居間に行くと、ぬえがちゃぶ台に突っ伏していた。苦しそうに顔をしかめている。
珍しいこともあるものである。
ちょっとだけ心配だった。
「どしたのぬえ」と私は聞いた。
「だるい」
「初潮?」
「……」
私は思ったことを素直に言うのが一番だと思っている。
すると殴られた。
「さすがに随分前に来てるわ!」
その怒りかたもどうかと思ったが黙っておいた。
本当は元気なんじゃないの、と思わないこともなかったけれど。一応心配なので私は「ちょっとこっち見て」と促し、ぬえの熱を測ってみた。測り方は至って簡単、おでこにおでこをくっつけるだけである。
「っ、な、何すんの」
ぬえは、それになぜだか抵抗して暴れだした。なので私は、無理やり押さえつけた。
「大人しくして、熱測る」
「ね、熱―――! わざわざそんな測り方しなくていいでしょ……」
「体温計どっかいったんだもん」
我が家は健康な方々ばかりなので、そんなものの在り処なんて誰も憶えていない。
あんまり暴れるものだから、私はぬえの背中に両腕を回して、がっちりホールドした。すると大人しくなった。
言わんこっちゃない、疲れたのだろう。体調が悪いなら黙っていればいいのに。
「……うーん。確かに、けっこうあるかも。今日は家事当番休んで、安静にしてなよ」
身体を離して、告げた。顔を見ると少し赤い。妖怪には珍しいけど、風邪だろうか。
「ふんだ。家事なんていつもしてねーし」
「ああそうだったね。そこ自慢げに言うことではないけど」
「船幽霊さえやってないムラサに言われたくないね」
「……それは言わないでよ」
そこを突かれると結構へこむ。ぬえが私に文句を言うと必ず出てくる、私の負い目だった。
「やいヒキニート」
結構へこむ……。
しかしこうなったぬえは加減というものを知らない。指を差して私のことを笑い出す。
うう、悔しい。今日は私が優勢だと思ったのに。
「主婦だから。ニートじゃないから」
「主婦? 誰の」
「え? う……? 寺、の……?」
「ぶっ。何あんた寺と結婚すんの」
結局大人しかったのは少しの間だけで、ぬえは風邪なんかものともしないふうに、普段と同じくゲラゲラ笑った。うざい。心配して損したかもしれない。
私とぬえはよくこうして、ちょっとしたことから煽り合いになって、口喧嘩になって、ひどいときには殴り合いになる。ほとんどは誰かが調停するまでもなく、すぐに終わるのだけど。ちなみに私は口喧嘩の段階で勝ったことがない。
「元は自分の船だからいいんだよ。恋人みたいなもんだからね、ちくしょう」
私はこの寺と添い遂げる覚悟なのだ、とでも言えば大人しくなるかと思ったけれど、ぬえは全然動じなかった。
「そうか。恋人を解体したり改造したりしてしまったわけだ」
「う」
そ、それは、資金が足りなかったのだから仕方ない。貧乏は罪なのだ。
だけどもこうはっきり言われてしまうと、なんだか申し訳ない気持ちになってしまうのだった。ぬえの思う壺である。
寺が、復讐を胸に誓ううちにいつしか地球を守るヒーローになったりするかもしれないと思うと気が気でない。私はショッカーじゃないし、それ以前に般若の面ライダーなんて絵的に最悪だ。
……って、そんなことはどうでもいい。あ、やっぱりあまりよくないけど、ぬえの風邪のほうが優先事項だ。からかわれている場合ではない。
風邪の看病がどうとかって言ってただけなのに、なんで私は罵られているのか。
「……そ、それより寝てなくて大丈夫? おふとん敷くよ?」
「ん。そこまでしてくれなくて結構よ。辛くなったら勝手に寝るし」
せめてもの優しさがやんわり断られてしまった。
悔しかった。さんざんバカにされて、なおかつ好意も受け取ってもらえないなんて。私だって一応、仏門に入った妖怪の端くれ。こうなってくると、どうにかして役に立つところを見せたくなってくるのだった。
「そだ。もうすぐお昼だけど、食欲は?」
「あんまりない」
「じゃあお粥にしようか」
「いらない」
「お粥にネギ入れたほうがいいかな」
「聞けよ」
「聞かないね、嫌だって言ってもどうせ必要になるんだから。あ、置き薬あったな。食後になんか飲んどこうか。今のうちに氷買ってきたほうがいいかな。あ、その前に濡れタオルでも……」
「ちょっとムラサ」
予定を練っていると怒られた。
「なんだよ」
「大したことないし、看病なんかいらない。もう寝る」
そう言ってぬえはそそくさと部屋を出ていった。足取りは、そこまでふらついてもいなかった。
しょんぼりである。病人相手に大敗だ。心配しながら煽るのは難しい。
多少の下心はあったものの、看病したかったのは本当だったのに。いらないとはっきり言われると寂しいものである。
それでも、心配はやめなかった。ぬえの言うことだから、強がりなのかもしれないし。私がいくら言ったところで、あいつなら倒れるまで意地を張って、看病を拒みそうなものだ。
本当に大したことがなければいいが、もし万が一があったら困るのはぬえだ。そうなる前に手を尽くしてみたかった。
……それに、一応、謝りたいし。
料理ができなさそうとよく言われる私だけど、お粥一杯作るぐらい訳ない。今日のお昼当番だった一輪の横にお邪魔して、お粥を炊いた。ぬえは野菜がだいたい全部苦手であることを、一輪に指摘されて思い出したので、ネギを入れるのはやめて卵だけにした。
あいつは食べ物だけでなく、色んなことに対して好き嫌いが激しい。野菜が嫌いでお肉が好き。魔法が嫌いで幻術が好き。退屈が嫌いで変化が好き。白が嫌いで黒が好き。着飾っている人が嫌いでラフな格好をしている人が好き。
もしかしたら、楽しそうにしている私が嫌いなのかもしれない。じゃあ、何をしている私なら好きになってくれるだろう。
ぬえのいるだろう寝室に、おかゆと箸と水だけ載せたお盆を運んだ。挨拶もなく襖を開けて見ると、彼女は布団も敷かず、窓から顔を出して突っ伏していた。
振り向きもしない。仕方ないから、私は「お粥できたよ」と一言言って、何もない畳の上にお盆を置いた。
返事がない。
まだ怒っているのだろうか。
「あの、ぬえ。さっきはごめん、ね……?」
納得はいかないけれど、いかないなりに謝った。けれどそれでも反応がないから、私は傍まで寄って肩を叩いた。するとぬえの身体は、窓から力なくずり落ちて―――
そのままずるりと、床に転がった。
ぬえの荒い寝息だけが聞こえる部屋。一輪は毛布をまくって、ぬえの脇からちょっと埃っぽい体温計を抜き取り、「九度五分」と呟いた。
そんなにあるのは想像の外だった。
意外におでこで熱は測れないものらしい。私の低い体温では、相手の微熱と高熱の違いが分からないらしい。
不覚すぎる。
どんどん申し訳なくなってくる。
だけど、そんな熱を隠そうとしたぬえもぬえだ。言わんこっちゃない。気を失うぐらいの無理をして……そんなに私の看病が嫌なのか。
羽の付け根が痛むから、ぬえは仰向けに寝ることができない。普段はいいだろうが、こんなときは苦しそうだ。マイペースな私は、妊娠したときはどうするんだろうと余計なことを思った。
そもそもこの正体不明は妊娠できるのか? できるとしたら何と交配できるんだろう。人間ともできる? 妖怪同士だけ? それとも同じ正体不明同士じゃないとダメだったりして。
船幽霊とはどうだろう、と一瞬だけ変な想像をして、そこでようやくはっとなった。いや、そんなことを考えている場合じゃないだろ、私。思考があらぬ方向へふっ飛んでいる。
「そんなに落ち込まないで。みつのせいじゃないよ」
一輪に告げられた言葉の意味が、すぐにはわからなかった。何も言い返せないでいたら、彼女は優しく笑って「それなら、後は貴方が看病しなさい」と言った。そして私の返事を待たず、静かに部屋を出た。
……???
何を察してくれたのかがよく分からなかったけど、ともかく私はぬえのいる寝室に取り残された。一輪はいつも気を利かせすぎだと思う。今のは完全に先走りにしか見えない。
だけど好都合だ。一輪のお墨つきとあらばぬえも文句は言えないだろう。心が張り切りだすけれど、それを顔に出さないように我慢する。私が楽しそうにしていると、ぬえをまた怒らせてしまうかもしれないから。
手元にあるのは水の入った桶と、タオルが何枚か。後はぬえがいつ起きても食べられるように、笹の葉にくるんだ小さいおにぎりと、飲める水の入った小瓶がある。さっきのお粥は、無駄になってしまった。仕方がないから食いしんぼうな寅に食べさせた。喜んでいた。
部屋を見渡すと、いつしか、窓から夕暮れの日差しが差し込んでいた。病人に暑苦しそうだけど、カーテンなんて洒落たものがあるわけでもなかった。
かつて住んでいた地底に太陽はないから、ひょっとしたら、慣れないぬえにはこの日差しがかなりの負担かもしれない。
何か遮るものがないかな、と辺りを見回す。脚を畳める便利なちゃぶ台が壁に立てかけてあったので、私はそれを窓際まで連れて行ってみた。
丸いちゃぶ台を病人の横でごろごろ転がす私。端から見たら凄く不審だと思う。
窓がちょっとだけ隠れて、入り込む日差しの量は少なくなった。だけど高さが足りていなくて、窓は下半分も隠れなかった。ぬえに差す光もちょうど半分だけしか減っていない。
あーせめて。
せめてぬえが、布団ごともう少し窓に寄ってくれたら、日陰にすっぽり納まるのに。
それがやたら悔しかった私は、悪いと思いつつも今度はぬえの寝ている布団をそーっと引っ張ることにした。
起こさないように慎重に。幸い、ちょうど畳の目の流れに沿って動かせるので、布団は思ったよりすんなり滑ってくれる。
ちょっとづつ、ちょっとづつ。
なのに、あと二、三寸ぐらいで布団が全部日陰に行く……と言ったところで手が滑って、ぬえを起こしてしまった。
あからさまにだるそうな彼女と視線が合う。
「あ、お、起こしちゃったかな」
私は妙な行動をごまかすのと悪びれるのの、半々ぐらいの言い方をした。
「……何してんの」
苦しそうなかすれ声だったけど、起き抜けの割に、ぬえの頭はちゃんと働いているらしい。ごまかしきれなさそうだった。
いや、変なことをしているとは薄々思っていても、一応善意からの行動だったのでごまかす必要もないのだが。
「えとその、畳の状態を確認しようと思って」
「ああ……?」
我ながら意味不明である。素直に親切心というのが恥ずかしかっただけなのだが。そもそも、ぬえに親切にしようなんて思ったのが珍しい。
相手が病気となると、そうなるものなのだろうか。
「お前は訳のわからん奴だなぁ」
「……正体不明にだけは言われたくなかったよ」
ともかく、若干布団の端がまだ日に当たっているけども、ぬえを日陰に持っていくことには成功したからよしとする。
どうせ相手はぬえだが、私は鬼ではないので任された看病は一応こなす。水枕を替えてやりながら、「気分どう? 辛い?」と聞いてみた。
「面倒くさい」とぬえは答えた。
「え」
「何をするのも面倒くさい」
「それ、いつもどおりじゃん」
病人のくせに、庇護欲のひとつもそそらない言い方だった。こんなことを言うときだけ声がはっきりしている。素直に辛いといえば済む話なのに。
もっとも、彼女があまのじゃくなのは今に始まったことじゃないから、私も看病をやめてやるほど怒っているわけではない。ただちょっと悔しいだけだ。
「この瓶、飲水ね。笹におにぎり包んでるから、好きなとき食べていいよ」
「ん」
ぬえは返事なのか何なのかわからない声を出して、うつ伏せのまま首だけそっぽを向いた。了解なのか、拒絶なのかもはっきりしない。
いつものことだけど、本当に、全く、可愛げがない。
病気のときぐらい、少しは頼りにするそぶりをしたっていいじゃないか。
私たちはそれからしばらくまともに会話をすることはなく、ただその場にいた。看病といっても、ぬえが求めてくれないなら、することなんて何もない。いっそ一人で寝かせたほうがいいかなと思うけど、それでは私の気が済まなかった。
何かできることを探した。手元のタオルに目をやって、ああこれで汗でも拭いてやれるなと思った。早速タオルを水桶に浸して、適当に絞った―――ところで少し冷静になった。
私は今何をしようと思った。
高熱と日射で汗ばんだぬえの身体を拭こうと思ったのだ。
それって、……だめじゃない?
