無縁塚には彼岸花が咲き乱れていた。
見事なまでの赤絨毯をうっかり踏みつけて汚したりしないように慎重に歩く。
頭上にはからりと晴れた秋の空が広がっていた。
僕は無縁塚に散らばる道具を集めつつ、帰ったら御萩でも作ろうかなと考えた。
前に西洋の菓子──もんぶらんとか言った──とやらを食べたことがあったけれど、味にそこまで感激することは無かった。
まあ美味くはあったのだが・・・餡子の味には到底敵うまい。
やはり自分には和菓子と日本茶が一番舌に合う。
一陣の風が吹き、僕の頬を撫でていく。
からん、と音を立て足元に何かが転がってきた。
目を向けてみると、誰のものとも知れぬシャレコウベだった。
僕は手に持った道具をそっと地面に置き、しゃがみ込んでそれを両手に取った。
彼も生前は甘味を好んだのだろうか。
「どうなんだい?」
なんとなく僕は声に出して聞いてみたが、相手は無言を持って応えてくれた。
当然と言えば当然だ。
僕は鼻を鳴らすと簡単な念仏を唱えつつ、その仏を丁寧に弔ってやった。
拾った道具をリヤカーに乗せるだけの簡単なお仕事を繰り返すうちにだいぶ時間が経っていた。
むろん、合間にきちんと無縁の死者達を弔う事も忘れてはいない。
そろそろ今日の仕事を終えても良いだろう。
僕は集めてきた道具を心持ち丁寧にリヤカーに載せ、その道具の山を眺めた。
物珍しい商品はそこまで多くなかったが、特にハズレも多いわけでもない。
今日の収穫はまずまずだ。
帰って御萩を作るとするか。
僕が一人満足げにうなずいていると、不意に後ろから声がかかった。
「もうかりまっか?」
僕は振り返った。
そこには女が立っていた。
赤毛の髪を左右で二つに結んでいる。
身長も女にしてはだいぶ高い。男の自分とそうそう変わらないのではないか。
何より目を引いたのは、女が担いでいたやけにでかい鎌だった。
僕は警戒して一歩後退りしつつその女を眺めた。
こちらに武器は無い。あるとしてもさっき拾ってきたばかりの道具達だ。
あちらは大鎌、こちらは丸腰。
もし戦いを仕掛けられたら勝負は一瞬でつく。この状況は、ちょっといけなかった。
──妖怪だろうか?
僕が遠慮せずに視線を相手に投げていると、そいつはもう一度繰り返した。
「もうかりまっか?」
女は僕を不敵な笑みで見つめてくる。
僕は繰り返されたその問いに考えを巡らせた。
もうかりまっか。
どういうことだ。確かに僕は商人だ。
そして無縁塚に落ちている道具を拾ってそれを売って生計を立てている。
僕はさっと自分のリヤカーに目をやった。
道具は山積みだ。これだけあれば十分商売の種になる。
もうかりまっかと言われれば、確かにそうだ。儲かることは儲かる。
そんなにいっぱい道具を手にいれて、商売は繁盛しそうか。
この女は僕にそう問うているのか。
待て待て。
僕はさらに頭を回転させる。
僕の脳内大辞典にこの女の名前は無い。僕と彼女に面識は無い。
なれば、僕が商人で、かつこの道具達を売って生活していることなど知る由もないはずだ。
だとすると、こいつはこの道具が満載されたリヤカーを見ただけでそれを見抜いたというのか。
もしそうならば、この女は相当出来る。そして僕が敵うはずも無いのも確定的に明らか。
女の背負う大鎌が僕の視線をかっさらう。
僕もついに無縁塚に転がるドクロと成り果てるのか。
僕がなお警戒していると、女は笑顔を崩してすこし困ったような表情を浮かべた。
なんだか悪戯が失敗した子供のような表情。
その様子に僕はちょびっとだけ警戒を解いたが、未だに不審さは残っていた。
どうやら敵意があるわけではなさそうだが・・・しかし油断は禁物だ。
待てよ、もしかしたら何か僕にいいたいことがあるのかもしれないぞ。
僕は改めて自分に投げかけられた問いを考える。
そして今自分が置かれている状況を見つめ直し、ある考えがフッと浮かんだ。
ここは無縁塚。
幻想郷に縁なき死者達の骸が転がる場所。
死者を弔う場所。
そこで問われた「もうかりまっか?」という言葉。
ようやっと合点がいった。
ならば、僕が口にする言葉は最初からこいつしかない。
