「―――ぅあっ!」
ドン!っていう強い衝撃と一緒に、目の前が真っ暗になった。
一瞬で息が全部吐き出されて、すぐに背中と頭がズキズキって痛み出した。
「ぃ、たた……」
木の高さくらいから落ちたんだから、痛いに決まってる。
本当なら、のたうち回る?って状態になりたかったけど、痛すぎてちょっとだって動くのも無理だ。
痛いのを我慢しながら、なんで真っ暗なんだろう?って不思議だったけど、痛くて知らない間に目をつむってたみたいだった。
だから、なるべく動かないように気を付けて、ゆっくり目を開くと、目の前には、青い空。
風が、ざぁ――って吹いていて、ちっちゃくてピンクの桜の花びらが、ひらひら飛んでいた。
レティを見送って、あっちこっちで桜がいっぱい咲き出して、もう散ってる。
きっと、今日もれーむの所に誰かしら集まってお花見してるんだろうな。
皆そうやって集まるの大好きだし、あたいも大好きだ。
だから、ああ春なんだなー……なんて、なんとなく思った。
「おいおい、大丈夫か?頭でも打ったか?」
痛いってことも忘れて、そんな風に空を飛ぶ花びらをボーって見てたら、それを遮るみたいに黒い影がヌッていきなり出てきて、あ、って声が出た。
なんでこんな事になったのか、って事をすっかり忘れてた。
そういえば、あたいは―――
「……ふん、こんなの痛くもかゆくもないわよっ!」
空から降ってきた声。
それは、よく知ってるもの。
あたいのライバルの、魔理沙の声だ。
ライバルなのに人の心配なんてしてくる、生意気な奴。
だから我慢して、痛くなんてないんだって言えば、そうかそうか、って箒に乗ったまま、あたいの事を見下ろしてケタケタと魔理沙は笑った。
「だけど、だいぶ強くなったじゃないか、チルノ。まぁ、まだ私には及ばなかった訳だが」
「………うるさい」
そう。
あたいは今、霧の湖の岸辺で空を見ながら地面に倒れてる
今日も、魔理沙との弾幕ごっこに負けたんだ。
悔しくて、ぐっ、て唇を噛み締める。
今日はいける、って思った。
後ちょっとのとこまで、いけたのに―――
「ま、でも筋が良くなってきたのは確かだぜ?五年以内……は無理だろうが、そのうちこの魔理沙さんに勝てるかも、な?」
「うるさいっ!そんなこと、思ってもないくせに!」
いつもみたいな言葉に、ムカッてして、頭が痛いのも無視して顔を上げて魔理沙を睨みつけた。
やっぱり魔理沙は、ははは、っていつもみたいに可笑しそうに笑ってた。
それがすごくあたいを馬鹿にしてるみたいに聞こえて、ますますムカムカして、精一杯力を込めて睨みつけてやったら
「ふぅ……やれやれ」
そうやって声に出して、魔理沙は頬っぺたを掻きながら困ったみたいに笑った。
そんな顔を見たくて、睨みつけたんじゃないのに……。
「さて……それじゃあ、私はそろそろ行くぜ?次の対戦を楽しみにしてるからな?」
「ふんだ!次こそ絶対魔理沙をやっつけてやるんだからねっ!」
寝っ転がったまま、ビシッ!って指差して言ってやった。
だけど箒で跨ったままの魔理沙は、そりゃー楽しみだ、なんて言いながら湖に向かって飛んでいく。
きっと、また紅魔館だ。
魔理沙はよく紅魔館にある図書館に行ってる。
この前もめーりんが「最近は出会い頭にマスパはなくなったけど、あの人の癖はどうにかならないものですかね……」って、頭にナイフ刺しながら言ってたし。
「………」
ガサガサ―――
パシャパシャ―――
風で動く葉っぱと水の音だけが聞こえる。
一人ぼっちになったら、急に静かになった。
魔理沙を睨みつけるために上げていた頭と腕を地面に戻したら、ジャリって音が鳴る。
痛いけど、体を起こすのが面倒だったから、あたいはそのまま空を見上げた。
「………はぁ」
風に合わせて、桜の花びらが相変わらず空で踊ってる。
それを、ため息を吐いて、ぼーって見ながら、何でだろう、って思った。
「なんで、勝てないんだろ………」
