Coolier - 新生・東方創想話

異動4

2011/11/08 03:58:52
最終更新
サイズ
50.93KB
ページ数
1
閲覧数
1469
評価数
6/12
POINT
770
Rate
12.23

分類タグ

朝日が昇るにはまだ少し早い時間、アリスは奇妙な感覚に襲われていた。

(何?体が動かない?)

寝苦しくて目を覚ましたのだが、身体が微動だにしない。
暗くて部屋の状況はよく分からないのだが、耳元に湿った暖かい風を感じる。

(まさか金縛り!?)

状況的に導き出されるのは金縛り。
だが一度はパニックになりそうになった頭を冷やし、アリスはもう一度体を動かしてみる。

(動いている?)

試しに指を動かしてみる。しかし奇妙な事に感覚がない。
自分では動いている気はするのだが、良くわからない。
次は足を動かしてみる。
足先は分からないが、太股の辺りは僅かにだが動いている事が分かる。ただまるで何かに乗られているように動きが鈍く、自由がほとんど効かない。
腰は動きそうになく、残った首を横に向けてみる。

「っ!?」

(何!?)

暗闇に目が慣れてきたのか、ぼんやりと辺りの輪郭が見えてくる。その視界が捉えた物は、アリスを完全にパニックに陥らせる。
アリスの視界には真黒な塊の隙間から口らしきもの。
それは見られている事に気がついたのか、笑った。
声はしない。

(近づいてくる!?)

それは段々と近づいてくる。

「んんんんっ!」

それはアリスの唇に触れ、口内へと侵入した。
アリスの舌に不快感が走る。
それは舌を食べようというのか、必要に絡まろうとする。
アリスは不快感と恐怖感からで目を瞑り、より一層パニックになる。

(誰か!!)

その時重かった体が軽くなる。

(!動く!?)

アリスは全身の力を込めて塊を引き離す。
黒い塊を警戒しようと体を起こすのだがよく見ると

「…まさか」

引き離した黒い塊をよく見るとそれは

「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

アリスの悲鳴が迷い家に響き渡った。

★★★★★★★★★★★★

文々。新聞号外ミニ

妖怪の山の巫女は見た!!
 永遠亭の主と人形遣いの大人の営!!!

妖怪の山の巫女の証言

昨日の未明、それは起こりました。
トイレに行こうと廊下に出たのですが、奇妙な声が聞こえて来たんです。
なにかあったのかと思い失礼でしたが襖をほんの少し開けて覗いたんです。
そうしたら輝夜さんとアリスさんがその、キ、キスをしてたんです!!
テレビとかでは見た事はあったんですが、目の前で見るのは初めてだったから思わず凝視しちゃって。
それから五分ぐらいはしていたと思います。
だけどアリスさんが私の気配に気がついたらしく、輝夜さんと離れてこちらを見たんです。
見られていた事に気がついたアリスさんは悲鳴をあげて、私は思わず部屋へと逃げ帰ってしまったんです。

これが妖怪の山の巫女から取れた証言です。
そして当事者であるアリス・マーガトロイド氏と蓬莱山輝夜氏からのインタビューに成功しました。

蓬莱山氏の証言

あれは単純に寝ぼけていただけよ。
確かにアリスは可愛いかも知れないけど、私は年上好みだもの。
実際年齢は兎も角、外観年齢が変わらない相手は基本的に守備範囲外ね。
誰と間違えたのかって?ふふふ、それは想像にお任せするわ。ただ、あの程度の事で今さら永遠亭では騒いだりしないわ。

謎のコメントを残しインタビューは終了。
マーガトロイド氏の証言

あんなのはカウントには入らないわ!大体寝ぼけていたって何!?
寝ぼけて私の初めてが奪われたなんて認めないんだから!!
大体初めては霊夢に、って決めてたのに~!!

この後マーガトロイド氏が発狂しだした為、インタビューは中止に。
それでも気になる発言をマーガトロイド氏も残してくれました。
この事を博麗の巫女に聞いてみたところ

アリスの初めてとかいらないから

と冷めたコメントを一言だけ。

どちらにしてもキスだけは誰も否定しなかった事だけは事実。我が文々。新聞では今後もこの二人の関係を追及していく所存です。

★★★★★★★★★

「アリス。不幸な事故だったと思って早く忘れる事だ」

居間で泣くアリスに藍は慰めの言葉を掛ける。

「不幸な事故にも程があるわ!!」

藍の慰め程度では癒えない悲しみが、アリスを凶暴化させる。

「しかも……どうして閻魔様が私のセカンドまで奪うのよ~」

衝撃の事実。
文々。新聞には載っていない、悲鳴の後の事実だった。

「すみません。決してそのようなつもりは無かったんですが」

アリスの悲鳴に吃驚して起きた映姫は、その勢いのままアリスにぶつかった。しかも唇が。

「大体どうして二人とも私の布団で寝ていたのかが分からないわ」

昨日は確かに三人ともそれぞれの布団で寝ていた。

「「多分寝ぼけて」」

アリスの疑問に二人は声を揃えて答えた。

「うわぁぁぁぁぁぁぁん」

もうアリスは泣く事しかできない。
そんなアリスに

「おおげさな」

冷たい一言を放つレミリア。
アリスの悲鳴で起こされ、かなり機嫌が悪い。

「乙女にとっては一大事よ!!」

泣くのを止めてレミリアに吠える。

「貴方、仮にも都会派を謳っているんでしょう?だったらキスなんて挨拶がわりじゃないかしら?」
「それは」
「私にしてみればキスなんて日常よ」

更に衝撃的な事実。
アリスは思わず言葉を失った。
見た目は自分より十近く離れているであろう吸血鬼にとって日常。その事実はアリスの常識を壊していく。

「師匠!」
「い、いきなり何!?」

レミリアの手を握り熱い視線を向けるアリス。

「私に本当の都会派と言うものを教えてください!!師匠!!!」
「それは……かまわないけど」

勢いに負け、レミリアは面倒くさそうにしながらも引き受けた。


★★★★★★

紅魔館の朝は早い。
妖精たちは日の出とともに起き、大抵は日が沈むと就寝してしまうからである。
そして本日は珍しい顔も日の出とともに起床した。

「おはようございます。紫様」

朝食を持って紫の部屋に訪れた咲夜を寝ぼけ眼で見る。

「ああ、そう言えば今は紅魔館にいるのだったわね」

頭が働いていないらしく、自分の置かれた状況も分かっていなかったようだ。

「はい、お忘れですか?」

紫の起床を手伝いながら、着替えの準備をすませていく。

「思いだしたわ」

コーヒーの香りで肺を満たし、上機嫌になる紫。

「懐かしいわね。コーヒーから始まる朝なんて」

紫は何かを懐かしむように外を見る。

「本日紫様には行っていただく業務がありますので、外出などなされませんように」

咲夜が本日のスケジュールを述べていく。

「午前中は書類に目を通しサインと印鑑をお願いします。午後からは昼食をお食べになった後、屋敷内の視察を十五時までにして頂きます。その後休憩を一時間挟み、次は屋敷外の視察になります。視察後三十分ほど休息の後、定例会議となります。おそらく終わるのは早くても二十二時を過ぎると思いますので、軽食を準備する予定です」
「……」
「どうかされましたか?」
「あの吸血鬼のお嬢様は何時もそんな事をしているの?」
「毎日ではありませんが定期的になされています。会議に関しても定期的に行う事で、メイド達との関係をより良いものへとできるように日々務められております」
「意外とマメだったのね」

紫の持っていたレミリアのイメージが少し変わった瞬間だった。


★★★★★★★★

「みんな~朝よ~」

永遠亭の兎部屋では主自らが目覚ましとなっていた。

「幽々子さん、どうしたんですか?」

幽々子の声は離れている鈴仙の部屋まで届き、目覚ましの役割をばっちり果たしていた。

「鈴仙ちゃんおはよう」
「あ、おはようございます」

朝の挨拶を交わし、互いにお辞儀する。

「もしかして、起こすの早過ぎたかしら?」
「そんな事はないですよ。そろそろ起床時刻でしたから」
「それなら良かったわ」

幽々子は胸をなでおろし、息を吐く。

「ですが、幽々子さんはこんな事をされなくてもいいんですよ」

仮にも永遠亭の主を務めてもらっている者に目覚まし代わりをさせたとあっては、リーダーとして面目がたたない。

「ちょっと知りたい事があって」
「知りたい事ですか?」
「ええ、永遠亭にはどれぐらいの兎さん達が居るのかと思って」

鈴仙は少し考える素振りを見せて

「すいません。正確な数は私には分からないので、後でてゐに聞いておきますね」

幽々子に謝った。

「そう言えば、てゐちゃんは?」
「てゐだったらこの時間はジョギングをしていると思いますよ」

いたずら兎の顔を思い出し、微妙な顔つきになる鈴仙。

「早起きなのね」
「健康でいる事が自慢ですからね」

普段の健康自慢を思い出し、うんざりする。

「鈴仙ちゃん、用意して欲しいものがあるんだけど」
「何ですか?」

この後幽々子に頼まれた物を準備するのだが、鈴仙にはまったく使い道が分からなかった。

★★★★★★★★★★★

「ありがとうレミリア。おかげで少し気持ちが楽になったわ」

レミリアから都会派講座を受けて、何時もの調子を取り戻したアリス。

「別に礼を言われる事ではないわ」

そっぽを向いて紅茶を飲む。
ちなみにこの紅茶はアリスが入れたものである。

「ところで九尾」
「藍です」
「大事な事を忘れていたわ。八雲紫は普段何をしている訳?」
「紫様が何をしているとは?」
「迷い家の主としてよ。まさか噂通り本当に寝て過ごしている訳じゃないでしょう」
「えっ?」
「一週間とは言え私が迷い家の主である以上、やるべき事で出来る事はやるわよ」
「えっと」
「何よ?私には言えないような事が仕事なわけ?」

