人が来ることは珍しいことではない。
妖精が来ることなんかは日常茶飯事だ。
無論、妖怪が来ることもさほど珍しいことではないのだが――
「このパターンは流石に珍しいかな……」
「何ぶつぶつ言ってるのよ、店主」
私の目の前には、入り口のそばに日傘を置き、腰に手を当てて仁王立ちをしている妖怪。
レミリア・スカーレット、と思われる吸血鬼が確かに存在していた。
――――――――――――――――――――
ついさっきまでは快晴――雲一つ無い青空、とでも表現すべきだろうか、その青空が満面に広がっていた。
それが、今では真っ赤に染まっている。
僕としてはこの光景のほうが好きなのだが、そこに時の流れを感じざるを得ない。
無論、時の流れと言うものは速いもので、気付いたら夕方だった、なんてことはよくあることだ。
そう考えると、悠久に思える人間の人生も、意外とあっという間なのかもしれない。
最も、僕は半分人間ではないワケだが――
「何ぶつぶつ言ってるのよ、店主」
……せっかく人が現実逃避をしているというのに。
吸血鬼の教育事情は一体どうなっているのだろうか。
勝手に物を見て勝手に帰ってくれ。
君は厄介そうな客なんだから。
……とは言えるはずも無い。
「……君は店に何の用だい? 客と言うなら大歓迎だが……」
「客よ客。客に決まってるでしょ。分かったならもてなしなさい」
なんだかやたらと高圧的だ。
今思ったが、あまり客にも見えない。
第一僕は、店主、と呼ばれるのは好きじゃない。
「僕は店主じゃない」
「……え?」
違うな。妙な誤解が生まれそうだ。
僕は、まぎれもなく店主である。
「僕の名前は森近霖之助だ。店主とは呼ばないでほしい」
「……あ、そういうコトね」
「……君の名前は?」
私の知識と勘が正しければ、この吸血鬼は、レミリアという名前だ。
この前の異変の後、うちによく来る魔理沙から散々話を聞かされた。
大して強くは無かったぜ、と魔理沙は言っていたが――
「レミリア・スカーレット。吸血鬼よ」
……口調やらなんやら、全体的に霊夢に似ている気がして、思わず僕は苦笑してしまった。
吸血鬼か。見たら分かるよ。
「とりあえず、そこの窓をなんとかしなさい。あと椅子」
「……君は何様のつもりだ」
「お客様よ」
窓にカーテンをかける。
そして、店の奥に戻る。
椅子を持ってくるためだ。
文句を言いながらも勝手に体が行動を起こしてしまっている。
魔理沙や霊夢のせいでここら辺は感覚が身についてしまっているのかもしれない、と内心苦笑する。
「……ふ~ん」
カーテンをかけた窓の近くに立っているレミリアは、僕が椅子を持ってくる間に店の中の品物を漁っていた。
ふむ、客として扱った方がいいみたいだ。
僕の店には、珍しい物がたくさんある。
物の価値が分からない人にはがらくたと言われて終わりなのだが、そんなことはない。絶対に。
その中でも特に価値があるもの、それは今、レミリアが手にとって物を見ている所――外の世界の物が置いてあるスペースだ。
「綺麗……」
レミリアが手にとっている物、あれはなんだったかな。
宝石の種類だったと思うが……
……少し覚え直しをした方がいいみたいだ。
店主たるもの全ての商品を把握しておかなければならない。
「コレは……」
相変わらずの独り言である。
ぶつぶつ言ってるのは彼女じゃないか。
背も小さく服装も子供っぽい。
しかし……表現してみようと思うと、どうにもこうにもこの言葉しか出てこない。
美しい。
彼女が僕の店の物――宝石などを手にとって見ている様子は、それだけでも絵になる様だった。
「店主、コレは何かしら」
店主、という呼び方を変えるつもりは無いのか。
レミリアが手にとっている物、それは僕がついさっきそこに置いた、オルゴールだった。
もちろん、この幻想郷には存在しない。
この前、偶然手に入れたものである。
目玉商品ってことで、霊夢や魔理沙に自慢するつもりだったのだが……
「それは、オルゴールだね」
「オルゴール……?」
「聞いたことはあるかい?」
もちろん、あるワケもないだろう。
ちょっと試してみたくなった。
「……無いわ」
……あれ。
