*途中で、視点が完全に変わります。ご注意ください。
大っきらいな暑い日が終わって、葉っぱが赤くなり始めた。
太陽の光はまだちょっと強いけど、空気が涼しいからそれほど気にならない。
やっぱり涼しい方が、あたいは好きだ。
文も、暑すぎるのはいやー、って言ってたし、文もあたいも今がとっても大好きだ。
あたいは今日も、文の隣にいる。
文の家がある妖怪の山への入口にある原っぱで、一緒に座ってのんびりしてる。
文は今、お仕事中。
だから、なるべく邪魔しないように、って静かにしていたら段々眠くなってきた。
くぁ、ってあくびをしながら、ひんやりした木に寄りかかって、文を感じる。
構ってもらえないのは寂しいけど、でも隣に文がいて、文の香りがすぐ傍にあるのはとっても落ち着く。
それに、仕事が終わればいっぱい構ってくれるってわかってるから、今は大人しくしてるんだ。
文は、二人きりの時も今みたいに時々新聞作りの為に取材してきた事をまとめてる。
思いついた時にメモをしておかないと忘れちゃうんだって。
時々、ごめんね、って顔をするけど、それが文の大事なお仕事だって知ってるし、それに真剣な表情で文字を書く文は、かっこよくて好き。
チラッ、て。
ちょっとだけ文を見上げると、やっぱり真剣な表情で字を書いていて、かっこよかった。
心が、トクッ、て動いたのが分かって、これ以上見てたら我慢できなくなって抱きついちゃいそうだったから、慌てて視線を逸らした。
ちょっとだけ熱くなった顔のせいで、眠いのはどっかに行っちゃって
何もすることが無くなったから、両足を投げ出したまま、考える。
文の事、あたいの事。
文は、あたいの一番大切な人で、大好きな恋人。
大ちゃんやレティ、もこーもあたいは好きだけど、それでもやっぱり一番は文。
あたいが困ってる時は、話を聞いて名探偵みたいに解決してくれて
あたいが悲しい時は、何も言わなくたって黙ってギュッてしてくれて
そんな、あたいにとっての王子様みたいな人―――
でも、文は王子様だけじゃなくて
例えば「ありがとう」って、ギュッてし返すと顔を真っ赤にしちゃって
あたいの事をギュッてしかえしながら真っ赤な顔を隠す文は、おとぎ話のお姫様みたいにとっても可愛い。
王子様みたいな文も、お姫様みたいな文もあたいは大好き。
そんな文の一番の傍にいられるあたいは、幸せだな、って思う。
でも、それは、あたいが貰ってばっかりだな、っていうふうにも思う。
文はあたいにいっぱいの幸せをくれるけど
あたいは、文に何を上げられてるんだろう?
何も、上げられていないのかな―――って
あたいが文にしてあげられたことなんて、それこそ暑い日に冷やしてあげたことくらいしか思いつかない。
大切なメモ帳に筆で色々な事を書き込んでいる文をジッと見詰める。
少し前に、すわこにリベンジしに行こうと妖怪の山に忍び込んだら聞こえた、他の天狗が話してた会話を思い出す。
ねぇ、文?あたい、知ってるよ。文が色々な事、言われてること。
文は天狗で、あたいは妖精。
妖精は、幻想郷じゃ弱くて、頭も良いとはいえないから、色んな奴から馬鹿にされてる。
文は強い妖怪の天狗なのに、妖精のあたいを恋人にしてる、変な奴って、言われてること……
日にちが経つごとに、その言葉が頭の中をぐるぐると駆け巡って、頭が痛くなる。
それでも、何でも無いふうに、いつも笑顔であたいと会ってくれる文……
「……?チルノさん、どうかしましたか……?」
ジーッ、て。
あたいが見つめてるのに気が付いた文が、不思議そうに首を傾げて見つめ返してくる。
文の、吸い込まれそうな黒い瞳にドキッ、って心臓が跳ねるのが分かった。
でも、今は文にドキドキしてるだけじゃ駄目で、あたいが悩んでる事を聞かなくちゃ、って思って。
熱くなる顔を、ぶんぶん、って首を振って冷まして、ちゃんと文の眼を見る。
「―――あのね、文」
「はい」
「文は―――」
あたいの隣(ココ)で良かったの?
きっと、あたい以外の誰かを―――そんな事考えたくないけど、もし、あたい以外の誰かの隣なら、文が変な奴って言われる事はなかったんじゃないか―――なんて―――
「―――ううん、なんでもない」
でも、もしもでも文に「そうですね」なんて言われたら悲しくなっちゃうから。
そんな答えを聴きたくないから、文の瞳から逃げるみたいに顔を背ける。
あたいが大好きみたいに、文があたいのことを好きだって事を知ってるから、そんなことは無いはずだって、思うけど……。
なんだか落ち着かなくて地面を歩いていたアリを指で、ツンツンって突っつく。
指先のアリは、とっても迷惑そうにあっちこっちに歩き回ってる。
文が、あたいを好きって言ってくれる事はとっても嬉しいけど―――それが文にとって良いことなのか分からない
段々、悲しくなってくる。
ぱたん、って音が聞こえた。
文が手帳を閉じたんだ。
お仕事の邪魔しちゃったかな―――って心配になるけど、顔を上げるのが怖くて。
そしたら、よいしょ、って声が聞こえて。
え?って思ってたら体が持ち上がってて、すとん、って文の膝の上に乗せられた。
え?え?って、良く分からないうちにあたいは文に後ろから抱きしめられていて、ギュッてされた。
「何か、あったんですか?」
「な、何で―――」
「わかりますよ、チルノさんの事ですから」
キュッ、て心が縮んだ。
くすぐったくて、ちょっと痛いけど、とっても幸せな感じだ。
後ろから抱きしめられてるから見えないけど
今、文はとっても優しい眼をしてるんだって分かる。
まるで、大丈夫だよ、ってあたいのお腹に回された手に優しく力が込められて
文に勇気を貰ってるみたいで、顔は見えないけど、それでもさっき飲み込んだ言葉が何とか出そうだな、って思った。
すー、はー、すー、はー
何度か、深呼吸を繰り返して、思い切って聞いてみた。
「あ、あのねっ! 文に聞きたい事があるの……」
「はい、なんなりと聞いてください?」
「あ、文は……あたいの何処が好き……?」
「―――え?」
文が、ビックリしてるのが分かった。
でも、聴くって決めたから、あのね!ってもう一度文に聞いてみる
「あ、あたいの何処が好きで恋人でいてくれるの―――?」
「そう、ですね…………全部です」
「……え?」
今度は、あたいがビックリする番だった。
くすっ、て笑いながら文は片手で抱きしめたまま、頭をゆっくり撫でてくれるのが気持ちよくて
お腹にある文の腕を、ギュッてしてたら、文が話してくれる。
「柔らかな髪も、綺麗な笑顔も、ちょっと無鉄砲で無茶もするけど、一生懸命に悩んだり頑張るところや、誰よりも純心で優しいところ―――そして何よりも元気で素直なところ。チルノさんの全部が、私の大好きなところだから、私はチルノさんの恋人でいたいんです」
文の一言一言が耳に入ってくるたびに、顔が、すっごい熱くなった。
あたいが欲しかった言葉を、当然のようにくれる文。
ああ、やっぱり文はあたいの王子様なんだな、なんて考えながら、へにゃってなっちゃいそうな頬っぺをぐにぐにって両手で揉んでおいた。
「………………」
「………………」
文もあたいも黙っていた。
ちょっと強めの風が、ざぁ―――って吹いたけど、背中にある文の温度がとっても暖かくて
なんだかあたいと文、一つになったみたいでとっても嬉しくて
何も話さないけど、一人ぼっちじゃないって思えて、もう全然寂しくも悲しくもなかった。
「……………チルノさんは」
「―――え?」
長い間、ずっと文の温度を感じていて、文も何も話さなかったからずっとずっと静かだった。
だから、何処か怖がってるみたいな文の声が聞こえて、あたいは一瞬分からなくなった。
「チルノさんは、私の何が好きで恋人になってくれたんですか?」
「えーと………」
耳元で囁かれたとっても小さな文の言葉にビクッて肩が震えて、そして文を好きな理由を考える。
文は誰よりも優しくしてくれる。
それは、絶対に間違いないことだ。
でも―――
「えっとね、とっても優しいとこ!」
「―――そう、ですか」
でも、それだけじゃなくて―――
「あのね、文はね、あたいにとっての王子様でお姫様なんだよ!」
「―――へ?」
まるで分からない、って文の声を聞いて、くふふ、って笑っちゃう。
ぐるん、って腕の中で一回転して、抱きつくみたいな状態になると、文の顔がすぐ目の前にあって、またまた顔が熱くなる。
あのね、って。
誰にも教えたくない、とっておきの秘密を話すみたいな小さな声で喋る。
「文はね、仕事があっても、どんなに疲れてても、あたいが本気で辛かったり悲しかったりするといつも会いに来て頭を撫でてくれるでしょ?」
「え、ええ………」
「あたいは忘れっぽい方だけど、文とのことはちゃんと全部覚えてるんだよ?」
文が、え?って目を丸くしてる。
えへへ、って恥ずかしいのを誤魔化すように笑いながら、文をジッと見詰める
「閻魔って奴に言われた事に悩んでた時は、文はあたいの言葉を笑わないで聞いてくれた」
「強い妖怪に負けて泣いちゃった時も、落ち着くまでずっと傍にいてくれた」
「夏の暑い時期に、辛かったけど、けーねに頼まれて氷を作った時は「頑張りましたね」って褒めてくれた」
その1つ1つが全部嬉しくて、幸せだって思うようになって
そのうち、あたいは文と一緒にいるだけで幸せになって、文の笑顔だったり嬉しそうな顔を見てると心がいっぱいになるようになって
逆に、文の悲しそうな顔や、疲れてる顔を見てると、何かしてあげたい、って思うようになった。
「だからねっ! あたいは今まで全部の優しい文が大好きで、文がしてくれた分だけ文に何かしてあげたいから文の恋人になりたいって思ったんだよっ」
―――それと、ね?
