「なにこれ」
「きのこよ」
机の上に置いてあった奇妙な物体を見た静葉が尋ねると、脇にいた穣子はすかさず答えた。
「きのこ? その穴の開いたボールのようなものが?」
「そうよ。籠茸っていうの。すごいでしょ」
それは見れば見るほどきのこに見えない不思議な物体だった。
「穣子。これどうしたの」
「山で拾ったのよ」
「そりゃそうでしょう。川にきのこはないものね」
「水辺に生えるきのこもあるわよ」
「あ、そういえばきのこには湿気が必要だったわね」
「そういうこと」
穣子はその奇妙な形のきのこを手に取りると、上機嫌そうに手のひらでころころと転がし始めた。
「で、穣子。それ食べられるの?」
「毒はないわ」
「っていうと?」
「食べられないこともないって事」
静葉は再びふーんという感嘆を漏らす。
「ようするに食材的利用価値はないって事よ」
その言葉を聞いた静葉は思わず手をぽんと叩いた。
「ああ、そう言うことなのね。てっきり味が苦いとか、食べると変な模様が目の前に見えるとかだと思ってたわ」
「それ幻覚見えてるでしょ!」
「死ななければ大丈夫よ」
「死ななくたって体に変調きたすんなら毒よ! まったくもう」
穣子は。思わずふうとため息をついた。
「で、穣子。そのきのこどうするつもり?」
「そうね。珍しいきのこだから、このまま飾っておこうかと思うの」
そう言いながら穣子は、まるで手まりのようにきのこを手のひらの上で弾ませた。どうやらある程度弾力はあるらしく、きのこは踊るように弾んでいる。
「あら、嫌よ。そんな気持ち悪いの飾るなんて」
「どうしてよ。かわいいじゃない。丸っこくて」
「夜になって巨大化して暴れ始めたらどうするの?」
「そんな事あるわけないでしょ!?」
「あら、わからないわよ? もしかしたら変なのが宿ったりして急に暴れ出すかもしれないわ」
「しゃべるきのこなんて聞いたこともないわよ! マタンゴじゃあるまいし」
「案外かわいいかもしれないわよ」
「結局、姉さんは、このきのこどうして欲しいのよ?」
静葉は涼しい表情で答えた。
「穣子の好きにしなさい」
穣子は半眼で姉をみやりながら、きのこをそっと机の上に置いた。
ふと、外を見るとすっかり日が暮れていることに気づいた。
「あ、姉さん見てほら! もうすぐ夜になるわ!」
「あらまぁ。それじゃあ準備して出かけましょう」
今夜は満月なので二人はかねてから外でお月見をしようと決めていたのだ。
次の日の朝、お月見を終えた二人が家に戻ってくると、穣子はすぐ異変に気づいた。
「姉さん! 大変よ! 私のきのこがなくなってるわ!」
彼女が指で示した先に静葉が目を向けると、確かに昨日まであったはずのきのこがなくなっていた。
「風で転がって落ちちゃったのかな!?」
穣子は床にはいつくばってきのこを探し始める。見かねた静葉が思わず咎めた。
「落ち着きなさい。神様がそんなはしたない格好したらだめよ。きのこなんてまた山でとってくればいいじゃない」
穣子はすかさず言い返す。
「あのきのこは珍しい奴だったのよ! だから、ああやって飾っておいたんだから!」
表情があまりにも真剣そのものだったので、静葉も一緒になって探す事にした。
二人は家中をくまなく探したが、結局きのこは見つからなかった。
「これだけ探しても見つからないなんて……」
「もしかして溶けちゃったんじゃないの?」
「だったら溶けた跡くらい残ってるでしょ!」
穣子に言い返された静葉が「ふーむ」と、うなりながら辺りを見回してみると、彼女は納戸がわずかに開いてることに気づいた。
「きっとここから外に転がっていってしまったのよ」
穣子は慌てて外に出て納戸の方と向かったが、きのこの姿はどこにもなかった。
「諦めなさい。きっと縁がなかったのよ」
「そんなぁ……」
落胆した穣子は思わずその場にしゃがみ込んでしまった。
その後、すっかり落ち込んでしまった彼女は、外にも出ないで、家の床に寝転がって天井を眺め続けていた。
静葉は付き合いきれないとばかりに一人で山に出かけてしまった。
穣子は、どうやらいつの間にか眠り込んでしまっていたらしく、目を覚ますと辺りはすっかり真っ暗闇になっていた。
「あれ。もう夜?」
穣子は伸びをしながら立ち上がると、辺りを見回してみる。
