雀の鳴き声、少し寒くなった空気、カーテンの隙間から射しこむ太陽光。
窓の外で昏倒している鴉天狗……。
夢うつつの状態ながら、弾幕で不届き者を退治した後、私、早苗は今日も普通に目を覚ましました。
でもまぶたは重く、完全に夢の世界から抜け出せていないのが自分でも分かります。
ちなみに弾幕は、窓をすり抜けて闖入者を退治できる奇跡仕様なのです。
(五つ数えたら布団を出よう、三、二、一、ゼロ)
何とか起き上がり、外界の友人との写真に目をやって、欠伸をしながらとりあえず洗面所へ行きます。
「ふぁ~あ諏訪子様おはようございます」
「おはよー」
諏訪子様は朝食の支度をしていました、赤いジャージ姿です。
私の持ってきた服ですが、諏訪子様はこれが気に入ったらしいです。
今朝のおかずは焼いた鮭と味噌汁、沢庵。
いつもは神奈子様か諏訪子様が作って下さるのですが、
早起きした日はたまに自分で作る事もあります。
「早苗、外界の技術ってすごいわね、暖かいし動きやすいし」
「うちの神様たちは変温動物だからかなあ」
「何か言った?」
「ううん」
身支度を済まして、ちゃぶ台につくと、すでに朝食の準備ができていました。
新米で炊かれたご飯、湯気を立たせる味噌汁、適度に脂の乗った鮭と、漬けていた沢庵。
食卓を眺め、満足そうに私はうなずきました。うん、これこそ正統派日本の食卓ですね。
一人と一柱。座って神奈子様の帰りを待ちます。
「帰ってくるころかな」
最近神奈子様はジョギングを始めています。三日坊主、いや三日神さまにならずに続けられています。
諏訪子様がこっそりおっしゃるには、味覚の秋のため、質量が増加あそばされたとの事でした。
程なくして、境内の石段を登り、シャツと丈の短いズボンをはいた神奈子が汗を輝かせて帰ってきます。
これらの衣服は外界をまねて端切れで神奈子様自ら作ったもの。
ちっとも神々しさを感じなく、所帯じみた神々なんですけど、愛すべき私の神様、
そう思います。
「ただいま~、ちょっとお湯浴びてくるから、先に食べていていいよ」
「じゃあ早苗、食べましょう」
私と諏訪子様は両手を合わせ、自然の恵みに感謝します。
「いただきます」
「いただきます」
ふと、外界にいた頃のくせで、テレビのリモコンを探そうと目と手を動かしてしまいました。
諏訪子様と目が合い、私は恥ずかしくなって頭をかきました。
「早苗、テレビは無いんだってば」
「てへへ、そうでした」
外の世界にいた頃、いつもご飯を食べながら、こうして朝の報道番組を見ていたものでした。
実は一番関心を持っていたのは、どの宗教ともつかない占いコーナー。
神々がついているのに、先の運命が不安なのかい、と神奈子様が呆れていたっけ。
「テレビ、見たければ私達の力で何とかしてやろうか?」
「ありがとうございます、でも、朝は静かな方がいいんです……」
番組では、時々悲惨な事件や紛争のニュースも報じられる。
辛い気分になったものです。
外の世界は今どうなっているのか、それをはっきり知る事はかなわないけれど、
様々な情報に触れないで済む、この幻想世界が心地よく感じるのです。
朝食を済ませてから、巫女の服に着替え、朝の日課である境内の掃除を始めます。
さっき撃退した鴉天狗が、頭を押さえながら出てきました。
さすが妖怪の回復力!
「あら文さん、おはようございます、もうお目覚めですか」
営業スマイル♪スマイル。
「うう、ちょっと取材しに来ただけだったのに、弾幕ぶつける事ないじゃないですか。
今日一日寝て過ごす所でしたよ」
「今日と言わず、次の輪廻まで寝ていらしても良いんですよ」
「風祭はひどい事を言いますね」
こういう事を言えるのも、なんやかんやで私と文さんはそこそこ仲が良く、それに文さんはちっとやそっとでは死なない妖怪だから。
普通の人間の場合、意識が無くなるほどの打撃は大事です。
「所で、神さま方は結構ラフな普段着なんですねえ」
文はニヤリと笑いますが、別に気にしません。
「別に記事にもならないでしょう」
「もう記事にしましたから、隠さなくて良いですよ」
記事に書いていたのか。うーん、もっと威力上げとけばよかったかな?
