布都が布団から出てこなくなった。
「正に『お布都ん』という事ですね」
「なるほど……『布都もも』や『布都どき者』に次ぐ新ジャンルですか」
「ええ、それも今回は睡眠欲という非常に強力な欲を司っている――まあ『布都もも』の司る性欲には負けますがうふふ」
「太子様顔がどら焼き食べてるドラえもんみたいですよ」
無茶苦茶である。あまりに意味不明な会話を繰り広げる太子様と青娥に、私――蘇我屠自古は小さく溜め息をついた。
◇
時は僅かに遡る。
朝は8時を少し過ぎた頃――仙界にある道場、その食堂の机を太子様と青娥、そして私で囲む中、『彼女』の不在に気付いたのは私だった。
「あれ」
「どうしました屠自古、連続ドラマ小説が『おひさま』から『カーネーション』に変わった事にショックを受けたのですか」
「どっちも見てません」
「そうですか……私は変わったその日、1日中枕を涙で濡らしていたのですが」
「何やってんですか」
ショック受け過ぎである。
「じゃなくて、布都の奴はまだ起きてこないんですか、って話です」
「あら……確かに布都きゅんがまだ起きてないわね」
私の言葉に返事をしたのは青娥。彼女は布都の寝室に繋がる襖へ視線を向ける。
それよりコイツは、いつから布都の事を布都きゅんとか呼び始めたのだろうか。
「お寝坊さんかしら。昨日何か疲れる事でもやったのかしらね」
「そういう訳じゃないと思うけど……」
「まあいいわ、我が愛しの芳香ちゃんちょっといらっしゃい」
「ほいよ」
「うわ!?」
主人に呼ばれたキョンシーは、机の下から顔を覗かせ返事をした。それも机のど真ん中をぶち破って。
「あら芳香ちゃん、貴方に『壁をすり抜けられる程度の能力』は無いわよー?」
「そうだったぞー、あはははー!」
「あはははー!」
「笑っても誤魔化せないからね」机弁償しろよお前ら。
それはともかく、机の真ん中から頭だけが出ている芳香に、青娥は布都を起こしてくるように命令する。
芳香は再び「ほいよ」と返事をしたのち、頭を机から引っ込め、普通に机の下から這って出て行った。初めからそうしてほしかった。
芳香が食堂を後にしたところで、「それにしても、布都が寝坊するなんて珍しいですね」と太子様。
「まあ布都きゅんにも色々あるのですよ太子様。いよいよ秋アニメも始まりましたからね」
「青娥じゃあるまいしそんな訳」
「なるほど……確かに秋アニメは気になります」
「気になるんですか」
1400年寝ていた奴が、起きて2ヶ月で秋アニメに浸っていては世も末である。
青娥が「私だって今期は2つしか見てないわ!」とか言ってるけどどうでもよかった。
「ご主人……」
それから暫く3人で談笑して、ふと襖が開いたと思ったらそこに芳香がいた。
その後ろから、起床した布都が着いてくる気配はない。
「どうしたの芳香? 布都きゅんは?」
「ふ、布都きゅんが、布都きゅんはその……」お前まで布都きゅん言うな。
それから芳香はやけにどもって、何が言いたいのか伝わってこない。
私と太子様が怪訝な表情を浮かべる中、青娥はもう1度優しく笑って言う。
「落ち着いて芳香、貴方は出来るキョンシーよ。この前だって『ジュース買ってきて』って言ったらちゃんとコーヒー買ってきたじゃない」
「ご……ご主人……」
その言葉に芳香はすぅと息を吸う。
それから落ち着いた表情で、確かな言葉を私達に放った。
「布都きゅんが……お布団になってしまったのだ!」
◇
芳香が青娥のパシリにされていた事は致し方ないとして、ここで物語は冒頭に戻る。
何と言っても布都の奴、芳香が添い寝をしてあげても起きなかったという。
ゾンビが横で寝ているのにそれでも起きないとは、布都も今回は本気で起きないつもりだ。
「ところで芳香ちゃん、布都きゅんがお布団――いやお布都んになってしまったとはどういう事?」
「掛布団をぐるぐる身体に巻きつけてチマキみたいになってるぞ!」
青娥の問いかけに芳香が答える。チマキとはまたアレな表現である。
それにしても、ここまで強情に布都が起きないというのもおかしな話だ。何か嫌な事でもあったのだろうか。
