私は幻想郷で農業を営む、全ての心ある人々の豊作を祈っている。
でも、神が何でもやってくれると考えるのは間違いよ。
「穣子、話って何?」
寂しさと終焉とナルシズムの象徴にして我が姉、秋静葉のお出ましだ。
いつもの服の上に襟を立てたトレンチコートを着込み、目元を隠すはレイバンのサングラス。
晩秋の寂しさを全身で表現しているつもりだろうけど、残念ながら致命的なまでに似合っていないわね。
「姉さんってばまた変な格好して! 真面目に話を聞く気があるの?」
「穣子……昔はお姉ちゃんって呼んでくれたのに、寂しいわね……」
「寂しくなるのはこれからよ。なにせこの国の季節から秋が失われてしまうんですもの……永遠にね!」
春夏秋冬のサイクルに乱れが生じているのではないか? そのような疑問をお持ちの方も多いのではないだろうか。
昨日まで暑かったのに、どうして今日はこんなに寒いのかしら? ってな具合にね。
このまま寒暖の差が激しくなってゆけば、この国の季節は夏と冬だけになり、間の季節は失われてしまうだろう。
「秋は幻の季節となり、やがては幻想入りしてしまう……どうよ姉さん! 驚きのあまり言葉も出ないかしらっ!?」
「そう……それはお気の毒に……」
「あ、あれー? なんか反応薄くなーい?」
なによう、キザったらしいポーズなんかキメちゃって。
私の話をちゃんと理解できてるのかしら?
「何事にも終わりは訪れるものよ、穣子。取り立てて驚くほどのことでもないわ」
「いや、そんな達観されても困るんだけど……」
「人が数多持つ予言の日よ。願わくば、我らが季節にも好き終焉が訪れんことを……」
うーん、ちょっと何言ってるかわからないですね。
「そんな呑気なこと言ってる場合じゃないでしょう。このままじゃ姉さんの大好きな紅葉も見れなくなるし、春のお花見だってできなくなるのよ?」
「なっ、なんですよおおおおおおおぉっ!?」
絶叫と共に窓ガラスがぶち破られ、謎の黒い塊が私の部屋へと飛び込んできた。
どこのどいつだか知らないけど、神のお家にカミカゼするとは笑止千万、不届き千万!
「はっ、はっ、春が無くなるんですよー!? オマエ一体なんつー世迷い事を抜かしやがってるんです」
「喧しい」
黒い塊の顔面と思しき部位に、姉さんのローキックが突き刺さった。
鼻血を噴き出しながら悶絶するこの黒頭巾、よく見たら妖精の一種みたいね。
なんだろう、コイツどっかで見たことがあるような……。
「おぐえぇ、ぶふっ……零細神様の分際で、なかなかイイ蹴り持ってやがるんですよー……」
「もう一発いっとく?」
「いや、結構ですよー。それよりさっきの話を詳しく聞かせるんですよー」
袖で鼻血を拭いつつ、暗黒妖精が立ち上がった。
奴が身じろぎする度に、ガラスの破片がパラパラと音を立てて舞い落ちる。
ちくしょう、これから寒くなるってのにヒドイことしやがって。
「その前に名乗ったらどうなの? それともこのまま身元不明にしてあげましょうか?」
「はあ? てめえら私の顔を忘れやがったんですよー? これだから信仰とオツムの足りない神様ってやつは……」
オーケー。コイツの運命決まったわ。
私はベッドの下から鍬を二本取り出し、一本を姉に手渡した。
「あんた妖精でしょ? だったら一回休みなんて慣れっこよね」
「季節はずれの謝肉祭と洒落込みましょう。謝る肉塊を刻む祭……血が騒ぐわ」
「ちょっ、ちょっと待つんですよー!? ホ、ホラ! リリーです! みんなの大好きなリリーホワイトですよー!」
ブラックなのにホワイトとはこれ如何に。
兎に角私は嘘つきが嫌いだ。顔面を耕してやりたくなるくらい嫌いだ。
そして悪意の種を蒔く。憎悪を収穫するために!
「あーもう! なんでますます殺る気になってるんですよー!? ええい、かくなる上はっ……!」
ヤツは被っていた帽子を地面に叩きつけると、懐に手を差し込んだ。
なによ、銃でも取り出すつもりなのかしら?
「装……着! ですよー」
なんだ、ただの白い帽子じゃないの。
いや、ちょっと待て……この帽子を被ったコイツの姿、まさか!?
「リリー……ホワイト?」
「リリー! リリーホワイトじゃない! 何やってるのよこんな所で!?」
「ぐあああああああああああああああ! なんなんですよオメーラはあっ!?」
白頭巾リリーホワイトは獣のような唸り声を上げ、再び帽子を地べたに叩きつけた。
いやあ、でもまあ仕方ないじゃん? 帽子や服の色が違うだけでも受ける印象って変わっちゃうもんでしょ? 私たちって。
おおっと、これ以上はいけないね。あっはっはー。
「なに笑って誤魔化そうとしてるんですよー!? こちとら危うくミンチにされるところだったんですよー!」
「うっさいわね。そんな辛気臭い服着てるからわからなかったんじゃないの。少しは反省しなさい」
「どこかで葬式でもあったのかしら? それなら私も呼んでくれればよかったのに……」
「なにこの姉妹、マジで遠慮が無さすぎですよー……」
可哀想に、リリーのやつドン引きしているわ。
まあ安心しなさい。私も姉さんの発言には少々どうかと思うところがあったから。
お前はどこの死神だっつーの。
「私が黒を着ているのは、単にアルバイトの帰りであるからにして、取り立てて深い理由なんか無いですよー!」
「アルバイト? 春告精の癖にバイトなんかやってるなんて、ちょっと生意気だわ」
「シーズンオフは暇なんですよー。だから私は是非曲直庁で裁判官のバイトを……」
「ちょっと待って! 是非曲直庁ってもしかして、あの閻魔様のところ!?」
「うふふ、他にあったら教えて欲しいんですよー? 今日も1024人くらい地獄に叩き落してやったですよー」
なんということ。
資金難とか人材不足とかいうレベルじゃねーぞ。それでいいのか是非曲直庁。
こんなアホ妖精に最後の審判を下されるだなんて、生前どんな大悪党だったとしても同情するわ。
「ジャッジメントですよー!」
「ええいやかましい! ねえアンタ、あそこで働いてるってことは、当然閻魔様とも顔見知りなわけよね?」
「それがどうかしたんですよー?」
「いやあ、私たちちょっと閻魔様に相談したいことができたもんだから、どうにかお会いできるよう取り計らってくれないかなーって……」
私たちが今現在直面している「四季」についての問題。
同じ「四季」の名を冠する彼女なら、何かためになるお話を聞かせてくれるのではないだろうか?
