Coolier - 新生・東方創想話

解雇通知3 ~元メイドの逆襲~

2011/10/17 01:51:24
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3.


 『生きるとは呼吸することではない。行動することだ』
 昔の教育思想家が放った言葉がグルグルと頭の中で泳ぎ回ること数十回。
 呼吸するどころか人生の半分以上、行動しかしていないこの一生はどうなる?と、思考が別の方向へと向かってしてしまった元メイド、もとい十六夜咲夜はさっさと次の目的を思案する。

 ヨレヨレの全力疾走で人里へ逃げる男はいつの間にか消えていて。一般人が追いかけても追いつけるような距離には居なかった。
 思考に耽って時間を潰していた訳ではなくただ単に男の逃げ方が少し上手いだけの話だった。

 当然、尾行が上手い人間は逃げるのも上手くないといけない。
 追いかける技術はあるのに、逃げる技術が無いのも可笑しな話。
 と言っても、逃げる技術、逃走術というのは突き詰めれば『見せかけ』。
 逃げた先のゴールが「あちら」にあるとして、「そっち」に逃げたように見せかけ、本来の「あちら」に戻るといった感じだろうか。
 そして何よりも相手に悟られないように行動するのが一番大事だ。
 本気で逃げれば相手だって本気で追いかける。それが尾行とはまた違ったところ。
 しかし、逃げるにしたって人によっては状況と環境には大きく影響を受ける。
 一般的には広く大雑把な地形で逃げても丸見えなので速さが勝負になる。頭脳戦なんて発想は捨ててしまえ。
 だが、人口増加に伴う過密、人工建造物の増加で巨大迷路となった現代では逃げる側が圧倒的に有利になったし、追いかける側も何処で追い詰めれば仕留められるか計算するようになってより一層お互いが深く戦略を練られてまぁ、なにより。

 だからコンクリートジャングルは敵にも味方にも変身する中立した厄介者。
 その代わり、天然のジャングルはどちらにも味方しない。何処まで逃げれるかが問題になる。
 結局、逃げるのに必要な最終的要素は体力。体力がなければ追手を撒くことはできない。
 力がモノを言う幻想郷では体力も重要な一つのステータス。
 勿論、体力がどんなに有り余っても咲夜の前では紙屑同然以外の何者でもないという事。だって時間を止めてしまえば、逃げるどころか、考えることだってさえ止まってしまうこの能力の前では全てが筒抜けなのだから。
 ということは、逃げる技術の前に、追う相手がどんなのなのかをあらかじめ情報として学習しなければならない。

 目を瞑り、少しの間が空く。
 幻想郷で轟く全ての音が無に変わると、宝石の様に両目を赤く輝かせる。
 懐中時計の針は進まなくなった。透明の膜が咲夜を中心に風船のように膨れあがっていく。その膜の中に入ったものは全て物理法則関係なく時間が停止する。下に向かって螺旋を描き落ちる葉っぱだって、ゆっくりと流れる雲ですらもそこで完全に固まる。
 本人の咲夜以外は。

 そこで光学迷彩の起動端末の電源に手を触れる。
 薄く、柔らかく曲げれてタッチできる画面の中に様々な機能紹介、その下に実行と言ったパネルが次々と表示された。
 その中の[通常機能覧]と表記されたパネルに指で触れると、ピロリン♪
 という可愛らしい効果音。
 表記が更新されると、新しい画面に変わる。
 [オプティカルカモフラージュ]というパネルが表記された。
 それを更に指でタッチ。

 『クロークエンゲージ……ッガッホゴッホォッ!!』

 と女性の機械音声と思しき響きが耳に入る。
 どう聞いてもにとりの声を加工しただけの物だったし、録音したタイミングが悪かったのか盛大に咳をする声までしっかりと入っていた。
 しかも聞こえづらいが小声で、

