「図書館の司書が欲しいのよ。魔法だけで整理するにも、限度があるしね」
「はあ」
うん、ノーレッジ様のお話はよく分かります。
よく分かるんですが…どうしてそんな話を最近館に雇われたばかりである門番なんかにするんでしょうか。訳が分かりません。
そんな私の反応を読み取ったのか、ノーレッジ様は少し不満そうに口を結んだ後に、私の胸をそっと指差す。
ノーレッジ様の指差す先にあるは、私の胸の上に付けられた『紅魔館従者見習い』のバッジ。一応、これより三カ月は試験運用期間
ということで、私を始めとして新人の皆さんの胸の上にはこのバッジが付けられています。
過去に逸話に残る程の歴史を築いた妖怪も、私のような出所すら胡散臭いような妖怪も、雇用された人はみんな仲良く研修バッジです。
その私のバッジが一体どうしたと…そんなことを考えていると、ノーレッジ様はとんでもないことを言いだしました。
「私がこの館の主と交友関係にあるということは知っているでしょう?」
「ええと…まあ、先日お嬢様直々に説明されましたしね。『基本地下に引き籠ってるから、貴女達が会うことはないわ』と
言いつけられていただけに、今日こうしてノーレッジ様に呼びだされたことに驚いているんですよ」
「人を引き籠り扱いとは言ってくれるわ。貴女、そんなに首になりないの?」
「滅相もない。そもそも言ったのは私ではなくてお嬢様でして…いやいやいや、何故にそんな物騒なお話に?まだ試験運用期間始まって一日ですよ?」
「残念ね。私も一応、この館の住人として従者の採用の合否に関する決定権を持っているのよ。これが何を意味するか分かる?」
「分かりません故、単刀直入に言って貰えると」
「貴女は私の図書館の司書として採用。これ以外は認めない。OK?」
「あの、私の研修部署は門番なんですが…」
「貴女さえ首を縦に振れば異動なんて直ぐよ。横に振れば館の外にサヨウナラだけど」
「選択の余地も何もあったものじゃない。鬼ですか?ノーレッジ様は鬼なんですね?」
「種族は確か魔法使いだった気がするわ。それでイエスか肯定か、二つに一つよ」
「真実はいつも一つじゃないですか。バーロー」
「首になりたいの?これから夏に向かって暑くなっていくという中で野宿?それはそれは素敵なサバイバル生活ね」
お父さん、お母さん、私は今日初めて知りました。魔法使いとはかくも恐ろしい狡猾な生き物だったのですね。
妖怪として一端になったつもりの私でしたが、世界はまだまだ知らないことばかりです。こんな恐ろしいことを
平然とのたまう存在なんて決して許してはいけないと思うんです。思うんですが、野宿はもう嫌なので私は逆らうことなんて出来ません。
ずっと山奥で過ごしてて、家族以外の妖怪なんて会ったことも無いような、そんな田舎者の私が生まれて初めての都会で見つけた
妖怪専門の就職先なんです。なんとしても三年は噛り付いていないと、次の転職もままならないのです。
…まあ、ノーレッジ様の言い方こそ無茶苦茶ですが、別に私はNOというつもりはありません。門番として試験運用を受けることが
図書館に変わっただけで、別にお給金や雇用条件が変わる訳ではありませんし。ただ、一つだけ気になったことは質問させて貰います。
「勿論喜んで図書館で働かせて頂きます。働く場所が変わるだけですし、何の問題もありませんから」
「そう、賢明な判断ね。これでNOと言われていたら、色々と面倒だったし助かるわ」
「時間をかけて説得でもしてくれる予定だったんですか?」
「操心術もその手の薬も面倒なのよ。本当に嬉しいわ、楽が出来て」
「うわー、微塵も偽ることのない素敵な本音だー」
「よく観察しておきなさい。これが貴女のご主人様になる女の人間像だから」
「私のご主人様はレミリアお嬢様だったと思うんですが…ところでノーレッジ様、最後の質問良いですか?」
「どうぞ。給与なら貴女の働き次第で幾らでもプラスアルファを付けてあげるわ」
「マジで!?いや、そうじゃなくて」
「要らないなら付けないけど」
「要るに決まってるでしょボケ魔女…もとい世界で一番優しくて格好良くてお美しくて素敵な魔法使い様」
「惜しかったわね。もう少し撤回が遅ければ、段ボールという素敵なマイホームにご招待してあげられたのにね」
「研修初日で切られてたまりますかコンチクショー…じゃなくて、最後の質問!」
「はいはい、答えてあげるからさっさと言ってみなさい」
会話が面倒になってきたのが丸わかりな様子(本読みながら返事してんじゃないですよド畜生)のノーレッジ様をスルーして
私は一度大きく深呼吸した後に、本日ノーレッジ様に呼ばれ異動を告げられた時より考えていた疑問を口にします。
「今回の紅魔館従業員募集、私を含めて沢山の妖怪が採用されましたよね?」
「されたわね。ちなみに妖怪だけじゃなくて人間や魔法使い、妖精から半妖まで多種多様に採用してるわよ。
数は貴女を含めて百と二十二人。種族の内訳を訊きたいかしら?」
「いやそんなもんは微塵も興味が無いからいいんですよ」
「そう?ちなみに貴女の実力は、私達の審査結果によると今回採用された人妖怪の中で上から百と十五番目。おめでとう」
「それって下から八番目ってことじゃないですか!私どんだけ弱いんですか!妖精にも負けるんですか私は!」
「今回採用された妖精は過去に三百九十二の人妖を返り討ちにした逸話を持つ超妖精らしいんだけど、貴女勝てるの?」
「勝てませんよ!大陸のド田舎の山奥でお父さんとお母さんとずっと過ごしてた私がそんな異次元妖精にどうすれば勝てるんですか!?
こちとら人間どころか獣の一匹も一人で殺したこともない純粋培養の甘やかされ系妖怪なんですよ!勝ち負け以前に会いたくないですよ!」
「土下座でもして靴でも舐めれば勝ちを譲ってくれるんじゃない?やってみれば?」
「負けてますよねそれ。人として完全に終わっちゃってますよねそれ」
「大丈夫よ、貴女は人じゃないもの。それで、質問は終わり?」
「終わってませんよ!ノーレッジ様が早口で無駄に横道ばかり逸れるから会話が全然終わんないんですよ!」
「そう、何でも他人のせいにして逃げを打つ、それが貴女の処世術って訳。随分と素敵な生き方をしてきているのね」
「してねーよ!ああもう、話が終わんないから単刀直入に訊きますよ!?
そんな伝説だか逸話だかを持つ妖怪とか妖精とか今回沢山沢山沢山沢山採用されたんでしょ!?」
「したわね。それで?」
「そんな素敵な連中が沢山存在しているのに、どーしてノーレッジ様は私なんかを図書館の司書にしようと思ったんですか!?
自分で言うのもあれですけど、私は田舎から出てきたばかりで歴史も逸話も実力も何にもない妖怪なんですよ!?それなのにどーして…」
私の質問に、ノーレッジ様は『なんだ、そんなことか』と軽く息をついて手に持っていた本を閉じる。
そして、少し考える仕草を見せた後、ノーレッジ様は言葉を紡ぐ。
「私、こう見えても友達思いなの」
「……は?」
「だから確保。私の親友は世界で一番我儘で自分勝手、けれど世界で一番素敵なお姫様なのよ。
今回はあの娘が当主になって初めての配下採用だからね。だったら残してあげたいじゃない」
「…いや、本気で意味が分かりませんから。お願いですから私にも理解出来る言語でお願い出来ます?きゃんゆーすぴーく…」
「私はナイフを探していたの。大量によく切れなくても構わないから、折れない曲がらないとびきりタフなナイフをね。
一本はレミィ直々に探し当てることが出来たみたいだけど、あの娘はまだ経験が少ないから全てを探し当てるには至らない」
「駄目だコイツ…早く何とかしないと…って熱ぅぅぅいいいいい!!!!?」
「初仕事よ。床の掃除よろしく」
私の小さな呟きが耳に入っていたらしく、ノーレッジ様はティーポットに入っていた紅茶を容赦なく私へとぶちまけた。
転げまわる私に興味を失したのか、ノーレッジ様は掃除の命令だけを残して再び読書に戻っていった。
涙目で床を這いずりながら、私は心の中で言葉を紡ぐ。
お父さん、お母さん、都会は本当に怖いところです。
やはり二人の言う通り、都会への憧れなんて捨てて田舎に引き籠っているべきでした。
私、紅美鈴が生まれて初めて就職した館、紅魔館はとんだブラック企業でした。
そして私、紅美鈴の直属の上司となる魔法使い、パチュリー・ノーレッジはとんだ鬼畜上司でした。
――嗚呼、何もかも捨てて故郷に帰りたいです、くすん。
「相席、構いませんか?」
ノーレッジ様に異動を告げられてから一週間目の朝。
共用の食堂で朝食(パンと目玉焼きとサラダ。ワインがついてたけど、朝から飲むとノーレッジ様の小言が恐ろしいので飲んでない)を
摂っていると、私の頭上から幼い少女の声が聞こえる。ふと私は顔を上げ、その相手を確認してコクンと頷く。
私の許可に礼を言いながら、その少女は私と向かい合うように席につく。少女の容貌、声、その姿に私はそう時間をかけずに相手の名前を声にする。
「咲夜ちゃん…だっけ?」
「ええ、そうです。お久しぶりです、美鈴さん」
「久しぶりだね。何時以来かな、最終面接の待合室以来だっけ」
「そうですね。美鈴さんとはお嬢様の採用挨拶のときにはお会い出来ませんでしたので。
