※注意!※
この作品は拙作『偽物の私(作品集156)』からの続編です。
先にそちらを読んでおいた方が話を理解出来ると思うので、そちらを先に読むことをオススメします。
それでは、よろしくお願いします。
――……ねぇ、お姉ちゃん。私達はなんでみんなと仲良く出来ないの?……――
昔、お姉ちゃんにそんな事を聞いた気がする。まだ私の瞳が開いていて、この幻想郷に来てすらいなかった時の、遠い遠い過去の記憶。
私はとても幼くて、心を読むということの重さとか、辛さとか、色々なことを知らなかったあの頃。
あの頃に戻りたいとは思わない。思わないけれど、昔を懐かしむ事はたまにある。
無知で無謀で無邪気だったあの頃。何も考える必要が無かったあの頃。
良かったって訳でもないし、とはいえ忌まわしい記憶という訳でもない。
……なんていうか、むずがゆいなぁ。
……私は何を考えているんだろう?……
「……ん、ん~っ……寝てた、のかな?」
……さっきのって、夢?そういえば昨日は適当にふらふらした後にどこかの誰かの家に勝手に泊まったんだっけ。こういう時はほんとに便利だよなぁ、私の能力って。
……どんな夢だったっけ?なんか、懐かしかったような……
「まあいいや。え~っと、ここ……は……」
見たところ私が昨日泊まった民家では無い事は確かな様だ。辺りには家どころか、人の影すらも見当たらない。存在するのは、空からこれでもかと言うくらいに燦々と照りつけてくる本物の太陽だけだ。
「うーん……恐らくまた無意識のまま漂っているみたいね。明らかに民家じゃないもん、ここ」
というより、どこからどう見ても空の上だ。雲ひとつ無い青空の下を、私は無意識の内に眠ったまま浮遊していたらしい。
……恐るべし、無意識を操る程度の能力……まさか眠りながら移動が出来るなんて……
「……まあいいや。太陽も結構昇ってるし、大体お昼時かな?」
私が能天気にそんな推測をしていると、私の身体は更に能天気な回答をしてくれた。
―ぐるるるるるぅぅ……―
「あー……」
そういえば、昨日の夜から何も食べてなかったっけ……
「……現金な私のお腹に乾杯。さーて、どこかのお宅にお邪魔しますか」
私は空腹なお腹と無意識に従って、本物の太陽が眩しい空を一人飛んでいった。
「……ふぅ、上出来ね」
そう言葉を発した人物の前には、それなりに上等といえる食事が並んでいた。
光に反射して美味しそうにきらめく白米。新鮮で素材の良さを残したまま調理された旬の野菜の数々。そして妖怪の山から送られてきた川魚の姿焼き。
普段のこの人物からは想像出来ない様な豪勢な食事がそこにはあった。
「いや久しぶりねぇ、こんな豪勢な食事って。今回ばかりは文や早苗に感謝ね」
この人物の名は博麗霊夢。博麗神社の巫女にして、幻想郷を存続させるにあたり居なくてはならない存在の一人である。
巫女に神社といっても神主や祀る神様すらいないここには、文字通り神をも恐れぬ人妖達が入り浸っていた。
妖怪の賢者、紅魔の吸血鬼、小さな百鬼夜行……名だたる妖怪達が、好んでこの場所を訪れているという。
……だが、その様な神社に大した信仰も集まるはずもなく、当然神に対する願い賃――つまりはお賽銭――も少ないのがこの巫女の現状であった。
故にこの巫女は、基本的には貧乏なのである。
「あわれこの貧乏巫女は、遂に盗みを働いて……」
「誰よさっきから失礼な事ばかり言ってる奴は!」
……ばれちゃったか。うーん、私の事は認識出来ないはずなんだけど。
流石は博麗の巫女。私の能力を見破るなんて……
「あれだけ大声出してれば私じゃなくても分かるわよ!」
「え?出ちゃってた?」
「ええ、変に説明口調な台詞がたっぷりと」
「……あ、あははは」
さようなら、お姉ちゃん……私はもう、ここまでのようです……
「……はぁ、別に今更そんなの気にしないわよ……悔しいけど、一部は事実だしね」
「お賽銭が少ないって事?」
「妖怪が入り浸ってるって事よ!」
この巫女はお賽銭が少ない事をあくまでも否定したいらしい。事実なんだけどなぁ。
「で?何の用よ?あんたがここに来るなんて珍しいじゃない」
「うーん、それがね……」
―ぐるるるるるぅぅ……―
「という訳なんです……」
「……全く、なんで地霊殿にもどらなかったの?そうすれば空腹にはならなかったでしょうに」
「っ……!」
地霊殿。地霊殿。地霊殿。
今ここでこの名前を出されるとは思わなかった。
私の家。私の帰るべき場所。私の、大切なヒト達の居場所。
偽物にあふれかえり、本物が無い私達の居場所。
天国を真似して作られた、とっても大切なヒト達の、とっても大切な場所。
私はそれが何故か嫌で、飛び出してしまった。私に関する事を全て、皆の無意識の奥に沈ませて。