『あぁー…くそ、やっぱり無理だー』

 毎回この機能を起動する度にコレを聞かなければならないらしい。

 一応説明するが咲夜はどうでもいい場面で非常に細かい性格を持っている。より端的に言うと咲夜は他人から貰い受けた服を家に置くやいなやポケットの中身を探る派という事だ。
 迷彩服には胸ポケット以外にも内ポケットやその他、大小様々なポケットがある。
 咲夜が探るようにポケットに手を突っ込むと濡れた紙屑や、四角い鉄の破片が入っていることに気づく。
 無論、咲夜はそれを廃棄物、すなわちゴミと認識して無造作に草むらへと捨てた。
 一応はただそれだけである。

 そんな事はさて置いて、光学迷彩を起動すると直後に自分の姿が見えなくなった。本当に透明になった。
 映画やゲームの様に、輪郭は最低限視認できるという安直な考えがあったが、そんな手抜き装置ではなかったようだ。

 自分の姿を認識できない自分に改めて新鮮さを感じる。

(スカートの中も見えないんだけど…一体どういう原理………?)

 ちなみに光学迷彩の扱い方は右内ポケットに入っていた説明書モドキを呼んでマスター。
 基本的に今使う機能がこれだけなので、他の意味不明な機能は全く要らない。
 [ハイドロカモフラージュ]なんていつ何処で使うのだろうか…

 準備が終わった所で早速男の行方を追う。
 時間が止まっているから疲れ果てるまで自由に探せる。むしろ疲れ果てた後に休んでもまだまだ時間が余るほどだった。

(さーて、男はそこに走っていったようね…)

 念のために、もう一回。
 尾行が一般人よりも上手い奴は逃走術も一般人よりは上手い。
 一発ですんなりと尾行に気づく咲夜が異常なだけで、そこらに居るアホであったら普通は気づくどころか意識すらしない。
 毎朝毎晩、胃痛覚悟で主人にどうやって尽くすかと考えるメイドだからできる至難の業だった。ただそれだけ。

 逃げている標的を追跡するのは今も昔も変わらずとても難しい。
 早く逃げれて、痕跡も残さず、行動パターンもわからない奴が相手だと、もう駄目。
 逆だとして。逃げるのが遅くて、痕跡残しまくりで、行動パターン丸分かりな奴が相手だったらそれはただ単に子供相手に追いかけっこしてるだけ。
 酒の肴にもならない。

 しかし、男は足跡を残してしまっていた。
 大きい体格がが災いしたのか、地面にくっきりと大きな足跡が作られてしまったようだ。
 完全に酒の肴にもならない結末に向かっている。行動パターンまる分かりどころの騒ぎではない。
 もしかするとこの男、尾行技術も逃走技術も実は中途半端なのではないのだろうか?
 というより素人と考えたほうが妥当だった。
 適当な書物で齧っただけの技法を実践で使うとは全くいい度胸をしている。

(まぁ、最初から何もかもが中途半端な奴だったようだし…どこぞの庭師さんとまではいかないけど)

 男の逃げるルートは確かに察知されにくく、巧く重ねて複雑化されている。ように見えなくもない。
 しかし、肝心の大きな足跡は残ったまま。
 子供ですらこれに沿って歩いていけば一発で男の隠れ家に到着できる。

 というわけで、そのまま素直に目立っている足跡に沿って道を進んだ。

 ジメジメした森の中を彷徨(うろつ)くにしても、逃げる阿呆を追跡するにしてもやっぱりこの服では目立ちすぎる。人里に出れば一発で紅魔館のメイドだと見た目で正体を知られてしまう。
 どこかで、身分を覆い隠せるようなものが必要だと、冷静に考えた。
 エプロンの結び目に手をかけて解(ほど)き、折り畳んでスカートのポケットに捻じ込む。
 頭のカチューシャはとりあえず同じポケットにはもう入らなそうだったので捨てた。きっと誰かしら拾ってくれるだろう。
 三つ編みされた髪を結んでいる二つのリボンは一つに束ねれば長いリボンになるので髪型をポニーテールに変えて固定に使った。



