幽々子様が私を呼んだ。着物の裾を両手で持って、上に持ち上げていて、裸の股がまる見えになっていた。
何をしてるんですか、はしたない、隠してください、と言おうとしたが、そんな格好なのに真面目な顔をしていたので、何だか言えなかった。よく見て、と幽々子様が言う。幽々子様の股から、ぽたりぽたりと血が滴っていた。
これは経血というの。
だ、大丈夫なんですか。
大丈夫なの。そろそろ、あなたにも教えたほうがいいんじゃないかと思ったのよ。半紙をとってきて。
雑物が入っている棚の中から、習字用の半紙を持ってきて、幽々子様の足の間に置いた。幽々子様は膝を曲げて、その上にしゃがみ込み、紙に腰を近づけた。滴り落ちる血が半紙に染みて、ひろがって、少しずつ赤い模様をつくっていった。
じゅうぶんな量の血が落ちるまで、しばらくそうしていた。それから、ん、と声を出して、幽々子様は立ち上がり、着物の裾から手を離した。やっと股が隠れた。自由になった手で半紙をとり上げて、血の模様のついたところで紙をふたつに折り曲げ、ぺたんと両側を合わせた。開くと、赤い模様が紙の半分ずつにうつり合って、対称のかたちになっていた。
真ん中にちいさな体と、触覚のある頭がある。そこから左右に大きな羽がひろがっていた。羽の中にもきれいに模様ができていた。それは血でできた、赤い蝶の模様だった。
幽々子様に促されて、私はそれに顔を近づけた。やっぱり血のにおいがした。複雑な気分で視線を上げると、幽々子様はいつものように笑みを浮かべている。
息を吹きかけてごらんなさい、と言う。
私はおそるおそる、血液の蝶に、ふうっ、と息を吹きかけた。すると蝶が、半紙から浮き上がって、宙に舞った。あっけにとられる私の前で、羽をはばたかせて、ひらひら飛びまわって、それから外に出ていった。半紙は持ってきたときと同じように真っ白に戻っていて、何の跡もなくなっていた。
◆
その年の冬は寒かった。幻想郷はもともと冬が長く、寒い土地柄だが、冥界はそれ以上だ。その日は昼間から夕方まで雪が降りつづき、外出して帰ったときには、白玉楼はいちめんの雪景色だった。
秋のうちにたくさん薪や炭を用意しておいたので、燃料には困らない。私はお風呂に入り、じゃばじゃばとお湯を使って体を洗った。一番風呂だった。いつもは当然、幽々子様が先にお湯を使うんだけど、今日は入らないと仰ったのだ。
幽々子様はこういうとき、甘いものをいつも以上に好んで食べる。毎月のことだ。
ちゃんと人里でぼたもちを買ってきておいたので、今日のお夜食はそれをお出ししよう、と考えながら体を拭いて、寝間着を身に付けて、幽々子様のお部屋に行くと、幽々子様が歌をうたっていた。
ミスティアが歌うような、最近はやりのものとはちがう。何だが昔っぽい、なつかしいような歌だった。私の知らない歌だった。私は静かに障子を開けて、幽々子様のそばに座り込んだ。空気を乱してはいけないと思ったのだ。
そのまましばし、歌に聴きいっていた。幽々子様が目を閉じていたので、私もそうした。
幽々子様は最初に、雪の歌をうたっていた。それから、月の歌を。最後に、桜の歌をうたった。
なんという歌ですか。
そのあと、私は訊いてみた。幽々子様が歌をうたうなんて、とてもめずらしい。
知らないわ。名前のわからない歌なの。でも、死んでから覚えた歌ではないから、私が生きていたころの歌ね。
だからえっと……なん百年も前の歌よ。そのころにあった歌。
え? いやいや、覚えてないわよ。死んだときに、生きているときのことはすべて忘れたんだもの。
でもね、ちょっとだけ、細かな、何の役にも立たないようなことが……波で洗われた砂浜に、小さな石粒がひとつ、ぽつんと取り残されているように、残っていることがあるの。
幽々子様は微笑んで、妖夢、きっと私があなたと同じくらいの時分に、覚えた歌よ、と言った。
それから、
童謡というの。どうよ。
