「あ゛~、幸せじゃぁ、生き返ったようじゃ……」
ただっ広い命蓮寺の廊下は、朝の日差しで程好く温められておりまさしく至高のゆーとぴあというもの。
痛む頭を押さえながら、『まみぞう専用』と刺しゅうを施した座布団を置き、しばらくそれを日の光にさらす。そして正座して待つこと数分。温もったふかふかの布地が生意気にも儂を誘惑してくるではないか。
ほほぅ、その挑戦受けて立つ。
儂はゆっくりと上体を右に傾けていき、ぼすんっとその身を分厚い座布団にぼでーぷれす。上半身で潰した布地からは全身を包み込む太陽の匂いが溢れ、寝起きの陰鬱な気分を今日の天気のように晴らしてくれおる。
「マミゾウおばあちゃん、寒くない?」
「この儂にぬかりなどありゃあせんわい」
日差しは温かいとは言うても、秋の寒空の下じゃ。風が吹き込めばせっかくの気分も台無し。膝かけ用毛布で大まかに全身を覆うことで、対空防御は完璧。
この二ツ岩のマミゾウの前では大自然さえお手の物、と。
ん? まてよ。今聞きづてならぬ言葉があったような……
「むぅ おぬし、また儂を年寄り扱いしおったな?」
ぬくぬくとした毛布の毛波を楽しみつつ、背中の方に座ったぬえを見上げてやれば、何かに気付いたように口を開けておった。まったく、しょうのないやつじゃ。
「あ、ごめんごめん。だって口調がそんなんだからさぁ、ついお婆ちゃんって呼びたくなるんだよね」
「ぬぅ、失敬な奴じゃ。儂とおぬしではそんなに年もかわらんであろう? むしろ儂の方が乙女ちっくであるというものぞ」
「……廊下で座布団の上に転がるのって、乙女?」
「うむ、二日酔いの乙女に許された特別な行為じゃな、勉強になったじゃろ? じゃからもう少し静かに話しかけてくれまいか。頭が痛ぅて敵わん」
相手を化かす妖怪として古くから交流のあるぬえが、儂のところに来てから早幾日か。『命なんとか寺』の妖怪たちを守るために手を貸してほしいと頼まれた儂は、休まず幻想郷という閉鎖された世界までかっ飛んできて。
到着してみたら、無理やりすぺるかぁーどなる遊戯を教え込まされ、一睡もしないままなんだか妙な人間たちと渡り合うことになったわけじゃが……
そんなことより、ぬえよ。
小一時間ばかりでいいから昼寝でもさせてくれんかいのぅ?
ん? 駄目? 敵が来たって?
はっはっはっはっ……
うむ、絶対無理……
「でも、初めての弾幕勝負であんなに巫女を苦しめちゃうんだから。やっぱり凄いね。でも、お酒は弱くなったかな?」
「じゃから、耳元で話すなと……、それと誤解があるようじゃから指摘しておくが、あのような疲労困憊状態で飲まされれば簡単に潰れもするだろうよ」
結局わけがわからぬまま戦わされるわ、ぬえの話とは噛み合わないわ、身体がだるいわで、いつのまにか負けておったという様相じゃったからのぅ。ぬえや聖とかいう人間の勧めがなければ、さっさと佐渡に帰って駄眠を貪っておるところ。
しかし、妖怪と人間の共存という儂と同じ考えを持つ人間がおることが嬉しくてのぅ。ついつい長話の末意気投合してしまい……
そのままなし崩しに宴席に加わっていて……
気付けばお日様が東の空に浮かんでおったわ……どうしようもない頭痛と共に。
「でも、マミゾウの話はやっぱり面白いね。私が知らないこといっぱいだったよ」
「あー、そうかいそうかい。そりゃ結構……」
どうやら、ぬえは儂を解放する気などさらさらないらしい。いくら頭が痛いと伝えてもその口調は早まるばかりで、とどまることを知らぬ。
ただ、儂はその面白かった内容についてまったく記憶がないのじゃがな。
「それに、きつね嫌いも相変わらずみたいだし」
「む、そのようなことも話しておったか?」
「うん、ノリノリで。覚えてないの?」
「ん~、頭の中にあるような無いよぅな?」
何かきっかけがあれば思い出せるかもしれないと、尻尾を廊下の上で弾ませてみたり、目を瞑って唸り声をあげてみても出てこない。
「たぬきが人を化かすのは、信頼関係があってこそ。両方に対して娯楽を提供するようなものじゃが。きつねはいかんな。アレは自らの存在のために人を簡単に切り捨てる。恩も忠義もない外道だ~っとか?」
「もしかしてそれは、儂の口真似かいのぅ?」
「そうだよ。それにきつねなんて儂が一吠えするだけで蜘蛛の子を散らすように逃げるとか」
「そこまで言うておったか……、悪酔いしすぎたようじゃな、はぁ」
まあ、儂は外の世界の一国、その三分の一を治めたこともある大妖怪じゃからのぅ。野良の野狐なんざ相手にならぬことは違いない。
が、異国の地でひけらかすことでもなかろうに。
いらぬ争いの種は極力蒔かず、日々をやんわりと過ごすことが第一で、
「あ、そうだ。忘れてた。その話でお客さんが来てるんだよ」
「なんじゃと? その話とは、狐の件か?」
「そうそう、星のやつがついうっかり烏天狗の前でその宴会の話しちゃってさ。新聞記事にタヌキの大妖怪現るとか何とか。狐関係ですっごい着色されてたけど、見る?」
「よいよい、儂は外の世界で人間と共に暮らしておったから、『ますこみ』というものの怖さは心得ておるよ。しかし、その記事が出てくるということは、訪問者は狐か?」
「うん、手紙も持ってきてるって」
「……おぬし、何分ほど前からその内容をことづかった?」
「……大分、前? 角を曲がったとこの客間に来いって」
「はぁ、おぬしというやつは、ほんにしょうのないやつじゃ……、待たせてすまぬ。と伝えて、世間話でもして時間を作ってくれ」
「マミゾウはここでおねむだがな!」
「うるさい、はよいけ!」
てってって、と。
軽い足音を聞きながら、儂はよっこいしょと身体を起こす。ついつい言葉が出てしまうのは、若さの表れだろう。
日光と体温でやっと夢心地を味わえると思ったのに、お泊り初日からこれではこの先どうなるやら。とと、悔んでいても始まらぬな。
押しかけてきたということは望まぬ争いごとになるかもしれないが、ここは一つ。今後の平穏の為に身の程を知らせてやるのもいいかもしれない。
まあ、何はともあれ、遅れたことの謝罪から入るのが大人の対応というものじゃな。
あーっと、客間は……、うむ、これじゃな。
「待たせてしまったようで、すまぬのじゃ」
入口の障子の前で声を飛ばすと、中から聖やぬえの声が返ってくる。入室を促す声を聞き取ってから、ゆっくりと丁寧に、戸を横に開けて。
「失礼するのじゃ」
と、頭を下げる。
そんな単純な動作の中でも、恥ずかしいかな。儂の心は多少弾んでおったよ。
我を佐渡のマミゾウと知って仕掛けてくるのはどのような狐かと。
そこそこ力を持つ者なら、二尾や白狐か?
もしくは、やはり身の程しらずの野狐か?
さてさて、その顔を拝ませてもらお――
「お初にお目にかかります。天狗の新聞記事を見ていてもたってもいられず、押しかけた無礼をお許しください」
え、えーっと。マテ、ちょっと待たぬかっ。
し、尻尾の数が、ひぃー、ふぅー、みぃー、よぉ……
「私、八雲紫様に仕える式で、八雲藍と申します。式を授かる前は」
いつ、むぅ、なな、やぁ、……ここの。うむ、つまり、
「九尾を、やっておりました」
九尾の狐? じゃと?