背中のズキズキも頭の痛みも、大人しくしてると段々よくなってきた。
もちろん、ちょっとでも動くとまだ痛いけど、それよりずっと、別のところが痛かった。
「なんで…………」
前と比べれば、ずっと良くなってきた。
前は一枚だったのに、最近は魔理沙にスペルカードを三枚使わせるくらいには。
でも、それでもまだまだ、だった。
戦ってれば、嫌でも分かるんだ。
魔理沙が、本当の本気じゃないってことくらい。
「…………」
頑張ろう、って決めた。
最強になる、って決めたんだ。
だって―――
「あたいの“夢”なのに………」
夢―――目指すべき目標だって、文に教えてもらった。
文は、あたいの大好きな恋人で、文もあたいの事を好きだって言ってくれる。
でも、恋人が妖精だと、文は馬鹿にされてるのを、あたいは知ってる。
そんなのイヤだから、あたいが最強になればそんな事を言われないようになる、って思った。
だから、文のために最強になりたいのに―――
「やっぱり、妖精だから………」
―――勝てないのかな
言葉に出したら、じわり、って目が熱くなってきて、慌てて腕で顔を覆った。
どんなにあたいが馬鹿でも、妖精がどれだけ弱いかくらいは知ってる。
でも、あたいは違う。
他の妖精と比べたら、ずっと強いんだ。
だから、あたいならやれる、って思ってたのに―――
「………ぐずっ」
勝手に目から水が流れてくる。
熱くて、痛い、水。
弱いから出る水だ。
だから、早く止まって欲しくて、ぎゅって目を強く閉じた。
今は、何も見たくなかった。
「―――チルノさん」
「―――え?」
ぶわっ、て。
そんなに時間が経たないうちに強い風が吹いて、名前を呼ばれた。
びっくりして腕を退けて、目を開いたら、文だった。
文が、翼を広げてゆっくりと空から降りてきているところだった。
「え……文?な、んで………?」
寝っころがったまま、ジャリって音を立てて、すぐ側に降りた文を呆然と見詰める。
凄いびっくりしたから、いつのまにか目から出てた水も気づいたら引っ込んでた。
よいしょ、って声を出して文がしゃがみ込むと、近くなった距離でふふふ、ってあたいの大好きな笑顔を浮かべた。
「いえ、チルノさんが悲しんでると思ったので」
「っ!嘘っ!」
「嘘じゃありませんよー?私の言葉が信じられませんか?」
すぐ近くの顔を見つめる。
ジッ、て。
真っ黒な、綺麗な瞳で見詰められて、ギュッて心が縮まるのを感じて、あたいは熱くなる顔を隠したくて目を逸らした。
いつも大好きな文の瞳で、こんなところを見られて恥ずかしいし、悔しいからだ。
だけど、そうしたら文が、おやおや、って小さく呟いたのが聞こえた。
多分さっきの魔理沙みたいに困ったように笑ってるんだ。
そう思ったら、ギシッ、て心が軋む音がした。
「文の事は………信じてるもん」
「そうですか?なら、良かったです」
見てないけど、そんな顔をさせたいんじゃない、って思ったら自然とそう答えてた。
そうしたら、文が安心したみたいな声を出して、あたいの頭をゆっくりと撫でてくれる。
その優しい手に、心が暖かくなって、思わず頬っぺたが緩みそうになりながら、思う。
いつもこうなんだ、って。
まるで、何処かで見てるみたいに、あたいが本気で凹んだりしてると文は直ぐに傍に来てくれる。
そんな、まるで王子様みたいな文が、大好きだ。
大好きだけど―――それだけじゃ、ダメなんだ。
それだけじゃ、あたいは文を守れないから。
「ところでチルノさん?そんなとこに寝てて痛くないんですか?」
「―――いいの。寝たくて、あたいは寝てるの」
本当は段々ジャリが背中に食い込んできて痛いけど。
何だかそれを認めるのが嫌だったから、ふんっ、て強がってみせる。
そうしたら、そうですか?って文が笑って―――
「―――え?」
ジャリ―――
ほんの少し、また文とあたいの距離が縮まった。
文が地面に座ったんだ。