それに私、普段はこの食堂で食事を摂っていませんからお会い出来る機会も中々…」
「ふーん、成程成程。ま、とにもかくにも合格採用おめでとう、だね」
「ええ、美鈴さんも」
お互いに祝福しあい、笑みを零し合う。うーん良い娘ね。
最終面接での挨拶の時から分かっていたけれど、本当に咲夜ちゃんは良い娘だ。しっかりしてるし、礼儀正しいし。
何はともあれ、咲夜ちゃんも無事に採用されてて良かった。これで私は咲夜ちゃんと同期って訳だ。末永い付き合いになるだろうし、
しっかりと咲夜ちゃんと交友を深めていかないと。…永い付き合いになる、わよね。私の心が折れてリタイアしないかぎり、そうなる…頑張れ、私。
咲夜ちゃんは既に朝食を摂り終えてるのか、何も持たずに席に座ってる。そしてじっと私を見てる。
…ああ、私が食べ終わるのを待ってるのか。そして話がしたい、と。食事の邪魔はしたくないから、今の私に声をかけないんだ。本当に
律義な娘ねえ。そんなことを考えながら、私は最後の一切れとなったパンを水で流しこみ、咲夜ちゃんに話しかける。
「どう?紅魔館で働くようになって一週間だけど、生活には慣れた?困ったこととかない?」
「そうですね、お嬢様や皆様がとても良くして下さってますから私は大丈夫ですよ。むしろ幸せ過ぎて怖いくらいです」
「そっかー。それは良かった。咲夜ちゃん人間だからね、妖怪とかに虐められてないかちょこっと心配だった」
「あはは…部署が部署ですから、それはありませんよ。本当、お嬢様には感謝してもしきれません」
「部署…ちなみに咲夜ちゃんの所属は何処になったの?」
「レミリアお嬢様直属の専属メイド隊です。お嬢様の身の回りのお世話に関する事を日々学ばせて頂いてます」
「おおう、まさに希望通りで良かったじゃない。咲夜ちゃん面接で言ってたもんね、『レミリアお嬢様に全てを賭して尽くしたい』って」
「は、はいっ。私の命はレミリアお嬢様に救われた命ですから、だからお嬢様の為に働くことが出来ること、それが本当に嬉しいんです」
キラキラと目を輝かせて語る咲夜ちゃんの何と眩いことか。そんな姿に私は心の中で大きく溜息をつく。
多分、『この差』だ。私と咲夜ちゃんの『この差』を神様は感じ取ったんだろう。だから咲夜ちゃんはレミリアお嬢様の傍に行き、
私は鬼畜引き籠り魔女に扱き使われる毎日なのだ。レミリアお嬢様の為に全てを賭して生きると誓った咲夜ちゃんの覚悟と、
『名門出の吸血鬼が従業員募集してる待遇も良いし受けてみよう』なんて気持ちで面接を受けた私の覚悟、そんなものは比べること自体咲夜ちゃんに失礼だ。
だけど、こればかりは仕方ない。何故なら私にはレミリアお嬢様との確固たる絆も何も存在しないのだ。
咲夜ちゃんのようにレミリアお嬢様に何かを救われた訳でも心酔した訳でもない。私にとってお嬢様は雇用主。そしてお嬢様にとって
私は唯の従業員A。その咲夜ちゃんとの違いは何をしても埋めることの出来ない決定的な差なんだ。
でも、それは構わない。だって私はレミリアお嬢様の為に命を賭けるつもりもないし、その覚悟も無い。正面から会話したことのない
相手にそんな想いは抱けない。だから、咲夜ちゃんと差があっても納得する。するけれど…
「せめて唯の見習いAくらいのポジションで良いじゃない…私は給料貰えて普通の生活が出来ればそれで良かったのに
どうしてあんな世界一性悪魔法使いの部下になんて…」
「美鈴さん?どうしました?」
「何にも。それより咲夜ちゃんはお嬢様付けのメイド隊なんだよね。ということはお嬢様と会話してるんだよね。
どう?お嬢様はどんな人…じゃなくて吸血鬼?咲夜ちゃんを蔑ろにしたりしない?」
「は、はい!お嬢様はとても素敵な方で、いつも私のことを気にかけて下さって…
この前、私が不手際を起こして調度品を壊してしまったときも、『調度品などどうでも良いよ。それより咲夜、怪我はないわね』って…」
咲夜ちゃんの話を聞きながら私は一人思う。お嬢様ぱねえ。大物なんてレベルじゃない、お嬢様マジ超大物。
失敗した時にそんなこと言われたら、そりゃ誰だって惚れる。しかも相手は由緒ある吸血鬼のお嬢様。それが一介の人間にそんな
台詞を吐かれたら…つーか本当に何よこの私の上司との差は。咲夜ちゃんが羨ましい以上にお嬢様が素晴らしい以上にあのクソ魔法使いは何なのよマジで。
仮に私がノーレッジ様の前で同じ失態をすれば、二十四時間ネチネチ言われるわね。加えて給料から調度品分+慰謝料迷惑料徴収。加えて
言えばお仕置きと言う名のお仕事追加も当然あるでしょうし。本当にもう…私と咲夜ちゃんの上司、どうしてこんなに差がついたのか、慢心、格の違い云々…
ダウンな気持ちが続く私に、咲夜ちゃんは可愛らしい笑顔のままに私にとってあまり聞かれたくない質問を投げかけてくる。
「ところで美鈴さんの配属はどちらに?希望通り門番隊の方になれたんですか?」
「あ~…なれた、ことはなれたわね。本当に一瞬で終わったけれど」
「えっと…それはどういう」
「配属は門番隊になれたの。それで研修初日に紅魔館のお偉いさんからお呼び出し。
何かと行ってみれば『お前門番隊クビ。異動』だって。はは、もうね、何も言葉も出やしないってね」
「あ…あの、えっと」
「ああ、大丈夫大丈夫。そんな顔しないで、お姉さんもう元気取り戻してるから。気にしないことにしてるから。
ただ問題はその異動先でね…配属が私一人しかいない上に、上司がもう本当、言葉に出来ないくらい…ね」
「そんなにですか?美鈴さんの所属、お聞きしても…?」
「ん。どーぞ」
咲夜ちゃんの質問に、私は先日図書館にてノーレッジ様から貰った名刺を彼女の差し出した。
その内容を見て、咲夜ちゃんは目を丸くする。そりゃそうだ。だってその紙にはこう書かれてるんだもん。
『紅魔館地下大図書館 パチュリー・ノーレッジ付 下僕見習 紅美鈴
※私の所有権はパチュリー様にあります。勝手な持ち出し厳禁。許可が欲しい場合は大図書館まで要相談のこと』
そんなもん見せられたら誰だって言葉失うわ。何よ下僕見習って。これじゃ見習い卒業しても下僕じゃない。
せめて司書見習とか従者見習にしろって文句言っても、あの魔女には馬耳東風。自分の好きなことしかやらない訂正しない
なんつーまあ好き勝手な生き様なこと。世界一のお姫様はお嬢様じゃなくてノーレッジ様だと私は思うわ本気で。
目をぱちくりとさせて、何度も名刺と私との間で視線を往復させる咲夜ちゃん。そりゃ誰だって自分の目を疑うわよね、下僕見習いって。下僕見習って。
私は大きく溜息をつきながら、咲夜ちゃんに口を開く。折角だもの、愚痴の一つくらい言っても構わないでしょ。
「本当、笑えるでしょ?それ作った人って冗談でも何でもなくてマジでそれ作ったのよ?
もうね、本気で感性を疑うわ。何よ持ち出し厳禁って。私はノーレッジ様の道具かっつーの。私は図書館の備品じゃないっつーの」
「あ、あの、美鈴さん、美鈴さんってその…」
「いい、咲夜ちゃん。悪いことは言わないから決して図書館には近づいちゃ駄目よ。
あそこには紫色の悪魔が棲んでるの。純真無垢な咲夜ちゃんなんて足を一歩踏み入れるだけで玩具にされちゃうわ。
だからお姉さんとの約束ね。あの紫クソ魔法使いに絶対に触れることなかれ…って痛っ!?」
熱心に咲夜ちゃんに忠告の言葉を並べ立てていると、突如として私の後頭部に小さな衝撃が走る。
何事かと後ろを振り返ると、そこにはクシャクシャに丸められたノートの一ページのようなものが。
何だこれと思いながら開くと、中から出てくる小さな宝玉。誰よこんな堅そうなもんを人の頭にぶつけた奴は。文句を言いながら、私は
開いた紙切れの方へ視線を向け、瞬時に顔を青くする。
「あの、どうしたんですか?急に美鈴さんの顔色が…」
「……や、やばああああああああああい!!!!うおおおおおおおおお!!!吹き荒れろ私の小宇宙ーーーーーー!!!!」
「め、美鈴さん!?」
咲夜ちゃんに返答も返さず返せず返せる訳もなく。私は紅魔館の廊下を駆け抜け一陣の風となる。
私にぶつけられた紙切れにはたった一言、メッセージが乗せられていた。それは私にとってどんな呪言よりも重い言葉で。
『出勤時刻を二十分オーバー。同僚に対する上司の陰口。随分素敵な勤務態度ね。
貴女が心から望んでいるようだもの。段ボール生活、心からお祝いさせて頂くわ。by貴女を想う世界一性悪魔法使い』
その日における私の一日の仕事は本の整理ではなくノーレッジ様への土下座であったことは言うまでも無い。
お父さん、お母さん、働いてお金を稼ぐということは本当に大変なことです。美鈴、全然知りませんでした。社会は本当に怖いところです。
それからの一カ月は気付けばあっという間に過ぎてしまった。
朝起きては食事を摂ってノーレッジ様に扱き使われ、昼食を摂ってはノーレッジ様のパシリにされ、夕食を摂ってはノーレッジ様の奴隷にされ。
もう寝てる時と食事の時以外の全ての時間をノーレッジ様の良いように玩ばれ…もとい、使われているような気さえする。もう寝ても覚めてもノーレッジ様。
あの衝撃の異動から一カ月、ずっとノーレッジ様の部下として走り回っていた私だけど、まだ紅魔館で働くことが出来ている。