「文さん、やっぱり退治しちゃおうかなあ」
「妖怪は物理的な打撃にはそうそう負けませんよ」
私はちょっと考えました。
「じゃあ精神攻撃かあ、そうですね、朝目覚めたら、鴉の剥製が届いていた、というのはどうでしょう」
「それやったら本気で殺すよ」
「冗談ですよ。おおこわいこわい」
しばらく顔を見合わせて、二人はぷっと噴き出しました。
我ながら奇妙な仲ですね。
「それじゃ帰りますね、ちょっと手を洗わせて下さい」
水場に行こうとした文さんの後ろを、気付かれないようぴったり後をついていきます。
「早苗さん、何かまだ用ですか」 すぐに気付かれました。
「いえ、飛び上がったところをすかさずスカートを押さえて脱がそうと思いまして。
ドロワでも可」
「きゃあ変態」
恥ずかしそうに笑いつつ、文さんは飛翔して雲間に消えていきます。
自分的には軽い嫌がらせのつもりですが、これぐらいしてもまた性懲りも無くやってくるのが文さんなんですよ。
◆
日もだいぶ高くなった頃、今日最初の参拝客が来ました。
河童の河城にとり。
聞くと、今度作る機械がうまく作動するように、と祈願に来たとのこと。
ラフな格好の神奈子様、諏訪子様も急いで着替え、威厳あるお姿で出向きます。
「へへへ、この間はどうも。祈願に参りました」
「あんた達河童には本当に参ったよ。まあ、信仰してくれるのはありがたいけどね」
「とりあえずゆっくりしておゆき」
「ありがとうございます」
今日は特に予定があるわけでもないので、一緒に縁側に座ってお茶を飲む事にしました。
「にとりちゃん、この前の地滑りダムの件で、里の人がここまで来て怒っていましたよ」
「やっぱり? あの時はホント悪い事しちゃったな」
以前神奈子様と諏訪子様は、河童にダムを造らせようとしました。理由は色々。
メタ的に言うと、『東方茨歌仙』1巻を参照して下さい。華扇ちゃん結構可愛い。
話を戻すと、河童さん達はあろうことか、地滑りを起こして強引にダムを造ってしまいました。
幸いにも死傷者は出ませんでしたが、神さま達もさすがに呆れていました。
私も河童の思考パターンを不思議に思いましたが、霊夢さんにその事を話すと、
「あんたの思考パターンも不思議よ」と言われてしまいました。
現人神に対して、たかが巫女風情が! 殺す、絶対ぶっ殺す、とは思ってないですよ。
ただ、美味しい物を食べそこなう、といった程度のしっぺ返しが起こればいいのに、と願ったくらいです。
「でも、こうした方が手っ取り早くていいかな、ってその時は思ったんだよ」
「ちなみにその人、私みたいに外界から来た人で、失礼ですけど批判の仕方が面白かったんですよ」
「どんなどんな?」 にとりちゃんは顔を寄せて聞いてきます。
「いいですか? 普通漫画とか小説とか、物語の中では、ダムを作ろうとするのが人間側で、山の精霊たちが、そんな増長した人間に対抗して、自然を守ろうと奮闘するのが王道なのに、精霊側が自然破壊してどうする、って言うんですよ」
聞いてにとりちゃんは困った顔をします。
「精霊側が科学技術に興味持ったっていいじゃない? そういうイメージこそ盟友たちの勝手な思い込みだなあ。あんまり人外に幻想抱くなよ~」
「幻想あってのこの世界じゃないですか」
そのやり取りが可笑しくて、私とにとりちゃんはからからと笑います。
「話を元に戻すと、開発に抵抗する精霊たちって、実は人間自身の罪悪感の投影なのかもしれませんね」
「でも開発の恩恵はいまさら捨てられない。河童が言う事じゃないかもしれないけど、あんた達守矢神社も気をつけなよ」
その後彼女にお守りを売り、満足そうに帰っていきました。
◆
お昼頃、秋の神様姉妹、静葉さんと穣子さんが神社に来ました。
ざるに沢山のお芋を抱えながら。
同じ神の来訪という事で、神奈子様、諏訪子様はまたラフな服装になり、人間と変わりない雑談に興じられた後、帰りにお芋を貰ってました。
「蒸かして食べるとおいしそうだねえ。あとで作っとくよ」
「神奈子、また質量が増大しても知らないよ」
「こう言うのは別腹さね」
「ああ、こうして人も神も過ちを繰り返すのですね」
「なによ早苗、どういう意味だい」
「早苗も言うようになったね」
昼食はご飯の残りと、神奈子様が蒸かしてくれたジャガイモ。塩とバターをかけて食べるととてもおいしかったです。
