ナズ星です。今回も微エロと悪ノリスベリギャグ、脱線しまくり、本筋はどこ行ったんだ展開、加えて勝手設定なのでよろしくお願いします。
季節感がズレてしまったのはゴメンナサイ、皆様の脳内補正能力にすがりつくのみです。
戌の刻をすぎた頃。
山に続く小径、少し脇に入ったの林の中、夜雀の屋台の提灯がぼんやりと灯っている。
こんな場所では人の通りは望めそうにないが、この屋台の主要なお客は【人間】ではない。
夜雀、ミスティア・ローレライの屋台は、意志疎通ができて、酒や食べ物の味が分かる妖怪たちがゆるゆると集う憩いのスポットだ。
普通の人間が近寄れるはずもない。
それでも希に【人間】っぽいのモノも来る。
しかしそいつらはヘタな妖なぞ裸足で逃げ出すようなトンでもない猛者ばかりだった。
紅白の全自動妖怪退治マシンや、黒白のひねくれ暴発魔砲使い、銀髪の切り裂き冥途蝶、白髪もんぺの爆炎妖術師。
機嫌を損ねたら、バラバラにされるか、消し炭にされるか。
再生に何年もかかるような超重量級の攻撃をためらいもなく叩き込んでくる。
妖たちにとっては同族のゴロツキ以上に危険な連中だった。
彼女らは先客がいればそれなりに気を遣うようであるが、なにせその存在感は圧倒的なので、先客はそそくさと『お、女将、お勘定を頼む!』と立ち去ってしまう。
屋台の女将、ミスティア・ローレライは彼女らが来店した日のあがり(売り上げ)は諦めることにしていた。
以降のお客はその雰囲気を察して近寄りもしないから。
その分、彼女らには少しふっかけることにしている。
今夜のお客は一見さんだった。
金と黒の斑でややクセのある髪はとても派手、そして見上げるほどの長身。
妖獣であることは分かる、だが、自分とは明らかに格が違うことも分かる。
穏やかな雰囲気、上品な物腰、そして桁外れの美形。
笑顔がとても柔らかく、最初に『こんばんは』と声をかけられたときから夜雀は虜になってしまった。
(うわわー、すっごい綺麗! かっこいいいいー!)
このヒトには今日一番具合の良い串を食べてもらおうと心に決めた。
この美人妖怪さん、アタリは柔らかいのに、力強い【気】をまとっている。
邪なモノを遮断する清廉で高貴な【気】を。
半端な性悪妖怪は近寄ることもできないだろう。
(妖怪……だよね? たぶん間違いないと思うけど。
妖怪なのに不思議な感じ、なんだか神様っぽいなぁ)
ミスティアは目の前にいる佳人の正体がよく分からなくなってきた。
(でも、このヒトのそばにいたらなにもかも安心できそーだー、はああー)
ミスティアは自分の眼が潤んでいることに気付いて慌てた。
もう一人、彼女の連れは夜雀と同じくらいの小柄な妖。
美人さんのことを『ご主人』と呼んでいるから、従者か家来なのだろうと推測する。
大きな耳と、ちらちら見える尻尾からネズミの妖怪と分かる。
麗人の陰に隠れ、気を付けていないと居るのを忘れてしまうくらいその存在はうすい。
しかし、美人さんは度々『ナズーリン』と嬉しそうに、楽しそうに話しかける。
とろけけきった笑顔で、とても艶っぽく。
ネズミの従者に向かって、時に甘えてみたり、時に怒ったふりをしたり、時にすねてみせたり。
この【ご主人】さん、どんな表情を見せても綺麗で愛らしい。
ミスティアはたびたび調理の手を止め、見入ってしまっていた。
夜雀は自分の頭があまり良くないこと、察しが悪いことは承知している。
それでも分かる。
このスゴい美人さんは、隣に座っている小さなネズミ妖怪のことがメチャクチャ大大大好きなんだ、ということが。
寅丸星は酒を嗜む。
自らすすんで飲むわけではないが、誘われれば断らない。
それでも大宴会よりは、気心の知れたモノたちとゆっくり飲むのが好みだった。
命蓮寺で仲間と一緒の、いわゆる【家呑み】が多い。
命蓮寺では酒はOK。
僧家の隠語である般若湯とも呼ばず、堂々と酒の存在を認めている。
なにせ聖白蓮は酒豪だ。
飲み比べで負けたことがない。
身体強化魔法を使っているのかもしれない。
だが、彼女なりに飲酒についての信条はあるようだ。
楽しく節度を保って飲む分には寛容だが、己を見失うほど泥酔すると、翌日この住職はキツく窘める。
寺での小宴、肴を作るのはいつも寅丸星。
手頃な食材を使って、小洒落た肴を手際よくこさえていく。
自らも飲みながらではあるが、ちょこちょこ席を立ち、次の肴の支度をする。
本人は『好きでやっていることですから』と言っているが、刃物を使い火を使うのだから、当然、抑えた飲み方になる。
皆が満足し、お開きになった後も当たり前のように片づけをする。
そんな主人にたまには楽をしてもらいたかったナズーリンは【外飲み】の機会をうかがっていた。
そして今夜。
聖と一輪は人里の顔役の宴に招かれていた。
今日に限っては泊まりの妖怪もいない。
夕飯の対象は自分たち主従の他は、好きよキャプテンとUFOガールだった。
ナズーリンがムラサに、主人と外食したい旨を伝えたところ、快諾してくれた。
夕飯は自分たちで済ますから心配無用、とのこと。
ムラサとぬえの艶々黒髪コンビは、いそいそと夕餉の支度を始めた。
この夏、寺でブームの【冷や汁】の新しいアレンジを試すらしい。
基本は、軽く焼いた味噌、すりゴマにきゅうりやミョウガなどの夏野菜、シソの葉、ネギなどの香味野菜を刻んで馴染ませ、氷水で伸ばした汁物。
ご飯にかけてもよし、そばやそうめんのつけ汁にしてもよし、過酷な夏の暑さを乗り切るための手軽でナイスな料理それが【冷や汁】。
具の内容はアレンジし放題だ。
現に命蓮寺では、ちぎった豆腐と、川魚を焼いてほぐし入れたものがトッピングの定番になっている。
今回二人が用意している【アレンジ】の材料をみた子寅コンビは、顔を見合わせた。
いつもの味噌、ゴマ、野菜類の他に、トウガラシ、酢、筍、椎茸、卵。
どうやらアレンジの相手は【酸辣湯(さんらーたん)】のようだ。
酸っぱ辛いスープと、ゴマ味噌ベースの冷や汁を組み合わせようとしている。
実は辛いもの好きのムラぬえコンビ。
かねてより定番メニューの新作アレンジを画策していたようで、この度ようやくチャンスが到来した、というわけ。
試みは興味深い、だが正直、微妙だ。
個性的な味がケンカしそうな組み合わせ。
料理の失敗の一つに【過度なオリジナリティ】がある。
隠し味の加えすぎや、美味しそうなものをとりあえず混ぜてみる、というパターンがそれだ。
この手の失敗を山ほどしてきている星、そしてその失敗に千年以上つきあってきたナズーリン。
しかし、やってみて初めて理解できることもある。
二人とも美食への探求者(新米)達には何も言わずに出かけることにした。
ミスティアの屋台で緩やかな時を楽しむ千年来の恋人達。
正確には、恋人になったのは最近なのだが。
梅味噌が添えられた新鮮なきゅうり、干し椎茸の含め煮、菜種油と醤油がかかった冷奴、そして八目鰻の串焼き。
小さな屋台から次々と料理がでてくる。
備えにかなり工夫を凝らしているのだろう。
寅丸星は、どんな料理を食べても『美味しいですね』と従者と店主に微笑みかける。
そして本当に美味しそうに食べ、飲む。
料理を褒められ気分の高揚した夜雀は緊張しながらも自慢の歌を披露する。
貴婦人から熱烈なスタンディングオベーションを受け、文字通り舞い上がりそうになった。
気持ちが緩んでいるのか、よほど楽しいせいか、酔いの早い寅丸。
口数が減り、顔全体、首筋もほんのり赤くなり、少し伏し目がち。
色っぽさが五割増になっている。
やがてカウンターに腕枕を置いて頭を乗せてしまった。
従者が声をかけようとしたら、
「ナズ、ナズ、ナズリン♪ ナズナズリーン♪」
顔を伏せたまま即興で歌い始めた。
「わたしのナズリン♪ 素敵なナズリン♪ 優しいナズリン♪ 愛しいナズリン♪ ナズナズリーン♪」
聞いている方が恥ずかしくなるストレートな歌詞。
えらくご機嫌だ。
ナズーリンでさえ滅多に見たことのない、少し危ないくらいの上機嫌だ。
突っ伏したまま顔だけ従者に向ける。
片目を少しだけ開き、
「ねぇ、ナズぅ? 私をこんなに酔わせて、この後、どうするつもり?」
(……むうう、思ったより酔っているな……。
なんだかスゴく色っぽいし、正直、たまらない。
でも、ど、どうしようかな???
この後って、やはり【お持ち帰り】だよね。
とは言え、元々帰るところ一緒だし。
でもこのまま帰るのは【MOTTAINAI】なぁ)
逡巡しているナズーリン。
「ねぇ、ナズぅ?」
身を起こし、ナズーリンに抱きつく寅丸。
そして特徴的な丸っこい耳を、はむはむ甘噛みし始めた。
「ちょっと! ご主人、ダメだよ! こ、こんなところで、 はぁはぅん、
ご、ごしゅ、じ、ん、 あぁん、 み、みみはダメぇ……あ、あぁ」
ミスティアは突然戯れ始めた一見客に驚きながらも、
「仲がいいんだねー」
お決まりの冷やかしを言う。
そして屋台の裏に下がって食器を洗い始めた。
気を利かせたつもり。
洗い物が一段落して二人の様子をのぞいてみる。
【ご主人さん】は、くてっとなって従者にしなだれかかっている。
ほとんど眠ってしまっているようだ。
「お勘定を頼む」
涼しげな声、先ほどとは別人のようなネズミの従者。
片手で主人を支えながらもう一方の手で財布を取り出す。
「八目鰻、美味しかったよ、良い串をあててくれたようだね。
おかげで今宵【ご主人様】は大変満足なされた。礼を言う」
淡々と話しながら支払いを済ます。
【お礼】の分だと言って、正規料金の倍近くを置いた。
眠りの淵に落ちていく【ご主人】の【気】が小さくなっていくのにミスティアは気付いた。
そしてそれを補うかのように、守り、包むようにネズミ妖怪の【気】が大きくなっていく。
それまでの優しく暖かい力強さにかわり、うっかり踏み込んだら切り裂かれそうな断固たる硬質の【気】。
言いたいことはミスティアでさえもはっきりと分かる。
『これより何人たりともこのヒトに触れること能わず』
今、この従者の存在感はそれまでの主人のモノに匹敵するほど大きい。
自分と同じくらいちっぽけな小妖に見えたのに。
たまに見かける大物妖怪のソレに近かった。
「女将、名前を聞いてよいかな?」
緊張していたところへ、柔らかく問いかけられ慌てた。
「わ、わたし!? み、みすてぃあ、 ミスティア・ローレライ!」
「ミスティア・ローレライ、可憐な名だ。
また寄らせていただくよ、今夜はありがとう」
落ち着いた声、涼しげな笑顔。
同性の小妖、そんなのたくさん知り合いがいる。
でも、このヒトなんだか素敵、【イイオトコ】って言ったらおかしいはずなのに。
夜雀は少しの間息が止まってしまった。
「あ、ありがとうございます! お、お幸せにー」
「それ、いいね、素敵な言葉だ。 ではまた」
なんとも印象深い二人連れだった。
ナズーリンは、ほとんど意識のない寅丸の体に力場をまとわせ、軽く支えながらふわふわと飛んで行く。
寺の勝手口からこっそりと帰宅。
ネズミ達に念話を試みる。
ムラサとぬえは自室におり、聖と一輪はまだ帰っていないらしい。
少しホッとする。
これほど酔っているところを見つかったらお小言だけでは済まないだろう。
寅丸の私室、グデグデでむにゃむにゃ言っている主人を着替えさせ、布団に寝かせてやる。
ナズーリンはそれ以上なにもしない。
ナズーリンは一線を越えなかった。
星を求め、暴走しそうになったことはこれまでに何度もあったが、いずれの時でも星は正気だった。
今は違う。ほとんど意識がない。
自分と一緒だからこそここまで無防備に酔ったのだ。
【据え膳】とも言える状況だが、ことに及んだ明くる朝、最愛のヒトが後悔したら。
本意でなかったとしたら。
ナズーリンは一線を越えられなかった。
『臆病者! 意気地なし! ヘタレ!』
心の中のナズ星急進派の罵倒を無理矢理押さえつける。
着替えさせたときに素肌からほんのり立ち上った甘酸っぱい汗の匂い。
ナズーリンにとってはどんな香料よりも刺激的だった。
二回だけ大きく吸い込んだ。
くらくらしてきた。
ぐっとこらえて寝かしつけ、団扇で顔に風を送ってやる。
寝苦しいのか、何度も寝返りを打つ。
その度に寝間着がはだけていく。
ほんのり桃色に染まった艶やかな肌は、うっすらと汗をかいてわずかな灯りを映し返している。
ナズーリンの脳内にある絵的エロスに関する膨大なメモリー。
そのベスト3にいきなり飛び込んでくる実力派の映像だった。
(やはり、我慢している自分はバカなのかもしれない……いや、ダメだ。
このヒトとのエロスは分かち合えなければ意味がない、私だけ満足するのはダメだ。
そう、多分、そうなのだ……と思う)
「ナズぅー こっちへ、き、て、 むにゃにゃにゃーん……」
(ええ!? なんだって!? ん? ああ、寝言かぁ)
ダメだ、これ以上ここにいてはダメだ。
恒例である就寝前の接吻などもってのほか。
そんなことをしたら自分を抑えきる自信がない。
思い切り後ろ髪を引かれているが、力づくで引き抜く。
ぶちぶちと嫌な音まで聞こえてきそうな魂の痛みとともに寅丸の居室を後にした。
翌朝、寝不足のナズーリンに寅丸が陽気に挨拶する。
「ナズーリン、おはようございます、今日も良いお天気ですね!」
その顔を見たナズーリンは確信した。
このヒト、昨夜のことをまったく覚えていない。
(くそっ! この能天気ご主人め! 私がどんな思いで一夜を明かしたか! 納得ずくのこととはいえ腹が立つ!)
なんだかムシャクシャして寅丸の尻を抓りあげた。
「いたっ! な、なんですか!?」
「乙女の純情をもてあそんだ罰と知りたまえ」
「なんですか!? わけわかりませんよ! こら! ナズーリン! 私もお返ししますよ!」
「断る。ご主人の力で抓られたら私の尻はちぎれてしまう」
「それなら噛みつきます!」
「それも断る。ご主人に思い切り噛みつかれたら尻が半分になってしまう」
「そ、そんな、本気で噛みつきませんよ! ほんのちょっと跡がつくくらいで加減します」
その一言でナズーリンの妄想劇場が緊急開演した。
(ナズ、かわいいお尻ですね)
(あ、あまりじっくり見ないで欲しいな)
(つるつるでぷにぷにですよー、ここも、そして、こ・こ・も)
(ああぅ! ダ、ダメェ、そ、そんなとこまで、さ、触って良いとは言っていないのにぃ)
(うふふ、それじゃ噛みますよ、 かぷっ)
「……よし、私の部屋に行こう! 今すぐ!! 舐め回すのも、跡がつくほど吸いつくのも、それ以上も許可するから!」
さあさあと寅丸の手を引いて歩き出した先に人影があった。
雲居一輪がいた。
片方の眉をつり上げ、冷めた視線を二人に送っている。
「話は全部聞かせてもらったわ」
某いぶし銀刑事、ヤマさんばりに言う。
そして寅丸星をビシッと指差す。
「従者のナマ尻に噛みつき、舐り、吸いたおす好色な主人!
そして唾液でデロデロになった小さなお尻に突然の平手打ち!
一発、二発、三発と。
逆らうことのできない従者が泣きながら許しを請うているのに、薄ら笑いを浮かべ、なおも叩き続ける!
そして真っ赤になった小さなお尻を満足そうに眺め、鷲掴み、再び噛み、舐め、吸う!
従者の悲鳴がだんだんと細くなっていく……
……どーにもその性嗜好には賛同できないね。
姐さんが知ったらなんと思うか……はぁ」
そう言って大げさにため息をつく。
「あ、あの、一輪? 私、そんなことまでは言ってませんよ!?」
慌てる星、蔑む一輪。
「アァナタの心の声がぁ、聞ぃこえたのよぉぉ!」
ことさらに低音を震わせる入道使い。
「それ間違ってますから! 絶対、私の声じゃありませんから!」
必死モードの寅丸に対し、委員長モードの一輪。
「知ってるでしょ? 私は寺の中でおきた【異常】を姐さんに伝える義務があるのよ。
極めて限定的で特殊な【異常】だけど、これは間違いなく【異常】だわ。
だから姐さんに報告します!」
一輪は登場面のボス特性である【相手の言動を思い込みの混じった深読みによって一方的に理解して次の展開を半強制的に示唆する】能力に長けていた。
「待ってください一輪! 誤解です! ナズーリンも何とか言ってください!」
頼みの従者であり導師でもある無二の恋人に縋る。
「そう言えば私は出かける予定があるんだった。もう行かなければ」
「えええっ!? 待って! 私を見捨てるのですか!? 待ちなさいナズーリン!」
従者の肩をつかもうとして手を伸ばすも俊敏なネズミ妖怪は、しゅるっと脇を抜けて駆け出していく。
その後姿に半泣きで呼びかける。
「行かないでーー! おねがーい!」
「さらばだ、ご主人、武運を祈る!」
基本的に愛する主人の懇願を無視しないナズーリンだが、今回は別だ。
少し痛い目にあってもらわねば腹の虫が収まらないし、用事があるのは本当だった。
ナズーリンは守矢神社に到着した。
以前、八坂神奈子、洩矢諏訪子の二柱から申し出のあった神や妖、いわゆる人外のモノたちの婚姻や出産についての伝承を聞くためだ。
上白沢慧音が神社の入り口で佇んでいた。
待ち合わせの時間にはまだ間があるはずだったが、几帳面な彼女は随分と前に到着していたようだ。
いつものAラインのロングワンピース、【水縹(みずはなだ)】の長い髪、引き締まったプロポーション、目を惹かずにはおれない。
グンバツの美人というだけではなく、その佇まいには【雰囲気】があり、知性と包容力、誠意とひたむきさが誰の目にも見て取れる。
まさしく【お姉様系】正義のヒロインとして申し分のない存在感。
人里の男共はもちろんだが、幅広い年齢層の女性からの熱狂的な支持を受けている。
ほとんどの娘達はその昔、寺子屋で彼女の授業を受けていた。
その時分はぼんやりと【綺麗なヒト】程度の認識であったが、自らが女として成長するにつれ、慧音の真の魅力が桁外れであることが分かってくるらしい。
すでに孫のいる婦人さえもが『慧音せんせー』と黄土色の声援を送る。
男達が欲する以上に女達が憧れる【素敵な女性】の代名詞。
人里でのそれは上白沢慧音だった。
ナズーリンも慧音のことを、猛烈破廉恥メガトンEX級スケベのトップランナーとしてだけではなく、一人の女性として、とても尊敬している。
先日、学者仲間の慧音に、二柱から話を聞くのだと言ったところ、是非、自分も同席させて欲しいとせがまれた。
神話や伝承を本物の神から聞ける。
歴史学者としては飛びつくのも仕方ないだろう。
そして何よりも人外の婚姻、出産となれば藤原妹紅との事もある。
『慧音どの、仮に出産するとしたらどちらがなさるのか?』
『もちろん私だな。経験はないが、里で出産には何度も立ち会っている。
赤子を取り上げたことも何度かある。
見ているだけでも分かる、あれは大変な苦行だ。
だから私が出産する。妹紅にあんな辛い思いをさせたくないよ』
『妹紅どのもそっくり同じことを言うだろうね』
『う、まぁ、そうだろうな、困ったことだ。
妹紅はあれで意外と頑固だからなぁ』
『しばらくは先の話だろう。その時は、お二人で納得行くまで話し合うとよろしかろう。
うむ、なんなら、交代で産めば良いのではないかな?』
『交代? そうか! 私が産んだら次は妹紅が、うん! それならお互い合点がいく! 子供はたくさん欲しいからな! ナズーリンどの、その案、いただきだ!』
『ふふふ、気の早いことだ、まだ我々は【とば口】にも立っていないんだよ?
まぁ、お二人の子供ならさぞや可愛いだろうがね』
『どうだろう? 想像もつかないが』
『仮に女の子だったとしよう。
慧音どのの利発さと強い意志、妹紅どのの純粋さと優しさを備えているだろう。
そして少し恥ずかしがりでちょっとお節介焼き、でも信じたものには一途な愛を惜しみなく注ぐ。
さらに、お二人の美しさ、どの部位をどう組み合わせても抜群の美人になることは保証済みだ。
なんとまぁ、理想の女性ではないか?
世間が放ってはおかんだろうね、ご両親は今から心配だな』
『え、いや、あの、そりゃ妹紅は綺麗だけど、そんな、私なんかに似ない方が良いさ……』
『んー、慧音どのは相変わらずご自分の器量を理解しておられぬようだな』
『は? 女性としての器量を言っているのなら、私は自分を正確に理解しているさ。
器量良しとは妹紅や寅丸どののことだろう? あと道具屋の家出娘とか洋館のメイド頭とか。
私はロクな女ではない。融通が利かず、話をしても面白味のない仏頂面の醜女だよ』
『やれやれ、まったくどうにも困ったヒトだな。
黒い星四つ、おまけでもう半分付けてもいいと思っているほど【イイ女】なのに。
アナタを慕う【声】が聞こえていないのかな?
確かな【眼】を持っているのに、自分のことになるとさっぱりなんだね。
まぁ、そんなところも魅力なんだろうか』
『なんだそれは? 意味が分からん』
そんなほとんど益体もない話をしつつも守矢神社への訪問日を打ち合わせた学者二人。
洩矢諏訪子が出迎えてくれた。
慧音と二人、社殿の奥の居間に通される。
八坂神奈子が待っていた。
【巫女】はお出かけ中だったので、土着神の頂点がお茶を入れてくれた。
八坂神奈子、洩矢諏訪子、二柱は代わる代わる話をしてくれる。
系統だった話でない。
それぞれ思い出し、思いついたことを次々と話すだけ。
たしかこうだった、
いやちがうよ、
んー、だれだったかな、
それ、かんちがいだよ、
おい、ごっちゃになっているぞ、
あー、そういえばそうだった、
そりゃきみのかみさんやがな、
たまごのおやじゃぴよこちゃんじゃ、
これでぎゃらはおんなじ、
いいかげんにしなさーい、
やっとられんわ、
あちらこちらに脱線しながら、ボケとツッコミが目まぐるしく入れ替わる。
漫才のようなノリで進んでいく。
脈絡のない話なのになんだかグングン引き込まれていく。
この二柱、名人劇場にでてもおかしくないほど、絶妙のコンビだった。
神々の婚姻、神と人、神と妖、人と妖、妖同士、様々な組み合わせとそれに纏わる不可思議な物語。
幸せな結末は少なかった。
だが、それは平穏な話より、悲劇の方が伝承として残りやすいからだ。
そのあたりは歴史に造詣の深い学者二人は心得ている。
慧音はせっせと記録をとっている。
だが、ナズーリンは黙って聞いているだけ。
ナズーリンは話を聞くときに基本的にメモは取らない。
数値や固有名詞がたくさん出る場合は別として。
話す時の声の抑揚や表情、それらを含めて全部記憶をする。
一旦文字にしてしまうと見落としてしまう事があると知っている。
『誰其れがこう言った、こういうことをした』
その事実を語ったモノがその時に【賞賛を込めて言った】のか、【苦々しく言った】のか。
それによって裏に隠れている事実は微妙に異なってくる場合がある。
そして語ったモノの見方、感じ方も分かってくる。
だからこそナズーリンは黙って聞いている。
人それぞれにやり方はあるが、小さな賢将はこの方法を貫いてきた。
たくさんの話が出た。
興味深いもの、雲をつかむようなよく分からないもの、色々あったが、およその傾向はつかめた。
【神度】そんな基準があるかはともかく、これが高いほど、そしてより【原初】に近い存在ほど【なんでもアリ】ということ。
【必要とあらば、とにかく子供が生まれちゃう】
神代の存在はほとんど好き勝手に繁殖、いや、増殖したように見える。
多くの神を担いだ民族、種族が融合、分離するたびに神やそれに類する存在は姿や名前を変えながら増殖、統合していった。
思念体、妖怪同士なら子を成すことは意外と簡単なのかも知れない。
ナズーリンは思いを巡らせる。
星熊勇儀と水橋パルスィ、彼女達のために、そしていずれは自分達のためにもなんとか手立てを見出したい。
一方、慧音と妹紅。
共に素体は人間の女性。
妊娠、出産の過程は人間のソレにならうだろう。
この場合、基本は雌体の単独繁殖だが、精子に代わる形質伝達物質が介在すれば、あるいは別の刺激があれば受精・卵分割自体は起こりうる。
それに婚姻なり強い想いが後押しをする形だろうか。
なんにせよ、越えなければならない課題はいくつもある。
一段落したところでナズーリンが神奈子に話しかける。
「神々のことで一つ思い出した。この度とは関係ないのだが、知りたいことがある、よろしいか?」
さも、今思いついたように聞く。
「もちろん構わない、我々が答えられることならね」
「石長姫(いわながひめ)はこの山におはすのかな?」
ぴくっと眉をつり上げる神奈子。
「それを知ってなんとする?」
それまでとうって変わって真剣な顔の山坂と湖の権化。
「別になにも。いるかいないか、それだけだ。
あちこちから頼まれごとをされているからね。ついでで調べることも多いのさ」
少しおどけてみせるナズーリンをじっと見つめる八坂神奈子。
やがて大きくゆっくり息を吐き出してから告げた。
「そっとしておいてやってくれないか、頼む」
石長姫。
寿命長久、不老長寿を、言い伝えによっては不死を司る神。
八ヶ岳に宿っているとも伝え聞く。
妖怪の山が八ヶ岳の一部であるならば、【居て】も不思議はない。
山の神なら知っているはず。
そしてナズーリンの読みは正しかった。
答えは聞けた。
藤原妹紅との約束、不死の呪縛からの開放の手段を得るため、八意永琳を攻略中ではあるが、他のルートからもアプローチをしている。
その一つが石長姫だった。
慧音はちらとネズミの賢者を見たが、何も言わなかった。
ナズーリンも教師に一瞬目線をくれただけで何も言わない。
この唐突な問いかけの本当の意味を慧音が理解しているかどうか、賢将にもこの段階では分からないが、仮にも歴史学者が【石長姫】を知らないはずがない。
それでもここでは沈黙を保つ分別はあったようだ。
ナズーリンは賢将の誉れ高いが、難題に対しその場で次々と即答できるような伝説級の賢者ではない。
そのことは本人が一番よく分かっている。
時間をかけて調査し、思考し、地道に根回しし、常に複数の解決ルートを模索する。
そしてギリギリのタイミング、皆があきらめかけた頃にようやく解決策をなんとかひねり出す。
敬愛する主人、寅丸星のため、努力を重ね、賢将の名を必死で築き、維持してきたのだ。
『あれほどの賢人が【ご主人様】と認め、仕える寅丸星とは、いったいどれほどの大人物なのだろう』
寅丸星が侮られないよう、少しでも多く尊崇を集められるよう、自分の【在り方】を力の及ぶ限り演出してきた。
ナズーリンの生は寅丸星を中心に回っている。
星を認めさせるために、そしていつか星に認めてもらうために、ナズーリンはそのために生きてきた。
だが、先だって【星に認めてもらう】ことが叶ってしまった。
命より大事な【ご主人様】が打ち明けてくれた。
すべてを引き換えにしてもアナタを取ると、ずっと昔からアナタが好きだったと。
嬉しくて泣いた。
心身を捧げたヒトと恋人として共に生きていけるのだと分かり、嬉しくて泣いた。
なにもかも思い通りではないが、十分に幸せだ。
張り詰め、尖り、触れるモノを容赦なく切り裂いてきたナズーリンの精神は今はとろん、と緩んでいた。
主人が最優先なのは変わらないが、緩んだ分、余裕が生まれた。
そして好奇心旺盛でイタズラ好き、負けず嫌いだが 面倒見がよい、生来の性質が前面に出始めた。
それに伴い、色々な面白面倒なことに関わるようになってきた。
それも悪くないと思っている。
一通り話が終わり、諏訪子が何度目かのお茶のおかわりを振る舞う。
興味深い話の中からさらに細かく調べなければならないこともある。
ただ、確実に収穫はあった。
慧音も手応えを感じたようだった。
二人が二柱に礼を言って辞そうとしたとき八坂神奈子が言った。
「話を聞かせた交換条件というわけではないんだが、一つ私達の相談に乗ってはくれまいか」
もちろんナズーリンも慧音も否のあろうはずはない。
「実はウチの早苗のことなんだ」
守矢神社の風祝、東風谷早苗。
元は【外】の人間だった、女学生だったとも聞く。
幻想郷に来た当初はとても緊張しており、色々勘違いもし、苦しい思いをしていたようだが、今は楽しそう。
だが、この楽しそう、が結構曲者だった。
『この幻想郷では常識に囚われてはいけないのですね』
これは彼女の最近の口癖。
元々とても真面目で良識のある娘だった。
だが、こちらではこれまでの自分の価値観、常識が通用せず、場合によってはそれが崩壊してしまうような目に何度も遭った。
その中で新たに生まれた数々の勘違い、思い込み。
「最近は妖怪退治が楽しいみたいだけど、どうにも危なっかしいんだよね」
洩矢諏訪子が少し顔をゆがめて言う。
当初は神奈子も諏訪子も『まずは経験することが大事』と放任していたが、どうも色々とエスカレートしているようだ。
早苗は一日の出来事を包み隠さず事細かに二柱に報告する。
昔からの習慣らしい。
最近の話を聞くにつけ、いずれ大変な目に遭うのではと心配していると。
先日も妖怪ルーミアのリボン封印を引き剥がそうとして通りかかった博麗霊夢にこっぴどくとっちめられた。
『そのリボンには触らないで!