「ともあれ、部下の不始末は私の不始末――私が代わりに起こしてきましょう」
そこで青娥が、拳をグッと握って私達に言った。
「こういうのは毅然とした態度で臨まないといけないわ。お母さん理論ね」
「それは無理矢理起こす、という事?」
「時にはそれも仕方ない事よ。パイを顔にぶつけるくらいはするわね」
バラエティ番組の見過ぎでおかしくなったお母さんという事だろうか。
しかし青娥の言う通り、毅然とした態度が必要な時もある。今回ばかりは起きてこない布都が悪いし、パイをぶつけられても同情の余地は無さそうだ。
「そういう事なら、今回は青娥に任せるとしましょうか。屠自古も異論はありませんね」
「はい、特に」
「では私達も現地へ向かいましょう。遠くから青娥の活躍を見届けるのです」
「えっと……それは何の意味が」
「野次馬です」
キリッとした顔で、太子様は言い放った。この人も寝過ぎで頭おかしくなっちゃったのだろうか……
◇
数分後。現地である布都の寝室には青娥、その入り口付近には顔だけを覗かせる太子様と芳香、そして私の姿があった。
「さあ、果たして青娥はお布都ん状態の布都を起こすことが出来るのでしょうか!」
「太子様実況好きなんですか」
「うおお、ノリノリだぞ!」
実況・豊郷耳神子、解説・蘇我屠自古&宮古芳香という中継体勢の完成である。
そんな茶番をしている間にも、布団に包まって動かない布都の背中を、青娥は布団叩きでバンバン叩いていた。
「おらおら、起きろって言ってんだよこのメス豚がぁッ!」
青娥の台詞が小さいながらも聞こえてくる。最早お母さんの台詞では無い。
しかし、それでも布都はピクリとも動かなかった。動いているのは体力を浪費した青娥の両肩だけだ。
「おおっと布都選手、青娥選手の猛攻を軽くいなしました!」
「選手って」
「うおお、ご主人が負ける!? ご主人は永遠に不滅です!」
ノリノリの太子様に、挙動不審に色々叫ぶ芳香。
それに挟まれた私が大きく溜め息をつく中、青娥は新たな攻勢に打って出る。
「く、中々しぶといですね……しかし! 布団さえ無ければ貴方も『お布都ん』ではいられないわ!」
こちらもまたよく分からない事を叫びながら、青娥は布都の表面を構成する布団をはぎ取ろうとする。
しかしそこは布都も譲れないのか、ぐるぐると回って青娥の攻撃を攪乱する。
またもや息が上がっているのは青娥だ。敗色濃厚である。
「く……こうなっては仕方ない――スペルカード、道符『タオ胎動』!」
と、遂に青娥が禁断の手を発動した。――スペルカードだ。
尸解仙1人を起こす為にスペカが必要な時代が来るとは、やはりこの世は末だ。
「おおっとお、ここで青娥選手まさかのスペカ発動です!」
「す……スピカ? ご主人はおとめ座だったというのかー!」
中継勢も盛り上がる中、布都はスペカに備えてぐっと身体の動きを止めた。
しかし――
「今よっ!」
――それこそが青娥の罠。動きの止まった布都の足部分を両手で掴みあげ、勝ち誇った声で叫ぶ。
「私がスペカを発動すれば、貴方はそれに備えて動きを止める――まんまとかかりましたね布都!」
この瞬間、私は悟った。――青娥、あの必殺スペルカードを出すつもりだ、と。
その存在は私だけでなく、太子様や芳香、そして布都も知っていた。中継勢がゴクリと息を呑み、布都も身体を固く萎縮させ――
「終わりよ――廻符『ジャイアントスイング』ッッ!」
青娥が大きく、布都の足を掴んだ両手を振り上げた。
◇
しかし、戦いに敗北したのは青娥だった。
布都を除いた私達は食堂まで撤退し、その中でも青娥は「不覚……!」と何度も呟きながらこうべを垂れている。
「まさか私の両肘が同時に脱臼を起こすとは……!」
そう、この青娥――ジャイアントスイングの助走に入った瞬間、両腕が変な方向に曲がりそれでノックアウトである。
大方、布団付きの布都が重すぎて死んだという事だろうが。自分の能力を超えたジャイアントスイングを試みた青娥は天晴! な訳も無くただ残念の一言だった。
「あー……で、肘は大丈夫なの?」
「私は邪仙ですよ、これぐらいで駄目になる訳ないじゃない。……でも、今日1日は大人しくしてないとやばそう」
