ごくりと唾を飲んだのは果たして誰だったのだろうか。
誰もが口をつぐみ静寂が支配するその部屋で、いやに大きく響いたその音を聞きながら、ナズーリンは目の前にあるジュラルミンの投票箱に手を差し入れ部屋にいるメンバー、一輪、村紗、星、ぬえ、響子、そしてナズーリン、その六人の意志の代弁者たる投票用紙を厳かに抜き取り読み上げる。
「えーご主人様に一票」
「はい?」
「あー次もご主人様に一票」
「へ?」
「おー、更にもう一つご主人様に一票。もうこれでほぼ当選確実だが念のため残りも開けると……はい、ご主人様にニ票と、あー私に一票。という訳で第一回『舞踏会に出るのは誰だ!!沈黙の命蓮寺大投票会!!』は厳正なる投票の結果、ご主人様の当選が決定した。もの共拍手!!」
「「「パチパチパチパチ」」」
「え、えぇえぇえええええ!?」
命蓮寺に虎の叫びが木霊する。ありったけの驚きを込めたその叫びは近隣一帯に響き渡り、山彦妖怪が自身の存在意義について悩む程巨大な咆哮だったと後にその部屋に居たメンバーは語った。耳に氷嚢を押し付けながら。
シンデレラロード・オブ・ザ・タイガー
夕暮れ時の命蓮寺の一室が何故即席の選挙会場になったのか。それはその日、境内の掃除を終えて帰ってきた響子が見つけた一通の手紙が発端であった。どぎつい蛍光のイエローに真っ赤な染字で差出人名と宛名という、差出人のセンスを疑ってしまうような封筒に入っていたそれを相談部屋――大きな四角い座卓を四つくっつけて並べた上、命蓮寺の住人全員を押し込んでも全く問題のない広間――で、事前に響子からその手紙を渡されていたナズーリンがその内容を説明すると一番最初に声を上げたのは村紗だった。
「早乙女家舞踏会招待状?」
「うん、やたら仰々しい挨拶だのなんだのを省いて要点だけまとめるとそうなる」
ナズーリンは件の手紙をピラピラさせて気疲れした表情でそう答えた。
あまりに怪しすぎる手紙がある、そう言って響子が毒虫の警戒色みたいな手紙をおどおど持ってきたので、すわこれが噂の手紙爆弾かとタンスの後ろに隠れつつ河童印のマジックハンドで怖々と開封してみれば、何のことはない、ただ趣味が悪いだけの招待状だったのだから気疲れぐらいするのも当然だろう。見れば響子もいやに脱力して座布団と溶けてくっついてしまいそうなほどダラリとしている。
「ふーん、舞踏会ねぇ。それって面白いのムラサ?」
「さぁ、どうなのかな?行ったことないから解んないわ」
村紗の次に口を開いたのはいつもの黒いワンピース姿のぬえだった。ナズーリンの話よりも、持参してきた蜜柑の白筋取りに集中していたのだが、舞踏会という単語に興味を覚えて顔を上げる。そんなぬえを微笑ましげに見遣ってから今度は一輪がナズーリンに問いを投げた。
「それにしても……早乙女家、私は聞き覚えがないのですが、誰かの知り合いなのですか?」
「留守にしている聖か雲山の知り合いという可能性もないこともないが、違うだろうね。この文面はどう見ても初対面の者にあてた物だから。皆も心当たりはないだろう?」
ナズーリンが部屋に集まった五人をぐるりと見渡す。
住職である聖は現在命蓮寺を留守にしていた。今頃は、今度越してくるというぬえの知り合いへの対応に東奔西走しているはずである。……雲山を連れて。命蓮寺唯一の男手である雲山が引越しの手伝いなら任せておけと言ってついていったのだった。
「つまり、その早乙女さんは新しく私達とよしみを結ぶために招待状を送ってきたと、そういうことですか?」
「うん、そういう事になると思う。実際手紙にはそう書いてある」
そして相談部屋に集まった中で最後に口を開いたのは(溶けてしまっている響子除く)ナズーリンのご主人様にして、住職代理を仰せつかっている寅丸星だった。住職代理なので一応上座に座っている星が喜ばしげにナズーリンの言葉に相づちを打つ。
「なら迷うことはないです、舞踏会とやらに有難く参加させてもらいましょう。人と妖怪の共存こそ聖の願い、この誘いはその願いが叶いつつあることの証拠です」
星がにこにこ笑ってそう言うと他の面々もコクコクと頷いて同意を示した。ナズーリンもまた星の言葉に頷いて見せた。
確かに、命蓮寺は今でも十分人里での人気も高いのだがきっちり妖怪寺として認識されている。そして、星は知らないだろうが早乙女家は人里でもかなりの名家であり、そこからモンスターハウス命蓮寺に来た誘いというのは人里で聖の主張が受け入れられてきているという証である。そうでなくとも早乙女家に顔を繋いでおけば今後色々と便利になる。
些か打算めいてはいるが、ナズーリンもそんな風に考えていた。しかし、何故かナズーリンの顔は晴れない。なんというか書いた作文が何々賞を受賞したのは良かったんだけど今度それを全校集会で発表することになった中学生みたいな、慶事と弔事がいっぺんに来たような複雑な顔をしている。
星を始めとする命蓮寺のメンバーはそんなナズーリンを見て首を傾げる。
「ナズーリン、どうしたんですか?」
「いや、私としても参加すべきというみんなの意見に異論はないんだが……ご主人様、実はこの誘いには一つ大きな問題があるんだ」
「問題?なんですか?」
「この招待状は一枚につき一人しか入場できないようなんだ。となれば当然その一人を私達の中から選ぶ訳なんだが……」
そこでナズーリンは再び部屋に居る、畳敷きの部屋で座卓に座布団というパーフェクトジャパンスタイルに馴染みきっている面々を見渡して、こう言った。
「豪奢なフリル付きドレスをきっちり着こなして優雅に社交ダンスを踊れる自信がある者、もし居たら手を上げてくれ」
「「「――――」」」
相談部屋の中を痛すぎる沈黙が押し包んだ。
………………
…………
……
かくして、参加すべきなんだろうけど私には無理だからね無理無理絶対無理!!という意見が六人分集まった結果、せめて誰が行くのがベストかを決める為の投票会が開催されたのであった。当選してしまった星は頼れる部下であるナズーリンに金色夜叉の如くしがみついて滂沱する。流石に居心地が悪かったのか他の面々はダメージを負った耳を抑えてそそくさと部屋から退散してしまっていた。星の咆哮を予測していたため事前に耳を塞ぐ事に成功していたナズーリンは手を放して星を見下ろす。
「にゃず~りん~無理ですよ私には~やり直しを要求します~」
「諦めろご主人様。そもそもこの舞踏会には聖の代理であるご主人様が出るというのが一番自然な結論なんだ。投票を行っただけまだしも人道的だと思うよ私は」
「うぐ……」
涙目の虎をすげなく引き離す鼠。星も実はナズーリンが言っていることは理解していたので大人しく引き剥がされる。
「大丈夫。ちゃんとご主人様が当日までに一人前の淑女になれるよう、サポートはするから」
「当日までって二日しかないじゃないですか!?」
「違うよご主人様、舞踏会は夜の十一時開始だから準備期間は正味三日だ。コンテストに出るってわけじゃないんだから、その間に最低限の基本を押さえればそれで問題ないはずだ。それくらいご主人様なら余裕だよ、よゆー」
「そ、そんな無茶な!?……いえそれ以前に、それ以前にですよナズーリン!!」
「なんだいご主人様?」
「私みたいな武骨者にドレスなんか似合うわけないじゃないですか~~」
再び泣き崩れ頭一つ分以上小さいナズーリンにしがみつく星。
ナズーリンはそんな情け無い姿のご主人様を見て、額を抑えため息をつく。
(はぁ、これ本気で言ってるんだもんなこの無自覚タイガーは)
ナズーリンはえぐえぐ泣いている星のつむじを見つめる。長い付き合いであるナズーリンは知っていた。あのつむじを囲う虎模様の髪は一見クセッ毛に見えるが、いくらか櫛を通してやればたちまち流れるような美髪に化けることを。他にも腰回りやら腕周りは道場で槍を振り回している効果かきゅっと音を立てそうなほど引き締まっていたり、実はサラシと着痩せで目立たない胸が聖並に大きかったり……はっきり言おう星は一緒に湯船に浸かるとこっちが三日は自信喪失で引き篭もりたくなるぐらいスタイルがいい。かつてのナズーリン、出会ったばかりの村紗や一輪、寺に来たばかりのぬえと響子が実際にそうなったのだから間違いない。聖は流石に持ち堪えたが、八苦を滅した尼公の反応なぞ参考にはなるまい。
そして今はナズーリンの服に涙の雫を吸わせるのに忙しいので見えないが……その涙する顔を前に頼みごとを断れたことがナズーリンは一度もない。なんというか星はズルイ美人さんなのである。稽古着に着替えて槍を構えれば凛々しき武神の化身と相成り、今のようにしおらしくしていれば猫科生物の可愛らしさを体現する。そんな、なんでそうなるのか解明したらノーベル賞がとれそうなリバーシブル仕様なのである。星に五票――ナズーリンに入れたのは恐らく星当人だろうからそれ以外全員――もの票が集まったのは星が聖の名代だからという理由ではない。単純にそんな多角型美人の星なら間違いなくドレスも似合うだろうというのが全員の共通見解だったためである。
(だというのにあろうことか私なんかに票を入れて……私がドレス着て舞踏会なんぞに行こうものなら背伸びした子供にしか見えないだろうに……あ、なんかムカついてきたぞ)
富める者が富に気付かず嘆くのを見たとき、真に貧ずる者はどうすべきだろうか?考える前にナズーリンの手は刀を形作り星のつむじに振り下ろされていた。
「痛ッ!?ナ、ナズーリン?なんで私チョップされて……わっ痛い、痛いですって!!」
「すまないご主人様。しかし、私は全国四千万の小さき者に代わりご主人様に天罰を下さねばならないんだ。主に背とかッ!!胸とかッ!!そういう意味で!!」
「ちょ、やめ、やめて下さいナズーリン!!」
ポカポカとナズーリンチョップの連打を見舞われ、星が慌てて立ち上がる。星のつむじがナズーリンでは到底手の届かない高所に登る。絶対的な差を見せつけられ、ナズーリンが膝をつく。
「くそぅ、これが毘沙門様の弟子の実力なのか」
「いや、なんのことだかさっぱり解んないんですけど、貴方も似たようなもののはずでは?」
落ち込むナズーリンを見て、涙を引っ込めった星が不思議そうにナズーリンを見下ろす。……屈辱であった。
今度は自分が泣きそうになりながらもナズーリンはなんとか立ち上がる。
「うう、見ていろ今度竹林の薬師から背の伸びる薬を買って……ブツブツ」
「あの、ナズーリン?大丈夫ですか?」
「……ああ大丈夫、大丈夫だともさ。とにかく、経緯はどうあれご主人様は皆に選ばれた代表なんだから、きちんと訓練して命蓮寺と毘沙門天の名を辱めぬよう努力するべきだと思うよ」
ナズーリンが星に指を突きつけ宣告する。
ナズーリンに自分を舞踏会に放り込む気しかないことを紅い目の底の光を見て悟った星はオロオロと首を左右に振って狼狽える。しかし、
「……そう、ですね。毘沙門天の弟子である私がたかが踊りごときで音を上げるわけには行きません。解りました、この寅丸星、三日で舞踏会に立てるよう成長してみせましょう!!」
寅丸星、ちょっと気の弱い性格の彼女だが、動揺や狼狽が一周して腹を括ってしまえるようになれば持ち前の生真面目さで努力を惜しまず目標達成に邁進する優等生である。その事もよく知るナズーリンはようやく安堵する。
(武は舞に通じるという。元々ご主人様は運動神経とかはデタラメにいいんだし、やる気さえ出してくれればなんとかなるだろう)
ナズーリンは闘志を湧き立たせる星を見て、ホッと息をつく。
「あ、ところでナズーリン」
「ん?なんだいご主人様?」
ナズーリンは長時間座卓の上に置かれてぬるまったお茶に手を伸ばしながら答える。
「社交ダンスってどんな踊りなんですか?ドレス着て盆踊りを踊ればいいんですかね?」
そっから解ってないんかい!!
ナズーリンは思わずドレスを着て見事な炭坑節を踊る星を想像してしまい、座卓に額を打ち付けた。
………………
…………
……
ナズーリンが思わぬ奇襲攻撃により座卓に座礁した翌日。
トンビがピーヒョロロと鳴くピーカン晴れの秋空の下、命蓮寺の庭にジャージ姿の星とナズーリンの姿があった。石灯籠に池に鯉、ししおどしのカコーンと響く音が趣深い日本式の庭園である。寺の庭に面した軒下の縁側には見学している村紗達の姿も見える。
「さて、それじゃ昨日信じられない大ボケをかましてくれたご主人様、準備はいいかい?」
「はい……大丈夫です。ふぁぁ……」
「欠伸しながら言われても説得力がないんだが」
「うう、昨日寝かせてくれなかったのはナズーリンじゃないですか~」
「"今日"は日の出と共に三時間ぐらい寝ているだろう?私の部屋の布団を占拠していたんだから知らないとは言わせないよ」
「うぅ~~」
色々と誤解を招きそうな会話をする二人。
昨日、星が社交ダンスを盆踊りの一種だと思っていたという衝撃の事実が発覚した後、ナズーリンは全速力で命蓮寺書庫まで飛んで行き本棚の隅から隅までダウジングで総ざらいしてどうにかそれ関係の本を発掘、夜を徹した勉強会を開催したのだった。
「さてそれじゃあ早速、と始めていきたい所なんだが、日頃早寝早起きのご主人様が昨日の話をどこまで覚えているのか少々不安なんでね。少し復習しておこうか」
「うぐ、お、お手柔らかにお願いします」
「まず今回ご主人様が学ばなければならないのは競技の為のダンスではなく、親睦を深めるためのダンス、いわゆる、ソシアルスタイルダンスというやつだ。さて、その両者の違いは?」
「えーと、競技の方はパートナー、振り付け、あと課題になる曲が決まっていて周りを魅せる為のダンス。後者が、自由に相手を選んで流れる曲に合わせて即興で踊るダンス、でしたっけ?」
「うん正解。流石ご主人様、うっかりを除けば優秀だね」
「……褒め方にトゲがある気がします」
「気のせいだろう。まぁ言ってしまえばご主人様が覚えるのはノリで動いて相手と楽しむ為のダンスということだね。さて、そうなってくると練習するにあたって、絶対に探さなければならない物が出てくる」
「なんですか?」
「パートナーさ。一人でもステップの練習とか出来ることはあるけど時間がないからね。ノリとそれっぽさだけでも身につけるには実践するのが一番手っ取り早い」
ご主人様も身体で覚えるタイプだし、と説明するナズーリン。そんなナズーリンを見て星はきょとんと首をかしげる。
「パートナーって……ナズーリンじゃ駄目なんですか?」
「……ご主人様、それは私に喧嘩を売っていると解釈しても構わないかい?」
「ち、違いますよ。ていうか、なんでそうなるんですか!?」
「なんでって……ああ、もういい。やってみた方が早い」
そう言ってナズーリンはスチャっと星の前に立って構えてみせる。僅かな知識と昨日見た本の写真でしか知らないのであくまでそれっぽくなのだが妙に様になって見えるのは何故だろう。今にもシャル・ウィ・ダンス?とか言いそうだ。そんなに出来るのに何故駄目なのかと星が変わらずに不思議そうな顔でナズーリンの前に進み寄り彼女の手を取る。
「……」
「……」
「……わかったかい?」
「……ごめんなさい」
軽く万歳したみたいになっているナズーリンが乾いた目で星を見上げつつそう言うと、星は素直に謝った。
身長差三十センチオーバー、その差、断崖絶壁の如くなり。二人の間に掛かる腕の架け橋は少々歪な形になってしまっていた。元々男女で行う為のものなので身長差には寛容な種目であるはずなのだが……少なくとも星とナズーリンはやりづらく感じていたし、見学組四人もあれはちょっと無理がないかなぁと思っていた。
ナズーリンは変に気まずくなってしまった空気を払拭すべくゴホンゴホンとわざとらしい咳払いをして星から身体を離す。
「まぁ、これがなかったとしても出来ればご主人様の相手は多少なりとも経験がある人物が望ましかったからね。初めから誰か探してこようとは思っていたんだ」
「そ、そうなんですか。えーと、それじゃその方を探してくるところから始めるんですか?」
「ふ、侮ってもらっちゃ困るなご主人様。私はダウザーだよ?それもそんじょそこらの連中とはワケが違う一流だ。ご主人様の練習相手もすでに探索済みだよ」
「え、じゃもしかしてもう……?」
「うん、実はすでに来て貰ってスタンバイして貰っている。という訳で先生ーどうぞー!!」
ナズーリンがゲストを呼ぶ司会者のように呼びかける。
その呼びかけに面食らったのは見学組の四人だった。なにせナズーリンの呼びかけは明らかに自分達の方に向けられていたのだから。
四人は互いに互いの顔を見比べて、ナズーリンが呼んだのは誰なのかと牽制し合う。
「……あー、もしかして一輪がこっそりできる人だったとかそういうオチ?」
「い、いえ私はできませんけど……もしかしてぬえですか?」
「ええ!?違う違う私じゃないよ!!ていうか私でも身長差厳しいよ!!……あれ?ってことは響子?」
「うえ!?や、私でもないよ?ナ、ナズーリンの勘違いじゃ……」
「悪いのだけれど、そこどいて下さるかしら?」
蜂の巣をつついたような騒ぎようだった四人が、ズバッと同時に振り向いた。すると居た、なんで今まで気付かなかったのか不思議なくらいすぐ側に、たおやかに微笑む先生が。その人物を見て見学組四人はあんぐりと大口を開けて固まる。
「どいてって言ったのだけれど、聞こえなかったかしら?」
「ひぃいいい、ごめんなさい!!」
「わ、きょ、響子!?」
二度目の呼びかけに大袈裟に反応したのは響子だった。体当たりで村紗をも押しやって素早く先生に道をゆずる。
ありがとう、というお礼の言葉にすら必死にガクガク首を上下させる様はどう見ても先生にビビリまくっていた。
そんな響子を一瞥して先生はしずしず歩いて毘沙門主従に近づいていく。ナズーリンは先生が星の前に到着するのを見計らい胸を張って隣にいる先生を紹介した。
「ご主人様の練習相手兼指導役を務めてくれる、風見幽香先生だ。ご主人様も名前ぐらいは聞いたことあるだろう?」
「風見幽香です。よろしくね星」
「――――」
手にした日傘の下でにこやかに微笑んでいたのは四季のフラワーマスター風見幽香だった。予想外過ぎる人物の登場に毘沙門天、絶句。
いえ確かにナズーリンとよりは大分身長差小さいですけど、ですけどッ……!!なんでよりにもよって!?
ナズーリンの無謀とも言えるチョイスに星は大いに狼狽える。
「……よろしくって言ってるのだけれど?」
「ハッ!!あ、はい。よろしくお願いします。風見先生」
「幽香でいいわよ。変に畏まられるとやりにくいから」
「……解りました。では改めてよろしくお願いしますね、幽香」
気を取り直して手を差し出す星とその手を穏やかに取って握手に応じる幽香。そんな二人を見守ってナズーリンは満足気に腕組みして頷いている。実に理想的なファースト・コンタクトであったが、気が気じゃないのが見学組四人である。
「ちょっとぉぉ!!なんて人連れてきてるのよナズーリンは!!」
「ええと、私あの人見たことある。確か本に危険度極高って書かれてた人じゃ……」
「ええ、人間に対してですが友好度も最悪だった人です」
「ていうか前になんだっけ、八雲紫?あの人とすっごい形相で喧嘩してるの見たことある。流れ弾で私の碇が溶けちゃったよ」
「そうよ!!あそこに居るのは極高で最悪で喧嘩上等の"社交"ダンスなんていうのとは一番縁遠い……ひゃい!?」
響子がよく響く声で叫んだ瞬間、ジュガッと何かが掠りで響子の鼻先を焦がしつつ軒下の柱に突き刺さった。
なんか凄い勢いで飛んで来たのが日傘であることを確認して、響子がギギギ……と油を挿し忘れたブリキ人形のような動きで幽香の方に顔を向ける。幽香はこっちを向いていた、笑顔で。
「響子さん、邪魔になるからその日傘預かって貰えないかしら?」
「ひぃいぃいい!?預かりますからイジメないでぇえぇええ!?」
響子が素早く日傘をかき抱いて、床にうずくまりガタガタ震える。
その響子を見て三人は悟る。これはイジメられたことがあるな、と。
そんな見学組にナズーリンが近寄って来て縁側に腰を落ち着ける。どうやら指導は幽香に任せるつもりのようだった。
「ふぅ、やれやれ。なんとか穏やかに終わったね」
「ねぇナズーリン。この響子のことはスルー?スルーなの?」
「スルーだね。過去に何があったかは知らないけど、あんなことを叫んだんじゃそれこそ喧嘩を売っていると解釈されても仕方ない」
「あ、聞こえてたんだ。流石、風見幽香」
「いや、この場合さすが山彦妖怪というべきだろうね。私にもバッチリ聞こえていたから」
「あー、なるほど」
村紗が納得と言わんばかりに頷く。
床に転がり震えているのにスルーされる。哀なるかな幽谷響子。
「それにしても……どうやってあの人を連れてきたんですかナズーリン?」
「うん?ああ簡単だよ。最初は嫌そうな顔をしていたけど、餌で釣ったんだ」
「餌、ですか」
「ああ。舞踏会が終わったらご主人様が全力で手合わせすると言っておいた」
「うわー」
「……それ、まさか家でやらないよね」
まさか、と思いつつも一抹の不安にかられたぬえが嫌そうに訊ねる。
武神の名代:寅丸星vs大妖怪:風見幽香。シャレでなく周辺住民の避難が必要な対戦カードであった。一お寺である命蓮寺など巻き込まれれば跡形も残るまい。しかし、ナズーリンは平然とした様子で気負うことなく答えた。
「さぁ?何処でやるかは決めてないから解らない。けど、まぁ平気だと思うよ。話してみて解ったけど、あの風見幽香っていうのは決して見境のない脳筋バトルマニアではないよ。きちんと周囲への気配りも加減もしてくれるはずだ」
「う~ん、そうなのかな?響子を見てると不安になるんだけど」
「それは逆だろうぬえ。今こうしてイジメられたはずの響子が生きている。それが風見幽香に手加減ができるっていうなによりの証拠だよ」
「おお、言われてみるとたしかに」
ぬえがポンと手を打って得心する。やっぱり哀れなるかな幽谷響子。
「ですがナズーリン、言ってはなんですがあの人に社交ダンスなんてできるんですか?本の知識になりますけど、孤独というか孤高であるというイメージが強いのですが」
「それは問題ないよ。私のダウジングに反応したんだから、風見幽香がダンスが出来るのは絶対だ。それにほら……」
ナズーリンが疑問気な一輪に星と幽香の方を指さしてみせる。
「1,2,3……1,2,3……ほら遅いわよ。もっと体全体でリズムに乗るの」
「は、はい。1,2,3……1,2,3……あ、ごめんなさい!!」
「そこは気にしなくていいわ。初心者と組んで足踏まれて怒るほど短気じゃないから。ただ、しっかり次に生かして頂戴」
「は、はい!!」
女性であるにも関わらず、しっかり男役をこなす幽香は驚く程きちんと先生していた。
そのためか遠目から見ても星はどんどん上達しているのが解る。
「……流石ダウザーの小さな大将ですね。きちんと適役を探り当てたようです」
「当然。とはいえあそこまではまり役だとは私も思わなかったけどね」
顔を見合わせてくすくす笑う二人。
「さてと、それじゃ私はちょっと出てくるよ。向こうは大丈夫そうだしね」
「え?星の特訓見てかないの?」
縁側から腰を上げたナズーリンに村紗がやや慌てた声を上げる。
それに対してナズーリンはスタスタと廊下を歩きながら答える。
「ああ、実はご主人様のドレスを仕立ててくれる人をまだ見つけていなくてね。なにせあと約二日で仕上げて貰わなければならないからね、真当な職人じゃ無理だろう?」
「あー確かに」
「という訳で、また私のダウジングロッドの出番というわけさ。なに、ここは幻想郷だからね。探せばきっとトンデモ仕立師がいるはずだよ」
ナズーリンはそう言って会話を終えると廊下の向こうに小走りで去っていく。
ナズーリンの気が急くのも無理は無い、なにせドレスというのは本来短くても仕立てるのに一ヶ月はかかる代物である。当てにするのが異能系仕立師とはいえ出来る限り急ぐに越したことはなかった。
「よく解んないけど、大変そうだねナズーリン。なんか手伝えるといいんだけど」
「……難しいでしょうね。ナズーリンが行っているのは彼女のダウジングなしではできないことですから」
ナズーリンの背中を見送ってポツリと会話する二人。その顔はどうにも苦い、本来命蓮寺全体で手伝うはずのことを星とナズーリンの二人に丸投げしてしまう形になっているのだから無理も無い。
……そんな二人の足元にゴロゴロ忍び寄る黒い影。
「ふ、ふふふ、ふふふのふ」
「ウワッ響子!?いきなり足掴まないでよ、びっくりしたじゃない!?」
「甘い、甘いよムラサ。私達にはとびきりしんどい仕事があるもの」
床を麺棒のように転がって、いつの間にか村紗の足元に来ていた響子が不気味に笑う。
今も傘を心底大事そうに抱えているので山彦というよりは唐傘お化けみたいになっている響子は憂鬱な顔をぐりっと動かして、その先を見るよう村紗と一輪に促す。
「ふふ、星?私そこはナチュラルターンでって何回も言ってるわよね。ちゃんと話聞いてるのかしら貴方」
「はいッ聞いてます!!ええと、ええと……123……123……!!……あ」
「そりゃ口だけ三拍子で、足がニ拍子なら合わずに私の足踏むわよねぇ!!」
「ひぃ!!怒らないって言ったのにぃぃ!!」
「怒ってないわよ!!ちゃんと集中してやれって言ってるの!!ほらもう一回!!」
「はぃぃ!!」
いつの間にやら風見幽香のダンス教室がスパルタ式に変化していた。
いやグーも蹴りも出てないが、結構な怒気を発している風見幽香に密着して慣れないダンスステップを刻まなければならないというのは中々に過酷な修行ではあるまいか。そこまで見届けた二人が響子に視線を戻す。
「響子、仕事というのはまさか……」
「もし幽香が本気でキレちゃったら、止めるのはきっと私達の仕事だよ。星に怪我させる訳にはいかないもん」
「そ、そんな……。あれ、そう言えばぬえはどこ行ったの……?」
「ぬえならさっき、NAS◯が私を呼んでる~って言って、飛んでっちゃったよ」
「「…………」」
おのれ逃げおったか、EXボスのくせに!!