そんな私の意図を姉さんも察したらしく、こちらに向かって力強く頷いてみせる。
うんうん、やっぱり持つべきものは姉妹よねー。
「できねーこともねーと思いますが、一体どういう風の吹き回しなんですよー?」
「あのね、私たちもうすぐ死んじゃうの。だから少しでも閻魔様の心証を良くしておこうと思ってね。そうでしょ? 穣子」
あーあ、前言撤回。
この姉まるでわかってねえよ!
「死ぬってもしかして、さっき言ってた季節がどうのとかいう……あああああああ春が死ぬううううううううう!?」
「そうよリリー、私たちは死ぬのよ! 巡る巡る四季は巡る巡り巡って死期と化す! さらば愛しき幻想郷よ! 死せる季節は涅槃で待つぞ!」
「いいかげんにしなさいっ!」
鍬を逆手に持ち替え、錯乱するアホ二人を横薙ぎに一閃する。
うーむ、我ながら素晴らしい威力だわ。この技を「神宝『鍬スチカ』」とでも名付けようかしら。
「そんな後ろ向きなことでどーするのっ! 私たちは生きる! 生きてゆかねばならないのよっ!」
「あ……あ……アタマが捻じ切れるかと思ったですよー……」
「ウフフ……見なさい穣子……お花畑で冴月麟が手を振ってるわ……」
おっと、いかんいかん。少々ツッコミが激しすぎたかしら?
っていうか姉さん、その人誰よ?
「いいこと考えた……このまま安らかな眠りにつけば、閻魔様のところまで直行できるんじゃないかしら……」
「いや、無理でしょ。姉さんに三途の川の渡し賃が払えるとは思えないもの。主に人徳的な意味で」
「ひでえ妹も居たもんですよー」
まあ私なら余裕でしょうね。
こう見えて結構信仰集まってるし。
「仕方ないわねー。ホラ姉さん、私におぶさって」
「あったかい……最後の最後にあったかい……」
「麗しき姉妹愛ってやつですよー? プークスクス」
「うっさいボンクラ妖精。さっさと案内しなさい」
私は黒い帽子を拾ってリリーの頭に被せた後、彼女の尻を蹴っとばしてやった。
三途の川をはるばる越えて、やってきました裁判所。
途中で死神に袖の下を要求されるというアクシデントがあったものの、その他の問題は全てリリーがなんとかしてくれました。
本当に大丈夫なのかよ、是非曲直庁。
「私のサングラス……私のトレンチコート……」
「また新しいのを買えばいいじゃない。それにしてもちゃっかりしてたわねー、あの死神」
渡してやるのは構わないけど、あたいはタダ働きが嫌いなんだよねー。とは死神の弁だ。
コートのサイズは明らかに合っていなかったが、サングラスはなかなか様になっていたように思える。
「四季映姫・ヤマザナドゥはデスクワークの真っ最中らしいですよー。この部屋ですよー」
「ちょっ、なんですかあなたたちは。ノックくらいしなさいよ」
いきなり部屋になだれ込んできた私たちを見て、流石の閻魔様も面食らったようだ。
「リリーホワイトに、秋の姉妹神……? 一体これは……」
「ヤマザナドゥ、時間が惜しいので早速本題に入らせていただきますわ」
姉さんが一歩前に歩み出て、閻魔様のデスクに両手を叩きつけた。
ここまで積極的な姉さんを見るのは久しぶりだわ。ちょっとだけ見直したかも。
「あの赤毛の死神を今すぐここに呼び出しなさい! 奴には徹底的な再教育が必要よ!」
「赤毛の死神って、もしかして小野塚小町のこと? 彼女がなにか……」
「ええ、場合によってはあなたの管理責任が問われることにちょっと穣子なにするのはなしなさぐふぅっ」
くそっ、ちょっとでも見直してしまった自分が嫌になるわ。
やはりここは私からお話するしかないようね。
「申し訳ありませんヤマザナドゥ。姉は少々錯乱していただけなんですヤマザナドゥ」
「そのくらいのこと見ればわかりますよ。あとそのヤマザナドゥっていうのやめなさい。なんだか馬鹿にされてるみたいで不愉快です」
「じゃあ、映姫ちゃんって呼んでいい?」
「いきなり馴れ馴れしくならないでよ……」
映姫ちゃんが漏らした溜息を、私は承認の合図と受け取らせてもらった。
さて、それでは本題に入らせてもらうとしようかしら。
「大変よ映姫ちゃん! 秋がなくなってしまうわ!」
「自殺はいけませんよ! 非生産的な!」
「そうじゃなくて、太陽黒点の数がエルニーニョで二酸化炭素さんがご立腹なの! このままじゃ核の冬が来て、地上に人が住めなくなるのよっ!」
「ニュークリアウィンターワンダーランド。ホロテープで再生してね」
「姉さんは黙ってて!」
「あーはいはいわかりました。つまりあなたはこう言いたいのね? 『寒暖の差が激しくなったせいで、秋の到来が実感できない』と。違うかしら?」
「そう! ……多分、それで合ってると思うわ!」
それっぽい単語をテキトーに並べてみただけなのに、ここまで正確に私の意図を汲んでくれるなんて、みのりん感激!
さすがは閻魔の映姫ちゃん。伊達にあの世は見てないわね!
「しかし、なぜ私にそのような相談を? 他にもっと相応しい相手がいるのではないかしら?」
「幻想郷広しといえども、名前に四季って言葉が入ってるのは映姫ちゃんしかいないでしょう」
「名前って、そんな安直な……」
「あれ? ここって幻想郷なんですよー?」
あら映姫ちゃん、呆れた顔もなかなかカワイイじゃないの。
それとリリー、幻想郷の定義について論じたいなら他所でやって頂戴。
「季節についての相談なら、私じゃなくて四季のフラワーマスターにでもすればいいじゃない」
「紅魔館のパーティーで誰とも話さずに帰った風見幽香さんは関係ないでしょう! いい加減にして!」
「なっ、なんであなたがそんなに怒るのよ!?」
懐かしいわねあのパーティ。あの時なぜかリリーが二人居た気がするけど、きっと一人は名無しのモブ妖精よね。そうに決まってるわ。
ちなみに私は、左上の方で幻想郷屈指のヤバキチ二人と楽しく歓談してました。
少々見切れてるのが残念だけど、コミックスをお持ちのあなたは是非確認してみてね。
「穣子、彼女は門番さんと花の手入れについて話をしてたわ。見える部分だけでボッチ扱いするのは失礼というものよ」
「そんなフォローは要らないのよ姉さんっ! とにかく映姫ちゃん、あなただけが頼りなのっ!」
「そんな、私に一体どうしろと……?」
「映姫ちゃん、あなた確か『白黒はっきりつける程度の能力』を持っていたわよね? その能力の応用でなんとかならないものかしら?」
「それってつまり、曖昧になった春夏秋冬をはっきりつけてみせろということ……? 無理よそんなの、できっこないわ」
弱気になった映姫ちゃんもカワイイわね。って、そんなこと言ってる場合じゃない!
こんなところまで来て収穫ゼロだなんて、稲田姫様に叱られちゃうわっ!