あたいの言葉を聞いて、「あわわわ…」って言いながら右手で口と顔を抑える文を見る。
きっと、あたいは今すっごく顔が赤い自信があるけれど、まだ、伝えたい事があるからもう少しだけ、頑張る。
両手を伸ばして、右手をガッチリと掴んだら、えいっ!って文の口から引き剥がす。
「―――ッ?!」
顔を真っ赤にさせた、やっぱりお姫様みたいに可愛い文。
「それと、ね? 真っ赤で照れてる文も、あたいは大、大、大好きなんだよっ」
ぎゅ、って。
文の右手を握り締めながら、まるで告白みたいな言葉を言う。
本当に、これまで見た中でも一番赤い文の顔を見てると、心が痛くなるほど恥ずかしくて、それでもそれ以上に幸せで。
でも、やっぱり恥ずかしいから、逃げるみたいに文の胸に顔をくっつける。
「あやー」
「―――ッはい、なんでしょうか、チルノさん!?」
「―――呼んでみただけーっ」
あたいは大好きな文の名前を呼びながら手を抱きしめる。
ぎゅー、って。文の良い香りをたんのうしていると、文が頭を撫でてくれる。
嬉しくって、折角逃げたのに思わず顔をあげて、吸い込まれちゃいそうな黒い瞳を見詰めちゃう。
誰よりも大好きな瞳をジッと見詰める。
そうしたら、まるでこっちを見透かすみたいに、見詰め返してくれた。
―――ねぇ、文? あたいね―――
秋色に染まる木々。
空気も涼しくなってきたけれども、日差しはまだ少し強い。
妖怪の山の麓、ススキやフジバカマ等が生えている小さな草原が広がっている。
そこに一本だけ生えている若い杉の下に寄り添って腰を下ろして、暖かい木漏れ日をチルノさんとのんびり浴びている。
恋人と二人、一緒にいれば、日常的な話しやくだらない話しだって出来ると思うけども、風に揺らされたススキが立てるサラサラという音以外は静寂に満ちている。
でも、別に喧嘩をしているという訳じゃない。
原因は、私。
今日の取材内容のメモに使っている手帳を開きながら文字を書き足していく。
あ、これは使えるな、と思ったフレーズとか文章は、案外記憶から消えていくものだから、思い付いたときに残しておくのが得策だと思う。
それはもう記者としての性なのかなんなのか。
チルノさんと一緒に居る時でもやってきてしまうインスピレーションであり、その時は隣にいる彼女に断って、こうして手帳を開くわけだ。
一緒にいるようになってから随分時間が経つけれども。
そうやってインスピレーションに促されるまま文章を書いている間、チルノさんを待たせてしまうのは申し訳ないなと思いつつも、それに文句だったり不満を言われた事は無かった。
だから、そんなチルノさんに甘えて、筆の進むままに今もメモを書いている。
でも―――
本来自然の権化である妖精は、基本的に好奇心旺盛で、やりたいことをやりたい時にやって過ごす生き物だ。
チルノさんもやっぱり好奇心旺盛で、一緒に居る時は色々な事に興味を示して、知らない事は目を輝かせて聞いてくる。
だから、そうやって大人しくしているのを見ると、気を遣わせてしまってるかな―――と、思う。
ふ、と。
視界の端でチルノさんがこちらをジッと見つめているのに気が付いた。
「……?チルノさん、どうかしましたか……?」
どうしたんだろう、と首を傾げて尋ねる。
あまりに仕事に夢中になりすぎて、流石に寂しい思いをさせてしまったのだろうか?
恋人の心のうちを読み取ろうと、どこまでも澄んでいる青い瞳を覗き込んでいたら途端に逸らされた。
何故か、チルノさんが首を凄い勢いで振っていて、とにかく意図が読み取れずにその様子を見守っていると、再び視線が合わされた。
「―――あのね、文」
「はい」
「文は―――」
何かを、私に伝えたかった、という事は分かった。
「―――ううん、なんでもない」
それでも、彼女の中の何かが邪魔をしたのか、伝えようとした何かを悲しそうな顔で押し込めてしまった。
―――どうしたんだろう
それは伝えられない事なのだろうか?
それとも伝えたくない事なのだろうか?
分からない。
瞳も逸らされて、チルノさんは指先で地面を弄っている。
ふと、その姿を見詰めていたら、ふと感じた。
―――チルノさんが、悲しんでる。
長いこと一緒にいると、何となくだが相手が何を考えているのか、感じられるようになってくる。
何でもってそれを感じ取っているのか、自分自身でもわからないけれども―――それでも、大事なのは今目の前にチルノさんがいて、彼女が悲しんでいるということ。
筆を挟んで手帳を閉じて胸ポケットに仕舞う。
敢えてチルノさんにも聞こえるように、わざとらしくパタン、と音を立てて閉じたのだけれど、その視線が上がる事はない。
重症なのかな、なんて思いつつ、座ったままチルノさんの後ろから抱きかかえるように持ち上げる。
突然の事に、え?え?と呟くチルノさんは軽く混乱しているようで、そんな可愛らしい様子を見ていると意図せず笑みを浮かべてしまう。
そのまま、私の膝の上にチルノさんを座らせて、後ろから腕の中に彼女閉じ込める。
一般的な生物よりも低い彼女の体温は、秋の日差しに暖まっていた体に心地良かった。
このまま瞳を閉じて眠ってしまえば、それはとても気持ちの良い事なのだろうけれども。
ゆっくりと近づいてきそうだった眠気を追いやりながら、すぐ目の前の彼女の頭へと尋ねる。
「何か、あったんですか?」
「な、何で―――」
「わかりますよ、チルノさんの事ですから」
何かに怯えている彼女に、私はここにいますよ、という想いを込めて優しく力を込める。
すると、最初は戸惑っているようだったチルノさんも意を決したのか、すーはー、すーはー、と深呼吸を繰り返した後に、その言葉を口にした。
「あ、あのねっ! 文に聞きたい事があるの……」
「はい、なんなりと聞いてください?」
「あ、文は……あたいの何処が好き……?」
「―――え?」
向き合わないままに尋ねられた言葉に一瞬言葉を失った。
「あ、あたいの何処が好きで恋人でいてくれるの―――?」
「そう、ですね……」
予期していなかった言葉に、思わず驚いてしまった。
それは、その質問の意味についてではなく、その質問をしてきた理由が分からなかったからだ。
やっぱり二人でいるにも関わらず仕事をしている私に不安を覚えたのだろうか?
