- 前作までのあらすじ -
いつも世話になっている永琳に20万円のマッサージチェアをプレゼントするために、妹紅に雇われて毎日飲む味噌汁の塩分を増やすという自分抹殺業務に就いた輝夜。
しかしその月給は1円。あまりのマゾさに嫌気がさした輝夜はてゐに師事して詐欺を習得しようとするも、永琳にばれて逆に大目玉を喰らい水泡に帰す。
一発逆転を目指した輝夜は守矢神社の主催する「大ボケさんいらっしゃい大会」に出場、ツッコミ役の早苗にはトラウマが残ったものの見事に優勝。その賞金でマッサージチェアをプレゼントし、大願を成就した。
だがその反動で燃え尽き症候群にかかってしまった輝夜は、早苗の迷惑を顧みない鈴仙の提案で守矢神社へホームステイすることになる。
困り果てた早苗に連れて来られた間欠泉地下センターで空に芸を仕込む内に輝夜が見つけた夢は、ペットのブリーダーだった。
嫌がる早苗に頼んで地霊殿で働けるよう交渉してもらうが、さとりは「保護者として早苗が付く事」を条件として提示してくる。
これを断固拒否する早苗と、夢を諦めきれず早苗に懇願する輝夜の言い争いの中で、ひょんな事から何故か守矢神社でヘビやカエルの世話をする事に決まった。
ただし折しも季節はヘビもカエルも眠る冬。ブリーダーの仕事など有りはしない。そこで、退屈した輝夜は早苗の制止を振り切って諏訪子に「おて」をさせようとする。
これが早苗の差し金だと勘違いして怒った(?)諏訪子は、早苗の巫女職を解いて輝夜と一緒に守矢神社から追い出してしまった。
早苗と輝夜、二人三脚での職探しが始まる・・・
↑これだけ分かっていれば、前作を読む必要はありません
「輝夜さん、起きて下さい!もう朝ですよ!」
「う~ん、あと5年・・・」
「待てるかっ!!」
早苗が輝夜の掛け布団を引っぺがした。
朝から賑やかな永遠亭。以前はひっそりと静かだったのに、早苗が居候するようになってからはどこか明るくなったようだ。
鈴仙は早苗が働き者なのをいいことに、輝夜の世話を早苗に宛っていた。
と言っても空いた時間は薬学の勉強に充てているようで、永琳も特に文句を言っていない。
輝夜が半身を起こして早苗に反論する。
「ちっちっちっ、早苗ちゃん甘いわね」
「何がですか」
「私はもう年数で数えれば億単位という歳月を生きてきてるのよ」
「精神年齢は10歳以下ですけどね」
「その私にとって5年なんて一瞬なのよ。人生の数千万分の一ぐらいでしかないのよ。寝ると言ってもちょっとまばたきするぐらいよ」
「いやその理屈はおかしい」
「人生の数千万分の一っていうのはね、早苗ちゃんに換算すれば数分でしかないのよ?ねぇ早苗ちゃん、あと数分でいいから寝かせてよ」
「輝夜さん」
「はい」
「まだ眠いですか?」
「・・・あんまり」
「じゃあ起きましょうか」
「は~い」
輝夜がもそもそ起き始めると、同時に早苗がその布団を畳んで二度寝を防止する。輝夜慣れした行動だ。最初は二度寝の嵐に苛まれたものだが・・・。
早苗が永遠亭に転がり込んでからもう数日が経っている・・・が、早苗は未だに無職のままだ。
決して職探しをサボっている訳ではない。毎日輝夜と一緒に人里へ降りて村の求人掲示板を確認している。
だが、仕事が無いのだ。
外の世界の鍋底景気はついに幻想郷にまで波及し、就職氷河期を迎えていた。
求人掲示板は、寝かせれば卓球台になりそうな程に何も貼られていない。
掲示板は里の外れに設置されているので、周りには何も無い。つまり、遠くからでも見える。