 正々堂々と意見を述べ合う様な間柄でもないなら、こっそりと忍び込んで会話を盗聴することをオススメする。
 情報なしに下手な行動は避けた方が自分の安全の為でもあるし、何よりもバレなければこれからの活動で有利になるかもしれないから。
 相手は確実に咲夜を目の上の瘤と見なしている筈だ。でなければ監視をつけるような真似は普通、しない。

(本来ならば私は再起不能という事になっている……。でも今こうして立っている事自体が相手にとっては少々驚きではある様子ね…)

 あれこれ考えている内に人里に着いた。時が止まっているので里の人間の動きは全て不自然な形のままで停止していた。
 今にも運んでいる物をぶちまけようとしている者、酒を手に振り回しているであろう者。二人、手をつないだまま長椅子で寝ている者。
 多様で不思議な形で止まっている。

 その間に男を見つけ出さなければならない。
 様々な人間が行き交う人里では足跡作戦なんてもう役に立たない。だが、男はまだアジトにはたどり着いてはいないはずだ。
 だったらこの時間が止まった世界なら可能。
 それは、

(……さて、片っ端から探すかしら)

 メイドは地道な仕事が大好き。でなければこんな面倒臭くてかったるい職業には務まらない。
 主人の愚痴を聞くことから世話、炊事、洗濯、掃除、挙句には人里の人間とのゴミ捨て場コミュニケーションまでとりあえずなんでもやっちゃう。
 それがメイド。

 すべてが止まった世界で、地道に民家一つずつ見まわる。
 まるで、老人介護の見回り人だ。

 一軒一軒虱潰しに調べていくのは流石に体力の無駄だがこうでもしないと見つからないのが今の現状。
 気が滅入るような事でもしない限り、真相は闇のままになってしまう。

 人里の半分程まで民家を見まわったが男の姿は一切見当たらず、どうでもいい丁半博打が開かれている宿屋を見つけただけで、直ぐにその場を離れた。因みにサイの出目は『四』と『三』、『シソウの半』と見えていたが男達の唇の動きを読むからに、「丁」と開く者が数人居た。
 そんな宿を離れて右側の小道を通り過ぎた矢先だった。

(………あ、見つけた)

 意外とあっさりだった。
 男は片手を後頭部に押さえて歩く形で路地裏に固まっていた。

 そこですかさず能力を中断。
 止まっていた世界は一気に生を取り戻すように動き出した。
 大通りからはガヤガヤと人々の語り合う声が聞こえる。

 一方で男は後頭部を痛そうに押さえて路地裏を突き進んで行く。

 路地裏のような狭く、動きづらい道では身を隠すポイントに困る。そういう時はどうするか。
 屋根の上に登れば、多少感づかれることは無くなるがそれは高い建物でなければいけない。この時代の民家は大体が背の低い建物ばかりなので登って走った瞬間板の軋む音で見つかる。悪くて足場が抜けて一家団欒真っ最中の家庭へと邪魔することになる。
 だったら、まずは標的が背後を気にしているかどうかに注目。
 この様な狭い道では他に見るような物はないので、聞き耳を後ろに立てているはず。それか首を後ろに回してキョロキョロ挙動不審に見回す。

(焦っているのかしら……?後ろを気にしていないわ)

 それでも、背後について行けば足音や気配で気づかれてしまう危険性がある。
 だったら相手が角を曲がるまで遠目で見ればいい。
 左か、右か。どちらかの角に曲がったら急いで追いかけてまた遠目で見る。その繰り返し。

 しかし、男は小道の角を曲がらずそこで止まった。

(…………ッ!!?まさか気づかれた!?)

 と思ったら、そのまま咲夜から見て右の建物に入った。
 建物をは倉のような大きな物置であった。




4.