村紗と一輪の心の声が一致する。封獣ぬえ、流石に未確認飛行妖怪、UFOの親戚だけあって消え去るのは唐突かつ迅速だった。地球の妖怪に飽きてしまったのだろうか?
村紗は信じられないことばかり起こるわ、と顔を手で覆って天を仰いだ。
「い、一輪……どうしよう」
「仕方ありません。それが私達ができる唯一の仕事だというのなら、全力で果たすまでです。雲山が居ない私がどこまで役に立てるか解りませんが……頑張りましょう」
「そ、そうだよね、頑張ろうッ!!いくら大妖怪でも碇で後ろから頭どつけば大人しくなるよね!!」
それは"大人しくなる"で表現はあっているのでしょうか?と一輪は内心思わないでもなかったが、命蓮寺が灰塵に帰するのを防ぐためなら致し方無しと重々しく頷く。決意する二人を見て響子はしがみついている傘を一層強く抱きしめ、さめざめと涙する。響子はそもそも決意とかそういうの以前に傘を預けられてしまっているので絶対に逃げられないのだった。持ち逃げとか思われたら絶対死ぬし。
そんな今日一番のアンラッキーガールである響子に更なる受難が襲いかかる。
「響子!!」
「はいぃいいい!!」
「拍子だけだと物足りないから、こっちに来て……歌いなさい」
「……へ?」
風見幽香さんが何か無茶を仰ってらっしゃる。
響子は力なく首を左右に振るが、幽香は構わず人差し指をクイクイさせていいからこっち来いと響子を招く。
見れば、星もお願いと手をこちらに合わせている。
「ム、ムラサ……」
「あー……ごめん響子、流石に無理」
「い、一輪……」
「響子、不甲斐ない私達を許して下さい。聖には貴方は立派だったと伝えておきます」
「そ、そんなぁぁあ!!」
同じ屋根の下に住む盟友二人にあっさり見捨てられ、響子はダンボールに入れられ置き去りにされた仔犬のような声を上げる。
そんな響子の上に日を遮って影が掛かる。誰の影か絶対知りたくない、なのに何故か響子の首は動いてしまう。そして首が向いた先には案の定、向日葵みたいな笑顔の幽香が立っていて、響子を見下ろしていた。
「私の呼びかけ無視するなんて……見かけによらず、いい度胸してるじゃない。歌の方も期待してるわよ?」
「うぅ……わ、解りました。頑張ります」
イジメられる。断ったら絶対イジメられる。
笑顔の下に有無を言わさぬ迫力を感じ、響子は幽香の後に続く。気分は十三階段を登る死刑囚だ。
星のシンデレラロード一日目、その混沌具合に巻き込まれた響子はこの日初めて声が枯れるというしたくもない体験をする羽目になるのだった。
………………
…………
……
命蓮寺には出来うる限りみんな一緒に食卓を囲まねばならないという鉄の戒律が存在する。
きちんと事前申告するか、どう考えても致し方ない深刻な理由でない限り、その掟を破ったものには恐ろしい罰が下される。
どういうものかというと聖に非行少女認定され泣かれるのである。おいおい泣く聖の声に心を裂かれ、後ろから聖命な命蓮寺住人の視線に串刺しにされるという閻魔様でも背筋震わす恐ろしい刑罰であった。
そんな訳もあって、辺りもすでに暗くなる時分、どうにか仕立師を見つけたものの少々夕食の時間に遅れそうになったナズーリンが息を切らして命蓮寺の居間に赴くと、そこにはいつもと違う光景が広がっていた。それは、
「ほら、薬草を煮込んで作ったスープだからちゃんと飲みなさい。苦いけど喉の腫れが退くわよ」
「う、ええと、はい頂きます」
「そうそうちゃんと飲んどきなさい。明日も歌って貰うんだから」
「ぇええええ!!明日も!?っくぁ、喉、痛ッ……」
「叫んだら痛いのは当たり前でしょ。ほらお水」
「あ、ありがとうございます」
何故かまだ居る幽香が響子を甲斐甲斐しく世話していたり、
「一輪~ムラサ~なんで私達の御飯、豆スープとコッペパンなの~?」
「あはは、それは今日の御飯当番が響子だからかな~」
「まぁ、仕方ありません。今日は響子一人に色々押し付けてしまいましたからね。怒りもするでしょう」
と、純粋に嘆いていたり、苦笑だったり、神妙だったり様々な表情で、もそもそプレーンコッペを齧っている三人組だったりした。状況がいまいち掴めず、ナズーリンは一番近くに居た居間の異彩、風見幽香に声をかけた。
「幽香、聞きたいんだがこれは一体どういう状況だい?というかなんで君はまだ居るのか聞いても構わないかい?」
「あら、まるで私がここに居ちゃ悪いみたいな言い方ね。命蓮寺は妖怪の為のお寺だって聞いているのだけれど」
「む、いや確かにその通りだし、居ること自体は構わないんだが……」
幽香の思わぬ切り返しにナズーリンは僅かに目を泳がせ次の言葉を探す。
響子の、私は助けを求めるべきか求めぬべきかむしろそれを教えて助けて欲しいです、みたいなうる目に突っ込むべきか。
それともスープを飲みきってしまいコッペさんのもそもそ感に耐え切れなくなったぬえが砂漠でオアシス見つけたみたいな顔で村紗のスープを狙っていることに突っ込むべきか、スープを欲するならば私の屍を超えていけ!!みたいな覚悟で碇を取り出す村紗に突っ込むべきか、この程度滝打ちの荒行に比べればと悲壮な顔で凄い比較をしている一輪に突っ込むべきか、正直迷う。
「……む?」
そこまで見渡してナズーリンはようやく気付いた。部屋が色々と面白い事になっていなければもっと早く気付いたのだろうが……部屋の中にあるべき星の姿が見えない。
「幽香、ご主人様は?」
「星なら早食いコンテストみたいな勢いで御飯食べてさっさと寝ちゃったわよ。今日は疲れたんでお先にって言って」
「……ふむ」
ナズーリンは星の行動を聞いて、おとがいに手をやって思考を巡らす。目の前に幽香に抱え上げられとうとう膝の上に乗せられてしまった響子が命日を悟り静かに涙しているのにもお構いなしだった。
「……よし、幽香帰ってきて早々すまないが私は用事が出来たのでこれで失礼するよ。あと、すまないついでにあそこのTPOをプロレス技だと勘違いしてそうな二人を制圧しておいてもらえると助かる」
ギャーギャー騒ぎながら三叉槍と碇で壮絶に打ち合う村紗とぬえをぞんざいに親指で指さしナズーリンが言う。
二人を指さした後、やっちまいなと下に向けて叩き落とされた指を見て幽香の目がギラリと光る。
「それは多少手荒くても構わないのよね?」
「制圧任務の鉄則はターゲット以外の人員、物資に極力被害を出さずに片付けることだ。それさえ守って貰えるならいくらでも」
ナズーリンの澄ました言葉を聞いて幽香が三日月のように不吉に笑う。剣呑な気配を察知した響子が幽香の膝の上で一人だけブルブルと揺れ始める。
「解ったわ。顎で使われるようで癪だけど、腹ごなしの運動には丁度良さそうだし」
「ありがとう、助かるよ。あと響子のことだが……」
そのナズーリンの言葉を聞いて響子の顔がぱぁっと輝く。本日一日不運続きの響子が浮かべた、今日一の大輪の笑顔であった。それを見てナズーリンは解っている、皆まで言うなと綽々とした態度で頷いてみせる。
……響子の後ろの幽香に向けて。響子の笑顔が嫌な予感でたちまちしぼむ。
「今後の協力次第によっては、新たな報酬として二、三日貸し出すことも考えよう。いやまさか君達が一日でそんなに仲良くなるとは思っていなかったよ」
「あら、だってこの子可愛いんだもの、特に泣き顔が。大きな花瓶に入れて飾っときたいくらい」
「はっはっはっはっ、それは新手の水責めだという解釈でいいのかい幽香?」
「ふふふふふ、解ってるじゃない。でも私ならお湯を入れるから熱湯責めになるかしら」
ははははは、ふふふふふと笑いあう意外に気が合うらしい二人に前後を挟まれた上、期待を真正面から切り捨てられた響子は更にガタガタ震える。生きる電動マッサージ機になった響子は心で叫ぶ。
(早く、早く帰ってきて聖、雲山!!命蓮寺が悪魔たちに乗っ取られるからぁぁああ!!)
そんな響子をさらりと無視してナズーリンは回れ右して部屋を出て障子を閉じた。本音のところでは響子に悪い気がしないでもないのだが、彼女がちょっとイジメられるだけで風見幽香の全力支援を得られるなら賢将として出せる答えは一つしかないのだった。幽香ならいざという時の備えにもなるし。
(だから響子すまない、どうか成仏してくれ……南無三)
合掌して響子に三秒程黙祷を捧げてから、ナズーリンはダウジングロッドとペンデュラムを取り出す。探るのは彼女のご主人様、寅丸星の気配。するとペンデュラムはフラリフラリと彷徨うように揺れて、星の寝室とは逆の方、寺の外を指し示した。ナズーリンの危惧した通りの結果だった。
「……何が疲れたから早く寝るだ、あのハングリータイガーめ」
ナズーリンは呆れながら反応がある方に飛び立った。彼女のご主人様が何をやっているかおおよそ察しつつ。
……後ろから上がった悲鳴が誰のものかは考えないことにした。
………………
…………
……
命蓮寺は人里近くの山間を強引極まる力技で地ならしして建立されたお寺である。その為、門以外から敷地を出るとすぐに鬱蒼とした森に行き当たる。夜の狩人たるフクロウですら避けてしまいそうな暗い森の中をナズーリンはペンデュラムの蒼い光を頼りに進んで行く。
そして、ナズーリンが進んだ距離の長さに首を傾げそうになったころ、そこに辿り着いた。
「1,2,3……1,2,3……」
「――――」
輝いて見えた、気のせいだろうけど。
あまりに濃密過ぎて夜の闇と区別がつかない深緑の木立の中で、そこだけポカリと緑が淡い草色に変わったちょっとした広場。切り株がまるで劇場の椅子のようにぐるりと並んでいるから、ひょっとすると妖精辺りの集会場なのかも知れない。その無人の椅子たちを観客に寅丸星が踊っていた。やはり一日練習しただけでは足りないのかまだまだそのステップは頼りない。けれど……
「……綺麗」
息を飲んだ。広場にだけ注ぐ月明かりの下で星々のきらめきで出来た影をパートナーに踊る星はそれ程に美しかった。デタラメに聞こえるはずの虫達の鳴き声もまるで星に合わせるかのように協調して緩やかなワルツを奏でている。いつもの服装すら天女の羽衣のように揺らいで、泡沫のような夢幻の景色に華を添える。ナズーリンは我を忘れて立ち尽くす。動けなかった、いや動きたくなかった。自分が動いてしまえばこの淡い幻想がたちまちほどけて消えてしまいそうで。ナズーリンはいつまでもその光景に見入っていた、見蕩れていた。けれど夢は覚める、いつだって唐突に。
「ふぅ、ちょっとはできるようになってきましたね。それでは少しリズムを変えて……あれ、ナズーリン?」
「……はっ、あ、う、いや」
星が足を止めて、こちらに振り返ると立ち所に景色が現実に戻った。階段を一段だけ踏み外したような、奇妙な落差にナズーリンは一瞬呆けて何も考えられなくなる。
「どうしましたナズーリン?なんかボーッとしてますけど?」
「い、いや何でもない。ちょっとまぁ……いや、とにかくなんでもない」
さりさりと草の絨毯を踏んで心配そうに近づいてきた星に、ナズーリンは慌てて首を振ってみせる。
ようやく思い出す、自分がどうしてここに来たのか。
「まったく、ダンスの特訓ならわざわざこんなところまで来なくてもいいだろうに。……というかここは何なんだいご主人様?」
「さて……何なんでしょうね?私も鍛錬で森の中を走っていたら偶然見つけた場所だったので。ただまぁ、あんまりにも具合がいいんでこうして偶に使わせてもらってるんです」
「ふむ、確かにこう、随分と雰囲気がある場所ではあるね」
改めて見渡してみると、広場は綺麗な円形になっており静々と自然の建築美を湛えて佇んでいた。
なるほど、この場所を独り占めにできるならちょっとぐらい遠出する価値は十分にある。しかし、
「それはまぁ、置いておいてだ。ご主人様、君は疲れたから先に寝ると幽香に言ってここに来たそうだが?」
「う、いえそれはまぁ……今日一日付き合ってみてもらって解ったんですけど、あの人意外に面倒見のいい人なんですよ。だから、こんな夜の特訓まで付き合ってくれそうな気がして……申し訳なくなってつい嘘を、御免なさい」
深々と頭を下げた星の頭のてっぺんがナズーリンに向けられる。それを見てナズーリンはむすりと顔をしかめる。
「そうして部下にもきちんと頭を下げられるのはご主人様の美徳だと思うけどね……見当違いのことに謝られても困るよ私は」
「……見当違い?」
「そうだ。私はね、その言葉が嘘でなかったから怒っているんだ。疲れているという言葉は本当だろう、ご主人様」
「む、それは心外ですねナズーリン。この寅丸星、あの程度でへたれるような生半可な鍛え方は」
「ナズーリンキック!!」
「つきゅ!?ッつぅ~~」
ナズーリンが星の言葉を最後まで聞かずに向こう脛を蹴り飛ばす。
星は鋭い痛みを訴える脛を抱えて、ピョンピョン一本足で辺りを跳ね回る。そして、その上何故か無事な方の足もいきなり崩して、どしゃりと倒れ伏す。
「ちょ……つ、つった、足つりました~~」
「はぁ……で?ご主人様、生半可な鍛え方がなんだって?」
「悪かったです。私が悪かったですから助けて下さいナズーリン~」
両脚の痛みに悶え苦しむ星は、地面をバシバシ叩いてヘルプミー。ナズーリンはそんなご主人様の側に肩を竦めながら膝をついて身を屈める。
「やれやれ、困った人だね私のご主人様は」
「う~ナズーリンがやったんじゃないですか~~」
「何か言ったかいご主人様?」
「みぃぃいい~!?」
ナズーリンがつった方の足をぐいと曲げる。不意を突かれたためかあっさり曲がった足を抑えてやわやわマッサージを行う。
この虎は本当にさっきの幻想的な舞台の主役を張っていた人なのだろうか?痛みが収まってきて、あ~気持ちいいです~と緩んだ顔を見せる姿を見るとどうにも信じがたい。ナズーリンはマッサージの手を止めてこちらに腹を見せる猫みたいな虎からすっと身を離す。
「あ、やめちゃうんですか?」
「治ったみたいだからね。按摩をご所望なら今すぐ家に帰ることだよ、わざわざこんな寒空の下ですることじゃないからね」
「あ……そうですね、けどもう少しやって行きます。大分コツが掴めたような気がするので忘れない内に」
寒いでしょうし、ナズーリンは先に帰っていて下さい。星はそう言ってぽかぽかした日向のように微笑んで見せる。が、それと向き合うナズーリンはとびきり渋い顔でむくれる。
「あのねご主人様。私は正にそれをさせないためにわざわざこんな森の奥まで飛んで来たのだけど、その辺察しては貰えないかな」
「へ?そうだったんですか?」
「他になんの用事で来たと思っていたんだい君は。ダンスを覚えるのは勿論だけどね、それ以上にご主人様に疲れを残してもらっちゃ困るんだよ私は。舞踏会に目のクマでパンダみたいな顔になったご主人様を送り出したくはないからね」
生真面目で努力家、直球の熱血系である星は過去に幾度かそういう事をやらかしてくれたことがあった。練習に熱を入れすぎて本番前に体力を使い果たすという遠足で熱を出す幼稚園児みたいな真似を。期日まで三日しかないからやるだろうなぁとは思っていたのだが案の定であった。
「あはは、大丈夫ですよ。まだまだ宵の口ですし」
「そう言って深夜遅くまで練習して風邪をひくのが私の知ってる寅丸星という人物なんだよ。いいから早く帰るよご主人様、私だって色々と疲れてるんだ」
「あ、ちょっと待って下さいナズーリン!!」
「ふぶッ!!ご、ご主人様、君の馬鹿力で思いっきり引っ張らないでくれ!!」
「あ、ごめんなさい」
星の手を取って強制連行しようとしたナズーリンだったが、咄嗟に抵抗した星に逆に引っ張られ肩が外れかかった。忘れてはいけない、どんなに気弱げに見えても彼女は虎なのである。ショウ・イズ・ザ・タイガー。
「謝るくらいなら、さっさと私に引きずられて帰ってきて欲しいんだけどね。手からも踏ん張る足からもまったく力が抜けていないのはどういうことだい?」
「え、え~と、えへへ」
星は残った左手で頬を掻いて誤魔化し笑い。
ナズーリンはその笑顔を見て繋いだ手をぶんぶか振り回し、どうにか引っ張ろうと足掻く。どうやら、星の煮え切らない態度がイラッと来たらしい。
「ああもうなんなんだ君は!!いいからさっさと……ええいビクともしないしこの筋肉バカ!!」
「き、筋肉バカ!?いくらなんでもそれは酷くないですか!?」
「酷くない!!私の切々とした訴えを聞いて訳もなくこの場に留まろうとする馬鹿は!!きっと脳も筋肉でできていたに違い……」
ナズーリンは、顔を真っ赤にして互いの腕を綱にした綱引きを行っている内にはたと気づく。
寅丸星は訳もなく自分の身を案じる言葉を疎かにできるような人格だったか?自分がこれだけ食い下がれば、大概頷くような性格ではなかったか?
「ご主人様」
「は、はい?」
「なにか……理由があるのかい?」
「うぐ……」
図星です。
ナズーリンが真顔で尋ねると、星の額に油性マジック太字でそんな文字が浮いて出た。つくづく隠し事に向かない人だなぁとナズーリンは逆に感心しつつ腕組みジト目。にじみ出る気配でこう語る、理由があるならさっさと言え。
星は見上げられているのに何故か見下ろされているような気分になりながら、人差し指をつんつん突き合わせる。
しばし、そんな状態で二人向き合い、いい加減ナズーリンが焦れて再び声を荒げそうになったところで見計らったように星が口を開いた。
「その、ある意味理由になってないんですけど……笑いません?」
「その問いに事前に答える事は不可能だよ。そんな前置きをされて月が綺麗だったからです、とか言われようものなら失笑を抑える自信はないからね」
「あはは、いいですねそれ。そっちの方が風情があって素敵かもしれません」
「なんだって?」
星は訝しげなナズーリンを見て、軽く微笑みバックステップを一度二度、重力を忘れたような軽やかさで観客席から舞台の上、広場の中央にふわりと巻き戻る。星の突然の行動にナズーリンは首を傾げながら自分も草を踏みしめ舞台に上がる。心なしかナズーリンは月の光が強くなったように感じて、思わず月の光を遮るように手をかざした。
星はそんなナズーリンを見届けて、彼女とは逆に求めるように月に向かって手を伸ばす。星はポツリと。
「楽しかったんです」
「……む?」
「その、ですね。最初は私には絶対向いてないだろうなぁとか、幽香みたいに上手くは絶対ならないだろうなぁとか思ってたんですけど」
1,2,3、1,2,3、星は呟き再び踊る。
「こうしてると、なんというか……拍子と自分の動きが合うのが面白かったり、その、自分も結構こういうのが似合うんじゃないかって自惚れられたりしてですね」
1,2,3、1,2,3、星は月と影と舞い踊る。
「楽しかったんです。今まで毘沙門天様の代理として、お寺で檀家さんを守ったり、槍を振るって鍛えたり。そういうのも充実してて好きなんですけど。それとはまた違った感じで……それで、今こうするのをやめちゃうとその楽しさを忘れちゃうような気がして。ちょっと勿体無いなぁとか思ったりしてしまって……あはは、駄目ですね。本当に理由になってないです」
ごめんなさい。
星がそう言って振り向くと、ナズーリンが見たことのない顔をしていた。
優しいような、寂しいような、そんな巣立つ子鳥を見守る母鳥のような顔。月に照らされ柔らかく映えるその顔は、確かにそんな顔だった。
「ナズーリン?」
「ん、どうかしたかいご主人様?狐につままれたような顔をして」
「え、あれ?」
見たことのない顔だったはずなのに、いつもの顔といつもの調子で返され星が戸惑いの声を上げる。
ナズーリンは本当にいつも通りの様子でこちらに歩み寄ってくる。もしかして、自分は本当に狐に化かされたのでしょうか?星はナズーリンの何気ない言葉を冗談ととれない程惑乱する。
そんな星に構わずナズーリンは彼女のすぐ前まで歩を進める。二人の間に些か傾斜のきつい視線の橋がかかる。
「で?ご主人様、言いたいことはそれで全部かい?そうなると、私の頼みを楽しかったから断っていたということになってしまうのだけれど」
「う、並べて言われると中々酷いことしてますね私。……すいません、帰りましょう。確かに風邪をひいたら元も子もないで……ナズーリン?」
苦笑一つ零して、星は舞台を降りようとする。
しかし、ナズーリンが星の手を取って今度は帰ろうとする星を引き止めた。もう片方の手でカキンと懐から取り出した懐中時計を開いて時間を確認し、一番近い切り株の上にそれを置く。
「とはいえ、私はご主人様の楽しみを一存で邪魔しようとしている訳だから酷さ加減では五分だね。ここは折衷案といこうじゃないかご主人様」
「折衷案?」
ナズーリンは握った方の星の手を額に当てて恭しく一礼をして、もう片方の手も取って構えてみせる。二人の間に少し歪な架け橋がかかる。
「一時間だ。あと一時間で引き上げてもらう。その代わり私も付き合うよ、まぁ多少の問題はあれど一人で踊るよりはマシだろう?」
ナズーリンは星を見上げてウィンク一つ、赤い瞳に悪戯っぽい光を宿して口の端を僅かに吊り上げ薄く笑う。
言われた星はパチパチ瞬きして、驚きをゆっくり溶かして苦笑する。
「ナズーリン……キザすぎません?」
「う、うるさいな。あんな舞台に一応とはいえ立つんだ。これぐらいやらないと弾みがつかないんだよ」
「あんな舞台?」
「ぐ、いいから踊るよご主人様!!私が付き合うんだ、少しは上達して貰わないと納得しないからね!!」
「ちょ、待って。ナズーリン、貴方は……あれ?」
ナズーリンが踏み出すステップの、最初の一歩に星は思わず合わせてしまい、次いで驚く。一日しか練習していない星から見てもぎこちなかったが、ナズーリンのステップはきちんと形をなしていた。少なくとも一度も練習していないとは思えない。しかも、ナズーリンの動きは男役の動きだった。
『いいから早く帰るよご主人様、私だって"色々と"疲れてるんだ』
色々と?色々とは?聞いた話ではナズーリンは仕立師を探しているだけだったはずなのに。
ああ全く、ナズーリンは……
「素直じゃないですねぇ」
「なにか言ったかいご主人様!?」
「いいえ、何も言ってないですよ。ではお言葉に甘えて踊らせて貰いましょうか」
星が改めてナズーリンにステップを添わせて踊る。星々の輝きが浮かび上がらせる影が一つに合わさる。
ゆっくりとゆっくりと、虫の鳴き声がワルツに変わる。
……夢のような時間の中で、時間が止まってしまえばいいと思ったのは果たしてどちらだったのか?