「お願いよ映姫ちゃん! お望みとあらば土下座でも何でもやってみせるわ! 姉さんが! なんなら命だって差し出してあげるわ! 姉さんがっ!」
「穣子……昔はあんなに優しい子だったのに。女の心変わりは恐ろしいわね……」
「女心は秋の枝、もとい秋の空ってやつですよー? プークスクス」
「兎に角できないものはできません。そもそも、なぜあなたはそんなに秋が失われてしまうことを恐れるのかしら?」
なにっ。
言うに事欠いてなんてことぬかしやがるのか、この童顔閻魔め。
「映姫ちゃん、今の発言はちょーっといただけないわね。あなたにとっては至極どうでもいいことなんでしょうけど、私たちにとっては死活問題なのよ?」
「よく考えてみなさい。秋が失われる、すなわち秋が幻想入りするということは、あなたたち姉妹にとってはこの上なく喜ばしいことではないですか」
「つまり……どういうことだってばですよー?」
私たちにとって喜ばしいこと? そんなばかな。
「秋が幻想の季節となれば、外の世界から大量の『秋度』が幻想郷になだれ込んでくることでしょう。当然、その秋度は秋を司るあなたたちのものとなる」
「……大量の秋度を手に入れた私たちは、その力で幻想郷の季節を席巻し、やがては支配するに至る……と」
「ちょっ、姉さん!?」
「おおっと、春を忘れてもらっては困るんですよー。外の世界は夏と冬、幻想郷は春と秋。これで白黒はっきりつけられたんですよー!」
「ふふっ、どうやら私もメンツを保つことができたようですね。どうかしら穣子さん、これなら文句は無いでしょう?」
なにこの状況。ひょっとして話についていけてないのって、私だけ?
オーケー穣子。落ち着いて話を整理してみましょう。
えーっと、まず秋が幻想入りするってところから始まって、その結果として私たちがなんかこう、その、ものすごく強化されるってことでいいのかな?
「そんなに難しい話ではないわよ穣子。私たちは幻想郷のチャンピオンになるの。八百万の神々の中でも端くれもいいところだった私たちがね」
「チャ、チャンピオンですって!? なんて頭が悪そうで残念な響き……」
「今まで私たちをさんざん馬鹿にしてきた連中に、目にもの見せる時が来たのよ! うふっ、ふはっ、ふはははははははははははは……!」
「なんか姉の方がひどく残念なことになってるんですが、それは大丈夫なんですよー……?」
「まあいいじゃないの。鬱々としているよりよほど健康的ではなくて?」
まあ、姉さんはいつもこんな感じだけどね。
しかし……チャンピオンか。そう言われるとなんだか力がみなぎってくるような気がしてきたわ。
「今日はありがとうね映姫ちゃん。おかげで望みが断たれずに済んだわ」
「どういたしまして。では私もそろそろ仕事に戻らせてもらいましょう」
「神に抗う愚か者どもめ! この化け蟹で始末してくれる!」
「荒ぶる神よー! どうかその怒りを鎮めたまえですよー!」
「なにやってんのよあんたたちは。とっとと帰るわよ!」
なんだかんだいっても、やっぱり映姫ちゃんのところに来て正解だったみたいね。
よーし、これからは幻想郷最強の美人姉妹神として信仰を集めまくり、ぶいぶい言わせるとしましょうか!
「うう~っ、今日はまた一段と冷えるわね~っ」
「穣子、お茶が入ったわよ」
「おっ、サンキュー姉さん!」
住み慣れた我が家で、姉さんが淹れてくれた紅茶をいただく。
向かうところ敵なしの神様といえども、やっぱりこういう憩いの時間が必要よね~。
「それにしても、思ったほど秋度って集まらないものねえ」
「まだ秋の幻想度が足りてないんじゃないかしら。外の世界における寒暖の差が加速度的に広がらない限り、私たちの神強度も上がらないみたいね」
姉さん、ちょっと度が過ぎるんじゃないかしら?
まあこの分じゃ、今年中に幻想郷を征服するのは無理そうね。ざーんねん。
「オメーラなに和んでやがるんですよー!? ちったあ私を手伝ったらどうなんですよー!?」
おおっと、そういえばリリーに窓の補修をさせていたんだっけ。
っていうか自分で壊したものくらい自分一人で直しなさいっての。手伝うなんてもっての他よ。
「そういえば、森の古道具屋さんでこんな本を見つけたのだけど」
「まあ姉さん! 『無頼の徒』なんてよく見つけ出してこれたわね! ずっと探してたのよ、その本!」
しかも有り難いことに邦訳版だわ。後で読ませてもらいましょう。
そういえば「異端者」と「守護者」の邦訳ってまだされてないのかしら? ずーっと待ってるのに何の音沙汰も無いわねえ。
「いまさら取って付けたような神河ネタなんざいらねえんですよー! へっ、へっ、へーぶしっですよー!」
「あんたは口を動かさずに手を動かしなさい。早く終わらせないと風邪を引くわよ?」
外で作業するリリーは見るからに寒そうだが、私たちだって十分寒い。
まあ、もうしばらくの辛抱よ。秋の力で幻想郷を制圧した暁には、冬みたいな気の滅入る季節なんて永遠に追放してやるんだから!
「ねえ穣子、幻想郷の気候について少し考えてみたんだけど……」
「なあに? 姉さん」
「幻想郷って、外の世界と陸続きの場所にあるのよね?」
「たしかそうだったと思うけど」
「だとしたら、外の世界と幻想郷における大気の状態というのは、常に同じになるんじゃないのかしら」
「どういうことですよー?」
リリーは理解できていないようだが、私には姉さんの言わんとしていることがわかってしまった。
そうよ、幻想郷の季節が春と秋だけになったところで、夏があった時期は暑いままだし、冬があった時期は寒いままになる!
結局のところ、状況は何一つ変わってないじゃないの!
「おのれ映姫ちゃん……よりにもよってこの私を謀るとは、閻魔の分際でいい度胸してるわね……!」
「ヤマザナドゥは寒暖の差が小さくなるとは一言も言っていないわ。彼女を責めるのはお門違いというものよ」
「それってつまり……閻魔様の意味深なセリフを私たちが勝手に解釈して、アホみたいに盛り上がっていただけなんですよー?」
「そういうことになるわね」
なんということ。
思いっきりいつものパターンに陥ってるじゃないのよ。ああ恥ずかしい!
「でも、まだ希望は残されているわ。多少の誇張が含まれることはあっても、彼女は基本的に嘘をつかないはずだから」
「じゃあ、私たちがパワーアップしてこの世の秋を謳歌できる可能性も、僅かながら残されているということね?」
「今は雌伏の時よ、穣子。いずれ訪れる至福の時までね……」
キザったらしいポーズは板についてきたようだけど、肝心の決め台詞に駄洒落が含まれていたのでは台無しね。
ともあれこのままじゃ終われないわ。必ずや大いなる力を手中に収め、幻想郷の全てを屈服させてやるんだから!