顔とか首元とか腕とかだけならいいかもしれないけど、これだけ熱があると、その、全身汗だくだろうし。私だってそれくらい想像できる。
そうすると全身拭かないとあんまり意味がないし、じゃあ私はぬえに「貴方の身体じゅう全部拭かせてくださいっ!」とお願いしないといけない。それは無理だ。
キレられそうだ。
この高熱のときにキレたら命に関わる気もするから余計無理だ。
とりあえず既に絞ってしまったタオルは、そっぽを向いたままのぬえに差し出す。せっかく絞ったから使わないのも勿体ない。
「これで身体拭きなよ。汗、掻いたでしょ」
自分で拭くよう促すだけなら、文句もないに違いなかった。
「……」
ぬえがのそっと振り返って、タオルを見て、私を見た。その仕草に、なぜだか私は少し緊張した。ひょっとしたら、これすら受け取ってくれない危惧を抱いた。彼女がこのタオルを受け取るか否かで、私の気持ちは大きく変わるだろうと思った。
「いらない」
ぬえの手は伸びなかった。普段ならなんてことない一言だったけど、私はそれになんだかすごく落胆して、タオルを置いたのだか置いてないのだか、意識もできなくなった。
私は自分が全く頼りにされていないことに気づいた。こんな熱があってなお、ぬえに差し出した手を拒まれたような、そんな気がした。
「私、今、動く気が……」
ああ、そうかと私は思った。
苦しそうな声は、小さくてそれ以上聞き取れなかったけど、言いたいことは伝わった。高熱を出した状態で、わざわざ起き上がって、服を脱いで体を拭くなんて大変だというのだろう。彼女はまたそっぽを向いてしまった。
言われてみれば当たり前だった。私って、どれだけ想像力がないのだろう。自分のことで精一杯で、これでは看病どころじゃないではないか。ははは、そうだよね、なんて乾いた笑いでごまかしたけど、正直、落ち込んでいた。
せっかく看病を任されたというのに、やることなすこと、裏目に出る。もしかして、私が拭いてあげると言ったほうがまだよかっただろうかと考えて、いや、それでも結果は同じだと思った。
ぬえが弱っている今ですら怒らせるなら、そりゃ普段仲よくなんてできっこない訳だ。悲しくなる。私だって……私だってぬえと仲よくしたい気持ちぐらい、あるのに。
丸い文字で"船長室"と書かれたプラカードの下げられたドアをくぐる。背筋が伸びなくて、端から見たらいかにも無気力な姿だろうと思う。
「ニートかぁ」
外の世界では、勤勉さに欠けた者をそんなふうに呼ぶのだと、どこぞの巫女が自信たっぷりに吹聴していたことがある。それを聞いてからというもの、ぬえは私を事あるごとにニート呼ばわりするようになった。
勤勉さに欠けているのはお互い様だと言い争ったこともあるが、結論としては、だめな奴同士で上か下か争っても意味がなかった。
私はもっと精進して、仲間の役に立ちたいのだ。そのためだから、大事な船をお寺に変えてしまうことだって許せた。舟幽霊が寺幽霊か何かになったって、それで聖や一輪や星が喜ぶならそれでいいし、皆が幻想郷に住むのがいいというなら、私は二度と海が見られなくたって構わない。今の私は何もしていない、何の妖怪かもわからないようになってしまったけど、それでも後悔だけはしていない。
ぬえはその決意を全否定するかのように、私を拒絶するのである。さすがにへこむ。
そりゃ、言うほど役立ってはいないけれど……。
ベッドに仰向けになって横たわる。天井の木目をぼんやり見ながら、あいつは私が嫌いなんだろうかと考えた。そんな自問、答なんか出るはずがないのはわかっているけど、一度不安になると気になって仕方がなかった。
ぬえは特に、好き嫌いが激しいから、怖い。
ぬえだって今はもう家族だ。嫌われるのは悲しいことだ。
ぬえのために何かしたい。「ありがとう」って言われたい。
それが叶わない自分の力量のなさが悔しい。
はぁ、と溜息を吐いた。
自分が無神経すぎるらしいことは自覚している。察しは悪いし、発想も貧困だからストレートにしか喋れないし、計算謀略なんてもってのほかだし、聖の説法だって、まだあまりわからない……。要するにバカだから、人の気持ちがろくにわかっていないんだと思う。
聖には「それでいいのよ」と諭してもらったことがあるけど、私にはどうしてもこれがいいなんて思えなかった。
こんなだから、ぬえを怒らせてばかりなんだろう。
今まで親しいなりのからかい合いだと思い込んできたけど、もしかしたら本当に、ずっと嫌われていたのではないかと、思ってしまう。
「……はぁ」
悪いほう悪いほうに考えてしまうのは憂鬱になっている証拠だ。いいことなんてひとつもないから、こんな日は早く寝てしまったほうがいいのだけれど。
まだ日も完全に沈まない時間だから、それはそれでどうかと思う。
私は何もせず、しばらくぐだぐだ過ごした。
そのうちに晩ごはんに呼ばれた。食卓に行く途中でぬえのことをちょっと気にかけて、こっそり襖を開けて覗いてみた。
ぬえは、さっき別れたときと全然変わらない姿勢で寝ていた。相変わらずうつ伏せのまま、頭だけそっぽを向いている。だけど水とおにぎりは減っていた。
食べてくれたんだ。
ちょっとだけ気持ちが和らいだ。
「寝ちゃったかな」と、私は小声で言った。
返事はなかった。本当に寝ているのだと思いたい。
そっと襖を閉めて、食卓に向かった。気分を変えるために、いっぱい食べるのがいいと思った。
夕食を食べながら、一輪と少し雑談をした。最近、人里の外れに"えいがかん"なるものができたらしい。"えいが"という動く写真みたいなものが見られる場所なんだという。
突然現れたものだから、最初は博麗の巫女が駆りだされたり色々あったとか。けれど調べてみると無害そうとのことで、とりあえず有効利用することになったらしい。試しに四日前、初公演を行ってみると、その摩訶不思議な光景が里の人間を中心に大反響を喫したそうである。
「大魔神マジ超ヤバイ、って巫女が言ってた」
と、一輪が言う。
「三日後にまた公演があるらしいから、ぬえと一緒に行ってみたらどう?」
提案されて、私はしどろもどろになった。
「……ぬえと? なんで」
「うん? なんで、ってわけじゃないけど。仲いいんだから、いいじゃない」
不思議なことを言うものだった。一輪は頭がよすぎて、私には思考が追いつかない。私とぬえの仲がいいなんて、おかしい。いつだって喧嘩ばかりしているのに。
世にも奇妙な動く写真。どんな妖怪が宿っているのだろう。気にはなるけれど、私が誘ったところで、ぬえが一緒に遊びに行ってくれるとは思えなかった。
「ただの風邪なら、三日もすれば治るでしょ」
念を押す一輪の言葉に、生返事をして会話を終えた。色んな言葉ごと、ごはんを飲み込んだ。
桶の水を交換しに、一度寝室へ戻る。未だそっぽを向き続けるぬえに「水、取り替えるね」と言って、桶と小瓶だけ持って井戸まで行った。道中、難しいことは何も考えなかった。ただ待たせたら悪いという気持ちから、自分で自分を急かした。あとは、井戸水を汲むときにちらっと、ダメ元でぬえを"えいが"に誘ってみようか、どうしようかなあ、と思ったぐらいだった。
寝室に戻ってきた私を待ち受けていたのは、布団の上に起き上がってじっとこちらを見ているぬえだった。急だったから、襖を開けた瞬間少し驚いた。
よく思い出してみれば、ときどきぬえがやっている顔だった。今みたいに、彼女は無表情でじっと私の顔を見ることがある。いつもなら目が合えばやめるのだが、今日はそうしない。
不思議に思ったが、あまり詮索はしたくない。また余計なことを言って怒らせそうだからだ。
「ついでに飲水も淹れといたよ」
私は桶を置いて、ついでに水を入れ直した小瓶も差し出した。ぬえは赤い顔のまま、ゆっくり小瓶を手に取って水を飲んだ。まだぼうっとしているのかもしれなかった。
こくこくとゆっくり喉が鳴り、水は時間をかけてなくなっていった。相当喉が乾いていたらしい。
「まだ汲んでこようか?」と私が尋ねると、
「もういい。それより、」と彼女が答える。
その瞳が、すがるように私の目を見上げた。
「暑くて汗がひどいの」
目つきの割に、言葉はやけにぶっきらぼうに放たれた。そんな暴投が心にデッドボールをして、
「……うん?」
私は訳がわからなくなった。たった一言で、"えいが"に誘おうとしたことだってすっかり忘れてしまった。
突き出された濡れタオルを、どうすればいいのかさえわからない。
いや……だって、だめじゃない?
おかしくない?
私はぬえが言ったことの意味を、足りない頭をフル回転させてもう一度よく考える。
―――えっと。えっと、そうだ彼女は濡れタオルを差し出しながら汗がひどいと言ったのが事実と私は認識しているこれを差し出すということは私が受け取ることを想定しているはずでわざわざ差し出すからにはそれを使用してほしいないし使用するべきだという意思表示となりうるわけでまさかタオルを差し出してそれを放置しろなどという意思表示にはこの場合不自然であるとすればまた汗がひどいという愚痴じみたセリフをわざわざ私に告げるという行為も同時に勘案するにあたり二つの命題を結ぶ論理として最も単純な解釈は汗をこのタオルでどうにかしろという依頼ないし命令と解することと思われるそのため私は次の行動として彼女の身体に張り付いた汗をこのタオルを使用することで拭うことが求められているのだと推測できるのだがその行為はこれまでの会話を振り返ってみると不適切もとい不自然なところが多いなぜなら彼女は私のことが全然好きじゃない可能性が高いのにも拘らずわざわざ肌を晒してまで私に親密な―――
ああいやだめだ、自分で意味がわからない。落ち着こう。えっと。その。つまり。
わたし、あせふく。
ぬえ、あせふかれる。
そのため、わたし、ぬえぬがす。
わたし、べたべたさわる(おそらく)。
ぬえ、それ、さっきいやがった。
……はずなのに、今になって求めてくる?
うん。
こういうことだろう。
けれどわからないのは、どうしてぬえがそんなことを頼んだのかだ。だって、ついさっき、私はぬえをその話で怒らせたばかりだ。さっきまでのぬえだったら、私なんかにお世話されるのは絶対に嫌がっていたはずで。
なのに。
私がまごまごしていると、ぬえはまた目つきを悪くして、「わかんない?」と言った。
短い言葉に、心が見透かされているような気がした。私はもう混乱を止めきれない。なおもまごついていると、彼女はタオルを無理やり手渡して、さらにこう言った。
「脱がして」
それだめじゃない!?