 にとりは一人細々と目の前のガラクタを分解してまた組み直すといった感じで開発を行っていた。それが彼女の趣味であり、生き甲斐でもあった。
 工具と作られた機械しか飾り物が無い殺風景(?)な小屋で一人暮らし。それ以外の置物といえば寝床と作業台しかなかった。

 無表情で作業を続けていたにとりだったのだが、手に持ったラジオペンチをポイッと台に放り投げると、脱力して大きな溜息を吐き、それと同時に嘆く。

「はぁーつまんねーなー。ガラクタ遊びつーまーんーねーなー」

 どうやら生き甲斐ではなかった。
 わざとらしく大声で退屈ヘの不満をぶちまける。

「すげぇ超つまんねー。咲夜とか何処へ何しに行ったし。ふざけー、ちょーふざけー。恩売るつもりだったのにバレちゃってんじゃん。私ただの命の恩人になっちゃってんじゃん。最終的に気も遣われてるし」

 続けるように。

「恩売って紅魔館に商業展開するつもりだったのになー。んでそしたらサクッちーの奴、『もしかして、紅魔館のメイドである私に恩を売って………』っじゃねぇーよ!!まぁそうなんだけどさ!」

 椅子に座りながら手をバタバタ動かしてガクッと機械人形のようにショートした。

「そういやなんでサクッちーの奴、なんで道端に倒れてたんだろ……。スペルカードバトルにしては異常に重体だったし……。あ、それを治療しちゃう私って医者の才能あるかもッ!」

 どうしてこうなった。だが、コレも含めて冗談だったらしく。本格的な話に戻すとにとりは今、咲夜にもう一度会おうとしていた。

「私の光学迷彩借りて何するつもりなんだ?大体、サクッちーにナイフと間違えて私のプラズマカッター渡しちゃったよーやべーよー完璧に怒ってるはず……」

 座っている状態から台の下のある引き出しから咲夜のナイフがびっしり装填されたホルスターを取り出した。それと一緒に手のひらサイズの受信機を取り出す。

(……面倒だから、直接会いに行こう……。居場所は迷彩のポケットに入ってるGPS発信機で分かるんだし…)

 どうしても自分の所持品を紛失したくない場合はそこらへんで売ってる小型のGPS発信機を適当に仕込むという方法がベスト。本当に失くしてしまったら、受信機を取り出して、ボタンひとつ押すだけで後は表示され続ける地図座標に従って進めばいい。
 すると不思議なことに、目の前に失くなった物が。という展開も。
 ちなみに幻想郷ではそんな高レベルの技術を有しているのは河童という種族だけだが、このGPS発信機や受信機は設計方法はにとりのみが知っている完全独自の傑作品だ。

 そんなこんなで、GPS受信機に表示される座標のままに森を突き進む河童ことにとりだったが、当の本人は友達の家に遊びに行く感覚で事態を軽く見ていたようだった。

(ほー、結構近いなぁー。………ってかマークが動いてない…?まぁいっか!直ぐ見つけられそうだし!)

 だが。
 現実は甘くなかった。甘くなかったのだ。

(アッレレぇーーーーー!?─────ッッ!!?変だなぁ、信号はここから出てるんだけどなぁーーーーーー!?え、嘘だよねっ!?)

 でもそこは見渡すかぎり森、森、森、前後左右『森』で、自分の小屋からさほど離れていない所だった。まさに地元。
 慌てふためき、そこら中駆けまわるも咲夜の『咲』の字も見当たらない。
 地中に埋まっているのではないのかと、凄まじくどうでもいい好奇心が生まれたが、そんな事は流石にありはしなかった。
 なぜなら、

 バキリと、なにか飴を口の中で砕く様な音が足元から響く。
 それに呼応するかのようにGPSの信号も途絶えた。

「うわぁッ!!」

 驚きの声を上げてしまう。
 恐る恐る自分の足を退かし、踏みつけてしまった物に目を凝らしてよく見ると、

(私お手製の、GPS発信機がッ────!!?……なぜ?)

 自慢の機械が無惨に粉々になったザマを観て愕然とする。
 というより、トドメを刺したのは紛れも無いにとり本人であるが。

 バラバラに朽ち果てた発信機の隣に落ちている紙屑を拾い上げた、

(ああ、ゴミか何かと思って捨てたのかねぇー…)

 見た目からして『ゴミのようなもの』を熱心に蒐集し、ガラクタを作っているにとりが悪いと言えば悪かったが、ここまでは全部にとり本人がやってきたことである。
 当然責める相手は居ないし、自己責任。




5.