何で?って不思議に思って見上げたら、あたいの頭が文の手で持ち上げられて、何か柔らかい物に乗せられた。
最初、あたいは何が何だか分からなくて、もう痛くない頭に力を入れてみたら、ぐにっ、て少し沈んむ。
訳が分からなかったけど、クスクスって笑ってる文の顔がもっと近付いていて、ようやく気づいた。
文があたいの頭を持ち上げて膝の上に乗せたんだ。
「文……?」
いきなりどうしたの?って見詰めたら、ジッーって真っ黒な瞳で逆に見詰められた。
その真剣な表情に、ドキッ、て心が跳ねたけど―――
「チルノさん、目が赤いけど泣いてたんですか?」
「うぇっ?!」
いきなり言い当てられて、一気に、顔が熱くなった。
だから、さっきみたいに腕で覆っちゃえばいい!って急いで手を上げようとしたら、ガシッて手首を掴まれちゃった。
「はい、却下ー」
「何でっ?!」
持ち上げた手は何故か文の手にガッチリ捕まえられていて。
何で?って思ったら文がまだクスクスって笑ってて、さっきとは違う気持ちで、悔しくなった。
「~~~っ泣いてないもん!っていうか文、何で腕掴むのっ?!」
「泣いてないなら隠す必要じゃないですか~」
「~~~っ!」
バンザイするみたいに両手を持ち上げられて。
隠したくても隠せない熱い顔をどうする事も出来なくて何だかとっても嫌だった。
頑張って、少しでも見られたくないって思ってすぐに顔を横にしたけど、赤い顔も、目も、きっと文には丸見えだ。
文は、あたいが嫌な事は絶対にしない。
今までも、泣いてるのを隠したい時は何も言わないでずっと傍に居てくれた。
いつも優しいのに、何で今日はこんなに意地悪なんだろう。
分からなかった。
だけど、あたいは本気で嫌だって伝えたくてキッ、て睨もうとしたら
「……え」
文は、何だか寂しそうに笑ってた。
「ねぇ、チルノさん?」
急に静かな声をかけられて。
どこか寂しそうな文の表情も、とっても綺麗で、あたいは思わず見とれてた。
けど―――
「あんまり、一人で強くならないでくださいね?」
「へ?」
文の言葉に思わず、ポカン、ってなった。
掴まれてた手が離されて、ゆっくりと髪を梳くみたいに撫でてくれる。
いつもは大好きなそれも、今のあたいにはどうでもよかった。
だって―――
「な、なんで?!あたいは最強になるよ!夢だもん!!」
何でそんなこと言うんだろう、って思った。
あたいが最強になりたい理由を、文には言ってない。
恥ずかしいし、やっぱり言わないでなった方がカッコイイ。
でも一番の理由は、きっと文が困った顔をするって分かってたからだ。
きっとそれを伝えたら、そんな事気にしなくていいんですよ?って、困った顔で誤魔化すみたいに笑うんだ。
文にそんな顔をして欲しくないから、言ってなかった。
だから、文は知らないはずだ。
でも、まるで『全て分かってますよ』って顔で言われたその言葉は、あたいの事を否定するみたいな言葉だった。
「なんで……ッ!!」
あたいなりに考えた、文の為に出来る事。
それを文に否定されたって思ったら、悔しくて、またあの水が出てきそうだった。
グッ、て唇を噛み締めた。
頑張って止めないと、また心配させちゃうって。
だけど、水の所為で歪んで見える文が、だって……と困ったように笑って―――
「チルノさんが私よりずっと前を歩き始めたら、そうしたら私、チルノさんに置いてかれちゃうじゃないですか」
「―――え?」
またまた、ポカンってした。
優しく、目の端に溜まった水を指で拭ってくれてる文を思わず見詰める。
すぐに、どうしました?って文が首を倒して、ハッとしてあたいは慌てて首をブンブンって振った。
「あたい、文を置いてかないよ?!」
「でも、チルノさんが前に行ってしまっては、離ればなれで寂しいですよ?」
「でも、でも………!」
そんなんじゃない。
あたいは、文と離れたくて最強になりたいんじゃない!