◆
午後は人里へお買い物、最近は里でも、守矢神社の名が知れているようで、色々なお店の人とも知りあいになれました。
まあ、距離的な関係で参拝までに至る人は少数ですが……。でも悪くない関係です。
霊夢さんもよくこの里に来ます。
博麗神社で出会う時は、ちょっと緊張をはらんだライバルといった雰囲気ですが、里では普通の女の子同士として接しています。神社ではいろいろと守るべき建前があるのでしょう。
一緒に甘味処を渡り歩いたり、里に住む女の子たちから流行りの服を教えてもらったり。
もし運が良ければ、異変解決時ともお賽銭要求時とも違う、霊夢さんの違う一面を垣間見る事が出来るはずです。里の女の子達とおしゃべりを楽しんでいる姿は、言葉遣いは微妙に違えども、外界での私達とさほど変わりありません。さらに運が良ければ、そんな霊夢さんをほほえましく見守る隙間妖怪も見えるでしょう。神奈子様、諏訪子様と同じで、結構お母さん代わりしているんですね。
「こんにちわ、かぜまつりさん……でしたっけ」
「いや、風祭(かぜはふり)ですよ咲夜さん」
今日は霊夢さんの代わりに、同じく買い物に来ていたメイドの咲夜さんに会いました。
お嬢様が最近、勝手に館を抜け出して遊びに行ってしまうので、結構心配だそうです。
「もしあったら、お嬢様に早く帰らないとご飯抜き、とお伝え下さい」
「当主様にたいしてですか?」
「そうです、時にはそれくらいしないと」
もしかして、館を抜け出すようになった原因は、この人なのでは……。
児童相談所に相当する場所は、幻想郷にあるのでしょうか。
そんな私の考えを見透かしたかのように、咲夜さんは言いました。
「お嬢様がその気になれば、私など消し炭ですからご心配なく。自分で言うのも何ですが、お嬢様と私の絆は深いのです」
自分で言っちゃったよこの人。
買い物を済ませた後、急に雨が降ってきました。
傘忘れちゃった、急いで帰らなきゃ。
どこかをほっつき歩いている吸血鬼のお嬢様、彼女は大丈夫なんでしょうか?
少し奇跡が起こるよう念じておきました。
◆
買い物かごを頭にのせ、急いで飛んで帰る途中、博麗神社の方角から閃光が走り、少しの間をおいて爆発音が響き渡りました。
「ははあ、これは霊夢さんの弾幕っぽいですね」
秋の神様たちは、博麗神社にもお芋をおすそ分けしてあげるとおっしゃっていたので、
大方調理したお芋を誰かに食べられたのでしょうね。
戦っているのは魔理沙さんあたりかな。
神社に近づくにつれ、雨足が弱まってきました。
ほっとしてふと下を見ると、誰かを驚かそうと身を隠している化け傘がいます。
上空から丸見えです。
ちょっとからかってやりたくなりました。
そっと後方10メートル当たりの場所に着地して、体を数センチ浮かせて音を立てずに接近します。
せーの……。
「おどろけーー」
「うわあっ! なんだ早苗か。妖怪かと思った」
「小傘ちゃんも妖怪でしょ」
「どうしてわちきが分かったの?」
「空から見えてましたよ」
「うう、まだまだ精進不足か、それにおなか減った」
こういう妖怪は、人が驚いた時のエネルギーを糧にしているそうです。
優しすぎて人を驚かす事が出来ないのでしょうか。
可哀想に思えます。
「小傘ちゃん、神奈子様がお芋蒸かしてくれたんだけど、よかったら食べていかない」
「いいの? 妖怪のわちきが?」
「食べてエネルギーにできるならね」
神奈子様が作って下さった蒸かし芋はまだ残っていました。
小傘ちゃんはおいしそうにほおばり、元気が出てきたようです。
普通の食べ物でも栄養になるんですね。
「ごちそうさまでした」 ぺこりとお辞儀。
「おそまつさまでした」 わたしも返します。
また博麗神社の方角から、ドンという大きな音が響き、何かが太陽光を反射してきらきら光りながら飛んできます。
その何かは守矢神社のある山のふもとに吸い込まれて行きました。
これは勘ですが、先がとがっていて、鬼の角のように見えました。
霊夢さんがへし折ったんでしょうか。
◆
小傘ちゃんが帰るころには、もう日は暮れていました。
夕飯は私と諏訪子様でお鍋です。味噌と野菜、豆腐や魚を入れます。
冬はこれが良いですね。
いただきますの挨拶をして、神さま達と今日あった出来事を話します。