それとも―――誰かに嫌な事でも言われたのか、な。
それこそ天狗の誰かが、面白半分でチルノさんに変なことを吹き込んだ可能性がある。
前者であろうと後者であろうと、それは由々しき事態だ。
特に後者であるなら、そんな馬鹿みたいな言葉は、塵一つ残らず叩き壊さなくては。
「……全部です」
「……え?」
……自分がこれから言おうとしている事が、相当に恥ずかしいことだって自覚はあった。
だから、誤魔化すように笑いつつ、腕の中の大切な恋人を愛おしく想いながら、柔らかな気持ちの良い髪をゆっくり撫でる。
声が裏返らないように呼吸を整えつつ、勇気を出すようにチルノさんを抱いている腕に少しだけ力を込めたら、逆に腕を抱きしめられた。
「柔らかな髪も、綺麗な笑顔も、ちょっと無鉄砲で無茶もするけど、一生懸命に悩んだり頑張るところや、誰よりも純心で優しいところ―――そして何よりも元気で素直なところ。チルノさんの全部が、私の大好きなところだから、私はチルノさんの恋人でいたいんです」
背中を向けてるチルノさんの耳が赤くなっている。
きっと、私も大して変わらないだろう。
「………………」
「………………」
ザァ―――と、一際強い風が吹き抜けた
熱くなった顔を冷やすには丁度よい、その風に眼を細める。
心地よい沈黙と、すぐ目の前にチルノさんの髪から風に乗って柔らかな良い香りを感じ、くらくらとする頭で考えてみる。
私が、チルノさんを好きになった理由―――
それを一言で言い表す事は出来ないだろうが、多分一番の理由は彼女の天真爛漫さとその思うがままに生きる生き方に、憧憬にも似た憧れを感じたからだろう。
天狗の社会は明確な縦構造だ。
年寄りがトップに君臨し、大して意味も無い議題についての話し合いを繰り返す会議を執り行う事で、その威厳を保っている。
勿論、その社会も悪い事ばかりじゃない。
天狗としての秩序があったおかげで、生きていける者も多くいる。
けれども、それは私には退屈過ぎたし、つまらなすぎた。
そこでもし会議からサボタージュすれば、余計につまらない事になるのが分かっているから、表面上はバカ正直に年寄りのもっともらしい意見に頷き、意見する。
成したい事を成すために、生きやすいように生きる。
いつからか、目的と手段が逆転してしまったようなジレンマを感じながら、それでも自分自身が何かを誤っているとは思わなかった。
そんな折に、彼女―――チルノさんと出会った。
最初は、記事のネタになるかな、という打算的な考え方だった。
事実、彼女は私の想像を超えるような事を平気でやってのけるし、妖精にしてはらしくない「死」について思い悩む。
私の好奇心を満たすに足りる存在だった。
そんな、彼女の見方が変わったのは、本当に小さな事だった。
確か、あれは山の会議に、連日拘束され、心身共に疲労困憊だった時だ。
徹夜明けでチルノさんに出会い、ふと、その事について軽くチルノさんに愚痴を零したら、「何で?」と尋ねられた。
私は彼女の言葉の意味が分からず「何で、とは?」と返し
そうしたらチルノさんは、「何で嫌な事なのにやってるの?」なんて本当に不思議そうに聞いてきたのだ。
改めて言われると、何でそんなに頑張っているのか私には明確な答えが無いことに気付いた。
勿論、社会的立場とか色々と言い訳はあったが、きっとそれは彼女が求めた答えでない気がした。
それでも、何か答えないと体裁が悪い。
そう思って、「嫌な事でもやらなくてはいけないんですよ?」なんて大人が子供に言い聞かせるような言葉を告げたら、なんとチルノさんは
「そっかー。 文は偉いんだね!」
って、満面の笑顔を浮かべて、そう言ってくれた。
何故褒められたのか分からなくて驚いた。
けれど、同時に私は何処か心が満たされるような暖かい気持ちにもなった。
それまで、誰かに褒められる事なんて無かったし、求めもしなかった。
けれども、チルノさんに、偉いね、と褒められたら何だか自分が認められたような気がして、単純に嬉しいと感じられた。
それ以来彼女を見る目が変わった。
もっと、この子の事を理解したいと、思うようになった。
接する時間が増えるほど、砂時計の砂が積み重なるように彼女の事を知っていった。
風に舞う羽のように―――
あるがままに生きている彼女が、時には思わず涙が出るほどに眩しかった。
憧れが恋に変わって
恋が愛に変わっても、それは私にとっては特別変な事だとは思わなかった。
立場や見た目の違いに躊躇いを感じた事もあったけれども、私がチルノさんの事を愛していて、チルノさんもまた愛してくれる。
ただそれだけ―――それで良いんだと―――
ずっと思ってた。
でも―――最近はこうも思う。
それは、全部私の都合なんじゃないか、と。
時々、考えてしまう。
もともと、妖精としては破格の力をチルノさんは持っている。
だから―――同族である妖精達からは一目置かれると同時に恐れられている―――と、チルノさんの親友の大妖精さんが言っていた。
初め聞いた時は、そんな馬鹿な、と思った。
無茶なことや無鉄砲な事をして、時々こっちがハラハラドキドキすることだってあるけど、基本的にチルノさんは誰にとっても―――蛙を除いてだが、無害だと考えていたから。
でも、確かによくよく考えれば、大妖精さんの言葉も、もっともだった。
妖精としては破格の能力を有している―――それは、私が妖怪として破格の力を有している風見幽香のような大妖怪のすぐ傍で暮らすようなものなのだろう。
大多数の妖精にとっては十分な脅威になりうるならば、村八分、とまではいかないにしても、チルノさんは基本的に誰からも相手をされず、一人ぼっちだったのだろう。
自分よりも力が弱い者では相手にしてもらえない。
けれども、妖精以外の存在にとっては、取るに足らない存在でしかない妖精の一人。
そんな、ただでさえ浮いていた彼女の隣に、本来妖精と並び立つ事などありえない天狗である私という存在がいることで余計に浮かせてしまっているんじゃないか、と。
好きな人の全てを独占出来るのは嬉しい事。
でも、それでその人が辛い想いをするなら別だ。
周りから、本来仲間である妖精達からより腫れ物のように扱われるのだとすれば、純心故に心を痛めた事だってあったのではないのか。
例え今まで無かったとしても、いつかそれを知るんじゃないのか。
本当に愛しているのなら、本来彼女がいるべき場所へ、そっと背中を押してあげるべきなのではないか―――
ねぇ、チルノさん?
チルノさんは、私の隣(ココ)で良いんですか?
もっともっと、良いところは他にもあるかもしれませんよ―――
―――なんて。
チルノさんが何て答えるかなんか、聴かなくたって分かってる。
きっといつもの見ているだけで幸せになれる満面の笑みで「文だから良いんだよッ」って、答えてくれるんだろう。
でも、万が一そんな答えじゃなくて、チルノさんが離れていったらどうなるんだろう……?
