東風谷早苗は困っていた。
外の世界からやってきて幾星霜、しばらくの間は買い溜めしていた奴でどうにか凌いでいたのだけれど、唐突にアレの在庫が尽きたからだ。
何とか、外に買出しに行けないかと方々を当たってみたのだが『一度、幻想郷に入った以上は、簡単に外には出られない』らしく、買出しする事もままならない。
ならばと、幻想郷を自由に出入りできる八雲紫に頼んでみたら『生の感情をむき出しにするなど、これでは人に品性を求めるのは絶望的だな』などと、
意味不明の供述を繰り返すだけで、取り付く島もありはしない。
そのようなわけで、早苗は早急に幻想郷内で、この問題を片付けなくてはならないのだ。
「……どうやって、ぱんつを調達しよう」
もう、早苗のぱんつの残機は今履いている一枚しかなく、明日のぱんつにも事欠く有様なのだから。
「そもそも、幻想郷でぱんつって見ないんですよね」
神社に居る二柱の神は、
『私たちみたいな神様は耶蘇教の観点から見ると偶像、つまりアイドル。だからトイレに行かないし、ぱんつもはいていないんだよ』
などと言っていたので、ぱんつをはかない。
冷静に考えてみると、なんでアイドルだとぱんつをはかないのかよく分からなかったが、きっとそういうものなんだろう。
他の妖怪連中は、ドロワという少し野暮ったい下着を履いていたりする。これは幻想郷では一般的な女性物の下着で、人間の里に行けば簡単に手に入るものだ。
博麗神社の巫女や普通の魔法使いも、このドロワを愛用しているのを早苗は弾幕ごっこ中に何度か目撃している。
「みんな、ドロワなのかな」
ぽつりと早苗は呟いた。
実際、この幻想郷で暮らすようになってだいぶ経過したが、いままで自分以外で『ぱんつ』をはいた人間など、お目にかかったこともないし、ぱんつが売っている場面も見た事ない。
「でも、今日のうちにぱんつを入れて手に入れておかないと……」
明日に履くぱんつが無い。
それは、未来が無いという事と同義だった。
「……返す返すも、虎の子の二枚がなくなったのは致命的だったなぁ」
渋面で早苗は呟く。
ついさっきまで、今はいている以外にも何枚かのぱんつは残っていたのだ。
しかし、どうも衣類を仕舞っている箪笥に紙魚が現れたらしく、ぱんつを含めかなりの衣類が食べられてしまった。
幻想郷の紙魚は、外の世界の紙魚と異なり、すこぶる食欲旺盛で凶暴極まりなく大妖怪からも恐れられるくらいで、
対策を怠っていると、ぱんつの一枚や二枚はあっという間に食い尽くされてしまう。
かの如き理由で、早苗のぱんつの残弾は一丁を残すのみとなったのだ。
そんな早苗は、替えのぱんつが無いから割と必死だ。今日中にぱんつを手に入れないと、明日からは『はいてない』か『ドロワ』の二択。
それは避けたい選択だった。
「ええと、まずは服屋さんか」
だから、第三の『新しいぱんつ』という選択肢を生み出すために早苗は動く。
まずは人間の里と服や反物を扱っている店を手当たり次第あたってみたが、どうにもぱんつは見つからない。
女物の下着はドロワだけと、実に偏っている。
「本当に文化が違うんだなぁ」
そうして感心していても話は進まないので、早苗は、比較的外の世界のセンスに近い服店で、ぱんつがないかと聞いてみることにした。
「ぱんつ、ありませんか?」
しかし、服屋の女店員に聞いてみても、どうにも要領を得なかった。
どうも幻想郷には『ぱんつという概念』が存在しないらしく、店員は早苗が求めるものが良く分からないらしい。
フランシスコ・ピサロによって滅ぼされたインカ帝国において、騎馬という概念が存在しなかった事で、インカ兵達が騎兵というものを理解できず
『人と馬が融合した化け物が襲ってきた』と誤解し戦線崩壊したように、幻想郷にはぱんつという概念が存在しないので、
幻想郷の人々には、ぱんつの意味や形状、そしてあり方が理解できないのだ。
