「ねえ、美鈴」
「どうしましたお嬢様。私を部屋に呼び出すなんて、珍しいじゃないですか」
「咲夜に褒美を与えるとしたら、何がいいかしら?」
「え」
レミリアの口から褒美という言葉が出たのがあまりにも意外だったのか、美鈴はその場で固まった。
「なに固まってるのよ。ちゃんと聞いてる?」
「ええと、一体どういう風の吹き回しですか」
「別に、ただの気まぐれよ。あなたなら咲夜が何を貰ったら喜ぶのか、わかると思ったからこうして呼びつけたのに」
美鈴にはこう言ったが、単なる気まぐれというわけでもなかった。
呼べばすぐに現れるし、言えばどんなことでも完璧にこなす。まさに完全無欠で非の打ち所がない。そんな瀟洒なメイドにたまの褒美を与えても、なんらおかしいことはない。けして本人に言うことはなかったが、そんなことは常日頃から思っていた。
そして今日、ようやく実行に移そうと準備しているわけだ。
「はあ」
しかし美鈴は戸惑ったように、ひたすら目を泳がせるだけだった。
いざ褒美を与えようとすると、これがなかなか難しい。具体的にどうすればいいのか、良くわからないのだ。それはどうやら美鈴も同じらしい。
なにやら一生懸命考えているようだが、いつまで経っても答えは返ってきそうになかった。
「もう、いいわ。突然聞いた私も悪かったから」
「わわ、すみません、なにか気の利いた案が出せれば」
「いいのよ。仕事の途中なのに、悪かったわね。もう戻っていいわ」
慌てる美鈴をなだめるように、レミリアはあっさりとそう言った。美鈴だけに責任を負わせることもない、と思ったからだ。
レミリアがパチンと指を鳴らすと、お付きの妖精メイドが部屋の扉を開ける。
「後で何かいい案が浮かんだら、教えること。いいわね」
「……お力になれず、申し訳ありません」
消え入るように言いながら、美鈴がすごすごと退室した。その後ろ姿からは、いつもの覇気が感じられなかった。
最近はずっと門番をまかせっきりだし、あの美鈴といえども疲れているのだろう。そこに相談も持ちかけてしまったから、負担になっているかもしれない。少しは休ませてやるべきか。レミリアはそんなことを思うと、近くの妖精メイドを一匹呼び寄せた。
「後でしばらく、門番を代わってやりなさい」
メイドが飛んでいくのを見ながら、レミリアも立ち上がる。今度はパチュリーに相談しに行こうと思ったのだ。彼女の豊富な知識をもってすれば、きっといい案が出てくるに違いない。
レミリアは自室を出ると、地下の図書館に向かった。美鈴のように呼び寄せてもよかったが、特別体力のない大切な友人をわざわざ引っ張ってくることもないだろう。
レミリアは図書館への廊下を進む。館が広ければ廊下も長い。見渡しても、遠くのほうで妖精メイドが一匹ふらふらと飛んでいるだけだった。あの様子では大して仕事もしていないのだろう。彼女たちの規律がいかんせん緩いことに呆れながら、図書館を目指す。そのときだった。
「あら、お姉様。どこに行くの?」
ちょうど角を曲がったところで、呼びとめられた。
人形のような綺麗な金髪に、つぶらな瞳。小さな唇からは控えめに牙が覗いている。レミリアをお姉様と呼ぶのは、この世に一人しかいない。
「起きてたのね、フラン」
妹のフランドールと廊下で鉢合わせ。彼女のほうは別段用事もなさそうで、散歩していただけのようだ。
「私はちょっと、図書館に用があってね」
「ふーん。調べもの?」
「まあ、そんなとこよ」
今でこそ普通に会話しているが、かつてフランドールは自らの能力の加減ができず、レミリアに幽閉されるほどだった。それでも、人間離れした幻想郷の人間達や、美鈴などと触れ合ったことで、現在ではだいぶましになった。レミリアもようやく幽閉を解き、この紅魔館の中だけではあるが、このように自由に行動するようになっていた。もっとも、こんな昼間から活動しているとはレミリアも予想していなかったのだが。
レミリアはまじまじと自らの妹を眺める。以前のまるで手がつけられない有様を知っている身としては、最近はずいぶんと落ち着いたような気がする。せっかくなので、この子にも聞いてみることにしよう。
「ところで、フラン。ちょっと聞きたいことがあるのよ」
「私に? なーに?」
「あなた、咲夜に褒美を与えるとしたらなにがいいと思う?」
「褒美?」
「まあ、プレゼントみたいなものよ」
「うーん」
