それは夏を過ぎた頃、まだ残暑の厳しい時分の事だった。
チルノが博麗神社に遊びに行くと、神社入り口の鳥居の辺りで、二つの人影がなにやら話し込んでいる。
近寄ってみると、それは博麗神社の巫女である博麗霊夢と、その友人の普通の魔法使い霧雨魔理沙だった。
氷精が近寄って耳を澄ませると、何処かの妖怪が弾幕ごっこで負けただの、最近は涼しくなってきただの、二人は、たわいもない噂話に花を咲かせていたので、
「あたい抜きで、面白そうなのはいけない」
と、思ったチルノは、手を挙げて「やっほー」と挨拶をした。
それは、なかなか堂に入った挨拶で、大抵の人が見れば「そいつは、いい挨拶だった」とモノローグを入れたくなるくらいの挨拶だ。
そんな挨拶のおかげではないが、いつもなら出会い頭に憎まれ口を叩く魔理沙も、「よく来たな」と笑顔で歓迎する。
なぜなら、未だに残暑の厳しい今日この頃。そんな時に体温低く周囲を冷気で涼しくするチルノは、この時期は何処でも歓迎されるからである。
たとえ、妖怪の山や地底に河童の秘密基地、そして天界に地獄であっても、冷たい冷気を運んでくれるチルノは完全なる顔パス状態だ。
それは、幻想郷でも情け無用と恐れられる博麗の巫女やちょっとセンチな普通の魔法使いであっても変わりはなく、無利子無担保でいつでもウェルカムで、
いつもなら妖精に対しても容赦無しの霊夢も、今日は嬉しそうにチルノを迎える。
「どうだ。調子は?」
「あたいはいつでも絶好調ね」
魔理沙の問いに、いつも通りの根拠のない自信でチルノは答えた。
そうして、胸を反らして威張っているチルノの背後では、霊夢が背中の氷の羽に頬擦りをしながら「ああ……生き返るわ」と恍惚の表情で呟いていたりする。
チルノの氷の羽は夏でも冷たくて、暑い中で掃除をしていた巫女は少し干からびていているので、冷たい氷を見ると思わずスリスリしてしまうのだ。
「すっごいきもちいい……」
そうして、まるでおんぶお化けとなった霊夢が引っ付かれているのに、チルノは気が付かない。
どうもやらチルノの背中の氷の羽には触覚が無いらしく、摩擦熱で氷が解けかねない状況にも全く気が付かないらしい。
その一心不乱に頬ずりする姿には、鬼気迫るものがあり、魔理沙は、見たら死ぬ系の化け物から目を逸らすように、慎重に霊夢を視界から外した。
「しかし、暑いなぁ」
「いやぁ、本当だよ」
話を逸らすように魔理沙が話題を振ると、チルノは屈託の無い笑顔で答えた。
実際、今年の夏は残暑が厳しくて嫌になる。チルノも暑いのは嫌いなので、大きく頷いて魔理沙に同意をした。
「今年は日差しがきつかったからなぁ。ほら、こんなに肌が焼けたぜ」
「ほんとだ。魔理沙、秋刀魚みたいに焦げている」
真っ黒に焼けた手を見て、チルノは吃驚したような声を上げる。
「チルノは生っ白いな。暑いからって、ずっと家に閉じこもっていたのか?」
「ううん。普通に外で遊んでたよ。川遊びに山にハイキング、里の花火大会も見に行ったし、神社のお祭りも行った」
「そういや、そうだったな。それじゃあ、なんでお前は肌が焼けてないんだ?」
「あたい、日に焼けるより先に溶けるし」
「そうか」
なるほど、だからチルノはいつでも白い肌なのか、と魔理沙は納得した。
吸血鬼たちが常に白い肌なのは、日にあたると気化するからだが、
チルノの場合は日光の熱で日焼けしたりすることは無く、その代わりに肌が溶解をするらしい。
だから、日焼けして肌が黒くなることもない。
「妖精生理学か、面白いな」