「ねえさーん!」
返事はなかった。気持ち悪いくらいに辺りは静まり返っている。
「ちょっと、誰かいないのー!?」
心細くなった穣子は思わず大声をあげたが、やはり誰からの返事もなかった。
と、その時だ。
何やら外がぼんやりと明るい事に彼女は気づく。
その光に誘われるように外へと出てみた彼女は、思わず驚きの声を上げてしまった。
彼女の目の前には巨大な発光体が鎮座していた。しかも、それは穣子が机の上に飾っておいたきのこをそのままそっくり巨大化させたような姿だったのだ。
「なにこれ!?」
穣子の声に反応するかのように巨大なきのこはぷるぷると体を揺らす。
「……もしかして突然変異って奴なのかな?」
ぽつりと穣子が漏らすと、きのこはまるで呼応するかのように再びぷるぷると巨体を揺らした。
もしかしてこちらの言葉がわかるのかもしれない。穣子は試しにきのこに話しかけてみることにした。
「ねえ、あんたは何なの? 幽霊? お化け? モンスター? 神主?」
彼女の問いかけに対し、きのこはほわんほわんと点滅を何度か繰り返す。
それは何かを訴えているようにも見えたが、穣子にはそれがなんなのか知る術はなかった。
それからしばらくの間、彼女はきのことにらめっこをしていたが、突如としてきのこがその場で跳ね飛び始めた。
「一体何事か」と、目を丸くしている穣子に構わず、きのこはその場で跳ね続けている。その度に振動が辺りに響いて、周りの木々が大きく揺れていた。
家が壊されちゃたまらないと穣子は、そのきのこをおさえつけようと両手で掴んだが、彼女の力じゃ到底止められるわけもなく、きのこと一緒に跳ね飛ぶ結果になってしまった。
「ストップ! ストップしなさい! 止まりなさいっ! 止まれ!! 止まれっつーのっ!!」
きのこは止まるどころか、今度はゴム毬のようにその場で大きく弾み出した。
「こら! 言うこと聞かないと鍋で煮込んで庭に埋めるわよ!?」
穣子の忠告も空しく反動をつけて空中へ飛び上がったきのこは、軽々と穣子達の家の屋根よりも遙か高くまで一気に跳ね上がった。
「ほぎあああああゃーーーー!?」
穣子の情けない悲鳴とともにきのこは十六夜月をバックに空へと浮かび上がる。
そのまま急降下するかと思って彼女は思わず目を閉じたが、その感覚はいつまでたっても襲ってはこなかった。
不思議に思った彼女がゆっくり目を開けると、何ときのこはそのまま空中に静止していた。
穣子は気が動転してるあまりに、自分で下りようと思えば下りられるという事も忘れて、喚き散らしたが、そんなのお構いなしとばかりにきのこは、ほわほわと発光しながらゆっくりと空を滑空し出した。
穣子は、何が起きてるのかいまいち理解できないままきのこに揺られていた。
やがて、きのこは徐々に高度を下げ、程なくして地面にぼよんと弾むように着地する。たどり着いた先は山の一角の広場だった。
夜の広場は当然静まり返っていた。
きのこはそのまま跳ねるように広場の奥へと向かう。時折止まってその場で何度か弾むところを見るからに、穣子を誘っているようだった。
仕方なく穣子が、そのきのこを追いかけていくと広場の端にある大きな紅葉の木の元へ着いた。
「あ、これって確か……」
その大きな紅葉の木は、毎年秋になると見事な紅葉を見せてくれている静葉がお気に入りの木だった。
今は暗闇ではっきりとは見えないが、どうやら今年も例年のように色付いているようだ。きのこは発光しながらその紅葉の木の幹に身をすり寄せている。
ぼんやりとした光の中に、赤く染まった紅葉の葉が浮かんで見える姿は幻想的にすら見える。
それにしてもなぜ、このきのこは自分をこの場所に連れてきたのだろうか。穣子は、きのこを更に良く観察することにした。
きのこは相変わらず紅葉の木から離れようとせず、それどころか木に対するアタックは激しくなる一方だった。
きのこが幹に激突する度に紅い葉が地面に舞い降りていき、とうとう辺り一面紅葉の葉で真っ赤になってしまった。
きのこは、紅葉にまみれるようにゴロゴロと転がり始める。そして体中に紅葉の葉をいっぱいくっつけると満足そうといったように発光を繰り返した。
その様子を見ていた穣子は思わずハッとする。
彼女には紅葉の葉っぱをあんなに体に貼り付けて喜んでる存在なんて、一人しか思い浮かばなかった。