と、思わず叫びそうになったけど声が出なかった。代わりとばかりになぜか胸の鼓動がバクバクと自己主張をし始める。
そりゃ、汗は全身掻くもので、高熱とあらばお風呂に入るわけにもいかないし、拭くとしても自分で全身拭けるわけじゃないし、誰かが拭いてあげないといけないのはわかる。
けれどなんで私に。本当になんで? だって私じゃなくてもいいはずで、私なんかよりもっと器用な者もいるしもっと気が利く者もいるし、もっと好きな人だっているだろうに。どうして私に。どうして。
「あ、あの、ぬぬぬぬぬえ、わたし、そんな、あの、」
言葉はおぼつかなくなり、ぬえの顔は見られない。私まで高熱を出したかのように身体じゅう熱くなって、意識がどこかへ飛んでしまいそうになる。
「はやく」
「は、……はい」
頼んでいるのはぬえなのに、なぜか私が怒られる。とりあえず傍まで寄って、……気づく。ぬえがいつもの黒い服のままだった。
そういえば、急に倒れたから慌てて気づきもしなかったが、私も一輪も、寝かせるだけで一度も着替えさせていないのだ。丈が短いとはいえ窮屈だったに違いない。暑い日差しのなか、悪いことをしたかもしれない。
黙って脱がしたら、それはそれで怒りそうだけど。
ぬえは本当、すぐ怒る。
とても気難しい。どうしても彼女の考えていることがわからない。何が楽しくて何が嫌なのか、未だに。私に世話をされるのが嫌なんじゃなかったのだろうか。だとしたら、私の何が彼女を怒らせるのかますますわからないし、なんで今は気を許すようなことを言うのかなんて、もっとわからない。
もたもたしながらも、私は意を決してぬえの目の前に座った。首元のリボンを見つめる間、ぬえは、じっと私を見ていた。なんだか妙な気分になるから、できればやめてほしかった。
「あの、」と私は手を止めて言った。
「何」
「いいの……?」
私にはどうしても自信が持てなかった。
「いいから言ってるんだよ。わかれよ」
ぬえはまた声を荒らげた。だけど一度荒らげただけで、また大人しくうずくまった。
「そ、そっか」
唇を強く結ぶ。理由はともかく、私はまだ役立てるらしいことを、ようやく理解する。けれどさっきまで強く願っていたことが、訳もわからないままあっさりと叶ってしまったから、却ってどうしていいかわからない。
ドキドキする心を止めることもできないまま、一旦タオルを畳に置き、なぜか正座をしてから、ぬえの胸元のリボンを引っ張った。それは容易くほどけてしまい、服の隙間から、彼女の鎖骨の辺りが少しさらけ出された。
なんだか変な気分だった。私が緊張しているのは、きっとぬえの心を必死で探ろうとしているからだ。ここで落胆させてしまったら、もう二度と口を聞いてもらえないような気がした。
裾の短いワンピース。四つあるボタンを、上から順に外していく。手が震えるせいでうまくできずに、もたついた。ぬえをこれ以上困らせまいと焦ると、余計にうまくいかない。何とかボタンを全て外すと、ちらっと下着が見えた。ドキッとして、一瞬、無意識に目をつむった。余計なことを考えそうになって慌てて、その前にと腰の辺りから服を掴んで、一気にまくり上げた。
「んっ」
勝手に万歳の格好になったぬえの腕から、ワンピースを引っ張り上げる。肘の辺りで汗に貼りついて、ちょっと取りにくかった。そのまま羽まで通して、服は完全に私の手元に渡った。
ああ、暑い。なぜか私まで汗ばんでくる。しかしそんなことを意識する以前に、ぬえの下着姿が気になって仕方がない。淡いピンクを基調にしつつ、黒い紐をレースであしらったランジェリーだった。
妙なところでおしゃれしていると思った。
下着姿に対してだけこんなことを考えるのもどうかと思うけど、すごく、可愛かった。思わず、息を飲む。火照って赤みがかった肌が、余計に変な演出をする。
いや、……いや。冷静にならなければ。私は看病をしているだけなのだ。緊張しているから、訳のわからないことを意識してしまった。いくらなんでも、病人相手にここまでおっかなびっくりしていたら、ますます嫌われてしまいそうだ。
私はぬえに嫌われたくないんだ。
手元の服を置いてある濡れタオルと交換し、気を利かせたつもりで彼女の後ろに回る。
「じゃ、じゃあ、その、いきます」
「何その宣言」
「……さわらせてもらいます」
「変態だ」
「違う」
私はやっぱり正座しながら、ぬえの首筋からタオルを当てた。直後、彼女は「ひやっ」と甲高い声を出しながら身体をくねらせた。
「ご、ごめん、冷たかった?」
不覚にも、ちょっと可愛いと思ったのは秘密だ。
「……平気。びっくりしただけ」
四十度近い熱のある身体には、井戸水の冷たさは負担になるかもしれない。
それにこの作業、色んな意味で私の神経にもかなりの負担である気がするので、早く終わらせてしまおう。
今度はなるべくそっと、タオルを首筋に当てる。ぬえは少しだけぴくっとしたけれど、もうさっきみたいに驚きはしない。そのまま力を加えずに、首元から肩、鎖骨のくぼみは少し丹念に、それから両の二の腕、腋、そして肘から指先まで軽く拭いてあげた。ぬえはされるがまま、大人しく私の仕事を見ていた。
次は背中。ブラのホックに引っ掛けないように気をつけながら、丁寧に拭いていく。ぬえが少し背中を丸めてくれると、やりやすくなった。
不意に、「ムラサ」と、彼女が呼んだ。
「なに」
「外していいよ」
手が止まった。
「……何を?」
いくらなんでも、この私ですらわかりきっているけど、そう思うより先に口が動いた。
「言わせんの」
ぬえの声は笑みを含んでいた。まるで馬鹿にしたように、鼻にかけた笑みだ。
いつもしている、あの笑みだ。
「言わなきゃわかんないもん」
「へえ」
私は敢えてとぼけた。唐突に身体を委ねてくるぬえに対して、漠然とした不安を覚えたのだ。
腋の下辺りを吹いたあと、彼女の正面に戻って細長い脚を拭く。ふとももから、膝の裏を通ってふくらはぎ、そして足首、くるぶし、足の甲、裏、あとは指の間をひとつづつ。できる限り黙々とやった。ぬえもあれきり黙った。
ひととおり綺麗にしたら、私は一度タオルを水桶で洗った。自慢の腕力で強めに絞ってから、それをぬえに手渡した。
ぬえは少し躊躇ってから、それを受け取った。そして、当たり前のように自分のブラを外しだした。
「―――――っ」
思わず視線を外した。鼓動がさらに大きくなって、身体がさらに熱くなっていくのがわかる。
み、み、見ちゃったじゃないか。落ち着け私、落ち着くんだ……。
そもそも、なんでこんなに、意識しているのだろう。
別に、ぬえの裸を見るのは初めてではない。一緒に暮らしていれば、たまに、何かの拍子に見てしまうことぐらいある。だけどそんなこと、前までは全然気にしなかったのに。今の私は、明らかにおかしい。
私はいつの間にか立ち上がっていて、ぬえに背中を見せながらそわそわしていた。
見ちゃいけないと思って目を逸らしていたら、今度は耳が勝手に全力を出して、色んな音を拾ってしまう。背後から衣擦れの音が聞こえたり、部屋の外からかすかに、聖と星が何か話している声が聞こえたりした。おかげで私の心はもう、煩悩でめちゃくちゃだ。
「ムラサ」
衣擦れの音が止んで、代わりにぬえの声がした。頭から空中にふらふら飛んでいきそうになっていた意識が、すごい勢いで戻ってきた。
「な、何かな」
私はなるべく力を抜いて、何でもないふりをしたつもりで答えた。
「タンスから服、取ってよ」
「ふえっ?」
だけどぬえがそんなことを言うから、またすぐに肩が上がった。こんなお願い、今の私にとっては無茶振りに近かった。
タンスはこの部屋にあるが、病気のぬえが取りに行くには半端に長い距離がある。自分でやれとはちょっと言いにくい。
だけど私は、この状態で、ぬえのタンスを開けたくはなかった。なんというか、タンスを開けて下着が見えた瞬間、鼻血を噴射して死にそうな気がする。
幽霊が本当に鼻血を噴けるのかは、自分でも知らないけれど。
もう一度死ぬことがあるのかも知らないけれど。
私はだいぶ躊躇ったが、ぬえの姿を見ないようにしながら、意を決してタンスを前にした。気合を入れて、上の段から順に開けていく。
不思議な気分。なんだか自分が、男の子になったみたいだと思った。男の子はなんでか、女の子の身体とか下着とか、すごく気にするから。今ならその気持ちがわかる気がした。きっと今の私みたいに、気にしたくなくても気にしてしまうのだ。
だけど私が一番気にしているのは下着でも裸でもなくて、きっとぬえ自身のことだった。思えば、今日はずっとぬえのことしか考えていないのだ。ぬえが好きなもの、嫌いなもの、欲しいもの、いらないもの、色々考えたけど、結論は出なかった。
もっとも、よく思い出してみると、そもそもぬえは訳のわからないところがウリの妖怪なのだから、訳がわからないのは当然なんじゃないかとも思う。だけど何もかも全く理解できないという訳でもないのがまた困る。まるで秋の空だ。私はそんなぬえのことをずっと考えて、気にしていた。訳のわからない奴だけど、ひょっとしたら仲よくできるのではないかと、ずっと気にしていた。
相手のことを気にしすぎると、こういうのも、気になってくるのだろうか。私はタンスのなかに雑然と並んでいる下着類を見つけて、ワナワナと手を震わせた。
シックな色調のものが多いけれど、ピンクとか水色とか、可愛らしいものもちらほらある。
というか、多い。下着類がやたら多い。他の段にはいつもの黒い服とそのバリエーションみたいなのばっかりなのに、下着だけやたら色々種類に富んでいる。どうしてなんだろう。そこにばかりこだわっても仕方ない気が、私にはするのだが。
緊張して身体が硬いけど、あまりまじまじと下着を見ていると変態みたいだから、ほとんど目をつむって適当な下着をさっと手に取った。急いでタンスを閉じて、勢い任せに振り返り、持ち主に下着を手渡す。こんなに素早く動いたのは生まれて初めてだ、と少し満足したところで目を開ける。
ぬえは全裸だった。
「ちょお―――ッ!?」
思わずのけぞって、尻餅をついた。
完全に不意を突かれた。そりゃ、さっきまで服を脱ぐ音が聞こえていたんだから、裸で待っていたって不自然じゃない。冷静な私だったら、まだ予測できていたかもしれないのに!
「何ひとりコントやってんの」
ぬえはくすくす笑った。
うう、恥ずかしい。裸がなんだ。ぬえがなんだ。こんなことに戸惑うなんて、私は一体何を考えているんだ。
「いいから……はやく、パンツ穿いて」
「はいはい」
ほとんど這うような動きで、ぬえから離れる。もうだめだ。すっかり変態だと思われていそうだ。
せめてぬえも、もう少しだけ恥ずかしがってくれたら、私だけこんなに恥ずかしくなることもないのに。一人でてんてこ舞いになって、まるで遊ばれているようだ。
壁を見る。衣擦れの音のあと、ホックを填める音がする。もうこんなの、聞いていられない。意識を他所へ放るため、自分の鼓動の音に集中する。
どきどきどき。
どきどき。
どきどき……。
あれ? と、思考が急旋回した。
私、幽霊なのになんで鼓動が止まらないんだろう。心臓とかあるんだろうか、わからない。なにぶんこんなよくわからない身体だから、ときどき自分が既に死んでいることを忘れそうになる。
そういえばこの間里の健康診断にふらっと立ち寄ったら「生命力が溢れんばかりの健康体ですね」と言われた。すっかり喜んでそれを周りに言いふらしていたら、ぬえに「それ変じゃない?」と言われてはっとなった。そういえば変だ。よく考えなくても生命力なんてゼロのはずだよ私。っていうか思い出してみるとあの兎のお医者さんが言ったこと自体皮肉だったのかもしれないしそういえば妙に演技がかったセリフだった気も、ああそうかうわぁそうだきっとそうだあれは「幽霊のくせにこんなに生命力あるなんてそうまでして生にしがみつきたいのね未練たらたらなのねまるで振られた女の脚にいつまでもしがみついてスリスリしてるダメ男みたいだわ情けないわ」とかいう意味だったんだうわなんか悔しくなってきたぞなんだよ早く成仏しろっていうのかー健康診断しかできないやぶ医者がちょっと生きてるからって偉そうにしてさあだいたいあいつ病院入れるのかな衛生面を考えると病院に動物入れるのはあり得ないと思うんだけどあの仕事でやっていけるのかなばかやろうちょっと心配になってきたじゃないか今度会ったらそこんとこ聞いてみて――――
「もう見てもいいよ」
ぬえの声で、ふと我に返った。
いつの間にか夢中になって考えごとをしていたらしい。鼓動を聞く作戦は効果てきめんだった。後半は鼓動とか全然関係なくなっていたが。
振り返ると、ぬえはもう毛布のなかにすっぽり入っていた。私は、ほっとしたような、少し残念のような感じがした。
ぬえは満足気な顔で私を見ていた。してやったり、とでも言いたそうだ。くそう、やっぱりおちょくっていたんだ、こいつは。私は真剣に、悩まされていたのに!
