ぱち、ぱち、ぱち────
算盤の珠が弾ける音だけが店の中に響いていた。
この一週間、店には一人として来客が無かった。
いつも騒ぎの種となる紅白の巫女も白黒の魔法使いも、常連である吸血鬼の従者もこのところ姿を見せていない。
霖之助はぼんやりと何も考えず、ただ手に掴んだ算盤を弄んでいた。
指で珠を弾いたり、端から端まで珠の数を意味も無く数えたり、算盤自体を振って奏でられる音を聞いてみたり。
まったく、なんの生産性も無かった。
「静かだな・・・」
霖之助は誰に聞かせるわけでもなくつぶやき、わずかに苦笑した。
ほんの数十年前までは一人きりの静けさが普通だったというのに。
霊夢や魔理沙が入り浸るようになってから、どうも調子が狂ってしまったようだった。
霖之助は算盤を置いて腕を組み、顎を右手で撫でながらこれから為すべきことを考えようとした。
その時、玄関のカウベルが申し訳なさそうな調子で鳴り、開かれた扉から外の光が店に入り込んだのをみて霖之助は顔を上げた。
「邪魔をいたす。ここはコーリンドー・・・という店で合っておるか?」
霖之助は眼鏡をくいっと掛け直し、一週間ぶりの来訪者を目を細めて見つめた。
銀色をした長く綺麗な髪を後ろで一束に纏め上げ、頭には立烏帽子が乗っかっている。
紫のスカートをはき、白を基調とした装束を身に纏っている。袖の部分には色がついた細布がくっ付いていた。
霖之助は、霊夢や早苗の着ている巫女服に似ているな、となんとなく思った。
腋は出ていなかったが。
「いらっしゃいませ。まさしく、ここは古道具屋の香霖堂ですよ」
霖之助は立ち上がり、営業用の(霖之助なりの)爽やかスマイルをその訪問客に向けて言葉を発する。
その言葉に客はパッと笑顔になって店のカウンターまで歩み寄り、そのままの笑顔で言った。
「そうか、そうか。そうなると、お主が噂の伸之助という男なのだな?」
「僕は霖之助だ」
一瞬で客用の笑顔と敬語を取り除いて憮然とした表情になる。
伸之助って何だ。僕はそんな名前じゃないぞ。
「そ、そうか、すまん。何ぶん、人の名を覚えるのがちと苦手でな」
霖之助は眉間に若干しわを寄せて相手を見つめる。
彼の名を間違えたこの不届き者はさっきの笑顔とうってかわって沈んだ面持ちだった。
幾分身を小さくして縮こまり、それなりに反省しているようである。
その様子に霖之助はふっと表情を緩めた。
「なに、気にはしてない。改めて間違いを正しておくと、僕の名前は森近霖之助だ」
「それは失敬した。我は物部の家が一人、布都と申す」
「そうか、よろしく」
簡単にお互いの自己紹介を済ませ、椅子に腰掛けて早速用件を聞く。
「さて、この香霖堂にわざわざ何の用かな」
「うむ、聞くところによると、ここは道具屋だそうだな」
「ご覧の通り、ここはちっぽけな古道具屋さ」
「それを見込んで頼みがある。ちとこいつを見てくれんか」
布都と名乗った彼女は懐から薄い緑色をした石を取り出し、大事そうにカウンターに置いた。
霖之助はそれを手にとり、しげしげと眺めた。
こいつは確か・・・
「これは・・・翡翠かい?それもかなり質が良い」
「おお、わかるのか!」
布都は霖之助の言葉に嬉しそうに言葉を返した。
「いかにもそれはヒスイの原石ぞ。一目で分かるとは流石、お主は一流の目を持っておるのだな」
「これでも道具屋だ、宝石にも少しは通じるからね」
やや得意げに答え、霖之助は改めて手に持ったそれを見た。
翡翠は数少ない、日本で採れる宝石の一つだ。エメラルドと共に五月の誕生石である。
古くは新潟の姫川流域などで多く産出され、位の高い者たちに親しまれていた。
「お主、それを細工できはしまいか?」
「細工・・・というと、加工して精製しろということか。やってできないことはないよ」
「では、任せてもよいのだな!?」
「ああ、このくらいはお易いご用だ」
断る理由も無かった霖之助は快諾した。
これを受ければいくらかの収入も手に入るだろうし、なにより久々の客だ。
宝石の加工は不慣れではあるが、一通りの心得はある。
「そうか!ならば是非そうしてくれ!」
布都はいかにも嬉しいというような顔になって言った。笑顔が弾けるようだ。
その様子に霖之助もふと笑みをこぼす。ここまで喜びをストレートに表す人間も久しぶりだった。