それは二人を眺める月にさえ解らぬことだった。けれど今はただ、
「1,2,3……」
「……1,2,3……」
二人は唯々、踊り続けた。望まぬはずの時を刻み続けて。
………………
…………
……
翌日、星とナズーリンは早朝の森の中を二人で走っていた。
星は自らの足で、ナズーリンは自転車でである。昨日に引き続きジャージ姿の二人はさながら一昔前のボクサーとトレーナーと言ったところだろうか。ナズーリンが荷台に積んだおんぼろラジカセから流れるロックを聞けばきっと誰もがそう思うに違いない。
本来ならダンスの特訓をするべき星がこうして森の中を走っているのは、毎朝の習慣もさる事ながらナズーリンが見つけてきた仕立師に採寸して貰うためだった。ナズーリンが私が採ってこようかと提案したのだが、それじゃきちんとしたものはできないからとすげなく断られ当人を連れて行く事になったのだった。
二人で木漏れ日の中を走り、仕立師の所へ向かう。そして、リピート再生されていたロックが何度目かのサビを歌い切った後、星は目的地となる建物をその虎の目に映した。
「はー、ここが噂の仕立師さんのお家ですか?」
「ぜー、ぜー……そう、だよ、はぁ、はぁ……本業は、違うらしい、けどね」
「……大丈夫ですか、ナズーリン?」
「そういう、心配は……走ってる、最中に、減速という、形で、示して欲しかった、ね」
けろりとした顔をしているが実は星はフルマラソン並の距離を走破していた。その距離はいかに自転車であっても基本頭脳労働職なナズーリンには堪えたらしい。ぜぇぜぇと自転車にもたれかかって息をつき、汗ひとつかいていない星を恨めしそうに見上げる。……飛べばいいのにとは言ってはいけない。彼女にもトレーナーとしての誇りがあるのである。
「ともあれ……ふぅー、よしっ。ここが明日の夜までにドレスを一着仕立てろという無茶な依頼を引き受けてくれた先生のお宅だ。失礼のないように頼むよご主人様、他に当てはないんだから怒らせたりしたら事だ」
「いえあの、断られずともそんな粗相はしませんけど私」
「では言い直そう、うっかり転んで高価そうな服やら人形やらに被害を出さないよう気を付けてくれ頼むから」
「あ、すいません気をつけます……人形?」
命蓮寺においてのうっかり皿割りランキングトップの星は謹んでナズーリンの言葉に頭を下げて、はたと妙な単語に気付き顔を上げた。
「そうだ。なんでも先生の本業は……」
ナズーリンが人形の家のような洋館の扉に歩み寄り、扉に下げられていたドアベルを鳴らす。
「魔法使い兼人形師らしい。ここまで言えばご主人様にもここが誰の家だか解るかな?」
扉がギィィと音を立てて開かれる。
そこに居たのは金髪碧眼の西洋人形だった。そう思ってしまうくらい整った容姿、水色のワンピースにピンク色のフリル付きネックリボン。些か少女趣味が過ぎるように思えるその服も彼女が着ているとピタリとはまる。そんな生きている西洋人形ことアリス・マーガトロイドは青い瞳でナズーリンとその後ろの星を認めて、ドアを大きく開いて家に招く。
「そろそろ来る頃だと思ってたわ。上がって待っててくれる?お茶を淹れてくるから。……紅茶だけど」
「ああ、全く構わないよ。それより今回の話を受けてくれて感謝している。正直かなり切羽詰まっていたのでね、ありがたいよ」
「別にいいわよ。こっちも楽しそうだと思ったから引き受けたんだし」
「そう言ってもらえると助かる。ああ、そうだ。それでこっちが……」
「はい、今回お世話になる寅丸星と言います。よろしくお願いします。ええと、なんてお呼びすれば?」
「アリスでいいわよ。皆そう呼ぶから、私も星でいいかしら?」
「ええ、もちろん」
ナズーリンが星を紹介すると二人は笑顔で握手を交わす。昨日の幽香の時と同じだったが、それを眺めるナズーリンの緊張感は格段に低かった。なにせアリスは里人が森に迷ったら泊めてくれたとか、人里で人形劇をしていたとかいうエピソードを持つ穏健派である。よもや、この場でいきなり喧嘩を吹っかけてくるなど有り得まい。そのことを星も知っているのか幽香を前にした時よりも表情が随分緩い。
……故に、
「……ふむ」
「ふいぃ!?」
「なっ!?」
唐突にアリスが星の胸に手を伸ばし、鷲掴みにするのも全く回避できなかった。
突然の出来事に一瞬自失した星が再起動を果たしたのは、アリスがもにもみゅと胸を揉み込んできた時だった。
「な、え?ア、アリスなにやってるんですか!?」
「う~む、ジャージに隠れて解りにくいけどやっぱり結構あるわね」
「え、え!?いえ私なんかはごく慎ましいもので、ひゃう!?も、揉まないで下さい!?」
ようやく星がアリスを引き剥がす。アリスも抵抗する気はなかったのか、あっさりと離れる。いきなり奇行に走ったにも関わらず、アリスの表情は深遠なる人生の解を求めんとする哲学者のそれである。そして難しい顔をしたまま再び星にじーっと視線を注ぐ。
「な、なんですか?」
「ふーむ、腰も細いし、足も長いし、なにより全体のバランスがいい。……これは久しぶりにやりがいのある仕事になりそうね」
アリスは一人うんうん頷いて、胸を抑えて半泣き気味の星と呆然としているナズーリンに歓迎するわ、と言ってにぱっと笑ってみせる。そのまま家に引っ込むアリスを追うべきか追わざるべきか迷い、星は自分と一緒にフリーズしてそのままだったナズーリンの肩を揺らして正気に返す。
「ナズーリンナズーリン、起きて下さいナズーリン!!」
「……はっ!!す、すまないご主人様、私としたことがあまりの事態に意識が飛んでいた」
「い、いえそれはいいんですけど……どうしましょう?」
「う、うん、なにか予想していたのと勝手が違ってきてしまったけど……現状、彼女以外頼れる者がいないというのは事実だからね。ここは行ってみるしかないだろう。一応ただの採寸だったという可能性もあるのだし」
「そ、そうですね。彼女は女性なんですから何か変な意味なんてあるわけないですよね」
「そうだね、その通りだ……では行ってみようかご主人様」
「は、はい」
星とナズーリンは先程と違い、警戒心バリバリで扉をくぐる……と、そこでナズーリンがあることを思い出して口を開く。
「あ、そういえばご主人様。アリスなんだが噂によると魔理沙にホの字らしい」
「思いっきりアウトじゃないですか!?」
ナズーリンの不用意な一言によりすっかり怯えてしまった星をその場から動かすのには3分間の説得を必要とした。
ちなみにアリスは人形作りだけでなく、磨けば光りそうな娘を着飾らせるというある意味女の子らしい趣味があるだけで、唐突な鷲掴みは本当にただの採寸であり、警戒は完全に無駄であったことをここに記す。
……合掌。
………………
…………
……
アンティーク調の家具が並ぶマーガトロイド家の二階、腕を真っ直ぐ横に伸ばした星がメジャーを肩と指先に当てられ計測されていた。
測っているアリスも、測られている星も顔は至極真剣であった。最もそこに込められた意味合いは若干違ったかもしれないが。
「ふーむ、やっぱりスタイルいいわね星。人形みたいな人体比率だわ」
「そ、そうですか。ありがとうございます」
当たり前だが測られている星と椅子に腰掛けそわそわ見守るナズーリンの警戒も虚しく採寸は極めて穏やかに終わった。メジャーを片手でポンポン弄び採寸表を眺めるアリスは非常に満足気である。
「うん、これなら作るのも楽だわ。やっぱり変に体型崩れちゃってると合わせるのも大変なのよね。私の場合ベースが人形用の服作りだから特に」
「……となると明日にはちゃんと間にあうのかい?」
「もちろんよ。ていうか星のこと測る前からちゃんと間に合わせるつもりだったわよ、私は」
アリスはナズーリンの声に滲んだ不安をぬぐい去るように自信満々で答える。ダメ押しに任せておきなさいとウィンクをナズーリンに贈る。
「ふう、良かった……ああ、いやアリスの腕を疑う訳ではないんだが、流石に時間が少なすぎたからね。少々不安だったんだ」
「問題ないわよ。私は人形を操れば一人で二十人分でも三十人分でも作業できるもの。それでまぁ今日は完撤で作業するとして……明日の昼にはちゃんとできるわね」
「う、徹夜するんですか?うう、無理を言ってすいません」
日頃、早寝早起きの大変健康的な生活を送っているが故に徹夜が大の苦手である星が申し訳なさそうに縮こまる。
アリスは飴色の艶が眩しい戸棚から画板とデザイン用紙の束を取り出しつつ、そんな星にも余裕で笑って答える。
「それぐらい全然平気よ。魔法使いにとって一日二日の徹夜ぐらいは日常茶飯事だもの。調合するのに一週間付きっきりじゃないといけない魔法薬だってあるんだから」
「い、一週間……うう、私には無理そうです、大変なんですね、魔法使いって。私、毘沙門天様の代理で良かったです」
「……え~と、私に言わせるとそっちの方が大変そうなんだけど」
違うの?とアリスがナズーリンに訊ねる。
ナズーリンは重々しく頷く。聖が復活する直近辺りこそ落ち目であったが、それまで信仰というあやふやな物を権威と威光で以って数百年に渡り支えて来た星の功績は間違っても安易な手際と惰弱な意思で成せることではない。星があんな台詞を言えるのはひとえに彼女の優秀さと努力を当然のものとして行う性分故にである。うっかり以外は本当に優秀なのである星は。
「だそうだけど、その辺どうなの星は?」
「いえいえ!!私なんていつもポカとうっかりばかりで本当にダメダメで……正直、こんな大任ナズーリンが居なければこなせませんでした」
「ふふ、大任って認めてるじゃない」
「……あ」
星が思わず、パチリと手を当てて自分の口を隠す。アリスはそんな星の正直な反応を楽しみながら椅子に腰掛けて色鉛筆をなめらかに滑らして行く。流石にデザイン画を描く時は人形は使わないらしかった。
「ま、どっちでもいいわ。大変だろうと簡単だろうとそれは貴方が歩む道だもの、投げるか続けるかは貴方が後で考えて決めればいい。今はとりあえず、そこの椅子に座ってくれると助かるわ。その方が描きやすいから」
「あ、はい、解りました」
星がナズーリンの隣に置いてあった椅子に腰掛ける。
アリスは座って背筋を伸ばす星を時折ためつすがめつしつつ、紙の上にイメージを形にしていく。星はそんなアリスに感心しきりであった。
「凄いですねぇ、私も絵は描けない訳じゃありませんけど実物のないものをあんなにスラスラ描けたりはしないです。ねぇナズーリン?」
「……」
ナズーリンは星のことを見ていなかった。ただアリスに堅い真剣な視線を注いでいる。
……いや、ナズーリンが見ているのは本当にアリスなのだろうか?通し透かすようなその視線はその更に先を見ているようで、逆になにも見ていないようで。似ていないはずなのに星は何故か、
『ナズーリン?』
『ん、どうかしたかいご主人様?狐につままれたような顔をして』
昨日のナズーリンの顔を思い出した。気のせいだったはずの幻の顔を。
しばし、誰もが無言だった。部屋の中にはただアリスが筆を走らせる音だけが響いていた。
数分経ってリンゴーンという鐘の音が響くまでは。
「ん、来たわね。星、ナズーリン、悪いけどちょっと出迎えてくるからこのデザイン画見ててくれる?幾つかはもう出来てるから」
「出来てるんですか!?」
「まだ一つ目の中途かと思いきや……仕事が早いね。にしても来客があるのを知っていたようだが?」
「ええ、実は星のドレスに使う生地が足りなくて、幾つか持ってきてくれるように頼んでおいたの」
アリスはそう言って立ち上がって部屋を後にして玄関に向かう、タンタンタンという階段を降りる足音が響いて小さくなっていく。
なんとなくその足音を最後まで聞き届けてから二人はどれどれと渡された画板の上のデザイン画を覗き込む。
「う、わぁ……どうしましょうナズーリン。なんだかもうこれだけで飾っておきたいぐらい綺麗なんですけど」
「う~む。これ程の腕前とは、流石私のダウジングが大当たりの反応を示しただけの事はある」
「大当たりの反応?」
「うん、ダウジングロッドが開くんじゃなくてクルクル回りだす。プロぺラのように」
「危なくないですかそれ!?」
「危ないんじゃない。痛いんだ、ご主人様」
ナズーリンは自分の得物に裏切られた時の痛みを思い出したのか両頬を抑えてスリスリ擦る。涙目だった。
星は何か見てはいけないものを見てしまったような気分になって、慌ててデザイン画に目を落とす。ナズーリンから目を逸らしたかったのと元々デザイン画の出来が素晴らしかったこともあって、すぐに夢中になった。過去の痛みを乗り越えて来たナズーリンと一緒にこれはどうだろう、いえいえそれならこっちの方が、とデザイン数点を前に語り合う。そこにガチャリと扉を開いてアリスが戻ってくる。後ろには葛籠を背負った新たな人影を伴っている。その人影を見咎めてナズーリンは驚きで目を剥いた。
「待たせたわね。貴方達にも関係あるから紹介しといた方がいいわよね。この人は……」
「なっ!?なんでそいつがここに!?」
「あれ、知り合いですかナズーリン?」
「あらそうなの?」
「ああ、前に少しあってね。久しぶりだ、ナズーリン」
アリスに水を向けられ、メガネをくいと直した森近霖之助が凄まじく苦い顔をしているナズーリンによく見ると笑みに見えないこともないけど、普通に見たら無表情な顔で再会の言葉を送る。
「……ああ久しぶりだね、悪徳店主。私としては二度と顔を合わせたくなかったんだけどね」
「酷いな。君の探しものが無事見つかったのは僕のお陰でもあると思うのだが」
「はっ、よく言う。落し物を取りに来た持ち主に法外な額を吹っかけた者の台詞とは思えないね」
「それは見解の相違だね。僕に言わせれば、あの取引が成立した事自体が君にとって法外かつ望外の幸運だったと思うが、本物の毘沙門天の宝塔なんて本来金銭に代えられるものじゃないし、僕はあの十倍の値でも買い取ってくれる好事家に心当たりがあったからね」
霖之助が部屋に入ると同時、バチバチと火花を散らして睨み合う二人。いや、睨みつけるナズーリンを涼しく受け流す霖之助と言った方が正しいだろうか。ナズーリンにとってはそれもまた業腹であるのだろうが。
その二人の横では視線の火花を避けてきっちりと避難しているアリスが星に無言のジェスチャーで訪ねている。なんなのこれ?と。
星はそんなアリスに引き攣った笑いしか返せない。状況が解らないからではない、むしろ解りすぎているからである。ナズーリンが聖の復活騒ぎの際に一番の悪人はあいつだったなと激怒していた古道具屋の店主、それが恐らくこの眼鏡をかけた銀髪の青年なのだろう。しかし、出来る限り宝塔を失くしたことを内緒にしておきたい星はそれを説明することもできない。そんな風に困り果てている星に、これは答えてもらえないわねと見切りを付けたアリスは仕方なく二人の仲介に割って入る。
「ナズーリン、前に何があったか知らないけど、ドレスを明日までに仕立てるにはその人の協力は絶対必要よ。今から人里の反物屋とか手芸店に行ったってドレス用の生地なんてそうそう手に入らないもの。生地を探し回るだけで一日潰れちゃうわ」
「ぐっ」
「それと霖之助さん?ナズーリンは私にドレスを仕立てるように頼んだ依頼人で、間接的に貴方のお客さんってことになるんだけど、今の貴方の態度はお客に対する商人の態度には見えないわよ。そんなんじゃ私も貴方のお店と取引を続けようかどうか迷ってしまうのだけれど」
「……む」
状況が把握し切れていないにも関わらず、二人の急所を的確に抉るアリス。ナズーリンとしては星のドレスが仕上がらないという事態は絶対に避けたい。対して霖之助も良質ではあるが興味は惹かれない不要な生地や、正直扱いに困ってしまう人形などをきちんとした値で買い取ってくれるアリスは数少ない上客であり、失ってしまえば洒落にならない大穴が香霖堂の収入表に空くことになる。
「ぐぬぬぬぬ、誠に遺憾ではあるが……店主、前と違って今回の件をきちんと真っ当に商ってくれるというのなら、前回の事は水に流してやらないこともないが?」
「ふ、僕がいつ真っ当じゃない商いを行ったのかさっぱり解らないが……少なくとも、今回もいつも通り真っ当に商売させて貰うつもりだよ僕は」
一応、和解に思えないこともない言葉を交わしたにも関わらず、ぎりぎりと睨み合う二人。
星は二人の後ろに炎を纏った龍虎を見た気がした。無論、ナズーリンが虎で。しかし、そんな対峙も龍であった霖之助が突如気勢を萎ませたことで終わる。
「ふぅ……いや済まない。本当に今回はきちんとやらせて貰うよ。というより君と和解するのが今回の一番の目的なんでね、そうせざるを得ない」
「なんだと?」
クールダウンした霖之助の言葉に、ナズーリンはとっ捕まえた空き巣がアイアムサンタクロースとか言い出したような顔になる。
そんなナズーリンの疑心そのもののような顔を見て霖之助は苦笑して手札を明かす。
「君たち命蓮寺一派は今や人妖両者にまたがって信仰を集めている一大勢力だからね。そのブレイン役である君の不興を買ったままなのは一商人に過ぎない僕としては看過し得ない大損害にして不安要素だよ。実際、君がその気なれば僕の店を潰すことなんて簡単だろう?」
「ふんっ!!この後に及んで見え透いた世辞は辞めてくれ。君の店のことは幾らか調べたけどね、霊夢や魔理沙、他にも八雲の長や紅魔館の当主が入り浸る店に私なんかが手を出せる訳がないだろう。下手をすれば、君の言う大勢力を複数敵に回して大戦争だよ」
「いや、彼女達がそこまで家を贔屓にしてくれてるとは思えないが……仮に君の言う通りだとしても僕としては君達とは仲良くしておきたいんだよ、なにせ君の所の住職に魔理沙が随分世話になってるようだからね」
「……なに?」
今度はナズーリンの訝しげな声に取り合わず霖之助はゴソゴソと葛籠の中の生地を漁り始める。
そう言えば、魔理沙がこの店主とは昔からの馴染みで、半ば保護者のようなものだという話を調べた時に聞いたことがある気がする。そして更にこのタイミングで顔を逸らす。これとよく似た反応をする人物をナズーリンは良く知っている、割と照れ屋の星である。……つまりなにか?この胡散臭い上、口の達者な店主は魔理沙が家の世話になっているから親のようによろしくお願いしますと挨拶しに来たということなのか?そして、それが照れくさいから目を逸らしていると?
ナズーリンは自身の思考が導きだした結論が信じられず、アリスに無言で疑問気な視線を投げる。すると二人の会話を聞いていたであろうアリスは呆れたような顔で肩を竦めてみせる。肯定の仕草、ナズーリンはそれを見て一瞬呆然として……次いでニンマリと悪ガキのように笑った。
あ、まずいです、ナズーリンがなにか悪いこと考えてます。それを見て星はそう直感した。
「そうかそうか!!そういうことなら仕方ないね店主!!うん確かに聖は最近、魔理沙に魔法を教えるのに多大な時間を割いているからね。しかし、そうなってくると真っ当というだけでは足りないと思うんだが。どうだろう店主、この際生地代は店主のサービスということに、」
「わぁぁああ、何言ってるんですかナズーリン!!」
星が慌てて飛び上がり、ナズーリンの口をチョークスリーパーのように背後から塞ぐ。ぐむむむ!?とナズーリンがジタバタ暴れるが体格、技量共に星の方が上なので解けようはずもない。そもそも、星も割と本気なのでナズーリンの足が宙に浮いてしまっていて、そんな状態でまともな抵抗をしろというのは無理な相談であった。
「ああああ、その店主さん?ナズーリンの言ってることはどうか気にせずに、真っ当にやってくれるなら私もナズーリンも別に、」
「タダという訳にはいかないが三割引と言った所かな。今日のところは」
「はい?」
「もとより僕も真っ当だけで済ませるつもりはなかったからね。前回多少儲けさせて貰ったことも考慮して割引させて貰うよ。それで構わないかい?寅丸星」
香霖堂店主にしては破格の条件であった。霊夢が知れば息を飲み、魔理沙が知れば卒倒するほどの。星はそうとは知らなかったが霖之助の好意は伝わってきたので、嬉しそうな顔で返事を返す。
「はい勿論です!!あ、あと私のことは星で構いませんよ店主さん」
「……ふむ。僕の周りでは全く見られない謙虚な対応痛み入るよ、星。代わりといっては何だが僕の事も好きに呼ぶといい。まぁ店主のままでも勿論構わないが」
「はい!!」
「ああ、それと……」
「はい?」
「君の所のダウザーがまずい顔色になっているから、そろそろ放した方がいいな」
「へ?……わぁ!?ナズーリン!?」
顔を耳と揃いの灰色に染めたナズーリンに慌てて活を入れる星。首に極ってはいなかったのだが虎の割と全力で絞め続けた場合、鼠がどうなるかなど考えるまでもない。忘れてはならない星は虎だ、虎なのだ。主要生息地は白いマットのジャングルなのだ。
そんな二人を華麗にスルーして霖之助はアリスの元に向かい生地の説明を始めている。実にクールであった。
「大丈夫ですかナズーリン?」
「こ、このバカご主人様……せっかくのチャンスを、不意に……」
星に膝枕されながら、息も絶え絶えにナズーリンは星に文句をつける。自身を締め落としたことよりそちらの方に文句をつけるあたり本当に悔しかったらしい。星はそんなナズーリンを見て、眉間にシワを寄せる。
「いえ、あのですねナズーリン。いくら何でもいきなりタダにしろというのは酷いと思いますよ。いいですか、商品には仕入れ値というものもあってですね……」
「良く知りもしないくせにそんな常識を私に説かないでくれ。あの男の商品は特別なんだ、仕入れ値なんて存在しない」
「……はい?」
「香霖堂……あの店主の店の商品は基本的に無縁塚という場所に落ちている物を拾ってきたリサイクル品なんだ。今更タダにしたってあの店主の懐はそうそう痛んだりはしないよ」
「え、え?」
ナズーリンの言葉に星は頭の周りにハテナマークを乱舞させる。が、そのハテナマークのタンゴが収まってきた頃ようやく気付く。あれ?ひょっとして私も騙されました?