「……姉さんなの?」
穣子の呼びかけに気付いたきのこは、彼女の側へと転がるようにやってくると、ぼよんぼよんと跳ねまわった。
その瞬間、穣子の中で疑念が確信に変わる。
きのこの正体は静葉だった。
「静葉姉さん!」
そう叫んで穣子が抱きつくと、きのこは発光しながらその形が変わっていき、静葉へと形を変えた。
「姉さん。一体どういうことなの……? どうしてそんな姿に!?」
静葉は一息をつくと、ゆっくりと口を開いた。
「……それがね、穣子。笑わないで聞いて頂戴ね? 昼間あなたを置いて山に行った時に、あのきのこが道端に転がっていたのを見つけたのよ。それで手にとってみたら急に目の前が真っ暗になって、気がついたらあんな姿になってたの。……信じられないかもしれないけど本当なのよ。きっと昨日きのこに向かって、気持ち悪いなんて言っちゃったから、きのこの精霊あたりの怒りに触れちゃったのかもしれないわね」
穣子はそんなことなんてあるのかと思ったが、姉は珍しく真顔だった。
「……つまり、ここに連れてきたのは姉さんと気づかせるためだったの?」
「ええ、その通りよ。穣子なら絶対気づいてくれると思ってたもの。ただ、まさか名前呼ばれただけで元の姿に戻れるとまでは思ってなかったけど」
そう言って静葉は、にこりと笑みを浮かべる。
その言葉を聞いた穣子は、流石姉だ。と、思わず感心した。
そして二人は家路についた。
次の日、穣子は普段より幾分気持ちよく目が覚めた。姉を助ける事が出来たのだからそれは当然だった。
そうだ。今日はこの武勇伝を雛辺りに自慢しよう。きっといい話のタネになる。
そんな事を思いながら穣子は布団から出ようとしたが、どうもうまく体が動かなかった。
そして姿見の鏡に写った自分を見て彼女は思わず青ざめた。
その姿はどう見てもあの歪なきのこだった。
「きのこよ」
机の上に置いてあった奇妙な物体を見た静葉が尋ねると、脇にいた穣子はすかさず答えた。
「きのこ? その穴の開いたボールのようなものが?」
「そうよ。籠茸っていうの。すごいでしょ」
それは見れば見るほどきのこに見えない不思議な物体だった。
「穣子。これどうしたの」
「山で拾ったのよ」
「そりゃそうでしょう。川にきのこはないものね」
「水辺に生えるきのこもあるわよ」
「あ、そういえばきのこには湿気が必要だったわね」
「そういうこと」
穣子はその奇妙な形のきのこを手に取りると、上機嫌そうに手のひらでころころと転がし始めた。
「で、穣子。それ食べられるの?」
「毒はないわ」
「っていうと?」
「食べられないこともないって事」
静葉は再びふーんという感嘆を漏らす。
「ようするに食材的利用価値はないって事よ」
その言葉を聞いた静葉は思わず手をぽんと叩いた。
「ああ、そう言うことなのね。てっきり味が苦いとか、食べると変な模様が目の前に見えるとかだと思ってたわ」
「それ幻覚見えてるでしょ!」
「死ななければ大丈夫よ」
「死ななくたって体に変調きたすんなら毒よ! まったくもう」
穣子は。思わずふうとため息をついた。
「で、穣子。そのきのこどうするつもり?」
「そうね。珍しいきのこだから、このまま飾っておこうかと思うの」
そう言いながら穣子は、まるで手まりのようにきのこを手のひらの上で弾ませた。どうやらある程度弾力はあるらしく、きのこは踊るように弾んでいる。
「あら、嫌よ。そんな気持ち悪いの飾るなんて」
「どうしてよ。かわいいじゃない。丸っこくて」
「夜になって巨大化して暴れ始めたらどうするの?」
「そんな事あるわけないでしょ!?」
「あら、わからないわよ? もしかしたら変なのが宿ったりして急に暴れ出すかもしれないわ」
「しゃべるきのこなんて聞いたこともないわよ! マタンゴじゃあるまいし」
「案外かわいいかもしれないわよ」
「結局、姉さんは、このきのこどうして欲しいのよ?」
静葉は涼しい表情で答えた。
「穣子の好きにしなさい」
穣子は半眼で姉をみやりながら、きのこをそっと机の上に置いた。
ふと、外を見るとすっかり日が暮れていることに気づいた。
「あ、姉さん見てほら! もうすぐ夜になるわ!」
「あらまぁ。それじゃあ準備して出かけましょう」
今夜は満月なので二人はかねてから外でお月見をしようと決めていたのだ。
