私は夜雀。名前をミスティア・ローレライという。
れっきとした妖怪である。
日々山の麓で屋台を営み、生計を立てている。
私はまだ太陽の高い昼下がり、今日も着々と開店に向けて準備をしていた。
『―おや、精が出ますね』
しなやかで長い白髪を、折った札のようなもので纏めた、中性的な顔立ちの少女が居た。
贔屓にしている炭屋の女性である。
私は女性でありながら、恋をしていた。
この炭屋に。
『ええ、今夜にも焼き鳥を食べる者が居りますので、私は休む暇がありません』
私が毎日屋台を続けるのには、生業以外の理由があった。
私は夜雀。人ならざる者として、同じ鳥類を人間に食されることは、非常に嫌悪があった。
『なるほどね。…まぁ、鳥も美味しいものだと思うのだけれど』
『ま、まさか、妹紅さんは鳥を食べたのですか』
『いやいやまさか。女将さんと知り合ってからは、一口もしていないよ』
私は安堵した。私の愛する炭屋さんが、鳥を食べるだなんて。
考えられないし、考えたくない。
私は炭屋さんが帰る前に支度を終え、店を開いた。
最初のお客は、もちろん炭屋さんである。その為に急いで開店したのだ。
『いつものお酒と、八目鰻の蒲焼きでいいですか?』
『いつも悪いね女将さん。――ああ、そうだ。もしよければそこのブランデイも一杯、頂けるかな』
ブランデイは幻想郷では高い代物だ。
生産を行なっているのは幻想郷ではスカーレット家の酒蔵のみで、滅多に里には出回らない。
これもスカーレット家に無理を言って譲ってもらったものだった。
『あ、いや、いいんだ、すまない』
『い、いえっ、だ、大丈夫ですよ…!』
もちろん、相当のお金を積んで店に並べたものである。
が、一杯くらい減っていたほうが、少々高くても呑んでくれる客が出るかもしれない。
綺麗なグラスに氷精から買った大きな氷を入れると、カラン、と澄んだ音が鳴った。
そうして炭屋さんは散々食べ、呑み、上機嫌で椅子から降りた。
『それでは今日はこれで。また、数日したら来るから』
『あ、あの、お代…』
ぐい、と腕を引っ張られ、言いかけた唇に柔らかいものが触れた。
抱きしめられ、炭屋の暖かさに包まれたことを理解した頭は、今受けたキスにすべて上書きされた。
暖かさと、追って来る多幸感。
今この時、私は誰より幸せである自信があった。
『また、ね』
私はもう「はい」、としか口に出来ず、呆然としたまま彼女の後ろ姿を眺めていた。
最初は彼女は優しかった。
彼女が財布を家に忘れてきてしまったのが最初だっただろうか。
お代は払わなくて結構ですよ、と彼女に言った。今までこれだけ通ってくれたのだから、一度くらいいいじゃないか、とも思った。
彼女が喜ぶ顔が見たかったのかもしれない。
人間は恩に慣れる。一度や二度ならまだしも、回数を経るにつれ、時が経つにつれ彼らは恩を忘れてゆく。
そうして次第に彼女はお金を払わなくなった。
今では無料で酒を呑み、飯を食べ、時には夜遅くに家に泊めることさえあった。
そうして出費はみるみる嵩み、今では屋台を営むのも、生計を立てるのもいっぱいいっぱいだった。
昔話で舌を切られた雀のように、いつだって恩返しをするのは人外だけだ。
でも良いのだ。例えどれだけ生活が苦しかろうと、私は自分のやりたいことができる。
私は歌を歌いながら女将として働き続け、隣に炭屋さんがいればそれで良い。
私に愛を、暖かさに包まれながら眠る幸せを教えてくれたのは炭屋さんなのである。
あくる日、私は里へ買い出しに行った。
『妖怪だ』『何しにきやがった』『おい、子供を奥へ遣れ』
私を見て快く思う人間なんていない。
妖怪はやはり妖怪としか見られず、奇異の目に晒された。
時には夜目の原因として濡れ衣を着せられたり、子供たちに石を投げられたりした。
また、妖怪相手のいざこざを専門に引き受ける巫女というのも居て、半殺しにされたことも一度ではない。
でも、炭屋さんはいつもそんな私と一緒に居てくれる。
私を好きだと言ってくれるのだ。それで、私は幸せだ。
そうだ、炭屋さんが里に居たらお昼ごはんでも一緒に食べよう。
美味しい魚を出してくれるお店があるのだ。
同じお昼ごはんを、同じお店で食べる。これほど幸せなことがあるだろうか。
