Coolier - 新生・東方創想話

マミゾウ、活動す

2011/10/09 23:57:49
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「まぁあれじゃの。やはり大名行列に化けて見せるというのは即ち死亡ふらぐと言えよう。或いは芝右衛門の奴の狡猾な企みかも知れんが、どっこいあ奴も結果的にそれで死んどるでな」
 柔らかな日差しの下、命蓮寺の縁側で田舎羊羹を美味しそうに食みながら二ッ岩 マミゾウはカラカラと笑った。
「ははぁそれはそれは、化け学も難しいものなんですね」
 マミゾウの隣、湯呑から短い音を立てて玉露を啜りながら聖 白蓮は微笑んだ。
「左様。ひじりんも一道を究めんとする身ならば、少なくともそれが元で死ぬような事は避けねばならんじゃろな」
「肝に銘じます」
「うむうむ。あーしかし無添加の羊羹は実に美味い、美味過ぎる」
「まだ沢山ありますが、余り食べてしまうと他の者が不満を持ちますから……」
「分かっておるて、いくら儂でも独り占めはせん」
 控え目に、と白蓮から視線で訴えられれば、マミゾウは再度カラカラと笑った。見ていて気持ちの良い笑顔だ。
 長閑な日和である。
 妖怪寺たる命蓮寺もまた平和であり、時折参道の方から幽谷 響子の読経が風に乗って聞こえて来たり、墓の方から多々良 小傘に驚かされたのであろう誰かの悲鳴が聞こえたりもした。
 全くの日常と言えよう。
 ただ、命蓮寺的に余り尋常では無いのが今縁側でお喋りの真っ最中である二人の内の片方だった。
 マミゾウである。
 常であればこの名のある化け狸は幻想郷の外におり、つい最近まで白蓮と面識も無かったのだ。にも関わらず今や中々の仲良し振り。
 単にマミゾウの長話をはいはいと聞くのが白蓮だけという事でもあるが。
 ともあれ何故この現状があるかについて、原因は最近の事である。
 折角復活させてなるものか、と霊廟を蓋する様に寺まで建てておいたのに豊聡耳 神子が堂々の復活を遂げてしまった為、白蓮以下寺の者達があーでもないこーでもないと小田原評定を続けていたのだ。そこで封獣 ぬえが「人間側の超強力な存在が復活してしまったなら、バランスを取る為に妖怪側にも超強力な存在を用意すれば良いじゃん」と短絡的な一計を案じ、これぞ妙案と独断でそれを実行に移した。
 そうしてわざわざ幻想郷の外から招聘されたのがぬえの旧友、マミゾウである。
 或る日いきなり現れた大物妖怪に命蓮寺側は驚き、それからドヤ顔のぬえから事情を聞き、成る程それならばと歓待した。何せ命蓮寺の理念は人も妖怪も神も仏も全て同じと平等を唱えているのだ。平等とは拮抗状態であり、双方に相応の力があれば互いに手を出せず、平穏が生まれるもの。人間側の神子に対するなら、妖怪側に大妖怪の一人も加わらねば到底白蓮の唱える理は意味を為さないのだ。
 之を以ってぬえは以前やらかした自らの失態を雪ぎ、晴れて堂々と命蓮寺に出入り出来る身分となった。後はマミゾウと共に神子ら復活組の対策を講じるのみである。
 ただ、ぬえの得意満面したり顔もそう長くは続かなかった。
 あっさりマミゾウが敗れたからである。
 それも神子ではなく博麗の巫女に。
 考えようによっては、寝起きの半ボケ状態とはいえ神子を倒した巫女は当然神子より強いという事になり、そんな巫女にぬえと白蓮から教わった通りの弾幕ごっこでうっかり十番勝負を挑んだなら敗退もやむをえまい。その後マミゾウとぬえに対する、白蓮を除いた命蓮寺側の扱いが若干掌返し気味になったのも無理からぬ事だ。
 特にぬえは自らの行動により巫女を呼び寄せたようなものであり、マミゾウに先んじてその巫女に喧嘩をふっかけたら一蹴されたというのもいけなかった。折角失態を雪いだのに、再びやらかしてしまったようなものである。なので最近は命蓮寺内の居心地の悪さに再度の名誉挽回の機会を虎視眈々と狙うぬえだった。