(困ったぞ)

藍はもの凄く焦っていた。
迷い家の主の仕事は何ですか?と紫に依然聞いた事があるのだが

「寝る事とご飯を食べる事かしら」

と返答が返ってきたのである。
実際藍はそれで納得してしまった。
家事は藍が全てするし、お金は紫が持っている珍品(何処から手に入れたかは謎である)や金目の物を売ったりして何とかなっている。
迷い家にいて特に困る事はない。
その他にも結界の修復や維持や異変解決を手伝ったりとしているが、これは別に迷い家の主としての仕事とは言えない。これはあくまで幻想郷の創造者としての役割。
考えに考えた。だが何も浮かばない。まさか家事を手伝わせるわけにもいかないし。

「紅魔館では普段何を」

思い浮かばない以上、普段している事で此処でもできそうな事をしてもらうしかない。
そう思い聞いたのだが

「紅茶を飲みながらお喋りしたり、本を読んだりしているわね」

まるで平安時代の貴族の姫君達の様な生活。

「だったら」

それと同じ事が仕事だと言おうとしたのだが

「後は定期的に行われる館の全体会議や部署ごとの会議に屋敷の視察。それから予算会議。それから普段の仕事にデスクワークね。これは毎日一応しているわね」

続かなかった。

(う、うちでは全くしない事ばかり)

そもそも住んでいるのが紫、藍、橙の三人しかいない。全体会議は兎も角、部署ごとの会議など必要ない。予算会議だっていらない。家の視察だって何をするというのか。デスクワークだって藍が紫に口頭で伝えるだけでいい。その気になれば藍一人で全て出来る。
そんな時藍の視界に見えたのは

「橙」

橙だった。

「何ですか?藍様」

早苗と紐で遊んでいたのだが呼ばれたので側による。

「レミリア様には橙に稽古をつけて頂きます」

苦し紛れの策だった。

「稽古?」
「紫様は普段、家事が忙しい私の代わりに橙の稽古をお願いしているんです」
「ふ~ん」
「そうだよな!?橙」
「はっ、はい!」

確かに紫が橙に戦い方の手ほどきをした事はあったが、片手で数えられる程度である。

「別にいいわよ。と言っても、弾幕の相手しかできないけど」

レミリアは特に不審がる事もなく引き受けた。
だがそれに異を唱える者が一人。

「紫さんは普段結界の補修をしているんじゃないですか?」

早苗だった。

「それは」

折角危機を回避したのにまたやってきた。

「私にできない事だから言わないのよ」
「えっ?」

意外にもレミリアが自身でできないと言う。
早苗はその言葉に驚き間抜けな声をだした。

「残念だけど私は結界を張るなんて事はできないわ。元々力の系統が違うもの。あの女の能力は結界など世界を隔離したり繋げたりなどができるもの。それを応用したり妖力で攻撃したりしてくるけど。それに対して私の力は破壊に特化した力ね」
「そうなんですか」
「全くできないかと言われたら出来ない事はないでしょうけど、その場凌ぎのおざなり結界ね。それに博麗大結界だったかしら?力の質が違うから私がしたら返って大変な事になるわ」
「へー、意外と考えてんだね」

レミリアの説明に萃香が感心する。

「何か言いたい事でもあるのかしら?」

睨まれた萃香は

「私にできない事がある訳ないでしょう!とか言ってやるかと思ってた」

率直な感想を述べた。

「そんなのは愚か者の言う言葉よ。自分が出来ない事、出来る事を知っておくのは当然。出来ないものは出来ないのだから仕方がないもの。努力でどうこうできるものでもないし」
「魔理沙が聞いたら憤慨しそうな言葉だね」
「魔理沙はある意味別次元の存在ね。だけど魔理沙だって霊夢の出来る事をやってみろと言ったってできないわ。何故か。答えは簡単。力の系統と質が違うから」
「それを運命を操って変える事も出来るんじゃない?」
「さぁ…それはどうかしらね」

とぼけた口調で返し藍を見る。

「そうね、この前言った使えないを取り消してもいいわね。結局私が言ってしまったけど、主に恥をかかせまいとしたのは見事よ」
「ありがとうございます」

藍は良心がもの凄く痛んだ。
藍は別にレミリアの為に言わなかったのではないし、紫の為でもない。自分の為である。確かに強力な妖怪である事は認めるが、普段の紫を自分の主と認めるのは羞恥心がまさり出来なかった。そんな自分を恥じ、レミリアに心の中で謝る。

「日傘はあるかしら?」

レミリアが居間を見渡し藍に聞く。

「ありますが何を?」
「この黒猫に稽古をつけるのが仕事なんでしょう?だったら外に出ない訳にはいかないでしょう」

なるほどと合点がいき日傘を取りに行こうとするが

「日傘なら必要ないんじゃないかしら?」

輝夜がそれを言葉で制する。

「貴方は私に死ねと?」

レミリアが輝夜に笑顔を見せる。殺気を込めて。

「この子鬼さんの能力で雲を集めて太陽を隠せば日傘はいらないでしょう?」
「なるほど。伊吹萃香だったか?そう言う訳だから力を貸しなさい」
「おっ?初めて名前を呼んでくれたね。いいけど今夜も飲み比べをしてくれるならね」
「ふん。まぁ、飲み比べの方が日傘を差す手間よりはいいか」

レミリアと萃香の間に契約が結ばれ早速外に出る。

「いってらっしゃ~い」

それを白玉楼の面々と藍と早苗は見送った。

「これで貴方は家事に専念できるわね」

藍に微笑を向けながら輝夜は紅茶を啜る。

「まぁ、別に今日は特に急いでしないといけない事はないしな」

チラリと床を見て

「床拭きがあったか」

溜息を吐く。

「他の事は兎も角、靴だけは何とかしないとな」
「その事なんだけど」

愚痴を漏らす藍にアリスは

「カルチャーショックって知っている?」
「あっ、知っています。生活習慣などの違いから受けるショックや違和感ですよね」

早苗が頭の中に記憶されていた単語の意味を引き出す。

「それがどうかしたのか?」

藍が首を傾げる。

「私も最初博麗神社に行ったとき、カルチャーショックをうけたのよ」
「アリスさんのお宅は洋館だと言っていましたね」

妖夢が確認の為に口に出す。

「ええ、実家も洋館だから靴を脱ぐって習慣がなかったの。だから床を裸足で歩くなんてものすごく嫌だったのよ」
「何故ですか?」

妖夢が不思議がる隣で輝夜が答える。

「簡単な事よ。靴を履く第一の目的は足の保護よ」
「それは分かりますが、家の中ではその必要はないんじゃ?」
「なら、その他の目的は?」
「その他に目的ですか?う~ん」

必死に理由を考えるがこれと言った理由が出てこない。

「お手上げ?」
「はい」
「どうして答えが出ないか教えてあげましょうか?」
「お願いします」
「それが貴方の常識に根付いてしまっているからよ」
「常識?ですか」
「靴を脱ぐのは当然。畳の家での生活は当然。朝起きるのは当然って言う風に貴方の常識がある」
「常識ではないのですか?」
「いいえ、常識よ。ただし東洋に住む人間の場合の話ね」
「人間ですか?」

輝夜が限定して言ったところが気になり聞き返すが

「だって大半の妖怪の常識は夕方に起きるでしょう」
「確かにそうですが」
「私が思うにはレミリアは我儘に振舞ってはいるけれど、相当なストレスを感じている筈よ」

チラリと藍を見る。

「あれだけ我儘を言っているのにか?」

藍が意味ありげに見てくる輝夜に不機嫌さを露にして問う。

「貴方は地面で寝ろと言われて寝られるの?」
「寝ろと言われれば寝るが。それに昔はよく寝ていたしな」

藍は昔を思い出す。
ただの狐だったころは当然洞窟や縁の下で寝るなど日常だったし、力を得て九尾になってからもよく寝ていた。今だってその必要があるなら構わないと思っている。

