注意:大崩壊紅魔館
紅魔館城主の間。
小悪魔が持ってきたその手紙を読んでレミリアは大きく溜息をついた。
深く腰掛けた椅子からやおら立ち上がると、目の前でどこかおろおろしている様子の小悪魔に声をかける。
「小悪魔」
「は、はい、すいません」
体を縮こまらせて、さらには俯いて気弱な様子の小悪魔にレミリアは再び溜息。
「この手紙は何処から?」
「はい、すいません。さきほど美鈴さんから渡してくれと頼まれまして。
すいません、どの様な内容でしたか分かりませんがすいませんでしたぁ」
がくがくと震えて小悪魔が崩れ落ちる。
今にも涙をこぼさんばかりに瞳は潤み、その顔には恐怖が張り付いている。
「謝らなくていい、怯えなくていい、別にお前を責めてはいない」
「は、はい、すいません」
「……まあ、とりあえず皆を呼んできてくれ」
「わ、わかりましたすいません」
ふらふらと立ち上がり逃げるように小悪魔が踵を返す。
だが扉まで歩を進めたところでふと足を止める。
「あ、あの……」
「なんだ?」
「ひぃぃぃ、質問してしまってすいません」
「いや……別に……それでなんだ?」
「て、手紙の内容は一体何だったのでしょうかすいません」
「ああ……」
問われてレミリアは再び手元に視線を落とす。
そこにはこう書かれていた。
"度重なるセクハラに疲れてしまいました"
「つまりな……」
"探さないでください、いままでありがとうございました"
「美鈴が家出したんだ」
「ひぃぃぃいぃぃぃぃ!?」
大袈裟に絶叫して頭を抱えて蹲る小悪魔にレミリアは再び大きく溜息をついた。
紅魔館会議室の無駄に横長いテーブルに皆が集まっていた。
不機嫌そうな当主のレミリア。
その妹のフランドール。
客人であるパチュリー。
澄まし顔のメイド咲夜。
テーブルの下で震えている小悪魔。
重苦しい雰囲気が辺りに満ちて、カタカタと小悪魔の震える音だけが響いていた。
「美鈴が家出したんだ」
その沈黙を破り、レミリアが言葉を発した。
反応は静か、だが皆、戸惑っている様子がみえる。
「あの、お姉さま。どうして美鈴は家出したの?」
戸惑いがちにフランドールが疑問を口にする。
レミリアは無言で先ほどの美鈴の手紙をテーブルに広げた。
「書いてある通りだよ。美鈴はセクハラに耐えかねて此処を出て行ったんだ」
手紙に書かれた短い文を読んでフランドールは顔を歪める。
なんてことなの、と短く呟いた。
それからレミリアに毅然とした顔を向ける。
「お姉さまサイテーッ!」
「なんでだよ!?」
「美鈴にセクハラするなんて、最悪の上司だよ!」
「お前だよそれ!」
レミリアは激怒した。
必ずやこの悪辣な妹を教育せねばと誓った。
「酷い、私のせいにするんだね。いったい私が美鈴に何をしたって言うのさ」
「私が覚えているだけでも、貴方に服を破られて泣きながら美鈴が助けを求めて来たこと数十回。
夜中に美鈴の部屋から貴方の声と美鈴の悲鳴が聞こえて来た事数十回。貴方が勤務中の美鈴を暗がりに連れ込む事数十回ね」
「覗いてたんだ、やらしー!」
「やかましい!全部運命操って助けてたのよ!」
「ああ、毎回毎回いい所で邪魔が入ったのはお姉さまの所為だったのね」
「そうよ、全く。ともあれこれで貴方が美鈴にセクハラしていた事は認めるでしょう?」
「え……スキンシップだよ?」
「戸惑ったように心底不思議そうな顔をしないで頂戴」
はーっとレミリアは溜息を吐く。
ここ最近の妹の変貌ぶりには戸惑うばかりだった。
もともと何を考えているか分からないところはあったものの、注意して見ればその奇行ぶりには舌を巻く。
主に美鈴にセクハラしたり、美鈴にセクハラしたり、美鈴にセクハラしたり……。
「好きな人と色々したいのは当然でしょう?」
「それにも限度があるでしょう」
「私はやらないで後悔するよりやって後悔したいの!」
「少しはやる前に考えろ!」
レミリアは思わずだんっとテーブルに手を叩きつける。
ひぃぃぃぃぃぃ!?っと下から悲鳴が聞こえて、我に返り椅子に座りなおす。
いかんいかんと、妹と言い争いするために皆を集めたのではないと。
まずは美鈴の処遇を決めないといけないと自分に落ち着くように言い聞かせる。
「ともあれ……」
一旦落ち着いたのを見計らってか咲夜が仕切りなおす様に言葉を紡ぐ。
「まずは美鈴の処遇からですわね」
それは先ほどのレミリアの思考と一致していた。
十六夜咲夜。紅魔館において唯一の人間であり、また誰よりも優秀なものであった。
当然その能力はレミリアも信頼しているし、また咲夜自身も完璧にこなしている。
だが……困った部分もあった。
「先じての焦点は美鈴に対するお仕置きですわね」
「おい」
「まずは不肖、私めが美鈴と一対一でお仕置きを行います。
これから家出などしない様に紅魔館に対する忠誠心をその体の隅々にまで植え付けます」
「あのね……」
「具体的にな○○○して△△に誰が□□□であるかを×××でついでに私の事をお姉さまと呼ばせてみます」