実際にぱんつを見せれば話は早いけれど、今の幻想郷に存在するぱんつは早苗がはいている奴だけだ。まさか、相手が女とはいえ、ここでスカートをめくり上げるわけには行かない。
絵での説明をしようにも、描いた絵で子どもが泣くくらいに早苗は絵心が無い。
言葉を尽くして説明するしかなかった。
「ええっと、ドロワをもっと薄くしたような下着なんですよ。はい、その、下を、下半身を覆っている面積もずっと狭いんです。はい、こう、Vの字みたいになってまして……あ、はい。そうです。それで、肌にぴったりと、あ、必ずぴったりしてるわけじゃないですけど。ともかく、小さくて薄いドロワなんです…………はい? や、やだ、なんですか『そんなの履いて恥ずかしくないの?』って、別に人に見せないから恥ずかしくないんです! え? でも、空を飛んでいると見上げればスカートの中は見えるって…………み、見上げないでください!」
そして、恥ずかしさに耐えながら、どうにかぱんつという概念を理解させても、マイルドにセクハラをされただけで、何の成果も出せなかった。
挙句に、そんな変な下着が欲しいなら、自分で縫えばいいではないかと諭される始末だ。
しかし、早苗は裁縫が苦手なので、その案は却下となる。
ならば、他にぱんつを縫えそうな人間に頼むのべきだろうか。
あるいは、何処か幻想郷でもぱんつが手に入りそうな場所をどうにか捻り出せないだろうか。
そもそもぱんつは、この幻想郷には存在せず、外の世界の道具扱い。
ならば、それが手に入るのは何処だろうか。
「あ、そうだ」
早苗は『いいこと思いついた』と手を打った。
「この幻想郷でぱんつは外の世界のもの。だったら、あの店にならきっとぱんつがあるかも!」
そう叫んで、早苗は里の中で空に飛ぼうと舞い上がり――かけて、止まった。
スカートを抑えて辺りを見回すと、早苗を見ていた里の男達は慌てて目を逸らす。
「……ほ、本当に男の人ってえっちなんだから」
そして、顔を赤くしながら里の外まで走って、周囲に誰も居ない事を見計らってから、空を飛んだのだった。
東風谷早苗がやってきた店は、香霖堂という。
人間の里と博麗神社のちょうど中間、魔法の森の入り口にあり、商品は幻想郷の外から流れ着いた物という幻想郷でもかなり珍しい店だ。
「お邪魔します」
「おや、いらっしゃい。これは珍しいお客様だ」
東風谷早苗が香霖堂に入ると、店主である森近霖之助は笑顔で迎えた。
少し前に、一度顔見せがてら、早苗は香霖堂を訪ねた事があったのだけれど、そこで売っている外の世界の品々は、どれもこれもガラクタばかりで、
その上、少し油断をすると店主が良くわからない理屈をこねて時間を浪費させようとする。
それ以来、早苗はこの店は肌に合わないと敬遠していたのだけれども、今ではこの香霖堂が、ぱんつを入手するための最後の砦だった。
「今日は、探し物にやってきたんです」
「なるほど。それで、その探し物とはどういうものなのかな?」
早苗が水を向けると、腐っても商売人。霖之助は身を乗り出して聞いてくる。
あとは『ぱんつないでしょうか?』と、尋ねればミッションコンプリート。
しかし、男にそれを聞くのは、純情可憐な少女である早苗には少しハードルが高い。
(こんなときに諏訪子様が居てくれれば)
きっと、持ち前のあけすけな態度で『ねぇ、うちの早苗にぱんつ見繕ってくれないかな?』と聞いてくれるだろう。
挙句の果てに『いやいや、うちの早苗も最近は色気づいてきてね。白のワンポイントなんて嫌ですとか言うんだよ。いやー、でもさ。やっぱり親代わりとしては、生娘のうちは、大人しいので居て欲しいけどね。いや、ねえ? 見せる相手もいないのに黒のトリプルレースをはいても意味無いでしょ』と、早苗の恥部を暴露するのは必定。
「うわぁぁああああっ!!」