この暗闇妖怪は代々、博麗の管轄なのよ。まー私も最近知ったんだけどさ』
『霊夢さんは妖怪の味方なんですか!?』
『めんどくさいわねーアンタ、なんでもかんでも退治すりゃいいってモンじゃないのよ。
とにかくこのコには手を出さないで。
人間にとって特に厄介な妖怪なのよ。
今、ようやくこの形で落ち着いているんだから、ちょっかい出さないでよ』
『納得できません! 霊夢さんだって目があったってだけで妖怪をボコボコにするじゃないですか』
『そ、それじゃただのチンピラじゃないの、私は退治すべきモノとそうでないモノを区別できているからいいのよ』
『【カツアゲ巫女】のくせに』
『あ゛? アンタ今なんつったの?』
『退治されそうになっても、【お賽銭】と言って小銭を渡せば見逃してもらえるって。
だから、ここいらの妖怪はみんな小銭を持っているそうじゃないですか』
『そ、そ、そんな! だ、だ、だれがそんなこと言ってんのよ!!』
『魔理沙さんが言ってました』
『あンのドちくしょうめ!!』
『霊夢さん、仮にも巫女なんですから下品な言葉を使ってはいけませんよ』
『っさいわね! そんなのデタラメよ! ダボ魔理沙のヨタ話なんか信じるな!』
『とにかく納得できないものはできません!』
『はあーー、アンタの場合は体で覚えてもらうしかないようね。
いいわ、かかってらっしゃい、しばらくは硬いもの食べられなくしてやるわ』
さすがにそこまでヒドイことはされなかったが、散々ボコられて泣きながら帰ってきた。
また別の日には風見幽香を怒らせそうになったらしい。
正直本当に危なかったようで、話を聞いた諏訪子達は脂汗が吹き出たと。
ひまわり畑で姫海棠はたてと談笑していた幽香を指さし、
『アナタは妖怪ですね!?』
しかし幽香は気付きもしないではたてに話しかける。
『はたて、アドバイザー契約の件、貴方の新聞をいつでも一番に配達してくれるのなら考えてあげてもいいのよ』
『無視しないでこちらを見なさい!』
怒鳴り声でようやく振り返る最凶妖怪。
『何?』
『私は守矢神社の風祝、東風谷早苗です!
妖怪退治が仕事なのです!』
『風祝? 妖怪退治? そうなの、大変ね』
『あのヒト、お山に越してきた神社の巫女さんなんです』
はたてがフォローを入れる。
『巫女? そういえば巫女の服ね、脇があいてるわ』
『そう言えば幽香さん、巫女は脇毛が生えてきたら引退するらしいですよー』
『それホント?』
『私の仮説です。ただいま調査中ですけどねー。
私の持ち味は大胆な仮説と綿密な調査ですから。
まーハズレてしまうことも多いですが』
『はたて、残念だけど今回もハズレだと思うわよ。
だって、博麗の巫女は代々毛が生えないもの』
『えー!? そうなんですか?』
『なーんてね、ふふふ』
『い、今の冗談なんですか? 幽香さんが冗談を言うなんて……』
『たまには新鮮でいいでしょ?』
『こらー! 無視するなって言ったじゃありませんかー!』
『さっきからやかましいわね、消しちゃおうかしら』
姫海棠はたてが慌てて割って入る。
『早苗さん! 帰ってください! ダメです! 帰って!』
『神奈子様からお山の妖怪とは仲良くしなさいと言われています。
だから、はたてさん、アナタは見逃してあげますから早く立ち去りなさい!』
『このコ、ずいぶんと上からモノを言うのね。
ヒトが話をしているところへ無礼にも割り込んできて喧嘩の叩き売り?』
セリフの割にはニコニコしていたそうな。(それが恐ろしいのだが)
『勝負です!』
『勝負? スペカ? 殴りあい? 死んだら負けでいいのよね?』
『早苗さーん!! 逃げてーー!』
幽香の腰に抱きついたはたて。
『はたて、離さないとアナタにもヒドいことするわよ』
『ダメなんです! あの娘は山の神社の巫女なんです! 殺さないでください!』
『殺すなんて大げさね、両手両足を潰すくらいで許すつもりなのに』
『そ、そんなのダメですー! 許してくださーい! 勘弁してやってくださーい!』
『はたてさん! どきなさい! 勝負のジャマです!』
『ほら、あの娘、やる気十分よ?』
『う、う、どうしよう……そ、そうです! 幽香さん! 配達の件、お約束します! これから必ず一番にお届けしますから!』
『ホント? 約束よ。
【花果子念報】の最新号を誰よりも早く読んでいるのはこの風見幽香、ふふふ、これはなかなか気分がいいわ』
『では、早苗さんのこと許してもらえますか?』
『そうね、アナタに免じて少しお尻を叩くだけにしてあげるわ』
倍くらいに腫れ上がったお尻を押さえ、泣きながら帰ってきた。
数日の間、座ることもできなかった。
「ナズーリンどののお弟子さんが居合わせて良かったな」
慧音の感想。
最近評判の良い【花果子念報】の製作者、姫海棠はたて。
ネズミの賢者を【師匠】と慕っていることは事情通の間では了解事項だ。
「いやまったくだ。大げさかも知れんが【命の恩人】だ。
当の早苗は理解できないだろうが」
神奈子も同意する。
こんなことをしているといずれもっと大変なことになるのではと心配している。
ナズーリンは早苗の話を少し距離をとって聞いていた。
喧嘩を売る相手も売り方についても、【わかってねぇなぁ】と思うだけ。
そもそも妖怪のこともどれくらい理解しているのか、怪しいものだ。
一般に知られていないだけで、幻想郷には危険な妖怪・魔物はまだまだたくさんいる。
このままではさらにややこしい状況に巻き込まれることは必定だろう。
早苗のことは、トラブルメーカーとして面白い存在だと思っているナズーリン。
多少のトラブルは牧歌的な幻想郷ではちょっとしたスパイスだと思っているし、さすがに死ぬようなことはないだろうとたかをくくっている。
自分のことを【ネズミ、ネズミ】と呼び捨てているが、そんなことは全く気にならない、勝手にやっててくれと思うだけ。
つまり、あまり真剣に取り組む問題ではないと思っている。
だが、神奈子と諏訪子にとっては代え難い【巫女】であるし、それ以上に大事な大事な愛しい【娘】である。
早苗の問題は切実だった。
「我々も新参者だ。早苗に教えてやれるほど【ここ】を理解してはいない。
だから改めて誰かに教育、指導をしてもらえないかと思っているのだ」
神奈子が本題を切り出す。
何を教育するとハッキリ言わなくとも分かる。
幻想郷の人妖の均衡、ひいては守矢神社の巫女としての立ち位置を教えて欲しいということだろう。
正直、ほとんど丸投げの面倒な課題だ。
「話が通じやすい、そー、【人間】がいいと思うんだけど、誰かいないかな?」
さらに条件をかぶせる諏訪子。
ナズーリンは今の幻想郷で東風谷早苗に渡り合えそうな【人間】の顔を思い浮かべる。
まずは博麗霊夢。
立ち位置としてはほとんど同じ、最も適しているように思う。
が、そんなことを頼んだとしてもきっと【めんどくさい】のひとことで切って捨てられるだろう。
均衡に関して、霊夢自身は感覚的に理解はしているものの、ヒトにそれをうまく説明出来そうにない。
言いたいことが伝わらず、癇癪を起こす様が容易に想像できる。
【プレイヤー】としては秀逸でも【コーチ】としての適性は皆無だろう。
次に霧雨魔理沙。
いい加減ではあるが意外に世話好き。
うまく頼めば色々教えてくれるかもしれない。
ただそれはそれでまずいことになるかもしれない。
魔理沙の価値観を持った風祝って、明らかにまずい。
盗癖、虚言の巫女、これは明らかにまずい。
完全な人間とは言いにくいが魂魄妖夢。
少々真面目すぎるきらいはあるが常識といったところで言えばましな方。
ただ、彼女の場合、日々の生活、あの脳天ビビンチョな主人に振り回され、ほとんどあっぷあっぷのいっぱいいっぱい。
他人の世話をする余裕はなさそうだ。
いっそのこと聖白蓮と思わないでもないが、いかんせん宗教の違いはなんともしがたい。
あの大地母神のような住職の至近距離での影響力は半端ではない。
早苗が聖に懐いて感化されるのは想像にかたくない。
なにせあの魔理沙が無防備に甘えるくらいなのだ。
二柱もいい顔をしないだろう、いや、死活問題だろう。
一人忘れていた、いや忘れようとしていた。
十六夜咲夜。
彼女こそ礼儀作法や妖怪との付き合い方などほぼ完璧にこなしているのだから良いのかも知れない。
だがナズーリンはとてつもない不安を覚える。
咲夜の指導の下、表面上は完璧に仕上がるとしても、なにかビックリするほど大切なことがすっぽ抜けてしまうのではないか。
そして取り返しの付かないようなモノスゴイことになるような気がしてならない。
思い込みの激しい完璧メイド長と、生真面目で勘違いしやすい新米巫女。
この外的出力だけはやたらに高い組み合わせは、考えたくない最悪のコンビだ。
面白さ以上に、メチャクチャ厄介なことになりそうだ。
なにより咲夜が絡むと自分に盛大に火の粉が降りかかり、火ダルマになりそうで怖い。
ナズーリンは身震いした。 自分は火鼠ではないのだし。
ダメだ、これだけは絶対にダメだ。
他の【人間】のこともざっと考えてみるが、決定打にかける。
そうなるとやはり彼女しかいない。
隣に座っている半獣の歴史学者。
元々教師でもあり、ヒトと妖怪の共存・橋渡しをしたいと願っている立場なのだから適任なのかもしれない。
だが、彼女も忙しい。
今日も寺子屋の休みの日にあわせてやって来たのだし、夕方には里の寄り合いに顔を出すと言っていた。
寺子屋の運営、人里の雑事、学者としての研究、そして歴史の調整。
朝から晩まで忙しい。
もちろん夜は妹紅とたっぷりねっとり激しく忙しい。
大変エネルギッシュな毎日を送っているハンサムウーマンだ。
一日二日で済むことではないので 負担を考えると推薦しにくい。
「私が引き受けよう」
だが我らが上白沢慧音は根っからの先生だった。
困っているモノを捨て置けない【お姉様】気質、こうやってすすんで面倒を背負い込む姿が人心をガッチリ掴むのだろう。
そして信頼を得てきたのだろう。
なんと要領が悪く、漢気に溢れる素敵な【お姉様】か。
こうなればナズーリンも彼女だけに苦労をさせるつもりはない。
通称賢将は今現在、十分に世話好きだ。
「ならば私も手を貸そう。【人間】ではないが構わんだろう?
基礎は座学で慧音どのが、私は実践面で補佐をさせてもらおうか」
神奈子たちはほっとした表情、二人を招いた時点でこの展開を期待していたのは間違いなさそうだ。
思惑通りに動かされるのは性に合わないナズーリンだが、目くじらをたてるほどのことでもない。
(まぁ、やるからにはそれなりに楽しませてもらうがね。
世間知らずの現代っ子をいじり倒す、まぁ暇つぶしにはなるかな)
【世話好き】と言っても、単なる世話好きではない。
ナズーリンの中のイタズラの虫がぴくぴく蠢きだす。
腕組みをしてたっぷり間を取ってから神々に切り出す。
「お二方、あらかじめ言っておくが、私がやるとなるとかなり厳しいよ? 体罰も認めてもらわないとね」
不安そうな二柱、神奈子が問う。
「跡が残るようなことは勘弁してもらいたいのだが」
「当たり前だよ、若い娘にそんなことはしないよ。
お尻をぺんぺんする程度さ。
だが、早苗どのには、お二人から我々が正式な指導者であることをきちんと言って欲しい。
指導中の我々の言葉は、お二方の言葉だと。
いちいち口答えされてはやりづらいからね。
そして最後にもう一つ。
我々はできる限りのことをするつもりだ。
だが、効果がなかったとしても、責任は負えない。
ここを飲んでいただかないと力を貸すことはできない」
丸投げしたままで万事解決と思われてはたまらない。
それなりの覚悟もしてもらわなければ。
「諸々承知した。
よろしくお願い申し上げる」
二柱は神の威厳が損なわれないギリギリくらいまで頭を下げた。
言質は取った。
こちらの条件を丸飲みさせた。
純粋に力のあるモノたちは往々にして、駆け引きに疎いと言っていい。
その必要を感じる事が少なかったからだろう。
ナズーリンはお腹の下あたりで軽く笑った。
「ナズーリンどの、早苗さんの件、随分ときつい物言いだったと思うが」
神社からの帰り道、慧音がかける。
「慧音どのには正直に言うが、乗り気なわけではないからね。
面倒ごとを引き受けるんだ、ならば少し遊ばせてもらおうと思っているだけさ」
「貴方から真っ当に知恵を授かるにはよほどの幸運が必要らしい」
慧音は軽く笑った。
「止してくれ、知恵なんて。だが、気まぐれなのは確かだね」
「だが、妹紅のためには知恵と力を―――」
手のひらを向け、慧音の言葉を遮ったナズーリン。
やはり上白沢慧音は妹紅がナズーリンに頼んだ【探し物】を知っていた。
だが、それはナズーリンの想定内。
「そこまでにしてくれ。
力及ばず、期待にそえないかも知れない。
そうなれば大いに失望させてしまうし、きっと恨まれるだろう」
今度は慧音が遮る。
「待ってくれ、ここは言わせてほしい。
妹紅は感謝している。とても感謝している。
ナズーリンどのが永遠亭に頻繁に出入りしている意味を分かっているよ。
自分のために真剣に行動をしてくれるヒトがいる、そのことに感激しているのだ」
「え? 【自分のために真剣に行動をしてくれるヒト】って、慧音どのあっての今の妹紅どのだろう?」
妹紅が今あるのは間違いなく慧音の献身的な心の介護の賜物だ。
「わ、私のことは置いておいてくれ、少し別枠なんだ。
彼女のこれまでの生でこんなことをしてくれるヒトはほとんど無かったらしい。
貴方が憂いの元を引き受けてくれたことでどれほど妹紅が救われたか。
断言しても良い、恨むことなどあるまい。
なにせ、この世で最も頼りになる賢将が自分のために最後の最後まで力を尽くすと約束してくれたのだ。
望みがかなわなくとも悔いはないだろう」
少しだけ顔を赤らめたお姉様が言う。
賢将は困り顔。
「買いかぶりも甚だしいな。
うまくいくとは限らない、いや、実はかなり難しいんだ。
最後には『申し訳ない、ダメだった』と言うしかないかも知れんよ」
苦笑する賢将を赤い顔のまま穏やかに見つめる歴史学者。
「私は知っている。
貴方は賢いだけではない。
勇気と優しさを備え、数多の経験を積んできた誇り高い希代の賢者だ。
出来ないことなどあるまい」
「あのー、慧音どの? それはどちらの大賢者様の話かな?」
本気で困っているナズーリン。
「私と二人きりの時でさえ妹紅は貴方を『ナズーリン先生』と呼ぶのだ。
正直、妬けるよ。
あのコの憂いは全て私が取り除くつもりでいたのに、力が及ばないことが分かり、悔しかった。
でも、『慧音の頭の良さと、ナズーリン先生の頭の良さは土俵が違うと思う。力を発揮する場所は別々でしょ? それに、どんな結果になったしても、私はいつでも【けーね】と一緒なんだから』と言ってくれた」
藤原妹紅、心を許した相手にだけは本来の優しい物言いをする。
それを聞いたナズーリンはわざとらしく右の眉を上げ。
「なんだ、散々私を持ち上げておいて、結局は惚気たいのかい?」
「え、? いや、決してそんなつもりではない! その、あの、つまり、妹紅の気持ちが、そのっ」
この聡明で豪胆な女傑は、最愛の半身のこととなると、途端に緩んで、ちょっと愚かになる。
その様、共感することしきりの小さな賢将は心の中で(やあ、ご同輩)と優しく呼びかけた。
上白沢慧音、このヒトと出会えて良かった、胸の奥がじんわり暖かくなってくる。
「慧音どの、やれるところまでやってみるよ、約束する。
だが、キミたちの幸せはまだまだこれからだろう? 私の約束はそれこそ【忘れた頃】の話さ。
まぁ、気長に待っていてくれたまえ」
そう言って柔らかく笑む。
慧音は一瞬、頭を下げて礼を言うべきか迷った。
しかし、この愉快で勇敢な賢者はそんなことを望んではいないはずだ。
軽く頷き、
「ああ、待っているよ」
それだけ言って、微笑み返した。
翌々日、寺子屋がはねた午後、早苗がやってきた。
「東風谷早苗です。よろしくお願いします」
アップル・グリーンの髪、大きな瞳、丸みを帯びた柔和な顔立ちは十分に美人の範疇。
上背は博麗霊夢より少し高い。
そして健全に発育した肢体、外見は文句無しの合格点。
どこへ出しても綺麗な娘さんと言われるだろう。
守矢神社の看板巫女を慧音とナズーリンが迎えた。
「ようこそ【ケイナズの特別補習講座】へ」
腰に手を当て、ふんぞり返ったナズーリンが芝居っ気たっぷりに言い放つ。
早苗は口をきつく結び、講師二人を交互に見ている。
睨んではいないが、友好的でもない視線。
あからさまな不満を表にしているわけではないが、気持ちは伝わってしまう。
神奈子と諏訪子から今回の趣旨を言い含められていたが、納得がいってはいないようだった。
昨日、指導係二人は此度の特別補習講座について打ち合わせておいた。
基本の知識、妖怪の歴史、出生、種類、分類、特性などは座学で慧音が毎日一刻ほど行う。
その後、休憩を挟んでナズーリンと各地を巡り実地学習。
大まかに役割分担し、お互いの指導内容を確認しあう。
慧音の内容はかなり高度であったが、自身の考察も盛り込んであり、時間があれば一緒に聞きたいほど面白そうだった。
一方、実地の方はかなり突拍子もないプログラムで『それで大丈夫なのか?』と歴史学者は何度も聞いた。
それ以外にナズーリンがいくつか案を出す。
(指導時間中は【早苗】と呼び捨てにする)
これはまあいいだろう。
(授業中は我々を”先生”と呼ばせる)
(まずは雑巾がけからさせる)
そこまで必要だろうか? 慧音は眉をしかめる。
(我々に話しかける時は最初と最後に”サー”を付けさせる)
(露出度の高い指定制服を着用させる)
『それって必要なのか? いらないだろう?』
さすがに慧音が口を挟む。
するとナズーリンは笑いながら、
『慧音どのがOKならやろうと思ったんだが、まぁ冗談だがね。でも体罰は行うよ、これでね』
そう言って取り出したのはいわゆる【ハリセン】。
(ナズーリンどの、真面目にやる気はあるのかな?)
不安が顔に出てしまう、こちらは本当に真面目な慧音。
「というわけでこれより特別補習講座を始めるが、その前に簡単に自己紹介をさせてもらおう」
ナズーリンが慧音に目で促す。
「私は上白沢慧音、この寺子屋で教師をやっているが、本業は歴史を食べ、作ることだ」
早苗が少しだけ首をかしげる。
無理もない、それでは何のことか分からないだろう。
ナズーリンが助け舟を出す。
「つまり歴史の先生ってことだ、それも当代随一のね」
合点がいった早苗が慧音に頭を下げる。
「東風谷早苗です、上白沢先生、よろしくお願いします」
「慧音で構わないよ」
「はい、慧音先生」
続いてナズーリン。
「私はナズーリン。命蓮寺におられる毘沙門天の代理、寅丸星の従者だ。
そしてなんと、ネズミの妖怪だ」
最後の一言をわざと憎らしく告げる。
予想通り早苗の顔が曇る、かなりあからさまに。
《スパーーンッ!!》
目の前にいたネズミ妖怪が突然消えたと思ったら、早苗のお尻に激痛が走った。
お尻を押さえながら振り返ると、大きなハリセンを持ったナズーリンがいた。
「なんだね今の顔は? 挨拶の一つも出来ないのか?」
早苗は痛みもそうだが、この小妖が自分に気づかれずに背後に回りこんだことに驚いていた。
「キミのことは守矢の神様方から申し付かっている。
指導するに当たり、概要を説明しよう。
基本は座学で慧音先生。
実地は私、ナズーリンが。
そして今のような無作法にはこの【精神注入ハリセン】が指導することになっている」
そう言って手に持ったハリセンを玩ぶ。
「そ、そんな……」
目をむいて動揺している早苗。
「聞いていないとは言わせないよ。
キミの神様方からビシビシやってくれと頼まれている。
指導中はキミを【早苗】と呼び捨てる、そして我々を【先生】と呼ぶこと、いいね?
では、気をつけー!」
反射的に背筋を伸ばしてしまう現代っ子。
「さぁ、ご挨拶からだ。『ナズーリン先生、よろしくお願いします』 はい、言ってみなさい」
「……ナ、ナズーリン、せん……せ、よろしくおねがいしま《スッパーーンッ!!》 いったーーい!!」
「声が小さーーい!」
また後ろにいる。
早苗にはナズーリンの動きが見えない。
先日、風見幽香にしこたま叩かれたお尻、ようやく腫れがひいたところだったのに。
同じところを叩かれた痛みに目が潤んできた。
しかし、早苗はぐっと堪えて闘志をかき立てた。
(このネズミの前では絶対泣くものか!)
でも三発目は耐えられそうにない。
「なずーりんせんせーー!! よろしくおねがいしまーす!!」
ヤケッパチの大声。
「ようし! やれば出来るじゃないか、こちらこそよろしくな【早苗】」
呼び捨てにされるのも面白くはないが、その直後のニンマリ顔が妙に癇に障った。
「時間がもったいない。そろそろ始めたいのだが」
上白沢慧音が少し怖い顔で二人に告げた。
その表情は、ナズーリンに対し、(遊びすぎだぞ)と言っている。
「もっともだな、ではこの後は慧音先生よろしく。
私は【支度】に行くとしよう、早苗、また後でね」
慧音の【注意】もどこ吹く風のナズーリンは、ひゅーと飛んでいった。
「まったく」
軽いため息をついてから早苗に向き直った歴史学者。
「早苗、中に入ろう、あー、私はハリセンを持っていないので安心なさい」
身構えていた山の巫女は少しだけ体の力を抜いた。
(よかった、このヒトはまともみたい)
だが、この安心も授業が始まるまでだった。
上白沢慧音はまともだった、大変力強くまともで真っ直ぐだった。
妖に関する基本体系をみっちり講義された。
早苗は元の世界では優等生だった。成績も良かった。
授業中、教師の話をそこそこきちんと聞いて帰宅後まとめ直しておけば、困ることなどなかった。
だが、慧音の講義はとてもスリリング。
一方的な講義ではなく、所々で復習をかねた問題が出される。
うっかり聞き流してしまったことに限って出題され、『分かりません』『聞き逃しました、すいません』と答えるより他になく、早苗は序盤で受講姿勢を改めることになった。
内容は難しいし一瞬たりとも気が抜けない、だが、とても面白い。
新しい知識、それも自分に関係することばかり、頭も体も熱くなっていく。
そしてこの教師は質問を受け付けるタイミングが絶妙だった。
内容に疑問がわき、それが【とりあえず置いておく】ことができないほど気になった瞬間、『質問はあるかな?』とたずねてくる。
質疑に応答するときの慧音は、話し方のトーンが変わる。
少しゆっくりになり、例え話を交えたり、早苗の経験を聞いたりしながら、分かりやすく徹底的に答えてくれる。
早苗は質問することも楽しくなった、そして出される問題に正答すると柔らかく微笑んでくれる教師の顔を見たさに一層集中して講義を聴いた。
「本日の講義はここまでにしよう。早苗、お疲れ様」
「えっ!? もう終わりですか?」
「初日から詰め込みすぎるとよくないからね。一刻(二時間)はぶっ通しだったのだから少し休まないといけない」
「一刻も……全然分からなかった」
充実した時間は早く過ぎていく。
すすめられたお茶を啜るとようやく気分が落ち着いてきた。
それに合わせて頭の芯が少しだけジンジンしているのに気づく、結構頭を使ったのだろう。
「ナズーリンどのはまだのようだ。後半に備えてゆっくり休むといい。 さ、これを召し上がれ」
慧音が出してくれたのは表面に虎縞模様の焼き目が付いたどら焼きだった。
礼を言って、ぱくっと一口、もぐもぐ。
「お、おいっしー! 慧音センセー! これっ! すごくおいしいです!」
「それは良かった、まだいくつかあるから好きなだけ食べなさい」
「これ! ど、どこで売っているんですか!?」
「まぁ落ち着きなさい、これは残念ながら非売品だ。命蓮寺で行事があるときなどに配られるオマケなんだよ」
「命蓮寺って、あの妖怪寺ですか? じゃあ、作っているのは……」
「妖怪ということになるね。実際に作っているのは寅丸星さんだ」
「寅丸星さん、ですか。あ、そのヒトって、ネズじゃなくてナズーリン……先生の?」
「そう、ナズーリンどののご主人様だ。強く優しく気高く上品で大変美しい方だ」
ちょっと不満そうな早苗、この短時間で慧音にかなり懐いたようで、すでに気持ちを取り繕うのを止めつつある。
「慧音先生には言いますけど、私、妖怪の美しさって信用していないんです。
なんだかウソっぽいっていうか、作り物っぽいっていうか、とにかく信用できません」
「良いところに気づいたね。確かに妖怪・幽霊・魔物、人間を誑かすために外見を良く見せるものは多いな」
「ですよね?」
「では早苗はその外見だけの美しさと、本当の美しさをどうやって見極めるつもりかな?」
「そ、それはやっぱり、上っ面だけのキレイさとか底の浅いキレイさとは違って、なにかこう、内面から滲み出るような美しさには深みがあるっていうか、その、うーん、すいません、よく分かりません」
穏やかに笑む講師。
「そう、難しい問題だ。でも、早苗の言いたいこと、考えていることはイイ線いっているよ。
私も内面から滲み出る美しさには賛成だ」
「ですよね!?」
「だからこそ私は寅丸さんを大変美しい方だと思うんだ」
「そうですか。慧音先生がそこまでおっしゃるならきっとそうなんですよね」
「待ちたまえ、私が言ったからといって早苗が鵜呑みにする必要はない。
自分の目と心で確かめられることは手間を惜しんではいけないよ」
「は、はい! 自分で見極めてみます!」
「うん、そうしなさい。ところで【とらまる焼き】はもういいのかい? 妖怪風情の作ったお菓子は?」
ちょっとだけ口の端をあげて慧音が問いかけた。
「え、あの、もう一ついただきます。……もう! 慧音先生ったらイジワルです!」
口を尖らせる早苗を見て破顔する学者先生。
数刻前の早苗だったら妖怪の作った食べ物を素直に口にしたかどうか。
自分のやったことは少しは意味があったのだろうと納得できた慧音だった。
「キミは元の世界で働いたことはあるかね? アルバイトの経験は?」
しばらくして戻ってきたナズーリンが早苗に問う。
「いえ、ありませんが」
「初心者か、まぁその方が都合がいいかもな。
それじゃ支度をしてもらおうか。
これを着て、これを被ってくれ、ヒトの気配をうんと薄くする呪がかけてある」
早苗が手渡されたのは割烹着と手拭。
不安そうな顔で聞く。
「私、何をやるんですか?」
「今日は妖怪のお店を手伝ってもらう。ミスティア・ローレライの屋台だ」
「えええー!? なんで私が、ソウデスカワカリマシタ」
ナズーリンが取り出したハリセンを見て不満を飲み込む。
そんなやりとりを見て苦笑していた慧音が申し出る。
「巫女の袖ははずした方がいいな、髪飾りも。髪も後ろで束ねようか。私が手伝ってやろう」
早苗の後ろで髪を整えながら小声で言う。
「早苗、ナズーリンどのは悪いようにはしないから大丈夫。何ごとも経験だ、頑張っておいで」
「はい」
ナズーリンは聞こえないフリをしていたが、
(あっという間に懐いたようだね、さすがは慧音どの。
まぁ、あの包容力のある深遠な知性は、受ける側のレベルが高いほど効果はあるからね。
特に今回のように彼女の得意分野で密度の濃い知識を授かったのなら無理もない。
また一人、【慧音先生】のファンが生まれたってところか)
ミスティア・ローレライは緊張していた。
目の前にいるのはこの前、弾幕ごっこで散々いじめられた人間によく似ている。
「ミスティア、紹介しよう。こちらが今夜キミの屋台で勉強させてもらう東風谷早苗だ、早苗と呼んで構わない」
「はぁ……」
この少し前、夜雀はネズミ妖怪からの頼みごとに当惑していた。
『少し訳ありの娘をキミの屋台で働かせてやって欲しいんだ。
給金は要らないし、今夜だけで良いから使ってやってくれないか?』
自分だけで切り盛りできる小さな屋台だし、見ず知らずのモノを屋台の裏に入れるのは抵抗があった。
『そこをなんとか頼む。お礼にお稲荷さんを用意するから』
お稲荷さん?
『今日の分というだけではないよ。この屋台、シメにご飯物や麺類があればいいと思わないかい?』
確かに『女将、蕎麦とか握り飯はないのか?』と聞かれることは良くある。
だが、焼き物中心の小さな屋台では蕎麦用のお湯を沸かし続けるのは難しいし、米を炊いて握っておくのも大変だった。
確かにお稲荷さんならウケは良さそうだが、さらに作るのが大変だ。
『ミスティア、キミが作らなくてもいいんだよ。毎日お昼前に命蓮寺に取りに来るだけだ』
?
『今、寺に通いで来ている妖怪の中でお稲荷さんが大好き! ってヤツが何人かいるのさ。
参詣者にも振舞っているうちに評判になって今では里のお店にも卸しているんだ。
だから味は保証する。
そんなわけで毎日何十個もこさえているんだよ。それを少し分けてあげるから』
良い話のように思えるけど肝心のお代は?
『タダだとキミも気がひけるだろう、自慢の雀酒を一升、月に一回届けてくれればそれで代金としよう』
頭の中でじっくり計算する。
仲間の鳥妖から甕(かめ)で仕入れている雀酒、実はかなり安い。一升分なら□□文くらいかな。
ちょくちょく屋台は休むから毎日10個もらったら月で200個くらい、一個○○文で出したらあがりは……
えー! お稲荷さん安すぎー! ホントに良いの?
『なーに構わんさ。明日からでもいい、命蓮寺においで。
門にいるやたら声の大きい山彦に挨拶をして、お稲荷さんもらいに来ましたーって言えば分かるようにしておくからね。
よし、商談成立だ!
後しばらくしたらその娘を連れてくるからよろしく頼むよ』
夜雀の返事も待たず飛んで行ってしまった。
先日来店したちょっと素敵なネズミ妖怪からもらった、ちょっと良さ気な話と、ちょっと面倒そうな話。
ミスティアは(これで良かったのかなぁ)と首をかしげていた。
そしてご対面。
早苗はミスティアを覚えていた。
先日とっちめてやった鳥の小妖。
相手にもならない弱い妖怪だった。
(こんなモノの下で働くなんて……いえ、妖怪にも色々いるんだし、まずは経験してみないと、そうですよね? 慧音先生?)
夜雀を見ながら心の中で素敵な先生に話しかける。
《スッパンパーーン!!》 「いったぁーーーいーー!!!」
「さなええー! ご挨拶はどうしたぁー!」
(うううっううー、慧音先生の【その通りだよ早苗】ってお返事を待っていただけなのに。やっぱりネズミは嫌いです!)
「東風谷早苗です! ミスティアさん! 今夜はよろしくお願いします!」
「は、はい、こちらこそ」
異様なノリに気圧された夜雀は思わず腰が引けてしまった。
「さーて、あとは女将に任せるか。私は商売の邪魔にならないようにこの辺りをブラブラしていようかな」
そう言って屋台から離れようとしたナズーリンが早苗に手招きをする。
ミスティアに聞こえないくらいの場所で小声で話し始める。
「いいかね? 妖怪でも真面目に働いているんだ、仕事中に彼女に危害を加えたら許さないからね」
「そんなことしませんよ! 当たり前じゃないですか、ワカリマシタキヲツケマスデス」
お尻に当てられたハリセンの感触に語気を弱める。
(まったく! 私は昨日までの私じゃないのに! 今、こんな場面でいきなり退治する、そんなのありえないわ! イヤなネズミです!)
