太陽が舞台から降りて月と星が主役を取って代わった幻想郷の空の下、悪魔が鎮座するここ紅魔館の門前で一人佇む紅美鈴はぼんやりと空を眺めていた。
時折吹いてくる風の冷たさに、もうすぐ冬がやってくるのだな、と感じていた。
静かな夜だった。紅魔館に侵入しようとする輩の気配も、兆候すら感じられない、とても静かな夜だった。
大地へと目を向けても暗闇が続くばかりで、見るべきものは空に優雅に輝く月と星を眺めるくらいのものであった。
退屈だと思う瞬間である。いっそ誰か門を突破しようとする者が現れてくれたほうが美鈴としては喜ばしいことだったりする。
「まぁ、魔理沙さんあたりには毎度突破されちゃうんだけどね」
幻想郷での戦い方として広く利用されているスペルカードルール方式では美鈴の勝率は高くなかった。相手が人間ながら一流の実力者なので負けが込んでしまうのは必定で、門番として職務を全う出来ていない悔しさもあるものの、それでも退屈でいるよりかは随分とマシだと美鈴は思っている。退屈は妖怪を殺すのだ。
「くぁああ……」
そんなことを考えていると、眠気が襲って来た。この敵は手強い相手だ。おそらく魔理沙以上の手練だ。何せ連戦連敗中なのだ。美鈴は必死の抵抗で意識と視線を空に注ぐが、眠気が消えるまで顔を上げ続けるというのもなかなか辛いものがあった。
それにやはり退屈だ。目の前に広がる光景はそれはもう素晴らしい光景なのだが、美鈴にとっては実際見飽きた光景なのである。
それでも数分は互角の戦いを見せたのだが、やはり今宵も宿命の怨敵に屈することになった。背後にある鉄柵に身を預けるように寄りかかると敵は猛攻を仕掛けてきた。
大あくび。
もうダメだ。瞼を閉じ、腕を組んで、今まさに美鈴はとどめの一撃を敵からもらって意識を手放す瞬間だった。
「何やってるのかな~、め・い・り・ん?」
「はひぃ!?」
耳元から聞こえる援軍の声が、すんでのところで眠気を引かせてくれた。分が悪いと判断したのだろう。見事な引き際だった。
しかし思わぬ勝利を得た美鈴自身は、喜びの歓声を上げるどころか血の気が引く思いだった。美鈴の隣にはいつの間にかそこに立っていた紅魔館のメイド長、十六夜咲夜が怖い笑顔で彼女を見ていた。美鈴はぎこちない愛想笑いで返す。
「美鈴、あなた仕事中よね?」
「……はい」
「仕事中に寝ようとしてた?」
「…………はい」
「眠気を綺麗に飛ばしてあげましょうか?」
「いえ……出来れば遠慮したいなあ……と」
相変わらず笑顔の咲夜がナイフを構えながらの提案を、美鈴は引き攣った笑顔でやんわりと拒否した。
「大丈夫よ、一瞬で終わるから。ほ~んの一瞬だけチクッ! とするだけだから」
「いや~、もう充分眠気は飛びましたから、ほんと、大丈夫ですから……」
じりじりと迫る咲夜。じりじりと離れる美鈴。必然的に両者は一定の距離を保ち続けている。
じれったくなったのか、咲夜が飛び上がった。自身の能力を使って美鈴を包囲するようにナイフを配置した。無論、逃げ場は無い。
「遠慮しなくていいのよおおおおめいりいいいん仕事サボってんじゃないわよおおおおお!!?」
「ひゃあああああああ遠慮しますううううううごめんなさいいいいいい!!!」
美鈴は諦めて目を閉じた。精一杯謝罪の意を叫びながら目を閉じた。でも本当はナイフの嵐によるお仕置きなど御免被りたかったのでその意向も叫んでおいた。最早後の祭りではあるのだが。もうすぐやってくるだろう激痛の嵐を想像して体が強張り、そのどうしようもない現実に恐怖して更にきつく目を閉じる。
「…………っ!」
焦らしているのか、すぐに来る気配がない。ひょっとしたら止まっているナイフを弾けばまだ逃げられるのではないだろうかと考えたが、そうしようと行動に出た瞬間に時止めを解除するかもしれない。助かったと見せかけて待っているのは地獄というわけだ。咲夜さんも人が悪いと美鈴は恨み節を思いつつ、結局身動きを取れずにいる。
「…………?」
しかし待てど暮らせどこの体勢を維持せど、一向にナイフは飛んで来なかった。流石に訝しんで美鈴が目を開けようとすると、頬に何か熱いものが触れた。
「ひゃ!?」
驚いて仰け反る美鈴。目を開けると、魔法瓶――文字通り、魔法で作った水筒型の瓶容器で我々が知るそれとはまったくの別物。開発者はパチュリー・ノーレッジ――を手に持った咲夜がお腹を抱えて笑っていた。ナイフはどこにも無かった。
「あ、あれ? ……いたっ!?」
きょろきょろと周りを見回す美鈴に咲夜は笑いながらデコピンした。
「あははは、お馬鹿さ~ん!」
「さ、咲夜さん? 一体どういう……」