始めの二週間くらいは『いつこの館から脱走してやろう』なんてことばかり考えていた。正直それくらい精神的に参っていた。
でも、そんなことを考えてるときに限ってあの魔女様は鋭い。私の方を見ながら、ボソリと『そう言えば何も言わずに紅魔館から逃げ出した
従者の最期ってどうなるか知ってる?』とか『レミィって裏切り者に対して誰より残忍かつ冷酷になるのよねえ』とかとんでもない
独り言を話し出す。その度に私は恐怖に震えて『脱走は明日にしよう』と心に誓っていた。
本当に辛かったのは最初の二週間。それが山場だったと振り返ってみて思う。
二週間を過ぎて、三週目に入ると、少し余裕が出てきたのか周りが視界に入るようになってきた。
例えば、ノーレッジ様が私の思うほど最低最悪な上司ではなかったということ。
いや、性格が悪いという感想は今も変わっていないし変えるつもりもないけれど…それでもノーレッジ様は言うほど悪い上司ではなかったりする。
例えば、私の仕事に関してノーレッジ様はかなり教育面に力を入れて下さっている。
異動が決まった翌日、ノーレッジ様は私に対する教育方針、教育計画表、教育進捗状況相互確認表などなど、私のこれから先の
教育予定を纏めて下さり、その内容について事細かに説明して下さった。最初は『何この面倒なの』とか思っていたんだけど、
後々で知った事実によると、それらをノーレッジ様は一晩徹夜をして作成して下さったらしい。本人に確認を取ったから間違いない。
ノーレッジ様曰く『私は睡眠を摂る必要がないから何の問題も無いわ。それに、貴女の教育を疎かにして余計な仕事を増やされる方が面倒だもの』
なんてつまらなさげに一蹴されてしまったけれど。
そして、実際に仕事を行う上で、ノーレッジ様は決して私を蔑ろにしないことにも気付いた。
自慢じゃないけれど、私には誇れるような智慧や常識が無い。長い間、両親と私だけで田舎の山奥に住んでいた妖怪だから、
碌に学も無ければ知識も無い。そんな私だから、ノーレッジ様に与えられる司書としての仕事に詰まることなんて日常茶飯事だ。
そんな際には、ノーレッジ様に質問をするしかないのだけれど、私のどんなに下らない小さな質問にもノーレッジ様は答えを返してくれた。
馬鹿な私にでも分かるように、時には丁寧に言葉を砕き、私が咀嚼しやすいように話してくれた。
また、私に対して『下僕』だの『馬車馬』だの言うものの、ノーレッジ様は私に極端な無理をさせるようなことはしない。
例えば、休憩。ノーレッジ様は二時間に一度は必ず私に休憩を取らせている。その時の理由は様々だ。やれ『紅茶を飲むから話し相手になれ』だの
『面白い魔法を考えたから、ちょっとこっちに来て話を聞け』だの『暇だから貴女の話を聞かせなさい』だの。とにかくまあ、理由は毎日違うものの
ノーレッジ様は理由をつけては自分に休憩を与えてくれていると最近ようやく気付いた。
…気付いたんだけど、まあ、本人には当然言わない。いや、だって言っちゃうとまるでノーレッジ様が『良い人』みたいだもの。
確かに上司としてのノーレッジ様が想像以上に良い人で。最悪だと思っていた上司が実はそうじゃなくて。
そういう事実は認めているんだけど…それとノーレッジ様の性格が最悪ではないということは=(イコール)関係ではない訳で。
私は軽く息をつき、訪れてしまった我慢の限界を堪えられずに咆哮一声。
「なんで折角の休日に私は上司宛ての手紙の代筆なんかさせられとるんじゃああああああ!!!!!」
「無駄口は良いから手を動かす。それで作業は終わったの?」
「あ、すみませんあと三枚程…って、違う!!作業の進捗状況なんてどうでもいいんですよ!
なんで!私が!ノーレッジ様に届いてる手紙の!お返事を!書いてるんでございましょうか!それも仕事がお休みの休日に!」
「何故って、貴女が言ったんじゃない。休日は暇ですることなくて持て余してるって」
「言ったよ!そりゃ先日の休憩時間にそんなことも言いましたよ!
でもだからって仕事がしたいなんて言ってないですからね!?何が悲しくて折角の休みまで貴女にパシられにゃならんのですか!?」
「仕事じゃないわよ。これは私宛の手紙の代筆だから、完全な私の私用よ」
「猶更酷いわ!何で私が休日にノーレッジ様の私用に付き合わされてんですか!?
しかも手紙の内容のうち半分がラブでレターな内容じゃないですか!貴女何別の女にラブレターの返事書かせてるんですか!?」
「下らないと握り潰されてゴミ箱に捨てられるよりも、別の女からでも返信が来た方が嬉しいのではなくて?言わば私の優しさかしら」
「その見当違いの優しさに私は振りに振り回されてるんですけどね!?
『突然のお手紙失礼いたします。私はノーレッジ様の部下の紅美鈴と申します。ノーレッジ様がご多忙により、恋文のお返事を…』って
こんなお返事あるかー!!こんなふざけたラブレターなんぞ黒山羊さんじゃなくても読まずに食べたくなるわ!!」
「面倒ねえ…それじゃ連中に直接会って断ってきて頂戴。『自分の身の程を弁えなさい』って」
「嫌だよ!!そんな強烈過ぎるお返事のメッセンジャーなんかなったら私三秒で魔法使い連中に消し炭にされちゃいますよ!?」
「大丈夫よ。連中が集まったところで私一人の足元にも及ばないから」
「私の頭上は遥か超えるよ!!戦闘経験皆無の紅魔館新採用戦闘ランキング百二十二人中の百十五番舐めんな!」
私の反論もどこ吹く風。ノーレッジ様は軽く微笑みながら、読書を続けるだけ。
くそ…本気で自分で返答書く気ゼロだよこの人…ありえないですよ。恋文の返信を他人に書かせるとか本気で有り得ない。
…というか、休日に呼びだしてワザワザこんなことさせる理由、全部私をからかうためのような気がしてきた。在り得る。他の
誰でもないノーレッジ様なら在り得る。教育者として、上司としては認めるけれど、やっぱりこの人の性根は根本から腐り落ちてるのよ。
そりゃ読み書きを教えてくれるのは感謝してる。常識を教えてくれるのは感謝してる。でも、でもやっぱり性格だけは認められない。
多分、ノーレッジ様はお母さんのお腹の中に優しさとか思いやりとかそういう感情全てを置いてきてしまったに違いない。だからこそ、
こんなにも性格が…そこまで考え、私は自分に向けられた突き刺さる視線を感じた。
その発生源はノーレッジ様。物凄く見事なじと目をしながら、私に言葉を紡ぐ。
「私のことを馬鹿にしていたわね?それもかなり手酷く」
「うぇい!?さささあああ?一体何のことやら…」
「…お仕置きが必要ね。どうやら貴女はまだ自分の立場を理解していないと見える」
「理解してるよ!?滅茶苦茶鬼畜な上司にも負けずに頑張ってる健気な部下だって誰よりも理解してるよ!?」
「…命令。今から人里までお使いに行ってきなさい。人の悪口ばかりしか浮かばないその足りないオツムでも、買い物くらいは出来るでしょう。
ほらさっさと行く。この買い物袋の中に買ってきて欲しい本のリストと財布が入ってるから」
「酷いっ!ええ、ええ、行きますよ行きますよ、行きますともさ畜生!!行けばいいんでしょう行けば!!」
ノーレッジ様から渡される買い物袋をひったくり、私はぷんぷんと頬を膨らませながら図書館を後にする。
部屋を出て、私は財布と本のリストを確認する為に袋の中を覗き込む。そこにはリストと一緒に一切れの紙切れが入れられていて。
そこに書かれた文字を見て、私は小さく溜息をつく。本当に、あの人は…
「これだから、性格が悪いなんて言われるんですよ。こんな風だから、絶対に嫌いになんてなれないんですよ…あの性悪魔法使いめ」
ノーレッジ様に渡された紙切れに書かれた文字を見て、私はそう悪態をつくことしか出来なかった。
素直になること、それは今の私にはとても難しいことのように思えたから。だから今は子供のように。
『折角の休日なのだから、人里で遊んできなさい。お釣りは駄賃よ、好きなように使いなさいな。
それと頼んだ書物は休み明けしか受け取らないからそのつもりで。by貴女を想う世界一性根のねじ曲がった魔法使い』
「ノーレッジ様、この本達は一体何処に置けばいいんですか?」
「その本は向こうの紅い本棚よ。上二列目に空いている部分があるでしょう?そこに表題順で」
「了解です。それじゃ一仕事終わらせますか、っと」
「よろしくね。その作業が終わったら休憩にしましょうか。貴女の面倒を見続けて目が疲れたわ」
「へ~、そうなんですか。さっきは『貴女の面倒を見続けて腕が疲れたわ』でしたっけ?その前は頭でしたっけ?
そろそろレパートリーに困り始めた頃なんじゃないですか?お次は一体何処…痛あああああああ!!!!」
「…あら、先に床掃除から始めるつもり?殊勝な心がけね、でもそれは休憩後でも構わないのよ?」
私の台詞の終わりを待たずして、ノーレッジ様は手に持っていた本(何処の大辞典だってくらい分厚い本)を私の頭にゴスッとぶつけてきた。
あまりの激痛に床を転げまわる私に対して今の一言。ちなみに本には傷つかないように強化だの何だの色々な魔法が重ねがけされてるから
私の頭をどついたくらいじゃ傷一つつかないらしい。だからと言って魔法で本を飛ばして人をどつくなんて…!
