Coolier - 新生・東方創想話

切り裂きジャックと紅魔の吸血鬼

2011/09/27 19:05:20
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注意!
・ジャックでリッパーなさっきゅんネタ
・キャラ崩壊乙
・一応モコサクだけど妹紅×裂夜だから、あしからず
・キャラのイメージを著しく損なう恐れあり
・シリーズもの
・こんなんさっきゅんじゃない! って思う人は読まないでね













切り裂きジャックと紅魔の吸血鬼




 運命の話をしようと思う。くそったれな運命の話を。
 私は運命なんてもので自分の人生を言い表すのを好まない。好きか嫌いかで言えば嫌いだ。大嫌いだ。あんなの人生に負けた奴の言い訳でしかない。
 私の運命は、恐らくねじ曲がっている。誰かがねじ曲げたのか、それとも最初からおかしかったのか、どちらにせよ私の運命は、私が殺人鬼になる方向に流れていた。それを言い訳に、私は人を殺そう。そう考えて、退屈しのぎにあんな事件を起こした。
 こんなのが運命なのだとしたら、やはりこれはくそったれだ。

  ―

 最初の殺人は、そう、1887年の12月。クリスマスも終わったあの日は凄く寒くて、吐く息が全部真っ白に凍っていたのを覚えてる。
 特に意味は無かった。生まれてからこのかた殺人に意味を見出だした事は無い。強いて挙げるとするならば、退屈しのぎだろうか。成長を止めて生き長らえることに決めてから百年近い。そろそろ生きるのにも飽きてきた頃だ。生きるのに飽きる、なんてとても贅沢な台詞に笑ってしまう。笑えない事にそれが事実なのだから。
 突き刺した杭を伝って赤い滴が流れるのを冷えた呼吸で見つめて、ああやってしまったな、と他人事のように思った。腹に杭を刺されて血を吐く彼女をそのままに、寝床に帰った。罪悪感が無かったのが少し気になったけど、正直それどころでは無く、警察に捕まらないように逃げた。
 一日経って二日経って、一週二週と時が過ぎて、捕まるのを恐れて引き篭っていた私は漸く外に目を向ける。
 なんだ警察って無能なんだな。拍子抜けした、後には網膜に焼き付いて離れない赤の色と錆び付いた血臭だけが残った。