 見た目大柄。そこらへんのチンピラと比べると一目瞭然の筋肉の量。まさにリーダー格とも言える風貌を持つ男…。
がヘナヘナと建物の中に入っていき、ヘナヘナと誰かと話しているようだった。
 それも一人ではなく複数人居るようで、会話の音を拾うことは容易い。
 適当に耳を壁につけてるだけで、会話内容が耳へと入ってくる。

『…!た、大将ッ!!大変です大将ッ!監視対象に気付かれてしまいました!!』
『どうやって気づかれたんだ?』

 低く威厳のある声だ。ヘナヘナした男とは大違い。

『ずっと目標には張り付いていました!そしたら突然後ろに現れやがったんです!俺にも何がどうなってんだか…』
『お前の頭が何がどうなっているのだ。まぁそこは大丈夫であろう。想定の範囲内だから問題はない。しかし……監視されているのが気づかれた以上は………』
『そ、それについては問題ありやせんぜ、大将!どうやらアイツは紅魔館から追い出された衝撃なのか、元からなのか分かんねぇですけど。キチガイみたいになってて。んで、スゲェ形相で追詰められて、無線機ぶん取られただけです』
『なぁ……監視されているのが気づかれた以上…どうするか分かっておろう?無線機が取られたら、お前に何が残るんだ?…つまり』

 男は背中から物凄い量の冷や汗を流す。複数人居る男達が構えるように腕を組み始めた。

『ちょ…ちょっとそれは嘘でしょう、あんまりだ……俺を殺すんですか!?』
『…ん?何言っておるんだお前は?違うわ!もう一回探し出して監視せいということじゃ!!見つけられなかったら…分かっておるよな?家族を…』
『も、もう申し訳ありません!お願いです!それだけはご勘弁を……ッ!』

 そう言えばあの男は家族が人質に取られているのだというのを忘れていた。

『ならば、引き続きあの紅魔館のメイドを監視し続けろ。邪魔されてしまっては困るからな。なにせ、紅魔館はもう我々の物なのだからな……。だが、あのメイドは少々厄介だ…』

 この男…今何と言った?
 何を口にした?

 我が物顔が眼前に浮かぶほどの口調で言った男の台詞に咲夜は頭の思考が停止する。

(紅魔館が彼らのものにされ…た…?)

 普通に考えてみても納得ができるわけない。。
 この幻想郷にて、紅魔館以上の財力を持っている組織は存在しないと言っていいはずだ。しかし、現に紅魔館がどこぞの誰かの手中に収められたという事は紅魔館を凌駕する組織があるということ。
 そんな組織には心当たりがない。
 正体不明の組織だ。
 色々疑うのも詮索するのも、こういう時こそ冷静を保たなければならないのが一流のメイド。
 いつどんな時も理不尽な主人の命令に従っていたからこんな状況ですら真面目に考える精神力がある。
 無駄に慌てるよりも、落ち着いて考えた方が事態が早く進展するのだ。

(……この駄目男は仕方なく命令に従っているようね…)

 どこの社会にも嫌な上司というのが必ずと言っていいほど存在する。
 メイドは嫌な上司、つまり主人の命令を全て聞いて全力を尽くして奉仕しなければいけない職業だが、共同で手取り足取りお互い一緒に困難を乗り越えていかなければいけない現代社会では、嫌な上司は部下のステータスを低下させる原因になる。
 だから部下は上司に媚びて機嫌取りをして、なんとか上司を遠ざける。
 世渡り上手なやり方と言えば、上司への不満、怒りを我慢して己をイエスマンにしなければならない。
 逆に上司の機嫌を損なえば、当たり前のように文句の雨が降ってくる。そうなれば余計身も心もいつかは耐えられずに果ててしまう。

 嫌々上司と社会の規則を守り、精神的に追詰められた奴は心の拠り所を探すか、圧力の発散、或いは同情されるのを待っている。
 だったら可哀想な子羊を慰めるのもメイドの役割。