里へ向かって歩いて行く途中で掲示板に何も貼られていないのが見えると、それだけで早苗は絶望できた。
まぁ、念のため近くまで行って見るのだが。どうせ早めに帰ったところで仕事があるわけではない。
しかしその日は違った。
遠くからでも見える、たった一枚のビラ。
内容は見えないが、求人掲示板に貼られているビラが求人ビラでないはずがない。
砂漠の真ん中でオアシスを見つけた旅人のように早苗は走り出した。
思えば今まで毎日、人里へ降りて何をしてきただろう。
何の飾り気も無い単なる板を目の前で確認した後は、珍しいちょうちょを追いかけてどこかへ消えてしまった輝夜を探したり、丁度良いひだまりを見つけてうずくまってしまった輝夜を永遠亭まで引きずったりしていただけではないか。
そんな不毛な日々も今日で終わりを告げる。
掲示板へ辿り着くや否や、早苗はベリッとビラをはがした。
手元でじっくり見たいのもあるが、他人に見せては競争率が上がってしまうからだ。
輝夜も早苗の肩越しにビラを覗いている。能天気に見えて意外と気にしているのか。
「命蓮寺スタッフ募集中!!
命蓮寺では常時入信者を募集していますが、入信を勧誘するスタッフも募集中です
明るく楽しいメンバー達と、仲良く入信者集めをしませんか!」
「・・・。」
「早苗ちゃん、やったね!」
「・・・。」
「仕事の募集があって良かったね!」
「・・・。」
「面接が通るか心配してるの?大丈夫!私、就職面接には慣れてるから色々教えてあげるね!」
「・・・。」
「早苗ちゃん?」
「・・・(風よ!)」
早苗がボソッと呟いてこっそりと小さく印を結ぶと、何と偶然にも突然の強風が吹いてきた。
まさかここで風が吹いてくるとは予想だにしておらず油断していた早苗は、不覚にも手に持っていたビラを風に奪われてしまったのであった。
「あぁ~!ビラが!!」
「あーらら私としたことが。風の悪戯って怖いですよねぇ。おほほ」
泣いても喚いてももう遅い。ビラは風に運ばれて遥か彼方へ飛ばされてしまった。
早苗はよく命蓮寺の面々と宗教争いに起因する喧嘩をしており、個人的に気に食わないレベルにまで険悪な仲になっていたものの、求人募集があるのならそれとは関係なく行こうと思っていたのに惜しいことだ。
風に飛ばされたのでは仕方ない。いやほんと。
だが考えてもみて欲しい。
ビラが風に飛ばされた程度のことが何の解決になるだろうか。
「でも命蓮寺で人を募集してるって分かってるんだから、もうビラはいらないよね」
「なっ!?」
「じゃあ行こっか。命蓮寺へGO!」
「ちょ、ちょっと待ってください!!」
「・・・どしたの?」
「えっと・・・そ、そう!あのビラを持参しないと面接には応じないって書いてありました!」
「そんなの書いてあったっけ・・・」
「ありましたよ!裏に!!」
「早苗ちゃん、いつの間に裏なんて見てたの?」
「き、奇跡の力です!」
「ふぅん・・・」
「・・・。」
輝夜はじっと早苗の目を見つめた。
特に何も考えている訳ではないし、早苗もそのことはよく分かっているが、何も考えない輝夜の無邪気な視線がなぜか逆に早苗の心に突き刺さる。
後ろ暗い事がある時は特に。
「・・・何ですか」
「へ?何が?」
「何が言いたいんですか!」
「??早苗ちゃんどうしたの?」
「私がわざとビラを飛ばしたとでも言うんですか!!」
「早苗ちゃん落ち着いて」
「いいですよ!!分かりましたよ、そこまで言うなら受けますよ!受けてやろうじゃないですか命蓮寺ぐらい!!」
「え、でもあのビラが必要なんじゃなかったの?」