「ご主人、今日1日肘を固定するのかー? キョンシーになるのかー?」
ともかく、これで青娥は脱落である。
芳香、青娥が失敗となると――残るは私、それから太子様だ。
「ふふ、次は私ですね……」
先に名乗りを上げたのは私ではなく太子様だった。
太子様は不敵な笑みで私達を見回し、それから双眸を閉じて二度三度頷く。
一体その自信がどこから出ているのかは定かじゃないが――それで布都を起こせるなら問題ないか。
「それで、太子様はどんな作戦を?」
その質問をしたのは青娥。青娥のスパルタ攻撃すら耐えのびた布都の強情さを、太子様はどうやって攻略するのか――それは皆が気になっている事だ。
その質問に太子様は「まってました」と言うかの如く、ゆっくりと双眸を開き、言う。
「私の布都攻略計画は――これです」
ビシリと、太子様は何かに指をさした。
その指の向く先にあったものは――
「……え、わ、私?」
……まさか、私こと蘇我屠自古だったとは、誰が思っただろうか。
◇
再び現地、布都の部屋入口。
先程中継勢がやんややんやと騒いでいたところで、元実況の太子様は私に色々と指示をしていた。
「いいですか、屠自古……現状では布都を動かせるのは貴方だけです。色仕掛けでもセクハラでも賄賂でも何でもいいので、なんとしても起こしなさい」
「全部ろくでもない選択肢ですね」
賄賂に至ってはおそらく自腹だろう――とかどうでもいい事を考えている場合では無い。
まさか太子様に具体的な作戦が無いとは思っていなかったので、今から自分で策を考え、布都を起こさなければいけない。
「起こせなかったら私の名誉が地に堕ちます、なんとしても、なんとしても……」とやや涙目で言ってくる太子様は見栄を張った事が明らかだし――うぐぐ。
「まあ……ある程度は頑張りますよ」
「ある程度?」
「……全力で」
「それでこそ屠自古です!」
ようやく太子様は満面の笑顔を見せた。こんな事で見せられても困るのだが、そろそろ青娥達が私達を怪しんで来そうなので、とっとと部屋へ入ってしまおう。
「どんな秘術を太子様から伝授されたのか知らないけど……頑張って、屠自古ちゃん!」
「屠自古は永遠に不滅です!」
……本気で期待している2人に何だか申し訳なくなってきた。
しかし、全くの無策という訳ではない。一応、今まで考えてきて、分かったかもしれない事があるのだ。
そう――布都が布団から出てこない理由。
◇
チマキ状態になった布都へ近づいていく。
顔まで布団で覆い尽くされ、こちらの様子が全く見えない布都だが――足音も無しに気配だけが近づいてくる事で、その正体が分かったようだ。
「……屠自古か」
「……布都」
やけに緊迫感のある対面に見えて仕方ないが、別に何か因縁がある訳では無い。
私自身、何だか布団と話しているような気がして仕方ないのだが、次に口を開いたのは、その布団――ではなく、布都。
「……お主も、青娥のように我を布団叩きで叩くか? ジャイアントスイングするか?」
「……しないわよ、そんなん。どうせ出てこないでしょ?」
「当たり前だ」
青娥のSMプレイじみた攻撃に、布都も随分と卑屈になってしまったようである。
どちらにせよ、私にそういう趣味は無い。だが、布団からは出て貰わないといけない。
「ほら……布都、アンタに構っててもう1時間よ。迷惑かけてると思わないの?」
「我の事は放っておいてくれればいいと、青娥に伝えたであろう……」
……普通に伝えられていない。青娥は忘れていたのか、それとも面白いからワザと言わなかったか……普通に後者としか思えない私にも悲しくなってきた。
「だからってもう9時じゃない。普通はもうとっく起きてる時間でしょ」
「……具合が悪いのだ」
「嘘ね」
「……もういいだろう、早く帰れ」
「……何でそんなに強情になる訳? いつかは起きなきゃいけないんだし、なら早く起きた方が得じゃない」
「それは逆に訊きたい、何故お主らは我を起こそうとする?」
――考えてもいなかった。
何故、私達は布都を起こそうと躍起になっているのだろう?