はは、ははははははっ
「ぴゃ、ぴゃぁぁぁぁーーーっ!?」
「ちょ、マミゾウっ!? マミゾウおばあちゃぁぁぁんっ!?」
◇ ◇ ◇
果たし状――
大きくその文字が書かれた封筒を儂はまじまじと眺めることしかできなかった。まさか、伝説の九尾の名がいきなり出てくるとは予想外じゃったし、思考が全く働かぬまま事態が進行してしまっておった。
ぬえがちゃんと九尾が来たと教えてくれれば対処のしようがあったというに、まったく歯がゆいことよ。
とにかく、その藍との顔合わせの場は明らかにこちらの敗北。
名前負けしてしまったというところが大きいじゃろうか。
「くぅ、このままでは終わらん! 終わらせてなるものか!」
九尾が悠然と部屋を出て行った後、儂は文字が視線で焼き切れてしまうほど見つめ続け、空になった封筒をくしゃりと握りつぶした。
内容はたった一文。
『正式なタヌキとキツネの力比べを希望する』
この世界で広まっている弾幕勝負でもない。
お互いの命を削りあう戦闘でもない。
タヌキとキツネのだからこそ可能な、化かしあい。
それこそが、儂らの存在意義を掛けた真の勝負というものじゃ。だからこそ、その条件は絶対に公平でなければならず、双方納得しなければ何度も条件を提示しあう。
だが、あの藍という九尾は何を思ったか。
勝負内容のすべてをこちらに預けると言い放ちおったのじゃ。静かな物腰であったがあれは、何を出し手も打ち負かしてやるという自信の表れに違いあるまい。
しかし、こちらにも『ぷらいど』はあるのじゃ。
誰が不公平な条件を選んでやるものかよ。
「ぬえ!」
「おぬしも人間を化かす妖怪ならば、タヌキとキツネの真剣勝負について、知っておるな?」
「うん、だいたい」
「ならば、勝負方法はおぬしと聖殿に任せることとする! よいか!」
「わかったよ、じゃあ――」
「じゃが、もし儂に有利な条件をつけようものなら、その首引きちぎってくれようぞ!」
ぬえの表情が一瞬固まる。
やはりこやつは儂を勝たせる勝負を考えようとしたのじゃろう。しかし、真剣勝負に情を持ち出されても惨めなだけ。
「それと、儂のことを広めてくれおった天狗にも勝負の日程を伝えてやるがよい。この幻想郷においてどちらが優れた幻術使いか知らしめてやろうではないか!」
二日酔いの気だるさなど、もはや消え去っておった。
儂の中にあるのは勝負への意欲と、勝利への想い。それが混ざり合って炎のように燃え盛っておるのじゃ。
外の世界でも成しえなかった九尾の狐との大勝負。
このマミゾウ、己のすべてを掛けて――
くきゅるるるるる……
「…………」
「…………」
「……いやん」
儂は泣いた。
空気の読めぬ腹の虫の可愛い鳴き声に、泣いた。
◇ ◇ ◇
パァン、パァンッと、空で甲高い火薬の破裂音が響く。
突き抜けるような青空の下、その音がぬえと聖が設定した勝負の日であることを教えてくれる。
天狗の新聞の効果か、命蓮寺の広い庭の中には人間や妖怪たちが次々と招き入れられ、世紀の勝負を今か今かと待ち望んでおった。
我の状態は万全、もちろん藍という九尾も、こんでしょんを整えている事じゃろう。その証拠に、もはややることはないと開始位置を示す円から動こうとはしておらぬ。集中して妖力を高めておるのだろう。
確かにそれも一理あるのじゃが……
「うむ、これぞ妖怪のるつぼと呼ぶにふさわしい」
様々な種族の妖怪と、それに並ぶ人間たちの姿が眩しくてのぅ。ついつい目を奪われてしまったのじゃて。儂や藍と同じように、耳や尻尾を持つ妖獣の姿もあって中々おもしろい。
ふむ、勝負までまだ少し時間があるようじゃし。
観客と雑談と洒落込むのもありかのぅ、と、なんじゃ、ぬえ。いきなり服を引っ張りおって。
「え、えっと、ちょっとマミゾウと藍に伝えておきたいことがあるっていうか……」
「むっ、それはならんぞ。儂らは何があろうと条件を飲むと決めたのじゃ。ゆえに、事前の情報を知るのは勝負を汚すことにほかならんのじゃて」
「あー、うん、そういうことじゃなくって……」
「くどいぞ、儂はこれから気晴らしにぐるっとまわってくるからのぅ。準備の方はよろしく頼む」
「あ~ん、マミゾウおばあちゃぁぁ~~んっ」
「じゃから、儂は年寄りではないというておろうに!」
ぬえの手を軽く振りはらって、周囲の妖怪たちの世間話に割り込んでみた。半分儂が目当てのようなものじゃし、会話の容易いことこの上なし。
ついつい開始10分前ほどまで話し込んでしもうてのぅ、さすがに開始位置。藍の左隣へと移動しようとしたところで、妙な赤と黒が混ざった毛の猫が人ごみの中からいきなり現れ、目の前で変化しおったのじゃ。
活発そうな妖獣の姿にのぅ。
「はぁ、はぁ、そ、そこのタヌキのお姉さん! この辺で黒い羽根の妖怪をみなかったかい?」
「ん、黒羽か? あの鴉天狗のことかいのぅ?」
「違うよ、烏には違いなんだけどさ。なんていうか、こう、でかいんだよ! のほほんとしてるわりにはすっごい頑丈だしって、これ関係ないか。えーっと、とにかくこう、胸のとことか身長とか、羽がもう、どーんってね!」
「大柄の烏の妖怪か、ふむ」
どうやらこの猫の妖怪の連れのようじゃな。儂と話しておる間もしきりに周囲を見回しておる。しかし、記憶を探ってみてもそのような妖怪に覚えなどない。
「すまんのう、目立つ格好をしておるのならどこかに残っているはずなのじゃが。全く浮かんでこぬ」
「そうかい、いやいや、時間をとらせてごめんよお姉さん。ということはやっぱり、あのとき無理やりにでも起こせばよかったかねぇ……今頃すっ飛ばしてきてるところかな……ありがとう、もうちょっと探してみるよ。せっかくさとり様にお休みもらったのになぁ」
なんじゃ、忙しないやつじゃのぅ。
息を切らせて、また庭の中を走っていってしまった。しかし、仲間を大切にするというのは良い心がけじゃな。好感が持てよう。
その小さな背中にえーるを送り、そろそろ戻ろうかと振り返ってみれば、
「もうすぐ妖怪狐と妖怪狸の真剣勝負が始まります! 皆さん、お見逃しなくっ!」
高揚した天狗の声が頭の上から響いてきた。切りのよいところで制限時間というところかのぅ。良い気分転換になったのじゃて。
静かに立つ好敵手の脇を掠めるほどの距離で通過し、ふんっと鼻を鳴らしてみると、薄目を開けてこちらを睨んできよる。
ほほぅ、そちらも臨戦態勢といったところか。おもしろい。
儂もすぐ横に描かれた円の中に立ち、指で眼鏡の位置を直す。
その視線の先には、広々とした空間とその先に立つ聖殿の姿があって、
今、まさに腕を天高く振り上げるところであった。
「それでは、二ッ岩マミゾウ、八雲藍による真剣勝負を、ここに開幕します!」
沸き起こる歓声、瞬く写真機の光。
期待に胸を膨らませる観客の息を呑む声すら、その耳に届くほど。儂の感覚は鋭敏に研ぎ澄まされておった。
すべてが儂のためにあると錯覚してしまうほどの高揚感をどう抑えられるものぞ。
じゃから儂も、観客と同様に右手を掲げて叫んでやった。
藍の奴は尻尾を揺らしながら、うざったそうにしておったが。どうやらその尻尾が小刻みに震えておるところをみると、満更でもないらしい。
儂も先ほどから武者震いがとまらぬからのぅ。
長く経験せずにいた、化かし合いじゃ。存分に楽しもうではないか。
「勝負方法は、単純明快。紫さん?」
「ええ、こちらですわ」
興奮する儂等の目の前にまた見知らぬ妖怪が聖殿の真横に姿を見せた。空間を開いて上半身だけを晒す妖怪は、両腕を大きく縦に走らせた。
するとどうじゃろうか。
何か重いものが引きずられる音を捉えた瞬間、広場中央にまたしても面妖な空間が開いた。が、女性の妖怪に付属するものと規模が桁違いであった。
何せ、人間が住む平屋をまるごと飲み込んでしまいそうなほどの大きさじゃ。
あやつもこの幻想郷の妖怪の一人なんじゃろうが、なんという馬鹿げた力か。
じゃが、そんな考察をする余裕は一瞬で消え去ってしもうた。
「なっ!?」
地響きが、したからじゃ。
遅れて、すぐ傍で巻き起こる砂埃が視界の半分を埋め尽くした。
儂が深い紫色の隙間と、紫と呼ばれた妖怪に目を奪われていた直後。その空間から儂の背の三倍はあろうかという大岩が二つ、生み出されたのじゃ。初めからそこにあったかのように、そびえ立つ巨石がな。
刹那のうちに儂と藍を影で覆い尽くさんとするほどの物体を移動させるとは……
いや、そもそもこのような巨石で何をさせようというのじゃ。
二ッ岩を名に持つ儂へのあてつけではあるまいな。
しかし周囲のざわつきが収まるのを待つかのように、聖は口を閉ざしたまま。
儂と同様に、藍も眉を潜めて状況を見守り。
立ちこもる砂煙がおおかた消え去ったときじゃった。
聖が再び声を発したのは。
「今、事前に準備しておいた大岩を二つをこの命蓮寺に移動させました。これより、お二方には目の前の大岩を砕いていただきます」
なに? 化かし合いで岩を、砕けじゃと?