と、ものすごく得意そうな顔でつけくわえたので、私は立ち上がって部屋に戻ろうとした。すると、幽々子様が急に動いて、獣のように私をひっつかまえた。びっくりしているうちに、抱きかかえられて、あお向けの姿勢で幽々子様の顔を見上げる格好になってしまった。
何するんですか。
妖夢、今夜は雪よ。雪を見ましょう。
幽々子様は立ち上がって、私をお姫様抱っこしたまま、部屋の外に出た。
風はなかったけれど、空気がとても冷たくて、寒かった。ひんやりとしていて、まるで山の天辺みたいに空気が澄んでいる。
昼間に降った雪が、庭を真っ白く覆っている。月と星が出ている。だから、私たちには時間がわかる。金色と銀色と、雪の白で色分けされた夜が、庭の木々と囲いに区切られてぽっかりと口を開けている。冬の月は高い位置を通る。まだ宵の口で、私たちのような幽霊はほんとうはこれからが活動の時間だ。
幽々子様は早起きの亡霊なので、ふだんならもうすぐ眠ってしまう。
でも、今夜はそうじゃないみたいだ。
幽々子様。
声をかけた。下から幽々子様を見上げると、白い喉が見えて、私は困惑した。寒くないのだろうか。
寝間着の私と同じく、幽々子様は木綿の着物いちまいの姿だった。袖丈を短く、着丈も詰めておはしょりを無くし、はおるだけで着るようにしている。おなかすいたわ、と幽々子様が言った。
雪がきれいね。月明かりの下の雪は、ほんとうに真っ白で、とても冷たい感じがするわね。
そうですね。おろしてください。
寒いから、もう少し抱きあっていましょう。
部屋に入りましょう……。
もうすぐ、また雪が降るのよ。
縁側に腰を下ろして、幽々子様は私を抱いたまま、雪を見つづけた。明日の朝になれば、積もっている雪の表面が少しだけ溶けて、そのあとまた固まって、ぱりっとした重みがくわわるだろう。でも今はまだ、雪は軽さを保ったまま、お行儀よく私たちの前にとどまっている。
ぼたもちを買ってありますよ、と私は言った。
幽々子様はにっこりと笑った。それから身を屈めて、私の口に唇をつけた。
私は真っ赤になってしまった。
ぼたもち美味しいわよね。私は大好きなの。
妖夢。
幽々子様が私の名を呼ぶ。私のご主人様は、大事なことを言うときによく笑う。
不意打ちで、なんだか腹が立ったので、私は幽々子様を睨みつけた。けれど腹立ちはすぐにまぎれて、私はぼーっとしてしまった。あんまりものを考えられなくなった。
妖夢は気が利くわね。ちゃんと用意しているのね。
毎月のことですから。
そうね。あのね、垂直に飛び上がると、剥がれて早く降りてくるんじゃないかって、ためしたことあったわ。
え?
はじまる前も辛いのよ。
ね、妖夢。
はい。
いつかあなたに、血の芸を見せたことがあったわね。
はい。あの、血の、蝶の。
そうよ。そろそろかな、と思ったんだけど、妖夢は成長が遅いわね。まだじゃない。
し、知りませんよ。ぷい。
拗ねないの。
もう一度見せてあげる、と幽々子様が言った。
空の奥から、雪が降ってきた。昼間の雪と同じくらいの大きさの雪で、けれど色がちがっていた。赤い雪が、ひらひらとゆっくり落ちてきて、白い雪の上に、紙に墨が染みるように、じわじわと広がっていった。少しすると、雪の上から蝶が飛び立った。血の色の蝶が次々と、白玉楼の庭に舞いはじめた。
たくさんの赤い雪が、暗い夜の月明かりの中で静かに降りつのり、雪から生まれた蝶が、雪に負けないくらい夜を満たしていく。すぐに庭は、舞い降りながら飛び立とうとする雪でいっぱいになってしまった。空の奥がすぼまり、雪を吐き出すのにあわせて、またひろがる。その繰り返し。
庭じゅうに立っている、先の尖った木の枝にもそれは降りつのって、枝の粉雪の上から赤い蝶が、まるで梢に膨らんだつぼみから花が生まれるように生まれるのだ――春と冬がくっついて、ごっちゃになったようだった。あまりにも数が多いので、目がちかちかしてしまった。
雪のひとつに焦点をあわせようとすると、次々に新しいものが降ってくるから、どうしても追いきれず、全体として変化をながめるしかなかった。とても神秘的な眺めだった。どんどん形を変える赤い雪と蝶が――幽々子様の血が――私も含めて、白玉楼のすべてを飲み込んでいくみたいだった。それで、私は気づいた。