まったく状況が掴めていない美鈴はうろたえるばかりである。咲夜は自分を落ち着かせるように一つため息を吐いてから種明かしをした。
「だって、私もサボっているんだもの。今日の私に美鈴を叱る権利なんてありません」
「え? 咲夜さんが?」
美鈴は驚いた。完全無欠、おまけに瀟洒も兼ね備えたメイド長がよもやのサボり発言をしたからだ。
しかしそれにも種明かしがあったようだった事を、咲夜は付け加えた。
「今日はお嬢様とパチュリー様が博麗神社の宴会に行ってしまわれたので特にすることがないのよ。あると言っても精々掃除くらいで。それくらいなら指示すれば妖精メイドたちで充分だし。だからこうして……ね」
そう言って、咲夜は魔法瓶の中身をカップに注いでいく。主の目の届かぬところだからと、特に悪びれた様子も見せない。
「はい、美鈴」
「ありがとうございます」
「立っているのも何だし、座りましょうか」
咲夜に促され、二人は門前で座ってカップに注がれた紅茶を口にした。
「はぁ……温まりますねぇ……」
「美鈴ったら、年寄り臭いわねぇ」
「えー、そうですか?」
「そうよ」
「だって温まるんですもん。それに美味しいですし」
「ふふ、ありがと」
二人は前を見る。そこにはただの漆黒しかない。見るべきものは何も無い。二人は会話を楽しむことにした。
「妹様は?」
「部屋で本を読んでいたわ。食事もいらないと言ってきたので、私はいよいよすることがなくなってしまったのよね」
妹様ことフランドール・スカーレットは読書が好きだ。読書量で言えばパチュリーに次いでいると思われる。故に彼女は知識が豊富なのだ。或いは姉であるレミリア・スカーレットよりも物知りかもしれない。読書は集中して一気に読むタイプのため、一度読み始めると何日も部屋から出てこないことはザラであり、食事も部屋で摂るので同じ屋敷の住人であってもなかなか彼女の姿をお目にかかることは少ない。外勤の美鈴に至ってはかれこれ1ヶ月は見ていない。
「あれですよね、たまにパチュリー様と何やら激論を交わしている時がありますよね」
「あるある。私たちにはさっぱりよねぇ」
「テーブルにパチュリー様、妹様、それにお嬢様が座って。私たちは立ちながらポカンと聞いているんですよね」
「そうそう。でも美鈴、パチュリー様と妹様が激論を戦わせる間にお嬢様が全てを悟っているかのように座っているけれどね……」
「ええ。あれ、お嬢様も全くわかっていないんですよね」
そこで二人は声を上げて大笑いした。吸血鬼の居ぬ間に何とやら、である。
「まるでわかっていないのにわかっているフリしてうんうん頷いているお嬢様が、やたら可愛いのよねぇ」
「わかりますわかります。あのお嬢様は頭を撫でてあげたくなります」
咲夜は頬に手を当ててうっとりとした表情をする咲夜。
同意して力強く頷く美鈴。
こんな会話を聞かれるわけにはいかないだろうが、もし仮にレミリアがこれを聞いていたとすれば間違いなくこの二人の無事は保証されなかった事だろう。
「それにしても、妹様も凄いですがパチュリー様も凄いですよね。あの人は本当に何でも知っている」
「魔法使いは知識の探求者みたいなものなんでしょうけれど、それでもパチュリー様の探求欲と知識量、そして行動力には感服するほかないわね。あと料理が上手いのは反則。パチュリー様に仕込まれた私が言うのも何だけど」
「はーい。中華は私が教え込みましたー」
「はいはい、知ってるわよ」
手を上げて主張する美鈴を軽くあしらう咲夜。
実は幼き時分にメイドとして紅魔館の一員に加わった咲夜に料理の手ほどきをしていたのは、パチュリー・ノーレッジなのだ。
彼女はライフワークである魔法の研究にひたすら没頭している魔女だったのだが、ある時ふとしたきっかけで、料理を研究することでそれを魔法の研究に応用出来ないだろうかという考えに至り、一時期料理の研究を行った結果、料理の腕前が上がってしまったという過去があったのだ。
今でこそ咲夜に厨房を任されてはいるが、かつてはパチュリーが紅魔館の食事を一手に引き受けていた時代もあったくらいだ(あくまで本人は研究の成果を確認するためのつもりだったので、ギブアンドテイクである)。
「でも最近また料理を作るようになったのよね」
「えっ、そうなんですか?」
軽く驚く美鈴に対して咲夜はコクリと頷いた。
「一昨日の夕食とかパチュリー様が作ったものよ。あとはお茶会のケーキとか……」
「一昨日の夕食と言えば……ロールキャベツですね! いやぁ、アレすごく美味しかったんですけど……パチュリー様が?」
「そうなの。『これから気が向いたら作ると思うから、その時はあなたは適当に過ごしていいわよ』って。正直、助かるわ」