「それがいけないんじゃぁぁ!!!」
思わず絶叫。
テーブルの下からがん、と言う音が聞こえて啜り泣きが始まったがとりあえずは構う余裕はなかった。
ともあれこいつも変態なのだ。
「何がいけないのでしょうか?」
「いい? 美鈴はセクハラが嫌で紅魔館を出て行ったのよ……分かる?」
「ええ、お嬢様サイテーですね」
「今までの流れをちゃんと理解しなさい」
「つまりはお仕置きですね。お任せ下さい!」
「こいつは……」
本日五度目の溜息。
ともあれ気を取り直して続ける。
「ともあれ、貴方も美鈴にセクハラしてたわよね?」
「スキンシップでございます」
「そう……ともあれ経過は省くけど、貴方だってフランに負けず劣らずに……」
「フラン様より美鈴を愛しております!」
「そうじゃないでしょう!?」
「私の方が美鈴を愛しているよ!?」
「フランは黙って!」
「いやよ、咲夜ったら美鈴だけでなくてお姉さまにも時を止めて悪戯しているくせに」
「ちょ……!?」
「愛は平等ですわ。私の溢れる慈愛が叫んでいますの。
何を躊躇う事がある!奪い取れ、今は悪魔が微笑む時代なんだと」
「それ明らかに慈愛じゃないでしょう!?」
「あ、その意見に関しては賛成かも」
「初めて意見が合いましたね」
「うん」
「もう嫌だこの紅魔館……」
ついにはレミリアが頭を抱えてテーブルに突っ伏す。
しばしの沈黙。否、小悪魔の啜り泣きだけがしばらく響く。
やおらパチュリーが口を開いた。
「そもそも、お仕置き以前に美鈴の居場所を探さなくてはいけないでしょう?」
「ああ、そうだな」
ようやくまともな意見が出たかとレミリアが顔を上げる。
美鈴この紅魔館における数少ない常識人でもある。
なので余計にセクハラに耐えられなかったのだろう。
その気持ちはレミリアにとって痛いほど良く分かる。
だが黙って家出した事は褒められる事ではないし、また放っておくべき事でもなかった。
「そうね、まず美鈴が出て言った時の様子を知る必要があるわね」
パチュリーは少し思考し、それからテーブルの下ですすり泣いている小悪魔を引っ張りだした。
ハンカチを取り出してその涙を拭いてやり背中をさすってやる。
「ずいまぜん、うう……」
頭にでっかいたんこぶをこさえた小悪魔が涙交じりに俯いている。
レミリアは眉をひそめると素直な疑問を浮かべる。
「なあ、パチェ……」
「何かしら、我が恋人よ」
「恋人じゃない、親友よ」
「あら冷たいわね、私はいつでも受け入れおっけーなのに」
そういいつつくねくねと奇妙に身をよじるパチュリー。
紅魔館が誇る三人目の変態。
咲夜やフランドールが美鈴に御執着なのに対し、この親友はダイレクトにレミリアを誘ってくるのだ。
しばらく前までのあの気心知れた、百年来の親友がどうしてこうなってしまったのか未だに理解できない。
「それはいい、ところでその小悪魔だが……」
「ひぃぃぃぃぃいぃぃぃ!?」
がくがくと震えパチュリーの後ろに隠れる小悪魔。
「……こう言う言い方は良くないが……気弱すぎないか?パチェならもっと優秀な使い魔も呼べたろうに」
「いや、この子はね……」
先ほどのおちゃらけはどこへやら、ふいに真面目な顔でパチュリーが語り出す。
「実は……」
「ああ」
その顔にははっきりとした知性の色。
かつてレミリアが頼り、信頼していた知識と日陰の少女が現れていた。
彼女の真剣な様子から一体どのような理由があるのかとレミリアが緊張の面持ちを見せて。
「頭突き型悪魔なのよ」
「なんじゃそらぁぁぁぁ!?」
「いやー。図書館の司書として頭の良い頭脳型を呼ぼうとして間違えてしまったのよ」
「おい……」
「やっちまったZE☆」
「うざ!」
「ああ、もっと言って……(恍惚」
「きもっ!」
「ひぃぃぃぃぃいいい!?」
「小悪魔、なんというかあのね……」
「すいません、すいません。まぎらわしくてすいませんでしたぁ」
「いやそもそも頭突き型ってなによおい」
「頭突きだけは得意で本当に申し訳ありませんでしたぁ。姉さん達は立派な夢魔や淫魔なのに私だけ一芸限りのキワモノですいませんでしたぁ!」
見事な土下座を決める小悪魔とそれを諫めるパチュリー。
レミリアはなかば呆れの混じった様子でそれを眺める。
「流石に契約破棄して送り返すのは勝手だと思ってね。
まあ、この子は要領は悪くないし、何より手間が掛かる子ほど可愛いって言うでしょ?」
成るほど確かに小悪魔を見るパチュリーの目は慈愛に満ちている。
地に堕ちてしまった親友の評価を少しだけ改めてレミリアはまあ、それならいいかと疑問を引っ込める。
とりあえず美鈴の事に議題を戻そうとレミリアが口を開きかけて。
「はい……よろしいでしょうか?」
不意に咲夜が言葉を挟んだ。
「小悪魔は姉に、夢魔と淫魔がいると言いましたが」
「はい、すいません」
「小悪魔自身、そういう興味はいかがなものでしょうか?」
