みなさん、こんにちは。
幻想郷の猫を統べる女王、橙です。
私には最近、悩みがあります。それは私の家来である猫たちについてです。
「……猫が減った」
マヨヒガに築いた私を頂点とする、猫王国。――その国民が減少している。
しかも、その原因は少子化とか、そういう事ではなく……ずばり猫たちが次々に行方不明になっているのだ。
このところ幻想郷では新参の妖獣が増え、妖獣同士の勢力争いも激化している。そんな情勢の中で、自分の仲間が減っていくのは致命的。
さらに決定的なのは先日、私の腹心であった三毛猫のクロすらも消えてしまったこと。此処に至り、ついに私は重い腰を上げたというワケ。(面倒だったとか、気付くのが遅れたとかではないよ)
「私の猫たちが、何処に消えたのかを調査する!」
猫たちの姿もまばらで、すっかりと寂しくなったマヨヒガを後にし、私は妖怪の山へと向かった。
猫の消えた先として考えられるのは、餌の豊富な森の中か、あるいは妖怪どもの胃袋の中。だから、ここを探すのが一番。
でも闇雲に探したって見つかりそうにない。だから、まずは情報収集だ。
妖怪の山に詳しい情報屋といえば、新聞記者をやっている烏天狗ども。私は哨戒天狗たちに邪魔くさそうに扱われながらも、目的の人物のもとにたどり着いた。
「……なるほど。猫の消えた行き先ですか」
ブン屋の射命丸は私の話を聞いて、少し興味を持った様子。
「うん。面白そうな事件でしょう? 何か知らないかしら」
「確かに最近はネタもなくて暇でしたからねぇ。そんな些末な事でも記事にはなるか……」
「些末な、って何よ! 私の部下たちが消えたのよ? しかも数十匹と!」
憤慨する私に、ブン屋は「落ち着いて」と一言挟んでから。
「私にアテがあります。しかし……橙さん、情報料を支払えますか?」
「じょ、情報料!?」
「当然でしょう。情報を得るには対価が必要です。私が足を使い集めた情報を、あなたは何の苦労もせず手に入れようと?」
ぐぬぬぅ~。けちんぼめ。
情報なんてタダで広めてくれれば良いものを。
「……またたび、一個じゃダメ?」
「私は猫じゃないんですよ。――まぁ、あなたの耳につけてる金のリング。それならば、価値としては見合うかも……」
「えぇ~! これはダメよ!」
私は左耳に付けている金の輪を手で覆い隠し、後退りした。
ブン屋は何故か、そんな私を見て笑っている。
「ふふふ。冗談ですよ。私の情報も大したことではありませんから。――この事件の顛末を私に教え、記事にする許可を下さい。それで対価としましょう」
「そんな事でいいの? ならオッケー」
「交渉は成立ですね。よろしい。ならば、この住所を尋ねなさい。こいつなら捜し物を得意としていますから」
「……? ええっ、何それ! 詐欺じゃない!」
「仲介手数料というのが、この世にはあるんですよ」
私はブン屋のズル賢さに憤慨しながらも、取り敢えず教えてもらった住所を尋ねることにした。
なにしろ全く情報がないのだから、当面の目的地がハッキリしただけでもありがたい。
◇ ◇ ◇
目の前にいる烏天狗は、手に持った珍妙な機械を弄びながら、退屈そうに話し始めた。
「それで? 私が念写で猫を探してあげたとしてぇ、私になんの得があるわけ?」
また対価か。
烏天狗たちは世知辛いな。
「……う~。このリングはあげないよ。大事なものだから」
「あのねぇ。烏天狗だからって全員が光物好きなワケじゃないわよ。私は金目のものなんて必要ないし……」
確かに、この天狗は自宅で引きこもっているタイプの、飾らない生活をしている。金も名誉も必要なさそうだ。
ならば、どうすればいいんでしょう?
