―――何の為に生きるのだろうか。
その禍々しい疑問は、頭の中に大きな渦を描いては消えていく。しかし、考えても仕方のない事なのだ。今はそう、自分に言い聞かせていた。
チルノは、考えていた。自分は何のために生きるのだろうか。何をしても、いずれは死に逝く。歴史に名を残そうが自分が生きていないのなら仕方がない。しかし、死ぬ勇気など到底無かった。死んでも仕方がない事だ。生きていることが、どれだけ愚かなことか。環境を汚すだけではないか。
―――いっそのこと、生まれて来なければ良かったのに。
チルノはそう考えていた。
これは、そんなある日の出来事だった。
-1-
虚ろなまま、今日も寺子屋へと向かう。
「あ、チルノちゃんおはよー。」
後ろから話かけてきたのは、友人である大妖精。彼女は何時も私の考えに異議を唱える。でも、私はその話は聞かないことにしている。生きているだけ無駄だと思っている。
「ねぇ、ぼんやりとしてどうしたの?もしかして、また変なこと考えてた?」
「うるさい。大ちゃんには関係ないでしょ。」
少し怒り気味に言い返す。
暫く沈黙が続く。二人は黙って寺子屋へと歩いていく。途中、大妖精が何度か話しかけてきたような気もしたが、聞く耳すら持たなかった。もともと私が寡黙な人物だと知ってるし、少しぐらい無視したところで、二人の仲に支障はないだろう。
寺子屋に着くと、皆が楽しそうに喋ったり遊んだりしている。さっきまで隣にいた大妖精も、気づけば他のグループに混ざって楽しそうにしている。とりあえず私も鞄を机に置き、そのグループに混ざりに行く。
話しかけられても、基本的には素気無い返事で返している。子供めいた討論に、大した返事など必要ないと思っているからだ。かと言って、決して自分の成績が優秀なわけではない。ただ単に、そんなことを議論しあい、子供の間で結論をだすだけと言うその行為に、行為を持てなかったのだ。
議論がしばらく続き、結論を出す前に先生が教室に入ってきた。私が寺子屋でしていることと言えば、基本的には昼寝である。過去の人物の事や、空想上の話を勉強しても、何の役に立つのか全く分からない。そう思っているからである。なので、私の成績はいつでも学年ビリ。解答用紙も殆どが白紙である。教師からは問題児と思われていることなど、重々承知である。私は生きるという行為の価値を見いだせないのだ。ほかの人に如何思われていようが、関係のない事だ。
先生が話をし、出席を取るころには、私は既に眠りについていた。
「こら、チルノ。起きろ。」
いつも通り、注意された。しかし、私は起きない。何時もの流れだ。
「まあいいか。」
私は完全に諦められている。教師にも、生徒にも。昔はもっと、教師も私を改善しようとしていた。生徒も私の事を気にかけていた。しかし、それも今となっては虚空に消えていた。
-2-
気が付けば一時間目が終わっていた。私は不機嫌そうに、むくりと顔を上げた。何となく黒板を見る。何の授業だったのだろう。黒板には謎の文字の羅列が書いてあった。その文字の羅列は、私には解読不可能だった。授業が進み、新しい単元にでも入ったのだろう。私は再び眠りにつこうとした。すると直後、私の机が粉々に砕かれた。何事かと思い上を見上げた。先生が鬼のような形相で、私を睨んでいた。
先生に壊されたのか。納得した私は、仕方なくいつものグループに混ざりに行く。適当に返事を返し、いつも通りな感じを取り繕っていた。しかし、何か腑に落ちなかった。ここ一年間、完全に私を相手にしていなかった先生である上白沢慧音が、急に私の机を破壊したことが。それに、特に用があったわけでもなさそうだった上に、先生はいつの間にか消えていた。
チャイムが鳴り響き、二時間目が始まった。私の机は無いので、仕方なく、授業を聞いているふりをすることにした。流石に寺子屋で寝転ぶのには、私にも抵抗があった。
先生が来ない。チャイムが鳴ってから、15分が経った。生徒がざわつき始めたころだった。鬼のような形相のまま、先生が戻ってきた。先生は黒板に、チョークを使い、叩きつけるように大きな文字を書いた。書かれた文字は『チルノ殺ス』だった。
私には漢字は読めないが、とりあえず、何か不味そうな雰囲気が醸し出された事だけは判った。