いつもだったら悔しがって喧嘩になっていそうだが、ぬえの顔がまだ赤く火照っているので、あまり大きい声は出せなかった。
「その格好で平気? 寒くない?」
シャツもあったほうがいいよね? とか色々聞いて、私は敢えて自らを追い込んだ。
なんとしてでもぬえに、すがられたかった。いっそ「ムラサがいないと、生きていけないの」ぐらい言わせてやりたい。そうすればこの悔しさも少しは晴れようというもの。
「これでいい」
でも案の定断られる。彼女はいつもどおり、私の気持ちなんてお構いなしだ。
「汗吸うもの、着てたほうがよくない?」
「むー」
それでも食い下がると、ぬえは赤い顔で思慮し始めた。そうだ、そうしてシャツを持ってこいとでも頼めばいい。ぬえからのお願いとあらば、気持よく承ってやろう。なにせ強情な彼女だ。こんなときでもないと、頼りにしてもらえないのだ。
そう考えていたけれど、ぬえは予想外のことを言った。
「汗掻いたらムラサが拭いてくれるから、いいや」
……あ、ああ、これは一応、頼りにされているのか。これはこれでいいのか。今すごく、ドキッとした。
いや、頼りにするというよりは、こき使おうとしてるように聞こえるというか、そもそもそういう問題じゃないんじゃ、とも思うんだけど、それでもまあ別に構いはしない。ぬえがそんなふうに言ってくれるならば、私に返す言葉は必要ない。
ちょっと嬉しくなりつつも、そんな気持ちは顔に表さないように気をつけた。
「ふーん。そう。じゃ、ときどき様子見ついでに拭いてってあげるよ」
なるべくそっけなく言った、つもり。しかしぬえには、「鼻の下伸びてる」とすぐに気づかれてしまった。
「やっぱり変態だ」
「ち、違う」
「見たいんでしょ、私の」
「違うって」
それが嬉しかった訳じゃない。
本当に違う。
い、いや本当はちょっと見たいかも……? でも、そんなふうに言ったら私は今日から変態というあだ名で暮らすはめになりそうだ。
しばらくそんな恥ずかしい問答を繰り返していたが、ぬえはどうしてか、それでも臆することなく私を見つめてくる。終始真顔だった。私なんてもう、さっきの恥ずかしい体験を思い出してもじもじしているのに。
「ふん。まあいいや、ムラサが発情して襲いかかってこなければ、なんでも」
「おおおお襲いかからないよ!?」
「私、もうちょっと寝る」
「ちょっ……」
彼女はそうしていきなり会話を打ち切り、そっぽを向いた。部屋はすぐ静かになった。
色々弁明がまだ済んでいないが、病人にそう言われてはごちゃごちゃ言う訳にもいかない。
ああ、今日は手玉に取られてばかりだ。きっと彼女は私のことを、振り回して遊んでいるのだ。これじゃ、感謝されるなんて、夢のまた夢かもしれない。
まったく、どうしてこんなに意地悪なんだろう、こいつは。
だけど、いつもと違って、からかわれてもあまり悪意を感じなかったのが不思議だった。
おかげでちょっとだけ、気持ちが軽くなっていた。
次の日になった。ぬえの体調は少しよくなったようで、熱を測ってみると二度近くも下がっていた。
朝食は、私の作ったお粥をもりもり食べてくれた。
「ムラサ、お粥作れるんだね」とぬえ。
「……いくらなんでも、馬鹿にしすぎだよ。ごはんも炊けるし魚も捌けるもん。お菓子は作れないけど」
「カレーしか作れないと思ってた」
「おい」
そう文句を言いつつも、私はかなり嬉しかった。
ぬえが戻ってきた食卓は明るい。時折みんなの談笑が響く。
ただ、まだぬえが本調子に戻ってはいないらしく、いつもなら呼吸をするように当たり前にけしかけてくる悪戯が、今日はない。私のすぐ隣で、やけに大人しくしている。けれども心なしか機嫌がよさそうだった。
今日は珍しく、可愛いなと思った。
昨夜は、もしかして寂しかったのかもしれない。初めは辛そうに横たわっていた彼女だけれど、今にして思えば、私をからかうときになるといつになく嬉しそうだった。……気がする。正直、いっぱいいっぱいの私はあまりぬえの表情まで見る余裕がなかったのだが、何となく、全体の雰囲気が、嬉しそうだったように憶えている。
ぬえは私をからかうのが楽しいのだと、わかった。からかわれるのは癪だけど、でも、ぬえがそれで喜んでくれるなら、とても嬉しいと思った。
「そういえば、みつ」と一輪が私を呼んだ。「ぬえに"えいが"の話はしたの?」と言った。
「あ、そうそう。まだ」私は答える。
昨日は誘う度胸がなくて、そこまで乗り気じゃなかった私だが、一日経った今日は少しだけ自信が持てていた。
「何、えいがって?」
ぬえが興味を持ちだしたので、私はこの誘い話を切り出すことにした。
しかし聖と星がふと私を見る。なぜかいきなり、揃って私を見た。なんで? 私がこれから、ぬえとデートの約束をしようという矢先に。
何となく気恥ずかしいから勘弁してよと思ったけど、それを言い出すのも恥ずかしい。
とはいえ、ぬえもぬえで期待した瞳を私に向けているので、私はどうやらこの状況のまま話を切り出さなくてはいけなくなったらしい。
「……動く写真」私は話しだした。「人里外れの建物で、見られるんだって」
「写真が、動くの?」
「動くらしいよ。写真の中で、人が」
「何それすごい」
「えっと……明後日。公開するらしいんだけど」
ぬえは興味津々に聞いてくれた。ついでに聖まですんごいにっこりしていた。
恥ずかしくて死にそうなのだけど、この調子ならば誘えるかもしれない。
「その」
「ん……?」
女の子を口説くなら、かっこいい言い回しのひとつも言えなきゃいけないのかもしれないが。
難しいことを考えられない私は、素直に気持ちを言うことにした。
「ぬえと行きたいんだ。もし風邪治ったらさ、一緒に見に行かない?」
そもそもおかしいのは、私がぬえにお願いをするのに、こんなに緊張しなきゃいけないことだと思う。別に断られたところで、私とぬえの関係に傷がつくわけじゃないと、頭ではわかっているにもかかわらず。胸はバクバクうるさかった。
ぬえは一瞬きょとんとして、小鳥のように首を傾げた。あまり見ない仕草だった。そして、何を思ったのか一瞬ニヤッとして、さらにちょっと悩むような素振りをして私を焦らすだけ焦らしてから、ようやく「いいよ」と短く答えた。
その瞬間、心臓が止まって死ぬかと思った。
断られる覚悟はしていたけど、聞き入れられる覚悟はしていなかった。だって、承諾されるのがこんなにびっくりすることだなんて、思ってもみなかったんだもの!
「え、い、いいの?」
言ってから、たぶんこの言葉は、私の人生のなかでもトップクラスにかっこ悪い一言じゃないかと自覚した。だけど言わずにはいられなかった。
「いいよ」
ぬえは、怒りもせずに答えてくれた。
聖が、これ以上ないぐらいにデレッデレの顔をしてぬえを見ている。私は昨日と同じか、それ以上に恥ずかしくてたまらなくなった。ぬえだけが状況をよくわかっていないように、また首を傾げた。
「みんなは行かないの?」と彼女は周りに聞いた。
「チケットが二人ぶんしかないのよ」と一輪が答えた。
私は何も言わなかった。たぶん一輪の言ったことは気の利いた嘘なんだと思う。チケットなんてものが必要だってことさえ、私は聞いてないし。
こんなとき、嘘が下手な奴は黙っておくに限る。だけどまた少し緊張したのか、気づくとぬえをじっと見ていた。「それなら、聖と行きたい」なんて言われやしないかとひやひやもした。
そんなことは特になく、ぬえはくすっと私に笑いかけて、「そう」とだけ言った。
彼女にこんな仕草ができたことが驚きだ。いつも我侭で、だらしないところしか見ていないから。
どうして、いきなり、そんな顔をするのか。やっぱり彼女は昨日から変になった。倒れて頭でも打ったのだろうか……なんて。
それならどれだけよかったことだろう。少なくともぬえの気まぐれな行動にいちいち頭を悩ませる必要はなさそうだ。頭のネジがふっ飛んでるだけなら、私のことが好きか嫌いかなんて考える以前の問題だ。
だけど答はきっとそうじゃない。ぬえは明らかに私を気にかけていた。無神経な私だって、今の彼女を見ればいくらか察しはつく。だって、よく考えてみたらぬえは食事のとき絶対に私の隣に座ったりなんかしない。それだけじゃない、今日はやたらと距離が近かった。茶碗を持つときに肘が毎度ぶつかるくらい。いくらなんでも、この食卓はそこまで狭くない。
少しは、好きになってくれただろうか。
なぜそんなに機嫌がいいのかはわからないが、私は全然悪い気はしていなくて、むしろ鼻の下が伸びているんじゃないかと思う。いつも喧嘩ばかりしているのに、不思議なものだった。たぶん、私は、この飛びっきり不可解な妖怪が好きになってしまっていた。興味深くて仕方なくて、彼女のことをああでもないこうでもないと考えているうち、そいつは心の片隅に居座りやがったのだ。心に彼女がいないと、私は却って落ち着かなくなってしまった。そのせいで昨日は、彼女のことをわかりたくてわかりたくて苦悩するはめになったのだ。
いつからかはわからないが、私は今までずっとそんな調子で、ぬえに対してモヤモヤとした感情を抱え続けていたのだろう。
心に植えつけられた正体不明を、ついに見破ったぞ。へへーん。
だけどそれを勝ち誇るのはちょっと恥ずかしいので、黙っておく。その代わり苦しめられた仕返しを、いつか絶対にしてやろうと、心に決めたのだった。
デート当日、私はさっそく仕返し作戦を決行した。
元気よく私の手を引いて、"えいがかん"のほうへずんずん歩くぬえに、私は「ねー」と呼びかける。
「うん?」と、彼女は振り返りもせずに返事をした。
以前なら全然そうは思わなかっただろうけど、私はそれがとても可愛く思った。この日になるともうすっかり、彼女に毒されていたのだ。
だから「好きだよ」と、そっけなく言ってやった。
ぬえは「知ってる」と、そっけなく答えた。
私はない胸を張って勝ち誇った。へへへ、そうだろー、びっくりしただろー、まさか私がぬえのこと好きだなんて、誰も予想だにしな……
え?
あれっ、知ってるって、え?
なんで!?