「元は獣だったわね」

輝夜が呆れ気味に妖夢に視線を向ける。

「妖夢だったらどうかしら?」
「私だったら必要に迫られない限りは嫌ですね」

人間として当然の返答を返す。
その後に早苗とアリスも続き

「私もそれしか方法がないとかじゃない限りは嫌ですね」
「私は必要に迫られても嫌よ」
「これが普通の答えよ」
「むぅ」

常識と言われて言葉に詰まる。

「確かにレミリアは我儘を言ったかもしれないけど、貴方のしている事は主に対する配慮が欠けている以外の何物でもない。自分の常識を押しつけているだけよ」

どうでもいい顔をしながらも藍を責める輝夜を映姫が諌める。

「蓬莱山輝夜。言い過ぎです」
「あら閻魔様。私は私の思った事を言っただけ。それに可哀想なのは目の前の九尾より、吸血鬼のお嬢様の方ですわ」
「それでも言い方と言うものがあります」
「なら、閻魔様が九尾に善行を諭して差し上げればよろしいのでは?」
「お姫様、あんまり失礼な口をきくと地獄に落とされるわよ?」

輝夜のあんまりな物言いにアリスがついつい口を挟む。

「落とせるものならどうぞ。でも一度行ってみたいとは思っているわ」

まるで遊びに行くかのような口調。

「その話はまた今度ゆっくりしましょう。今はレミリアの話よ」

一方的に話題を戻す。

「要約するならレミリアにとって日本家屋の構造と言うのはね、四方を囲っているだけで外と変わらないの。もっと分かりやすく言うなら、馬屋牛舎と変わらないのよ」
「なるほど、そう考えれば確かに嫌ですね」

早苗は輝夜の言う事を理解し同意する。

「でも実際は馬屋でも牛舎でもないですから、そんなに嫌がる理由は分からないです」

妖夢は首を捻り藍を見る。

「そうね、妖夢には分り難かったかも知れないわね。もっと簡単にいえば、家の中が土まみれなのに貴方は裸足で歩ける?」
「それは嫌です。足が汚れますから……あっ!」
「そう言う事よ」
「確かにそれなら嫌ですね」
「レミリアからしてみたら、家の中にいるのに外にいるのと変わらないだから堪ったものではないでしょうね」
「だけど最低でも六日はここで過ごす訳ですから、何か対策を講じないと藍さんも大変ですし」
「その通りね。そこでアリスが何か提案があるみたいよ」

輝夜がアリスを見ると他の者もそれに倣った。

「散々話しておいて今頃振る?」
「それはごめんなさい」
「いいけど…それで提案なんだけど、スリッパにしたらどうかしら?」
「スリッパ?」
「何だそれは?」

始めて聞く単語に妖夢も藍も顔を顰める。

「知らない?」

アリスはちょっと驚きながら説明する。

「そもそも日本人は畳を中心とした住居生活を営み、靴を脱いで部屋に上がる習慣が現在でも存続しているの。スリッパが生まれたのは江戸時代の終わりから明治時代のはじめにかけて、鎖国時代が終息と同時に多くの外国人が渡来して来たのが理由だったのよ。そのころの日本は当然西洋にあるような建物はなく、旅篭や寺社等に泊まり、その際靴のまま座敷にあがろうとすることで、トラブルが絶えなかったらしいわ。ちょうど今のレミリアと同じ状態ね。そこで、考え出されたのが外国人向けスリッパ。東京八重洲にすむ仕立て職人の徳野利三郎が、靴のまま履けるスリッパを考案したのが今日の日本のスリッパの原型。形は左右なし、小判型で底は平面のものらしいわ」

まぁ、私の知識はそのまま本に載っていた事なんだけどね。と付け加える。

「つまり」
「そのスリッパを探すか作るかしたらいいと思うのよ」
「それはどんなものなんだ」
「私が使っているのは靴の踵がないような形のやつね。それ以外にも爪先と踵が無いのもあるわ。これは左右があるから履く時は気をつけないと」

藍は一度考えてから

「ちなみに値段の相場は?」

値段の確認に入った。一応財政管理を任されている以上、金額は考えないといけない。あくまでレミリアは一週間の滞在なのだから。

「ピンからキリまであるけど……スリッパ自体が幻想郷に普及していないから売っているところがあるかどうか」
「つまりそれだけ高価な物と言う事か」
「でも昔の靴のまま履けるスリッパなら幻想入りしている可能性もあるし、一応香霖堂なら可能性もあるし」
「そうだな。一応行ってみるか」

(無理のない値段なら買おう)

「ところで、アリスは何処で手に入れたんだ?」

アリスの話からして何処かに売っていた物を買った訳ではないようだ。なら一体何処で手に入れたのだろうか。

「私の手作りよ。人形の靴も手作りだから、それを人間サイズにするだけだもの」
「だったらアリスが作ってくれないだろうか?製作費などに関して出来る限り応じさせもらう」
「う~ん…とても魅力的な話だけど今回は無理ね」
「材料を切らしているのか?」
「ううん、違うわ。時間の関係上無理なのよ」
「時間が掛るのなら仕方がないか」
「監査の役目を引き受けてなかったら良かったんだけど」
「それだったら私は別に構わないわよ。閻魔様が居れば監査が居なくなった訳ではないもの」

映姫に視線で意図を教える。

「そうですね。問題はありません。ルールブックを読む限り、監査が二名で参加者を見ている必要があるとは何処にも書いていません。一日位ならば私一人で監査役を務める事には支障はありません」
「う~ん、家にある様なスリッパでいいなら予備があるからそれを渡せばいいんだろうけど」

腕を組みながらアリスは唸る。

「何か問題でも?」
「レミリアがスリッパを履いてくれるかが問題かなって」
「一応藍が室内用の靴を買ってきているでしょう?だけどレミリアはそのまま外に出たし、多分履いて脱いで履く行為が面倒臭いんだと思うのよ」
「普段からしていない行為を迫られるのは面倒よね」

アリスの言葉に輝夜が想像しながら同意する。

「そうなのよ。だから多分さっきも言ったと思うけど、靴ごと履けるスリッパじゃないと意味がないとは思うわ」
「なるほど、それはやはり作らないとないという事か?」
「少なくとも確実に手に入れる方法を提案するなら作るのが早いと思うわ。ただ付け加えるならもの凄く時間が掛るわ」
「具体的にどれ位だ?」

アリスが三本指を立てる。

「下手をしたら三日以上。それもその作業にのみ時間を費やすればの話ね」
「そんなに?」
「靴ごと履けるのを作るんだったら藁で作らないといけないから、私には不慣れな作業になるのよ」
「どうするかな。一応アリスの家に在る予備を売ってもらっても構わないか?」
「それはかまわないわ」
「ありがとう。一応香霖堂にも行ってみる」
「それが一番ね」

とりあえずスリッパの話はここで終了し、新しい話題の種を輝夜が蒔く。

「レミリアのストレスについての話だけど」
「まだ他に原因があるのか?」

藍がウンザリ顔で聞く。

「あるわよ」
「あっ!もしかして」

此処でも早苗は気がつく。

「山の巫女は優秀ね。そうよ。食事について」
「食事?大蒜など吸血鬼が苦手な物は何も入れていないぞ」

藍が食事に出した食材を思い出すが特に問題はないと答える。

「材料の問題ではないわ。貴方昨日当然のようにお箸をレミリアに渡したでしょう」
「昨日は鍋だったし、箸で食べるものなんだから当然渡すだろう」
「それが問題よ。レミリアは西洋育ち。東洋育ちならまだお箸を使う習慣もあったでしょうが、生憎西洋にはお箸の文化はないわ。必然的にレミリアはお箸を使う必要がなかった事になる」
「だったら昨日そう言えば」

輝夜が呆れ顔になりながら藍に説明する。

「プライドが高いのよ。仮にも夜の王と呼ばれるレミリアが箸を使えないだなんて言い出せるものではないわ。本人も言っていたでしょう?出来ない事は出来ないと言うって。だけどお箸なんて練習すれば、余程不器用でもない限りは万人が使えるものよ。それをやればできる事を出来ないなんて言わないわよ。それがあの吸血鬼の物の考え方だもの」
「面倒くさいな」
「面倒くさいわよ。でも力があるものはそういう者が多いわ。レミリアはね恥を掻く事に慣れていないし、恥を掻くのも嫌い。だから昨日もほとんど食事には手をつけていない。お酒を飲むことで誤魔化していたけど、ああ見えて結構空腹と闘っているわよ」
「なんだか子供みたいだな」
「見た目通りの子供なのよ。だから貴方の知らない所で努力している。まだ三日目だけれどレミリアなりに貴方達とコミュニケーションを取ろうと必死なのよ。期間は長いようで短いから」
「ふぅ。永遠亭の姫君は良く見ているのだな」