「先生。読めません。」
とりあえず、先生に書いた文字を訊いてみた。しかし、気づくと先生はまた消えていた。
結局、その日はそのまま先生が失踪したために、授業は中止となり、生徒たちは解散させられた。
大妖精たちは遊ぶ予定を立てている。生徒たちは皆、心から嬉しそうな表情を浮かべていた。
「ねぇ。チルノちゃんも来ない?今日は皆で”かくれんぼ”するんだ。」
「まあ、別にいいけど。」
「やったぁ!」
どうせ家に居てもすることは無いし、今日は、珍しく皆と遊んでみることにした。今日来るメンバーは、リグルにルーミア、ミスティアと大妖精と私だけのようだ。
家に帰ってから、公園にはすぐに集合した。鬼はジャンケンで決めることになった。
「「「「ジャンケン、ポンッ!!」」」」
4つの手が振りかざされた。珍しく、一度だけのジャンケンで鬼は決まり、鬼はリグルとなった。
カウントダウンを始め、30秒が経過し、リグルが皆を探し始めた。私は、公園の端に生えている大きな木の後ろに隠れていた。
リグルは皆を探し出すのが早く、ルーミア、大妖精の順番で早くも2人見つかり、最後は私一人となってしまった。しかし、ここならバレまいと、少し余裕気味に木からリグルの様子を伺っていた。すると、後ろから何か視線を感じた気がしたのだ。私は後ろを振り向いた。
「わっ!」
何かがいて驚き、思わず声を張り上げた。その”何か”の正体は野良猫だった。私はその声でリグルに見つかってしまい、第1回目のかくれんぼは終了した。
「よぉし、じゃあもう1回ジャンケンだ!」
「「「「ジャンケン、ポンっ!!」」」」
-3-
結局その日は本当に”かくれんぼ”だけをして一日が過ぎ、もう皆が家へと帰る時間になっていた。
「今日は楽しかったね。」
大妖精が微笑みながら言った。ほかのみんなも満足そうな顔を浮かべている。リグルも、大妖精も、ルーミアも…、て、あれ?
今日は何かがおかしい。そう思いつつも、皆に問いかけてみることにした。
「あれ?ミスチーは?」
みすちーと言うのはミスティアの渾名である。ミスティアの最初の3文字に、最後の音を伸ばしただけの単純な渾名だ。
「え?みすちー?だれ、それ?」
皆、不思議そうな顔をした。私は何度も同じ問いをした。ミスティア・ローレライのこと、だと言う事も説明した。しかし、何度聞いても返答は同じだった。
私は、謎の恐怖感に心を埋められ、今にも胸が張り裂けそうだった。結局、何でもないよ、とお茶を濁し、私たちは帰路についた。
4人で話しながら、広大な黒の中に幾つかの星が煌めく空を見上げながら、その下を歩いていた。
「綺麗だね。」
何故か約束を交わしたメンバーよりも一名少ないメンバーで、似たような言葉を投げ合う。星を見ながら歩いていると、気付くと私は家の前にいた。他の皆はもう帰ったようだった。
今日は遅いし、もう寝よう。当然、明日の行く用意などしていない。私はそのまま、眠りについた。
-4-
次の日の朝。どんよりとした模様が空に描かれていた。どんよりとした空は、今にも涙を零しそうだ。
(あの雲。なんだか私みたい)
いつも通り、寺子屋に向かう。今日は行路で誰にも会うことなく、寺子屋に着いた。そして教室の扉を開けた。
教室に、昨日の4人の姿は見られなかった。特別、早く気過ぎたわけでもないのに。
みんな風邪でも引いたのか、と、勝手に結論づけて自分の席があった場所へと向かう。
「あれ?私の席は確か・・・」
何故かそこには、昨日壊されたはずの私の机があった。汚れ云々も昨日の状態で、新品とは考え難かった。だがまあ、貰える分には良しとしよう。そう思い、自分の中の疑問を投げ捨て、机に突っ伏した。
今日は代理の先生が授業をしてくれるみたいだ。どうやら、慧音先生は昨日失踪してから見つかっていないようだった。その上昨日の4人も来ていない。
「なんか…。不気味ね…」
-5-
代理の先生の授業も1日寝て過ごし、目が覚めたころには帰りの時刻から30分が経っていた。強い朔風が吹き、雲が稲妻を走らせる。風があまりにも強いためか、上手く前には進めない。同じ寺子屋の生徒たちは直ぐに帰ったのか、私の視界には誰一人居なかった。