珍しいこともあるものである。
ちょっとだけ心配だった。
「どしたのぬえ」と私は聞いた。
「だるい」
「初潮?」
「……」
私は思ったことを素直に言うのが一番だと思っている。
すると殴られた。
「さすがに随分前に来てるわ!」
その怒りかたもどうかと思ったが黙っておいた。
本当は元気なんじゃないの、と思わないこともなかったけれど。一応心配なので私は「ちょっとこっち見て」と促し、ぬえの熱を測ってみた。測り方は至って簡単、おでこにおでこをくっつけるだけである。
「っ、な、何すんの」
ぬえは、それになぜだか抵抗して暴れだした。なので私は、無理やり押さえつけた。
「大人しくして、熱測る」
「ね、熱―――! わざわざそんな測り方しなくていいでしょ……」
「体温計どっかいったんだもん」
我が家は健康な方々ばかりなので、そんなものの在り処なんて誰も憶えていない。
あんまり暴れるものだから、私はぬえの背中に両腕を回して、がっちりホールドした。すると大人しくなった。
言わんこっちゃない、疲れたのだろう。体調が悪いなら黙っていればいいのに。
「……うーん。確かに、けっこうあるかも。今日は家事当番休んで、安静にしてなよ」
身体を離して、告げた。顔を見ると少し赤い。妖怪には珍しいけど、風邪だろうか。
「ふんだ。家事なんていつもしてねーし」
「ああそうだったね。そこ自慢げに言うことではないけど」
「船幽霊さえやってないムラサに言われたくないね」
「……それは言わないでよ」
そこを突かれると結構へこむ。ぬえが私に文句を言うと必ず出てくる、私の負い目だった。
「やいヒキニート」
結構へこむ……。
しかしこうなったぬえは加減というものを知らない。指を差して私のことを笑い出す。
うう、悔しい。今日は私が優勢だと思ったのに。
「主婦だから。ニートじゃないから」
「主婦? 誰の」
「え? う……? 寺、の……?」
「ぶっ。何あんた寺と結婚すんの」
結局大人しかったのは少しの間だけで、ぬえは風邪なんかものともしないふうに、普段と同じくゲラゲラ笑った。うざい。心配して損したかもしれない。
私とぬえはよくこうして、ちょっとしたことから煽り合いになって、口喧嘩になって、ひどいときには殴り合いになる。ほとんどは誰かが調停するまでもなく、すぐに終わるのだけど。ちなみに私は口喧嘩の段階で勝ったことがない。
「元は自分の船だからいいんだよ。恋人みたいなもんだからね、ちくしょう」
私はこの寺と添い遂げる覚悟なのだ、とでも言えば大人しくなるかと思ったけれど、ぬえは全然動じなかった。
「そうか。恋人を解体したり改造したりしてしまったわけだ」
「う」
そ、それは、資金が足りなかったのだから仕方ない。貧乏は罪なのだ。
だけどもこうはっきり言われてしまうと、なんだか申し訳ない気持ちになってしまうのだった。ぬえの思う壺である。
寺が、復讐を胸に誓ううちにいつしか地球を守るヒーローになったりするかもしれないと思うと気が気でない。私はショッカーじゃないし、それ以前に般若の面ライダーなんて絵的に最悪だ。
……って、そんなことはどうでもいい。あ、やっぱりあまりよくないけど、ぬえの風邪のほうが優先事項だ。からかわれている場合ではない。
風邪の看病がどうとかって言ってただけなのに、なんで私は罵られているのか。
「……そ、それより寝てなくて大丈夫? おふとん敷くよ?」
「ん。そこまでしてくれなくて結構よ。辛くなったら勝手に寝るし」
せめてもの優しさがやんわり断られてしまった。
悔しかった。さんざんバカにされて、なおかつ好意も受け取ってもらえないなんて。私だって一応、仏門に入った妖怪の端くれ。こうなってくると、どうにかして役に立つところを見せたくなってくるのだった。
「そだ。もうすぐお昼だけど、食欲は?」
「あんまりない」
「じゃあお粥にしようか」
「いらない」
「お粥にネギ入れたほうがいいかな」
「聞けよ」
「聞かないね、嫌だって言ってもどうせ必要になるんだから。あ、置き薬あったな。食後になんか飲んどこうか。今のうちに氷買ってきたほうがいいかな。あ、その前に濡れタオルでも……」
「ちょっとムラサ」
予定を練っていると怒られた。
「なんだよ」
「大したことないし、看病なんかいらない。もう寝る」
そう言ってぬえはそそくさと部屋を出ていった。足取りは、そこまでふらついてもいなかった。
しょんぼりである。病人相手に大敗だ。心配しながら煽るのは難しい。
多少の下心はあったものの、看病したかったのは本当だったのに。いらないとはっきり言われると寂しいものである。
それでも、心配はやめなかった。ぬえの言うことだから、強がりなのかもしれないし。私がいくら言ったところで、あいつなら倒れるまで意地を張って、看病を拒みそうなものだ。
本当に大したことがなければいいが、もし万が一があったら困るのはぬえだ。そうなる前に手を尽くしてみたかった。
……それに、一応、謝りたいし。
料理ができなさそうとよく言われる私だけど、お粥一杯作るぐらい訳ない。今日のお昼当番だった一輪の横にお邪魔して、お粥を炊いた。ぬえは野菜がだいたい全部苦手であることを、一輪に指摘されて思い出したので、ネギを入れるのはやめて卵だけにした。
あいつは食べ物だけでなく、色んなことに対して好き嫌いが激しい。野菜が嫌いでお肉が好き。魔法が嫌いで幻術が好き。退屈が嫌いで変化が好き。白が嫌いで黒が好き。着飾っている人が嫌いでラフな格好をしている人が好き。
もしかしたら、楽しそうにしている私が嫌いなのかもしれない。じゃあ、何をしている私なら好きになってくれるだろう。
ぬえのいるだろう寝室に、おかゆと箸と水だけ載せたお盆を運んだ。挨拶もなく襖を開けて見ると、彼女は布団も敷かず、窓から顔を出して突っ伏していた。
振り向きもしない。仕方ないから、私は「お粥できたよ」と一言言って、何もない畳の上にお盆を置いた。
返事がない。
まだ怒っているのだろうか。
「あの、ぬえ。さっきはごめん、ね……?」
納得はいかないけれど、いかないなりに謝った。けれどそれでも反応がないから、私は傍まで寄って肩を叩いた。するとぬえの身体は、窓から力なくずり落ちて―――
そのままずるりと、床に転がった。
ぬえの荒い寝息だけが聞こえる部屋。一輪は毛布をまくって、ぬえの脇からちょっと埃っぽい体温計を抜き取り、「九度五分」と呟いた。
そんなにあるのは想像の外だった。
意外におでこで熱は測れないものらしい。私の低い体温では、相手の微熱と高熱の違いが分からないらしい。
不覚すぎる。
どんどん申し訳なくなってくる。
だけど、そんな熱を隠そうとしたぬえもぬえだ。言わんこっちゃない。気を失うぐらいの無理をして……そんなに私の看病が嫌なのか。
羽の付け根が痛むから、ぬえは仰向けに寝ることができない。普段はいいだろうが、こんなときは苦しそうだ。マイペースな私は、妊娠したときはどうするんだろうと余計なことを思った。
そもそもこの正体不明は妊娠できるのか? できるとしたら何と交配できるんだろう。人間ともできる? 妖怪同士だけ? それとも同じ正体不明同士じゃないとダメだったりして。
船幽霊とはどうだろう、と一瞬だけ変な想像をして、そこでようやくはっとなった。いや、そんなことを考えている場合じゃないだろ、私。思考があらぬ方向へふっ飛んでいる。
「そんなに落ち込まないで。みつのせいじゃないよ」
一輪に告げられた言葉の意味が、すぐにはわからなかった。何も言い返せないでいたら、彼女は優しく笑って「それなら、後は貴方が看病しなさい」と言った。そして私の返事を待たず、静かに部屋を出た。
……???
何を察してくれたのかがよく分からなかったけど、ともかく私はぬえのいる寝室に取り残された。一輪はいつも気を利かせすぎだと思う。今のは完全に先走りにしか見えない。
だけど好都合だ。一輪のお墨つきとあらばぬえも文句は言えないだろう。心が張り切りだすけれど、それを顔に出さないように我慢する。私が楽しそうにしていると、ぬえをまた怒らせてしまうかもしれないから。
手元にあるのは水の入った桶と、タオルが何枚か。後はぬえがいつ起きても食べられるように、笹の葉にくるんだ小さいおにぎりと、飲める水の入った小瓶がある。さっきのお粥は、無駄になってしまった。仕方がないから食いしんぼうな寅に食べさせた。喜んでいた。
部屋を見渡すと、いつしか、窓から夕暮れの日差しが差し込んでいた。病人に暑苦しそうだけど、カーテンなんて洒落たものがあるわけでもなかった。
かつて住んでいた地底に太陽はないから、ひょっとしたら、慣れないぬえにはこの日差しがかなりの負担かもしれない。
何か遮るものがないかな、と辺りを見回す。脚を畳める便利なちゃぶ台が壁に立てかけてあったので、私はそれを窓際まで連れて行ってみた。
丸いちゃぶ台を病人の横でごろごろ転がす私。端から見たら凄く不審だと思う。
窓がちょっとだけ隠れて、入り込む日差しの量は少なくなった。だけど高さが足りていなくて、窓は下半分も隠れなかった。ぬえに差す光もちょうど半分だけしか減っていない。
あーせめて。
せめてぬえが、布団ごともう少し窓に寄ってくれたら、日陰にすっぽり納まるのに。
それがやたら悔しかった私は、悪いと思いつつも今度はぬえの寝ている布団をそーっと引っ張ることにした。
起こさないように慎重に。幸い、ちょうど畳の目の流れに沿って動かせるので、布団は思ったよりすんなり滑ってくれる。
ちょっとづつ、ちょっとづつ。
なのに、あと二、三寸ぐらいで布団が全部日陰に行く……と言ったところで手が滑って、ぬえを起こしてしまった。
あからさまにだるそうな彼女と視線が合う。
「あ、お、起こしちゃったかな」
私は妙な行動をごまかすのと悪びれるのの、半々ぐらいの言い方をした。
「……何してんの」
苦しそうなかすれ声だったけど、起き抜けの割に、ぬえの頭はちゃんと働いているらしい。ごまかしきれなさそうだった。
いや、変なことをしているとは薄々思っていても、一応善意からの行動だったのでごまかす必要もないのだが。
「えとその、畳の状態を確認しようと思って」
「ああ……?」
我ながら意味不明である。素直に親切心というのが恥ずかしかっただけなのだが。そもそも、ぬえに親切にしようなんて思ったのが珍しい。
相手が病気となると、そうなるものなのだろうか。
「お前は訳のわからん奴だなぁ」
「……正体不明にだけは言われたくなかったよ」
ともかく、若干布団の端がまだ日に当たっているけども、ぬえを日陰に持っていくことには成功したからよしとする。
どうせ相手はぬえだが、私は鬼ではないので任された看病は一応こなす。水枕を替えてやりながら、「気分どう? 辛い?」と聞いてみた。
「面倒くさい」とぬえは答えた。
「え」
「何をするのも面倒くさい」
「それ、いつもどおりじゃん」
病人のくせに、庇護欲のひとつもそそらない言い方だった。こんなことを言うときだけ声がはっきりしている。素直に辛いといえば済む話なのに。
もっとも、彼女があまのじゃくなのは今に始まったことじゃないから、私も看病をやめてやるほど怒っているわけではない。ただちょっと悔しいだけだ。
「この瓶、飲水ね。笹におにぎり包んでるから、好きなとき食べていいよ」
「ん」
ぬえは返事なのか何なのかわからない声を出して、うつ伏せのまま首だけそっぽを向いた。了解なのか、拒絶なのかもはっきりしない。
いつものことだけど、本当に、全く、可愛げがない。
病気のときぐらい、少しは頼りにするそぶりをしたっていいじゃないか。
私たちはそれからしばらくまともに会話をすることはなく、ただその場にいた。看病といっても、ぬえが求めてくれないなら、することなんて何もない。いっそ一人で寝かせたほうがいいかなと思うけど、それでは私の気が済まなかった。
何かできることを探した。手元のタオルに目をやって、ああこれで汗でも拭いてやれるなと思った。早速タオルを水桶に浸して、適当に絞った―――ところで少し冷静になった。
私は今何をしようと思った。
高熱と日射で汗ばんだぬえの身体を拭こうと思ったのだ。
それって、……だめじゃない?