僕は眼鏡を中指で少しだけ押し上げ、ニヤリニヤリとこう返してやった。
「墓地墓地、でんな」
女が駆け寄り、右手を出してくる。
僕はそれを力強く握り返す。
そしてお互い何かを確認するかのように、小さく上下に振った。
他に言葉は要らなかった。
それが僕、森近霖之助と小野塚小町の出会いだった。
「随分と懐かしい話をするじゃないか」
小町はそういって三つ目の御萩にかぶりついた。
トレードマークの大鎌は近くに生えている木に立てかけっぱなしである。
盗られたりしないのか、それ。
「大丈夫さ。死神から盗みを働こうなんざ酔狂メンはこの世にもあの世にもいないからね。
仮に居たとしてもあたいの能力でとっちめてやるよ」
小町は距離を操る程度の能力を持つ。彼女から逃げ切ることは出来ないだろう。
それもそうだなと思い、僕は火傷に気をつけながら緑茶を口につけた。
今僕らは人里にある茶屋に居る。
僕が暇つぶしにとぶらりぶらりと歩いていると、茶屋で甘味をぱくついている小町を見つけたのだった。
またサボりか、と声を掛けてやると、またサボリさ、と返された。
こんな部下を持つと上司は大変だろうな。
僕は閻魔の四季映姫にほんのすこしだけ同情した。
「それで、なんだってそんな昔話を持ち出したんだい」
小町は御萩をよく噛んでから飲み込むと僕に訊いてきた。
「君が御萩を食べていたのを見てね。そういえば君と出会ったあの時は御萩のことを考えていたなと思ってさ」
「ふうん、良くそんなことまで覚えてるね。だいぶ昔のことだってのに」
「誰しも、他愛のないことがいつまでも思い出の片隅にこびり付いていることがあるだろう?僕の場合もそれさ」
「なるほどなー」
小町は分かってるような分かってないような調子で言葉を返した。
多分、こいつは分かってない。
「しっかし美味いなぁ、ここの御萩は。何個でも食いたくなる」
「君は食べ過ぎだ」
「目の前にごちそうがあるんだ。有り難く頂かなきゃ失礼ってもんだろう?」
小町はにっと笑ってもう四つ目になる御萩に手を伸ばした。
皿の隅にはもう裸となった団子のくしもある。
欲望のままに甘味を貪る小町に僕は言ってやった。
「NGワードはカロリーだ」
「それを口にしたらお前さん、戦争だろうが・・・っ!」
小町は御萩を手にしたまま、空いている手の中指で弾みをつけて僕の額をピンッと打った。
おいおい、痛いじゃないか。
「痛くしてやったんだよ。わざわざ」
「それは要らん気遣いだ」
「そっちこそ要らんこと言ったじゃないか」
「そもそも死神って太るのかい?」
「さぁて、そういうことを気にしたことはないねぇ」
小町はのんびりとした口調で言葉を投げてくる。
彼女にはのんびり、とかゆったり、とかいう言葉が実に合う。
そんなことを頭に浮かべて僕はもう一口お茶をすする。さっきより温くなっていた。
「だがね、そういうことは女の子に言っちゃダメなんだよ。いくらあたいが死神でもね」
「ふむ。覚えておくよ」
「それ以前に男の常識として知ってて欲しかったんだけど」
「知ってるか、小町。この幻想郷では常識にとらわれてはいけないんだ」
「それはそういう意味で言ってるんじゃないだろ」
小町はもう一発僕の額を指で弾いた。
僕は冗談だよ、と言ってからお店の人に草団子を頼む。
小町に付き合って茶屋に居座っているものの、いい加減お茶請けに何かが欲しかった。
小町はそんな僕の様子をみて、どうせなら御萩を頼めばいいのに、と言ってきた。
「折角の彼岸なんだ。旬のものを食べたほうが気分が良いんじゃないか、霖の字?」
「御萩はお菓子なんだから、旬のものってわけじゃないよ…」
「でもこの季節じゃないと食べないじゃないか」
小町はそういって口を尖らせる。その口の辺りには御萩の餡子が付きっぱなしだ。
まったく、こいつにはもう少しばかり淑女としての嗜みが無いものだろうか。
僕は嘆息して懐からちり紙を取り出し、小町に向き直った。
「ほら、口元が汚れてるぞ。ちょっとこっちを向きたまえ」
「な、なんだい、いきなり。子供じゃないんだからやめてくんな、恥ずかしい」