 一方で、曲がりなりにも大妖怪、それに幻想郷ルールに不慣れでもあろうという点から、マミゾウの方は現在こうして白蓮と菓子付きで茶飲み話に興じられていた。そもそも命蓮寺初来訪時に、寅丸 星以下白蓮以外の命蓮寺の者達を一瞬でも萎縮させていたのだ。正体不明をモットーとする天邪鬼なぬえと、三大狸の一として実に泰然自若としたマミゾウ、というこの差も大きいだろう。
「ところで」
「なんじゃ」
「今後の逗留場所ですが、やはり此方で? 他が良ければ、可能な範囲で世話もしますが」
「あー……」
 里も近いですし、と白蓮に話を振られ、マミゾウは宙を仰いで軽く頬を掻いた。
 助っ人として呼ばれた手前、いつまでも食客を気取る訳にもいかないのだが、かと言ってあの不手際。流石に寺には居られまいし、幻想郷の土産話を持って佐渡に帰ろうかとも思っていたのだ。
 それを粘り強く引き止めたのは白蓮だった。
 白蓮からすれば今マミゾウに帰られては都合が悪過ぎるのである。何せ折角再び整いかけていたバランスが崩れてしまう。神子もマミゾウも倒した巫女がその立ち位置をはっきりと明示してくれればまだ何とでもなりそうなのだが、あの巫女は風見鶏のように気まぐれで数に勘定するのは危険である。ならば当初の目的通り、マミゾウで神子との拮抗を生みださなければ人と妖怪の平等は遠のいてしまうのだ。
「ま正直ねっと回線も無いド田舎で暮らせと言うのも中々な」
「そこを何とか」
 ずいっと田舎羊羹が盛られた菓子器が差し出される。
「おうすまんの。催促してしまったようじゃ」
 眼鏡を輝かせ悪びれもせずマミゾウは羊羹を摘み、如何にも美味そうに表情を緩めた。
「うむ美味美味。で……取り敢えず、此処で構わんよ。物の役に立たなんだ儂じゃが、それでも是非にと言ってくれるのなら悪い気はせぬし。それにこっちは諸々人目を気にせずとも良いのが良い。それを考えれば幾らかの不便は目を瞑っても釣りがくるじゃろうよ」
「そうですか」
 この応えにほっと胸を撫で下ろす白蓮である。やはり確たる返事を貰わねばそうそう安心は出来る物では無いのだ。
「それでは命蓮寺で暮らすにあたって、まずは部屋割ですが―――」
「その辺りはおぬしに任せるよ。悪い様にはならんじゃろうし、他の勝手は追々慣れてゆくのも良かろうて」
 大妖怪特有のマイペースを発揮するマミゾウに白蓮は更に何か言いたげな顔をしたが、まだ付き合いの浅い相手、また星達と違って自分を敬慕している訳でも無い相手。余り強く物を言って今後の関係に暗雲を呼び込む訳にもいかない。マミゾウの言う通り追々に任せるしかなさそうだ。
「分かりました、そのように」
「うむ、よろしく。さて、では儂はちょっと軽食後の運動でもやってこようか」
 言いながら羊羹に突き立っていた楊枝を一本抜き、それを咥えて縁側から立ち上がりがてらふわりと宙に舞う。
「気を付けて」
 ふりふりと小さく手を振るマミゾウに白蓮も同じように手を振って見送った。

§

 流石に外とは全く違う幻想郷のあり様に、空中でマミゾウはとても良い気分になった。
 ここ百年での外の激動の変化っぷりは凄まじく、変化を起こしている当の人間達ですら時折当惑を見せる程。しかしここは、この幻想郷は、とても同じ時間経過の下にあったとは思えない程変化に乏しいのだ。空気の旨さ、風の柔らかさ、緑の多さ、土の匂い、どれをとっても懐かしく堪らない。
「やっぱ白人連中が癌じゃったかな。アレ等さえ来ねばなー、さりとて権現の治世に限界も来ておったし、来ぬなら来ぬでどうなっておったやらじゃけど」
 ふーむむむ、と腕を組み、顎を撫で。
「……ま、良いわ。気になっておる事があるし、それを潰すとしよう」
 腕を解くと、マミゾウは里の方へ向けて飛んで行く。見れば空には他にも宙を舞う妖怪や妖精が目に付き、これもまた外では考えられない情景であるなとマミゾウは頬を緩めた。