藍は苦笑いともとれるような笑顔で輝夜を見る。

「どうかしら?結構見てないわよ」
「少なくとも私よりも見ている事は確かだな。私は自分の事ばかり考えていたようだ」
「それでもいいじゃない。私なんていつも自分の事しか考えてないもの」
「後で香霖堂と紅魔館に行って来るよ」
「そうしてあげなさい。私達はそろそろ帰るわ」
「ああ」

藍と輝夜の間に言葉にできない絆が出来始めた。

★★★★★★★

朝食を食べ終えた紫は書斎へと向かっていた。

「やっと起きたか、グータラ妖怪」

諏訪子が咲夜と並んで歩く紫を見つけ皮肉を言う。

「まだ眠いわ」

その紫は扇子で口元を隠しながら欠伸をする始末。

「一日中寝ていたくせに」
「後一週間は寝ていられそうだけど」
「そのまま寝て過ごせば。その方がここの住人達は安心して暮らせるよ」
「酷いわね。私だってこれから紅魔館の主としての仕事をするのよ?」
「紫がいなくても一週間くらいなら回るよ」

軽く口げんかに発展しそうなのを咲夜が時計を確認してから止める。

「紫様、時間までに見て頂かないといけない書類もありますから」
「仕方ないわね」

咲夜に諭され書斎へと急ぐ。
紅魔館の主の書斎の扉は意外とこじんまりしていた。

「どうかされましたか?」
「あの派手好きな吸血鬼のお嬢様にしては、随分と小さな部屋だと思って」
「ご安心ください。中は広いですから」

咲夜が扉を開けると、紫は回れ右をして歩きだそうとするが

「何処に行かれるのですか?」

時間を止めた咲夜により先回りされる。

「普通はあの書類の山を見たら逃げ出すと思うけど」
「あれは紅魔館の主である紫様のお仕事です。三日ほど前からデスクワークをされていませんからあの量になったのです」
「だからってあんなに大量の書類を処理できる訳ないでしょう?」
「そうですか。紫様には出来ませんか。そうですか。レミリアお嬢様なら処理できるのに。紫様には無理ですか。それならいいんです。無理にとは言いません。出来ないものは仕方ないですものね。普段あれだけの事を言っときながら、この程度の事も出来ないなんて」

カチーン

確かにそんな音が聞こえた。

「何を言っているの?あの程度の書類簡単よ。妖怪の賢者と呼ばれる私があの程度の書類処理できない訳ないじゃない!!」

紫は咲夜の軽口に大人げない反応を返し

「そうですか。さすが紫様です。もし御出来にならなかったら、明日に処理が回りますので何があっても早朝からまたデスクワークをして頂く事になりますから頑張ってください」

瀟洒なメイドとしての自分を取り戻してきた咲夜に紫は少しいいように操られていく。

「ええ、任せなさい」

紫は再び回れ右をして書斎へと足を踏みこみ書類の山を見る。

(やっぱり止めとこうかしら)

早くも心が折れる紫。
だが後ろには、この書類が終わるまで絶対にこの部屋から出るのを許す気がないメイドが一人控えている。
紫は溜息を一つ吐き、椅子に座り書類に目を通す事にした。

(まぁ、適当にやれば終わるでしょう)

この時紫は既に、咲夜の策に嵌まっていた。
だが紫がその事を気がついたのは、それから数時間後のことである。

★★★★★★★★★

「お姫様は意外と色々考えているのね」

アリスが白玉楼の帰路でポツリと漏らした。

「私も驚きました。輝夜様があそこまで考えられている方だったなんて」

妖夢がアリスの言葉に同意を示す。

「蓬莱山輝夜は決して愚かではありません。しかし、あえて愚かな事をする。あくまで自分の意思以外では動こうとしない」

映姫が愚痴る様に会話に参加する。

「でもそれって、しっかりと己を持っていなければ出来ない事ですよね」

妖夢が輝夜の後ろ姿を見つめ、改めて尊敬の念を抱く。

「ですが己の事しか考えないものには、何れその酬いが自分に返ってくるでしょう」
「永遠の時間を持て余すお姫様には、それさえも余興でしかなんじゃないかしら?」

アリスは輝夜の性格からその程度では堪えないと笑いを洩らす。

「さっきから一体何の話をしているかしら?」

先頭を飛んでいた為、話しているのは分かったのだが内容までは聞こえていなかった。

「貴方が意外と深い考えの持ち主だって話よ」
「普段の私は余程浅はかに見えるのね」
「そこまで言わないけど、結構お気軽には見えるわよ」

少し考えてから輝夜は妖夢の隣へ並ぶ。

「妖夢もそう思っていたの?」
「まさか。私は今回の事がなければ、こんなに輝夜様とお話しする機会がありませでしたから。ただ何を考えておられるか分からない方だなと思ってはいましたが」
「それを言うなら隙間妖怪や亡霊のお姫様だって、何を考えているか分からないんじゃないかしら?」
「確かに何を考えているか分からないと言えば分らないんですけど、でも何となく漠然的には分かるというか」
「私は?」
「輝夜様の場合は、あの永琳さんでもそうなんですが全く分からないんです。なんて言うかそれこそ住む世界が違うとでも言うんですか。自分では考えない事を考えている感じです」
「……良く分かったわ」

輝夜は一人で納得して、また前を飛び始めた。

★★★★★★★

永琳は包帯を巻きながら始終笑顔だった。

「あの、永琳さん」

小町がオドオドしながら永琳に尋ねる。

「どうかしたのかしら」
「何でそんな笑顔なんですかねぇ?」
「気にしないで。ただの職病みたいなものだから」
「なんて言うかそこまで笑顔って、返って怖いんですが」
「酷いわね。医者って患者の病状とか症状を診るでしょう?」
「診ますね」
「その時どんなに病状が深刻でも患者に悟られないようにしないといけないのよ」
「だからずっと笑顔で」
「ええ、普通は笑顔だったら特に問題はないんだって思うでしょう」
「確かに。度が過ぎると返って心配になるけど」
「一応言っておくけど、貴方の場合は本当に問題ないわ。ただ傷の所為で少し熱を出してしまっているけど。薬を置いておくから、食後に飲んでちょうだい」
「肝心な時にすまいないねぇ」
「別に気にしなくていいわ。兎達から貴方のおかげで被害があの程度で済んだって聞いているし」
「大した事してないんだけどね」
「まぁいいじゃない。ところで」

永琳が襖の向こうに視線を向ける。

「なんだい?」
「その兎達が貴方の看病をしたいと言っているんだけど」
「へぇ、そいつは嬉しいねぇ」
「後で、交替で兎が来るけど、騒がしかったら追い出してちょうだい」
「話し相手が欲しいからそれはないと考えておくれ」
「布団に入って横になっているならかまわないわ」

永琳は自分の部屋へと戻る帰り道

「鈴仙何処に行っていたの?」
「師匠」

鈴仙が風呂敷一杯に荷物を背負っていた。

「幽々子さんに頼まれた物を買いに行っていたんです。見つけるのに苦労してしまって」

鈴仙が風呂敷の中身の一部を取り出し、永琳に見せる。

「なるほど、お嬢様は面白い事を考えるわね」

永琳は見せてもらった物から幽々子の真意を読み取り、一人で納得する。
その様子を、首を傾げて永琳を見る鈴仙。

「あの、師匠。幽々子さんは何をするつもりなんですか?」
「さぁ、何かしら?」

笑顔で返されて、鈴仙は困惑したまま日常業務に戻った。



★★★★★★

「邪魔するぞ、店主」

藍は目的のスリッパを探して香霖堂に来ていた。

「おや?これは珍しい。また何か珍しい物を売りに来てくれたのかい?」

香霖が笑顔で藍を迎え入れる。
数少ない代金を払ってくれる客なのだから当然ではあるが。

「残念ながら今回は買いに来た」
「構わないよ。君はお金をきちんと納めてくれるからね」
「そうしなければ売買とは言わないだろう」
「皆が君の様に考えてくれれば僕も嬉しんだけどね」
「博麗の巫女や魔理沙には無理な話だろうがな」
「ははは…はぁ」