「ひぃぃぃぃぃ!?」
何時も間にやら小悪魔の背後にまわり、その頬を撫でくり回す咲夜。
悲鳴を上げて崩れ落ちる小悪魔をパチュリーが庇うように手で遮る。
「すいません、すいません。私自身そういうのどころか殿方とお話をしたこともほとんど無いんです」
「あらあら、では僭越ながらこの私めがお教えいたしましょう、何、礼にはおよびま……」
「お前は誰でも良いのかぁぁぁぁぁぁあああ!?」
今度は思わず叫んだレミリアの背後に咲夜は移動する。
「あら、そのように妬かずとも咲夜は貴方一筋でございます」
「妬いてない、と言うか先ほどまで美鈴を愛しているのではなったか?」
「それは勿論、私にかかれば誰に対しても一筋。
私の愛はいわゆるインフィニティ、無限なのでございます」
耳元で囁くその頭を押しのけながらレミリアはがっくりとうなだれた。
「育て方間違えたか?こんな風にするために拾ってきた訳では無かったのに……」
「お嬢様。過去を振り返るより今を楽しむ事が大事ですわ」
「やかましいわ」
「そうね全く……」
珍しくパチュリーが怒りを込めた様子で言葉を続ける。
「咲夜、小悪魔に手を出す事は私が許さないわ」
「パ、パチュリー様……」
小悪魔の感動の面持ちを受けて魔女は続ける。
「だって、この子に色を教えるのは私だもの。
ここまで真っ白なのは悪魔の中じゃレア中のレア、千年に一度の逸材」
「あ……ああ……」
「この何の衒いもなく信頼してくれる純粋な瞳が私の手によっていやらしく開発されていくのを想像するとそれだけで……」
「ひぃぃぃいいぃぃぃ!?」
「ちょっと小悪魔、どこに行くの?……しまった。本音が駄々漏れだったわ」
悔恨と共に失礼するわねと小悪魔を追いかけていくパチュリーを眺めて、レミリアは何かもう駄目だとうなだれるしかなかった。
「チャンスですね」
「うん」
「は?」
唐突に言葉を挟んだ咲夜とフランドールにレミリアは胡乱気な顔を向ける。
「何がだ?小悪魔を手篭めにする気か?」
「うわ、姉さまサイテー」
「お嬢様サイテー」
「おのれら……」
「違うよ、あのね、小悪魔はきっと美鈴のいる場所を知ってるよ?」
「なんだって?」
意外な言葉にレミリアが目をしばたたく。
フランドールの言葉を咲夜が紡いだ。
「美鈴と小悪魔はとても仲が良いのですわ。
お互い気苦労が絶えないらしくて愚痴りながら一緒にお茶をしているのをよく見ますから」
「そう、嫉妬から何度小悪魔を壊しかけたか……」
「やめなさい」
「ともあれ、美鈴が紅魔館を出る寸前も、二人は話こんでいましたからね。
茂みに潜んで会話を盗み聞きしていたら、人里にとか、離れのとか、店とか、内緒とか、そのようなキーワードが」
「いや……」
「まさか本当に家出してしまうとは思いませんでしたが、それならこのまま小悪魔を泳がせればきっと美鈴の下へと向かうはずです」
「分かってたんなら止めて欲しかったよ……」
レミリアは癖になってしまった溜息を吐いて、それから呆れたように頭を掻いた。
人里よりやや離れた場所に一軒の家が立っていた。
もともとは独り者の猟師の家で、結婚後に人里に移り住んでから空き家となっていた家だ。
それを運良くただ同然で譲り受けた美鈴はちょくちょく手入れをし、いまはそれなりの見栄えに変わっていた。
白と赤を基調にした、大陸風に装飾された外壁が良く映える。
その入口の横には「お食事所 美鈴堂」と飾り気のない文字の看板が立ててあった。
内装を整えて、道具と食材を揃える。
一通りの作業を終えて美鈴はふぅっと一息ついた。
今日からここが新しい住みかだ。
ここで素朴な食事所を経営しつつ質素に生活をしていこうと決めていた。
紅魔館を黙って出てきてしまった事は心残りだが流石にもう耐えることはできそうになかった。
しばらく前は尊敬できる瀟洒なメイド長や少し意地悪だが可愛いフランドール。そして誇り高いレミリアに囲まれて幸せだったのだ。
それが、どうしてああも変態ばかりになってしまったのか……仕方のないこととはいえ、だがせめてレミリアにだけでも挨拶すべきだったかと思う。
「いけない、いけない!」
少々沈みかけた気分を一新するように、自分の頬をばしばし叩くとそのまま数歩。
これから開店の知らせを人里の顔なじみ達に告げて回らねばならないのだ。
「……?」
その時不意にドアが開く。
開店前に客が来るはずもなく、胡乱気な眼差しを向けた先には紅い髪。
「すいません」
「こあちゃん!?」
入り口で座り込み、ただ気弱な瞳を向けるのは紅魔館にいるはずの小悪魔だった。
「ど、どうしたの?」
慌てて駆け寄り心配した様子を見せる美鈴についに緊張の糸が切れたのかぽろぽろと涙を零し始める。
「い、家出しましたすいません」
とりあえず美鈴は小悪魔を奥に通し、椅子に座らせて涙を拭いてやる。
「すいません、すいません」
「いったいどうして……まさかこあちゃんにもセクハラが……」