 里に降り立ったマミゾウは、さてどうしたものかと片手を腰にやる。気になっておる事としてまず会いたい人物が居るのだが、そういえば何処に居るかを知らなかった。風の噂程度に大まかな情報は伝わってきているものの、どうも容易には辿りつけぬ所なのは確かなようで。それでも一応里に結構な頻度で現れていると言うから来てみたが。
 人とそれ以外とか堂々と入り混じって流れている通りの有様にマミゾウはちょっと感動しつつ、当て所も無くぶらぶら歩いて行く。こう言う時地元なら適当に木っ端を使い走りにして自分はどっかと座って待つばかりなのだが、到来間も無い土地ではそうそう出来まい。それに昔から幻想郷に居る化け狸達にも都合はあろう。
「ふーむ……」
 あちらこちらと視線を巡らせ、ふと、今の儂ってお上りさんじゃね? 等と思考が閃き、ちょっと自重する事にした。
 そうしてもう暫くぶらぶらしていると、変な建物が目に入る。
 建物自体は特に回りのそれと違った所は無いのだが、開け放たれたままの門戸に吸い寄せられるように人が入っていく。余程美味い飯でも出すのかと思ったが、これと言った匂いは感じない。更に、見ているとどんどん人が入っていくばかりで出てくる様子が無い。反対側に出口があるのかも知れないが、中でどういう捌き方をしたら凄まじい回転率を生み出せるのか。
「里内で大っぴらにヒトジゴクをやっとる訳でも無いじゃろうに」
 呟き、興味が湧いたのでマミゾウは止まっていた足を向ける事にした。
 歩いてゆくと、少々小柄だが良く動く白装束に烏帽子を纏う者の姿が。どうもその者は列整理か何かをしているらしく、遠目には無秩序に建物に入って行くに見えたが、どうやら一応の順序をその者が付けて中に招いているようだ。
「ああ」
 マミゾウはその者と直接の面識は無いが、伝え聞く所に寄る人相風体から心当たりはあった。
「あれが物部か」
 自分が対抗馬として呼ばれた神子の部下、物部 布都である。そして布都がここで何やら忙しなくしているという事は。
「どうも当たりのようじゃな」
 口元を綻ばせると、マミゾウは建物入り口の近くに更に足を向ける。
「おい待て」
 が、すぐに布都の方から待ったがかかった。
「なんじゃ」
「ここは人の為の場所だ。妖怪はご遠慮願おうか」
 寄って来た布都は背こそ低めだが声と態度はご立派である。
「ほう。いや儂は単に此処で何をやっとるんじゃと気になってな」
「そら、そこに無料にて萬相談承り□とあろう。困った事があればここで話を聞き、助言をしようという訳だ」
「ああそれは聞いた事があるぞい。一時に十人まで、と言う奴か」
 ピンと来たのでマミゾウはそのまま問うてみた。むしろこれで違う筈も無いとは思うが。
「無論。太子様の為せるお力によるものだ」
 誇らしげな布都のドヤ顔である。
「成る程、ならこの中に豊聡耳殿が居るという事で違いないな」
「なんだ、知っていたのか。……太子様のお知り合いか?」
 訝しむような目になりつつも、口調が変わるのは布都の神子に対する敬意の程が知れた。
「互いに面識は無い。が、因縁浅からぬ……いや浅いかもしれんが。まあ、ちょいとちょいと」
 マミゾウは指で布都を招く。何せ布都が寄って来てここで問答をしているだけで、周囲の目や関心の向きっぷりときたらかなりのもの。こんな状態で堂々と佐渡の二ッ岩と名乗ってはどうなるか分かったものではない。
 やはり訝しみつつも寄って来た布都に、更に耳を貸すよう促し、若干の警戒の後差し出された耳にそっと口を近づけ、
「一応音に聞いとるとは思うが、儂は佐渡の二ッ岩。豊聡耳殿にちょっと聞きたい事が」
「なにっ、佐渡の二ッ岩だと!? さては太子様に仇為さんと乗り込んで来たな!?」
「いや、おい」
 狸の配慮ぶち壊しである。
 とはいえ復活した神子に対抗する為に妖怪が用意した切り札、との触れ込みで幻想郷にやって来たのがマミゾウなのだ。神子側からしたら警戒して当然であり、それがこうも堂々と来たのなら騒ぎ立てたくもなろう、臨戦態勢に入りたくもなろう。