「では、どのように加工すれば良いかな?」
「うむ。それを使った勾玉を作ってもらいたい。魔除けになるのでな」
「勾玉か・・・良いだろう。二日もあれば出来ると思うから取りにきてくれ。お代はその時に頂こう」
「二日後だな!わかったぞ!」
布都はもう依頼の品が手に入ったかのような顔をして出口に向かった。
ストレートというか、単純というのかな。霖之助はそう思った。
揚々と出て行こうとする布都を見送ろうとして、霖之助はふとあることが気になった。
「あ、ちょっと」
「んむ?なんだ」
怪訝そうな顔をして振り返った布都に霖之助は尋ねる。
「いやなに、一体誰から僕の店のことを聞いたのかとおもってね」
「うむ、それか!それはな、とある魔法使いからここの事を教わったのだ!」
魔法使いか。ふむ、と霖之助は考える。
まあ考えるまでもなかった。幻想郷に魔法使いは一人ではないが、
わざわざこの店のことを教える魔法使いなど彼女しか居ないだろう。
考え込む霖之助に布都は得意げな顔で言い放った。
「確か・・・春雨とか名乗っておったぞ!」
「多分、それは霧雨だと思うよ」
人の名前を覚えるのが苦手というのは本当らしかった。
二日後、布都は品物を受け取りにやってきた。
手には風呂敷を携えて。
「なんと、素晴らしい!やはりお主は一流の腕前の持ち主だったのだな!」
「そんなに褒めても何もでないよ」
仕事は簡単だった。別に二日も取ることは無かったかもしれない。
かくしてキラリと緑色に光る翡翠の勾玉は布都の手元に収まっている。
マジックアイテムの作成よりは楽な作業だった。
しかし、褒められて悪い気はしない。まして、自分の仕事にここまで素直に喜んでくれる客は稀だ。
布都は霖之助から受け取った勾玉をキラキラとした目で見つめている。
霖之助は上がろうとする口角をなんとか抑え、いつもの表情を作った。
「そういえば、あの原石はどこで手にいれたんだい?」
「うむ、廟の宝物庫にあったものを、太子様が我にくだすったのだ」
「太子様?」
「豊聡耳神子様ぞ。我らは太子様と呼んでおる」
前に霊夢が来た時に教えてくれた。
千年以上も前に封印された、道教の霊廟が最近復活したとか。
アスカだかレイだか知らないけど、そういう時代のものらしいわよ、と彼女は言っていた。
その時に霊夢や魔理沙達が霊廟の面々と一悶着あったそうだが、
彼女が喋っていた霊廟のリーダーの名前がそんな感じだった気がする。
ということは、彼女も霊廟とともに復活した者の一人ということか。
いかに布都といえど、自分の主の名前は流石に覚えていたようだ。
まあ今の彼には割とどうでもいいことなのだが。
「さて」
と、霖之助はつぶやき、改めて布都に向き直った。
彼に取ってはここからが本題だ。
霖之助はあらかじめ計算を付けてあった算盤を手に取りつつ言葉を投げた。
「そろそろお代を頂こうと思う。金額はだね・・・」
「おお!そうであった!報酬を渡さねばな!」
算盤を布都に見せて言葉を続けようとした霖之助の言葉を遮り、
布都は嬉しそうな顔のまま手に持っていた風呂敷をどんとカウンターに置いた。
「今回の報酬だ。遠慮なく受け取ってくれ!」
ぽかんとした顔の霖之助を前に物部布都は胸を張って宣言した。
霖之助はしばらくその得意満面な顔を見つめたが、彼女もまたそのまま霖之助の間抜け面を見返すだけだった。
「・・・これは何かな?」
「開ければわかるぞ」
狐につままれたような面持ちで霖之助は言葉に従い、風呂敷をするするとほどいた。
ほどき終わって完全に露になった中身を霖之助はしばし見つめる。
壷であった。
しかし、しっかりと封をしてある。中に何か入っているようだ。
ぷん、と独特の匂いが辺りに漂った。
布都が得意げに言う。
「これぞ、大和の濁り酒。天下一品の名酒よ」
立烏帽子がキリリと天井に向かう。
胸を張りっぱなしの布都の顔を見つめつつ、霖之助は考えを巡らせた。
そしてある一つの結論に思い至り、はっとした。
彼女ら───物部布都や豊聡耳神子が生きていた時代は飛鳥時代。
西暦でいうと、おおよそ600年前後が彼女らの全盛期であったと聞く。
そして、日本で最初の貨幣、富本銭が作られたのは・・・それから50年以上後、683年のことだ。