「ばいばい、文―――」なんて告げられたら私はどうなってしまうのだろうか。
とりあえず二日ほど意識を失って三日間泣き続けて一ヶ月は廃人になっていると思う。
私をよく思っていない天狗からの「妖精を囲う変人」とか「天狗の面汚し」とか「格下を弄んで楽しんでいるんだろう」とかいった声なら聴かない振りも適当にあしらうことも出来る。
でも、チルノさんの言葉を聴かない振りもあしらうことも出来る筈がない。
すぐ脇に生えているフジバカマの薄紅紫色の花を見詰める。
別れなんて、少なくとも私は死に別れる時だけで十分だし、それとて手に余る。
それでも、気になってしまった。
彼女に尋ねられたからなのか、それとも深層心理でずっと気になっていたのか、分からないけども。
「……………チルノさんは」
彼女に返したならば、なんて答えるのだろう
「―――え?」
「チルノさんは、私の何が好きで恋人になってくれたんですか?」
「えーと………」
長いこと沈黙を守っていた所為か、問いかけたチルノさんは酷く驚いていたようで、腕の中で、体がピクッと動いたのが感じられた。
それでも私の問い掛けに、チルノさんが中空を見上げながら、んーと、と小さく唸っているのが聞こえる。
チルノさんが何かを一生懸命考えている時の癖。
唐突な私の質問の答えを真剣に考えてくれている、証拠だ。
「えっとね、とっても優しいとこ!」
ああ―――
「―――そう、ですか」
ただ単に自分がひねくれているだけなのかもしれない。
それは、本来素晴らしい褒め言葉なのだから。
でも―――チルノさんは寂しかったから、優しく接してくれる相手を恋だと思ってしまったんじゃ―――なんて
やめよう。
何故だか今日の私はネガティブなようだ。
折角二人っきりでいるのに、悲しい気持ちになるなんて勿体なさすぎるし、スタートラインが違う恋だとしても、彼女を愛すると決めた時に誓った想いは嘘じゃない。
だから、先ほどまで心に纏わりついていた、そんな想いをぬぐい去って、愛しい彼女に伝えなくては。
チルノさんだからこそ、私は優しくしたいって思うんですよ―――って
それは、嘘偽りない本心。
さぁ、言おう。
笑顔を作って、口を開いて―――
「あのね、文はね、あたいにとっての王子様でお姫様なんだよ!」
「―――へ?」
中途半端に開けられた口から出たのは、何とも間の抜けた声だった。
優しいとこ、から続いた驚きと、王子様でお姫様、なんていう非可逆的な言葉の戸惑い。
くふふ、なんて珍しい笑い方をしながら、腕の中でチルノさんがくるん、と一回転をして、互いに向き合う。
すぐ間近にやってきた真っ赤な顔を眺めながら、果たして何を言われるのだろうか、と首を傾げる。
「文はね、仕事があっても、どんなに疲れてても、あたいが本気で辛かったり悲しかったりするといつも会いに来て頭を撫でてくれるでしょ?」
「え、ええ………」
「あたいは忘れっぽい方だけど、文とのことはちゃんと全部覚えてるんだよ?」
その言葉に、思わず目の前の彼女を見つめる。
驚きのあまり、口からは馬鹿みたいに、え?なんて声が漏れた。
「閻魔って奴に言われた事に悩んでた時は、文はあたいの言葉を笑わないで聞いてくれた」
「強い妖怪に負けて泣いちゃった時も、落ち着くまでずっと傍にいてくれた」
「夏の暑い時期に、辛かったけど、けーねに頼まれて氷を作った時は「頑張りましたね」って褒めてくれた」
チルノさんが語る思い出の数々。
そういえば閻魔様わざわざまた来てたなー
確か相手は諏訪子様だったかなーつかチルノさん、ついに神様から妖怪扱いかー
あの時は本当に酷暑だったなー
それらを思い出せば、なんてことは無い、いつもの私たちの日常だった。
「だからねっ! あたいは今まで全部の優しい文が大好きで、文がしてくれた分だけ文に何かしてあげたいから文の恋人になりたいって思ったんだよっ」
そんな当たり前を何よりも大事に守ってきて、真っ赤な顔で愛おしそうに語る彼女を見て、その意味を悟ったとたんに私の顔がボンッ!って音を立てるんじゃないかっていうくらい、赤に染まった。
恥ずかしい、恥ずかしすぎる―――!!
そうだ、彼女はよく私の想像の斜め上をいくし、とんでもない剛速球を投げてくることがあるんだった。
確かに彼女との関係に一瞬ナーバスになりかけたが、これじゃあ薮蛇もいいとこだ。
つっついたら鬼が出てきたくらいの驚愕だ。
何を返していいのか分からなくて、咄嗟に右手で口元を覆って赤くなった顔を隠しながら、「あわわわ・・・!」と連呼してたら―――
「―――ッ?!」
腕を掴まれて、えいっ!なんていう可愛らしい掛け声と共に強引に顔から引き離された。
これ以上ないくらいに赤く染まった顔が彼女に晒されて―――
「それと、ね? 真っ赤で照れてる文も、あたいは大、大、大好きなんだよっ」
もう、無理だと思った。
恥ずかしさのあまりに死んでしまいそうだった。
それは恥とかではなく、もっと、とても暖かいものだったけれど。
ぎゅ、っと右手が握り締められる。
まるで告白のような言葉だったな、なんて思いながら、はっきりと自覚した。
敵わないなー、と。
この純真無垢さは、私にはもう無いものだ。
だからこそそれを私は好きになって。
愛したいと思った、って思ってた。
だけど、違った。
なんのことはない。
その真っ直ぐな純粋さにただただ呆れるほど、私はチルノさんに惚れさせられていたんだ。
茫然自失の状態で、右手同士を握り合ったまま、チルノさんが胸の中へと飛び込んでくる。
「あやー」
「―――ッはい、なんでしょうか、チルノさん!?」
「―――呼んでみただけーっ」
名前を呼ばれ、慌てて自我を取り戻して返事をするも、返ってくるのはそんな可愛らしい彼女の言葉。
―――本当に、もう。
何だか一方的なのが悔しくなり、胸元にある頭を、今自分が出来る最大限の愛おしさを込めて撫でる。
ふと、チルノさんが顔を上げた。
何よりも澄んだ瞳が私を見詰めてくる。
愛しさが溢れるその色を見詰め返しながら、ああ、もう恥ずかしさなんてどうだっていいや、と思う。
―――ねぇ、チルノさん。 私は―――
「「愛してる(ます)」」
二人揃った言葉に、互いに目を丸くする。
思わず、漏れでた『え?』という声まで綺麗にユニゾンすれば、再び草原に静寂が訪れる。
「……………」
「……………」
近距離で見詰め合い続けるチルノと文であったが、自然と、どちからともなく可笑しそうな笑い声が響いてくる。
「あはははっ! 真似っこだね、文!」
「ふふふ、ええ、本当に。 チルノさんと私は、似た者同士ですね」
「似てる……かなー?」
「おや? チルノさんは不服ですか?」
「うん、文の方がかわいいよっ!」
「いやいや、チルノさんの方が可愛いですよ」
文だよ! いやいや、チルノさんですよ。
そんな騒がしいやり取りの繰り返しも、一通り笑い切れば一旦止まる。
互いに口を閉じるとそれまでの喧騒が嘘のように、風に揺れるススキが擦れ合う音以外が消え失せる。
文とチルノ。
互いに赤くなった頬のまましばらく見詰めあい―――
『――――――――』
どちらからともなく、繋いだ手を更に引き寄せれば1つに重なる影。
草原を、冷たい秋の風が吹き抜ける。
まるで2人を守るように、杉の木の葉が静かに揺れた。
大っきらいな暑い日が終わって、葉っぱが赤くなり始めた。
太陽の光はまだちょっと強いけど、空気が涼しいからそれほど気にならない。
やっぱり涼しい方が、あたいは好きだ。
文も、暑すぎるのはいやー、って言ってたし、文もあたいも今がとっても大好きだ。
あたいは今日も、文の隣にいる。
文の家がある妖怪の山への入口にある原っぱで、一緒に座ってのんびりしてる。
文は今、お仕事中。
だから、なるべく邪魔しないように、って静かにしていたら段々眠くなってきた。
くぁ、ってあくびをしながら、ひんやりした木に寄りかかって、文を感じる。
構ってもらえないのは寂しいけど、でも隣に文がいて、文の香りがすぐ傍にあるのはとっても落ち着く。
それに、仕事が終わればいっぱい構ってくれるってわかってるから、今は大人しくしてるんだ。
文は、二人きりの時も今みたいに時々新聞作りの為に取材してきた事をまとめてる。
思いついた時にメモをしておかないと忘れちゃうんだって。
時々、ごめんね、って顔をするけど、それが文の大事なお仕事だって知ってるし、それに真剣な表情で文字を書く文は、かっこよくて好き。
チラッ、て。
ちょっとだけ文を見上げると、やっぱり真剣な表情で字を書いていて、かっこよかった。
心が、トクッ、て動いたのが分かって、これ以上見てたら我慢できなくなって抱きついちゃいそうだったから、慌てて視線を逸らした。
ちょっとだけ熱くなった顔のせいで、眠いのはどっかに行っちゃって
何もすることが無くなったから、両足を投げ出したまま、考える。
文の事、あたいの事。
文は、あたいの一番大切な人で、大好きな恋人。
大ちゃんやレティ、もこーもあたいは好きだけど、それでもやっぱり一番は文。
あたいが困ってる時は、話を聞いて名探偵みたいに解決してくれて
あたいが悲しい時は、何も言わなくたって黙ってギュッてしてくれて
そんな、あたいにとっての王子様みたいな人―――
でも、文は王子様だけじゃなくて
例えば「ありがとう」って、ギュッてし返すと顔を真っ赤にしちゃって
あたいの事をギュッてしかえしながら真っ赤な顔を隠す文は、おとぎ話のお姫様みたいにとっても可愛い。
王子様みたいな文も、お姫様みたいな文もあたいは大好き。
そんな文の一番の傍にいられるあたいは、幸せだな、って思う。
でも、それは、あたいが貰ってばっかりだな、っていうふうにも思う。
文はあたいにいっぱいの幸せをくれるけど
あたいは、文に何を上げられてるんだろう?