そう言って咲夜は首を横に倒すとコキコキと小気味良く首が鳴った。日頃の激務が窺える音だった。そんな日常に降ってきたパチュリーの申し出は彼女にとってまさに天の助けそのものだったに違いない。
「それは良かったですね。しかしそれにしても、てっきり咲夜さんが作っていたものと思っていましたが。いやしかしということは……」
「? 何よ?」
「いえですね、味が咲夜さんの作るものとまったく同じだったので。ということは咲夜さんの腕前もパチュリー様と肩を並べる程になっているということなんじゃないかなぁ……ってね」
「あぁ…………え? そうなの?」
腕を組み逡巡する咲夜。
咲夜の料理はその多くがパチュリーに教え込まれたものであり、その師であるパチュリーの作ったロールキャベツを美鈴の味覚は咲夜が作ったものだと錯覚した。故にパチュリーと咲夜の料理の腕前はイコールであると美鈴は結論付けたのだ。
そういうことかと、咲夜は得心して頷いた。
「光栄な話ね。でも一度火がついたパチュリー様はまた新たな味の研究を始めて、あっという間に先に行ってしまいそうな気がするのだけれどね」
「確かにそうかもですね。だったら、パチュリー様のお陰で出来た自由時間を利用して見学してみるのもいいんじゃないですか?」
ピッと人差し指一つ立てて美鈴は提案した。今の咲夜の腕前なら、指導されずとも見て盗むことも出来ると思ったのだ。
「あら、それはなかなかのナイスアイディアね。今度そうしてみようかしら」
咲夜はまた頷いて、次の機会が楽しみねと言って微笑んだ。
「それにしても外に宴会に行くなんて珍しいですよね、お嬢様」
「そうね。ここのところは紅魔館が主催する事が多かったからね。まぁ、最近幻想郷にまた新顔が増えたものだから先手を打ちたかったんでしょう。お嬢様はプライドを重んじますからね」
レミリア・スカーレットはプライドの人だ。幻想郷に新たな勢力が加われば、まず紅魔館のパーティーに招待して自分という存在を大きく知らしめる。決して向こうからの招待には応じることはしない。そういった際の宴会は決まって豪奢なものになるので咲夜は様々な準備に追われ、門を預かる美鈴もこの日ばかりはシエスタに勤しむことは許されない。
「ああいった時期は本当に大忙しですよね」
「本当に。特に霊夢なんかはどんどん食べていくから」
「情景を見事に想像出来ますね」
「まぁ、あの子の普段の食生活を鑑みれば無理からぬことかもしれないけれど、調理するこちらの身も考えて欲しいものだわ」
溜め息を吐いて温かい紅茶を口に流し込む。
「そんなに食べるんですか?」
美鈴が聞くと、咲夜は思い出したように声を荒げた。
「食べるなんてもんじゃないわ。あれは食い荒らすという表現が最も適切と言うべき有様よ! マナーとか度外視でぱくぱくぱくぱくぱくぱくと! おまけにお酒は手当たり次第飲むし! 泥酔したあげくに他の連中に絡み始めて会場は微妙な空気になるし! でも霊夢はお嬢様のお気に入りだから私の独断でどうこうできるわけではないしで……ああもう!」
次々と湧き上がってくる不満が堰を切ったかのように溢れ出してくる。咲夜を知る多くの者にとって、今の言動や姿は彼女のイメージとは随分かけ離れたものに感じることかもしれない。咲夜は完璧で、瀟洒なメイドで通っている。どんな時でも落ち着き払っている。それが十六夜咲夜である。
この十六夜咲夜を知るのは狭い狭い幻想郷の中でもごくごくわずかに絞られる。その中の一人が隣に座る紅美鈴である。そして美鈴は今の咲夜を皆が知る咲夜に戻せる手段を持つ唯一の人物でもあるのだ。
「それは災難でしたねぇ。よしよし」
「あ……」
美鈴は咲夜の頭を優しく撫でてあげた。咲夜は短く声を上げてゆっくりと目を閉じた。
これこそが咲夜を落ち着かせる、現在確認されている唯一の手段であり、幻想郷の住人の中で唯一咲夜の頭を撫でることを許されている美鈴にしか出来ない手段である。
しかし――。
「……って、いつまで子ども扱いしてるのよ! そんなんで私のこの気持ちが抑えられると思ったら大間違いよ!」
「あれー!?」
唯一の手段が効果を示すことなく消失してしまった。これは咲夜が紅魔館に入りたて、彼女の幼少の頃より使われてきた秘法であったのだが、咲夜自身にどうやら抗体が出来てしまったらしい。美鈴に踊りかかるように彼女の服を引っ掴む咲夜。
「ちょ、ちょっと、咲夜さんっ!?」
「大体何よ! ”さん”って! 二人っきりの時は呼び捨てで呼ぶようにって約束したじゃない!」
「プ、プライベートの時限定とも言っていたじゃないですか……!」
「今仕事中だからダメって!? 二人ともサボってるじゃないの!」
そうでした、と美鈴は思い出して神妙に頷いた。