虚しい溜息が店内に聞こえた。

「それは置いておいてだな、店主。スリッパと言うものはこの店にあるか?」
「すりっぱ?何だいそれは?」
「室内で履く踵のない靴みたいなものだ」
「すりっぱ…スリッパ、ああ!」
「在るのか?」
「残念だけど…売れてしまっているね」
「そうか。それなら仕方ないな」
「今度入荷したら知らせようか?」
「いや、急ぎで必要だから今度では間に合わないな」
「そうかい?すまないね」
「いや、気にしないでくれ。そう言えばここには西洋の食器の類はあるか?」
「あるにはあるけど、どんな物を御所望で?」
「スプーンやフォークが欲しいんだが」
「それなら…これはどうかな?」
「銀で出来たのか」

(銀はやはりだめだろうな)

「他にはないのか?」
「一応あるけど色がちょっとね」
「一応見せてくれ」
「これだよ」
「これは……これを貰おう。店主いくらだ?」



「このフォークとスプーンならレミリアも喜ぶだろう」

上機嫌に買い物袋抱えてアリスの家に向かう藍。
香霖堂になかった場合アリスに売ってもらう事になっていたので、自宅の鍵を預かってきたのだ。
最悪、フォークやスプーンが入手できなかった場合、貸出をしてくれるとまで言ってくれている。今回は必要なかったが。

「ここがアリスの家か。噂どおり人形だらけだな。橙なんか見たら泣きだしそうだな」

人形が一体二体ならまだしも、それが悠に百を超える数ともなれば可愛いとか綺麗とか言う前に単純に不気味だ。
まるで見られているような感覚に襲われながらも、藍は目的の物を見つける。

「あった、これだな」

(意外と軽いな。これなら確かに室内で履くのに適しているな)

「後はアリスに頼まれた物を持っていくだけだな」

藍はアリスからの頼まれ物を手にし、帰路へとつくが

「時間が思ったより余ったな。折角だから寄っていくか」

ひとり言を呟くと行き先を変更した。


★★★★★★★★★

その頃紅魔館では、漸く昼食の時間を迎えていた。

「紫様、予定の時刻より四十八分過ぎておりますので、昼食は十分でお召し上がりください。その後すぐに屋敷内の視察に参ります」

咲夜が淡々と言うのに対し

「よくも騙したわね」

不機嫌全開の紫。
書類は百分の一も終わらなかった。
何故か?理由は簡単。読めないからだ。
誰もが一度は経験がないだろうか?これなんて書いてあるの?と。
妖精たちの字ははっきり言って園児並のレベルだった。
それに慣れている咲夜は読むのに多少不自由はすれど、読めない事はない。
因みに門番隊は主に妖精よりも妖怪が大多数を占めるので、美鈴が字で苦労する事は殆どない。
苦労するのは主ばかりである。
そう言うレミリアもかなり慣れたもので、淡々と書類にサインをしていくが。

「騙すとは人聞きの悪い。大体、私も困るんですよ?紫様がサインなされた書類を清書して、もう一度目を通してサインをして頂かないといけないのですから」

紫が書類仕事を終わらせなければ、咲夜もまた書類仕事が出来ないのである。

「後五分で視察の時間です。早くお食べにならないと時間がありませんよ?」
「誰の所為かしら?」
「紫様ご自身の所為かと」
「……」
「……」
「……」
「時間です。行きましょう」
「まだ食べ終わっていないのだけど」
「時は金なり。時間は止められても戻りません。急がないと予定にどんどん狂いが生じます。その狂った分はそのまま紫様に返ってくるのですよ?」
「隙間を使えば一瞬で着くわ。移動時間の分だけ時間が余るわよ」
「隙間で一瞬で移動するのであれば、視察の意味がありません。廊下一つとっても全て視察されるのが紅魔館の主のお仕事です」
「…分かったわ」
「では、参りましょう」


咲夜の後ろをついて歩く紫。その光景は知る者が見ると何とも言えない感じがする。

「此処が本日恐らく一番の議題になる場所です」
「ここは食堂よね?」

咲夜が紫を連れて来た場所は何の変哲もない、四十名くらいが収容できそうな食堂だった。今はお昼時と言う事もあり大勢の者が集まっている。

「そうです。ですが、ここ最近の人員(?)の増加に伴い、食事を満足にとれない、ゆっくり出来ないなどの不満の声が上がっています」
「そんなの時間をずらせばいいだけじゃない」

そんな簡単な事に、何故態々主が出張るのか紫には理解できない。

「それを実行した結果がこれです。ですが残念ながらあまり効果が得られなかったようです」

咲夜が溜息交じりに返答を返す。

「なら貴方の能力で広くすればいいだけよ」
「畏れながら紫様、そうすると更なる人員を必要とする為無意味かと」
「?」
「食事を作れるものは残念ながらあまり多くありません。現在でも相当の無理をさせているのが現状です」
「そうするともしかして入浴とかも同じような問題があるのかしら?」
「はい、それについても議題に上がるかと。ただそれについては入浴時間を短く設定する事で何とかしていますが」
「なるほど、とりあえずその入浴場に連れて行ってちょうだい」

紫は少し考えながら、咲夜に案内を諭した。
入浴場は、食堂よりも少し狭いくらいだった。

「これはまた人数に合っていないわね」
「元々四人程入れるお風呂を広くしましたから、これ以上は難しいかと」
「ここももっと広くすればいいだけだと思うけど、人手が足りなくなるって言う事ね」
「はい。それに、入浴目的が体をきれいにすると言うより、遊び場として使用したいようです」

咲夜の説明によると、妖怪は兎も角、妖精は本来特に入浴を必要しない。だけど、風呂に入りたいと言う要望が多かった為許可を出したところ現在に至った。

「とりあえず、事情は分かったわ。まだ見ないといけない場所があるんでしょう?時間がもったいないわ」

紫は内心溜息をつきながら、次の場所を催促する。

「はい、次は寄宿舎についてです」
「寄宿舎?」

紫は頭の中にある紅魔館の構図を思い出すが、そんな場所は思い浮かばない。

「使用人を主と同じ建物で就寝させるわけにはいきませんから」
「別に一緒でも問題はないでしょうに」

咲夜なりに何かしら考えがあるらしい。そう自分を納得させ、寄宿舎へと向かう。

「なるほど、貴方の能力の使いどころね」

連れてこられたのは、館の北に位置する建物。外観は三階建ての少し大きな建物。それでも主達の居住区にあたる館に比べれば規模は格段に小さい。

「私の能力を使い、部屋総数百五十まで増やしています。初めて来た者は皆信じませんけど」
「そうでしょうね」
「こちらの問題は同室の対人関係ですかね」
「一人一部屋じゃないの?」
「基本的には二人から四人部屋となります。ただ、門番隊の者達と一緒の部屋になってしまう事が多いので」
「同室相手を変えてあげれば済む事でしょう?」
「確かにそうかも知れませんが、以前それで問題が起こりましたので」
「問題?」
「はい。門番隊は六割から八割が妖怪で構成されています。それに対しメイドは八割から九割が妖精で構成されています」
「基本的には妖精が大多数をしめているものね」

紫はここに来た時に感じた気配から、八割近くが妖精であると知っている。

「ですから最初はメイド隊門番隊で部屋を分けていましたし、階を分けるなどしていたんですが、そこで所謂虐めがおきまして」
「ああ、なるほど。妖怪が妖精を虐げた訳ね」
「逆の場合もあります。数に物を言わせて妖精が徒党を組み、流血沙汰にまでなった事もありますので」
「紅魔館の由来はそこからかしらね?」
「……」

咲夜が苦い顔をして話を続ける。

「それ以来妖精は妖精でルームメイトを組ませているんですが、これだけ人数が居る以上コミュニケーションが非常に大事なるとお嬢様がおっしゃられ、門番隊やメイド隊の派閥が出来る前に何らかの方法を取る様にいわれて現在の部屋割の形を取った次第です」
「その結果も著しい成果を出すどころか、問題をさらに増やしたと」
「はい。残念ながらメイド隊門番隊の派閥は思っていたよりも早くに出来ていたようです。その中で妖怪妖精と言う争いがあったようです」