何も、上げられていないのかな―――って
あたいが文にしてあげられたことなんて、それこそ暑い日に冷やしてあげたことくらいしか思いつかない。
大切なメモ帳に筆で色々な事を書き込んでいる文をジッと見詰める。
少し前に、すわこにリベンジしに行こうと妖怪の山に忍び込んだら聞こえた、他の天狗が話してた会話を思い出す。
ねぇ、文?あたい、知ってるよ。文が色々な事、言われてること。
文は天狗で、あたいは妖精。
妖精は、幻想郷じゃ弱くて、頭も良いとはいえないから、色んな奴から馬鹿にされてる。
文は強い妖怪の天狗なのに、妖精のあたいを恋人にしてる、変な奴って、言われてること……
日にちが経つごとに、その言葉が頭の中をぐるぐると駆け巡って、頭が痛くなる。
それでも、何でも無いふうに、いつも笑顔であたいと会ってくれる文……
「……?チルノさん、どうかしましたか……?」
ジーッ、て。
あたいが見つめてるのに気が付いた文が、不思議そうに首を傾げて見つめ返してくる。
文の、吸い込まれそうな黒い瞳にドキッ、って心臓が跳ねるのが分かった。
でも、今は文にドキドキしてるだけじゃ駄目で、あたいが悩んでる事を聞かなくちゃ、って思って。
熱くなる顔を、ぶんぶん、って首を振って冷まして、ちゃんと文の眼を見る。
「―――あのね、文」
「はい」
「文は―――」
あたいの隣(ココ)で良かったの?
きっと、あたい以外の誰かを―――そんな事考えたくないけど、もし、あたい以外の誰かの隣なら、文が変な奴って言われる事はなかったんじゃないか―――なんて―――
「―――ううん、なんでもない」
でも、もしもでも文に「そうですね」なんて言われたら悲しくなっちゃうから。
そんな答えを聴きたくないから、文の瞳から逃げるみたいに顔を背ける。
あたいが大好きみたいに、文があたいのことを好きだって事を知ってるから、そんなことは無いはずだって、思うけど……。
なんだか落ち着かなくて地面を歩いていたアリを指で、ツンツンって突っつく。
指先のアリは、とっても迷惑そうにあっちこっちに歩き回ってる。
文が、あたいを好きって言ってくれる事はとっても嬉しいけど―――それが文にとって良いことなのか分からない
段々、悲しくなってくる。
ぱたん、って音が聞こえた。
文が手帳を閉じたんだ。
お仕事の邪魔しちゃったかな―――って心配になるけど、顔を上げるのが怖くて。
そしたら、よいしょ、って声が聞こえて。
え?って思ってたら体が持ち上がってて、すとん、って文の膝の上に乗せられた。
え?え?って、良く分からないうちにあたいは文に後ろから抱きしめられていて、ギュッてされた。
「何か、あったんですか?」
「な、何で―――」
「わかりますよ、チルノさんの事ですから」
キュッ、て心が縮んだ。
くすぐったくて、ちょっと痛いけど、とっても幸せな感じだ。
後ろから抱きしめられてるから見えないけど
今、文はとっても優しい眼をしてるんだって分かる。
まるで、大丈夫だよ、ってあたいのお腹に回された手に優しく力が込められて
文に勇気を貰ってるみたいで、顔は見えないけど、それでもさっき飲み込んだ言葉が何とか出そうだな、って思った。
すー、はー、すー、はー
何度か、深呼吸を繰り返して、思い切って聞いてみた。
「あ、あのねっ! 文に聞きたい事があるの……」
「はい、なんなりと聞いてください?」
「あ、文は……あたいの何処が好き……?」
「―――え?」
文が、ビックリしてるのが分かった。
でも、聴くって決めたから、あのね!ってもう一度文に聞いてみる
「あ、あたいの何処が好きで恋人でいてくれるの―――?」
「そう、ですね…………全部です」
「……え?」
今度は、あたいがビックリする番だった。
くすっ、て笑いながら文は片手で抱きしめたまま、頭をゆっくり撫でてくれるのが気持ちよくて
お腹にある文の腕を、ギュッてしてたら、文が話してくれる。
「柔らかな髪も、綺麗な笑顔も、ちょっと無鉄砲で無茶もするけど、一生懸命に悩んだり頑張るところや、誰よりも純心で優しいところ―――そして何よりも元気で素直なところ。チルノさんの全部が、私の大好きなところだから、私はチルノさんの恋人でいたいんです」
文の一言一言が耳に入ってくるたびに、顔が、すっごい熱くなった。
あたいが欲しかった言葉を、当然のようにくれる文。
ああ、やっぱり文はあたいの王子様なんだな、なんて考えながら、へにゃってなっちゃいそうな頬っぺをぐにぐにって両手で揉んでおいた。
「………………」
「………………」
文もあたいも黙っていた。
ちょっと強めの風が、ざぁ―――って吹いたけど、背中にある文の温度がとっても暖かくて
なんだかあたいと文、一つになったみたいでとっても嬉しくて
何も話さないけど、一人ぼっちじゃないって思えて、もう全然寂しくも悲しくもなかった。
「……………チルノさんは」
「―――え?」
長い間、ずっと文の温度を感じていて、文も何も話さなかったからずっとずっと静かだった。
だから、何処か怖がってるみたいな文の声が聞こえて、あたいは一瞬分からなくなった。
「チルノさんは、私の何が好きで恋人になってくれたんですか?」
「えーと………」
耳元で囁かれたとっても小さな文の言葉にビクッて肩が震えて、そして文を好きな理由を考える。
文は誰よりも優しくしてくれる。
それは、絶対に間違いないことだ。
でも―――
「えっとね、とっても優しいとこ!」
「―――そう、ですか」
でも、それだけじゃなくて―――
「あのね、文はね、あたいにとっての王子様でお姫様なんだよ!」
「―――へ?」
まるで分からない、って文の声を聞いて、くふふ、って笑っちゃう。
ぐるん、って腕の中で一回転して、抱きつくみたいな状態になると、文の顔がすぐ目の前にあって、またまた顔が熱くなる。
あのね、って。
誰にも教えたくない、とっておきの秘密を話すみたいな小さな声で喋る。
「文はね、仕事があっても、どんなに疲れてても、あたいが本気で辛かったり悲しかったりするといつも会いに来て頭を撫でてくれるでしょ?」
「え、ええ………」
「あたいは忘れっぽい方だけど、文とのことはちゃんと全部覚えてるんだよ?」
文が、え?って目を丸くしてる。
えへへ、って恥ずかしいのを誤魔化すように笑いながら、文をジッと見詰める
「閻魔って奴に言われた事に悩んでた時は、文はあたいの言葉を笑わないで聞いてくれた」
「強い妖怪に負けて泣いちゃった時も、落ち着くまでずっと傍にいてくれた」
「夏の暑い時期に、辛かったけど、けーねに頼まれて氷を作った時は「頑張りましたね」って褒めてくれた」
その1つ1つが全部嬉しくて、幸せだって思うようになって
そのうち、あたいは文と一緒にいるだけで幸せになって、文の笑顔だったり嬉しそうな顔を見てると心がいっぱいになるようになって
逆に、文の悲しそうな顔や、疲れてる顔を見てると、何かしてあげたい、って思うようになった。
「だからねっ! あたいは今まで全部の優しい文が大好きで、文がしてくれた分だけ文に何かしてあげたいから文の恋人になりたいって思ったんだよっ」
―――それと、ね?