だけど、それを言ったら理由も言わなくちゃならなくて。
話しちゃいけないから言葉に出来なくて、まるで鯉みたいに口をパクパクとさせていたら、ふんわり、ってあたいが大好きな優しい笑顔を浮かべて、文は言ったんだ。
「一緒に歩きましょう?」
って。
「え?」
「隣を歩いてくれるなら、私はチルノさんが転んでしまった時に手を引いてあげる事ができます。逆に、私が疲れて歩けない時は、チルノさんが引っ張ってくれるでしょう?」
「でも………」
「私は、チルノさんの前でも後でもない。手の繋げる横を歩きたいんです」
「あ………」
それじゃあ、何も解決しない。
文が馬鹿にされなくなるわけじゃない。
でも、隣に居たい、っていうのはあたいも一緒だ。
膝の上から、どうしよう、って文の顔を見上げていたら
「まぁ早い話が、私が寂しいので近くにいてください、って意味です」
そっと。
優しい手で、頬っぺたが覆われて、真っ黒な瞳で目を覗き込まれた。
全然そんなことを言われるなんて思ってなくて、思わずあたいは目を丸めたまま何も言えなかった。
だけど、ダメですか?って文が首を傾げるのを見て、あたいは―――
「―――っもう、しょうがないな、文は!」
精一杯の笑顔で、そう言った。
文も、ふふふ、って応えてくれるみたいに、笑ってくれる。
「はい、私はどうしようもない鴉天狗ですから」
撫で撫で、って。
優しく頭を撫でて貰いながら、思った。
文はとっても頭が良くて、こんな風にいつもあたいを幸せにしてくれる一番の言葉をくれる。
いつも、そうやって貰ってばかりだった。
だから、文がしてくれた分だけ文に何かしてあげたい、って思うようになった。
それで、文が馬鹿にされないように、誰よりも強くなるしかないって考えたんだ。
でも―――もしかしたら、ちょっと違ってたのかもしれない。
あたいの考えた事なんて桜の花びらみたいに、薄っぺらい物だったのかもしれない―――
「―――えいっ!」
「おや、もういいんですか?」
いつもいつも。
あたいの事を守ってくれる優しい手から逃げるみたいに、勢いをつけて、体を起こした。
いきなり動いたから背中がズキリって痛かったし、文の膝の上を離れるのは、ちょっぴり残念な気持ちだったけど、うん、って頷いた。
背中についた土をパンパン、って払いながら空を見上げてみると、何処までも青くて広い空に、やっぱり桜の花びらがヒラヒラと飛んでいた。
「良い天気ですね、今日は。私は夏の空が好きですけど、こんな柔らかな青い空も、気持ちが良いです」
「うん。そうだね―――」
文の声を背中で聞いて、頷きながら考える。
きっと、しょうがないのは、あたいの方なんだ、って。
妖精って事実は、きっと変えられないものだから。
それでも―――
「ねぇ、文!」
「はい、なんですか?チルノさん」
振り返ってみたら、もう文は立ち上がっていて、どうしました?ってあたいを見ていた。
あたいの夢―――それは文の知らない、あたいの想いだ。
「あたい、文を置いてきぼりになんかしないよ?」
大好きな文を、置いていきたいなんて思った事はこれっぽっちもない。
ただ、いつも手を引いてくれるのも、頭を撫でてくれるのも文だった。
嬉しいし幸せってやつなんだけど、でもあたいだって文の役に立ちたい。
「だって、100年経っても、絶対あたいは文のこと好きなままだもんっ!」
文が、目を丸くしてビックリしてた。
そんな文がおかしくて、くふふ、って笑いながら、大好きな真っ黒な瞳を見詰める。
誰にも馬鹿にされないくらい、は妖精だから無理なのかもしれない。
でも、ちゃんと文の手も引っ張れるくらいにはなるから。
文が、困った顔で笑わなくても良いように、いつか絶対なるから。
「だからね?やっぱり―――」
文は、きっとあたいが何を言うのか分かったんだと思う。
ふんわり、って大好きな笑顔を浮かべたんだ。
だから、あたいも。
文が好きだって言ってくれた、いっぱいの笑顔で言った。