次の日の朝、お月見を終えた二人が家に戻ってくると、穣子はすぐ異変に気づいた。
「姉さん! 大変よ! 私のきのこがなくなってるわ!」
彼女が指で示した先に静葉が目を向けると、確かに昨日まであったはずのきのこがなくなっていた。
「風で転がって落ちちゃったのかな!?」
穣子は床にはいつくばってきのこを探し始める。見かねた静葉が思わず咎めた。
「落ち着きなさい。神様がそんなはしたない格好したらだめよ。きのこなんてまた山でとってくればいいじゃない」
穣子はすかさず言い返す。
「あのきのこは珍しい奴だったのよ! だから、ああやって飾っておいたんだから!」
表情があまりにも真剣そのものだったので、静葉も一緒になって探す事にした。
二人は家中をくまなく探したが、結局きのこは見つからなかった。
「これだけ探しても見つからないなんて……」
「もしかして溶けちゃったんじゃないの?」
「だったら溶けた跡くらい残ってるでしょ!」
穣子に言い返された静葉が「ふーむ」と、うなりながら辺りを見回してみると、彼女は納戸がわずかに開いてることに気づいた。
「きっとここから外に転がっていってしまったのよ」
穣子は慌てて外に出て納戸の方と向かったが、きのこの姿はどこにもなかった。
「諦めなさい。きっと縁がなかったのよ」
「そんなぁ……」
落胆した穣子は思わずその場にしゃがみ込んでしまった。
その後、すっかり落ち込んでしまった彼女は、外にも出ないで、家の床に寝転がって天井を眺め続けていた。
静葉は付き合いきれないとばかりに一人で山に出かけてしまった。
穣子は、どうやらいつの間にか眠り込んでしまっていたらしく、目を覚ますと辺りはすっかり真っ暗闇になっていた。
「あれ。もう夜?」
穣子は伸びをしながら立ち上がると、辺りを見回してみる。
「ねえさーん!」
返事はなかった。気持ち悪いくらいに辺りは静まり返っている。
「ちょっと、誰かいないのー!?」
心細くなった穣子は思わず大声をあげたが、やはり誰からの返事もなかった。
と、その時だ。
何やら外がぼんやりと明るい事に彼女は気づく。
その光に誘われるように外へと出てみた彼女は、思わず驚きの声を上げてしまった。
彼女の目の前には巨大な発光体が鎮座していた。しかも、それは穣子が机の上に飾っておいたきのこをそのままそっくり巨大化させたような姿だったのだ。
「なにこれ!?」
穣子の声に反応するかのように巨大なきのこはぷるぷると体を揺らす。
「……もしかして突然変異って奴なのかな?」
ぽつりと穣子が漏らすと、きのこはまるで呼応するかのように再びぷるぷると巨体を揺らした。
もしかしてこちらの言葉がわかるのかもしれない。穣子は試しにきのこに話しかけてみることにした。
「ねえ、あんたは何なの? 幽霊? お化け? モンスター? 神主?」
彼女の問いかけに対し、きのこはほわんほわんと点滅を何度か繰り返す。
それは何かを訴えているようにも見えたが、穣子にはそれがなんなのか知る術はなかった。
それからしばらくの間、彼女はきのことにらめっこをしていたが、突如としてきのこがその場で跳ね飛び始めた。
「一体何事か」と、目を丸くしている穣子に構わず、きのこはその場で跳ね続けている。その度に振動が辺りに響いて、周りの木々が大きく揺れていた。
家が壊されちゃたまらないと穣子は、そのきのこをおさえつけようと両手で掴んだが、彼女の力じゃ到底止められるわけもなく、きのこと一緒に跳ね飛ぶ結果になってしまった。
「ストップ! ストップしなさい! 止まりなさいっ! 止まれ!! 止まれっつーのっ!!」
きのこは止まるどころか、今度はゴム毬のようにその場で大きく弾み出した。
「こら! 言うこと聞かないと鍋で煮込んで庭に埋めるわよ!?」
穣子の忠告も空しく反動をつけて空中へ飛び上がったきのこは、軽々と穣子達の家の屋根よりも遙か高くまで一気に跳ね上がった。
「ほぎあああああゃーーーー!?」
穣子の情けない悲鳴とともにきのこは十六夜月をバックに空へと浮かび上がる。
そのまま急降下するかと思って彼女は思わず目を閉じたが、その感覚はいつまでたっても襲ってはこなかった。
不思議に思った彼女がゆっくり目を開けると、何ときのこはそのまま空中に静止していた。