表面は従順に、心の中で憤慨する新米巫女。
(……でも、昨日までの私がもしここに居たら……)
その先を想像するのがなんだか怖くなり、早々に打ち切って屋台に戻った。
ミスティアの仕込みを手伝う早苗。
始めはお互い緊張していたが、早苗がミスティアの手際のよさ、小さな屋台の割りに充実しているネタの数に感心し、そのことを口にすると元々話し好きな夜雀は積極的に話し始めた。
八目鰻は週に一回くらい川に獲りに行ってウチの生簀に入れておくの
お豆腐は妖怪にも売ってくれるお店で毎日仕入れるんだよ
野菜は麓の畑で分けてもらったり、友だちと山に採りに行ったりかな
お酒と炭は仲間の妖怪から買うんだよ
この屋台や食器は河童の友だちに作ってもらったの
氷? 友だちに氷の妖精がいるんだー、だから困ったことないね
「妖精にもお友だちがいるんですか?」
「うん、元気が良くて面白いコなんだよ」
「ミスティアさんは、お友だちがたくさんいるんですね」
「えへへ、そうかな? うん、そうかも知れない」
「友だちっていいですよね」
「うん、いいよね」
仕込みもあと一息となった頃、ミスティアは歌い始めた。
夜の鳥ぃ~ 夜の歌ぁ~ 人は暗夜に灯を消せぇ~♪
夜の夢ぇ~ 夜の紅ぁ~ 人は暗夜に礫を喰らえぇ~♪
何時から開店と決めているわけではないが、歌うことで自分への合図にしているそうだ。
仕込みの仕上げを任された早苗は、最初のうちは夜雀の歌に聞き入っていたが、歌詞の内容がちんぷんかんぷんだったのでやがて自分も小さくハミングを始めた。
早苗は神社で家事全般を行っているので、このくらいの作業は鼻歌交じりで出来る。
少し離れたところで気配を消して聞き耳を立てていたナズーリンは早苗の鼻歌が気になった。
ふんふふふんーふふふっふん、ふっふっふふっふーん♪
なんだがアルファベットの最後の文字のテーマに聞こえる。
早苗が大型機械人形が好きな女の子【ロボっ娘】であることは先だっての巨大人型風船騒動ではっきりしている。
それにしても随分とシブい選曲だ。
(ふーん、機械人形動画か。この辺りを突付いたら何か出てくるかな? 明日、試してみるかね)
ナズーリンは口の端だけで笑いながら監視を続行した。
ぽつぽつと客がやってくる、その全てが妖怪の類。
そのたびに早苗が話題になる。
女将、この娘はなんだ?
見習いだよー
ヒト臭いが、完全なヒトではなさそうだな、半端な妖だな
片手で捻れそうな妖怪たちに愛想を振りまき酒と肴をすすめる。
くだらない話やウソくさい自慢話、聞くに堪えない下品な話、ヨタ話。
ヨタ話の中には『最近、巫女の【お賽銭】の相場が上がったらしい』などと聞き流しにくい話題もあった。
珍しい話もあった。
満月の夜、人里の近くに現れる二本角の妖、大変気性が荒く強いので近寄るモノなどいなかったのだが、最近白髪の美しい娘が寄り添っていると。
早苗は心の中で(観察、観察)と唱えながら、今日慧音から教わった諸々のことを目の前にいる妖怪たちに当てはめて色々考えていた。
今、結論を求めるのは早すぎると自分でも分かっているので、なるべく見て聞くことに集中した。
『経験しておけば、後から理解できることもある』
慧音の言葉で一番印象に残ったフレーズだったから。
客足も途切れ、女将が【看板】を告げた。
幸い早苗を知っている人妖は来なかった。
ナズーリンは実はそれが一番気がかりだった、後々面倒になることは目に見えているから。
来たとしても理由をつけて店には近付けさせないつもりだったが、来ないならそれに越したことはなかった。
「これ、今日のご祝儀、結構お客さん入ったからね。剥き身で悪いんだけどさ」
ミスティアが早苗に何枚か硬貨を渡した。
「いえ! 女将さん! お給金は無しのはずです! もらえません!」
「だーかーらー、ご祝儀だってばー、気にしないでよ、少しばかりなんだから」
困った早苗は辺りをキョロキョロとうかがう。
こちらに歩いてくるナズーリンと目が合った。
「早苗、女将さんの心遣いだ、ありがたく頂戴しなさい」
硬貨を見れば、客一人が軽く飲み食いしたくらいの金額だが、余分な金を持ち歩かない早苗にとっては大金。
「あ、ありがとうございます!」
「いいってば、今夜はおかげで助かっちゃったしさ」
そう言って照れくさいのか、いそいそと片付けを始める夜雀。
その手元をぼーっと見ていた早苗は、生の八目鰻の串が氷箱にしまわれるのを見て慌てて言った。
「女将さん! ヤツメの串ってあと何本残ってますか?」
「うん? えーとあと五本だね」
「じゃあ、このお金でその五本買いますから焼いてください、ちょうど買えますよね?」
「うーん、買えるけど無理しなくていいんだよー? これ、明日も大丈夫だから」
「そうじゃないんです、さっき賄いでヤツメを食べたとき、すごくおいしくてビックリしたんです! だから神奈子様と諏訪子様にも食べさせてあげたいんです! 売ってください!」
「へー、やっぱり早苗さんって優しいんだねー、いいよ、焼いてあげるから持っていきなよ。お代なんかいらないから」
「え!? いや、あの、私のお金で二人に買ってあげたいっていうか、この気持ちを共有したいっていうか、そのっ」
「ミスティア、私からも頼むよ。売ってやってくれ。得がたい経験になるだろうから」
「うん、わかった、腕によりをかけて焼くからちょっと待っててね」
「あ、じゃあ、私、その間に片づけします!」
焼きあがった串を竹の皮で包んだ女将が告げた。
「はーい、お待ちどーさま。もう帰っていいよ」
「え、でもまだ半分も片付いていませんよ」
「あったかいうちに食べてもらって。だから早く帰って。 いいでしょ? ナズーリンさん?」
ナズーリンは苦笑しながら、
「女将の頼みとあっては断れないね。 早苗!」
「はい!」
「本日の特別補習講座、全て終了だ! これにて解散! 速やかに帰宅しなさい!」
「はい! ありがとうございます! ナズーリンせ、せんせい! ミスティアさん! 本当にありがとうございます!」
深々と腰を折ったあと、八目鰻の包みを大事に抱えて飛び立っていった。
「女将、今日はありがとう。恩に着るよ、助かった」
「こちらこそー、結構楽しかったしね」
ニコニコしている夜雀をじっと見つめるナズーリン。
ミスティアはその真摯な視線に気づいて少し硬くなる。
「ど、どうしたの?」
「ミスティア、キミはとても素敵だ」
いつのまにか隣に来ていたナズーリンが頬に口付けた。
「!!?」
「明日、寺へきておくれよ? 待っているからね。 じゃ、おやすみ」
しばらくぼーっとしたままの夜雀だった。
翌朝、先日のお尻の件でまだ怒っている寅丸を宥めすかし、お稲荷さんの数を確保したナズーリンは聖白蓮に此度の経緯、自分の構想を報告した。
今回、自分の立ち位置がハチャメチャなので主人には全てを伝えていない。
寅丸星は恋人であるナズーリンを全面的に信頼しているが、【汚れ役】を演じることにはいつも否定的だった。
自分の未熟さゆえと思い込んでしまうことが多いので、うかつに話は出来ない。
お昼前、約束通りやって来たミスティア・ローレライを聖に引き合わせる。
「聖白蓮でございます。ミスティアさん、これからよろしくお願いしますね」
「は、はひ! はひん! おねおねおねおね」
最近たびたび噂にのぼる妖怪寺の女住職。
どれもこれも信じられないような噂ばかりだったが、実物は噂をはるかに凌駕していた。
ミスティアは膝の力が抜けそうだった。
「ミスティアさん。 これで貴方と私たち、ご縁を結ぶことが出来ました。
今日はとてもよい日でございますね」
そう言って慈笑を向けられるが、あうあう、としか言えない。
そんな夜雀の手をとり、強引に辞させたナズーリン。
「ミスティア? 驚いたのかい? まぁ、毎日来ていれば少しは慣れるよ、少しはね。
えーと、こちらが厨房だ、明日からは直接こちらに来るといいよ」
ようやく落ち着いてきた夜雀だが、ちょうど厨房から出てきた寅丸星と目が合ってしまい、本日二度目の衝撃を受けることになった。
先日の薄暗い屋台で会ったときも十分に衝撃的だったが、今は日の光浴びるシャイニータイガー100%、陽光の元、楽しそうに明るくきびきびと働く姿は、輝き迸る魅力で当社比200%増しだった。
(こ、このお寺、妖怪には刺激が強すぎるよ~~)
「なんだかお尻がもっこりしているな」
特別補習講座二日目、寺子屋へやって来た早苗は指導者二人に元気に挨拶したが、ナズーリンはその腰周りに目を留めながらつぶやいた。
「何枚重ねているのかな? この暑い中ご苦労なことだ」
”ギクッ”と聞こえそうなほどうろたえている新米巫女。
ハリセン対策として早苗が講じた手段はまことに拙いものだった。
厚手の冬物の下穿きをありったけ引っ張り出して、重ねて穿いてきたのだ。
(ばれちゃった……)
あたりまえである。
この娘、やはり少しピントがずれている。
「この手の不正は露見したが最後、必ず罪に問われるよ。脱ぎたまえ」
「はい……」
早苗も観念した。
「慧音先生、お部屋をお借りします、脱いできます」
「なにを言っている? ここで脱ぎたまえ」
「はい?」
「全部脱げとは言わないし、女同士だ。何も遠慮することはあるまい」
「で、でも」
「せっかくだから一枚ずつだ。キミの魅力を見せてみたまえ。
まずは恥ずかしそうに、次は誘うように、次は泣きながら、次は新妻のように嬉しそうに、そして最後は膝でストップ、そう半脱ぎだ。
さあ始めろ!」
「あ、あの、そんなの無理です……」
「なんだとぉ!? それでも女子高校生か!? 勉強不足にもほどがあるぞ」
「そんな勉強ありませんよ!」
慧音は眉をしかめていた。
いくら【汚れ役】と言ってもワルノリしすぎだ。
「ナズーリンどの! もういいだろう!」
すると変態ネズミは矛先を歴史学者に向けた。
「話にならん! 慧音先生! この未熟者を指導してやってくれ。
そそる脱ぎ方のお手本を見せてやってくれ!」
「な、なんでそんなことをせねばならないんだ?」
根が大変真面目な【お姉様】は突然のムチャ振りに対応できない。
「必要な指導だからだ、さあ、ひもパンのそそる脱ぎ方の模範演技を!」
「……まて、なぜ私の下着を知っている」
「些細なことに言及している場合ではないよ」
「いや、かなり気になる、いつ見たんだ!?」
「……ホントにひもパンなのかね?」
「え? そ、そ、それは」
自爆してしまった。
そして冷静温厚な気質を支える【包容力】タンクが恥ずかしさと言う普段あまり溜まらないファクターにより、一気に満水レベルまで溜まってしまった。
「慧音先生はひもパンなんですかー」
早苗が不思議そうな顔でつぶやくと、タンクは破裂した。
「……だって、だって、妹紅が作ってくれたんだもの!
私の下着が少なすぎるって、妹紅が作ってくれたんだもの!
普通のは作るの難しいけど、両脇をひも結わえるのなら作れるって、たくさん作ってくれたんだもの!
夜なべして作ってくれたんだもの!
なんだよ! 文句あるのか! も、妹紅が私のためにーー!」
泣き出してしまった。
「私は気に入っているんだ、満足しているんだ!
笑われようが平気だ! さあ笑えー!」
ロングスカートを勢い良くまくり上げた。
美人教師の秘密の大公開だ。
桜色の小さな三角、両脇は赤いひもで結わかれていた。
そして監視者ナズーリンの目はワンポイントの小さな刺繍をとらえる。
相合い傘で【ケネ】【モコ】と入っていた。
素敵な下着もさることながら、普段長いスカートで隠されている慧音先生の下半身はさらに素敵だった。
ひもパン以外何も身に着けていない下肢はそのフォルムの全てを晒している。
ナズーリンは本能的にいつもの観察モードに入っていた。
(胸は別物として、スレンダーな上半身に対し、ほんの少し太目の腿だが、太いというより、女性的なふくよかさと言える。
座り仕事が多いせいか、膝の間接はやや大きめで頑丈そうだ。
脛の向こうに見えるふくらはぎも発達している。
全身のバランスから見ればややがっしりした下半身だが、それは作り物めいたバランスではなく、【働く女性の健康的な下半身】だと言うことだな。
それに白い星は堂々の四つ、加えて統合すれば【活動的だが女性らしさも備えている】カラダなのだな。
先回覗き、もとい、調査したときは入浴時に数秒確認しただけだったし、どうしても胸部に集中して色々見落としてしまったようだ。
うむ、単純な比率では語りきれない生活に密着したリアルな美しさがここにある。
上白沢慧音、やはり貴方は素晴らしい)
瞬き二つの間に観察、考察を終了したナズーリンは、現状へ目を向けた。
スカートを下ろした慧音はしゃがみこんで本格的に泣きはじめてしまった。
「ううー! 妹紅とお揃いなんだー、私はそれで満足なんだー!」
(しまった、これほど豪快にブッ壊れるとは。
精神の安定度はトップクラスだと思っていたんだが、このヒト、妹紅どの絡みだと地雷が多いなー。
だが、妹紅どのがお揃いの下穿きを作っているなんて、フツー想像できんぞ。
しかし、慧音どののひもパン、結構なお手前でした、誠にありがとうございます)
心の中で手を合わせるナズーリンは、わんわん泣いている【お姉様】に、(これはこれで可愛いな)などど大変不謹慎な感想を抱いていた。
だが、このままでは収拾が付かない。
思案する時のクセで首を傾げたナズーリンの視界にオロオロしている早苗が入ってきた。
(んー、まぁ、嫌われついでだ、ここは早苗に被ってもらうか)
そのまま早苗を見つめる。
早苗もその視線に気づき、縋るように見返してきた。
「早苗、笑いすぎだ。早いところ謝っておいた方がいいぞ」
「はえ!? え、え、私、笑っていませんよう!?」
「今ならまだ間に合うぞ」
「なんでそうなるんですか!? 私、なにもしてませんよ!」
「慧音どの、まぁ、早苗も反省していることだし、勘弁してやってくれないか?」
「ちょっとーー! 私がワルモノですか!?
そもそもひもパンの話を始めたのはナズーリンさんじゃないですか!」
「早苗、きちんと謝りなさい」
「ぜ、全然納得できませーん!! 私、悪くないもの!」
「ふー、自分の非を素直に認められないとは。ありがちな特質ではあるが、始末におえんね」
慧音は涙でぐしゃぐしゃになった顔で早苗を睨みつける、かなり怖い。
「あぎゃー!! ま、待ってください!!」
「なぜ素直に謝れないのかなー、事態はどんどん悪化していくぞ?
しかたない、慧音どの、ここは私の顔に免じて怒りを収めて欲しいのだが」
そう言って慧音の肩に手を置く。
やがてのろのろと立ち上がったベソかき先生は『頭を冷やしてくる』と言い残し、水場へふらふらと歩いていった。
「やれやれ、大変なことだったなー」
ニヤニヤしながら振り返ると憤怒の形相の山の巫女がいた。
「ナズーリン、せ、せんせ、い、今は指導中ですか?」
「んー? まぁ休憩中かな? 普通にして構わんよ」
「なら、言わせてもらいます!!」
「はい、どーぞ」
「ア、アナタって最低です!! 友だちいないでしょ!? ええ、絶対いませんよーー!!」
そのまま水場の方へ駆け出していってしまった。
(まぁ、いいか、しかし、また【友だち】が出てきたな、もう少し揺さぶってみるか)
ナズーリンは次の仕込みのために飛び立った。
頭から冷たい井戸水をかぶり文字通り頭を冷やした慧音は、いつもの慧音だった。
手拭で髪を拭いながら恥ずかしそうに話す。
「早苗、悪かったね、興奮しすぎたようだ。勘弁して欲しい」
「い、いえ、そんな、なにも」
「ナズーリンどののいつもの悪ふざけに乗せられてしまったな、私、妹紅が絡むと脆いんだよな」
「あの、さっきのこと、ナズーリンさんを許すんですか?」
「うん? そうだね、許しがたいな。よーし、次こそは彼女を困らせて泣かせてやろう」
おどけながら言う慧音を不満そうに見上げる早苗。
「なんだか本気で怒っているようには見えないんですけど」
「ははは、多分、今回は偶然だろうね、あのヒトは妹紅のことを私以上に真剣に考えてくれているからね、そのことでつまらん茶化しはしないよ」
「随分と信用なさっているんですね」
「ふふ、ナズーリンどののことは話さないよ。早苗が自分の目と耳で確かめなさい」
なんだか納得いかないが、ナズーリンのことはこれまでかと判断し、もう一つの気がかりについて聞く。
「あの、モコウさんって慧音先生の大事な方なんですか?」
慧音の顔、雰囲気がとても穏やかになる。
「ちょうどいいかもしれない。今日の講義の最後に話してあげよう。
不死の呪いを背負い、数百年間、妖怪退治に明け暮れていた孤独な少女の話を」
ナズーリンが寺子屋に戻ると、早苗がひぐひぐと泣いていた。
慧音が肩を抱いて小声で何か話しかけている。
「慧音どの、どうしたんだ?」
慧音は少し困った顔で振り向く。
早苗に一言告げて立ち上がり、少し離れたところでナズーリンと向き合う。
「妹紅のことを話したんだ、妖怪退治を生業とする者にとって参考になると思ったんだ。
そうしたら、妹紅の人生にかなり感情移入してしまったようで『酷すぎます! 悲しすぎます!』って泣き出してね。
でも、今は何とか楽しそうだから大丈夫、と言ったんだが、『何があったんですか!? 誰が救ってあげたんですか!?』って、しつこいので私と妹紅のことを少し話してしまったんだよ。
そうしたら『良かった、本当に良かった、妹紅さん幸せになってください』って、また泣き出してね」
「まぁ、良かったんじゃないかな? 【妖怪退治】となれば、実のところ第一人者は妹紅どのなんだし、彼女の生き様を抜きに妖怪との付き合い方は語れないだろう」
「そうだな、しかし、私、早苗のこと気に入りそうだよ、根は優しい娘なんだ」
「私もそう思うよ」
「本当かね? 随分とイジメているようだが」
「おや? そう見えるのかな?」
ようやく気持ちの落ち着いた早苗を伴ったナズーリンが空中で告げる。
「今日の実地学習は博麗神社だよ」
「はぁ?」
昨日の夜雀の屋台から随分とかけ離れた訓練場所だ。
早苗が驚くのも無理はない。
「まぁ、詳細な内容は現地で説明するよ。 到着までまだ間がある。少しキミに質問をするとしよう」
「そ、それは指導の一環なんでしょうか?」
警戒心剥き出しの新米巫女。
「もちろんそうだ。心して答えるんだぞ」
ごくり、緊張する早苗、一体、どんな無理難題が飛び出すのか。
「自立型ロボットと操縦型ロボット、キミはどちらを好むのかな?」
(はぁぁぁ? このネズミ、何を言ってるのかしら!?)
「早苗、今キミは『このネズミ、何を言ってるのかしら?』と思ったね?」
”ギクッ”
「キミは分かりやすいんだよ、私に隠し事をしたいのならあと300年ほど修行を積みたまえ。
それはともかく、私はつい最近までキミと同じ【あちら】にいたのだ、キミが生まれるずーっと前からカルチャー、メディア、デバイス等に通じている。
だから遠慮なく答えたまえ」
早苗は腹をくくった。
(このネズミ、私を試す気ですね? 上等です! 【ロボッ娘】東風谷早苗の熱い想いで焼き尽くしてやります!!)
「コホン、とりあえず操縦型と言っておきましょうか。
自立型ロボもいいですが、やはり操縦したいですね。
ちなみに操縦ユニットは独立していて欲しいですね。
あ、ジェットパイ○ダーよりホバーパ○ルダーの方が好みです。
コ○ファイターは【戦闘機並みの性能】なのであって、だからと言って戦闘機として運用するのは間違っているんです!
繊細な操縦デバイスを満載しているユニットが、ドッグファイトなんて、少しでも傷がついてしまったら、その後の合体時、どんな影響がでることか。
もう! ハラハラします!」
「ふむ、なかなか熱いな。では次だ。
紅の翼のサザンクロスナ○フはどう見る?」
「ほーう、そう来ましたか、上級者向けですね?
ですが残念でしたね、それは私の専門分野ですよぉ!
ふふふふふ、サザンクロスナ○フ、言わせてもらいましょうか!
はいっ! あれは蛇足です! 紅の翼への構造的負担もさることながら、決定力にかける武器ですし、なんといってもカッコ良くありません!
あんなモノがカッコイイ紅の翼からスッポンスッポンとマヌケな感じで出てくるのは我慢なりません! 結論! アウトです!」
(スゴイ食いつきだな、別人のようなテンションだ)
「むむ、では、似たような攻撃属性を持つドリルミサイ○はいかに?」
「あれはOKです! ドリルミサイ○は劣勢を跳ね返すここ一番での切り札です!
スピード感もあり、威力も申し分なしです!
ロケッ○パンチ発射後の一見脆弱な姿から繰り出す必殺のショットです!!
あれこそいぶし銀のシブい武器です!」
「ふーむ。才能はあるようだな、想いの向きも正しいと言える。
よかろう、こちらの方面ではキミを認めてやろう」
「な、なんですかー! 偉そうに! 今度はワタシのターンですよ!」
「まったく、自分の立場もわきまえず、困った娘だな。 いいだろう、一回だけ受けてやろう」
「行きます! 史上最高のドリル、ゲッ○ー2のドリルアーム、これが射出されたことがあります! その最初の場面をご存知ですか!?」
「PART6、大雪山に地獄を見た、のクライマックスで放った【ドリルロック】だったね」
「うぐぐぐっ、や、やりますね、久しぶりのバトルですよ。
【このえ】より強敵かもしれません」
「早苗、このえってなんだね?」
はっとした早苗は少しの間黙ってしまった。
「・・・・・・あ、いえ、あの、なんでもないんです、もう結構です」
先ほどまでのハイテンションが見る見る萎れていく。
(このえ、おそらくヒトの名だな。およそ見えてきたが、もう少し情報が欲しいな)
ナズーリンは真面目で素直な早苗がエキセントリックな言動をとるその背景には、予想以上に深刻な問題が潜んでいるのでは、と睨んでいた。
当初、面白半分で引き受けた早苗の指導だが、その初日、彼女を観察するうちにいくつかの疑問がわいてきた。
放置すると後悔しそうな予感がする。
今のナズーリンはかなり真剣だった。
博麗神社に到着した二人。
「こんにちは霊夢どの、お待たせしてしまったかな?」
ナズーリンが博麗の巫女に挨拶する。
日が落ちるまでにはもう少し時間があった。
「いーえ、別に。特にやることがあるわけじゃないから」
いつもニュートラル、悪く言えばつっけんどんな霊夢がナズーリンにふわっと微笑む。
その笑顔に驚いてしまった早苗。
「東風谷早苗を連れてきたよ。まぁ、お互い改めて紹介する必要もないだろうが」
霊夢は早苗を見て『ふふん』と笑う。
「早苗、久しぶりね。元気にしてた?」
先だって、ボコボコにされて以来、会っていなかった。
「ええ、おかげさまで」
澄まし顔で精一杯、虚勢を張る守矢の巫女。
火花が飛びかねない二人の間に悠々と割って入る小さなネズミ妖怪。
「霊夢どの、先ほどお願いした通り、よろしく頼む。
キミの貴重な時間を少し頂くことになるから、夕飯は私が支度させてもらうよ」
「アナタ、料理できるの?」
「いやいや、料理なんて大層なものではないさ、生蕎麦とツユ、生みたて卵、そして命蓮寺名物の【白蓮稲荷寿司】を持参している。
私は蕎麦を茹でるだけだよ。
あと、卵もほんの少し茹でる。
白身が半分ほど白くなる程度だ。
夕飯は、【おぼろ月見蕎麦と白蓮稲荷寿司のセット】だね」
ゴクリ
霊夢のノドが鳴った。
【白蓮稲荷寿司】
具に蓮根(レンコン)を多めに使うことにより、ショリショリした食感で強い印象を与えながら、京人参、炒りゴマ、椎茸、沢庵漬けが味の深みをしっかりと支える。
油揚げを煮る際に薄口醤油を使うことで全体を淡く白く仕上げた見た目も上品なお稲荷さん、それが【白蓮稲荷寿司】。
寅丸星、会心の作品だった。
当初、雲居一輪が考案したこの命名に聖白蓮は珍しく顔を赤くして反対したが、供されたモノたちは白っぽい外観と蓮根の存在感から白蓮の名に行き着き、【白蓮稲荷寿司】としてあっという間に定着してしまった。
本日よりミスティア・ローレライの屋台で出されるお稲荷さんもこれだった。
霊夢は里の蕎麦屋で食べた美味しい稲荷寿司がそんな名前だったと思い出した。
「夕飯どきになったら台所をお借りするよ」
少し前に神社にやってきたネズミ妖怪が『今日は参拝ではない』と言ったので【素敵な巫女さま】モードはお休み。
『頼みがある』
商売敵ともいえる山の神社の新参巫女の相手をしてやって欲しいと。
そして追加の注文が少しばかり。
『この先、少しでも面倒ごとを減らしたいんだ』
東風谷早苗の普段の言動を見れば【面倒ごと】の意味は分かる。
それ以外にも思惑はありそうだったが、霊夢は深く考えなかった。
元々、このネズミ妖怪は上の付く【お得意さま】。
そして何事につけ関心の薄い自分の心芯を快くくすぐる珍しい存在。
【あの御方】として訪れる時は実益がたっぷりだし、何より楽しい。
そして『今日は参拝ではない』と申し訳なさそうに訪れる時には必ずちょっとした理由があった。
それはそれで構わなかった、むしろ参拝ではない時の方が面白いくらいだった。
基本、面倒くさがりの自分が(もう少し絡んでもいいかな)と思える数少ない相手。
そんなわけで博麗の巫女は今回もネズミの願いを承諾した。
「早苗、今日は霊夢どのがキミに巫女としての心構えを教授してくださるから心して聞くように。
そしてどんな疑問にも決して怒らず、可能な限り丁寧に答えてくださる。
まぁ、もともと大変寛容で慈悲深い巫女さまだからね」
この程度の持ち上げ方では浮かれたりしない霊夢だが、早苗の手前、腕組みをしてふんぞり返ってみせる。
【寛容で慈悲深い】ポーズとしてはあまり適してはいないが。
警戒している早苗。
(ホントかな? あとで代金を求められるんじゃないかしら? 【カツアゲ巫女】だし)
「もちろん無報酬だ、安心したまえ」
”ギクッ”
「まったく……キミは顔に出しすぎだ。
まぁ、私は時間まで消えることにするが、失礼のないように気を付けたまえよ?」
そう言って去って行く小さな賢将。
「さーて、お茶でも入れるわ。そこいらに座っていて」
縁側のあたりを指さし、台所へ向かう霊夢。
早苗は言われた通り腰掛けたが、どうにも落ち着かない。
静かすぎる。
山と違って、生き物の気配、植物の息吹が感じられない。
木々に囲まれているはずなのに作り物めいた違和感がある。
お茶を持ってきた霊夢が落ち着きのない早苗に言う。
「約束だから怒らないし、できるだけ丁寧に答えるけど、本当のこととは限らないからね」
(変な前フリですね? わざわざ言うことなのかしら?)
少し気になったが、早苗は腹をくくった。
(せっかくだから、いろいろ聞いてみよう、慧音先生も聞くことは恥ではないって言っていたし)
「ではよろしくお願いします」
「はいはい。まずは―――」
「こんにちわー! 毎度お馴染み、射命丸ですっ!!」
つむじ風を伴って舞い降りてきたのは【伝統の幻想ブン屋】だった。
「おやおや? こちらは山の巫女さま、これは珍しいツーショットですね、まずは一枚」
言うが早いかシャッター音。
「アンタねぇ、いつもいつもいきなりで……なんの用?」
「もちろんネタ探しです。
こうやって小まめに地道に取材をすることで思いもかけないネタに出会えるのです!