額を手で押さえながら紫は咲夜を置いて寄宿舎を出て行く。

「大体分かったわ。次は外の視察だったわよね?今度は一体どんな問題があるのかしら?」

紫は色々諦めた顔をして次の視察場所へと向かう。

「休憩はよろしいのですか?まだ時間がありますが」

時間を確認して咲夜は紫の後を追う。

「外の視察の後にも休憩が少し入っていたでしょう。そっちの方で長めにとるわ」
「かしこまりました」

咲夜は時計を懐にしまうと、外の視察場所について説明を始める。

「屋敷外の視察して頂く場所は、門周辺から中庭辺りを中心にして頂きます」
「裏とかはいいのかしら?」
「はい。今回の予定時間を考えると難しいので」
「それで外はどんな問題があるのかしら?」
「現在私に報告が入っているもので大きな問題と言うほどのことはありません。ただ門番隊からの要請で門番隊詰所とは別に門番隊専用寄宿舎又は仮眠小屋を建てて欲しいとの事です。ですがレミリアお嬢様のお考えを優先するとこの要請は受けられないのが現状です」
「まぁ、そうでしょうね。門番隊専用寄宿舎なんて作ったら、ますますメイド達との対立がますでしょうし」
「はい。ですので、この件に関しては紫様には無視しておいてほしいのです」
「別に私から直接言う気はないわ。ただ議題にあがったら何とも言えないけど」
「それに関しては御自分の一存では決められないと仰って下さい。それだけで今回は納得するはずですから」
「分かったわ」
「着きました。これが門番隊の詰所になります」

そう言って咲夜に案内された建物は粗末な小屋だった。

「これは……よく文句が出ないわね」

小屋を見た紫は思わず口から本音をこぼしてしまう。
小屋は誰が見てもボロボロで今にも崩壊するのではないかと言う外観。
そして中は外観よりは綺麗とは言え、御世辞にも長いしたいと思う場所ではない。

「元々物置小屋だったんです。本来なら取り壊す予定だったのですが、丁度門番隊から詰所の要請が出ていたので」
「……同情するわね」

いくら何でもこの小屋はないと紫は首を振る。

「どうかされましたか?紫様」
「美鈴」

何か買い出しをしてきたのか、美鈴の手には大きいな袋が抱えられていた。

「視察よ、美鈴」

咲夜が目的を言うと美鈴は「ああ」と納得する。

「どうですか?見た目はあれだけど、中は結構見れると思うんですよね。苦労したんですよ。雨漏りとか酷かったですし」

聞いてもいない小屋のエピソードを語る美鈴に、紫は扇子を美鈴の口元に持っていき黙らせる。

「参考になったわ。ありがとう」
「そうですか。私殆ど詰所か門の所にいるので御用があったらお声をお掛け下さい」

それだけ言って抱えていた袋を詰所に置くと門の方へと走って行く。

「美鈴は本日夜勤ですから今から仕事になります」
「そう言えば聞きたかったのだけど、シフトは夜勤日勤で分かれているのかしら?」
「メイドは三交代制です。朝昼夜と組まれていますが門番隊は人数の関係性から二交代制となっております」
「それで今までやってきたのかしら?」
「正確には私が来た頃にそうなりました。その前まではメイドも二交代制だったようです」

ふむと紫が何かを考える素振りをするが、すぐに興味をなくしたような顔をして話を続ける。

「後は中庭の視察だけね」
「はい。中に関しては特に問題はありませんが、門番隊からの要請で中庭の清掃および手入れをメイド隊に移してほしいと」
「それは門番長からの要請?」
「いえ、これは門番隊数名の連盟で要請を受けています」
「そう。視察はこれで終わりかしら?」
「はい。六時から定例会議となりますので、それまでに案件をまとめた書類に目を通しておいてください。お目を通してくださった後は、休憩時間としてご利用ください」

中庭の視察の後書斎に戻り、咲夜の入れてくれた紅茶を飲みながら紫は渡された書類を眺め、その机の上と更にその横に持ってこられた簡易机の上に文字通り山となっている報告書に頭を押さえるのだった。

★★★★★★★★★★★★★★★★

「さて、今夜は私が夕飯を作るわ」

そう言って台所に立つ輝夜を慌てて止める妖夢。

「輝夜様、それは私の仕事ですから」
「大丈夫よ。これでも私、結構料理できるんだから」
「そう言う事ではなく、仮にも私がいるのに主に料理をさせたとあっては」
「じゃあ、そうね……私は料理をしたいの。私がしたい事を止めるのは良くないんじゃないかしら?」
「あう……それは」
「妖夢には掃除があるのでしょう?それとも、私が掃除をしようかしら」
「魂魄妖夢、これより全力で掃除をさせて頂いてきます」

輝夜に掃除をさせようものならそれこそ従者失格と思い、走って掃除に向かう妖夢。

「さて、貴方達は何か食べたい物とか希望はあるかしら?」

輝夜の言葉にアリスと映姫は思案をするが特に何も思い浮かばなかったようである。

「「お任せで」」

二人の声が揃う。

「それじゃあ煮物にお味噌汁、後は揚げだし豆腐でいいかしら?」

輝夜が念の為確認する。

「いいわよ。和食は普段食べないから」
「かまいません」

特に反論はない二人。

「それじゃあ、座って待っていて」

台所へと引っ込む輝夜を見送り居間でお茶を飲む二人。

「意外な一面ってやつかしら?」
「そうですか?私はそうは思いませんが」
「ま、いいけど。そう言えば、魔理沙達の姿を一度も見ないけど、どうなっているのかしら?」

突然思い出したかのようにアリスが話題を振る。

「彼女たちも忙しいのでしょう。姿を見せて監査する理由もありませんし。その為に私たちが派遣されているのです」
「閻魔様が言うならそうなのかも知れないけど。でも、魔理沙みたいな根っからのお祭り人間が、静かに見ているだけなんてあるとは思えないけれど」
「私達は私達の仕事をこなすだけです。彼女達が何をしようとルールに則っていれば、問題ありません」
「と言う事は、なにか仕掛けがあるってことね」

アリスは何かを納得するかのような仕草を見せた後、スペルカードの確認を始めた。
台所では、輝夜の鳴らず軽快な包丁の音が聞こえる。
その音に耳を傾けながら、妖夢は庭の落ち葉を熊手で掻き集めていく。
アリスが気にしていたように、妖夢も魔理沙たちが動かない事を気にしていた。
冥界の住人と言う立場上、アリスほど魔理沙たちの事を知っている訳ではない。
しかし、今回の大会主催者達は概ね普段の性格から考えられる性質であると思っていい人物ばかり。
鴉天狗は、面白い記事が書ければそれでいい。
白黒魔法使いは、派手で騒ぎ好き。
幸運の兎は、悪戯好き。
この三人に共通する性質は大騒ぎと言う所である。
だからこそ今回もこの三人が中心になって騒ぐと思っていた。
しかし実際は、三人は一度も姿を露わして居ない。
いや、幸運の兎は永遠亭にいるのだろうから少なくとも白玉楼と迷い家に来ていない事だけは確かだ。
それに今回の一番の主と言うのも気になる。
そもそも一番の主の基準は何かと言う所だ。
最も自分が使えるに相応しい相手と言うなら、十人十色だ。
その証拠に妖夢や他の従者たちとでは仕えている経緯が違う。
紅魔館の吸血鬼と紫に共通するのは力。
絶対的な力と言っていいだろう。
この二人の違いを示すのであれば、それは数と種族。
紫は藍を式神として自身の力を分け与え使役している。
元々九尾の狐と言えば昔話に出てくる大妖。その藍さえ、容易く自分の僕へと出来るほどの力だ。
その力の恩恵に与かれるのであれば、藍が仕える動機も分からなくはない。
紅魔館の吸血鬼は力を分け与える事はない。
しかし、吸血鬼という肩書はかなりのもの。
大抵の者は吸血鬼と言うだけで挑む事を止めるだろう。
そしてその吸血鬼に仕えている者をどうこうしようとする者も殆どいない筈。
恐らく最も分かりやすい強者だ。
だからこそその分かりやすい肩書と強さに集まってくる。
なら妖夢が幽々子に仕える理由はもっと簡単だ。
代々西行寺家仕える魂魄家の者。
物心ついた頃には幽々子を主と崇め仕えていた。無論幽々子の事は尊敬しているし信頼もしている
しかし、それでもやはり身分違いと言うような考えが存在するのも否定できない。
今回一番仕えている理由が不可解なのが永遠亭の薬師だ。
彼女の力を全て見た事がある訳でもないが、その力がレミリアの様な圧倒的な破壊の力はもちろん、幽々子や紫のような特別な力さえも凌駕するような力を秘めていると思われる。
永遠亭の主と崇められるお姫様は確かに強い。
その力はバランサーの一角を担っている者達と肩を並べる力。
だがそれでも、あの薬師が仕えるには恐らく弱すぎる位だ。
薬師はなぜお姫様に仕える事を選んだのか。
自分より何かに秀でていたのか?
知識、知恵、力。
何れも恐らく薬師が圧倒的な差で上回っている。
自分より下の者に仕える理由。
仮に自身が格下、そうでなくても同等の者に仕えるなんて想像もできない。出来るのは精々仲間としてくらいだろう。
仕えると言う意味では格上と言うだけでも駄目だろう。仕えるに足る理由。
それをいくら考えても妖夢にはわからない。
それも致し方がないことかもしれない。
妖夢は元々自分で選んだ事がない。
庭師兼剣の指南役と言うのも祖父から受け継いだ家業に過ぎない。
始めから決まった事だけを与えられてきた妖夢には想像する事も出来ないだろう。