  ―

 吐息が凍えて目が覚める。感覚の無い指先で探り当てた冷たい銀の時計は6時を指している。辺りはまだ薄暗い、少し目を開けた。
「……………………う」
 あまり物の置いていない簡素な部屋には、自分以外の誰もいない。誰もいない。ああ、くそ。寒い、寒すぎる。
 かじかんだ手に息を吹き掛けて暖めようするが上手くいかない。薄い毛布を手繰り寄せて体をくるんだ。
「ほーい、ただいまっと。うちの嬢さんは起きてるかな?」
 どこからか帰って来た彼女の声が静かに響く。冬の空気はいつも張りつめていて、彼女の声だけが緩やかに聞こえる。玄関を抜けて入って来た彼女は私を見るなり慌てて近寄ってくる。
「ちょっ、凄い震えてるし! また毛布剥いで寝たんでしょ、体冷やすと良くないって言ったじゃん!」
 指をぱちんと鳴らして囲炉裏に火を点けて、彼女は壊れ物を扱う様に私に触れてきた。その手が温かくて、無性に嬉しくて毛布を蹴飛ばして抱き付く。
「うわ冷たい。あったまれー、ぎゅー」
 ぎゅー。体をくっ付けると彼女の体温が伝わってきて私の冷えた体が温まるのが分かる。同時にゆっくりとした鼓動が聞こえて、なんだかとても安心してしまう。
「妹紅って、あったかい、よね」
「んー? 裂夜はあったかいのが好きなんだろ?」
「…………うん」
 あったかいのは好きだ。妹紅はあったかくて柔らかくて、触れてると幸せになる。妹紅は怖くないし痛くないし隠さないし殴ったりしないし、それにすっごくあったかい。
 寒いのは嫌い。大嫌い。冬なんて嫌いだ。あの人のアレを目撃したのも成長を止めようと決めたのも初めて人を殺したのも自分が殺人鬼になり下がったと気付いたのも、この幻想郷に来たのも冬だった。冬は寒いし真っ白なアレが降るし静かだし大嫌い。
「うんうん。そうだよな、温かいのは良いよな。…………さて、ご飯食べようか」
 頷いて、簡素な朝食を取った。お粥の出来損ないみたいな奴だったけど、味は悪く無かったし何より温かかった。
 ご飯の後は、仕事の時間です。人を殺さないなら仕事はしなきゃなんです。でも夏と違って里の仕事は寒い。寒いのは嫌。だから仕方無いので、大嫌いな館に行く。外は寒いけど妹紅がくれたマフラーと手袋があるから平気。あ、そうだ、今日の夜はこれ着けて寝よう。
 湖の妖精は今日はいない。遊びに行ったのならそっちの方がいい。あいつがいると気温が三度は下がるから。湖の前の紅い館は目に痛々しくて嫌い。どうしてこんなに紅くしなきゃいけないのか謎だ。ここの主人の趣味か。
「あ、おはよう。今日もお仕事頑張ろうね、裂夜ちゃん」
 笑顔素敵なお姉さんは朝から元気なようだ。こんなに寒い日でも朝一番の門番を勤めている赤い髪のメイドさんにおはようございますと返す。彼女は紅美鈴さん、この館のメイド長。鮮やかな髪とそのルックスで妖精メイド達に大人気の人だ。
「じゃあ今日の仕事もローテーション表に書いてあるから、中入っていいよ」
 美鈴さんの許可が出たので館の裏口に回る。妖精メイド達の控え室では数人の暇な人とサボり中の人がだらだらと過ごしていた。狭い部屋で寝っ転がられると凄く邪魔臭い。
 ローテーション表には一番から十五番までの妖精メイド隊と私の名前が並んでいる。本来はメイド隊は十番までなんだけど、冬の間は妖精の数が増えるのだそうだ。割り振られた仕事さえちゃんとやれば衣食住保証されるのだから楽な仕事だ。館の中はあったかいから凍えなくてすむし。でもこんな人数の仕事表を毎日律儀に書いている美鈴さんは本当に生真面目だと思う。
「あ、裂夜だ、おはっす」
「おはようございまっす」
 サボりの常習犯のリルとラルがいつの間にか私を挟んで立っていた。三番隊は主に門番の筈だが、彼女達が真面目に立っていりのは見たことがない。
「今日もお勤めご苦労、なんちって」
「裂夜は偉いなー、ちゃんと働いてって」
「別に…………偉くなんか、ない」
 いくら不老と言えど所詮は人間なのだから、衣食住の確保の為の労働は当然の事だ。少なくとも百年くらいはちゃんと仕事をして稼いだお金で暮らしていた。戸籍が無いから大変だったけど、丁度産業革命の時代だったから働き口には困らなかった。
 まあ、人殺しの方が楽だけど。
「しっかし、裂夜知ってる?」
「お嬢様があんたに興味ってる」
 お嬢様って、ここの主人のことだろうか。あの紅の吸血鬼のことだろうか。
「なんで、?」
「いやそれは知らないんだけどさ」
 それを知ってて欲しかった。大したことではないとは思うが、なんだろう凄く胸騒ぎがする。何だか自分が引っ張られるような、得体の知れない気持ちが。
 考えるのを止めて、ローテーション表に目を移した。今日の仕事の流れを頭に入れる。よし覚えた。
「ほんじゃね、お仕事頑張んな」
「私達はサボりを頑張んな」
 二人に手を振ってメイド服に着替える為に隣の空き部屋に行く。何でメイド服なんか着なきゃいけないのか疑問だけど、規定でそうなってるんだから仕方も無い。
 少し丈の長いスカートを払って、延びてきた髪を襟の外に出す。左だけ三編みにしてみたけど、あんま似合わないので止めた。とりあえず軽くリボンで纏めて、カチューシャをつける。これはカチューシャではないらしいけど名前なんて知らない。服を丸めて隅に置いてナイフと銀時計を持ったら準備万端。気乗りはしないけど外に出る。