その光景がありありと思い浮かんだので、早苗は発作を起こした麻薬中毒者のように頭を抱えて大声を上げた。
その姿は、間違いなく危ない人で、霖之助も少し引き気味になる。
「ど、どうしたんだい?」
「…………はっ、い、いえ、なんでもないんです! ちょっと電波が届く場所だったんで」
「あ、ああ。なるほど電波」
それでも、奇人変人の動物園である幻想郷で長く生きているだけあって、霖之助はすぐに『そういうものなんだろう』と受け入れてくれた。
そうして、何度か頷くと、
「ところで、君の住んでいる妖怪の山の下に霧の湖というのがあってね。そこに紅魔館という館があるんだ」などと語り始める。
「は、はあ?」
唐突に話を始めた霖之助に、早苗は戸惑った。
吸血鬼レミリア・スカーレットが支配する館、紅魔館には何度か行った事があるけれど、どうして霖之助は、脈絡もなく紅魔館の話をするのだろうか。
その意図が読めずに、早苗が戸惑っていると、
「あそこには、フランドールという少し気のふれた吸血鬼が居る。きっと、君のいい理解者になってくれるはずだ」と、霖之助はのたまった。
その顔には、人と人を繋ぐいい仕事をしたという達成感がありありと見て取れる。
「いや、私はそういうタイプじゃないですから!」
早苗は、必死になって叫んだ。
ちょっと赤毛のアンみたいに妄想の翼を広げてしまう事はあっても、そんなの思春期にありがちなこと。
ガチではないのだ。
「なんだ、そうなのかい」
「はい」
物分り良く霖之助は頷いてくれた。
どうにか誤解が解けたようなので、早苗は胸を撫で下ろす。
このまま電波系が板についてしまったら、方々に迷惑をかけてしまうところだった。
親戚縁者は居ないけれど、最近は信者さんも順調に増えている。
それなのに、ここで妙な噂が立てば、
『ねえ、知っている奥様。あそこの神社の巫女さん。ちょっとアレらしいわよ』
『ええ、今日聞いたわ奥様。隣の奥様がおととい神社に行ったら、薪の上に寝転がって、狂ったように肝を嘗め回しながら「がしーん、しょうたーん!」て叫んでいたんですって』
『こわいわねー』
『ねー』
などと、奥様方にあることないこと言われるのだ。
「私は、正常です」
最も、そういうことを言う奴に限ってまともな奴が少ないのだが、早苗はその辺りの事情は『自分は例外』と心の棚に上げておく事にした。
「うん、そうだね。ええと、それで……探し物をしにきたのだっけ」
「は、はい」
再び本題に入った事で、再び東風谷早苗は緊張する。
それにしても、少女が男性に『のう、香霖堂。ぬしはぱんつを持っておらんか?』と悪代官風に尋ねるのは、少しばかりハードルが高い。
(こんなときに神奈子様が居れば)
きっと持ち前の礼儀正しい態度で『うちの早苗にいいぱんつを見繕ってくれないでしょうか』と、尋ねてくれるだろう。
その挙句に『ちょっと、その黒のトリプルレースはなんですか。え、私に……そんな、ここで履けっていうの? 信じられないわ……貴方って本当に最低の屑ね』などと、なんかチョロイ感じに速攻で落ちて、この鬼畜眼鏡に調教されてしまうのだ。
「ゆ゛る゛さ゛ん゛」
早苗は、何処かの黒い仮面ライダーっぽい声で叫ぶと、霖之助に躍りかかった。
「ま、待ってくれ。話せば分かる!」
しかし、早苗は絶対に許さないと決めたのか、止まる気配は微塵も見せず、御幣を取り出すと「リボルケイン!」とか言いながら、霖之助をぺしぺし叩いた。
腹に刺さしてえげつなくこねくり回さないだけ、まだ優しいと言えるだろうが、それでも霖之助は眼鏡がずれてしまうという甚大な被害をこうむってしまう。
そうして、一〇八回ほど霖之助の頭部を痛打してから、ようやっと東風谷早苗は冷静になる。
「誤解です。いえ、不幸な事故といえるでしょう」
「……うん。分かった」