 当然周囲も騒然となった。布都の勘違いを真に受けたか逃げ出す者が殆どであり、すわこれは面白そうだと物見遊山の者共が遠巻きに場を窺う。
「……聞けよおぬし」
「ふん、堂々と正面から来たのは敵ながら天晴れ! なれば此方も全力で相手をしようではないか。蘇我、蘇我ーっ!」
 呆れるマミゾウを他所にどんどん盛り上がる布都が誰ぞを呼ぶと、ふわりとその側に亡霊が姿を現した。
「えっ何」
「二ッ岩がとうとう来たぞ!」
「えっ」
 急に呼ばれて事情が呑み込めない風だった蘇我 屠自古は、布都が眼前の化け狸を指差し言ったものだから完全に事情を理解した。勿論勘違いした方向に。
「さあ! 物部の秘術と道教の融合、そして蘇我の雷をその身にとくと刻むが良い!」
「やってやんよ!」
 軽く跳躍し、召喚した磐舟に乗り込んだ布都は両手に八十平瓮を満載し、その上で屠自古は眩い雷光を迸らせる。
 次の瞬間にも二人の攻撃はマミゾウを滅茶苦茶にするものと物見遊山達は思い、いざ事に当たっているマミゾウは凄く面倒くさそうな顔をしていた。
「いいのかのう」
「何がだ」
 この期に及んでなんらやる気を見せないマミゾウの言葉に、布都は噛みつくような敵意を向ける。
「確か里ではこういうのご法度ではなかったか」
「あっ」
「えっ」
 真っ当な指摘に、布都も屠自古も我に返ったようにそれぞれ磐舟と八十平瓮に雷光を引っ込める。
 この流れに、幻想郷の新参同士が大喧嘩をやらかすと期待していた物見遊山達は大いに落胆した。放っておいても里の治安維持を担う者等がすぐに現れただろうが、相当な実力者同士の大喧嘩となると簡単に手を出せなくなるものだ。
「で、儂は豊聡耳殿と話したい事があって来たと言うておるんじゃが」
「えっ」
 呆れきったマミゾウの言葉に、屠自古は懐疑の目を全力で布都へ向ける。敵側であるマミゾウの言う事を鵜呑みにするのはどうかと思うが、しかし屠自古は布都の事をよく分かっていた。
「…………そうなのか?」
 場の空気に耐えられないような顔になり、実にばつが悪そうに布都は言う。我とした事が……等と呟いてもいる辺り大変な重症だ。屠自古はよく承知していた。
「うむ」
「それは……しかし……」
「里での立ち回りがご法度であるのはおぬしらも知っとるじゃろ。どうせなら儂が豊聡耳殿と話しとる間、傍で見張りでもするか?」
 やれやれとマミゾウが息を吐けば、なーんだとばかりに屠自古は消え去ってしまう。孤立する事になった布都は一瞬、縋るような手を屠自古の残滓に向けかけてしまうが、マミゾウの手前すぐに咳払いによる仕切り直しを断行した。
「いや、それには及ばない。我はここで次なる者達の選定をせねばならないから、おぬしだけで中に入ると良い」
「左様か」
 布都の言葉に今度はマミゾウが訝しんだが、そういえば先程どこぞへ消えた亡霊が居る事を思い出し、成る程と納得して彼女の横を通り抜けていった。
 中に入ってすぐ、矢印で順路を示した壁の張り紙が目に付いたのでそれに沿って進んで行く。まず右へ曲がり、通路を進めば付き辺りで道なりに左、何歩か行ってまた左。進路が逆転した形で通路を進めば今度は階段が見えてくる。
「面倒な構造しとるな。すぐ会えるものと思っておったに」
 階段を上って二階に出ると、再度右への張り紙が目につく。なので右を見てみれば吹き抜けの回廊があり、ぐるりと壁沿いに下って行くそこに入ると再び張り紙。
「悩みをはっきり呟きながらお進み下さいとな」
「その方がてっとり早いですからね」
「おお」
 思わぬ返事。回廊から吹き抜けを下に覗けば、特徴的な頭をした神子がこちらを見上げて微笑んでいた。
「これはお初にお目にかかる。今そちらに向かうゆえ暫し待たれよ」
「こちらこそ。布都らがご迷惑をかけまして……」
「ほっほっほ、構わぬよ。里内でなければ一悶着の一つや二つは覚悟しておったし」