布都が起きないと困る事があるだろうか。布都には残念だが、ぶっちゃけそんなものは無い。
じゃあどうして? 太子様や、青娥や芳香、そして私は、どうして布都に起きて欲しい?
「……理由なんて、無いわ。起きるのが当たり前だからよ」
「……そうか」
自分で言って違うな、と思う。布都の返事も、どこか諦観のような響きが混じっている。
しかし、それは今話す事では無い。話題を逸らされてしまっては、私のペースで話が出来なくなる。
「アンタはどうしてよ、布都。どうして布団から出たくないのよ」
「……さっき言ったであろう。具合が悪いのだと」
「だから、それは嘘」
「断言できるか?」
「できるわ。……だって、その理由は私が知ってるもの」
布都が黙る。私のハッタリに多少なりとも動揺したという事だろう。
そう、ハッタリだ。私は布都が布団から出ない理由を知らない。見当は付いている、しかしそれが当たっている確証はびたいち存在しない。
これで布都が、私が理由を知っている事前提に何かを話してくれれば、少しは解読のキーに出来る。その為に私はハッタリを決めた。
「……」
「……」
あとは、黙って祈るだけだ。布都が何かボロを出す事を、祈るだけ。
ボロを出してしまえば、あとはずっと私のペースで話が出来る。出さなかったら、太子様の名誉が地に堕ちておしまい。
どちらに転んでも私に直接的なリスクはない。ただ布都が起きてこないかもしれないと、ただそれだけだ。
「……下痢がそんなに怖いの? 布都?」
しかし私は、気付かぬうちに――その一言を放っていた。
◇
その『それだけ』が本当に『それだけ』だったのなら。
布都が起きてこないという事が本当に『それだけ』だったのなら――私はこんな大博打を打たなかっただろうに。
無確証、無計画。完全な思い込みかもしれない、そんな私の考えた『布都が強情になる理由』。
「……お、お主、何故それを」
それでもこの時、布都は初めて顔を覗かせた。驚愕にその表情を歪めながら。
来た――来た! 全く当たる可能性がない訳では無かった、しかし当たるとは思わなかった。
布都が布団を出ない理由――それが『下痢』だという事が!