 とりあえず揉め合いをしている彼らを無視して建物の周りを調べる。中も勿論調べるがそれは後にする。
 調べている間に男の仲間にでも発見されてしまったらどうしようも無い訳ではないが、少々面倒なことになってしまう。
 時間を止めてまたもゆっくりじっくりと観察させてもらうことにした。




 建物の周りを調べてわかったことが二つある。
 一つ目は、建物自体は木造で、建材はまさかの建築材料に不向きの『シナノキ』だったということ。
 二つ目は、至る所が老朽化していて、強い衝撃を与えれば建物が半壊してしまうということ。
 建物自体は大きな倉と変りない点からして、勝手に改築して住めるようにしただけだとも見れた。

(さて…次は建物の中身を…と言いたいところだけども…建物が倉だから入るところは門一つしか無いのよね…。窓はあるけど無理やりこじ開ければ見つかってしまう…かといって時間が止まっている今、ドアは開けられないどころか全てのものに私が干渉することはできない)

 時間が停止した場合、咲夜が触れていないものは全て空間に固定されてしまう。固定された物体は傷をつけることも移動させることも叶わない。
 物理法則での時間停止とはそういうことなのだ。
 悩みに悩んだ末、時間停止を解除。
 結局男が出てくるのを黙って待つという策しか残らなかった。
 光学迷彩を起動して侵入するという手もあるが、足音等の不安点があったために却下。

 メイドにとって動かない事は一種の苦痛である。
 長年こき使われて働くことを生き甲斐としているメイドが突然何もない部屋に放り込まれたらどうなるだろうか。可能性は高くないが大体は発狂すると思う。
 環境は違えど何も無いということが今の咲夜にとってはかなりの重圧だった。

(私は…お嬢様の命令が無ければ殆ど無能のようね……。紅魔館に居た時の休憩している間は、お嬢様以外の誰かの世話をしたり本を読んだりもした。でも…此処には何も無い……どうしようかしら…)

 案外自分は寂しがり屋なのかもしれない。そう思いかけた時だった。

「ああ!!咲夜じゃん!っはぁー…。やっと見つけたぞーもうー」
「にとり!?どうしてここに来たの!?それに…その、ナイフ…」

 思いも寄らない人物が目の前に現れた。
 それは私の命の恩人である心優しき人間の友、河童だった。

「いやぁー私ってさ、エンジニアじゃん?それでさー、作ったものを人里で売ってるんだよねーあっはははー…」

 背中に背負っている大きなバックの中身は恐らくその売り物だと見た。
 にとりが続けるように口を開く。

「それとハイこれ。アンタのだし返すよ…」

 そう言うと、手に持っていた銀のナイフが装填されたホルスターを渡す。

「ありがとう。手間を掛けさせてしまったようね。それじゃ、ハイ。コレは貴方のでしょう?」
「ああ、そうだったそうだった!うーん………」

 切断用途なのかどうかは全く検討がつかない工具を返そうと差し出したが、突然考え込んでしまったにとり。

「………それさ、一応切断工具を基本理念にして開発したものなんだけど…ね。完成したは良かったんだけど使ってみたらみたでスンゴイことになってて…」
「どうされたのでしょうか?結構いいものでしたよ?切れ味が」
「えっ!使ったの!?……うん、まぁそうなんだよなー、切れ味が良すぎなんだよなー。鉄パイプごと作業台真っ二つにしちゃうぐらいだぜ?」
「ああ、そういうことでしたか」

 切れ味は男の脅しの際に使い、大いに役立ったから覚えている。

「そんで、紅魔館のメイドがなんでこんなとこに…?」
「あ、それは…あまり言いたくはなかったのですが…えぇー…。貴方ですので言いますけど────」

 どんなに小さな嘘や大きな嘘を吐(つ)いたとしてもいずれは分かってしまう。知られるからではなく、自分で言わなければいけなくなる場面に必ず遭遇してしまう時が来るから。
 嘘がバレるのは疑う人が居て、尚且つ自分が悪事を働いた時。
 自分で言わなければいけない時は、大抵自分が弱い時だ。
 後々面倒事になってしまうことを恐れる人は自分から先に言う。
 嘘でなくとも隠し事だって一緒だろう。