「騙されたという訳ではないよ。打算もないのに自分から無料奉仕を申し出る商人なんていないからね。あの店主が自分から割引を申し出ただけでも私からすれば驚きの譲歩だよ。……ただ、あのままご主人様が邪魔をしなければ交渉次第で更なる譲歩を引き出せた可能性は十分にあったね」
「うぐ……」
下からナズーリンがじっとりとした目で星を見つめる。
星は冷や汗をタラタラ流して、慌ててナズーリンから目を逸らす。そんな星をそれでも数十秒じっくりと睨み続けたナズーリンは嘆息して身を起こす。
「とはいえ今更OKしてしまったことを撤回するわけにもいかないからね。生地代をご主人様の小遣いから引いておく事で手を打とう」
「う、了解しました。うう、割っちゃったお皿代も引かれるのに……」
星は命蓮寺財務長官であるナズーリンの経済的制裁を泣く泣く受け入れる。そんな二人の所に生地を抱えた霖之助と画板を持ったアリスが近づいてくる。
「そちらの話は終わったかい?」
「ああ、君が放っておいてくれたお陰で時間はたっぷりあったからね。礼を言うよ」
「手厳しいね。それはそうとして……」
「ええ、ナズーリン、星。デザイン一応決まったから見てくれる?」
「え?決まっちゃったんですか?」
星が驚いてパチパチ目を瞬かせる。ナズーリンも星と同じようにしている。それもそのはずで、こういうもののデザインというのは普通顧客と相談しながら決定するものだからである。アリスは二人を見てクスクス静かに笑う、アリスはそんな事情を理解していたので二人の反応は予測できていたのだが、あんまりにも予想通りの反応だったのがツボに入ってしまったらしい。
そんなアリスを見てナズーリンは面白くなさそうな顔になる。
「ふふ、ごめんなさい。貴方達が何を思っているのかは解るんだけど、これ以上考えてもこれより良い物ができるとは思えなくて」
アリスは決定稿となったデザイン画を星に差し出す。アリスは笑ったままで、緊張した様子は一切なかった。それはつまり、決定稿に文句をつけられることなど微塵も考えていないということである。その絶対の自信を読み取った星とナズーリンは虚を突かれながらも期待を膨らませてデザイン画に目を落とす。
……文句どころか、しばらく口を開くことすらできなかった。
白いドレスだった。
淡い雪化粧のような白を星の髪のように黒がアクセントとして彩るドレス。その配色具合やどこか東洋の空気さえ取り込んだ刺繍、リンドウと思しき花飾りも絶妙ではあるのだが、真に妙なるは全体の調和である。一言で言うなら似合うのだ。ただ見事に美しいというだけでなく、頭の中で星にそれを着せてみた時、ともすれば日頃星が身に付けている服よりもピタリと馴染む。ひょっとすると星の姿形を知らないものでさえこのドレスを見せられたら星の立ち姿を想像できるのではないだろうか。そう思えてしまう程、このドレスは寅丸星の為にデザインされた寅丸星のドレスだった。
(……見たい)
ナズーリンの心の内にポツリとそんな気持ちが湧いて出る。昨夜、月下で踊っていた星がこのドレスを纏っているところを是が非でも見てみたい。その思いは、もはや魅了の魔法とでもいうべき引力でナズーリンの心を捉えて離さなかった。
「……ご主人様。あくまで念の為に聞くんだが、これで文句はないね?」
「文句なんてとんでもないです。アリス、デザインですけどこれでお願いします」
恐れ入りましたと星とナズーリンが頭を下げながら、アリスの多大な自信と独断の決定に納得する。
なるほど、これなら断られる心配などしようがない。
「ええ、解ったわ。気に入って貰えて良かったわね霖之助さん?」
「……アリス、それは黙っていてくれと、」
「黙っていてくれとは言われてないわよ私は、ただ貴方が描いたデザイン画を私から渡してくれって言われただけで」
「……僕の知るアリス・マーガトロイドはそう言えば真意を悟れるぐらいには聡くて気のつく女性だったはずなんだけどね」
「そう、なら認識を改めて貰えるかしら。悟れてもそれを無視することもあるずるい魔女だって」
「はぁ……そうだね忘れていたよ、君は魔女だったね。どうやら、これは僕の手抜かりのようだ」
軽やかに笑い霖之助をやり込めるアリスと憮然とする霖之助のやり取りに、星とナズーリンはポカンと口を開ける。特にナズーリンは顎が床についてしまうのではないかと思える程愕然としている。それもそのはずで、今の言葉を信じるならこの芸術とも言えるデザイン画を手がけたのは……、
「これ店主さんが描いたんですか!?」
「……ああ。どうやらナズーリンも知らないようだが、僕は服飾関係の仕事も取り扱っているのでね。霊夢や魔理沙の服は僕が作ったものだよ」
「ほ~、店主さんは凄い店主だったんですねぇ。これならお店の方も流行ってるんでしょうね」
「勘違いして欲しくないのだが、僕は服屋でなく、あくまで古道具屋だ。そっちの方は副業で本職には関係ないよ」
「……もしかして、お店流行ってないんですか?」
「ぐ……」
天然特有の一足飛びで本質をついてしまう能力で真実を言い当てられた霖之助がよろめく。アリスはそんな二人を見て笑いをかみ殺すのに必死ですでにうずくまってしまっている。
アリスを横目で鋭く睨んでから、霖之助は気を取り直すように今度は呆けているナズーリンに向き直り、持っていた生地の山を積み上げる。
「さてナズーリン、どうやら財布の紐を握っているのは君のようなので料金の説明をさせてもらってもいいかな?」
「おー?……あ、ああ済まないボーっとしていた。で、なんだって店主?」
「取り敢えず生地の方の確認をしてくれと言ったんだ、あと値段もね。その生地の山がアリスが算出した必要な生地の量だ。そしてこれが値段の方だよ」
生地の山を指さした後、霖之助はいつの間にか作っていた料金表をナズーリンに手渡す。尺当たり幾らか、購入してもらう長さは幾らかなど事細かに書かれたそれをナズーリンは一項目ずつ目で追って確認する。
内容を一読して記憶したナズーリンは、次にしゃがみ込んで生地の山を成している布地一つ一つに指を這わせて質を検分する。自身はダウザー、主は財宝が集まる程度の能力、そんな環境に身を置くナズーリンはこういうものの質に自然と目が利くようになっていた。
気付けば星も、笑っていたアリスも真剣に二人に見入っていた。霖之助はナズーリンを一大勢力のブレイン役と称したがそれを言うなら霖之助とてそんな勢力の長達と商品と金銭を武器に渡り合ってきた猛者である。そんな二人の商取引は強大な妖怪達の熱気を孕んだ対峙とは違った、けれどそれに劣らない静かで息苦しくなるような緊張感があった。ナズーリンが検分を終えて立ち上がるまでにかかった時間は果たして一分だったのか一時間だったのか?それすら解らなくなるような、そんな緊張感。
「……店主」
「なんだい?」
「さっきのデザイン画とこの生地の質、そして値段の方も極めて妥当かつ卑屈にならない程度に良心的。気に食わないが、どうやら君はきちんとすれば真っ当で優秀な商人のようだ。この額面でこの生地を引き取らせてもらうよ」
「ふ、褒めてもらって素直に嬉しいよ。どうしてか僕の商人としての手腕を認めてくれる人は身近にいなくてね」
「普段きちんとしていないからだろうね、それは」
「……む」
ようやく一本取ってやったと笑うナズーリンとむっつり押し黙ってしまった霖之助が握手を交わす。
その歴史的瞬間に星とアリスは思わず拍手を送っていた。
「さて、それじゃあアリス。生地は預けるから後は頼んでもいいかい?」
「ええ、問題ないわ。採寸もしたし材料もあるし、後は私が腕をふるうだけね」
アリスに振り返ったナズーリンが訊ねる。アリスは十指に嵌めたシルバーリングを光らせて不敵に笑った。
「よし、それじゃあご主人様、帰ってまた特訓と行こうか。店主、料金は後日ネズミ達にでも届けさせるよ」
「はい、それじゃ店主さん、アリス。よろしくお願いします」
ペコリと頭を下げて毘沙門主従が部屋を辞する。
アリスはそれを見送るべく二人に付いて行くが霖之助は部屋に残ってデザイン画を眺めて立ち尽くす。
「店主さんよろしくお願いします、か……どうにも霊夢みたいな勘の良さがあるな彼女は」
窓際に近づき、去っていく二人の後ろ姿を眺めて霖之助は苦笑する。
タンタンと階段を昇る音を響かせて、アリスが部屋に戻ってきた。手には裁縫道具一式を抱え、後ろに無数の人形を従えている。
「で?このドレス作るのは勿論手伝ってくれるんでしょうね"店主さん"。このオリエンタル・ステッチとか見たことないような刺繍とか、複雑すぎて人形操りながらじゃ出来ないわよ私」
「ああ、勿論そのつもりだとも。上客候補への最初の売り物だからね、最後まできちんとやらせて貰うさ」
霖之助が袖をまくって慣れた手つきで白い帯で結んで止める。サービスとしては些か過剰な気もするが……
『気に食わないが、どうやら君はきちんとすれば真っ当で優秀な商人のようだ』
『はい、勿論です!!あ、あと私のことは星で構いませんよ店主』
珍しく本当にいい客になってくれそうだからね、それも悪くない。自嘲気味の笑みを零して、霖之助はアリスから裁縫道具を受け取る。
アリスはそんな霖之助を見て椅子に腰掛け人形を操って生地に裁断線を引いていく。恐ろしいことに型紙なしだった。
星のシンデレラロード、二日目。ある意味で最も激しい戦いはこうして静かに始まったのだった。
………………
…………
……
「む、店主もドレスを縫うつもりだった?」
「ええ、私はそうだと思ってたんですけど……違うんですか?」
「いや、料金表に作業料は含まれていなかったが……ご主人様の勘は紅白程じゃないが当たるからね。もしかしたら、そうなのかも知れない」
月影のワルツ、切り株の観客。アリスの家で採寸が終わった後、今日も今日とて幽香先生のダンスレッスンをみっちりこなした星は昨夜と同じようにナズーリンと森の広場で踊っていた。勿論それも特訓の一部なのだが、リラックスして楽しげに踊っているのを見るとその事は忘れてしまっているかもしれない。もっとも星が覚えようとしているのは本来そういうダンスなので間違ってはいないのだが。
「全く、もしそうだとしたら私はあの店主をかなり見誤っていたことになるね。もう少し堅実的な男だと思っていたのだが」
「ええと、もしかしなくても褒めてないですよね?」
「さてどうだろうね。思ったよりええ格好しいだったと言うのが褒め言葉かどうかは人によると思うからね」
「いえ、どう考えても褒め言葉じゃないですよ、それ」
「そうかな?欲の皮突っ張った業突く張りよりはマシな評価だと思うけどね」
ナズーリンが踊りながらそっぽを向いて嫌そうに言う。
珍しく子供のように拗ねた顔をするナズーリンを見て、星は諭すように言葉を柔らかくして話す。
「何もそこまで嫌わなくても……いい人じゃないですか。人に誇ることなく親切を行える、立派なことだと思いますけど?」
「むぅ、そう言われればそうなんだが……はぁ、解った。今度礼代わりに命蓮寺から何か仕事を持ちかけてみるよ。古道具屋だと言っていたから仏具ぐらいあるだろうしね」
「ええ、そうしてあげて下さい」
星が嬉しそうに言葉を弾ませる。
ナズーリンにはステップも心なし弾むような物に変わったように感じられた。
「ご主人様、随分あの店主の肩を持つけど気に入ったのかい?」
「ええ、あの人のことは結構好きですよ。ナズーリンに似てますから」
「えい」
「ふぎゃ!?」
星が得意顔でそう言った瞬間、ナズーリンが星の足を力を込めて踏んだ。小指ピンポイントで。
足を震わせつつ、それでも踊り続けるあたりは流石毘沙門天と褒めるべきか某天人の親戚かと疑うべきなのか。
「ご主人様、聞き違いであることを切に願うんだが……誰と誰が似てるって?」
「て、店主とナズーリンですよぅ、ほら優しいところとか」
「おっと足がすべった」
「ぎゃうッ!?」
ナズーリンが今度はわざとらしくよろけて膝をつく、星の足の小指の上に。
それでも痛みを堪えてナズーリンの手を取って踊り続けるのは流石毘沙門天……いや、やっぱりMなのかも知れない。
「私については無論だが……あの店主のどの辺が優しいのか是非とも教えて貰いたいねご主人様」
「どの辺って……宝塔売ってくれたじゃないですか」
「落し物を売りつけることのどの辺が優しいって言うんだい!?」
「あれ?でもナズーリンも言っていたじゃないですか。打算もなしに無料奉仕を申し出る商人はいないって」
「……む」
「あの店主さんの言ってることは正しいですよ。落とした私が言うのもなんですけど、毘沙門天の宝塔を金銭で譲るなんてこと本来有り得ることじゃないですから。それに店主の方からすればあれが私の落し物だって信じられる証拠は何も無いんです」
星は謡うように語る。
全くそぐわないはずなのに、星が言葉を揺らすとまるでワルツの歌詞のようだった。
「にもかかわらず、もっと高く売る当てがあったのに売ってくれた、きっとナズーリンの言う事を信じてくれたからです。ナズーリンの言う通りなら商人としては十分に優しいと思いますけど?」
星が少し気取ったように問いかけるとナズーリンは青汁をジョッキで一気してもこうはなるまいという苦りきった顔をして、肺の中の空気を全て吐き出すかのような大きな溜息を付いた。
「……これは『外』の世界の話なんだけれどね」
「はい?」
「落し物を返して貰った時、拾得者に対する報奨金は一割ぐらいが相場らしい。『外』の品で溢れている店の店主ならきっとそれも知っているだろうね」
「……ふふっ、なんだナズーリンも解ってるんじゃないですか」
「解ってはいても認めたくはないんだよ。私よりも弱い奴が、私にはない優しさを持っていることは」
ナズーリンの性格を語るとき誰もが必ずずるい、あるいは狡猾という言葉を用いる。それはナズーリンの誇りだった。
ずるさ、狡猾さというのは弱小妖怪であるナズーリンが磨いてきた"強さ"だからだ。自分よりも遥かに強大な妖怪を騙し惑わし誑かし、口先八丁でなだめすかして牙を抜く、そんな強さ。ナズーリンはそんな自分と同じ"強さ"を霖之助から嗅ぎとっていた、香霖堂について調べたのはそれが理由である。自身と似たやり方をする霖之助を調べれば、自分の手法にも生かせると思って。けれども、調べれば調べるほど彼のやり方には自分には全くない物が見え隠れしていた。それは例えば霊夢に対する寛容さだったり、魔理沙に対する甘さだったり……認めたくはないがそれはきっと優しさと呼ばれる物なのだろう。
自分と同じ強さを持ち、自分にはない優しさを持つ香霖堂店主、故にナズーリンは彼が嫌いだった。まるで自分の生き方を否定されている気がして。勝手だとは解っていたがそう思わずにはいられなかった。
「違います」
「む」
「ナズーリンも優しいですよ。私はそれを良く知ってます」
「何を言うかと思えば……自慢じゃないが私は人に優しくしないことで今日まで生き延びてきた卑しい鼠だよ?身内びいきも程々にしてくれ」
「ふふ、こうして私の特訓に付き合いながら悪ぶられても困りますねぇ」
不貞腐れるナズーリンを星が楽しそうに諭す。
「けどきっと、私がそう言っても貴方は聞いてはくれないんでしょうね。貴方の"優しくない"は貴方にとっての誇りでしょうから。ですから……」
星が月の明かりの下で日差しのように暖かく微笑む。
「代わりにこう言わせて貰います。私は貴方が好きですよ、ナズーリン。もちろん店主よりもずっと。小ずるいところも優しくないところも」
「……まったく……ご主人様、君は本当に……」
ナズーリンは星の胸に額を当てて声を震わす。星はそんなナズーリンを優しく見守っている。
(私に言わせれば一番優しいのは君だよ、ご主人様。けど、けどね……だから私は……)
ナズーリンがキッと顔を上げる。僅かながら潤んだ瞳の中で月の光が眩しく輝く。
「ナズーリン、どうしました?」
「ご主人様……」
ナズーリンが星屑のような目で星を真剣に見つめる。
迷うように口を一度開きかけ、また閉じる。何度かそれを繰り返し……決心した。昨日から、いやもっとずっと前から胸の奥にしまっていた言葉を。
「ご主人様」
「はい」
「毘沙門天の代理、辞めてみる気はないかい?」
「……はい?」
カチリ。
切り株の上の懐中時計が二人の時間の終りを告げた。
………………
…………
……
些細なことではあるが明確な幸運の一つにこの三日間が晴れだったということが上げられるのではないだろうか?
星のシンデレラロード三日目。命蓮寺の庭で踊る星と幽香、その横で恥ずかしげに歌っている響子という三人を一輪達と一緒にぼんやりと眺めながら、ナズーリンはふとそう思った。まぁ、聖を筆頭とする命蓮寺一派の日頃の善行を考えればそれも当然なのかも知れない。むしろ雨など降ろうものならナズーリンは毘沙門天の元に抗議しに行ったことだろう。
「ね、ね、ナズーリンナズーリン」
「ん?ああ、なんだい?ぬえ」
「あれ本当に星なんだよね?ナズーリンがどっかから見つけてきた正体不明の替え玉とかじゃなくて」
「正体不明は君の専売特許だろう、いきなり何を言って……ああそうか、君とムラサは昨日のご主人様の特訓を見ていないんだったね」
一日目に行われた風見幽香による喧嘩両成敗的制圧作戦は多少を通り越して手荒かつ過激だったらしく、昨日一日ぬえと村紗は床に伏してうんうん唸っていたのだった。当然、屋外で行われた星の特訓も見ていない。故に驚いていた、ナズーリンに唐突におかしな質問をしたぬえも、その横で目をまん丸に見開いている村紗も。
「1,2,3……1,2,3……」
「1,2,3……1,2,3……」
星が幽香のリードに綺麗に沿ってステップを刻んでいる。その優雅さ、正確さは初日から見れば正に別人のようだった。ぬえが替え玉を疑った事も仕方のないことなのかもしれない。星のダンスに唖然としていた村紗もナズーリンに問い詰める。
「ねぇナズーリン、本当にあれ偽星じゃないの?幾ら何でも上達し過ぎじゃない?もう自然過ぎてどっかのお嬢様みたいに見えてきたんだけど」
「そうそう、ジャージなのにお嬢様。どんな手品なのあれ」
村紗とぬえは顔を横一列に並べてずずいと縁側に座るナズーリンに迫る。その妙なコンビネーションに気圧されながらもナズーリンは冷静に二人の顔を両手で押し返して、何を今更と呆れ返った声を出す。
「君達、こうなると思っていたからご主人様に投票したんだろう?……ちなみに、違うただ押し付けただけとか言ったら夜中ネズミ達に耳を齧らせるからね」
「う、いや確かに星なら大丈夫だとは思ってたけど……」
「あ、あそこまでとは正直思ってなかったなぁって」
ナズーリンの物騒な発言に二人揃って思わず耳を抑えて恐る恐る交互に喋る。ナズーリンはそんな二人に溜息一つ。
「君達はご主人様を侮りすぎだよ。確かに日頃はうっかりばかりだけどね、妖虎ならではの柔らかく強靭な身体という才能を数百年間の稽古で磨き上げたんだ。身体能力は幻想郷でもトップクラスだろうし、何より自分の身体の精密な使い方というのを熟知してるんだ。ダンスに限らず運動全般なら何をやらせてもあれぐらいはやってみせるよご主人様は」
「ついでに言うなら星はダンスではなく演舞なら嗜んでいますからね。リズムや洋の東西の違いはあれ下地もあります」
ナズーリンの言葉を一輪がお茶をすすりつつ補足する。ナズーリンも次にその事を言おうとしていたのか言葉を詰まらせ、一輪に振り返る。どうやら一輪はナズーリンと同じく、星なら三日あれば余裕だと思っていたらしい。ナズーリンに向けてたおやかに微笑み頷いてみせる。
「まぁ、とにかくそういう訳だよ。私からすればご主人様の上達に驚くべき点はないね。当たり前のことが当たり前に起きているというだけだから……二人共これでうちのご主人様の凄さが解っただろう?」
ナズーリンはわざわざ立ち上がって腰に手を当て偉そうに二人を見下ろす。その後ろに毘沙門天の御光が差している気がして、二人は思わずへへ~と平伏する。
「うんうん、苦しゅうない。二人とも面を上げい」
「へへ~……って、なんか思わず頭下げちゃったけどナズーリンに頭を下げることはないような気が……?」
「だよね。なんか虎の威を借る鼠をやられた気分」
面を上げた二人は凄く納得いかなそうだった。しかしナズーリンはそんな二人を華麗にスルー、それぐらいの図太さがなければ毘沙門天の部下は務まらないのである。しかし、
「それにしても……星なら大丈夫と思っていたのはそうなんですけど、私も少々予想外でした」
「何がさ?一輪」
「ダンス自体を覚えるだけでなく、何というか星があんなにも楽しそうにダンスを踊っていることがです。正直、この類のことは不得手ではなくとも、好みではないと思っていたのですが」
「あ、解るかも。星ってああいう女の子っぽいのは苦手だと思ってた。なんてったって毘沙門天の代理だし」
一輪と一緒に星達の方に目をやっていたので、ぬえ達は気付かなかった。図太いはずのナズーリンがその言葉を聞いて唇を噛んで顔をしかめた事に。
ナズーリンには毘沙門天から仰せつかった密命があった。それは妖怪である星が本当に毘沙門天の代理に相応しいか監視する、大仰に言ってしまえばスパイ任務であった。毘沙門天の勇名は信仰薄れた『外』の世界でも今なお健在である絶大なものであり、万一悪用されては堪らないと考えたからである。しかし、その疑いは結局のところ杞憂で終わる。星は聖が推薦しただけあって強く、優秀で、何より誠実だった。不埒な考えなど露とも起こさず、懸命に代理としての責務を果たし続けた。寅丸星、上記の者毘沙門天の代理として些かの問題もなし。毘沙門天への報告書をナズーリンがそれ以外の言葉で結ぶ必要はこれまで一度もなかった。寅丸星は毘沙門天の代理に相応しい、聖が封印されてしまってからも幾百年、星と共に過ごしたがナズーリンはその事を疑いもしなかった。けれど、けれども……聖が復活し信仰も新たに集まるようになって穏やかに過ごすせるようになるとナズーリンのその思いに若干の変化が出てきた。星が毘沙門天の代理として問題ない事は間違いない、けれど毘沙門天の代理という責務は果たして星に相応しいのか?と。
(ご主人様は本当に優秀な人だ、身体能力や妖術の腕は勿論、頭だって悪くない。きっと毘沙門天の代理以外にも身を立てていく道は幾らでもある)
そう考えた時、もっと星に似つかわしい道が他にあるのではないのか?そもそも武神だの何だの物騒な役を担うには星は優しすぎる、優秀さで補えてはいるがそれはつまり星に精神的な負担を強いているということではないのか?そんな思いがナズーリンの中に芽生えるようになった。それは自由気ままな幻想郷の住人達の生き方を知る度大きくなっていった。例えば孤高でありながらああしてダンスを嗜む幽香であったり、魔道の道に生きながらああしてドレスも仕立てたりするアリスだったり……星にもそうして自分に相応しい生き方を見つけて貰うべきではないのか、なにせ今の役は優秀だからという理由で聖に押し付けられた――聖にそんな意図は全くないだろうが――ものなのだから。それこそ今回の舞踏会のように。
ましてや、
(あんなにも綺麗に楽しそうに踊ることが出来るんだ。そうした方がいいに決まっている)
だからナズーリンは月下で踊る星を見て、昨日とうとう言ってしまったのだ。
『毘沙門天の代理、辞めてみる気はないかい?』
『……はい?』
『勘違いしないで欲しいんだが、これはご主人様がヘマをしたとかそういうことではないよ。ただ私はご主人様にはもっと別の生き方があるんじゃないかと思って言ってるだけだ。毘沙門天様の部下としてはこれからもご主人様に代理を続けて貰えたらと思ってる』
『へ?いえ、その……はい?』
『はぁ、混乱してるようだね。確かにちょっと急過ぎたね、別に急ぐ話じゃないから今答えなくてもいいよ。ただ少し考えてはみて欲しい。本当に自分がこのままでいいのかどうかっていうのはね』
『あ、ちょっとナズーリン!?』
戸惑う星を置いてナズーリンはそう言って昨日星と別れた。
考えてみれば何という醜態だろう、舞踏会は今日が本番なのにあのタイミングであんな事を言うなんて。きっと星は今日動揺しきりで舞踏会に臨む事になるに違いない、ナズーリンは部屋に帰って落ち着いてから酷く後悔した。しかし、
「1,2,3……1,2,3……」
「1,2,3……1,2,3……」
幽香と踊る星に動揺は見られない。星の性格を考えればおよそ有り得ない話であった。いや考えにくいが可能性としては一つある、それは星がすでに腹を括ってしまったケース。毘沙門天の代理を続けるか、辞するか一晩で決めてしまったのなら星の落ち着きようも説明できる。
(しかし、有り得るのか?言っちゃなんだがご主人様は一度決断するまでは時間がかかる性質の性格だぞ?かと言って私の言葉を適当に聞き流すような人でもないし……)
ナズーリンは星達を遠くに見ているようで見ていない茫洋とした面持ちで思索に耽る。自分が考えても何も意味が無い事は解っていたが、それでも気になるものは気になるのだからしょうがない。
だからナズーリンは一輪にちょいちょいとつつかれても少しの間気付かなかった。気付いたのは手の平を目の前で上下に振られてからだった。
「っと、一輪、どうかしたかい?」
「いえ、どうかしたかというのは私が聞きたいのですが……大丈夫ですかナズーリン、なにやらボーッとしていたようですが」
「ああ大丈夫だよ。ちょっと考えごとをしていただけだから。それでどうしたんだい?」
「いえ、その方が先程からチューチューと呼んでいるようなので」
「うん?」
一輪が指さす方に目を向けるとナズーリンの部下である小ネズミがつぶらな瞳でこちらを見上げていた。その口には何やら固結びに結んである手紙を咥えている。どうやら一輪だけでなくそのネズミの鳴き声も無視してしまっていたらしい。ナズーリンはきまり悪そうに頭を掻くと手を伸ばして小ネズミが咥えている手紙を受け取る。
「ありがとう、ご苦労だったね。ほらご褒美だ、他の子達とも分けて食べるんだよ?」
ナズーリンがポケットからチーズを取り出し差し出すと小ネズミはそれを咥えて走り去って行く。それを見届けてナズーリンは渡された手紙をほどきにかかる。
「ナズーリン、その手紙は何なのか聞いても?」
「構わないよ。これは多分、ご主人様のドレスを仕立てるのを依頼したアリスからの手紙だろうね。あの子は彼女のところに使いに行って貰った子だから」
「使い?なんでそんなの送ったの?」
手紙に興味を惹かれたのか、一輪に続いて寄って来たぬえが訊ねる。後ろでは村紗も同じ質問を目で行っていた。
「あ~実はね、アリスは昨日ドレスは昼頃までに仕上がると言っていたんだよ」
「昼って……」
ナズーリンの言葉を聞いて三人は今日もいい天気な青空を見上げる。そこで輝く太陽は大分傾いてしまっており、どう見てもお昼頃の位置には見えない。
ナズーリンはカキンと懐中時計を開いて村紗に手渡す。
「あ。ありがとう、え~と、現在ただいま午後三時二十分よ、一輪」
「ふむ、頃という言葉に最大限幅を持たせて解釈しても少々遅れ過ぎていると言わざるを得ませんね。どう思いますか、ぬえ」
「どうって……まずいんじゃないのナズーリン!?」
「まずいね、かなり。だからああして使いを送ったんだが……よし、ほどけた」
ナズーリンが結ばれた手紙を解いて、皆に見えるよう床に広げて置く。手紙の四辺それぞれから覗き込む四人の目に手紙の中身が映り込む。
十時まで待って。
byアリス・マーガトロイド
ただその七文字が署名付きで、でかでかと書かれていた。どう見てもフェルトペンの淡い色合いで。
極端に短い文と普通のペンを取ってくる間すら惜しんだと思われるその手紙はアリスがとにかく退っ引きならない状態にあるという事実を文章以上に伝えていた。それを見てナズーリン以外の三人は顔を引き攣らせて押し黙る。
「「「…………」」」
「……ふむ、思ったより大丈夫そうだね」
「「「どこが!?」」」
ナズーリンの言葉に、信じられない!!と表情で語る三人が同時に叫んだ。ナズーリンは耳元で叫ばれキーンと耳鳴りのする耳を手で抑えつつ身を乗り出し掴みかかってきそうな三人を宥めるべく大丈夫発言の真意を語る。
「私はアリスと会って話してきたから解るんだよ。本当に間に合いそうにないなら、アリスはもう見切りをつけて代案を提示してくるだろうし、ギリギリで間に合いそうっていうレベルならこんな手紙を送る手間すら省いて作業を行うってね。手紙を送らなければ最後には私が直接行くことになるんだから。つまり、この手紙は十時まで遅れはするがそれまでには間違いなく間にあうっていう意味なんだよ」
ナズーリンは昨日のアリスの知的で気の利いた話し方を思い出し確信を持って言う。慌てふためいていた三人はナズーリンの自信を感じ取って、そういうことならまぁ、と気を落ち着かせて各々元通りに座り直す。
そんな風に一段落つけた四人のところに今度はダンスレッスンに勤しんでいた星達が近づいてくる。
「何か揉めてたみたいですけど、どうかしたんですか?」
「いや何でもないよご主人様。ちょっとドレスの仕上がりが遅くなりそうだという手紙が来たんでね、それについて一輪達に説明していたんだ。それより君達こそどうしたんだい、休憩だというなら何か冷たい飲み物でも取ってくるが?」
「いえ、それなんですけど……」
星が後ろに居る幽香の方に振り返る。
幽香は胸の前でぬいぐるみのように響子を抱きかかえながら肩を竦める。
「休憩じゃなくて終了よ。星ならもう十分舞踏会に出しても恥はかかないレベルになってるわ。多少はぎこちないところもあるけど、あれぐらいならどこの舞踏会にも普通に居るでしょうから、愛嬌の範囲で収まるわ」
「えーと、だそうです」
「ふむ、となると早めに切り上げたのは……」
「これ以上やっても意味ないからよ。ここまでやったなら後はきっちり休んでおいた方がいいわ。へとへとで舞踏会に行ったって楽しめないもの、宴を楽しめない客なんてどんなに上手く踊れても無粋なだけよ」
幽香が目を細めて星を冷たく見据える。その視線を浴びて星は大柄な身体を小さくして目を逸らす。
ナズーリンはそれを見て苦笑する。やっぱり自分のダウジングは間違っていなかったと。多分今のやり取りはギリギリまで練習しようとする星に対する釘刺しなのだろう。技術を教えて放り出すのでなく本番が成功するようきちんと気を配ってくれている。星が一昨日言った通り幽香は中々面倒見のいい人物のようだった。
「解った、君がそう太鼓判を押してくれるなら私としてはこれ以上言うことはないよ。今日までのご主人様への指導、感謝するよ幽香」
「有難うございました先生!!」
毘沙門主従が折り目正しく頭を下げると、落ち着いて一輪が少々慌てて村紗とぬえがそれに続く。
「あ、貴方達何して……いえそうね、私が特別にレッスンして上げたんだから感謝しなさい!!」
目では見ていなかったが頭を下げている四人は声のみで悟った。今、顔を上げたら絶対顔を赤くした風見幽香が見られると。
そしてただ一人、体の向き的にこのまま頭下げるのってどうなのかなぁ、と悩んでいた響子が頭上の幽香の顔を直接見て思った。うわ、幽香がなんか赤いよと。
「……何見てるのかしら響子?」
「ひゃ!?い、いえ何も見てないです!!ゆうかりん可愛いとか思ってな……イタタタ、やめて締まってる締まってる内臓飛び出るぅ!?」
「いいわねそれ、是非見せてくれないかしら。ザクロの花より綺麗な赤が見れそうだわ」
「やめてーー!!」
頭を上げた四人はそんな二人を見て思わず笑う。何故かと言えば幽香の顔が未だに赤かった為である。
幽香もそれを自覚しているのか照れ隠しのベアハッグがどんどん強まっていく。
「ともあれご主人様、これで後はドレスが届くのを待つのみだ。後は部屋で休んでいてくれ。私は手配した馬車の方を確認してくるよ」
「あ、ナズーリンちょっと待って下さい、昨日の話なんですけど……!!」
ナズーリンが星の言葉を最後まで聞かずに飛び立つ。
星はそんなナズーリンに思わず手を伸ばして引きとめようとするが、ほんの僅かに届かずその手は虚空を切る。その手を引き戻して飛び去り小さくなっていくナズーリンを見つめる星の目はどこか寂しそうで。
「……ナズーリン」
そんな星を見て見学三人組が一箇所に固まってヒソヒソ会話する。
「ね、ね、あの二人なんかあったの?」
「い、いや解んないけど……一輪なんか知ってる?」
「……長年連れ添ってきた二人でも仲違いすることぐらいあるでしょう。誰もが不両舌を守っていてもそれが意思あるものの定めなのです」
「ふむ、つまりは何も知らないと。どうしたもんかなぁ?」
一輪のよく解らない言葉を流して村紗が腕を組んで唸る。
なんか上手くいっているはずなのに嫌な予感がしてきたぞ、と。
「さ、三人とも、星達より今はこっちを……ガク」
とうとう絞め落とされた響子はまるで村紗の嫌な予感が正答であることの証明のようだった。
……よく晴れた空の日差しを僅かに雲が遮った。
………………
…………
……
カチ、カチ、カチ。
居間の座卓に置かれた懐中時計の秒針の音が響く。
現在九時五十九分。命蓮寺の居間の中には現在集まれる命蓮寺メンバー+幽香が揃っており、来るべき人物をおのおの思う通りの姿勢で待ち望んでいた。
ナズーリンは正座で静かにお茶を啜り、星はその隣でそわそわとナズーリンの方を時折横目で見遣り、一輪は数珠を手に祈りを捧げ、ぬえと村紗は互いに一枚も取れない将棋崩しを一心不乱に続け、幽香は響子を膝に乗せてご満悦、響子は震えて……いるかと思いきや流石に慣れたのか後ろの幽香はあまり気にせず一輪のように合掌して般若心経をぶつぶつ呟いている。
カオスであった。部屋の住人が一体何を待ち望んでいるのか全く察する事のできない混沌とした有り様であった。この部屋について一つだけ断言出来るとしたら何も関係のない人物が間違って入ってきたとしたら即座に回れ右して逃げ出すだろうということだけであった。そんな異様な緊張感の中で唯一正常を保つ秒針がカチ、カチ、と一定のリズムを刻んでいく。そして……
カチ、カチ、カチ……カチッ!!