夕方もちょっと走り込みをしていた神奈子様が、霊夢さんに折られた鬼の角を見つけました。
持ってみると、意外と軽く感じます。
「これって、祟りとかありませんかね」
「大丈夫だろうさ、珍しいから早苗が退治したって事にして宝物庫にいれとけば」
「いいねそれ、神社の格も上がるかも。中身をくりぬいて笛とかにしない」
「ううむ、神さまがおっしゃるならそうしちゃいます」
残りの汁や具はそのままとっておいて、朝ごはんのおじやにします。
これも結構美味しいんです。
少し早いですが、お風呂で体を流し、寝る事にします。
外界にいた頃に友達と撮った写真を見ていると、ちょっとセンチメンタルな気持ちになってきます。
以前は泣いた事もありましたが、今はもう泣きません。
私はみんなの笑顔のために祈り、時には戦う現人神なのですから。
そして、楽しい思い出だって今もぞくぞく更新中です。
もしまた外の世界に行けたとしたら、この世界での思い出をみんなに話し……でも信じてもらえなさそうなので、体験を童話風につづろうかな、なんて思っています。
では、おやすみなさい。また明日。
窓の外で昏倒している鴉天狗……。
夢うつつの状態ながら、弾幕で不届き者を退治した後、私、早苗は今日も普通に目を覚ましました。
でもまぶたは重く、完全に夢の世界から抜け出せていないのが自分でも分かります。
ちなみに弾幕は、窓をすり抜けて闖入者を退治できる奇跡仕様なのです。
(五つ数えたら布団を出よう、三、二、一、ゼロ)
何とか起き上がり、外界の友人との写真に目をやって、欠伸をしながらとりあえず洗面所へ行きます。
「ふぁ~あ諏訪子様おはようございます」
「おはよー」
諏訪子様は朝食の支度をしていました、赤いジャージ姿です。
私の持ってきた服ですが、諏訪子様はこれが気に入ったらしいです。
今朝のおかずは焼いた鮭と味噌汁、沢庵。
いつもは神奈子様か諏訪子様が作って下さるのですが、
早起きした日はたまに自分で作る事もあります。
「早苗、外界の技術ってすごいわね、暖かいし動きやすいし」
「うちの神様たちは変温動物だからかなあ」
「何か言った?」
「ううん」
身支度を済まして、ちゃぶ台につくと、すでに朝食の準備ができていました。
新米で炊かれたご飯、湯気を立たせる味噌汁、適度に脂の乗った鮭と、漬けていた沢庵。
食卓を眺め、満足そうに私はうなずきました。うん、これこそ正統派日本の食卓ですね。
一人と一柱。座って神奈子様の帰りを待ちます。
「帰ってくるころかな」
最近神奈子様はジョギングを始めています。三日坊主、いや三日神さまにならずに続けられています。
諏訪子様がこっそりおっしゃるには、味覚の秋のため、質量が増加あそばされたとの事でした。
程なくして、境内の石段を登り、シャツと丈の短いズボンをはいた神奈子が汗を輝かせて帰ってきます。
これらの衣服は外界をまねて端切れで神奈子様自ら作ったもの。
ちっとも神々しさを感じなく、所帯じみた神々なんですけど、愛すべき私の神様、
そう思います。
「ただいま~、ちょっとお湯浴びてくるから、先に食べていていいよ」
「じゃあ早苗、食べましょう」
私と諏訪子様は両手を合わせ、自然の恵みに感謝します。
「いただきます」
「いただきます」
ふと、外界にいた頃のくせで、テレビのリモコンを探そうと目と手を動かしてしまいました。
諏訪子様と目が合い、私は恥ずかしくなって頭をかきました。
「早苗、テレビは無いんだってば」
「てへへ、そうでした」
外の世界にいた頃、いつもご飯を食べながら、こうして朝の報道番組を見ていたものでした。
実は一番関心を持っていたのは、どの宗教ともつかない占いコーナー。
神々がついているのに、先の運命が不安なのかい、と神奈子様が呆れていたっけ。
「テレビ、見たければ私達の力で何とかしてやろうか?」
「ありがとうございます、でも、朝は静かな方がいいんです……」
番組では、時々悲惨な事件や紛争のニュースも報じられる。
辛い気分になったものです。
外の世界は今どうなっているのか、それをはっきり知る事はかなわないけれど、
様々な情報に触れないで済む、この幻想世界が心地よく感じるのです。
朝食を済ませてから、巫女の服に着替え、朝の日課である境内の掃除を始めます。
さっき撃退した鴉天狗が、頭を押さえながら出てきました。
さすが妖怪の回復力!