十分考えられると美鈴は思った。
小悪魔は気弱で大人しい。ついでに気量も良い。
それなりに抵抗できた自分でさえあの様だったのだ。
小悪魔が自分の代わりに悪夢のようなセクハラに晒されてしまう可能性は十分考えられた。
「ぱ、パチュリー様が……」
掠れた小悪魔の言葉。
ああそうだと、美鈴は思う。
パチュリーは何をやっていたのだろうと。
彼女も大概変態だが、それでも小悪魔の事は大切にしていたはずだ。
見る限りはまるで親が子を見守る様に大切にしていたはずだった。
「私の体が目当てだったって……」
「……そんな」
美鈴の視線が厳しくなっていく。
しょせん変態は変態だったかと。
恐らく何かの拍子に小悪魔はそれを察知して逃げて来たのだと。
「分かったこあちゃん」
「……すいません」
「うちで一緒に暮らそう?」
「………め、迷惑じゃ……」
「そんな事無いよ」
「すいません」
小悪魔がすまなそうにうつむいて美鈴が安心させるように笑みを浮かべる。
しばらく落ち着かせるように傍に寄り添ってしばし、涙を拭った小悪魔がようやく顔を上げた。
「よろしくお願いします、美鈴さん」
「はい、此方こそ、こあちゃん」
小悪魔が微かに笑みを浮かべる。
それから寂しそうに呟いた。
「いつもこうなんですよね」
「え?」
「誰かに頼ってばかり、どうしてこうなっちゃんでしょう」
「……こあちゃん」
「私に足りないのはなんでしょうか……」
「お答えしましょう」
不意に湧いた声。
それは美鈴の物でもなく、ましてや小悪魔の物でもない。
「な、なんで……」
「ひぃぃぃぃぃ!?」
小悪魔が頭を押さえて怯えて、美鈴が庇うように立つ。
澄まし顔の十六夜咲夜がそこに忽然と現われていた。
「小悪魔、貴方に足りないものは……」
「はひ?」
「それは!情熱、思想、理念、頭脳、気品、優雅さ、勤勉さ!そして何よりもー!」
咲夜は一息。それから……。
「速さが足りない!!」
びしぃっと決める瀟洒なポーズ。
しばしの沈黙が辺りを支配した。
「は、速さが足りない?」
「こあちゃん相手にしちゃダメ、それよりも……何故ここに?」
問いつつ美鈴には見当が付いていた。
小悪魔と自分を連れ戻しに来たのだと。
さりげなく気を練り咲夜の挙動を警戒する。
「お客としてきたんだよ?」
「妹様」
声は入口から聞こえた。
幼い声。見やるとそこにいるのは馴染みの蜂蜜色の髪。
美鈴にとって何よりも苦手な存在。
「注文、いいよね?」
彼女は適当な席に腰掛けると美鈴へと声をかけた。
「……はい」
確かにここは定食家だ。本来は開店前なのだが仕方が無い。
相手が何を考えているか分からないが、無下に断って何かされるのは避けたかった。
「ご注文をどうぞ」
仕方なしに美鈴はフランドールに注文を取るべく声をかける。
彼女は笑みを浮かべてこう応じた。
「指名は美鈴で。スタンダード百二十分、コスチュームは……そうだね。ナース服がいいかな?」
「……へ?」
「ひぃぃぃぃいぃぃ!?」
きょとんとする美鈴と悲鳴を上げる小悪魔。
「な、あ、……な?」
それから徐々に理解して来たのか美鈴の頬に朱が挿し始める。
「此処はそういうお店じゃありませんから」
「えー?」
「そうですよ、妹様」
不服そうなフランドールを遮って咲夜が続ける。
「それはいけない事です。注文と言うのはお互い納得できる条件でスマートに行う事が大事ですわ」
そう言いつつ彼女はテーブルにそれを置いた。
ジュラルミンケースだ。咲夜がそれを開くと中には札束が詰まっている。
「これでこの店の権利を美鈴ごと買いますわ」
「………」
思わず言葉を失う美鈴と小悪魔。
うすら寒さすら感じる笑顔で咲夜が微笑む。
「文句はありませんわね?」
「大ありだこの駄メイド」
思わずの叫び声。
咲夜は張り付いた笑顔のまま真後ろにターン。
そのまま一礼して主人を迎え入れる。
それから不思議そうに首を傾げた。
「お嬢様、何がいけないのでしょうか?」
「何処がスマートだ、どう見ても金の暴力でしかないだろうが」
「ですがそれがこの世の真実でございます」
「身も蓋もないこと言うな」
レミリアはもう無意識に溜息を吐く。
「そもそもそんな大金、何処から用意したんだ?」
「紅魔館の財源でございます」
「おい、大丈夫なのか?」
「はい、皆さんの食事が一年間、パンの耳を砂糖で炒めた物に変わるだけです」
「大丈夫じゃないだろうがー」
「ひぃぃぃぃ!?」
ついに声を荒げるレミリア。
胃に穴が開きそうだと頭を抱える。
まあ、もとより痛む胃など無いのが救いだが。
それはともかくさてどうしようかと考える横でフランドールが声を上げた。
「それだよそれ」
「何よフラン?」
「姉さまじゃないよ、小悪魔の事」
「ひぃぃぃぃぃ?」
「その悲鳴だよ。小悪魔」
「ひぃ……え?」
「小悪魔に足りないのは自信だと思う」
「………ぅ」
「私を見てよ」
フランドールが無い胸を張る。
