昼間、私が庭の掃除をしていたときにヤツは現われた。何食わぬ顔で、飄々とした顔で、我が八雲家の門をくぐりにきたのだ。
私はぎょっとした。そして猛烈に漂ってきたタヌキ臭さに、鼻ガシラを袖でおおわずにはいられなかった。嗅ぎたくもない敵の臭いが、ぷんぷんと私を襲った。
「お、お前は……」
「九尾のキツネさんか。お初にお目にかかる」
化けダヌキだ。しかもタダのタヌキではないらしい。臭いで分かる。神さびた臭いだ。
「はんっ、古ダヌキか。いちおう名前を聞いてやるが、貴様は何者だ」
「ふぉっふぉっふぉ。二ッ岩マミゾウじゃ。そこ言うおぬしの名はなんと申す」
「タヌキに教える名前などない、帰れ」
マミゾウというヤツ。名前と顔はちゃんと覚えておいてやろうじゃないか。もちろん、次に来た時にすばやく追い返せるように。
ヤツは私が箒を向けて威嚇したのにもお構いなく、婆さんのような笑い声をあげて私をじっくりと見つめた。余裕しゃくしゃくといった様子がカンに障る。ヤツは私が九尾のキツネだと本当に分かっているのだろうか。分かったうえで喧嘩を売りにきているというなら、身の程知らずもイイところだな。
「いいか、おとなしく回れ右をしろ。ここはタヌキが来ていい場所ではない。どうしてタヌキごときがここを知っているのかは、このさい無視しよう。さあ帰れ」
「まあ待て。例えば、儂がおぬしのご主人の知り合いだったとしたらどうする? 帰すのはマズいじゃろう」
ハッタリを仕掛けてくるとは化けダヌキらしい小細工だ。紫さまの知り合いは全てきちんと頭に入っている。その中にこんなタヌキはいない。断じてだ。
いや、どうしてこいつ、私に主人がいることを知っているのだ。ええい構うな。居場所を知られているのだから、そのくらいも知られていて当然だろう。
「貴様食われたいのか。とっとと帰れ」
「そんなこと言って、よいのかのう」
「しつこいヤツ。この場で食い殺されたいか」
箒をいよいよ捨てて飛びかかってやろうとしたところ。
「藍、待ちなさい」
とつぜん紫さまの声が耳元でして、体がすくみあがった。紫さま、いつの間に。優雅な足並みで私の前に進み出た紫さまは、タヌキへ向かって会釈をした。おかしい、なんだか対応の仕方が丁寧だぞ。
「わざわざこのような場所までご足労いただいて」
「なに、幻想郷に来たからにはスキマの妖怪に会いにいかねば、嘘ってものじゃ」
「あらそう。嬉しいですわ。というからには、お土産の一つくらいあるのかしら」
「それならホレ、キツネどのにもう渡してあるわ」
と言われて初めて気づいた。まったく予期もしていなかった。私が組んでいた両腕には四角い行李がヒモで吊るされていたのだ。しかもそれなりに重たいではないか、こんなものに気づけなかったなんて。
紫さまとタヌキが私の慌てる姿で笑い、平然と屋敷へ向かっていった。
タヌキを通すおつもりですか。
私は呆然としつつガッカリもしつつ、二人の背中を見つめていた。
冒頭はこんな感じだ。
このあと紫さまからタヌキの詳細を聞かされた。ヤツは外の世界の佐渡からやってきた老練タヌキで、化けダヌキの中でもたいそう力がある者らしい。団三郎だか団子三郎だか呼ばれていたそうだが、私の知るところではない。団子か、丸っちいタヌキに相応しい名前ではないか。
初対面ではとんだ恥をかかされたが、屈辱はそれだけでは終わらなかった。まさかタヌキにお茶を出す日が来ようとは思いもしなかった。
「粗茶ですが……」
客間でくつろいでいる紫さまとタヌキにお茶を差し出した私は、お盆をよこへ置いて二人の顔をうかがった。
紫さまはいつも通り。艶やかな微小がうつくしい。タヌキ相手にわざわざ笑顔で接しなくてもよろしいのですよ。
タヌキはというと、こちらも笑顔だ。かけている丸メガネがなんとも老いた感じを醸し出していて情けない。
口を開いたのはヤツからだった。
「では八雲紫、だったかの」
「紫でいいわよ。ゆかり」