「あら文さん、おはようございます、もうお目覚めですか」
営業スマイル♪スマイル。
「うう、ちょっと取材しに来ただけだったのに、弾幕ぶつける事ないじゃないですか。
今日一日寝て過ごす所でしたよ」
「今日と言わず、次の輪廻まで寝ていらしても良いんですよ」
「風祭はひどい事を言いますね」
こういう事を言えるのも、なんやかんやで私と文さんはそこそこ仲が良く、それに文さんはちっとやそっとでは死なない妖怪だから。
普通の人間の場合、意識が無くなるほどの打撃は大事です。
「所で、神さま方は結構ラフな普段着なんですねえ」
文はニヤリと笑いますが、別に気にしません。
「別に記事にもならないでしょう」
「もう記事にしましたから、隠さなくて良いですよ」
記事に書いていたのか。うーん、もっと威力上げとけばよかったかな?
「文さん、やっぱり退治しちゃおうかなあ」
「妖怪は物理的な打撃にはそうそう負けませんよ」
私はちょっと考えました。
「じゃあ精神攻撃かあ、そうですね、朝目覚めたら、鴉の剥製が届いていた、というのはどうでしょう」
「それやったら本気で殺すよ」
「冗談ですよ。おおこわいこわい」
しばらく顔を見合わせて、二人はぷっと噴き出しました。
我ながら奇妙な仲ですね。
「それじゃ帰りますね、ちょっと手を洗わせて下さい」
水場に行こうとした文さんの後ろを、気付かれないようぴったり後をついていきます。
「早苗さん、何かまだ用ですか」 すぐに気付かれました。
「いえ、飛び上がったところをすかさずスカートを押さえて脱がそうと思いまして。
ドロワでも可」
「きゃあ変態」
恥ずかしそうに笑いつつ、文さんは飛翔して雲間に消えていきます。
自分的には軽い嫌がらせのつもりですが、これぐらいしてもまた性懲りも無くやってくるのが文さんなんですよ。
◆
日もだいぶ高くなった頃、今日最初の参拝客が来ました。
河童の河城にとり。
聞くと、今度作る機械がうまく作動するように、と祈願に来たとのこと。
ラフな格好の神奈子様、諏訪子様も急いで着替え、威厳あるお姿で出向きます。
「へへへ、この間はどうも。祈願に参りました」
「あんた達河童には本当に参ったよ。まあ、信仰してくれるのはありがたいけどね」
「とりあえずゆっくりしておゆき」
「ありがとうございます」
今日は特に予定があるわけでもないので、一緒に縁側に座ってお茶を飲む事にしました。
「にとりちゃん、この前の地滑りダムの件で、里の人がここまで来て怒っていましたよ」
「やっぱり? あの時はホント悪い事しちゃったな」
以前神奈子様と諏訪子様は、河童にダムを造らせようとしました。理由は色々。
メタ的に言うと、『東方茨歌仙』1巻を参照して下さい。華扇ちゃん結構可愛い。
話を戻すと、河童さん達はあろうことか、地滑りを起こして強引にダムを造ってしまいました。
幸いにも死傷者は出ませんでしたが、神さま達もさすがに呆れていました。
私も河童の思考パターンを不思議に思いましたが、霊夢さんにその事を話すと、
「あんたの思考パターンも不思議よ」と言われてしまいました。
現人神に対して、たかが巫女風情が! 殺す、絶対ぶっ殺す、とは思ってないですよ。
ただ、美味しい物を食べそこなう、といった程度のしっぺ返しが起こればいいのに、と願ったくらいです。
「でも、こうした方が手っ取り早くていいかな、ってその時は思ったんだよ」
「ちなみにその人、私みたいに外界から来た人で、失礼ですけど批判の仕方が面白かったんですよ」
「どんなどんな?」 にとりちゃんは顔を寄せて聞いてきます。