現に今も、こんな面白そうな場面に遭遇したわけです!」
「面白そうって、私たちが一緒にいちゃおかしいの?」
「商売敵であるはずのお二人がこうして密談とは、怪しいことこの上ありませんね。何か陰謀の臭いがします!」
「陰謀? なにを言い出すの?」
「ふふふ、そうやってとぼけるのは、善からぬ企みだからですね?」
早苗は口をはさむ隙もない
二人の噛み合わないやり取りはしばらく続いた。
「あやや、この気配は…… いいでしょう、今日のところはこの辺で引き上げます。
しかし、後日、詳しく聞かせてもらいますからね!!」
そう言ってびゅわっと飛んで行った。
飛んで行く先をぽかんとして見上げていた早苗だが、霊夢のため息で引き戻された。
「まったく、はた迷惑な鴉だわ。邪魔が入っちゃったけど、続きを話しましょうか。
どこまで話したっけ?」
「まだなにも」
「んー、そうだったわね、それじゃ改めて―――」
言いかけた霊夢が鳥居の方へ顔を向けた。
なにかぼんやりしながらも大きな気配が近づいてくる。
早苗にも分かった。
「おーい、れーむー」
人間の子供ほどの背丈に、不つり合いなほど大きな二本角。
伊吹萃香だった。
よたよたふらふらと近づいてくる。
毎度のことながら、酔っ払っているのか。
「れーむー、たすけてー」
地面にぺたんと座り込んでしまった。
いつもと様子が違う萃香に歩み寄る博麗の巫女。
「萃香、どうしたの? 酔っ払ってるの?」
いつにも増して呂律が回っていない萃香は、それでもなんとか説明しようとしていた。
同じことを繰り返し、内容が前後し、それも休み休みなので理解するのにえらく時間がかかった。
妖精たちがくるくる回って踊っているのを見ていたと。
聞くと【厄神ダンス】と言うらしい。
たくさん回っていられた方が勝ちなんだそうだ。
面白そうなので自分も回ってみたと。
朝からずっと回っていたら頭が痛くなってきたと。
お酒で頭がふらふらするのとは別の感じでとても気持ちが悪いと。
「なんとかしてくれー」
「もー、バカをやるにもほどがあるわよ。どっちに回ってたの?」
「うん、えっと」
ふらつきながら立ち上がった鬼は右回りにくるっとしてそのまま倒れてしまった。
霊夢は手を引っ張って立ち上がらせる
「それじゃ今度は反対側に回って、支えててあげるから。
あ、もう、角、危ないわねー。
そうそう、そんな感じ、 くるくるくるーっと。
はい、止まってー、 どう?」
「お? すこし楽になったぞ?」
「今日はもう寝ていなさい」
「うー、そーするー」
まだふらふらしている萃香の手をとりながら早苗に向き直る。
「早苗、ちょっと待ってて。このコ寝かしてくるから」
半ば抱きかかえるようにして母屋に入っていった。
一人残された早苗は手持ち無沙汰。
冷たくなったお茶をすするが、おいしくない。
陽もすっかり落ちてしまい、無駄に流れた時間がもったいなく感じられた。
(こんなことしていて良いのかなぁ)
「お待たせー、あら、暗くなっちゃったわねー。
中に入りましょう、もうすぐお夕飯だし。 ん?」
あっけらかんと言い放った霊夢が、何かに気づいたように夜空を見上げる。
釣られて見上げる早苗。
「よっ! ご両人!」
箒に乗ってふわふわ降りてきたのは霧雨魔理沙だった。
「このお稲荷さん、うまいんだよなー」
なぜか夕飯は三人前用意されていた。
上機嫌で稲荷寿司をぱくつき、蕎麦を啜る魔法使い。
はじめこそ文句を言っていた家主の巫女だが、やがていつものような会話になった。
早苗にも話題が振られるが、生返事しかできなかった。
(授業中、なのよね?)との戸惑い、それに【カツアゲ巫女】の話が出て喧嘩になるのではとヒヤヒヤしていたせいで変に緊張してしまい、話に入っていけなかった。
「それじゃ私はこれで帰るぜ、いろいろと忙しいからな」
食べ終わったあともしばらくしゃべっていた魔理沙が腰を上げた。
「ヒトん家で夕飯をたかる暇はあるのね」
「作る暇がないってことさ、用意されているのを食べるので精一杯だぜ」
「なによ、それ」
少し怖い顔をした霊夢にひらひらと手を振って帰ってしまった。
「えーと、どこまで……って、まだ全然話してなかったわね?」
ようやく早苗に意識を向けた先輩巫女。
だが、
(なんだか今夜はいろいろダメな気がします)すっかりあきらめモードの後輩巫女。
早苗の予想通り、その後もダメだった。
忍び込もうとしていた三体の妖精を叩き出したり、元気になった萃香が騒ぎ出したりして話はできなかった。
「早苗、そろそろお暇(いとま)するよ」
ナズーリンが声をかける。
結局何も聞けなかった。
早苗はこうなることをなんとなく予想していたが、それでも気になることがあった。
「霊夢さん、最後に一つだけ教えてください」
「いいわよ」
「今日、たくさんのヒトが来ましたけど、皆さん、お友だちなんですか?」
「んー、違うと思うわね。 大体、友だちってどういうモノ?」
あっさり言い捨てた霊夢が質問を切り返す。
「えと、気が合って、苦しいときには助け合って、悲しいときには話を聞いてくれて、とにかく一緒にいると楽しくて、そんな存在だと思います」
「じゃあやっぱり、友だちっていないわね」
「それで良いんですか?」
「良いとか悪いの問題なの? なーに? 私と友だちになりたいの?」
「それは……多分違うと思います」
「アンタ、失礼なことをハッキリ言うわね」
片方の眉を吊り上げる霊夢。
早苗は俯いて考え込んでいる。
若干、気まずくなったところへナズーリンが辞去を申し出た。
「今日はどうだった?」
帰り道、早苗に問いかけるナズーリン。
「お話、全然聞けませんでした。時間がもったいなかったです」
やや恨みがましい目を指導員に向ける。
「いつも効率よく学べるとは限らないさ、これも勉強だ」
「でも、私、神奈子様と諏訪子様のためにも立派な巫女にならなければならないんです。
幻想郷で一番の巫女になりたいんです、そのための勉強ですから無駄にしたくないんです」
握りこぶしを見せるが、言葉にはそれほど強い意志を感じない。
「まぁ、明日もあるから頑張りたまえ、本日はこれにて終了だ、解散!」
早苗は、まだなにか言いたそうだったが、
「ありがとうございました、ナズーリン、せ、先生」
ぺこっとお辞儀をして山のほうへ飛び去っていった。
その姿を見送りながら考える。
今回は、霊夢のところへやってくる人妖たち、その接し方をみているだけでも得るモノはあると踏んでいた。
文や魔理沙に本日のことを仄めかしたのはナズーリンだった。
巫女としての心構え、そんなものは実際に仕える神と暮らす早苗の方が備わっているはずだ。
だが、あの生真面目な巫女は【巫女としての心構え】を学ぼうとするあまり、余裕が無くなってしまったようだ。
それに【友だち】へのこだわり。
早苗にとって【友だち】の概念は外の世界にいた時のものだろう。
(アチラではいなかったから幻想郷では欲しいのか、親しかったモノとの別れを後悔しているのか、それとも違う理由があるのか。
いずれにせよ本人が解決する問題だが、一度吐き出させたほうが良いだろう。
溜めすぎて時間がたってしまうと悪い形で噴出しそうな気がする。
でも、二柱にも言えずにいるようなことだから、どうやって吐き出させるかな)
本来ならこの手の厄介な役目は自身で行ってきたナズーリンだが、今回は無理だった。
初っ端に遊びすぎて警戒されてしまっている。失敗だった。
慧音に全てを話して頼る手もあるが、あの熱血教師は寝食を忘れ、真剣に取り組んでしまうだろう。
今回の指導のこと、座学が思いのほか順調なのは彼女の頑張りによっている。
これ以上負担をかけたくはない。
ナズーリンは考えた末、とっておきのカードを切ることにした。
「本日、私、ナズーリンは、急な仕事が入って指導ができない。
代わりの教官を紹介する」
「はーい、こんにちわー、因幡てゐでーす。【てゐ先生】って呼んでねー」
東風谷早苗は、自分に向かって小さく手を振る小さなウサギ妖怪に困惑していた。
指導三日目の朝、迷いの竹林でてゐを探しだしたナズーリン。
『どうしたの? こんな朝から飲むの?』
『いや、今日の飲み会はいつも通り夜からだ。』
『じゃあ、なに? 面倒ごと? 黙ってるってことは正解?』
ナズーリンは早苗に絡む状況と、てゐの役どころを説明した。
『あっきれたー、ナズリン、何やってんのよ?』
『だから、今回は私の立ち位置が微妙だから頼んでるんだろ?』
『知らないわよ、ナズリンが遊びすぎたせいじゃないの』
『そう言われると、返す言葉はないよ』
『調子に乗りすぎなのよ、たまには大失敗してうんと反省すればいいのよ』
『てーゐ、どうしてもダメかな』
『ワタシだって忙しいんだからね』
『そうだな、自分で何とかするよ』
『そうね、そうして』
『自分のうかつさが招いたことだ、仕方がない』
『そうね』
『正直、自信はないが、やれるところまでやってみるよ』
『……来週、夜雀の屋台で飲み放題食べ放題』
『……ありがとう、てーゐ』
『ああー! ワタシってもっと困ったヤツのはずなのに、アナタと一緒だとフォローばっかり!
知ってるでしょ? ワタシ、本来は面倒を起こす側なのよ? 解決する側じゃないんだからね!
間違ってるでしょ!? おかしいでしょ!? 誰のせい!? 何とか言いなさいよナズリン!』
一方的に罵るウサギに、黙って頷くしかないネズミだった。
「早苗さんね? 今日はワタシと一緒よー、よろしくねー」
意外なことだが、因幡てゐはやると決めたら何ごとにも真面目に取り組む。
フレンドリーな教師という役になりきっている
一方、早苗は、ウソつきでいい加減で狡賢いと評判のウサギ妖怪を警戒していた。
先刻、上白沢慧音から講義は明日で終了だと告げられた。
厳格ながらも充実して楽しい座学だったので少し残念だったが、あまり無理もいえない。
反対に実地研修の方は大いに残念だった。
初日はミスティアのもと、予想以上に実りが多かったが、二日目の昨日はハッキリ言って【ハズレ】だった。
そして今日、目の前にいるのは名うての詐欺師。
(大丈夫かしら?)
せっかくの【特別補習講座】、少しの無駄も我慢ができない早苗だった。
「早苗さん、歩きながら話そうよ」
そう言って右手を差し出す。
その意味が分からない早苗。
「手、つないでいこ? いいでしょ?」
右手がさらに近づく。
三日前なら、妖怪と手をつなぐなんて考えられなかった。
少しだけためらったあと、早苗はてゐの手を取った。
手をつないだ人妖は、山とは反対側、竹林の方角へ歩いていった。
ナズーリンと慧音がその後姿を見送る。
(てーゐ、たのむ)
てゐに縋らなければならない己のふがいなさを嘆いても仕方がない。
それより、今は友人を信じるだけ。
【心】の問題であれば、自分より遥かに鋭敏な感覚を持つ相棒を信じるだけ。
その日の夜、ナズーリンとてゐ、毎週恒例の飲み会。
竹林の中、大岩に腰掛け、塩茹でした落花生をつまみながら酒を飲む。
「てーゐ、この落花生、少し硬いよ、もっと茹でた方が良かったんじゃないかい」
「そう? 鼠と兎なんだから多少硬くても平気でしょ? ワタシはこんくいらいが好きなの」
「んー、まぁ、いいけどさ。塩加減は悪くないよ」
ツマミに向くように、塩茹でした上にさらに塩をふってある。
実は隠し味に、ほんの少しだけ砂糖を加えてあるが、ネズミ妖は気づいたかどうか。
ぼりっ、ぼりっ、ぼりっ、ぼりぼり。
しばらくは落花生を噛み砕く音だけだった。
ナズーリンは今日の首尾についてせがまなかった。
やがててゐが夜空を見上げながら話し始めた。
「はじめはとっても緊張しちゃっててさ。
でも、ナズリンの悪口を言ったら食いついてきて、あとは結構スンナリ。
どんな悪口か聞きたい?」
「いや、必要ない、大体分かる、早苗が言いそうなこともキミが言いそうなことも」
「『早苗さん、頑張ってるよね』って言ったら、『私は幻想郷で一番の巫女になるんです! 霊夢さんに勝つんです!』とずいぶん力が入っていてさ」
「その力の入りようは本物だったのかな?」
「ワタシの感想は、ナズリンの予想と同じ。
あの対抗意識は上っ面だね」
「やはりそうか、【類似巫女、二番手巫女】と呼ばれた時、ムキになる態度も様式化された感じだしな」
「引越し先の世界で、同じような立場の人間がいて、それがとてもおっきな存在だとしたら、とりあえず対抗してみることで人目は惹けるもんね」
「てーゐ、相変わらずキミの物言いは【辛い】な」
「なによー? アナタの前だけでしょ? 気に入らないの?」
口を尖らせるウサギ、笑って軽く手を振るネズミ。
「いや、そんなことはないよ、どんどん言ってくれ」
「んじゃ、遠慮なく。
博麗の巫女にこだわっている【フリ】を続けているから、教えてあげたの。
対抗することは無駄だって、ばかばかしいよって」
「どんな言い方で?」
「あれは人間の姿をしているけど、人間ではないって。
幻想郷の【ばらんす】を保つための【しすてむ】だって。
力が弱ったら交換する【かんでんち】みたいなもんだって」
淡々と述べる大年増のウサギ妖怪だが、ネズミの賢将は驚いていた。
「お、おい! さすがに酷すぎないか!?」
「もちろん早苗にはもっと、やわらかーい言い方で話したよ」
「そうじゃなくて、キミは、本当にそんなふうに考えているのか?」
「うん、幻想郷が閉じた時からそう思っていたよ。
そして【でんち】を換える係がスキマの妖怪でしょ? 早苗にはそこまで言わなかったけど」
「キミは怖いな」
「はあー? なに言ってんの? ナズリンだって、だいたいそう思っているんでしょ?
寅丸さんからアナタがちょいちょい神社に参拝に行ってるって聞いた時、わかったもん」
「いや、私は別に……」
「いまさら良いコぶるつもり? 【しすてむ】を利用するのが目的でしょ?」
当初は確かにそのつもりだったが、最近は博麗霊夢という個人に興味がわき、なんだかんだと絡んでいる。
だが、今そんなことを言いはじめたら脱線すること間違いない。
「まぁ、そんなところだね。それで、早苗はどうしたんだ?」
「む、ナズリン、誤魔化したね? いいわ、今回は見逃してあげる。
早苗はびっくりしていたけど、しばらく考えてから聞いてきたの。
『博麗神社の神様ってどなたなんですか?』って」
それまで聞かされた霊夢の【巫女】としての特殊性を考えれば、同じ巫女として帰結する疑問の一つだろう。
「キミはなんと答えた?」
「しらないって言ったわ、ホントにしらないもの。ナズリンはしってるの?」
「私も知らんよ」
もし、昨日、早苗がこの質問をしたら、霊夢はなんと答えたのだろうか。
「ふーん、あたりはつけてるんでしょ? でも、今夜はいいわ。
早苗のこだわりは、これからも残ると思うけど、たいした問題にはならないわね」
「同感だ、こだわりの【ポーズ】がやりやすくなる、その程度だね」
ぼりっ、ぼりっ、ぼりっ、ぼりぼり、ぐびび。
小休止のあと、てゐが本題を切り出した。
「ナズリン、早苗は外の世界で【友だち】がいたみたい」
(やはりそうか、想定の範囲内だね)
「外の世界にいた時のこと、ぽつぽつ話してくれたの」
てゐがナズーリンに向き直る。
「ねぇ、外の世界で忘れ去られたモノが幻想郷に来やすいんだよね?」
「そういうことらしいね。守矢の二柱も人間から忘れられそうになったからこちらに来たようだし」
「それじゃ、早苗は?」
ナズーリンは(なにをいまさら)と思いながらも答える。
「守矢の風祝、巫女なんだから、いわば【付属品】だろう?」
「ナズリン、アナタの方がよっぽど酷いんじゃない?
あの娘は【がっこう】にも通っていたそうだし、友だちもいた。
近所の【しょうてんがい】の人間とのつきあいもあったのよ?
たまたま迷い込んだ外の人間とは違うでしょ?」
「忘れ去られる理由がないと来れなかったはず、と言いたいんだね?」
「神様たちと違って、自然と【縁】が切れたわけじゃないのよ」
「早苗自身は、かなり強引に断ち切ったのか」
その友だちとの【縁】を切らなければならないとしたら、心への負荷は相当なものだ。
例えば転校する、と言えばそれは個人によっては思い出として長く残るだろう、印象深い娘だから。
そしてそれは頸木(くびき)になってしまうはずだ。
てゐが、ナズーリンの思考を読んだかのように先をつなげる。
「関係するモノを全部、消しちゃったのかな? 神様って残酷だもんね、町ごと消すくらいやりそう」
「また、恐ろしいことをサラッと言うなぁ。
私より先に幻想郷入りしたはずだが、当時そんな報道はなかったよ。
さすがに町一つ消すってことはないだろうね」
「それじゃ、どうやったの?」
「記憶をいじったのだと思う。
早苗という存在を記憶から完全に消去するのは難しいし、何かの拍子で思い出す恐れもあるから、置き換えだな。
早苗に相当する存在を用意して上書きしたのかもしれない」
「面倒なんだねー」
「そうやって人々の記憶から東風谷早苗が消えたところでこちらに移ったんじゃないかな」
急造の推論をまくし立てるナズーリンを見つめていたてゐが小さな声で言った。
「その友だちの記憶からも消えてしまったのね」
てゐの言葉の本当の重さに気付くまで少し時間がかかってしまった通称【賢将】だった。
自己嫌悪に打ちのめされているネズミの肩に手を置いたウサギがことさら陽気に話しかける。
「うかつだし、考え足らずなことも多いけど、元気出しなよ【賢将】さーん。
ワタシが認めてあげる、アナタなかなか頭いいわよおー」
「賢将なんかじゃないさ、少し考えれば早苗の心傷に気付けたのに、自説を得々と弁じるとは。
ただの馬鹿者だ」
「ありゃ? 本気で凹んでんの? もー、しっかりしてよー」
口では励ましながらも楽しそうなウサギ妖怪。
(凹んだナズリンはおいしいわね~) 底意地の悪さ炸裂中。
「ところでナズリン、早苗のお勉強、いつまでなの?」
「あ、ああ、明日で終了だ。
慧音どのの座学が順調のようだから、こちらだけ引っ張るわけにもいかない」
「ふーん、それじゃ、明日の【実地】が勝負なのかー。どうするの? ワタシは忙しいわよー」
「魔理沙に預けようと思う」
俯いたまま力なく告げたその一言に思い切り目を剥く最長老ウサギ。
「ナ、ナズリン! アナタ本気!? ワタシの話、ちゃんと聞いていたの!?
あと一息じゃない! 最後に早苗からぶちまけさせれば道が開けるでしょ!?
友だちへの想いを口にさせるのよ! 今まで誰にも言えず、ずっと我慢していたんだから!!
それを魔理沙ですって!? あんな脳みそスパークのスケコマシに任せるって言うの!?
前言撤回だわ! ナズリン! アナタ、頭悪いわよっ!!!」
珍しく激昂してしまった因幡てゐが何も言い返してこないナズーリンの顔を覗き込む。
ネズミはニヤニヤしていた。
その顔を見て我に返る狡猾と評判のウサギ妖怪。
しまった、すっかりはめられた。
「……くっ! 分かったわよ! 明日もワタシが面倒みればいいんでしょ!?」
「てーゐ、キミはいつでも最高だ」
「うるさーーーい!!」
翌日、【特別補習講座】最終日、座学を恙無く終えた早苗は、慧音から手製の小さな修了証を受け取り、涙ぐんでいた。
(厳格ながら、こうした細やかさを併せ持つ、うーん、さすが慧音どのだ、見習わなければ)
「さて、最後の実地研修だ。最後は私が自ら手取り足取り指導に当たってあげよう」
ニターッと笑うナズーリンを不安そうに見る早苗、やがてその視線は隣にいる因幡てゐに縋りつくように移る。
(よしよし、それでいい)
【汚れ役】に徹するナズーリン。
自分への不信感をあおり、相対的にてゐへの依存度を上げるための姑息な演技。
困っている早苗を見て、(そろそろてーゐに預けるか)と思っていたところ、
「な、ナズーリン、せ、せんせー、お願いです! 最後は【てゐ先生】、いえ【てゐさま】にご指導いただきたいんです!
お願いします!!」
びっくり。自分から申し出るとは。
「ふーん、まぁ最後だからそのわがまま聞き届けようか。 ところで【てゐさま】ってなんだね?」
「はい! 昨夜、神奈子様にてゐさまのことをお伝えしたんです。
そうしたら、『そのヒト、私の父親の大恩人らしいんだよ』っておっしゃいました!
神奈子様のお父様が大変お世話になった方なら私にとっても恩人です!
ですから【てゐさま】とお呼びいたします!」
眉間に少し皺を寄せて考えていたウサギ。
「あー、神奈子様って、そっかー、タケミナカタさまだっけ? そっかそっか」
一人納得しているてゐ。
「でも、堅苦しいのは苦手なのよね、気にしないでよ早苗さん」
「私のことは早苗っと呼び捨てにしてくださいませ!」
「うーん、困ったなー、んじゃ早苗ちゃんで」
「……ちゃん、ですか?」
「いいじゃん、かわいいし。さ、今日は中で話そっか、慧音せんせー、縁側かりるねー」
早苗の手をとって縁側に向かう太古のウサギ妖怪。
早苗とてゐの声が聞こえてくる。
縁側を選んだのは、この最後のやり取りを奥の間で待機しているナズーリンと慧音にも聞かせるためだった。
てゐさまとナズーリンせ、せんせいは【友だち】なんですか?
そういうことになっているね
大変失礼かと思いますが、友だちは選ぶべきだと思います
あははは、やっぱりー?
そうですよ、あんな意地悪でいい加減なヒト、いけませんよ
でも、あのコ、他に友だちいないからねー、ワタシが付き合ってやらないと
てゐさまはお優しいのですね
私、元いた世界ではともだちがいたんです
そうなの
学校の同級生でした、阿知波好笑(あちはこのえ)って言うんです
ふーん
私が東風谷(こちや)でしたから【あっち こっち】コンビなんて言われていました
うふふふ、面白いねー
はじめは名前の面白さだけで無理やりワンセット扱いされていたのが不満でした
イヤなコだったの?
いえ、つかみ所がないって言うか、何を考えているか分からないって言うか、取っ付きにくいコでした
どうやって友だちになったの?
偶然でした、休み時間になんとなくロボットアニメの主題歌を口ずさんでいたら、すごい勢いで食いついてきたんです
ロボットアニメ?
あ、あの、巨大機械人形の紙芝居って言えばいいんでしょうか?
んー、よくわかんないけど、その好笑(このえ)さんもそれが好きだったわけね?
そうなんです! 専門分野は少し違いましたが、同志に出会ったんです!
専門分野?
私は純粋にメカのフォルムや武器、技、合体シークエンスに萌えますが、好笑は操縦者の葛藤や不幸な生い立ちに萌える、ちょっと危ないコでした
ごめんね、わかんない
す、すいません、このあたりはどうでもいい話ですよね
でも、二人の楽しそうなやり取りはなんとなく想像できるよー
そうなんです! 好笑といると楽しいんです! そして優しいコなんです!
そうだったんだ
風を操る修行で何日も山にこもっていた時、泥だらけになりながら訪ねてきてくれたんです
へーすごいね
差し入れは絶版になっていた【アニメロボット大図鑑 全320体図解付き】でした!
うーん、そうなんだー
でも、好笑はそれを渡すと『頑張れよー』とだけ言ってすぐに帰っちゃいました
かわったコだね
正直、修行が厳しくて挫けそうだったんです、でも、往復何時間もの山道を私が一番元気になるものを持ってやってきてくれたんです
早苗ちゃんが嬉しいかったのならそれでいいと思うけど、不思議な差し入れねー
そして余計なことを言わずさっさと帰っちゃうところがなんとも好笑らしいんです!
好笑のことが好きな男の人がいたんです、でもその人が裕福な家庭で不自由なく生活しているって聞いたら、『翳のない男には興味がない』って振っちゃったんです! 結構ハンサムだったのに、おバカですよねー!
楽しかったのねー
はい、神社のおつとめや修行がありましたから忙しかったんですけど、好笑がいたから学校は楽しかったです
早苗ちゃん? どうしたの?
た、楽し、かったん、です
向こうに残りたかった?
いえ! 私は守矢の風祝として、神奈子様と諏訪子様とここで生きていくことを決めたんです! 後悔なんかしてません!
もう一度会いたいとは思わない?
ダメなんです! 今戻っても好笑にとって私は見知らぬヒトです! 神奈子様が術をかけたんです、そうしないと私は【超える】ことができなかったから!
そっかー、アナタは好笑さんを覚えていても【あっち】は忘れているのね
はい……好笑に『どちらさまですか?』なんて言われたら頭がおかしくなっちゃいます!
それじゃ早苗ちゃんはこのあと、どうするつもり?
わ、私も忘れるしかありません
そっかなー? 早苗ちゃんは好笑さんと友だちだったこと、後悔しているの? 思い出も捨てちゃうの?
え? 好笑の思い出、です、か? それは……そ、それは!
早苗ちゃん?
は、はい
泣いてもいいよ
え? なんでそんな
じゃあ泣き真似してみて、うわーんって
え、そんな、で、でも、あ、あの、……う、うわーん
上手、上手、今度はもうちょっと大きな声で
うわーん、うわーーん! はっ、ひっく、うううー、うわあああああああああああー!!
「これにて【特別補習講座】は全課程終了だ、【早苗どの】お疲れ様」
まだ腫れぼったい目をしている早苗の前に指導員三人が並んでいる。
代表でナズーリンが終了を宣言した。
あの後、慧音に付き添われ、顔を洗いに行った早苗。
ナズーリンがぐったりしているてゐを労う。
「てゐさま、お疲れ様だったね」
「……蹴っ飛ばすわよ」
「だが、見直したよ、キミの意外な一面を見せてもらった」
「もう二度とこんなことやらないからね! 昨日も言ったけど、ワタシ、【いいヒト】なんかじゃないんだからね!」
「わかったよ、私もミスをしないように気を付ける」
「どうだかねー」
「妖怪退治云々は早い段階で慧音どのが導いてくれたのでもはや心配は要らないだろう。
友だちのことにしても長く生きていればいつかできるだろう」
「よっぽど歪んで曲がっていなければね」
「それでも運がよければ出会えるさ、まして早苗は良いコだ、気の合うヤツと出会えるよ」
「そうね、きっとそうね」
最凶コンビはゆるっと笑いあった。
早苗が三人に挨拶している。
「慧音先生、大事なことをたくさん教えてくださり、本当にありがとうございました。
私、もっと勉強しに来たいんです、いいでしょうか?」
「歓迎するよ、また学びあおう」
「てゐさま、私、今、とっても晴れやかな気持ちです。これからも私を導いてください! お願いします!」
「う、うん、ほどほどにいこっかー、あんまり、期待しないでね?」
少したじろいでいるウサギ妖怪。
最後にナズーリンを見据える風祝。
「ナズーリンせ、せんせい! ハッキリ言います! 私、アナタが嫌いです!」
場が凍りつく。
「うーん、残念だね、私はキミが結構好きなんだが」
「今度出会ったら退治します!」
慧音が一歩進み出て何か言おうとするのを遮るナズーリン。
「穏やかじゃないね、まぁ、出会わないように気を付けるとするか」
ナズーリンを睨みつけた早苗だが、最後に残りの二人に深々と礼をして飛び去っていった。
「ナズーリンどの、この終わり方は如何なものか?」
「まぁ、自業自得ってことだね。それに目的は達成できたのだから万々歳だ」
今回、ナズーリンが早苗のためにやったことは裏方ばかり、表面は明らかな嫌われ役。
「貴方の誠心はいつか早苗にも伝わるはずだ」
「そんなことを期待していたわけではないさ」
「今回は同情の余地なーし」
てゐが珍しく腕組みして難しい顔をしていた。
「二人ともお疲れ様、これにて解散だな、また何かの時にはよろしく」
命蓮寺に戻ったナズーリンは寅丸星を探した。
夕飯まではまだ時間がある。
普段なら厨房にいるが、本日の当番はムラサだった。
星は自室にいた。
「ご主人、お邪魔してよろしいか」
「ナズーリン? どうぞ」
ゆっくりと入室する。
「今日は、随分早かったのですね」
いつもと変わらぬ穏やかで暖かい存在があった。
その笑顔を見た小さな賢将の視界は次第にぼやけてきた。
「うん、思ったよりもすんなり片付いたから」
「では、お仕事はうまくいったんですね」
「ああ、概ねうまくいったよ、これで大丈夫だ」
「ナズ? 疲れていますね?」
心配そうな声を聞いたら精神の留め具がはずれた。
ここには他に誰もいない、もう我慢しなくていい。
「星」
ナズーリンが自分を名前で呼ぶのは特別な時。
近寄ってきた小さな恋人が力一杯抱きついてきた。
「少しの間でいいから、このままでいさせて」
「はい」
嫌われることには慣れている。
そう、慣れている。
望んでやったことだ、誰のせいでもない。
そう、いつものことだ、慣れている。
だから平気。
そう、平気なはずだ。
……でも……
寅丸は何も聞かずに抱きしめ返す。
並外れた頭脳と広範な知識を、誠実の名の下に強い意志で行使する唯一無二の恋人を。
寅丸だけが知っている、傷つきやすく、寂しがりで泣き虫な本質。
何があったか知らないけれど、傷ついたナズが帰ってくるのは私のところ。
だから気が済むまで抱きしめていてあげよう。
(星、ちょっとだけ悲しいよ、星、もっと強く抱きしめて、そうしてくれたらいつもの私に戻るから、きっと戻れるから)
了
季節感がズレてしまったのはゴメンナサイ、皆様の脳内補正能力にすがりつくのみです。
戌の刻をすぎた頃。
山に続く小径、少し脇に入ったの林の中、夜雀の屋台の提灯がぼんやりと灯っている。
こんな場所では人の通りは望めそうにないが、この屋台の主要なお客は【人間】ではない。
夜雀、ミスティア・ローレライの屋台は、意志疎通ができて、酒や食べ物の味が分かる妖怪たちがゆるゆると集う憩いのスポットだ。
普通の人間が近寄れるはずもない。
それでも希に【人間】っぽいのモノも来る。
しかしそいつらはヘタな妖なぞ裸足で逃げ出すようなトンでもない猛者ばかりだった。
紅白の全自動妖怪退治マシンや、黒白のひねくれ暴発魔砲使い、銀髪の切り裂き冥途蝶、白髪もんぺの爆炎妖術師。
機嫌を損ねたら、バラバラにされるか、消し炭にされるか。
再生に何年もかかるような超重量級の攻撃をためらいもなく叩き込んでくる。
妖たちにとっては同族のゴロツキ以上に危険な連中だった。
彼女らは先客がいればそれなりに気を遣うようであるが、なにせその存在感は圧倒的なので、先客はそそくさと『お、女将、お勘定を頼む!』と立ち去ってしまう。
屋台の女将、ミスティア・ローレライは彼女らが来店した日のあがり(売り上げ)は諦めることにしていた。
以降のお客はその雰囲気を察して近寄りもしないから。
その分、彼女らには少しふっかけることにしている。
今夜のお客は一見さんだった。
金と黒の斑でややクセのある髪はとても派手、そして見上げるほどの長身。
妖獣であることは分かる、だが、自分とは明らかに格が違うことも分かる。
穏やかな雰囲気、上品な物腰、そして桁外れの美形。
笑顔がとても柔らかく、最初に『こんばんは』と声をかけられたときから夜雀は虜になってしまった。
(うわわー、すっごい綺麗! かっこいいいいー!)