フランドールはうんうんと唸りだす。難しい顔をしながら考えては消え考えては消え、そんなことの繰り返しのようだった。
「難しい質問だったかしらね。今からそれをパチェに相談しにいこうとしてたのよ」
「咲夜に、かあ」
どんなに考えても思いつかないのか、フランドールは今にも泣き出しそうな顔になってしまった。
「わかんない」
フランドールはがっくりと自慢の羽をうなだれながら、最後にポツリとそう言うだけだった。
「ああ、無理しなくていいのよ、フラン。美鈴もすぐには思いつかなかったから、仕方ないわ」
「ごめんね、お姉様」
フランドールはすっかり元気のなくなった様子で「美鈴と遊んでくる」とだけ言い残し、飛んでいった。
パタパタと飛んでいく妹の姿を眺めながら、レミリアは失敗したと思っていた。いくら分別がつくようになったとはいえ、幽閉されていた年月を思えばまだまだその心は発展途上にある。いきなり相談を持ちかけるのは良くなかった。今度はもう少し配慮してあげよう。レミリアはそう決意するのだった。
紅魔館自慢の大図書館。天井まで届くほどの本棚にぎっしりと詰まった分厚い本。明かりは薄暗く、空気は埃っぽい。
レミリアが足を踏み入れると、明かりを持った小悪魔が飛んでくるのが見えた。
「レミリアお嬢様。どうされました?」
「全く、いつ来ても陰気なところね、ここは」
「明かりも湿度も、書物の管理には最も適した状態になっています」
いつもの皮肉に、いつものように返す小悪魔。律儀なものだ。
「パチェに会いに来たのよ。いるんでしょう?」
「はい、こちらです」
もう分かっていたかのように即答すると、小悪魔はすぐさま飛んでいく。
レミリアも追いかけるように本棚の間を飛ぶ。すると、前方に少しだけ開けた空間があった。
わずかな明かりに、大量の本。その隙間に埋もれるかのように、紫色の髪が揺れているのが見えた。
「ありがとう。あとで紅茶でも持ってきて頂戴」
「かしこまりました」
小悪魔がまた入り口のほうへ戻っていく。
レミリアはパチュリーの対面の椅子に腰掛けた。パチュリーは全く動じず、手元の本に目を落としたままだ。
「あの小悪魔、だいぶ慣れたみたいね。昔は失敗ばっかりだったのに」
「司書としては、今も失敗ばかりよ。紅茶はだいぶおいしく淹れられるようになったけどね」
パチュリーは本に目を落としたまま答える。
「そう。そんなものかしらね」
「そんなものよ」
パチュリーがページをめくる音が、一定の間隔で聞こえてくる。
「司書として、ねえ。そういえば、この図書館の開放計画はどうなってるのよ?」
レミリアは幻想郷での紅魔館の地位を高めるために、この図書館を広く開放しようと提案していた。本の貸し出しなども行う、本格的なやつだ。思いつきで言ったことだったが、レミリアの中では既に決定事項だった。
ただし、あとの実務的なことは全てパチュリーと小悪魔に丸投げしていたのだが。
「もう開放しているわ」
「まったく、いつまで待たせる気よ……って、え?」
「人里にも告示したし、もう機能しているのよ」
予想外の仕事の早さに、レミリアが羽をパタパタさせる。
「さすがだわ! で、誰か」
「こんなところにわざわざ来るやつなんて、いないわよ」
ばっさりと言い切る。いたとしても道中で妖怪に喰われてるでしょうね、とパチュリーが付け足した頃には、レミリアの羽はしょんぼりと垂れ下がっていた。
しばしの沈黙。再び、パチュリーのページを捲る音。
しばらくして、今度はパチュリーが口を開く。
「レミィ。いつまでがっくりしてるのよ。こんな世間話をしに来たの?」
レミリアはようやく我に帰ると、今日ここに来た理由を思い出す。
「そうそう、そんなことはどうでもいいのよ。ちょっと相談したいことがあって」
「なにかしら?」
「咲夜に褒美を与えるとしたら、なにがいいかな、って」
それまで無表情で本を読んでいたパチュリーの眉が、僅かに動いた。
「……どういう意味かしら」
「パチェ、もうあなたぐらいしか頼れないのよ。どんなに考えても、ちっとも思い浮かばなくて」
ページを捲る音が途絶えていた。パチュリーも、どうやら懸命に考えてくれているようだ。
みな、咲夜への褒美となると途端に答えが見つからなくなる。困ったことに、適していると思えるものが何ひとつ思い浮かばないのだ。それほどまでに、咲夜は隙のない存在なのかもしれない。
しばし沈黙が続いて、パチュリーがようやく口を開く。
「……残念だけど、すぐには浮かばないわね」