そうなると、いまダラダラ流れているのは、汗ではなくて水なのか。
好奇心から、魔理沙はチルノの額から『チルノの汗』を拭って、舐めてみる。
全然しょっぱくなかった。
「うまいの?」
「まあ、普通に水だ」
チルノの汗は、無味無臭の水であった。
他の妖精の汗までは不明だが、さすがは大自然の化身。汗などという無粋な老廃物とは無縁らしい。
「……しかし、妙に美味い」
渇いた喉に妖精の汗は少し毒だった。つい、もう少し飲みたいという衝動が、魔理沙の内から湧き上がる。
「麦茶飲むか?」
だが、それは論理的に不味かろうと、魔理沙は麦茶を飲む事を提案した。
「うん!」
「んじゃ、ちょっと取って来るから、その代わりに氷を入れてくれよ」
するとチルノの同意も得られたので、魔理沙は氷の入った冷たい麦茶を飲む為に神社に麦茶を取りに行くのだった。
カラン、といい音がする。
コップの中に氷が入った音だ。
外の世界から流れ着いた大きなびろうどのコップに入れられた氷と麦茶。それを一気に飲み干す。
沢山汗をかいた後だけあって、麦茶はじつに美味しかった。
「いやぁ、やっぱり夏は良く冷えた麦茶だな」
「いや、まったくね」
霊夢と魔理沙の人間組は、ごくごくと喉を鳴らながら麦茶を飲んで、とても満足したように顔を見合わせた。
氷を生み出すお仕事を終えたチルノも、人間にならって喉をクピクピ鳴らしながら麦茶を飲む。
霊夢手作りの麦茶からは、とても香ばしい、いい匂いがした。
「ぷは」
半分ほどまで飲んで、チルノは飲むのを止めた。
そして、一つ息を吐いて空を見上げる。
空はひたすらに青く、太陽は照っていて、まだ日差しがきつい。
けれども、その日差しは、真夏から確実に弱くなってきている。
去り行く夏を眺めながら、チルノはコップの中の氷をカラカラと鳴らした。
「ねえ、チルノ。氷のお代り良いかしら」
「抜け駆けはずるいぞ。私も氷くれ」
そうして、チルノが珍しくセンチメンタルに浸っていると、霊夢と魔理沙がボリボリと氷を噛み砕きながら、氷のお代りを要求してくる。
「……二人とも飲むのが早すぎるよ。あたいなんて、半分も飲んでないよ?」
チルノは頬を膨らまして文句を言いながらも、氷のお代りをコップに入れた。
今度入れたのは、簡単に噛み砕けない大きな氷――ウィスキーに入れるような、かなり大きめのやつだ。
「いいじゃないの。今度、おやつを用意しておくから機嫌を直して」
「やったー!」
それでも、甘い物をあげると言われて、チルノはすぐに機嫌を直した。その単純さに、霊夢と魔理沙は思わず笑う。
そうして、いい雰囲気の中で、三人は麦茶を飲みながら適当にお喋りをする。
特に霊夢は炎天下で掃き掃除をしていた所為かお代りを繰り返して、二杯、三杯とコップを空け、作り置きの麦茶が無くなるまで飲んだ。
「おいおい、そんなに飲んだら、近くなるぞ」
「うん? 一体何が近くなったの?」
魔理沙が、麦茶をがぶ飲みをしていた霊夢を揶揄すると、チルノは好奇心で目を輝かせながら尋ねた。
「ええっと。そう改めて尋ねられると……どう答えれば良いと思う?」
「私に聞かないでよ」
すると、霊夢と魔理沙の二人は困った顔をすると、二人で顔を見合わせて、顔を赤くして黙り込んでしまう。
どうにもこの二人は、何が近くなったのかをチルノに教えたくないらしい。
そうして、内緒にされると余計に聞きたくなるのもので、チルノは二入に執拗に迫る。
「むぅ。意地悪しないで教えてよ」