見栄を張って、ある、と答える事を期待していたのに。
以外に、そういうプライドは無いのかもしれない。
人は見かけによらず、と言うが、吸血鬼も見かけによらなかったりするのだろうか。
「ここに置いてる物は、珍しい物ばかりだわ」
「……分かってくれて、嬉しいよ」
「あら、そう?」
たまにくる人間の客なんかは、見向きもしない。
……間違えた、「普通の」人間の客だ。
一応、霊夢や魔理沙も人間だったか。
「ちょっと貸してくれるかい?」
説明してあげようと思ってレミリアに促す。
何の抵抗もせずに、はい、とレミリアはオルゴールを手渡してくれた。
能力を発動する。
……と言っても、勝手に分かるのでいちいち発動、とかそういうことは無い。
僕の能力は、「未知のアイテムの名称と用途がわかる程度の能力」だ。
実際、それが役立ってこの店をやっていけてる。
……そのアイテムの使い方が分からないのは致命傷だが。
「コレは、こうするんだ」
オルゴールの横に付いている螺子状のピン。
それを、何回転かさせて、そばにあった机の上に置く。
やがて、音楽が流れた。
「ふ~ん……」
さっき能力を使ったのは、確認のためだ。
何にでも疑う性格のせいか、こうやって確認しないとその存在を信用できない。
……まぁこの性格は魔理沙らに会ったせいで半分無くなってしまった様なものだが。
彼女はオルゴールが流す素朴な旋律に聞き入っている。
僕は、そんなレミリアの様子を見て、特にどうするということも無く黙って見ていた。
やがて、音楽が止まる。
哀しい、旋律だった。
「コレが、外の世界の物なのね」
「……は?」
おかしいな。
レミリアにコレが外の世界のものだと言った覚えは無い。
もちろん、そのスペースに置いてある札に書いてあるワケでもない。
「……どうして、分かったんだい?」
「何が」
「それは、外の世界の――」
「霊夢」
いきなり言葉を遮られた。
「霊夢に聞いたのよ、素晴らしい道具屋があるってね」
……ふむ。
どうやら、この吸血鬼は霊夢と仲がいいらしい。
つまるところ、霊夢にいろいろ聞いたワケか。
入ってからいきなり窓を閉めろといったのも、その近くにこのスペースがあることを聞いていたからかもしれない。
素晴らしい道具屋――か。
「コレ、もらえるかしら?」
レミリアは、机の上に置いてあるオルゴールを指で指し示した。
もちろん、このオルゴールは商品である。
商品である以上は、客に「欲しい」と言われて売らないワケが無い。
しかし、僕はそこの所ちょっと特殊なのかもしれない。
このオルゴールは、少なくともそこに陳列されている商品の中では一番貴重なものである。
――と言うよりも、僕が価値を認めていると言ったほうが正しいかもしれない。
もっと特殊な物だってある。
もっと実用的な物だってある。
もっと高価な物だってごまんとある。
しかし、存在価値なんて人それぞれで、そういう意味でも魔理沙達に見せてあげたかったのだ。
オルゴールの存在価値について魔理沙達はどう考えるか――
僕が商人をやっているのは、意外にもそういう好奇心からかもしれない。
元々、商売人というよりは趣味人だと公言していたのだが――
「何ぶつぶつ言ってるのよ、店主」
……また、やってしまった。
僕の悪い癖なのかもしれない。
とりあえず、「すまない」と謝ると、「別に」と素っ気無く返された。
何が「別に」なのだろう。
ひょっとして、怒っているのかもしれない。
「いいから、コレを売って頂戴」
「……分かった」
レミリアの目を覗いてみる。
レミリアも僕の視線に気づいたのか、じっとこちらを見つめてくる。
数秒間の沈黙。
「分かった」
もう一度、さっきの言葉を繰り返した。
僕の目を見つめているレミリアの目が、少しだけ不思議そうな目をしたのだが、すぐに目を逸らされる。
しかし、僕は少し安心していた。
レミリアの目は、真剣だったのだ。
「ちょっと聞いていいかい?」
レミリアは、何故か不機嫌そうに「何よ」と言った。
ちょっとだけ、長い説明になるかな。
「僕は……ちょっと変わった商人でね」
「……」
レミリアは、黙って聞いている。
滑り出しから、長い話になりそうだと思ったのか、さっき僕が用意した椅子に腰掛けていた。