パチュリーは、丁寧に言葉を選ぶ。
「でもね。こういうとき、相手の立場に立って考えることが重要なのよ。レミィが咲夜になったとして、なにが欲しいか考えるの」
「そんなの、当たり前じゃない。それで思いつかないからこうして相談してるのよ?」
パチュリーが力を込めて、優しく言う。
「相談して教えてもらうようなことじゃないってことよ」
それだけ言うと、もう話は終わりだ、と言わんばかりにパチュリーは再び本のページを捲り始めた。
「それは、そうかもしれないけど……」
レミリアは釈然としない面持ちで、運ばれてきた紅茶を飲むことしかできなかった。
レミリアが不満そうな顔をして出ていって、パチュリーは大きく息をついた。おもむろに目を閉じて、少し考える。
そして、すぐに小悪魔を呼んだ。
「なんでしょう、パチュリー様」
「さっき、図書館開放の件でレミィに突っつかれてね。きちんとした実績を教えてもらえるかしら?」
「実績といいましても……誰も来ていませんから」
「誰も?」
「ええ、誰も」
パチュリーは大きなため息をつく。
「貸し出し中の本は一冊もないということね」
「ええ、もちろん」
パチュリーは再び本に視線を落とす。
しかし、ページを捲る音は一向に聞こえてこなかった。
咲夜に、なにをあげたら喜んでもらえるだろう。
答えが見つからないまま、レミリアはふらふらと館をさまよう。
気がつくと、いつの間にか普段はあまり来ないところまで来ていた。この階は確か、咲夜の部屋があったはずだ。
無意識に、レミリアは咲夜の部屋を目指す。この先の突き当たりの部屋だ。
扉には、十六夜咲夜、と書かれた真鍮のプレートが掛かっている。ここだ。レミリアはドアノブに手を掛け、扉を開けた。
扉が軋みながら、ゆっくりと開く。
中は真っ暗だった。カーテンが締め切られていて、どんよりとした空気が流れ出てくる。
入って左手の壁際にはドレッサーが置いてある。メイドなら毎朝使うはずの必需品だが、それは傷んで埃が溜まっていた。
右手にあったベッドの木目は色褪せ、傍らのランプはもう何年も使われていないかのように、ポツリと佇んでいた。
無論、咲夜はいなかった。いるはずなどなかった。
レミリアには、優秀な従者がいた。
呼べばすぐに現れたし、言えばどんなことでも完璧にこなした。まさに完全無欠で非の打ち所がなかった。
ただひとつ、主と同じ時を過ごすことのできない、人間であるという点を除いて。
レミリアは、時の止まった部屋でただぼんやりと辺りを眺めた。
取り残された家具のひとつひとつから、咲夜の記憶が次々と思い出される。
いつかレミリアがあげたティーセットが、棚の奥にしまわれているのが見えた。咲夜にあげた初めてのプレゼントらしいプレゼントで、それ以来彼女の愛用の品になった。
咲夜が肌身離さず持っていた懐中時計は、窓際の机に置かれたまま、埃を被っている。
部屋の中央には、晩年彼女がいつも腰掛けていたロッキングチェア。優雅に揺れるその姿が、レミリアは好きだった。
あふれる思い出に、どれほどの間浸っていたのだろうか。立ち尽くすレミリアに、後ろから声が掛けられた。
「……お嬢様」
いつからいたのか、部屋の入り口に美鈴が立っていた。
「この部屋は、もうずいぶん手をつけていません。あまり長くおられますと、お体に障ります」
まるで一刻も早くここから立ち去ることを懇願しているような、悲壮な声だった。
それでも、レミリアは動かない。
「美鈴、あなたに」
レミリアのかすれた声。
「あなたに、褒美を与えるのなら簡単なのよ。休みを与えるか、貰って喜びそうなものをあげればいいんだもの」
そこには長い間、レミリアが押し殺していた思いがあった。
「じゃあ、咲夜には? 私は、もう咲夜には何もできないの?」
「お嬢様……」
「美鈴、もう一度聞くわ。咲夜に褒美を与えるとしたら、何がいいかしら? 今になって後悔している私は、何をすればいいのかしら?」
「落ち着いてください、お嬢様」
「気付いたときには、手遅れだったのよ! 人の一生が儚いことは重々わかっていたはずなのに、自分の周りだけは特別だと思い込んでいた!」
「やめてください!」
美鈴は、激昂するレミリアになんとか口を挟む。
「咲夜さんも、きっと幸せですよ。お嬢様にこれほど想われているのですから」
「そんな気休め、聞きたくないわ!」
レミリアは美鈴に背を向けたまま、肩を震わせていた。