「恥ずかしいのが嫌なら、今度からはもっと行儀よく食べることだね」
「むう…」
抵抗する小町を説き伏せて、僕は小町の口元にくっ付いていた餡子を丁寧に拭き取ってやった。
餡子が取れてすっきりした彼女の顔は、若干ふてくされたような感じになった。
そしてその顔のまま御萩を口に持ってゆき、またもぐもぐとやりだす。
開く口の大きさがさっきより幾分こじんまりとしているのを見て、僕はなんだか吹き出しそうになった。
「そうそう、御萩の話だったね。確かに御萩といえば秋の彼岸に食べるものだが、季節によって名前が変わるんだ」
「春の彼岸には牡丹餅になるんだろう?」
「その通り。この菓子を春に咲く牡丹の花と、秋に咲く萩の花に見立てたことが名前の由来だ」
「それぐらいのことだったらあたいだって知ってるよ」
小町はなんでもないという風に言葉を返した。
元々この御萩という食べ物は、彼岸の時に先祖への供養として作られたのがそもそもの始まりだ。
その彼岸の時に咲く花、牡丹と萩の花を見立てとして名前の由来としている。
確かに牡丹餅と御萩、この二つの違いは呼び方にあり、どちらも花が元だいう話は有名である。
だが、これだけの知識で終わる僕ではないぞ。
「それでは、夏と冬にはなんと呼ぶか知っているかな?」
「夏と冬?さあ、知らないねぇ。夏と冬にもご丁寧な呼び名があったりするのかい?」
小町は意外だと言うような調子で返事をする。
その様子に僕はやや気を良くして言葉を続けた。
「あるともさ。このお菓子にはね、夏には夜船、冬には北窓という、れっきとした名前がついているんだよ」
「夜船に北窓だって?どうも聞き慣れないねえ」
「どういう理由でこう呼ばれるようになったのか訊きたいかい?」
「いんや、別に興味ない」
「そうか。では話してあげよう。そもそも牡丹餅というのはただの餅とは作り方が違ってね」
お正月に食べる普通の餅は炊いた餅米を杵と臼で搗(つ)いて作る。
米の粒が無くなる程にペッタンペッタンと力を込めて、声でも掛けながら威勢良く搗くのが粋というものだ。
しかしこの食べ物はそうではなく、炊いた米の米粒が多少残る程度に手で搗いて、餡子をまぶすだけでいい。
従って杵や臼をわざわざ持ち出す程でもなく、ペッタンペッタンと大きな音が出ることもない。
そういうわけなので、もし自宅で牡丹餅を作ったとしても音が出ないため隣人達はいつ牡丹餅を搗いたのか気づかない。
いつしかこのお菓子は、搗き知らず、と称されるようになった。
そこから何故夜船と北窓という名前に繋がるかというと、これは一種の言葉遊び的なものである。
夏の御萩の名は夜船だ。
昔の時代に夜中に川を渡る夜船は、明かりが少なく暗いので、いつ対岸に着くのか分からない。
即ち、着き知らず。
対して冬の御萩の名は北窓。
月は太陽と同じく、東から出て南を通り、最終的に西へ沈む。家の中にいると、北の窓から月の姿を見ることは無い。
要するに、月知らず。
夜の船は着き知らず、北の窓は月知らず。
それがお菓子の搗き知らずと通ずるようになって夜船、北窓と呼ばれることとなったそうだ。
春秋は花を見立てたことが由来となり、夏冬は言葉遊びが名前に通ずる。
いやはや、昔の人の粋の精神というものはかくも素晴らしいものではないか。
僕は喋っている間に持って来られた草団子を手に取り、話を締めくくった。
小町のほうを見やると、小町はすでに御萩を食べ終えていたようで悠々とお茶をすすっていた。
そしてお茶を飲み終わると僕のほうに顔を向けてこう言った。
「すまん、聞いてなかったよ」
「そうか」
小町のこういうところが僕はなかなか気に入っている。
「お前さんのその長話癖はどうにかならないもんかねぇ」
小町はあれからまた新しく注文した三色団子を片手に話しかけてきた。
その様子に僕はやれやれと言った調子で返してやる。
「僕から長話癖を取ったら一体何が残るというんだい?」
「あー、ごめんよ、あたいが悪かった」
「そこは否定してくれよ……」
自分で言ったことに頭を抱える。ほんのジョークなのに。