顔とか首元とか腕とかだけならいいかもしれないけど、これだけ熱があると、その、全身汗だくだろうし。私だってそれくらい想像できる。
そうすると全身拭かないとあんまり意味がないし、じゃあ私はぬえに「貴方の身体じゅう全部拭かせてくださいっ!」とお願いしないといけない。それは無理だ。
キレられそうだ。
この高熱のときにキレたら命に関わる気もするから余計無理だ。
とりあえず既に絞ってしまったタオルは、そっぽを向いたままのぬえに差し出す。せっかく絞ったから使わないのも勿体ない。
「これで身体拭きなよ。汗、掻いたでしょ」
自分で拭くよう促すだけなら、文句もないに違いなかった。
「……」
ぬえがのそっと振り返って、タオルを見て、私を見た。その仕草に、なぜだか私は少し緊張した。ひょっとしたら、これすら受け取ってくれない危惧を抱いた。彼女がこのタオルを受け取るか否かで、私の気持ちは大きく変わるだろうと思った。
「いらない」
ぬえの手は伸びなかった。普段ならなんてことない一言だったけど、私はそれになんだかすごく落胆して、タオルを置いたのだか置いてないのだか、意識もできなくなった。
私は自分が全く頼りにされていないことに気づいた。こんな熱があってなお、ぬえに差し出した手を拒まれたような、そんな気がした。
「私、今、動く気が……」
ああ、そうかと私は思った。
苦しそうな声は、小さくてそれ以上聞き取れなかったけど、言いたいことは伝わった。高熱を出した状態で、わざわざ起き上がって、服を脱いで体を拭くなんて大変だというのだろう。彼女はまたそっぽを向いてしまった。
言われてみれば当たり前だった。私って、どれだけ想像力がないのだろう。自分のことで精一杯で、これでは看病どころじゃないではないか。ははは、そうだよね、なんて乾いた笑いでごまかしたけど、正直、落ち込んでいた。
せっかく看病を任されたというのに、やることなすこと、裏目に出る。もしかして、私が拭いてあげると言ったほうがまだよかっただろうかと考えて、いや、それでも結果は同じだと思った。
ぬえが弱っている今ですら怒らせるなら、そりゃ普段仲よくなんてできっこない訳だ。悲しくなる。私だって……私だってぬえと仲よくしたい気持ちぐらい、あるのに。
丸い文字で"船長室"と書かれたプラカードの下げられたドアをくぐる。背筋が伸びなくて、端から見たらいかにも無気力な姿だろうと思う。
「ニートかぁ」
外の世界では、勤勉さに欠けた者をそんなふうに呼ぶのだと、どこぞの巫女が自信たっぷりに吹聴していたことがある。それを聞いてからというもの、ぬえは私を事あるごとにニート呼ばわりするようになった。
勤勉さに欠けているのはお互い様だと言い争ったこともあるが、結論としては、だめな奴同士で上か下か争っても意味がなかった。
私はもっと精進して、仲間の役に立ちたいのだ。そのためだから、大事な船をお寺に変えてしまうことだって許せた。舟幽霊が寺幽霊か何かになったって、それで聖や一輪や星が喜ぶならそれでいいし、皆が幻想郷に住むのがいいというなら、私は二度と海が見られなくたって構わない。今の私は何もしていない、何の妖怪かもわからないようになってしまったけど、それでも後悔だけはしていない。
ぬえはその決意を全否定するかのように、私を拒絶するのである。さすがにへこむ。
そりゃ、言うほど役立ってはいないけれど……。
ベッドに仰向けになって横たわる。天井の木目をぼんやり見ながら、あいつは私が嫌いなんだろうかと考えた。そんな自問、答なんか出るはずがないのはわかっているけど、一度不安になると気になって仕方がなかった。
ぬえは特に、好き嫌いが激しいから、怖い。
ぬえだって今はもう家族だ。嫌われるのは悲しいことだ。
ぬえのために何かしたい。「ありがとう」って言われたい。
それが叶わない自分の力量のなさが悔しい。
はぁ、と溜息を吐いた。
自分が無神経すぎるらしいことは自覚している。察しは悪いし、発想も貧困だからストレートにしか喋れないし、計算謀略なんてもってのほかだし、聖の説法だって、まだあまりわからない……。要するにバカだから、人の気持ちがろくにわかっていないんだと思う。
聖には「それでいいのよ」と諭してもらったことがあるけど、私にはどうしてもこれがいいなんて思えなかった。
こんなだから、ぬえを怒らせてばかりなんだろう。
今まで親しいなりのからかい合いだと思い込んできたけど、もしかしたら本当に、ずっと嫌われていたのではないかと、思ってしまう。
「……はぁ」
悪いほう悪いほうに考えてしまうのは憂鬱になっている証拠だ。いいことなんてひとつもないから、こんな日は早く寝てしまったほうがいいのだけれど。
まだ日も完全に沈まない時間だから、それはそれでどうかと思う。
私は何もせず、しばらくぐだぐだ過ごした。
そのうちに晩ごはんに呼ばれた。食卓に行く途中でぬえのことをちょっと気にかけて、こっそり襖を開けて覗いてみた。
ぬえは、さっき別れたときと全然変わらない姿勢で寝ていた。相変わらずうつ伏せのまま、頭だけそっぽを向いている。だけど水とおにぎりは減っていた。
食べてくれたんだ。
ちょっとだけ気持ちが和らいだ。
「寝ちゃったかな」と、私は小声で言った。
返事はなかった。本当に寝ているのだと思いたい。
そっと襖を閉めて、食卓に向かった。気分を変えるために、いっぱい食べるのがいいと思った。
夕食を食べながら、一輪と少し雑談をした。最近、人里の外れに"えいがかん"なるものができたらしい。"えいが"という動く写真みたいなものが見られる場所なんだという。
突然現れたものだから、最初は博麗の巫女が駆りだされたり色々あったとか。けれど調べてみると無害そうとのことで、とりあえず有効利用することになったらしい。試しに四日前、初公演を行ってみると、その摩訶不思議な光景が里の人間を中心に大反響を喫したそうである。
「大魔神マジ超ヤバイ、って巫女が言ってた」
と、一輪が言う。
「三日後にまた公演があるらしいから、ぬえと一緒に行ってみたらどう?」
提案されて、私はしどろもどろになった。
「……ぬえと? なんで」
「うん? なんで、ってわけじゃないけど。仲いいんだから、いいじゃない」
不思議なことを言うものだった。一輪は頭がよすぎて、私には思考が追いつかない。私とぬえの仲がいいなんて、おかしい。いつだって喧嘩ばかりしているのに。
世にも奇妙な動く写真。どんな妖怪が宿っているのだろう。気にはなるけれど、私が誘ったところで、ぬえが一緒に遊びに行ってくれるとは思えなかった。
「ただの風邪なら、三日もすれば治るでしょ」
念を押す一輪の言葉に、生返事をして会話を終えた。色んな言葉ごと、ごはんを飲み込んだ。
桶の水を交換しに、一度寝室へ戻る。未だそっぽを向き続けるぬえに「水、取り替えるね」と言って、桶と小瓶だけ持って井戸まで行った。道中、難しいことは何も考えなかった。ただ待たせたら悪いという気持ちから、自分で自分を急かした。あとは、井戸水を汲むときにちらっと、ダメ元でぬえを"えいが"に誘ってみようか、どうしようかなあ、と思ったぐらいだった。
寝室に戻ってきた私を待ち受けていたのは、布団の上に起き上がってじっとこちらを見ているぬえだった。急だったから、襖を開けた瞬間少し驚いた。
よく思い出してみれば、ときどきぬえがやっている顔だった。今みたいに、彼女は無表情でじっと私の顔を見ることがある。いつもなら目が合えばやめるのだが、今日はそうしない。
不思議に思ったが、あまり詮索はしたくない。また余計なことを言って怒らせそうだからだ。
「ついでに飲水も淹れといたよ」
私は桶を置いて、ついでに水を入れ直した小瓶も差し出した。ぬえは赤い顔のまま、ゆっくり小瓶を手に取って水を飲んだ。まだぼうっとしているのかもしれなかった。
こくこくとゆっくり喉が鳴り、水は時間をかけてなくなっていった。相当喉が乾いていたらしい。
「まだ汲んでこようか?」と私が尋ねると、
「もういい。それより、」と彼女が答える。
その瞳が、すがるように私の目を見上げた。
「暑くて汗がひどいの」
目つきの割に、言葉はやけにぶっきらぼうに放たれた。そんな暴投が心にデッドボールをして、
「……うん?」
私は訳がわからなくなった。たった一言で、"えいが"に誘おうとしたことだってすっかり忘れてしまった。
突き出された濡れタオルを、どうすればいいのかさえわからない。
いや……だって、だめじゃない?
おかしくない?
私はぬえが言ったことの意味を、足りない頭をフル回転させてもう一度よく考える。
―――えっと。えっと、そうだ彼女は濡れタオルを差し出しながら汗がひどいと言ったのが事実と私は認識しているこれを差し出すということは私が受け取ることを想定しているはずでわざわざ差し出すからにはそれを使用してほしいないし使用するべきだという意思表示となりうるわけでまさかタオルを差し出してそれを放置しろなどという意思表示にはこの場合不自然であるとすればまた汗がひどいという愚痴じみたセリフをわざわざ私に告げるという行為も同時に勘案するにあたり二つの命題を結ぶ論理として最も単純な解釈は汗をこのタオルでどうにかしろという依頼ないし命令と解することと思われるそのため私は次の行動として彼女の身体に張り付いた汗をこのタオルを使用することで拭うことが求められているのだと推測できるのだがその行為はこれまでの会話を振り返ってみると不適切もとい不自然なところが多いなぜなら彼女は私のことが全然好きじゃない可能性が高いのにも拘らずわざわざ肌を晒してまで私に親密な―――
ああいやだめだ、自分で意味がわからない。落ち着こう。えっと。その。つまり。
わたし、あせふく。
ぬえ、あせふかれる。
そのため、わたし、ぬえぬがす。
わたし、べたべたさわる(おそらく)。
ぬえ、それ、さっきいやがった。
……はずなのに、今になって求めてくる?
うん。
こういうことだろう。
けれどわからないのは、どうしてぬえがそんなことを頼んだのかだ。だって、ついさっき、私はぬえをその話で怒らせたばかりだ。さっきまでのぬえだったら、私なんかにお世話されるのは絶対に嫌がっていたはずで。
なのに。
私がまごまごしていると、ぬえはまた目つきを悪くして、「わかんない?」と言った。
短い言葉に、心が見透かされているような気がした。私はもう混乱を止めきれない。なおもまごついていると、彼女はタオルを無理やり手渡して、さらにこう言った。
「脱がして」
それだめじゃない!?