「どんなに想ったって、そんなの所詮自己満足じゃない! 本当に咲夜が望んだものは、わからないんだわ!」
美鈴を睨みつけるように振り返ったレミリアの顔は、涙でグシャグシャだった。
「美鈴。くだらないことを言っている暇があったら、早く仕事に戻りなさい!」
レミリアが力任せに言い放つ。有無を言わせない、ものすごい剣幕だった。
しかしそれでも、美鈴は引かなかった。
「仕事のほうは、妖精メイドにしばらく代わってもらっています。お嬢様のお心遣いですよね。感謝いたします。それに、妹様のためにも、今ここでおとなしく仕事に戻るわけにはいきません」
突然のフランドールの話。猛っていたレミリアが、わずかに怯んだ。
「先ほど、妹様が私のところにいらっしゃいました。だいぶ、悩んでおいでだったみたいです。もちろん、咲夜さんへの褒美の内容についてではありません。あのような相談を持ちかけてくるほど咲夜さんに執着し、他のことをおざなりにしてしまったお嬢様ご自身についてです」
レミリアは、先ほどのフランドールとの会話がずいぶん久しぶりだったことを思い出す。
「妹様はずいぶん成長されました。お嬢様の予想を遥かに超えるほどです。もう、妹様はお嬢様に甘やかされることを望んでいません」
「お嬢様は、どうですか? 咲夜さんのことを嘆くばかりで、妹様に十分な配慮をされているでしょうか……。妹様のそんな不安を、私はひしひしと感じています」
フランドールが悩んでいたこと。それは咲夜のことではなく、それに悩む姉のことだった。身近にいる者への配慮がおろそかになり、やがてレミリア自身が壊れてしまわないか。フランドールだけでなく、紅魔館に住む多くのものの心配でもあった。
辺りにいた妖精メイドたちが遠巻きに様子をうかがっている。リーダーを失った彼女たちは、あれから仕事の効率がガクンと落ちた。自分から仕事を見つけられず、ふらふらと飛んでいる様子が目立つようになっていた。
「そして勝手ながら、今度は私から意見させて頂きます。仕事を代わってもらえたのは、私に疲れが見えたせいでしょうか? 確かに、お嬢様からの相談はデリケートな問題でしたので辟易してしまったのは確かです。でも」
美鈴は息を大きく吸い込むと、覚悟を決めたようにはっきりとした声色で言う。
「私は、部下を必要以上に気遣って休みを与えるような、そんな臆病な主にお仕えした憶えはありません!」
美鈴は勢いのまま続ける。
「お嬢様のほうこそ、自己満足です! なぜ、同じ時を過ごせないと知っていて、お嬢様は咲夜さんの運命を変えなかったのですか?」
レミリアは運命を操ることができる。やろうと思えば、咲夜を生きながらえさせることなど造作もなかった。自らの眷属としてずっと使ってやっても良かったし、魔法使いとしてでも、キョンシーとしてでも、いくらでも方法はあった。
ではなぜそうしなかったのか。
「あのときのお嬢様は、分かっておられたはずです! 咲夜さんが何を望んでいたのかを! だからこそ、運命を変えなかった! 違いますか?」
かつて、恐怖に駆られて出した提案。レミリアは鮮明に覚えていた。
―――咲夜。私と一緒にいたい?
―――それはもちろんですわ。
―――じゃあ、その願いに応えてあげてもいいわよ?
―――ふふふ、お嬢様。
―――な、なによ。
―――私にはお嬢様が全て。でも……。お嬢様の時を止めたいと願うのは、全く愚かなこと。私はそんなわがままは言いたくありませんわ。
咲夜はそれだけいうと、そのまま業務に戻っていった。それっきり、最期まで、咲夜がその話題を掘り返すことはなかった。
レミリアは自分に言い聞かせていた。運命を自分勝手に弄るのは利口ではないと。それを言い訳にして、分かったつもりになっていた。
でも、本当は違った。このままの運命こそが、咲夜の望んだもの。自分のことだけでなく、その後の主の在り方さえも、咲夜の望み。咲夜の理想の一つだった。それをお互い理解していたのだ。
レミリアは自分に問う。
今の自分は、なんだ? 美鈴に無駄な気遣いをし、逆にフランにすら気遣われる有様で、挙句の果てには図書館を開放して無用な馴れ合いまで計画していた。そんな今の自分を見たら、咲夜はどう思うのだろう。
どんなものも恐れず、周りを引っ張っていく。咲夜は、そんなカリスマの塊だった主が大好きだったのではなかったか。だとしたら、咲夜は自分に何を望むのか。
―――レミィが咲夜だったとして、何を望むのかしら?