穣子は気が動転してるあまりに、自分で下りようと思えば下りられるという事も忘れて、喚き散らしたが、そんなのお構いなしとばかりにきのこは、ほわほわと発光しながらゆっくりと空を滑空し出した。
穣子は、何が起きてるのかいまいち理解できないままきのこに揺られていた。
やがて、きのこは徐々に高度を下げ、程なくして地面にぼよんと弾むように着地する。たどり着いた先は山の一角の広場だった。
夜の広場は当然静まり返っていた。
きのこはそのまま跳ねるように広場の奥へと向かう。時折止まってその場で何度か弾むところを見るからに、穣子を誘っているようだった。
仕方なく穣子が、そのきのこを追いかけていくと広場の端にある大きな紅葉の木の元へ着いた。
「あ、これって確か……」
その大きな紅葉の木は、毎年秋になると見事な紅葉を見せてくれている静葉がお気に入りの木だった。
今は暗闇ではっきりとは見えないが、どうやら今年も例年のように色付いているようだ。きのこは発光しながらその紅葉の木の幹に身をすり寄せている。
ぼんやりとした光の中に、赤く染まった紅葉の葉が浮かんで見える姿は幻想的にすら見える。
それにしてもなぜ、このきのこは自分をこの場所に連れてきたのだろうか。穣子は、きのこを更に良く観察することにした。
きのこは相変わらず紅葉の木から離れようとせず、それどころか木に対するアタックは激しくなる一方だった。
きのこが幹に激突する度に紅い葉が地面に舞い降りていき、とうとう辺り一面紅葉の葉で真っ赤になってしまった。
きのこは、紅葉にまみれるようにゴロゴロと転がり始める。そして体中に紅葉の葉をいっぱいくっつけると満足そうといったように発光を繰り返した。
その様子を見ていた穣子は思わずハッとする。
彼女には紅葉の葉っぱをあんなに体に貼り付けて喜んでる存在なんて、一人しか思い浮かばなかった。
「……姉さんなの?」
穣子の呼びかけに気付いたきのこは、彼女の側へと転がるようにやってくると、ぼよんぼよんと跳ねまわった。
その瞬間、穣子の中で疑念が確信に変わる。
きのこの正体は静葉だった。
「静葉姉さん!」
そう叫んで穣子が抱きつくと、きのこは発光しながらその形が変わっていき、静葉へと形を変えた。
「姉さん。一体どういうことなの……? どうしてそんな姿に!?」
静葉は一息をつくと、ゆっくりと口を開いた。
「……それがね、穣子。笑わないで聞いて頂戴ね? 昼間あなたを置いて山に行った時に、あのきのこが道端に転がっていたのを見つけたのよ。それで手にとってみたら急に目の前が真っ暗になって、気がついたらあんな姿になってたの。……信じられないかもしれないけど本当なのよ。きっと昨日きのこに向かって、気持ち悪いなんて言っちゃったから、きのこの精霊あたりの怒りに触れちゃったのかもしれないわね」
穣子はそんなことなんてあるのかと思ったが、姉は珍しく真顔だった。
「……つまり、ここに連れてきたのは姉さんと気づかせるためだったの?」
「ええ、その通りよ。穣子なら絶対気づいてくれると思ってたもの。ただ、まさか名前呼ばれただけで元の姿に戻れるとまでは思ってなかったけど」
そう言って静葉は、にこりと笑みを浮かべる。
その言葉を聞いた穣子は、流石姉だ。と、思わず感心した。
そして二人は家路についた。
次の日、穣子は普段より幾分気持ちよく目が覚めた。姉を助ける事が出来たのだからそれは当然だった。
そうだ。今日はこの武勇伝を雛辺りに自慢しよう。きっといい話のタネになる。
そんな事を思いながら穣子は布団から出ようとしたが、どうもうまく体が動かなかった。
そして姿見の鏡に写った自分を見て彼女は思わず青ざめた。
その姿はどう見てもあの歪なきのこだった。
それにしても、穣子に気付いてもらうためにボヨンボヨン飛び跳ねたりする静葉姉さんを想像したら和みました。
淡々とした文章が不思議さを加速させる、奇妙なSSでした。
これって毎日静葉と稔子が交互にきのこになるのかな・・・ホラーなようなコメディのような。
こらw
可愛いキノコがあるもんですねぇ!こういう「お前もうちょっと進化の仕方あったろう」系の動植物にはワクワクしてしまいます
お胸とか……
ちょっぴり怖い幻想郷もいいですね
実物を見てみたい…。