「まずは今年の冬を越えないとね! さあリリー、休んでないでさっさと窓を直しなさいっ!」
「まったく、妖精使いの荒い神様も居たもんですよー……ん?」
余所見をしたリリーの表情が、どういうわけか急激に険しさを増していく。
うーん、なにかしら。なんだか物凄く嫌な予感がする……。
「てっ……てってっテメーはっ!? こんなところで一体なにをしてやがってるんですよー!?」
「お久しぶりねリリーホワイト。あらあら、そんな物騒な道具を持って、空巣の真似事か何かかしら?」
「なにしてやがるって聞いてるんですよー! うらああああああああああああっ!」
リリーは金槌を振り上げ、私たちから見て死角に居る何者かに向かって突進していった。
しかし今の声、どこかで聞いたことがあるような……。
「こんな危ない物を振り回す子は、お仕置きホテルにぶち込んでやらないとね」
「ちくしょう、そいつを返しやがれですよー! そいつでてめえのドタマをカチ割ってやるですよー!」
「身の程を知りなさい。そして……黙りなさい」
「ぎゃああああああああああああですよー……!?」
リリーの断末魔が聞こえた……。
彼女は一体何と戦っていたというの……?
「穣子、呆けてないで戦いの準備をなさい」
深刻な表情の姉さんが、私に鍬を手渡してきた。
「戦うって……一体何とよ!?」
「あなたの質問など関係なし!」
「何者っ!?」
けたたましい音を立てて玄関の扉が吹き飛ぶと同時に、猛烈な寒気が家の中へと吹き込んでくる。
ああ、なんということ! まだ11月なのにっ、アイツの季節には早すぎるというのにっ!
「ついに! レティ・ホワイトロック様が! 幻想郷に帰ってきたわよっ!」
「まだ早いっつーのよホワイト黒幕! とっととお外に帰りなさいっ!」
「諸々の事情により、今年から11月は冬に編入されました。ということで、ホワイトロック様の寒気に酔いなさい!」
おのれ、冬の妖怪レティ! 貴様のせいで幻想郷の秋が破壊されてしまうじゃないのっ!
接近して一撃を叩き込もうにも、凄まじい吹雪のせいで身動きがとれない!
私たちの秋は、ここで終わってしまうというの……?
「そこまでよ!」
「むうっ!?」
突然現れた何者かが、レティを後ろから羽交い絞めにした。
天佑とはまさにこのことね! よし、今のうちに……。
「いけませんわ神様! 今のあなた方では、レティを倒すことなどできません!」
「いきなり現れて失礼なヤツね! あんた一体何者よ!?」
「私……? ふふふ、四季の乱れを憂う者とでも言っておこうかしら。あなた方と同じく、ね」
何者かって聞いてはみたけど、ぶっちゃけもう誰だかわかっちゃってるのよねえ。
チラチラ見えてる緑の髪と、あまりにも特徴的な赤いチェックのスカート。
まあ花映塚で5ボスポジションにいる彼女なら、1ボスのレティくらいどうにかできそうね。
「冬符『フラワーウィザラウェイ』」
「ぎゃあああああああああ寒いいいいいいいいいいっ!?」
あ、なんかヤバそう。
「登場ステージ=設定上の強さなんて過去の概念に過ぎないわ。神霊廟を見てみなさいな。どう見たって1ボスが一番デンジャラスでしょう?」
「いや、そいつ6ボスじゃないの! あんたが1ボスやってたゲームで!」
強さ議論に華を咲かせるのも結構だけど、1ボスでレベル1な私たちの気持ちも少しは考えてほしいものだわ。
「あなたたち、何をボケッと見てるのよ!? ここは私が食い止めるから早くお逃げなさい!」
「くっ……! このっ、放しなさ、あんっ!?」
「私がレティの乳房を揉みしだいている間に、早く!」
どさくさにまぎれて何をやっているのか、この脳天お花畑は。
しかし彼女の言うとおり、今の私たちにはレティを倒せるだけの秋度が無い。
「不本意ながらエスケープさせてもらうわ! 行きましょう姉さん!」
「首を洗って待っていなさい、レティ・ホワイトロック! 私たちがチャンピオンになった暁には、あなたなんかチョチョイのパーで一捻りよ!」
「冬のピープルズ・チャンプは私よ! 依然変わりなく……いつまで人の胸を弄ぶ気よ、この痴女っ!」
「うるさいわね! だったらあなたが私の胸を揉めばいいでしょう!? ホラ!」
「どういう理屈よ!?」
取っ組み合いを続ける妖怪二匹の横をすり抜け、私たちは家からの脱出に成功した。
ふと足元を見ると、レティにスマックダウンされたと思しきリリーが転がっていたので、頬を二、三発叩いて覚醒を促してやる。
「穣子……私たちこれからどうしたらいいの……?」
「弱音を吐いている時間は無いわよ、姉さん。かくなる上は幻想郷に残った秋度をかき集めて、レティのやつに一矢報いるまでよ!」
「フッ……玉砕は必至ということなのね。いかにも私たちらしい最後だわ」
うーん、二つ名に「終焉」とか入っちゃってる姉さんはともかく、私らしい最後とは言えないんじゃないかしらねえ?
おっと、リリーのやつが目を覚ましたみたいね。
「ううっ……なんかホッペが超痛えんですよー……?」
「きっとレティの仕業よ。それより早くここから逃げましょう」
私と姉さんで両脇からリリーを抱え、駆け足でその場を後にする。
こんなやつでも何かの役には立つだろう。
「うー、秋度秋度。その辺に落ちててくれれば楽なのにねえ」
「秋はもう諦めたほうがいいですよー。それよりも春度を集めて、冬をとっとと終わらせちまうべきですよー」
「この時期に春度なんてあるわけないでしょうボケ妖精が。くだらないこと言ってると爆弾括り付けて特攻させるわよ」
「ひいー! 非人道兵器反対ですよー!」
九代目阿礼乙女なら諸手をあげて賛同しそうだけどね。妖精ミサイルとか。
とにかく、このまま黙ってやられるなんて、神としてのプライドが許さないわ。
そう、私たちの秋は、まだ始まったばかりなんだから!