何か悟ったような顔で、霖之助は神経質な仕草で眼鏡を直した。
その態度に不穏なものを感じたので、早苗は慌てて言い訳をする。
「違うんですよ。確かに私は常識的なものを何処かにうっちゃりかました人間ですけれども、そこまでガチじゃないんです。ただ、貴方の眼鏡の奥に隠された光に、妖しげなものを感じ取ったので先制攻撃をしただけでして……つまり、これはカルネアデスの板という奴ですよ」
「うん。どうも、僕の知らないところでカルネアデスの板の意味が歪められているらしいね」
言葉は、有限で。
心は、目に見えなくて。
だから、人はいつもすれ違う。
「……どうして、人間は分かりあえないんだろう」
「人類の命題だね。まあ、僕は半分だけなんで、良く分からないけど」
人は、分かり合えるのか。
そんな人類史に刻む雄大なテーマを二人で考えたけれど、なかなか結論は出なかったので、とりあえずティータイムにすることにした。
世界で最も高貴なるスポーツであるクリケットには、ちゃんとルールでティータイムが定められている。
ならば、人類の命題を討議するときも、それが高尚な話題であるがゆえに、ティータイムやおやつタイムを設けるべきだろう。
そうして、脳に栄養をいきわたらせる事によって、人は素晴らしい成果を叩きだせるのだ。
「そんなわけで、おやつは何ですか?」
当然の権利として早苗が聞いてみると、霖之助は『全てを諦めた家畜』みたいな顔をして、お茶とお煎餅を早苗に出してくれた。
煎餅は、普通の醤油煎餅で、かなり分厚くて固い奴だ。
それを早苗はカリカリ齧りながら、お茶をずずっと啜った。
窓から外を見上げると、今日は雲ひとつ無い青空が見える。
「……いい塩梅ですね」
東風谷早苗の知り合いである博麗霊夢は、こう言っていた。
『天気がよくて、お茶が美味しい。他に何を望む?』
その言葉を聞いた時、かっこいい台詞だと早苗は思った。
そんな些細なもので『満ち足りる』からこそ、博麗霊夢は博麗霊夢足りえるのだろう。
自分では、そんな生き方はできないけれど、そうした生き方ができる霊夢は素直に尊敬に値すると思う。
「あのさ」
そうして、なんとも哲学的なことを早苗が考えていたら、申し訳なさそうに霖之助が声をかけてきた。
「はあ、何ですか。森近さん」
「いや、君はうちに何かを探しに来たんだよね。それはいいのかい?」
それを聞いて、早苗はポンと手を打った。
そうだった。
すっかり忘れていた。
東風谷早苗は、香霖堂にぱんつを探しに来てたのだ。それをすっかり忘れるとは。
「ち、違うんです。ただ、ただ太陽が黄色かったから……」
「うんうん。それで、探しものって?」
しかし、言い訳になっていない言い訳を口にしても、森近霖之助は許してくれないようだ。
こうして、執拗に早苗に迫って、早苗の口から『ぱんつ』という単語を引き出すために、鼻息荒くする。
やっぱり、とんだ鬼畜眼鏡だと、早苗は認識を新たにする。
「で、でも……」
この眼鏡に従わなくては、新しいぱんつは手に入らない。
現し世とは、なんと理不尽な場所なのでせう。
「わ、分かりました」
早苗は覚悟を決めた。
男に対してぱんつを要求するという、少女には罰ゲームじみた事を強要されて、早苗は顔を羞恥で赤く染めながら、口を開く。
「ぱ、ぱ、ぱんつください!」
いってしまった。
男に対してぱんつを求めるなんて、とんだアヘ顔ダブルピースだ。
きっと、この眼鏡は鼻息荒く早苗に対して『あぁーん? 聞こえんなぁー』などと、繰り返す事を要求するのだろう。
かけがえの無いぱんつの為とはいえ、こんな辱めを受けるなんて。と、早苗は真っ赤な顔を両手で覆い隠しながら、次なる霖之助のリアクションを待つ。
しかし、何も来ない。
こんな美少女が『ぱんつください』と言ったのに無反応とはどういうことだろう。
早苗は、指の隙間から森近霖之助の顔をのぞき見る。