このすべては、私のなかにもあるものだ。
どこもかしこもそんなふうで、幻を見ているみたいだった。幽々子様を見る。幽々子様は口元をゆるめて、また歌でもうたいだしそうに見えた。
私はなんだか、情けない気持ちになった。幽々子様のうたう歌。幽々子様は私と同じ時分に、歌を覚えて、血を流すことも覚えた。
血まみれで精密なもうひとつの世界が、皮膚いちまいをへだてて、私たちのなかにある。
この雪は幽々子様の経血だ。幽々子様は亡霊になっても、女のままでいるのだ。
私はいつまで子どもでいるんだろう。
えい。
私は手をちょっとだけ伸ばして、幽々子様の胸を掴んだ。幽々子様は、きゃっ、と驚いて、それから恥ずかしそうな顔をした。
何するの。いきなり。
わかりません。
わからない、じゃないでしょう。まったくもう……。
私はばっと起き上がって、裸足のまま、庭に飛び出した。宙に舞っている、まだ蝶になっていない雪をひとひら、手のひらで受けとめて、溶ける前に素早くそれに口をつけた。
「あ」
幽々子様が声をあげた。雪が舌先で溶けた瞬間、私は倒れてしまった。寝間着いちまいだったから、体中が雪まみれになって、とても冷たかった。猛烈にお腹が痛くなった。今までに感じたことのない痛みで、お腹のなかみを内側からものすごい力でわしづかみにされたような感じだった。引き千切られそうだった。
「あ!」
私は叫んだ。それから赤い蝶が、目の前まで飛んできた。始末に困った。
何をしてるんですか、はしたない、隠してください、と言おうとしたが、そんな格好なのに真面目な顔をしていたので、何だか言えなかった。よく見て、と幽々子様が言う。幽々子様の股から、ぽたりぽたりと血が滴っていた。
これは経血というの。
だ、大丈夫なんですか。
大丈夫なの。そろそろ、あなたにも教えたほうがいいんじゃないかと思ったのよ。半紙をとってきて。
雑物が入っている棚の中から、習字用の半紙を持ってきて、幽々子様の足の間に置いた。幽々子様は膝を曲げて、その上にしゃがみ込み、紙に腰を近づけた。滴り落ちる血が半紙に染みて、ひろがって、少しずつ赤い模様をつくっていった。
じゅうぶんな量の血が落ちるまで、しばらくそうしていた。それから、ん、と声を出して、幽々子様は立ち上がり、着物の裾から手を離した。やっと股が隠れた。自由になった手で半紙をとり上げて、血の模様のついたところで紙をふたつに折り曲げ、ぺたんと両側を合わせた。開くと、赤い模様が紙の半分ずつにうつり合って、対称のかたちになっていた。
真ん中にちいさな体と、触覚のある頭がある。そこから左右に大きな羽がひろがっていた。羽の中にもきれいに模様ができていた。それは血でできた、赤い蝶の模様だった。
幽々子様に促されて、私はそれに顔を近づけた。やっぱり血のにおいがした。複雑な気分で視線を上げると、幽々子様はいつものように笑みを浮かべている。
息を吹きかけてごらんなさい、と言う。
私はおそるおそる、血液の蝶に、ふうっ、と息を吹きかけた。すると蝶が、半紙から浮き上がって、宙に舞った。あっけにとられる私の前で、羽をはばたかせて、ひらひら飛びまわって、それから外に出ていった。半紙は持ってきたときと同じように真っ白に戻っていて、何の跡もなくなっていた。
◆
その年の冬は寒かった。幻想郷はもともと冬が長く、寒い土地柄だが、冥界はそれ以上だ。その日は昼間から夕方まで雪が降りつづき、外出して帰ったときには、白玉楼はいちめんの雪景色だった。
秋のうちにたくさん薪や炭を用意しておいたので、燃料には困らない。私はお風呂に入り、じゃばじゃばとお湯を使って体を洗った。一番風呂だった。いつもは当然、幽々子様が先にお湯を使うんだけど、今日は入らないと仰ったのだ。
幽々子様はこういうとき、甘いものをいつも以上に好んで食べる。毎月のことだ。