「いやいや、もうすぐ終わっちまいそうですよー? プークスクス」
ええい、どこまでも不届き千万なヤツめ。
私と姉さんは顔を見合わせて頷くと、急停止してリリーを前方に放り投げてやった。
「あああああああれえええええええええええですよおおおおおおおおおおおぉ……!?」
紅葉に映える妖怪の山の空高く、季節はずれの春告精がすっ飛んで行くのを、私たちは一仕事終えたかのような表情で見送ってやった。
でも、神が何でもやってくれると考えるのは間違いよ。
「穣子、話って何?」
寂しさと終焉とナルシズムの象徴にして我が姉、秋静葉のお出ましだ。
いつもの服の上に襟を立てたトレンチコートを着込み、目元を隠すはレイバンのサングラス。
晩秋の寂しさを全身で表現しているつもりだろうけど、残念ながら致命的なまでに似合っていないわね。
「姉さんってばまた変な格好して! 真面目に話を聞く気があるの?」
「穣子……昔はお姉ちゃんって呼んでくれたのに、寂しいわね……」
「寂しくなるのはこれからよ。なにせこの国の季節から秋が失われてしまうんですもの……永遠にね!」
春夏秋冬のサイクルに乱れが生じているのではないか? そのような疑問をお持ちの方も多いのではないだろうか。
昨日まで暑かったのに、どうして今日はこんなに寒いのかしら? ってな具合にね。
このまま寒暖の差が激しくなってゆけば、この国の季節は夏と冬だけになり、間の季節は失われてしまうだろう。
「秋は幻の季節となり、やがては幻想入りしてしまう……どうよ姉さん! 驚きのあまり言葉も出ないかしらっ!?」
「そう……それはお気の毒に……」
「あ、あれー? なんか反応薄くなーい?」
なによう、キザったらしいポーズなんかキメちゃって。
私の話をちゃんと理解できてるのかしら?
「何事にも終わりは訪れるものよ、穣子。取り立てて驚くほどのことでもないわ」
「いや、そんな達観されても困るんだけど……」
「人が数多持つ予言の日よ。願わくば、我らが季節にも好き終焉が訪れんことを……」
うーん、ちょっと何言ってるかわからないですね。
「そんな呑気なこと言ってる場合じゃないでしょう。このままじゃ姉さんの大好きな紅葉も見れなくなるし、春のお花見だってできなくなるのよ?」
「なっ、なんですよおおおおおおおぉっ!?」
絶叫と共に窓ガラスがぶち破られ、謎の黒い塊が私の部屋へと飛び込んできた。
どこのどいつだか知らないけど、神のお家にカミカゼするとは笑止千万、不届き千万!
「はっ、はっ、春が無くなるんですよー!? オマエ一体なんつー世迷い事を抜かしやがってるんです」
「喧しい」
黒い塊の顔面と思しき部位に、姉さんのローキックが突き刺さった。
鼻血を噴き出しながら悶絶するこの黒頭巾、よく見たら妖精の一種みたいね。
なんだろう、コイツどっかで見たことがあるような……。
「おぐえぇ、ぶふっ……零細神様の分際で、なかなかイイ蹴り持ってやがるんですよー……」
「もう一発いっとく?」
「いや、結構ですよー。それよりさっきの話を詳しく聞かせるんですよー」
袖で鼻血を拭いつつ、暗黒妖精が立ち上がった。
奴が身じろぎする度に、ガラスの破片がパラパラと音を立てて舞い落ちる。
ちくしょう、これから寒くなるってのにヒドイことしやがって。
「その前に名乗ったらどうなの? それともこのまま身元不明にしてあげましょうか?」
「はあ? てめえら私の顔を忘れやがったんですよー? これだから信仰とオツムの足りない神様ってやつは……」
オーケー。コイツの運命決まったわ。
私はベッドの下から鍬を二本取り出し、一本を姉に手渡した。
「あんた妖精でしょ? だったら一回休みなんて慣れっこよね」
「季節はずれの謝肉祭と洒落込みましょう。謝る肉塊を刻む祭……血が騒ぐわ」
「ちょっ、ちょっと待つんですよー!? ホ、ホラ! リリーです! みんなの大好きなリリーホワイトですよー!」
ブラックなのにホワイトとはこれ如何に。
兎に角私は嘘つきが嫌いだ。顔面を耕してやりたくなるくらい嫌いだ。
そして悪意の種を蒔く。憎悪を収穫するために!
「あーもう! なんでますます殺る気になってるんですよー!? ええい、かくなる上はっ……!」
ヤツは被っていた帽子を地面に叩きつけると、懐に手を差し込んだ。
なによ、銃でも取り出すつもりなのかしら?
「装……着! ですよー」
なんだ、ただの白い帽子じゃないの。
いや、ちょっと待て……この帽子を被ったコイツの姿、まさか!?
「リリー……ホワイト?」
「リリー! リリーホワイトじゃない! 何やってるのよこんな所で!?」
「ぐあああああああああああああああ! なんなんですよオメーラはあっ!?」
白頭巾リリーホワイトは獣のような唸り声を上げ、再び帽子を地べたに叩きつけた。
いやあ、でもまあ仕方ないじゃん? 帽子や服の色が違うだけでも受ける印象って変わっちゃうもんでしょ? 私たちって。
おおっと、これ以上はいけないね。あっはっはー。
「なに笑って誤魔化そうとしてるんですよー!? こちとら危うくミンチにされるところだったんですよー!」
「うっさいわね。そんな辛気臭い服着てるからわからなかったんじゃないの。少しは反省しなさい」
「どこかで葬式でもあったのかしら? それなら私も呼んでくれればよかったのに……」
「なにこの姉妹、マジで遠慮が無さすぎですよー……」
可哀想に、リリーのやつドン引きしているわ。
まあ安心しなさい。私も姉さんの発言には少々どうかと思うところがあったから。
お前はどこの死神だっつーの。
「私が黒を着ているのは、単にアルバイトの帰りであるからにして、取り立てて深い理由なんか無いですよー!」
「アルバイト? 春告精の癖にバイトなんかやってるなんて、ちょっと生意気だわ」
「シーズンオフは暇なんですよー。だから私は是非曲直庁で裁判官のバイトを……」
「ちょっと待って! 是非曲直庁ってもしかして、あの閻魔様のところ!?」
「うふふ、他にあったら教えて欲しいんですよー? 今日も1024人くらい地獄に叩き落してやったですよー」
なんということ。
資金難とか人材不足とかいうレベルじゃねーぞ。それでいいのか是非曲直庁。
こんなアホ妖精に最後の審判を下されるだなんて、生前どんな大悪党だったとしても同情するわ。
「ジャッジメントですよー!」
「ええいやかましい! ねえアンタ、あそこで働いてるってことは、当然閻魔様とも顔見知りなわけよね?」
「それがどうかしたんですよー?」
「いやあ、私たちちょっと閻魔様に相談したいことができたもんだから、どうにかお会いできるよう取り計らってくれないかなーって……」
私たちが今現在直面している「四季」についての問題。
同じ「四季」の名を冠する彼女なら、何かためになるお話を聞かせてくれるのではないだろうか?
そんな私の意図を姉さんも察したらしく、こちらに向かって力強く頷いてみせる。
うんうん、やっぱり持つべきものは姉妹よねー。
「できねーこともねーと思いますが、一体どういう風の吹き回しなんですよー?」
「あのね、私たちもうすぐ死んじゃうの。だから少しでも閻魔様の心証を良くしておこうと思ってね。そうでしょ? 穣子」
あーあ、前言撤回。
この姉まるでわかってねえよ!