そうだそうだ、今日はそうしよう。
そして幸運なことに、通りに目を戻すと、通りに炭屋さんの姿が見えた。
―あ、炭屋さ―――
いきなり、心臓が嫌に大きく一度だけ鼓動した。
女性だ。炭屋さんが女性と歩いている。
青とも白とも見えぬ、綺麗な長い髪をなびかせた美しい女性だ。寺子屋で見たことがある気もする。
あんなに楽しそうに笑う炭屋さんを、私は見たことがない。
炭屋さんは相手の肩に手を回し、左手で女性の綺麗な髪を撫で付けながら二人で居酒屋へと消えた。
私はこっそり後をつけ、二人の座ったテーブルの死角に座った。
『妹紅、もう彼女と会うのはよしてくれ』
『とは言ってもなあ…すいません、熱燗を2つ。それと―――そうだな、焼き鳥をもらおうか』
ヤキトリ。
炭屋さんの口から出るはずのない単語が、飛び出した。
『女将さんと私、どちらが大事なんだ』
『いつも言っているだろう。何度言わせるんだ。慧音だよ』
炭屋さんが何を言っているのかまるで理解できない。
相手の女性の言っていることも、全く意味がわからなかった。
『――たまに泊まっていると聞いたが、本当なのか』
炭屋さんはしまった、とばつの悪そうな顔をした。
『泊まってくれってせがむから泊まってるだけだよ。私だって本当は泊まりたくない』
泊めてくれ、と夜遅くに起こされる生活が一週間続いて風邪を引いたこともあった。
しかし、そんなことは今やどうでもいい。
『そ、そうか…じゃあ、私とその、一緒に暮らしてくれるっていうのは本当なんだな?』
『ああ、ちゃんとわかってるって。お、きたきた、焼き鳥だ』
炭屋さんは焼きたてのジューシイな焼き鳥の串をつまみ上げ、がぶりと噛み付いた。
最も見たくない人間の、最も見たくない所が見える。
私は両目を見開いて、同族が食べられる様を、見ていた。
『いやなに、女将さんが鳥を食べるのを嫌うからねえ、彼女の前では食べられないんだよ、本当に――』
『面倒な女だ』
私は焼き鳥を注文した。
涙を流しながら焼き鳥にかぶりついた。
妹紅さんと同じものを、同じところで食べられる幸せを噛み締めながら。
そして、それだけ食べて外に出た。
去り際に、居酒屋の店主から『二度と来るな』と言われた。
二度と来る気はない。
―数日後。久しぶりに炭屋さんがやって来た。
『女将さん、久しぶりだね』
『あら炭屋さん、しばらくぶりですね。今日は何を食べていきますか?』
『そうだな、魚じゃなくて肉がいいね。おっと、女将さんのところでは食べられないんだったかな』
私は口の端を歪めて、答えた。
『いえ、今日は肉を仕入れてきたんです。鳥でなければ良いのですよ』
『おや、気が利くね。じゃあそれをもらおうかな』
今日は妹紅さんにフルコースを味わってもらうつもりだ。
煮たもの、焼いたもの、新鮮な活造りも用意した。
『はい、お待ちどう』
美味しそうな肉の炭焼きに、妹紅さんは箸を付けた。
屋台の台所の足元には、青とも白とも取れない、綺麗な長い髪がたくさん落ちていた。
れっきとした妖怪である。
日々山の麓で屋台を営み、生計を立てている。
私はまだ太陽の高い昼下がり、今日も着々と開店に向けて準備をしていた。
『―おや、精が出ますね』
しなやかで長い白髪を、折った札のようなもので纏めた、中性的な顔立ちの少女が居た。
贔屓にしている炭屋の女性である。
私は女性でありながら、恋をしていた。
この炭屋に。
『ええ、今夜にも焼き鳥を食べる者が居りますので、私は休む暇がありません』
私が毎日屋台を続けるのには、生業以外の理由があった。
私は夜雀。人ならざる者として、同じ鳥類を人間に食されることは、非常に嫌悪があった。
『なるほどね。…まぁ、鳥も美味しいものだと思うのだけれど』
『ま、まさか、妹紅さんは鳥を食べたのですか』
『いやいやまさか。女将さんと知り合ってからは、一口もしていないよ』
私は安堵した。私の愛する炭屋さんが、鳥を食べるだなんて。
考えられないし、考えたくない。
私は炭屋さんが帰る前に支度を終え、店を開いた。
最初のお客は、もちろん炭屋さんである。その為に急いで開店したのだ。
『いつものお酒と、八目鰻の蒲焼きでいいですか?』