別に自分には特徴がないと思っているわけではないが、こうも綺麗に返されると何も言えなくなってしまった。
そんな僕をみて小町はからからと笑う。
「大丈夫さ、霖の字。お前さんには他に良いところがいっぱいあるから」
「……例えば?」
「あー…例えばだね、えーと…」
何故そこで言葉を濁す。
「……………」
「……………」
「………………なぁ」
「ま、待ってくれ!大丈夫だ!あたいはちゃんとお前さんのことを知ってるぞ!知ってんだかんな!」
じゃあ早く言っておくれよ。
「…でも、今はちょっと思い出せなくなっちまっただけさ」
「………ああ、そう」
「おいおい、拗ねないでおくれ」
「拗ねてない」
憮然とした表情で湯呑みを口に持ってゆく。
ええい、温過ぎる。
余計に表情が頑になってしまった。
「ところで、君も仕事をサボりすぎじゃないのかね。そろそろ戻ったほうが良い」
「あー…悪かったよ、霖の字。そんなに怒らないで」
「怒ってない」
困った顔で謝ってくる小町に僕は苦々しい表情のまま返事をした。
別に機嫌を損ねてるわけじゃない。ただ、温くなったお茶がまずかっただけだ。
そして、小町がここに長居しすぎているということが今の瞬間にふと頭をよぎっただけだ。
…いや、苦々しい顔のままだったら怒ってると思われてもおかしくはないかな。
小町は困った顔のまま団子をむしゃむしゃ食べ、お茶を飲む。
そして何かを観念したように、ふうと溜め息をついた。
「…よしわかった。この小町さんがお詫びを兼ねて霖の字になにかサービスしてやるよ」
「サービスって言ったってなにをするんだい」
「そうだな…今晩の霖の字の食卓に腕を振るってやろう。それで機嫌をなおしておくれ」
「ふむ…君は料理が出来るのかい」
「一人暮らしがながいもんでね」
小町はたはは、と頭を掻いて笑った。僕は腕を組んで考える。
別に怒っているわけじゃないというに……が、夕飯を作ってくれるという誘いは魅力的だ。
せっかくの申し出なのだし、断ることも無い。
いい加減自分の料理も単調なものになってきたし、ここで他人の味を知るというのも良しかも知れないな。
僕はそこまで思考を巡らせて考えを纏めると、小町に向かってニヤリと言う。
「許した」
「許された」
小町は僕の言葉ににっと笑って膝に手をつき、立ち上がった。
近くの木の方へ手を伸ばすと、大鎌が音も無く飛んできて小町の手へ収まった。
「便利だな、君の能力は」
「距離を操れば、この位の芸当は余裕のよっちゃんさね」
小町はでかい鎌の柄を片手で担いで肩に乗せた。
……端から見たらものすごく物騒だ。
「それじゃ、夕飯時に霖の字の店に行くよ。食材はお前さんの家の奴を使わせてもらうからね」
「ふむ。まあ良いだろう。君はこれから仕事かい?」
「そうさ。またよっせよっせと三途の川を渡さなきゃならない。ま、それも今日は早く切り上げるけどね」
小町はその場でくるりと一回転してから鎌に両手をついて杖のようにバランスを取り、僕を見つめてきた。
「なにせ、霖の字に飯を作ってやるという大事な用事があるからねぇ」
「こらこら、僕をサボりの口実にしないでくれ」
「これで映姫さまに怒られても申し開きが出来るというもんさ」
「僕は絶対に君を弁護しないからな。黒だ黒」
「ふふん、つれない男だ。それじゃ、あたいはもういくよ」
小町はこきこきと首を鳴らすと踵を返し、歩き出しつつひらりと右手を振った。
一瞬の後に小町の姿はその場から掻き消える。
まったくもって彼女の能力は便利だ。今頃はもう三途の渡しについていることだろう。
僕は湯呑みにまだ残っていた冷めてまずくなったお茶を飲み干し、立ち上がった。
さて、僕の家のお勝手にはなにが残ってたかな。
僕が自宅の台所事情に思いを馳せていると、
「あの~……」
出し抜けに声がかかった。
僕はその声がした方向を振り返る。
そこには茶屋の娘がお盆を両手に抱えるようにして佇んでいた。
「はい、なにか?」
僕が返事をすると、その娘は遠慮がちに訊いてきた。
「お連れ様の代金もお支払いして頂けるでしょうか……?」
────────あいつ!