「ふ、っふふ……分かってるわ、1400年前から、アンタの事なら全部」
後はもう、ずっと私のペースだ。もう戦いは終わったと言ってもいい。
明らかに調子に乗っている事が分かる、含んだような笑いで――私は畳み掛ける。
「そう、アンタは昔からそうだったわ。季節の変わり目、それも秋になると急激にお腹の調子が悪くなる!」
「や、やめろ……」
「大方、今日の朝アンタは思ったんでしょうね……『あれ、今日寒すぎじゃね?』と!」
「や、やめ……」
「昨日まで残暑が続いていて、突然季節が変わったように朝が寒くなる――そういう環境の急激な変化が起きると、アンタのお腹は悲鳴を上げる!」
「や……やぁ……」
「言ってあげようか? 言ってあげるわ、ハッキリと! アンタは――過 敏 性 腸 症 候 群 よ !」
「やめろお―――――――――ッ!」
布団から右腕を懇願するように伸ばし、そのまま布都は力尽きた。
私は腕を組み、仁王立ちならぬ仁王浮きして、力尽きた布都を見下ろす。
「……何、この茶番」
それからふと目が覚めて、少しやるせない気持ちになったのは内緒である。
◇
――とまあ色々と言ったものの、お腹が痛くなるのはかなり切実な問題である。
私にもストレスでお腹が痛くなった事は数えられない程あるし、それがどれだけ苦しい事かも分かっているつもりだ。
「……朝起きて、布団の中でさえ寒い時があるだろう。そういう日は決まってお腹が痛い」
「うん」
「そこで歯を磨かず、そのまま朝食を食おうものなら――終わりだ。その日の日中は13日の金曜日並みの地獄になってしまうのだ……」
だからこそ私は今、布団から半分身体を出した布都の愚痴を聞いている。
身体を半分出させるというだけで滅茶苦茶時間がかかってしまったものだが――今は青娥が凍結させた布都の心を解凍させることから始めよう。
「でも、それなら歯を磨いてから食べればいいじゃない」
「甘いぞ屠自古……歯を磨いた所で結局お腹が痛くなる運命は変わらんのだ」
「じゃあどうすりゃいいのよ」
「布団から出ない」
「それ以外」
「そんな物は無い」
「腹殴るぞおい」
「ごめんなさい赦して」
少々暴力的な発言になってしまった。反省。
「そうだな……何か温かい飲み物でも飲めば、腹も温まっていいかもしれん」
「はあ……しょうがないわね」
溜め息をついて、私はその場から立ち去る。
背後で布都が何か言おうとして、しかしどもって言葉にならない。
それをあえて無視して、私はふよふよと部屋を立ち去る。
「流石よ屠自古ちゃん、貴方の事はこれから『言葉の暴力姐さん』と呼ぶわ」
「屠自古は残酷です! って誰だっけ?」
「屠自古、信じていましたよ! これで私の名誉も安た……ゲフンゲフン」
ギャラリーもうっさかったので無視。
でも『言葉の暴力姐さん』は余りにも酷いあだ名なので止めて欲しい。
数分経って、私は再び布都の部屋へ入った。
両手で、味噌汁を載せたお盆を持ちながらである。
「お、お主……今日はどうしたのだ?」
「どうしたって、何が」
「流石にその、優し――……いや、何でも無い」
相変わらず身体を半分だけ出した布都が何かを言ったが、よく聞こえない内に引っ込めてしまう。
私は首を傾げながら、手に持ったお盆を布団の横へ置く。
それから、味噌汁の入ったお椀とお箸だけを手に取った。
「はい、あーん」
「あ、あーん!? お、お主は我を馬鹿にしているのか!?」
「ば、馬鹿にしてるとは失礼な。普通にその体制じゃ食べ辛そうだから、食べさせてあげようと思っただけよ」
「にしても……うぐぐ」
布都は何故か頬を赤らめ、声にならない様子で呻き声を上げている。
何がそんなに不満なのだろうか、折角味噌汁まで作ってやったというのに。
朝ご飯の余り物だけど。
「はい黙って口開けて、あーん」
「ちょ、やめ……むぐぐ」
渋る布都の口へ、箸でつまんだワカメを無理矢理詰め込む。
遺憾そうな顔でもぐもぐしているところに、更に味噌汁も追加。流れるような手さばきで淡々と味噌汁を食べさせ、気付けばお椀の中身は空だ。
「はい、ご馳走様でした」