あたいの言葉を聞いて、「あわわわ…」って言いながら右手で口と顔を抑える文を見る。
きっと、あたいは今すっごく顔が赤い自信があるけれど、まだ、伝えたい事があるからもう少しだけ、頑張る。
両手を伸ばして、右手をガッチリと掴んだら、えいっ!って文の口から引き剥がす。
「―――ッ?!」
顔を真っ赤にさせた、やっぱりお姫様みたいに可愛い文。
「それと、ね? 真っ赤で照れてる文も、あたいは大、大、大好きなんだよっ」
ぎゅ、って。
文の右手を握り締めながら、まるで告白みたいな言葉を言う。
本当に、これまで見た中でも一番赤い文の顔を見てると、心が痛くなるほど恥ずかしくて、それでもそれ以上に幸せで。
でも、やっぱり恥ずかしいから、逃げるみたいに文の胸に顔をくっつける。
「あやー」
「―――ッはい、なんでしょうか、チルノさん!?」
「―――呼んでみただけーっ」
あたいは大好きな文の名前を呼びながら手を抱きしめる。
ぎゅー、って。文の良い香りをたんのうしていると、文が頭を撫でてくれる。
嬉しくって、折角逃げたのに思わず顔をあげて、吸い込まれちゃいそうな黒い瞳を見詰めちゃう。
誰よりも大好きな瞳をジッと見詰める。
そうしたら、まるでこっちを見透かすみたいに、見詰め返してくれた。
―――ねぇ、文? あたいね―――
====================================
秋色に染まる木々。
空気も涼しくなってきたけれども、日差しはまだ少し強い。
妖怪の山の麓、ススキやフジバカマ等が生えている小さな草原が広がっている。
そこに一本だけ生えている若い杉の下に寄り添って腰を下ろして、暖かい木漏れ日をチルノさんとのんびり浴びている。
恋人と二人、一緒にいれば、日常的な話しやくだらない話しだって出来ると思うけども、風に揺らされたススキが立てるサラサラという音以外は静寂に満ちている。
でも、別に喧嘩をしているという訳じゃない。
原因は、私。
今日の取材内容のメモに使っている手帳を開きながら文字を書き足していく。
あ、これは使えるな、と思ったフレーズとか文章は、案外記憶から消えていくものだから、思い付いたときに残しておくのが得策だと思う。
それはもう記者としての性なのかなんなのか。
チルノさんと一緒に居る時でもやってきてしまうインスピレーションであり、その時は隣にいる彼女に断って、こうして手帳を開くわけだ。
一緒にいるようになってから随分時間が経つけれども。
そうやってインスピレーションに促されるまま文章を書いている間、チルノさんを待たせてしまうのは申し訳ないなと思いつつも、それに文句だったり不満を言われた事は無かった。
だから、そんなチルノさんに甘えて、筆の進むままに今もメモを書いている。
でも―――
本来自然の権化である妖精は、基本的に好奇心旺盛で、やりたいことをやりたい時にやって過ごす生き物だ。
チルノさんもやっぱり好奇心旺盛で、一緒に居る時は色々な事に興味を示して、知らない事は目を輝かせて聞いてくる。
だから、そうやって大人しくしているのを見ると、気を遣わせてしまってるかな―――と、思う。
ふ、と。
視界の端でチルノさんがこちらをジッと見つめているのに気が付いた。
「……?チルノさん、どうかしましたか……?」
どうしたんだろう、と首を傾げて尋ねる。
あまりに仕事に夢中になりすぎて、流石に寂しい思いをさせてしまったのだろうか?
恋人の心のうちを読み取ろうと、どこまでも澄んでいる青い瞳を覗き込んでいたら途端に逸らされた。
何故か、チルノさんが首を凄い勢いで振っていて、とにかく意図が読み取れずにその様子を見守っていると、再び視線が合わされた。
「―――あのね、文」
「はい」
「文は―――」
何かを、私に伝えたかった、という事は分かった。
「―――ううん、なんでもない」
それでも、彼女の中の何かが邪魔をしたのか、伝えようとした何かを悲しそうな顔で押し込めてしまった。
―――どうしたんだろう
それは伝えられない事なのだろうか?
それとも伝えたくない事なのだろうか?
分からない。
瞳も逸らされて、チルノさんは指先で地面を弄っている。
ふと、その姿を見詰めていたら、ふと感じた。
―――チルノさんが、悲しんでる。
長いこと一緒にいると、何となくだが相手が何を考えているのか、感じられるようになってくる。
何でもってそれを感じ取っているのか、自分自身でもわからないけれども―――それでも、大事なのは今目の前にチルノさんがいて、彼女が悲しんでいるということ。
筆を挟んで手帳を閉じて胸ポケットに仕舞う。
敢えてチルノさんにも聞こえるように、わざとらしくパタン、と音を立てて閉じたのだけれど、その視線が上がる事はない。
重症なのかな、なんて思いつつ、座ったままチルノさんの後ろから抱きかかえるように持ち上げる。
突然の事に、え?え?と呟くチルノさんは軽く混乱しているようで、そんな可愛らしい様子を見ていると意図せず笑みを浮かべてしまう。
そのまま、私の膝の上にチルノさんを座らせて、後ろから腕の中に彼女閉じ込める。
一般的な生物よりも低い彼女の体温は、秋の日差しに暖まっていた体に心地良かった。
このまま瞳を閉じて眠ってしまえば、それはとても気持ちの良い事なのだろうけれども。
ゆっくりと近づいてきそうだった眠気を追いやりながら、すぐ目の前の彼女の頭へと尋ねる。
「何か、あったんですか?」
「な、何で―――」
「わかりますよ、チルノさんの事ですから」
何かに怯えている彼女に、私はここにいますよ、という想いを込めて優しく力を込める。
すると、最初は戸惑っているようだったチルノさんも意を決したのか、すーはー、すーはー、と深呼吸を繰り返した後に、その言葉を口にした。
「あ、あのねっ! 文に聞きたい事があるの……」
「はい、なんなりと聞いてください?」
「あ、文は……あたいの何処が好き……?」
「―――え?」
向き合わないままに尋ねられた言葉に一瞬言葉を失った。
「あ、あたいの何処が好きで恋人でいてくれるの―――?」
「そう、ですね……」
予期していなかった言葉に、思わず驚いてしまった。
それは、その質問の意味についてではなく、その質問をしてきた理由が分からなかったからだ。
やっぱり二人でいるにも関わらず仕事をしている私に不安を覚えたのだろうか?