店の奥にある台所からトントンとリズミカルな音が聞こえてくる。
早々と店を閉めた僕はその軽快な音を背にして本を読んでいた。
包丁とまな板が奏でる音楽は、端から聞いているととても美しいように思えた。
あれから時が経ち、太陽はとっくに西の方角へ傾いていた。
秋の日は釣瓶落とし。すぐに暗くなっていくだろう。
僕は店の中に差し込む西日を頼りにして頁をめくる。
小町が僕に払わせた茶屋の代金は、今度香霖堂で買い物をする事を条件に見逃してやった。
これくらいの事で憤然とするほど、僕と小町の仲は浅くはない。
それにしても、茶屋の娘から小町の分の値段を聞いたときは目を丸くしたものだ。
注文を重ねる小町を見て食べ過ぎだと思ったけれども、本当にたくさん食べていたようだ。
もしかしたら、小町は稼ぎをほとんど食道楽につぎ込んでいるのかもしれないな。
僕が小町のエンゲル係数について想像を膨らませているとお勝手から小町が出てきた。
「さあ出来たよ。手伝ってくんな」
「ああ、分かったよ」
小町に促されて僕は本を閉じ、席を立った。
お勝手に入るとそこには出来上がったばかりの料理達が湯気を上げて並んでいた。
それを僕と小町は二人で食卓まで運んでゆく。どれも実に美味そうだった。
「それじゃ、いただきます」
「いただきます」
僕たちは揃って両手をあわせ、食事の際の文句を唱えてから箸をとった。
まず僕はメインの肉じゃがに箸を伸ばした。立ち上る匂いが食欲をそそる。
味が良く染み入ってそうなじゃが芋を、箸で食べやすい大きさに割ってから口の中に放り込む。
僕の口がホクホクとした暖かさに包まれて、それから旨味が全体にじんわり広がってゆく。
ああ、美味い。
そう言ってやると小町は微笑んで、
「あたいの腕前もなかなかのもんだろう?」
と、嬉しそうに言った。
「ああ、たいしたものだ。僕も料理は不得意ではないが、ここまで上手には作れないだろうな」
「ふふん、もっと褒めてくれたっていいんだよ?」
「いや、もっと褒めたらきっと君は調子に乗る」
「おや、わかってるじゃないか」
そう言って小町は笑いながら自分が作った料理を口に運び、流石あたい、と満足げにうなずいた。
その様子をみて笑いながら僕は箸を進めていく。
昔からの古い友人と二人でゆっくり食べるひと時は、なかなかどうして心地よいものだ。
僕はしばし、小町が作った料理に舌鼓をうった。
遠くの方で鈴虫の鳴く声がする。
食べ終わった膳を片付け、僕らは晩酌を嗜んでいた。
僕と小町は差し向かいに座って酒をちびちびと呑んでいる。
「お前さんと知り合ってから、もう長い事経つんだね」
小町がしみじみとつぶやいた。
そのつぶやきに僕は言葉を返す。
「死神からしてみればそんなに昔の事でもないだろう?」
「それでも、だよ。なにせ、昔のあたいにゃ仕事関係以外での知り合いが少なかったからね」
仕事関係で親しい人と言えば映姫様くらいのもんさ。
小町は酒を呷ってからそう言って僕を見つめる。
「だから、仕事以外で知り合った奴第一号の霖の字との思い出は、それなりに大切なんだよ」
「光栄だね。君にそう言ってもらえるとは」
「ま、今じゃ色んな騒がしい知り合いが増えちまってるけどね」
「はは…」
僕は騒がしい知り合いの事を想像して苦笑する。
大方、霊夢と魔理沙のことを言っているのだろう。なにしろあの二人は幻想郷の騒ぎの中心のようなものだ。
「あのときも、君は仕事をサボっていたのかい」
「ご名答。昼寝にも飽きちまったんで無縁塚をぶらぶらしてたのさ」
「そこで僕を見つけたというわけか」
「最初は変な奴だなぁって思ったよ。ゴミを集めてるようにしか見えなかったからね」
小町が出会った当時の事を懐かしむような調子で言う。
「だけど、あのとき霖の字が言った言葉を聞いて思ったよ。こいつはただもんじゃないってね」
「初対面の相手にいきなり突拍子も無い事を言う君もどうかと思うぞ」