「そう言って貰えると……。では、お待ちしていますよ」
 マミゾウは回廊を下って行き、一階に下りきった所で丁度神子の待つ所に辿り着いたので成る程と感心する。悩みを言いながら回廊を下り、到着した所でカウンター越しの神子からありがたいお話を頂いて出口から帰るという訳だ。完全な流れ作業であり、声は下に落ちる以上相談する方もされる方も楽が出来る。
「と言う訳で改めて、儂は佐渡の二ッ岩じゃ。皆はマミゾウって呼ぶよ」
「はい。私は豊聡耳神子。布都らは太子様と呼びますが、貴方はそう呼ばずとも構いません」
「そうかね」
 そんならなあ、と考えつつマミゾウは神子をじろじろ見ながらふぅむみこみこ呟くも、
「ええ、みこちんでも別に構いませんよ」
 即看破された。
「マジか」
「マジです」
 神子は微笑む。日頃そう言う呼ばれ方をされていない分、憧れとかがあったのだろう。
「となると、みこちんは儂の事呼び捨てでも構わんよ? 或いは綽名を頂戴しても良い」
「ではマミゾウで」
「うむ。それでわざわざ足を運んだ用件じゃがな」
 軽く辺りを見回し、椅子を見付けると引っ張って来て座り、カウンター越しに向かい合う。
「ちと問答をしにきた。ああ、禅問答ではないぞい、悟りとかどうでもよいし」
「そうですか。……わざわざ私の元まで来る辺り、察せられるものがなくもないですが」
「じゃろうなあ」
 見透かすような微笑みを見せる神子にマミゾウは苦笑した。
「でじゃな。儂らは何で今こうして此処で顔を突き合わせとるんじゃろうな?」
「ほう」
 マミゾウの問いかけに神子は楽しげに応え、暫し瞑目する。
「私は仏僧に復活を阻まれ、永き眠りの内に偉業を疑われ、霊廟ごと幻想郷に越して来たがゆえに」
「儂はそんなみこちんに拮抗せんが為に旧友に呼ばれて幻想郷にやってきたんじゃよ」
「でもマミゾウはこんな簡単な答えを聞いて終えたいのではないでしょうね」
「当たり前よ。では何故みこちんは復活したんじゃろ」
「此方は仏僧の封印が緩いですからね。もっとも、後少しという所で霊廟の真上に命蓮寺を建立されてしまいましたが」
 あれには参りました、と神子は肩を竦めた。
「されどおぬしはひじりんの封印を破りこうして復活を果たしておる訳じゃ」
「……ええ、如何に白蓮に力と信仰があろうと所詮独力。外と比べれば全く大したものではありませんでしたから」
 ここまできて、ふーむとマミゾウは顎を撫でる。
「出来過ぎておるなあ」
「やはりそう思われますか」
「みこちんが幻想郷で復活を果たすのはもはや確定、歴史の流れだの必然だの言う奴じゃろ」
「結果的にはそうですね」
「だのに良いタイミングでひじりんが出て来てその復活の邪魔をした。聞いた所によればひじりんが復活したのも最近の事らしいではないか」
「私もそう聞いています。誰かが私の復活を予見なりして感じ取り、白蓮を復活させる事で私の復活を阻もうとした、と考えても違和感はありません」
「幻想郷は料簡の狭い所もあるが、それでも外と比べれば格段に緩い。にも関わらずみこちんの復活を快く思わない者が居たと」
 そこで、うーんとマミゾウはカウンターに頬杖を突いた。神子はそんなマミゾウを面白いものでも見ているかのような目を向けている。
「白蓮の復活は地下に封じられていた妖怪達が地上に現れたから、と私は聞いています」
 今度は神子の方から切り出した。相談所をやっている為、ついでに色んなこぼれ話も耳に入ってくるのだろう。
「ほほう、そうじゃったか」
「そして何故地下が解放されたかと言えば、地下の妖怪にこれまた最近こちらにやって来た八坂と洩矢の二柱の神が関係していると」
「ほお。神さんか」
 さりげなく地元では自分も祀られていたりするマミゾウである。
「はい。……まあ、その二柱と我等に何の関連性も無い訳ではありませんので、心当たりと言えばそこに行き着くかと」
「ああ、そういえばあの小さいのは物部じゃったな」
「はい」