スパーン!!
決定的な一歩を秒針が刻んだ瞬間、居間のふすまが軽快な音を立てて開かれた。ふすまが開いた先に立つ人影は勿論、金髪碧眼の……
「ごめん遅れた間に合った!?」
「来たああああぁぁあ!!」
「凄い!!本当に十時ぴったりに来たよこの人!!」
アリスが現れた瞬間、居間の中で贔屓のチームが満塁フルカウントで逆転サヨナラホームランを打ったような歓喜が弾けた。
ぬえと村紗は将棋駒を跳ね飛ばし叫んだ。一輪は念仏を止めて礼拝、御仏への感謝の念を送る。響子ははしゃいでなんと幽香に抱きついた。星はそんな響子の行動に目を白黒させる幽香に苦笑しつつ胸をなで下ろす。
そんな祝勝ムードの中でナズーリンがゆっくり立ち上がり息を切らせているアリスの前まで進み出る。
「ドレスは完成したんだね?」
「ええ、最初言ったよりは遅れちゃったけど」
「いや、問題ないよ。ありがとう、やっぱり君に依頼したのは正解だったよアリス」
「ううん、こっちこそ。久しぶりに楽しく仕立て物が出来たわ。大変だったけどね」
ナズーリンとアリスが握手を交わす。
そこでナズーリンは気付く、アリスが手ぶらであることに。
「アリス、ところで肝心のドレスはどこに?」
「え?ああ、ごめんなさい。これよ」
アリスが三歩横にずれると五体程の人形がドレスらしいなにかを持ってふよふよ浮いていた。ただし、それが本当にドレスであるのかはナズーリンには判じかねた。なにせそのドレスはびっちり呪言の書かれた包帯のような帯で包まれていたからである。注文の品の予想だにしない姿にさしものナズーリンも唖然とする。
「あ、あのアリス?これは一体?」
「この呪布は気にしなくていいわ。超特急便で来たから風でドレスが型くずれしないようにするためのものだから」
ナズーリンに代わっていつの間にやらこちらに来ていた星が訊ねると、アリスは苦笑してそう答えた。
星は超特急便?と首を傾げるが、アリスはそれには答えず星の手を掴んで彼女に視線を合わせる。
「それで星?良かったらこのままドレスを着るのも手伝うけど、どうする?」
「え、ええはいお願いします。私一人じゃさっぱり解りませんから是非」
「うん、私からも頼むよアリス。望むなら料金もその分上乗せしよう」
「要らないわよそんなの。うふふ、けどその代わり思いっきり腕を振るわせてもらうわよ。化粧道具までバッチリ持ってきたんだから」
アリスが片手で何かを引っ張る動作をすると化粧道具らしい箱を抱えた人形がゾロゾロと現れる、その数実に八体。アリスの過剰なまでのやる気はその数で十分に知れた。というか良く見ればアリスの両目には徹夜完遂者特有のギラギラした光が宿っていた。どうやら徹夜と楽しい仕事でハイになってしまっているらしい。
「ア、アリス、私は化粧は苦手なのでその、お手柔らかにお願いしますよ?」
「ふふ、ナチュラルメイクがお望みなのね。大丈夫よ、バッチリ決めて上げるから」
「いえ、あのちょっとアリス落ち着いて……」
「アリス、ここの隣の部屋を使ってくれ。座卓式だが鏡台があるから少しはやりやすいと思う」
「ナズーリン!?」
テンションのおかしいアリスにあっさり差し出された星が慌てて抗議の声を上げるが、ナズーリンは落ち着き払って答える。
「ご主人様、忘れているようだが舞踏会は十一時からで今は十時を少し回ったところだ。ドレス姿で飛ぶわけには行かないから馬車で移動することを考えれば、ここで無駄な問答をしている時間はないんだよ。解ってくれるね?」
「うぐ、そうでした。……解りました、行きましょうアリス!!」
ナズーリンに鋭く指摘され覚悟を決めた星が逆にアリスの手を引っ張って隣の部屋に消えて行く。
二人を見届けて、ナズーリンは居間に戻り座卓に置かれた懐中時計を回収し覗き込む
「ふむ、現在十時七分か」
「え、なにまさか今更間に合わないとか言わないわよねナズーリン」
「いや大丈夫だよ、この時間ならギリギリ間にあう」
「ほー、良かった」
ナズーリンの言葉で居間の中が安堵で包まれる。
そこにフラリと新たな人影が現れる。ヨロヨロとよろめきながら現れたその人物は居間の中の全員がよく知る人物だった。
「うぅ、ね、眠い眠い、眠くて死ぬぜー」
「ま、魔理沙?なんでここに、っていうかどうしたのよあんた?」
村紗が反射的に彼女に問いかけた。
アリスと同じ金色の髪を揺らして現れたのは普通の魔法使い、霧雨魔理沙だった。ただしその様子の方は間違っても普通ではなかったが。いつもの元気の良さはなりを潜め、げっそりとやつれて目を真っ赤に充血させている。眠い眠いと呟いていることと合わせて考えると極度の寝不足状態と言ったところだろうか。
「わ、私もよく解んないんだよ。よく解んないけどいきなり香霖が家に押しかけてきて首根っこ引っ掴まれたと思ったら、アリスの家でここの飾りはこっちの方がいいだろういえこっちの方がとか、ドレス議論の判定人にされて……」
チーム命蓮寺with幽香が全員同時にポンと手を打った。ナルホドそれで完成が遅れたのか、と。
「挙句にドレスが完成したらアリス乗せてここまで全力で飛べって二人に凄い形相で睨まれて……うぅ私昨日までキノコ煮込んでたから今日で完撤五日目なんだぜ、飛びながら何度落ちそうになったことか……あ、もうダメ限界」
魔理沙がそこまでどうにか言ってぐしゃりと畳の上に倒れ伏す。倒れた魔理沙は見ればすでに寝息を立てていた。そんな魔理沙を見て全員再び納得する。ナルホド超特急便ってこいつのことか、と。それを悟った六人は最後まで戦い抜いた英霊魔理沙に手を合わせて南無三を捧げる。どうか彼女の眠りが安らかであらんことを。
「ええと、そういうことならこのまま放っておくのはまずいよね。私、ちょっと客間に布団敷いてくるよ」
「じゃあ私は魔理沙担いで……私一人だと引きずりそうだよね、一輪手伝って」
「ええもちろん。では行きますよ一、ニ、三ッ!!」
最初に村紗がそう言い出すと、ぬえと一輪が何故か手馴れた様子で魔理沙を二人で持ち上げて運びだす。というのも魔理沙が聖に魔法を習っていて無理して気絶というのはもはや命蓮寺では珍しくない事態だからである。村紗が布団を敷きに行った客間も半ば魔理沙専用になっており今では霧雨の間とか呼ばれていたりする。そんな別宅にえいこら運ばれる魔理沙に向けてナズーリンは改めて手を合わせ見送り、安堵の息をつく。
「ふぅ、多少予定違いがあったもののこれでようやく私のやることは全部終わったね。後はご主人様が上手くやってくれることを祈るのみだ」
「平気よ、星なら上手くやるわ。なにせこの私が仕込んだんだもの、っていうかもしヘマしようものなら……ぶち撒けてやるわ」
「およそ生物に使用すべきでない動詞を使うのはやめてくれないかい幽香?ほらほら響子の喉でも撫でて気を落ち着かせるんだ」
「う~仕方ないわね」
「うひゃは!!ちょ、幽香やめて、こしょばいこしょばいって!!」
幽香に喉をさわさわと撫でられて響子が悶える。すっかり幽香の精神安定役兼いじられ役が定着してきた響子であった。
そして幽香は響子をしっかり抑えて撫でくりまわしつつ、さらっと、
「ところで貴方、星と何かあったの?」
「……ッ!?」
あまりに唐突だったのでナズーリンは一瞬何を聞かれたのか解らなかったが脳が言葉の意味を理解すると同時に肩を跳ねさせ慌てて顔を逸らす。
「な、何のことだい?別にご主人様におかしな様子はなかっただろう?何を根拠にそんな……」
「貴方明らかに星を避けてるでしょう。それに無意識なんでしょうけど隣に星が居るとき少し距離が遠いわよ、そっちの方は他の子は気付いてなかったみたいだけどね」
「な……」
そ、そんなことで?いや、そんなことだからこそなのか。
ナズーリンはそう思い直す。無意識の細かい動作というのは意識で抑えられないが故に心の内が簡単ににじみ出る。
「私が心配なのは、むしろそっちの方ね。ダンス自体は満足行くレベルなんだから後は気の持ちようだもの」
「う、それは……その……」
「……ま、言いたくないならいいけどね。貴方の言う通り星の方はあんまり気にしてないみたいだし。でも一個だけ言わせてもらうなら、それきっと悩むまでもないどうでもいいことよ。貴方、真面目すぎてドツボに嵌りそうな性格してるから多分星が気にしてないならそっちの方が正しいわ」
「な、どうでもいいわけなんか!!……どうでも、よくなんかないんだ」
尻つぼみに勢いをしぼませるナズーリンに幽香は吐息を一つ零して、肩をすくめる。
「貴方がそう言うならまぁそれでもいいけど……部外者の私が首突っ込んでもロクな事にならないでしょうし、これ以上はこの子を借りてく分としては料金超過になっちゃうでしょうしね」
「ええ!?私が借りられてくことってもう決定なの!?」
「あら、嫌なのかしら?」
「う、いえ、あの、その……」
「……ジー」
「い、嫌じゃないです~~うわぁあああん!!」
泣き出す響子の頭を恐ろしく楽しそうな顔で撫でる幽香は、ナズーリンとの会話などなかったかのようにいつも通りだった。どうやら幽香は本当に星とナズーリンの間にあったことが些細なことであると確信しているらしい。しかし、勿論ナズーリンにとっては些細な事ではありえない。
(どうでもいいわけない、どうでもいいわけがないんだ。ご主人様のこれからを考えるなら絶対に。けど、確かにご主人様はなんでもないように振舞って……ってええい違う!!)
ナズーリンは頭をぶんぶか振って今までの思考を追い出す。昨日反省したはずだ、それは今考えるべき問題じゃなかったと。今はとにかく舞踏会を成功させることを考えないと。
(とりあえず、そろそろ馬車が来るはずだから、その出迎えにでも行ってこよう)
ナズーリンが踵を返して玄関に向かおうと歩き出すが、そんなナズーリンの肩をチョイチョイと叩く小さな影が一つ。振り返って見ればアリスの人形がふわふわ浮いてこっちこっちと隣の部屋の方へ手招きしていた。
察するにどうやら着付けや化粧が終わったらしい。ナズーリンは幾ら何でも早すぎるだろうとも思ったが、他に理由も思いつかないし早すぎるというのならドレスの完成だって十分に早すぎるのだ、他のことだって早くたって不思議はない。
「とはいえ、私が見に行ったって仕方ないだろうに。悪いが玄関まで来てくれように伝えてくれるかい君?」
「イイカラコッチャコイヤーコノネズミー」
「……はぁ君、人の話ぐらいちゃんと聞いて、って痛い痛い耳を引っ張るな!?」
渋るナズーリンを見て素早く実力行使に移った人形がぐいぐいナズーリンの灰色の耳を引っ張る。耳という繊細な器官を遠慮なしに引っ張られナズーリンは堪らず隣の部屋に引きずられていく。響子の手を掴みそれこそ人形のように振って見送る幽香の笑顔がいと恨めしや。
「というか待て!!行く、行くから放せ!!耳というのは意外とあっさり取れるものなんだぞ!?」
「イイカラコッチャコイヤーコノネズミー」
「人の話を聞けーーー!!」
人形相手に押し問答を繰り広げつつ、結局部屋の前まで引っ張ってこられたナズーリンがヒリヒリ痛む耳を抑えると人形はふすまを薄く開けて逃げるように部屋の中に消えていった。ふすま越しにも解ることだが、部屋の中は暗かった。どんな意図かは解らなかったが星とアリスは部屋の明かりを落としているようだった。そんな部屋の前に一人取り残されてナズーリンは中から誰も出てこない事に気付いて悟る、つまりこれは私の方から入って来いということなのだろうか?
「はぁ、まったく時間も押しているというのに……ご主人様、アリス、入るよ?いいね?」
部屋の中から返事はなかったがあそこまで強引に人を引っ張ってきておいて、まさか入場拒否ということもあるまいとナズーリンはふすまを滑らせ部屋に入る。部屋は確かに明かりが消されていたが、今日は夜もよく晴れている上に満月である。部屋の中の様子など本来夜行性であるネズミのナズーリンには簡単に見通せた。故に……
(しまった、迂闊だった)
窓から仄かに差す、白く輝く月明かりの下で佇む星を見てナズーリンは最初にそんな事を思った。アリスの人形とのドタバタ劇ですっかり頭から抜けていたけど自分は森の広場で踊る星を知っていたのに、と。
「ア、アリス。ナズーリンが固まっちゃってるんですけど……うう、やっぱり似合わないんじゃ」
「大丈夫よ、似合い過ぎてるぐらい似合ってるから。多少のフリーズくらい許して上げなさい、着せた私だって復活するのに10秒かかったんだから」
すらりと伸びた長身を恥ずかしげに縮込めながら、アリスに背を押され星がナズーリンの前まで進み出てくる。芸術とも言える霖之助のデザイン画をそのまま切り出して厚みをつけたような美しいイブニングドレスに身を包んだ星はもはや神々しいとしか言い様がない。何故か肩口近くまで伸びている髪が、ドーランでかすかに白みを増した頬が、むき出しになっている肩が、月光を反射してキラキラと光の雫をこぼしている。いつもの服では解りづらい流麗な身体のラインも絞られた布地で浮き彫りになり、男女問わずその美しさに溜息を零すに違いない。本当に童話に出てくるお姫様としか思えない美女がナズーリンの前に確かな質感を持って現れていた。
「ふふっ、いつものショートもいいけどやっぱりドレスだと髪が長い方が映えるわよね、うんうん」
「あのアリス?この髪ちゃんと元に戻るんですよね?」
「大丈夫よ、魔法の効果はニ、三時間で切れるし、もし切れなくても私がちゃんとカットしてあげるから」
「……あの、もしって?もしかしてこの魔法ってあんまり使ったことなかったりします?」
「あんまりじゃなくて今日初めて使ったわ」
「まさか実験台だったりしますか私!?」
長くなった髪に違和感があるのか髪をクリクリ弄りながらアリスといつもの調子で喋る星の姿にようやっとナズーリンが帰ってくる。星の艶姿を見て忘我していたナズーリンの心はそれまで確かにあの森の広場に飛んでいた。我に返ったナズーリンは気を抜くとまた見蕩れてしまいそうになる自分を鼓舞すべく頬をぴしゃぴしゃと両手で張る。
「落ち着け落ち着くんだナズーリンあれはどこかのお姫様とか妖精の女王様とかじゃなくていつものうっかりご主人様だから落ち着け落ち着け落ち着け……」
「あの、ナズーリン?」
「しょわっ!?」
ぶつぶつと一人瞑想の行を行うナズーリンだったが、星の不安そうな声でびくりと飛び上がる。聖が居れば修行が足りませんと肩を木の棒で叩かれること請け合いな反応だった。
星は手を胸元辺りで祈るように組み合わせて恐る恐る目を泳がせるナズーリンに不安そうに問う。
「に、似合いますか?これ?」
水面のように揺らぎ光る潤んだ目で言われてナズーリンは自分の意識がくらっと一瞬遠くなるのをはっきり感じた。理由の半分は星のもはや物理的な威力すらありそうな魅力攻撃故に、もう半分はこんなモデルが裸足で逃げ出しそうな程の似合いっぷりを自覚していない鈍さに呆れ返ってである。
もはや言葉もなく立ち尽くすナズーリンにアリスが星の背後からブロックサインを送る。賢将の頭脳をフル回転させて解読するとアリスはこう言っていた。あんたが言わないとここから動かないわよその娘。
ナズーリンが僅かに外していた視線を戻して星を観察すると確かにその不安そうな表情は本気のものだった。ナズーリンはそんな星を認めてあーうーと唸って右に左に首を挙動不審にキョロキョロ巡らす。わ、私が言わなきゃならないのか本当に?
そんなナズーリンに星は一層不安を降り積もらせていく。
「あのナズーリンやっぱり……」
「……ってる」
「はい?」
「……ああもう、だから似合ってるって言ったんだ!!というか似合いすぎて困るからこっちをあんまり見ないでくれ!!」
ナズーリンは腕を振り上げ顔を真っ赤にしてやけっぱちに叫び、星は突然のナズーリンの爆発に思わずのけぞる。
そんな星の手をナズーリンは問答無用で掴み取り、踵を返して玄関に向かって引きずっていく。
「ほら馬鹿な心配してないで早く行くよ!!」
「わ、わ、ナズーリン解りましたから引っ張らないで下さい、裾踏んじゃいますから!?」
ナズーリンはそんな星に振り向きもせず、つまり極力星の方を見ないようにしてグイグイと強引にエスコートして部屋を出る。
部屋に残されたアリスはギャーギャーと騒ぐ声が段々遠ざかるのを聞きながらゆったりと微笑む。
「まったく、初々しいわねぇあの二人……私がドレス着たら魔理沙は似合ってるって言ってくれるかしら」
一晩でドレスを仕上げた一級の仕立師はそう言って窓枠に頬杖を付き満月を見上げた。最高の仕事をやり遂げたという心地良い満足感に浸りながら。
しかし、
「あら?あれ霖之助さんかしら、意地張って来ないって言ってたのに……」
アリスは窓の外にふと見知った影を見つけて我に返る。けれどどうにも霖之助の様子はおかしかった。明らかに肩で息をして顔に焦燥の色を浮かべており……不意にアリスと目が合うと慌てて駆け寄ってきた。
「アリス!!星はもう行ってしまったかい!?」
「え、ええ。もう行っちゃったと思うけど……どうしたの?」
「いや、実は早乙女家とは以前取引したことがあって舞踏会の招待状が僕のところにも来ていたのを思い出してね。初めから行くつもりがなかったからすっかり忘れてたんだが……」
霖之助はケバイ色彩の封筒をアリスに差し出す。アリスはその封筒の中に目を通して、
「え?なによこれ?」
……満月を叢雲が覆い隠した。
………………
…………
……
幻想郷が『外』から切り離されたのは明治初期だと言われている。そのころ日本にはまだまだ欧米文化は入ってきておらずダンスホールなどという小洒落た物はそうそうなかった。あるとすれば政府主導で建てられた、かの鹿鳴館ぐらいではなかろうか。故に幻想郷の風景というのは明治どころか江戸時代の色を濃密に残した古き日本のそれである。しかし、それでも時たま『外』から流れ着いてくる品や書物などで幻想郷内部にもその景観は伝わっていて、一部の金持ちや物好きにより再現されたりもしており……星が招待状を門衛に差し出し通されたそこは、そのことの証明のような空間だった。
二階まで吹き抜けの天井に吊られた煌くシャンデリア、色鮮やかな模様の刻まれた床が覆うきちんと整列すれば千人単位の人間が入れるのではないかと思えるような広間。少々派手過ぎる気もするが、宮殿かと見紛うようなハイカラな装飾がそこここに施された見事な舞踏場であった。
すでに舞踏会は始まっておりそんなホールの一階部分のダンスフロアでは男女がペアになり、どこから連れてきたのか本格的な楽団が奏でるワルツに合わせて思い思いにリズムを切り取ってステップを刻んでいた。しかし、そんなダンスフロアにただ一つ一人ぼっちの影があった。
「あの、すいません」
「……」
「すいません、私と踊って頂けませんか?」
「……」
「うぅ……」
幾度も声を掛けるもすげなく無視されどんどん雰囲気を暗くしていくのは誰あろう命蓮寺代表、寅丸星だった。ここに来てから何度そのやり取りとも呼べぬやり取りを繰り返したのか、星はすでに泣きそうになっていた。気持ちが後退してしまったのが身体にも現れてしまったのか気づけば壁際に追いやられ見事に壁の花と化してしまった。
(うぅやっぱり私には無理だったんですよナズーリン、ああどうしましょうこれでは皆や聖の顔に泥を塗ることに……)
なんとかせねばと星は顔を上げるが、楽しげに踊る他参加者の輪はどうにも遠くに見えて足が竦んでしまう。幽香のレッスンやアリスのドレスなどに支えられた付け焼刃の自信は他参加者の冷たい態度ですっかり削がれてしまっていて、星はどうしようもなく自身の爪先を見つめる。いつもとは違うパールホワイトの小洒落た靴も今は何故か星を惨めな気持ちにさせた。
……ところで、
星は知らなかったのだが社交ダンスにおける舞踏会にはダンスアテンダントと呼ばれる役がある。どのような役かと言うと踊るパートナーのいない女性に対してのパートナー役をしてくれる男性のことを言い、通常主催者が用意する者である。そのような男性は胸にリボンやバラを付けるもので……この舞踏会でもそこそこの人数が赤いバラを胸に差していた。更にもう一つ、星は気付けなかった、星のドレス姿は会場に居る他のどの女性よりも遥かに麗しく、すれ違う男性の誰もが振り向き、今も俯いてしまっている星にチラチラと多くの男性が陶然とした眼差しを送っていることに。
仮にこの場に、そのどちらかにでも気付けて星に近しい人物が居たなら必ず気付いたはずである、この状況は絶対に不自然だと……そしてついでに会場の二階部から星を見下ろしている人影にも。
「ぐふ、ぐふふふ……オーーーーーホッホッホッホッホッホッホッホッホ!!!!」
早乙女家舞踏場は主に一階部分と二階部分に分けられ、二階部は階下のダンスフロアを眺められるギャラリー、観覧席のような作りになっている。その中でも一際目立つ豪華を通り過ぎて悪趣味、というか金ピカ過ぎて単純に目に優しくない色合いのバルコニー席でその人物は笑い声を迸らせた。その音量たるや下で演奏している楽団の隣に置けばワルツをかき消してしまいそうな程の大きさだった。
「見ました、見ましたかしらあの憎っくき命蓮寺の小娘の顔!?泣~~いちゃいそうじゃあ~りませんか!!オーーーーーホッホッホッホッホッホッホッホッホ!!!!」
「いえ……あのすんません見てないっす」
「同じく、正直見てらんないっすよあれ。幾ら何でもヒドイ気が……」
「なぁぁぁんかおっしゃいましたか今!?」
「「ひぃ!?」」
バルコニー席に居るのは三人の人間だった。その内二人は黒の燕尾服に身を包み蝶ネクタイを締めており、高いタッパと筋肉質な身体を見るに舞踏会に出席する紳士というよりは、その身内のボディーガードと言った感じの容貌だった。事実二人はそういう役職も担っていた、彼らと共に居る雇い主たる三人目にもし危害が及ぶような事態が起これば二人は身を挺して庇わねばならない、そういう契約であった。そして肝心の三人目はというと……
「まぁったく貴方達はなってないざますねぇ。これぐらいアタクシが受けた屈辱に比べれば蚊に刺された程度のもので~すわ」
パン、と音を立ててショッキングピンクのディスコ的扇子を開いて自身を扇ぎ始めたのは冗談みたいな厚化粧のオバハンだった。それはもう、他に言い様がないくらいの完璧なオバハンだった。
早乙女美千代42歳、全盛期である。しつこいようだがオバハンとして。早乙女家当主夫人にしてこの舞踏会の主催者である彼女は扇子と同じショッキングピンクにローズレッドがアクセント(ラメ入り)のドレスという派手な格好で、着る人が着ればもしかすると煌びやかな夜会の華になれたのかもしれないが、ずんぐりむっくりの、どう贔屓目に見積もっても五頭身ぐらいの体型の彼女が着るとケバいとしか言い様がなかった。というかこんな場でオバサンパーマというのは流石にどうだろうかと部下二人にすら思われていた。
「ホホ、けーれどもあの娘のみじめな有り様を見たらちょーっとは溜飲が下がりましたわオーーホッホッホ!!」
「あー、あの美千代様?それなんですけど何があったんすか?あの白いドレスの美人さんと」
「あ、それ俺も聞きたいっす。結局俺ら舞踏会するわよっていきなり言われて支度に駆け回っただけなんで」
部下二人は疑問顔である。それもそのはずで、今から入ってくる招待客とは絶対に踊ってはならない踊ったら早乙女家と絶交。などという嫌過ぎる言葉を受けその旨を星が会場に現れる前に出席者全員に伝えて回ったのは彼らなのである。流石に嫌がらせの片棒を担がされた以上訳ぐらいは聞いておきたかった。そんな部下二人の質問に美千代は再び哄笑を爆発させる。
「オーーホッホッホ!!いいでしょう、いいでしょう聞かせて差し上げますわ。あんの小娘の悪逆非道の振る舞いを!!」
それはおよそ一ヶ月前の話である。
『オーーホッホッホ!!貴方なーにをしてしまったか解ってますかしら、早乙女家夫人であるアタクシに小娘風情が犬っころなんぞけしかけるなんて!!』
『ご、ごめんなさい。コロ、人懐っこい子で……悪気はなかったんですごめんなさい』
『わーる気はなかったですって!?このアタクシの服にヨダレつけてそんな言い訳通る訳がないでしょう!!その犬っころは皮剥いで森に放り出してやりますわ!!五秒で妖怪に食べられてしまうでしょうねオーーホッホッホ!!』
『そ、そんな!?ご、ごめんなさい謝りますから許して下さい!!』
『だぁーれが許すもんですかオーーホッホッホ!!』
『お待ちなさい!!』
『ああん?』
『先程から聞いていればなんですか、悪気もない上地に伏して謝る幼子にその態度は。この子にも非はあるのでしょうが幾らなんでもやりすぎでしょう』
『あぁらあらあら、そんな口を聞いていいのかーしら、アタクシはあの早乙……』
『関係ありません!!貴方がどんなに高貴な家の者だろうと、いえそれならばなおのこと大人として相応しい態度を取るべきでしょう』
『そ、そーだそーだ大人気ないぞー』
『何か言いましたかしら外野!!』
『ひぃいい!!』
『……というかそもそもヨダレが付いたと言いますがどこに付いているんですか?私には全く解らないのですが』
『あーらあらあら、あーなたの目は節穴かしら?ほぉーらここの端っこに付いているでしょう!?』
『……いえ、これはどう見ても醤油ジミか何かなのでは……?黒いですし。それにこの仔犬が襟元まで届くとは思えませんが』
『なぁーんですって?なーにを言っているかしら、これの一体どこが醤油……あら?』
『……』
『……』
『き、きぃーーー!?陰謀ですわ!!これはアタクシを陥れる陰謀なのですわ!!よぉーくもやってくれましたね貴方!!』
『わ、私ですか!?いえ私は何もやって……』
『覚えてなさい!!この恨みいつか必ず晴らして見せますわよ!!』
『いえちょっと貴方落ち着いて……い、行ってしまいました』
『あ、あの……お姉さん』
『え、ああなんでしょう?』
『ありがとうございました。お陰で助かりました』
『いえ、私は当然のことをしたまでです。それより貴方こそちゃんとお礼が言えて偉いですよ。いい子いい子』
『えへへ……』
………………
…………
……
「信じられるかーしら!!犬畜生に襲われて傷心のアタクシをあーんな姑息な手段で衆目の晒し者にするなんて!!正に悪鬼羅刹の所業!!」
「いえあのそれ、どう考えても勘違い及び逆恨みじゃ……」
「なぁぁんか言いましたかしら!?」
「いえ何でもないです!!」
美千代に扇子を突きつけられ部下Aは敬礼して答える。彼は知っているのだ、このオバハンが気に入らなければすぐにクビだクビだと言い出すことを、病気の母を持つ彼は給金の良いこの職場をクビになる訳にはいかなかった。一方もう一人の部下Bは何か知りたくなかった世間の裏側を知ってしまったような顔をしている。部下Aは自分と同じように呆れているのかと思っていたが次の彼の言葉でそれが少々違っていたということを知る。
「あの美千代様」
「なんざますか?」
「まさかとは思いますけど、この舞踏会ってあの人に嫌がらせするためだけに開いたんじゃ……?」
「なぁーにを今更、あーたりまえでしょう?衆目に晒される苦しみを味あわせるためにはそーれなりの舞台がないといけませんもの」
「あああ、あの招待状はやっぱりそういう事っすか!?」
部下Bが頭を掻きむしる。部下Aは何のことか解らずに相棒たる部下Bを肘でつついて小声で尋ねる。
「おいどういう事だ?」
「お前は会場関係の準備だったから知らないだろうけどな……用意した招待状、命蓮寺当て以外は必ずペアで来場のことって書いてあるんだよ。多分、あの美人さんハブる為だけに」
「うーわー本当かよ」
部下AがBと同じように頭を抱える。舞踏会を開く上で肝心要の招待客にそのような条件を付けるというのは今、美千代自身が言った通り本当にこの舞踏会が嫌がらせの為だけに開かれたものである証拠だった。どういう神経と金遣いしてるんだこのオバハン、と部下二人は同時に思った。
「まぁ、アタクシを陥れた住職の方が来なかったのはざーんねんですけれど、今回はその一派を誅するだけで満足しておきますわ」
((しかも人違いなのかよ!!))