 まずは館内の見回り。面倒だが一階から三階までだらだらと練り歩く。特にゴミは落ちていない。お喋り中のメイドも私が通ると仕事しなきゃと思ったのか仕事に戻る。地下の階では相変わらず妙な爆音と叫び声が聞こえた。緑の煙が出ていたけど破損箇所は無いので問題無い。
 まあそんなに広い館でもないから直ぐに終わった。見回りの報告を美鈴さんにして、次の仕事。
「あ、ごめん里に買い物に行ってくれないかな。今手が離せなくて、裂夜ちゃんなら安心だから。急がないでいいよ」
 この格好でか!? この格好でか。嫌がらせに近いものがあるがまあいいだろう。使用人の格好を普通に感じるようじゃ終わってる。やっぱりメイドなんてやめときゃよかったな。
「分かった、行って、きます」
 買い物メモとお金と鞄を受け取って、いざ初めてでも全然ないお使いに。紅魔の館から里までは距離があるけど、まあそう遠いわけじゃないし、歩いていこう。まだ朝だし危ないってことはない。
 鼻歌混じりにぶらぶらと歩いて人里に着いた。良く考えたら、帰りはどうせ重さの関係で歩くことになるんだから行きくらい飛べばよかった。ま、いっか。
 少し視線を感じながらメモを確認すると、幾つかの食料品やお酒の他に蝋燭や布等の雑貨品の下に、お肉食べたいとか好き勝手に書いてある。恐らくこのメモを書いたのは四番隊の連中だ。フリーダム過ぎるもの。
 まだ店を開いていない所もあるので時間をかけて回る事にする。雑貨品を買ってから時計を見ると、漸く九時を回った所だった。お酒を買いに行くと不審な目で見られた。食料品を買いに行くといつもの赤髪の女の人じゃないんだねと言われた。
「…………疲れる」
 なんで皆こっちを見てるんだ。ああ、一年前の事をまだ引き摺ってるのか。あれは私にしては盛大なミスだったな。来たばかりで今一勝手が分からなかった、っていうのはただの言い訳か。
 子供が遠巻きにこちらを見ている。あまり気にしない事にしてメモを確認する。大体の物は買ったか。と、下部分の落書きの中に妙に達筆な字で『熊のぬいぐるみ』と書いてあるのを見つけた。
 この字には見覚えがある。確か、地下にいる吸血鬼の妹の方のものだ。いつ字を見たかは覚えていないが、些末はどうでもいい。問題はどうしてこんなメモにあの人が書いているのか、だ。
「…………些末は、どうでも、いい、か」
 渡された金にも余裕があるし、買って行ってあげようと思った。が、ぬいぐるみなんてどこに売ってるのだろう。先ほどの雑貨屋には置いてなかった。
 荷物が重い。帰りたいな。どん、と背中に誰かぶつかった。いや、体当たられた。
「っと、ごめんなさいね! 今急いでるから」
 青いワンピースに白のケープ、赤いカチューシャをした金髪の女性を見送る。何回か見たことある人だ。人形師はそのまま急いだ様子で里の入り口の方へ走って行ってしまった。
 散乱した買い物品を見下ろして肩を落とす。ヒビが入ったりはしていない、食料品はあまり袋から出ていない、まあ助かったと言うべきか。一つずつ拾い上げていると、誰かが手伝ってくれた。
「ほら、落とし物」
「慧音さん、ありがとう、ございます」
 上白沢慧音は妹紅の世話を焼いてくれてる寺子屋の先生さんだ。授業を受けさせてもらったが歴史とか基本的な計算とかだった。どうも私の習ったのとは違うらしい。この人は獣人という奴で序でに白沢という奴らしい、はっきり言って意味が分からない。でも多分同い年か少し上。
「敬語はよせ。寺子屋に行くついでなんだ」
「…………時間」
 ちょっと遅くないかな。時計はそろそろ十時近い。文字盤を見せると慧音は何かを察したのか笑って言った。
「時間、ずれてるぞ、お前の時計。たまには合わせなきゃな」
 なんと、いつの間にずれてたんだ。外から持ち込んでから弄ってないから、まあずれもするか。あまり気にしてなかったからな。妹紅の家には時計なんてないし、太陽が基準だからあまり時計に意味なんて無いし。
「仕事頑張れよ、それじゃあな」
 行ってしまった。正確な時間くらい教えて欲しかった。そう言えば、道具屋にならぬいぐるみも置いて、無いかも分からないけど時計はありそうだ。
 重い荷物にもめげずにやって来たのは霧雨道具店。厳ついおじさんがやってる。開いたばかりなのか人も少なく閑散としている。時計はなかった。代わりにぬいぐるみがあった。なんでやねん。
 熊のぬいぐるみお買い上げ。買い物を済ませた私は帰る。無論徒歩。
「重、い」
 実に重い。凄く重い。酒の瓶が一番辛い、が仕方も無い。私はてけてけと歩くのみだ。大丈夫、炭鉱で働いてた時よりは楽よ。でもあの時は辛すぎてサボってたんだっけ。
 重いのはまだ良いのだが、視線を感じるのが気になる。頭を人殺し用に切り替えつつ気配を探る。一人、多分妖怪。面倒だ、時間止めて帰ろうかな。
 そう思った直後、そいつは襲いかかってきた。あまり人間慣れしてないのだろう、そいつは狼の様な鳥の様な醜悪な風貌を惜しげもなく晒している。身の高さは120程度、全長はしっぽを入れたら180はある。でかい犬だなとどうでもいいことを考えながらそいつが走り寄って来るのを見つめる。大体、妖怪が人を襲うにしても時間が早いのだ。まさか襲ってくるとは思わなかった。
 グアォウッ!
 予想より速い、見えてはいるけど咄嗟には体が動かなくて強烈な体当たりを食らってしまった。体重の差から私は吹き飛ばされる。吹き飛ばされる最中に荷物がどうなったのか見てみると、追突してきたそいつが前足で踏み潰そうとする所だった。買い物用の袋から覗くのはせっかく買った熊のぬいぐるみ。