僕も、立ちながら話すのもなんなので座ることにする。
「……このオルゴールは、すごく大事な物なんだ」
「それで?」
相変わらずの、不機嫌な口調である、
何故かはよく分からない。
「何故、そこまで欲しがるのかな、と思ってね。僕にとってもそれは手放したくないから、せめて理由だけは聞かせてもらおうと――」
「そんなに大事なら、なんで商品にするのよ」
そこまで欲しがる――という点には触れなかったな。
何か事情があると見て、間違いなさそうだ。
コレは、面白い。
やはり……好奇心なのかもしれないな、と内心苦笑する。
「さぁ、そんなことはどうでもいいさ」
「……何よそれ」
「別に、単に綺麗だったから、とかでも構わないが」
数秒間の沈黙。
――いや、もっと長い沈黙だった。
実際はどうかは分からないが、レミリアにとってはもっと長く感じている筈だ。
レミリアは何かに迷っている。
それもその筈、僕は人、妖精、妖怪どんな存在であれ目を見れば大体の事は把握できる。
長年商人をやってきたことによって培った能力なのかもしれない。
だから、分かるのだ。
何か事情があると踏んだのも、目による所が大きい。
レミリアは何かに迷っている。
「……綺麗だったからよ。ただ、それだけ」
――惜しい。
「そうかい、それなら仕方が無いが――」
「ただ」
レミリアは僕の言葉をもう一度遮った。
何かを言わんとしている事はよく分かる。
少し、哀しそうな目をしていた。
「例えばの話だけど――もし、もし一人の妹がいて、それは姉に何百年も監禁され続け、身も心も壊れ果て、それでも……それでも姉のことを許してくれる」
レミリアの口調は、とてつもなく強いものだった。
「そんな、妹がいたとしたら」
相当、追い詰められていたのかもしれないな。
「姉は――私は、どうすればいいと思う?」
泣き崩れるわけでも無く。
ただ、哀しそうな目をしたままレミリアは言い放った。
「そういえば、明日は私の妹の誕生日ね」
「……そうか」
「このオルゴールを売ってもらってもいいかしら?」
わざとらしい。
そんなことは、誰にだって簡単に分かる。
あれは聞いたワケではなく、実際に自分にしていた問いかけだったのだろう。
……まぁ、実際そこまでの理由が無ければこんな所まで一人で来ないだろう。
そういう予測もしていた。
「コレは売れないな」
「……!!」
僕が素っ気無く言い放った言葉に、レミリアは予想以上の驚きを見せた。
「だが――ちょっと待っててくれ」
一度、店の奥に戻る。
僕は、おせっかいだ。
コレも、魔理沙達に会ってから気づいたことなのかな。
と、今日何度目の苦笑だろう、と内心苦笑する。
「はい」
僕が店内に戻ってからレミリアに差し出したのは、机の上に置いてあるオルゴールと形はまったく変わらない物。
――だが、レミリア自身も僕が差し出したオルゴールは何かが違うことくらい気付いているだろう。
レミリアは、いつの間にか哀しそうな目から、不思議そうな目に変わっている。
「コレは……?」
「見てのとおり、オルゴールだ。かけてみるといい」
レミリアは、僕が差し出したオルゴールを受け取った。
数秒間、レミリアはそのオルゴールを見つめていたが、すぐに行動に移った。
オルゴールの横に付いている螺子状のピン。
それを、何回転かさせて、そばにあった机の上に置く。
やがて、音楽が流れた。
「綺麗……」
彼女はオルゴールが流す素朴な旋律に聞き入っている。
僕は、そんなレミリアの様子を見て、特にどうするということも無く黙って見ていた。
やがて、音楽が止まる。
「どうだったかい?」
僕は彼女に感想を求めた。
彼女の目は、今日一番の、嬉しそうな目をしている。
僕はこの目が好きだ。
「言葉では表せないけど……良かったわ。凄く」
どうやら、レミリアには少し表現が難しかった様だが。
音楽は、先程のオルゴールとは違って楽しい音楽だった。
表すなら、遊園地にあるメリーゴーランド……ということらしいが、実際にそれを見たことはないので分からない。仕入れるときに、ただ得た情報。
そんなことはどうでも良い。
「欲しいかい?」