パチュリーの助言がレミリアを後押しする。自分に執着して小さくまとまる主の姿など、望むはずがなかった。
「まいったわね。時を止めていたのは、私だったのね」
レミリアは呆れたようにそう言うと、乱暴に涙を拭った。
「美鈴、さっきの無礼な台詞は聞かなかったことにしてあげるわ。だから、さっさと仕事に戻りなさい」
懐かしささえ感じさせる強さが、そこにはあった。
「覚悟なさい。これから、忙しくなるわよ」
「はい、お嬢様!」
美鈴はレミリアの意図することに気付いて、足早に仕事に戻っていく。
ずっと止まっていた咲夜の部屋。そこから出て、レミリアは笑みを浮かべながら扉を閉めた。
「そろそろ、咲夜には手加減してもらいましょうか。いつまでも時が止まっていては、彼女しか動けないものね」
それから数日後。
突如、空を紅い霧が覆い尽くした。幻想郷を襲った久々の異変であった。
原因は、湖のほとりに建った紅魔館。
人々の話題に上ることも少なかった辺境の洋館が、一躍人里の最大の関心事になった。
紅魔館の主は、紅霧の下を闊歩する。
多くの恐怖を振りまき、かつての威厳を取り戻しながら。
「どうしましたお嬢様。私を部屋に呼び出すなんて、珍しいじゃないですか」
「咲夜に褒美を与えるとしたら、何がいいかしら?」
「え」
レミリアの口から褒美という言葉が出たのがあまりにも意外だったのか、美鈴はその場で固まった。
「なに固まってるのよ。ちゃんと聞いてる?」
「ええと、一体どういう風の吹き回しですか」
「別に、ただの気まぐれよ。あなたなら咲夜が何を貰ったら喜ぶのか、わかると思ったからこうして呼びつけたのに」
美鈴にはこう言ったが、単なる気まぐれというわけでもなかった。
呼べばすぐに現れるし、言えばどんなことでも完璧にこなす。まさに完全無欠で非の打ち所がない。そんな瀟洒なメイドにたまの褒美を与えても、なんらおかしいことはない。けして本人に言うことはなかったが、そんなことは常日頃から思っていた。
そして今日、ようやく実行に移そうと準備しているわけだ。
「はあ」
しかし美鈴は戸惑ったように、ひたすら目を泳がせるだけだった。
いざ褒美を与えようとすると、これがなかなか難しい。具体的にどうすればいいのか、良くわからないのだ。それはどうやら美鈴も同じらしい。
なにやら一生懸命考えているようだが、いつまで経っても答えは返ってきそうになかった。
「もう、いいわ。突然聞いた私も悪かったから」
「わわ、すみません、なにか気の利いた案が出せれば」
「いいのよ。仕事の途中なのに、悪かったわね。もう戻っていいわ」
慌てる美鈴をなだめるように、レミリアはあっさりとそう言った。美鈴だけに責任を負わせることもない、と思ったからだ。
レミリアがパチンと指を鳴らすと、お付きの妖精メイドが部屋の扉を開ける。
「後で何かいい案が浮かんだら、教えること。いいわね」
「……お力になれず、申し訳ありません」
消え入るように言いながら、美鈴がすごすごと退室した。その後ろ姿からは、いつもの覇気が感じられなかった。
最近はずっと門番をまかせっきりだし、あの美鈴といえども疲れているのだろう。そこに相談も持ちかけてしまったから、負担になっているかもしれない。少しは休ませてやるべきか。レミリアはそんなことを思うと、近くの妖精メイドを一匹呼び寄せた。
「後でしばらく、門番を代わってやりなさい」
メイドが飛んでいくのを見ながら、レミリアも立ち上がる。今度はパチュリーに相談しに行こうと思ったのだ。彼女の豊富な知識をもってすれば、きっといい案が出てくるに違いない。
レミリアは自室を出ると、地下の図書館に向かった。美鈴のように呼び寄せてもよかったが、特別体力のない大切な友人をわざわざ引っ張ってくることもないだろう。
レミリアは図書館への廊下を進む。館が広ければ廊下も長い。見渡しても、遠くのほうで妖精メイドが一匹ふらふらと飛んでいるだけだった。あの様子では大して仕事もしていないのだろう。彼女たちの規律がいかんせん緩いことに呆れながら、図書館を目指す。そのときだった。
「あら、お姉様。どこに行くの?」
ちょうど角を曲がったところで、呼びとめられた。
人形のような綺麗な金髪に、つぶらな瞳。小さな唇からは控えめに牙が覗いている。レミリアをお姉様と呼ぶのは、この世に一人しかいない。
「起きてたのね、フラン」
妹のフランドールと廊下で鉢合わせ。彼女のほうは別段用事もなさそうで、散歩していただけのようだ。
「私はちょっと、図書館に用があってね」
「ふーん。調べもの?」
「まあ、そんなとこよ」
今でこそ普通に会話しているが、かつてフランドールは自らの能力の加減ができず、レミリアに幽閉されるほどだった。それでも、人間離れした幻想郷の人間達や、美鈴などと触れ合ったことで、現在ではだいぶましになった。レミリアもようやく幽閉を解き、この紅魔館の中だけではあるが、このように自由に行動するようになっていた。もっとも、こんな昼間から活動しているとはレミリアも予想していなかったのだが。