 ああ、殺そう。

 そっと、ポケットに入れた銀の時計に触れた。馴染んだ冷たく鈍い輝きは、きっと出来ると私を安心させる。The Ripperと称された“彼”は胸の奥、軋り、と笑って眼を開き、私を凍えるあの冬に連れ戻す。
「…………幻葬『夜霧の幻影殺人鬼』」

  ―

 殺人鬼になろうと思い立ったのは、1888年の夏。イギリスにしては暑かった年、皆が休暇がどうのと騒いでいるのを見ていたら気狂いじみた考えが頭を占拠して追い出せなくなった。
 適当に行きすがった人を殺す。その人がどんな人かなんて知らないし、名前だって知らない。一見無差別に殺しているようで、実は犯行に規則性があって、被害者を残忍に解体する精神異常者。いやに手際が良くて警察だって捕まえられない。そんな気違いが自分の街にいるのだと世間は恐怖する。
 そんな幻影に取り憑かれたのは、はてさて一体誰なのやら。気付けば私は滅多刺しにされた女性の死体の前で荒く息を吐いていた。手には血塗れのナイフ、先が欠けている。
 これで、もう戻れない。そう思うと何故か物凄く愉快な気持ちになって、血を噴き上げる噴水の前で哄笑した。何が面白いのかなんて分からない、知らない。だけど溢れる笑いは途切れることなく、一人笑い続けた。
 自分でも気付かない内に――恐らくは全てを棄てて全てを手にいれたあの日に――私は既に狂っていたのだろう。