美鈴はむくりと体を起こす。服を引っ掴まれて前へ後ろへと揺られた挙句に押し倒されていたのだ。すぐ目の前に咲夜の顔がある。その表情は怒っているというよりは拗ねているといった感じだ。
美鈴と目が合って、視線を少し反らした咲夜が口を開く。
「こ、恋人同士なんだから……もっとそれっぽいのが、いい……」
気恥ずかしいのか、少しだけしどろもどろに、しかし自分の希望をはっきりと美鈴に告げた。
美鈴と咲夜は、恋人同士だ。正確には「なった」という方が適切で付き合い始めてまだ日は浅く、二人の関係を知っているのは二人だけである、と二人は思っている。
かつて美鈴は、幼い時分に発現したその能力を疎まれて人間の集落から追い立てられた咲夜を紅魔館に連れて行き、レミリアにメイドとして住み込みで働かせてもらえるように懇願した。教育などの諸々の面倒を全面的に美鈴が見ることを条件に、レミリアはこれを了承した。
それから二人は二人三脚で様々な出来事を乗り越えてきた。咲夜は過去の経緯からあまり感情を表に出さない子どもで、仕事でどんなにつらい事があってもその場は何事も無いように振る舞ったが、しかし美鈴にだけは気を許していたのか、仕事が終わり美鈴との相部屋に戻るやいなや美鈴に飛びついてわんわん声を上げて泣いていた。
そんな咲夜を美鈴は優しく抱き止めて彼女の頭を撫でて慰めてあげていた。咲夜を落ち着かせる秘術はこの頃に習得したものだ――もう効果は無くなってしまったが――。
咲夜の心にはいつも美鈴が支えとして存在し、また美鈴も咲夜というかけがえのない存在に出会いより強くあろうと努力した。
二人の想いがこうして交わることになったのは、ただ時間の問題だったのかもしれない。
「……ダメ?」
少し悲しげな瞳を向ける咲夜。
咲夜の悲しそうな姿を見たくないと心から願って生きている美鈴としては、これで完全にノックアウトだった。
「咲夜……!」
美鈴は咲夜の両肩に手を掛ける。咲夜は僅かに肩を震わせる。きゅっと目を閉じる。その仕草が、美鈴にはどうしようもなく愛おしく思える。
「咲夜、かわいい」
「やぁ……そんなこと、ん……」
恥ずかしさで咲夜が顔を背けようとする前に、唇を塞いで捕らえる。
「…………」
時間にしてはわずかの口づけだったが、二人にはそれが心なしか長く感じた。それこそ咲夜が時を止めているんじゃないかと、美鈴が感じるほどに。
唇を離す。咲夜はゆっくりと目を開け、名残惜しそうに美鈴の唇に視線を注ぎ、今しがたのキスの感触を思い出してしまったのか、耳まで真っ赤に染まって美鈴の胸に顔を埋めた。
「……どうかな? 合格?」
美鈴が優しく呟くと、咲夜は胸の中で小さく頷いた。それからぐりぐりと頭を押し付けてから横向きに体勢を変えた。
「はぁー恥ずかしかった!」
「えぇ!? 咲夜から頼んだのに!?」
頬を膨らませて上目遣いに美鈴を睨みつける咲夜。美鈴が困ったような表情を見せるが、すぐにむくれっ面から悪戯っぽい微笑みに変わった。
「ねぇ、美鈴。星が綺麗ね」
「そうねぇ。今日は月も綺麗に見える。まぁ私は割と見飽きてしまった光景なのだけれど」
満天の星空を見上げる二人。咲夜は楽しそうに。美鈴は呆れ気味に。対照的な顔をする二人。
「今日は十六夜ね。私の日ね」
「そう。そして、私が咲夜と初めて出会った日の夜も十六夜だった」
「咲夜はどういう由来?」
「十六夜の月の夜、草原の中に月明かりを照らして輝く銀色の髪が、まるで夜にしか咲かない花のようだったから」
十六夜咲夜。同じ人間に追い立てられて何もかも失ってしまった少女が、一人の妖怪から与えられた名前。その由来。咲夜は何度も何度も、それこそ何百回とこの時の話を美鈴から聞いている。
嬉しい時も、悲しい時も、楽しい時も、つらい時も、二人でいる時にはどんな時でも聞いてきた、愛する人から貰った大切なエピソードだ。少なくとも、この幻想郷でたった一人だけ自分を大切にしてくれる妖怪との、絆のエピソードだ。
それを今こうして恋人となって聞けることに、咲夜はただただ幸せなことだと感じていた。
「ネーミングの発想は単純だけれど」
「それは言わないでよ。私なりに頑張って考えたんだから」
「でも素敵な名前。私は大好きよ」
そう言って、咲夜は美鈴の首に腕を回して彼女の頬にキスをした。
「ありがとう美鈴。これからも一緒だからね!」
「……咲夜ったら……。うん。でもそうね。これからも一緒にいようね」
美鈴は咲夜を抱く腕にそっと力を込めた。
願わくば、出来ればずっと、と美鈴は心の中で思いながら言った。
この夜空に光る十六夜の月と星々のように。