このヒトには今日一番具合の良い串を食べてもらおうと心に決めた。
この美人妖怪さん、アタリは柔らかいのに、力強い【気】をまとっている。
邪なモノを遮断する清廉で高貴な【気】を。
半端な性悪妖怪は近寄ることもできないだろう。
(妖怪……だよね? たぶん間違いないと思うけど。
妖怪なのに不思議な感じ、なんだか神様っぽいなぁ)
ミスティアは目の前にいる佳人の正体がよく分からなくなってきた。
(でも、このヒトのそばにいたらなにもかも安心できそーだー、はああー)
ミスティアは自分の眼が潤んでいることに気付いて慌てた。
もう一人、彼女の連れは夜雀と同じくらいの小柄な妖。
美人さんのことを『ご主人』と呼んでいるから、従者か家来なのだろうと推測する。
大きな耳と、ちらちら見える尻尾からネズミの妖怪と分かる。
麗人の陰に隠れ、気を付けていないと居るのを忘れてしまうくらいその存在はうすい。
しかし、美人さんは度々『ナズーリン』と嬉しそうに、楽しそうに話しかける。
とろけけきった笑顔で、とても艶っぽく。
ネズミの従者に向かって、時に甘えてみたり、時に怒ったふりをしたり、時にすねてみせたり。
この【ご主人】さん、どんな表情を見せても綺麗で愛らしい。
ミスティアはたびたび調理の手を止め、見入ってしまっていた。
夜雀は自分の頭があまり良くないこと、察しが悪いことは承知している。
それでも分かる。
このスゴい美人さんは、隣に座っている小さなネズミ妖怪のことがメチャクチャ大大大好きなんだ、ということが。
寅丸星は酒を嗜む。
自らすすんで飲むわけではないが、誘われれば断らない。
それでも大宴会よりは、気心の知れたモノたちとゆっくり飲むのが好みだった。
命蓮寺で仲間と一緒の、いわゆる【家呑み】が多い。
命蓮寺では酒はOK。
僧家の隠語である般若湯とも呼ばず、堂々と酒の存在を認めている。
なにせ聖白蓮は酒豪だ。
飲み比べで負けたことがない。
身体強化魔法を使っているのかもしれない。
だが、彼女なりに飲酒についての信条はあるようだ。
楽しく節度を保って飲む分には寛容だが、己を見失うほど泥酔すると、翌日この住職はキツく窘める。
寺での小宴、肴を作るのはいつも寅丸星。
手頃な食材を使って、小洒落た肴を手際よくこさえていく。
自らも飲みながらではあるが、ちょこちょこ席を立ち、次の肴の支度をする。
本人は『好きでやっていることですから』と言っているが、刃物を使い火を使うのだから、当然、抑えた飲み方になる。
皆が満足し、お開きになった後も当たり前のように片づけをする。
そんな主人にたまには楽をしてもらいたかったナズーリンは【外飲み】の機会をうかがっていた。
そして今夜。
聖と一輪は人里の顔役の宴に招かれていた。
今日に限っては泊まりの妖怪もいない。
夕飯の対象は自分たち主従の他は、好きよキャプテンとUFOガールだった。
ナズーリンがムラサに、主人と外食したい旨を伝えたところ、快諾してくれた。
夕飯は自分たちで済ますから心配無用、とのこと。
ムラサとぬえの艶々黒髪コンビは、いそいそと夕餉の支度を始めた。
この夏、寺でブームの【冷や汁】の新しいアレンジを試すらしい。
基本は、軽く焼いた味噌、すりゴマにきゅうりやミョウガなどの夏野菜、シソの葉、ネギなどの香味野菜を刻んで馴染ませ、氷水で伸ばした汁物。
ご飯にかけてもよし、そばやそうめんのつけ汁にしてもよし、過酷な夏の暑さを乗り切るための手軽でナイスな料理それが【冷や汁】。
具の内容はアレンジし放題だ。
現に命蓮寺では、ちぎった豆腐と、川魚を焼いてほぐし入れたものがトッピングの定番になっている。
今回二人が用意している【アレンジ】の材料をみた子寅コンビは、顔を見合わせた。
いつもの味噌、ゴマ、野菜類の他に、トウガラシ、酢、筍、椎茸、卵。
どうやらアレンジの相手は【酸辣湯(さんらーたん)】のようだ。
酸っぱ辛いスープと、ゴマ味噌ベースの冷や汁を組み合わせようとしている。
実は辛いもの好きのムラぬえコンビ。
かねてより定番メニューの新作アレンジを画策していたようで、この度ようやくチャンスが到来した、というわけ。
試みは興味深い、だが正直、微妙だ。
個性的な味がケンカしそうな組み合わせ。
料理の失敗の一つに【過度なオリジナリティ】がある。
隠し味の加えすぎや、美味しそうなものをとりあえず混ぜてみる、というパターンがそれだ。
この手の失敗を山ほどしてきている星、そしてその失敗に千年以上つきあってきたナズーリン。
しかし、やってみて初めて理解できることもある。
二人とも美食への探求者(新米)達には何も言わずに出かけることにした。
ミスティアの屋台で緩やかな時を楽しむ千年来の恋人達。
正確には、恋人になったのは最近なのだが。
梅味噌が添えられた新鮮なきゅうり、干し椎茸の含め煮、菜種油と醤油がかかった冷奴、そして八目鰻の串焼き。
小さな屋台から次々と料理がでてくる。
備えにかなり工夫を凝らしているのだろう。
寅丸星は、どんな料理を食べても『美味しいですね』と従者と店主に微笑みかける。
そして本当に美味しそうに食べ、飲む。
料理を褒められ気分の高揚した夜雀は緊張しながらも自慢の歌を披露する。
貴婦人から熱烈なスタンディングオベーションを受け、文字通り舞い上がりそうになった。
気持ちが緩んでいるのか、よほど楽しいせいか、酔いの早い寅丸。
口数が減り、顔全体、首筋もほんのり赤くなり、少し伏し目がち。
色っぽさが五割増になっている。
やがてカウンターに腕枕を置いて頭を乗せてしまった。
従者が声をかけようとしたら、
「ナズ、ナズ、ナズリン♪ ナズナズリーン♪」
顔を伏せたまま即興で歌い始めた。
「わたしのナズリン♪ 素敵なナズリン♪ 優しいナズリン♪ 愛しいナズリン♪ ナズナズリーン♪」
聞いている方が恥ずかしくなるストレートな歌詞。
えらくご機嫌だ。
ナズーリンでさえ滅多に見たことのない、少し危ないくらいの上機嫌だ。
突っ伏したまま顔だけ従者に向ける。
片目を少しだけ開き、
「ねぇ、ナズぅ? 私をこんなに酔わせて、この後、どうするつもり?」
(……むうう、思ったより酔っているな……。
なんだかスゴく色っぽいし、正直、たまらない。
でも、ど、どうしようかな???
この後って、やはり【お持ち帰り】だよね。
とは言え、元々帰るところ一緒だし。
でもこのまま帰るのは【MOTTAINAI】なぁ)
逡巡しているナズーリン。
「ねぇ、ナズぅ?」
身を起こし、ナズーリンに抱きつく寅丸。
そして特徴的な丸っこい耳を、はむはむ甘噛みし始めた。
「ちょっと! ご主人、ダメだよ! こ、こんなところで、 はぁはぅん、
ご、ごしゅ、じ、ん、 あぁん、 み、みみはダメぇ……あ、あぁ」
ミスティアは突然戯れ始めた一見客に驚きながらも、
「仲がいいんだねー」
お決まりの冷やかしを言う。
そして屋台の裏に下がって食器を洗い始めた。
気を利かせたつもり。
洗い物が一段落して二人の様子をのぞいてみる。
【ご主人さん】は、くてっとなって従者にしなだれかかっている。
ほとんど眠ってしまっているようだ。
「お勘定を頼む」
涼しげな声、先ほどとは別人のようなネズミの従者。
片手で主人を支えながらもう一方の手で財布を取り出す。
「八目鰻、美味しかったよ、良い串をあててくれたようだね。
おかげで今宵【ご主人様】は大変満足なされた。礼を言う」
淡々と話しながら支払いを済ます。
【お礼】の分だと言って、正規料金の倍近くを置いた。
眠りの淵に落ちていく【ご主人】の【気】が小さくなっていくのにミスティアは気付いた。
そしてそれを補うかのように、守り、包むようにネズミ妖怪の【気】が大きくなっていく。
それまでの優しく暖かい力強さにかわり、うっかり踏み込んだら切り裂かれそうな断固たる硬質の【気】。
言いたいことはミスティアでさえもはっきりと分かる。
『これより何人たりともこのヒトに触れること能わず』
今、この従者の存在感はそれまでの主人のモノに匹敵するほど大きい。
自分と同じくらいちっぽけな小妖に見えたのに。
たまに見かける大物妖怪のソレに近かった。
「女将、名前を聞いてよいかな?」
緊張していたところへ、柔らかく問いかけられ慌てた。
「わ、わたし!? み、みすてぃあ、 ミスティア・ローレライ!」
「ミスティア・ローレライ、可憐な名だ。
また寄らせていただくよ、今夜はありがとう」
落ち着いた声、涼しげな笑顔。
同性の小妖、そんなのたくさん知り合いがいる。
でも、このヒトなんだか素敵、【イイオトコ】って言ったらおかしいはずなのに。
夜雀は少しの間息が止まってしまった。
「あ、ありがとうございます! お、お幸せにー」
「それ、いいね、素敵な言葉だ。 ではまた」
なんとも印象深い二人連れだった。
ナズーリンは、ほとんど意識のない寅丸の体に力場をまとわせ、軽く支えながらふわふわと飛んで行く。
寺の勝手口からこっそりと帰宅。
ネズミ達に念話を試みる。
ムラサとぬえは自室におり、聖と一輪はまだ帰っていないらしい。
少しホッとする。
これほど酔っているところを見つかったらお小言だけでは済まないだろう。
寅丸の私室、グデグデでむにゃむにゃ言っている主人を着替えさせ、布団に寝かせてやる。
ナズーリンはそれ以上なにもしない。
ナズーリンは一線を越えなかった。
星を求め、暴走しそうになったことはこれまでに何度もあったが、いずれの時でも星は正気だった。
今は違う。ほとんど意識がない。
自分と一緒だからこそここまで無防備に酔ったのだ。
【据え膳】とも言える状況だが、ことに及んだ明くる朝、最愛のヒトが後悔したら。
本意でなかったとしたら。
ナズーリンは一線を越えられなかった。
『臆病者! 意気地なし! ヘタレ!』
心の中のナズ星急進派の罵倒を無理矢理押さえつける。
着替えさせたときに素肌からほんのり立ち上った甘酸っぱい汗の匂い。
ナズーリンにとってはどんな香料よりも刺激的だった。
二回だけ大きく吸い込んだ。
くらくらしてきた。
ぐっとこらえて寝かしつけ、団扇で顔に風を送ってやる。
寝苦しいのか、何度も寝返りを打つ。
その度に寝間着がはだけていく。
ほんのり桃色に染まった艶やかな肌は、うっすらと汗をかいてわずかな灯りを映し返している。
ナズーリンの脳内にある絵的エロスに関する膨大なメモリー。
そのベスト3にいきなり飛び込んでくる実力派の映像だった。
(やはり、我慢している自分はバカなのかもしれない……いや、ダメだ。
このヒトとのエロスは分かち合えなければ意味がない、私だけ満足するのはダメだ。
そう、多分、そうなのだ……と思う)
「ナズぅー こっちへ、き、て、 むにゃにゃにゃーん……」
(ええ!? なんだって!? ん? ああ、寝言かぁ)
ダメだ、これ以上ここにいてはダメだ。
恒例である就寝前の接吻などもってのほか。
そんなことをしたら自分を抑えきる自信がない。
思い切り後ろ髪を引かれているが、力づくで引き抜く。
ぶちぶちと嫌な音まで聞こえてきそうな魂の痛みとともに寅丸の居室を後にした。
翌朝、寝不足のナズーリンに寅丸が陽気に挨拶する。
「ナズーリン、おはようございます、今日も良いお天気ですね!」
その顔を見たナズーリンは確信した。
このヒト、昨夜のことをまったく覚えていない。
(くそっ! この能天気ご主人め! 私がどんな思いで一夜を明かしたか! 納得ずくのこととはいえ腹が立つ!)
なんだかムシャクシャして寅丸の尻を抓りあげた。
「いたっ! な、なんですか!?」
「乙女の純情をもてあそんだ罰と知りたまえ」
「なんですか!? わけわかりませんよ! こら! ナズーリン! 私もお返ししますよ!」
「断る。ご主人の力で抓られたら私の尻はちぎれてしまう」
「それなら噛みつきます!」
「それも断る。ご主人に思い切り噛みつかれたら尻が半分になってしまう」
「そ、そんな、本気で噛みつきませんよ! ほんのちょっと跡がつくくらいで加減します」
その一言でナズーリンの妄想劇場が緊急開演した。
(ナズ、かわいいお尻ですね)
(あ、あまりじっくり見ないで欲しいな)
(つるつるでぷにぷにですよー、ここも、そして、こ・こ・も)
(ああぅ! ダ、ダメェ、そ、そんなとこまで、さ、触って良いとは言っていないのにぃ)
(うふふ、それじゃ噛みますよ、 かぷっ)
「……よし、私の部屋に行こう! 今すぐ!! 舐め回すのも、跡がつくほど吸いつくのも、それ以上も許可するから!」
さあさあと寅丸の手を引いて歩き出した先に人影があった。
雲居一輪がいた。
片方の眉をつり上げ、冷めた視線を二人に送っている。
「話は全部聞かせてもらったわ」
某いぶし銀刑事、ヤマさんばりに言う。
そして寅丸星をビシッと指差す。
「従者のナマ尻に噛みつき、舐り、吸いたおす好色な主人!
そして唾液でデロデロになった小さなお尻に突然の平手打ち!
一発、二発、三発と。
逆らうことのできない従者が泣きながら許しを請うているのに、薄ら笑いを浮かべ、なおも叩き続ける!
そして真っ赤になった小さなお尻を満足そうに眺め、鷲掴み、再び噛み、舐め、吸う!
従者の悲鳴がだんだんと細くなっていく……
……どーにもその性嗜好には賛同できないね。
姐さんが知ったらなんと思うか……はぁ」
そう言って大げさにため息をつく。
「あ、あの、一輪? 私、そんなことまでは言ってませんよ!?」
慌てる星、蔑む一輪。
「アァナタの心の声がぁ、聞ぃこえたのよぉぉ!」
ことさらに低音を震わせる入道使い。
「それ間違ってますから! 絶対、私の声じゃありませんから!」
必死モードの寅丸に対し、委員長モードの一輪。
「知ってるでしょ? 私は寺の中でおきた【異常】を姐さんに伝える義務があるのよ。
極めて限定的で特殊な【異常】だけど、これは間違いなく【異常】だわ。
だから姐さんに報告します!」
一輪は登場面のボス特性である【相手の言動を思い込みの混じった深読みによって一方的に理解して次の展開を半強制的に示唆する】能力に長けていた。
「待ってください一輪! 誤解です! ナズーリンも何とか言ってください!」
頼みの従者であり導師でもある無二の恋人に縋る。
「そう言えば私は出かける予定があるんだった。もう行かなければ」
「えええっ!? 待って! 私を見捨てるのですか!? 待ちなさいナズーリン!」
従者の肩をつかもうとして手を伸ばすも俊敏なネズミ妖怪は、しゅるっと脇を抜けて駆け出していく。
その後姿に半泣きで呼びかける。
「行かないでーー! おねがーい!」
「さらばだ、ご主人、武運を祈る!」
基本的に愛する主人の懇願を無視しないナズーリンだが、今回は別だ。
少し痛い目にあってもらわねば腹の虫が収まらないし、用事があるのは本当だった。
ナズーリンは守矢神社に到着した。
以前、八坂神奈子、洩矢諏訪子の二柱から申し出のあった神や妖、いわゆる人外のモノたちの婚姻や出産についての伝承を聞くためだ。
上白沢慧音が神社の入り口で佇んでいた。
待ち合わせの時間にはまだ間があるはずだったが、几帳面な彼女は随分と前に到着していたようだ。
いつものAラインのロングワンピース、【水縹(みずはなだ)】の長い髪、引き締まったプロポーション、目を惹かずにはおれない。
グンバツの美人というだけではなく、その佇まいには【雰囲気】があり、知性と包容力、誠意とひたむきさが誰の目にも見て取れる。
まさしく【お姉様系】正義のヒロインとして申し分のない存在感。
人里の男共はもちろんだが、幅広い年齢層の女性からの熱狂的な支持を受けている。
ほとんどの娘達はその昔、寺子屋で彼女の授業を受けていた。
その時分はぼんやりと【綺麗なヒト】程度の認識であったが、自らが女として成長するにつれ、慧音の真の魅力が桁外れであることが分かってくるらしい。
すでに孫のいる婦人さえもが『慧音せんせー』と黄土色の声援を送る。
男達が欲する以上に女達が憧れる【素敵な女性】の代名詞。
人里でのそれは上白沢慧音だった。
ナズーリンも慧音のことを、猛烈破廉恥メガトンEX級スケベのトップランナーとしてだけではなく、一人の女性として、とても尊敬している。
先日、学者仲間の慧音に、二柱から話を聞くのだと言ったところ、是非、自分も同席させて欲しいとせがまれた。
神話や伝承を本物の神から聞ける。
歴史学者としては飛びつくのも仕方ないだろう。
そして何よりも人外の婚姻、出産となれば藤原妹紅との事もある。
『慧音どの、仮に出産するとしたらどちらがなさるのか?』
『もちろん私だな。経験はないが、里で出産には何度も立ち会っている。
赤子を取り上げたことも何度かある。
見ているだけでも分かる、あれは大変な苦行だ。
だから私が出産する。妹紅にあんな辛い思いをさせたくないよ』
『妹紅どのもそっくり同じことを言うだろうね』
『う、まぁ、そうだろうな、困ったことだ。
妹紅はあれで意外と頑固だからなぁ』
『しばらくは先の話だろう。その時は、お二人で納得行くまで話し合うとよろしかろう。
うむ、なんなら、交代で産めば良いのではないかな?』
『交代? そうか! 私が産んだら次は妹紅が、うん! それならお互い合点がいく! 子供はたくさん欲しいからな! ナズーリンどの、その案、いただきだ!』
『ふふふ、気の早いことだ、まだ我々は【とば口】にも立っていないんだよ?
まぁ、お二人の子供ならさぞや可愛いだろうがね』
『どうだろう? 想像もつかないが』
『仮に女の子だったとしよう。
慧音どのの利発さと強い意志、妹紅どのの純粋さと優しさを備えているだろう。
そして少し恥ずかしがりでちょっとお節介焼き、でも信じたものには一途な愛を惜しみなく注ぐ。
さらに、お二人の美しさ、どの部位をどう組み合わせても抜群の美人になることは保証済みだ。
なんとまぁ、理想の女性ではないか?
世間が放ってはおかんだろうね、ご両親は今から心配だな』
『え、いや、あの、そりゃ妹紅は綺麗だけど、そんな、私なんかに似ない方が良いさ……』
『んー、慧音どのは相変わらずご自分の器量を理解しておられぬようだな』
『は? 女性としての器量を言っているのなら、私は自分を正確に理解しているさ。
器量良しとは妹紅や寅丸どののことだろう? あと道具屋の家出娘とか洋館のメイド頭とか。
私はロクな女ではない。融通が利かず、話をしても面白味のない仏頂面の醜女だよ』
『やれやれ、まったくどうにも困ったヒトだな。
黒い星四つ、おまけでもう半分付けてもいいと思っているほど【イイ女】なのに。
アナタを慕う【声】が聞こえていないのかな?
確かな【眼】を持っているのに、自分のことになるとさっぱりなんだね。
まぁ、そんなところも魅力なんだろうか』
『なんだそれは? 意味が分からん』
そんなほとんど益体もない話をしつつも守矢神社への訪問日を打ち合わせた学者二人。
洩矢諏訪子が出迎えてくれた。
慧音と二人、社殿の奥の居間に通される。
八坂神奈子が待っていた。
【巫女】はお出かけ中だったので、土着神の頂点がお茶を入れてくれた。
八坂神奈子、洩矢諏訪子、二柱は代わる代わる話をしてくれる。
系統だった話でない。
それぞれ思い出し、思いついたことを次々と話すだけ。
たしかこうだった、
いやちがうよ、
んー、だれだったかな、
それ、かんちがいだよ、
おい、ごっちゃになっているぞ、
あー、そういえばそうだった、
そりゃきみのかみさんやがな、
たまごのおやじゃぴよこちゃんじゃ、
これでぎゃらはおんなじ、
いいかげんにしなさーい、
やっとられんわ、
あちらこちらに脱線しながら、ボケとツッコミが目まぐるしく入れ替わる。
漫才のようなノリで進んでいく。
脈絡のない話なのになんだかグングン引き込まれていく。
この二柱、名人劇場にでてもおかしくないほど、絶妙のコンビだった。
神々の婚姻、神と人、神と妖、人と妖、妖同士、様々な組み合わせとそれに纏わる不可思議な物語。
幸せな結末は少なかった。
だが、それは平穏な話より、悲劇の方が伝承として残りやすいからだ。
そのあたりは歴史に造詣の深い学者二人は心得ている。
慧音はせっせと記録をとっている。
だが、ナズーリンは黙って聞いているだけ。
ナズーリンは話を聞くときに基本的にメモは取らない。
数値や固有名詞がたくさん出る場合は別として。
話す時の声の抑揚や表情、それらを含めて全部記憶をする。
一旦文字にしてしまうと見落としてしまう事があると知っている。
『誰其れがこう言った、こういうことをした』
その事実を語ったモノがその時に【賞賛を込めて言った】のか、【苦々しく言った】のか。
それによって裏に隠れている事実は微妙に異なってくる場合がある。
そして語ったモノの見方、感じ方も分かってくる。
だからこそナズーリンは黙って聞いている。
人それぞれにやり方はあるが、小さな賢将はこの方法を貫いてきた。
たくさんの話が出た。
興味深いもの、雲をつかむようなよく分からないもの、色々あったが、およその傾向はつかめた。
【神度】そんな基準があるかはともかく、これが高いほど、そしてより【原初】に近い存在ほど【なんでもアリ】ということ。
【必要とあらば、とにかく子供が生まれちゃう】
神代の存在はほとんど好き勝手に繁殖、いや、増殖したように見える。
多くの神を担いだ民族、種族が融合、分離するたびに神やそれに類する存在は姿や名前を変えながら増殖、統合していった。
思念体、妖怪同士なら子を成すことは意外と簡単なのかも知れない。
ナズーリンは思いを巡らせる。
星熊勇儀と水橋パルスィ、彼女達のために、そしていずれは自分達のためにもなんとか手立てを見出したい。
一方、慧音と妹紅。
共に素体は人間の女性。
妊娠、出産の過程は人間のソレにならうだろう。
この場合、基本は雌体の単独繁殖だが、精子に代わる形質伝達物質が介在すれば、あるいは別の刺激があれば受精・卵分割自体は起こりうる。
それに婚姻なり強い想いが後押しをする形だろうか。
なんにせよ、越えなければならない課題はいくつもある。
一段落したところでナズーリンが神奈子に話しかける。
「神々のことで一つ思い出した。この度とは関係ないのだが、知りたいことがある、よろしいか?」
さも、今思いついたように聞く。
「もちろん構わない、我々が答えられることならね」
「石長姫(いわながひめ)はこの山におはすのかな?」
ぴくっと眉をつり上げる神奈子。
「それを知ってなんとする?」
それまでとうって変わって真剣な顔の山坂と湖の権化。
「別になにも。いるかいないか、それだけだ。
あちこちから頼まれごとをされているからね。ついでで調べることも多いのさ」
少しおどけてみせるナズーリンをじっと見つめる八坂神奈子。
やがて大きくゆっくり息を吐き出してから告げた。
「そっとしておいてやってくれないか、頼む」
石長姫。
寿命長久、不老長寿を、言い伝えによっては不死を司る神。
八ヶ岳に宿っているとも伝え聞く。
妖怪の山が八ヶ岳の一部であるならば、【居て】も不思議はない。
山の神なら知っているはず。
そしてナズーリンの読みは正しかった。
答えは聞けた。
藤原妹紅との約束、不死の呪縛からの開放の手段を得るため、八意永琳を攻略中ではあるが、他のルートからもアプローチをしている。
その一つが石長姫だった。
慧音はちらとネズミの賢者を見たが、何も言わなかった。
ナズーリンも教師に一瞬目線をくれただけで何も言わない。
この唐突な問いかけの本当の意味を慧音が理解しているかどうか、賢将にもこの段階では分からないが、仮にも歴史学者が【石長姫】を知らないはずがない。
それでもここでは沈黙を保つ分別はあったようだ。
ナズーリンは賢将の誉れ高いが、難題に対しその場で次々と即答できるような伝説級の賢者ではない。
そのことは本人が一番よく分かっている。
時間をかけて調査し、思考し、地道に根回しし、常に複数の解決ルートを模索する。
そしてギリギリのタイミング、皆があきらめかけた頃にようやく解決策をなんとかひねり出す。
敬愛する主人、寅丸星のため、努力を重ね、賢将の名を必死で築き、維持してきたのだ。
『あれほどの賢人が【ご主人様】と認め、仕える寅丸星とは、いったいどれほどの大人物なのだろう』
寅丸星が侮られないよう、少しでも多く尊崇を集められるよう、自分の【在り方】を力の及ぶ限り演出してきた。
ナズーリンの生は寅丸星を中心に回っている。
星を認めさせるために、そしていつか星に認めてもらうために、ナズーリンはそのために生きてきた。
だが、先だって【星に認めてもらう】ことが叶ってしまった。
命より大事な【ご主人様】が打ち明けてくれた。
すべてを引き換えにしてもアナタを取ると、ずっと昔からアナタが好きだったと。
嬉しくて泣いた。
心身を捧げたヒトと恋人として共に生きていけるのだと分かり、嬉しくて泣いた。
なにもかも思い通りではないが、十分に幸せだ。
張り詰め、尖り、触れるモノを容赦なく切り裂いてきたナズーリンの精神は今はとろん、と緩んでいた。
主人が最優先なのは変わらないが、緩んだ分、余裕が生まれた。
そして好奇心旺盛でイタズラ好き、負けず嫌いだが 面倒見がよい、生来の性質が前面に出始めた。
それに伴い、色々な面白面倒なことに関わるようになってきた。
それも悪くないと思っている。
一通り話が終わり、諏訪子が何度目かのお茶のおかわりを振る舞う。
興味深い話の中からさらに細かく調べなければならないこともある。
ただ、確実に収穫はあった。
慧音も手応えを感じたようだった。
二人が二柱に礼を言って辞そうとしたとき八坂神奈子が言った。
「話を聞かせた交換条件というわけではないんだが、一つ私達の相談に乗ってはくれまいか」
もちろんナズーリンも慧音も否のあろうはずはない。
「実はウチの早苗のことなんだ」
守矢神社の風祝、東風谷早苗。
元は【外】の人間だった、女学生だったとも聞く。
幻想郷に来た当初はとても緊張しており、色々勘違いもし、苦しい思いをしていたようだが、今は楽しそう。
だが、この楽しそう、が結構曲者だった。
『この幻想郷では常識に囚われてはいけないのですね』
これは彼女の最近の口癖。
元々とても真面目で良識のある娘だった。
だが、こちらではこれまでの自分の価値観、常識が通用せず、場合によってはそれが崩壊してしまうような目に何度も遭った。
その中で新たに生まれた数々の勘違い、思い込み。
「最近は妖怪退治が楽しいみたいだけど、どうにも危なっかしいんだよね」
洩矢諏訪子が少し顔をゆがめて言う。
当初は神奈子も諏訪子も『まずは経験することが大事』と放任していたが、どうも色々とエスカレートしているようだ。
早苗は一日の出来事を包み隠さず事細かに二柱に報告する。
昔からの習慣らしい。
最近の話を聞くにつけ、いずれ大変な目に遭うのではと心配していると。
先日も妖怪ルーミアのリボン封印を引き剥がそうとして通りかかった博麗霊夢にこっぴどくとっちめられた。
『そのリボンには触らないで!
この暗闇妖怪は代々、博麗の管轄なのよ。まー私も最近知ったんだけどさ』
『霊夢さんは妖怪の味方なんですか!?』
『めんどくさいわねーアンタ、なんでもかんでも退治すりゃいいってモンじゃないのよ。
とにかくこのコには手を出さないで。
人間にとって特に厄介な妖怪なのよ。
今、ようやくこの形で落ち着いているんだから、ちょっかい出さないでよ』
『納得できません! 霊夢さんだって目があったってだけで妖怪をボコボコにするじゃないですか』
『そ、それじゃただのチンピラじゃないの、私は退治すべきモノとそうでないモノを区別できているからいいのよ』
『【カツアゲ巫女】のくせに』
『あ゛? アンタ今なんつったの?』
『退治されそうになっても、【お賽銭】と言って小銭を渡せば見逃してもらえるって。
だから、ここいらの妖怪はみんな小銭を持っているそうじゃないですか』
『そ、そ、そんな! だ、だ、だれがそんなこと言ってんのよ!!』
『魔理沙さんが言ってました』
『あンのドちくしょうめ!!』
『霊夢さん、仮にも巫女なんですから下品な言葉を使ってはいけませんよ』
『っさいわね! そんなのデタラメよ! ダボ魔理沙のヨタ話なんか信じるな!』
『とにかく納得できないものはできません!』
『はあーー、アンタの場合は体で覚えてもらうしかないようね。
いいわ、かかってらっしゃい、しばらくは硬いもの食べられなくしてやるわ』
さすがにそこまでヒドイことはされなかったが、散々ボコられて泣きながら帰ってきた。
また別の日には風見幽香を怒らせそうになったらしい。
正直本当に危なかったようで、話を聞いた諏訪子達は脂汗が吹き出たと。
ひまわり畑で姫海棠はたてと談笑していた幽香を指さし、
『アナタは妖怪ですね!?』
しかし幽香は気付きもしないではたてに話しかける。
『はたて、アドバイザー契約の件、貴方の新聞をいつでも一番に配達してくれるのなら考えてあげてもいいのよ』
『無視しないでこちらを見なさい!』
怒鳴り声でようやく振り返る最凶妖怪。
『何?』
『私は守矢神社の風祝、東風谷早苗です!
