「あ、姉さん! そのきのこまだ毒抜き終わってないんだけど……」
「大丈夫よ。神様にきのこの毒なんて効くわけないじゃない」
そんな事言いながら姉は毒抜きの終わってない『早松もどき』をもぐもぐと。
「姉さんったら酷いわ!」
「まったく。穣子はなんで毒抜きなんかにこだわるのよ。神様なんだから毒鶴茸を10本くらい食べたって死にやしないのよ?」
たしかにそうなんだけど。一応これにはちゃんとした理由が……。っていうか毒鶴茸10本っていう例えはいくらなんでもちょっとアレな気がするんだけど。
「穣子。あなたは形にこだわりすぎよ。いくらあなたが人間と親しいからって食の形式まで人間に合わせる必要はないじゃない」
「それはそうだけどさ、私が毒きのこをそのまま食べてるのを見て、里の人が私の真似して食べたりしたら大変でしょ」
そうでなくとも秋になると毎年数人は毒きのこ中毒でやられちゃう者が出てくるというのに。姉さんにはその悔しさががわからないのか。
「それは食べた人の勝手でしょ。そこまであなたが司る事はないのよ。そんなのは毒きのこの神様にでも任せておきなさい」
「そんな神様聞いた事ないんだけど……」
「あら、穣子ったら知らないの? 毒きのこの神様。私会った事あるわよ。上半身裸で、黒縁メガネしてて……」
また始まった! 姉さんの変な神様のでっち上げ。確か、前に言ってた冬の神様とかやらも上半身裸って言ってなかったっけ。そんな露出狂の神様が沢山いてたまりますかって話よ! 適当にも程があるわ。
「はいはいはい。それはもういいから! だってさー。姉さんよく考えてみてよ。秋の味覚であるきのこで里の人がやられちゃうの見てらんないのよ。なんかやるせないでしょ?」
「ふーむ。ま、確かにそれは一理あるかもしれないわね」
なんて事を言いながらも姉は怪しい笑みをニヤニヤと。どうやらまた何か良からぬことを思いついたっぽい。正直、嫌な予感しかしないんだけど。
「よし、穣子。山にある毒きのこを全部集めちゃいましょう。そうすれば里の人達が毒きのこでやられる心配なくなるわ」
何を言い出すかと思えば……これまた、ずいぶん思い切った事を思いついてくれたわね。確かに効果的ではあるんだろうけど。
「……あのさー姉さん。山の毒きのこ全部集めるったって……きりないよ? どれくらいきのこ生えてると思ってんのよ?」
「それくらい把握しておきなさいよ。あなたの仕事でしょ?」
「なんでそーなるの! わたしはきのこの神様なんかじゃないわよ!」
「あら、違うの? てっきり秋の味覚を司るきのこの神様だと思ってたわ」
「秋の味覚は司ってるけどきのこの神様じゃないわよっ!」
「面倒だから、今日からきのこの神様になりなさい」
「無茶苦茶言うなっ!!」
これだから姉と話すのは疲れるのよ。なんでこう、暖簾に腕押しっていうか掴み所がないっていうかなぁ……。
「さあ、穣子。そうと決まれば善は急げよ」
ちょっと、まだ何も決まってないような気がするけど? ……って行っちゃったし。
「あ!? もう、待ってよ。姉さーん!!」
姉さんを追いかけて秋の山へと繰り出す。山の中はいつ来ても気持ちがいい。景色は綺麗だし、何より漲る。これでのんびりと散策とかだったら最高の一時だったんだけど……。
「ほら、見なさい。早速あそこにきのこがかたまって生えてるわよ」
姉さんが指さした先には切り株の根元に大きな株になって生えてるひらべったいきのこが。『舞茸』だわ。ただでさえ美味しいきのこだけどあれだけの物はそうそうお目にかかれない代物! それこそ見つけたらその場で思わず舞を踊っちゃいそうなくらいね。
「姉さん。あれは舞茸よ」
「ふーん、毒なの?」
「とんでもない! 何して食べてもおいしいわ。あれは山のごちそうよ」
「そ。じゃあ必要ないわね」
と、無視してスタスタ歩いて行く姉さん。いやいやいや。いくら毒きのこを探しているとは言え、これを無視するのは流石に勿体無い気がするんだけど……?