ちゃんと人里でぼたもちを買ってきておいたので、今日のお夜食はそれをお出ししよう、と考えながら体を拭いて、寝間着を身に付けて、幽々子様のお部屋に行くと、幽々子様が歌をうたっていた。
ミスティアが歌うような、最近はやりのものとはちがう。何だが昔っぽい、なつかしいような歌だった。私の知らない歌だった。私は静かに障子を開けて、幽々子様のそばに座り込んだ。空気を乱してはいけないと思ったのだ。
そのまましばし、歌に聴きいっていた。幽々子様が目を閉じていたので、私もそうした。
幽々子様は最初に、雪の歌をうたっていた。それから、月の歌を。最後に、桜の歌をうたった。
なんという歌ですか。
そのあと、私は訊いてみた。幽々子様が歌をうたうなんて、とてもめずらしい。
知らないわ。名前のわからない歌なの。でも、死んでから覚えた歌ではないから、私が生きていたころの歌ね。
だからえっと……なん百年も前の歌よ。そのころにあった歌。
え? いやいや、覚えてないわよ。死んだときに、生きているときのことはすべて忘れたんだもの。
でもね、ちょっとだけ、細かな、何の役にも立たないようなことが……波で洗われた砂浜に、小さな石粒がひとつ、ぽつんと取り残されているように、残っていることがあるの。
幽々子様は微笑んで、妖夢、きっと私があなたと同じくらいの時分に、覚えた歌よ、と言った。
それから、
童謡というの。どうよ。
と、ものすごく得意そうな顔でつけくわえたので、私は立ち上がって部屋に戻ろうとした。すると、幽々子様が急に動いて、獣のように私をひっつかまえた。びっくりしているうちに、抱きかかえられて、あお向けの姿勢で幽々子様の顔を見上げる格好になってしまった。
何するんですか。
妖夢、今夜は雪よ。雪を見ましょう。
幽々子様は立ち上がって、私をお姫様抱っこしたまま、部屋の外に出た。
風はなかったけれど、空気がとても冷たくて、寒かった。ひんやりとしていて、まるで山の天辺みたいに空気が澄んでいる。
昼間に降った雪が、庭を真っ白く覆っている。月と星が出ている。だから、私たちには時間がわかる。金色と銀色と、雪の白で色分けされた夜が、庭の木々と囲いに区切られてぽっかりと口を開けている。冬の月は高い位置を通る。まだ宵の口で、私たちのような幽霊はほんとうはこれからが活動の時間だ。
幽々子様は早起きの亡霊なので、ふだんならもうすぐ眠ってしまう。
でも、今夜はそうじゃないみたいだ。
幽々子様。
声をかけた。下から幽々子様を見上げると、白い喉が見えて、私は困惑した。寒くないのだろうか。
寝間着の私と同じく、幽々子様は木綿の着物いちまいの姿だった。袖丈を短く、着丈も詰めておはしょりを無くし、はおるだけで着るようにしている。おなかすいたわ、と幽々子様が言った。
雪がきれいね。月明かりの下の雪は、ほんとうに真っ白で、とても冷たい感じがするわね。
そうですね。おろしてください。
寒いから、もう少し抱きあっていましょう。
部屋に入りましょう……。
もうすぐ、また雪が降るのよ。
縁側に腰を下ろして、幽々子様は私を抱いたまま、雪を見つづけた。明日の朝になれば、積もっている雪の表面が少しだけ溶けて、そのあとまた固まって、ぱりっとした重みがくわわるだろう。でも今はまだ、雪は軽さを保ったまま、お行儀よく私たちの前にとどまっている。
ぼたもちを買ってありますよ、と私は言った。
幽々子様はにっこりと笑った。それから身を屈めて、私の口に唇をつけた。
私は真っ赤になってしまった。
ぼたもち美味しいわよね。私は大好きなの。
妖夢。
幽々子様が私の名を呼ぶ。私のご主人様は、大事なことを言うときによく笑う。
不意打ちで、なんだか腹が立ったので、私は幽々子様を睨みつけた。けれど腹立ちはすぐにまぎれて、私はぼーっとしてしまった。あんまりものを考えられなくなった。
妖夢は気が利くわね。ちゃんと用意しているのね。
毎月のことですから。
そうね。あのね、垂直に飛び上がると、剥がれて早く降りてくるんじゃないかって、ためしたことあったわ。
え?