「いいですか? 普通漫画とか小説とか、物語の中では、ダムを作ろうとするのが人間側で、山の精霊たちが、そんな増長した人間に対抗して、自然を守ろうと奮闘するのが王道なのに、精霊側が自然破壊してどうする、って言うんですよ」
聞いてにとりちゃんは困った顔をします。
「精霊側が科学技術に興味持ったっていいじゃない? そういうイメージこそ盟友たちの勝手な思い込みだなあ。あんまり人外に幻想抱くなよ~」
「幻想あってのこの世界じゃないですか」
そのやり取りが可笑しくて、私とにとりちゃんはからからと笑います。
「話を元に戻すと、開発に抵抗する精霊たちって、実は人間自身の罪悪感の投影なのかもしれませんね」
「でも開発の恩恵はいまさら捨てられない。河童が言う事じゃないかもしれないけど、あんた達守矢神社も気をつけなよ」
その後彼女にお守りを売り、満足そうに帰っていきました。
◆
お昼頃、秋の神様姉妹、静葉さんと穣子さんが神社に来ました。
ざるに沢山のお芋を抱えながら。
同じ神の来訪という事で、神奈子様、諏訪子様はまたラフな服装になり、人間と変わりない雑談に興じられた後、帰りにお芋を貰ってました。
「蒸かして食べるとおいしそうだねえ。あとで作っとくよ」
「神奈子、また質量が増大しても知らないよ」
「こう言うのは別腹さね」
「ああ、こうして人も神も過ちを繰り返すのですね」
「なによ早苗、どういう意味だい」
「早苗も言うようになったね」
昼食はご飯の残りと、神奈子様が蒸かしてくれたジャガイモ。塩とバターをかけて食べるととてもおいしかったです。
◆
午後は人里へお買い物、最近は里でも、守矢神社の名が知れているようで、色々なお店の人とも知りあいになれました。
まあ、距離的な関係で参拝までに至る人は少数ですが……。でも悪くない関係です。
霊夢さんもよくこの里に来ます。
博麗神社で出会う時は、ちょっと緊張をはらんだライバルといった雰囲気ですが、里では普通の女の子同士として接しています。神社ではいろいろと守るべき建前があるのでしょう。
一緒に甘味処を渡り歩いたり、里に住む女の子たちから流行りの服を教えてもらったり。
もし運が良ければ、異変解決時ともお賽銭要求時とも違う、霊夢さんの違う一面を垣間見る事が出来るはずです。里の女の子達とおしゃべりを楽しんでいる姿は、言葉遣いは微妙に違えども、外界での私達とさほど変わりありません。さらに運が良ければ、そんな霊夢さんをほほえましく見守る隙間妖怪も見えるでしょう。神奈子様、諏訪子様と同じで、結構お母さん代わりしているんですね。
「こんにちわ、かぜまつりさん……でしたっけ」
「いや、風祭(かぜはふり)ですよ咲夜さん」
今日は霊夢さんの代わりに、同じく買い物に来ていたメイドの咲夜さんに会いました。
お嬢様が最近、勝手に館を抜け出して遊びに行ってしまうので、結構心配だそうです。
「もしあったら、お嬢様に早く帰らないとご飯抜き、とお伝え下さい」
「当主様にたいしてですか?」
「そうです、時にはそれくらいしないと」
もしかして、館を抜け出すようになった原因は、この人なのでは……。
児童相談所に相当する場所は、幻想郷にあるのでしょうか。
そんな私の考えを見透かしたかのように、咲夜さんは言いました。
「お嬢様がその気になれば、私など消し炭ですからご心配なく。自分で言うのも何ですが、お嬢様と私の絆は深いのです」
自分で言っちゃったよこの人。
買い物を済ませた後、急に雨が降ってきました。
傘忘れちゃった、急いで帰らなきゃ。
どこかをほっつき歩いている吸血鬼のお嬢様、彼女は大丈夫なんでしょうか?