「紫、儂は幻想郷にきたのはコレが初めてでのう。右も左も分からぬと言ったところじゃ。おかげで来てそうそう博麗の巫女と撃ち合いになってしもうた。いやもう、元気な娘じゃった」
「ああ、霊夢ね。元気だったでしょう。私のお気に入りなのよ。あれ」
「しかも巫女は博麗だけではなかったわ。もう一人みどりの娘がおった。あれも元気じゃったわ。幻想郷は妖怪の住処と聞いておったのに、巫女が二種類もおる。面白いところじゃ!」
「あのみどりの娘ね。あれは後から入ってきたのよ。神様つきで」
「なんとまあ。儂も神様を連れてくればよかったかな」
「マミゾウは外で大明神だったでしょう。二ツ岩大明神さま」
「そういえば人間からそんな扱いをされていたわい」
二人はのろけた話を交わし合った。
紫さまが心なしか楽しそうに見える。このタヌキめ、おどけた振りをして紫さまにつけこもうという魂胆か。ここは私が止めなければいつまでも喋り続けていそうだ。
「紫さま。口が安易に働きすぎておりますよ。このような腹の分からぬ者など、相手にする必要はありません」
「あなたねえ。マミゾウは大事なお客さまよ。口をつつしみなさい」
ううむ。紫さまにこう言われてしまってはどうしようもない。しかしそうは言ってもやはり相手は化けダヌキ。何をしでかすことやら。
世間話を聞かされっぱなしでいるのも愉快ではないので、手を打つ。ひとまず台所へ向かおう。
と、その前にやっておかねばならない用意がある。私は廊下に出ると、袖から紙を一枚とりだしそれを折った。イチ、ニの、サンと。ほんの数秒ですむ。これでも橙に折り紙を伝授している腕だからな。橙、明日あたり会いにいってやろうかな。
出来上がったのは人の形を単純に真似たものだ。ここに適当な霊か神を呼び寄せて憑依させればあっという間に式神の完成である。簡素だが単純な命令ならこなしてくれる。
こいつに客間を監視してもらおう。
式神を置いたので台所へいく。手を打つと言っておきながらココへ向かったのには理由がある。タヌキからいただいた、というより押し付けられたお土産の行李をそこに置いているので、確認しに戻るのだ。
ヤツは大福が入っているとのたまっていた。だがそんな言葉を鵜呑みにするほど私は甘くない。もしかしたら杞憂かもしれない。だがいずれ紫さまへと差し出す品だ。注意するにこしたことはない。
台所に入った私は、行李へ近づき巻きついた紐を解いてフタを取った。中には紙で包まれたものが四つ身を寄せ合っている。
一つ取り出して、紙を開いてみた。ぼてっとした真っ白い大福が踊りでてきた。
なんだ。ふつうの大福か。だが、まだ安心してはいけない。
私はそれを鼻に近づけてみる。中に詰まっているらしいあんこの香りと、他にちがう香りがまじっている。これには嗅ぎ覚えがあるが、何だったか。
怪しいな。本当に大福だろうか。
「まさか馬の糞ではあるまいな」
思わず独り言が飛び出てしまった。馬の糞をおはぎにして人に食わせていた輩の話があったはずだが、私はそれを思い出していた。そんな悪戯をやっていたのは、キツネだったかな。もちろん私のことではない。
大福を両手にもって左右から力をいれると、半分に割れて、黒いあんこが姿を見せた。さらに真ん中には赤い大粒がぬめりとしていた。私はいっしゅん身を引いた。が、すぐにその赤い大粒の正体を知った。
いちごだ。
大福にいちご? おかしな取り合わせだな。
私はますますの怪しさを感じ取ったので、大福を捨ててしまおうかと考えた。だが、あんこの甘い香りと、いちごの爽やかな香りがゆらゆら鼻をついてくる。
ちょっと、食べてみてもいいかも。
ダメだ。紫さまの許可なしに無断でお土産を食らうなど、許されない。
けどこれ、本当に大福なのか? 汚物、ではないにしてもだ、危ない薬が混ざっていたりするかもしれない。
そうだ。安全だと誰が言い切れる。毒見。そう毒見だ。得体の知れないものを紫さまに差し出すわけにはいかない。私が食べて危険がないかどうか調べるのだ。
