今日のご主人様は、いつも身に着けている虎柄の腰巻を忘れていた。
私もそこそこあの虎柄でご主人様を認識している節があり、腰巻を着けていないご主人様に対して「おい、誰だお前、そこの」と、状況が分からないままのご主人様が、半泣きになるまで追求したのは反省すべき点だと思う。
今日は暑かったから別に着けなくてもいいかな、などと言い出したご主人様には、貴女はそれがないと誰だか分からないんですよということをしっかり教えてあげておいた。
此処から理解するに、ご主人様は虎としての本能なのか、直感に身を任せて行動することが多々ある。
指令には忠実だし仕事は良く出来るのだが、思考の切り替えが早すぎるのだろうか。例えば、お風呂に入ろうとしている時に聖から言われた仕事を思い出し、自室の事務机に全裸で座り込んで作業をしているご主人様の姿、なんてものが命蓮寺では週に二回か三回くらいのペースで見ることが出来る。
きっとあの人の中には、「これを終わらせてからあれをやろう」という考えが存在しないのだ。
その結果、物を置き忘れる。そして失くしたという。ご主人様の探し物は大抵、ご主人様が最後に何かをした場所に行けば置いてあるものである。
今月も終わろうとする頃。約一年ぶりに宝塔失くした回数・オブ・ザ・マンスリーが更新された。
「ナズーリン! 宝塔が失くなりました!」
Tシャツに虎柄のボクサーパンツだけを着ての登場だ。
このように宝塔に足が生えて自分から逃げたような言い方をするが、この場合絶対に自己責任だと断言してもいい。
物探しは事情聴取から始まり、現場検証で終わる。
「よしご主人様、最後に見かけたのはいつだい?」
「お風呂に入る前です!」
「では脱衣所へ行ってみよう」
推測を立てる。恐らく仕事終わりで宝塔を持ったまま、ご主人様は風呂に向かった。手に持っている宝塔を最初にかごへ入れて、上着、下着の順に脱いでいく。
今日はもう仕事は終わりだから、着替えには寝間着が必要だ。そして外着は必要がない。
なので乱雑に脱いだ服を掴み上げ、洗濯物入れにぶち込んだ。
その時に宝塔も一緒に洗濯物入れにぶち込んでしまったものだと考えていいだろう。
「し、しかしナズーリン! 私はちゃんとお風呂場は探しましたよ!」
見つかった。推測と全く違わなかった。
「……ご主人様……貴女は……」
「い、いやしかしこれは完全なる偽装工作の結果であって私が見つけきれなかったことも已む無しと」
「結果的に偽装工作になるような扱いをしたのは一体誰だろうね。全く、前々から言おうと思っていたがご主人様はあまりにも集中力というか、思考力がなさすぎる気がするよ。脊髄反射で行動してばっかりじゃないか。そんなことならゾウリムシやカマドウマでも出来るよ。仮にも毘沙門天の代理だろう。もう少しアレだよ、仕事以外でも考えて行動をするということを徹底してみたらどうだい。仕事が出来るのは分かるけれど……」
おっと。
すっかりマジ泣きではないかご主人様。思い当たる所が多々あるのだろう。それとも何か、そこまで言われる筋合いはないとでも思っているのだろうか。
感情の制御があまり上手じゃないのもご主人様だ。顔から出せる液体は全て出ている。えづいているのが嗚咽になって今にも吐きそうだ。
だが吐き出したのはアレではなく、言葉だった。
「うるさい! ナズーリンの人でなし! そこまで言うことないじゃないか……私だって分かってるんだ! だけどしょうがない、しょうがないんだよ! ナズーリンは私が努力してないと笑うのか!? 努力はしてる! だけど……だけど……うあああああああああああ! 知らないよ! 人をそんなことばっかり言ってると、ナズーリンには絶対に良いことは起こらない! 宝塔見つけてくれてありがとう、じゃあ私はもう寝る!」
確かに私は人ではないなぁ、という思いが頭の中をぐるぐると回って全体的にあまり耳に入らなかった。