「私は毎日美鈴にセクハラして、暇があれば美鈴の妄想で○○してるけどその事を一度も恥じた事はないよ!」
「ちったあ恥じろぉぉぉぉぉ!?」
「ひぃぃぃぃいいいい」
少々いい話だと感心した自分が馬鹿だったとレミリアは後悔した。
それから今度は自身で美鈴に語りかける。
「美鈴、ねえ、話を聞いて?」
「……お嬢様」
「貴方がそこまで追い詰められている事に気が付けなかった事はすまなかったと思うの」
「……」
「今度から気を付ける様にするわ。フランや咲夜にもきつく注意するから戻ってきて欲しい」
「……どうして」
レミリアの真摯な態度に美鈴が応じる。
「どうして私を連れ戻そうとするのですか?」
「そんなの決まってるじゃない」
当たり前の様に彼女は美鈴に宣言する。
「家族だか……」
「○○○したいからだよ美鈴、戻ってきて!」
「お仕置きしたいからです、美鈴」
「おまえら黙ってろーーー!」
しばしの沈黙。
気まずい沈黙。
美鈴とレミリアの目があって、それから彼女は何か吹っ切れた様な笑顔で言う。
「すいません、もどれません」
「ですよねー」
レミリアは頭を抱える。
説得は無理かと。いやむしろ諦めた方が美鈴の為になるのかと。
咲夜が一歩に出る。
「どうしても戻りたくないのですか?」
「はい」
「では仕方ありません。
美鈴、小悪魔、紅魔館への帰還を賭けて、貴方達に弾幕勝負を申し込みます」
「そうだね、それが幻想郷のルールだから」
フランドールが咲夜の言葉を繋ぐ。
「………私達にはそれを受けるメリットはありません」
だが美鈴が静かにそう答えた。
そこで初めて咲夜の表情が歪んだ。
「……申し訳ありません」
意外な言葉に美鈴が瞬きをする。
「美鈴、小悪魔。度重なるセクハラを許して下さい。
これからはしばらく控えますのでどうぞ紅魔館に戻っていただけませんか?」
そうして深々と頭を下げる。
その横ではフランドールが顔をしかめて、それでも言葉を紡ぐ。
「正直、寂しいの。嫌がっていたのは分かっていたけど私、美鈴の事好きでさ。
どういう風に好意を表していいのか分からなくて、でもこれからは我慢するから、だから」
フランドールはまっすぐに美鈴を見据える。
「戻ってきて欲しいの、美鈴」
そして言葉の終わりを待っていたかのように勢い良くドアが開け放たれた。
そこに立っていたのはパチュリー・ノーレッジ。
「話は聞かせてもらったわ!世界は滅亡……じゃなかった」
彼女は小悪魔に視線を送り静かに語る。
「私は、貴方が嫌がる様な事は絶対にしない。
つい本音が出てしまったけど貴方を思えばこそなの」
そのままレミリア達の間をすり抜ける。
小悪魔の前へと進み、その両の手を包むように握る。
「戻ってきて、小悪魔。
まだまだ貴方にいっぱい教えたい事も、語りたい事もあるの」
美鈴と小悪魔。
二人の瞳が揺れていた。
戸惑い。
皆の言葉を信じたい気持と、そうでない気持ちが揺れていた。
だからこそ、二人は視線を合わせて頷く。
「弾幕勝負、お受けしましょう」
言葉で語り切れぬ想いを感じる為に。
それを持って信じるに値するのか決める為に。
「美鈴……」
「私達が勝てば、このまま店を開き独立します。でも負ければ紅魔館に戻ります」
「……いいの?」
レミリアの問いに美鈴はしっかりと頷く。
「分かったわ。では私が見届け人になる。そっちが戦うのは美鈴でいいわね?」
「はい、私が……」
「あの!」
小悪魔が声を上げる。
普段の様子からは考えられぬ大きな声。
「わ、私も、戦います」
「こあちゃん、無理しなくても」
「だ、大丈夫です」
その瞳には決意の色。
少しでも前に進もうという意思が見えていた。
美鈴がそれを感じて笑みを見せる。
「分かった、じゃあ、こあちゃん頑張ろうね!」
「は、はい」
レミリアは二人を静かに眺めて、それから咲夜達に視線を送る。
「私が参ります」
「ああ」
「私も戦うよ、お姉さま」
「分かった」
此方はすぐに決まる。
じゃんけんで負けたパチュリーが悔しそうに歯噛みして。
「それじゃあ、外に出ましょうか」
取り戻すための闘いが始まった。
美鈴の家からやや離れた平原に美鈴と咲夜は対峙していた。
ルールは単純。お互いにタッグを組み片方二人が戦闘不能になった時点で勝利となる。
交代自由の能力制限なしの一本勝負だ。
「咲夜さん」
「なにかしら?」
拳を構えながら美鈴が緊張した声で問う。
咲夜は深く腰を落とし両手を前にした奇妙な構えで応じる。
瀟洒とは程遠い、そんな構え。
「そんな戦闘スタイルでしたっけ?」
「ええ、そうですよ。
ナイフとレスリングを組み合わせた全く新しい格闘スタイルです」
「……あの」
緊張の為か流れてきた涎を拭いながら咲夜は続ける。
「あわよくば寝技に持ち込んであれこれしようなどとは考えていませんのでご安心を」
「絶対に考えてるよこの人!?」
美鈴が気味悪そうに距離を取る。
それと入れ違う様に小悪魔が前にでる。
「こあちゃん!?」