「なお、持ち時間は双方30分。順に行動し、半分以上砕いたと判断できる時点で終了とします。その際……、より美しく、観客を魅了し、多くの歓声を浴びた方を勝者とします」
……なんじゃ。そういうことか。
心配して損をしたではないか。
しかし中々面白いことを考え付くものじゃて。
『岩を半分以上砕いたと判断できる時点』
この言葉が、今回のすべてを語っておる。
つまりは、この大岩を破壊する際に、どれほど美しくこの岩を変化させ。観客を楽しませるか。そういった趣向なのじゃろう。
ならば、後は先行と後攻の駆け引きくらいか。
大技で先手を取れば相手へのぷれっしゃぁとなりうるじゃろうし、逆に同等の技術であれば後攻の方が印象付けられる可能性もある。
ん、なんじゃ?
「聖さん、どうやらこちらのマミゾウというタヌキは知恵を回らせるだけで精一杯の様子。私に先行を許してもらえないだろうか」
ほぅ、ほぅほぅ。
そう来たか。
稟とした態度で高らかに宣言する。その容姿と相まって、周囲の観客は一時的におぬしの方へと期待を寄せるであろうな。
しかし、儂が焦って動くとおもったら大間違いじゃ。
「そうか、こらえ性のない狐は先行を所望のようじゃ。では、儂は高みの見物としゃれ込むかのぅ?」
「……先行、八雲藍でかまいませんね」
その言葉は、外の世界で言う。『はぁどるをあげた』ことに他ならぬ。
それだけ期待値を底上げしたのじゃ。
生半可な技術では、周囲も納得せぬであろうて。その反応を見て、儂は作戦を練ることとするよ。九尾殿。
儂は観客のところまで身を引き、藍だけをその場に残す。
すると、儂用の大岩だけが消え、庭の中央には藍ともう一つが存在するのみ。
深呼吸し、肩を大きく上下させる九尾の前。
「はじめっ!!」
聖の鋭い声が、儂等の争いの火蓋を切った。
◇ ◇ ◇
開始と同時に湧き上がっていた歓声はどこへやら。
今は静寂と、誰かが足の裏で玉砂利をこする音だけが場を支配しておる。
それも仕方あるまい。
あれだけ大見得を切った藍が、大岩に右手を触れさせたまま微動だにせぬのじゃから。かれこれもう十数分。
時折動く九本の尻尾だけが、時間の流れを指し示しておるようじゃった。
きっとこの観客たちは、藍が即座に行動し岩を破壊すると想像しておったのじゃろうが、いやいや、化かしあいはそんな単純なものではない。
ああやって、ゆっくりと。
ゆっくりと、じゃ。
自らの望む形で対象を変化させるための妖力を注ぎ込んで。
ひとつの芸術を作り上げる。
それが、今回の勝負なのじゃ。
無粋な濃い灰色の物質を華やかな花に変えて散らしてやるもよし、
はたまた、霞のように消してしまうのもよし。
見上げても足りぬほどの大岩をどれほど見事に飾り、鮮やかに原型を奪うか。そこが勝敗の分かれ目と言い切っても過言ではない。
それ、もうすぐ動くぞ。
儂の予想通り、藍とやらは岩に触れさせておった手を離し、印や言霊で岩を変化させ……
「なんじゃ?」
思わず儂は間抜けな声を出しておった。
それもしょうのないことじゃて。
なにせ、あやつ。変化の術式を使おうとせず、岩の前で腕組みをするばかりなのだから。早くせねば、物体の中の妖力が失われてしまうというに。
それとも、儂が知らぬ秘策でもあるというのじゃろうか……
「むぅ」
と、儂が唸ったときじゃった。
とうとう、藍が動いた。
一度、大岩から距離を取ったかと思うと、勝負条件を定めた聖殿へと顔を向け。
「手や足を使わずに、破壊してもかまいませんね?」
その言葉に、周囲はざわつくが。
儂としては拍子抜けじゃった。
こやつ、まさか……
「ええ、かまいません」
「そうですか、ではっ!」
聖殿の答えを受けた後。軽い屈伸運動をした。
たったそれだけに見えたのに、藍の体は地面から離れ、軽々と宙を舞う。そして空中で、その身を回転させ、何を思ったか破壊対称に背を向けて。
風になびく金色の尾で、大岩の表面をなぞるように着地。
ふわり、と着地の風圧で衣服が浮き上がる中、もう一度体をひねりながら軽く九本の尻尾を岩に当てた。
――だけのように見えるであろうな。人間には。
そして、観客が見守る中。
悠然と開始位置の円まで戻り、右手を袖から出し、すらりと長い指を。
周囲に響くほどの音で鳴らす。
その直後じゃ。
「お、おおおおおおおおおっ!」
驚きの声が、寺を震わせたのは。
何せ尻尾が軽く触れたようにしか、撫でているようにしか見えなかった大岩が、木っ端微塵に弾け飛んだのじゃ。
観察眼がそれほど高くない者にとっては、まさしく驚愕であろう。
そして、
「…………」
身体能力が高く、今の行動が見えたであろう妖獣たちは別の意味で感嘆の声を漏らしておった。
何せ、あやつ。
緩やかに動かす尻尾に混ぜ、数本の尻尾を稲妻のような速さで動かし。
宣言どおり、手や足を使わず打撃によって大岩を破壊して見せた。
妖獣にとって急所にもなりうる尻尾での荒業じゃ。
これ以上のぱほぉーまんすはあるまい。
じゃが――
「とんだ期待はずれじゃな」
化かし合いという勝負だけで見れば、直接砕くなど外法にもほどがある。
華やかさを取って、ぷらいどを捨てたか。愚か者め。
どうやらここは、儂が手本を見せてやる必要がありそうじゃ。
「さて、お次はそちらの番ですが?」
「わかっておるわ。愚か者め」
化かし合いを汚しておいて、よくそんな涼しい顔ができるなといってやりたかったのじゃが、今は言葉で語るより技術で示すべきであろう。
引き下がっていく藍を横目に捉えるだけで終わらせ、儂は堂々と前に出る。
九尾という、名ばかりの狐との勝負を早々に終わらせるために。
儂が開始の円に入ると、再び聖殿がすぅっと息を吸い込み。
「後攻、はじめっ!!」
発せられた鋭い声が、気合を高めてくれおる。
さて、化かし、化かすことに秀でる儂の技術。
とくとその眼に刻み付けるが良いぞ!
そう心の中で叫んだ儂は、大岩に駆け寄るとその両手を大岩へとかざし変化の妖力を――
妖力、を――
……
おや? ん~? むぅ?