それまでの日本では、物々交換が主流だった。
欲しいものがあれば、対価は物で支払うのが普通の時代。
───即ち、復活した道教の仙人達は、貨幣制度のことを知らないのだ。
「・・・ありがとう。なかなか良さそうな酒だな」
「うむ、味は保証するぞ」
霖之助は自分の間抜け面を引っ込め、大事そうに酒壷を棚にしまった。
布都はそれを満足げな顔で見送る。よほど自分の持ち出した酒に自信があると見える。
霖之助に取っては誤算だった。久々に収入が入るとおもったのに。
しかし、今この場で布都に貨幣制度云々について説明してもしょうがない。この酒を「対価」として受け取るのが一番楽だ。
思った通りの収入が無かったのは手痛いが、この場合、誰を責めてもしょうがない。
なにより「対価」があるぶん、ツケと称してモッテカナイデーされるよりはマシだった。
だが、このまま彼女らが貨幣制度のことを知らないとなると、それはいつか混乱を生じさせるだろう。
いずれ布都の住む廟に訪れ、商人として貨幣制度のなんたるかを皆に説く必要があるかもしれない。
その時のことを考えると霖之助は幾分気落ちした。
そんな霖之助の心境を知ってか知らずか、布都は翡翠の勾玉を見つめてニコニコと笑っている。
──まぁ、いいか。
彼女の顔をみて、霖之助はほうと溜め息をついた。
サービスでアクセサリーにしてやった勾玉を首にかけ、布都は人なつこい笑みで手を差し出して言った。
「これからもよしなに頼むぞ、銀之助」
「・・・ぼくは霖之助だよ、布都」
霖之助は苦笑しつつ、布都の手を握り返してそう答えた。
算盤の珠が弾ける音だけが店の中に響いていた。
この一週間、店には一人として来客が無かった。
いつも騒ぎの種となる紅白の巫女も白黒の魔法使いも、常連である吸血鬼の従者もこのところ姿を見せていない。
霖之助はぼんやりと何も考えず、ただ手に掴んだ算盤を弄んでいた。
指で珠を弾いたり、端から端まで珠の数を意味も無く数えたり、算盤自体を振って奏でられる音を聞いてみたり。
まったく、なんの生産性も無かった。
「静かだな・・・」
霖之助は誰に聞かせるわけでもなくつぶやき、わずかに苦笑した。
ほんの数十年前までは一人きりの静けさが普通だったというのに。
霊夢や魔理沙が入り浸るようになってから、どうも調子が狂ってしまったようだった。
霖之助は算盤を置いて腕を組み、顎を右手で撫でながらこれから為すべきことを考えようとした。
その時、玄関のカウベルが申し訳なさそうな調子で鳴り、開かれた扉から外の光が店に入り込んだのをみて霖之助は顔を上げた。
「邪魔をいたす。ここはコーリンドー・・・という店で合っておるか?」
霖之助は眼鏡をくいっと掛け直し、一週間ぶりの来訪者を目を細めて見つめた。
銀色をした長く綺麗な髪を後ろで一束に纏め上げ、頭には立烏帽子が乗っかっている。
紫のスカートをはき、白を基調とした装束を身に纏っている。袖の部分には色がついた細布がくっ付いていた。
霖之助は、霊夢や早苗の着ている巫女服に似ているな、となんとなく思った。
腋は出ていなかったが。
「いらっしゃいませ。まさしく、ここは古道具屋の香霖堂ですよ」
霖之助は立ち上がり、営業用の(霖之助なりの)爽やかスマイルをその訪問客に向けて言葉を発する。
その言葉に客はパッと笑顔になって店のカウンターまで歩み寄り、そのままの笑顔で言った。
「そうか、そうか。そうなると、お主が噂の伸之助という男なのだな?」
「僕は霖之助だ」
一瞬で客用の笑顔と敬語を取り除いて憮然とした表情になる。
伸之助って何だ。僕はそんな名前じゃないぞ。
「そ、そうか、すまん。何ぶん、人の名を覚えるのがちと苦手でな」
霖之助は眉間に若干しわを寄せて相手を見つめる。
彼の名を間違えたこの不届き者はさっきの笑顔とうってかわって沈んだ面持ちだった。
幾分身を小さくして縮こまり、それなりに反省しているようである。
その様子に霖之助はふっと表情を緩めた。
「なに、気にはしてない。改めて間違いを正しておくと、僕の名前は森近霖之助だ」
「それは失敬した。我は物部の家が一人、布都と申す」
「そうか、よろしく」
簡単にお互いの自己紹介を済ませ、椅子に腰掛けて早速用件を聞く。