「い、いや。別にいじわるしたいわけじゃないのよ。ただ、口に出すと妙に恥ずかしいって言うか……ねぇ?」
「恥ずかしい? それって、何か恥ずかしいモノが近付いてきたって事?」
「あー、いや。だから分かるだろう。水とかジュースをたくさん飲んで水分を取ったら、自然とそうなるよな? なあ?」
「そうそう」
そんな調子で、霊夢と魔理沙は二人で勝手に頷いている。
しかし、チルノには全く見当が付かなかった。
どれだけ沢山水を摂ったりしたとしても、チルノの身体に異常が起きたりはしない。
たまにジュースばかり飲んでいると、背中の羽にジュースの成分が定着して、いい匂いを醸し出したりする事はあった。
でも、その程度の事しかない。
そして、それが霊夢や魔理沙に起こっているとはチルノには思えなかった。
なぜなら、この二人には自前の羽は無いのだから。
「……よくわかんないよ」
ふくれっ面でチルノは呟いた。
「いや、当たり前の事よ。実際に口に出すと妙に恥ずかしいというか。一応は、私も女の子だし」
「ぶはははは!」
顔を赤らめて霊夢が弁明すると、魔理沙が腹を抱えて大笑いをする。
すると霊夢は少し切れ気味に「そんなに笑うなら、魔理沙が説明しなさいよ」と怒った。やぶ蛇だ。
「……いや、だって、なぁ?」
すると魔理沙も困ったような、照れた顔をして黙ってしまった。
一体全体どういう事なのか。
普段は、何にでもあけすけな霊夢や魔理沙が、こんなに恥ずかしそうにしているのは何故なのか。
水を飲むと近付いて来る恥ずかしいモノは、どんな存在なのか。チルノも知らない新手の妖怪か。
それを霊夢達は紹介したくないのだろうか。
「むー。教えてよー」
「そうだな。チルノには霊夢が教えてやれ。私は、なんか雲行きも怪しくなってきたし、ひと雨降る前に帰るとするぜ」
雲一つ無い青空をバックに、魔理沙は笑顔で嘯いた。
「ちょっ、魔理沙」
「ははは、近くなったのは霊夢だろう。なら、責任を持って教えるのはお前だ」
「う、裏切り者!」
霊夢は罵るが、そんな罵声はどこ吹く風と魔理沙は箒に乗って帰ってしまった。
残ったのは、知りたがりの氷精と答えを知る巫女。
チルノは、霊夢に一歩近づいて尋ねる。
「ねぇ、教えてよ。魔理沙の話だと、ソレは霊夢には近付いているんでしょ。それっていったい何なの?」
「いや、だからそれはその……………………ご、ご、御不浄」
顔を真っ赤にして、霊夢は消え入りそうな声で呟いた。
「…………ゴフジョー?」
対して、チルノは何を言っているのか分からないという顔をする。
実際、チルノは幻想郷はそれなりに長いけれど、ゴフジョーなどというモノなど知らなかった。
随分昔に人間の里で、名前くらいは聞いた事があったかもしれないが、どうにも思い出せない。
「それは、どんな奴なの?」
「え?」
分からないので真っ赤な顔で俯いていた霊夢に尋ねてみると、少女はキョトンとした顔をする。
そして「……しまった。すこし回りくどい言い方だったか」などと、とても小さな声で呟いた。
「……もしかして、ゴフは霊夢が使っている護符で、ジョーは英語でアゴということで、護符の付喪神とか?」
そして、その妖怪『ゴフジョー』は、元が護符だから光属性で、しかも妖怪化しているから闇属性も兼ね備え、光と闇が合わさって、そこはかとなく無敵なのかもしれない。
そうして、チルノが想像たくましくしていると、
「いや、そういうのじゃないから」
と、あっさりと霊夢に否定された。
しかし、その否定の仕方はあまりにそっけなさ過ぎた。