「あたいは、最強になるよっ!」
もっともっと、強く。
文の、最強の恋人に、絶対―――
ドン!っていう強い衝撃と一緒に、目の前が真っ暗になった。
一瞬で息が全部吐き出されて、すぐに背中と頭がズキズキって痛み出した。
「ぃ、たた……」
木の高さくらいから落ちたんだから、痛いに決まってる。
本当なら、のたうち回る?って状態になりたかったけど、痛すぎてちょっとだって動くのも無理だ。
痛いのを我慢しながら、なんで真っ暗なんだろう?って不思議だったけど、痛くて知らない間に目をつむってたみたいだった。
だから、なるべく動かないように気を付けて、ゆっくり目を開くと、目の前には、青い空。
風が、ざぁ――って吹いていて、ちっちゃくてピンクの桜の花びらが、ひらひら飛んでいた。
レティを見送って、あっちこっちで桜がいっぱい咲き出して、もう散ってる。
きっと、今日もれーむの所に誰かしら集まってお花見してるんだろうな。
皆そうやって集まるの大好きだし、あたいも大好きだ。
だから、ああ春なんだなー……なんて、なんとなく思った。
「おいおい、大丈夫か?頭でも打ったか?」
痛いってことも忘れて、そんな風に空を飛ぶ花びらをボーって見てたら、それを遮るみたいに黒い影がヌッていきなり出てきて、あ、って声が出た。
なんでこんな事になったのか、って事をすっかり忘れてた。
そういえば、あたいは―――
「……ふん、こんなの痛くもかゆくもないわよっ!」
空から降ってきた声。
それは、よく知ってるもの。
あたいのライバルの、魔理沙の声だ。
ライバルなのに人の心配なんてしてくる、生意気な奴。
だから我慢して、痛くなんてないんだって言えば、そうかそうか、って箒に乗ったまま、あたいの事を見下ろしてケタケタと魔理沙は笑った。
「だけど、だいぶ強くなったじゃないか、チルノ。まぁ、まだ私には及ばなかった訳だが」
「………うるさい」
そう。
あたいは今、霧の湖の岸辺で空を見ながら地面に倒れてる
今日も、魔理沙との弾幕ごっこに負けたんだ。
悔しくて、ぐっ、て唇を噛み締める。
今日はいける、って思った。
後ちょっとのとこまで、いけたのに―――
「ま、でも筋が良くなってきたのは確かだぜ?五年以内……は無理だろうが、そのうちこの魔理沙さんに勝てるかも、な?」
「うるさいっ!そんなこと、思ってもないくせに!」
いつもみたいな言葉に、ムカッてして、頭が痛いのも無視して顔を上げて魔理沙を睨みつけた。
やっぱり魔理沙は、ははは、っていつもみたいに可笑しそうに笑ってた。
それがすごくあたいを馬鹿にしてるみたいに聞こえて、ますますムカムカして、精一杯力を込めて睨みつけてやったら
「ふぅ……やれやれ」
そうやって声に出して、魔理沙は頬っぺたを掻きながら困ったみたいに笑った。
そんな顔を見たくて、睨みつけたんじゃないのに……。
「さて……それじゃあ、私はそろそろ行くぜ?次の対戦を楽しみにしてるからな?」
「ふんだ!次こそ絶対魔理沙をやっつけてやるんだからねっ!」
寝っ転がったまま、ビシッ!って指差して言ってやった。
だけど箒で跨ったままの魔理沙は、そりゃー楽しみだ、なんて言いながら湖に向かって飛んでいく。
きっと、また紅魔館だ。
魔理沙はよく紅魔館にある図書館に行ってる。
この前もめーりんが「最近は出会い頭にマスパはなくなったけど、あの人の癖はどうにかならないものですかね……」って、頭にナイフ刺しながら言ってたし。
「………」
ガサガサ―――
パシャパシャ―――
風で動く葉っぱと水の音だけが聞こえる。
一人ぼっちになったら、急に静かになった。
魔理沙を睨みつけるために上げていた頭と腕を地面に戻したら、ジャリって音が鳴る。
痛いけど、体を起こすのが面倒だったから、あたいはそのまま空を見上げた。
「………はぁ」
風に合わせて、桜の花びらが相変わらず空で踊ってる。