「誰がっ、床掃除だっ、この、性悪魔法つかぃひぎぃ!?」
「ああ、本の片づけはやはり休憩の後にしましょうか。先に紅茶が飲みたくなってしまったわ。
そういう訳で美鈴、悪いけど紅茶を淹れて頂戴…ああ、何?もう道具を準備してくれるのね。貴女は本当に優秀な部下ね」
浮遊魔法で私の顔面にティーポットをぶち込みながら、ノーレッジ様は楽しげに微笑んで下さっている。
当然、このポットも魔法で強化されており、私の顔面にハイスピードでぶち当てようが割れることなんてない訳で。
そう、本も傷つかないしポットも割れたりしない、実に画期的かつ素敵なお仕置き法…って、
「死ぬわ!こんなお仕置きばかりされてたら仕事の前に私が死んじゃいますよ!!」
「この程度で死ぬ妖怪がいたらそれこそ歴史に名を残せるわよ?それもそれで面白いか。
ねえ、私も加害者として歴史に名を残してみようかと思うのだけれど」
「ノーサンキュー。そんなことで歴史に名を残したら、間違いなくお父さんとお母さんが泣きます。泣き崩れます」
「…それ以前に人間達が咽び泣くと思うけれど。仮にも神と崇め奉られるモノの死因がティーポットだなんてね」
「は?何か言いましたかノーレッジ様」
「何も。それで、どうするの?貴女が休憩を不要だというのなら、仕方が無いから私が貴女の分まで休んであげるけれど」
「要るよ!滅茶苦茶必要ですよ!職場でパワハラ三昧な私にとって、この時間が唯一の安らぎの場だというのに」
「パワハラ?それはいけないわね。上司として私は貴女を護る義務があるわ。困ったことがあったらいつでも相談なさい?」
「言えないよ!なんでパワハラしてる張本人相手にパワハラの相談するんですか!?」
「決まってるじゃない。聞いて、困り果ててる貴女の顔を見て楽しむのよ」
「楽しむだけ!?改善は!?」
「改善?何を馬鹿なことを。貴女の上司がこんなに素敵な訳が無い。私に改善の余地なんて有り得ない」
「自分で言ってるよ!?この人自分でとんでもないアホなこと言っちゃってますよ…って熱ぅぅぅ!!!!!!」
「随分と喉が渇いていたみたい。もう飲みほしてしまったわ。悪いけれど、お代わりお願いね」
文句を言い続ける私に容赦なくカップの紅茶をぶちまけるノーレッジ様。ううう、最近本当に容赦が無い…
でも、こんなことをされても黙々と紅茶を淹れなおしてる私って…最近これもコミュニケーションの一種のように
思えてきた私って…もしかして、私ってあれなのか。虐められて嬉しい人なのか。ノーレッジ様にこんなことされるのを実は望んで…
「気持ち悪!心の底から気持ち悪っ痛あああああああああ!!!!」
「人の方を見て気持ち悪い気持ち悪いと連呼する。攻撃魔法を使われないだけマシに思いなさい」
「痛つつ…ん?」
再び空から舞い降りてきた超分厚い辞典をどけながら、私の視線はノーレッジ様の胸元へと釘づけになる。
そこにあるのはノーレッジ様の意外と大きなお胸様…ではなくて、小さなガラス細工のペンダント。そんな私の視線に気付いたのか、
ノーレッジ様は『あ』と一瞬表情を変えて、慌てて私に見えないようにペンダントを隠そうとする。だけど、もう遅い。
私はニヤニヤと楽しげに笑みを浮かべながら、ノーレッジ様に言葉を紡ぐ。
「それ、付けて下さってくれてるんですね」
「な、何よ…悪い?スカポンタンだけど、初めての部下からの贈り物だもの。無碍には出来ないでしょう」
「ノーレッジ様のことだから箱か何かにしまってはいそのまま、なんてことも想像したんですけれど。えへへ、嬉しいです」
「――べ、別に貴女が喜ぶことでもないでしょう。いい?私はただ、上司としての観点から…」
ノーレッジ様の説明という名の言い訳をスルーして、私はペンダントを見つめては頬の緩みを抑えられずにいた。
あのペンダントは、ノーレッジ様からお使いを言いつけられた日に、私が人里で買ったもの。休みを楽しんで来いとお小遣いまでくれた
ノーレッジ様に何とか意趣返し…もとい、恩返しは出来ないものかと考えに考えて私が買ってきたものがコレだった。
透き通るようなガラス細工、だけど大した加工も何もされてない無機質さの中に美しさを持つペンダント。それをお店で見つけた時、
ノーレッジ様に似合いそうだなって思った。そして、気付けば即購入。買っちゃったもんは仕方ないとばかりにノーレッジ様にプレゼント。
そのときにノーレッジ様は『私はこういうものに興味が無いから』と素気ない対応だったので、絶対に付けないだろうなと思っていただけに…
「いい、美鈴?私は――って、さっきから人の話を聞いてるの?」
「聞いてます、聞いてますってば」
「そう、それなら良いのだけれど…」
「ねえ、ノーレッジ様」
「な、何よ…」
延々とニヤニヤし続ける私に対し、身構えるような反応をするノーレッジ様。
あれ、何だかいつもと立場逆転な感じかも。でも、こういう日が偶にあってもいいと思う。
だから私は思うまま気の向くままに言葉を口にする。自分が思う、心からの本音を。
「ノーレッジ様って、実は乙女ちっくなところもあって可愛いんですね…ってはぶう!!」
「…休憩、終わりよ。無駄口を叩く暇があるなら、さっさと本棚の整理をしなさい」
本日三冊目の大辞典アタックを喰らいながらも、私は今日の勝ちを誇る。
見てよ、あのノーレッジ様の顔を真っ赤にしてうろたえながら逃げる姿。
翌日の首痛と引き換えに、私はこの館に来て初めてノーレッジ様への勝利を収めたのだった。
「とまあ、そういうことがあって本当に大変だったのよ。本当にもう、ノーレッジ様は…」
「あはは、美鈴さんは本当にノーレッジ様と仲が良いんですね」
「仲が良いというか、一方的に遊ばれてるというか…間違いなく咲夜ちゃんの思うような関係じゃないから」
仕事の休み時間。偶然ばったり出会った咲夜ちゃんと私は談笑しながら廊下を歩く。
話の内容はもっぱらあの人…ノーレッジ様のこと。如何にノーレッジ様が私を弄り倒して玩具にしているかを
語ると、咲夜ちゃんは楽しげに笑う。いや、確かに笑い話ばかりなんだけど、ここまでツボに入られる私達の関係って…ねえ?
紅魔館で働くようになって…というか、ノーレッジ様に扱き使われるようになって三カ月ちょっと。仕事には大分慣れたし、こんな風に
仕事の合間でも雑談に興じる余裕だって生まれてる。本当に不思議なものだと思う。最初の頃はあんなに辞めたくて逃げたくて仕方なかったのに。
きっとこの気持ちは同期の咲夜ちゃんも同じ…訳ないか。咲夜ちゃんは最初からレミリアお嬢様の為に全てを捧げるという誓いがあるんだもん。
言ってしまえば覚悟の差が違う。こんな私みたいに逃げ出そうとか思う訳がない。
まあ、咲夜ちゃんは私とは違いレミリアお嬢様直属。これから先もずっと敬愛するお嬢様の為に走り続けるのだろう。
そんな咲夜ちゃんを私は素直に応援するし、格好良いとも思う。頑張って欲しい。お嬢様の為に、何より自分の為に。
…私は私で走り続けることになるんでしょうね。あの自分一番自由気ままな最愛の上司に。まあ、最近はそれも有りかななんて思ってる自分がいたり。
自分で言うのもアレだけど、ノーレッジ様に振り回されて平気なのは多分私くらいだ。他の人なら絶対一カ月持たずに逃げる。間違いない。
というか、そうやってノーレッジ様自身が断言してたし。『そんな風に思ってるなら私への対応を改善してくださいよ』って言うと仕事増やされた。畜生。
ま、そういう訳で私は私なりにあの人と頑張っていくことにしますか。ご主人様とは縁のない、出世とは微塵も関係ない道だけど、
私らしくて良いじゃない。そんなことを考えながら歩いていると、咲夜ちゃんが言葉を紡ぐ。それは私にはよく要領の得ない話で。
「そういえば美鈴さん、お嬢様にお聞きしたお話なんですけれど、もうすぐらしいですね。おめでとうございます」
「へ?ありがとう…えっと、何が?」
「私、その話を聞いてからずっと楽しみにしてるんですよ。
私達お嬢様付きのメイド達を束ねる役目を、他の誰でもない美鈴さんが仰せつかっているなんて、私初めて聞いた時はもう驚いて嬉しくて」
「……は?いや、私が束ねることが出来るのはノーレッジ様が読み捨てた古新聞くらいしか…というか、咲夜ちゃん、一体何の話…」
「何の話って…ですから、美鈴さんが私達の…」
「――何やら面白い話をしているわね、咲夜」
咲夜ちゃんの声を遮るように、第三者の声が私達の耳に響き渡る。
その透き通るような声に、私達は慌てて視線をそちらに向ける。そこにいたのは、私達が仕えているご主人様――レミリア・スカーレット様。
突然のご主人様の登場に、咲夜ちゃんは慌てて口を噤んで一礼する。そんな咲夜ちゃん以上に慌てて私も一礼。いや、そんなの
当たり前な訳で。だって私、お嬢様にお会いするのここで働くことが決まった日の挨拶のときだけだし。
直接的な雇用主であっても、まるで幻か御伽噺の人物のような存在、それが私にとってのレミリアお嬢様だった。そりゃもう心臓ばっくばく、
汗ダラダラ。何と声をかければいいのかすら私には分からない。『良いお天気ですね?』『初めまして』『ごきげんよう黒薔薇(ロサ・クロレキンシス)』…あああ分かんないって!
そんな私を余所に、咲夜ちゃんはレミリアお嬢様に笑顔を浮かべて話しかける。おおお、尻尾だ。実際にある訳じゃないけれど
咲夜ちゃんのお尻にぶんぶんと千切れんばかりに振られる尻尾が幻想出来る。咲夜ちゃん、本当にお嬢様のことが大好きなんだなあ…
「レミリアお嬢様、咲夜に何かご用でしょうか?」
「フフッ、咲夜に用があるなら仕事時間中に話しかけているよ。今は休み時間、咲夜は私の為にゆっくりと身体を休めておきなさい。
咲夜の全ては私のモノ、私の許可なく無理をすることも体調を崩すことも許されないと知りなさい」
「は、はいっ!」
…凄え。お嬢様、マジ凄え。『私の為に休め』『お前の全ては私のモノ』なんて台詞、普通出てきませんよ。
それを平然と…吸血鬼なんて天蓋の存在からあんなこと言われたら誰だって惚れるでしょ。誰だって命賭けられるでしょ。
私は二人の光景を感動(?)しながら眺めていると、いつのまにやらお嬢様の視線が咲夜から私に…って、え、何で?って、いけない!