 それで充分、とばかりの短い返事。
 再度、ふーむとマミゾウは唸る。
「しかしあの二柱。みこちんの復活を妨害までする程良く思っとらんかったかのう」
「流石にその辺りになると直接聞かない事には判断付きません……でも」
「……まぁ、確かに」
 神子の目配せを受け、マミゾウは頷いた。
「神さんのする事じゃしなー」
「ですよねー」
 互いに苦笑し合う。思考停止とも取れるが、しかし神の気まぐれと言ったら酷いの一語に尽きる。長く生きれば生きる程、また生きた時が古ければ古い程、身に沁みるのだ。
「仕方ない、一先ず問答は切り上げじゃ。神さんが関わるとあっては儂如きではどうにもならん」
「そうですか?」
「うむ。ではなみこちん、ひょっとしたら今度会う時は敵同士かも知れんぞい」
 元よりその手筈で儂は呼ばれたのじゃしなあ、と笑いながらマミゾウは建物を後にする。
 去って行く化け狸を見送った神子は、自身も違和感として気にしていた部分をマミゾウが聞きに来た事に少しだけ驚いていた。
「流石、油断できませんね」
 神子の傍で姿を現した屠自古が言う。
「確かに。……いずれ私が為政者となろうと言う時に味方に付いてくれれば良いんですが」
 しかしその前に、こうなった原因に対し幾つかはっきりさせておかねばならない事はあるだろう。二柱の神が幻想郷に現れてからの幻想郷の流れは、神達の手によるものと考えるになんら不都合は無い。
 ならば、神はこれから更にどうしようというのか? 恐らくマミゾウもその点が気になっていたのだろう。だからこそ対抗存在として用意された対象の所に単身で堂々と乗り込んで話だけして帰ったのだ。ただ、マミゾウとしては原因が神だとは思っていなかったようだが。
 溜息を零した時、俄かに騒がしくなった。
 マミゾウが建物を出た事で、布都が相談者の受け入れを再開したのだろう。
「さて、では私はもう暫し頑張るとしましょう」
「ご無理なさらぬよう」
 気を切り替えた神子に屠自古はそれだけを言って消え去り、神子はやがて聞こえてくる悩みに耳を傾けた。
 いずれ為政者として人の上に立つからには、予め人は何を思い何を考えているかを知っておく必要がある。それが故の神子の活動であった。

§

 里を後にしたマミゾウはやれやれと頭を掻く。
「幻想郷は飽きさせん所じゃな。……こういう事ならひじりんに引き留められずとも居残って良かったか」
 いっそ今度神子らと共に神の元へ聞きに行くか? とも考えたが、すぐにそれは取り消した。
 どうせならもう暫く高みの見物を決め込み、これから何が起こって行くのかを命蓮寺で見ているのも悪くは無いだろう。
「何かあれば良し、万一何も無くとも……まぁ刑部の奴への土産話くらいにはなるじゃろう」
 問題はいつまで幻想郷に留まるか、という所だ。
 土地柄、あまり長くいると外での存在感が危ぶまれてしまう。ただマミゾウはそこらの妖怪と違って土地神として祀られてもいるので、そこらの妖怪よりは長逗留も可能と言える。
「ま……良かろう。どうせ何かが起こるに決まっておる」
 飽きたら帰れば良い。そう考え、マミゾウは当分の逗留先である命蓮寺へと帰る事にした。

§

 それから暫くして、命蓮寺にマミゾウ目当ての客が訪れた。
「お客さんだよー! おっきゃくー!」
「……いつもうっさいのうおぬし」
 響子に呼ばれてやや耳を押さえつつ、マミゾウは客の元へと歩んで行く。
「おや」
 客間に居たのは幻想郷在来の化け狸達の代表として来たと言う化け狸達である。
 化け狸達は佐渡の二ッ岩を前に縮こまりへりくだり、山吹色の菓子まで用意していた。
「おいおい……ここ寺じゃぞ」
 とついついマミゾウも突っ込みを入れつつ、しかし当然のように受け取っている。
 化け狸達としては、里で佐渡の二ッ岩が現れたと聞いてこれは挨拶をせねば、と方々探したらしい。まさか命蓮寺が神子に対抗して呼び出したと言う大物妖怪がそれと気付くのに何日かかかったのは、証城寺じゃないんだから……という先入観からだったそうだ。