妖怪退治が仕事なのです!』
『風祝? 妖怪退治? そうなの、大変ね』
『あのヒト、お山に越してきた神社の巫女さんなんです』
はたてがフォローを入れる。
『巫女? そういえば巫女の服ね、脇があいてるわ』
『そう言えば幽香さん、巫女は脇毛が生えてきたら引退するらしいですよー』
『それホント?』
『私の仮説です。ただいま調査中ですけどねー。
私の持ち味は大胆な仮説と綿密な調査ですから。
まーハズレてしまうことも多いですが』
『はたて、残念だけど今回もハズレだと思うわよ。
だって、博麗の巫女は代々毛が生えないもの』
『えー!? そうなんですか?』
『なーんてね、ふふふ』
『い、今の冗談なんですか? 幽香さんが冗談を言うなんて……』
『たまには新鮮でいいでしょ?』
『こらー! 無視するなって言ったじゃありませんかー!』
『さっきからやかましいわね、消しちゃおうかしら』
姫海棠はたてが慌てて割って入る。
『早苗さん! 帰ってください! ダメです! 帰って!』
『神奈子様からお山の妖怪とは仲良くしなさいと言われています。
だから、はたてさん、アナタは見逃してあげますから早く立ち去りなさい!』
『このコ、ずいぶんと上からモノを言うのね。
ヒトが話をしているところへ無礼にも割り込んできて喧嘩の叩き売り?』
セリフの割にはニコニコしていたそうな。(それが恐ろしいのだが)
『勝負です!』
『勝負? スペカ? 殴りあい? 死んだら負けでいいのよね?』
『早苗さーん!! 逃げてーー!』
幽香の腰に抱きついたはたて。
『はたて、離さないとアナタにもヒドいことするわよ』
『ダメなんです! あの娘は山の神社の巫女なんです! 殺さないでください!』
『殺すなんて大げさね、両手両足を潰すくらいで許すつもりなのに』
『そ、そんなのダメですー! 許してくださーい! 勘弁してやってくださーい!』
『はたてさん! どきなさい! 勝負のジャマです!』
『ほら、あの娘、やる気十分よ?』
『う、う、どうしよう……そ、そうです! 幽香さん! 配達の件、お約束します! これから必ず一番にお届けしますから!』
『ホント? 約束よ。
【花果子念報】の最新号を誰よりも早く読んでいるのはこの風見幽香、ふふふ、これはなかなか気分がいいわ』
『では、早苗さんのこと許してもらえますか?』
『そうね、アナタに免じて少しお尻を叩くだけにしてあげるわ』
倍くらいに腫れ上がったお尻を押さえ、泣きながら帰ってきた。
数日の間、座ることもできなかった。
「ナズーリンどののお弟子さんが居合わせて良かったな」
慧音の感想。
最近評判の良い【花果子念報】の製作者、姫海棠はたて。
ネズミの賢者を【師匠】と慕っていることは事情通の間では了解事項だ。
「いやまったくだ。大げさかも知れんが【命の恩人】だ。
当の早苗は理解できないだろうが」
神奈子も同意する。
こんなことをしているといずれもっと大変なことになるのではと心配している。
ナズーリンは早苗の話を少し距離をとって聞いていた。
喧嘩を売る相手も売り方についても、【わかってねぇなぁ】と思うだけ。
そもそも妖怪のこともどれくらい理解しているのか、怪しいものだ。
一般に知られていないだけで、幻想郷には危険な妖怪・魔物はまだまだたくさんいる。
このままではさらにややこしい状況に巻き込まれることは必定だろう。
早苗のことは、トラブルメーカーとして面白い存在だと思っているナズーリン。
多少のトラブルは牧歌的な幻想郷ではちょっとしたスパイスだと思っているし、さすがに死ぬようなことはないだろうとたかをくくっている。
自分のことを【ネズミ、ネズミ】と呼び捨てているが、そんなことは全く気にならない、勝手にやっててくれと思うだけ。
つまり、あまり真剣に取り組む問題ではないと思っている。
だが、神奈子と諏訪子にとっては代え難い【巫女】であるし、それ以上に大事な大事な愛しい【娘】である。
早苗の問題は切実だった。
「我々も新参者だ。早苗に教えてやれるほど【ここ】を理解してはいない。
だから改めて誰かに教育、指導をしてもらえないかと思っているのだ」
神奈子が本題を切り出す。
何を教育するとハッキリ言わなくとも分かる。
幻想郷の人妖の均衡、ひいては守矢神社の巫女としての立ち位置を教えて欲しいということだろう。
正直、ほとんど丸投げの面倒な課題だ。
「話が通じやすい、そー、【人間】がいいと思うんだけど、誰かいないかな?」
さらに条件をかぶせる諏訪子。
ナズーリンは今の幻想郷で東風谷早苗に渡り合えそうな【人間】の顔を思い浮かべる。
まずは博麗霊夢。
立ち位置としてはほとんど同じ、最も適しているように思う。
が、そんなことを頼んだとしてもきっと【めんどくさい】のひとことで切って捨てられるだろう。
均衡に関して、霊夢自身は感覚的に理解はしているものの、ヒトにそれをうまく説明出来そうにない。
言いたいことが伝わらず、癇癪を起こす様が容易に想像できる。
【プレイヤー】としては秀逸でも【コーチ】としての適性は皆無だろう。
次に霧雨魔理沙。
いい加減ではあるが意外に世話好き。
うまく頼めば色々教えてくれるかもしれない。
ただそれはそれでまずいことになるかもしれない。
魔理沙の価値観を持った風祝って、明らかにまずい。
盗癖、虚言の巫女、これは明らかにまずい。
完全な人間とは言いにくいが魂魄妖夢。
少々真面目すぎるきらいはあるが常識といったところで言えばましな方。
ただ、彼女の場合、日々の生活、あの脳天ビビンチョな主人に振り回され、ほとんどあっぷあっぷのいっぱいいっぱい。
他人の世話をする余裕はなさそうだ。
いっそのこと聖白蓮と思わないでもないが、いかんせん宗教の違いはなんともしがたい。
あの大地母神のような住職の至近距離での影響力は半端ではない。
早苗が聖に懐いて感化されるのは想像にかたくない。
なにせあの魔理沙が無防備に甘えるくらいなのだ。
二柱もいい顔をしないだろう、いや、死活問題だろう。
一人忘れていた、いや忘れようとしていた。
十六夜咲夜。
彼女こそ礼儀作法や妖怪との付き合い方などほぼ完璧にこなしているのだから良いのかも知れない。
だがナズーリンはとてつもない不安を覚える。
咲夜の指導の下、表面上は完璧に仕上がるとしても、なにかビックリするほど大切なことがすっぽ抜けてしまうのではないか。
そして取り返しの付かないようなモノスゴイことになるような気がしてならない。
思い込みの激しい完璧メイド長と、生真面目で勘違いしやすい新米巫女。
この外的出力だけはやたらに高い組み合わせは、考えたくない最悪のコンビだ。
面白さ以上に、メチャクチャ厄介なことになりそうだ。
なにより咲夜が絡むと自分に盛大に火の粉が降りかかり、火ダルマになりそうで怖い。
ナズーリンは身震いした。 自分は火鼠ではないのだし。
ダメだ、これだけは絶対にダメだ。
他の【人間】のこともざっと考えてみるが、決定打にかける。
そうなるとやはり彼女しかいない。
隣に座っている半獣の歴史学者。
元々教師でもあり、ヒトと妖怪の共存・橋渡しをしたいと願っている立場なのだから適任なのかもしれない。
だが、彼女も忙しい。
今日も寺子屋の休みの日にあわせてやって来たのだし、夕方には里の寄り合いに顔を出すと言っていた。
寺子屋の運営、人里の雑事、学者としての研究、そして歴史の調整。
朝から晩まで忙しい。
もちろん夜は妹紅とたっぷりねっとり激しく忙しい。
大変エネルギッシュな毎日を送っているハンサムウーマンだ。
一日二日で済むことではないので 負担を考えると推薦しにくい。
「私が引き受けよう」
だが我らが上白沢慧音は根っからの先生だった。
困っているモノを捨て置けない【お姉様】気質、こうやってすすんで面倒を背負い込む姿が人心をガッチリ掴むのだろう。
そして信頼を得てきたのだろう。
なんと要領が悪く、漢気に溢れる素敵な【お姉様】か。
こうなればナズーリンも彼女だけに苦労をさせるつもりはない。
通称賢将は今現在、十分に世話好きだ。
「ならば私も手を貸そう。【人間】ではないが構わんだろう?
基礎は座学で慧音どのが、私は実践面で補佐をさせてもらおうか」
神奈子たちはほっとした表情、二人を招いた時点でこの展開を期待していたのは間違いなさそうだ。
思惑通りに動かされるのは性に合わないナズーリンだが、目くじらをたてるほどのことでもない。
(まぁ、やるからにはそれなりに楽しませてもらうがね。
世間知らずの現代っ子をいじり倒す、まぁ暇つぶしにはなるかな)
【世話好き】と言っても、単なる世話好きではない。
ナズーリンの中のイタズラの虫がぴくぴく蠢きだす。
腕組みをしてたっぷり間を取ってから神々に切り出す。
「お二方、あらかじめ言っておくが、私がやるとなるとかなり厳しいよ? 体罰も認めてもらわないとね」
不安そうな二柱、神奈子が問う。
「跡が残るようなことは勘弁してもらいたいのだが」
「当たり前だよ、若い娘にそんなことはしないよ。
お尻をぺんぺんする程度さ。
だが、早苗どのには、お二人から我々が正式な指導者であることをきちんと言って欲しい。
指導中の我々の言葉は、お二方の言葉だと。
いちいち口答えされてはやりづらいからね。
そして最後にもう一つ。
我々はできる限りのことをするつもりだ。
だが、効果がなかったとしても、責任は負えない。
ここを飲んでいただかないと力を貸すことはできない」
丸投げしたままで万事解決と思われてはたまらない。
それなりの覚悟もしてもらわなければ。
「諸々承知した。
よろしくお願い申し上げる」
二柱は神の威厳が損なわれないギリギリくらいまで頭を下げた。
言質は取った。
こちらの条件を丸飲みさせた。
純粋に力のあるモノたちは往々にして、駆け引きに疎いと言っていい。
その必要を感じる事が少なかったからだろう。
ナズーリンはお腹の下あたりで軽く笑った。
「ナズーリンどの、早苗さんの件、随分ときつい物言いだったと思うが」
神社からの帰り道、慧音がかける。
「慧音どのには正直に言うが、乗り気なわけではないからね。
面倒ごとを引き受けるんだ、ならば少し遊ばせてもらおうと思っているだけさ」
「貴方から真っ当に知恵を授かるにはよほどの幸運が必要らしい」
慧音は軽く笑った。
「止してくれ、知恵なんて。だが、気まぐれなのは確かだね」
「だが、妹紅のためには知恵と力を―――」
手のひらを向け、慧音の言葉を遮ったナズーリン。
やはり上白沢慧音は妹紅がナズーリンに頼んだ【探し物】を知っていた。
だが、それはナズーリンの想定内。
「そこまでにしてくれ。
力及ばず、期待にそえないかも知れない。
そうなれば大いに失望させてしまうし、きっと恨まれるだろう」
今度は慧音が遮る。
「待ってくれ、ここは言わせてほしい。
妹紅は感謝している。とても感謝している。
ナズーリンどのが永遠亭に頻繁に出入りしている意味を分かっているよ。
自分のために真剣に行動をしてくれるヒトがいる、そのことに感激しているのだ」
「え? 【自分のために真剣に行動をしてくれるヒト】って、慧音どのあっての今の妹紅どのだろう?」
妹紅が今あるのは間違いなく慧音の献身的な心の介護の賜物だ。
「わ、私のことは置いておいてくれ、少し別枠なんだ。
彼女のこれまでの生でこんなことをしてくれるヒトはほとんど無かったらしい。
貴方が憂いの元を引き受けてくれたことでどれほど妹紅が救われたか。
断言しても良い、恨むことなどあるまい。
なにせ、この世で最も頼りになる賢将が自分のために最後の最後まで力を尽くすと約束してくれたのだ。
望みがかなわなくとも悔いはないだろう」
少しだけ顔を赤らめたお姉様が言う。
賢将は困り顔。
「買いかぶりも甚だしいな。
うまくいくとは限らない、いや、実はかなり難しいんだ。
最後には『申し訳ない、ダメだった』と言うしかないかも知れんよ」
苦笑する賢将を赤い顔のまま穏やかに見つめる歴史学者。
「私は知っている。
貴方は賢いだけではない。
勇気と優しさを備え、数多の経験を積んできた誇り高い希代の賢者だ。
出来ないことなどあるまい」
「あのー、慧音どの? それはどちらの大賢者様の話かな?」
本気で困っているナズーリン。
「私と二人きりの時でさえ妹紅は貴方を『ナズーリン先生』と呼ぶのだ。
正直、妬けるよ。
あのコの憂いは全て私が取り除くつもりでいたのに、力が及ばないことが分かり、悔しかった。
でも、『慧音の頭の良さと、ナズーリン先生の頭の良さは土俵が違うと思う。力を発揮する場所は別々でしょ? それに、どんな結果になったしても、私はいつでも【けーね】と一緒なんだから』と言ってくれた」
藤原妹紅、心を許した相手にだけは本来の優しい物言いをする。
それを聞いたナズーリンはわざとらしく右の眉を上げ。
「なんだ、散々私を持ち上げておいて、結局は惚気たいのかい?」
「え、? いや、決してそんなつもりではない! その、あの、つまり、妹紅の気持ちが、そのっ」
この聡明で豪胆な女傑は、最愛の半身のこととなると、途端に緩んで、ちょっと愚かになる。
その様、共感することしきりの小さな賢将は心の中で(やあ、ご同輩)と優しく呼びかけた。
上白沢慧音、このヒトと出会えて良かった、胸の奥がじんわり暖かくなってくる。
「慧音どの、やれるところまでやってみるよ、約束する。
だが、キミたちの幸せはまだまだこれからだろう? 私の約束はそれこそ【忘れた頃】の話さ。
まぁ、気長に待っていてくれたまえ」
そう言って柔らかく笑む。
慧音は一瞬、頭を下げて礼を言うべきか迷った。
しかし、この愉快で勇敢な賢者はそんなことを望んではいないはずだ。
軽く頷き、
「ああ、待っているよ」
それだけ言って、微笑み返した。
翌々日、寺子屋がはねた午後、早苗がやってきた。
「東風谷早苗です。よろしくお願いします」
アップル・グリーンの髪、大きな瞳、丸みを帯びた柔和な顔立ちは十分に美人の範疇。
上背は博麗霊夢より少し高い。
そして健全に発育した肢体、外見は文句無しの合格点。
どこへ出しても綺麗な娘さんと言われるだろう。
守矢神社の看板巫女を慧音とナズーリンが迎えた。
「ようこそ【ケイナズの特別補習講座】へ」
腰に手を当て、ふんぞり返ったナズーリンが芝居っ気たっぷりに言い放つ。
早苗は口をきつく結び、講師二人を交互に見ている。
睨んではいないが、友好的でもない視線。
あからさまな不満を表にしているわけではないが、気持ちは伝わってしまう。
神奈子と諏訪子から今回の趣旨を言い含められていたが、納得がいってはいないようだった。
昨日、指導係二人は此度の特別補習講座について打ち合わせておいた。
基本の知識、妖怪の歴史、出生、種類、分類、特性などは座学で慧音が毎日一刻ほど行う。
その後、休憩を挟んでナズーリンと各地を巡り実地学習。
大まかに役割分担し、お互いの指導内容を確認しあう。
慧音の内容はかなり高度であったが、自身の考察も盛り込んであり、時間があれば一緒に聞きたいほど面白そうだった。
一方、実地の方はかなり突拍子もないプログラムで『それで大丈夫なのか?』と歴史学者は何度も聞いた。
それ以外にナズーリンがいくつか案を出す。
(指導時間中は【早苗】と呼び捨てにする)
これはまあいいだろう。
(授業中は我々を”先生”と呼ばせる)
(まずは雑巾がけからさせる)
そこまで必要だろうか? 慧音は眉をしかめる。
(我々に話しかける時は最初と最後に”サー”を付けさせる)
(露出度の高い指定制服を着用させる)
『それって必要なのか? いらないだろう?』
さすがに慧音が口を挟む。
するとナズーリンは笑いながら、
『慧音どのがOKならやろうと思ったんだが、まぁ冗談だがね。でも体罰は行うよ、これでね』
そう言って取り出したのはいわゆる【ハリセン】。
(ナズーリンどの、真面目にやる気はあるのかな?)
不安が顔に出てしまう、こちらは本当に真面目な慧音。
「というわけでこれより特別補習講座を始めるが、その前に簡単に自己紹介をさせてもらおう」
ナズーリンが慧音に目で促す。
「私は上白沢慧音、この寺子屋で教師をやっているが、本業は歴史を食べ、作ることだ」
早苗が少しだけ首をかしげる。
無理もない、それでは何のことか分からないだろう。
ナズーリンが助け舟を出す。
「つまり歴史の先生ってことだ、それも当代随一のね」
合点がいった早苗が慧音に頭を下げる。
「東風谷早苗です、上白沢先生、よろしくお願いします」
「慧音で構わないよ」
「はい、慧音先生」
続いてナズーリン。
「私はナズーリン。命蓮寺におられる毘沙門天の代理、寅丸星の従者だ。
そしてなんと、ネズミの妖怪だ」
最後の一言をわざと憎らしく告げる。
予想通り早苗の顔が曇る、かなりあからさまに。
《スパーーンッ!!》
目の前にいたネズミ妖怪が突然消えたと思ったら、早苗のお尻に激痛が走った。
お尻を押さえながら振り返ると、大きなハリセンを持ったナズーリンがいた。
「なんだね今の顔は? 挨拶の一つも出来ないのか?」
早苗は痛みもそうだが、この小妖が自分に気づかれずに背後に回りこんだことに驚いていた。
「キミのことは守矢の神様方から申し付かっている。
指導するに当たり、概要を説明しよう。
基本は座学で慧音先生。
実地は私、ナズーリンが。
そして今のような無作法にはこの【精神注入ハリセン】が指導することになっている」
そう言って手に持ったハリセンを玩ぶ。
「そ、そんな……」
目をむいて動揺している早苗。
「聞いていないとは言わせないよ。
キミの神様方からビシビシやってくれと頼まれている。
指導中はキミを【早苗】と呼び捨てる、そして我々を【先生】と呼ぶこと、いいね?
では、気をつけー!」
反射的に背筋を伸ばしてしまう現代っ子。
「さぁ、ご挨拶からだ。『ナズーリン先生、よろしくお願いします』 はい、言ってみなさい」
「……ナ、ナズーリン、せん……せ、よろしくおねがいしま《スッパーーンッ!!》 いったーーい!!」
「声が小さーーい!」
また後ろにいる。
早苗にはナズーリンの動きが見えない。
先日、風見幽香にしこたま叩かれたお尻、ようやく腫れがひいたところだったのに。
同じところを叩かれた痛みに目が潤んできた。
しかし、早苗はぐっと堪えて闘志をかき立てた。
(このネズミの前では絶対泣くものか!)
でも三発目は耐えられそうにない。
「なずーりんせんせーー!! よろしくおねがいしまーす!!」
ヤケッパチの大声。
「ようし! やれば出来るじゃないか、こちらこそよろしくな【早苗】」
呼び捨てにされるのも面白くはないが、その直後のニンマリ顔が妙に癇に障った。
「時間がもったいない。そろそろ始めたいのだが」
上白沢慧音が少し怖い顔で二人に告げた。
その表情は、ナズーリンに対し、(遊びすぎだぞ)と言っている。
「もっともだな、ではこの後は慧音先生よろしく。
私は【支度】に行くとしよう、早苗、また後でね」
慧音の【注意】もどこ吹く風のナズーリンは、ひゅーと飛んでいった。
「まったく」
軽いため息をついてから早苗に向き直った歴史学者。
「早苗、中に入ろう、あー、私はハリセンを持っていないので安心なさい」
身構えていた山の巫女は少しだけ体の力を抜いた。
(よかった、このヒトはまともみたい)
だが、この安心も授業が始まるまでだった。
上白沢慧音はまともだった、大変力強くまともで真っ直ぐだった。
妖に関する基本体系をみっちり講義された。
早苗は元の世界では優等生だった。成績も良かった。
授業中、教師の話をそこそこきちんと聞いて帰宅後まとめ直しておけば、困ることなどなかった。
だが、慧音の講義はとてもスリリング。
一方的な講義ではなく、所々で復習をかねた問題が出される。
うっかり聞き流してしまったことに限って出題され、『分かりません』『聞き逃しました、すいません』と答えるより他になく、早苗は序盤で受講姿勢を改めることになった。
内容は難しいし一瞬たりとも気が抜けない、だが、とても面白い。
新しい知識、それも自分に関係することばかり、頭も体も熱くなっていく。
そしてこの教師は質問を受け付けるタイミングが絶妙だった。
内容に疑問がわき、それが【とりあえず置いておく】ことができないほど気になった瞬間、『質問はあるかな?』とたずねてくる。
質疑に応答するときの慧音は、話し方のトーンが変わる。
少しゆっくりになり、例え話を交えたり、早苗の経験を聞いたりしながら、分かりやすく徹底的に答えてくれる。
早苗は質問することも楽しくなった、そして出される問題に正答すると柔らかく微笑んでくれる教師の顔を見たさに一層集中して講義を聴いた。
「本日の講義はここまでにしよう。早苗、お疲れ様」
「えっ!? もう終わりですか?」
「初日から詰め込みすぎるとよくないからね。一刻(二時間)はぶっ通しだったのだから少し休まないといけない」
「一刻も……全然分からなかった」
充実した時間は早く過ぎていく。
すすめられたお茶を啜るとようやく気分が落ち着いてきた。
それに合わせて頭の芯が少しだけジンジンしているのに気づく、結構頭を使ったのだろう。
「ナズーリンどのはまだのようだ。後半に備えてゆっくり休むといい。 さ、これを召し上がれ」
慧音が出してくれたのは表面に虎縞模様の焼き目が付いたどら焼きだった。
礼を言って、ぱくっと一口、もぐもぐ。
「お、おいっしー! 慧音センセー! これっ! すごくおいしいです!」
「それは良かった、まだいくつかあるから好きなだけ食べなさい」
「これ! ど、どこで売っているんですか!?」
「まぁ落ち着きなさい、これは残念ながら非売品だ。命蓮寺で行事があるときなどに配られるオマケなんだよ」
「命蓮寺って、あの妖怪寺ですか? じゃあ、作っているのは……」
「妖怪ということになるね。実際に作っているのは寅丸星さんだ」
「寅丸星さん、ですか。あ、そのヒトって、ネズじゃなくてナズーリン……先生の?」
「そう、ナズーリンどののご主人様だ。強く優しく気高く上品で大変美しい方だ」
ちょっと不満そうな早苗、この短時間で慧音にかなり懐いたようで、すでに気持ちを取り繕うのを止めつつある。
「慧音先生には言いますけど、私、妖怪の美しさって信用していないんです。
なんだかウソっぽいっていうか、作り物っぽいっていうか、とにかく信用できません」
「良いところに気づいたね。確かに妖怪・幽霊・魔物、人間を誑かすために外見を良く見せるものは多いな」
「ですよね?」
「では早苗はその外見だけの美しさと、本当の美しさをどうやって見極めるつもりかな?」
「そ、それはやっぱり、上っ面だけのキレイさとか底の浅いキレイさとは違って、なにかこう、内面から滲み出るような美しさには深みがあるっていうか、その、うーん、すいません、よく分かりません」
穏やかに笑む講師。
「そう、難しい問題だ。でも、早苗の言いたいこと、考えていることはイイ線いっているよ。
私も内面から滲み出る美しさには賛成だ」
「ですよね!?」
「だからこそ私は寅丸さんを大変美しい方だと思うんだ」
「そうですか。慧音先生がそこまでおっしゃるならきっとそうなんですよね」
「待ちたまえ、私が言ったからといって早苗が鵜呑みにする必要はない。
自分の目と心で確かめられることは手間を惜しんではいけないよ」
「は、はい! 自分で見極めてみます!」
「うん、そうしなさい。ところで【とらまる焼き】はもういいのかい? 妖怪風情の作ったお菓子は?」
ちょっとだけ口の端をあげて慧音が問いかけた。
「え、あの、もう一ついただきます。……もう! 慧音先生ったらイジワルです!」
口を尖らせる早苗を見て破顔する学者先生。
数刻前の早苗だったら妖怪の作った食べ物を素直に口にしたかどうか。
自分のやったことは少しは意味があったのだろうと納得できた慧音だった。
「キミは元の世界で働いたことはあるかね? アルバイトの経験は?」
しばらくして戻ってきたナズーリンが早苗に問う。
「いえ、ありませんが」
「初心者か、まぁその方が都合がいいかもな。
それじゃ支度をしてもらおうか。
これを着て、これを被ってくれ、ヒトの気配をうんと薄くする呪がかけてある」
早苗が手渡されたのは割烹着と手拭。
不安そうな顔で聞く。
「私、何をやるんですか?」
「今日は妖怪のお店を手伝ってもらう。ミスティア・ローレライの屋台だ」
「えええー!? なんで私が、ソウデスカワカリマシタ」
ナズーリンが取り出したハリセンを見て不満を飲み込む。
そんなやりとりを見て苦笑していた慧音が申し出る。
「巫女の袖ははずした方がいいな、髪飾りも。髪も後ろで束ねようか。私が手伝ってやろう」
早苗の後ろで髪を整えながら小声で言う。
「早苗、ナズーリンどのは悪いようにはしないから大丈夫。何ごとも経験だ、頑張っておいで」
「はい」
ナズーリンは聞こえないフリをしていたが、
(あっという間に懐いたようだね、さすがは慧音どの。
まぁ、あの包容力のある深遠な知性は、受ける側のレベルが高いほど効果はあるからね。
特に今回のように彼女の得意分野で密度の濃い知識を授かったのなら無理もない。
また一人、【慧音先生】のファンが生まれたってところか)
ミスティア・ローレライは緊張していた。
目の前にいるのはこの前、弾幕ごっこで散々いじめられた人間によく似ている。
「ミスティア、紹介しよう。こちらが今夜キミの屋台で勉強させてもらう東風谷早苗だ、早苗と呼んで構わない」
「はぁ……」
この少し前、夜雀はネズミ妖怪からの頼みごとに当惑していた。
『少し訳ありの娘をキミの屋台で働かせてやって欲しいんだ。
給金は要らないし、今夜だけで良いから使ってやってくれないか?』
自分だけで切り盛りできる小さな屋台だし、見ず知らずのモノを屋台の裏に入れるのは抵抗があった。
『そこをなんとか頼む。お礼にお稲荷さんを用意するから』
お稲荷さん?
『今日の分というだけではないよ。この屋台、シメにご飯物や麺類があればいいと思わないかい?』
確かに『女将、蕎麦とか握り飯はないのか?』と聞かれることは良くある。
だが、焼き物中心の小さな屋台では蕎麦用のお湯を沸かし続けるのは難しいし、米を炊いて握っておくのも大変だった。
確かにお稲荷さんならウケは良さそうだが、さらに作るのが大変だ。
『ミスティア、キミが作らなくてもいいんだよ。毎日お昼前に命蓮寺に取りに来るだけだ』
?
『今、寺に通いで来ている妖怪の中でお稲荷さんが大好き! ってヤツが何人かいるのさ。
参詣者にも振舞っているうちに評判になって今では里のお店にも卸しているんだ。
だから味は保証する。
そんなわけで毎日何十個もこさえているんだよ。それを少し分けてあげるから』
良い話のように思えるけど肝心のお代は?
『タダだとキミも気がひけるだろう、自慢の雀酒を一升、月に一回届けてくれればそれで代金としよう』
頭の中でじっくり計算する。
仲間の鳥妖から甕(かめ)で仕入れている雀酒、実はかなり安い。一升分なら□□文くらいかな。
ちょくちょく屋台は休むから毎日10個もらったら月で200個くらい、一個○○文で出したらあがりは……
えー! お稲荷さん安すぎー! ホントに良いの?
『なーに構わんさ。明日からでもいい、命蓮寺においで。
門にいるやたら声の大きい山彦に挨拶をして、お稲荷さんもらいに来ましたーって言えば分かるようにしておくからね。
よし、商談成立だ!
後しばらくしたらその娘を連れてくるからよろしく頼むよ』
夜雀の返事も待たず飛んで行ってしまった。
先日来店したちょっと素敵なネズミ妖怪からもらった、ちょっと良さ気な話と、ちょっと面倒そうな話。
ミスティアは(これで良かったのかなぁ)と首をかしげていた。
そしてご対面。
早苗はミスティアを覚えていた。
先日とっちめてやった鳥の小妖。
相手にもならない弱い妖怪だった。
(こんなモノの下で働くなんて……いえ、妖怪にも色々いるんだし、まずは経験してみないと、そうですよね? 慧音先生?)
夜雀を見ながら心の中で素敵な先生に話しかける。
《スッパンパーーン!!》 「いったぁーーーいーー!!!」
「さなええー! ご挨拶はどうしたぁー!」
(うううっううー、慧音先生の【その通りだよ早苗】ってお返事を待っていただけなのに。やっぱりネズミは嫌いです!)
「東風谷早苗です! ミスティアさん! 今夜はよろしくお願いします!」
「は、はい、こちらこそ」
異様なノリに気圧された夜雀は思わず腰が引けてしまった。
「さーて、あとは女将に任せるか。私は商売の邪魔にならないようにこの辺りをブラブラしていようかな」
そう言って屋台から離れようとしたナズーリンが早苗に手招きをする。
ミスティアに聞こえないくらいの場所で小声で話し始める。
「いいかね? 妖怪でも真面目に働いているんだ、仕事中に彼女に危害を加えたら許さないからね」
「そんなことしませんよ! 当たり前じゃないですか、ワカリマシタキヲツケマスデス」
お尻に当てられたハリセンの感触に語気を弱める。
(まったく! 私は昨日までの私じゃないのに! 今、こんな場面でいきなり退治する、そんなのありえないわ! イヤなネズミです!)
表面は従順に、心の中で憤慨する新米巫女。
(……でも、昨日までの私がもしここに居たら……)
その先を想像するのがなんだか怖くなり、早々に打ち切って屋台に戻った。
ミスティアの仕込みを手伝う早苗。
始めはお互い緊張していたが、早苗がミスティアの手際のよさ、小さな屋台の割りに充実しているネタの数に感心し、そのことを口にすると元々話し好きな夜雀は積極的に話し始めた。
八目鰻は週に一回くらい川に獲りに行ってウチの生簀に入れておくの
お豆腐は妖怪にも売ってくれるお店で毎日仕入れるんだよ
野菜は麓の畑で分けてもらったり、友だちと山に採りに行ったりかな
お酒と炭は仲間の妖怪から買うんだよ
この屋台や食器は河童の友だちに作ってもらったの
氷? 友だちに氷の妖精がいるんだー、だから困ったことないね
「妖精にもお友だちがいるんですか?」
「うん、元気が良くて面白いコなんだよ」
「ミスティアさんは、お友だちがたくさんいるんですね」
「えへへ、そうかな? うん、そうかも知れない」
「友だちっていいですよね」
「うん、いいよね」
仕込みもあと一息となった頃、ミスティアは歌い始めた。
夜の鳥ぃ~ 夜の歌ぁ~ 人は暗夜に灯を消せぇ~♪
夜の夢ぇ~ 夜の紅ぁ~ 人は暗夜に礫を喰らえぇ~♪
何時から開店と決めているわけではないが、歌うことで自分への合図にしているそうだ。
仕込みの仕上げを任された早苗は、最初のうちは夜雀の歌に聞き入っていたが、歌詞の内容がちんぷんかんぷんだったのでやがて自分も小さくハミングを始めた。
早苗は神社で家事全般を行っているので、このくらいの作業は鼻歌交じりで出来る。
少し離れたところで気配を消して聞き耳を立てていたナズーリンは早苗の鼻歌が気になった。
ふんふふふんーふふふっふん、ふっふっふふっふーん♪
なんだがアルファベットの最後の文字のテーマに聞こえる。
早苗が大型機械人形が好きな女の子【ロボっ娘】であることは先だっての巨大人型風船騒動ではっきりしている。
それにしても随分とシブい選曲だ。
(ふーん、機械人形動画か。この辺りを突付いたら何か出てくるかな? 明日、試してみるかね)
ナズーリンは口の端だけで笑いながら監視を続行した。
ぽつぽつと客がやってくる、その全てが妖怪の類。
そのたびに早苗が話題になる。
女将、この娘はなんだ?