それを、ため息を吐いて、ぼーって見ながら、何でだろう、って思った。
「なんで、勝てないんだろ………」
背中のズキズキも頭の痛みも、大人しくしてると段々よくなってきた。
もちろん、ちょっとでも動くとまだ痛いけど、それよりずっと、別のところが痛かった。
「なんで…………」
前と比べれば、ずっと良くなってきた。
前は一枚だったのに、最近は魔理沙にスペルカードを三枚使わせるくらいには。
でも、それでもまだまだ、だった。
戦ってれば、嫌でも分かるんだ。
魔理沙が、本当の本気じゃないってことくらい。
「…………」
頑張ろう、って決めた。
最強になる、って決めたんだ。
だって―――
「あたいの“夢”なのに………」
夢―――目指すべき目標だって、文に教えてもらった。
文は、あたいの大好きな恋人で、文もあたいの事を好きだって言ってくれる。
でも、恋人が妖精だと、文は馬鹿にされてるのを、あたいは知ってる。
そんなのイヤだから、あたいが最強になればそんな事を言われないようになる、って思った。
だから、文のために最強になりたいのに―――
「やっぱり、妖精だから………」
―――勝てないのかな
言葉に出したら、じわり、って目が熱くなってきて、慌てて腕で顔を覆った。
どんなにあたいが馬鹿でも、妖精がどれだけ弱いかくらいは知ってる。
でも、あたいは違う。
他の妖精と比べたら、ずっと強いんだ。
だから、あたいならやれる、って思ってたのに―――
「………ぐずっ」
勝手に目から水が流れてくる。
熱くて、痛い、水。
弱いから出る水だ。
だから、早く止まって欲しくて、ぎゅって目を強く閉じた。
今は、何も見たくなかった。
「―――チルノさん」
「―――え?」
ぶわっ、て。
そんなに時間が経たないうちに強い風が吹いて、名前を呼ばれた。
びっくりして腕を退けて、目を開いたら、文だった。
文が、翼を広げてゆっくりと空から降りてきているところだった。
「え……文?な、んで………?」
寝っころがったまま、ジャリって音を立てて、すぐ側に降りた文を呆然と見詰める。
凄いびっくりしたから、いつのまにか目から出てた水も気づいたら引っ込んでた。
よいしょ、って声を出して文がしゃがみ込むと、近くなった距離でふふふ、ってあたいの大好きな笑顔を浮かべた。
「いえ、チルノさんが悲しんでると思ったので」
「っ!嘘っ!」
「嘘じゃありませんよー?私の言葉が信じられませんか?」
すぐ近くの顔を見つめる。
ジッ、て。
真っ黒な、綺麗な瞳で見詰められて、ギュッて心が縮まるのを感じて、あたいは熱くなる顔を隠したくて目を逸らした。
いつも大好きな文の瞳で、こんなところを見られて恥ずかしいし、悔しいからだ。
だけど、そうしたら文が、おやおや、って小さく呟いたのが聞こえた。
多分さっきの魔理沙みたいに困ったように笑ってるんだ。
そう思ったら、ギシッ、て心が軋む音がした。
「文の事は………信じてるもん」
「そうですか?なら、良かったです」
見てないけど、そんな顔をさせたいんじゃない、って思ったら自然とそう答えてた。
そうしたら、文が安心したみたいな声を出して、あたいの頭をゆっくりと撫でてくれる。
その優しい手に、心が暖かくなって、思わず頬っぺたが緩みそうになりながら、思う。
いつもこうなんだ、って。
まるで、何処かで見てるみたいに、あたいが本気で凹んだりしてると文は直ぐに傍に来てくれる。
そんな、まるで王子様みたいな文が、大好きだ。
大好きだけど―――それだけじゃ、ダメなんだ。
それだけじゃ、あたいは文を守れないから。
「ところでチルノさん?そんなとこに寝てて痛くないんですか?」
「―――いいの。寝たくて、あたいは寝てるの」
本当は段々ジャリが背中に食い込んできて痛いけど。
何だかそれを認めるのが嫌だったから、ふんっ、て強がってみせる。
そうしたら、そうですか?って文が笑って―――
「―――え?」
ジャリ―――
ほんの少し、また文とあたいの距離が縮まった。