こ、こうやって妖力を注ぎ込んで、じゃな。
そぉ~そぉ~ぎぃぃぃ~~こぉぉん~~でぇぇぇ~~~
「はぁ……、ふぅ……、ぅおほんっ、ぉほんっ。
えーっと、聖殿?」
「なんでしょう?」
「この岩、おかしくないかのぅ?」
「いえ、藍さんのも同じ材質のを利用しております。不公平な部分など微塵もございません」
「うむ、それはよいのじゃ。しかし、あれじゃのぅ。少々妖力を通しにくいというか」
「ええ、もちろんです。私もぬえからはっきりと聞きましたから」
儂の心中のざわつき、それを知ってか知らずか。
聖殿はあっさりと、まるで当然のように返してきたのじゃて……
「正式な力比べに、妖力など不要でしょう?」
「……へ?」
何か、いやな予感がする。
聖殿が盛大な勘違いをしているような……
「ぬえは、単なる大岩を準備すればいいと言っていましたが、それでは力勝負にはなりえない。ですから私は霊夢さんの協力の元で、妖力を通しにくいよう岩に加工を施し、勝負に備えたというわけです!」
「えっと、あの、聖殿? キツネとタヌキの力勝負というものはじゃな?」
「さあ、思う存分力を振るってください!」
「うん、じゃ、じゃから聖殿?」
「さあ!」
「……ああ、がんばるとするのじゃて、はは、ははははっ」
やばい、こやつはあれじゃ。
外の世界で言う、体育会系のノリというやつじゃ。
聖殿は『魔法使い』じゃと聞いたのに、なんじゃこのおかしなてんしょんはっ!
「……ははははは、ぬぅぅぅえぇぇぇっ!!」
乾いた笑いをこぼした後で、勝負方法の責任者を探してみるが。
聖殿の後方で手を合わせるばかり。
こ、この、大うつけめぇぇぇ!
はっ、まさか……、勝負前にあやつが伝えようとしておったのはこのことか!
さきほどの九尾も、途中で異常に気づき物理攻撃に切り替えたということ。
はっはっは
なぁ~んじゃ。
それならば簡単ではないか。
儂もこう、自慢の身体能力でこの岩をばばぁーんっとっ。
木っ端微塵に砕いてしまえば――
って、できるかあほぅっ! 儂のあほぅっ!
「落ち着け……、落ち着くのじゃ儂……」
こんな硬そうな岩に手をおもいっきりぶつけようものなら、しばらくは晩酌もできない状況になりかねない。
脚とて同様。
よし、ならば儂もこの大きな尻尾で……ゼッタイ無理!
正式な化かし合いではないにしろ、こんな敗北はあまりにも無様。
タヌキ史上あってはならぬこと。
ならば、どうする。
どうすれば、この場を……
はっ!
岩も壊せず、敗北は濃厚。
そんな儂の目に一枚の葉っぱが飛び込んできおった。
おそらくは庭木から落ちたものじゃろう、そこらかしこに散らばって。
「そうじゃっ! これじゃ!」
儂の頭が、最良の答えを導き出す。
そうと決まれば行動あるのみ、儂は大岩から手を離すと開始位置の円に戻って、その身の周囲に妖力を集め始める。
妖力が通用しない大岩に何をしても無駄。
それは儂も当然わかっておるよ、じゃからこうして周囲の葉っぱに力を伝えることで……
「枯葉を操るは、タヌキ族の専売特許ぞ!」
体の周囲に木の葉の竜巻を作り出す。
観客から声が上がっているところをみると、中々うまくいっておるようじゃな。
姿は見えぬが、音でわかるというものじゃ。
ふむ、姿は見えぬ。
つまり、外からも儂の姿を確認することはできないというわけで。
ここから打つ手は、たった一つ。
そうだ、佐渡へ帰ろう。
木の葉がくれを実行すると同時に、儂の体も枯葉に変化させ、風に乗って優雅に帰郷するのもわるくない。うむ。
ん、誤解してはいかんのじゃ。
これは逃亡ではなく。
化かし合いの勝負の一環。
そう、まともに勝負すると見せかけて、ちょっといなくなってみるとか。
乙女ちっくな画期的ほうほうであって、決して敗走ではないのじゃ。
そうと決まれば即実行じゃて。
葉っぱを高く、もっと高く巻き上げて……
「ぴゃぅっ!?」
ぴゃぅ?
なんじゃ、空から妙な鳴き声が。
鳥か何かが、葉っぱに巻き込まれたのじゃろうか。
「あぅ、何これ、前が見えなっ! お燐~っ!」
いや、妖怪か。
上を見上げると比較的大きめの翼を持った人影が、猛すぴぃどで飛びながら周囲を旋回。どうやら顔に大き目の葉が張り付いてしまったようじゃな、随分難儀しておるようで――
「おり――、うにゅぅぅぅぅ~~~」
あ、落ちた。
おもいっきり旋回したせいか、速度を上げて斜め下へ急降下。
木の葉がくれを解いて、落下地点をあわてて探れば、まだ立派に存在感を放つ岩がそそり立っているわけで。
「あ……、これは、まずいかいのぅ……」
迫る岩、流星となる妖怪。
その距離は、あっという間に縮まっていき。
ついには、
「お、おおおおおおおっ!?」
観客の驚きの声と同時に、岩と正面衝突し。
それだけにとどまらず、あっさりと砕いてしまったのじゃ。
んー、あれじゃな、岩はくだけたことに違いはないのであるが。
別な意味で逃げたほうが良いのではなかろうか。
ほら、なんだか周囲も妙にざわついておるし、岩に突っ込んだ妖怪も、上半身を土の中に埋めたまま大変な状態になっておるし。
いや、しかし一人の妖怪が傷ついたのは儂の気の迷いによるものじゃし。
ここは一つ、死んだつもりで頭を下げるしかあるまいな。
「お空~、お空~~っ!」
その知り合いじゃろうか。
人ごみから飛び出したあの妖怪は、間違いない。あのときの化け猫か。
く、やはり儂は……
とんでもないことをしでかしてしまったよう……
ずぽっ
「へ?」
あっさりと自分で土の中から這い出して見えるのは、気のせいじゃろうか。
「あ、お燐~。命蓮寺って、ここ?」
「もう、遅刻するなんて駄目じゃないかお空! もう勝負終わっちゃったよ! っていうか、お空のせいでっ」
まて、マテマテマテ!
あの角度、あの速度で、どうして平然としておるのだこやつは!
物理攻撃に強い妖怪であっても、十分行動不能に陥るだけの衝突だったはずじゃ!
「あー、おぬし、どこか痛いところはあるか?」
「ふふん、ないよ! 私強いもん!」
「まあ、小型太陽の中央でも無事なやつだからね……お空は……、あ、もしかしてお姉さん! お空が遅刻してくることと、体の丈夫さも計算に入れて、あの木の葉の竜巻を作ったっていうのかい!」
「あー、いやぁ、そういう……」
「すごいねぇ! さすがタヌキの妖怪だよ! 偶然まで利用するなんて!」
あー、これは、一体……
どういう状況なんじゃろうなぁ。
とか、考えておると、何やら藍が重い表情で近寄ってくるし。
「まさか、あのような手があるとは……、私もまだ青い」
「うん?」
「化かし合いでは、周囲の状況確認が何よりも大切だというのに、私はそれを怠り。自分の肉体以外で大岩を破壊するなどという手段を考え付くことができなかった。最後まで化かしに拘ったあなたの精神こそ素晴らしい。今回は私の完敗だよ」
それだけいい終えると、なんか清々しい顔で手とか出してくるのじゃが。
うん、握手というのはわかる。
わかるが……
やはり勝負事だ、ここは正直に答えるべきじゃな。うむ。
「藍、いや、藍殿。この勝負、儂の負けじゃ。勝負の条件は、己の力で岩を砕くことにあったからのぅ。もしそれでも負い目を感じるのであれば、勝負は儂の勝ち、試合はおぬしの勝ち、ということにしておいてくれんかいのぅ?」
「マミゾウ……」
なんか、ものすっごい力で両手握られてしもうた。
観客はなんか、拍手なんかしておるし。
聖などは、瞳を潤ませておるし。
ぅおっほん、ぉほん。
とりあえず手も痛いが、
なんだか胸のあたりがものすごく痛むのじゃが……
まあ、九尾を軽くあしらった事でしばらくは平穏な日々がやってくるじゃろうし。
これはこれで、よしとするかのぅ!