「穣子。このきのこは毒?」
と、姉さんが次に差し出してきたのは『どっこいもたし』これまたおいしいきのこ。その事を告げると姉さんはあろうことかそれをぽーんと放り投げてしまった。なんて事するのよ! 美味しいのに!
「穣子。私が探してるのは人間が食べたら、どす黒い血を吐きながら、のたうちまわって死ぬような猛毒のきのこよ。食用きのこなんか興味ないわ」
「その言葉、他の人が聞いたら絶対誤解すると思うんだけど……つーかグロい。自重しなさいよ!」
その後もいろんなきのこを見つけたけど、なぜかどれもこれも食べられるきのこばかり。さすがの姉さんも業を煮やしてしまったようで……。
「穣子。早く毒きのこを持ってきなさい。あなたきのこ狩り得意でしょ」
「毒きのこの狩り方まで知ってるわけないでしょ!」
「使えない芋神樣ね」
「余計なお世話よ!」
それにしてもここまで毒きのこが見つからないのも珍しい話だわ。まるで姉さんが毒きのこに嫌われてるように思えるくらいね。でも姉さんなら実際そうかもしれないけど。
と、その時、向こうの方に籠を背負った人影が。ん? あれは確か……。
「あの、ちょっと、そこの人間さん?」
「お! 誰かと思えば秋の神様たちじゃないか! 二人揃って散歩か何かか?」
私たちの気配に気づくなりその人影は笑顔で呑気に手を振ってきた。こいつの正体は霧雨魔理沙。こんな山奥に何しにきたというのかしら。
「あら、あなたは確かにとりと仲がいいっていう自称魔法使いさんね」
結構有名なのか姉さんも知ってたようで。そう言えばにとりんのやつ、前にそんな事言ってた気がする。そっか。こいつがその魔法使いなのね!
「いかにも! 私は霧雨魔理沙だが、私に何か用か? 芋神様」
「何か用も何も魔法使いが山で何してるのよ! それと芋神言うな」
「何をって見りゃわかるだろう。きのこ狩りさ」
「は……?」
彼女の背負ってるかごを見ると、きのこが沢山。たしかに普通のきのこ狩りに見えるけど……?
「……ちょっと。この採ったきのこどうする気なのよ?」
「もちろん!きのこの用途といったら十中八九食べるに決まってるだろう!」
「それ、このきのこがなんだか分かって言ってるの?」
「いや?」
「いや? ……ってあんたねぇ」
かごの中から黒っぽいきのこを取り出す。間違いなくこれは毒きのこ! しかも猛毒。
「このきのこは『偽黒初』よ! 食べたらほぼ確実に死ぬけどそれでも食べる気?」
「いやいや、さすがに死ぬのは勘弁だぜ」
苦笑いを浮かべてる彼女を尻目に更に籠から次々ときのこを取り出してみると、出るわ出るわ『名人泣かせ』に『月夜』更には『毒網代笠』や『苦子』なんてのまで! どれもこれも見事に毒きのこばっかり!
いくら探しても全然見つからない理由がこれでわかったわ。それにしても……。
「あなた、本当に食べるつもりできのこ採ってたの? 全部見事に毒きのこばっかよ!」
「なんだとそんなバカな!?」
本当に知らなかったのかいっ!