と、思わず叫びそうになったけど声が出なかった。代わりとばかりになぜか胸の鼓動がバクバクと自己主張をし始める。
そりゃ、汗は全身掻くもので、高熱とあらばお風呂に入るわけにもいかないし、拭くとしても自分で全身拭けるわけじゃないし、誰かが拭いてあげないといけないのはわかる。
けれどなんで私に。本当になんで? だって私じゃなくてもいいはずで、私なんかよりもっと器用な者もいるしもっと気が利く者もいるし、もっと好きな人だっているだろうに。どうして私に。どうして。
「あ、あの、ぬぬぬぬぬえ、わたし、そんな、あの、」
言葉はおぼつかなくなり、ぬえの顔は見られない。私まで高熱を出したかのように身体じゅう熱くなって、意識がどこかへ飛んでしまいそうになる。
「はやく」
「は、……はい」
頼んでいるのはぬえなのに、なぜか私が怒られる。とりあえず傍まで寄って、……気づく。ぬえがいつもの黒い服のままだった。
そういえば、急に倒れたから慌てて気づきもしなかったが、私も一輪も、寝かせるだけで一度も着替えさせていないのだ。丈が短いとはいえ窮屈だったに違いない。暑い日差しのなか、悪いことをしたかもしれない。
黙って脱がしたら、それはそれで怒りそうだけど。
ぬえは本当、すぐ怒る。
とても気難しい。どうしても彼女の考えていることがわからない。何が楽しくて何が嫌なのか、未だに。私に世話をされるのが嫌なんじゃなかったのだろうか。だとしたら、私の何が彼女を怒らせるのかますますわからないし、なんで今は気を許すようなことを言うのかなんて、もっとわからない。
もたもたしながらも、私は意を決してぬえの目の前に座った。首元のリボンを見つめる間、ぬえは、じっと私を見ていた。なんだか妙な気分になるから、できればやめてほしかった。
「あの、」と私は手を止めて言った。
「何」
「いいの……?」
私にはどうしても自信が持てなかった。
「いいから言ってるんだよ。わかれよ」
ぬえはまた声を荒らげた。だけど一度荒らげただけで、また大人しくうずくまった。
「そ、そっか」
唇を強く結ぶ。理由はともかく、私はまだ役立てるらしいことを、ようやく理解する。けれどさっきまで強く願っていたことが、訳もわからないままあっさりと叶ってしまったから、却ってどうしていいかわからない。
ドキドキする心を止めることもできないまま、一旦タオルを畳に置き、なぜか正座をしてから、ぬえの胸元のリボンを引っ張った。それは容易くほどけてしまい、服の隙間から、彼女の鎖骨の辺りが少しさらけ出された。
なんだか変な気分だった。私が緊張しているのは、きっとぬえの心を必死で探ろうとしているからだ。ここで落胆させてしまったら、もう二度と口を聞いてもらえないような気がした。
裾の短いワンピース。四つあるボタンを、上から順に外していく。手が震えるせいでうまくできずに、もたついた。ぬえをこれ以上困らせまいと焦ると、余計にうまくいかない。何とかボタンを全て外すと、ちらっと下着が見えた。ドキッとして、一瞬、無意識に目をつむった。余計なことを考えそうになって慌てて、その前にと腰の辺りから服を掴んで、一気にまくり上げた。
「んっ」
勝手に万歳の格好になったぬえの腕から、ワンピースを引っ張り上げる。肘の辺りで汗に貼りついて、ちょっと取りにくかった。そのまま羽まで通して、服は完全に私の手元に渡った。
ああ、暑い。なぜか私まで汗ばんでくる。しかしそんなことを意識する以前に、ぬえの下着姿が気になって仕方がない。淡いピンクを基調にしつつ、黒い紐をレースであしらったランジェリーだった。
妙なところでおしゃれしていると思った。
下着姿に対してだけこんなことを考えるのもどうかと思うけど、すごく、可愛かった。思わず、息を飲む。火照って赤みがかった肌が、余計に変な演出をする。
いや、……いや。冷静にならなければ。私は看病をしているだけなのだ。緊張しているから、訳のわからないことを意識してしまった。いくらなんでも、病人相手にここまでおっかなびっくりしていたら、ますます嫌われてしまいそうだ。
私はぬえに嫌われたくないんだ。
手元の服を置いてある濡れタオルと交換し、気を利かせたつもりで彼女の後ろに回る。
「じゃ、じゃあ、その、いきます」
「何その宣言」
「……さわらせてもらいます」
「変態だ」
「違う」
私はやっぱり正座しながら、ぬえの首筋からタオルを当てた。直後、彼女は「ひやっ」と甲高い声を出しながら身体をくねらせた。
「ご、ごめん、冷たかった?」
不覚にも、ちょっと可愛いと思ったのは秘密だ。
「……平気。びっくりしただけ」
四十度近い熱のある身体には、井戸水の冷たさは負担になるかもしれない。
それにこの作業、色んな意味で私の神経にもかなりの負担である気がするので、早く終わらせてしまおう。
今度はなるべくそっと、タオルを首筋に当てる。ぬえは少しだけぴくっとしたけれど、もうさっきみたいに驚きはしない。そのまま力を加えずに、首元から肩、鎖骨のくぼみは少し丹念に、それから両の二の腕、腋、そして肘から指先まで軽く拭いてあげた。ぬえはされるがまま、大人しく私の仕事を見ていた。
次は背中。ブラのホックに引っ掛けないように気をつけながら、丁寧に拭いていく。ぬえが少し背中を丸めてくれると、やりやすくなった。
不意に、「ムラサ」と、彼女が呼んだ。
「なに」
「外していいよ」
手が止まった。
「……何を?」
いくらなんでも、この私ですらわかりきっているけど、そう思うより先に口が動いた。
「言わせんの」
ぬえの声は笑みを含んでいた。まるで馬鹿にしたように、鼻にかけた笑みだ。
いつもしている、あの笑みだ。
「言わなきゃわかんないもん」
「へえ」
私は敢えてとぼけた。唐突に身体を委ねてくるぬえに対して、漠然とした不安を覚えたのだ。
腋の下辺りを吹いたあと、彼女の正面に戻って細長い脚を拭く。ふとももから、膝の裏を通ってふくらはぎ、そして足首、くるぶし、足の甲、裏、あとは指の間をひとつづつ。できる限り黙々とやった。ぬえもあれきり黙った。
ひととおり綺麗にしたら、私は一度タオルを水桶で洗った。自慢の腕力で強めに絞ってから、それをぬえに手渡した。
ぬえは少し躊躇ってから、それを受け取った。そして、当たり前のように自分のブラを外しだした。
「―――――っ」
思わず視線を外した。鼓動がさらに大きくなって、身体がさらに熱くなっていくのがわかる。
み、み、見ちゃったじゃないか。落ち着け私、落ち着くんだ……。
そもそも、なんでこんなに、意識しているのだろう。
別に、ぬえの裸を見るのは初めてではない。一緒に暮らしていれば、たまに、何かの拍子に見てしまうことぐらいある。だけどそんなこと、前までは全然気にしなかったのに。今の私は、明らかにおかしい。
私はいつの間にか立ち上がっていて、ぬえに背中を見せながらそわそわしていた。
見ちゃいけないと思って目を逸らしていたら、今度は耳が勝手に全力を出して、色んな音を拾ってしまう。背後から衣擦れの音が聞こえたり、部屋の外からかすかに、聖と星が何か話している声が聞こえたりした。おかげで私の心はもう、煩悩でめちゃくちゃだ。
「ムラサ」
衣擦れの音が止んで、代わりにぬえの声がした。頭から空中にふらふら飛んでいきそうになっていた意識が、すごい勢いで戻ってきた。
「な、何かな」
私はなるべく力を抜いて、何でもないふりをしたつもりで答えた。
「タンスから服、取ってよ」
「ふえっ?」
だけどぬえがそんなことを言うから、またすぐに肩が上がった。こんなお願い、今の私にとっては無茶振りに近かった。
タンスはこの部屋にあるが、病気のぬえが取りに行くには半端に長い距離がある。自分でやれとはちょっと言いにくい。
だけど私は、この状態で、ぬえのタンスを開けたくはなかった。なんというか、タンスを開けて下着が見えた瞬間、鼻血を噴射して死にそうな気がする。
幽霊が本当に鼻血を噴けるのかは、自分でも知らないけれど。
もう一度死ぬことがあるのかも知らないけれど。
私はだいぶ躊躇ったが、ぬえの姿を見ないようにしながら、意を決してタンスを前にした。気合を入れて、上の段から順に開けていく。
不思議な気分。なんだか自分が、男の子になったみたいだと思った。男の子はなんでか、女の子の身体とか下着とか、すごく気にするから。今ならその気持ちがわかる気がした。きっと今の私みたいに、気にしたくなくても気にしてしまうのだ。
だけど私が一番気にしているのは下着でも裸でもなくて、きっとぬえ自身のことだった。思えば、今日はずっとぬえのことしか考えていないのだ。ぬえが好きなもの、嫌いなもの、欲しいもの、いらないもの、色々考えたけど、結論は出なかった。
もっとも、よく思い出してみると、そもそもぬえは訳のわからないところがウリの妖怪なのだから、訳がわからないのは当然なんじゃないかとも思う。だけど何もかも全く理解できないという訳でもないのがまた困る。まるで秋の空だ。私はそんなぬえのことをずっと考えて、気にしていた。訳のわからない奴だけど、ひょっとしたら仲よくできるのではないかと、ずっと気にしていた。
相手のことを気にしすぎると、こういうのも、気になってくるのだろうか。私はタンスのなかに雑然と並んでいる下着類を見つけて、ワナワナと手を震わせた。
シックな色調のものが多いけれど、ピンクとか水色とか、可愛らしいものもちらほらある。
というか、多い。下着類がやたら多い。他の段にはいつもの黒い服とそのバリエーションみたいなのばっかりなのに、下着だけやたら色々種類に富んでいる。どうしてなんだろう。そこにばかりこだわっても仕方ない気が、私にはするのだが。
緊張して身体が硬いけど、あまりまじまじと下着を見ていると変態みたいだから、ほとんど目をつむって適当な下着をさっと手に取った。急いでタンスを閉じて、勢い任せに振り返り、持ち主に下着を手渡す。こんなに素早く動いたのは生まれて初めてだ、と少し満足したところで目を開ける。
ぬえは全裸だった。
「ちょお―――ッ!?」
思わずのけぞって、尻餅をついた。
完全に不意を突かれた。そりゃ、さっきまで服を脱ぐ音が聞こえていたんだから、裸で待っていたって不自然じゃない。冷静な私だったら、まだ予測できていたかもしれないのに!
「何ひとりコントやってんの」
ぬえはくすくす笑った。
うう、恥ずかしい。裸がなんだ。ぬえがなんだ。こんなことに戸惑うなんて、私は一体何を考えているんだ。
「いいから……はやく、パンツ穿いて」
「はいはい」
ほとんど這うような動きで、ぬえから離れる。もうだめだ。すっかり変態だと思われていそうだ。
せめてぬえも、もう少しだけ恥ずかしがってくれたら、私だけこんなに恥ずかしくなることもないのに。一人でてんてこ舞いになって、まるで遊ばれているようだ。
壁を見る。衣擦れの音のあと、ホックを填める音がする。もうこんなの、聞いていられない。意識を他所へ放るため、自分の鼓動の音に集中する。
どきどきどき。
どきどき。
どきどき……。
あれ? と、思考が急旋回した。
私、幽霊なのになんで鼓動が止まらないんだろう。心臓とかあるんだろうか、わからない。なにぶんこんなよくわからない身体だから、ときどき自分が既に死んでいることを忘れそうになる。
そういえばこの間里の健康診断にふらっと立ち寄ったら「生命力が溢れんばかりの健康体ですね」と言われた。すっかり喜んでそれを周りに言いふらしていたら、ぬえに「それ変じゃない?」と言われてはっとなった。そういえば変だ。よく考えなくても生命力なんてゼロのはずだよ私。っていうか思い出してみるとあの兎のお医者さんが言ったこと自体皮肉だったのかもしれないしそういえば妙に演技がかったセリフだった気も、ああそうかうわぁそうだきっとそうだあれは「幽霊のくせにこんなに生命力あるなんてそうまでして生にしがみつきたいのね未練たらたらなのねまるで振られた女の脚にいつまでもしがみついてスリスリしてるダメ男みたいだわ情けないわ」とかいう意味だったんだうわなんか悔しくなってきたぞなんだよ早く成仏しろっていうのかー健康診断しかできないやぶ医者がちょっと生きてるからって偉そうにしてさあだいたいあいつ病院入れるのかな衛生面を考えると病院に動物入れるのはあり得ないと思うんだけどあの仕事でやっていけるのかなばかやろうちょっと心配になってきたじゃないか今度会ったらそこんとこ聞いてみて――――
「もう見てもいいよ」
ぬえの声で、ふと我に返った。
いつの間にか夢中になって考えごとをしていたらしい。鼓動を聞く作戦は効果てきめんだった。後半は鼓動とか全然関係なくなっていたが。
振り返ると、ぬえはもう毛布のなかにすっぽり入っていた。私は、ほっとしたような、少し残念のような感じがした。
ぬえは満足気な顔で私を見ていた。してやったり、とでも言いたそうだ。くそう、やっぱりおちょくっていたんだ、こいつは。私は真剣に、悩まされていたのに!