「ねぇ? マミゾウおばあちゃん、今度は鬼が是非勝負したいって、きてるんだけど?」
後日、全力で佐渡へ変える準備をしたのは言うまでもない。
ただっ広い命蓮寺の廊下は、朝の日差しで程好く温められておりまさしく至高のゆーとぴあというもの。
痛む頭を押さえながら、『まみぞう専用』と刺しゅうを施した座布団を置き、しばらくそれを日の光にさらす。そして正座して待つこと数分。温もったふかふかの布地が生意気にも儂を誘惑してくるではないか。
ほほぅ、その挑戦受けて立つ。
儂はゆっくりと上体を右に傾けていき、ぼすんっとその身を分厚い座布団にぼでーぷれす。上半身で潰した布地からは全身を包み込む太陽の匂いが溢れ、寝起きの陰鬱な気分を今日の天気のように晴らしてくれおる。
「マミゾウおばあちゃん、寒くない?」
「この儂にぬかりなどありゃあせんわい」
日差しは温かいとは言うても、秋の寒空の下じゃ。風が吹き込めばせっかくの気分も台無し。膝かけ用毛布で大まかに全身を覆うことで、対空防御は完璧。
この二ツ岩のマミゾウの前では大自然さえお手の物、と。
ん? まてよ。今聞きづてならぬ言葉があったような……
「むぅ おぬし、また儂を年寄り扱いしおったな?」
ぬくぬくとした毛布の毛波を楽しみつつ、背中の方に座ったぬえを見上げてやれば、何かに気付いたように口を開けておった。まったく、しょうのないやつじゃ。
「あ、ごめんごめん。だって口調がそんなんだからさぁ、ついお婆ちゃんって呼びたくなるんだよね」
「ぬぅ、失敬な奴じゃ。儂とおぬしではそんなに年もかわらんであろう? むしろ儂の方が乙女ちっくであるというものぞ」
「……廊下で座布団の上に転がるのって、乙女?」
「うむ、二日酔いの乙女に許された特別な行為じゃな、勉強になったじゃろ? じゃからもう少し静かに話しかけてくれまいか。頭が痛ぅて敵わん」
相手を化かす妖怪として古くから交流のあるぬえが、儂のところに来てから早幾日か。『命なんとか寺』の妖怪たちを守るために手を貸してほしいと頼まれた儂は、休まず幻想郷という閉鎖された世界までかっ飛んできて。
到着してみたら、無理やりすぺるかぁーどなる遊戯を教え込まされ、一睡もしないままなんだか妙な人間たちと渡り合うことになったわけじゃが……
そんなことより、ぬえよ。
小一時間ばかりでいいから昼寝でもさせてくれんかいのぅ?
ん? 駄目? 敵が来たって?
はっはっはっはっ……
うむ、絶対無理……
「でも、初めての弾幕勝負であんなに巫女を苦しめちゃうんだから。やっぱり凄いね。でも、お酒は弱くなったかな?」
「じゃから、耳元で話すなと……、それと誤解があるようじゃから指摘しておくが、あのような疲労困憊状態で飲まされれば簡単に潰れもするだろうよ」
結局わけがわからぬまま戦わされるわ、ぬえの話とは噛み合わないわ、身体がだるいわで、いつのまにか負けておったという様相じゃったからのぅ。ぬえや聖とかいう人間の勧めがなければ、さっさと佐渡に帰って駄眠を貪っておるところ。
しかし、妖怪と人間の共存という儂と同じ考えを持つ人間がおることが嬉しくてのぅ。ついつい長話の末意気投合してしまい……
そのままなし崩しに宴席に加わっていて……
気付けばお日様が東の空に浮かんでおったわ……どうしようもない頭痛と共に。
「でも、マミゾウの話はやっぱり面白いね。私が知らないこといっぱいだったよ」
「あー、そうかいそうかい。そりゃ結構……」
どうやら、ぬえは儂を解放する気などさらさらないらしい。いくら頭が痛いと伝えてもその口調は早まるばかりで、とどまることを知らぬ。
ただ、儂はその面白かった内容についてまったく記憶がないのじゃがな。
「それに、きつね嫌いも相変わらずみたいだし」
「む、そのようなことも話しておったか?」
「うん、ノリノリで。覚えてないの?」
「ん~、頭の中にあるような無いよぅな?」
何かきっかけがあれば思い出せるかもしれないと、尻尾を廊下の上で弾ませてみたり、目を瞑って唸り声をあげてみても出てこない。
「たぬきが人を化かすのは、信頼関係があってこそ。両方に対して娯楽を提供するようなものじゃが。きつねはいかんな。アレは自らの存在のために人を簡単に切り捨てる。恩も忠義もない外道だ~っとか?」
「もしかしてそれは、儂の口真似かいのぅ?」
「そうだよ。それにきつねなんて儂が一吠えするだけで蜘蛛の子を散らすように逃げるとか」
「そこまで言うておったか……、悪酔いしすぎたようじゃな、はぁ」
まあ、儂は外の世界の一国、その三分の一を治めたこともある大妖怪じゃからのぅ。野良の野狐なんざ相手にならぬことは違いない。
が、異国の地でひけらかすことでもなかろうに。
いらぬ争いの種は極力蒔かず、日々をやんわりと過ごすことが第一で、
「あ、そうだ。忘れてた。その話でお客さんが来てるんだよ」
「なんじゃと? その話とは、狐の件か?」
「そうそう、星のやつがついうっかり烏天狗の前でその宴会の話しちゃってさ。新聞記事にタヌキの大妖怪現るとか何とか。狐関係ですっごい着色されてたけど、見る?」
「よいよい、儂は外の世界で人間と共に暮らしておったから、『ますこみ』というものの怖さは心得ておるよ。しかし、その記事が出てくるということは、訪問者は狐か?」
「うん、手紙も持ってきてるって」
「……おぬし、何分ほど前からその内容をことづかった?」
「……大分、前? 角を曲がったとこの客間に来いって」
「はぁ、おぬしというやつは、ほんにしょうのないやつじゃ……、待たせてすまぬ。と伝えて、世間話でもして時間を作ってくれ」
「マミゾウはここでおねむだがな!」
「うるさい、はよいけ!」
てってって、と。
軽い足音を聞きながら、儂はよっこいしょと身体を起こす。ついつい言葉が出てしまうのは、若さの表れだろう。
日光と体温でやっと夢心地を味わえると思ったのに、お泊り初日からこれではこの先どうなるやら。とと、悔んでいても始まらぬな。
押しかけてきたということは望まぬ争いごとになるかもしれないが、ここは一つ。今後の平穏の為に身の程を知らせてやるのもいいかもしれない。
まあ、何はともあれ、遅れたことの謝罪から入るのが大人の対応というものじゃな。
あーっと、客間は……、うむ、これじゃな。
「待たせてしまったようで、すまぬのじゃ」
入口の障子の前で声を飛ばすと、中から聖やぬえの声が返ってくる。入室を促す声を聞き取ってから、ゆっくりと丁寧に、戸を横に開けて。
「失礼するのじゃ」
と、頭を下げる。
そんな単純な動作の中でも、恥ずかしいかな。儂の心は多少弾んでおったよ。
我を佐渡のマミゾウと知って仕掛けてくるのはどのような狐かと。
そこそこ力を持つ者なら、二尾や白狐か?
もしくは、やはり身の程しらずの野狐か?
さてさて、その顔を拝ませてもらお――
「お初にお目にかかります。天狗の新聞記事を見ていてもたってもいられず、押しかけた無礼をお許しください」
え、えーっと。マテ、ちょっと待たぬかっ。
し、尻尾の数が、ひぃー、ふぅー、みぃー、よぉ……
「私、八雲紫様に仕える式で、八雲藍と申します。式を授かる前は」
いつ、むぅ、なな、やぁ、……ここの。うむ、つまり、
「九尾を、やっておりました」
九尾の狐? じゃと?