「そんなの奇跡の力で何とかなります!行きましょう!!」
「あ、うん。奇跡の力ってすごいんだね」
こうして売り言葉に買い言葉で・・・というより自爆で、早苗は命蓮寺にわざわざ足を運び、面接を受けることになった。わざわざ。
この移動時間を利用して少し早苗と命蓮寺の確執について説明しておこう。
早苗は一切態度に出さず冷静にスマートに隠し切ったが、実は命蓮寺が大っ嫌いである。
早苗達が幻想郷に来た時は他にろくな宗教が無く、博麗神社がなんちゃって信仰をやっていただけだった。
そこに付け込んでという訳ではないが、宗教を勧誘すればするだけ信者を増やすことができ、それはもう楽しいぐらいだったものだ。
しかし命蓮寺の襲来によって、それは終わりを告げた。
神社と寺という互いに相容れぬ存在。
それまでは聞くことの無かった「仏を信仰してるので」という返答。
何だったら寝返る信者も現れる始末。
悔しさ紛れに「私の方が可愛いのに・・・」と独り言を漏らしてしまった事があるのは永遠の内緒である。
それより何より許せないのは、その教理だ。
人間と妖怪の完全な平等。それだけならまだしも、「神様と妖怪が同じ」だとするとんでもない思想。
信仰すべき神様と退治すべき妖怪が同じな訳がない。
そこだけはいまだに納得がいかない。
とは言え、もう早苗は守矢神社の関係者ではない。神に仕える巫女でもない。現人神ではあるかも知れないが、実はその辺は特に実感が無い。
よって早苗が命蓮寺で働いても何の問題もない。
嫌じゃない。全く嫌じゃない。
そしてついに命蓮寺門前に到着してしまった。
門の前で掃除をしているのは雲居一輪。
命蓮寺信者勧誘の先鋒であり筆頭、真っ向から早苗と対立してきた尼だ。
一輪が早苗と輝夜に気づく。
「あらあら、『元』守矢の巫女さんじゃありませんか」
「なっ!どうしてそれを!?」
だからこいつには見つかりたくなかったのに。
一輪と早苗は宗教論争以外でも完全にハブとマングース状態になっている。
顔をあわせればすぐ売り言葉、それを買ったら口喧嘩、そこからちょっと進展したら掴み合いだ。
・・・そんな状態で命蓮寺で働けるのかどうかについて、早苗は受かってから考えようと思っている。
「文々。新聞に書いてあったわよ、あなたが余りにも使えないから巫女をクビになったって」
「ぐぬぬ・・・あのパパラッチめ、どこからそんな情報を・・・」
「それで、命蓮寺に何か御用かしら?もしかして神に捨てられたから仏に入信?あなたって神も仏もないのね」
いちいち癪に障るアマだ。いつもなら対等に言い返すのだが、今は肩身の狭さ的に分が悪い。
が、逆に今こちらには最終兵器がついている。
敵に回せば恐ろしいものの、うまく利用して味方にすれば何とも頼もしい天然。
時々こちらに刃が向くこともあるが、今の不利な状態から一輪を黙らせるには十分なリスクリターンだ。
早苗は一歩下がって輝夜を前に出した。
「輝夜さん、こちらが命蓮寺の一輪さんです。私達がここに来た目的を教えて差し上げてください」
「こんにちわ!蓬莱山輝夜です!よろしくお願いします!」
「え、あ、はい、よろしく・・・」
「私が御社を希望したのは、」
「待てぃ」
「ほえ?」
「話が見えない。『御社』って何よ」
「だって命蓮寺ではスタッフを募集してるってビラに・・・」
「あ、ウチに就職を希望してるの?『元』守矢の巫女さんも?」
「そうそう。で、私が御社を希望したのは、」
「ストップストップ。寺に向かって『御社』とか言わないの。それより残念だけど貴方達、ウチの面接を受ける資格なんて無いわよ」