いつもだったら悔しがって喧嘩になっていそうだが、ぬえの顔がまだ赤く火照っているので、あまり大きい声は出せなかった。
「その格好で平気? 寒くない?」
シャツもあったほうがいいよね? とか色々聞いて、私は敢えて自らを追い込んだ。
なんとしてでもぬえに、すがられたかった。いっそ「ムラサがいないと、生きていけないの」ぐらい言わせてやりたい。そうすればこの悔しさも少しは晴れようというもの。
「これでいい」
でも案の定断られる。彼女はいつもどおり、私の気持ちなんてお構いなしだ。
「汗吸うもの、着てたほうがよくない?」
「むー」
それでも食い下がると、ぬえは赤い顔で思慮し始めた。そうだ、そうしてシャツを持ってこいとでも頼めばいい。ぬえからのお願いとあらば、気持よく承ってやろう。なにせ強情な彼女だ。こんなときでもないと、頼りにしてもらえないのだ。
そう考えていたけれど、ぬえは予想外のことを言った。
「汗掻いたらムラサが拭いてくれるから、いいや」
……あ、ああ、これは一応、頼りにされているのか。これはこれでいいのか。今すごく、ドキッとした。
いや、頼りにするというよりは、こき使おうとしてるように聞こえるというか、そもそもそういう問題じゃないんじゃ、とも思うんだけど、それでもまあ別に構いはしない。ぬえがそんなふうに言ってくれるならば、私に返す言葉は必要ない。
ちょっと嬉しくなりつつも、そんな気持ちは顔に表さないように気をつけた。
「ふーん。そう。じゃ、ときどき様子見ついでに拭いてってあげるよ」
なるべくそっけなく言った、つもり。しかしぬえには、「鼻の下伸びてる」とすぐに気づかれてしまった。
「やっぱり変態だ」
「ち、違う」
「見たいんでしょ、私の」
「違うって」
それが嬉しかった訳じゃない。
本当に違う。
い、いや本当はちょっと見たいかも……? でも、そんなふうに言ったら私は今日から変態というあだ名で暮らすはめになりそうだ。
しばらくそんな恥ずかしい問答を繰り返していたが、ぬえはどうしてか、それでも臆することなく私を見つめてくる。終始真顔だった。私なんてもう、さっきの恥ずかしい体験を思い出してもじもじしているのに。
「ふん。まあいいや、ムラサが発情して襲いかかってこなければ、なんでも」
「おおおお襲いかからないよ!?」
「私、もうちょっと寝る」
「ちょっ……」
彼女はそうしていきなり会話を打ち切り、そっぽを向いた。部屋はすぐ静かになった。
色々弁明がまだ済んでいないが、病人にそう言われてはごちゃごちゃ言う訳にもいかない。
ああ、今日は手玉に取られてばかりだ。きっと彼女は私のことを、振り回して遊んでいるのだ。これじゃ、感謝されるなんて、夢のまた夢かもしれない。
まったく、どうしてこんなに意地悪なんだろう、こいつは。
だけど、いつもと違って、からかわれてもあまり悪意を感じなかったのが不思議だった。
おかげでちょっとだけ、気持ちが軽くなっていた。
次の日になった。ぬえの体調は少しよくなったようで、熱を測ってみると二度近くも下がっていた。
朝食は、私の作ったお粥をもりもり食べてくれた。
「ムラサ、お粥作れるんだね」とぬえ。
「……いくらなんでも、馬鹿にしすぎだよ。ごはんも炊けるし魚も捌けるもん。お菓子は作れないけど」
「カレーしか作れないと思ってた」
「おい」
そう文句を言いつつも、私はかなり嬉しかった。
ぬえが戻ってきた食卓は明るい。時折みんなの談笑が響く。
ただ、まだぬえが本調子に戻ってはいないらしく、いつもなら呼吸をするように当たり前にけしかけてくる悪戯が、今日はない。私のすぐ隣で、やけに大人しくしている。けれども心なしか機嫌がよさそうだった。
今日は珍しく、可愛いなと思った。
昨夜は、もしかして寂しかったのかもしれない。初めは辛そうに横たわっていた彼女だけれど、今にして思えば、私をからかうときになるといつになく嬉しそうだった。……気がする。正直、いっぱいいっぱいの私はあまりぬえの表情まで見る余裕がなかったのだが、何となく、全体の雰囲気が、嬉しそうだったように憶えている。
ぬえは私をからかうのが楽しいのだと、わかった。からかわれるのは癪だけど、でも、ぬえがそれで喜んでくれるなら、とても嬉しいと思った。
「そういえば、みつ」と一輪が私を呼んだ。「ぬえに"えいが"の話はしたの?」と言った。
「あ、そうそう。まだ」私は答える。
昨日は誘う度胸がなくて、そこまで乗り気じゃなかった私だが、一日経った今日は少しだけ自信が持てていた。
「何、えいがって?」
ぬえが興味を持ちだしたので、私はこの誘い話を切り出すことにした。
しかし聖と星がふと私を見る。なぜかいきなり、揃って私を見た。なんで? 私がこれから、ぬえとデートの約束をしようという矢先に。
何となく気恥ずかしいから勘弁してよと思ったけど、それを言い出すのも恥ずかしい。
とはいえ、ぬえもぬえで期待した瞳を私に向けているので、私はどうやらこの状況のまま話を切り出さなくてはいけなくなったらしい。
「……動く写真」私は話しだした。「人里外れの建物で、見られるんだって」
「写真が、動くの?」
「動くらしいよ。写真の中で、人が」
「何それすごい」
「えっと……明後日。公開するらしいんだけど」
ぬえは興味津々に聞いてくれた。ついでに聖まですんごいにっこりしていた。
恥ずかしくて死にそうなのだけど、この調子ならば誘えるかもしれない。
「その」
「ん……?」
女の子を口説くなら、かっこいい言い回しのひとつも言えなきゃいけないのかもしれないが。
難しいことを考えられない私は、素直に気持ちを言うことにした。
「ぬえと行きたいんだ。もし風邪治ったらさ、一緒に見に行かない?」
そもそもおかしいのは、私がぬえにお願いをするのに、こんなに緊張しなきゃいけないことだと思う。別に断られたところで、私とぬえの関係に傷がつくわけじゃないと、頭ではわかっているにもかかわらず。胸はバクバクうるさかった。
ぬえは一瞬きょとんとして、小鳥のように首を傾げた。あまり見ない仕草だった。そして、何を思ったのか一瞬ニヤッとして、さらにちょっと悩むような素振りをして私を焦らすだけ焦らしてから、ようやく「いいよ」と短く答えた。
その瞬間、心臓が止まって死ぬかと思った。
断られる覚悟はしていたけど、聞き入れられる覚悟はしていなかった。だって、承諾されるのがこんなにびっくりすることだなんて、思ってもみなかったんだもの!
「え、い、いいの?」
言ってから、たぶんこの言葉は、私の人生のなかでもトップクラスにかっこ悪い一言じゃないかと自覚した。だけど言わずにはいられなかった。
「いいよ」
ぬえは、怒りもせずに答えてくれた。
聖が、これ以上ないぐらいにデレッデレの顔をしてぬえを見ている。私は昨日と同じか、それ以上に恥ずかしくてたまらなくなった。ぬえだけが状況をよくわかっていないように、また首を傾げた。
「みんなは行かないの?」と彼女は周りに聞いた。
「チケットが二人ぶんしかないのよ」と一輪が答えた。
私は何も言わなかった。たぶん一輪の言ったことは気の利いた嘘なんだと思う。チケットなんてものが必要だってことさえ、私は聞いてないし。
こんなとき、嘘が下手な奴は黙っておくに限る。だけどまた少し緊張したのか、気づくとぬえをじっと見ていた。「それなら、聖と行きたい」なんて言われやしないかとひやひやもした。
そんなことは特になく、ぬえはくすっと私に笑いかけて、「そう」とだけ言った。
彼女にこんな仕草ができたことが驚きだ。いつも我侭で、だらしないところしか見ていないから。
どうして、いきなり、そんな顔をするのか。やっぱり彼女は昨日から変になった。倒れて頭でも打ったのだろうか……なんて。
それならどれだけよかったことだろう。少なくともぬえの気まぐれな行動にいちいち頭を悩ませる必要はなさそうだ。頭のネジがふっ飛んでるだけなら、私のことが好きか嫌いかなんて考える以前の問題だ。
だけど答はきっとそうじゃない。ぬえは明らかに私を気にかけていた。無神経な私だって、今の彼女を見ればいくらか察しはつく。だって、よく考えてみたらぬえは食事のとき絶対に私の隣に座ったりなんかしない。それだけじゃない、今日はやたらと距離が近かった。茶碗を持つときに肘が毎度ぶつかるくらい。いくらなんでも、この食卓はそこまで狭くない。
少しは、好きになってくれただろうか。
なぜそんなに機嫌がいいのかはわからないが、私は全然悪い気はしていなくて、むしろ鼻の下が伸びているんじゃないかと思う。いつも喧嘩ばかりしているのに、不思議なものだった。たぶん、私は、この飛びっきり不可解な妖怪が好きになってしまっていた。興味深くて仕方なくて、彼女のことをああでもないこうでもないと考えているうち、そいつは心の片隅に居座りやがったのだ。心に彼女がいないと、私は却って落ち着かなくなってしまった。そのせいで昨日は、彼女のことをわかりたくてわかりたくて苦悩するはめになったのだ。
いつからかはわからないが、私は今までずっとそんな調子で、ぬえに対してモヤモヤとした感情を抱え続けていたのだろう。
心に植えつけられた正体不明を、ついに見破ったぞ。へへーん。
だけどそれを勝ち誇るのはちょっと恥ずかしいので、黙っておく。その代わり苦しめられた仕返しを、いつか絶対にしてやろうと、心に決めたのだった。
デート当日、私はさっそく仕返し作戦を決行した。
元気よく私の手を引いて、"えいがかん"のほうへずんずん歩くぬえに、私は「ねー」と呼びかける。
「うん?」と、彼女は振り返りもせずに返事をした。
以前なら全然そうは思わなかっただろうけど、私はそれがとても可愛く思った。この日になるともうすっかり、彼女に毒されていたのだ。
だから「好きだよ」と、そっけなく言ってやった。
ぬえは「知ってる」と、そっけなく答えた。
私はない胸を張って勝ち誇った。へへへ、そうだろー、びっくりしただろー、まさか私がぬえのこと好きだなんて、誰も予想だにしな……
え?
あれっ、知ってるって、え?
なんで!?
そして船長…
船長の勘違いっぷりとぬえの計算しまくってるところ、双方にキュンときました。
あと、ところどころ絶妙にダサい船長は可愛いですね。ぬえが怒りつつも好きになってしまうのが分かります。
本当に日常でありそうな微妙な距離感が素敵でした。ありがとうございました。
個人的には一輪さんの「みつ」がツボでした。
やっぱりむらぬえは素晴らしい!
もどかしく甘酸っぱいSSでした。ムラぬえいいのう。
でもそんなむらぬえが大好きですw
終わり方がすごく好きです!