半分にわった内のいちごが埋まっているほうを、私は口へ運んでいった。
そのとき袖がピンと、何もない空間へ引っ張られた。これは紙で作ったあの式神が、力を飛ばして私の袖をつまんでみせているのだ。
客間で異常が起きた報せだ。私は大福を包み紙にもどしすみやかに廊下を渡った。
客間へ着いたら、耳をひそめて中の様子をたしかめてみた。うん? なにも異常はないぞ。
念のため襖と襖の隙間からこっそり覗きこんでみたが、紫さまとタヌキが談笑しているばかりだった。
見上げると、式神が襖のてっぺんにぴったり張り付いている。こいつ勘違いをしたのだろうか。それとも実際に何かあったのか。
判然としなかったので、私は失礼しますと断ってから襖を開いた。
勇んで入ってみたはいいが何と言おう。
「ご用があれば申してください」
「なにを今更かしこまっているのよ」
きょとんとする紫さまにつっこまれた。ごもっともです。
「ご用があったらお望み通り呼んであげるから、あんまり一々入ってこないで。あ、そうね、じゃあ今からお茶のおかわりとお茶うけを持ってきてよ」
「お茶うけはタヌ……マミゾウさまが持ってきた行李のお土産で」
「ダメよ。大福はあとで食べるの。煎餅があったはずだからソレちょうだい。ほら、行った行った」
急かされるので仕方がない。私はおとなしく引き下がった。襖を閉じる直前にタヌキババアと目があい、にっこりこう言われた。
「小間使いは辛いのう」
誰が小間使いだ。
台所へ戻った私は、戸棚から煎餅を探しだしお茶を淹れなおし、客間へトンボ返り。それらを卓子へ置くと、紫さまからご苦労のひとこと、心に染み入る。
そうして再び台所に立つことになった私だった。気にかかることは、結局なかった。
ほうっと一息つく。
はて。何か忘れているような。と思ったらそうだ、大福を試食するつもりだったのだ。卓子には割れた大福がごろんと私を待っていた。
劇物か否かをたしかめるつもりだった私は、そんな当初の気持ちは少し薄れて、味にすこしだけの期待を持っていた。
心の片隅でワクワクしながら食べてみようと手を伸ばした。すると卓子の角から何かが這い上がってくるのが、横目に見て取れた。
このせわしない動きと黒光りするからだは、あいつではないか!
「オホォ!」
とっさに手を引きかけたが、いけない。大福を守らねば。私は割った大福を左手に、大福の入った行李を右手にすくいとってすみやかに後退した。
あいつは何を考えているのだか、卓子の中央まで動いたなりそこで止まってしまう。長く跳ねた触覚をじっくりと上下させながら、私かあるいは周りの空気をうかがっていた。
大福を危害のおよばなそうな木箱の中へとひとまず避難させ、そのあと黒いあいつを刺激せぬよう忍び足で台所の隅へいき、新聞紙の束をとって丸めた。
これで一撃のもとに仕留めてみせよう。しかしここ数週間は影も見せてこなかったというのに、出てくるとなれば唐突なものだ。
こいつらは急に飛びかかってくることもあるから、正面に立ってはいけない。側面か後ろから、一気に叩き潰すのが安全だ。さいわいこいつは卓子の上にいるので、後ろへ回りこむのは容易だった。
動く素振りをみせないが、動くとなれば弾丸の如くだからな。私はそのままでいてくれと願いながら新聞紙を振りかぶった。その直後に黒ん坊は方向転換をして……私へと走ってくるではないか。
私は距離をつめられる前に落ち着いた気持ちで打ち払った。
おや、手応えがない。周りを見てみるとあいつの姿が消えている。
しばらく台所じゅうを探しまわることになったが、結局みつけることができなかった。家具と家具の隙間、裏側もちゃんと覗いた。
どこに行ってしまったのだろうか。いなくなってくれたのなら死骸の処理をせずに済むし、楽ではある。不安も残るが。
しりぞけた。と大抵の人は思うだろう。じっさい私は心やわらいだ証に深いため息を吐いて、新聞紙のやりばに困っているところだった。