「死ぬってもしかして、さっき言ってた季節がどうのとかいう……あああああああ春が死ぬううううううううう!?」
「そうよリリー、私たちは死ぬのよ! 巡る巡る四季は巡る巡り巡って死期と化す! さらば愛しき幻想郷よ! 死せる季節は涅槃で待つぞ!」
「いいかげんにしなさいっ!」
鍬を逆手に持ち替え、錯乱するアホ二人を横薙ぎに一閃する。
うーむ、我ながら素晴らしい威力だわ。この技を「神宝『鍬スチカ』」とでも名付けようかしら。
「そんな後ろ向きなことでどーするのっ! 私たちは生きる! 生きてゆかねばならないのよっ!」
「あ……あ……アタマが捻じ切れるかと思ったですよー……」
「ウフフ……見なさい穣子……お花畑で冴月麟が手を振ってるわ……」
おっと、いかんいかん。少々ツッコミが激しすぎたかしら?
っていうか姉さん、その人誰よ?
「いいこと考えた……このまま安らかな眠りにつけば、閻魔様のところまで直行できるんじゃないかしら……」
「いや、無理でしょ。姉さんに三途の川の渡し賃が払えるとは思えないもの。主に人徳的な意味で」
「ひでえ妹も居たもんですよー」
まあ私なら余裕でしょうね。
こう見えて結構信仰集まってるし。
「仕方ないわねー。ホラ姉さん、私におぶさって」
「あったかい……最後の最後にあったかい……」
「麗しき姉妹愛ってやつですよー? プークスクス」
「うっさいボンクラ妖精。さっさと案内しなさい」
私は黒い帽子を拾ってリリーの頭に被せた後、彼女の尻を蹴っとばしてやった。
三途の川をはるばる越えて、やってきました裁判所。
途中で死神に袖の下を要求されるというアクシデントがあったものの、その他の問題は全てリリーがなんとかしてくれました。
本当に大丈夫なのかよ、是非曲直庁。
「私のサングラス……私のトレンチコート……」
「また新しいのを買えばいいじゃない。それにしてもちゃっかりしてたわねー、あの死神」
渡してやるのは構わないけど、あたいはタダ働きが嫌いなんだよねー。とは死神の弁だ。
コートのサイズは明らかに合っていなかったが、サングラスはなかなか様になっていたように思える。
「四季映姫・ヤマザナドゥはデスクワークの真っ最中らしいですよー。この部屋ですよー」
「ちょっ、なんですかあなたたちは。ノックくらいしなさいよ」
いきなり部屋になだれ込んできた私たちを見て、流石の閻魔様も面食らったようだ。
「リリーホワイトに、秋の姉妹神……? 一体これは……」
「ヤマザナドゥ、時間が惜しいので早速本題に入らせていただきますわ」
姉さんが一歩前に歩み出て、閻魔様のデスクに両手を叩きつけた。
ここまで積極的な姉さんを見るのは久しぶりだわ。ちょっとだけ見直したかも。
「あの赤毛の死神を今すぐここに呼び出しなさい! 奴には徹底的な再教育が必要よ!」
「赤毛の死神って、もしかして小野塚小町のこと? 彼女がなにか……」
「ええ、場合によってはあなたの管理責任が問われることにちょっと穣子なにするのはなしなさぐふぅっ」
くそっ、ちょっとでも見直してしまった自分が嫌になるわ。
やはりここは私からお話するしかないようね。
「申し訳ありませんヤマザナドゥ。姉は少々錯乱していただけなんですヤマザナドゥ」
「そのくらいのこと見ればわかりますよ。あとそのヤマザナドゥっていうのやめなさい。なんだか馬鹿にされてるみたいで不愉快です」
「じゃあ、映姫ちゃんって呼んでいい?」
「いきなり馴れ馴れしくならないでよ……」
映姫ちゃんが漏らした溜息を、私は承認の合図と受け取らせてもらった。
さて、それでは本題に入らせてもらうとしようかしら。
「大変よ映姫ちゃん! 秋がなくなってしまうわ!」
「自殺はいけませんよ! 非生産的な!」
「そうじゃなくて、太陽黒点の数がエルニーニョで二酸化炭素さんがご立腹なの! このままじゃ核の冬が来て、地上に人が住めなくなるのよっ!」
「ニュークリアウィンターワンダーランド。ホロテープで再生してね」
「姉さんは黙ってて!」
「あーはいはいわかりました。つまりあなたはこう言いたいのね? 『寒暖の差が激しくなったせいで、秋の到来が実感できない』と。違うかしら?」
「そう! ……多分、それで合ってると思うわ!」
それっぽい単語をテキトーに並べてみただけなのに、ここまで正確に私の意図を汲んでくれるなんて、みのりん感激!
さすがは閻魔の映姫ちゃん。伊達にあの世は見てないわね!
「しかし、なぜ私にそのような相談を? 他にもっと相応しい相手がいるのではないかしら?」
「幻想郷広しといえども、名前に四季って言葉が入ってるのは映姫ちゃんしかいないでしょう」
「名前って、そんな安直な……」
「あれ? ここって幻想郷なんですよー?」
あら映姫ちゃん、呆れた顔もなかなかカワイイじゃないの。
それとリリー、幻想郷の定義について論じたいなら他所でやって頂戴。
「季節についての相談なら、私じゃなくて四季のフラワーマスターにでもすればいいじゃない」
「紅魔館のパーティーで誰とも話さずに帰った風見幽香さんは関係ないでしょう! いい加減にして!」
「なっ、なんであなたがそんなに怒るのよ!?」
懐かしいわねあのパーティ。あの時なぜかリリーが二人居た気がするけど、きっと一人は名無しのモブ妖精よね。そうに決まってるわ。
ちなみに私は、左上の方で幻想郷屈指のヤバキチ二人と楽しく歓談してました。
少々見切れてるのが残念だけど、コミックスをお持ちのあなたは是非確認してみてね。
「穣子、彼女は門番さんと花の手入れについて話をしてたわ。見える部分だけでボッチ扱いするのは失礼というものよ」
「そんなフォローは要らないのよ姉さんっ! とにかく映姫ちゃん、あなただけが頼りなのっ!」
「そんな、私に一体どうしろと……?」
「映姫ちゃん、あなた確か『白黒はっきりつける程度の能力』を持っていたわよね? その能力の応用でなんとかならないものかしら?」
「それってつまり、曖昧になった春夏秋冬をはっきりつけてみせろということ……? 無理よそんなの、できっこないわ」
弱気になった映姫ちゃんもカワイイわね。って、そんなこと言ってる場合じゃない!
こんなところまで来て収穫ゼロだなんて、稲田姫様に叱られちゃうわっ!