「こ、交代を。ま、任せてください」
驚く美鈴をよそに小悪魔が咲夜の前に立つ。
咲夜は油断なくその挙動に気を配り……
「咲夜、小悪魔に何か変な事したら許さないからね!」
思わず叫んだパチュリーの声に一瞬注意がそれる。
そのわずかな隙に小悪魔はスペルカードを取り出して発現させていた。
召喚「セイムフェイス・リトルデーモンズ」
小悪魔の前に二つ魔法陣。
それが光を放ち、消えた後には二つの人影が現れていた。
「あらあら此処は何処でございましょう?」
それは小悪魔だった。
ただ違いと言えばメガネをかけている事と奇妙ににこにこと笑みを浮かべている事だ。
「うーん、なにやら良くない場面ですね」
此方も小悪魔だった。
ただ此方はおおよその違いはなく、特徴と言えば若干小悪魔よりも髪が短いくらいだ。
「お、お久しぶりです、夢魔姉さん。淫魔姉さん」
「あらあら、小悪魔お久しぶりでございますね」
「うん、お久しぶりで」
「名前まんななのか……」
思わずつぶやくレミリア。
「じつはかくかくしかじかで……」
「なるほど」
「よくそれで分かるわね」
「そこはお約束でございます」
ともかく、見掛けそっくりな小悪魔の姉達は揃って咲夜へと視線を向けた。
「それでは可愛い妹の為にお相手させていただくのでございますよ」
眼鏡をかけた小悪魔……淫魔と髪が短い小悪魔……夢魔が揃ってそっくりな笑みを浮かべる。
そして夢魔が不意にすんすんと中空の匂いを嗅いだ。
「咲夜メイド長。あなた私と同じ匂いがしますね」
「そうですか、では興味の対象外ですね」
「あらつれませんね」
「生憎と、変態に興味は無いのです。早々に決着を付けさせていただきます」
背筋を伸ばし腕を組む本来の構えへと咲夜が移行する。
夢魔はそれを見ても笑顔、そして尚も咲夜に語りかけた。
「分かりました。ところで実は私弱いのです。攻撃方法は夢を見せる事のみです、ですがその夢は自由自在」
「それがどうかしましたか?」
「夢の中なら美鈴さんとご主人さまに挟まれて色々されてしまう願望も実現可能なのですよ?」
「………残念ですが……私の鉄の意志はそれくらいでは……」
「うわすごく悩んでる表情だよ咲夜」
眉を寄せて悩む咲夜に夢魔が滑る様に呪文を発現させる。
「えい、スリープ」
「ぐぅ……zzzzz」
「弱ッ!?」
「抵抗する様子すら感じませんでしたが」
地に伏したメイド長を見て逆に夢魔が困惑し、フランドールが呆れた様に首を振りそして前に出る。
「貴方の相手は私が勤めさせていただくのでございますよ」
選手交代を確認し今度は淫魔が進み出る。
そんな彼女にフランドールは勝気な笑みを見せた。
「あんた淫魔なんだって?」
「そのとおりでございます」
「じゃあ、私の勝ちだね。吸血鬼は淫魔の能力も持ってる。魅了も、性欲増進も、私には効かないのさ!」
「そうでございますか、ですがそのどれも使用しませんので……」
「なんだよ?」
「私、特殊性癖特化型の淫魔でございますから」
言葉と共にスカートをつまんで一礼。
そのスカートからぼとぼとと何かが落下する。
「うげ……」
フランドールの短い悲鳴。
それは緑だった。
それはべとべとしていた。
それは細長くうごめいていた。
まごう事無く触手と呼ばれる物だった。
「踊りましょう、吸血鬼のお嬢様」
淫魔の言葉ともに触手がフランドールへと殺到する。
「うああ、気持ち悪い!」
珍しく顔を青ざめさせてフランドールが飛翔し飛びずさる。
淫魔よりいでし触手はその長さを増し幼い吸血鬼を追随する。
「淫魔の能力をお持ちなら、触手に嬲られる快楽もご理解しておられるのでございましょう。
いっそ身を任せてみるのも一興かと思われるのでございますよ?」
にこにこ笑顔のまま淫魔が触手を操り、フランドールが嫌悪をあらわにする。
「そんなん知るか!誰が好き好んで人外に身を任せるか、気持ち悪い!」
「ならば今覚えてみるのも一興でございますよ、淫魔ならば様々な経験を積むべきでございます」
「私は吸血鬼だ!絶対にごめんだよ!」
触手と吸血鬼の追いかけっこ。
それを震えながら眺める小悪魔に淫魔が語りかける。
「いまでございますよ、小悪魔」
「え?」
きょとんとする小悪魔に夢魔が笑みを見せる。
「小悪魔、貴方の得意技であのお嬢さんを倒すのよ。今ならば狙いやすいでしょう?」
「で、ですが……」
小悪魔の種族はなんであったか。
それは……頭突き型悪魔。
彼女の視線の先、倒すべきフランドールは触手に翻弄され隙だらけに見える。
あれならば小悪魔でも狙いを定める事が出来そうだった。
「こあちゃん、無理しないで。それなら私が……」
震えたまま動かない小悪魔に美鈴が声をかける。
心配そうな表情。何時の様に小悪魔を気にかける。
小悪魔は思うのだ。
ああ、何時もこの人は気弱で怯えてばかりのこんな自分を心配してくれると。
それはなぜだ、それは……
(いつもこうなんですよね)
(え?)