 咲夜は隠していた事情の一切をにとりに話した。
 途中、男が出てくるかと警戒したがまだボスに叱咤されているようだった。
 どんな言い訳をしているんだろうか…。

 咲夜の話を聞いたにとりはある程度理解したようで、素直に驚いた。

「ええええー!?紅魔館を…解雇された…だと?主人ですら咲夜を溺愛するほどなのに!?」
「……ですから突然理由もなしに解雇を通知されたことに納得ができないわけで、今まさに理由を探している最中なのです…。あと、あんまり大声出さないでください。奴らに気づかれたら困りますので…」
「あぁ、ごめん…つい興奮しちゃって…。それにしてもスカーレットファミリーかよ、確かソイツらってさー、元々安土桃山(あづちももやま)時代のお偉いさん達専属の馬廻り衆だった人達の子孫集団だったって聞いたけど」

 『馬廻り衆』
 それは戦国時代から続くとされる、大将の身辺護衛を担う精鋭部隊であると言われている。基本的な人員構成は一般人などの農民ではなく豪族、つまり武家などの高地位の人間だけで編成されている精鋭部隊と言えよう。
 しかも、安土桃山時代の馬廻り衆で有名な部隊ならば織田信長のが最強と謳われている。
 もし彼らの子孫であればこの一連の件は一種の占領であり、紅魔館への見えない闇取引でもある。

「なぜそのような者たちが…その、あの…『スカーレットファミリー』などという言葉を…?」
「ああ、そっちを気にするか。んー…それは、シラネ。格好良かったんでない?まったく金持ちのボンボンは何を考えるか分かったもんじゃないからねー」
「して、それ程の財力を有しているのですか?」
「うーん…そうなんじゃないかな?それなりの裏社会は形成しているみたい、鬼と天狗ほどではないけど。…でも、かなり頭のキレた集団だって聞いたよ」

 直に体験しているからそれは重々承知している。

「というか、アンタならチャッチャと片付けられるじゃん…吸血鬼パワーでとっとと追い返して元通りじゃないの?」
「相手の戦力が不明のまま無闇に仕掛けたら返り討ちにされてしまうかもしれないわよ?それに、私は吸血鬼じゃないわ。骨の髄まで立派な人間よ」
「…その返事を返すあたり、もうすでに立派じゃないと思うんだけどー」

 差し当たり問題解決の道は回りくどい地道な作業しか残されていなかった。確実にこちらの動きを読まれているのであらば、逆に読まれていないような行動を取ればいいだけの話。
 例えば、正々堂々と交渉しに行くとか。大胆な行動ほど敵の度肝を抜ける。

 相手がどのくらいの勢力を持っているか、どれほど先を越されているかを把握しなければならない。それを考慮した上で反撃。
 反撃の基本は『観察』から『不意打ち』ということ。

「その話は置いておきましょう…あまり長く話していても行動を起こさない限り意味はないですし…なにより、にとりさんには関係のないこと…これは私だけの問題なのです」

 立ち上がると、にとりがじっと咲夜の顔を見つめる。

「んー…言われてみれば確かにそうだけどさ。んー…つーかさ。どっかで少し休まないかな?」

 と言いながら直後に口をニンマリと歪ませ、

「…それとも、話を戻してさ。私たちで手を組んでヤッちまいましょうか、大将?」
「あなた…何を言っ───ッ」

 更に割るように、

「ここで出会ったのも何かの縁だよ盟友!困ってる人間には河童の手助けってねッ!」

 世の中には思いも寄らない出来事が普通に起きたりする。
 それほど仲良くしていたわけでもない奴とみょんな事からお互い知り合って最高のパートナーになったり。そのパートナーがまさかの凄い奴だったりなんて良くあること。
 狭い視野の中で生きていた人間にとっては確かに思いも寄らない事だが、広い視野を持っている奴だったらどうだろうか。チャンスと言わんばかりに喜ぶはずだ。




6.