偽物しか無いあの場所にいると、私自身も偽物になってしまいそうで。
数少ない大切な思い出も、色褪せることさえ無く朽ち果ててしまいそうで。
……お姉ちゃんや、お燐や、お空や、たくさんの皆との思い出が、全部偽物になっちゃうのが恐いんだ。
そう疑ってしまう、自分自身が、嫌なんだ。
「……いいわよ、あがりなさい。文や早苗から貰った新鮮なのが有り余っててね。私一人じゃ到底食べきれないからちょうどよかったわ」
なにも聞いてこない霊夢の気遣いが、今はとても嬉しかった。
無関心なだけかもしれないけど、変に問い詰められるよりは全然心がやすらいだ。
私は霊夢に甘えて、ご飯をご馳走になった。
とても美味しかったはずなのに、何故だか幸せな気持ちにはなれなかった。
「はー。食べた食べた」
「……ご馳走様でした」
霊夢の作ったご飯は美味しくて、お腹が空いていたせいもあってかいくらでも食べる事が出来た。
けれど食べ終わった後の私の心に充足感は無くて、代わりになんだか分からない感情でいっぱいだった。
「やっぱりお酒だけじゃ人間満ち足りないわねぇ。食べなきゃやってられないわ、うん」
「……ねぇ、霊夢」
「ん?」
「霊夢はさ、偽物とか本物とか、考えたこと……ある?」
「…………」
私は、聞いてみたかった。
本物の世界に生きる人間が、偽物の事を考えた事があるのかを。
そもそもそういう認識をしているのかを。
偽物の世界を生きる私には分からない事を、霊夢なら知っているんじゃないかと思ったんだ。
「…………」
「……分からない、よね。ごめん、ご馳走になった上に変なこと聞いちゃって。またいつか、絶対にお返しするから」
「待ちなさい」
「え……?」
立ち去ろうとした瞬間に口を開いた霊夢に、一瞬呆然とした。
霊夢は、昔どこかの神社で私と弾幕ごっこをした時よりも真面目な顔をしていた。
「あんたが何を思ってそんな事を聞いたのかは知らないけど、私はそんな事、どうとも思わないわ……いい、こいし。よく聞きなさい」
「あんたが何を偽物だと思い、何を本物だと思っても、そんなの個人の尺度でしか無い。
模倣品が偽物とは限らない。創作物が本物とは限らない。
誰しも真似をしなきゃ進歩出来ない。お手本が無くちゃ己から作れない。
偽物だとか本物だとか、そんな境界線は最初から存在しないの。
人も、妖怪も、太陽も、月も、空も、雲も、花も、世界でさえも。
全部が全部、一本の線の上で成り立っている。それに余計なモノは存在しない。
……偽物とか本物とか、そんなの何の意味もないのよ」
「……え?何を、言ってるの?」
「そんなくだらない事考えるだけ無駄……そう言ったのよ」
「……何よ、それ。意味分かんない……!!」
「私の生きる世界には偽物しかない!全部、全部ぜんぶぜんぶ!!
地底のみんなは地上に憧れてあの世界を作った!地霊殿も旧都も、全部地上の真似っ子だ!!本物なんて何一つ無い!みんな色褪せてる!みんな劣化してる!
そんな世界が本物だなんて、認められないよ!!」
「なら逆に聞くけど、あんたにとっての本物って何?この地上の事?それとも違うなにか?」
「……ああそうだ!地上そのものが私にとっての本物だ!太陽も、月も風も何もかも!本物の世界に否定されて、私やお姉ちゃんは地底に追いやられた!この力のせいで!お姉ちゃんは苦しんでるんだ!みんな、みんな……っ」
「あら。最初と言ってることが違うわね。あんたは本物の世界に同調したいんじゃないかと思ってたけど、実は本物の世界を壊したいんじゃないの?」
「ち、違う!私は、わたしは……」
気がついたら、頭の中はぐちゃぐちゃでなにが言いたいのかも分からなくなってしまっていた。
私は何がしたいんだろう?
本物の世界に溶け込みたいの?
本物の世界に復讐したいの?
全てを壊したいの?
違う、違う、違う!
「……私は、何なんだろう?」
もう、何も分からないや。偽物の世界をどうしたいのかも、本物の世界をどうしたいのかも、自分自身がどうしたいのかも。なにもかも。
「は、はははっ、あれだけ喚き散らしちゃって、本当にみっともないね。
ごめん、霊夢。本当にごめん。私、もう行くよ」
私は今度こそ行こうとした。
霊夢は私を止めなかった。
けれど、さよならの代わりかは知らないけど、霊夢は一言だけ私に言ってきた。
「まあ、あんたがどう考えようとそれはあんたの自由だから私はなにも言わないわ。
ただあんたの言う偽物の世界の『思い出』っていうのも、それは偽物なのかしらね」
「…………」
霊夢の放った最後の一言。
それは私の心に大きな波紋を生んで
意識の奥底まで沈んでいった。
続編、こっそりと鶴首してます