私は必死に考えたが、良い考えが浮かばなかった。
「うぅ~。なら、この猫の失踪事件をスクープする権利をあげる……」
「はぁ? 猫の迷子なんて瑣末な事件、記事にしたって大したものにはならないわよ」
「だ、だって……射命丸は、この事件を記事にするって条件で、はたてさんを紹介してくれたんですよ」
「……なに? ……分かった。念写するわ」
一体何が彼女に気に入ってもらえたのか。姫海棠は一転してやる気になり、猫を探すための念写をしてくれる事になった。
「消えた猫を一斉に探すのは無理だから、とりあえず失踪した猫の一匹を思い描きなさい。そいつの現在地を念写してみる」
「なら……クロにしよう。うーん、うーん。クロ~、何処に行ったの~?」
「……はい。出来たわよ」
念写とはなんとスピーディなのだろう。
彼女の機械に映し出されたのは、大きな建物であった。画像が荒くてよく分からないが、とにかく私には見覚えがない。
すると姫海棠が写真を覗き込んで、ひとつ頷いた。
「……これは、仙人の道場ね」
「知ってるの? はたてさん」
「ええ。サービスで教えてあげるわ。山の中腹、一本杉から北にまっすぐ進むと見えるはずよ」
「仙人の道場……か。ここにクロがいるのね」
私は射命丸と違い優しい姫海棠に御礼を言うと、その道場へと向かっていった。
一体、クロは何をしに道場なんかに行ったのだろう。そして、他の猫たちも一緒にいるのだろうか?
逸る気持ちを抑えつつ、私は空を駆けた。
◇ ◇ ◇
道場の周りは霧に覆われていた。
「な、なんだか怖いな……」
本当にこんな所にクロは居るの?
まさか、仙人に無理矢理、拉致されたのでは……?
そんな疑問を持ちながら、私は慎重に(決して臆したわけではない)遠くから道場を眺めていた。
「お嬢ちゃん。敵情視察かい?」
「ひいェッ!?」
突然後ろから声を掛けられ、驚きのあまり変な声が出た。
咄嗟に振り向くと、そこには鎌を手にした赤毛の女――確か、こいつは死神だ――が立っていた。
「妖獣の橙だったか。あたいは死神、小野塚小町」
「随分と手際の良い挨拶ですね」
「あまり時間がないものでね。手短に話そう。――お前さんは、もしや消えた猫の捜索をしているのかい?」
ずばり的中。――私は無言で頷いた。
だが、まだ相手が敵か味方かは分からない。いつでも戦えるよう、ポッケに詰めたスペルカードに意識を向ける。
「……ならば、協力しようじゃないか」
「え?」
「私も調査中なんだ。猫に限らず……幻想郷の動物が減少している事について、ね」
んーと、つまり
「……味方と考えて、良いのかしら」
今度は彼女が頷いた。
良かった。一人で心細かったところに、死神という味方が現れたのは大きな追い風。
私はホッと息をついた。
続いて死神の小町は説明を始める。
「……あそこに住んでるのは、茨華仙って仙人。あたいは仕事の関係でそいつを見張っているんだが……。どうにも最近、幻想郷の動物が減少している事に、その華仙が関係しているみたいなんだよ」
「幻想郷の動物が減少って……猫だけの話じゃなかったんだ……」
「ああ。ありとあらゆる動物が、均等に数を減らしている。奴が何か良からぬ事をしてるんじゃないかって、あたいは睨んでるんだ」
私の脳内に、邪悪な仙人によって恐ろしい秘術の実験台にされる、私の猫たちの映像が浮かぶ。
「……大変! 早くクロたちを助けださなきゃ!」
「まぁ、華仙が犯人と決まったワケじゃないが……。それを今から確かめようとしているのさ」
私はゴクリと生唾を呑んだ。
そんな仙人相手に、死神と私の二人だけで、一体どう立ち向かうのか。
「それで、どうやって仙人について調べるのよ?」
「……ん? 今から訊きに行く。本人に」
「ええええぇぇえ!?」
思わずズッコケそうになりながら、さっそく歩き出している死神の背中を追った。
「ちょ、ちょっと! 直接訊いて……正直に相手が告白するワケないじゃない!」
「まぁ、あたいは何でも分かりやすい方が好きだからね。あれこれ考えるより、ドカーンと行くのさ」
「いやいやいや」
私は一瞬でもこの死神を頼りにしようとしたことを、激しく後悔をしていた。
◇ ◇ ◇
仙人の道場は思ったより普通の建物だった。
別に罠が張ってあるわけでもないし、怨霊が襲いかかってくるでもなし。
死神と(なし崩し的についてきてしまった)私は、あっさりと道場に入ってしまった。
「いやぁ。久々だねぇ」
「あら……また貴方ですか。それに、今日は珍しいお客さんも」
居間にやってきた私たちは、なんと目的の仙人に客として招かれている。
しかも敵対していると言っていた小町と華仙は、普通に仲がよさそうにも見える。
挙げ句の果て、お茶まで出されている始末……。本当に死神の奴は、仙人を調査する気があるのか?