はじまる前も辛いのよ。
ね、妖夢。
はい。
いつかあなたに、血の芸を見せたことがあったわね。
はい。あの、血の、蝶の。
そうよ。そろそろかな、と思ったんだけど、妖夢は成長が遅いわね。まだじゃない。
し、知りませんよ。ぷい。
拗ねないの。
もう一度見せてあげる、と幽々子様が言った。
空の奥から、雪が降ってきた。昼間の雪と同じくらいの大きさの雪で、けれど色がちがっていた。赤い雪が、ひらひらとゆっくり落ちてきて、白い雪の上に、紙に墨が染みるように、じわじわと広がっていった。少しすると、雪の上から蝶が飛び立った。血の色の蝶が次々と、白玉楼の庭に舞いはじめた。
たくさんの赤い雪が、暗い夜の月明かりの中で静かに降りつのり、雪から生まれた蝶が、雪に負けないくらい夜を満たしていく。すぐに庭は、舞い降りながら飛び立とうとする雪でいっぱいになってしまった。空の奥がすぼまり、雪を吐き出すのにあわせて、またひろがる。その繰り返し。
庭じゅうに立っている、先の尖った木の枝にもそれは降りつのって、枝の粉雪の上から赤い蝶が、まるで梢に膨らんだつぼみから花が生まれるように生まれるのだ――春と冬がくっついて、ごっちゃになったようだった。あまりにも数が多いので、目がちかちかしてしまった。
雪のひとつに焦点をあわせようとすると、次々に新しいものが降ってくるから、どうしても追いきれず、全体として変化をながめるしかなかった。とても神秘的な眺めだった。どんどん形を変える赤い雪と蝶が――幽々子様の血が――私も含めて、白玉楼のすべてを飲み込んでいくみたいだった。それで、私は気づいた。
このすべては、私のなかにもあるものだ。
どこもかしこもそんなふうで、幻を見ているみたいだった。幽々子様を見る。幽々子様は口元をゆるめて、また歌でもうたいだしそうに見えた。
私はなんだか、情けない気持ちになった。幽々子様のうたう歌。幽々子様は私と同じ時分に、歌を覚えて、血を流すことも覚えた。
血まみれで精密なもうひとつの世界が、皮膚いちまいをへだてて、私たちのなかにある。
この雪は幽々子様の経血だ。幽々子様は亡霊になっても、女のままでいるのだ。
私はいつまで子どもでいるんだろう。
えい。
私は手をちょっとだけ伸ばして、幽々子様の胸を掴んだ。幽々子様は、きゃっ、と驚いて、それから恥ずかしそうな顔をした。
何するの。いきなり。
わかりません。
わからない、じゃないでしょう。まったくもう……。
私はばっと起き上がって、裸足のまま、庭に飛び出した。宙に舞っている、まだ蝶になっていない雪をひとひら、手のひらで受けとめて、溶ける前に素早くそれに口をつけた。
「あ」
幽々子様が声をあげた。雪が舌先で溶けた瞬間、私は倒れてしまった。寝間着いちまいだったから、体中が雪まみれになって、とても冷たかった。猛烈にお腹が痛くなった。今までに感じたことのない痛みで、お腹のなかみを内側からものすごい力でわしづかみにされたような感じだった。引き千切られそうだった。
「あ!」
私は叫んだ。それから赤い蝶が、目の前まで飛んできた。始末に困った。
雰囲気が良かったです
なんかふわふわした感じでした
幽々子様と妖夢のキャラクターも冥界の雰囲気もとても好みです
不思議な世界に生きるズレた二人のちょっとした日常の話が見ることが出来て良かったです
あまり無いタイプの掌編ですね。