慌てて佇まいを整え、私は緊張気味に声を張り上げてお嬢様に挨拶をする。
「はじめまして!紅魔館大図書館にて仕えさせて頂いている紅美鈴と申します!」
「ええ、良く知っているわ、紅美鈴。新しく私に仕えている者達…その中で、お前は咲夜の次に良く知っている」
「そうですか…って、ええええ!?ななな、なんで!?…じゃなくて!!どうしてでありますですか!?」
「さあ、どうしてでありますでしょうね?しかし成程、確かに面白いわね、貴女。
能力は勿論のこと、中身もこれではパチェが気に入るのも理解出来るわ。事実、私もお前の存在を予想以上に好ましく思っているよ」
「は…?」
「しかし、私には内密のままで独り占めとは許し難い。素晴らしきモノは友ならば共有し合うべきだ、違うかい紅美鈴?」
「あーっと…し、私見ではありますが、人里で買ってきたスイーツを私は咲夜ちゃんと半分コにしてますよ」
「だろう?お前達のように友のことを真に愛しいと想う気持ちがあれば、独占など決してすべきではない。
まあ、いいわ。それも全ては私を想ってのこと。パチェが私の為に育ててくれた蕾花、誰より美しく咲かせるが私の役割」
「あ、あの~…おぜうさま?私には言ってる言葉の意味が…」
「そうね、発表を先延ばしにしても仕方のないこと。こうなることは貴女がパチェの下にて育まれ始めた時より決まっていたのだから」
そう言葉を一度きり、レミリアお嬢様は私に向き直って笑みを零して告げる。
お嬢様から告げられた言葉、それはあまりに唐突過ぎる言葉で。でも、そう感じたのは間違いなく私だけだったのだろう。
「――紅美鈴。今月末を持って、貴女を図書館勤務からの異動を命じるわ。
貴女の新しい職場はこの私、レミリア・スカーレット直属メイド隊長、『メイド長』となる。このことを心に刻み、残る図書館での職務を全うなさい」
だって、私の職場がこんな風に変わることを、お嬢様は勿論のこと咲夜ちゃんも知ってたんだから。
――そう、そして私を散々好き勝手振り回してくれているあの人も、間違いなくこのことを。
「…仕事をしろ。私は今日一体何度貴女にこの言葉を投げかければ、貴女は真面目に仕事をするのかしら」
ノーレッジ様から掛けられる今日何度目か分からない言葉を、私は右から左に流してソファーの上で転がり続ける。
押しても引いても動かない私に諦めの境地が入ってきたのか、ノーレッジ様は大きなため息をついて魔法を唱える。
それは書庫を整理する為の魔法。私が働き始めてから用無しとなってしまっていた魔法だけれど、唯一の労働者を失うことで
復活せざるを得なくなっている。その光景を眺めながら、私は子供のようにぼつりと文句を零す。
「…労働力、要るじゃないですか。司書、やっぱり必要じゃないですか」
「ええ、必要よ。必要だから、貴女にさっきから何度も仕事をしろと言っていたのよ」
「…必要なのに、手放すんですね。私は役に立つのに、ノーレッジ様は捨てるという」
私が不貞腐れている理由、それをようやく理解したらしい。
ノーレッジ様は魔法を止め、今日一番の大きなため息をついて私に言葉を紡ぐ。
「何?貴女、レミィの傍で働くのがそんなに嫌なの?
理由次第では、あの娘の親友としてキツイ制裁を加えてあげないといけなくなるのだけど」
「…お嬢様は良い人ですよ。どっかの誰かと違って意地悪もしなければ、お仕置きもしないですし。
格好良くてカリスマがあって部下を大切にして誇りと力が在って…本当、理想のご主人様と言っても差し支えないくらいです。
それに比べて、どっかの誰かは性格悪いし適当だし人にラブレターの返事は書かせるわ下着を洗濯させるわ…」
「そこまで言っておいて、一体何の不満があるというのよ。
貴女にとって世界で最悪の性悪魔法使いから離れることが出来て、素敵なご主人様の下で働けるのよ?良いことずくめじゃない」
かちん。今のノーレッジ様の言い方に、少しばかり何故かかちんときた。
熱するばかりの頭をなんとか必死に冷やしながら、私はノーレッジ様に冷静を装って質問を口にする。
「…この異動、一体いつから決まっていたんですか」
「最初からよ。貴女を私のところに連れてきて教育すると決めたときに決めていた。
三カ月という短い期間で貴女をレミィを補佐する館のナンバー2へと育て上げるということをね」
「アホですね。アホなんですねノーレッジ様は。何なんですかナンバー2って。意味不明です。訳が分かりません。
大体、新人戦闘力ランキング百二十二人中、百十五位の私が何処をどうすればナンバー2なんですか。虐めですか、虐めなんですか」
「アホは貴女よ。そんなランキング大嘘に決まってるでしょう。何未だにそんな話を信じてるのよ」
「う、嘘って…いや、なんで私嘘つかれた側なのに責められてるの!?悪いのは嘘ついたノーレッジ様でしょ!?
ランキングが嘘っていうなら、一体私は何位だったのよ!?」
「何位も何もぶっちぎりの一位に決まってるでしょう?貴女の戦闘力、妖力は今回の面接者の中で恐ろしい程に群を抜いていた。
…本当、貴女が面接を受けに来たとき一体何の冗談かと思ったわよ。どうして吸血鬼の部下採用面接に、虹龍の娘なんかが…
面接終わった後すぐに虹龍二頭が『不束者ですが娘をお願いします』なんて頭を下げに来るし…レミィには言ってないけど、本当にもう…
大体『娘が心配だったので結界騙して擦り抜けて大陸から挨拶に来た』って何なのよ…龍がおかしいの?それもと私がおかしいの?そもそも
どうして娘が自分の正体を龍だって知らないのよ…もう何もかも滅茶苦茶過ぎて訳が分からないわよ…
いっそのこと、貴女が何の力も無い普通の妖怪なら、私も何も悩むことも苦しむこともなく自分ことだけ考えて貴女を…これは言い訳ね」
「何をぶつぶつ言ってるんですか!というかノーレッジ様の法螺話なんか今はどうでもいいんですよ!」
「はあ…法螺話ならどれだけ楽か。とにかく、貴女の実力面の評価は実に高かった。けれど、知識面がまるでお粗末。
だから私達は…いいえ、私は貴女を自分の傍に置いて『レミィの為に』鍛えることにした。ただそれだけの話よ。
…それで、文句があるなら幾らでも話を聞いてあげるわ。他に何か言いたいことは?」
「…私はこれから先もノーレッジ様と一緒に働けるものだと思ってました」
「…働けるじゃない。紅魔館の中で、同僚として、ね」
「っ、あほっ!ノーレッジ様のあほっ!分からず屋!ノーレッジ様のあんぽんたんっ!ノーレッジ様の性悪魔女っ!」
ノーレッジ様の物言いに、私は限界を超えて思わず子供のような悪口を並べ立てる。
その様子をノーレッジ様は物言わず眺めて溜息をつくだけ。その様子がまた苛立たしくてたまらない。
ただ、私はこの持て余している自分の感情を理解出来ずにいた。理解出来ないままにノーレッジ様にぶつけていた。
理由は分からない。だけど、ノーレッジ様の態度が酷く癇に障った。まるで自分には関係ない、どうなろうと気にしないというような素振りが
どうしようもないくらい私を苛立たせていた。
ノーレッジ様がそんな姿を見せる度に、私の心は何か大切なモノを奪われるような錯覚に陥る。
ノーレッジ様がそんな態度を取る度に、私の心は何かかけがえのないモノを失うような錯覚に陥る。
やがて、ノーレッジ様は今日の私は使い物にならないと判断したのか、少しだけ覚束ない足取りで図書館の奥へと消えて行った。
「…嫌い。やっぱりノーレッジ様なんて大嫌い。ノーレッジ様は世界で一番性格の悪い魔法使いだ。
ノーレッジ様に私の気持ちなんて分からない。ノーレッジ様に、私の気持ちなんて…」
自分の言葉に、思わず自嘲してしまう。
滑稽だ、実に滑稽過ぎる。何のことはない。ノーレッジ様に、私の気持ちなんて絶対に分かる筈が無いのだ。
だって、ノーレッジ様をそう責めている私自身にすら、自分の気持ちが微塵も理解出来ないのだから。
私は一体どうしたい?私は一体ノーレッジ様に何を求めていた?私は一体…一体どうして紅魔館で働いているのだろう。
こんな風にレミリアお嬢様の近くに行きたかったから?こんな風に出世を望んでいたから?咲夜ちゃんのように崇高な使命が在ったから?