少し奇跡が起こるよう念じておきました。
◆
買い物かごを頭にのせ、急いで飛んで帰る途中、博麗神社の方角から閃光が走り、少しの間をおいて爆発音が響き渡りました。
「ははあ、これは霊夢さんの弾幕っぽいですね」
秋の神様たちは、博麗神社にもお芋をおすそ分けしてあげるとおっしゃっていたので、
大方調理したお芋を誰かに食べられたのでしょうね。
戦っているのは魔理沙さんあたりかな。
神社に近づくにつれ、雨足が弱まってきました。
ほっとしてふと下を見ると、誰かを驚かそうと身を隠している化け傘がいます。
上空から丸見えです。
ちょっとからかってやりたくなりました。
そっと後方10メートル当たりの場所に着地して、体を数センチ浮かせて音を立てずに接近します。
せーの……。
「おどろけーー」
「うわあっ! なんだ早苗か。妖怪かと思った」
「小傘ちゃんも妖怪でしょ」
「どうしてわちきが分かったの?」
「空から見えてましたよ」
「うう、まだまだ精進不足か、それにおなか減った」
こういう妖怪は、人が驚いた時のエネルギーを糧にしているそうです。
優しすぎて人を驚かす事が出来ないのでしょうか。
可哀想に思えます。
「小傘ちゃん、神奈子様がお芋蒸かしてくれたんだけど、よかったら食べていかない」
「いいの? 妖怪のわちきが?」
「食べてエネルギーにできるならね」
神奈子様が作って下さった蒸かし芋はまだ残っていました。
小傘ちゃんはおいしそうにほおばり、元気が出てきたようです。
普通の食べ物でも栄養になるんですね。
「ごちそうさまでした」 ぺこりとお辞儀。
「おそまつさまでした」 わたしも返します。
また博麗神社の方角から、ドンという大きな音が響き、何かが太陽光を反射してきらきら光りながら飛んできます。
その何かは守矢神社のある山のふもとに吸い込まれて行きました。
これは勘ですが、先がとがっていて、鬼の角のように見えました。
霊夢さんがへし折ったんでしょうか。
◆
小傘ちゃんが帰るころには、もう日は暮れていました。
夕飯は私と諏訪子様でお鍋です。味噌と野菜、豆腐や魚を入れます。
冬はこれが良いですね。
いただきますの挨拶をして、神さま達と今日あった出来事を話します。
夕方もちょっと走り込みをしていた神奈子様が、霊夢さんに折られた鬼の角を見つけました。
持ってみると、意外と軽く感じます。
「これって、祟りとかありませんかね」
「大丈夫だろうさ、珍しいから早苗が退治したって事にして宝物庫にいれとけば」
「いいねそれ、神社の格も上がるかも。中身をくりぬいて笛とかにしない」
「ううむ、神さまがおっしゃるならそうしちゃいます」
残りの汁や具はそのままとっておいて、朝ごはんのおじやにします。
これも結構美味しいんです。
少し早いですが、お風呂で体を流し、寝る事にします。
外界にいた頃に友達と撮った写真を見ていると、ちょっとセンチメンタルな気持ちになってきます。
以前は泣いた事もありましたが、今はもう泣きません。
私はみんなの笑顔のために祈り、時には戦う現人神なのですから。
そして、楽しい思い出だって今もぞくぞく更新中です。
もしまた外の世界に行けたとしたら、この世界での思い出をみんなに話し……でも信じてもらえなさそうなので、体験を童話風につづろうかな、なんて思っています。
では、おやすみなさい。また明日。
それでも暢気で素敵な日常ですね
神奈子様にジャージは妙に似合うから困る。
作品集154「簡単でおいしいふかし芋」と今回の話はつながっています。
あと、守矢神社を洩矢神社と間違えるのはクリアーできたのですが、風祝の字を間違えてしまいました。
個人的には、幻想郷はこれくらいゆるいといいなと思っておりますが、次は少しハードめなのを目指しているつもりです。