レミリアはまじまじと自らの妹を眺める。以前のまるで手がつけられない有様を知っている身としては、最近はずいぶんと落ち着いたような気がする。せっかくなので、この子にも聞いてみることにしよう。
「ところで、フラン。ちょっと聞きたいことがあるのよ」
「私に? なーに?」
「あなた、咲夜に褒美を与えるとしたらなにがいいと思う?」
「褒美?」
「まあ、プレゼントみたいなものよ」
「うーん」
フランドールはうんうんと唸りだす。難しい顔をしながら考えては消え考えては消え、そんなことの繰り返しのようだった。
「難しい質問だったかしらね。今からそれをパチェに相談しにいこうとしてたのよ」
「咲夜に、かあ」
どんなに考えても思いつかないのか、フランドールは今にも泣き出しそうな顔になってしまった。
「わかんない」
フランドールはがっくりと自慢の羽をうなだれながら、最後にポツリとそう言うだけだった。
「ああ、無理しなくていいのよ、フラン。美鈴もすぐには思いつかなかったから、仕方ないわ」
「ごめんね、お姉様」
フランドールはすっかり元気のなくなった様子で「美鈴と遊んでくる」とだけ言い残し、飛んでいった。
パタパタと飛んでいく妹の姿を眺めながら、レミリアは失敗したと思っていた。いくら分別がつくようになったとはいえ、幽閉されていた年月を思えばまだまだその心は発展途上にある。いきなり相談を持ちかけるのは良くなかった。今度はもう少し配慮してあげよう。レミリアはそう決意するのだった。
紅魔館自慢の大図書館。天井まで届くほどの本棚にぎっしりと詰まった分厚い本。明かりは薄暗く、空気は埃っぽい。
レミリアが足を踏み入れると、明かりを持った小悪魔が飛んでくるのが見えた。
「レミリアお嬢様。どうされました?」
「全く、いつ来ても陰気なところね、ここは」
「明かりも湿度も、書物の管理には最も適した状態になっています」
いつもの皮肉に、いつものように返す小悪魔。律儀なものだ。
「パチェに会いに来たのよ。いるんでしょう?」
「はい、こちらです」
もう分かっていたかのように即答すると、小悪魔はすぐさま飛んでいく。
レミリアも追いかけるように本棚の間を飛ぶ。すると、前方に少しだけ開けた空間があった。
わずかな明かりに、大量の本。その隙間に埋もれるかのように、紫色の髪が揺れているのが見えた。
「ありがとう。あとで紅茶でも持ってきて頂戴」
「かしこまりました」
小悪魔がまた入り口のほうへ戻っていく。
レミリアはパチュリーの対面の椅子に腰掛けた。パチュリーは全く動じず、手元の本に目を落としたままだ。
「あの小悪魔、だいぶ慣れたみたいね。昔は失敗ばっかりだったのに」
「司書としては、今も失敗ばかりよ。紅茶はだいぶおいしく淹れられるようになったけどね」
パチュリーは本に目を落としたまま答える。
「そう。そんなものかしらね」
「そんなものよ」
パチュリーがページをめくる音が、一定の間隔で聞こえてくる。
「司書として、ねえ。そういえば、この図書館の開放計画はどうなってるのよ?」
レミリアは幻想郷での紅魔館の地位を高めるために、この図書館を広く開放しようと提案していた。本の貸し出しなども行う、本格的なやつだ。思いつきで言ったことだったが、レミリアの中では既に決定事項だった。
ただし、あとの実務的なことは全てパチュリーと小悪魔に丸投げしていたのだが。
「もう開放しているわ」
「まったく、いつまで待たせる気よ……って、え?」
「人里にも告示したし、もう機能しているのよ」
予想外の仕事の早さに、レミリアが羽をパタパタさせる。
「さすがだわ! で、誰か」
「こんなところにわざわざ来るやつなんて、いないわよ」
ばっさりと言い切る。いたとしても道中で妖怪に喰われてるでしょうね、とパチュリーが付け足した頃には、レミリアの羽はしょんぼりと垂れ下がっていた。
しばしの沈黙。再び、パチュリーのページを捲る音。
しばらくして、今度はパチュリーが口を開く。
「レミィ。いつまでがっくりしてるのよ。こんな世間話をしに来たの?」
レミリアはようやく我に帰ると、今日ここに来た理由を思い出す。
「そうそう、そんなことはどうでもいいのよ。ちょっと相談したいことがあって」
「なにかしら?」
「咲夜に褒美を与えるとしたら、なにがいいかな、って」
それまで無表情で本を読んでいたパチュリーの眉が、僅かに動いた。
「……どういう意味かしら」
「パチェ、もうあなたぐらいしか頼れないのよ。どんなに考えても、ちっとも思い浮かばなくて」
ページを捲る音が途絶えていた。パチュリーも、どうやら懸命に考えてくれているようだ。
みな、咲夜への褒美となると途端に答えが見つからなくなる。困ったことに、適していると思えるものが何ひとつ思い浮かばないのだ。それほどまでに、咲夜は隙のない存在なのかもしれない。
しばし沈黙が続いて、パチュリーがようやく口を開く。
「……残念だけど、すぐには浮かばないわね」
パチュリーは、丁寧に言葉を選ぶ。
「でもね。こういうとき、相手の立場に立って考えることが重要なのよ。レミィが咲夜になったとして、なにが欲しいか考えるの」
「そんなの、当たり前じゃない。それで思いつかないからこうして相談してるのよ?」