すると、顔面蒼白となって凍り付いている霖之助がそこにいた。
むかしむかしある所に、非常に聡明なる大妖怪が一人いた。
そして、その大妖怪は、絶望の淵にいたのだという。
彼女はドロワをこよなく愛する一人の淑女だったのだけれども、近い未来において、彼女の愛するドロワは減少をはじめ、
新しい下着――いわゆる『ぱんつ』が幅を利かせるようになると判明したからだ。
これは、歴史心理学という人類の未来における行動を予測しうる学問によって導き出された『予言』であったので、
ドロワの衰退は極めて高い確率で現実となるだろう。
そこで八雲ゆか……もとい、ドロワを愛する大妖怪は考えた。
何処かに、ドロワを永遠に保存できる場所を生み出せないかと。
そこで白刃の矢が立ったのが、外の世界に飲み込まれそうになっている妖怪たちの隠れ里――幻想郷だった。
彼女はそこを永遠にドロワを履いた少女が舞い踊る場所と位置づけ、博麗大結界を形成し、これから起こるだろう『ぱんつによるパラダイムシフト』から、幻想郷を切り離した。
ついでに、さすがに全てをドロワのためにすると世間体が悪いので『妖怪及び、外の世界で忘れ去られたものの保護地』と、適当に耳障りのいい事を言って、他の妖怪たちも納得させたのだ。
これが、幻想郷の本当の縁起である。
「……だから、幻想郷では『ぱんつ』は決して許されない存在なんだ。この小さな世界の第一法則こそが『ぱんつなんていらない』というものなのだから――そして、このぱんつの存在を禁じる法を、通称、禁ぱんつ法と言う。
……そんなぱんつと言うことも許されないこんな世の中で、君のようにぱんつを求める人と出会うなんて思ってもいなかったよ」
「き、禁ぱんつ法……」
早苗は、それ以上の言葉が無かった。
まさか、こんな長閑な幻想郷で、そんなにも恐るべき陰謀が進行していたなんて。
「そ、そんな横暴が許されるんですか」
「許されるよ。この幻想郷の人々の大半は、禁ぱんつ法を歓迎したからだ。ぱんつなんて破廉恥な下着が幻想郷にはびこっては、妖怪に品性を求める事が絶望的になると言って、八雲紫に煽動された人々は、ぱんつを履く人を糾弾した。これをぱんつ狩りという……まあ、ぱんつ狩りの嵐が吹き荒れたのは、この幻想郷にぱんつが入り始めた頃……だいたい五十年くらい前の事だけれどね」
「ぱ、ぱんつ狩り……!」
早苗は言葉を失った。
扇動者によって、理性を失った人々のなんと恐ろしい事だろう。
人や妖怪の手はには、命を育む力がある。
しかし、同時にその手はぱんつを剥ぎ取る力だって持っているのだ。
まことに生き物の性は、複雑怪奇なり。
「つまり、この幻想郷では――ぱんつは消えてしまったという事ですか。ぱんつは幻想郷では絶対に許されず、私はいま、履いているぱんつが破れてしまったら、二度とぱんつをはけない……」
そして、いつしか自分も「ぱんつなんて恥ずかしい」なんて言い出すのか。
そうした想像に恐怖して、早苗は身を震わせる。
「…………そうだね。この幻想郷にぱんつは存在してはならない。それが禁ぱんつ法という幻想郷における絶対の掟の概要だから……ただ、ぱんつを手に入れる方法が無いわけではない。
かつては、大妖怪によるぱんつ狩りは激烈なものだったけれど、最近はこの幻想郷におけるドロワの地盤は磐石で、そもそもぱんつを知る人すら少なくなった。だから、禁ぱんつ法もかなり緩くなっているからね。
堂々と表で売れば、ぱんつ捜査官が飛んでくるけれど、こっそり履く程度なら連中も目こぼししてくれる。現に、今まで君はぱんつをはいていたのに、ぱんつ狩りにあった事は無いだろう?」
「そ、そういえばそうですね。それで、ぱんつを手に入れる方法って?」
早苗が尋ねると、霖之助は大きく頷く。
「もぐり下着屋という店があるんだ」
「も、もぐり下着屋……」
さすがは幻想郷。