「あらあらあらあら、見てご覧なさい二人共!!あの小娘本当に泣き出したみたいですわよ!!いい気味ですわいぃーーい気味ですわオーーホッホッホ!!」
バルコニーから身を乗り出し心底楽しそうに笑う美千代の後ろで部下二人は壁に頭を打ち付けていた、主に良心の呵責から。
部下Aは思った、お袋頼むから早く良くなってくれじゃないと俺の胃が持たねえぇぇ!!と。部下Bは思った、チクショウ親父の借金さえなかったらすぐに辞めてやるのにぃぃ!!と。
「あら……?ちょっと貴方達、また新しい客が来たみたいですわよ。さっさとあの小娘と踊るなと言ってきなさいな」
「「……了解っす」」
二人は悄然と項垂れてバルコニーを出る。どれほど良心が痛もうともここで断れば本当の実害が襲いかかって来るのだから仕方がない。故に二人は他力本願ながら思った。ああ、誰かあの美人さんを助けてやってくれと、あのオバハン俺らじゃどうにもならんからと。
「……あ、そう言えば」
「どうした相棒?」
「いや、来てない招待客って実はあと一人、いや一組だけなんだけどな」
部下Bは部下Aと共に廊下を走りながら、その一人の顔を思い浮かべる。以前一度だけ会ったことのあるあの古道具屋は確か……
「舞踏会なんて絶対に来そうになかったんだけどなぁ?」
廊下を走って階段を降りた二人は舞踏場への扉を開けた。
対面の大きな窓を見て今日は月が綺麗だなと二人はふと思った。
………………
…………
……
空気が変わった。
舞踏場のざわめきが静まり、楽団の演奏すら一瞬音から気が抜けた物に変わってしまった。誰もが舞踏会に訪れた最後の客に目を奪われた為だった。その客は白のタキシードという舞踏会では些か以上に横紙破りの装いで人々の目を引きつける、灰色がかった銀髪を後ろに撫で付けた一人の青年だった。
コツコツコツ、
彼は硬質な靴音を立てて会場内を堂々闊歩して辺りを見渡す。決して見初められたという訳ではないのだが、舞踏場に居る淑女達は皆その視線がかすめるだけで頬を赤く染めた。それを見てその場に居る男性達のほとんどが大なり少なり妬心に駆られた、中には踊っている最中のパートナーにすらそっぽを向かれてしまった者も居るのだから無理もない。そしてとうとう彼の切れ長の目が一人の女性に向けて据えられた、その事に気付いた冷静な幾人かはその視線を追って目を見張る。彼が見初めたのはこの場で間違いなく一番美しい女性だったが、同時に最も声をかけてはならない者だったためである。
コツコツコツ、
彼は少しばかり足音を早くして見初めた彼女に向かって歩を進める。彼女が俯き、恐らく涙していることに気付いたからだろう。そんな彼に黒い燕尾服を着た部下AとBが慌てて駆け寄って彼の前に立ちはだかる。
「すいません、お客様少々お話が……」
「ちょっとこちらの方へ、あれあんた、ぽぐぁッ!!」
青年は寄って来た二人の頭を問答無用で鷲掴み二人の顔同士を思い切り正面衝突させる。全く予想していなかった攻撃に部下二人はたまらず鼻血を噴出しその場に倒れ伏す。
コツコツコツ、
部下二人を何事も無かったかのようにスラリと長い足で跨いで歩を進める。顔を押さえて痛がる部下二人の姿を見てか、美千代の意向を知っている他の客の中にも彼の歩みを止めようとする者はいなかった。そして……足音が止まった。
「お嬢さん、宜しければ私と踊って頂けませんか?」
「ぐすっ……は、はい?」
顔を下に向けて嘆いていた星が顔を上げて……ポカリと口を開けた。
優雅な物腰でこちらに手を差し伸ばす彼は、白い礼服がシャンデリアの光を弾いていっそ眩しいほど輝いていた。つるの細い眼鏡の向こうの瞳は優しく星を見つめ、薄い唇が浮かべる淡い笑みがその視線に気品という華を添えている。星とて伊達に長く生きておらず、いわゆる美形だの二枚目だの言われる美男子は何人も見てきたが……その誰もが彼には比肩するまいと確信できるような上品極まる美貌の貴公子が星の前に静かに立っていた。どん底状態からの急展開に星は為す術もなく取り乱す。
「う、いえ、その……」
「踊って頂けないのでしょうか?」
「いえいえいえいえいえ!!」
星は手をぶんぶか振って慌てて否定する。
(そうです、何も取り乱す必要はないはずです。私は舞踏会に来てるんですから迷うことなく踊ればいいんです。けど、けどですよ……)
星は再び目の前の青年の顔を見る。
「どうかしましたか?」
星の視線を受けてにこりと柔和に微笑む青年。
なんか、なんかキラキラ輝いて見えますー!!なんなんですかこの王子様みたいな人は!?私にはハードルが高すぎますよ!?
恐らく会場の半分ぐらい、つまりは女性にはきっと見えただろう幻の光を遮るべく両の手の平で壁を作る星。
そして青年はその手を素早く手に取った。
「あ……」
「すいません、あまり堪え性のない性質でして。否定しないのは肯定と取らせて貰いますが構いませんか?」
「え、あのその……」
星は顔を赤く染めてポツリと、
「よろしくお願いします」
青年は大きく頷き星の手を改めて握り直しワルツの響く舞踏場のど真ん中へと歩を進めた。いつもの星ならその事に気づいてあたふたするのだが……。
(あれ……?)
握られている青年の手に奇妙な感覚を覚えた。なんというか例えて言うなら錆びまみれの泥まみれになった愛用の槍をそれと気付かずに手にとったような、全く違うものに見えるのに慣れ親しんだものだと一発で解る得も言われぬ一体感。それを皮切りにパタパタと星の中でピースが嵌っていく。さっきの声少し調子が違っていたけれどどこかで聞いたことがあるような……、あのキビキビした歩き方もどこかで見たことあるような……
「ああ、ちょうど一曲終わるところですね。それでは次の曲から踊りましょうか」
「え、ああはい、解りました」
青年に合わせて星がスタンバイ。幽香に三日間で徹底的に叩きこまれた姿勢を自然と取る。必然二人の距離は狭まり……それを見計らって青年は星の耳元で甘く囁いた。
「遅くなってすまないご主人様。服やらなにやら色々と準備するのに手間取ってね」
「……ふえ?」
曲が始まった。ペアを組んだ青年……青年?がリードして一歩を踏み出す。星は半ば自動的にそれに合わせてステップを踏み出す。完全に呆けているのに自然と動けたのは幽香との特訓の成果である。身体が三日間の経験値を存分に発揮する傍らで星の頭は必死に現状について思考を巡らせる。
(ご主人様?私をそう呼ぶのは今のところただ一人で、いえいえいえでも彼女は女性で小っちゃくて可愛くて王子様じゃなくて)
思考が並べ立てる数々の反対材料、けれどそのほとんどは星の中で意味を為さなかった。何故なら共に踊る彼、いや彼女の不器用でぎこちない、けれど一生懸命で生真面目なステップはこの三日間で星の中に一番強く焼き付いている物で……星は動揺で泳ぐ目をどうにか抑えて彼女に上目遣いで焦点を合わせる。すると彼女は再び星の耳に口を寄せ、
「あと私のことは今は名前で呼ばないでくれ、そうだね……リンとでも呼んでくれると助かるよ」
リン。その呼び名と気取った口調がトドメとなり星はとうとう確信する。つまり、この人は、
「ナ、ナズーリンなんですかぁぁ!?ごむっ!?」
「呼ぶなと言った直後に私の名を叫ぶとはどういう了見だいご主人様」
驚愕の事実に星が思わず叫び声を上げるが、ナズーリンが素早く頭を押し付け口を塞ぐ。
あ、髪の中に耳が押しこんであります。星は口を塞がれながらも意外と冷静に気付いた。
「ご主人様、すまないけど騒がないでくれないか。私も一応身元を詐称して入り込んでいる身だからね、ばれると面倒だ」
「……ふ、ふもっ……さ、詐称?」
頭が離れて口が自由になった星が不思議そうに首を傾げる。ナズーリンはそんな星になんとか返事を返す、優雅な風貌とポーカーフェイスでカバーしているが星ほど運動神経が良くもなければ練習もしていないナズーリンは踊りながら喋るという行為をこなすのに実は結構いっぱいいっぱいだったりする。
「ああ、今私は店主の招待状でここに入ってきているからね。一応、眼鏡やら耳やら風聞で聞いた程度なら誤魔化せる変装はしているが……店主の知り合いに疑われたら一発でアウトだ」
だから私の名前も、店主の名前も出さないでくれ。そう言ってナズーリンは片目を閉じてウィンク一つ。
星は顔を引き攣らせる、ナズーリン店主は間違ってもそんなキザな仕草はしませんよ。霖之助とは付き合いの短い星でもそれは簡単に察せられた。というか、いやそれよりも!!
「ナ、ナズ……じゃなくてリン?その姿はどうしたんですか?正直、最初は本当に誰だか解らなかったんですけど」
「ん、ああこれかい?これはだね、うん……」
そう答えにならない言葉を幾つか並べてはにかむナズーリンはそれでもなにやら格好いいというか……いつもの彼女がはにかむのならそれは抱きつきたくなるような類の可愛さなのだが、今のは気高いシャム猫にふとした切っ掛けで手を舐められたような感じというかなんというか。とにかくナズーリンの見た目は大きく変わっていた。特に、
「いや、私も予想外だったよ竹林の薬師から買った『背の伸びる薬』がまさかこんな風に役に立つなんてね」
身長が。星は女性としては間違いなく高身長な部類なのだが、その星ですら今のナズーリンには見下ろされてしまっている。先程の頭で口を塞ぐなどという行為もいつも通りのナズーリンの身長なら絶対に不可能な真似である。他にも要所要所にあった子供っぽい丸みが鋭くなり大人の怜悧さを帯びている。
(……背の伸びる薬というよりは成長する薬という方が適切かもしれませんね。ナズーリンが前に毘沙門様の部下になったら成長が止まったとぼやいていましたし)
その結果、中性的な麗人となった男装姿のナズーリンをもう一度じっくり見なおして星は一人納得する。ナズーリンが大人になったらこんな格好良い美人さんになっていたのか、と。そんな星にナズーリンは全く気付かずにブツブツと愚痴をこぼし始めた。
「にしてもまったく、まさかこんなせこい嫌がらせをしてくるとは……なにかあるかもとは思っていたが魔理沙に言われなければ気付けなかったよ」
「嫌がらせ……ですか?それに魔理沙がどうかしたんですか?」
「ん、ご主人様は寺で魔理沙に会っていないんだったね。まぁあの寝ぼけ魔法使いが偶々早乙女家について知っていてね」
いやあり得ないぜそれ。
霖之助が持ってきた招待状に書かれた必ずペアでの一言で上へ下への大騒ぎをする命蓮寺一派とティーチャーズに、やかましい寝れんだろが!!と一喝した魔理沙が親睦を深めるため星が舞踏会に行ったという事情を聞いて目を擦りながら言った最初の言葉である。
何でも早乙女家はここ十年で成り上がった筋金入りの高慢ちきでこちらから頭を下げて手土産でも持っていかねば絶対に門戸を開いてくれないらしい。霖之助についてはどうやら取引した商品をそれと思われたのではないかとのことである。
ならばあの招待状はと首を傾げる一同にこれまた魔理沙は霖之助の招待状を流し読みしてピタリと命蓮寺への嫌がらせではないかと言い当てた。その場の全員がまさかとは思ったが、嫌がらせだろうと言った魔理沙が靴に入っていたゴキブリを気付かずに踏みつぶしたみたような本気で嫌そうな顔で、そういう奴なんだ、と冗談には取れない苦々しい声で言ったので信じざるを得なかった。
そして碇でぶっ潰す!!とか叫ぶ村紗や何気なく傘を手に取り静かに席を立ったけど顔がやばいくらい満面の笑みだった幽香を宥めて、参謀役であるナズーリンが提案したのが……
「こうしてパートナーを送り込んで鼻をあかしてやれというプランだった、という訳だね。本当は店主当人に行って欲しかったんだが、ダンスが出来ないと言われてしまってね、こうして私が薬を飲んで来たんだ。私なんかじゃご主人様と釣り合わないと思うが勘弁してくれると有難いよ」
「あのそれ本気で言ってます、リン?」
「なにがだい?」
主催者の鼻を明かすために貴公子の演技を続けるナズーリンが微笑して問いかけるとバックに白い薔薇が咲いて見えた。あと、二人共気がつかなかったがその顔を見た御婦人方が何人かパタパタと倒れた。
そこまで蠱惑的に魅力を振りまいているのにナズーリンは全くの無自覚らしかった。星は自分を棚にあげて困ったものですと首を僅かに振る。
「まぁ、ともあれそういう訳でだご主人様、ここは遠慮無く踊り明かしてくれ。ご主人様の魅力でふざけた嫌がらせをして来た連中の鼻を明かしてやろうじゃないか」
「わ、私の魅力、ですか?……ていうかリン?なんか演技に入り込み過ぎてキャラ変わってますよ?」
キザーリンになってます、と星は内心冷や汗をかく。けれどしかし、
(確かにやられっぱなしというのは面白くないですし……なにより)
星はチラリとナズーリンの顔を一瞬見やる。少なくとも今なら時間も気にせずナズーリンと一緒に好きなだけ踊れる。それは正直毎晩一時間程度ではちっとも満足出来ていなかった星には魅力的過ぎる事実で。星は口の端を吊り上げて朗らかに笑う、その顔はまるでごちそうを目の前に並べられた虎のようだった。ネズミのナズーリンはその顔を見て初めて自分が星を煽り過ぎたことを悟る。
「そうですね。それでは思いっきりいかせて貰いましょうか!!」
「いや待てご主人様。多少は加減して貰わないと困るよ、私とご主人様ではもうダンスの腕前に相当の差がぁぁ!?」
ナズーリンにとって不運だったのは、その時ちょうど曲調が激しい物に変わったことだった。一瞬でハングリータイガーに化けた星はノリノリでそのアップテンポに踏み込んだ。溌剌と笑う星とは対照的にナズーリンは付いて行くのに必死で上品な微笑に僅かにヒビが入る。しかし、そのヒビに気付いた者は星を含めて一人もいなかった。その証拠に……星が激しく動き出した瞬間、会場が一気にどよめいた。
「きゃあ、動きが変わったわよ綺麗~~」
「うぅむ、ややぎこちなくも思えますが……華がありますなぁ」
「まったくですわね。もしやこれも美千代さんの差配なのでしょうか?」
「おお、そうですな。またぞろ嫌がらせの類かとも思いましたが……これは見事な演出ですな」
気付けば招待客の大半は踊るのを取りやめ見物側に回っていた。
考えても見て欲しい、当人達は無自覚だが二人揃って思わず目を疑ってしまうような端麗な容姿を持つ男女がまるで歌劇の一幕のように合流し、舞踏場のど真ん中で踊り始めたのである。男であれ女であれ目を奪われぬはずがない、子供の頃に絵本でしか見られなかった姫と王子の姿が今目の前に魔法のように現れたのだから。客の一部が言う通り主催者のサプライズと取られても仕方ない程、出来過ぎた光景であった。
「ご、ご主人様、早い早いよステップが、ととと!?」
「あはは、ちゃんと付いてきてるじゃないですか!!ああ、駄目ですねもう少し激しい曲が欲しいです、この曲では私の血の滾りは抑えられません!!」
「私はもう限界だからもう一段階スローテンポの曲を所望するよ!!切に!!……んなっ!?」
星の情熱的なターンにどうにかこうにか付いて行くナズーリンが驚きの声を上げた。
太陽のような笑顔を浮かべる星に釣られたかのように、穏やかだった曲が溶けるように消え、先程より明らかに激しい曲調を予感させる序章に入る。楽団の卓越した技量でごく自然に行われたように感じられたが曲の流れ的に考えれば区切る所がいかにも不自然だった。不審に思いナズーリンは横目でどうにか演奏を続ける楽団の方を確認する。
「……ンフフ」
ほっそりとした顔立ちの渋い指揮者が眼鏡を煌めかせこちらに親指を立ててくれました。
どうやら彼らはナズーリン達に合わせて曲を変えてくれたらしい。気の利き過ぎた対応に星は目を輝かせ、ナズーリンはとうとう微笑の仮面を引き剥がされる。
「あっはっは、行っちゃいましょう、リン!!世界は今私たちの味方です!!」
「ええい、こうなったらもうどうにでもなれだ!!」
星に引っ張られっぱなしだったナズーリンが本来のリード役に戻る。会場のざわめきが大きくなり、ノリの良い曲に釣られて踊り出す者が再び増えてくる。それでも……
「あは、あははは……」
「ふふ、ふふふ……」
いつしか共に偽りのない笑顔で踊っていた二人は間違いなく舞踏会の主役だった。
二人の側には誰も踏み込めなかった。二人の周りで踊る客達は皆苦笑だった、自分達が脇役でしかないことを自覚していたから。しかし、ただ苦いだけの顔をしている者は一人もいなかった、さもあらん彼らは今お伽話の夢の舞台で踊っているのだ、脇役であろうとも不満があろうはずがない。
舞踏場からはいつしか苦笑の苦味すら抜け、ただただ誰もが笑顔で踊っていた。そんな中で一際眩い笑顔の星がパートナーに囁きかける。
「ねぇリン!!聞いて欲しいことがあるんですが!!」
「なんだいご主人様!!今なら大抵の失敗話は聞き流せる気分だよ私は!!」
「聞き流しちゃ駄目です昨日の話のことですから!!」
「……ッ」
ナズーリンの顔が瞬間、青ざめる。疑問が湧き出る、それは今言わなければならないことなのかい?こんなにも楽しい今に。
ナズーリンを見つめる星は笑顔で、笑顔で、ただ笑顔で。一人苦い顔になっていたナズーリンはそんな星を見てふっと息を抜いた。
そうだね、それがどんな答えでもご主人様が笑顔で居られるなら私も……
「ナズーリン!!私は……」
「そこまでざぁーますーーーー!!」
ズバタァン!!と凄まじい音を立てて開かれた扉が星の言葉を途切れさせ、同時に舞踏場全体にだみ声が高らかに響き渡った。その非常識な大音声は舞踏の血脈であった楽曲を掻き消しダンスの流れをせき止める。
突如扉を開き理不尽とも言える一喝で舞踏会を台無しにしたのはあろうことか主催者である早乙女美千代だった。早乙女家に首根っこを抑えられている者が多い会場内にも流石に空気読めよという不満気な空気が漂うが美千代はそんな空気にまったく気付かずに星とナズーリンの所にずかずかと踏み込んで行く。部下AとBがすげぇすげぇよこのオバハン、と美千代の後ろで逆に感心してしまう程の空気の読めなさだった。
ナズーリンはそんなオバハンを鋭い目で睨んで直感する。魔理沙に聞いた通り過ぎる容貌、こいつが恐らくは、
「君が……早乙女美千代だね?」
「オーホッホッホッホ!!たかが雑魚妖怪にまで知られているなんて流石アタクシでございますわねオーホッホッホッホ!!」
高笑いを上げる美千代の後の扉から時代劇の門番が持つような細長い木杖を持った黒服の男たちがぞろぞろ現れ星とナズーリンの二人を囲う。突然現れた物騒な男達に客達は慌てて壁際に退避したり中には扉から会場の外へ逃げる者も居た。無理もあるまい、なにせ驚いた事にその黒服達の数は百は下らないと思われる多勢であったのだから。
星は事態が掴みきれずオロオロとナズーリンは星を庇うように前に出て呆れたような顔でその男達を見渡す。
「念の為聞きたいんだけれど……これは何のつもりだい?」
「オーホッホッホッホ!!貴方が家の下請け店主を騙って会場に入り込んだことはア・タ・ク・シ・の・部下がすでに見抜いていますわ!!ぐふふふ、そんな悪知恵を働かせて当家に忍び込んで……さては人食いでもやらかすつもりでしょう?だから!!ここで!!大名家早乙女家が妖怪退治に乗り出したという訳ですわオーホッホッホッホ!!」
「なっ!?待って下さい!!ナズ、じゃなくてリンがそんな事する訳ないです!!」
「無駄だよご主人様。そいつの言ってることはただの口実だから」
演技は終わりと言わんばかりに眼鏡を外したナズーリンは密かに感心していた。美千代が今言ったデマカセは自分が霖之助に化けて入り込んでいることを見抜いた場合、最も効果的な因縁のつけ方だったためである。ナズーリンが入れ替わりという不正行為をしてしまっている以上その難癖に反論しても説得力に欠けるし、その言い分なら仮に本当に星とナズーリンを退治してしまっても正当防衛という主張が対外的には通ってしまうからである。魔理沙が言っていたあのオバハン嫌がらせに関しては天才的だぜという言葉は真実だったらしい。
……しかし、
「それと早乙女美千代、君も君で見当違いの答えを返さないでくれ。私はこの程度の人数で一体なんのつもりだいと訊いたつもりだったんだけれど」
ナズーリンが袖口からペンデュラムをジャラリと垂らして、変わらず呆れたように言う。
簡易とはいえ武装済みの屈強な男百名以上。ただ二人の女性を取り押さえるには十分すぎる人数に思えるが、それは二人が人間だった場合である。巫女やら魔法使いやら対妖怪用の攻撃方法を持つ者ならともかくただの人間が百名程度なら星は勿論、ナズーリンですら容易く片付けられる。というか空を飛べばそれだけで詰みだ。霊夢辺りはいい顔をしないだろうが、こちらからすればそれこそ正当防衛なのだからそこまでうるさくは言うまい。
そこまで考えナズーリンがペンデュラムの周りに妖力弾を浮かべ陰惨に笑う。いつもの姿でも恐ろしいその笑顔は今のナズーリンの容貌で見せれば、人ならぬ妖艶な迫力に満ちていた。
「今すぐそこをどいて、今回の嫌がらせの件について謝罪するというなら君達も血を見ずに済むのだけれど……どうする?」
「ホホホ、小物妖怪のくせに大した口上ざますね。け・れ・ど、その余裕いつまで続きますかしら?」
「……?」
そこで初めてナズーリンは疑問を覚えた。このあまりに空気の読めないオバハンはともかく、周りの黒服が怯えていないのはどういう事だ?一人、二人度胸がある奴が居るというなら有り得るけれど、逆に一人も怯えていないというのは一体……?