「仕方ない。とりあえず、寺子屋で風が弱くなるまで…」
後ろを振り向いた。寺子屋は無かった。まさか風で飛ばされたなんて、馬鹿な話があるわけがない。何故なら私ですら、飛ばされることなく向かい風からの攻撃を耐えているからだ。じゃあ、どうしたんだろう。寺子屋が消えたことについて色々考えていると、昨日、先生や友達が知らぬ間に消えていたことを思い出した。私の脳はそれを勝手に結びつけた。
「まさか…」
呟いた。その呟きは、虚無の道路で、誰かの耳に入ることなく風の音にかき消されていった。私は咄嗟に走り、逃げ出そうとした。それでも風が強く、前には中々進めない。風の吹く方向に進もうとも考えたが、取り留めもない恐怖に襲われ、断念した。
10分は経っただろう。私は走り続けていた。ただひたすらに。前に進むことなく。後ろに戻されることもなく。暫く走っていたのに、まだ進めていない。怒りが心の底から込み上げてきた。
「ああああああああああああああああ!!」
何となく、叫んでみた。怒りを発散させたかった。精神が可笑しくなりそうだ。こんな恐怖、体験したことない。生きる意味等ないのに、今は生きようとしている。
(コツ、コツ、コツ)
途端に後ろから足音が聞こえてきた。私は勢いよく振り向いた。助けが来ると思った。しかしそれは幻想に過ぎず、そこに立ちはだかったのは、慧音先生だった。
「せ、先生…?」
先生は何も言わなかった。言葉を発さなかった。私のもがく様をただ凝視していた。
助けがないなら自分で何とかするまでと、走る速度は一層増した。それは、先生が私の士気を増やしてくれたかのように思えた。
だがそこまでだった。次は空から落雷が落ちてきた。その数は絶対的な数だった。堕ちた雷がコンクリートにヒビを入れ、地面を伝って私の元へと迫ってきた。
雷が私に到達する!―――瞬間、私は宙を舞う!風は止んでいた。空も晴れた。雷を避けると、明るい希望が一面に降り注いだ。太陽の光が、新たな生命の誕生を促した。ひび割れたコンクリートからは花の芽が生えてきた。
「先生!!私、生き残りました!」
急な嬉しさに、報告と同時に、思わず後ろを振り向いた。生きる意味等ないと言っていたのに、今は生き残って嬉しがっている。誠に自分勝手な感情だと思った。
先生は、大妖精、ルーミア、リグル、ミスティアと肩を並べて微笑んでいた。皆、消えてなかった。私は皆の元へと駆け寄った。
―――刹那、グバァ!!と言うもの凄い音とともに、5人が私を飲み込んだ。5人は幻だった。私の精神が、私を食い尽くした。今まで見ていたのは虚構だったのか。私は、軽い鬱から精神が異常になって、死んでしまったのか。私は暗闇を目前にして、何かを悟った…。
-6-
(コツン)
「いつまで寝てるんだ。」
「あれ?私、死んだんじゃ―――」
「馬鹿なこと言ってないでとっとと帰れ。もう5時だぞ。」
私の言葉を遮るように、先生のツッコミが入る。目の前に広がる殺風景な教室。何一つ変わっていない。どうやら夢だったようだ。
全ては夢だった。黒板に書かれた謎の文字の羅列も。机を割られたことも。先生や友達が消えてしまったことも。そして、私が死んでしまったことも…
「・・・」
先生は呆れたような目で此方を見ている。しかし、私にはそれが何故か嬉しかった。
「先生」
「何だ」
「―――私、もうちょっと精一杯生きようと思います。」
擬音語を()で挟むのはどうかと思います。
というより、全体的に()でくくっていないのに、不自然に二箇所くくっているから不自然。
だから、全部()でくくる、もしくは普通に擬音語を使うかのどちらかにしてくだされば読んでいるときに違和感を感じなくて済みます。
普通に文章は上手いと思いますし、テーマもなかなか私好みでした。
短編は自分が伝えたいことを特に尖らせることができるのが利点だと思いますので、その利点を活用されていると思います。
次回作も期待しております。
「ナイン」だ!
というのをなにかのどうがでみた。
ここから明るくなってくのかそれともパラレルの話なのか
個人的にかなり好きな雰囲気でした
個人的にはもうちょっと、大真面目に風呂敷広げた話のほうが好みかなぁ。
雰囲気は良かったと思います、楽しめました。