「さて、この香霖堂にわざわざ何の用かな」
「うむ、聞くところによると、ここは道具屋だそうだな」
「ご覧の通り、ここはちっぽけな古道具屋さ」
「それを見込んで頼みがある。ちとこいつを見てくれんか」
布都と名乗った彼女は懐から薄い緑色をした石を取り出し、大事そうにカウンターに置いた。
霖之助はそれを手にとり、しげしげと眺めた。
こいつは確か・・・
「これは・・・翡翠かい?それもかなり質が良い」
「おお、わかるのか!」
布都は霖之助の言葉に嬉しそうに言葉を返した。
「いかにもそれはヒスイの原石ぞ。一目で分かるとは流石、お主は一流の目を持っておるのだな」
「これでも道具屋だ、宝石にも少しは通じるからね」
やや得意げに答え、霖之助は改めて手に持ったそれを見た。
翡翠は数少ない、日本で採れる宝石の一つだ。エメラルドと共に五月の誕生石である。
古くは新潟の姫川流域などで多く産出され、位の高い者たちに親しまれていた。
「お主、それを細工できはしまいか?」
「細工・・・というと、加工して精製しろということか。やってできないことはないよ」
「では、任せてもよいのだな!?」
「ああ、このくらいはお易いご用だ」
断る理由も無かった霖之助は快諾した。
これを受ければいくらかの収入も手に入るだろうし、なにより久々の客だ。
宝石の加工は不慣れではあるが、一通りの心得はある。
「そうか!ならば是非そうしてくれ!」
布都はいかにも嬉しいというような顔になって言った。笑顔が弾けるようだ。
その様子に霖之助もふと笑みをこぼす。ここまで喜びをストレートに表す人間も久しぶりだった。
「では、どのように加工すれば良いかな?」
「うむ。それを使った勾玉を作ってもらいたい。魔除けになるのでな」
「勾玉か・・・良いだろう。二日もあれば出来ると思うから取りにきてくれ。お代はその時に頂こう」
「二日後だな!わかったぞ!」
布都はもう依頼の品が手に入ったかのような顔をして出口に向かった。
ストレートというか、単純というのかな。霖之助はそう思った。
揚々と出て行こうとする布都を見送ろうとして、霖之助はふとあることが気になった。
「あ、ちょっと」
「んむ?なんだ」
怪訝そうな顔をして振り返った布都に霖之助は尋ねる。
「いやなに、一体誰から僕の店のことを聞いたのかとおもってね」
「うむ、それか!それはな、とある魔法使いからここの事を教わったのだ!」
魔法使いか。ふむ、と霖之助は考える。
まあ考えるまでもなかった。幻想郷に魔法使いは一人ではないが、
わざわざこの店のことを教える魔法使いなど彼女しか居ないだろう。
考え込む霖之助に布都は得意げな顔で言い放った。
「確か・・・春雨とか名乗っておったぞ!」
「多分、それは霧雨だと思うよ」
人の名前を覚えるのが苦手というのは本当らしかった。
二日後、布都は品物を受け取りにやってきた。
手には風呂敷を携えて。
「なんと、素晴らしい!やはりお主は一流の腕前の持ち主だったのだな!」
「そんなに褒めても何もでないよ」
仕事は簡単だった。別に二日も取ることは無かったかもしれない。
かくしてキラリと緑色に光る翡翠の勾玉は布都の手元に収まっている。
マジックアイテムの作成よりは楽な作業だった。
しかし、褒められて悪い気はしない。まして、自分の仕事にここまで素直に喜んでくれる客は稀だ。
布都は霖之助から受け取った勾玉をキラキラとした目で見つめている。
霖之助は上がろうとする口角をなんとか抑え、いつもの表情を作った。
「そういえば、あの原石はどこで手にいれたんだい?」
「うむ、廟の宝物庫にあったものを、太子様が我にくだすったのだ」
「太子様?」
「豊聡耳神子様ぞ。我らは太子様と呼んでおる」
前に霊夢が来た時に教えてくれた。
千年以上も前に封印された、道教の霊廟が最近復活したとか。
アスカだかレイだか知らないけど、そういう時代のものらしいわよ、と彼女は言っていた。
その時に霊夢や魔理沙達が霊廟の面々と一悶着あったそうだが、
彼女が喋っていた霊廟のリーダーの名前がそんな感じだった気がする。
ということは、彼女も霊廟とともに復活した者の一人ということか。
いかに布都といえど、自分の主の名前は流石に覚えていたようだ。