「お願いよ映姫ちゃん! お望みとあらば土下座でも何でもやってみせるわ! 姉さんが! なんなら命だって差し出してあげるわ! 姉さんがっ!」
「穣子……昔はあんなに優しい子だったのに。女の心変わりは恐ろしいわね……」
「女心は秋の枝、もとい秋の空ってやつですよー? プークスクス」
「兎に角できないものはできません。そもそも、なぜあなたはそんなに秋が失われてしまうことを恐れるのかしら?」
なにっ。
言うに事欠いてなんてことぬかしやがるのか、この童顔閻魔め。
「映姫ちゃん、今の発言はちょーっといただけないわね。あなたにとっては至極どうでもいいことなんでしょうけど、私たちにとっては死活問題なのよ?」
「よく考えてみなさい。秋が失われる、すなわち秋が幻想入りするということは、あなたたち姉妹にとってはこの上なく喜ばしいことではないですか」
「つまり……どういうことだってばですよー?」
私たちにとって喜ばしいこと? そんなばかな。
「秋が幻想の季節となれば、外の世界から大量の『秋度』が幻想郷になだれ込んでくることでしょう。当然、その秋度は秋を司るあなたたちのものとなる」
「……大量の秋度を手に入れた私たちは、その力で幻想郷の季節を席巻し、やがては支配するに至る……と」
「ちょっ、姉さん!?」
「おおっと、春を忘れてもらっては困るんですよー。外の世界は夏と冬、幻想郷は春と秋。これで白黒はっきりつけられたんですよー!」
「ふふっ、どうやら私もメンツを保つことができたようですね。どうかしら穣子さん、これなら文句は無いでしょう?」
なにこの状況。ひょっとして話についていけてないのって、私だけ?
オーケー穣子。落ち着いて話を整理してみましょう。
えーっと、まず秋が幻想入りするってところから始まって、その結果として私たちがなんかこう、その、ものすごく強化されるってことでいいのかな?
「そんなに難しい話ではないわよ穣子。私たちは幻想郷のチャンピオンになるの。八百万の神々の中でも端くれもいいところだった私たちがね」
「チャ、チャンピオンですって!? なんて頭が悪そうで残念な響き……」
「今まで私たちをさんざん馬鹿にしてきた連中に、目にもの見せる時が来たのよ! うふっ、ふはっ、ふはははははははははははは……!」
「なんか姉の方がひどく残念なことになってるんですが、それは大丈夫なんですよー……?」
「まあいいじゃないの。鬱々としているよりよほど健康的ではなくて?」
まあ、姉さんはいつもこんな感じだけどね。
しかし……チャンピオンか。そう言われるとなんだか力がみなぎってくるような気がしてきたわ。
「今日はありがとうね映姫ちゃん。おかげで望みが断たれずに済んだわ」
「どういたしまして。では私もそろそろ仕事に戻らせてもらいましょう」
「神に抗う愚か者どもめ! この化け蟹で始末してくれる!」
「荒ぶる神よー! どうかその怒りを鎮めたまえですよー!」
「なにやってんのよあんたたちは。とっとと帰るわよ!」
なんだかんだいっても、やっぱり映姫ちゃんのところに来て正解だったみたいね。
よーし、これからは幻想郷最強の美人姉妹神として信仰を集めまくり、ぶいぶい言わせるとしましょうか!
「うう~っ、今日はまた一段と冷えるわね~っ」
「穣子、お茶が入ったわよ」
「おっ、サンキュー姉さん!」
住み慣れた我が家で、姉さんが淹れてくれた紅茶をいただく。
向かうところ敵なしの神様といえども、やっぱりこういう憩いの時間が必要よね~。
「それにしても、思ったほど秋度って集まらないものねえ」
「まだ秋の幻想度が足りてないんじゃないかしら。外の世界における寒暖の差が加速度的に広がらない限り、私たちの神強度も上がらないみたいね」
姉さん、ちょっと度が過ぎるんじゃないかしら?
まあこの分じゃ、今年中に幻想郷を征服するのは無理そうね。ざーんねん。
「オメーラなに和んでやがるんですよー!? ちったあ私を手伝ったらどうなんですよー!?」
おおっと、そういえばリリーに窓の補修をさせていたんだっけ。
っていうか自分で壊したものくらい自分一人で直しなさいっての。手伝うなんてもっての他よ。
「そういえば、森の古道具屋さんでこんな本を見つけたのだけど」
「まあ姉さん! 『無頼の徒』なんてよく見つけ出してこれたわね! ずっと探してたのよ、その本!」
しかも有り難いことに邦訳版だわ。後で読ませてもらいましょう。
そういえば「異端者」と「守護者」の邦訳ってまだされてないのかしら? ずーっと待ってるのに何の音沙汰も無いわねえ。
「いまさら取って付けたような神河ネタなんざいらねえんですよー! へっ、へっ、へーぶしっですよー!」
「あんたは口を動かさずに手を動かしなさい。早く終わらせないと風邪を引くわよ?」
外で作業するリリーは見るからに寒そうだが、私たちだって十分寒い。
まあ、もうしばらくの辛抱よ。秋の力で幻想郷を制圧した暁には、冬みたいな気の滅入る季節なんて永遠に追放してやるんだから!
「ねえ穣子、幻想郷の気候について少し考えてみたんだけど……」
「なあに? 姉さん」
「幻想郷って、外の世界と陸続きの場所にあるのよね?」
「たしかそうだったと思うけど」
「だとしたら、外の世界と幻想郷における大気の状態というのは、常に同じになるんじゃないのかしら」
「どういうことですよー?」
リリーは理解できていないようだが、私には姉さんの言わんとしていることがわかってしまった。
そうよ、幻想郷の季節が春と秋だけになったところで、夏があった時期は暑いままだし、冬があった時期は寒いままになる!
結局のところ、状況は何一つ変わってないじゃないの!
「おのれ映姫ちゃん……よりにもよってこの私を謀るとは、閻魔の分際でいい度胸してるわね……!」
「ヤマザナドゥは寒暖の差が小さくなるとは一言も言っていないわ。彼女を責めるのはお門違いというものよ」
「それってつまり……閻魔様の意味深なセリフを私たちが勝手に解釈して、アホみたいに盛り上がっていただけなんですよー?」
「そういうことになるわね」
なんということ。
思いっきりいつものパターンに陥ってるじゃないのよ。ああ恥ずかしい!
「でも、まだ希望は残されているわ。多少の誇張が含まれることはあっても、彼女は基本的に嘘をつかないはずだから」
「じゃあ、私たちがパワーアップしてこの世の秋を謳歌できる可能性も、僅かながら残されているということね?」
「今は雌伏の時よ、穣子。いずれ訪れる至福の時までね……」
キザったらしいポーズは板についてきたようだけど、肝心の決め台詞に駄洒落が含まれていたのでは台無しね。
ともあれこのままじゃ終われないわ。必ずや大いなる力を手中に収め、幻想郷の全てを屈服させてやるんだから!