「あらあら……困った子ね」
衝撃(?)の事実に呆然としてる魔理沙と、それを謎の笑みを浮かべながら見つめている姉さん。そして足元に散らばる罪もない毒きのこ達。
さてさて、一体どうしたものか。
「いやー。悪いなー。本当にこんなにもらっちゃっていいのか?」
「いいのよ。私たちは毒きのこを探していたのだから、利害一致って所よ」
「恩に着るぜ! 秋の神様!」
とか言いながら魔理沙はかごいっぱいの食用きのこをフラフラしながら背負っている。っていうか、どう考えても重量オーバーね。
結局あれからどうしたかというと。姉さんの提案で、私と魔理沙で、きのこ狩りを再開したわ。というのも私がいればそのきのこが毒かどうかすぐに判別出来るから手っ取り早いというわけ。元々食用のきのこしかほとんど残ってなかったから彼女の籠はすぐにいっぱいになったわ。
「ねえ、大丈夫? なんか今にも倒れそうなんだけど」
おそらく自分の体重と同等以上はありそうな重さの籠を背負っているその華奢な体は今にも折れそうにも見えなくもない。
「あ、ああ。大丈夫だ! 倒れる時は前のめりだぜ!」
「そうね。後ろに倒れたらきのこが傷んじゃうものね」
「姉さん。そういう意味じゃないでしょ」
ま、姉さんの事だからわかって言ってるんだろうと思うけどさ。……多分。
「ねえ、見て見て。穣子。豊作よ」
魔理沙と別れてからというものいつになく上機嫌な姉さん。その手には毒きのこがたくさん入った背負籠。
そう、姉さんってば見返りに魔理沙が採った毒きのこを全部もらってきたのよ。
確かに魔理沙は食べられるきのこが欲しくて、姉さんは毒きのこが欲しかったわけだから、道理には叶ってなくもないんだけど。問題は……。
「で、姉さん。毒きのこそんなに集めてどうするつもりなの?」
「あら、きのこの用途といったら十中八九決まってるでしょ」
「え……まさか」
「そのまさかよ」
……と、いうわけで目の前にはきのこたっぷりのお鍋。とっても良い匂いが家中に漂ってるけど、これはまごう事無き毒きのこ鍋! 人間が食べたら間違いなくあの世行き! これから姉さんと二人でこれを食べるんだけれど、一体どうしてこうなった。
「さ、そろそろ出来上がったでしょう」
引き続き上機嫌なままの姉さんが杓で掬うと早速真っ白なきのこが姿を現した。あれは毒鶴茸! 人間が食べたら間違いなく死ねる、いわゆる『死の天使』!!
「綺麗で美味しそうなきのこね」
なんて言いながら微笑みを浮かべている姉さん。
いや、実際にこのきのこは美味しい。実は前にこっそり炙って食べてみた事があるんだけど予想外の美味しさだった事に驚いた記憶があるわ。考えてみれば毒だから不味いとは限らないから、毒きのこが美味しくたって別におかしい話じゃないんだけど。
「うん、これぞまさに神様限定の秋の味覚ね」
姉さんはそんな事を宣いながら鍋の汁を満足そうにすすっている。
「どっちかって言うと禁断の味覚って感じだけどねぇ……」
こんなの食べてる姿、絶対里の人には見せられないわ。と思いながら私も毒きのこ汁を突っつく。すごく美味しい。ものすごく美味しい。結局二人で全部食べきってしまった。
「あああ……とうとう食べきってしまった。毒きのこ鍋を……」
思わず頭を抱える。
「穣子ったら何を気にしているの。ここで食べてる事なんて里の人達はわかるわけないじゃない」
「違う! そういう問題じゃないのよ! 人間と親しい神様としての問題なのよ! これは裏切り行為なのよ……!!」
「ちょっと意識過剰なんじゃないかしら」
ぐぬぬぬ……。所詮、紅葉神にはわからないか。この葛藤。
どうにもこうにも気分が晴れなかったので、夜中こっそりと家を抜け出し山へ行く。そして昼間見つけた例の舞茸のところへ。実はこのきのこだけは魔理沙に教えてなかったのよ。というわけで舞茸を採って、とある場所へと向かう。
それから数日後。新聞を見ていた姉さんが私に言ってきた。
「数日前、里に舞茸が置かれていたそうね」
「ふーん、で?」
「誰も覚えがないって言うし、なんでも舞茸が置かれてあったのは里の広場らしくて、広場はみんなの共有の場所だからって、舞茸おにぎりにして振舞ったそうよ。新聞に載ってるわ」
「へー。いい話じゃない」
そう言いながら思わずあくびをひとつ。
まぁ、そういう事。別に償いっていう程のものじゃないけどさ。我ながらめんどくさい性格だと思うけど。でも、これでいいのよ。細かいこと抜きにして里の人達には美味しい秋の味覚を味わってもらいたいから。豊穣を司る神としてね。
さぁてと、今日もいい天気みたいだし、いっちょ山に出てきのこ狩りでもしてこようかな。
もちろん毒きのこじゃなくて食べられる奴をね!