『いつも悪いね女将さん。――ああ、そうだ。もしよければそこのブランデイも一杯、頂けるかな』
ブランデイは幻想郷では高い代物だ。
生産を行なっているのは幻想郷ではスカーレット家の酒蔵のみで、滅多に里には出回らない。
これもスカーレット家に無理を言って譲ってもらったものだった。
『あ、いや、いいんだ、すまない』
『い、いえっ、だ、大丈夫ですよ…!』
もちろん、相当のお金を積んで店に並べたものである。
が、一杯くらい減っていたほうが、少々高くても呑んでくれる客が出るかもしれない。
綺麗なグラスに氷精から買った大きな氷を入れると、カラン、と澄んだ音が鳴った。
そうして炭屋さんは散々食べ、呑み、上機嫌で椅子から降りた。
『それでは今日はこれで。また、数日したら来るから』
『あ、あの、お代…』
ぐい、と腕を引っ張られ、言いかけた唇に柔らかいものが触れた。
抱きしめられ、炭屋の暖かさに包まれたことを理解した頭は、今受けたキスにすべて上書きされた。
暖かさと、追って来る多幸感。
今この時、私は誰より幸せである自信があった。
『また、ね』
私はもう「はい」、としか口に出来ず、呆然としたまま彼女の後ろ姿を眺めていた。
最初は彼女は優しかった。
彼女が財布を家に忘れてきてしまったのが最初だっただろうか。
お代は払わなくて結構ですよ、と彼女に言った。今までこれだけ通ってくれたのだから、一度くらいいいじゃないか、とも思った。
彼女が喜ぶ顔が見たかったのかもしれない。
人間は恩に慣れる。一度や二度ならまだしも、回数を経るにつれ、時が経つにつれ彼らは恩を忘れてゆく。
そうして次第に彼女はお金を払わなくなった。
今では無料で酒を呑み、飯を食べ、時には夜遅くに家に泊めることさえあった。
そうして出費はみるみる嵩み、今では屋台を営むのも、生計を立てるのもいっぱいいっぱいだった。
昔話で舌を切られた雀のように、いつだって恩返しをするのは人外だけだ。
でも良いのだ。例えどれだけ生活が苦しかろうと、私は自分のやりたいことができる。
私は歌を歌いながら女将として働き続け、隣に炭屋さんがいればそれで良い。
私に愛を、暖かさに包まれながら眠る幸せを教えてくれたのは炭屋さんなのである。
あくる日、私は里へ買い出しに行った。
『妖怪だ』『何しにきやがった』『おい、子供を奥へ遣れ』
私を見て快く思う人間なんていない。
妖怪はやはり妖怪としか見られず、奇異の目に晒された。
時には夜目の原因として濡れ衣を着せられたり、子供たちに石を投げられたりした。
また、妖怪相手のいざこざを専門に引き受ける巫女というのも居て、半殺しにされたことも一度ではない。
でも、炭屋さんはいつもそんな私と一緒に居てくれる。
私を好きだと言ってくれるのだ。それで、私は幸せだ。
そうだ、炭屋さんが里に居たらお昼ごはんでも一緒に食べよう。
美味しい魚を出してくれるお店があるのだ。
同じお昼ごはんを、同じお店で食べる。これほど幸せなことがあるだろうか。
そうだそうだ、今日はそうしよう。
そして幸運なことに、通りに目を戻すと、通りに炭屋さんの姿が見えた。
―あ、炭屋さ―――
いきなり、心臓が嫌に大きく一度だけ鼓動した。
女性だ。炭屋さんが女性と歩いている。
青とも白とも見えぬ、綺麗な長い髪をなびかせた美しい女性だ。寺子屋で見たことがある気もする。
あんなに楽しそうに笑う炭屋さんを、私は見たことがない。
炭屋さんは相手の肩に手を回し、左手で女性の綺麗な髪を撫で付けながら二人で居酒屋へと消えた。
私はこっそり後をつけ、二人の座ったテーブルの死角に座った。
『妹紅、もう彼女と会うのはよしてくれ』
『とは言ってもなあ…すいません、熱燗を2つ。それと―――そうだな、焼き鳥をもらおうか』
ヤキトリ。
炭屋さんの口から出るはずのない単語が、飛び出した。
『女将さんと私、どちらが大事なんだ』
『いつも言っているだろう。何度言わせるんだ。慧音だよ』
炭屋さんが何を言っているのかまるで理解できない。
相手の女性の言っていることも、全く意味がわからなかった。
『――たまに泊まっていると聞いたが、本当なのか』
炭屋さんはしまった、とばつの悪そうな顔をした。