違う、違う違う違う違う違う。そうじゃない。そうじゃないでしょう。私がこの館で…紅魔館で働く理由。それは――
約束の期日は本当にあっという間に訪れて。
その間、私は一度も図書館勤務を行わなかった。事実上の無断欠勤だ。下手をすれば首になってもおかしくない行動だけど、
数日経っても未だこないお叱りに、私は咲夜ちゃんから真実を教えられることになる。どうやらノーレッジ様が
有給休暇として処理して下さっているらしく、上司公認のリフレッシュ休暇というような扱いになっているらしい。
そんなノーレッジ様の行為を嬉しく思う反面、それ以上に悲しく思う。心遣いはありがたいけれど、そんなことを私は求めていなかった。
もしかしたら私は望んでいたのかもしれない。夢見ていたのかもしれない。怒り狂うノーレッジ様が私の下へ来て、私を無理矢理連れ戻して
くれるような…そんな下らない夢物語を。
軽く溜息をつきながら、私は定刻通りお嬢様の部屋へと足を運ぶ。
室内を訪れると、お嬢様は待っていたとばかりに笑みを零し、私に用件を伝える。
「中央広間にて、今からこの館全ての者の前でお前の就任式を執り行う。
形式ばったものだが、何、そんなに時間は取らせない。私はこんな大業なことは必要ないと考えているのだけれど、
流石に就任する立場が立場だからね。館のナンバー2となろうものが、配下達に顔を見せない訳にもいくまいよ」
「はい…分かりました。それでは今すぐ中央広間に」
「ああ、私達はすぐに向かうが、お前は少しばかり遅れて構わないよ。美鈴の就任式の前に、瑣事が色々とあってね。
他の連中にも面子というものがある。だから美鈴、くれぐれも時間を間違えたりなどして前式を邪魔してくれるなよ。
そんなことをしてしまえば、私の立場上、お前を罰せねばならなくなる」
「はあ」
用件はそれで終わりだとばかりに言葉を切ったお嬢様に、私は一礼して背中を向ける。
部屋を出て行こうとした私だけど、ふと背中からお嬢様の楽しげな言葉を投げかけられ、その足を止める。
「美鈴、お前はどうやら勘違いをしているようね。
部下が間違っているなら、正し導いてやるのも主の役目か。この私が一つ助言をしてやろうじゃないか」
「間違い…ですか?」
「そう、間違いだ。美鈴は自分のことをお姫様だと思っているようだが、それはとんだ思い違いだ。
舞台に二人もヒロインを用意して一体どうする?しかも相手はお前以上の臆病過ぎる姫君だ、それでは物語は進まないだろう」
「姫…臆病…」
「怖がらずに英雄を演じ剣を翳せよ、紅美鈴。自分の心に沿い、自分の想う道を掴み取れ。
己が意志にて道を切り開かねば、アレは決してモノにはならないわよ。なんせアレは私に良く似て頑固だもの。
一度ぶん殴られて這い蹲らないと、自分の道すら曲げられない」
「えっと…良く分かりませんが、分かりました。ところでお嬢様はその…ぶん殴られて這い蹲って自分の道を曲げたことが…」
「ないよ。だから私はいつまでも何処までも我が道を往くのさ。自分の信じる道だけを、例え何者が邪魔しようとも――ね」
そうやって笑うお嬢様に、私は思わずつられるように笑みを零してしまう。
そして心の中からつくづくと思うのだ。ああ、自分は本当に最良の主に巡り会えたのだろう、と。
自分は本当に良い主に巡り会えたというのに…そんな人物に仕えられるというのに、それでも私は欲しいと思ってしまう。願ってしまう。
そうやって、自分の心に気付くんだ。ああ、実は自分はこんなにも我儘だったのだと。実は自分はこんなにも欲張りだったのだと。
「あ、あのっ!」
「…咲夜ちゃん?」
お嬢様の部屋から出てきた私を待っていたのは、私より一回りも二回りも小さな友人。
その少女――咲夜ちゃんは持てるだけの精一杯の勇気を胸に抱いて、私に言葉を紡ぐ。
「その…私、美鈴さんが私達の職場に来ること、凄く喜んでました。
大好きな美鈴さんが、私の上司になってくれるって、一緒に働けるんだって、凄く凄く喜んでました」
「咲夜ちゃん…」
「でも、今の美鈴さんを見て…違うんだって、分かっちゃいました。
それはきっと私にも、お嬢様にもとても嬉しいことだけど…そんなの、全然美鈴さんの望んでることじゃないって」
咲夜ちゃんの言葉が痛い程に私に突き刺さる。ああ、そうだ。私はそんなこと微塵も望んでいない。微塵も望めない。
レミリアお嬢様は敬愛に値すべき人物だ。あの人の力になりたいと、部下として助力したいという想いはある。
咲夜ちゃんは大切な親友だ。まだ幼い少女の手を引いて、少女の笑顔を護る為の力となりたいという気持ちはある。
――でも、違う。その想いはあっても、それは私にとって『一番』ではないから。では私にとっての一番とは何なのだろう。
そっと瞳を閉じれば、思い浮かぶのは一人の女性の姿。その人はいつだって意地悪だった。いつだって捻くれて、温かい想いを
ねじ曲がった形で私に与えてくれていた。何処までも素直になってくれない、だけど、いつだって私の手を優しく引いてくれたあの人。
ああ、そうだ。そうだったんだ。自分はこんなにも想っていたんだ。自分はこんなにも必要としていたんだ。
だから、私はあの時あんなにも苛立ったんだ。あの人が、私を必要ないように言ったから。あの人が、お嬢様の為だけに私に接していたように言ったから。
――あほは私だ。本当のあほは、私の方だったんだ。
本当にどうでもいいと思っている相手に、夜遅くまで幼子レベルである読み書きの練習になんて誰が付き合ってくれるんだ。
本当にどうでもいいと思っている相手に、その人の未来を築きあげる為の育成計画表を一晩でなんて誰が作ってくれるんだ。
本当にどうでもいいと思っている相手に、一体どこの誰が無理矢理にでも数時間に一度の休憩を強引に入れてくれるんだ。
本当にどうでもいいと思っている相手に、一体どこの誰が――
『…働けるじゃない。紅魔館の中で、同僚として、ね』
あんな風に感情を押し殺していても分かる程に、辛そうな表情を見せてくれると言うんだ。
あのときのノーレッジ様の表情。あれが何ともない表情なのか。何も思っていない表情なのか。
違う。違う違う違う違う違う。あのとき、自分は見ていた筈なのに見ないふりをしていただけだ。
辛い自分の気持ちを分かって欲しいとだけ願い、ノーレッジ様の気持ちを何一つ考えていなかった。
自分の想いばかりに心を占め、ノーレッジ様の本当の想いを何一つ知ろうとしなかった。
理解した。理解してしまった。気付いてしまった。気付くことが出来てしまった。
ならばどうする。自分のすべきことはなんだ。このまま時を待ち、お嬢様から望まぬ役職を祝福されるのか。
違う。そうじゃない。そうじゃない筈だ。お嬢様は言っていた。私の役割(ロール)は決してお姫様なんかじゃない。
私にお姫様なんて似合わない。本当のお姫様がきっと私を待ってくれている、そう感じるから…だから!
「…咲夜ちゃん、ありがとう」
「え…」
「背中、押してくれたんだよね。覚悟の一つも決められない、ただ流されるだけの私に活を入れに来てくれたんだよね」
「わ、私はただ、美鈴さんが…」
「――ありがとう。もう、迷わない。自分の気持ち、ちゃんと受け止められたから。自分の望み、ちゃんと把握してるから」
「美鈴さん…」
「咲夜ちゃん…私は多分、ううん、間違いなくどれだけ時を経ようとも、咲夜ちゃんにお嬢様への想いは敵わないと思う。
だけど、それはお嬢様を大切に思わないということじゃない。私にとって、お嬢様は敬意すべき掛け替えのないご主人様。でも…」
「…美鈴さんの一番はレミリアお嬢様ではない、ですよね。
美鈴さんが心から誰よりも大切に想う人は、レミリアお嬢様ではなく――」
「――行ってくる!あの人に自分の気持ちを伝えたら、お嬢様に役職を辞退する為に頭を下げに向かうから!本当にありがとね、咲夜ちゃん!」
大きく頭を下げた後、その場を去る私に咲夜ちゃんはポツリと何かを呟いた。
その言葉は目的の場所に向かうことばかりで精一杯だった私の耳には届かなくて。だから咲夜ちゃんの言葉を聞いたのは、この温かい幻想郷の春風だけ。
『――戦う前から負けちゃった』
「ノーレッジ様!!」
地下へ向かう階段を駆け下り、大図書館へと連なる扉を私は構うことなく全力で開け放つ。
壊れでもするかと感じる程の振動がドアへと伝わるが、そんなことを私には気にする余裕がなかった。もし壊れたらお給金で弁償すればいい。
図書館に足を踏み入れ、私は誰に構うことも無く大きな声で大切な人の――ノーレッジ様の名前を叫ぶ。
「何処ですか、ノーレッジ様!!私です、美鈴です!!
いらっしゃるならば返事をしてください!!ノーレッジ様に大切なお話が――!!」
そこまで言葉を紡ぎ、私は言葉を失った。
私の視線の先、そこにノーレッジ様は確かにいらっしゃった。そう、『床に倒れて呼吸を乱している』という異常な状態で。
何が起きているのか一瞬理解出来ずに立ち止まってしまった私だが、すぐに我を取り戻して慌ててノーレッジ様の下へと駆け寄り、抱き起こして声をかける。
「ノーレッジ様っ!!!どうしたのですか、ノーレッジ様!!!」
「…めい…りん…?」
私の呼び掛けに、ノーレッジ様は視線の合わない虚ろな瞳で私の方を見つめる。
普段とは違い過ぎる、あまりに儚げなノーレッジ様の様子に、私は再び意識がホワイトアウトしそうになるのを必死で堪える。
駄目だ。駄目だ駄目だ駄目だ。今自分が我を失ってしまえば、一体誰がノーレッジ様を助けるというのか。とにかく自分を落ち着かせようと
必死に深呼吸をする私に、ノーレッジ様はとんでもない一撃をくらわせてきた。
「…どうして…ここにいるのよ…貴女、今から就任式でしょう…それを、どうして…」
そんなノーレッジ様の言葉。最後の最後までそんな言葉。
ノーレッジ様の言葉を聞いて、私は色々と限界を超えてしまった。胸に押し殺し続けた感情を全て飛翔させてノーレッジにぶつける。
「ばかっ!!!ばかばかばかばかばか!!ノーレッジ様のおおばか!!!」
「め、めいりん…?」
「一緒がいいんですよ!!私は、私はノーレッジ様と一緒じゃなきゃ嫌なんですよ!!」
感情が抑えられない。感情が止められない。
私の叫びに驚きを示しているノーレッジ様を気を使うことすら出来ない。今の私は堰の壊れてしまった子供だった。
ただ思うままに感情に振り回され、自分の心の奥底の気持ちを何一つ包み隠さず大切な人へ告げるのだ。
「役職なんて必要なかった!!偉くなりたくなんてなかった!!
私はノーレッジ様と一緒に過ごす時間が一番なんです!!私が紅魔館で働き続けられるのはノーレッジ様が傍にいてくれたからなんです!!
嫌そうな顔をしながらも、私の面倒を見て下さるノーレッジ様が好き!!
意地悪なことを言いながらも、私のことを大切にしてくれるノーレッジ様が好き!!
ときどき怒りんぼうで暴力を振るうけど、それでも私を最後まで見捨てずに見守ってくれたノーレッジ様が大好き!!
私はノーレッジ様の傍がいい!!これからもノーレッジ様の傍で、ノーレッジ様と一緒に働きたいんです!!