「大丈夫よ。神様にきのこの毒なんて効くわけないじゃない」
そんな事言いながら姉は毒抜きの終わってない『早松もどき』をもぐもぐと。
「姉さんったら酷いわ!」
「まったく。穣子はなんで毒抜きなんかにこだわるのよ。神様なんだから毒鶴茸を10本くらい食べたって死にやしないのよ?」
たしかにそうなんだけど。一応これにはちゃんとした理由が……。っていうか毒鶴茸10本っていう例えはいくらなんでもちょっとアレな気がするんだけど。
「穣子。あなたは形にこだわりすぎよ。いくらあなたが人間と親しいからって食の形式まで人間に合わせる必要はないじゃない」
「それはそうだけどさ、私が毒きのこをそのまま食べてるのを見て、里の人が私の真似して食べたりしたら大変でしょ」
そうでなくとも秋になると毎年数人は毒きのこ中毒でやられちゃう者が出てくるというのに。姉さんにはその悔しさががわからないのか。
「それは食べた人の勝手でしょ。そこまであなたが司る事はないのよ。そんなのは毒きのこの神様にでも任せておきなさい」
「そんな神様聞いた事ないんだけど……」
「あら、穣子ったら知らないの? 毒きのこの神様。私会った事あるわよ。上半身裸で、黒縁メガネしてて……」
また始まった! 姉さんの変な神様のでっち上げ。確か、前に言ってた冬の神様とかやらも上半身裸って言ってなかったっけ。そんな露出狂の神様が沢山いてたまりますかって話よ! 適当にも程があるわ。
「はいはいはい。それはもういいから! だってさー。姉さんよく考えてみてよ。秋の味覚であるきのこで里の人がやられちゃうの見てらんないのよ。なんかやるせないでしょ?」
「ふーむ。ま、確かにそれは一理あるかもしれないわね」
なんて事を言いながらも姉は怪しい笑みをニヤニヤと。どうやらまた何か良からぬことを思いついたっぽい。正直、嫌な予感しかしないんだけど。
「よし、穣子。山にある毒きのこを全部集めちゃいましょう。そうすれば里の人達が毒きのこでやられる心配なくなるわ」
何を言い出すかと思えば……これまた、ずいぶん思い切った事を思いついてくれたわね。確かに効果的ではあるんだろうけど。
「……あのさー姉さん。山の毒きのこ全部集めるったって……きりないよ? どれくらいきのこ生えてると思ってんのよ?」
「それくらい把握しておきなさいよ。あなたの仕事でしょ?」
「なんでそーなるの! わたしはきのこの神様なんかじゃないわよ!」
「あら、違うの? てっきり秋の味覚を司るきのこの神様だと思ってたわ」
「秋の味覚は司ってるけどきのこの神様じゃないわよっ!」
「面倒だから、今日からきのこの神様になりなさい」
「無茶苦茶言うなっ!!」
これだから姉と話すのは疲れるのよ。なんでこう、暖簾に腕押しっていうか掴み所がないっていうかなぁ……。
「さあ、穣子。そうと決まれば善は急げよ」
ちょっと、まだ何も決まってないような気がするけど? ……って行っちゃったし。
「あ!? もう、待ってよ。姉さーん!!」
姉さんを追いかけて秋の山へと繰り出す。山の中はいつ来ても気持ちがいい。景色は綺麗だし、何より漲る。これでのんびりと散策とかだったら最高の一時だったんだけど……。
「ほら、見なさい。早速あそこにきのこがかたまって生えてるわよ」
姉さんが指さした先には切り株の根元に大きな株になって生えてるひらべったいきのこが。『舞茸』だわ。ただでさえ美味しいきのこだけどあれだけの物はそうそうお目にかかれない代物! それこそ見つけたらその場で思わず舞を踊っちゃいそうなくらいね。
「姉さん。あれは舞茸よ」
「ふーん、毒なの?」
「とんでもない! 何して食べてもおいしいわ。あれは山のごちそうよ」
「そ。じゃあ必要ないわね」
と、無視してスタスタ歩いて行く姉さん。いやいやいや。いくら毒きのこを探しているとは言え、これを無視するのは流石に勿体無い気がするんだけど……?
「穣子。このきのこは毒?」
と、姉さんが次に差し出してきたのは『どっこいもたし』これまたおいしいきのこ。その事を告げると姉さんはあろうことかそれをぽーんと放り投げてしまった。なんて事するのよ! 美味しいのに!