常識にとらわれてはいけないと早苗は常々思っていたが、常識はずれにも程がある。 まさか、下着屋がモグリになっているなんて、想定外過ぎた。
「それを必要としている私が言うのもなんですが、そのもぐり下着屋さんは、どんな理由で非合法活動をしてまで、ぱんつを売ろうなんて考えたんですか」
「そんなのは決まっているだろう。僕はぱんつがとっても大好きだからだ!!」
その正直な告白に、少しの間だけ早苗は固まっていたが、しばらくして我に返ると、全力でこう叫んだ。
「もぐり下着屋って、あなたですか!!」
幻想郷を牛耳る大妖怪に反逆するもぐり下着屋とは、森近霖之助の事だったのだ。
彼は、外の世界の情報を一手に握る男であるから、当然、外界の最新モードもフォローしている。
だから、ぱんつが好きになった。
それは、当然の事なのだ。
「それでは、もぐり下着屋にウェルカム」
そう言って、霖之助が指をパチンと鳴らすと、香霖堂はトランスフォームを始める。
ただの石壁と思われていた場所が回転をして、きらびやかなラメ入りの下着が陳列された棚になった。
床の一部がせり上がり、黒のトリプルレースを身に着けたマネキンが姿を現す。
天井の照明も妖しげなピンクのフィルムで覆われ、店内は妖艶な雰囲気を醸し出す下着屋に早変わりした。
「……む、無駄な技術ですね」
「褒め言葉として受け取っておくよ。まあ、見た目は派手だけれども、この程度は七十年代の007だってやっている事だ。バネ仕掛けと連動するスイッチしか使っていないから、設定的にはそれほど問題ない」
そんなメタ発言をしながらも、霖之助は黒のトリプルレースを履いたマネキンの位置を調節した。
どうやら、せり上がる時に少し跳ね板と接触をしたのが気に入らなかったらしい。
「それで、君はどんな下着がご所望かな?」
その言葉で、早苗は我に返る。
そうだった。
ぱんつという概念が消失した幻想郷でなんでぱんつ屋をやっているのか、どう考えても需要が無いのに何をやっているのか等々、突っ込みたい事は幾らでもあるけれど、
何はともあれ、ようやく下着屋を見つけたのだ。
明日履くぱんつに事欠く有様なのに、ここで目先の突っ込みにこだわって、ぱんつを買わないのは阿呆の所業。
こうなっては、ともかくぱんつを確保するに限る。
「そ、そうですね。どんな下着がいいですかね」
早苗は少し慌てながらもせり上がったマネキンに近付き、それらの履いている下着を見る。
黒のトリプルレースと、ちょっと少女が履くには刺激が強すぎるぱんつだった。
かつて、外の世界に居た頃の憧れだった黒のトリプルレース。
けれども、それを実際に目の当たりにすると、ちょっと……いや、かなり際どく見える。
これを履くには、まだ人生経験が足りないみたいだ。
「ううん……」
壁の棚の下着はどうだろう。
ラメが入った際どいぱんつや、お尻における布の面積が狭いTバッグ、それにちょっと描写をするのが恥ずかしい穴あきぱんつなど、恥ずかしい代物ばっかりだった。
他の出現した棚を見てみても、どれもこれも大人のぱんつしか見当たらない。
「あの、他のぱんつは、できれば控えめな奴とかは……」
「そんなのないよ」
つまり、現物のみなのか。
確かに、香霖堂の品物は外から流れてきたものばかりだ。そうなると、品揃えは幻想入り任せとなる。
つまり、もっとマシな下着が入ってくるかは、運次第。
いや、そもそもまともなぱんつなんて、どうやって幻想入りなんてするのだろうか。
東風谷早苗は絶望する。
ようやく下着屋を見つけたと思ったら、その下着屋には大人のぱんつしか置いていなかったなんて、これでは一番履けそうなのは黒のトリプルレースではないか。
でも、やっぱり、それを履くのは恥ずかしすぎる。
「これを買うしかないのかな。でも、これはちょっと恥ずかしいし、それに……」