 そして化け狸達が言うには、できれば幻想郷に居る間は狸達の頭領を引き受けては貰えまいか、という事だった。
 無論幻想郷在来の化け狸も実力者揃いであるものの、仇敵の狐連中と違って旗頭となれるような大物が居ない。このままでは纏まりを欠いたまま狐に追いやられる一方……という所で振って湧いたのがマミゾウだった。何せ佐渡の二ッ岩と言えば佐渡から狐を完全に駆逐した偉業を持つ大狸。化け狸としては、恥を忍んででもこの機を逃してはならなかった。
 ゆえに今化け狸達はマミゾウに対しぺこぺこと何度も頭を下げ、しまいには土下座せんばかりである。
「……仕方無いのう」
 結局マミゾウは押し切られる形で引き受ける事となり、何か事を構える時が来たら顔を出す事も約束した。狐側の旗頭である金色の九尾の狐の事も少し気になったからだ。
 その後化け狸達から色々と話を聞き出し、別れた後マミゾウはぬえの所へ向かった。
「おーうい」
「あれ、どうしたの。客が来てたって話だけど」
 山吹色の菓子が満載された重箱を小脇に持つマミゾウにぬえは不思議そうな目を向ける。
「客ならとっくに相手し終わったよ。それよりぬえ」
「なに」
「お前とんでもない聖人が復活しただの幻想郷中の妖怪が震え上がっただの言っておったが、実際は言う程そうではなかったんじゃないか。特に後者。尾鰭とか色々付いとらんか」
「ええ? いや、そんな事は無いと思うんだけど……」
 しどろもどろに視線が泳ぐぬえである。この怪しさと言えば犯人に犯人と書いてあるくらい怪しい。
 そしてその原因に付いてマミゾウは心当たりがあった。
「……お前友達全然居らんもんなあ」
「うぐぐ……!」
 そういう訳である。正体不明なのが売りな妖怪である以上、人間の前どころか妖怪の前でもそうそう姿を現さないのだ。それなのに最近は命蓮寺界隈に出入りするようになって、情報の入り所が随分と限定されてしまったのかも知れない。
 大体何かやらかせばすぐに博麗の巫女が飛んでくる幻想郷において、聖人一人復活したから何だと言うのだ、と言えなくも無かった。
「まあ良い。おぬしが儂を頼ってくれねば幻想郷に来る事も無かったじゃろうしな」
「ならいいじゃないか!」
「ふぉっふぉっふぉっ、そう怒るな」
 半泣きに逆ギレたぬえをあやすように頭を撫で、マミゾウは山吹色の菓子を勘定しようと宛がわれた自分の部屋へと戻って行く。
 マミゾウが幻想郷に飽きる事は暫く無さそうだった。
     λ_,..,..,∧
     ,:'´, <Ξ>' ゝ
 /⌒ヽ〈 ノλハλノ〉
 i:::::::::〈从-(゚)ヮ(゚)ハ〉
 ヽ,,,,,,,⊂V i.i .i.i, 〉つ
   \゙゙<_◇Wθ〉
     `'-r_,ィ_ァ'
Hodumi
http://hoduminadou.com/
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コメント



0.1510簡易評価
1.90洋菓子削除
カリスマのあるマミゾウを堪能することができました!
藍とのからみも見てみたいですね。
3.80奇声を発する程度の能力削除
流石マミゾウさん
9.100名前が無い程度の能力削除
好かったです。
なぜかは分かりませんが、布都の「蘇我、蘇我ーっ!」のセリフが印象に残りました。
14.80名前が無い程度の能力削除
みこちんw
16.90名前が無い程度の能力削除
布都ちゃんは相変わらず突っ走るなあ。やはりネジがいくつか飛んだのか……

であえ、であえー
18.90とーなす削除
マミゾウも神子も、さすがの大物とも言うべき威厳のある態度でカッコよかったです。
マミゾウの周りではまだまだひと悶着ありそうですからね、しばらくは命蓮寺に居座るんじゃないだろうか。

みこちんにひじりんか……ありだな。