「まずは今年の冬を越えないとね! さあリリー、休んでないでさっさと窓を直しなさいっ!」
「まったく、妖精使いの荒い神様も居たもんですよー……ん?」
余所見をしたリリーの表情が、どういうわけか急激に険しさを増していく。
うーん、なにかしら。なんだか物凄く嫌な予感がする……。
「てっ……てってっテメーはっ!? こんなところで一体なにをしてやがってるんですよー!?」
「お久しぶりねリリーホワイト。あらあら、そんな物騒な道具を持って、空巣の真似事か何かかしら?」
「なにしてやがるって聞いてるんですよー! うらああああああああああああっ!」
リリーは金槌を振り上げ、私たちから見て死角に居る何者かに向かって突進していった。
しかし今の声、どこかで聞いたことがあるような……。
「こんな危ない物を振り回す子は、お仕置きホテルにぶち込んでやらないとね」
「ちくしょう、そいつを返しやがれですよー! そいつでてめえのドタマをカチ割ってやるですよー!」
「身の程を知りなさい。そして……黙りなさい」
「ぎゃああああああああああああですよー……!?」
リリーの断末魔が聞こえた……。
彼女は一体何と戦っていたというの……?
「穣子、呆けてないで戦いの準備をなさい」
深刻な表情の姉さんが、私に鍬を手渡してきた。
「戦うって……一体何とよ!?」
「あなたの質問など関係なし!」
「何者っ!?」
けたたましい音を立てて玄関の扉が吹き飛ぶと同時に、猛烈な寒気が家の中へと吹き込んでくる。
ああ、なんということ! まだ11月なのにっ、アイツの季節には早すぎるというのにっ!
「ついに! レティ・ホワイトロック様が! 幻想郷に帰ってきたわよっ!」
「まだ早いっつーのよホワイト黒幕! とっととお外に帰りなさいっ!」
「諸々の事情により、今年から11月は冬に編入されました。ということで、ホワイトロック様の寒気に酔いなさい!」
おのれ、冬の妖怪レティ! 貴様のせいで幻想郷の秋が破壊されてしまうじゃないのっ!
接近して一撃を叩き込もうにも、凄まじい吹雪のせいで身動きがとれない!
私たちの秋は、ここで終わってしまうというの……?
「そこまでよ!」
「むうっ!?」
突然現れた何者かが、レティを後ろから羽交い絞めにした。
天佑とはまさにこのことね! よし、今のうちに……。
「いけませんわ神様! 今のあなた方では、レティを倒すことなどできません!」
「いきなり現れて失礼なヤツね! あんた一体何者よ!?」
「私……? ふふふ、四季の乱れを憂う者とでも言っておこうかしら。あなた方と同じく、ね」
何者かって聞いてはみたけど、ぶっちゃけもう誰だかわかっちゃってるのよねえ。
チラチラ見えてる緑の髪と、あまりにも特徴的な赤いチェックのスカート。
まあ花映塚で5ボスポジションにいる彼女なら、1ボスのレティくらいどうにかできそうね。
「冬符『フラワーウィザラウェイ』」
「ぎゃあああああああああ寒いいいいいいいいいいっ!?」
あ、なんかヤバそう。
「登場ステージ=設定上の強さなんて過去の概念に過ぎないわ。神霊廟を見てみなさいな。どう見たって1ボスが一番デンジャラスでしょう?」
「いや、そいつ6ボスじゃないの! あんたが1ボスやってたゲームで!」
強さ議論に華を咲かせるのも結構だけど、1ボスでレベル1な私たちの気持ちも少しは考えてほしいものだわ。
「あなたたち、何をボケッと見てるのよ!? ここは私が食い止めるから早くお逃げなさい!」
「くっ……! このっ、放しなさ、あんっ!?」
「私がレティの乳房を揉みしだいている間に、早く!」
どさくさにまぎれて何をやっているのか、この脳天お花畑は。
しかし彼女の言うとおり、今の私たちにはレティを倒せるだけの秋度が無い。
「不本意ながらエスケープさせてもらうわ! 行きましょう姉さん!」
「首を洗って待っていなさい、レティ・ホワイトロック! 私たちがチャンピオンになった暁には、あなたなんかチョチョイのパーで一捻りよ!」
「冬のピープルズ・チャンプは私よ! 依然変わりなく……いつまで人の胸を弄ぶ気よ、この痴女っ!」
「うるさいわね! だったらあなたが私の胸を揉めばいいでしょう!? ホラ!」
「どういう理屈よ!?」
取っ組み合いを続ける妖怪二匹の横をすり抜け、私たちは家からの脱出に成功した。
ふと足元を見ると、レティにスマックダウンされたと思しきリリーが転がっていたので、頬を二、三発叩いて覚醒を促してやる。
「穣子……私たちこれからどうしたらいいの……?」
「弱音を吐いている時間は無いわよ、姉さん。かくなる上は幻想郷に残った秋度をかき集めて、レティのやつに一矢報いるまでよ!」
「フッ……玉砕は必至ということなのね。いかにも私たちらしい最後だわ」
うーん、二つ名に「終焉」とか入っちゃってる姉さんはともかく、私らしい最後とは言えないんじゃないかしらねえ?
おっと、リリーのやつが目を覚ましたみたいね。
「ううっ……なんかホッペが超痛えんですよー……?」
「きっとレティの仕業よ。それより早くここから逃げましょう」
私と姉さんで両脇からリリーを抱え、駆け足でその場を後にする。
こんなやつでも何かの役には立つだろう。
「うー、秋度秋度。その辺に落ちててくれれば楽なのにねえ」
「秋はもう諦めたほうがいいですよー。それよりも春度を集めて、冬をとっとと終わらせちまうべきですよー」
「この時期に春度なんてあるわけないでしょうボケ妖精が。くだらないこと言ってると爆弾括り付けて特攻させるわよ」
「ひいー! 非人道兵器反対ですよー!」
九代目阿礼乙女なら諸手をあげて賛同しそうだけどね。妖精ミサイルとか。
とにかく、このまま黙ってやられるなんて、神としてのプライドが許さないわ。
そう、私たちの秋は、まだ始まったばかりなんだから!
「いやいや、もうすぐ終わっちまいそうですよー? プークスクス」
ええい、どこまでも不届き千万なヤツめ。
私と姉さんは顔を見合わせて頷くと、急停止してリリーを前方に放り投げてやった。
「あああああああれえええええええええええですよおおおおおおおおおおおぉ……!?」
紅葉に映える妖怪の山の空高く、季節はずれの春告精がすっ飛んで行くのを、私たちは一仕事終えたかのような表情で見送ってやった。
オチの布都に笑ったwそもそもそれサーフィンじゃねーし! ヨットだし!
>1ボスでレベル1
加えてチュートリアル扱いの秋姉妹カワイソス
たぶんこいつらはまとめてなぎ払って平気な神ですー
そんなものはなかった
ところで5マナと優先権とグラサンとコートを用意したんだが、小町さんのコントロールを渡してくれないかね
まあ、春や秋を幻想入りさせたくはないですね…
それとは別に、本当に怒涛のようなネタとボケと突っ込みで読者を飽きさせない、このテンポは最高。
ここまでボケれば、もはや天才でござるね!
いや、何処行った!?