ふと見てみると、新聞紙の上にあいつがへばりついていたのだ。
「んガァ!」
とっさに新聞紙を投げ捨てた。あいつは空中で新聞紙から離れると床へ着地し、そのままこちらへ突進してきた。なんという早さ! 私は卓子に乗りあげどうにかやり過ごすことができたが、あと一つ遅ければ接触するところだった。
かさかさかさかさと、床のうえを好き放題に歩きやがって……。
こいつまさか、タヌキのせいで出てきたのではなかろうな。タヌキのニオイに釣られて出てきた。うむ、きっとそうだ。あの疫病神め。
私が卓子のうえで右往左往していると、客間でまた何かあったらしい、袖がピっと浮き上がった。げ、こんなときに。
うろたえた末、私は意を決して卓子から降りた。そして廊下へ一目散に逃げ出した。その足で客間へ向かい中をうかがうことになった。
こっそりと見。特に変わりはない。紫さまとタヌキが煎餅をほうばっている。お茶はまだ足さなくてよさそうだ。
おかしいなあ。
私のつくった式神の誤報はこれで二度目になる。作りがいいかげんだったのか、いたずら好きになってしまったのか。原因はなんだろう。
ああ、襖の向こうから紫さまとタヌキの会話が聞こえる。
幻想郷でうまいものが食べられる場所? うん、うん、たしかに里の茶屋の団子は絶品ですね紫さま。そうそう、◯◯屋のお餅もほっぺが落ちる勢いでしたね。そんな貴重なこと、婆さんなんかに教えてやらなくってもよろしいのですよ。
私が二人の会話に耳かたむけているとだ、またもや袖が引っ張られた。
私は襖の上にいる式神を見た。何用だという意味をこめて。ひらひらする式神の、腕にあたる部分が、私をちょんと指さしている。こいつ、主人である私を不審者扱いするつもりか。
いや待て、さしているのは私ではない。もしや私の下か。
そっと見下ろしてみると、視線をよこぎる黒い影。
ここで無様な声をあげるわけにはいかなかった。私は吐き出されそうになった悲鳴をぐっと飲みこんで、つま先立ちでその場から離れた。
そういうことだったのか。式神が反応していたのはこいつだったのだ。ということは、今この屋敷を少なくとも二匹の悪魔が跋扈しているワケではないか。一匹は台所に、一匹は客間の周辺に。
紫さまがお気づきになると「掃除を真面目にやらないからよ」などと小言をいわれて大変だろう。そうなる前に対策をうたねば。
バケモノめ。これ以上生かしておくわけにいかないぞ。
廊下を猛進する目の前のマトを私は見定めた。どんなに足が達者でもしょせんは虫だ、弾ひとつで片付けてやろう。
私が念じるとそれに応えて一粒の光弾ができあがる。もうひと念じすると、弾はあいつ目がけて飛んでいった。
弾は、廊下にあたって綺麗にはじけた。あいつが、廊下をさらに奥のほうへ進んでいくのが見えた。私は続けて光弾を生み出し、こんどは三発おみまいした。
これでいけると思いきや、無理だった。ピンピンしている。なんて回避力だ。
しかし、当たらずとも警告くらいの効果はあったようだ。どんどん客間から遠ざかっていく。今はまだそれでいい。好きなだけ逃げればいい。後で見つけ出して息の根を止めてやる。
「藍、あなたさっきから何をしているの」
「ホアアアアア!」
紫さまがいつの間にか廊下に出てきていらっしゃった。
「なによ変な声だして。廊下でどうしてたの」
紫さまが向こう側にちらちらと目線をやっている。あいつを見られてはマズいので、私は紫さまの後ろへ回りこみながら喋ることで、注意をそらしてみせた。
「い、いえ、紫さまが危険な目にあわぬよう、そのですね、廊下を警備して」
「やるのは勝手だけどもっと静かにおねがい」
厳しい目を向けられてしまった。
私はとぼとぼ台所へもどった。私が留守にしていた間にあいつはまた消えている。気分がすすまないが周りを探してみることにした。どこにもいなかった。もしやと思い、捨てられてあった新聞紙も確認してみたが、いない。