まるで、チルノが『言ってはいけないこと』を口にしたので、早々に議論を打ち切りたいかのようだ。
逆に考えれば、それはチルノの推測がある程度は正しいということ。
「じゃあ、なに?」
「いや、そうじゃなくて……」
「じゃ、何なの?」
「えっと、それは……」
やはり、その通りだ。
霊夢は、チルノの考えを否定しながらも、ならばゴフジョーとは何かに答えられない。
「教えてよ、霊夢。そんなに霊夢が怖がるゴフジョーって一体全体何なのさ」
「……わ、分かったわよ。言えばいいんでしょ言えば! 何なのこの羞恥プレイは!」
そうして、霊夢が何やら覚悟を決めて口を開こうとした時、何か霊気でも感じたかのように霊夢はぶるりと大きく震えた。
「……き、来た」
だらりと、冷や汗を流しながら霊夢は呟く。
「え?」
豹変した霊夢に、チルノは動揺する。
霊夢は、来た、と言った瞬間に顔色を変えた。
もしかしてゴフジョーとやらがやってきたのだというのだろうか。
慌てて辺りを見回すが、なんら変わったところはない。
それなのに、ただ霊夢だけが怯えてすくんで、内股でもじもじするという博麗の巫女にあるまじき姿をさらしている。
なんてことだ。幻想郷の妖怪から畏れられ、容赦知らずで知られる博麗神社の巫女が、これほど怯えるとは――ゴフジョーとは、想像以上に恐ろしい妖怪なのか。
それは、チルノの想像を超えた化け物(モンスター)だったのかもしれない。
「チルノ。私は、その、そう! 花摘みに行ってくるから!」
霊夢は慌てて、その場から逃げ去ろうとする。
その顔は、恐怖の所為だろうか――真っ青になっていた。
「ま、待ってよ。行かないで」
霊夢の様子に言いしれぬ恐怖を感じたチルノは、逃げ出そうとした巫女を急いで引きとめた。
妖怪を見ると『カリノジカンダ』とほくそ笑む博麗の巫女が、怯えてすくむ怪物が来るのに、一人取り残される――それは、恐ろしい事だ。
「は、離して!」
「やだやだ! さすがのあたいも、ゴフジョーは、なんか怖いよ!」
怖いもの知らずのチルノが――恐怖していた。
様々な幻想郷の怪物達を相手に平然と弾幕ごっこをしてきチルノだが、正体不明の存在『ゴフジョー』はどういうわけか恐ろしいのだ。
だが、それも当然だろう。
今までチルノが相手をしてきた、博麗の巫女に魔法使い、幻想郷の閻魔や死神など、そうした者達はチルノの前に現れて、正々堂々と弾幕勝負を挑んできた。
けれども、このゴフジョーは姿を見せずに霊夢を追い詰めている。
未知のものほど恐ろしいものはない。チルノは、水をたくさん飲んだ者の元に現れる謎の怪物ゴフジョーに恐怖していた。
「お、お願い。離して! 行かせてよ!」
「やーだー!」
そして、霊夢が慌てれば慌てるほど、チルノもパニックになる。混乱と恐怖は、人から人には伝染する。
かの牧神パンは、葦笛を持って人に正体不明の恐怖を与えたという。
そんなパニックの語源となった神の如く、謎の妖怪ゴフジョーは、混乱する霊夢を通してチルノに底知れぬ恐怖を分け与えた。
「だ、だからっ、離して……」
チルノが一生懸命、霊夢の袖を掴んでいると、巫女は顔を真っ青にして内股をガクガクと震わせ始めた。
「ど、どうしたの!?」
「も、もう、我慢……」
この世の終わりのような顔で、霊夢が呟いた。
どうやら、霊夢はゴフジョーの攻撃を受けているらしい。
そして、霊夢がやられたら、次はチルノの番だ。なぜなら、チルノだって、霊夢ほどではないけれど、かなり麦茶を飲んでしまっているのだ。
「どうすればいいの!」