そもそもこうしたのは勝負ぱんつの類であって、日常的に履く物でもないだろう。
そうして、早苗が黒のトリプルレースの前で悩んでいると、
「何を悩んでいるのかは知らないけれど、品質には自信があるよ。心を込めてしっかりと縫っているから」
「え?」
聞き捨てなら無い事を眼鏡が言った。
「あの、詳しく話してください」
早苗は、霖之助の胸倉を掴み上げてから、礼儀正しく尋ねた。
すると、霖之助は蛙が潰れたような悲鳴を上げる。
「だ、だったら、こ、これを、は、離して……」
しかし、早苗は胸倉を掴み上げられて苦しそうにしている霖之助を無視して、ただ確かめるように尋ねる。
「この黒のトリプルレースは、森近さんが縫ったんですか?」
彼は、頷いた。
「ふ、服の類は全部僕が作っているよ……だから、この店のぱんつも例外じゃ、ない」
そういえばそうだった。
森近霖之助は道具の鑑定だけではなく、妙に小器用な所があって、霊夢や魔理沙たちの使っている道具や服も彼の作だ。
そんな小器用な彼ならば、こうした下着を縫うのもお手の物。
つまり、この店の下着は森近霖之助の作による。
そして、幻想郷で下着を手に入れようとするならば、彼の手によるぱんつを履かなければならない。
この森近霖之助の妄執のこもった黒のトリプルレースを。
――なんて、おぞましい。
「い、いやあああああぁぁぁぁっ!!」
霖之助を床に叩きつけ、念の為に止めを刺すと、早苗は香霖堂の外へと飛び出した。
あれだけ青かった空は、にわかに曇りだしていた。
雨が本降りになった。
土砂降りになった雨の中で、早苗はただ走り続けている。
行く当てなんて無い。
幻想郷でぱんつが手に入らない焦燥に突き動かされて、ただ走っているだけなのだから。
「……酷い。こんなの酷いですよ」
雨はいい。
たとえ涙が流れていたとしても、それを洗い流してくれるから。
1キロほど全力疾走をしていると、さすがに早苗の息が切れていた。
足を止めると、そこは人間の里にほど近い田園だ。
お稲荷様の小さな社と野良道具をしまう納屋、それ以外には少し遠くに里が見えるだけの、殺風景な場所。
「……あ」
立ち止まって、少しだけ冷静になると、早苗は自分がぱんつまでぐっしょり濡れている事に気が付いた。
これでは、家に戻ったらぱんつは洗濯して干さなくてはならない。
それで早苗のぱんつの貯蔵はゼロになる。
つまり、早苗に残された選択肢は『履いていない』か『ドロワ』か『霖之助お手製の黒のトリプルレース』の三択だ。
「あ、ああ……」
一時の激情に流されて、とんでもない事をしてしまった。
この愚行が無ければ、この選択は夜のお風呂タイムまで引き伸ばせたのに、早苗は今、全てを決断しなくてはならない。
「どれも嫌……」
けれども、早苗はそれの決断ができない。
当然だ。
現人神などと呼ばれていても、早苗は本質的にはつい最近まで高校に通っていた少女なのだ。
そんな非常な決断をできる強さは、まだ無い。
そうして早苗が途方に暮れていると、
「あ、あれ?」
ふと、少女は顔を上げた。
この田園地帯の田んぼの中に、見覚えのある物を見つけたからだ。
雨が降りしきり、茶色く濁った水田から稲が覗く中に、馴染みのある白い物体がある。
「あれ、わたしのぱんつだ……」
そこには、紙魚によって喰らい尽くされたはずのぱんつ――白のワンポイントで小さなリボンのついたぱんつが青々とした水田に落ちていた。
けれど、そんな事はありえない。
今幻想郷にあるぱんつは、東風谷早苗がはいているぱんつだけ。
でも、田んぼにあるそれは、早苗の目にはぱんつに見えた。
「……き、奇跡?」
そうだった。
自分の持つ能力は『奇跡を起こす程度の能力』である事を早苗は思い出す。
だから、田んぼにぱんつが舞い降りる奇跡だって、きっとある。
「ぱんつだ! わたしのぱんつ!」