「あ、リンそれっ!?」
「ご主人様?……なっ!?」
星が驚き指さしたのはナズーリンのペンデュラムだった、より正確に言うとその周り。妖力弾が浮いていたはずの場所にいつの間にやら何もなくなっている。ナズーリンは慌てて新しい妖力弾を作ろうとするが……
「な、出ない!?」
「オーホッホッホッホ!!ひーーっかかりやがりましたわねオーホッホッホッホ!!」
笑い声という怪音波を絶好調で辺りに撒き散らす美千代。その声が頭の中で響いてナズーリンは頭痛を覚え……いや違う。
「リ、リン?この感覚って……?」
「ああ、ご主人様、私も今気付いたよ。この感じは……」
ナズーリンはふと二階の観覧席で動いている人影に気付く、自分達を取り囲む黒服と同じ格好のその人影は見れば結構沢山居てペタペタと壁に何かを張っていく。その何かが何なのかは流石に良く見えなかったが、見えずとも解った。頭痛と、それから身体が重くなるこの感じは……
「「霊夢のお札!?」」
「オーホッホッホッホ!!オーーーーーホッホッホッホッホッホッホッホッホ!!!!よーーうやく気付いたざますか、そう、そうですわ!!博麗の巫女を筆頭に退治屋共から毎年買い入れている退魔のお札、溜まりに溜まってその数十四万とんで七百枚!!この会場と更に我が家の塀に使用人達が現在進行形で張り付け中ですわ!!」
「「十四万七百枚!?」」
あまりに桁外れの数に二人は驚きを露にする。いや、しかし確かに本来直接ぶつけて使うお札をこのような形で使って効果を出すのならそれぐらいの枚数は要るかも知れない。数的にも霊夢が日頃あれだけ景気良くばらまいているのだから有り得るかも……だとするとこの家の敷地で妖力を使うのは不可能。星とナズーリンは互いに言葉を交わすまでもなく理解し、特にナズーリンはつぅと焦りの汗を一筋流す。
「オーホッホッホッホ!!理解して貰えたかーしら!?さてさてそれじゃどうしてやりましょうか!?ああ、今アタクシに対する非礼を謝るなら丸刈りにして裸で放り出すぐらいで勘弁してあげないこともないですわよ!?」
「……君」
「あーらあらあら、謝る気になったのかしら?謝るなら無論土下座でお願いしますわよ!?」
「君、悪い事は言わないから早くそこをどいた方が良い。君が打った手が普通なら最善手であることは認めるけど、今回ばかりはどうしようもない悪手なんだ」
「あーらあらあら、この期に及んでハッタリなんて往生際が悪いですわよ」
「ハッタリかどうかはこの黒服達をけしかけてみれば解るよ。勿論、私はオススメしないけれどね」
ナズーリンは本気で美千代達を気遣うように言う。美千代の後ろでここで降参してくれたら上手く逃してあげられるから降参してっ!!と密かに願っていた部下AとBがそんなナズーリンの言葉に顔を引きつらせる。駄目っすよリンさん、そんな言い方したらこの短気なオバハンが……。そんな二人の懸念を証明するかのように美千代が怒声を上げた。
「きぃーーー!!人が下手に出ればでかい態度でいけしゃあしゃあと!!もう勘弁なりませんわ!!貴方達やっておしまいなさい!!」
ピンク色の扇子を星とナズーリンに向けて振り下ろし美千代が号令を発する。
真っ先に反応したのは部下AとBであった、予想通りの展開にこりゃいかんと慌てて前に進み出た。リンさんは見たところ話は解るようだしきちんと説得すれば降参してくれるのではと淡い期待を抱いて。故にナズーリンに木杖を突きつけても最初に出てきたのは言葉だった。
「あのリンさん?お気持ちは大変良く解るんですがここは一つ穏便にですね……」
「そうそう、ここで頭下げて貰えれば俺たちも一緒に……おう?」
元々星に負い目のある二人はそんな風に物凄く低姿勢で切り出したが、ナズーリンの後ろからにょっきり伸びてきた手が部下Bの木杖を掴んだのを見て言葉を途切れさす。その手を見てナズーリンはチェックメイトと諦めて天を仰ぐ、ナズーリンの焦り、脅しで通れない上弾幕も使えなければご主人様も手加減は出来まいという黒服達への気遣いから来る焦りは無駄に終わってしまったのである。
「私のナズーリンに……」
「ぬ、ちょ、放して下さいお嬢……あれ動かない?」
「何してるんですかーーーーー!!」
「のぉおおおおおおお!?」
「あいぼ、ぶっ!?」
部下Bが宙を舞った。
どういう理屈か星が木棒をひねるような動作をしただけで大の男一人が空中に投げ出され隣に居た部下Aに叩きつけられたのである。素人目には妖術にすら見える達人級の合気であった。倒れ伏して目を回す部下Bから木杖を取り上げた星はナズーリンの前に進み出て木杖を美千代に向けてピタリと構える。
「貴方が何故私たちを目の敵にするかは解りませんが、それ以上暴力での訴えを続けるというのならこちらも相応の手段で報いさせて貰います」
美千代はもちろん、黒服達も目を剥いた。先程まで可憐なお姫様だった女性が武器を手に取るやいなや剣の切っ先のような鋭さを纏い虎の眼光でこちらを睨んでくるのだから驚きもする。今や美千代一派は一人残らず星の後ろに喉を鳴らして威嚇する猛虎の幻影を見ていた。
「毘沙門天代理の武芸の技、自身の身を以って知りたいという人から前に出なさい。寅丸星の槍の腕前を、存分に披露して差し上げます」
美しい。
星の立ち姿に多少なりとも武の心得がある黒服達は見惚れた。達人と呼ばれる域にまで達した者のみが体現できる美と猛々しさの同居、気圧され見蕩れて黒服達は思わず動きを止める。しかし、悲しいかな彼らは雇われ人である。
「きぃぃぃーーーーー!!貴方達なーにをしてるざますか!!早くその妖怪共を畳んでしまいなさい!!」
号令一下、黒服達が我に立ち返り雇い主の命で星とナズーリンに喚声を上げて襲いかかる。
ナズーリンは再び密かに感心する、このオバハンある意味本当に凄いなと。そんな感心を胸にナズーリンは素早くその場でしゃがみこんだ。瞬間、
「せぇぇええええい!!」
ナズーリンの頭上を轟風が通り過ぎた。星が放った長物ならではの広大な間合いの横薙ぎ、目に留めることすら困難なその一撃に黒服達は四、五人纏めて吹き飛ばされる。
「ナズーリン!!そのまま伏せていて下さい!!」
「言われずともそうさせてもらうよ!!」
ナズーリンの頭上を再び旋風が駆け抜ける。木杖の振り終わりを狙って迫り来る黒服達をスカートを逆巻いて打ち出された回し蹴りが薙ぎ倒し、星は蹴りの勢いのまま今度は後ろに向き直る。数の利を活かすべく背後から近づいていた黒服達に向けて星は大きく一歩踏み込み木杖を握った手で拳を繰り出す、拳と共に迫る木杖に横一列一斉に顔面を打たれた男達は同時に倒れ伏す。星はそれを確認してバックステップ、素早くナズーリンの元に舞い戻り、再び木杖を振りかぶる。
……速度。お札の効果で弱まっているとはいえ、そもそも人間とは段違いの妖虎の身体能力を武の理で操る星と黒服達の間には単純な行動速度においてあまりに大きな隔たりがあった。黒服達が一つの挙動を終える頃には星はすでに三つ以上の攻撃を放ち終えているのだ、その速度差は人数の差を補ってなお余りある。黒服達にはドレスの裾を翻して木杖を振るう星の姿が正しく一騎当千の武神に見えたに違いない。……しかし、
(流石にまずいかもしれない。数が多すぎるね、これは)
星という暴風雨の下で一人静かに周囲を観察していたナズーリンは扉から次々に現れる黒服達を見て、そう結論付けた。恐らくお札を張り終えた者が新たに参戦してきているのだろう。十万を超える数のお札を張っている別働隊、その人数は果たしてどれほどになるのか?星のデタラメな体力を勘案しても厳しいと言わざるを得なかった。となれば……
「ご主人様!!とりあえず外の庭に出るよ!!そうすれば何とかなる!!」
「ええ!?いえ外に出たらそれこそ一斉に囲まれちゃいますよ!?」
「いいから早く!!」
「うう……解りました!!ナズーリンを信じます!!」
星が動いた。向かってくる敵を打ち落とす守備的な動きから、人壁を蹴散らし穴を空ける攻撃的な突進に。走りながら得物を振り回すというのは意外に難しいものなのだが、星の流れるような足さばきと槍捌きはその難行を容易くこなす。その様たるや流水雲行の如し、寅丸星が得意とするもう一つの舞踏。その後ろに続くナズーリンは一時自分が修羅場の真っ只中に居ることを忘れる、やっぱりご主人様は綺麗だ。こんなにも流麗に槍を操れるのはご主人様を置いて他には……む?
星に見入っていたナズーリンの思考が止まる。あれ、今、何か凄く引っかかったような……。
「ナズーリン!!もうすぐ外ですよ!!」
「――ッ!?ああ解ったよ、そのまま行ってくれ!!」
立ち上ってきた疑問の答えを見つける前にナズーリンは星の叫びで我に返る。気付けば舞踏場の外に出て、屋敷の中の屋外へ続く廊下を走っていた。後ろを振り向けば星に鎧袖一触に蹴散らされた黒服達が死屍累々と倒れ伏している。流石に死んではいないと思うが……恨むんなら私の忠告を聞かなかった雇い主を恨んでくれ、ナズーリンがそう屍達に念を送ると同時に星が外への扉を蹴破った。二人は無駄に豪華な扉の下を潜って外に出る。すると、
「ナ、ナズーリン?こ、これは流石にまずいのでは……?」
「あ、ああ、私も驚いているよ。というか呆れている」
人、人、人、人の山。
外に出て、だたっ広い庭園を挟んで数百メートル先の門までの空間に大軍がひしめいて居るのを目にして、流石の毘沙門主従も言葉を失くした。その数は恐らくは千をくだるまい。自分達を捕まえるためにこれだけの人数を集めたことも非常識なら、さして広くもない人里からこれだけの人数をかき集めたのも驚きであった。その大軍は二人を包囲しつつ、じりじりと距離を詰めてくる。
「ナズーリンどうするんですか!?私もこの人数を相手取るのは流石に厳しいですよ!?」
「いや問題ないよ。外にさえ出ればこっちの勝ちだ。ここにはもう屋根がないからね」
「や、屋根?……っとナズーリン!!」
木杖を構えて威嚇していた星が咄嗟にナズーリンを抱えて飛ぶ、いつの間に追いついてきたのか新たな黒服達が背後の扉から忍び寄っていたことに気付いたためである。更にその扉から黒服達の御大であるピンク色が復活した部下A、Bを引き連れ現れる。
「オーホッホッホッホ!!外に逃げただけで助かったつもりだなんて浅知恵も甚だしいですわね!!もうどこにも逃げられませんわよ!!」
前後左右をすっかり囲まれてしまった星とナズーリンの姿に美千代が今宵最絶頂の笑い声を上げて、周囲に居る黒服達を何人か音波攻撃で気絶させる。その間抜けな絵図にナズーリンはほとほと呆れるが、それぐらいでは黒服達の数の優位はちっとも変わらない。しかし、ナズーリンが呆れた表情の次に浮かべたのは、はっきりとした笑みだった。それも星が、あ、ナズーリンがなにか企んでますと確信出来てしまう類のあくどい笑みを。その笑みを見て訝しむ美千代にナズーリンが語り出す。
「ふふ早乙女美千代、実はね、私は君が何か企んでいるのではないかと初めから疑ってはいたんだよ。事前に今の事態を防げなかった以上負け惜しみにしかならいけれどね」
「……なぁーんですって?」
事実であった。実際、あの舞踏会の招待状には疑わしい点が幾つかあった。例えば送られてきた日付があまりにギリギリ過ぎる点や、そもそも仮にも寺社仏閣の徒とよしみを結ぶのに舞踏会への招待というのは不適切にも程があるだろうという点。聖の封印という苦渋の事態を経験しているナズーリンはこれらを考慮して人里の退治屋等の動向や早乙女家がこちらに怨恨を持っていないか等をネズミ達を使って調査していたのだが……流石に嫌がらせの内容や怨恨の理由がみみっち過ぎて察知できなかったのであった。
「だからね、私は君のことをかなり評価しているんだ。仮にも賢将と呼ばれる私の裏をかいたんだからね。さて、ここで問題だ。そんな君の懐に踏み込んで行くのに、私が妖力封じなんてありきたりに対して何の対策もしていないと本気で思うのかい?」
ナズーリンがタキシードの前を開きその中を晒す。黒服達と美千代、更には星すらその中を見て目を剥いた。なにせそこには三角頭に円筒形の胴体を付けたロケット花火がズラリと並んでいたのだから。ナズーリンはそんな周囲の動揺をよそにロケット花火に貼りつけてあったマッチを片手でとって星が持つ木杖に擦りつけ着火、ロケット花火に順々に点火していく。
「さぁこれで……」
ロケット花火が甲高い音を立ててナズーリンの懐から飛び立っていき高空でパァンと音を立てて弾ける。その音を聞いてナズーリンはより一層笑みを深くする。
「私達の勝ちだよ」
ナズーリンが勝利宣言すると同時にそれを寿ぐように、
ヒュゥーーールルルル……
門の向こうで本物の打ち上げ花火が、
ドォォオオン
夜空に大輪の花を咲かせ、
ゴォォオオオオオオン!!
その音に紛れるように更に巨大な音がナズーリンの背後で炸裂した。
………………
…………
……
ナズーリンの上げたロケット花火。その音の中には実はいわゆる超音波と呼ばれる音が多分に含まれていた。その音波は俗に言う"犬笛"に近い周波数であり、その聞こえぬはずの音を早乙女家から500m程離れた広い街道で聞きつけた者が居た。
「……ん。ぬえ!!魔理沙!!合図来たよ、花火上げて!!」
「了解!!それじゃ派手に行くよ!!」
「ぃよっしゃぁああ!!あの陰険オバハンに徹夜明けの魔理沙さんのテンションを見せてやるぜ!!」
犬耳をかすかに震わせて叫んだ響子の声を聞いて、上機嫌でぬえが、そのぬえより更に上の壊れ気味のテンションで魔理沙が、共に錐揉み回転しつつアクロバティックな軌跡を描いて夜空に消えて行く。そして、
「たーまやーー!!」」
「ヒャッホーゥゥゥ!!かーぎやーーー!!」
恐ろしい事に手筒から打ち出され見事な火の華を咲かせる魔理沙特製の魔法花火。夜遅くに突然上がった景気のいい音と明かりにゾロゾロ周囲の家の住人が出てきて空を見上げる。突然の事態に花火の見事さへの感心より不審が勝っていそうな者には一輪が素早く駆け寄りご迷惑をおかけしますと言って宥めていた。誰もが空に気を取られて早乙女家の方を見ていないことを確認して、響子は手近な民家の屋根に飛んで昇り山彦の命たる声を早乙女家に向かって放ち始める。それもまた人には聞こえぬ超音波であったが、彼女の"音を反射させる程度の能力"で増幅させた音は確かに遥か遠くの命蓮寺の同胞にまで届き、反射して彼女の元まで戻ってくる。その音を更に聞き届けた響子は、今度は普通の声で街道に立つ村紗に指示を出す。
「ムラサ、星とナズーリンはここからちょうど丑寅の方角に真っ直ぐ、ええと……510m先に居るよ」
能力を存分に活かし、犬耳付きソナーと化した響子の報告を聞いてキャプテン・ムラサが頷き頭の中で計算を始める。といってもそれは多分に勘を含むもので大雑把ではあったがその分早い。
「オッケーそれじゃ幽香、方位十一時二十三分、仰角三十三度でお願い。あ、行き過ぎ行き過ぎ戻して戻して、そうそうヨーソローヨーソロー……ストップ!!そのまま投げて!!」
「まったく、ここ数日で解ったわ。命蓮寺一派は意外に人使いが荒いって……ねっ!!」
遠慮のない村紗の声を聞いて幽香は苦笑して腕に力を込める。地面にめり込むほど足を踏ん張り、振りかぶった腕を思い切り振り切って豪快なオーバースローで手に持った物体を全力投擲する。あっという間に夜空に消えて行くそれを響子の声と耳が追いかける。
「うん、いい感じいい感じ。……3……2……1……着弾。ぴったりだよ、次は同じ方角に5m距離を下げてお願い」
「了解!!それじゃ行くよ幽香!!」
「本当に遠慮がないわね貴方。でもまぁ……」
宴を楽しめない者は無粋、幽香自身が星に言った言葉である。ならせいぜい楽しませてもらいましょう、幸いにして当てはあることだし。幽香は自身の背丈の倍を超える砲弾を撫でてほくそ笑む。
(こんなものをいきなり投げ込まれて向こうに居る人間達がどんな顔をするのか……想像するだけでも愉快よね)
くつくつと笑い幽香は再びそれを持ち上げ村紗の指示通りに投げ飛ばす。幽香特製の砲弾が再び夜空を切り裂いて早乙女家に飛来した。
………………
…………
……
どんな顔かといえばとてもひどい顔だった。鼻水とツバを飛ばして早乙女美千代は叫んだ。
「な、な、な、なんざますかそれはーーーー!?」
突如飛来してきた謎の物体が隕石のような轟音を立てて星とナズーリンの後ろに降ってきた。そんな突然の事態に美千代は咄嗟に扉の影に隠れつつ色をなくして大絶叫。周りの黒服達もいきなりの砲撃に肝を潰して右往左往している。特に危うくその砲弾に潰されそうになった者は完全に腰を抜かしていた。そんな有り様を、仕掛けたイタズラが大成功した子供のような表情で見渡したナズーリンは美千代の必死の形相に飄々と答えた。
「何って、見て解らないかい?これは……」
とびきりの笑顔でナズーリンは砲弾の正体を明かす。
「カボチャだよ」
事前に話を聞かされていなかったとはいえ星ですら愕然として見上げるそれは確かにカボチャだった。濃い緑色の表皮、潰れた円形をした形、どれをとっても。ただしその大きさは規格外だったが。高さ4m幅6m重さに至っては2トンを超える幽香特製のお化けカボチャは、もはや植物の域を超えて岩石のようだった。ゴツゴツと硬そうな分厚い皮には斧の刃ですら食い込むかどうか激しく疑問だ。しかし、何らかの方法で削ることは出来るのだろう、何故ならその巨大カボチャには段々の階段が彫られているのだから。ナズーリンは悠然と踵を返しその階段付きカボチャに歩み寄る。
「ふふ、私達の魔法使い達は夜の12時になったらサービス終了なんてケチな輩じゃないからね。これからが魔法の本番だよ」
「ふえ!?ナ、ナズーリうわぅ!?」
カボチャの偉容に呆気にとられていた星が二度驚きの声を上げて木杖を取り落とす。一度目はナズーリンがなんとお姫様抱っこで星を抱え上げたから、そして二度目は新たなカボチャ砲弾が辺りに土砂をまき散らして着弾したためである。地に伝わるカボチャが起こした振動に美千代と黒服達が再び飛び上がって慌て出す。そんな中で唯一人冷静なナズーリンはゆっくりと歩いて巨大カボチャに彫られた階段に足をかけ美千代の方に振り返る。視線が交錯する、その瞬間、美千代はようやくナズーリンの意図を悟り金切り声で叫んだ。
「あーなた達!!今すぐそいつらを引っ捕らえなさい!」
「残念、もう遅いよ早乙女美千代!!」
美千代の声に慌ててこちらに駆け寄ってくる黒服達を尻目に星を抱いたナズーリンは一息に階段を駆け上り……カボチャの頂上から二発目のカボチャの上に跳び移った。それを見て黒服達が美千代から更に遅れてナズーリンの作戦を理解する。二発目から更に三発四発と続けて投げられたカボチャは点々と庭を横切り、花火の明かりの中で門への道となっている!!しかも階段付きが初弾だけだから途中からは登れない!!
動揺に一瞬動きを止める黒服達。ナズーリンはそんな彼らを嘲笑うかのように軽やかな跳躍でカボチャの上を次々飛び渡っていく。
黒服の一人が下から木杖をのばしてナズーリンを落とそうとする。
――否、高さ4mのカボチャの上に立つ相手に届くはずがない。
黒服の何人かがカボチャを動かして道を消してしまおうと必死にカボチャを押しやる。
――否、重さ2トンの物体を何の用意もなく簡単に動かせるはずがない。
カボチャで出来た道は正に魔法の道だった。
お伽話に出てくる魔法使いが突然浮き上がらせた、何人たりとも妨げられない魔法の道。そこを往く星とナズーリンはさしずめ魔法使いの助けを借りて駆け落ちする王子様とお姫様と言ったところだろうか。
「ナ、ナズーリン?もう作戦は解りましたから降ろしてくれませんか?私も自分で跳んだほうが……」
「馬鹿を言わないでくれご主人様、ドレス姿でそんな事したら下の奴らに大サービスすることになるだろう?」
「え?あ、そうでした今スカートでしたっ!?」
日頃、袴履きに近い星が慌ててナズーリンに身を寄せる。横抱きの姿勢では下着が見えるはずもないのだがそれでも恥ずかしいらしかった。そして、それ故に気付いた、後ろから猛然と迫る目をぎらつかせる人影に。
「逃ぃーがさないざますよ!!この木っ端妖怪共がぁ!!」
「な!?この声は早乙女美千代!?」
「あの人すっごい速いですよナズーリン!?」
後ろからジョーズを思わせる大迫力の形相で迫るショッキングピンクのオバハンが口角泡を飛ばして叫んだ。遅れる黒服達をぶっちぎり怨念を動力に短い手足で蹴毬のように跳ね飛ぶ姿は新手の怪奇絵巻か都市伝説か。目を合わせてしまった星が思わずポマードポマードと呟いてしまった事を一体誰が責められようか。
「ええい!?あのオバハンもいい加減化物じみてるね、ご主人様、私とアレとどっちが速い!?」
「ええと……ちょっとですけど向こうの方が速いです!!」
「くッ、あと少しだというのに!!」
長かったカボチャの道も残すところあと十個分、ナズーリンは後ろから迫り来る美千代を振り切るべく懸命に足を速める。
四個、五個……ラストッ!!最後の一個に向けてナズーリンが跳躍する。しかし、
「オーホッホッホッホ!!オーホッホッホッホ!!」
高笑いを上げてジョーズが飛んだ。嫌がらせには命をも賭けるオバハンスピリッツを全開にして繰り出されたジャンピングタックルは明らかに人類の限界速度を超えていた。最光速度で五頭身のオバハンがナズーリンの背中に迫る。星の目が驚きで見開かれる、まずいですこれはギリギリ届いちゃいます!!早乙女家の敷地内で墜落してしまえばお札効果で弱くなっている星達も大ダメージを受ける。そうなれば身動き取れず黒服達に取り囲まれるのは間違いない。
――美千代の手がナズーリンに伸びる。星が何かに気付いて素早く手を伸ばす。次の瞬間、
「オーーーーーホッホッホッホッホッホッホッホッホ!!!!アタクシの勝ちざま」
「せや!!」
「すぶくぁ!?」
勝ち誇っていた美千代の顔面にパールホワイトの靴が突き刺さった。
ナズーリンの肩越しという姿勢、お世辞にもスローイングには向いているとは言えない形の靴、それら悪条件を跳ね除け鞭のようにしならせた腕で見事に美千代の鼻っ柱を捉えた絶妙の一投であった。
閉じていた門の上を華麗に飛び越え着地したナズーリンとは対照的に鼻血をド派手に噴き出した美千代はもんどり打って門の内側に墜落した。振り向いたナズーリンが美千代の惨状を確認して、やるじゃないかご主人様と主を称えるが、星はあの人が人間なの忘れて本気でやっちゃいました、と顔を青くしていた。
「ナズーリン!!星!!こっちよ!!」
多少の違いはあれど最後の障害を退け一息つく二人に声を掛けたのはナズーリンと同じくタキシードに蝶ネクタイで男装したアリスだった。
ナズーリンが走り寄るその先で茶目っ気たっぷりにウィンクして、恭しく一礼して後ろに止まっている馬車の扉を開ける。その姿は都会派魔法使いに相応しく瀟洒で垢抜けていた。そして更に圧巻なのがその馬車である。
ナズーリンの指示ではアリスはただ退却用の馬車を用意する役割だったのだが、二人の前に現れたのはただの馬車でなく、なんとカボチャの馬車だった。スノーホワイトに塗られ、優美な曲線の映えるその馬車はどうやら魔法を使って例のお化けカボチャを加工して作ったらしい。
「ちなみにデザインはまたあの人ね」
アリスが指さす御者台には燕尾服で正装した霖之助が静かな笑みを湛えて手綱を握っていた。その口元が微かに動く、その唇の動きを読んだナズーリンは苦笑する。彼はこう言ったのだ、これはサービスにしておくよ、と。
仕立人二人の小粋なサービスに感謝しつつナズーリンは星と二人で馬車の小さなステップに足をかける。
「ま、待ちなさい、貴方達~」
「……呆れたわ、まだ動けるのねあの人」
ナズーリンと星が弱々しいだみ声とアリスの呆気にとられた声を聞いて振り向くと美千代が門の向こうでこちらに手を伸ばしていた、その周りには黒服達の姿も見えるがお札の効果範囲外に出てこれるはずもなかった。そんな美千代達を見てアリスは付き合ってられないわと言って御者台に登り、星とナズーリンは顔を見合わせる。そうして見合うことしばし、先にどうするか思いついたのはナズーリンだった。彼女は不敵な笑みを浮かべて美千代の方に向き直る。
「早乙女美千代!!」
「……?」
「今日は楽しかった、招待してくれたこと感謝するよ!!」
「んなっ!?」
笑顔で手を振ってナズーリンが星と共に馬車に乗り込む。
ナズーリンの言葉を聞いて美千代は大口開けて固まり、去っていくカボチャの馬車を見送る。
呆然とした表情から一転して美千代は徐々に電極を差したかのように顔を引き攣らせていく。
「く、か、こ……くけぇぇええい、貴方達なぁーにをしてるざますか!!さっさと追いかけなさい!!」
「い、いや無理っすよ美千代様、お札なしじゃ俺ら五秒で畳まれるっす」
「ていうか、もし空飛ばれたらどうにもならないです」
「く、く、く、くきぃーーーーーーーーー!!」
いつの間にやら追い付いて来た部下AとBに諭された美千代は星の投げた靴を握りしめ悔しげなだみ声を夜の人里に響き渡らせた。
ドォン!!ドン!!ドン!!