『泊まってくれってせがむから泊まってるだけだよ。私だって本当は泊まりたくない』
泊めてくれ、と夜遅くに起こされる生活が一週間続いて風邪を引いたこともあった。
しかし、そんなことは今やどうでもいい。
『そ、そうか…じゃあ、私とその、一緒に暮らしてくれるっていうのは本当なんだな?』
『ああ、ちゃんとわかってるって。お、きたきた、焼き鳥だ』
炭屋さんは焼きたてのジューシイな焼き鳥の串をつまみ上げ、がぶりと噛み付いた。
最も見たくない人間の、最も見たくない所が見える。
私は両目を見開いて、同族が食べられる様を、見ていた。
『いやなに、女将さんが鳥を食べるのを嫌うからねえ、彼女の前では食べられないんだよ、本当に――』
『面倒な女だ』
私は焼き鳥を注文した。
涙を流しながら焼き鳥にかぶりついた。
妹紅さんと同じものを、同じところで食べられる幸せを噛み締めながら。
そして、それだけ食べて外に出た。
去り際に、居酒屋の店主から『二度と来るな』と言われた。
二度と来る気はない。
―数日後。久しぶりに炭屋さんがやって来た。
『女将さん、久しぶりだね』
『あら炭屋さん、しばらくぶりですね。今日は何を食べていきますか?』
『そうだな、魚じゃなくて肉がいいね。おっと、女将さんのところでは食べられないんだったかな』
私は口の端を歪めて、答えた。
『いえ、今日は肉を仕入れてきたんです。鳥でなければ良いのですよ』
『おや、気が利くね。じゃあそれをもらおうかな』
今日は妹紅さんにフルコースを味わってもらうつもりだ。
煮たもの、焼いたもの、新鮮な活造りも用意した。
『はい、お待ちどう』
美味しそうな肉の炭焼きに、妹紅さんは箸を付けた。
屋台の台所の足元には、青とも白とも取れない、綺麗な長い髪がたくさん落ちていた。
……ですが。妹紅が炭を売る商売をしているという設定は二次設定なので、きちんと作品内で説明して欲しいかなーと思います。おそらく某絵師さんのもこみす漫画からの設定だと思いますが、知らない人にとっては唐突以外の何者でもないし、私みたいに、知っていても原作にない設定やカップリングを出すときは、出来るだけその作品内で説明して欲しいと思う人もきっといると思うのです。
この作品で言えば、妹紅が炭を売っているという設定、みすちーが妹紅を恋い慕ってるという設定に対する説明が欲しい。
内容は短いながらきちんとホラーしていて面白かったです。
最後のカメラの引きも潔いのが好き。
甘ったれてんじゃねぇよ、考察も愛も技量も練り込みも何もかも足りねぇって。
ミスティアで面白いSS書いてきたら5kbくらい使って感想書いて100点入れてやるから出なおしてこい。他キャラなら知らん。
「気持ち悪い内容」というご感想もいただきまして、大変嬉しく思います。字書き冥利に付きます。
>2
ご指摘ありがとうございます、そうですね、近頃某みすもこ漫画にハマってしまい、二次設定だったことを失念しておりました。
二次創作に浸かりすぎるのも考えものですね。次回からはきちんと調べて参ろうと思います。
内容についてはお褒め頂き大変嬉しく思います。ありがとうございました。
>8
おっしゃる通りです。
私はミスティアに対する考察も愛も技量も練り込みも持ちあわせておりませんでした。
今後ミスティアを描く時は、5kbくらい使って感想書いて100点入れて頂けるように努めてゆきますので、
どうか今後もご意見ご感想などございましたら是非ともお書きくださるよう心からお願い申し上げます。
流石に文が書いたとは思えないけどなあ。でも後書きのオチを見るに・・・
コメントに対する返信も紳士的で好感が持てました
練りこんだ次回作に期待させてもらいます!
話の幹はできていると思うので、うまく煌びやかに飾ってあげると変わってくるかと思いました。
みすちー好きですが、気長に期待して待っています
>『ウチの爺ちゃんはあの子の小さい胸の育たないのを不憫に思っている』と怒り心頭であった。
おい!じいさんwww
ショートショート大好きよ。読みやすいからね。キャラが不憫だと怒る読者は多いみたいね…。
まぁ、自分もこういうオチで、かつ後書きがなければ読みたくなかったかな。。まぁ、仕方ないね!