 そうして、“彼”は生まれた。


  ―

 血溜まり、血溜まり。血溜まり、血溜まり。血溜まり。
 血溜まり血溜まり、何かの死体、血溜まり、血溜まり。
 血溜まり血溜まり、ぼんやりと私。血溜まり血溜まり。
 深呼吸しよう。吸って、吐いて。吸って、吐く。
 大丈夫かい?
「大丈夫」
 自分で作った血溜まりに沈んでいる犬とも鳥ともつかない妖怪を前に、私は立っている。殺人鬼なんてやっている、いやいたがどうにも血の匂いには弱い。鉄錆びの匂いを嗅ぐと、頭に霧がかかったみたいにぼーっとしてしまう。その所為で人に見られる事も数回あったが、まあ目撃者は殺さないのが私の主義だから。
 それは兎に角、荷物は平気だろうか。これで血塗れになってたらあまり笑えない。うん、大丈夫。血が跳ねないように気を付けて殺ったから、そこは自信がある。服にも血は付いていない。いくらメイド服と言えど借り物なのだから汚す訳にはいかないのだ。
 思わず殺しちゃったけど妹紅に命は大切にしろと言われてるので軽く黙祷。死体は放置で、荷物を持つ。邪魔が入ったけど帰ろう。帰ったらナイフの手入れしなきゃ。
 後は何事も無く館に着いた。この館は遠くから見ても目立つ紅さで、本当勘弁して欲しい。しかも問題が一つ増えてた。
「さーくやー、ほれほれ凍えろー! 凍符『ダ「傷符『インスクライブレッドソウル』」
 寒いのに更に寒くなる。ので即効でのした。館の先で見ていた三番隊の妖精にちょっと引かれた。別にいいけど。
 買ってきた物を所定の位置に置いて、私はぬいぐるみ片手に地下へと向かった。本当は美鈴さんに報告してからの方が良いんだけど、何となくこっそりと渡しに行きたくなったから。ほんの気紛れだけど、それでも。
 涙目で大量の本を運んでいる悪魔とそれを手伝う十四番隊のメイド達と通りすがって、地下へ。ひやりとした空気の満ちる地下は肌寒くて首にかけてたマフラーを巻き直した。蝋燭の灯りを頼りに奥の重厚な扉の前に辿り着く。ノックの音も重く、人のいない廊下に響いて消える。
「どーぞー、開いてるよー」
「失礼、します」
 重い扉を苦労して開けると、明るい部屋の中が見えた。沢山並ぶぬいぐるみ、真ん中に座る幼い少女。紅魔館の紅い吸血鬼の片割れ、フランドール・スカーレット。少し埃っぽいのも気にしないで声をかけてくる。
「むぅ、裂夜じゃん。何の用? 勝手にこんなとこに来てるとめーりんに叱られちゃうよ?」
 一際大きなぬいぐるみに腰かけてフランドールお嬢様は口を尖らせて足を揺らす。合わせて揺れる蜂蜜色の髪がふわふわと揺れて、とても触り心地がよさそうだ。流石に触ったりとかはしないけどね。
 特に警戒はしないでお嬢様の前まで行く。買ってきた熊のぬいぐるみを差し出すと、彼女は意外そうな顔をして受け取ってくれた。
「…………そっか、気付いてくれたんだ、アレ。ふふっ、ありがと」
 にひゃっと無邪気な笑顔を見せてくれただけで少し嬉しかった。お嬢様は熊のぬいぐるみを両手でしっかりと抱き締める。形の崩れた熊が腕の中で苦しそうにしていた。
「んー、じゃあ一ついいこと教えてあげる」
 耳貸して、と言われたので顔を傾けてお嬢様の口に寄せる。そっと囁かれた言葉は地下室に冷たく響いて、消えた。
「お姉様が、裂夜の事を気にかけてるみたい。あれは誰だって聞かれたから裂夜だよって答えたら、なんか一人で笑ってて怖かった」
 それは、どんな意味を持っているのだろう。紅い悪魔が私に注意を向けるという事は、何を意味するのだろう。
「あとあと、血の匂いさせたままここには来ないで、お腹空いちゃうから。裂夜だって食べられたくないでしょ?」
 確かに。次からは気を付けよう。
 再度礼を言われて部屋を出る。図書室の魔法遣いは今日も謎の実験をしているらしく、廊下には何とも言えない妙な臭いが充満していた。様子を見に行ってみると、本で埋もれた図書室の奥から煙が立ち昇っている。本をどこかに運んでいる使い魔が必死の形相で窓を開けようとしているが、本が天井近くまで積み上がってしまってて、まず窓がどこなのかも判らない有り様だった。
「パチュリー様ー、頼みますから実験は窓を開けてからにして下さい!」
「今良いところなんだから邪魔しなっづげほげはっ」
 修羅場だ。用も無いし立ち去ろう。こんなところにいて用事を言い付けられたりしないとも限らない。
 美鈴さんに買い物の報告をしに行った。美鈴さんは返されたお釣を数えて、何か察したように頷く。バレてるなこれは。次の仕事は門番だそうだ。三番隊の数名がサボっていて人数が足りないので代わりを勤めて欲しいとのこと。
 メイド服の上からコートを羽織って、マフラーを隙間無く首に巻いた。日が昇れば暖かくはなるだろうが、今日は風が強い。寒々しい空の下に出て、メイドと交代する。
 欠伸をして、空を見上げた。いい天気だ。けど、視線を下ろすと真っ白な雪が一面に積もっている。薄い白は、門の周りは退けられていて地面が見えている。
 それにしても、ただ突っ立っているだけというのは中々に苦行だ。かと言って、軽い運動とかしていて来訪者が来た日には目も合わせられない位気まずいだろう。そうなると暇で暇で仕方が無い。
 そっと目を瞑ると、太陽の暖かさが身に染みてゆっくりと意識が薄れていく。あ、眠っちゃうな、と思うも止められず、私の意識は沈んで行った。