ニコニコとしながら死神は――不意に切り出した。
「それでさぁ。なんで幻想郷の動物を集めてるんだい、お前さんは」
宣言通りのストレート過ぎる問い。
しかし、相手からの返事も意外だった。
「なんでって……。ペットを飼うのに誰かの許可がいるのですか?」
「んな! ペットって……」
自分の部下を奪われた理由が、飼育目的!?
私は抗議の声をあげようとして……ふと、仙人の膝の上にある、茶と黒と白の毛玉に気付いた。
それはむくりと顔を上げると、こちらと目を合わせ、そして視線を逸した。
「あああああ!? クロじゃない! そんなトコで何してんのよ!?」
「あら? この子の名前はクロっていうの? なかなか名乗ってくれないから、困っていたところでした。……そう、いい名前ですね」
「ちょっと仙人! そいつは私の腹心よ! それに、他の猫だって私の部下なんだからー! 返せ!!」
私の絶叫に、しかし仙人は困ったように首を傾げる。
「そうなんですか? しかし、私は動物たちをペットとして招く際に、きちんと相手の同意をとっています。クロだって同意のもとで私のペットになったのですよ? ねぇ」
仙人に尋ねられたクロは――顔を仙人のふとももに埋めたままで、頷きやがった。
「ちょっとー! クロ、どうしたのよー!」
「うーん。相手の同意がある以上は、略奪でも略取でもないしなー。罪には問えないが……」
頼みの綱の死神も、なんだか仙人の肩を持っている。
ぐぬ……。
「しかし、だ。茨華仙よ。あたいの調査じゃ、あんたのところに入っていた動物と、自然に帰ってきた動物の数が合わない。この建物に現在飼われている数字を足しても、なお3割近くが行方不明。――こいつらは、一体どうなってる?」
死神の目が鋭くなった。
何故、彼女が動物の行方にこれほど過敏になっているのか。
それはきっと、動物自体の行方よりも、その魂の行方を厳しく管理している立場だからだろう。
仙人がなんらかの方法で、動物たちの魂を輪廻の輪から外しているとすれば、それは死神たちにとって大罪だから。
もちろん、そんな事は私にとっても大罪だ。便乗して仙人を睨みつけてやる。ついでに裏切ったクロの奴も睨みつけてやる。
「……ああ。そんなことですか」
華仙は膝の上にあるクロの背中を撫でながら、笑みをこぼしていた。
「私のもとに来た動物たちは、私のもとで厳しい修練を積みます」
「何よそれ! 動物虐待じゃないの!」
「いや、それでもクロたちが逃げ出してない……むしろ華仙に懐いてるってことは、同意の上じゃないのかね?」
「死神! あんたどっちの味方……」
私の抗議の声は、小町の右手で塞がれた。
それを見て華仙はこくりと頷いて言葉を紡ぐ。
むむむ。まるで、私が邪魔者みたいじゃないの……。
「修練を積んだ動物たちは、やがて存在の格を上げていく。――そして行き着くところは……?」
「ああ! なるほど。そういうことか」
死神は勝手に納得してるけど、私はまったくもって納得してない。
そんな私を見て華仙は、微笑みながら補足をした。
「そう。行方不明とされた3割近くの動物は、妖獣と成ったのです。そして妖怪の山に帰っていった。――私のもとに残る妖獣も、少なからず居ますけれども」
ああ。
なるほど。
そういうことか。
私もようやく理解した。
茨華仙は動物たちに修行をつけていたのだ。それで一部の動物は妖獣に成った。
最近、新しい妖獣が増えたなー、とは思っていたが、まさかそれを促している人物がいたとは。