はは、ははははははっ
「ぴゃ、ぴゃぁぁぁぁーーーっ!?」
「ちょ、マミゾウっ!? マミゾウおばあちゃぁぁぁんっ!?」
◇ ◇ ◇
果たし状――
大きくその文字が書かれた封筒を儂はまじまじと眺めることしかできなかった。まさか、伝説の九尾の名がいきなり出てくるとは予想外じゃったし、思考が全く働かぬまま事態が進行してしまっておった。
ぬえがちゃんと九尾が来たと教えてくれれば対処のしようがあったというに、まったく歯がゆいことよ。
とにかく、その藍との顔合わせの場は明らかにこちらの敗北。
名前負けしてしまったというところが大きいじゃろうか。
「くぅ、このままでは終わらん! 終わらせてなるものか!」
九尾が悠然と部屋を出て行った後、儂は文字が視線で焼き切れてしまうほど見つめ続け、空になった封筒をくしゃりと握りつぶした。
内容はたった一文。
『正式なタヌキとキツネの力比べを希望する』
この世界で広まっている弾幕勝負でもない。
お互いの命を削りあう戦闘でもない。
タヌキとキツネのだからこそ可能な、化かしあい。
それこそが、儂らの存在意義を掛けた真の勝負というものじゃ。だからこそ、その条件は絶対に公平でなければならず、双方納得しなければ何度も条件を提示しあう。
だが、あの藍という九尾は何を思ったか。
勝負内容のすべてをこちらに預けると言い放ちおったのじゃ。静かな物腰であったがあれは、何を出し手も打ち負かしてやるという自信の表れに違いあるまい。
しかし、こちらにも『ぷらいど』はあるのじゃ。
誰が不公平な条件を選んでやるものかよ。
「ぬえ!」
「おぬしも人間を化かす妖怪ならば、タヌキとキツネの真剣勝負について、知っておるな?」
「うん、だいたい」
「ならば、勝負方法はおぬしと聖殿に任せることとする! よいか!」
「わかったよ、じゃあ――」
「じゃが、もし儂に有利な条件をつけようものなら、その首引きちぎってくれようぞ!」
ぬえの表情が一瞬固まる。
やはりこやつは儂を勝たせる勝負を考えようとしたのじゃろう。しかし、真剣勝負に情を持ち出されても惨めなだけ。
「それと、儂のことを広めてくれおった天狗にも勝負の日程を伝えてやるがよい。この幻想郷においてどちらが優れた幻術使いか知らしめてやろうではないか!」
二日酔いの気だるさなど、もはや消え去っておった。
儂の中にあるのは勝負への意欲と、勝利への想い。それが混ざり合って炎のように燃え盛っておるのじゃ。
外の世界でも成しえなかった九尾の狐との大勝負。
このマミゾウ、己のすべてを掛けて――
くきゅるるるるる……
「…………」
「…………」
「……いやん」
儂は泣いた。
空気の読めぬ腹の虫の可愛い鳴き声に、泣いた。
◇ ◇ ◇
パァン、パァンッと、空で甲高い火薬の破裂音が響く。
突き抜けるような青空の下、その音がぬえと聖が設定した勝負の日であることを教えてくれる。
天狗の新聞の効果か、命蓮寺の広い庭の中には人間や妖怪たちが次々と招き入れられ、世紀の勝負を今か今かと待ち望んでおった。
我の状態は万全、もちろん藍という九尾も、こんでしょんを整えている事じゃろう。その証拠に、もはややることはないと開始位置を示す円から動こうとはしておらぬ。集中して妖力を高めておるのだろう。
確かにそれも一理あるのじゃが……
「うむ、これぞ妖怪のるつぼと呼ぶにふさわしい」
様々な種族の妖怪と、それに並ぶ人間たちの姿が眩しくてのぅ。ついつい目を奪われてしまったのじゃて。儂や藍と同じように、耳や尻尾を持つ妖獣の姿もあって中々おもしろい。
ふむ、勝負までまだ少し時間があるようじゃし。
観客と雑談と洒落込むのもありかのぅ、と、なんじゃ、ぬえ。いきなり服を引っ張りおって。
「え、えっと、ちょっとマミゾウと藍に伝えておきたいことがあるっていうか……」
「むっ、それはならんぞ。儂らは何があろうと条件を飲むと決めたのじゃ。ゆえに、事前の情報を知るのは勝負を汚すことにほかならんのじゃて」
「あー、うん、そういうことじゃなくって……」
「くどいぞ、儂はこれから気晴らしにぐるっとまわってくるからのぅ。準備の方はよろしく頼む」
「あ~ん、マミゾウおばあちゃぁぁ~~んっ」
「じゃから、儂は年寄りではないというておろうに!」
ぬえの手を軽く振りはらって、周囲の妖怪たちの世間話に割り込んでみた。半分儂が目当てのようなものじゃし、会話の容易いことこの上なし。
ついつい開始10分前ほどまで話し込んでしもうてのぅ、さすがに開始位置。藍の左隣へと移動しようとしたところで、妙な赤と黒が混ざった毛の猫が人ごみの中からいきなり現れ、目の前で変化しおったのじゃ。
活発そうな妖獣の姿にのぅ。
「はぁ、はぁ、そ、そこのタヌキのお姉さん! この辺で黒い羽根の妖怪をみなかったかい?」
「ん、黒羽か? あの鴉天狗のことかいのぅ?」
「違うよ、烏には違いなんだけどさ。なんていうか、こう、でかいんだよ! のほほんとしてるわりにはすっごい頑丈だしって、これ関係ないか。えーっと、とにかくこう、胸のとことか身長とか、羽がもう、どーんってね!」
「大柄の烏の妖怪か、ふむ」
どうやらこの猫の妖怪の連れのようじゃな。儂と話しておる間もしきりに周囲を見回しておる。しかし、記憶を探ってみてもそのような妖怪に覚えなどない。
「すまんのう、目立つ格好をしておるのならどこかに残っているはずなのじゃが。全く浮かんでこぬ」
「そうかい、いやいや、時間をとらせてごめんよお姉さん。ということはやっぱり、あのとき無理やりにでも起こせばよかったかねぇ……今頃すっ飛ばしてきてるところかな……ありがとう、もうちょっと探してみるよ。せっかくさとり様にお休みもらったのになぁ」
なんじゃ、忙しないやつじゃのぅ。
息を切らせて、また庭の中を走っていってしまった。しかし、仲間を大切にするというのは良い心がけじゃな。好感が持てよう。
その小さな背中にえーるを送り、そろそろ戻ろうかと振り返ってみれば、
「もうすぐ妖怪狐と妖怪狸の真剣勝負が始まります! 皆さん、お見逃しなくっ!」
高揚した天狗の声が頭の上から響いてきた。切りのよいところで制限時間というところかのぅ。良い気分転換になったのじゃて。
静かに立つ好敵手の脇を掠めるほどの距離で通過し、ふんっと鼻を鳴らしてみると、薄目を開けてこちらを睨んできよる。
ほほぅ、そちらも臨戦態勢といったところか。おもしろい。
儂もすぐ横に描かれた円の中に立ち、指で眼鏡の位置を直す。
その視線の先には、広々とした空間とその先に立つ聖殿の姿があって、
今、まさに腕を天高く振り上げるところであった。
「それでは、二ッ岩マミゾウ、八雲藍による真剣勝負を、ここに開幕します!」
沸き起こる歓声、瞬く写真機の光。
期待に胸を膨らませる観客の息を呑む声すら、その耳に届くほど。儂の感覚は鋭敏に研ぎ澄まされておった。
すべてが儂のためにあると錯覚してしまうほどの高揚感をどう抑えられるものぞ。
じゃから儂も、観客と同様に右手を掲げて叫んでやった。
藍の奴は尻尾を揺らしながら、うざったそうにしておったが。どうやらその尻尾が小刻みに震えておるところをみると、満更でもないらしい。
儂も先ほどから武者震いがとまらぬからのぅ。
長く経験せずにいた、化かし合いじゃ。存分に楽しもうではないか。
「勝負方法は、単純明快。紫さん?」
「ええ、こちらですわ」
興奮する儂等の目の前にまた見知らぬ妖怪が聖殿の真横に姿を見せた。空間を開いて上半身だけを晒す妖怪は、両腕を大きく縦に走らせた。
するとどうじゃろうか。
何か重いものが引きずられる音を捉えた瞬間、広場中央にまたしても面妖な空間が開いた。が、女性の妖怪に付属するものと規模が桁違いであった。
何せ、人間が住む平屋をまるごと飲み込んでしまいそうなほどの大きさじゃ。
あやつもこの幻想郷の妖怪の一人なんじゃろうが、なんという馬鹿げた力か。
じゃが、そんな考察をする余裕は一瞬で消え去ってしもうた。
「なっ!?」
地響きが、したからじゃ。
遅れて、すぐ傍で巻き起こる砂埃が視界の半分を埋め尽くした。
儂が深い紫色の隙間と、紫と呼ばれた妖怪に目を奪われていた直後。その空間から儂の背の三倍はあろうかという大岩が二つ、生み出されたのじゃ。初めからそこにあったかのように、そびえ立つ巨石がな。
刹那のうちに儂と藍を影で覆い尽くさんとするほどの物体を移動させるとは……
いや、そもそもこのような巨石で何をさせようというのじゃ。
二ッ岩を名に持つ儂へのあてつけではあるまいな。
しかし周囲のざわつきが収まるのを待つかのように、聖は口を閉ざしたまま。
儂と同様に、藍も眉を潜めて状況を見守り。
立ちこもる砂煙がおおかた消え去ったときじゃった。
聖が再び声を発したのは。
「今、事前に準備しておいた大岩を二つをこの命蓮寺に移動させました。これより、お二方には目の前の大岩を砕いていただきます」
なに? 化かし合いで岩を、砕けじゃと?