もっともっと沢山のことをノーレッジ様に教えてもらって、もっともっと沢山ノーレッジ様とお話して…ずっとずっとノーレッジ様と笑いあう、そんな日々を過ごしたいんです!!」
私の言葉は、本当にちゃんと言葉になっているのだろうか。
それすらも曖昧になるほどに、私は自分の心をカタチにする作業に必死だった。
この気持ちだけは。ノーレッジ様と一緒にいたいという気持ちだけは、絶対に伝えたいから。この気持ちだけはこの世界の誰にも負けないから。
私の叫びをただ黙って私の腕の中で聞いていたノーレッジ様は、やがてゆっくりとそのか細い腕を私へと動かした。
そして、そっと私の瞳に流れていた涙を拭って、小さく微笑んで告げた。
「…レミィに、謝らないとね…悪いけれど、貴女の未来の騎士様を、私に譲って頂戴って…」
「のーれっじ、さま…」
「…ごめんなさいね、美鈴。私は、臆病だから…本当に臆病者だから、貴女のように言葉に出来なかった…
初めて貴女を見た時から、ずっとその存在に惹かれていたこと…分かっていたのに…それなのに、私はレミィの為だなんだと言い訳をつけて、
自分の傍において…結果、貴女を苦しめたわね…本当に、ごめんなさい…」
ノーレッジの言葉に、私は必死にぶんぶんと首を振る。
苦しめたなんて、そんな訳がないじゃないか。ノーレッジ様は、沢山のモノを惜しみなく私に与えて下さったじゃないか。
私は違うと声にしようとして、ノーレッジ様の笑顔に言葉を押しとどめさせられる。
力なく微笑みながら、ノーレッジ様は言葉を紡ぐ。その笑顔は何処までも綺麗で、美しくて――
「…ノーレッジ、様…?」
私の呼び掛けに、ノーレッジ様は答えない。否、答えられない。
何故なら彼女は既に意識を失っていたから。もう、ノーレッジ様が、私に言葉を返してくれることは、ない。
その現実が、目の前の世界が私の心を押し潰そうとする。ノーレッジ様のいない世界?ノーレッジ様ともう会えない世界?
嫌だ。そんなの絶対に嫌だ。嫌、嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌絶対に嫌!!!!!!!!
気付けば私は駆けだしていた。ノーレッジ様を抱き抱えたまま、紅魔館の階段を何処までも速く。
目的の場所はお嬢様の存在する中央広間。お嬢様なら、きっとお嬢様ならノーレッジ様を助けられる筈だ。他の誰でもないあの
お嬢様ならば、どんな不可能をも可能にしてくれる筈だ。そう信じて、私は只管早く階段を駆け上がる。
そして、中央広間へと続く扉を前にして、私の脚は止まることになる。
何故なら、部屋へと続く扉の前にはお嬢様の部下達がお嬢様の待つ部屋へと続く道を塞いでいたから。
何故邪魔をする。そう口にしようとする前に、お嬢様の部下達が言葉を紡ぐ。
「レミリアお嬢様は現在、有能たる部下達への受勲の最中だ。それが終わるまで入室は認められない」
「――!!そんなものは後にして!!私には火急の用があるのよ!!」
「認められん。お嬢様は私達に『例えどんな用件であっても何人たりとも部屋に入れるな。入室したものは誰であろうと我が敵とみなす』と
言われた。言っておくが、入室するのは止めておけ。お嬢様がそう言えば絶対だ。たとえ肉親であろうと、お嬢様は紅魔館の主として冷酷に殺すぞ」
「良く見れば、お前は紅美鈴ではないか。これから紅魔館の第二位に座する者が問題を起こして何とする。
お前の出番はまだ先だ。今は部屋に戻り待機していろ。お嬢様への用はそれからでも遅くはあるまい」
「遅いわよ!!そんなことをしていたら、ノーレッジ様が!!ノーレッジ様が死んでしまうかもしれないでしょう!?」
「ノーレッジ様が?…ふむ、少し待て」
私の腕の中で呼吸を荒くしているノーレッジ様を確認し、何やら相談を始めるお嬢様の部下達。
私にはその一刻一秒がとんでもなくもどかしく思えてしまう。何をノロノロとやってるのよ。今は少しの時間が惜しいのよ。
そして、待つこと数十秒。答えを待っていた私に突き付けられた返答は、とんでもなく信じられないもので。
「ひき、かえ、せ?」
「そうだ。ノーレッジ様の体調が時折崩れるのは今に始まったことではない。それがお嬢様のご意見だ」
「…それが、レミリア様の、ご意見ですって?それが、あの、お嬢様の、言葉、ですって?」
「ああ、そうだ。だから紅美鈴、今は…ッ!!!」
それ以上、お嬢様の部下達は言葉を続けることが出来なかった。
理由は分からない。分からないけれど、それが私に理由があるなというのは他人事のように感じることが出来た。
私の心は今、どうしようもなくグチャグチャになっていた。胸の中に溢れるドロドロした感情を自分ではどうしても処理出来ない。
こいつらは、こいつらの主は、ノーレッジ様を『そんな風』に扱うのか。こんなにも苦しんでいるノーレッジ様を、そんな風に――!
感情を抑えられぬまま、一歩、また一歩と私は扉へ足を進める。やがて、私の前には一人の妖怪が怯えながらも立ち塞がり。
「や、やめろ!ここから先はお嬢様のご命令で――」
「――どけ。二度は言わないわ」
「ひっ!!」
妖怪が扉の前から逃げたのを確認し、私はノーレッジ様を両腕で抱えたままでドアを蹴り破る。
私が蹴り飛ばした扉は、数十メートル先の壁へ衝突し、ぱらぱらと崩壊する。それだけ私は自分の力と感情をコントロール出来ずにいた。
そして、中にいた妖怪達から集まる私達への視線。そんな妖怪達より一段高い場所に在る少女――レミリア・スカーレット。
私の様子が尋常ではないことを理解したのか、中の妖怪達は慌てて私とレミリアまでの道を塞ごうとするが――
「――邪魔だ。お前達では、そいつの足止めにもならないよ。無駄に命を散らすだけだ。
何、すぐに終わる。それまでお前達は外に出ているがいいさ」
彼らが主であるレミリアの一言。その絶対の言葉に、妖怪達は室内から消えていった。
やがて、室内に残されたのは私とノーレッジ様と…紅魔館の主、レミリア・スカーレットだけ。
「…怖いわね。成程、それが貴女の本当の姿なのかしら。
随分と殺気だっているわね。まるで血に飢えた獣そのものじゃないか」
「お嬢様…いいえ、レミリア・スカーレット。貴女に訊きます。
貴女は先ほど、部下からノーレッジ様の容体をお聞きしましたか」
「ああ、聞いたよ。パチェ、体調崩したんでしょう?違うね、現在進行形でお前の腕の中で苦しんでいるか」
「っ!!それを聞いて貴女は何も思わないんですか!!」
「思わないね。だってそれはパチェの自業自得だもの。
本当に度し難い程に愚かだよ。結果が分かっているくせに、その結末がコレだ。何、こういうのも偶には良い薬だろう?」
「親友なんでしょう!!?たった一人の親友なんでしょう!!?」
「そうだよ、お前如きでは理解出来ぬだろうが、私とパチェは決して別れえぬ友人さ。
だからこそ、パチェを愚者だと私は断じたのさ。友の忠告も受け入れず、その様だ。それ以上に何の言葉が在る」
レミリア・スカーレット。彼女の言葉の一つ、更に一つと耳にする度に私の心の中で何かが蠢き続ける。
そして、私の耳元で囁くのだ。『これを許してはならない。これは消えるべき存在だ』と。
許せない。ノーレッジ様を、そんな風に言うなんて。他の誰でもない親友であるノーレッジ様を他の誰でもない『お前』が!!
「お前に!!お前にノーレッジ様の――パチュリー様の親友たる資格はないわ!!!」
「…成程、どれだけ役者に徹そうとしても頭にくるものは仕方ないか。
――増長したな、紅美鈴?貴様如きが私にパチェの何を語る?その分不相応な咆哮、高くつくぞ?」
「うるさい!!信じてたのに!!貴女は理想の主だって!貴女は最高の人だって信じてたのに!