早苗は駆け出しだ。
足が汚れるのもいとわずに、田んぼに足を突っ込んで、バジャバジャと音を立てながら、白いぱんつへと突き進む。
「やっぱり、神様はいたんだ!」と、自分のアンデンティティを揺るがしかねない事を言いながら、早苗はぱんつにたどり着き、それを持ち上げる。
でも、それはぱんつではなくて、タニシだった。
ぱんつかと思えば、それはタニシ。
本当に世界は理不尽で。
田んぼの泥は気持ち悪くて。
空は曇っていて。
雨はザアザア喧しく、そして、冷たい。
「お嬢ちゃん。つらいかもしれないけど頑張りな」
タニシに優しく慰められた早苗は、雨の中、田んぼでタニシを手に取りながら立っていた。
ぱんつがタニシであった現実を受け入れる事ができず、ただ呆然と立ち尽くすだけだったのだ。
その後、東風谷早苗は苦心惨憺の末に針仕事を覚えて、自力でぱんつを縫うようになったという。
そして、このぱんつ縫製によって、幻想郷におけるぱんつは緩やかな復活を遂げて、様々な弾圧を受けながらも、次第にドロワとの共存をするようになり、
後世では東風谷早苗は、禁ぱんつ法の時代にぱんつという文化復権を果たした『ぱんつ復権の母』と呼ばれるようになるのだが、それは別の話となる。
その隣には、裁縫を投げ出そうとする早苗を戒める『ぱんつ』と名づけられたタニシが居たと通俗小説『幻想郷演義』などでは語られているが、
それは『幻想郷縁起』などの稗田家による一次資料には記されておらず、劇作家の手による架空の人物であるとされている。
了
クソ吹いたwwwwww
そしてタニシwww
確かに創々話でもドロワしか聞かないよなぁ
しかし、久しぶりにいいぱんつモノを見た
紫さんとはいい酒が飲めそうだ。
ああ……はいてないのか。
教えていただけないでしょうか八雲ゆか(ピチューン
ぱんつがゲシュタルト崩壊を起こしそうないい話でした。
そもそも、ぱんつって何だっけ……。
な、なんd(略)
つーかネタ多すぎてワロタ
フヒヒ
里での公開羞恥プレイとかスカートを押えて恥ずかしがる早苗さんまでは可愛かったのになー。ここからどんどんおかしくなっていってるww
あと神奈子様が意外とマトモでびっくりした。でもぱんつ穿かないであの立て膝の登場ポーズは危ないですよ。いろいろと
霖之助何やってんすかwww
このシュールなばかばかしさ、良いですね。
小ネタが多くて笑えました。
まさしく奇跡である。
ここで死にましたww
悪法でも法は法なり。
ましてや紫様が定めた法なのだ。俺は喜んでアンタッチャブルとなってぱんつを狩ろう。
ぱんつをタニシと見紛うほどに追い詰められた早苗ちゃんには気の毒だけどね。
正史より演義の方が楽しめるのは世の習い。貴方の作品が面白いのは当たり前のことなのだ。
それにしてもあんたぱんつ好っきやなぁ……。
>少し前に、一度顔見せがてら、早苗は香霖堂を尋ねた事があったのだけれど →訪ねた事が
>吸血鬼レミリア・スカーレットが支配する館、紅魔館には何度か言った事があるけれど →何度か行った
>最も、そういうことを言う奴に限ってまともな奴が少ないのだが →尤も
>早苗は、何処かの黒い仮面ライダーっぽい声で叫ぶと、霖之助に踊りかかった →躍りかかった
>明日履くぱんつに事欠く有様なのに、ここで目先に突っ込みにこだわって →目先の突っ込み?
あれか、早苗は霖之助かアリスにでも弟子入りしたのか
しかし、霊夢と魔理沙にはドロワ履かせといてこの駄眼鏡は……
裁縫は苦手で、妄想が常識にとらわれていなくて、変な法律と道具屋があるわで、、、
構わん!もうドロワ行こっ!!
ところで、一体全体どんな特撮を見たら、パンツがタニシに思えるのか、小1時間問いただしたいですね。
…と思ったら、特撮って特殊撮影のことじゃなくて、バンドだったのか。。。女はパンですかタニシですか。かぁ...