(誰かに頼ってばかり、どうしてこうなっちゃんでしょう)
そうだ、その通りだった。
自分が頼りないから。頼らせてしまうから。
それを変えたくて、少しでも前に進みたくて、だから私は……
(小悪魔に足りないのは自信だと思う)
答えはもう出ていたじゃないか。
「や、やります」
「こあちゃん」
精一杯の勇気を振り絞って小悪魔が決意をあらわにする。
二人の姉が微笑んでくれていた。
美鈴が心配そうにしてくれている。
視線を感じ振り向くと、パチュリーが不安そうに眺めてくれていた。
自分を思ってくれている人達がいた。
だからもう、怖くないと、小悪魔は思う。
「いきます!」
小悪魔はやおら地面に両手を付き、腰を高く上げる。
俗に言うクラウチングスタートの構え。
後ろで見ていたパチュリーがくまさんと呟いて鼻元を抑えた。
「GO!」
そして……小悪魔が地を蹴る。
一歩で音速。
二歩で雲を纏い。
三歩で赤熱し。
四歩で地を蹴る意味を失う。
最高速最大威力にて、全筋力と全魔力を叩きこむ。
「リトルデェェェモン」
小悪魔の叫び。
だがそれはかき消されて。
「クレイドォォォォォル!」
でも構わずに叫びきる。
小悪魔は理解していた。同時に満足もしていた。
自分の中で最高の頭突きをする事が出来たと。
彼女はもはや目視困難な速度で、衝撃波と共に地面を抉り突進。
天性の勘から身を捻り、直撃を避けたフランドールを巻き込んで吹き飛ばし……。
「あ……」
「あ……」
「ああ!?」
そのまま美鈴の店を木端微塵に粉砕し明後日の方へと飛び去って行った。
紅い天井を見て美鈴は理解する。
此処は紅魔館だと。返ってきたのだと。
何が起きたのか、徐々に記憶が戻ってくる。
「ああ、私のお店が……」
粉々に粉砕された店。
それを見た途端、何故か気が遠くなって……
どうやら気を失ってしまったらしい。
「気が付いたみたいですね」
「咲夜さん」
横を向けば何時の間にやらメイド長。
「いまリンゴでもむきますね」
「はぁ、それはそうと」
「なんですか?」
「なんでナース服?」
「物事は形からですよ、美鈴」
美鈴は眉をひそめる。
それからすばやく辺りに視線を巡らせて脱出路を目算する。
この状況はまずい。
何をされるか分かったものではない。
「ご安心を。無理やり美鈴に何かをする気はありません」
「……?」
「言ったでしょう、セクハラは控えると」
「咲夜さん……」
彼女は微笑んで、美鈴が安堵の息を吐く。
ようやく平穏な日々が訪れるのかとそう安心して。
「なんでいきなり脱いでるんですか!」
視線の先。十六夜咲夜が服をはだけていた。
「美鈴」
「……はい」
うっすら笑み交じりの表情に美鈴は嫌な予感を覚える。
「私からはセクハラしません。ですがされてみるのも一興かと」
「なにいってるんですか!?」
「さあ、好きなだけ弄んでください、美鈴」
「ちょ、ちょっと」
どこか危ない雰囲気を纏いベッドに手を付いてにじり寄る咲夜に美鈴は思わず後ずさる。
「実は、夢魔に魅せられた夢の中で獣の様に美鈴に求められて、ああ、受けもいいかなって……」
「駄目だこの人、早くなんとか……もう手遅れだー!」
咄嗟にベッドから跳ね降りて、美鈴は部屋から出ようと地を蹴った。
その先に人影が見える。それは……。
「い、妹様!?」
「やあ、美鈴」
なぜか、白衣を纏ったフランドールが立っていた。
前門の虎、後門の狼。変態に挟まれて美鈴はまさに絶体絶命の窮地であった。
それでも美鈴はにじり寄る咲夜を視界の端に頭を働かせる。
フランドールはあの時に何と言ったか。
(正直、寂しいの。嫌がっていたのは分かっていたけど私、美鈴の事好きでさ。
どういう風に好意を表していいのか分からなくて、でもこれからは我慢するから、だから)
そう、確かに我慢すると言った。
その言葉に偽りが無ければまだ希望はある。
それに一縷の望みをかけて美鈴は問いかける。
「一体その格好は……と言うか何をしに……」
「美鈴の看病に来たんだよ」
「そうですか、それならもう大丈夫です。この通りぴんぴんしてますから」
「分からないよ。本人の知らない所で何か異常が出てるかもしれないし」
フランドールはにたあっと口元を歪める。
「私が体の隅から隅々まで診察してあげるね?」
「せ、セクハラは我慢するんじゃなかったんですか!?」
「これはセクハラじゃないよ、診察だよ、だから我慢する必要無いの」
「詭弁だーーーー!?」
手をわきわきさせてにじり寄るフランドールと、恍惚とした表情の咲夜に挟まれて絶望に顔をゆがめる。
駄目だったと。この世には神はいないのかと、ああ、いない、いるのは悪魔だけ。そんな事は分かり切っていた。
だから祈った。
自分が仕えるべき主人に。
助けを一身に。
そして……願いはかなえられる。
もっともそれは別の悪魔にだが。
「!?……」
咲夜がぴくんと跳ねて、そのまま地面へと倒れ込む。
「へ?」
怪訝な声を上げる美鈴の耳に聞こえるのは咲夜の呟き声。
「やっぱり……欲情……めーりんったら………ぐぅ……」
すやすやと寝息を立てる咲夜の傍に何時の間にやら誰かが立っていた。
「お助けしますよ、美鈴さん」
それは小悪魔だった。
「こ、こあちゃ……いや」
否……雰囲気が違う。