許せない!!パチュリー様を蔑ろにした罪、そして咲夜ちゃんの理想を壊した罪、全て私が代わりに贖罪させてやる!!」
「面白い――!!来るがいい、紅美鈴!!お前の全てを屈服させ、その上で改めて我が永遠の配下として付き従わせてやろう!!」
お互いの想いをぶつけあい、私とレミリアは感情が荒れるままにそのまま激突――
「したのか?」
「した訳ないじゃない!!してたら私この世にいないから!!お嬢様に綺麗に七分割くらいされてるから!!」
「ですよねー。お前がレミリアに勝利はおろか、勝負になるとすら思えないし」
「うぎぎ…何一つ反論出来ない自分が嫌過ぎる」
もうすぐ正午を迎えるだろう幻想郷。
私の語る結末に、分かってましたとばかりに鼻で笑う魔理沙。いや、その通りなんだけどね?魔理沙の言う通り、私じゃ
お嬢様相手に微塵もかないっこある訳ないんだけど…傷ついてない、傷ついてないわよ畜生。
「それで、ぶつかっていないとしたら、どうやってその騒動は結末を迎えたんだよ。本気になったレミリアを誰が一体止められるって…」
「咲夜。正確に言うと咲夜ちゃん。私とお嬢様の間に割って入って、涙目で『駄目ーーーー!!!』って」
「ぶふっ!!に、似合わねええええええ!!!お前絶対話作ってるだろそれ。あの咲夜がそんなことするかって」
「したんだって!!で、私は当然だけど、お嬢様も咲夜のこと滅茶苦茶可愛がってた訳で、当然ケンカはストップ。
そこから始まる咲夜ちゃんの大お説教。私とお嬢様は丸六時間正座で大反省大会開催よ?」
「いや、お説教の前にパチュリーを何とかしてやれよ。死んじゃうってパチュリー」
「パチュリー様なら、咲夜が事前に医務室へと連れてってくれていたわ。ちなみに丸一日寝て、パチュリー様完全復活してたわ」
「一日で?お前の話を聞くと、まさに死に瀕したヒロインの様相だったんだが…」
「それが聞いてよ!!そのパチュリー様の具合の悪かった理由なんだけどさ!!」
そこまで言葉にして、私はハッとあることに気付いて、周囲をキョロキョロと見渡す。
そして誰もいないことを確認して、私は魔理沙に小声で言葉を紡ぐ。
「これからの話も含めて、パチュリー様にはオフレコだからね。絶対だからね」
「分かってるって。良いから話の続き続き。で、パチュリーの奴は何で具合が悪かったんだ?」
あの時パチュリー様が倒れていた理由。それはまさしくお嬢様の仰る通り『自業自得』な内容だった。
私がパチュリー様に言いたい放題言ってケンカ別れしたあの日。私にこそ姿を見せなかったものの、パチュリー様はそれはそれは酷く
心を傷つけたらしい。どれくらいかというと、何をしても集中できず、失敗ばかり。あげく何もないところで転びまくる始末。
これじゃいけないとばかりに、パチュリー様は何とか気を紛らわす為に、魔法鍛錬に力を注いだらしい。それこそ自分の身体の限界を
越える程に鍛錬しまくっていたらしい。あまりの無茶っぷりにお嬢様が『もう止めなさい』と声をかけるも延々無視。その結果が
『あれ』らしい。身体は剣で出来てないし血潮は鉄でもなんでもないけれど、心は人一倍硝子な女の子、それがパチュリー様だった。
だからこその、あのときのお嬢様の台詞につながるらしい。確かに無茶も無謀も全部パチュリー様の責任だ。それをお嬢様が
どうこう責められる謂れはない。それを告げると、魔理沙は大笑いをしながら言葉を紡ぐ。
「それじゃ何か、お前はパチュリーの一人コントのせいでご主人様にケンカを売ったわけだ。あっははは!良かったなあ生きてて!」
「全くよ。本当、お嬢様には感謝しているわ。あのお嬢様が仕組んでくれた喜劇のおかげで、私は誰からも責められることも
お嬢様に迷惑をかけることもなく、メイド長を辞退することが出来た訳だし」
「そりゃそうだ。勘違いとはいえ、主人に刃を向けそうになった奴を誰が館の二位につけるかって。後釜の咲夜も不憫だな」
「…咲夜には本当に迷惑かけたと思ってる。、紅魔館メイド長の座があの娘以外該当者がいなくて…」
「構わないだろ?どうせ遅かれ早かれ咲夜はメイド長になってたさ。ちょっと時期が早まっただけさ」
「…魔理沙、貴女って時々本当に男前よね」
「だろ?惚れてくれるなよ?」
「ないない。それはない」
「おーおー、身持ちが堅いことで。それにしても、パチュリーとの馴れ初めを教えてくれと興味本位で
聞いたが、まさかこれほどまでにネタ話が出てくるとは。いやー、お前って歩くネタ宝庫だな」
「本当、くどいようだけどパチュリー様には…」
「言わない言わない。それにしても、それだけのことをしたのに、お前は結局門番してんだな」
「?どういうこと?」
魔理沙の質問に、私は思わず首を傾げてしまう。
そんな私につられるように、魔理沙もまた首を傾げ返しながら重ねて質問をする。
「だってお前、パチュリーの奴と同じ場所で働き続けたかったんだろ?だからメイド長の座も辞したっていうのにさ。
結局今のお前の職場は館の外だ。これじゃ結局意味が無いじゃないか」
「ああ、そういうこと。知ってる魔理沙、私って紅霧異変が起こる少し前までは図書館で働いてたんだよね。
けれど、ある日を境にお嬢様にお願いしたのよ。『あまりベタベタし過ぎると教育に悪いから、異動をお願いします』ってね」
「教育に悪い?それはどういう…」
そこまで魔理沙は口にし、言葉を閉ざして視線を私の背後の方へと送る。
そんな魔理沙の視線につられるように、私は視線をそちらに向け、思わず笑みを零してしまう。
だけどそれは仕方ない。何故なら『私達』にとって掛け替えのない大切な可愛い『娘』がそこにいたのだから。
「いつからそこにいたの?も~、ここに来たのなら、遠慮なく声をかけてくれていいのに~」
「だっておかーさん、黒白の人とずっとお喋りしてたから…その、邪魔かなって…」
「邪魔な訳ないじゃない!貴女と魔理沙なら私は迷わず貴女との時間を選ぶわよ!と言う訳で魔理沙、お帰りはあちらよ?」
「急に冷たくなったなオイ!?まあ、それもそうか…その娘がお前とパチュリーの『絆の証』なんだもんな」
「ええ、そうよ魔理沙。この娘は私とパチュリー様の大切な一人娘。例え血はつながっていなくても、私達の絆は何だろと断ち切れないわ」
「例え楼観剣でも?」
「例え白楼剣でも」
「「切れぬものはあんまり無い!!」」
そう言いあって、私と魔理沙は完璧とばかりにハイタッチをする。
そんな私達を眺めながら、そうだ思い出したとばかりに愛しい娘は私に一枚の紙切れを差し出してくる。
「ん?何かな、おかーさんへのメッセージかな?」
「うん。ママから、おかーさんへおてがみ」
「ふえ?パチュリー様が私に?え~っと…」
何だろうと思いつつ、私はゆっくりと渡された紙切れを開いて――紙切れを地面に落した。
何事かと私の青くなった顔を覗き込む魔理沙と娘だが、今の私にとってはそれどころではない。
やがて決意を固め、ギギギと首を愛娘へと動かして言葉を紡ぐ。
「おかーさん、ちょっと用事出来ちゃったから。
貴女はこのお姉ちゃんに遊んで貰っててね。すぐ…多分、きっと戻れると思うから…そうだといいなと信じてるから…」
「はああ?いやいや待て、なんで私が子守りなんか…」
「うん、このお姉ちゃんと待ってる」
「…待っててやるから、早く帰ってこいよ」
「ごめん魔理沙、この借りは必ず返すから!」
「…お前のおかーさん、本当に色々と大変だな」
「おかーさん、大変」
そこまで言い終え、私は全速力で紅魔館への道を駆けながら絶叫する。
それは何処までも無様で、それは何処までも格好悪い姿で。
でも、それでも私は思うのだ。そんな姿が少しでもあの人の怒りを和らげてくれるなら構わないと。
例えそれが呆れを含めたものであっても、あの人の笑顔を見る為ならば道化になるのも悪くはないと。
そんな風に考えてしまう自分自身に思わず苦笑してしまう。
でも、だってそれは仕方のないことなのだ。
あの日、紅魔館の地下図書館に呼び出されたときに出会った女の子。
どうしようもなく理不尽で自分勝手で私を散々振り回して、そしてそれ以上に私のことを想ってくれた女の子。
『魔理沙との雑談一時間。浮気認定。
以前の咲夜の件も含めて娘のいないところで話し合いましょう。by貴女を想う世界で一番不器用を自認する魔法使い』
「うわあああああああん!!!私は何時だってパチュリー様一筋ですよおおおおおおおお!!!!!」
そんなどうしようもなく意地悪で優しい女の子に、私は永遠に終わることのない恋をし続けるのだから。
そんなお話を真っ向勝負のど真ん中に投げ込むのが作者様の味であり強みであると私は思っております。
うーん、素敵だぜ。
にしても貴方の美鈴は揺るがないな。このぶれの無さはとても貴重だ。お嬢様も右に同じ。
ノーレッジさんは結構新鮮。乙女だのう。
だけどなんといっても白眉は咲夜ちゃん。間違いない、この娘の瞳には星がちりばめられている。
とても楽しく拝読させて頂いた今作品、一つ我侭を言わせて貰うならば、
やはり鉄壁を誇る美鈴とパチュリーの愛に対して、諦め切れない咲夜ちゃんの幼い介入は必須でしょう。
満々たる余裕を見せつつ、しかし内心オロオロとしながら解決を図るこうもり様の奮闘も必至でしょう。
御一考を御願い奉ります。いやほんと気が向いたらでいいんで。
>「人を引き籠り扱いとは言ってくれるわ。貴女、そんなに首になりないの?」 →首になりたいの?
>龍がおかしいの?それもと私がおかしいの? →それとも私が
>私はこんな大業なことは必要ないと考えているのだけれど →大仰なことは
>余計なお世話であと一つ →試用期間とは試験雇用期間を略したものだと自分は思っています
めーぱちゅ万歳!
美鈴もパッチェさんも可愛くて素敵でした。
めいぱちぇのよさを再確認
ん? めーぱちぇ? ぱちぇめ? ぱちぇりん?
パチェリン!!
二人の関係に何度も叫びたくなりました。
咲夜ちゃん可愛いしお嬢様かっこいいし、理想がここにある。
作者に感謝を。
咲夜を惚れさす超カリスマお嬢様!
登場人物みんな素敵でした!!
最初から最後まで読み易く面白く、もう最高に楽しませていただきましたっ!
龍は好色だから、子沢山になるのは確定的に明らか。お幸せに。
後半かけ足な感じがしましたが大変楽しませていただきました
パッチェさんなら魔法で生やせそうな気もする。
不器用なパチュリーが可愛くてたまらん。
ちゃんとぱちゅみりんを書くのは初めてだったのですが、最後まで書けてよかったです。
誤字訂正は後日改めてしたいと思います。ご指摘、本当に感謝です。
自分で思うんですが、なんかドSなぱっちぇさんが私好みみたいです…どうでもいいですね、ごめんなさい。ありがとうございました。
なんという超展開、他にも急に出てくるFateネタなど、いろいろと突っ込みどころの多い、面白い作品でした。
大和屋暁や浦沢義雄の脚本の作品を彷彿とさせるような独特の作風を感じました。
他の方のコメントを見る限り、そういった評価はかえって作者に不快な思いをさせる危惧がありますので、点数を付けるのはしばらく様子をみますが、非常に楽しめた作品なのは確かです。
当然だ。パチュリーはヒロインだもんな
一方で、すごく丁寧な文章であるがゆえに、描写をカットした部分が浮いて見えちゃいました。
あえて書かなかった、あえて隠した、というのも理解してはいるのですが、やはり直感には逆らえないですね。