「穣子。私が探してるのは人間が食べたら、どす黒い血を吐きながら、のたうちまわって死ぬような猛毒のきのこよ。食用きのこなんか興味ないわ」
「その言葉、他の人が聞いたら絶対誤解すると思うんだけど……つーかグロい。自重しなさいよ!」
その後もいろんなきのこを見つけたけど、なぜかどれもこれも食べられるきのこばかり。さすがの姉さんも業を煮やしてしまったようで……。
「穣子。早く毒きのこを持ってきなさい。あなたきのこ狩り得意でしょ」
「毒きのこの狩り方まで知ってるわけないでしょ!」
「使えない芋神樣ね」
「余計なお世話よ!」
それにしてもここまで毒きのこが見つからないのも珍しい話だわ。まるで姉さんが毒きのこに嫌われてるように思えるくらいね。でも姉さんなら実際そうかもしれないけど。
と、その時、向こうの方に籠を背負った人影が。ん? あれは確か……。
「あの、ちょっと、そこの人間さん?」
「お! 誰かと思えば秋の神様たちじゃないか! 二人揃って散歩か何かか?」
私たちの気配に気づくなりその人影は笑顔で呑気に手を振ってきた。こいつの正体は霧雨魔理沙。こんな山奥に何しにきたというのかしら。
「あら、あなたは確かにとりと仲がいいっていう自称魔法使いさんね」
結構有名なのか姉さんも知ってたようで。そう言えばにとりんのやつ、前にそんな事言ってた気がする。そっか。こいつがその魔法使いなのね!
「いかにも! 私は霧雨魔理沙だが、私に何か用か? 芋神様」
「何か用も何も魔法使いが山で何してるのよ! それと芋神言うな」
「何をって見りゃわかるだろう。きのこ狩りさ」
「は……?」
彼女の背負ってるかごを見ると、きのこが沢山。たしかに普通のきのこ狩りに見えるけど……?
「……ちょっと。この採ったきのこどうする気なのよ?」
「もちろん!きのこの用途といったら十中八九食べるに決まってるだろう!」
「それ、このきのこがなんだか分かって言ってるの?」
「いや?」
「いや? ……ってあんたねぇ」
かごの中から黒っぽいきのこを取り出す。間違いなくこれは毒きのこ! しかも猛毒。
「このきのこは『偽黒初』よ! 食べたらほぼ確実に死ぬけどそれでも食べる気?」
「いやいや、さすがに死ぬのは勘弁だぜ」
苦笑いを浮かべてる彼女を尻目に更に籠から次々ときのこを取り出してみると、出るわ出るわ『名人泣かせ』に『月夜』更には『毒網代笠』や『苦子』なんてのまで! どれもこれも見事に毒きのこばっかり!
いくら探しても全然見つからない理由がこれでわかったわ。それにしても……。
「あなた、本当に食べるつもりできのこ採ってたの? 全部見事に毒きのこばっかよ!」
「なんだとそんなバカな!?」
本当に知らなかったのかいっ!
「あらあら……困った子ね」
衝撃(?)の事実に呆然としてる魔理沙と、それを謎の笑みを浮かべながら見つめている姉さん。そして足元に散らばる罪もない毒きのこ達。
さてさて、一体どうしたものか。
「いやー。悪いなー。本当にこんなにもらっちゃっていいのか?」
「いいのよ。私たちは毒きのこを探していたのだから、利害一致って所よ」
「恩に着るぜ! 秋の神様!」
とか言いながら魔理沙はかごいっぱいの食用きのこをフラフラしながら背負っている。っていうか、どう考えても重量オーバーね。
結局あれからどうしたかというと。姉さんの提案で、私と魔理沙で、きのこ狩りを再開したわ。というのも私がいればそのきのこが毒かどうかすぐに判別出来るから手っ取り早いというわけ。元々食用のきのこしかほとんど残ってなかったから彼女の籠はすぐにいっぱいになったわ。
「ねえ、大丈夫? なんか今にも倒れそうなんだけど」
おそらく自分の体重と同等以上はありそうな重さの籠を背負っているその華奢な体は今にも折れそうにも見えなくもない。
「あ、ああ。大丈夫だ! 倒れる時は前のめりだぜ!」
「そうね。後ろに倒れたらきのこが傷んじゃうものね」
「姉さん。そういう意味じゃないでしょ」
ま、姉さんの事だからわかって言ってるんだろうと思うけどさ。……多分。
「ねえ、見て見て。穣子。豊作よ」
魔理沙と別れてからというものいつになく上機嫌な姉さん。その手には毒きのこがたくさん入った背負籠。
そう、姉さんってば見返りに魔理沙が採った毒きのこを全部もらってきたのよ。
確かに魔理沙は食べられるきのこが欲しくて、姉さんは毒きのこが欲しかったわけだから、道理には叶ってなくもないんだけど。問題は……。
「で、姉さん。毒きのこそんなに集めてどうするつもりなの?」
「あら、きのこの用途といったら十中八九決まってるでしょ」
「え……まさか」
「そのまさかよ」
……と、いうわけで目の前にはきのこたっぷりのお鍋。とっても良い匂いが家中に漂ってるけど、これはまごう事無き毒きのこ鍋! 人間が食べたら間違いなくあの世行き! これから姉さんと二人でこれを食べるんだけれど、一体どうしてこうなった。
「さ、そろそろ出来上がったでしょう」
引き続き上機嫌なままの姉さんが杓で掬うと早速真っ白なきのこが姿を現した。あれは毒鶴茸! 人間が食べたら間違いなく死ねる、いわゆる『死の天使』!!