パチュリーが力を込めて、優しく言う。
「相談して教えてもらうようなことじゃないってことよ」
それだけ言うと、もう話は終わりだ、と言わんばかりにパチュリーは再び本のページを捲り始めた。
「それは、そうかもしれないけど……」
レミリアは釈然としない面持ちで、運ばれてきた紅茶を飲むことしかできなかった。
レミリアが不満そうな顔をして出ていって、パチュリーは大きく息をついた。おもむろに目を閉じて、少し考える。
そして、すぐに小悪魔を呼んだ。
「なんでしょう、パチュリー様」
「さっき、図書館開放の件でレミィに突っつかれてね。きちんとした実績を教えてもらえるかしら?」
「実績といいましても……誰も来ていませんから」
「誰も?」
「ええ、誰も」
パチュリーは大きなため息をつく。
「貸し出し中の本は一冊もないということね」
「ええ、もちろん」
パチュリーは再び本に視線を落とす。
しかし、ページを捲る音は一向に聞こえてこなかった。
咲夜に、なにをあげたら喜んでもらえるだろう。
答えが見つからないまま、レミリアはふらふらと館をさまよう。
気がつくと、いつの間にか普段はあまり来ないところまで来ていた。この階は確か、咲夜の部屋があったはずだ。
無意識に、レミリアは咲夜の部屋を目指す。この先の突き当たりの部屋だ。
扉には、十六夜咲夜、と書かれた真鍮のプレートが掛かっている。ここだ。レミリアはドアノブに手を掛け、扉を開けた。
扉が軋みながら、ゆっくりと開く。
中は真っ暗だった。カーテンが締め切られていて、どんよりとした空気が流れ出てくる。
入って左手の壁際にはドレッサーが置いてある。メイドなら毎朝使うはずの必需品だが、それは傷んで埃が溜まっていた。
右手にあったベッドの木目は色褪せ、傍らのランプはもう何年も使われていないかのように、ポツリと佇んでいた。
無論、咲夜はいなかった。いるはずなどなかった。
レミリアには、優秀な従者がいた。
呼べばすぐに現れたし、言えばどんなことでも完璧にこなした。まさに完全無欠で非の打ち所がなかった。
ただひとつ、主と同じ時を過ごすことのできない、人間であるという点を除いて。
レミリアは、時の止まった部屋でただぼんやりと辺りを眺めた。
取り残された家具のひとつひとつから、咲夜の記憶が次々と思い出される。
いつかレミリアがあげたティーセットが、棚の奥にしまわれているのが見えた。咲夜にあげた初めてのプレゼントらしいプレゼントで、それ以来彼女の愛用の品になった。
咲夜が肌身離さず持っていた懐中時計は、窓際の机に置かれたまま、埃を被っている。
部屋の中央には、晩年彼女がいつも腰掛けていたロッキングチェア。優雅に揺れるその姿が、レミリアは好きだった。
あふれる思い出に、どれほどの間浸っていたのだろうか。立ち尽くすレミリアに、後ろから声が掛けられた。
「……お嬢様」
いつからいたのか、部屋の入り口に美鈴が立っていた。
「この部屋は、もうずいぶん手をつけていません。あまり長くおられますと、お体に障ります」
まるで一刻も早くここから立ち去ることを懇願しているような、悲壮な声だった。
それでも、レミリアは動かない。
「美鈴、あなたに」
レミリアのかすれた声。
「あなたに、褒美を与えるのなら簡単なのよ。休みを与えるか、貰って喜びそうなものをあげればいいんだもの」
そこには長い間、レミリアが押し殺していた思いがあった。
「じゃあ、咲夜には? 私は、もう咲夜には何もできないの?」
「お嬢様……」
「美鈴、もう一度聞くわ。咲夜に褒美を与えるとしたら、何がいいかしら? 今になって後悔している私は、何をすればいいのかしら?」
「落ち着いてください、お嬢様」
「気付いたときには、手遅れだったのよ! 人の一生が儚いことは重々わかっていたはずなのに、自分の周りだけは特別だと思い込んでいた!」
「やめてください!」
美鈴は、激昂するレミリアになんとか口を挟む。
「咲夜さんも、きっと幸せですよ。お嬢様にこれほど想われているのですから」
「そんな気休め、聞きたくないわ!」
レミリアは美鈴に背を向けたまま、肩を震わせていた。
「どんなに想ったって、そんなの所詮自己満足じゃない! 本当に咲夜が望んだものは、わからないんだわ!」
美鈴を睨みつけるように振り返ったレミリアの顔は、涙でグシャグシャだった。
「美鈴。くだらないことを言っている暇があったら、早く仕事に戻りなさい!」
レミリアが力任せに言い放つ。有無を言わせない、ものすごい剣幕だった。
しかしそれでも、美鈴は引かなかった。
「仕事のほうは、妖精メイドにしばらく代わってもらっています。お嬢様のお心遣いですよね。感謝いたします。それに、妹様のためにも、今ここでおとなしく仕事に戻るわけにはいきません」
突然のフランドールの話。猛っていたレミリアが、わずかに怯んだ。
「先ほど、妹様が私のところにいらっしゃいました。だいぶ、悩んでおいでだったみたいです。もちろん、咲夜さんへの褒美の内容についてではありません。あのような相談を持ちかけてくるほど咲夜さんに執着し、他のことをおざなりにしてしまったお嬢様ご自身についてです」