「なお、持ち時間は双方30分。順に行動し、半分以上砕いたと判断できる時点で終了とします。その際……、より美しく、観客を魅了し、多くの歓声を浴びた方を勝者とします」
……なんじゃ。そういうことか。
心配して損をしたではないか。
しかし中々面白いことを考え付くものじゃて。
『岩を半分以上砕いたと判断できる時点』
この言葉が、今回のすべてを語っておる。
つまりは、この大岩を破壊する際に、どれほど美しくこの岩を変化させ。観客を楽しませるか。そういった趣向なのじゃろう。
ならば、後は先行と後攻の駆け引きくらいか。
大技で先手を取れば相手へのぷれっしゃぁとなりうるじゃろうし、逆に同等の技術であれば後攻の方が印象付けられる可能性もある。
ん、なんじゃ?
「聖さん、どうやらこちらのマミゾウというタヌキは知恵を回らせるだけで精一杯の様子。私に先行を許してもらえないだろうか」
ほぅ、ほぅほぅ。
そう来たか。
稟とした態度で高らかに宣言する。その容姿と相まって、周囲の観客は一時的におぬしの方へと期待を寄せるであろうな。
しかし、儂が焦って動くとおもったら大間違いじゃ。
「そうか、こらえ性のない狐は先行を所望のようじゃ。では、儂は高みの見物としゃれ込むかのぅ?」
「……先行、八雲藍でかまいませんね」
その言葉は、外の世界で言う。『はぁどるをあげた』ことに他ならぬ。
それだけ期待値を底上げしたのじゃ。
生半可な技術では、周囲も納得せぬであろうて。その反応を見て、儂は作戦を練ることとするよ。九尾殿。
儂は観客のところまで身を引き、藍だけをその場に残す。
すると、儂用の大岩だけが消え、庭の中央には藍ともう一つが存在するのみ。
深呼吸し、肩を大きく上下させる九尾の前。
「はじめっ!!」
聖の鋭い声が、儂等の争いの火蓋を切った。
◇ ◇ ◇
開始と同時に湧き上がっていた歓声はどこへやら。
今は静寂と、誰かが足の裏で玉砂利をこする音だけが場を支配しておる。
それも仕方あるまい。
あれだけ大見得を切った藍が、大岩に右手を触れさせたまま微動だにせぬのじゃから。かれこれもう十数分。
時折動く九本の尻尾だけが、時間の流れを指し示しておるようじゃった。
きっとこの観客たちは、藍が即座に行動し岩を破壊すると想像しておったのじゃろうが、いやいや、化かしあいはそんな単純なものではない。
ああやって、ゆっくりと。
ゆっくりと、じゃ。
自らの望む形で対象を変化させるための妖力を注ぎ込んで。
ひとつの芸術を作り上げる。
それが、今回の勝負なのじゃ。
無粋な濃い灰色の物質を華やかな花に変えて散らしてやるもよし、
はたまた、霞のように消してしまうのもよし。
見上げても足りぬほどの大岩をどれほど見事に飾り、鮮やかに原型を奪うか。そこが勝敗の分かれ目と言い切っても過言ではない。
それ、もうすぐ動くぞ。
儂の予想通り、藍とやらは岩に触れさせておった手を離し、印や言霊で岩を変化させ……
「なんじゃ?」
思わず儂は間抜けな声を出しておった。
それもしょうのないことじゃて。
なにせ、あやつ。変化の術式を使おうとせず、岩の前で腕組みをするばかりなのだから。早くせねば、物体の中の妖力が失われてしまうというに。
それとも、儂が知らぬ秘策でもあるというのじゃろうか……
「むぅ」
と、儂が唸ったときじゃった。
とうとう、藍が動いた。
一度、大岩から距離を取ったかと思うと、勝負条件を定めた聖殿へと顔を向け。
「手や足を使わずに、破壊してもかまいませんね?」
その言葉に、周囲はざわつくが。
儂としては拍子抜けじゃった。
こやつ、まさか……
「ええ、かまいません」
「そうですか、ではっ!」
聖殿の答えを受けた後。軽い屈伸運動をした。
たったそれだけに見えたのに、藍の体は地面から離れ、軽々と宙を舞う。そして空中で、その身を回転させ、何を思ったか破壊対称に背を向けて。
風になびく金色の尾で、大岩の表面をなぞるように着地。
ふわり、と着地の風圧で衣服が浮き上がる中、もう一度体をひねりながら軽く九本の尻尾を岩に当てた。
――だけのように見えるであろうな。人間には。
そして、観客が見守る中。
悠然と開始位置の円まで戻り、右手を袖から出し、すらりと長い指を。
周囲に響くほどの音で鳴らす。
その直後じゃ。
「お、おおおおおおおおおっ!」
驚きの声が、寺を震わせたのは。
何せ尻尾が軽く触れたようにしか、撫でているようにしか見えなかった大岩が、木っ端微塵に弾け飛んだのじゃ。
観察眼がそれほど高くない者にとっては、まさしく驚愕であろう。
そして、
「…………」
身体能力が高く、今の行動が見えたであろう妖獣たちは別の意味で感嘆の声を漏らしておった。
何せ、あやつ。
緩やかに動かす尻尾に混ぜ、数本の尻尾を稲妻のような速さで動かし。
宣言どおり、手や足を使わず打撃によって大岩を破壊して見せた。
妖獣にとって急所にもなりうる尻尾での荒業じゃ。
これ以上のぱほぉーまんすはあるまい。
じゃが――
「とんだ期待はずれじゃな」
化かし合いという勝負だけで見れば、直接砕くなど外法にもほどがある。
華やかさを取って、ぷらいどを捨てたか。愚か者め。
どうやらここは、儂が手本を見せてやる必要がありそうじゃ。
「さて、お次はそちらの番ですが?」
「わかっておるわ。愚か者め」
化かし合いを汚しておいて、よくそんな涼しい顔ができるなといってやりたかったのじゃが、今は言葉で語るより技術で示すべきであろう。
引き下がっていく藍を横目に捉えるだけで終わらせ、儂は堂々と前に出る。
九尾という、名ばかりの狐との勝負を早々に終わらせるために。
儂が開始の円に入ると、再び聖殿がすぅっと息を吸い込み。
「後攻、はじめっ!!」
発せられた鋭い声が、気合を高めてくれおる。
さて、化かし、化かすことに秀でる儂の技術。
とくとその眼に刻み付けるが良いぞ!
そう心の中で叫んだ儂は、大岩に駆け寄るとその両手を大岩へとかざし変化の妖力を――
妖力、を――
……
おや? ん~? むぅ?
こ、こうやって妖力を注ぎ込んで、じゃな。
そぉ~そぉ~ぎぃぃぃ~~こぉぉん~~でぇぇぇ~~~
「はぁ……、ふぅ……、ぅおほんっ、ぉほんっ。
えーっと、聖殿?」
「なんでしょう?」
「この岩、おかしくないかのぅ?」
「いえ、藍さんのも同じ材質のを利用しております。不公平な部分など微塵もございません」
「うむ、それはよいのじゃ。しかし、あれじゃのぅ。少々妖力を通しにくいというか」
「ええ、もちろんです。私もぬえからはっきりと聞きましたから」
儂の心中のざわつき、それを知ってか知らずか。
聖殿はあっさりと、まるで当然のように返してきたのじゃて……
「正式な力比べに、妖力など不要でしょう?」
「……へ?」
何か、いやな予感がする。
聖殿が盛大な勘違いをしているような……
「ぬえは、単なる大岩を準備すればいいと言っていましたが、それでは力勝負にはなりえない。ですから私は霊夢さんの協力の元で、妖力を通しにくいよう岩に加工を施し、勝負に備えたというわけです!」
「えっと、あの、聖殿? キツネとタヌキの力勝負というものはじゃな?」
「さあ、思う存分力を振るってください!」
「うん、じゃ、じゃから聖殿?」
「さあ!」
「……ああ、がんばるとするのじゃて、はは、ははははっ」
やばい、こやつはあれじゃ。
外の世界で言う、体育会系のノリというやつじゃ。
聖殿は『魔法使い』じゃと聞いたのに、なんじゃこのおかしなてんしょんはっ!