「オーケィ、大体わかった。さっさと事を済ませて出てくれば良いって事だね?」

 バッグの中身を整理しながら応えた。

「そうね。殆どはあなた任せにするけど、くれぐれも行き過ぎた言動を取らないように気をつけて」
「まっかせーなさーい!扉が開いたら後は全部アドリブだけど、そこら辺は細心の注意を払うようにするってさ!ってか行き過ぎた言動って何よ」

 少し不安が心残りしていたが、失敗しても今までの作戦をバックアップできるように内容を組んであるから問題ない。失敗してもそれを上回る大事を持っていけばいい。

「できるだけ早く済まして頂戴ね。男が出てくる前には終わらせて欲しいの」
「分かりましたって!まぁ刮目してなって…このにとり様のビジネス術を!!」

 作戦の内容はにとりが先ほど言っていたガラクタ販売。それを利用した屋内侵入だった。
 彼らは普段何をしているか、これから何をしようと企んでいるかを調査するための捜査ということ。
 言うのは簡単で端的だが、実際にやってみると尋常じゃなく難易度が高い。

 まず、玄関から入るにはそれなにの対人交渉術が必要になるし、上手く切り抜けたとしても屋内に案内されるのかは人によっては千差万別。
 仮に入れたとして、屋内に入った目的が水道の修理工事だったら案内されるのは勿論水が出る厠、洗面台のどちらかだけだ。他のものに手を出したり目をつけたりしている暇はない。
 ならば家の屋内を徘徊できて、尚且つ手出しができたり聞き耳建てたり出来るような理由を導き出さなければならない。
 そうなれば、口に出す理由はいくらでもある。その中で一番定番だとされているのが空調設備工と建築物強度査定員のこの二つ。

「すいませーん、誰かいらっしゃいますでしょーか?」

 扉を叩くや否やさっそくにとりは行動を開始。

「はいはい、どちらさまでしょう?おや、これはこれは機械好きの河童様ではございませんか、どうなされましたか」
「いやいや、お忙しそうなところすいませんねぇ。建物の修理に来まして」

 奥から出てきたのは誰かの家来らしく、高貴そうな整った衣装を着ていた。
 にとりを疑う素振りは無く、常連かお得意様という感じで接していた。

「あー、お待ちください河童様…修理というようなご予定は存じませんが…?」
「いやはやー…ご勝手ながらすいません。偶然ここを通ったら老朽化している部分が目に留まりまして、道具販売ついでにと………駄目ですかい?」
「あ、いいえ、とんでもございません!修繕してくれるのでしたら有難いです。なにしろ薄い壁一枚の倉ですから至る所が剥がれてしまって…。それで、今回は何をお売りに?」

 バッグを下ろし、手を中に物を探る。
 そして取り出したのは、楕円形で縁(ふち)には対称に五、六本の細いスリットがある箱のようなものだった。

「これです…」
「はて、これは?」
「実際に見ないとわかりませんぜ、その為には中に入れさせてもらえないかな?できれば埃っぽい部屋でお願いいたしやす」
「……いいですよ、どうぞこちらへ。玄関で話すのもなんですしね、ゆっくりと見聞きさせてもらいますよ」

 潜入開始だ。
 玄関を上がると、ここからではもうにとりの姿は見えなくなる。あとは適当な情報をつかんで帰還することを待つだけ。

(喋り方はどうにかならないのかしらね…)
にとりと咲夜のタッグです。
なんとか無理やりですが引き合わせました。
これが結構書く上では難しかったんだぜ…
ほっしー
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コメント



0.190簡易評価
5.90名前が無い程度の能力削除
にとりのキャラが浮いてるというか、濃いと言うか。ちょっぴりクスっと笑う感じの会話でした。
続き期待しています。
8.90名前が無い程度の能力削除
クライシスのナノスーツネタにはあまり深い意味はなさそうですね、それよりもにとりのキャラには笑ってしまうw
原作知らない人だと説明とかがダルそう。
続きも頑張ってください。