バチバチバチバチバチバチバチバチバチバチ!!
そんな美千代の断末魔を掻き消すように馬車が去った向こうでMYORENJIの文字を背負った虎を描くナイアガラ花火と百発の打ち上げ花火が祝砲のように夜空を白く染めた。
………………
…………
……
「あはははは!!見たかいご主人様、あのオバハンの最後の顔!!」
「み、見ましたけど、流石に少し気の毒だったような……」
命蓮寺への山道を行く馬車の中で腹を抱えて呵々大笑するナズーリンを見て星は冷や汗を垂らす。星は割と本気で美千代を心配していた、主に自分がやらかしてしまった鼻の骨とか。ナズーリンはそんな星を見て笑いを収めフンとつまらなそうに鼻を鳴らす。
「何が気の毒なものか、あんな姑息な嫌がらせでご主人様を泣かせたんだ。むしろあれぐらいで済んだことを感謝して欲しいね」
「なっ!?泣いてなんかないですよ!!それはナズーリンの見間違いです!!」
「何を今更、私がいくまで一人でメソメソ泣いていたじゃないか」
「な、泣いてないったら泣いてないんですーー!!」
走る馬車の中でドタドタと騒ぐ二人、少しの間二人はそうして過ごしていたが、
「っと、おや……?」
「ナ、ナズーリン?なんか縮んでますよ?」
「ご主人様も髪が短くなっていくね」
「あ……本当です。アリスの魔法が切れたんですね」
「うん、どうやらこっちも薬の効果が切れたみたいだ」
星の髪がいつもの長さに戻り、ナズーリンの身体がしゅるしゅると縮む。特にナズーリンは星をも見下ろす長身がいつもの子供並の体格に戻りぶかぶかになってしまった服に埋もれて困ったような顔になる。
「これで今日用意した魔法のタネは全部切れてしまったみたいだね。もう12時は随分過ぎているけれど」
「ふふ、そうですね。魔法の時間はもう終わりです」
ナズーリンの言葉に星が笑って同意する。そうやって二人一緒に気付いた、あの舞踏会はドタバタしてとても舞踏会と呼べるようなものではなかったけれど、こうして終わってみれば確かに楽しい時間だったと。けれど、魔法は切れて楽しい時間は終わってしまったのだ。二人は祭りが終わった後のかすかな寂寥感に身を浸して沈黙する。
……その沈黙を破ったのはいつかの寂しそうな顔をしたナズーリンだった。
「……ご主人様」
「なんですかナズーリン」
「昨日の話の返事を聞かせて貰えないかい?」
揺らぎのない言葉だった。あるいはその言葉を発する決意が自然に出来たことが本当に最後の魔法だったのかもしれない。ナズーリンの悲しげで、けれどどこか優しい顔を見つめて星はシパシパまばたきしてポンと手を打つ、まるですっかり忘れてましたと言わんばかりに。
「そうですね。せっかくですし今言っておいた方がいいですよね」
「せっかくですしって……ご主人様、そんな物のついでみたいに言わないで欲しいのだけど」
「あはは、すいません。ですけどナズーリン、私にとってはついでみたいなものなんです」
「……なんだって?」
ニコニコ明るく笑う星にナズーリンが憮然とした表情になる。清水の舞台から飛び降りる覚悟で訊いたのに返ってきたのがそんな言葉では不機嫌にもなる。そんなナズーリンを見守るように笑って星はゆっくり語り始める。
「私もですね、昨日……もう一昨日になりますけど、結構真面目に考えたんですよ。ナズーリンはどうしてあんなことを言ったんだろうって」
正直、ショックでしたし、そう言って星は笑顔をかげらせる。ナズーリンはその言葉に今度はバツの悪そうな顔をして目を逸らす、しかし……
「だから、ちょっと幽香に相談してみたんです。特訓を始める前に」
「なんだって!?」
ナズーリンが慌てて顔を戻し驚愕。それもそのはずで星が言っていることが事実なら命蓮寺でもっともらしい説教をしてきた時、幽香は事情を全て理解していて知らん顔していたということになる。ナズーリンはわなわなと歯噛みする、響子のことで察してはいたが風見幽香がドSであるという噂はどうやら真実らしかった。
「それでですね。幽香に一昨日の話をしたらこう言われたんです、"あの娘ああ見えてバカだから、貴方が好きでもないことやらされてるって勘違いしてるのよ"って」
「誰がバカだあのお花畑妖怪め!?……ん?」
ドS幽香の容赦ない発言にナズーリンは思わず言葉を荒げるが、肝心の後半に意識を向けて首を傾げる。その言い方だとまるで、まるで……?
「あのですねナズーリン。私が責任感やら義務感やらだけで毘沙門天代理をやってると思ったら大間違いですよ。ていうかそんなのだけで何百年もやってけるわけないでしょう?」
星は鳩が豆鉄砲食らったみたいな顔のナズーリンを見てくすくすと笑う。
「私はですね、好きでやってるんですよナズーリン。武芸の腕を鍛える事は楽しいですし、檀家さんに報いてありがとうって言われたら嬉しいです。そういうのが好きだから私は今日までやってこられたんです」
そう言って優しく笑う星を見てナズーリンは黒服達を蹴散らす星の勇姿を思い出した。そうだあの時自分は星に見惚れると同時に……似合っていると思ったのだ。鉄火場で腕を振るう星はとても生き生きしていると。知っていたはずだったのに、星と共に過ごして強いことと優しいことは矛盾しないと。
「い、いや待ってくれ、けどご主人様は……その、踊っている時楽しそうだったじゃないか、今まで見たことないような感じで、というか君自身もそう言っていただろう?そっちの方が好きなんじゃないのかい?」
「ええ、言いましたよ。どっちが好きかと言われるとちょっと答えられませんけど」
なんだか自分がとんでもない勘違いをしていた気がしてきたナズーリンは森の広場での星の言葉を思い出して気弱に反論する。
しかし、星はそんなナズーリンにも全く動じずにあっさりとんでもない答えを返してきた。
「でもそれは両方やればいいことでしょう?」
「んなっ!?」
星のあっけらかんとした言葉にナズーリンは顎が地に落ちそうなぐらいあんぐりと口を開けてフリーズする。いや何を言い出すんだこのご主人様は、毘沙門天と言えば夜叉や羅刹すらも従える四天王の一角たる大武神である。その在り方は間違っても社交ダンスなどとは結びつかない。
「ここが『外』ならそうかも知れませんね。示しも付きませんし、信仰も集めづらくなるでしょうし」
「……む?」
「でもですよナズーリン。ここは幻想郷なんです、ここでは肩書きと中身が釣り合ってないなんてことは良くある話です。例えば、幽香は人々に畏れられる大妖怪なのに私にダンスを教えてくれましたし、アリスは魔法使いなのに私にドレスを仕立ててくれました。それならダンスを嗜む毘沙門天くらい居てもいいと思いません?」
得意気にのたまう星を見て、ナズーリンは今度こそ完全に停止した。身体が動かなくなってしまった中でぐるぐると色々な言葉が頭の中で回る。
『すまないついでにあそこのTPOをプロレス技だと勘違いしてそうな……』
『大変だろうと簡単だろうとそれは貴方が歩む道だもの、投げるか続けるかは貴方が後で考えて決めればいい』
『代わりにこう言わせて貰います。私は貴方が好きですよ、ナズーリン。もちろん店主よりもずっと。小ずるいところも優しくないところも』
ここ数日聞いた言葉、自分で言った物だったり人に言われた物だったり、関係有ったり無かったり、玉石混交様々な物が脳裏によぎる。そして最後に思い出したのは……
『貴方、真面目すぎてドツボに嵌りそうな性格してるから多分……』
ああ全くその通りだよ幽香、幽香といいアリスといい今回私のダウジングは本当に大当たりを引いてきたらしい。
「ぷ、く、くくく……」
「ナ、ナズーリン?」
「あはははははははははははははは!!っくくく……」
「ナ、ナズーリン、ど、どうしたんですか!?」
「い、いや済まないご主人様。なんというか、いやなんとも言えないんだが、くく、とにかく可笑しくてね……くくく」
「お、可笑しいって……私、そんなに可笑しい事言いました?」
「いや可笑しいのは……私の方だよ、本当に、何を一人で思い悩んでいたんだか、くくく」
目尻に涙さえ浮かべてナズーリンは盛大に笑う。長い間勝手に思い込んで悩んでいた鬱憤を晴らすかのように。そうしてひとしきり笑った後、ナズーリンは吹っ切れた清々しい笑顔を浮かべる。
「まったく、どちらか取れと言われて両方と答えるなんて……私のご主人様は思ったより欲張りだったみたいだね」
「む、そう言われるのは心外ですが……そうですね、虎っていうのは往々にして貪欲なものですよ」
「そうか……そうだね。ふふ、ああ本当に楽しい夜だよ今夜は、今度あのオバハンに何かお礼の品でも贈っておこうかな」
「いえ、それは勘弁してあげて下さい」
ナズーリンの手をひっしと掴んで星は本気で言った。ナズーリンとしては本当に他意のない感謝から出た言葉だったのだが、まぁ確かに嫌味にしか見えないなと思い直して断念する。代わりにナズーリンは緩まった蝶ネクタイを外し、額を窓に押し当て流れて行く外の景色に目をやる。その横顔はどうしようもなく満足気に笑っていた。ああ、感謝するよ早乙女美千代、本当に。ナズーリンは人里のある方を見つめて満ち足りた心でそう思った。
「……あのナズーリン?」
「ん、なんだいご主人様?」
星に呼ばれてナズーリンが視線を馬車の中に戻すと、星がなにやらもじもじしつつこちらを見ていた。
ナズーリンはその顔を見てパチパチと意外そうに瞬きする。星が何か頼みごとをする時の顔、見慣れた顔であったが何故今その顔が出るのか解らなかった。
「実はですね。貪欲な虎としては今度はコンペティションスタイル、要は競技ダンスに挑戦してみたいんですけど……」
良かったらまた付き合って貰えません?星が小首を傾げて訊ねてくる。ナズーリンは唖然とした、間違いなく今夜は最高に楽しい夜だった。にも関わらず、このご主人様はもう次の楽しみに思いを馳せて目を輝かせている。ナズーリンは数瞬呆けてから、そんな星に釣られてニヤリと笑う。
「そうだね、それも楽しそうだ。しかしご主人様、そっちの方をやるとなるとお披露目の場であるコンテストが要ると思うんだが当てはあるのかい?」
「あ……言われてみればそうですね。どうしましょう、何処かでやってたりしませんかね?」
「いやいやご主人様、その事については私に考えがあってね……」
ナズーリンは笑みを深める。その思いつきを語ることに今や躊躇はなかった、狭い自意識の檻から出てみれば皆なんでもありの幻想郷を楽しんでいるのだ。幽香もアリスも星も、ひょっとしたらあのオバハンも。なら自分もこの祭りに乗ってみよう、なにせ……
(宴を楽しめない客は無粋……そうだろう先生?)
ゴトゴトと音を立てて走る馬車の中でナズーリンは楽しげに星と言葉を交わす。今よりもなお楽しく素敵なはずの未来を思い描いて。
――祭りの熱に浮かされる二人をまん丸いお月様が窓の向こうから見下ろしていた。空高く、空高く……星々と共に。
………………
…………
……
――数ヶ月後
ざわざわ、ざわざわ……
人の話し声や足音、様々に騒がしい音がダンスホールへの入場口で響いていた。そんな人混みの中で星、そして再び薬で背を伸ばしたナズーリンが背中にゼッケンを張り付けて会話していた。
「それにしても……今更ながら一杯集まりましたねぇ~」
「うん、正直私もここまで沢山集まるとは思っていなかったよ。幻想郷には思いの外、暇人が多かったみたいだね」
「ナズーリン、それを言うと一番の暇人は私達ということになってしまうと思いますけど」
「あはは、違いない。その通りだね」
ここは紅魔館一階イベントホール、ダンスホールやらコンサートホールやら色々な用途に使える早乙女家の物など問題ならない程広大かつ上品な一室である。本日この日、そのホールの中と紅魔館の門前にはある看板がかかっていた。聖の達筆で『第一回命蓮寺主催ダンスコンテスト』と書かれた看板が。
ダンスコンテストに当てがないなら自分達で開催してしまえばいいじゃない、色々と吹っ切れたナズーリンの大胆極まる意見に星が諸手を挙げて賛同してから幾ヶ月、満を持して開催された盛大なダンスコンテストであった。
最初二人はダンスホールの建造から手を付けようとしたのだが、帰ってきた聖に資金繰りの段階でやんわりと止められた。彼女は知っていた、財宝関係スキル持ちの二人が本気で金策に走ると幻想郷の経済バランスが傾きかねないことを。ともあれ、そんな訳で会場となる場所を探していた二人だったが、噂を聞きつけたお祭り好きの吸血鬼から家を使ってよしという許可を得て、今日に至った。大々的に参加者を募った上、場所が場所なので周りには結構おなじみの面子も集まっている。
「優勝です!!ここで優勝したらきっと信仰がざくざくですよ神奈子様!!」
「そうだねぇ、できるといいねぇ。ま、私は早苗のドレス姿見れただけで結構満足なんだけど」
「あーうー背の伸びる薬……そんなのあるって知ってたら私が出たのにぃ~」
「ま、魔理沙?このドレス似合ってる?」
「うん?ああ、似合ってるけど……それがどうかしたのか?」
「どうかしたのかって貴方ね……」
「アリスに似合わない服なんてないだろ。似合って当然だぜ」
「……く、く、く……この無自覚たらしは……」
「け、慧音?私、場違いじゃないかな?ていうかなんで私がドレスで慧音が燕尾服なんだよ」
「いやいや、それは私なんかより妹紅の方が似合うからだよ。眼福眼福」
「うぅ、けーねのばか……」
「……永琳、あのバカップルには絶対に勝つわよ」
「は、はぁ……それならやっぱり輝夜がドレスの方が……」
「却下よ。それをやったら鈴仙にクーデター起こされるわ」
……等々、他にも見知った顔や命蓮寺さん主催ならと、人里から出向いてきた猛者も結構居たりして参加者数五十組、観客数は人妖合わせてニ千名を超える盛況さであった。コンテスト第一回としては間違いなく大成功と言える。
「しかし、勝つのは私たちだよご主人様。主催者サイドから参加なんて真似をしておいて無様な姿は晒せないからね」
「解ってます。今日の私は一味違いま、あうっ!?」
「……そこで転ぶのは狙ってやってると信じるよご主人様。と、入場が始まったみたいだね」
企画最初期に実況を買って出たイタズラ兎、因幡てゐの紹介と共に入り口に集まっていた参加ペアが次々に入場して行く。一組消え、二組消え、最後に星とナズーリンが残る。
「あの……一番最初にエントリーしたのになんで私達が最後なんですか?」
「さ、さぁ?その辺は実況関係者に任せたから私にも解らないけれど……」
首を傾げる二人の耳にてゐの紹介が響いてくる。
『さぁ、いよいよラストペアです!!トリは勿論この二人!!一時人里中の話題をかっさらった、単勝オッズ1.6倍、優勝候補筆頭ナズーリン&寅丸星!!』
会場が一気に沸き上がるのを聞いて、ナズーリンは頭を抱えた。どうやらてゐは二人に内緒で賭けを開催してそのオッズ順に読み上げて入場させたようだった。
「迂闊……!!予想できた事態のはずなのに……!!」
「あはは、今更どうしようもないですねこれは」
星がナズーリンの手を取って、ホールの光が差す入り口に向かっていく。ナズーリンはつんのめりそうになりながら星に続く。
「こうなったら本当に優勝するしかないですね、ナズーリン」
「む、それはどういう……?」
「私達が優勝候補筆頭ということはです、私達が優勝するのが誰の被害も一番少ない結末だってことですよ、リン」
星が片目をつぶってナズーリンに微笑みかける。それを見てナズーリンは賭けのことを忘れた、というかどうでも良くなってしまった。
「そうだね、その通りだ。それじゃあ……勝ちに行こうかご主人様」
「ええ、ですけど……」
「楽しんで、だろう?解っているよご主人様」
改めて男性役として星の先に立ちホールに踏み込むナズーリン。喝采を浴びて星と共に進む姿にはもう不安は見られない。二人が位置に着くのを見ててゐが息を吸い込む。
『それでは一回戦、突破上限数は三十組!!課題曲は幻想郷切っての実力派楽団のこの曲!!』
星がナズーリンに視線を合わせ、ナズーリンが星に視線を合わせる。あの日、途切れた夢の舞踏会を二人は思い出す。そして……
『シンデレラ・ケージ舞踏曲バージョン!!スタート!!』
始まる曲に合わせて、二人は踊り出す。終わらぬ夢の箱庭で、いつまでも続く二人揃ってのステップで。
「ナズーリン、こんな時に何ですけど言いたい事があります!!」
「奇遇だねご主人様!!私もだよ!!」
1、2、
――これからも、どうかよろしく!!
舞踏曲に包まれて二人は華のように笑った。
>>シンデレラロード・オブ・ザ・タイガー ~THE END~
カボチャで出来た「虎への道」にネズミのパートナーと魔法使い。
何も間違ってない。実に正しい。
本当に楽しませていただきました。
これ以外に言葉はいりません。
…ッんマァーベラス!グレイト、ハラショー!!
いやいやいや楽しませていただきました! ダンスネタのSSはいくつか読んだことがあるのでそういった路線かと思いきや、美千代さん登場から漂ういやな予感w ああでもこの人、近年そそわで見たオリキャラの中でも抜群に好きです。人間の小ささもいかにもなビジュアルも、一目で「こいつは倒さなきゃならない」と思わせるイカす悪役。
そしてこちらも楽しくなるような二人のダンスシーンに心沸き上がった瞬間、まさかの星ちゃん武峡。だいたいこの辺で私は脳味噌を働かせるのを止めましたw
そして雪崩のように続く、もしその場にいたら一緒にはしゃぐしかないドタバタ大混乱!美千代さんも大活躍!ヒュウ、やったぜオバハン!あんた人間じゃねぇよ!!
正しい喩えかちょっと自信がないですが…「超A級のB級映画」を堪能した気分です。ありがとうございます。そして傑作長編お疲れ様でした!!
…しかし美千代さんいいなぁ…
寅丸星の新たなる一面(゚д゚)ウマー
話の流れも王道行ってて
読後感充実でした
ラスト周辺の展開とか
舞台脚本にでもしたら楽しそう♪
カボチャロード急造過程がスゴい好きです(^ω^)
とても良い読感の、とても良いお話でした。
読んで良かったわー。
寅丸好きとしては堪らない一作でしたよ。
ナズトラは夫婦ですねぇ。
登場人物に無駄が無いのもまた素敵です。
アリスのキャラクター描写のために出て来たと思った魔理沙がちゃんと一仕事したり、護衛2人がまるでタイムボカンのあの2人みたいにコミカルだったり。
護衛2人がいなかったら、早乙女おばはんは嫌なキャラで終わってたでしょうしね!
燕尾服アリスでリアル『ガタッ』をやってしまった。
あと、ドレス永琳も。姫様分かってる!
あとがきのナズ星の件も響子ちゃんの件も同意。
何というか美千代さん半端ねぇな…にしても長髪星ちゃんとオトナズリーンはやべぇと思うんですマジで。
どうも、キザーリンでした。
しっかりとしたプロットを練り、吟味した文章によるストーリーでそれを繋ぎ、
魅力的に見せることを忘れずにキャラクタを肉付けすれば、力作は出来上がる。なんの不思議も無いな。
対価として支払われた貴方の労力や時間などにはあえて触れない。
夢中で文章を目で追って、ハラハラドキドキして、最後に感動した、とだけ。
序盤で見せられた毘沙門天主従による月明かりの下でのダンスが鮮烈過ぎて、
中盤ちょっと意識が引きずられていたのですが、
終盤の舞踏会もしくは武闘会によって、ストーリーバランスの帳尻はバッチリ整った。
ありがとう、素晴らしいおとぎばなしでした。
というか、コレを読んでる絵師の方はおられぬかー?
是非ともドレス星ちゃんを我々にも拝ませてくれーw
命蓮寺の面々、優しくて面倒見のよい幽香様、職人魂のアリスと霖之助、戦い抜いた魔理沙、なによりナズ星。
登場キャラがみんな素敵。
長いかと思いきや、一気読みしちゃいました。
というか「……ンフフ」ってまさか指揮者さんの正体は…
次回作も期待してます!
星もナズーリンも超かっこよかった!
そしてオリキャラさん方も実に良いキャラでした。お気に入りは指揮者さんだったりw
とても面白かったです!
オトナズーリンに長髪星ちゃん、実にアリだな
結果、作者様のコメント返しにおける28様から43様までの番号にずれが生じました。
誠に勝手ながら訂正とお詫びを。
彼女の存在もまた良い引き立て役でありました…
ごちそうさまです
妖怪オバハンのキャラも良く、蹴り入れられた時は笑ってしまいました。
部下AとBに合掌。
ハングリータイガーな星ちゃんかっこいい!
あ、後書きでしたら私も駄目ですね。「絶対にイジメないでね!絶対だよ!」って聞こえますハイ.
言葉が不粋と思える程にステキな作品でした。
麗しき姫君と、彼女を支える王子様へ、末永く祝福を……
夜空と言えば月
月夜と言えばテン・ダンス
作者はわかってる
お見事です
感想に一人一人に返事をする丁寧さもとても好感を持ちます?
楽しませて頂きました!
良い話をありがとう?
読み終わった頃にはどのキャラクターも大好きな友人になっている。
読みながら『スゲエ』が『ヤベエ』に変化し、
いつしか『信じられないっ』という言葉まで出てきました。
そう。信じられないくらい楽しませてもらった。
私が勝手に脳内できらびやかな演出を、光景を、想像してしまったせいも
ありますでしょうが、とにかくもう最高に興奮させていただきました。
このように素敵な作品に立ち会えたことに感謝せずにいられません。
そして、この作品がもっともっと多くの方に読まれることを願っています。
本当に良いものを読ませていただきました。
でも星ちゃんとキザーリンの結婚式には呼んでね!
正直一人で一万点くらい入れたい心境ではありますが、規則に則りまして、百点の点数と九千九百点の敬意を。
それはともかくとして…、本当に魔法を見ているような気分でした
楽しませて読ませていただきました
すごく綺麗にまとまっていて、登場人物一人一人が舞台の中で輝いて見えました。
一つのフィルムを見終わったときのような満足感、ごちそうさまでした!
コメディチックなものを軸に、一気にギャグ調で攻めるのかなあと思いきや、ハラハラドキドキさせる展開もあり、燃える展開もあり、そして勢いばかりかと思いきやしかも思わぬところに伏線を張ってきちんと回収するという丁寧なストーリー運び、と名作と呼ぶに相応しい作品だと思います。個人的に。
キャラクターもきちんと一人ひとり個性を持って生き生きと描かれているように感じられて、そこもまた素敵でした。
もちろんお話の方も楽しかったです! 個人的には、星さんとナズさんの役が入れ替わったのも見てみたいですねw
作者さんの星に対する大切さが、ものすごく伝わってきました。
美千子さんはお疲れ様です……。
王道的なスカッとする話の展開かつ、読みなおして気づいた伏線、魅力的な悪役含むキャラクターの数々。
舞踏会でナズーリンが登場してからのおとぎ話のような綺麗な踊りや、ドタバタ脱出劇のところでは、ずっとテンションがあがりまくりでした。
あらためて、ナズーリンは確かに一流のダウザーでしたね
読んでいる間、楽しくって楽しくってしょうがありませんでした。
あれだ、店主さんはこれに懲りて自分も踊っちゃえばいいよ
俺がいるwwww
ありがとうございます! 感無量ですッ(パンダの着ぐるみで最敬礼)!
私も響子ちゃん膝に乗っけたい。
誤字かな?
>そのためか遠目から見ても星はがんどん上達しているのが解る。
どんどん?
>最光速度で五頭身のオバハンがナズーリンの背中に迫る。
最高?
どちらもあえての表現かも知れない。ごめんなさい。
本当にいいキャラしてるなぁw
展開とか凄く気を配っているのでしょうか?
とても面白かったです
これは吹いたwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww
100点を贈ります。
特にラストの盛り上がり方は圧巻でした。
あぁー、ドレスの星ちゃんとタキシードのナズーリン。さぞかし似合ってるんでしょうねぇ。
「ンフフ……」
楽しく読ませていただきました!
これから作者さんの他の作品も読んできます!
ナズ星最高傑作と言っても過言ではない!!!!
いい話でした。見てて踊りたくなります!!
人物の性格がはっきりと区別されていていてさらに一歩先まで設定されている細かさ、好みです。