  ―

 私の母親は、屑な売春婦だった。私を望まない子だとなじって直ぐに暴力を振るう屑女だった。だから、“彼”は売春婦しか殺さなかった。
 一つ言えるのは、あの人が馬鹿で良かった、ということだ。幼少期から自分の持つ能力の存在に気付いていた私は、それを見せびらかしたり安易に使ったりはしなかった。人とは違う能力は、隠すからこそ特別でいられるのだという幼い歪んだ自己顕示欲が効をそうして、私は能力の所為で不幸を被ったりはしなかった。
 だからこそ、私は“人間”である事を簡単に諦めた。人並みに育った私には人並みに生きる事に対する貪欲さがあって、人並みに釣り合わない能力があった、それだけのこと。
 十五歳になった夜に家を抜け出して行方を眩ませた、1788年の冬の誕生日。思い返してみれば人を殺したあの日はそろそろ百年になろうという頃合いだったのか。あまりにも長くて、その一年一年を思い返すのは無理だが、人を殺してしまってからの数年間の事は特にそうだ。記憶にこびりついた赤色の花だけが鮮やかに、冬の寒さと共に思い出される。百年は人を狂わせるのには十分な時間だと思う。心弱い人ならば、簡単に狂ってしまうだろう。
 もし、これはあくまでもIfの話だが、もし、私がこの能力の事を隠さなければどうなっていただろうか。客観的に見て、こんな他人には能力なんてあるだけで気持ち悪いし嫌だ。近くにいてほしくない。平気な顔して人間の中に入らないで欲しい。と思うだろう。それは他人と違う事で自らを確立し、他人と違う事で他者を否定する人間ならば当然の事。
 化け物、魔女、と言われ貶され迫害され貶められれば、きっと私は自分を“人間”だと称するだろう。それは人生をまっとうして死ぬ運命を受け入れるという宣言だ。きっと終わりを長引かせるなんて事だってしないだろう。
 “人間”はいつか死ぬ、いや地上に存在するものの形はいつかは崩れて無くなる。そりゃあ、妖怪だろうが何だろうがいつかは死ぬけど、終わりを先伸ばしに出来るのならしたいと思うのが人間ではないか。けど、もし私が化け物と罵られたら意地でも“人間”として死んでやるな、という予想は付いた。
 だがそれもこれももしももしもの話。現実の私は自分の命を留めてしまっている。何故ならば人間だから。永遠の命、富に名声、比ぶるものの無い力、欲しいと思うのは罪だろうか。それぞれ思う事はあっても結局は人の身に過ぎたものだと理解できるが故に。
 妹紅は、蓬莱の薬を飲むときに、何を思ったのだろう。“不老不死”なんて手に入れて、蓬莱山輝夜に復讐して、それでどうしようと考えていたのだろう。
 いや、これは今考える事じゃないな。何を考えていたんだっけ。ああ、母親の事か。
 最低な親だったけど、それでも私を育ててくれた。だから何、って感じだけど、私はそれには感謝しているんだ。だって今の流れが無ければ妹紅には会えなかったのだから。