「……魂の流れをいじるんじゃないから、あたいは何とも言わないけどさ。あんまり、そんな事をしていると……こいつのボスのボスが黙っちゃいないかもよ?」
小町が私の鼻先を指さしている。
「……? 紫様のこと?」
「大丈夫でしょう。私がしていることは、幻想郷の全体に影響を与える事ではありません。――これは、ただの趣味ですから」
そういうと華仙はニコリと笑い、またクロの背中を撫でた。
その時のクロの顔の……なんと幸せそうなことか。
私は彼を裏切り者と罵る気力もなくなった。
「……また、一から集めるか……猫」
「ごめんね、橙。もし良かったら、あなたも私のもとで修行しますか? より強い妖獣となれますよ」
「私はいいよ! ちゃんと鍛えてくれる人がいるもん!」
「そうでしたね。それでは……いつでも遊びに来て良いですよ」
「ふ、ふん! 猫たらしめ! ヘッドハンターめ! ピンク仙人め! 誰が遊びに来るかー!」
無性に悔しくなった私は、お茶をグビッと飲み干すと道場から出ていった。
結局、猫の失踪事件は――私の部下たちは大半が華仙のもとで修行を積みに出奔しただけ――そんな間抜けな結末で、さらに修行を積んだ猫は私のライバルたる妖獣となって帰ってくるというのだ。
そう考えると、私は奴にとてつもなく酷いことをされた。
あの仙人め。とんでもない奴だ!
絶対に許さんー!
……
ああ、でも。
あの左手で頭をナデられたら、確かにちょっと気持ちよさそう……。
っと、とかは思ってない!
◇ ◇ ◇
「しかし。動物を操るのだけじゃなく、育てるのも上手いとは。多才だねぇ」
「仙人ですからね。すべての事柄を修めるのが当然」
「いや、その自信も良く分からんが……。っと、おいおい。何をするんだ?」
「この子はついに妖獣になれましたから。晴れて私のもとを“卒業”するんです」
「“華仙妖獣教室”の卒業生ってことか。それは、その証に?」
「ええ。これを着けていれば、誰が私の教え子か分かるし、卒業生同士でも親近感が沸くでしょう?」
「ふーん。勿体無いねぇ。あたいだったら、それは質屋にでも入れて酒の代金にしちまうよ」
妖獣は妖獣である事に矜持を持っている。
だから獣であった頃のことは忘れてしまうのが通常なのだ。
「獣であった頃は、同じ釜を食らった者同士。
「ふーん……。まぁ、でも実際には……使える戦力を増やしたいだけなんだろう?」
「……これは趣味だと言ったじゃないですか」
「実益を兼ねた、な」
「……もう。怒りますよ」
「おぉ、怖い怖い。うちのボスほどじゃないが」
また一匹、妖怪の山へ妖獣が放たれた。
その左耳には金色に輝く輪を付けて。
欲を言えば妖獣が増えたってところの伏線があったら、もっと良かったかも。
藍に式をつけられた時には既に妖獣だったわけで、なるほど妖獣になったのは華扇に鍛えられたからか…。
面白かったです。
面白かったです。
動物好きの華扇ならではの発想ですね
ってウソウソ、橙さんすっごく可愛かったッス。
基本君の視点で動くお話なのに、それでも濃密に漂ってくる小物臭も素敵ッス。
個人的心情として、橙にはやっぱり尻尾の先まで八雲に属していて欲しいのですが、
こういう解釈も面白いですね。
綺麗に一本取られた気分。
不思議な読後感で。
なるほど、ちょっとゾクッとしたぜ・・・
面白かったです、ありがとうございました。
おもしろい発想でした。