強烈な憤慨を表明して去っていったご主人様に、あまりいい予感はしなかったけれども、この先何があるかなどは想像もつかない。
トラブルメイカーが眠ると言っているんだから、私も大人しく睡眠時間を合わせたほうがいいと結論づけた。
夜行性の身分としては、大して眠い時間でもなかったが思えば明日は早い。それならば丁度いいと、私も眠ることにした。
私は探偵のようなことをやっている。
別に私の行く先々で人が死ぬだとか事件が起こるだとか、そんな死神への再就職に引く手数多のようなことはない。単なる物探し屋だ。
探し物をするにあたって大事なのが、愛用しているダウジングロッドなのだが。
無い。失くした――いや、失くなったらしい。
記憶を掘り出す。たった六時間前の出来事だ。私は枕元にダウジングロッドを置いて目を閉じた。
そして目を開けたらダウジングロッドが失くなっていた。
誰かが持ち出したか、自身がいつの間にかタチの悪い夢遊病を患ったかと問われれば、私は私を信じようと思う。
しかし困った、今日はそこそこ大物の仕事が複数個入っていたと思うのだが。頭を捻っていると、部屋の襖がすらりと開いた。
「あれ? どうしたんですかナズーリン何か失くしたような顔をして。まさかダウジングの道具でも失くしましたか?」
ご主人様だった。
仮にも毘沙門天は武神ではなかったか。
致命的に隠し事が下手だなコイツ。
「あー……うん、まあ、そんなところ」
「へー! いつも私に物を失くすな失くすなと言っているナズーリンが! 物を失くしてしまった! それはそれは! いけませんね!」
すごくウザい。
しかし本人なりに白を切ろうとしている所に、空気を読まず「お前ギっただろ?」と言いつけるのも何だかスマートじゃない。
現行犯ではなければ自首自白でもしてくれない限り、相手をするのに時間が掛かってしまうからどうしよう。
きっとこれは私が言い過ぎてしまったせいだ。
私にも反省すべき所はある。
「……まあ予備があるからいいよ」
「あるの!?」
「あるよ。まあ一品物の宝塔とは話が違うよ」
と、反撃をしてみたのはいい。実際に予備もあるのだけれど、愛用しているダウジングロッドに比べると性能は落ちる。
「……フ、フフ。そ、あ、おーそういえば今日は私仕事がないからナズーリンの様子を見てあげますよ!」
こんなに下心の見えるお誘いは里の男どもからも受けたことはないな。
「……まあ好きにいいけど、ご主人様、余計な口は挟まないでおくれ?」
「任せなさい」
こうして今日の仕事は父兄参観として並行していくことになってしまった。
当然と割り切ってしまえば成長はしないけれど、やはり業績は芳しくなかった。
普段なら三十分もあれば終わる探し物に三時間も掛けたし、お陰で今日中に終わらせるべき五つの業務が二つしか終わらなかった。
勿論、前金は返すことになったし、ひたすらに罵倒されたからひたすらに頭を下げた。
中には大丈夫だと言ってくれた依頼主も居たが、それでも卑屈に頭を下げた。
そうしてご主人様の様子を窺ってみる。
案の定、泣きそうな顔をしていた。
「ナズーリン……その……本当に…………ごめんなさい」
「謝るだけで罪悪感が拭えるなら、まぁそれに越したことはない。ご主人様はどうして謝るんだい?」
「……ナズーリンのダウジングの道具を隠したのは私なんですよ」
「うん」
自首だ。
ご主人様の両目にはたっぷりと涙が貯えられて、今、瞬きをしたと同時に流れ落ちた。
その涙の理由は、罪悪感なんかじゃないと思う。ご主人様は私の痛みを一緒に感じてくれているのだ。
直線的で何も考えていない。そう見えるし実際にそうだし、そうだからこそ、人の深い所まですっと潜り込んでくる。
迷惑だとかそういうのは関係ない。やっぱり心地がいいんだ。この人の近くに居ると。
「謝らなくてもいいよ。今日は私がダウジングロッドを失くしてしまって、ご主人様がそれを見つけてくれる。きっと今日はそんな日なんだよ」
「ナズ……」
甘いかな?
