昼下がりの居間、私と青娥さんはだらだらとお茶を飲んでいた。
することもなくする気もない。ひたすらに日の光を浴びながらお茶の時間を楽しむ。
実務に追われていた昔とは比べものにならないくらいにゆったりとした時間だ。
「ずいぶんとだらけるようになりましたね」
「ゆとりが生まれた、というのですよこれは」
これで皮肉を言う青娥さんがいないのならもっとよかったのだけど。
彼女は嫌いではないが苦手なタイプだ。私の能力でも底が知れない。
庭に目をやると彼女のキョンシーである芳香さんが置物のように立ち尽くしていた。
だいぶ日を浴びているが腐ったりしないのだろうか。
「ふと、思ったのですが」
「なんです?」
「青娥さんは芳香さんのことをどう思ってるんですか」
ぼうっと立ち尽くす芳香さんを眺めて浮かんだ疑問をぶつける。
同じくお茶を飲んでいた青娥さんは、にっかり笑うと一言で答える。
「物ですよ」
「物、ですか」
「ええ。意外でしたか?」
「そうですね。結構大事にしているように見えましたから」
私がそう言うと、青娥さんは笑顔を浮かべたまま続ける。
底のしれない、冷たさを感じる笑みだった。
「大事にしているといっても『物』としてです。芳香は私に都合のいい物。それだけです」
「ふむ」
「特別なものだとでも思っていましたか?」
何処と無く人を小馬鹿にするようなニュアンスだった。
それに若干ムッとしたが訊いたのはこちらだ。いちいち怒るのも大人気ない。
そう言っても、憮然とした口調になってしまうが仕方ない。
「ええ、そうですよ。代わりのない大切な物だと思っていました」
「残念でしたね。キョンシーの代わりなんていくらでもいますもの」
「そうですか。ところで、その芳香さんが転んで立てなくってい」
言い切る前に目の前から彼女の姿が消えて、気がついたときには芳香さんの前に膝をついていた。
「芳香大丈夫怪我してない? 立てる? なんともない?」
あ?
「大丈夫ー」
「本当に? なら、よかった……。気を付けないと駄目だからね。まったくもう」
「おうー」
ちょっと青娥さん。
あなた今さっき芳香はただの物って言いましたよね?
その割にずいぶんと優しいんじゃないでしょうか。
何ですかその笑顔は。私や布都に向けるのはまったく違う母親みたいな笑顔は一体どういうことですか?
あなたのキャラなら『どうしようもない死体ね。黙って立っていることもできないなんて』くらい言うでしょうが。
私のジト目に気がついたのか、青娥さんは咳払いをすると何もなかったように元の位置に座りなおす。
そして、冷たく底の知れなかった笑顔を浮かべ言う。
「どうしようもない死体ね。黙って立っていることもできないなんて」
キリッ。
そんな擬音が聞こえそうだった。
「……本当は芳香さんのことが好きなんですか?」
「そそそそそんなわけ有馬温泉ですよ何を根拠にそんなことをおっしゃるのかさっぱりサマーソルトですね」
「あーはいそうですねー」
「……信じてませんね」
「ソンナコトナイデスヨー」
私の投げやりな態度が癪に障ったのか、青娥さんはキッと睨みつけ叫ぶ。
「だったら物扱いしているところを見せてあげます。芳香!」
「おー」
気の抜けた返事をした芳香さんは、手間取りつつもなんとか靴を脱ぐと青娥さんの隣に並ぶ。
その間ずっと心配そうに見つめていたことはツッコまないでおく。
訊いたのは私だけど、正直この状況は面倒臭い。昼寝でもしたいぐらいだった。
「芳香、椅子になりなさい」
そんな私の内心を知ってか知らずか、青娥さんは冷たい口調で命令する。
跪かせてその背中に座るつもりなのだろうか。それはろくに関節の曲がらない芳香さんには酷だろうに。
「よっ、はっ、むっ」
しかし、芳香さんは危なっかしい様子で腰を下ろそうとするだけだった。
壁を背にして少しずつ体勢を整えていき、両腕両足を伸ばした前屈のような姿勢になる。
その様子を青娥さんは硬い顔をしたまま黙って見つめていた。
「できたー」
そう言って朗らかに芳香さんは笑っているが、青娥さんは『椅子になれ』と言ったのであって『座れ』と言ったわけではないのだけど。
これには青娥さんも怒って
「よく出来ました。いいこ、いいこ」
「えへー」
えー。
むっちゃいい笑顔だよこの人達。
『ずいぶんと硬くて座り心地の悪い椅子ね。とんだ不良品ですわ』とか言うと思った私がサディストみたいじゃないか。
「さあ、見てなさい神子さん。これが物扱いというものよ」
そういえばそんな目的だった。もうどうでもいいや。
投げやりの極地に達した私の視線にも気が付かず、青娥さんは誇らしげに宣言をし、そして――
座椅子のように芳香さんに腰掛けるッ――!
無言の間
「どう?」
いや、その、そんなドヤ顔で言われても、正直、困る。
勢いで思わず大げさにしてしまったが、確かに『椅子』だし『物扱い』とも言えるだろうけど、それはどうなんだろう。
「言葉もでませんか?」
出ないと言うか出したくないです。
恋人座りの体勢で誇らしげにしないでくださいお願いします。
色々とあなたに対するイメージが壊れているんですから。
「ふふっ、どうです? 私が芳香を物としてみていることがこれでお分かりになったでしょう?」
溺愛していることはよくわかりました。
もうそれ以上はわかりたくありません。
「目覚まし時計扱いもしているんですよ。なんてひどい主人でしょう私は」
どうせほっぺたにキスしておはようとかそんなオチでしょう。
私は泥のような溜息を吐くと、とても楽しそうに『椅子』になっている芳香さんに言う。
「芳香さん」
「なんだー?」
「青娥さんは好きですか?」
「大好き」
「ッ!?」
「そういうことみたいです私は疲れたので寝ますおやすみなさい」
全身脱力しきった身体を引きずるように居間を後にする。
背中越しにぎゃあぎゃあ聞こえたような気がしたけどきっと気のせい。ヘッドホンしてるし。
「青娥はー?」
「え、え?」
「私のこと。好きなのか?」
「い、いやその、ねっ?」
「嫌いか?」
「いやいやいやいやそんなことは決して全くないんだけど! ほら、ねっ! こう色々とね!」
「よかったー」
「ッ! くぅー、芳香可愛いっ! いいこいいこ!」
あー何も聞こえない聞こえない。
神子様の精神が見せつけでマッハなんだが…
ぜひ目覚まし扱いしているシーンもお願いします
そろそろ本格的に、せいよしに目覚めそうです!
あと、青「蛾」じゃなくて「娥」ですよ。
何と言うツンデレ
んもー!んもー!
ブラックコーヒーおかわり!
大好きSA!
続編をお願いします。
にゃんにゃんがにゃんにゃんしてる
『砂糖吐いた』なら使ってもいいッ!
せいよしに完全にハマってしまった…