文が地面に座ったんだ。
何で?って不思議に思って見上げたら、あたいの頭が文の手で持ち上げられて、何か柔らかい物に乗せられた。
最初、あたいは何が何だか分からなくて、もう痛くない頭に力を入れてみたら、ぐにっ、て少し沈んむ。
訳が分からなかったけど、クスクスって笑ってる文の顔がもっと近付いていて、ようやく気づいた。
文があたいの頭を持ち上げて膝の上に乗せたんだ。
「文……?」
いきなりどうしたの?って見詰めたら、ジッーって真っ黒な瞳で逆に見詰められた。
その真剣な表情に、ドキッ、て心が跳ねたけど―――
「チルノさん、目が赤いけど泣いてたんですか?」
「うぇっ?!」
いきなり言い当てられて、一気に、顔が熱くなった。
だから、さっきみたいに腕で覆っちゃえばいい!って急いで手を上げようとしたら、ガシッて手首を掴まれちゃった。
「はい、却下ー」
「何でっ?!」
持ち上げた手は何故か文の手にガッチリ捕まえられていて。
何で?って思ったら文がまだクスクスって笑ってて、さっきとは違う気持ちで、悔しくなった。
「~~~っ泣いてないもん!っていうか文、何で腕掴むのっ?!」
「泣いてないなら隠す必要じゃないですか~」
「~~~っ!」
バンザイするみたいに両手を持ち上げられて。
隠したくても隠せない熱い顔をどうする事も出来なくて何だかとっても嫌だった。
頑張って、少しでも見られたくないって思ってすぐに顔を横にしたけど、赤い顔も、目も、きっと文には丸見えだ。
文は、あたいが嫌な事は絶対にしない。
今までも、泣いてるのを隠したい時は何も言わないでずっと傍に居てくれた。
いつも優しいのに、何で今日はこんなに意地悪なんだろう。
分からなかった。
だけど、あたいは本気で嫌だって伝えたくてキッ、て睨もうとしたら
「……え」
文は、何だか寂しそうに笑ってた。
「ねぇ、チルノさん?」
急に静かな声をかけられて。
どこか寂しそうな文の表情も、とっても綺麗で、あたいは思わず見とれてた。
けど―――
「あんまり、一人で強くならないでくださいね?」
「へ?」
文の言葉に思わず、ポカン、ってなった。
掴まれてた手が離されて、ゆっくりと髪を梳くみたいに撫でてくれる。
いつもは大好きなそれも、今のあたいにはどうでもよかった。
だって―――
「な、なんで?!あたいは最強になるよ!夢だもん!!」
何でそんなこと言うんだろう、って思った。
あたいが最強になりたい理由を、文には言ってない。
恥ずかしいし、やっぱり言わないでなった方がカッコイイ。
でも一番の理由は、きっと文が困った顔をするって分かってたからだ。
きっとそれを伝えたら、そんな事気にしなくていいんですよ?って、困った顔で誤魔化すみたいに笑うんだ。
文にそんな顔をして欲しくないから、言ってなかった。
だから、文は知らないはずだ。
でも、まるで『全て分かってますよ』って顔で言われたその言葉は、あたいの事を否定するみたいな言葉だった。
「なんで……ッ!!」
あたいなりに考えた、文の為に出来る事。
それを文に否定されたって思ったら、悔しくて、またあの水が出てきそうだった。
グッ、て唇を噛み締めた。
頑張って止めないと、また心配させちゃうって。
だけど、水の所為で歪んで見える文が、だって……と困ったように笑って―――
「チルノさんが私よりずっと前を歩き始めたら、そうしたら私、チルノさんに置いてかれちゃうじゃないですか」
「―――え?」
またまた、ポカンってした。
優しく、目の端に溜まった水を指で拭ってくれてる文を思わず見詰める。
すぐに、どうしました?って文が首を倒して、ハッとしてあたいは慌てて首をブンブンって振った。
「あたい、文を置いてかないよ?!」
「でも、チルノさんが前に行ってしまっては、離ればなれで寂しいですよ?」
「でも、でも………!」
そんなんじゃない。
あたいは、文と離れたくて最強になりたいんじゃない!