「妖夢」

考えている間に思ったよりも時間が過ぎていたらしく、気がつけば輝夜が妖夢を夕飯に呼びに来ていた。

「あ、すみません」
「ボーとしていたみたいだけど、どうかしたのかしら?」
「いえ、大したことじゃないんです」
「そう?ならいいのだけど。早く食べましょう。冷めてしまうわ」
「はい」

妖夢は自身の中に浮かんだ疑問を頭の隅に追いやり、食卓へと着いた。


★★★★★★★★★

それは突然だった。
紫が再び書類と戦っている時の事。
激しい爆音が館中に響き渡った。

「これはこれは、一体何の真似かしら?」

爆音が鳴り響いた次の瞬間には咲夜は時を止めて音源へとたどり着き

「風見幽花」

騒ぎを越している人物を発見した。

「こんにちは」

何時も通りに日傘を差し、笑顔で挨拶をしてくる幽花に咲夜は警戒解くことなく質問を続ける。

「これは紅魔館に対しての宣戦布告と言う事で構わないのかしら?」
「ふふふふふふ、そうね♪正確にはここの主に対してだけど」

咲夜はナイフを構えた次の瞬間にはその切っ先は幽花の首元に付きつけられていた。

「あらあら、随分物騒なのね?悪魔の犬は」
「主に対して無礼を働くと言うのならまずは私を倒してからにしてちょうだい」
「ふーん。随分な忠誠心ね」
「当然でしょう」
「だったら、貴方の言うとおりにさせてもらおうかしら」

幽花は身体を放しながら捻り傘を咲夜の脇腹に目掛けて振る。
しかし、その動きを呼んでいたのか咲夜は後ろに飛びそれをかわす。

「一つ確認しておくけど、これはスペルカードによる戦闘ではないと言う事でいいのかしら?」
「あら、怖気ついたの?それとも殺し合いは趣味ではないかしら?」

幽花は挑発するように咲夜を見つめる。
自分が咲夜には決して負ける事はないと言う様に。

「まさか。私には殺さないように加減しなくてはいけないスペルカードによる戦闘の方が難しいのよ」
「それは楽しみね。それじゃあ、私も遠慮なく」

幽花は次の瞬間歩いていた。
それは本当にただ歩いていただけだ。
一歩一歩と咲夜に近づく。
咲夜は近づいてくる幽花に警戒しつつも、ナイフを構える。
そして幽花との距離が三歩にまでなった瞬間、咲夜は時を止めた。
渾身の力を込めて、幽花の動脈を切り裂いた。
世界の時が動き出し、倒れたのは咲夜の方だった。

「――――がっ、くぅ!?」

何が起こったのか咲夜には分からなかった。
確かに咲夜は幽花の動脈を切り裂いた。
咲夜の視界には紅い血が水溜りを作っている筈なのに、幽花の首には僅かに切れた後から血がにじみ出ているだけだった。

「まさか、殺し合いで私に勝てると思っていたの?」

幽花が咲夜を見下ろしながら、冷たく言い放つ。

「殺さないように加減するのが難しいのは私の方よ。期待はずれもいい所ね」

傘を折り畳みボタンを留めると幽花は無表情に傘を下に向けたまま片手で持ちあげた。

「っ―――」

幽花のしようとしている事に気がつき、必死で体を動かそうとするが血を流し過ぎているのか意識さえも失いそうになる。

「心配しなくても貴方の下にちゃんとご主人様も送ってあげるわ」

傘が咲夜を貫こうした瞬間眩しい光が幽花の前を横切った。
一瞬の出来事だった。
傘は取って以外が消えており、動けないほど重症を負っていた筈の咲夜が再びナイフを幽花の首に突き付けていたのだ。

「――っ」

予想外の出来事に幽花は反応が遅れ、僅かにナイフが首に刺さる。

「例え誰であろうと、我が主は殺させないわ」

その言葉と咲夜の殺気に自分の死の瞬間を幽花は想像させれた。

「何を」

幽花が咲夜を振りほどこうと後ろを向いた瞬間気がつく。
咲夜の目には生気は一切なく、気を失っている事に。

「ふふふふふふ、随分面白いのね」

幽花は一切の殺意や妖気を潜め、咲夜から離れる。

「咲夜さーん」

咲夜から離れるのと同時に名前を呼ぶ美鈴が走ってくる。
美鈴は幽花に気がついていたが、様子がおかしい事に気がつき警戒しながらも咲夜の下へと向かう。
美鈴が近づき声を掛けようとした瞬間、咲夜の体はぐらりと倒れた。

「一体これはどう言う事ですか!?」

倒れた咲夜の身体を受け止め、美鈴は幽花に問う。
問いただすなんて事は出来ない。
相手は自分の主と同等の力を持っている大妖怪。
この惨状を見る限りスペルカードによる戦闘出ない事は明らかだ。
そんな強大な相手に勝てる見込みのない勝負を挑むほど美鈴は愚かではなかった。
しかしそれでも、自分の大切な者が傷つけられて怒りを隠せるほど賢者でもない。

「最初は遊びのつもりだったのだけれど、どうにもそう言う訳にはいかなくなったみたい」

幽花は服に付いた土を払うと美鈴ににっこりとほほ笑んだ。

「悪魔の犬に伝えてちょうだい。明後日また来るわ。今度は殺し合いではなく、スペルカードで決着をつけましょうって」

取ってしかない傘を幽花は大事そうに持って歩いて行った。
その姿が見えなくなるのを確認して美鈴は急いでパチュリーの下へと咲夜を運んだ。

★★★★★★★★★★★★★

迷い家ではレミリアが橙に稽古をつけていた。
レミリアの稽古は藍や紫と違って直接的な攻撃を主に使った格闘戦になるので橙はとても楽しくしていた。
幾ら猫又とはいえ、紫や藍ほど火を出したりなどと言う分かり易い妖術は不得手だった。
それよりも本来の猫の性質を生かした爪や歯を使った攻撃に素早さと身軽さで戦う方が性に合っている。
それをレミリアは気がつき橙に避ける事を基本とした訓練を施していた。
そんな最中に藍は呼吸を乱して帰って来た。

「レミリア!」
「様をつけなさい。様を」

主たる自分を呼び捨てにする藍に注意しながら、稽古を中断する。

「それどころじゃない。お前の所のメイドが大変な事になってるぞ」
「?咲夜が?」

何の事だかわからずレミリアは首を傾げる。
レミリアにとって十六夜咲夜は優秀なメイドで大変な事と言ってもたかが知れているのである。

「ああ、風見幽花紅魔館に奇襲掛けたらしい。メイドが迎え撃ったようだがかなりの重症の様だ」

藍は見てきた事の顛末を伝える。
しかし、レミリアは眉一つ動かさない。

「それで?」
「それでって、急いで紅魔館に戻らなくていいのか?」

もし橙が同じような目に遭ったのなら藍は間違いなく大慌てで橙の下へ向かう。
だからこそレミリアにも早く行く様に伝えているのだが

「今の私は迷い家の主よ。メイドが重傷だからと言って紅魔館に戻る理由にはならないわ」
「何を言ってるんだ!?」
「第一私が戻ったところで何ができると言うのかしら?」
「何って、今日は引いたようだが明後日またメイドと戦いに来ると言っていたんだぞ!お前は主なんだろう?メイドを守らなくていいのか!?」
「貴方、本当にあの八雲紫の式神なの?ああ、だからこそ式神なのか」
「な、貴様」
「もう一度言うわ。私は迷い家の主。紅魔館のメイドがどうなろうと私には関係ないわ」
「―――っ。勝手にしろ」

レミリアの態度に藍は怒りを露わにして家の中へと入って行った。
溜息を吐き稽古を再開しようとするレミリアに萃香と早苗が遠慮がちに声を掛ける。

「本当にいいの?メイド重症なんでしょう」
「それに風見幽花さんって言うと、確か幻想郷の中でも最強クラスの人だって聞いてますよ。明後日来るって言ってたそうですけど、戦うなんてできないんじゃないですか?」

萃香が確認を取るように聞いた事に早苗が補足を加えて再度確認する。

「今の紅魔館の主は八雲紫だ。風見幽花が本当に紅魔館を攻めるつもりなら、あの女が何とかするべき事。それが主の仕事だから。でももし、風見幽花の目的が咲夜なら、それは咲夜の問題よ」
「それはそうですけど」
「それに重傷と言ったって紅魔館にはパチェがいる。仮にも魔法使いなんだから何とかするでしょ。私は友人としてパチェを信じている。それだけよ」
「……」