これでもご主人様のことが気に入らないかい? 君は。
それでもいいんだよ。
誰が何と言おうが、私はご主人様のことを怒ったりしてないし、恨んだりしていないのだから。
「だから、探しに行きましょう。私の失くしものを、ご主人様と一緒に。今日の私は探し物が下手だから、きっとご主人様のほうが先に見てくれる」
「……ねえ」
「うん? どうしたんだい、ご主人様」
「ナズーリンは……何でこんな私の側に居るのでしょう? 嫌なことばかりじゃないですか? 今日みたいに、こんな、私は最低で……酷いことをしてしまった。どうして貴女のようないい子が私の側に居るのかが分かりません。私にそんな資格はないはずなのに。無理を、しているんじゃないか、って」
懺悔か、それとも。
ご主人様はもう、涙を止める努力はしていないようで、やっぱり顔から出せるものは全て出していた。
うーん。
間違っても監視のために仕方なく付き添っているわけではない。
それは私の体裁にも関わるので言っておきたい。
私は、
「私は自分の意志でご主人様の隣に居るわけじゃないのかもしれない」
「ナズーリン……?」
「ご主人様の力はとても稀有なものだ。財宝を集める程度の能力。私にとってはすごく羨ましい。わざわざ探したりしなくても、ご主人様の周りにはたくさんの宝物が集まってくる。
私とご主人様の絆は財宝なんだ。
掛け替えのない、何物にも替えがたい、比類なき、前代未聞の、前人未到の、唯一無二の、未曾有の、後にも先にもこれ以上の物は出てこないくらいに美しく、煌びやかで、大きくて、……さいっこうの宝物だ。
ご主人様の隣に居るだけで、当たり前みたいにそれを貰えるんだ。
資格なんて言わないで欲しい。
それでも気になるなら、ご主人様はちゃんとそんな資格を持っている、ってことを教えてあげるよ。
楽しい時に笑い合うだけで。哀しい時に抱き締め合うだけで。悔しい時に罵り合うだけで。嬉しい時に――ね。ふふっ、ただそれだけで、私の心は救われる。
ご主人様は私の隣に、そして私はご主人様の隣に居るべきヒトなんだよ」
……顔が熱い。
きっと水気ばかりのご主人様の顔は、風に吹かれて冷たくなっていると思うから、丁度いい塩梅だ。
「ナズーリン……いいんですか、そんなこと、言っても。私なんかに、ああ……駄目だ。それはあんまりにも、嬉しすぎる。……また涙が止まらないじゃないですかあ!」
「それは困る。霞んでしまっては探し物がやりづらくなるよ」
「……ナズーリン……」
「…………まぁ、それもいいかもしれない。探し物が長引けば、その分だけご主人様と肩を寄せ合うことが出来るからね」
憚るような人目もない場所だけれど、私のほうが恥ずかしくなるくらいに、ご主人様は泣いた。
ダウジングロッドが見つかるのはもう少し遅くなるな、と思いながらも私は、そんなご主人様を優しく抱きしめた。
いつもと同じ――暖かな気持ちに、私も包まれた。
「ナズーリン!」
「お、見つかったかいご主人様」
「此処に置いていたはずのダウジングの道具が――失くなりました!!」
「おい」
「なんという不可思議……一体私はどうすれば!」
「よし分かった。まずはアンタが私の部屋からダウジングロッドを持ち出した後の行動を思い出せ」
「え、えっと夜中にナズーリンの部屋に忍び込んでダウジングの道具を取って、そして私の部屋に帰る途中で、折角夜中に起きているんだからと思い、厠に――」
「そこだ! っていうかよりによってそこか! クッソぅ!」
「厠だけに?」
「黙れ!」
気遣いもないし気兼ねない。
たったそれだけの間柄が、宝物。
それでもなんでこんなに最後の落とし方がいいんだ貴方はww
あと後書きが辛いww
こんなことさらっと言えるナズさんったらやだ男前……!
まあお前はここで(ry
頑張れ星ちゃん!
他の作品も期待。わくわく。
まあ厠は落としてなんぼですけども
しかしナズはやっぱイケメンが似合うなぁ。このコンビはなんだかんだ言って丸く収まる未来しか見えません。
命蓮寺のナズさん寅さん。
個人的にはムラサのセリフが一番キツいぜ。
それにしても神霊廟ネタバレが随分局地的だw
ちょっとクサイ台詞をすらすら言えるナズも、カッコよくて素敵でした。
しかしあとがきの酷いこと酷いことw
おいこらぬえ口にエビフライ突っ込むぞ!
オチと後書き二段構えってww負けたwww
イイハナシダッタノカナー
ナズ星最高ですね!