ここ三日程降り続く雨は今日も力強く、まったく雨脚を衰えさせない。
窓越しにそれを見て、ふうと小さく溜息を漏らした妹のフランドールを横目に、レミリアは僅かに眉を下げた。
明日は博麗神社で宴会が催される予定で、フランドールもそれに御呼ばれされることになっていた。
長いこと地下の薄暗い部屋で自分くらいとしか直接関われなかった妹だ。
明日を本当に楽しみにしていたことは、誰よりも自分がよくわかっているとレミリアは思う。
だがこのままでは宴会は中止。
まったく、日光に次いで雨というのは本当に忌々しい物だ。
――しかし、大人しく負けてやるわけにはいかない。
レミリアは肩を落としている可哀想なフランドールの姉なのだから。
お姉様は無敵なのだ。
「フラン、行くわよ」
「え?」
フランドールの手を引いて、早足で歩き出す。
目指すは地下にある巨大図書館。
その中心で知識を貪る日陰の魔女。
「パチェのとこ。あの子ならいい手を知っているかもしれないわ」
……いかに無敵なお姉様といえど、戦い方さえわからない相手ではどうしようもないのである。
「雨を止ませる方法?」
持ち掛けられた相談に、パチュリーは分厚い本から視線を上げ、小首を傾げながら思考を巡らせた。
「降らせる方法ならあるけど。止ませる方法、ねえ」
「ええ、なんとかならない?」
真剣な顔のレミリアと、その横で俯いているフランドールを見て。
パチュリーは、小さく、本当にかすかな笑みを浮かべ、答えた。
「そうね。てるてる坊主でも作ればいいんじゃない?」
「「てるてる坊主?」」
姉妹はそろって首を傾げる。
レミリアは左に。
フランドールは右に。
頭がごちんとぶつかった。
「「いたっ」」
同時に頭に手をやる二人を見て、今度は誰が見てもわかる楽しげな、愛しげな顔でパチュリーは笑った。
それに対し、レミリアは頬をうっすら朱に染めながら問い返す。
隣でまた俯いてしまった妹を、ちらちらと窺いながら。
「……てるてる坊主って、なに?」
てるてる坊主は日本の風習。
外国産の吸血鬼が知らないのも無理はない。
「白い紙や布を包んで作る人形よ。吊るして飾っておくと雨が止むといわれているわ。迷信の類だけれど、他に代案もないし」
「むう……」
聞き終えたレミリアは腕を組んで唸った。
迷信。
根拠がなく、効果も期待出来ない。
だが、パチュリーのいう通り、代案もない。
「物は試し、か」
裁縫用具と、来客用に用意されていた使われていない真っ白なシーツ、その他諸々。
図書館の机上に広げられたそれらを指差し確認して、満足気に頷くレミリア。
「準備完了! 咲夜、ご苦労様」
ご主人様の言葉に嬉しそうに微笑んで返しつつ、咲夜は訊ねる。
「はい。しかしお嬢様、今からなにをなさるおつもりですか?」
「てるてる坊主を作るのよ」
答えたのはレミリアではなくパチュリーで。
咲夜の視線が自分に向くと、懐かしむように目を細めた。
「貴女が小さい頃。二人で作った事があったわね」
やわらかな声で紡がれた言葉に、咲夜は一瞬だけ目を見開き。
すぐにまなじりをゆるやかに下げて、続けた。
「二人で、本で調べながら作りましたね。パチュリー様ったら、不器用で。何度も針で指を刺してしまって。私には知られないように誤魔化していたこと、ホントは気付いていたんですよ」
「……子供の目は、侮れないわね」
ほんわか。
あったかい空気が、ふうわりとまわりに広がった錯覚。
心地良い、家族の温度。
幼い咲夜を拾った後。
世話をパチュリーに任せたことを、レミリアはとてつもない英断であったと確信している。
「私も混ぜてもらっていいですか? てるてる坊主作り」
咲夜の言葉に、レミリアは笑って答えた。
「もちろん。戦力は多い方がいいわ」
――てるてる坊主の百個や二百個で雨が止むなら、いくらだって作ってやろう。
隣で沈んでいる妹も笑わせてやらなければ。
大切な、家族なのだから。