  ―

「おい」
「痛」
 頭を小突かれて眼を開くと、黒い魔砲使いが箒片手に立っていた。彼女、は、魔法の森の人間の魔法使い、霧雨道具店の一人娘、霧雨魔理沙。魔理沙はにやりと笑って、また私の頭を小突いてくる。
「お前、門番が寝ててどうすんだよ。緊張感無いな、この門を力付くで破るような奴がいたら寝てるのなんてお構い無しだぜ? まあそれは主に急いでる時の私の事なんだがな。ほら、客だぞ?」
 頭を振って目を覚まさせる。彼女が来たということは時刻は昼過ぎ、結構な時間突っ立ったまま寝ていたようだ。若干痺れを見せる脚を叱咤激励して来訪者を先導して歩き出した。が、どうもいきなり動いたのがまずかったらしく、自前の足に足を引っかけて派手に転んでしまった。
 手を着けれなかった。反応が遅れたというか、伝達が上手くいかなかったというか。頼りない腕は本来の目的地に着くことなく志半ばで地面に衝突する。完全に不意を突かれた形で、正直盛大にぶつけた額が痛かった。
「うっわ痛そうな転び方。大丈夫か?」
 ふむ、問答無用で突貫してくる魔理沙も目の前で転んだ人には優しさを見せるらしい、と冷静ぶって分析する。大体、魔理沙は普通に心ある普通の魔法使いだ。
「大、丈夫」
「いやいやおでこから血たらしながら言われても説得力無いって。図書館には一人で行くから傷の手当てしてこいよ」
 そういう訳にはいかないのだ。自分に任された仕事はちゃんとやらなければ、寝てたけど。額を押さえながら立ち上がって何事もなかったかのように歩き出した。後ろで魔理沙が呆れて息を吐く気配がする。
 来訪者を図書館まで案内した。通りすがりのメイド達全員にうわっと跳び退かれつつ、だったが。兎に角、任務を遂行できたので一安心して、パチュリーさんの怪しげな実験に加わった魔理沙を見つめていたら、背後から首根っこを掴まれた。
「はいそこのおでこが真っ赤に腫れ上がってる裂夜ちゃん、ちょっとこっち来ようか」
「むぎ」
 ずりずりと引き摺られて連れて行かれたのはメイド控え室。美鈴さんは戸棚から取り出した救急セットから絆創膏を出しながら口を尖らせた。
「ほんっと妙なところで意地を張る子だね。別に魔理沙くらいなら手当て先にしても良かったのに」
 言葉も無い。椅子に腰掛けて軽い治療を受けながら、淡々と頷く。彼女が優しい人だというのは理解できるが、昔からあまり大事にしてこなかった自分の体を労れと言われても土台無理な話だ。傷なんていつか治るし。
「あ、そうだ。お嬢様が裂夜ちゃんに会ってみたいって。今暇だから連れて来いって言われたんだった。門番はもういいから行ってきてくれる?」
 ついに呼び出しか。今日だけでも三回はお嬢様の名前を聞いたからそろそろかなとは思っていた。大人しく呼び出されるか。
 額に張った絆創膏をうざがりながらお嬢様の部屋に行く。三階には妖精メイド達もほとんどいなくて、紅魔館にしては静かな雰囲気が少し静かな図書館みたいな感じがする。ここの図書館はいつも騒がしいけど。
 豪奢な扉を二回ノックして声をかけると、ややあって、入室を促す声が聞こえた。入った部屋には紅い吸血鬼が一人紅茶を飲んでいた。薄桃色の服を着た彼女は、蒼銀の髪の隙間からどこまでも深い瞳で私を見た。
「…………で、お前が裂夜か」
 蝙蝠羽は今は小さく折り畳んでいた。優雅に紅茶のカップを机に置くと、レミリア・スカーレットは面白がるような顔で笑う。
「ふん、お前を呼んだのに意味は無いわ。意味があるとするなら、…………そうね、もしかしたらあったかも知れない結末を見たくて、かしらね」
 良く分からない事を言う。意味深長というか、本当に意味が無いような、そんな言葉遊びじみた事を言う。意味が分からないのなら、そこに私の理解するような事は無いのだろう。
 扉の直ぐ側に控えたまま、お嬢様の様子を窺う。お嬢様は黙って宙を見ていた。瞳だけが妖しく光っている。そう言えばレミリアの能力は運命操作だったか。運命、ね。どうでもいいものの筆頭だな。
「十六夜、咲夜、か」
 身体が震える。なんだろう、この感覚は。どこかで聞いた名前のような気もするし、とても懐かしいとも思う。引き寄せられる、惹き付けられる、組伏せられる、組敷かれる。私は、私は何をしていたんだっけ? 
 落ち着け、それは“私”じゃない。
「流石に立ち直りが速いわね、メイド長」
 メイド長は美鈴さんだ。本当にこの吸血鬼の言ってる意味が分からない。
「今のは、もし私が貴女に逢っていたら付けたであろう名前よ」
 でも現実には一度も会ってはいないのだ。ならばそれを言うだけ無駄だろう。そう言うと、お嬢様は眉をひそめる。
「会った事ならあるわよ? 200年くらい前に」
 いや、私は精々100年しか生きてないからそんな筈は無い。筈は無いのだが、なんとなくそんな感じがした。
「もしかして、コートに逆さ十字のバッジつけてた、男の子? “彼”の邪魔した?」
「全然何言ってるのか分かんないけど、あった事はあるわよ。覚えてないってことは、そういうことなんでしょうね」
 私と貴女の糸は無かったんでしょう、とお嬢様は笑った。

  ―

 えっと、何の話をしようかな。今考えるべきことはもう無いような気がする。うーん、何にしようかな。
 昨日の話、天気が悪かった。外を歩いていたら白岩さんに遭ってしまって、あまりの寒さに冬眠体勢に入りかけてしまった。意識飛ばすギリギリで妹紅が助けに来てくれて、雪妖を追い払ってくれた。それからぎゅっと抱き締めて、大丈夫か? って聞いてきたから、抱き締め返して、大丈夫だよって言った。
 全然短いから一昨日の話もする。一昨日の話、晴れてたけど寒かった。夜のパトロール中に急に物影から現れたルーミアに襲われる。撃退。更に夜更かしテンションのチルノに襲われる。撃退。夜雀の歌を聞かされて前後不覚になったところを襲われる。撃退。その時近くにいた迷い人に気付かず一緒に倒してしまう。妹紅に怒られる。永琳に怪我を治療してもらう。輝夜に馬鹿にされる。撃退。妹紅に誉められる。
 よし、場面転換も済んだろうし、こんなもんだろ。