見習いだよー
ヒト臭いが、完全なヒトではなさそうだな、半端な妖だな
片手で捻れそうな妖怪たちに愛想を振りまき酒と肴をすすめる。
くだらない話やウソくさい自慢話、聞くに堪えない下品な話、ヨタ話。
ヨタ話の中には『最近、巫女の【お賽銭】の相場が上がったらしい』などと聞き流しにくい話題もあった。
珍しい話もあった。
満月の夜、人里の近くに現れる二本角の妖、大変気性が荒く強いので近寄るモノなどいなかったのだが、最近白髪の美しい娘が寄り添っていると。
早苗は心の中で(観察、観察)と唱えながら、今日慧音から教わった諸々のことを目の前にいる妖怪たちに当てはめて色々考えていた。
今、結論を求めるのは早すぎると自分でも分かっているので、なるべく見て聞くことに集中した。
『経験しておけば、後から理解できることもある』
慧音の言葉で一番印象に残ったフレーズだったから。
客足も途切れ、女将が【看板】を告げた。
幸い早苗を知っている人妖は来なかった。
ナズーリンは実はそれが一番気がかりだった、後々面倒になることは目に見えているから。
来たとしても理由をつけて店には近付けさせないつもりだったが、来ないならそれに越したことはなかった。
「これ、今日のご祝儀、結構お客さん入ったからね。剥き身で悪いんだけどさ」
ミスティアが早苗に何枚か硬貨を渡した。
「いえ! 女将さん! お給金は無しのはずです! もらえません!」
「だーかーらー、ご祝儀だってばー、気にしないでよ、少しばかりなんだから」
困った早苗は辺りをキョロキョロとうかがう。
こちらに歩いてくるナズーリンと目が合った。
「早苗、女将さんの心遣いだ、ありがたく頂戴しなさい」
硬貨を見れば、客一人が軽く飲み食いしたくらいの金額だが、余分な金を持ち歩かない早苗にとっては大金。
「あ、ありがとうございます!」
「いいってば、今夜はおかげで助かっちゃったしさ」
そう言って照れくさいのか、いそいそと片付けを始める夜雀。
その手元をぼーっと見ていた早苗は、生の八目鰻の串が氷箱にしまわれるのを見て慌てて言った。
「女将さん! ヤツメの串ってあと何本残ってますか?」
「うん? えーとあと五本だね」
「じゃあ、このお金でその五本買いますから焼いてください、ちょうど買えますよね?」
「うーん、買えるけど無理しなくていいんだよー? これ、明日も大丈夫だから」
「そうじゃないんです、さっき賄いでヤツメを食べたとき、すごくおいしくてビックリしたんです! だから神奈子様と諏訪子様にも食べさせてあげたいんです! 売ってください!」
「へー、やっぱり早苗さんって優しいんだねー、いいよ、焼いてあげるから持っていきなよ。お代なんかいらないから」
「え!? いや、あの、私のお金で二人に買ってあげたいっていうか、この気持ちを共有したいっていうか、そのっ」
「ミスティア、私からも頼むよ。売ってやってくれ。得がたい経験になるだろうから」
「うん、わかった、腕によりをかけて焼くからちょっと待っててね」
「あ、じゃあ、私、その間に片づけします!」
焼きあがった串を竹の皮で包んだ女将が告げた。
「はーい、お待ちどーさま。もう帰っていいよ」
「え、でもまだ半分も片付いていませんよ」
「あったかいうちに食べてもらって。だから早く帰って。 いいでしょ? ナズーリンさん?」
ナズーリンは苦笑しながら、
「女将の頼みとあっては断れないね。 早苗!」
「はい!」
「本日の特別補習講座、全て終了だ! これにて解散! 速やかに帰宅しなさい!」
「はい! ありがとうございます! ナズーリンせ、せんせい! ミスティアさん! 本当にありがとうございます!」
深々と腰を折ったあと、八目鰻の包みを大事に抱えて飛び立っていった。
「女将、今日はありがとう。恩に着るよ、助かった」
「こちらこそー、結構楽しかったしね」
ニコニコしている夜雀をじっと見つめるナズーリン。
ミスティアはその真摯な視線に気づいて少し硬くなる。
「ど、どうしたの?」
「ミスティア、キミはとても素敵だ」
いつのまにか隣に来ていたナズーリンが頬に口付けた。
「!!?」
「明日、寺へきておくれよ? 待っているからね。 じゃ、おやすみ」
しばらくぼーっとしたままの夜雀だった。
翌朝、先日のお尻の件でまだ怒っている寅丸を宥めすかし、お稲荷さんの数を確保したナズーリンは聖白蓮に此度の経緯、自分の構想を報告した。
今回、自分の立ち位置がハチャメチャなので主人には全てを伝えていない。
寅丸星は恋人であるナズーリンを全面的に信頼しているが、【汚れ役】を演じることにはいつも否定的だった。
自分の未熟さゆえと思い込んでしまうことが多いので、うかつに話は出来ない。
お昼前、約束通りやって来たミスティア・ローレライを聖に引き合わせる。
「聖白蓮でございます。ミスティアさん、これからよろしくお願いしますね」
「は、はひ! はひん! おねおねおねおね」
最近たびたび噂にのぼる妖怪寺の女住職。
どれもこれも信じられないような噂ばかりだったが、実物は噂をはるかに凌駕していた。
ミスティアは膝の力が抜けそうだった。
「ミスティアさん。 これで貴方と私たち、ご縁を結ぶことが出来ました。
今日はとてもよい日でございますね」
そう言って慈笑を向けられるが、あうあう、としか言えない。
そんな夜雀の手をとり、強引に辞させたナズーリン。
「ミスティア? 驚いたのかい? まぁ、毎日来ていれば少しは慣れるよ、少しはね。
えーと、こちらが厨房だ、明日からは直接こちらに来るといいよ」
ようやく落ち着いてきた夜雀だが、ちょうど厨房から出てきた寅丸星と目が合ってしまい、本日二度目の衝撃を受けることになった。
先日の薄暗い屋台で会ったときも十分に衝撃的だったが、今は日の光浴びるシャイニータイガー100%、陽光の元、楽しそうに明るくきびきびと働く姿は、輝き迸る魅力で当社比200%増しだった。
(こ、このお寺、妖怪には刺激が強すぎるよ~~)
「なんだかお尻がもっこりしているな」
特別補習講座二日目、寺子屋へやって来た早苗は指導者二人に元気に挨拶したが、ナズーリンはその腰周りに目を留めながらつぶやいた。
「何枚重ねているのかな? この暑い中ご苦労なことだ」
”ギクッ”と聞こえそうなほどうろたえている新米巫女。
ハリセン対策として早苗が講じた手段はまことに拙いものだった。
厚手の冬物の下穿きをありったけ引っ張り出して、重ねて穿いてきたのだ。
(ばれちゃった……)
あたりまえである。
この娘、やはり少しピントがずれている。
「この手の不正は露見したが最後、必ず罪に問われるよ。脱ぎたまえ」
「はい……」
早苗も観念した。
「慧音先生、お部屋をお借りします、脱いできます」
「なにを言っている? ここで脱ぎたまえ」
「はい?」
「全部脱げとは言わないし、女同士だ。何も遠慮することはあるまい」
「で、でも」
「せっかくだから一枚ずつだ。キミの魅力を見せてみたまえ。
まずは恥ずかしそうに、次は誘うように、次は泣きながら、次は新妻のように嬉しそうに、そして最後は膝でストップ、そう半脱ぎだ。
さあ始めろ!」
「あ、あの、そんなの無理です……」
「なんだとぉ!? それでも女子高校生か!? 勉強不足にもほどがあるぞ」
「そんな勉強ありませんよ!」
慧音は眉をしかめていた。
いくら【汚れ役】と言ってもワルノリしすぎだ。
「ナズーリンどの! もういいだろう!」
すると変態ネズミは矛先を歴史学者に向けた。
「話にならん! 慧音先生! この未熟者を指導してやってくれ。
そそる脱ぎ方のお手本を見せてやってくれ!」
「な、なんでそんなことをせねばならないんだ?」
根が大変真面目な【お姉様】は突然のムチャ振りに対応できない。
「必要な指導だからだ、さあ、ひもパンのそそる脱ぎ方の模範演技を!」
「……まて、なぜ私の下着を知っている」
「些細なことに言及している場合ではないよ」
「いや、かなり気になる、いつ見たんだ!?」
「……ホントにひもパンなのかね?」
「え? そ、そ、それは」
自爆してしまった。
そして冷静温厚な気質を支える【包容力】タンクが恥ずかしさと言う普段あまり溜まらないファクターにより、一気に満水レベルまで溜まってしまった。
「慧音先生はひもパンなんですかー」
早苗が不思議そうな顔でつぶやくと、タンクは破裂した。
「……だって、だって、妹紅が作ってくれたんだもの!
私の下着が少なすぎるって、妹紅が作ってくれたんだもの!
普通のは作るの難しいけど、両脇をひも結わえるのなら作れるって、たくさん作ってくれたんだもの!
夜なべして作ってくれたんだもの!
なんだよ! 文句あるのか! も、妹紅が私のためにーー!」
泣き出してしまった。
「私は気に入っているんだ、満足しているんだ!
笑われようが平気だ! さあ笑えー!」
ロングスカートを勢い良くまくり上げた。
美人教師の秘密の大公開だ。
桜色の小さな三角、両脇は赤いひもで結わかれていた。
そして監視者ナズーリンの目はワンポイントの小さな刺繍をとらえる。
相合い傘で【ケネ】【モコ】と入っていた。
素敵な下着もさることながら、普段長いスカートで隠されている慧音先生の下半身はさらに素敵だった。
ひもパン以外何も身に着けていない下肢はそのフォルムの全てを晒している。
ナズーリンは本能的にいつもの観察モードに入っていた。
(胸は別物として、スレンダーな上半身に対し、ほんの少し太目の腿だが、太いというより、女性的なふくよかさと言える。
座り仕事が多いせいか、膝の間接はやや大きめで頑丈そうだ。
脛の向こうに見えるふくらはぎも発達している。
全身のバランスから見ればややがっしりした下半身だが、それは作り物めいたバランスではなく、【働く女性の健康的な下半身】だと言うことだな。
それに白い星は堂々の四つ、加えて統合すれば【活動的だが女性らしさも備えている】カラダなのだな。
先回覗き、もとい、調査したときは入浴時に数秒確認しただけだったし、どうしても胸部に集中して色々見落としてしまったようだ。
うむ、単純な比率では語りきれない生活に密着したリアルな美しさがここにある。
上白沢慧音、やはり貴方は素晴らしい)
瞬き二つの間に観察、考察を終了したナズーリンは、現状へ目を向けた。
スカートを下ろした慧音はしゃがみこんで本格的に泣きはじめてしまった。
「ううー! 妹紅とお揃いなんだー、私はそれで満足なんだー!」
(しまった、これほど豪快にブッ壊れるとは。
精神の安定度はトップクラスだと思っていたんだが、このヒト、妹紅どの絡みだと地雷が多いなー。
だが、妹紅どのがお揃いの下穿きを作っているなんて、フツー想像できんぞ。
しかし、慧音どののひもパン、結構なお手前でした、誠にありがとうございます)
心の中で手を合わせるナズーリンは、わんわん泣いている【お姉様】に、(これはこれで可愛いな)などど大変不謹慎な感想を抱いていた。
だが、このままでは収拾が付かない。
思案する時のクセで首を傾げたナズーリンの視界にオロオロしている早苗が入ってきた。
(んー、まぁ、嫌われついでだ、ここは早苗に被ってもらうか)
そのまま早苗を見つめる。
早苗もその視線に気づき、縋るように見返してきた。
「早苗、笑いすぎだ。早いところ謝っておいた方がいいぞ」
「はえ!? え、え、私、笑っていませんよう!?」
「今ならまだ間に合うぞ」
「なんでそうなるんですか!? 私、なにもしてませんよ!」
「慧音どの、まぁ、早苗も反省していることだし、勘弁してやってくれないか?」
「ちょっとーー! 私がワルモノですか!?
そもそもひもパンの話を始めたのはナズーリンさんじゃないですか!」
「早苗、きちんと謝りなさい」
「ぜ、全然納得できませーん!! 私、悪くないもの!」
「ふー、自分の非を素直に認められないとは。ありがちな特質ではあるが、始末におえんね」
慧音は涙でぐしゃぐしゃになった顔で早苗を睨みつける、かなり怖い。
「あぎゃー!! ま、待ってください!!」
「なぜ素直に謝れないのかなー、事態はどんどん悪化していくぞ?
しかたない、慧音どの、ここは私の顔に免じて怒りを収めて欲しいのだが」
そう言って慧音の肩に手を置く。
やがてのろのろと立ち上がったベソかき先生は『頭を冷やしてくる』と言い残し、水場へふらふらと歩いていった。
「やれやれ、大変なことだったなー」
ニヤニヤしながら振り返ると憤怒の形相の山の巫女がいた。
「ナズーリン、せ、せんせ、い、今は指導中ですか?」
「んー? まぁ休憩中かな? 普通にして構わんよ」
「なら、言わせてもらいます!!」
「はい、どーぞ」
「ア、アナタって最低です!! 友だちいないでしょ!? ええ、絶対いませんよーー!!」
そのまま水場の方へ駆け出していってしまった。
(まぁ、いいか、しかし、また【友だち】が出てきたな、もう少し揺さぶってみるか)
ナズーリンは次の仕込みのために飛び立った。
頭から冷たい井戸水をかぶり文字通り頭を冷やした慧音は、いつもの慧音だった。
手拭で髪を拭いながら恥ずかしそうに話す。
「早苗、悪かったね、興奮しすぎたようだ。勘弁して欲しい」
「い、いえ、そんな、なにも」
「ナズーリンどののいつもの悪ふざけに乗せられてしまったな、私、妹紅が絡むと脆いんだよな」
「あの、さっきのこと、ナズーリンさんを許すんですか?」
「うん? そうだね、許しがたいな。よーし、次こそは彼女を困らせて泣かせてやろう」
おどけながら言う慧音を不満そうに見上げる早苗。
「なんだか本気で怒っているようには見えないんですけど」
「ははは、多分、今回は偶然だろうね、あのヒトは妹紅のことを私以上に真剣に考えてくれているからね、そのことでつまらん茶化しはしないよ」
「随分と信用なさっているんですね」
「ふふ、ナズーリンどののことは話さないよ。早苗が自分の目と耳で確かめなさい」
なんだか納得いかないが、ナズーリンのことはこれまでかと判断し、もう一つの気がかりについて聞く。
「あの、モコウさんって慧音先生の大事な方なんですか?」
慧音の顔、雰囲気がとても穏やかになる。
「ちょうどいいかもしれない。今日の講義の最後に話してあげよう。
不死の呪いを背負い、数百年間、妖怪退治に明け暮れていた孤独な少女の話を」
ナズーリンが寺子屋に戻ると、早苗がひぐひぐと泣いていた。
慧音が肩を抱いて小声で何か話しかけている。
「慧音どの、どうしたんだ?」
慧音は少し困った顔で振り向く。
早苗に一言告げて立ち上がり、少し離れたところでナズーリンと向き合う。
「妹紅のことを話したんだ、妖怪退治を生業とする者にとって参考になると思ったんだ。
そうしたら、妹紅の人生にかなり感情移入してしまったようで『酷すぎます! 悲しすぎます!』って泣き出してね。
でも、今は何とか楽しそうだから大丈夫、と言ったんだが、『何があったんですか!? 誰が救ってあげたんですか!?』って、しつこいので私と妹紅のことを少し話してしまったんだよ。
そうしたら『良かった、本当に良かった、妹紅さん幸せになってください』って、また泣き出してね」
「まぁ、良かったんじゃないかな? 【妖怪退治】となれば、実のところ第一人者は妹紅どのなんだし、彼女の生き様を抜きに妖怪との付き合い方は語れないだろう」
「そうだな、しかし、私、早苗のこと気に入りそうだよ、根は優しい娘なんだ」
「私もそう思うよ」
「本当かね? 随分とイジメているようだが」
「おや? そう見えるのかな?」
ようやく気持ちの落ち着いた早苗を伴ったナズーリンが空中で告げる。
「今日の実地学習は博麗神社だよ」
「はぁ?」
昨日の夜雀の屋台から随分とかけ離れた訓練場所だ。
早苗が驚くのも無理はない。
「まぁ、詳細な内容は現地で説明するよ。 到着までまだ間がある。少しキミに質問をするとしよう」
「そ、それは指導の一環なんでしょうか?」
警戒心剥き出しの新米巫女。
「もちろんそうだ。心して答えるんだぞ」
ごくり、緊張する早苗、一体、どんな無理難題が飛び出すのか。
「自立型ロボットと操縦型ロボット、キミはどちらを好むのかな?」
(はぁぁぁ? このネズミ、何を言ってるのかしら!?)
「早苗、今キミは『このネズミ、何を言ってるのかしら?』と思ったね?」
”ギクッ”
「キミは分かりやすいんだよ、私に隠し事をしたいのならあと300年ほど修行を積みたまえ。
それはともかく、私はつい最近までキミと同じ【あちら】にいたのだ、キミが生まれるずーっと前からカルチャー、メディア、デバイス等に通じている。
だから遠慮なく答えたまえ」
早苗は腹をくくった。
(このネズミ、私を試す気ですね? 上等です! 【ロボッ娘】東風谷早苗の熱い想いで焼き尽くしてやります!!)
「コホン、とりあえず操縦型と言っておきましょうか。
自立型ロボもいいですが、やはり操縦したいですね。
ちなみに操縦ユニットは独立していて欲しいですね。
あ、ジェットパイ○ダーよりホバーパ○ルダーの方が好みです。
コ○ファイターは【戦闘機並みの性能】なのであって、だからと言って戦闘機として運用するのは間違っているんです!
繊細な操縦デバイスを満載しているユニットが、ドッグファイトなんて、少しでも傷がついてしまったら、その後の合体時、どんな影響がでることか。
もう! ハラハラします!」
「ふむ、なかなか熱いな。では次だ。
紅の翼のサザンクロスナ○フはどう見る?」
「ほーう、そう来ましたか、上級者向けですね?
ですが残念でしたね、それは私の専門分野ですよぉ!
ふふふふふ、サザンクロスナ○フ、言わせてもらいましょうか!
はいっ! あれは蛇足です! 紅の翼への構造的負担もさることながら、決定力にかける武器ですし、なんといってもカッコ良くありません!
あんなモノがカッコイイ紅の翼からスッポンスッポンとマヌケな感じで出てくるのは我慢なりません! 結論! アウトです!」
(スゴイ食いつきだな、別人のようなテンションだ)
「むむ、では、似たような攻撃属性を持つドリルミサイ○はいかに?」
「あれはOKです! ドリルミサイ○は劣勢を跳ね返すここ一番での切り札です!
スピード感もあり、威力も申し分なしです!
ロケッ○パンチ発射後の一見脆弱な姿から繰り出す必殺のショットです!!
あれこそいぶし銀のシブい武器です!」
「ふーむ。才能はあるようだな、想いの向きも正しいと言える。
よかろう、こちらの方面ではキミを認めてやろう」
「な、なんですかー! 偉そうに! 今度はワタシのターンですよ!」
「まったく、自分の立場もわきまえず、困った娘だな。 いいだろう、一回だけ受けてやろう」
「行きます! 史上最高のドリル、ゲッ○ー2のドリルアーム、これが射出されたことがあります! その最初の場面をご存知ですか!?」
「PART6、大雪山に地獄を見た、のクライマックスで放った【ドリルロック】だったね」
「うぐぐぐっ、や、やりますね、久しぶりのバトルですよ。
【このえ】より強敵かもしれません」
「早苗、このえってなんだね?」
はっとした早苗は少しの間黙ってしまった。
「・・・・・・あ、いえ、あの、なんでもないんです、もう結構です」
先ほどまでのハイテンションが見る見る萎れていく。
(このえ、おそらくヒトの名だな。およそ見えてきたが、もう少し情報が欲しいな)
ナズーリンは真面目で素直な早苗がエキセントリックな言動をとるその背景には、予想以上に深刻な問題が潜んでいるのでは、と睨んでいた。
当初、面白半分で引き受けた早苗の指導だが、その初日、彼女を観察するうちにいくつかの疑問がわいてきた。
放置すると後悔しそうな予感がする。
今のナズーリンはかなり真剣だった。
博麗神社に到着した二人。
「こんにちは霊夢どの、お待たせしてしまったかな?」
ナズーリンが博麗の巫女に挨拶する。
日が落ちるまでにはもう少し時間があった。
「いーえ、別に。特にやることがあるわけじゃないから」
いつもニュートラル、悪く言えばつっけんどんな霊夢がナズーリンにふわっと微笑む。
その笑顔に驚いてしまった早苗。
「東風谷早苗を連れてきたよ。まぁ、お互い改めて紹介する必要もないだろうが」
霊夢は早苗を見て『ふふん』と笑う。
「早苗、久しぶりね。元気にしてた?」
先だって、ボコボコにされて以来、会っていなかった。
「ええ、おかげさまで」
澄まし顔で精一杯、虚勢を張る守矢の巫女。
火花が飛びかねない二人の間に悠々と割って入る小さなネズミ妖怪。
「霊夢どの、先ほどお願いした通り、よろしく頼む。
キミの貴重な時間を少し頂くことになるから、夕飯は私が支度させてもらうよ」
「アナタ、料理できるの?」
「いやいや、料理なんて大層なものではないさ、生蕎麦とツユ、生みたて卵、そして命蓮寺名物の【白蓮稲荷寿司】を持参している。
私は蕎麦を茹でるだけだよ。
あと、卵もほんの少し茹でる。
白身が半分ほど白くなる程度だ。
夕飯は、【おぼろ月見蕎麦と白蓮稲荷寿司のセット】だね」
ゴクリ
霊夢のノドが鳴った。
【白蓮稲荷寿司】
具に蓮根(レンコン)を多めに使うことにより、ショリショリした食感で強い印象を与えながら、京人参、炒りゴマ、椎茸、沢庵漬けが味の深みをしっかりと支える。
油揚げを煮る際に薄口醤油を使うことで全体を淡く白く仕上げた見た目も上品なお稲荷さん、それが【白蓮稲荷寿司】。
寅丸星、会心の作品だった。
当初、雲居一輪が考案したこの命名に聖白蓮は珍しく顔を赤くして反対したが、供されたモノたちは白っぽい外観と蓮根の存在感から白蓮の名に行き着き、【白蓮稲荷寿司】としてあっという間に定着してしまった。
本日よりミスティア・ローレライの屋台で出されるお稲荷さんもこれだった。
霊夢は里の蕎麦屋で食べた美味しい稲荷寿司がそんな名前だったと思い出した。
「夕飯どきになったら台所をお借りするよ」
少し前に神社にやってきたネズミ妖怪が『今日は参拝ではない』と言ったので【素敵な巫女さま】モードはお休み。
『頼みがある』
商売敵ともいえる山の神社の新参巫女の相手をしてやって欲しいと。
そして追加の注文が少しばかり。
『この先、少しでも面倒ごとを減らしたいんだ』
東風谷早苗の普段の言動を見れば【面倒ごと】の意味は分かる。
それ以外にも思惑はありそうだったが、霊夢は深く考えなかった。
元々、このネズミ妖怪は上の付く【お得意さま】。
そして何事につけ関心の薄い自分の心芯を快くくすぐる珍しい存在。
【あの御方】として訪れる時は実益がたっぷりだし、何より楽しい。
そして『今日は参拝ではない』と申し訳なさそうに訪れる時には必ずちょっとした理由があった。
それはそれで構わなかった、むしろ参拝ではない時の方が面白いくらいだった。
基本、面倒くさがりの自分が(もう少し絡んでもいいかな)と思える数少ない相手。
そんなわけで博麗の巫女は今回もネズミの願いを承諾した。
「早苗、今日は霊夢どのがキミに巫女としての心構えを教授してくださるから心して聞くように。
そしてどんな疑問にも決して怒らず、可能な限り丁寧に答えてくださる。
まぁ、もともと大変寛容で慈悲深い巫女さまだからね」
この程度の持ち上げ方では浮かれたりしない霊夢だが、早苗の手前、腕組みをしてふんぞり返ってみせる。
【寛容で慈悲深い】ポーズとしてはあまり適してはいないが。
警戒している早苗。
(ホントかな? あとで代金を求められるんじゃないかしら? 【カツアゲ巫女】だし)
「もちろん無報酬だ、安心したまえ」
”ギクッ”
「まったく……キミは顔に出しすぎだ。
まぁ、私は時間まで消えることにするが、失礼のないように気を付けたまえよ?」
そう言って去って行く小さな賢将。
「さーて、お茶でも入れるわ。そこいらに座っていて」
縁側のあたりを指さし、台所へ向かう霊夢。
早苗は言われた通り腰掛けたが、どうにも落ち着かない。
静かすぎる。
山と違って、生き物の気配、植物の息吹が感じられない。
木々に囲まれているはずなのに作り物めいた違和感がある。
お茶を持ってきた霊夢が落ち着きのない早苗に言う。
「約束だから怒らないし、できるだけ丁寧に答えるけど、本当のこととは限らないからね」
(変な前フリですね? わざわざ言うことなのかしら?)
少し気になったが、早苗は腹をくくった。
(せっかくだから、いろいろ聞いてみよう、慧音先生も聞くことは恥ではないって言っていたし)
「ではよろしくお願いします」
「はいはい。まずは―――」
「こんにちわー! 毎度お馴染み、射命丸ですっ!!」
つむじ風を伴って舞い降りてきたのは【伝統の幻想ブン屋】だった。
「おやおや? こちらは山の巫女さま、これは珍しいツーショットですね、まずは一枚」
言うが早いかシャッター音。
「アンタねぇ、いつもいつもいきなりで……なんの用?」
「もちろんネタ探しです。
こうやって小まめに地道に取材をすることで思いもかけないネタに出会えるのです!
現に今も、こんな面白そうな場面に遭遇したわけです!」
「面白そうって、私たちが一緒にいちゃおかしいの?」
「商売敵であるはずのお二人がこうして密談とは、怪しいことこの上ありませんね。何か陰謀の臭いがします!」
「陰謀? なにを言い出すの?」
「ふふふ、そうやってとぼけるのは、善からぬ企みだからですね?」
早苗は口をはさむ隙もない
二人の噛み合わないやり取りはしばらく続いた。
「あやや、この気配は…… いいでしょう、今日のところはこの辺で引き上げます。
しかし、後日、詳しく聞かせてもらいますからね!!」
そう言ってびゅわっと飛んで行った。
飛んで行く先をぽかんとして見上げていた早苗だが、霊夢のため息で引き戻された。
「まったく、はた迷惑な鴉だわ。邪魔が入っちゃったけど、続きを話しましょうか。
どこまで話したっけ?」
「まだなにも」
「んー、そうだったわね、それじゃ改めて―――」
言いかけた霊夢が鳥居の方へ顔を向けた。
なにかぼんやりしながらも大きな気配が近づいてくる。
早苗にも分かった。
「おーい、れーむー」
人間の子供ほどの背丈に、不つり合いなほど大きな二本角。
伊吹萃香だった。
よたよたふらふらと近づいてくる。
毎度のことながら、酔っ払っているのか。
「れーむー、たすけてー」
地面にぺたんと座り込んでしまった。
いつもと様子が違う萃香に歩み寄る博麗の巫女。
「萃香、どうしたの? 酔っ払ってるの?」
いつにも増して呂律が回っていない萃香は、それでもなんとか説明しようとしていた。
同じことを繰り返し、内容が前後し、それも休み休みなので理解するのにえらく時間がかかった。
妖精たちがくるくる回って踊っているのを見ていたと。
聞くと【厄神ダンス】と言うらしい。
たくさん回っていられた方が勝ちなんだそうだ。
面白そうなので自分も回ってみたと。
朝からずっと回っていたら頭が痛くなってきたと。
お酒で頭がふらふらするのとは別の感じでとても気持ちが悪いと。
「なんとかしてくれー」
「もー、バカをやるにもほどがあるわよ。どっちに回ってたの?」
「うん、えっと」
ふらつきながら立ち上がった鬼は右回りにくるっとしてそのまま倒れてしまった。
霊夢は手を引っ張って立ち上がらせる
「それじゃ今度は反対側に回って、支えててあげるから。
あ、もう、角、危ないわねー。
そうそう、そんな感じ、 くるくるくるーっと。
はい、止まってー、 どう?」
「お? すこし楽になったぞ?」
「今日はもう寝ていなさい」
「うー、そーするー」
まだふらふらしている萃香の手をとりながら早苗に向き直る。
「早苗、ちょっと待ってて。このコ寝かしてくるから」
半ば抱きかかえるようにして母屋に入っていった。
一人残された早苗は手持ち無沙汰。
冷たくなったお茶をすするが、おいしくない。
陽もすっかり落ちてしまい、無駄に流れた時間がもったいなく感じられた。
(こんなことしていて良いのかなぁ)
「お待たせー、あら、暗くなっちゃったわねー。
中に入りましょう、もうすぐお夕飯だし。 ん?」
あっけらかんと言い放った霊夢が、何かに気づいたように夜空を見上げる。
釣られて見上げる早苗。
「よっ! ご両人!」
箒に乗ってふわふわ降りてきたのは霧雨魔理沙だった。
「このお稲荷さん、うまいんだよなー」
なぜか夕飯は三人前用意されていた。
上機嫌で稲荷寿司をぱくつき、蕎麦を啜る魔法使い。
はじめこそ文句を言っていた家主の巫女だが、やがていつものような会話になった。
早苗にも話題が振られるが、生返事しかできなかった。
(授業中、なのよね?)との戸惑い、それに【カツアゲ巫女】の話が出て喧嘩になるのではとヒヤヒヤしていたせいで変に緊張してしまい、話に入っていけなかった。
「それじゃ私はこれで帰るぜ、いろいろと忙しいからな」
食べ終わったあともしばらくしゃべっていた魔理沙が腰を上げた。
「ヒトん家で夕飯をたかる暇はあるのね」
「作る暇がないってことさ、用意されているのを食べるので精一杯だぜ」
「なによ、それ」
少し怖い顔をした霊夢にひらひらと手を振って帰ってしまった。
「えーと、どこまで……って、まだ全然話してなかったわね?」
ようやく早苗に意識を向けた先輩巫女。
だが、
(なんだか今夜はいろいろダメな気がします)すっかりあきらめモードの後輩巫女。
早苗の予想通り、その後もダメだった。
忍び込もうとしていた三体の妖精を叩き出したり、元気になった萃香が騒ぎ出したりして話はできなかった。
「早苗、そろそろお暇(いとま)するよ」
ナズーリンが声をかける。
結局何も聞けなかった。
早苗はこうなることをなんとなく予想していたが、それでも気になることがあった。
「霊夢さん、最後に一つだけ教えてください」
「いいわよ」
「今日、たくさんのヒトが来ましたけど、皆さん、お友だちなんですか?」
「んー、違うと思うわね。 大体、友だちってどういうモノ?」
あっさり言い捨てた霊夢が質問を切り返す。
「えと、気が合って、苦しいときには助け合って、悲しいときには話を聞いてくれて、とにかく一緒にいると楽しくて、そんな存在だと思います」
「じゃあやっぱり、友だちっていないわね」
「それで良いんですか?」
「良いとか悪いの問題なの? なーに? 私と友だちになりたいの?」
「それは……多分違うと思います」
「アンタ、失礼なことをハッキリ言うわね」
片方の眉を吊り上げる霊夢。
早苗は俯いて考え込んでいる。
若干、気まずくなったところへナズーリンが辞去を申し出た。
「今日はどうだった?」
帰り道、早苗に問いかけるナズーリン。
「お話、全然聞けませんでした。時間がもったいなかったです」
やや恨みがましい目を指導員に向ける。
「いつも効率よく学べるとは限らないさ、これも勉強だ」
「でも、私、神奈子様と諏訪子様のためにも立派な巫女にならなければならないんです。
幻想郷で一番の巫女になりたいんです、そのための勉強ですから無駄にしたくないんです」
握りこぶしを見せるが、言葉にはそれほど強い意志を感じない。
「まぁ、明日もあるから頑張りたまえ、本日はこれにて終了だ、解散!」
早苗は、まだなにか言いたそうだったが、
「ありがとうございました、ナズーリン、せ、先生」
ぺこっとお辞儀をして山のほうへ飛び去っていった。
その姿を見送りながら考える。
今回は、霊夢のところへやってくる人妖たち、その接し方をみているだけでも得るモノはあると踏んでいた。
文や魔理沙に本日のことを仄めかしたのはナズーリンだった。
巫女としての心構え、そんなものは実際に仕える神と暮らす早苗の方が備わっているはずだ。
だが、あの生真面目な巫女は【巫女としての心構え】を学ぼうとするあまり、余裕が無くなってしまったようだ。
それに【友だち】へのこだわり。
早苗にとって【友だち】の概念は外の世界にいた時のものだろう。
(アチラではいなかったから幻想郷では欲しいのか、親しかったモノとの別れを後悔しているのか、それとも違う理由があるのか。
いずれにせよ本人が解決する問題だが、一度吐き出させたほうが良いだろう。
溜めすぎて時間がたってしまうと悪い形で噴出しそうな気がする。
でも、二柱にも言えずにいるようなことだから、どうやって吐き出させるかな)
本来ならこの手の厄介な役目は自身で行ってきたナズーリンだが、今回は無理だった。
初っ端に遊びすぎて警戒されてしまっている。失敗だった。
慧音に全てを話して頼る手もあるが、あの熱血教師は寝食を忘れ、真剣に取り組んでしまうだろう。
今回の指導のこと、座学が思いのほか順調なのは彼女の頑張りによっている。
これ以上負担をかけたくはない。
ナズーリンは考えた末、とっておきのカードを切ることにした。
「本日、私、ナズーリンは、急な仕事が入って指導ができない。
代わりの教官を紹介する」
「はーい、こんにちわー、因幡てゐでーす。【てゐ先生】って呼んでねー」
東風谷早苗は、自分に向かって小さく手を振る小さなウサギ妖怪に困惑していた。
指導三日目の朝、迷いの竹林でてゐを探しだしたナズーリン。
『どうしたの? こんな朝から飲むの?』
『いや、今日の飲み会はいつも通り夜からだ。』
『じゃあ、なに? 面倒ごと? 黙ってるってことは正解?』
ナズーリンは早苗に絡む状況と、てゐの役どころを説明した。
『あっきれたー、ナズリン、何やってんのよ?』
『だから、今回は私の立ち位置が微妙だから頼んでるんだろ?』
『知らないわよ、ナズリンが遊びすぎたせいじゃないの』
『そう言われると、返す言葉はないよ』
『調子に乗りすぎなのよ、たまには大失敗してうんと反省すればいいのよ』
『てーゐ、どうしてもダメかな』
『ワタシだって忙しいんだからね』
『そうだな、自分で何とかするよ』
『そうね、そうして』
『自分のうかつさが招いたことだ、仕方がない』
『そうね』
『正直、自信はないが、やれるところまでやってみるよ』
『……来週、夜雀の屋台で飲み放題食べ放題』
『……ありがとう、てーゐ』
『ああー! ワタシってもっと困ったヤツのはずなのに、アナタと一緒だとフォローばっかり!