時折吹いてくる風の冷たさに、もうすぐ冬がやってくるのだな、と感じていた。
静かな夜だった。紅魔館に侵入しようとする輩の気配も、兆候すら感じられない、とても静かな夜だった。
大地へと目を向けても暗闇が続くばかりで、見るべきものは空に優雅に輝く月と星を眺めるくらいのものであった。
退屈だと思う瞬間である。いっそ誰か門を突破しようとする者が現れてくれたほうが美鈴としては喜ばしいことだったりする。
「まぁ、魔理沙さんあたりには毎度突破されちゃうんだけどね」
幻想郷での戦い方として広く利用されているスペルカードルール方式では美鈴の勝率は高くなかった。相手が人間ながら一流の実力者なので負けが込んでしまうのは必定で、門番として職務を全う出来ていない悔しさもあるものの、それでも退屈でいるよりかは随分とマシだと美鈴は思っている。退屈は妖怪を殺すのだ。
「くぁああ……」
そんなことを考えていると、眠気が襲って来た。この敵は手強い相手だ。おそらく魔理沙以上の手練だ。何せ連戦連敗中なのだ。美鈴は必死の抵抗で意識と視線を空に注ぐが、眠気が消えるまで顔を上げ続けるというのもなかなか辛いものがあった。
それにやはり退屈だ。目の前に広がる光景はそれはもう素晴らしい光景なのだが、美鈴にとっては実際見飽きた光景なのである。
それでも数分は互角の戦いを見せたのだが、やはり今宵も宿命の怨敵に屈することになった。背後にある鉄柵に身を預けるように寄りかかると敵は猛攻を仕掛けてきた。
大あくび。
もうダメだ。瞼を閉じ、腕を組んで、今まさに美鈴はとどめの一撃を敵からもらって意識を手放す瞬間だった。
「何やってるのかな~、め・い・り・ん?」
「はひぃ!?」
耳元から聞こえる援軍の声が、すんでのところで眠気を引かせてくれた。分が悪いと判断したのだろう。見事な引き際だった。
しかし思わぬ勝利を得た美鈴自身は、喜びの歓声を上げるどころか血の気が引く思いだった。美鈴の隣にはいつの間にかそこに立っていた紅魔館のメイド長、十六夜咲夜が怖い笑顔で彼女を見ていた。美鈴はぎこちない愛想笑いで返す。
「美鈴、あなた仕事中よね?」
「……はい」
「仕事中に寝ようとしてた?」
「…………はい」
「眠気を綺麗に飛ばしてあげましょうか?」
「いえ……出来れば遠慮したいなあ……と」
相変わらず笑顔の咲夜がナイフを構えながらの提案を、美鈴は引き攣った笑顔でやんわりと拒否した。
「大丈夫よ、一瞬で終わるから。ほ~んの一瞬だけチクッ! とするだけだから」
「いや~、もう充分眠気は飛びましたから、ほんと、大丈夫ですから……」
じりじりと迫る咲夜。じりじりと離れる美鈴。必然的に両者は一定の距離を保ち続けている。
じれったくなったのか、咲夜が飛び上がった。自身の能力を使って美鈴を包囲するようにナイフを配置した。無論、逃げ場は無い。
「遠慮しなくていいのよおおおおめいりいいいん仕事サボってんじゃないわよおおおおお!!?」
「ひゃあああああああ遠慮しますううううううごめんなさいいいいいい!!!」
美鈴は諦めて目を閉じた。精一杯謝罪の意を叫びながら目を閉じた。でも本当はナイフの嵐によるお仕置きなど御免被りたかったのでその意向も叫んでおいた。最早後の祭りではあるのだが。もうすぐやってくるだろう激痛の嵐を想像して体が強張り、そのどうしようもない現実に恐怖して更にきつく目を閉じる。
「…………っ!」
焦らしているのか、すぐに来る気配がない。ひょっとしたら止まっているナイフを弾けばまだ逃げられるのではないだろうかと考えたが、そうしようと行動に出た瞬間に時止めを解除するかもしれない。助かったと見せかけて待っているのは地獄というわけだ。咲夜さんも人が悪いと美鈴は恨み節を思いつつ、結局身動きを取れずにいる。
「…………?」
しかし待てど暮らせどこの体勢を維持せど、一向にナイフは飛んで来なかった。流石に訝しんで美鈴が目を開けようとすると、頬に何か熱いものが触れた。
「ひゃ!?」
驚いて仰け反る美鈴。目を開けると、魔法瓶――文字通り、魔法で作った水筒型の瓶容器で我々が知るそれとはまったくの別物。開発者はパチュリー・ノーレッジ――を手に持った咲夜がお腹を抱えて笑っていた。ナイフはどこにも無かった。
「あ、あれ? ……いたっ!?」
きょろきょろと周りを見回す美鈴に咲夜は笑いながらデコピンした。
「あははは、お馬鹿さ~ん!」
「さ、咲夜さん? 一体どういう……」
まったく状況が掴めていない美鈴はうろたえるばかりである。咲夜は自分を落ち着かせるように一つため息を吐いてから種明かしをした。
「だって、私もサボっているんだもの。今日の私に美鈴を叱る権利なんてありません」
「え? 咲夜さんが?」