チルノは叫んだ。
「だ、だから花摘みに行かせてって!」
「は、花? それがあればなんとかなるの!?」
「そ、そう! そうなの! だから、早く!」
なんという事だ。
どうやらゴフジョーは花に弱いらしい。それを知っていた霊夢は花摘みに行こうとしていたのに、それを知らないチルノは気が付かないうちに妨害していたらしい。
慌ててチルノが手を離すと、霊夢は神社へとスリ足で向かう。
襲われながらも、あくまでゆっくりとした行動だ。
「れ、霊夢! そっちは家だよ!」
花など無さそうな神社へと霊夢は奇妙な姿勢で走るので、チルノは慌てて巫女を呼びとめる。
「だ、大丈夫だから!」
けれども、霊夢は呼びかけを無視すると神社に駆け込んで行った。
もしかして、「こんなことがあろうとも」と、あらかじめ花が確保されているのだろうか。
霊夢が居なくなり、境内はしんと静まり返る。
「あ、あたいも花を摘みに行かなくちゃ!」
ゴフジョーが苦手な花を手に入れる為にチルノは慌てて空を飛んだ。
誰もいなくなった鳥居の脇には、三つの空っぽのコップが残されるだけだった。
ところ変わって、ここは太陽の畑。
そこでは、花の妖怪である風見幽香が優雅に夏の終わりに咲き乱れる花々を楽しんでいた。
少し枯れ始めた向日葵の花に近付くと、それはたくさんの種を抱え込んでいる。それを見て、幽香は頬の端を軽く上げて、優しく笑った。
これならば、来年も太陽の畑は、良い向日葵を見せてくれるだろう。
それは、風見幽香にとってとても嬉しい事だった。
大体の種は、落ちるがまま、鳥に食べられるがままで、太陽の畑の辺りで咲き誇ればいい。
そして、ほんの少しは、他の場所に撒くのだ。
「去年は、里の学校に送ったし、今年はどこを向日葵にしようかしら……って、何?」
そうして、幽香は向日葵の咲く場所を考えていると、太陽の畑の外から、切羽詰った悲鳴が聞こえる。
「助けて!」
現れたのは、一匹の氷の妖精だった。
プロジェクト・ヒマワリの計画立案を邪魔されて、一体何事だと幽香が不機嫌そうに顔を向けると、チルノは恐怖に歪んだ顔で「ゴ、ゴフジョーに追われてるの!」と、幽香の胸目掛けて飛び込んできた。
さしてかかわりの無い受け止める義理は無いけれど、グレイズするのも可哀想なので、幽香は怯えきった氷の妖精を受け止めて、事情を聞く。
「……御不浄に追われてるって、トイレの九十九神でも怒らせたの?」
「違うよ。トイレなんかは関係ないの! 水を飲むと近寄ってくるゴフジョーって怪物がいて、あたいがさっき麦茶を飲んだから、それがなんか追いかけてくるの!」
「……へぇ、それはなかなかユニークな怪物ね」
「笑い事じゃないんだよ!」
チルノの言葉を聞いた幽香は、思わず笑ってしまうと、チルノが厳しい目で花の妖怪を睨みつけた。
「それは失礼。それで、どうして私のところに来たの?」
「だって、幽香は花の妖怪でしょ。ゴフジョーは花に弱いから、それなら幽香はゴフジョーの天敵だと思って」
「なるほど。でも、どうしてその御不浄は、花に弱いのかしら」
「ゴフジョーに攻撃を受けていた霊夢が教えてくれたんだ! ゴフジョーは花に弱いって、だからあたいは花摘みにここに来たんだ」
「…………ああ、花摘みね。なるほど」
得心した幽香は、手を打った。
御不浄、花摘み、そして排泄をしない妖精の普通の生き物に対する知識の欠落。
それらが組み合わさって、チルノはゴフジョーという存在しない魔物を想像してしまったのだろう。
その間違いを指摘するのは、容易い。