「欲しいわ」
考えることも無く。
一瞬のうちにレミリアは返答をした。
僕が「そうかい」と答えると、レミリアも「そうよ」と答えた。
「一応、ここは等価交換制だ」
「……聞いたわ」
霊夢から、と言うことだろう。
しかし、レミリアが何かを持っている様子はない。
「……待ってくれないかしら。いつか必ず何か――」
「十分だよ」
レミリアはお嬢様のようだから、何かを持ってくることは容易いだろう。
しかし、今日は何も持ってこなかった。
妹のために自分の力で、という事であれば高尚な考え方だし、実際そうなのだろう。
僕は、それを知るだけで満足である。
「僕は十分満足した。コレは持ってってもいい」
「えっ、でも……」
「いいんだ」
困惑した表情に不思議そうな目が加わってよく分からなくなっている。
強いて言えば、子供っぽい感じ。
「さぁ、もう外は真っ暗だ。店を閉めるよ」
「あっ、えっと……」
「ほらほら」
僕はとても満足している。
その事はレミリアにも伝わっていると思うが、何故かは分かっていないだろう。
……付け足しておくか。
「僕はおせっかい焼きでね」
「……え?」
「それと、好奇心を満たして……君の幸せな顔が見られれば、僕も幸せだってことさ」
レミリアは「な、何よそれ」と照れくさそうに言った。
ちょっと顔が赤くなっていて可愛い。最初に抱いた印象とは大分違っているが。
僕は強引にレミリアを出口のほうへ引っ張っていった。
……と言っても狭い店内、出口はすぐそこである。
彼女を外に送り出して一言。
「想いが……伝わるといいね」
うむ。我ながら決まった。
本心から出る言葉は、格好よく決まるものなのかもしれない。
「……うん。ありがとう――霖之助、さん」
……一瞬、何を言われたか分からなかった。
そして、その意味に気付く前には、レミリアは闇に消えてその場から姿を消していた。
「……こちらこそ、ありがとう。レミリア」
名前で呼んでもらったことは、その存在を認めてもらったということなのだろう。
彼女の中での僕の存在価値は、一体どうだったんだろうか。
……そういえば、レミリア、と名前を呼んだのも初めてかもしれない。
最も相手には聞こえていないが。
「おっと、またぶつくさとしゃべっていたかな」
悪い癖だ、とまた内心苦笑。
……苦笑もいいのだが、寒い。
流石に夜の風は冷える。
この事にもまた苦笑する自分に、今度は心から笑ってしまった。
早く、店の中に戻ろう。
「……あ」
店に戻ると、入り口には立てかけてある日傘があった。
おそらく――いや、レミリアが置いていったものに間違いない。
仕方ない、今度レミリアが来たときに返そう。
レミリアも気付いてそのうち来るだろう。
その時は、どうなったかを聞きたい――そう考えると。
僕は、また幸せな気持ちになった。
>人間にとっては~人生からしたら~
ここの一節がよくわからないのですが…(私の読解力が足らないのかも知れませんが)
もしかして「妖怪」もしくは「人外」の打ち間違いでは?
>「思いが伝わるといいね」
ここの「思い」は「想い」という漢字の方が適当なのでは?
私が間違ってたら申し訳ないですが……
「妖怪」「人外」の打ち間違いでは、と指摘した部分は「人生」です。
>>17,18
ご指摘ありがとうございます。
え~と……原因は、もちろん僕の力不足です。
「想い」なんかは全然気付かなかったワケですし、もう一つの部分も、読み手に伝わりにくいような書き方をしていました。
作品は読み手がいるからこそ成り立つものだということをつくづく実感させられます。
本当にありがとうございました。
>>21
確かに、オルゴールはそんなに新しいものでもありませんね。
ただ、この作品は「幻想郷にはオルゴールはない」という前提になっております。
実際、「外の世界にはあるけど幻想郷にはない」という物は多々ありますので、そこまで不自然ではないかと思われます。
幻想郷には常識は通用しないということで、ご了承ください。
ご指摘、ありがとうございました。
他にも、この作品を読んで頂き、点数やコメント入れてくださった方々には非常に感謝しております。
ありがとうございました。