「……ははははは、ぬぅぅぅえぇぇぇっ!!」
乾いた笑いをこぼした後で、勝負方法の責任者を探してみるが。
聖殿の後方で手を合わせるばかり。
こ、この、大うつけめぇぇぇ!
はっ、まさか……、勝負前にあやつが伝えようとしておったのはこのことか!
さきほどの九尾も、途中で異常に気づき物理攻撃に切り替えたということ。
はっはっは
なぁ~んじゃ。
それならば簡単ではないか。
儂もこう、自慢の身体能力でこの岩をばばぁーんっとっ。
木っ端微塵に砕いてしまえば――
って、できるかあほぅっ! 儂のあほぅっ!
「落ち着け……、落ち着くのじゃ儂……」
こんな硬そうな岩に手をおもいっきりぶつけようものなら、しばらくは晩酌もできない状況になりかねない。
脚とて同様。
よし、ならば儂もこの大きな尻尾で……ゼッタイ無理!
正式な化かし合いではないにしろ、こんな敗北はあまりにも無様。
タヌキ史上あってはならぬこと。
ならば、どうする。
どうすれば、この場を……
はっ!
岩も壊せず、敗北は濃厚。
そんな儂の目に一枚の葉っぱが飛び込んできおった。
おそらくは庭木から落ちたものじゃろう、そこらかしこに散らばって。
「そうじゃっ! これじゃ!」
儂の頭が、最良の答えを導き出す。
そうと決まれば行動あるのみ、儂は大岩から手を離すと開始位置の円に戻って、その身の周囲に妖力を集め始める。
妖力が通用しない大岩に何をしても無駄。
それは儂も当然わかっておるよ、じゃからこうして周囲の葉っぱに力を伝えることで……
「枯葉を操るは、タヌキ族の専売特許ぞ!」
体の周囲に木の葉の竜巻を作り出す。
観客から声が上がっているところをみると、中々うまくいっておるようじゃな。
姿は見えぬが、音でわかるというものじゃ。
ふむ、姿は見えぬ。
つまり、外からも儂の姿を確認することはできないというわけで。
ここから打つ手は、たった一つ。
そうだ、佐渡へ帰ろう。
木の葉がくれを実行すると同時に、儂の体も枯葉に変化させ、風に乗って優雅に帰郷するのもわるくない。うむ。
ん、誤解してはいかんのじゃ。
これは逃亡ではなく。
化かし合いの勝負の一環。
そう、まともに勝負すると見せかけて、ちょっといなくなってみるとか。
乙女ちっくな画期的ほうほうであって、決して敗走ではないのじゃ。
そうと決まれば即実行じゃて。
葉っぱを高く、もっと高く巻き上げて……
「ぴゃぅっ!?」
ぴゃぅ?
なんじゃ、空から妙な鳴き声が。
鳥か何かが、葉っぱに巻き込まれたのじゃろうか。
「あぅ、何これ、前が見えなっ! お燐~っ!」
いや、妖怪か。
上を見上げると比較的大きめの翼を持った人影が、猛すぴぃどで飛びながら周囲を旋回。どうやら顔に大き目の葉が張り付いてしまったようじゃな、随分難儀しておるようで――
「おり――、うにゅぅぅぅぅ~~~」
あ、落ちた。
おもいっきり旋回したせいか、速度を上げて斜め下へ急降下。
木の葉がくれを解いて、落下地点をあわてて探れば、まだ立派に存在感を放つ岩がそそり立っているわけで。
「あ……、これは、まずいかいのぅ……」
迫る岩、流星となる妖怪。
その距離は、あっという間に縮まっていき。
ついには、
「お、おおおおおおおっ!?」
観客の驚きの声と同時に、岩と正面衝突し。
それだけにとどまらず、あっさりと砕いてしまったのじゃ。
んー、あれじゃな、岩はくだけたことに違いはないのであるが。
別な意味で逃げたほうが良いのではなかろうか。
ほら、なんだか周囲も妙にざわついておるし、岩に突っ込んだ妖怪も、上半身を土の中に埋めたまま大変な状態になっておるし。
いや、しかし一人の妖怪が傷ついたのは儂の気の迷いによるものじゃし。
ここは一つ、死んだつもりで頭を下げるしかあるまいな。
「お空~、お空~~っ!」
その知り合いじゃろうか。
人ごみから飛び出したあの妖怪は、間違いない。あのときの化け猫か。
く、やはり儂は……
とんでもないことをしでかしてしまったよう……
ずぽっ
「へ?」
あっさりと自分で土の中から這い出して見えるのは、気のせいじゃろうか。
「あ、お燐~。命蓮寺って、ここ?」
「もう、遅刻するなんて駄目じゃないかお空! もう勝負終わっちゃったよ! っていうか、お空のせいでっ」
まて、マテマテマテ!
あの角度、あの速度で、どうして平然としておるのだこやつは!
物理攻撃に強い妖怪であっても、十分行動不能に陥るだけの衝突だったはずじゃ!
「あー、おぬし、どこか痛いところはあるか?」
「ふふん、ないよ! 私強いもん!」
「まあ、小型太陽の中央でも無事なやつだからね……お空は……、あ、もしかしてお姉さん! お空が遅刻してくることと、体の丈夫さも計算に入れて、あの木の葉の竜巻を作ったっていうのかい!」
「あー、いやぁ、そういう……」
「すごいねぇ! さすがタヌキの妖怪だよ! 偶然まで利用するなんて!」
あー、これは、一体……
どういう状況なんじゃろうなぁ。
とか、考えておると、何やら藍が重い表情で近寄ってくるし。
「まさか、あのような手があるとは……、私もまだ青い」
「うん?」
「化かし合いでは、周囲の状況確認が何よりも大切だというのに、私はそれを怠り。自分の肉体以外で大岩を破壊するなどという手段を考え付くことができなかった。最後まで化かしに拘ったあなたの精神こそ素晴らしい。今回は私の完敗だよ」
それだけいい終えると、なんか清々しい顔で手とか出してくるのじゃが。
うん、握手というのはわかる。
わかるが……
やはり勝負事だ、ここは正直に答えるべきじゃな。うむ。
「藍、いや、藍殿。この勝負、儂の負けじゃ。勝負の条件は、己の力で岩を砕くことにあったからのぅ。もしそれでも負い目を感じるのであれば、勝負は儂の勝ち、試合はおぬしの勝ち、ということにしておいてくれんかいのぅ?」
「マミゾウ……」
なんか、ものすっごい力で両手握られてしもうた。
観客はなんか、拍手なんかしておるし。
聖などは、瞳を潤ませておるし。
ぅおっほん、ぉほん。
とりあえず手も痛いが、
なんだか胸のあたりがものすごく痛むのじゃが……
まあ、九尾を軽くあしらった事でしばらくは平穏な日々がやってくるじゃろうし。
これはこれで、よしとするかのぅ!
「ねぇ? マミゾウおばあちゃん、今度は鬼が是非勝負したいって、きてるんだけど?」
後日、全力で佐渡へ変える準備をしたのは言うまでもない。
聖も藍も、ついでに空と燐もあれで素なんだろうなぁと。
ただ、聖はもう少し頭を使っても良かった気がする。この脳筋魔法使いめー。
帰る?
大変だなぁ…w
おばあちゃんたら…w
素敵なバカ試合、いや化かし合いを楽しませていただきました!
そうだろ、ばあちゃん!
孫娘なぬえちゃんも可愛い
間の脳筋天然さんのひじりんも可愛い
藍もお空もみんな可愛い
可愛さを引き立てるテンポの良さが良いです いやぁ和んで笑えた 面白かったです!
「何を出しても」?
マミゾウおばあちゃんマジかわいい
みんな、見てくれよな!
見事な(・3・)あるぇー?展開でしたw
マミゾウは搦め手が得意そうだけど肝心なところで失敗するイメージがw
うん、やっぱりマミぬえはおばあちゃんと孫にしか見えぬぇ。
とても楽しかったですwww
荒事や 佐渡へ帰さぬ 幻想郷
お粗末でした
佐渡へ帰ろう、の一言がツボにはまりました