まず布を正方形に切って、その中央に頭部となる円を下書きする。
その線に沿って波縫いし、糸を引っ張って綿を詰める。
詰め終わったら糸をさらに引っ張って、解けてこないように縫い止める。
以上、てるてる坊主の作り方。
「出来たっ!」
少し形の悪いてるてる坊主を手に、レミリアは声を上げた。
縫い物など初めての経験だったので、小さな感動すら覚える。
たとえ自分がひとつ仕上げる間にパチュリーと咲夜がいくつも量産していても。
しかし。
「なんだか、物足りないわね……」
真っ白なてるてる坊主。
もっと、こう、なにか。
ちらり。
フランドールは、やっぱり沈んだ雰囲気で。
「……うー」
ふいに漂う甘い匂い。
「少し早いですけど、三時のおやつにしましょうか」
咲夜の前には銀の台車。
それに乗せられた焼きたてのアップルパイ。フォークとナイフ。ポットとティーカップ。
カップの数は六つ。
「あれ?」
蔵書整理をしている小悪魔を呼んでやるとしても、一つ余る。
数を間違えるなど、咲夜がするはずもなく。
レミリアが疑問を感じた瞬間。
「こんにちはー」
開かれる扉。
軽やかなステップで現れた女性。
跳ねる紅い長髪。
「ご相伴に与りに来ましたっ」
素敵な笑顔、歯がキラリーン。
「……持ち場はどうした、門番」
「今日は午後から非番なんですよ」
レミリアの言葉に悪びれもせず爽やかに返す美鈴。
それを笑って見ている様子とカップの数が多かったことを考慮すると、咲夜には予想出来ていた事態なのだろう。
「よくここを嗅ぎ付けたわね」
「鼻が利くんです、っていうのは冗談で。皆様の気配がここに集まっていたのでなにをしているのかなあ、って」
溜息を吐いてやる。
もっとも長い付き合いのはずなのに、こいつのテンポにはいまだに慣れない。
なんにも考えていないようで、本当は様々なことを考え、読み取ろうとしている。
「てるてる坊主を、作ってたのよ」
「てるてる坊主?」
「明日、宴会でしょ? 雨、止まないと中止になっちゃうじゃない。……今回は」
止まった言葉に。
美鈴はレミリアの顔を数秒真顔で見詰めた後、フランドールに一瞬だけ視線を向けてから、朗らかに笑った。
「そうですね、それは困っちゃいますね! よーし、私も手伝いますっ」
レミリアはつられて笑いながら「そうね、おやつの代金分は頑張りなさい」と返した。
慣れない、が。
向けられているのはいつも好意で、そこに悪意が一切ないことも知っているのだ。
彼女も大切な家族である。
咲夜が切り分けてくれたアップルパイをつつきながら、レミリアは口を開く。
「でも、なにか足りないのよね……」
真っ白なてるてる坊主。
フランドールの曇った顔。
「……だったら、こんなのどうです?」
言葉を発したのは美鈴で、何事かと彼女の方を向けば手にしているのは赤いフェルトペン。
サラサラー、とすべらかな手付きでペンを走らせるは真っ白いてるてる坊主。
「はい、完成!」
のっぺらぼうだったそれに咲く笑顔。
「小悪魔さんの顔を描いてみました。この方が可愛いですよね」
笑顔で美鈴はそう語った。
その言葉に。
「……小悪魔を呼んでやるの、忘れてた」
と、パチュリーは呟き。
「いつ気付くのだろう、と思ってました」
と、咲夜は微笑み。
「……かわいい」
と、フランドールがこぼして。
「これだっ!」
と、レミリアが叫んだ。
「ひどいですよ、忘れるなんて。私は小悪魔ですけど存在感も小さいっスか、ミジンコ並みですか」
いじける小悪魔に、笑いかける美鈴。
「ミジンコも意外と可愛いと思いますよ。はい、あーん」
「あむ」
もきゅもきゅ。
赤い顔でアップルパイを咀嚼する小悪魔。
「ホントに忘れていたのはパチュリー様御一人だけど」
「おいふぃ(美味しい)」
咲夜の呟きも届いていない。
安い女だ。
「うん、可愛いですね」
むしろそこが琴線に触れるらしい美鈴が笑みを深め、小悪魔の顔はより一層朱に染まった。
めーこあ!