突然でてきて突然いなくなって、まるで嵐のようだったな。なんて語っている場合ではない。次にいつ出てくるか分かったものではないから、本格的に手段を講じねば。お札をつかって罠でもはってしまおうか。
だが何か忘れているような。
すぐ思い出した。大福をまだ食べていなかったのだった。
大福を避難させていた木箱を開こうとしたが、すこしためらう。この中にあいつが潜んでいるなんてことは、ありはすまいな。
恐る恐る覗いてみた結果、そんなことは全然なかった。割れっぱなしの大福と大福をいれた行李は無事だった。
私は手早く割れ大福だけを取り出してフタを閉じた。これを食べようとすると必ず邪魔が入っている気がする。どうか今回は平穏に。
いちごの埋まった大福のかたわれを口へほうりこむ。大福を食べるだけなのに緊張する。
……味わってみると、美味だった。いちごが粒ごと入っているのもあって私の口にはやや大きかったが、この味を前にすると些細な話だ。率直にうまい。世にはまだまだ知らない食べ物があるのだなあと、感心した。
馬糞ではなさそうだ。いちど飲み込んだあと、残っていたかたわれも食べてしまった。いちごはなくとも風味があんに染みこんでいて、いい感じ。
タヌキのくせに粋なお土産をくれるじゃないか。まあ私は詳しくないがそこそこ名の知れた古ダヌキらしいからな。こういう食べ物が手に入るツテもあるのだろう。
私はもういちど細かくあいつの行方を探したあと、客間のお茶を淹れなおすために台所から出た。私の感覚ではそろそろお茶が尽きている頃だ。
廊下を歩いているあいだも足元への注意を払う。どこから奇襲されてもいいように、神経をとがらせておいた。
何事もなく客間へたどりついた私は、失礼しますといって襖を開いた。ちらと卓子の湯のみを盗み見る、やはり底を尽きかけだった。
お客さまと話しているときの紫さまが湯のみを傾ける頻度は、しっかり把握している。それを目安に、お客さま側のその頻度が多いか少ないかと比べて調整をかければよい。
お、タヌキ、きさまの湯のみはスッカラカンではないか。そんなに飲むのが早いとは思わなかったよ。さすが腹太鼓の持ち主だ。太鼓並みの胃袋ときたか。ハッハッハ……。
私がお茶を注ぐために近づこうとすると、紫さまが言った。
「ああ待ちなさい。お茶はいいわよ」
「はあ。わかりました」
「マミゾウはもう帰るんだって」
マミゾウの顔を見た。心地よい笑顔をしてこう言った。
「やあ面白かったぞ、女中のキツネどの」
そりゃあ紫さまとお話ができたんだ。面白くないはずがない。あと私は女中ではない。
紫さまと私で門の前までタヌキを見送ることになった。
タヌキは門を過ぎると地面から飛び立ったが、なおしばらくはこちらを見ながら手を振ってきた。じきにそれもやめ、後ろ姿ばかりが遠ざかっていくようになる。バカでかい猫じゃらしみたいな尻尾がよく観察できる。
すっかり見送った紫さまは背伸びをした。
「さあて、ちょっと寝ましょうかしら」
「大福はどうしますか」
「ああ、忘れてたわ。じゃあソレ食べましょうか」
一つ食べてしまったことは言っておいたほうがいいかな。
「大福は四つあったのですが、実は一つ食べてしまいました」
「せっかちね。どうせ貴方のことだから毒見とか何とか言い訳つけて食べたんでしょう」
するどい。
紫さまが笑顔で屋敷へ入っていった。私はいまいちど向こうの空を眺めてタヌキが本当に帰っていったことを確かめた。影も形もないな。タヌキ臭さが薄らいで気が楽だ。
私も屋敷へ入り、大福を用意するために台所へ向かったところ、その戸口から恐ろしい顔をした紫さまが飛び出てきた。私より先に大福を持っていくつもりだったようだが、なぜそんな顔色をしているのか。
まさかあいつと遭遇してしまったか。と思ったが、なにやら様子が違う。怒りの目は私を中心に据えているようだった。
「あっ、どうしました」
ぐいっと詰め寄ってきた紫さま。