美鈴は驚いた。完全無欠、おまけに瀟洒も兼ね備えたメイド長がよもやのサボり発言をしたからだ。
しかしそれにも種明かしがあったようだった事を、咲夜は付け加えた。
「今日はお嬢様とパチュリー様が博麗神社の宴会に行ってしまわれたので特にすることがないのよ。あると言っても精々掃除くらいで。それくらいなら指示すれば妖精メイドたちで充分だし。だからこうして……ね」
そう言って、咲夜は魔法瓶の中身をカップに注いでいく。主の目の届かぬところだからと、特に悪びれた様子も見せない。
「はい、美鈴」
「ありがとうございます」
「立っているのも何だし、座りましょうか」
咲夜に促され、二人は門前で座ってカップに注がれた紅茶を口にした。
「はぁ……温まりますねぇ……」
「美鈴ったら、年寄り臭いわねぇ」
「えー、そうですか?」
「そうよ」
「だって温まるんですもん。それに美味しいですし」
「ふふ、ありがと」
二人は前を見る。そこにはただの漆黒しかない。見るべきものは何も無い。二人は会話を楽しむことにした。
「妹様は?」
「部屋で本を読んでいたわ。食事もいらないと言ってきたので、私はいよいよすることがなくなってしまったのよね」
妹様ことフランドール・スカーレットは読書が好きだ。読書量で言えばパチュリーに次いでいると思われる。故に彼女は知識が豊富なのだ。或いは姉であるレミリア・スカーレットよりも物知りかもしれない。読書は集中して一気に読むタイプのため、一度読み始めると何日も部屋から出てこないことはザラであり、食事も部屋で摂るので同じ屋敷の住人であってもなかなか彼女の姿をお目にかかることは少ない。外勤の美鈴に至ってはかれこれ1ヶ月は見ていない。
「あれですよね、たまにパチュリー様と何やら激論を交わしている時がありますよね」
「あるある。私たちにはさっぱりよねぇ」
「テーブルにパチュリー様、妹様、それにお嬢様が座って。私たちは立ちながらポカンと聞いているんですよね」
「そうそう。でも美鈴、パチュリー様と妹様が激論を戦わせる間にお嬢様が全てを悟っているかのように座っているけれどね……」
「ええ。あれ、お嬢様も全くわかっていないんですよね」
そこで二人は声を上げて大笑いした。吸血鬼の居ぬ間に何とやら、である。
「まるでわかっていないのにわかっているフリしてうんうん頷いているお嬢様が、やたら可愛いのよねぇ」
「わかりますわかります。あのお嬢様は頭を撫でてあげたくなります」
咲夜は頬に手を当ててうっとりとした表情をする咲夜。
同意して力強く頷く美鈴。
こんな会話を聞かれるわけにはいかないだろうが、もし仮にレミリアがこれを聞いていたとすれば間違いなくこの二人の無事は保証されなかった事だろう。
「それにしても、妹様も凄いですがパチュリー様も凄いですよね。あの人は本当に何でも知っている」
「魔法使いは知識の探求者みたいなものなんでしょうけれど、それでもパチュリー様の探求欲と知識量、そして行動力には感服するほかないわね。あと料理が上手いのは反則。パチュリー様に仕込まれた私が言うのも何だけど」
「はーい。中華は私が教え込みましたー」
「はいはい、知ってるわよ」
手を上げて主張する美鈴を軽くあしらう咲夜。
実は幼き時分にメイドとして紅魔館の一員に加わった咲夜に料理の手ほどきをしていたのは、パチュリー・ノーレッジなのだ。
彼女はライフワークである魔法の研究にひたすら没頭している魔女だったのだが、ある時ふとしたきっかけで、料理を研究することでそれを魔法の研究に応用出来ないだろうかという考えに至り、一時期料理の研究を行った結果、料理の腕前が上がってしまったという過去があったのだ。
今でこそ咲夜に厨房を任されてはいるが、かつてはパチュリーが紅魔館の食事を一手に引き受けていた時代もあったくらいだ(あくまで本人は研究の成果を確認するためのつもりだったので、ギブアンドテイクである)。
「でも最近また料理を作るようになったのよね」
「えっ、そうなんですか?」
軽く驚く美鈴に対して咲夜はコクリと頷いた。
「一昨日の夕食とかパチュリー様が作ったものよ。あとはお茶会のケーキとか……」
「一昨日の夕食と言えば……ロールキャベツですね! いやぁ、アレすごく美味しかったんですけど……パチュリー様が?」
「そうなの。『これから気が向いたら作ると思うから、その時はあなたは適当に過ごしていいわよ』って。正直、助かるわ」
そう言って咲夜は首を横に倒すとコキコキと小気味良く首が鳴った。日頃の激務が窺える音だった。そんな日常に降ってきたパチュリーの申し出は彼女にとってまさに天の助けそのものだったに違いない。