だけど、それを言ったら理由も言わなくちゃならなくて。
話しちゃいけないから言葉に出来なくて、まるで鯉みたいに口をパクパクとさせていたら、ふんわり、ってあたいが大好きな優しい笑顔を浮かべて、文は言ったんだ。
「一緒に歩きましょう?」
って。
「え?」
「隣を歩いてくれるなら、私はチルノさんが転んでしまった時に手を引いてあげる事ができます。逆に、私が疲れて歩けない時は、チルノさんが引っ張ってくれるでしょう?」
「でも………」
「私は、チルノさんの前でも後でもない。手の繋げる横を歩きたいんです」
「あ………」
それじゃあ、何も解決しない。
文が馬鹿にされなくなるわけじゃない。
でも、隣に居たい、っていうのはあたいも一緒だ。
膝の上から、どうしよう、って文の顔を見上げていたら
「まぁ早い話が、私が寂しいので近くにいてください、って意味です」
そっと。
優しい手で、頬っぺたが覆われて、真っ黒な瞳で目を覗き込まれた。
全然そんなことを言われるなんて思ってなくて、思わずあたいは目を丸めたまま何も言えなかった。
だけど、ダメですか?って文が首を傾げるのを見て、あたいは―――
「―――っもう、しょうがないな、文は!」
精一杯の笑顔で、そう言った。
文も、ふふふ、って応えてくれるみたいに、笑ってくれる。
「はい、私はどうしようもない鴉天狗ですから」
撫で撫で、って。
優しく頭を撫でて貰いながら、思った。
文はとっても頭が良くて、こんな風にいつもあたいを幸せにしてくれる一番の言葉をくれる。
いつも、そうやって貰ってばかりだった。
だから、文がしてくれた分だけ文に何かしてあげたい、って思うようになった。
それで、文が馬鹿にされないように、誰よりも強くなるしかないって考えたんだ。
でも―――もしかしたら、ちょっと違ってたのかもしれない。
あたいの考えた事なんて桜の花びらみたいに、薄っぺらい物だったのかもしれない―――
「―――えいっ!」
「おや、もういいんですか?」
いつもいつも。
あたいの事を守ってくれる優しい手から逃げるみたいに、勢いをつけて、体を起こした。
いきなり動いたから背中がズキリって痛かったし、文の膝の上を離れるのは、ちょっぴり残念な気持ちだったけど、うん、って頷いた。
背中についた土をパンパン、って払いながら空を見上げてみると、何処までも青くて広い空に、やっぱり桜の花びらがヒラヒラと飛んでいた。
「良い天気ですね、今日は。私は夏の空が好きですけど、こんな柔らかな青い空も、気持ちが良いです」
「うん。そうだね―――」
文の声を背中で聞いて、頷きながら考える。
きっと、しょうがないのは、あたいの方なんだ、って。
妖精って事実は、きっと変えられないものだから。
それでも―――
「ねぇ、文!」
「はい、なんですか?チルノさん」
振り返ってみたら、もう文は立ち上がっていて、どうしました?ってあたいを見ていた。
あたいの夢―――それは文の知らない、あたいの想いだ。
「あたい、文を置いてきぼりになんかしないよ?」
大好きな文を、置いていきたいなんて思った事はこれっぽっちもない。
ただ、いつも手を引いてくれるのも、頭を撫でてくれるのも文だった。
嬉しいし幸せってやつなんだけど、でもあたいだって文の役に立ちたい。
「だって、100年経っても、絶対あたいは文のこと好きなままだもんっ!」
文が、目を丸くしてビックリしてた。
そんな文がおかしくて、くふふ、って笑いながら、大好きな真っ黒な瞳を見詰める。
誰にも馬鹿にされないくらい、は妖精だから無理なのかもしれない。
でも、ちゃんと文の手も引っ張れるくらいにはなるから。
文が、困った顔で笑わなくても良いように、いつか絶対なるから。
「だからね?やっぱり―――」
文は、きっとあたいが何を言うのか分かったんだと思う。
ふんわり、って大好きな笑顔を浮かべたんだ。
だから、あたいも。
文が好きだって言ってくれた、いっぱいの笑顔で言った。
「あたいは、最強になるよっ!」
もっともっと、強く。
文の、最強の恋人に、絶対―――
後、後書きにはとても同意できますw
文チルやっぱいいですね
あと泣いているチルノの写真を一枚下さい
そんなチルノのことが大好きな文も
文チル分を補給できましたありがとうございます。
チルノの成長物語みたくなってきましたね。
葛藤とか、心理描写とか、そういうのをもっと見てみたいとか勝手な要望!
この夏~を読んだ後に読み返すと、ちょくちょく発見があっていいですね。
この夏~から再度一巡するとこんなにも発見があるのか