まあ今の彼には割とどうでもいいことなのだが。
「さて」
と、霖之助はつぶやき、改めて布都に向き直った。
彼に取ってはここからが本題だ。
霖之助はあらかじめ計算を付けてあった算盤を手に取りつつ言葉を投げた。
「そろそろお代を頂こうと思う。金額はだね・・・」
「おお!そうであった!報酬を渡さねばな!」
算盤を布都に見せて言葉を続けようとした霖之助の言葉を遮り、
布都は嬉しそうな顔のまま手に持っていた風呂敷をどんとカウンターに置いた。
「今回の報酬だ。遠慮なく受け取ってくれ!」
ぽかんとした顔の霖之助を前に物部布都は胸を張って宣言した。
霖之助はしばらくその得意満面な顔を見つめたが、彼女もまたそのまま霖之助の間抜け面を見返すだけだった。
「・・・これは何かな?」
「開ければわかるぞ」
狐につままれたような面持ちで霖之助は言葉に従い、風呂敷をするするとほどいた。
ほどき終わって完全に露になった中身を霖之助はしばし見つめる。
壷であった。
しかし、しっかりと封をしてある。中に何か入っているようだ。
ぷん、と独特の匂いが辺りに漂った。
布都が得意げに言う。
「これぞ、大和の濁り酒。天下一品の名酒よ」
立烏帽子がキリリと天井に向かう。
胸を張りっぱなしの布都の顔を見つめつつ、霖之助は考えを巡らせた。
そしてある一つの結論に思い至り、はっとした。
彼女ら───物部布都や豊聡耳神子が生きていた時代は飛鳥時代。
西暦でいうと、おおよそ600年前後が彼女らの全盛期であったと聞く。
そして、日本で最初の貨幣、富本銭が作られたのは・・・それから50年以上後、683年のことだ。
それまでの日本では、物々交換が主流だった。
欲しいものがあれば、対価は物で支払うのが普通の時代。
───即ち、復活した道教の仙人達は、貨幣制度のことを知らないのだ。
「・・・ありがとう。なかなか良さそうな酒だな」
「うむ、味は保証するぞ」
霖之助は自分の間抜け面を引っ込め、大事そうに酒壷を棚にしまった。
布都はそれを満足げな顔で見送る。よほど自分の持ち出した酒に自信があると見える。
霖之助に取っては誤算だった。久々に収入が入るとおもったのに。
しかし、今この場で布都に貨幣制度云々について説明してもしょうがない。この酒を「対価」として受け取るのが一番楽だ。
思った通りの収入が無かったのは手痛いが、この場合、誰を責めてもしょうがない。
なにより「対価」があるぶん、ツケと称してモッテカナイデーされるよりはマシだった。
だが、このまま彼女らが貨幣制度のことを知らないとなると、それはいつか混乱を生じさせるだろう。
いずれ布都の住む廟に訪れ、商人として貨幣制度のなんたるかを皆に説く必要があるかもしれない。
その時のことを考えると霖之助は幾分気落ちした。
そんな霖之助の心境を知ってか知らずか、布都は翡翠の勾玉を見つめてニコニコと笑っている。
──まぁ、いいか。
彼女の顔をみて、霖之助はほうと溜め息をついた。
サービスでアクセサリーにしてやった勾玉を首にかけ、布都は人なつこい笑みで手を差し出して言った。
「これからもよしなに頼むぞ、銀之助」
「・・・ぼくは霖之助だよ、布都」
霖之助は苦笑しつつ、布都の手を握り返してそう答えた。
とても良い組み合わせでした
あとはモッテカナイデーされないように大事に保管しましょう。
ありますよ需要。十分に。
だからもっと書いてくれて良いんですよ?
しかししんのすけはちょっとw
創想話期待の新人!
布都ちゃん可愛いな
布都ちゃんと霖さんは男女の仲にならなくてもいい友人関係になれそうなのがいいですね
ジェネレーションギャップがすさまじそうですが、こんなときこそ解説と薀蓄が好きな人物の出番ですね
布都ちゃんは霖之助さんにいろいろ教えてもらえばいいよww
でも壺いっぱいの濁り酒とは、実に東方チック。飲みたい。
初作品で100点つけると、今後こなれてきたときにこれ以上の点数を付けるのが出来なくなるのであえて90で!
布都ちゃん勘違い多いから、霖之助の蘊蓄聞いてとんでもない知識身に着けちゃうかも
ほのぼのして楽しかったです!
マヤ時代を入れたらもっと良かった
次の作品も楽しみにしてます。
フトチャンかわええ