「それは良かったですね。しかしそれにしても、てっきり咲夜さんが作っていたものと思っていましたが。いやしかしということは……」
「? 何よ?」
「いえですね、味が咲夜さんの作るものとまったく同じだったので。ということは咲夜さんの腕前もパチュリー様と肩を並べる程になっているということなんじゃないかなぁ……ってね」
「あぁ…………え? そうなの?」
腕を組み逡巡する咲夜。
咲夜の料理はその多くがパチュリーに教え込まれたものであり、その師であるパチュリーの作ったロールキャベツを美鈴の味覚は咲夜が作ったものだと錯覚した。故にパチュリーと咲夜の料理の腕前はイコールであると美鈴は結論付けたのだ。
そういうことかと、咲夜は得心して頷いた。
「光栄な話ね。でも一度火がついたパチュリー様はまた新たな味の研究を始めて、あっという間に先に行ってしまいそうな気がするのだけれどね」
「確かにそうかもですね。だったら、パチュリー様のお陰で出来た自由時間を利用して見学してみるのもいいんじゃないですか?」
ピッと人差し指一つ立てて美鈴は提案した。今の咲夜の腕前なら、指導されずとも見て盗むことも出来ると思ったのだ。
「あら、それはなかなかのナイスアイディアね。今度そうしてみようかしら」
咲夜はまた頷いて、次の機会が楽しみねと言って微笑んだ。
「それにしても外に宴会に行くなんて珍しいですよね、お嬢様」
「そうね。ここのところは紅魔館が主催する事が多かったからね。まぁ、最近幻想郷にまた新顔が増えたものだから先手を打ちたかったんでしょう。お嬢様はプライドを重んじますからね」
レミリア・スカーレットはプライドの人だ。幻想郷に新たな勢力が加われば、まず紅魔館のパーティーに招待して自分という存在を大きく知らしめる。決して向こうからの招待には応じることはしない。そういった際の宴会は決まって豪奢なものになるので咲夜は様々な準備に追われ、門を預かる美鈴もこの日ばかりはシエスタに勤しむことは許されない。
「ああいった時期は本当に大忙しですよね」
「本当に。特に霊夢なんかはどんどん食べていくから」
「情景を見事に想像出来ますね」
「まぁ、あの子の普段の食生活を鑑みれば無理からぬことかもしれないけれど、調理するこちらの身も考えて欲しいものだわ」
溜め息を吐いて温かい紅茶を口に流し込む。
「そんなに食べるんですか?」
美鈴が聞くと、咲夜は思い出したように声を荒げた。
「食べるなんてもんじゃないわ。あれは食い荒らすという表現が最も適切と言うべき有様よ! マナーとか度外視でぱくぱくぱくぱくぱくぱくと! おまけにお酒は手当たり次第飲むし! 泥酔したあげくに他の連中に絡み始めて会場は微妙な空気になるし! でも霊夢はお嬢様のお気に入りだから私の独断でどうこうできるわけではないしで……ああもう!」
次々と湧き上がってくる不満が堰を切ったかのように溢れ出してくる。咲夜を知る多くの者にとって、今の言動や姿は彼女のイメージとは随分かけ離れたものに感じることかもしれない。咲夜は完璧で、瀟洒なメイドで通っている。どんな時でも落ち着き払っている。それが十六夜咲夜である。
この十六夜咲夜を知るのは狭い狭い幻想郷の中でもごくごくわずかに絞られる。その中の一人が隣に座る紅美鈴である。そして美鈴は今の咲夜を皆が知る咲夜に戻せる手段を持つ唯一の人物でもあるのだ。
「それは災難でしたねぇ。よしよし」
「あ……」
美鈴は咲夜の頭を優しく撫でてあげた。咲夜は短く声を上げてゆっくりと目を閉じた。
これこそが咲夜を落ち着かせる、現在確認されている唯一の手段であり、幻想郷の住人の中で唯一咲夜の頭を撫でることを許されている美鈴にしか出来ない手段である。
しかし――。
「……って、いつまで子ども扱いしてるのよ! そんなんで私のこの気持ちが抑えられると思ったら大間違いよ!」
「あれー!?」
唯一の手段が効果を示すことなく消失してしまった。これは咲夜が紅魔館に入りたて、彼女の幼少の頃より使われてきた秘法であったのだが、咲夜自身にどうやら抗体が出来てしまったらしい。美鈴に踊りかかるように彼女の服を引っ掴む咲夜。
「ちょ、ちょっと、咲夜さんっ!?」
「大体何よ! ”さん”って! 二人っきりの時は呼び捨てで呼ぶようにって約束したじゃない!」
「プ、プライベートの時限定とも言っていたじゃないですか……!」
「今仕事中だからダメって!? 二人ともサボってるじゃないの!」
そうでした、と美鈴は思い出して神妙に頷いた。
美鈴はむくりと体を起こす。服を引っ掴まれて前へ後ろへと揺られた挙句に押し倒されていたのだ。すぐ目の前に咲夜の顔がある。その表情は怒っているというよりは拗ねているといった感じだ。