小悪魔特有のあの卑屈さが無い。つまり……。
「小悪魔のお姉さん?」
「その通りでございますよ」
声はさらに別の方向から。
同時に触手が床を突き破り現れフランドールへ襲いかかる。
「うわぁ!?」
悲鳴を上げて飛び退くフランドール。
触手の後に床から浮き上がるのはにこにこ笑顔。
「あ、あんた……」
露骨に嫌悪をむき出しにするフランドールに淫魔がスカートをつまんで一礼。
それを合図に触手がうねりを上げて獲物へと殺到する。
「さあ、お逃げくださいませ」
「此処は私達が引き受けます」
「な、なんで……」
「可愛い妹の頼みですもの」
二人の姉が笑みを浮かべている。
そして呆然とその光景を見ている美鈴の手を誰かが引いた。
「す、すいません」
「こあちゃん」
彼女は涙の貯まった瞳で美鈴を見上げる。
「お店壊しちゃってすいません」
美鈴は驚いた顔をして、それから笑み。
「いいの、しょうがない」
「すいません」
美鈴自身。小悪魔の事は恨んでいなかった。
経過はどうあれ、あれは美鈴を助けようとしての行動だったからだ。
この臆病な友人が自分の為に勇気を振り絞ってくれた事は感謝こそすれ裏べきことではない。
心の成長は何物にも代えがたい。
それに比べれば、壊れた時はショックは受けたものの立て直しの利く店など今更惜しくはなかった。
「早く、退避くださいませ」
淫魔の言葉に小悪魔が思い出したように言葉を紡ぐ。
「い、行きましょう」
「行くってどこへ?」
小悪魔らしからぬ強い力で手を引かれながら美鈴は戸惑った声を上げる。
「家出です」
「……え?」
「もう、脱出のルートは確保しているんです」
「……そ、そう」
普段からは想像できぬ行動力に美鈴が困惑し、それを目にした小悪魔が気弱そうに眉を下げる。
「迷惑でしたか?」
「いや……どの道もう一度家出をする気だったし、助かるよ」
「はい!」
嬉しそうに小悪魔が笑みを見せる。
「さあ、いきましょう。お嬢様が待ってます」
「え、お、お嬢様って!?」
「それはな……」
答えは正面から。
不意に姿を現したレミリアがそのまま美鈴達と並走する。
「私も家出するからだ!」
「……!」
思わず絶句する美鈴にレミリアは笑みを見せる。
「少し前までは紅魔館は気高く知性の溢れる場所だった。
だが今は変態の巣窟になってしまった。おかしいと思わないか?」
「……ええ、たしかに」
「私は何か原因があると思っている」
「つまり、それを探すために?」
「ああ、付き合ってくれるな?」
「喜んで!」
「が、頑張ります」
二人の言葉に満足したようにレミリアは頷くと行く先を指し示す様に視線を前に向ける。
「さあ、この先にパチェを色仕掛けで惑わせて作らせた転移魔法陣がある」
「色仕掛けですか?」
「ああ、必要だったとはいえ色々大切な物を失った気がするよ」
「お嬢様、そこまで……それでパチュリー様は?」
「隙を見て気絶させた、邪魔には成らないはずだ」
「了解です」
やがて並走する三人の前に輝く魔法陣が現れる。
傍に幸せそうな顔で倒れるパチュリーを通り過ぎその前へと進む。
「此処を潜ったら後戻りはできない、いいか?」
「はい、私の忠誠はお嬢様の為に」
美鈴がしっかりと頷く。
だが小悪魔は……
「パチュリー様……」
「こあちゃん」
立ち止ってパチュリーに視線を送る小悪魔に美鈴が心配そうな表情を見せる。
小悪魔にとってパチュリーは大切な存在だったのだろう。
変態になってしまったとはいえ、体が目的だったとはいえ想いは複雑だろう。
「必ず……戻ってきますから」
だけど、小悪魔はそう静かに宣言して、それから二人に行きましょうと声をかける。
三人は手を取り合って魔法陣へと踏み込んだ。
光が辺りを包み全てが白で染まって行くのをレミリアは感じていた。
これから何が待っているのか分からない。
皆が変態になった原因が突き止められるのかもわからない。
何も分からない道が目の前に広がっている錯覚を覚える。
だがレミリアは感じるのだ。美鈴と小悪魔の存在を。
レミリアは思い出すのだ。瀟洒な従者と、可愛い妹、そして百年来の親友の事を。
「必ず、取り戻して見せる!」
もう怖い物など何もない。
この先に何が待っていようともきっと乗り越えていけるだろう。
転移魔術が発動し、新しい景色を目の前にしてレミリアはひしひしとそれを感じるのだ。
私たちの戦いはこれからだ、と!
-完-
ご愛読ありがとうございました。
いやらしいお団子先生の次回作にご期待下さい!
個人的にはパチェはもう少しかっ飛ばしても良かった気がします。
ところでこれを打ち切りにしやがった編集者にみょんさんと共に討ち入りしたいんですが何処に行けばいいのでしょう?
時間の無駄でした。
当主・門番・秘書と揃ってるんだし、過去は吹っ切って3人で新紅魔館立ち上げた方がいいよ!w
パチェはいいんだよ、常時変態度オープンでも自重する心があるから
だがメイド長と妹、テメーらは駄目だw
面白かったけど何か物足りない!
もっとはっちゃけようよ!
でもそろそろシリアスな本編もみたいなー(チラッ
小悪魔可愛さぱねぇすなw
咲夜さんあんた自分が変態やって分かってるやん・・・
これはもっとやれと言わざるを得ないwww