「それでもお前さんは綺麗に返してくれたじゃないか」
「たまたまだ。今思い返してみれば奇跡も良いところだよ。あの場であれを言う君のセンスを疑うね」
軽口を叩いて僕は杯を傾ける。飲み干して空になったそれに小町がお酌をしてくれた。
自分の方にも酒を注いでから小町は楽しげに笑った。
「なら、あの場でああ返した霖の字も十分おかしいセンスをしてるというわけだ」
「雰囲気に乗ってやっただけだよ。僕は普通だ」
「普通の人間だったら、あたいの鎌を見ただけで逃げ出してただろうけどね」
「あいにく、僕は普通の人間じゃないんだ」
「なんと、知らなかったなぁ」
おどけた調子で小町が言う。それを見て僕はまた笑って酒を呑んだ。
そのとき、ふと思っていた事が口から漏れて言葉になった。
「…いいものだな」
「ん、なにが?」
僕のつぶやきを小町は聞き逃さなかったようで僕に聞き返してきた。
特に隠すような事でもないので僕も正直に言う。
「なに、君と差し向かって酒を呑んでるこの時間がさ」
「へへぇ。そりゃまたどうしてだい」
「他の連中と酒を呑むときは騒がしくていけない。どんちゃん騒ぐし、無理矢理に酒を呑ませようとするし。
酒って言うのはだね、ただ呑んで騒げばいいってもんじゃない。嗜むものだ。僕はゆっくりとお酒を嗜みたいんだ」
だが、と言ってぼくは言葉を続ける。
「独りきりで呑むのもそれはそれでつまらないじゃないか。静かだが、静かすぎる。
その点、君は僕の間合いを良く知っているからね。良い具合のところを一番良く分かってる。
だから、小町と二人でのんびりと酒を呑む瞬間が僕はたまらなく好きなんだよ」
僕はもう一回酒を呷る。程よく冷えて、とてもいい塩梅だ。
向かいに座っている小町はなんだか驚いたような照れたような、そんな顔をしていた。
「……さてはお前さん、酔ってるね」
「さあ、どうだかね」
「酔ってるだろう」
「酔ってないよ」
「じゃ、あたいは酔っちまった」
小町はそう言い放つと自分の杯をもって立ち上がり、卓をぐるりと回りこんでこちらへ来た。
そして僕の隣へ来ると杯を卓に置いて座り込み、僕に寄り添うようにしてピタリと体をくっつけた。
思わず身じろぎした僕の手を、小町が逃がすまいとばかりに握る。
「酔っちまったから、こんなことをしちまっても全然平気だね」
「……くっつきすぎだ。少し離れてくれ」
「おやおや?照れちゃってんのかい?」
「照れてない」
握られた手と密着された半身に小町の体温が伝わってくる。
固い調子で言葉を返す僕に、小町ははにかんだ感じで笑いかける。
その顔にはわずかながらだが朱が差しているように見えた。
「顔が赤いぞ」
「そっちこそ」
「僕は酒を呑んでるからだ」
「あたいだって、同じだよ」
そう言って僕らは見つめ合う。
そしてどちらからともなく笑みをこぼし、杯をキンと合わせてまた酒を呑み始めた。
さっきは遠くの方から聞こえた鈴虫の声が、今はなんだか大きく聞こえてくる。
どこからともなくフクロウも飛んできたようで、ホウ、ホウと鳴いていた。
僕と小町は手を握り合いながら酒を呑みつつ、他愛の無い話に花を咲かせ、笑い合った。
静かな秋の長い夜が、ゆっくりと更けていった。
しかしなんだこの、そこはかとないおっさん臭……
永遠亭ではお萩を姫様と呼ぶそうですね。
即ち、就き知ら(ピチューン
2作目も期待を裏切らない良作でした。
3作目も期待してます。
これは2828が止まらなかったw
……なんか、この作品の小町が自分が思う小町像と一致しました。
この二人のゆるくもぬくい関係が大好きです。
ちょっと大人な感じですね
ゆったりとした穏やかさと仄かな甘さ。
素晴らしかったです。
狙い通りの心の潤いになる作品でした。
確かに霖之助と小町は相性が良さそうですね。
これからも頑張って下さい!
これからの作品も楽しみにしています。