これ以上この件で話す事がないと語るレミリアの背中に二人は黙ったままお互いの視線を合わせた。


★★★★★★★★★★★★

時は紅魔館が襲撃を受けた直後に遡る。
激しい爆音が聞こえた神奈子と諏訪子は急いで駆けた。

「いきなり何なの?」

そこは既に炎と煙で状況は見え隠れしている状態だ。

「とにかく急いで消火しないと」

すぐに火を消そうと諏訪子達が術を使おうとした瞬間、その惨劇が見えた。
顔を知っている程度だが風見幽花と呼ばれる最強の妖怪の一人。そしてその先にはメイド長の咲夜。
風見幽花がゆっくり歩き咲夜に近づいていく。
距離にして二メートルもない所で咲夜が消えた。
諏訪子達の視界にはそう映った。
そして次に姿を見た時、咲夜は地面の紅い水溜りの中に倒れていた。

「ちょっ!?メイド長!?」

咲夜の状態に気がついた加奈子達が近づこうとした瞬間目の前に隙間がら現れ、加奈子の手を掴む。

「八雲紫。一体何の真似だ?」

加奈子が掴まれた腕をあいている手で掴みながら紫を睨みつける。

「手出しは無用よ」
「何をふざけてるんだ!あのままじゃ殺されるぞ」
「そうね。でもそれで死んでもあのメイドは本望よ」

紫はやれやれと言った口調だ。

「ふざけるな!!」

紫の態度に怒りがおさまらなくなった加奈子は振りほどいて咲夜の下へ行こうとするが紫の隙間によって邪魔される。

「もう一度言うわ。手出しは無用よ」

今度は紫も加奈子を睨みつける。

「貴様――」
「分かった」

紫と神奈子が一戦交えかねない空気を感じた諏訪子が返事をする。

「諏訪子!?」
「神奈子。今この館の主は八雲紫だよ。この館の事に関して私達は口を出す権利はない」

諏訪子が神奈子の腕を握る。

「でも」
「私達はここではただの部外者のお客様でしかないんだよ。神奈子。それとも私の時と同じようにする気なの?」

諏訪子のその言葉に神奈子は俯き黙ってしまう。

「行こう」

神奈子は諏訪子に言われるまま、その場を去っていく。

「守矢の神は理解が合って助かるわ」

去ろうとする背中に紫の放った言葉に諏訪子は感情のこもらない瞳を向けた。

「別に理解してる訳じゃない。事実を口にしただけだよ。私は所詮部外者でしかないし。それに多分あのメイドも私達には手を出して欲しくないだろうしね」
「ええ、そうね」
「だからあんたも手を出さないようにね。まあ、私達が何かするまでもなく、助ける奴もいるみたいだし、ほら」

そう言った次の瞬間幽花と咲夜の間を光が駆け抜けた。

「それに、あのメイドまだまだ戦意喪失はしないみたいだし。私みたいにはならないよ。紫は心配し過ぎなんじゃないの?」
「そうかしら?貴方の様になってからでは遅いのではないかしら?」
「仮にそうだとしても、紫は口を挟む資格はないよ。まあでも、どうしても我慢できなくなったら手を出すのはありなんじゃない?」

諏訪子は言いたい事を言うだけ言って、館の中へと戻っていく。
紫は咲夜達に視線を向けたまま、事の成り行きを見守っていた。

「明後日が勝負……ね」

美鈴は咲夜を抱えて恐らくパチュリーの下へと運ぶのだろう。

「彼女が出てくるのは予想外だったけど、見極めさせてもらうわ。十六夜咲夜。例え吸血鬼のお嬢様と殺し合いになるような事になっても……ね」

紫の呟きが未だに燃え続ける紅魔館の炎によって掻き消された。
ものすごく久々の投稿です。
と言うかきっと誰も覚えてないんだろうなってくらい時間が経ってますよね。
はい、すみません。
本当に私は遅筆なんです。
忘れてしまった方はもう一度一からお読みください。
3から4までにおよそ三年以上経ってます。
と言う事はその間には離れて行った東方ファンの方には申し訳ないです。
そしてあの間に東方ファンになった方初めましてです。
5の投稿にはまたしばらく掛かると思いますが気長に待っててもらえたら嬉しいです。
後過去の感想を読んでいくつかご指摘いただいた事の中に区切りが悪いと言う事を受けたのですが、これが私のスタイルだと思っていただきたいと思います。
それではまた感想をいただけたら嬉しく思います。
秘月
簡易評価

点数のボタンをクリックしコメントなしで評価します。

コメント



0.260簡易評価
4.100点数屋削除
本当に久しぶりに読みました。
氏の作品は好きなので投稿されていて、思わず一から読み返しましたよ。
三年とは随分長い期間があいてますけど、それでもあの頃から待っていただけに嬉しいです。
紫の態度とかレミリアとか色々見えてきて続きが楽しみです。
気長に待たせてもらいますので是非完結して欲しいです。
5.100名前が無い程度の能力削除
おもしろかった
続きを待ってます
6.100名前が無い程度の能力削除
なつかすぃ~o(`▽´)o
やっべーおもちろいー
次の投稿待ってるぜ!
10.40名前が無い程度の能力削除
面白いけど、3年待つ価値が有るかって言うとそれ程ではないですかね。
一話から読みましたが、ストーリーの都合で割りを食ってるキャラが多くて
引っかかります。ま、これから上げたり下げたりするんでしょうけど。
11.無評価名前が無い程度の能力削除
面白いけど
また間隔空くと思うと…
1年後くらいにまた検索してみます
12.80S_Kawamura削除
4から読み始めました。でもこれまでのストーリーはだいたい把握できました。
それより…さ、三年前だと…?なんということでしょう。そして、三年前にもかかわらず、覚えている人達もすごい。妬ましッ!
これから、1~3も読んでこようかな…
>咲夜の状態に気がついた加奈子達が近づこうとした瞬間目の前に隙間がら現れ、加奈子の手を掴む。
>紫の態度に怒りがおさまらなくなった加奈子は振りほどいて咲夜の下へ行こうとするが紫の隙間によって邪魔される。
神奈子でしょうか。
13.90名前が無い程度の能力削除
ああ、このお話でしたか!懐かしいです。
以前から楽しみに読ませていただいていたので、今後の続編も楽しみです。
特に白玉楼と永遠亭の面々が好きです。

それにしても本当に誤字脱字が多いですね。
今回改めて1から読み返したのですが、各編ごとに数箇所以上のミスがありました。
今作品だけでも下記のとおりです。

必要に絡まろうとする。 →執拗に
依然聞いた事があるのだが →以前
私がしたら返って大変な事になるわ・返って怖いんですが・返って心配になるけど →却って or 反って
余興でしかなんじゃないかしら? →ないんじゃないかしら
さっきから一体何の話をしているかしら? →しているのかしら
肝心な時にすまいないねぇ →すまない
上機嫌に買い物袋抱えてアリスの家に向かう藍。 →あえての表現かもしれませんが文体から考えれば「買い物袋を抱えて」が適切かと思います
悠に百を超える数ともなれば →優に
紫は少し考えながら、咲夜に案内を諭した。 →「諭す」よりも「促す」などのほうが適切かと思います
妖精は本来特に入浴を必要しない →必要としない
御世辞にも長いしたいと思う場所ではない。 →誤りではありませんが「長居」と書きたかったものと思います
大きいな袋が抱えられていた。 →大きな
門番隊数名の連盟で →連名で
輝夜の鳴らず軽快な包丁の音 →鳴らす
三人は一度も姿を露わして居ない。 →あえての表現かもしれませんが「現す」が適切かと思います
騒ぎを越している人物を発見した。 →起こしている
幽花 →幽香
咲夜は警戒解くことなく質問を続ける。 →警戒を解くことなく
傘は取って以外が消えており・取ってしかない傘 →誤りではありませんが「取っ手」と書きたかったものと思います
自分の死の瞬間を幽花は想像させれた。 →させられた
スペルカードによる戦闘出ない事は明らかだ。 →戦闘でない
風見幽花紅魔館に奇襲掛けたらしい。 →風見幽香が紅魔館に奇襲を掛けたらしい。
目の前に隙間がら現れ →隙間が現れ
守矢の神は理解が合って助かるわ →理解があって

その他、文法的な誤りやスマートではない表現も多く見られましたが割愛します。
特に後半になるにしたがって息切れして書き急いだのが明らかで、どんどん文章が雑になってきたのが残念でした。

内容的にはとても面白いだけに、文章の推敲不足で読者を興醒めさせてしまっては本当にもったいないです。
今さら急いで投稿する必要もないでしょうから、ぜひ投稿前に三度、四度とじっくり文章を読み返してしっかり校正・推敲をしていただけたらと思います。

続編、とっても期待しています!