まあそれは置いといて。
「次はリボンでも巻いてみようかしら。フラン、どう思う?」
肩を並べて、てるてる坊主に装飾を加えていくスカーレット姉妹。
「……うん」
緑色のリボンを手に、フランドールはゆっくりと笑みを浮べた。
「可愛い、ね」
妹が笑った。
笑ってくれた。
その事実を。
「可愛いのは貴女よ、フランっ!」
喜ばない姉などいないだろう。
むしろいてはならないとレミリアは思う。
「きゃっ」
レミリアにぎゅぅっと抱き締められながら。
フランドールは照れくさそうにまた笑う。
幸せな光景に、やわらかであたたかな空気が場を満たした。
「あー、でも」
そこで、小悪魔が口の端にパイ生地を付けたまま、言った。
「てるてる坊主って、顔描いちゃったら雨降るんですよね、たしか」
沈黙。
「え」
「……馬鹿」
呆然と固まってしまったレミリアと、頭を抱えるパチュリー。
「……はは」
笑顔のまま、タラリ、と一筋の汗を垂らす美鈴。
「……」
ぽけっとしているフランドール。
「……あ、あれ?」
やっべ、拙いこと言っちゃった? と焦り始める小悪魔。
「……幼い頃の話なのですが」
そんな気まずい雰囲気の中。
笑顔で語り始める咲夜。
バッ!
いっせいに全員の視線が向けられた。
「お嬢様が、明後日お花見をしましょうか、と。そう言われたのです」
唐突に始まったかに思える昔語り。
レミリアは首を傾げる。
はて、いつのことだったか。
「お嬢様にとっては思いつきの発言だったのでしょうけど。私はそれがとても楽しみで」
懐かしげな視線が、パチュリーの穏やかな視線と絡む。
「それなのに、前日に雨が降り出して。止んでくれるのかと不安になった私に、パチュリー様が言われました。てるてる坊主を作りましょう、と」
パチュリーは少し頬を赤らめながら、小さくこぼす。
「ちっこいのが、さらにちっこくなっていたから。泣き出したらどうしようかと、気が気じゃなかったわ」
くすくすと笑いながら。
咲夜は話を続ける。
「二人共、初めてのことで。指導していただける方もいなかったので、教本とにらめっこで」
「……それで」
レミリアは、躊躇いながらも問い掛けた。
「雨は、止んだの?」
咲夜は、眉を下げて。
「止みました、けど。前日降り続いた雨のせいで桜の花は散ってしまって、お花見はお流れでした」
でも、下がった眉に悲しみは存在しなかった。
「だけど、楽しかったのですよ。時々指を刺しながら縫い上げたてるてる坊主は、今でも私の部屋の引き出しで眠っています」
照れくさそうに顔を見合わせて笑いあう咲夜とパチュリー。
大切な、優しい思い出。
「……フラン」
レミリアが様子を窺うようにフランドールの方を見ると。
フランドールは、緑色のリボンを結んだてるてる坊主にフェルトペンで顔を描き込んでいた。
「出来た」
満足気に呟いて、顔を上げる。
咲夜の方に向き直ると、そのてるてる坊主を差し出した。
「あげる」
描いたてるてる坊主の笑顔とよく似た、とても可愛い笑みを浮べて。
「私も楽しいよ」
同じように笑いながら咲夜はそれを受け取って。
一瞬指が触れ合うと、お互い恥ずかしげに顔を逸らした。
フラ咲!
――そして。
フランドールはレミリアに顔だけ向けて、言うのだ。
「お姉様……ありがと」
妹に。
「……ッ!」
あらたまってありがとう、なんて言われたら。
「こっちこそありがとうよ、ふらーんっ!」
テンションマックスにならない方が、どうかしているのだ。
「「わあああああっ!」」
とびついたレミリアの勢いにフランドールが耐え切れず、そろって床にすっころぶのを、皆が笑って眺めた。
そんな、雨の日。
明日が晴れでも、雨でも。
今日はとても、楽しい一日。
うん、素敵なお話しでした。
楽しくて暖かい雰囲気が伝わってくる良いお話でした。
そろそろ寒くなってくる季節だし、こいう暖かな話はいいb
フラ咲!で思わず笑ってしまった
心地よかったです
やっぱ紅魔館は家族ですね。家族愛の美しさがよく見えました。
良かったです。