「綺麗で美味しそうなきのこね」
なんて言いながら微笑みを浮かべている姉さん。
いや、実際にこのきのこは美味しい。実は前にこっそり炙って食べてみた事があるんだけど予想外の美味しさだった事に驚いた記憶があるわ。考えてみれば毒だから不味いとは限らないから、毒きのこが美味しくたって別におかしい話じゃないんだけど。
「うん、これぞまさに神様限定の秋の味覚ね」
姉さんはそんな事を宣いながら鍋の汁を満足そうにすすっている。
「どっちかって言うと禁断の味覚って感じだけどねぇ……」
こんなの食べてる姿、絶対里の人には見せられないわ。と思いながら私も毒きのこ汁を突っつく。すごく美味しい。ものすごく美味しい。結局二人で全部食べきってしまった。
「あああ……とうとう食べきってしまった。毒きのこ鍋を……」
思わず頭を抱える。
「穣子ったら何を気にしているの。ここで食べてる事なんて里の人達はわかるわけないじゃない」
「違う! そういう問題じゃないのよ! 人間と親しい神様としての問題なのよ! これは裏切り行為なのよ……!!」
「ちょっと意識過剰なんじゃないかしら」
ぐぬぬぬ……。所詮、紅葉神にはわからないか。この葛藤。
どうにもこうにも気分が晴れなかったので、夜中こっそりと家を抜け出し山へ行く。そして昼間見つけた例の舞茸のところへ。実はこのきのこだけは魔理沙に教えてなかったのよ。というわけで舞茸を採って、とある場所へと向かう。
それから数日後。新聞を見ていた姉さんが私に言ってきた。
「数日前、里に舞茸が置かれていたそうね」
「ふーん、で?」
「誰も覚えがないって言うし、なんでも舞茸が置かれてあったのは里の広場らしくて、広場はみんなの共有の場所だからって、舞茸おにぎりにして振舞ったそうよ。新聞に載ってるわ」
「へー。いい話じゃない」
そう言いながら思わずあくびをひとつ。
まぁ、そういう事。別に償いっていう程のものじゃないけどさ。我ながらめんどくさい性格だと思うけど。でも、これでいいのよ。細かいこと抜きにして里の人達には美味しい秋の味覚を味わってもらいたいから。豊穣を司る神としてね。
さぁてと、今日もいい天気みたいだし、いっちょ山に出てきのこ狩りでもしてこようかな。
もちろん毒きのこじゃなくて食べられる奴をね!
月夜なんて一見風流な感じだし、名人泣かせなんて、わかりやすいネーミングだこと。それだけ多くの名人を泣かせてきたということか……恐ろしい。
まあ野生のキノコはこわいよね
ひとかじりで余裕でこまっちゃんや閻魔様に会いに行ける代物もあるし
今際の際に味わってみたいとか言ってみたら毒が回る前に味覚だけ堪能できたりするのかな?
しかし魔理沙はもし秋姉妹がいなかったら一体どうなっていたのか……
毒キノコのラインナップにカエンダケが入ってないのに激怒して頂かないと。
食べるのも毒抜きも魔法の燃料にするのもお手の物のようだが、
もしかして魔法の森以外の普通の茸には詳しくないのかなw
特に大きな事件があるわけではないのですが、だからこそ、キャラクターの日常的な人格と、その人格を選択した作者の心象が宿るのだと思います。
文章も厭味のない丁寧なもので、楽しめました。
静葉様は紅魔館で毒紅茶をご馳走になるべき。
うむ。ほのぼのしててよかったけれど、特にオチはないのね。
なぜかキノコの話が好きな私にとって
すごく面白かったです。