「ふむ」
しかし、幽香はチルノの間違いを正さずに、自身の能力によって花を咲かせると、それをチルノに渡した。
「はい、孔雀草よ」
「……へ?」
突然、花を渡されて、チルノは目を白黒させる。
そもそも、風見幽香が人に花を贈るなんて、一体どういう風の吹き回しか。
チルノは、空を見上げた。
そらは素晴らしいスカイブルーで天空というキャンパスを塗りつぶしていて、雨や槍が降る気配は無い。
「お花がないと御不浄に襲われるのでしょう。だから、これはお守りよ」
「な、なるほど」
にっこりと笑う幽香を見て、チルノは感心したように頷いた。確かに、チルノの理論で行くならば、ゴフジョーは花が弱点。
ならば、花を持っていれば教われないはずなのだ。
「それと……これもね」
「なにこれ」
チルノは向日葵のほかに小さな小袋を持たされた。それは麻でできた簡素な袋で、口の部分が革紐で縛ってある。
「お花の種の詰め合わせ。いまは時期が悪いけれど、来年の春には綺麗な花が咲くわ。そうした花がそこらに咲いていれば、御不浄を防げるでしょう」
「そっか! 分かったよ、あたいはそこら中に花の種をまく!」
「ええ、頑張って」
そして、向日葵と花の種を持たされたチルノは、太陽の畑から去っていった。
風見幽香は、そうして去っていくチルノを手を振って見送った。
素直に間違いを正しておくべきだっただろうか。
しかし、チルノは既に怪物『ゴフジョー』を信じ込み、それを想像していた。
想像は創造に通じ、妖怪未満である魑魅魍魎達は、そうした人々の想像や妄想から創造をされる事もある。
つまり、チルノの間違いを正すという事は、生まれかけているかもしれない怪物『ゴフジョー』を殺すことに繋がるのだ。
「それは、少しばかり残酷すぎるわね」
忘れられた者たちが集う幻想郷でさえ忘れられるなど、あまりに悲しい。
だから、幽香はチルノにゴフジョーを信じさせたままにした。
サンタクロースは、元は聖ニコラウスという聖人であって、赤い服を着てトカナイに引かせたそりには乗らないけれども、
人々がそう信じたことで生まれたように、妖精がゴフジョーを信じ続ければ、それは生を受けるかもしれないのだ。
「それに、花を絶やさないように心がけさせる妖怪って素敵じゃない?」
花の妖怪は隣で咲いている向日葵に話しかける。
すると、向日葵は種が詰まった頭を垂れて、頷いたのだった
了。
勘違いから妖怪が生まれるって幻想郷らしい感じがしますね
ぬえとか特に
ただ、タイトル前提だったのでちょっとね
妖精の設定を考えるのは楽しいですね。面白かったです。
チルノがとても良いですね。姪っ子にこんな少女がいたら退屈しないんだろうな。
孔雀草や向日葵を抱えながら、一生懸命花の種をまく妖精を想像したらとても和みました。
某狩りゲーに出てきそうだw
幽香は妖精の生態とか詳しそうですよね。
幽香さんもいい味出してる。
→倫理的の方が流れからして違和感ないかと…
お話は面白かったです!
妖精がお花を摘まないというのも面白かったです
それはともかく、子供らしい発想で妖怪を思い描くチルノや、
それを優しくいなしながらオトナな対応を見せつつ、花を広める計画も忘れないゆうかりんがいい味出してる、面白い話でした。
みんな可愛いかったです
あれ?それってゆうかりんの事じゃ・・・・・
!!?
そうか解ったぞつまりゴフジョーとは・・・なるほど確かに最強の妖怪だ・・・・
ん?配達なんて頼んだかな?
ただタイトルと内容が若干合わなかったのが残念