美鈴と目が合って、視線を少し反らした咲夜が口を開く。
「こ、恋人同士なんだから……もっとそれっぽいのが、いい……」
気恥ずかしいのか、少しだけしどろもどろに、しかし自分の希望をはっきりと美鈴に告げた。
美鈴と咲夜は、恋人同士だ。正確には「なった」という方が適切で付き合い始めてまだ日は浅く、二人の関係を知っているのは二人だけである、と二人は思っている。
かつて美鈴は、幼い時分に発現したその能力を疎まれて人間の集落から追い立てられた咲夜を紅魔館に連れて行き、レミリアにメイドとして住み込みで働かせてもらえるように懇願した。教育などの諸々の面倒を全面的に美鈴が見ることを条件に、レミリアはこれを了承した。
それから二人は二人三脚で様々な出来事を乗り越えてきた。咲夜は過去の経緯からあまり感情を表に出さない子どもで、仕事でどんなにつらい事があってもその場は何事も無いように振る舞ったが、しかし美鈴にだけは気を許していたのか、仕事が終わり美鈴との相部屋に戻るやいなや美鈴に飛びついてわんわん声を上げて泣いていた。
そんな咲夜を美鈴は優しく抱き止めて彼女の頭を撫でて慰めてあげていた。咲夜を落ち着かせる秘術はこの頃に習得したものだ――もう効果は無くなってしまったが――。
咲夜の心にはいつも美鈴が支えとして存在し、また美鈴も咲夜というかけがえのない存在に出会いより強くあろうと努力した。
二人の想いがこうして交わることになったのは、ただ時間の問題だったのかもしれない。
「……ダメ?」
少し悲しげな瞳を向ける咲夜。
咲夜の悲しそうな姿を見たくないと心から願って生きている美鈴としては、これで完全にノックアウトだった。
「咲夜……!」
美鈴は咲夜の両肩に手を掛ける。咲夜は僅かに肩を震わせる。きゅっと目を閉じる。その仕草が、美鈴にはどうしようもなく愛おしく思える。
「咲夜、かわいい」
「やぁ……そんなこと、ん……」
恥ずかしさで咲夜が顔を背けようとする前に、唇を塞いで捕らえる。
「…………」
時間にしてはわずかの口づけだったが、二人にはそれが心なしか長く感じた。それこそ咲夜が時を止めているんじゃないかと、美鈴が感じるほどに。
唇を離す。咲夜はゆっくりと目を開け、名残惜しそうに美鈴の唇に視線を注ぎ、今しがたのキスの感触を思い出してしまったのか、耳まで真っ赤に染まって美鈴の胸に顔を埋めた。
「……どうかな? 合格?」
美鈴が優しく呟くと、咲夜は胸の中で小さく頷いた。それからぐりぐりと頭を押し付けてから横向きに体勢を変えた。
「はぁー恥ずかしかった!」
「えぇ!? 咲夜から頼んだのに!?」
頬を膨らませて上目遣いに美鈴を睨みつける咲夜。美鈴が困ったような表情を見せるが、すぐにむくれっ面から悪戯っぽい微笑みに変わった。
「ねぇ、美鈴。星が綺麗ね」
「そうねぇ。今日は月も綺麗に見える。まぁ私は割と見飽きてしまった光景なのだけれど」
満天の星空を見上げる二人。咲夜は楽しそうに。美鈴は呆れ気味に。対照的な顔をする二人。
「今日は十六夜ね。私の日ね」
「そう。そして、私が咲夜と初めて出会った日の夜も十六夜だった」
「咲夜はどういう由来?」
「十六夜の月の夜、草原の中に月明かりを照らして輝く銀色の髪が、まるで夜にしか咲かない花のようだったから」
十六夜咲夜。同じ人間に追い立てられて何もかも失ってしまった少女が、一人の妖怪から与えられた名前。その由来。咲夜は何度も何度も、それこそ何百回とこの時の話を美鈴から聞いている。
嬉しい時も、悲しい時も、楽しい時も、つらい時も、二人でいる時にはどんな時でも聞いてきた、愛する人から貰った大切なエピソードだ。少なくとも、この幻想郷でたった一人だけ自分を大切にしてくれる妖怪との、絆のエピソードだ。
それを今こうして恋人となって聞けることに、咲夜はただただ幸せなことだと感じていた。
「ネーミングの発想は単純だけれど」
「それは言わないでよ。私なりに頑張って考えたんだから」
「でも素敵な名前。私は大好きよ」
そう言って、咲夜は美鈴の首に腕を回して彼女の頬にキスをした。
「ありがとう美鈴。これからも一緒だからね!」
「……咲夜ったら……。うん。でもそうね。これからも一緒にいようね」
美鈴は咲夜を抱く腕にそっと力を込めた。
願わくば、出来ればずっと、と美鈴は心の中で思いながら言った。
この夜空に光る十六夜の月と星々のように。
ラス1/5で急にめーさくとアンバランスなのが気になるけれど、上記など面白い点あり。
そして良い紅魔館のお話でした
斬新で良かったです。
やっぱりこの二人ってカップルって言うより恋人同士っていう表現が一番似合うなぁ。