「……何か腑に落ちないが……ご馳走様でした」
ご馳走様をして、空のお椀をお盆に置く。
色々文句を言いつつも、布都は口をむぐむぐさせて、残った味噌汁の味を最後まで確かめている。
「お腹、あったまった?」
「ん。お主に味噌汁を強制的に飲まされたお陰でな」
「結果論よ、あったまればそれで良し」
「なら我が自分で食べればいいに」
「オプションよ、ありがたいオプション」
「おぷしょん……?」
布都に横文字は難解過ぎたらしい。別に理解してくれなくてもいいんだけど。
「ともかく、さっさと起きてきなさいよ。私はもう行くから」
「え……もう行くのか?」
私が切り出した言葉に、予想外とでも言った声つきで布都が返す。
そりゃ私にも色々とやる事があって、ずっとここで雑談している訳にもいかない。
それを布都に伝えると、布都は最後に1つだけ訊きたい、という。
「何よ」
「……お主らは結局、どうして我を起こしたかったのだ?」
先程布都が私にした質問だった。
その時私は「起きるのが当たり前だから」と適当な返事をしたが――今はもう、そんな答えを許さないといったような、そんな意志が布都の瞳から伝わってくる。
しかし、特に返答に困る事は無い。何故なら、その答えはもう分かっているから。
「そりゃ、アンタがいなきゃ面白くないからでしょ?」
単純明快だ。
「わ……我が居ないと面白くない……か?」
「うん」
「は、はは……そうか……」
私の言葉に、布都は顔を綻ばせる。余程、今の言葉が嬉しかったようだ。
それを見届けてから、私は踵を返し部屋を後にする。
――と、言い忘れていた事があった。再び布都へ向き直り、口を開く。
「それと、もう1つ理由あった」
「ん、もう1つ……?」
「アンタが眠たそうな目で、私の作った朝ご飯食べてる姿が――可愛くて大好きなの。私の一日最初の楽しみは、失いたくないからね」
そう言った瞬間、布都は一瞬視線が硬直した。
それから暫くして、その顔がみるみるうちに赤くなっていく。
「お、お主は、な、なんと恥知らずに……」とか色々言っているが、やっぱりどもってよく聞こえない。
それをいつまでも聞いている気は無かったので、私は改めて、ふよふよと布都の部屋を後にした。
◇
部屋を出ると恒例のギャラリータイムが訪れる。
「屠自古ちゃんお疲れ、あの味噌汁にはどんな薬物が入ってるのかしら?」
「入ってねえよ」
「しかし見事なものです、やはり私の目に狂いは無かったのですね」
「アハハソウネ」
「私にも味噌汁作って欲しいぞ! ところで味噌汁っておいしいの?」
「おいしいの」
芳香と初めて会話が成立したところで、私達は食堂へ戻っていく。
その帰り際、青娥がはあと溜め息をつきながら、苦笑いで私に話しかけてきた。
「毅然としたお母さんポジを狙ったけど、そこは屠自古ちゃんに盗られちゃったわねえ」
――お母さん、ねえ……
思わず苦い顔になってしまう。
「……? どうしたの屠自古ちゃん」
「いや……何でもないわ」
――ただ私は、布都のお母さんよりも、もっと違う何かになりたいなあと思っていただけで。
その『何か』は、私の中でも抽象的過ぎてよく分からないけれど。
恐らくそれの正体を知っているであろう太子様は……ただ静かに、落ち着いた笑顔を浮かべるのみであった。
布都ちゃんの駄目っ子化は確実に進んでいるようですな
あと芳香ちゃん自重してあげてw
神霊廟のキャラも固まってきた感じですねえ。どのキャラもコメディ的なデフォルメをされながらも
しっくりくるキャラ付けになっていて良かったです。
しかし、神子ちゃんがカリスマなSSをなかなか見ないのはなぜだ……?
芳香ちゃん勘弁してあげてwww
布都きゅんの気持ちはわかるが、それじゃ解決はしてないぞw
しかしなんで屠自古、おかんキャラが似合うんだろうか・・・?
何を言っているのか(ry
あと関係ないけどニコニコ静画とpixivには「布都ん」というタグが存在するんだよ。
そしてもっと関係ないけど「布都巻」というタグもあってだな・・・。
顔ほころばせる布都ちゃんに心臓もってかれた