「私ね、貴方が嘘をつくとは思っていなかったわ」
「う、うそ? いったい何をおっしゃっているのですか」
「大福はおいしかったかしら」
紫さまが私の顔に突きつけてきたものは、見覚えのある行李ではないか。あのタヌキめが持ってきた大福の入っていた行李。だが、今は空だ。
「あの。この行李がどうかしましたか」
「貴方は大福を食べたのよね」
「ハ、ハイ。一つだけ」
「ぜんぶ食べたでしょう」
「そ、そ、そんなワケが。三つ残っていたはずです!」
「じゃあその三つを探してみなさいよ」
「えっ、見当たりませんか」
逃げる、というワケでもないのだが。そういう気分で台所へ急いだ。紫さまがなくなったと言っている大福を探すために。
「ないわよ」
大福を探しはじめようとした私に、紫さまは冷たく言い放った。言葉に凍りつかされたように立ち止まった私は、その裏で大福の消えた理由をひっしに考えていた。そこである予想が浮かんでしまった。
「分かった! もしやゴキブリの仕業ではないでしょうか!」
私は大真面目のつもりでそう言った。
残念ながら、紫さまには私がふざけているように思えたようだ。紫さまの眉根がたちまち潰れてもう凄まじい睨め付けがはじまった。
か、のように見えたのだが穏やかな顔にもどっていった。こ、これは怖い。
「あ、あのですね。どうか穏便にお願いします紫さま。私は大福をぜんぶ食べていません。本当です。ゴキブリは失言でした。訂正します。あはは、ゴキブリがあんな大きな大福を食べきれるわけありませんものね。い、いえ、ふざけてなどいません。ああっ! か、傘をしまってください。逃げません。逃げませんから傘をしまってください、傘を……」
…………。
あとで、あとで、気づいたことがある。
後日、掃除をしていたとき、台所の隅っこと廊下の目立たない場所から木の葉を二枚みつけた。拾ってみるとかすかに力が感じられた。ただの木の葉ではなく、何かに利用されていた物のようだった。
やっと分かった。黒い双子はタヌキが生み出したものだったのだ。私が紙で式神を作ったように、あいつは木の葉で式神を作った。
大福が消えてしまった理由も分かった。それは初めから一つしかなかったからだ。私があったと思い込んでいた三つの大福はマボロシだった。調べてみると行李自体に術のかけられた形跡があったので間違いない。
あの化けダヌキめ紫さまと会話するいっぽうで、私にちょっかいをかけていたのだ。ご丁寧なことに術は緻密にほどこされていた。簡単にはバレぬようにと。
ヤツは、キツネが心底嫌いという話だそうだ。それはこちらとて同じだ。タヌキなんて田舎臭い茶色いケモノを、どうして好きになれようものか。私を騙していい気になっているようだが、そうはいかん。いつか必ず恨みを晴らしてやる。
しかしなあ。
事前に気づけなかったのが実に悔しい。
気づけなかった……気づけなかった? そうなると……紫さまもタヌキに騙されていたことになりはすまいか。あんなヤツ。紫さまの目を欺けるような強者とは、とても思えなかったのだが。
もしかして。
いや、まさかそんな……。だが、もしかして……。
紫さまも……一緒になって、からかっていた、のか?
これはマミ藍!?
手玉に取られる藍様が実に藍様らしいですw
藍とマミゾウの関係はこんなのもありかなとw
実力的には藍≧マミゾウ(あまり差は無し)あたりになりそうな気もするけど、老獪さや手玉に取るのはマミゾウ>>>藍といった辺りでしょうかな。
逆にマミゾウさんでは一歩劣る分野もあるのでしょうね
それはともかくムキになって化かされる藍様かわいい
Gは強いけど、マミゾウおばあちゃんはもっと強かった。手玉に取られる藍しゃま可愛い。
グレイズするGを片手間に作り出す辺り、やはり年季が違った。
これはマミ藍!?
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この組み合わせは今後に期待だなw