知ってるでしょ? ワタシ、本来は面倒を起こす側なのよ? 解決する側じゃないんだからね!
間違ってるでしょ!? おかしいでしょ!? 誰のせい!? 何とか言いなさいよナズリン!』
一方的に罵るウサギに、黙って頷くしかないネズミだった。
「早苗さんね? 今日はワタシと一緒よー、よろしくねー」
意外なことだが、因幡てゐはやると決めたら何ごとにも真面目に取り組む。
フレンドリーな教師という役になりきっている
一方、早苗は、ウソつきでいい加減で狡賢いと評判のウサギ妖怪を警戒していた。
先刻、上白沢慧音から講義は明日で終了だと告げられた。
厳格ながらも充実して楽しい座学だったので少し残念だったが、あまり無理もいえない。
反対に実地研修の方は大いに残念だった。
初日はミスティアのもと、予想以上に実りが多かったが、二日目の昨日はハッキリ言って【ハズレ】だった。
そして今日、目の前にいるのは名うての詐欺師。
(大丈夫かしら?)
せっかくの【特別補習講座】、少しの無駄も我慢ができない早苗だった。
「早苗さん、歩きながら話そうよ」
そう言って右手を差し出す。
その意味が分からない早苗。
「手、つないでいこ? いいでしょ?」
右手がさらに近づく。
三日前なら、妖怪と手をつなぐなんて考えられなかった。
少しだけためらったあと、早苗はてゐの手を取った。
手をつないだ人妖は、山とは反対側、竹林の方角へ歩いていった。
ナズーリンと慧音がその後姿を見送る。
(てーゐ、たのむ)
てゐに縋らなければならない己のふがいなさを嘆いても仕方がない。
それより、今は友人を信じるだけ。
【心】の問題であれば、自分より遥かに鋭敏な感覚を持つ相棒を信じるだけ。
その日の夜、ナズーリンとてゐ、毎週恒例の飲み会。
竹林の中、大岩に腰掛け、塩茹でした落花生をつまみながら酒を飲む。
「てーゐ、この落花生、少し硬いよ、もっと茹でた方が良かったんじゃないかい」
「そう? 鼠と兎なんだから多少硬くても平気でしょ? ワタシはこんくいらいが好きなの」
「んー、まぁ、いいけどさ。塩加減は悪くないよ」
ツマミに向くように、塩茹でした上にさらに塩をふってある。
実は隠し味に、ほんの少しだけ砂糖を加えてあるが、ネズミ妖は気づいたかどうか。
ぼりっ、ぼりっ、ぼりっ、ぼりぼり。
しばらくは落花生を噛み砕く音だけだった。
ナズーリンは今日の首尾についてせがまなかった。
やがててゐが夜空を見上げながら話し始めた。
「はじめはとっても緊張しちゃっててさ。
でも、ナズリンの悪口を言ったら食いついてきて、あとは結構スンナリ。
どんな悪口か聞きたい?」
「いや、必要ない、大体分かる、早苗が言いそうなこともキミが言いそうなことも」
「『早苗さん、頑張ってるよね』って言ったら、『私は幻想郷で一番の巫女になるんです! 霊夢さんに勝つんです!』とずいぶん力が入っていてさ」
「その力の入りようは本物だったのかな?」
「ワタシの感想は、ナズリンの予想と同じ。
あの対抗意識は上っ面だね」
「やはりそうか、【類似巫女、二番手巫女】と呼ばれた時、ムキになる態度も様式化された感じだしな」
「引越し先の世界で、同じような立場の人間がいて、それがとてもおっきな存在だとしたら、とりあえず対抗してみることで人目は惹けるもんね」
「てーゐ、相変わらずキミの物言いは【辛い】な」
「なによー? アナタの前だけでしょ? 気に入らないの?」
口を尖らせるウサギ、笑って軽く手を振るネズミ。
「いや、そんなことはないよ、どんどん言ってくれ」
「んじゃ、遠慮なく。
博麗の巫女にこだわっている【フリ】を続けているから、教えてあげたの。
対抗することは無駄だって、ばかばかしいよって」
「どんな言い方で?」
「あれは人間の姿をしているけど、人間ではないって。
幻想郷の【ばらんす】を保つための【しすてむ】だって。
力が弱ったら交換する【かんでんち】みたいなもんだって」
淡々と述べる大年増のウサギ妖怪だが、ネズミの賢将は驚いていた。
「お、おい! さすがに酷すぎないか!?」
「もちろん早苗にはもっと、やわらかーい言い方で話したよ」
「そうじゃなくて、キミは、本当にそんなふうに考えているのか?」
「うん、幻想郷が閉じた時からそう思っていたよ。
そして【でんち】を換える係がスキマの妖怪でしょ? 早苗にはそこまで言わなかったけど」
「キミは怖いな」
「はあー? なに言ってんの? ナズリンだって、だいたいそう思っているんでしょ?
寅丸さんからアナタがちょいちょい神社に参拝に行ってるって聞いた時、わかったもん」
「いや、私は別に……」
「いまさら良いコぶるつもり? 【しすてむ】を利用するのが目的でしょ?」
当初は確かにそのつもりだったが、最近は博麗霊夢という個人に興味がわき、なんだかんだと絡んでいる。
だが、今そんなことを言いはじめたら脱線すること間違いない。
「まぁ、そんなところだね。それで、早苗はどうしたんだ?」
「む、ナズリン、誤魔化したね? いいわ、今回は見逃してあげる。
早苗はびっくりしていたけど、しばらく考えてから聞いてきたの。
『博麗神社の神様ってどなたなんですか?』って」
それまで聞かされた霊夢の【巫女】としての特殊性を考えれば、同じ巫女として帰結する疑問の一つだろう。
「キミはなんと答えた?」
「しらないって言ったわ、ホントにしらないもの。ナズリンはしってるの?」
「私も知らんよ」
もし、昨日、早苗がこの質問をしたら、霊夢はなんと答えたのだろうか。
「ふーん、あたりはつけてるんでしょ? でも、今夜はいいわ。
早苗のこだわりは、これからも残ると思うけど、たいした問題にはならないわね」
「同感だ、こだわりの【ポーズ】がやりやすくなる、その程度だね」
ぼりっ、ぼりっ、ぼりっ、ぼりぼり、ぐびび。
小休止のあと、てゐが本題を切り出した。
「ナズリン、早苗は外の世界で【友だち】がいたみたい」
(やはりそうか、想定の範囲内だね)
「外の世界にいた時のこと、ぽつぽつ話してくれたの」
てゐがナズーリンに向き直る。
「ねぇ、外の世界で忘れ去られたモノが幻想郷に来やすいんだよね?」
「そういうことらしいね。守矢の二柱も人間から忘れられそうになったからこちらに来たようだし」
「それじゃ、早苗は?」
ナズーリンは(なにをいまさら)と思いながらも答える。
「守矢の風祝、巫女なんだから、いわば【付属品】だろう?」
「ナズリン、アナタの方がよっぽど酷いんじゃない?
あの娘は【がっこう】にも通っていたそうだし、友だちもいた。
近所の【しょうてんがい】の人間とのつきあいもあったのよ?
たまたま迷い込んだ外の人間とは違うでしょ?」
「忘れ去られる理由がないと来れなかったはず、と言いたいんだね?」
「神様たちと違って、自然と【縁】が切れたわけじゃないのよ」
「早苗自身は、かなり強引に断ち切ったのか」
その友だちとの【縁】を切らなければならないとしたら、心への負荷は相当なものだ。
例えば転校する、と言えばそれは個人によっては思い出として長く残るだろう、印象深い娘だから。
そしてそれは頸木(くびき)になってしまうはずだ。
てゐが、ナズーリンの思考を読んだかのように先をつなげる。
「関係するモノを全部、消しちゃったのかな? 神様って残酷だもんね、町ごと消すくらいやりそう」
「また、恐ろしいことをサラッと言うなぁ。
私より先に幻想郷入りしたはずだが、当時そんな報道はなかったよ。
さすがに町一つ消すってことはないだろうね」
「それじゃ、どうやったの?」
「記憶をいじったのだと思う。
早苗という存在を記憶から完全に消去するのは難しいし、何かの拍子で思い出す恐れもあるから、置き換えだな。
早苗に相当する存在を用意して上書きしたのかもしれない」
「面倒なんだねー」
「そうやって人々の記憶から東風谷早苗が消えたところでこちらに移ったんじゃないかな」
急造の推論をまくし立てるナズーリンを見つめていたてゐが小さな声で言った。
「その友だちの記憶からも消えてしまったのね」
てゐの言葉の本当の重さに気付くまで少し時間がかかってしまった通称【賢将】だった。
自己嫌悪に打ちのめされているネズミの肩に手を置いたウサギがことさら陽気に話しかける。
「うかつだし、考え足らずなことも多いけど、元気出しなよ【賢将】さーん。
ワタシが認めてあげる、アナタなかなか頭いいわよおー」
「賢将なんかじゃないさ、少し考えれば早苗の心傷に気付けたのに、自説を得々と弁じるとは。
ただの馬鹿者だ」
「ありゃ? 本気で凹んでんの? もー、しっかりしてよー」
口では励ましながらも楽しそうなウサギ妖怪。
(凹んだナズリンはおいしいわね~) 底意地の悪さ炸裂中。
「ところでナズリン、早苗のお勉強、いつまでなの?」
「あ、ああ、明日で終了だ。
慧音どのの座学が順調のようだから、こちらだけ引っ張るわけにもいかない」
「ふーん、それじゃ、明日の【実地】が勝負なのかー。どうするの? ワタシは忙しいわよー」
「魔理沙に預けようと思う」
俯いたまま力なく告げたその一言に思い切り目を剥く最長老ウサギ。
「ナ、ナズリン! アナタ本気!? ワタシの話、ちゃんと聞いていたの!?
あと一息じゃない! 最後に早苗からぶちまけさせれば道が開けるでしょ!?
友だちへの想いを口にさせるのよ! 今まで誰にも言えず、ずっと我慢していたんだから!!
それを魔理沙ですって!? あんな脳みそスパークのスケコマシに任せるって言うの!?
前言撤回だわ! ナズリン! アナタ、頭悪いわよっ!!!」
珍しく激昂してしまった因幡てゐが何も言い返してこないナズーリンの顔を覗き込む。
ネズミはニヤニヤしていた。
その顔を見て我に返る狡猾と評判のウサギ妖怪。
しまった、すっかりはめられた。
「……くっ! 分かったわよ! 明日もワタシが面倒みればいいんでしょ!?」
「てーゐ、キミはいつでも最高だ」
「うるさーーーい!!」
翌日、【特別補習講座】最終日、座学を恙無く終えた早苗は、慧音から手製の小さな修了証を受け取り、涙ぐんでいた。
(厳格ながら、こうした細やかさを併せ持つ、うーん、さすが慧音どのだ、見習わなければ)
「さて、最後の実地研修だ。最後は私が自ら手取り足取り指導に当たってあげよう」
ニターッと笑うナズーリンを不安そうに見る早苗、やがてその視線は隣にいる因幡てゐに縋りつくように移る。
(よしよし、それでいい)
【汚れ役】に徹するナズーリン。
自分への不信感をあおり、相対的にてゐへの依存度を上げるための姑息な演技。
困っている早苗を見て、(そろそろてーゐに預けるか)と思っていたところ、
「な、ナズーリン、せ、せんせー、お願いです! 最後は【てゐ先生】、いえ【てゐさま】にご指導いただきたいんです!
お願いします!!」
びっくり。自分から申し出るとは。
「ふーん、まぁ最後だからそのわがまま聞き届けようか。 ところで【てゐさま】ってなんだね?」
「はい! 昨夜、神奈子様にてゐさまのことをお伝えしたんです。
そうしたら、『そのヒト、私の父親の大恩人らしいんだよ』っておっしゃいました!
神奈子様のお父様が大変お世話になった方なら私にとっても恩人です!
ですから【てゐさま】とお呼びいたします!」
眉間に少し皺を寄せて考えていたウサギ。
「あー、神奈子様って、そっかー、タケミナカタさまだっけ? そっかそっか」
一人納得しているてゐ。
「でも、堅苦しいのは苦手なのよね、気にしないでよ早苗さん」
「私のことは早苗っと呼び捨てにしてくださいませ!」
「うーん、困ったなー、んじゃ早苗ちゃんで」
「……ちゃん、ですか?」
「いいじゃん、かわいいし。さ、今日は中で話そっか、慧音せんせー、縁側かりるねー」
早苗の手をとって縁側に向かう太古のウサギ妖怪。
早苗とてゐの声が聞こえてくる。
縁側を選んだのは、この最後のやり取りを奥の間で待機しているナズーリンと慧音にも聞かせるためだった。
てゐさまとナズーリンせ、せんせいは【友だち】なんですか?
そういうことになっているね
大変失礼かと思いますが、友だちは選ぶべきだと思います
あははは、やっぱりー?
そうですよ、あんな意地悪でいい加減なヒト、いけませんよ
でも、あのコ、他に友だちいないからねー、ワタシが付き合ってやらないと
てゐさまはお優しいのですね
私、元いた世界ではともだちがいたんです
そうなの
学校の同級生でした、阿知波好笑(あちはこのえ)って言うんです
ふーん
私が東風谷(こちや)でしたから【あっち こっち】コンビなんて言われていました
うふふふ、面白いねー
はじめは名前の面白さだけで無理やりワンセット扱いされていたのが不満でした
イヤなコだったの?
いえ、つかみ所がないって言うか、何を考えているか分からないって言うか、取っ付きにくいコでした
どうやって友だちになったの?
偶然でした、休み時間になんとなくロボットアニメの主題歌を口ずさんでいたら、すごい勢いで食いついてきたんです
ロボットアニメ?
あ、あの、巨大機械人形の紙芝居って言えばいいんでしょうか?
んー、よくわかんないけど、その好笑(このえ)さんもそれが好きだったわけね?
そうなんです! 専門分野は少し違いましたが、同志に出会ったんです!
専門分野?
私は純粋にメカのフォルムや武器、技、合体シークエンスに萌えますが、好笑は操縦者の葛藤や不幸な生い立ちに萌える、ちょっと危ないコでした
ごめんね、わかんない
す、すいません、このあたりはどうでもいい話ですよね
でも、二人の楽しそうなやり取りはなんとなく想像できるよー
そうなんです! 好笑といると楽しいんです! そして優しいコなんです!
そうだったんだ
風を操る修行で何日も山にこもっていた時、泥だらけになりながら訪ねてきてくれたんです
へーすごいね
差し入れは絶版になっていた【アニメロボット大図鑑 全320体図解付き】でした!
うーん、そうなんだー
でも、好笑はそれを渡すと『頑張れよー』とだけ言ってすぐに帰っちゃいました
かわったコだね
正直、修行が厳しくて挫けそうだったんです、でも、往復何時間もの山道を私が一番元気になるものを持ってやってきてくれたんです
早苗ちゃんが嬉しいかったのならそれでいいと思うけど、不思議な差し入れねー
そして余計なことを言わずさっさと帰っちゃうところがなんとも好笑らしいんです!
好笑のことが好きな男の人がいたんです、でもその人が裕福な家庭で不自由なく生活しているって聞いたら、『翳のない男には興味がない』って振っちゃったんです! 結構ハンサムだったのに、おバカですよねー!
楽しかったのねー
はい、神社のおつとめや修行がありましたから忙しかったんですけど、好笑がいたから学校は楽しかったです
早苗ちゃん? どうしたの?
た、楽し、かったん、です
向こうに残りたかった?
いえ! 私は守矢の風祝として、神奈子様と諏訪子様とここで生きていくことを決めたんです! 後悔なんかしてません!
もう一度会いたいとは思わない?
ダメなんです! 今戻っても好笑にとって私は見知らぬヒトです! 神奈子様が術をかけたんです、そうしないと私は【超える】ことができなかったから!
そっかー、アナタは好笑さんを覚えていても【あっち】は忘れているのね
はい……好笑に『どちらさまですか?』なんて言われたら頭がおかしくなっちゃいます!
それじゃ早苗ちゃんはこのあと、どうするつもり?
わ、私も忘れるしかありません
そっかなー? 早苗ちゃんは好笑さんと友だちだったこと、後悔しているの? 思い出も捨てちゃうの?
え? 好笑の思い出、です、か? それは……そ、それは!
早苗ちゃん?
は、はい
泣いてもいいよ
え? なんでそんな
じゃあ泣き真似してみて、うわーんって
え、そんな、で、でも、あ、あの、……う、うわーん
上手、上手、今度はもうちょっと大きな声で
うわーん、うわーーん! はっ、ひっく、うううー、うわあああああああああああー!!
「これにて【特別補習講座】は全課程終了だ、【早苗どの】お疲れ様」
まだ腫れぼったい目をしている早苗の前に指導員三人が並んでいる。
代表でナズーリンが終了を宣言した。
あの後、慧音に付き添われ、顔を洗いに行った早苗。
ナズーリンがぐったりしているてゐを労う。
「てゐさま、お疲れ様だったね」
「……蹴っ飛ばすわよ」
「だが、見直したよ、キミの意外な一面を見せてもらった」
「もう二度とこんなことやらないからね! 昨日も言ったけど、ワタシ、【いいヒト】なんかじゃないんだからね!」
「わかったよ、私もミスをしないように気を付ける」
「どうだかねー」
「妖怪退治云々は早い段階で慧音どのが導いてくれたのでもはや心配は要らないだろう。
友だちのことにしても長く生きていればいつかできるだろう」
「よっぽど歪んで曲がっていなければね」
「それでも運がよければ出会えるさ、まして早苗は良いコだ、気の合うヤツと出会えるよ」
「そうね、きっとそうね」
最凶コンビはゆるっと笑いあった。
早苗が三人に挨拶している。
「慧音先生、大事なことをたくさん教えてくださり、本当にありがとうございました。
私、もっと勉強しに来たいんです、いいでしょうか?」
「歓迎するよ、また学びあおう」
「てゐさま、私、今、とっても晴れやかな気持ちです。これからも私を導いてください! お願いします!」
「う、うん、ほどほどにいこっかー、あんまり、期待しないでね?」
少したじろいでいるウサギ妖怪。
最後にナズーリンを見据える風祝。
「ナズーリンせ、せんせい! ハッキリ言います! 私、アナタが嫌いです!」
場が凍りつく。
「うーん、残念だね、私はキミが結構好きなんだが」
「今度出会ったら退治します!」
慧音が一歩進み出て何か言おうとするのを遮るナズーリン。
「穏やかじゃないね、まぁ、出会わないように気を付けるとするか」
ナズーリンを睨みつけた早苗だが、最後に残りの二人に深々と礼をして飛び去っていった。
「ナズーリンどの、この終わり方は如何なものか?」
「まぁ、自業自得ってことだね。それに目的は達成できたのだから万々歳だ」
今回、ナズーリンが早苗のためにやったことは裏方ばかり、表面は明らかな嫌われ役。
「貴方の誠心はいつか早苗にも伝わるはずだ」
「そんなことを期待していたわけではないさ」
「今回は同情の余地なーし」
てゐが珍しく腕組みして難しい顔をしていた。
「二人ともお疲れ様、これにて解散だな、また何かの時にはよろしく」
命蓮寺に戻ったナズーリンは寅丸星を探した。
夕飯まではまだ時間がある。
普段なら厨房にいるが、本日の当番はムラサだった。
星は自室にいた。
「ご主人、お邪魔してよろしいか」
「ナズーリン? どうぞ」
ゆっくりと入室する。
「今日は、随分早かったのですね」
いつもと変わらぬ穏やかで暖かい存在があった。
その笑顔を見た小さな賢将の視界は次第にぼやけてきた。
「うん、思ったよりもすんなり片付いたから」
「では、お仕事はうまくいったんですね」
「ああ、概ねうまくいったよ、これで大丈夫だ」
「ナズ? 疲れていますね?」
心配そうな声を聞いたら精神の留め具がはずれた。
ここには他に誰もいない、もう我慢しなくていい。
「星」
ナズーリンが自分を名前で呼ぶのは特別な時。
近寄ってきた小さな恋人が力一杯抱きついてきた。
「少しの間でいいから、このままでいさせて」
「はい」
嫌われることには慣れている。
そう、慣れている。
望んでやったことだ、誰のせいでもない。
そう、いつものことだ、慣れている。
だから平気。
そう、平気なはずだ。
……でも……
寅丸は何も聞かずに抱きしめ返す。
並外れた頭脳と広範な知識を、誠実の名の下に強い意志で行使する唯一無二の恋人を。
寅丸だけが知っている、傷つきやすく、寂しがりで泣き虫な本質。
何があったか知らないけれど、傷ついたナズが帰ってくるのは私のところ。
だから気が済むまで抱きしめていてあげよう。
(星、ちょっとだけ悲しいよ、星、もっと強く抱きしめて、そうしてくれたらいつもの私に戻るから、きっと戻れるから)
了
とっても面白かったです!
早苗さんのキャラと合わせて楽しく読めました。
欲を云うと、結末が淡白で、後日談が欲しかったかも。
お前は主人に泣きつく前に、早苗さんに謝って、半殺しにされるのが先じゃないんかい?
嫌われ役が嫌なら、素直になって、自業自得と言う言葉を覚えるべきだと思います。
ただ、お話自体は、色々なネタが混じり合って、とても面白かったです!
組織の中でその組織の代表と同じぐらい大事
必要な役目だから誰かがやらないといけない。
素晴らしい悪役でした
ナズーリン本気で嫌われてしまったようですが、いつか早苗さんは2柱から真相を聞かされてナズーリンがあえて嫌われ役になったことに気づいてくれるといいですね。
今回屋台での紳士なナズーリンはみすちーをも虜にしてしまいましたが全くなんて罪深いんだ。
だんだん主力キャラになってきたてゐ先生。ほんといいオンナですねー。また一段と惚れました。
ところで今回ハリセンで尻を叩いたのは幽香さんのトラウマを思い起こさせるためだったのか。それとも星ちゃんの尻を叩きたい妄想を早苗さんで代りにしただけなのかww
あと慧音先生が紐ぱんだと……
続編も楽しみにしています!
それまではいつものノリだっただけに違和感を感じました
〉妹紅どのがお揃いの下穿きを作っているなんて、フツー想像できんぞ。
リナみたいなツッコミでわらた
しかし好きよキャプテンて最近の子に理解してもらえんのかなw
いつもありがとうございます。これからもドタバタします。
8番様:
ありがとうございます。一話完結を心がけているつもりですが、どーも次回以降の展開に欲が出て、妙な終りになります。
もっと注意します。
10番様:
早苗さんのことスイマセン。
紅川は早苗さんが好きなので、登場させる時はうんと力を入れたかったのです。
今までほとんど描かなかったのは、半端な気持ちでは取り組めないなと思っていたからです。
かねてより、ナズーリンに対抗する立ち位置の個性的な主力キャラが欲しく、彼女を選抜しました。
今後も対ナズーリンの筆頭として早苗さんが登場する予定です。
大事に書いていくつもりですので寛大な心で見てやってください。ありがとうございました。
13番様:
エンターテイメント、その語感に憧れます。ありがとうございます。
19番様:
実は不器用でうかつなナズーリン、そんな気がしてなりません。
一時、組織内でそんな役割をやっていましたが、わずか2年で体調が崩れました。
覚悟の足りない半端者ができることではありませんでしたね(笑)。
ナズは大丈夫です(うらやましくなんかないんだからね)。ありがとうございました。
ペ・四潤師兄:
毎度ありがとうございます。
今回は調子に乗ったナズーリンのしくじりをてゐがカバーする構図になりました。
細かい言い訳はサイトのブログに書いたとおりですが(あざとい宣伝)。
ミスティアの屋台はこれからもちょくちょく出したいと思います。
慧音先生のロングスカートには秘密が一杯! どーしても書きたかったネタでした。
24番様:
ありがとうございます。次回も季節感のズレた縁日ネタです。
パチュリーの右手が真っ赤に燃え【爆熱ゴッ○フィンガー】が炸裂します(多分)。
25番様:
ありがとうございます。
オチの弱さは課題です。何とか頑張りますのでよろしくお願いします。
え!? リリーズは鉄板ネタじゃないんですか!?
はたての新聞はゆうかりんも認めるほどに評価されているんですね。はたての成長っぷりが毎回楽しみです。
それにしても一輪さんもなかなかイイ性格してますね。
今まで命蓮寺メンバーってあんまり出てきませんでしたね。
次はパチェさん大活躍ですか!今からとっても楽しみです♪
お待たせしちゃってスミマセン!
冗談抜きに、待っていてくれた方がいるんだって、ホント、泣けてきます。
同時進行していたのはサイト用の寅丸夢日記の最低ジゴロなナズーリンと、
投稿用の命蓮寺の縁日、それぞれのカップル風景、中でもパチュはた大爆発話でした。
近日中に仕上がります(多分)。
そしてどうしても書きたかった、にと雛の妙な話にも取り掛かっています。
(広げすぎだ! 一つずつ丁寧に仕上げろ!← いや、まぁ、そうなんですが)
待っていてくださーーい! ありがとうございます!
いつもながらナズーリンの役回りは本当に辛いと思う
頑張れナズー!
ありがとうございます。ナズは苦労性なんです。でも、星のためにこれからも頑張ります。
そんなナズを認めてくるヒトがぽつぽつ増えればいいかなぁ、と。
紅川の話はいつでもナズーリンが主役なんですから(多分)。
これからも、賢いんだけど、不器用なナズーリンが走り回ります!
ヤバかったあ~。さずが私が目をつけたヒトだよね。う~ん、おもしろい!100点!下ネタの部分はスキップし
てるけどね!! お嬢様
素晴らしい考察と洞察でございました。
早苗っちの心の闇の難しい部分をすごく上手に表現できていたと思います。大抵の話は先の展開が読めるものです
が、これは最後まで色んな発見があって目が離せませんでした。
尚、私の出演に感してはドキンとしましたがにやにやしながら読んでしまいました。きっと傍から見たら怪しかっ
たと思います。下ネタは……毎回楽しんでいます。たださすがに濃さはハンパない感じです。とても参考になりま
した。 冥途蝶
いやー!読んじゃいました!参りました!
この早苗ちゃんとはいいお友達になれそうです。ネタが古くてちょっと分かりづらいのは気になりますがすーぱーー
ロボットは私も大好きです。私のこだわりはストーリーの造り込みですね!顔も出てないようなキャラがいて、そ
のキャラにも設定があったりすると「誰っ!?」とか思いながらも感心するんです。あとパイロットがイケメンな
のも絶対です。私は何故かいつもライバルのイケメンキャラに惚れちゃいます。そんな感じです! 超門番
ご無沙汰してしまいましたね。今後も早苗さんは大活躍です、そしてめぐり合う友だちは
あのヒトです(だいぶ先だけど)。
下ネタ読んでよお~、命かけてるんだから(w)。
サイトにスココマシのナズーリン短編書きました、いや、最低ですがね。
冥途蝶様:
早苗にこだわるあまり、二ヶ月以上、考え込んじゃいました。
まぁ、それでこんなくらいなんですがね。
登場させるキャラには、それなりの責任を持っているつもりなんです。
どんな責任? って言われると困るんですがね。
だから、結構、考え、妄想します。それが楽しいのですけどね。
ルーミアの設定はほとんどそのままいただいちゃいました。
このコも一筋縄ではいかないキャラだと思っているんですよね。
これからもギリギリアウトの下ネタ、バリバリ書いちゃいますね!
なんせこの引き出しはたーっぷりありますから、うひひひひ。
超門番様
すーぱーロボット、それはロマン。すーぱーじゃ無くてもロボットはロマン。
「Z」と「ゲッター」は原作とアニメ、両方おさえといてください。
あと、一連の横山作品、石ノ森作品、余裕があればファイブスターも目を通しておいてください。
当然、「ジャンボーグA」「マッハバロン」「ゴールドライタン」「ゴーダム」「メカンダーロボ」「ゴーショーグン」「ザンボット3」「ダイターン3」……(以下略)
ありがとうございます。