レミリアは、先ほどのフランドールとの会話がずいぶん久しぶりだったことを思い出す。
「妹様はずいぶん成長されました。お嬢様の予想を遥かに超えるほどです。もう、妹様はお嬢様に甘やかされることを望んでいません」
「お嬢様は、どうですか? 咲夜さんのことを嘆くばかりで、妹様に十分な配慮をされているでしょうか……。妹様のそんな不安を、私はひしひしと感じています」
フランドールが悩んでいたこと。それは咲夜のことではなく、それに悩む姉のことだった。身近にいる者への配慮がおろそかになり、やがてレミリア自身が壊れてしまわないか。フランドールだけでなく、紅魔館に住む多くのものの心配でもあった。
辺りにいた妖精メイドたちが遠巻きに様子をうかがっている。リーダーを失った彼女たちは、あれから仕事の効率がガクンと落ちた。自分から仕事を見つけられず、ふらふらと飛んでいる様子が目立つようになっていた。
「そして勝手ながら、今度は私から意見させて頂きます。仕事を代わってもらえたのは、私に疲れが見えたせいでしょうか? 確かに、お嬢様からの相談はデリケートな問題でしたので辟易してしまったのは確かです。でも」
美鈴は息を大きく吸い込むと、覚悟を決めたようにはっきりとした声色で言う。
「私は、部下を必要以上に気遣って休みを与えるような、そんな臆病な主にお仕えした憶えはありません!」
美鈴は勢いのまま続ける。
「お嬢様のほうこそ、自己満足です! なぜ、同じ時を過ごせないと知っていて、お嬢様は咲夜さんの運命を変えなかったのですか?」
レミリアは運命を操ることができる。やろうと思えば、咲夜を生きながらえさせることなど造作もなかった。自らの眷属としてずっと使ってやっても良かったし、魔法使いとしてでも、キョンシーとしてでも、いくらでも方法はあった。
ではなぜそうしなかったのか。
「あのときのお嬢様は、分かっておられたはずです! 咲夜さんが何を望んでいたのかを! だからこそ、運命を変えなかった! 違いますか?」
かつて、恐怖に駆られて出した提案。レミリアは鮮明に覚えていた。
―――咲夜。私と一緒にいたい?
―――それはもちろんですわ。
―――じゃあ、その願いに応えてあげてもいいわよ?
―――ふふふ、お嬢様。
―――な、なによ。
―――私にはお嬢様が全て。でも……。お嬢様の時を止めたいと願うのは、全く愚かなこと。私はそんなわがままは言いたくありませんわ。
咲夜はそれだけいうと、そのまま業務に戻っていった。それっきり、最期まで、咲夜がその話題を掘り返すことはなかった。
レミリアは自分に言い聞かせていた。運命を自分勝手に弄るのは利口ではないと。それを言い訳にして、分かったつもりになっていた。
でも、本当は違った。このままの運命こそが、咲夜の望んだもの。自分のことだけでなく、その後の主の在り方さえも、咲夜の望み。咲夜の理想の一つだった。それをお互い理解していたのだ。
レミリアは自分に問う。
今の自分は、なんだ? 美鈴に無駄な気遣いをし、逆にフランにすら気遣われる有様で、挙句の果てには図書館を開放して無用な馴れ合いまで計画していた。そんな今の自分を見たら、咲夜はどう思うのだろう。
どんなものも恐れず、周りを引っ張っていく。咲夜は、そんなカリスマの塊だった主が大好きだったのではなかったか。だとしたら、咲夜は自分に何を望むのか。
―――レミィが咲夜だったとして、何を望むのかしら?
パチュリーの助言がレミリアを後押しする。自分に執着して小さくまとまる主の姿など、望むはずがなかった。
「まいったわね。時を止めていたのは、私だったのね」
レミリアは呆れたようにそう言うと、乱暴に涙を拭った。
「美鈴、さっきの無礼な台詞は聞かなかったことにしてあげるわ。だから、さっさと仕事に戻りなさい」
懐かしささえ感じさせる強さが、そこにはあった。
「覚悟なさい。これから、忙しくなるわよ」
「はい、お嬢様!」
美鈴はレミリアの意図することに気付いて、足早に仕事に戻っていく。
ずっと止まっていた咲夜の部屋。そこから出て、レミリアは笑みを浮かべながら扉を閉めた。
「そろそろ、咲夜には手加減してもらいましょうか。いつまでも時が止まっていては、彼女しか動けないものね」
それから数日後。
突如、空を紅い霧が覆い尽くした。幻想郷を襲った久々の異変であった。
原因は、湖のほとりに建った紅魔館。
人々の話題に上ることも少なかった辺境の洋館が、一躍人里の最大の関心事になった。
紅魔館の主は、紅霧の下を闊歩する。
多くの恐怖を振りまき、かつての威厳を取り戻しながら。
楽しませてもらいました。
おぜうさまがカリスマを取り戻されたようで何よりです。
一本取られました!
それがキチンと書かれたSSってまだ読んだ事がない。
作者さんにはその部分を掘り下げた話も書いてみて欲しい。
やっぱり咲夜さんいいなあ
相談を持ちかけられた相手の様子がちょっとおかしかったので、「おや」と思ったらそういうことか。
読み返したらけっこう怪しいのに!やられました。
丁寧な描写は好感が持てます