あら、屠自古」
「ありがとう! わたくし、あなたのことを誤解していました!
けど、あなたはストライクゾーンの外ですので!」
「………………………………は?」
しかし、決して己の信念は曲げない青娥であったという。
青娥のこだわりに吹いたw
当店のHPは表示されない設定になっております。
修行を積み、真のロリコ…ゲフンゲフン、真の紳士となった暁には、
すぐにでもお越しくださいませ
(__.... -―― -- .. , -────-- 、
‐:>:z=≠=zx-... ,,: : :`丶 .::´:::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::.::\ノソi
/: : : : : : : : : : :"''へi⌒i__: : \ /__;;:,::. ---‐──‐---<'´ !
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)ノ人トヽ , ノイ: ト)人(ii f´ rァ'/ 」 { レ / ) ノ ( ) 、_ _, ノ( ト、 ! ヽ r'llニニ...__ `ヽ
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すごく、温泉旅館にお泊りしたいです…
ところで、布都ちゃんや屠自古ちゃんがおもてなしをしてくれる、旅館「だいしびょう」のオープンはまだですか?
思いもかけぬキャラの組み合わせが驚くほど似つかわしい。
第一話と第二話いつ掲載した
泊まりてぇ!
特に屠自古ちゃんのポジションが好き。
にしても風見に続いて、また行きたい場所が増えてしまいました。