それとも―――誰かに嫌な事でも言われたのか、な。
それこそ天狗の誰かが、面白半分でチルノさんに変なことを吹き込んだ可能性がある。
前者であろうと後者であろうと、それは由々しき事態だ。
特に後者であるなら、そんな馬鹿みたいな言葉は、塵一つ残らず叩き壊さなくては。
「……全部です」
「……え?」
……自分がこれから言おうとしている事が、相当に恥ずかしいことだって自覚はあった。
だから、誤魔化すように笑いつつ、腕の中の大切な恋人を愛おしく想いながら、柔らかな気持ちの良い髪をゆっくり撫でる。
声が裏返らないように呼吸を整えつつ、勇気を出すようにチルノさんを抱いている腕に少しだけ力を込めたら、逆に腕を抱きしめられた。
「柔らかな髪も、綺麗な笑顔も、ちょっと無鉄砲で無茶もするけど、一生懸命に悩んだり頑張るところや、誰よりも純心で優しいところ―――そして何よりも元気で素直なところ。チルノさんの全部が、私の大好きなところだから、私はチルノさんの恋人でいたいんです」
背中を向けてるチルノさんの耳が赤くなっている。
きっと、私も大して変わらないだろう。
「………………」
「………………」
ザァ―――と、一際強い風が吹き抜けた
熱くなった顔を冷やすには丁度よい、その風に眼を細める。
心地よい沈黙と、すぐ目の前にチルノさんの髪から風に乗って柔らかな良い香りを感じ、くらくらとする頭で考えてみる。
私が、チルノさんを好きになった理由―――
それを一言で言い表す事は出来ないだろうが、多分一番の理由は彼女の天真爛漫さとその思うがままに生きる生き方に、憧憬にも似た憧れを感じたからだろう。
天狗の社会は明確な縦構造だ。
年寄りがトップに君臨し、大して意味も無い議題についての話し合いを繰り返す会議を執り行う事で、その威厳を保っている。
勿論、その社会も悪い事ばかりじゃない。
天狗としての秩序があったおかげで、生きていける者も多くいる。
けれども、それは私には退屈過ぎたし、つまらなすぎた。
そこでもし会議からサボタージュすれば、余計につまらない事になるのが分かっているから、表面上はバカ正直に年寄りのもっともらしい意見に頷き、意見する。
成したい事を成すために、生きやすいように生きる。
いつからか、目的と手段が逆転してしまったようなジレンマを感じながら、それでも自分自身が何かを誤っているとは思わなかった。
そんな折に、彼女―――チルノさんと出会った。
最初は、記事のネタになるかな、という打算的な考え方だった。
事実、彼女は私の想像を超えるような事を平気でやってのけるし、妖精にしてはらしくない「死」について思い悩む。
私の好奇心を満たすに足りる存在だった。
そんな、彼女の見方が変わったのは、本当に小さな事だった。
確か、あれは山の会議に、連日拘束され、心身共に疲労困憊だった時だ。
徹夜明けでチルノさんに出会い、ふと、その事について軽くチルノさんに愚痴を零したら、「何で?」と尋ねられた。
私は彼女の言葉の意味が分からず「何で、とは?」と返し
そうしたらチルノさんは、「何で嫌な事なのにやってるの?」なんて本当に不思議そうに聞いてきたのだ。
改めて言われると、何でそんなに頑張っているのか私には明確な答えが無いことに気付いた。
勿論、社会的立場とか色々と言い訳はあったが、きっとそれは彼女が求めた答えでない気がした。
それでも、何か答えないと体裁が悪い。
そう思って、「嫌な事でもやらなくてはいけないんですよ?」なんて大人が子供に言い聞かせるような言葉を告げたら、なんとチルノさんは
「そっかー。 文は偉いんだね!」
って、満面の笑顔を浮かべて、そう言ってくれた。
何故褒められたのか分からなくて驚いた。
けれど、同時に私は何処か心が満たされるような暖かい気持ちにもなった。
それまで、誰かに褒められる事なんて無かったし、求めもしなかった。
けれども、チルノさんに、偉いね、と褒められたら何だか自分が認められたような気がして、単純に嬉しいと感じられた。
それ以来彼女を見る目が変わった。
もっと、この子の事を理解したいと、思うようになった。
接する時間が増えるほど、砂時計の砂が積み重なるように彼女の事を知っていった。
風に舞う羽のように―――
あるがままに生きている彼女が、時には思わず涙が出るほどに眩しかった。
憧れが恋に変わって
恋が愛に変わっても、それは私にとっては特別変な事だとは思わなかった。
立場や見た目の違いに躊躇いを感じた事もあったけれども、私がチルノさんの事を愛していて、チルノさんもまた愛してくれる。
ただそれだけ―――それで良いんだと―――
ずっと思ってた。
でも―――最近はこうも思う。
それは、全部私の都合なんじゃないか、と。
時々、考えてしまう。
もともと、妖精としては破格の力をチルノさんは持っている。
だから―――同族である妖精達からは一目置かれると同時に恐れられている―――と、チルノさんの親友の大妖精さんが言っていた。
初め聞いた時は、そんな馬鹿な、と思った。
無茶なことや無鉄砲な事をして、時々こっちがハラハラドキドキすることだってあるけど、基本的にチルノさんは誰にとっても―――蛙を除いてだが、無害だと考えていたから。
でも、確かによくよく考えれば、大妖精さんの言葉も、もっともだった。
妖精としては破格の能力を有している―――それは、私が妖怪として破格の力を有している風見幽香のような大妖怪のすぐ傍で暮らすようなものなのだろう。
大多数の妖精にとっては十分な脅威になりうるならば、村八分、とまではいかないにしても、チルノさんは基本的に誰からも相手をされず、一人ぼっちだったのだろう。
自分よりも力が弱い者では相手にしてもらえない。
けれども、妖精以外の存在にとっては、取るに足らない存在でしかない妖精の一人。
そんな、ただでさえ浮いていた彼女の隣に、本来妖精と並び立つ事などありえない天狗である私という存在がいることで余計に浮かせてしまっているんじゃないか、と。
好きな人の全てを独占出来るのは嬉しい事。
でも、それでその人が辛い想いをするなら別だ。
周りから、本来仲間である妖精達からより腫れ物のように扱われるのだとすれば、純心故に心を痛めた事だってあったのではないのか。
例え今まで無かったとしても、いつかそれを知るんじゃないのか。
本当に愛しているのなら、本来彼女がいるべき場所へ、そっと背中を押してあげるべきなのではないか―――
ねぇ、チルノさん?
チルノさんは、私の隣(ココ)で良いんですか?
もっともっと、良いところは他にもあるかもしれませんよ―――
―――なんて。
チルノさんが何て答えるかなんか、聴かなくたって分かってる。
きっといつもの見ているだけで幸せになれる満面の笑みで「文だから良いんだよッ」って、答えてくれるんだろう。
でも、万が一そんな答えじゃなくて、チルノさんが離れていったらどうなるんだろう……?