  ―

「裂夜、前から思ってたんだけど、お金貯めてどうするの?」
 夜中、パトロールを終えて戻ってきた私に、同じくパトロールを終えて戻ってきた妹紅が訊いた。お金を貯める理由、聞かれても直ぐには答えられない。
 普通なら、より良い生活の為というのが一番の理由になるだろう。だけど、私は身体が成長しないことを誤魔化す為に住居を点々としなければいけなかった。そんな状態で望む物は温かくて美味しいご飯と柔らかいベッドだけだ。と、言ってもベッドの方は中々手に入らなかったが。
 私が特にお金が無くて困った事は無いのにお金を貯めるのは、きっと。
「それが、習慣、だから」
「ん、そうか。まあ裂夜のおかげで私もちゃんとご飯が食べられてるしな。感謝してるよ」
 私の頭をポンポン軽く叩きながら彼女は笑う。私が来る前までは良くご飯を抜いたり毒物を食べていたそうだ。私の稼ぐお金だって微々たるものだけど、彼女にご飯を食べさせるのだけはしている。ご飯を食べなきゃ人は人でいられないのだ。いや生物は、かな。
 いつか貯めたお金で良いものを買おう。別に買えなくてもいい。その日を待ち遠しにして買う物を考えるだけで幸せになれるから。
「さて、私達も寝よう。明日も早いんだし」
 頷いて妹紅に抱き付いて毛布を被った。こうしてると本当にあったかくて、直ぐ眠くなってくる。
 明日はせめて今日よりあったかい一日でありますように。そう願って目を閉じた。
 お休みなさい。お休みなさい。
 
 
 
 
 
虎です、ついにシリーズものに手をだしました。
一応5話編成だけど最後までかけるか分からないっす。

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コメント



0.340簡易評価
1.無評価名前が無い程度の能力削除
>一応モコサクだけど妹紅×裂夜だから、あしからず
オリキャラならタグにも入れといた方が良いよ
4.無評価名前が無い程度の能力削除
東方のキャラや世界観の皮を被った俺小説でしかない
12.無評価名前が無い程度の能力削除
どうでもいい事かもだけど、日本って明治時代にクリスマス祝ってたの?
13.70晩飯トマト削除
お話は途中と言う事で評価の対象外にしました。
東方キャラとオリジナルキャラを、それぞれどう活かしていくか
それを見てからということで、ここはひとつ。
一人称視点な分、主人公がラノベ主人公のごとく妙に理屈っぽくて、
好感を持ちにくい……かな。
ただ、状況描写は相変わらずの上手さ、作者様の文章自体が好きなので
頑張って下さい、応援してます。
15.80名前が無い程度の能力削除
文章は安定しているし、きちんと物語が書けていると思います。
ただ、この場所では評価されにくい類の作品だと感じました。
偉そうなことは言いたくありませんが、この場所で一定の評価、感想などが欲しいのならもう少し場にあった内容の物を書いたほうがいいのではないでしょうか。
でも結局の所ネット上での二次創作小説とは金銭が絡まない以上趣味で書く物。
ご自分の好きに書かれるのが一番だとも思います。
少し、考えてみることをお勧めいたします。
長文失礼しました。
17.80名前が無い程度の能力削除
わるくないssだよ!これはもっと正当に評価されべき。

でも!誤解を受けて、評価が下方修正されている気がする。

・裂夜が「オリキャラ」だと誤解されている。
タグに"妹紅×咲夜"とか"オリキャラではない"とか入れれば、ぐんと閲覧者は増えてくれるはず...かな。
「裂夜ぁ?メアリー・スーみたいなオリキャラは勘弁しろよなwww」と誤解して
ssを最後まで読まない人がたくさんいると思う。

・シリーズものだけど、この話から読んだ人は美鈴がメイド長やってたり、裂夜が妹紅と一緒に住んでいたりなどの
独自設定にあわてると思う。5話まで続く息の長い話なら、当然途中の話からの初見の人もいるはず。
独自設定をかるくおさらいさせておくべき。



あと、これは評価の下方修正とは関係ないのですが、個人的に一番最初の「運命うんぬん」の意味段落は
ちょっとクサいなと思いました。初めに"運命なんて言葉はくそくらえ"だと言っておきながら、"運命"という
言葉を多用しつづける文章には苦笑してしまいました。

ガンバッテクダサイネ!