「ばいばい、文―――」なんて告げられたら私はどうなってしまうのだろうか。
とりあえず二日ほど意識を失って三日間泣き続けて一ヶ月は廃人になっていると思う。
私をよく思っていない天狗からの「妖精を囲う変人」とか「天狗の面汚し」とか「格下を弄んで楽しんでいるんだろう」とかいった声なら聴かない振りも適当にあしらうことも出来る。
でも、チルノさんの言葉を聴かない振りもあしらうことも出来る筈がない。
すぐ脇に生えているフジバカマの薄紅紫色の花を見詰める。
別れなんて、少なくとも私は死に別れる時だけで十分だし、それとて手に余る。
それでも、気になってしまった。
彼女に尋ねられたからなのか、それとも深層心理でずっと気になっていたのか、分からないけども。
「……………チルノさんは」
彼女に返したならば、なんて答えるのだろう
「―――え?」
「チルノさんは、私の何が好きで恋人になってくれたんですか?」
「えーと………」
長いこと沈黙を守っていた所為か、問いかけたチルノさんは酷く驚いていたようで、腕の中で、体がピクッと動いたのが感じられた。
それでも私の問い掛けに、チルノさんが中空を見上げながら、んーと、と小さく唸っているのが聞こえる。
チルノさんが何かを一生懸命考えている時の癖。
唐突な私の質問の答えを真剣に考えてくれている、証拠だ。
「えっとね、とっても優しいとこ!」
ああ―――
「―――そう、ですか」
ただ単に自分がひねくれているだけなのかもしれない。
それは、本来素晴らしい褒め言葉なのだから。
でも―――チルノさんは寂しかったから、優しく接してくれる相手を恋だと思ってしまったんじゃ―――なんて
やめよう。
何故だか今日の私はネガティブなようだ。
折角二人っきりでいるのに、悲しい気持ちになるなんて勿体なさすぎるし、スタートラインが違う恋だとしても、彼女を愛すると決めた時に誓った想いは嘘じゃない。
だから、先ほどまで心に纏わりついていた、そんな想いをぬぐい去って、愛しい彼女に伝えなくては。
チルノさんだからこそ、私は優しくしたいって思うんですよ―――って
それは、嘘偽りない本心。
さぁ、言おう。
笑顔を作って、口を開いて―――
「あのね、文はね、あたいにとっての王子様でお姫様なんだよ!」
「―――へ?」
中途半端に開けられた口から出たのは、何とも間の抜けた声だった。
優しいとこ、から続いた驚きと、王子様でお姫様、なんていう非可逆的な言葉の戸惑い。
くふふ、なんて珍しい笑い方をしながら、腕の中でチルノさんがくるん、と一回転をして、互いに向き合う。
すぐ間近にやってきた真っ赤な顔を眺めながら、果たして何を言われるのだろうか、と首を傾げる。
「文はね、仕事があっても、どんなに疲れてても、あたいが本気で辛かったり悲しかったりするといつも会いに来て頭を撫でてくれるでしょ?」
「え、ええ………」
「あたいは忘れっぽい方だけど、文とのことはちゃんと全部覚えてるんだよ?」
その言葉に、思わず目の前の彼女を見つめる。
驚きのあまり、口からは馬鹿みたいに、え?なんて声が漏れた。
「閻魔って奴に言われた事に悩んでた時は、文はあたいの言葉を笑わないで聞いてくれた」
「強い妖怪に負けて泣いちゃった時も、落ち着くまでずっと傍にいてくれた」
「夏の暑い時期に、辛かったけど、けーねに頼まれて氷を作った時は「頑張りましたね」って褒めてくれた」
チルノさんが語る思い出の数々。
そういえば閻魔様わざわざまた来てたなー
確か相手は諏訪子様だったかなーつかチルノさん、ついに神様から妖怪扱いかー
あの時は本当に酷暑だったなー
それらを思い出せば、なんてことは無い、いつもの私たちの日常だった。
「だからねっ! あたいは今まで全部の優しい文が大好きで、文がしてくれた分だけ文に何かしてあげたいから文の恋人になりたいって思ったんだよっ」
そんな当たり前を何よりも大事に守ってきて、真っ赤な顔で愛おしそうに語る彼女を見て、その意味を悟ったとたんに私の顔がボンッ!って音を立てるんじゃないかっていうくらい、赤に染まった。
恥ずかしい、恥ずかしすぎる―――!!
そうだ、彼女はよく私の想像の斜め上をいくし、とんでもない剛速球を投げてくることがあるんだった。
確かに彼女との関係に一瞬ナーバスになりかけたが、これじゃあ薮蛇もいいとこだ。
つっついたら鬼が出てきたくらいの驚愕だ。
何を返していいのか分からなくて、咄嗟に右手で口元を覆って赤くなった顔を隠しながら、「あわわわ・・・!」と連呼してたら―――
「―――ッ?!」
腕を掴まれて、えいっ!なんていう可愛らしい掛け声と共に強引に顔から引き離された。
これ以上ないくらいに赤く染まった顔が彼女に晒されて―――
「それと、ね? 真っ赤で照れてる文も、あたいは大、大、大好きなんだよっ」
もう、無理だと思った。
恥ずかしさのあまりに死んでしまいそうだった。
それは恥とかではなく、もっと、とても暖かいものだったけれど。
ぎゅ、っと右手が握り締められる。
まるで告白のような言葉だったな、なんて思いながら、はっきりと自覚した。
敵わないなー、と。
この純真無垢さは、私にはもう無いものだ。
だからこそそれを私は好きになって。
愛したいと思った、って思ってた。
だけど、違った。
なんのことはない。
その真っ直ぐな純粋さにただただ呆れるほど、私はチルノさんに惚れさせられていたんだ。
茫然自失の状態で、右手同士を握り合ったまま、チルノさんが胸の中へと飛び込んでくる。
「あやー」
「―――ッはい、なんでしょうか、チルノさん!?」
「―――呼んでみただけーっ」
名前を呼ばれ、慌てて自我を取り戻して返事をするも、返ってくるのはそんな可愛らしい彼女の言葉。
―――本当に、もう。
何だか一方的なのが悔しくなり、胸元にある頭を、今自分が出来る最大限の愛おしさを込めて撫でる。
ふと、チルノさんが顔を上げた。
何よりも澄んだ瞳が私を見詰めてくる。
愛しさが溢れるその色を見詰め返しながら、ああ、もう恥ずかしさなんてどうだっていいや、と思う。
―――ねぇ、チルノさん。 私は―――
====================================
「「愛してる(ます)」」
二人揃った言葉に、互いに目を丸くする。
思わず、漏れでた『え?』という声まで綺麗にユニゾンすれば、再び草原に静寂が訪れる。
「……………」
「……………」
近距離で見詰め合い続けるチルノと文であったが、自然と、どちからともなく可笑しそうな笑い声が響いてくる。
「あはははっ! 真似っこだね、文!」
「ふふふ、ええ、本当に。 チルノさんと私は、似た者同士ですね」
「似てる……かなー?」
「おや? チルノさんは不服ですか?」
「うん、文の方がかわいいよっ!」
「いやいや、チルノさんの方が可愛いですよ」
文だよ! いやいや、チルノさんですよ。
そんな騒がしいやり取りの繰り返しも、一通り笑い切れば一旦止まる。
互いに口を閉じるとそれまでの喧騒が嘘のように、風に揺れるススキが擦れ合う音以外が消え失せる。
文とチルノ。
互いに赤くなった頬のまましばらく見詰めあい―――
『――――――――』
どちらからともなく、繋いだ手を更に引き寄せれば1つに重なる影。
草原を、冷たい秋の風が吹き抜ける。
まるで2人を守るように、杉の木の葉が静かに揺れた。
ニヤケすぎて顔面崩壊しそうw
俺もチルノを膝に乗っけたい。そろそろ寒くなる季節だけど構うものか!
チル文は公式に端を発する由緒正しい二人であるとともに深いテーマを内包していると思う
ほっこりできる文章でした
二人の日常とか見て見たいなぁ......
同じ時間を共有しても、互いに全く違うことを考えることもあるわけで。
でもちゃんと心は繋がっているんですね。最後のユニゾンはそういうことなのかなと勝手に解釈しました。
あの長編読んだ後だとこのセリフに文が反応した理由がよく分かる
せつないなあ…