「え!?何で!?私がぴょんぴょん大学卒だから!?」
「何その大学?そうじゃなくて、私達の仲間に注意力や想像力の足りないボンクラはいらないのよ。だからあのビラの裏にね、」
「あのビラを持って来ないと面接には応じないって書いてあったのは知ってます!でもビラが風に飛ばされちゃったんです!」
「!!気づいていたの!?あのビラに裏面があることに!!」
「ホントにあったんかい!!」と、言いそうになって早苗は両手で自分の口を塞ぐ。
嘘から出た誠なんて陳腐なことわざだが、これが奇跡の力か。
それにしても掲示板に貼るビラにドヤ顔で裏面を作っちゃう人って・・・。
「で、でも結局ビラを持ってきていないなら結果は同じよ!帰った帰った!!」
「そんなぁ」
ここで早苗はハッと気がついた。
よく考えたら本当に命蓮寺で働きたい訳じゃなし、ここで門前払いを受けるのが一番体裁良く帰る方法ではないだろうか。
早速輝夜の肩を優しく叩く。
「輝夜さん、もういいんです。諦めましょう。私がビラを手放してしまったのがいけないんです」
「でも早苗ちゃん、今回を逃したら次はいつ求人があるか・・・」
「私なら大丈夫です。気長に待てますから」
「早苗ちゃん・・・」
早苗が輝夜の肩に手を添えたまま連れて帰ろうとしたその時。
「一輪ただいまぁ。あらあらぁ、お客さん~?」
二人の背後から現れたのは聖白蓮。この時点で早苗には何だか嫌な予感がした。
口に蝿が止まりそうな程の遅い喋りで一輪と会話を続ける。
「姐さん!買い物なら私が行くといつも・・・」
「だってぇ、あなたはナマコの選び方がなってないんですものぉ。それで、この二人はぁ?」
「はい、何でも就職希望だそうなんですが、ビラを持っていなくて」
「あらまぁ、いいじゃないの受けるぐらい受けさせてあげればぁ。他に候補者も来ていないんでしょう~?」
白蓮は頬に手を当てておっとり笑った。
やっぱり・・・嫌な予感は的中したのだ。
「まあ姐さんがそう言うなら・・・では私はそのナマコを料理しておきます」
「えぇ?ナマコなんて買ってないわよぉ」
「でも姐さん、ナマコ選びを私に任せておけないから自分で買い物に行ったんじゃなかったんですか?」
「ナマコを買えない人はタケノコも買えないのよぉ」
「はぁ、そうですか・・・ならタケノコを料理しますから・・・」
「えぇ?タケノコなんて買ってないわよぉ」
「・・・すいませんでした、もういいです・・・」
一輪がげっそりと命蓮寺に入っていく。
早苗はこのやり取りにどこか既視感を覚え、これから始まる面接に得体の知れない不安を感じた。
ともあれ白蓮の計らいで面接を受けさせてもらえることになり、あれよあれよと言う間に面接室に通された早苗と輝夜。面接官は白蓮一人だ。
「ではぁ、これから面接をします~。集団面接ってやつねぇ」
「はい!よろしくお願いします!」
「よろしくお願いします・・・」
「まずはぁ、手短に自己紹介をしてもらおうかしらぁ。早苗さんからぁ」
「はい、東風谷早苗です。以前は守矢神社で風祝の職に就いていました。守矢神社にいた頃は信仰の無かった方々に信心の素晴らしさを説いて歩いていたので、そのノウハウを命蓮寺様の信者集めで活かしたいと思い、応募させていただきました」
「あらあらぁ、しっかりした子ねぇ。お姉さん感心しちゃうわぁ。続いて輝夜さん、自己紹介してねぇ」
「蓬莱山輝夜です!インテリ系美人ってよく言われます!頑張りますので雇ってください!」
「輝夜さんそれでいいんですか」
「うふふ、元気な良い子ねぇ。元気な子は好きよぉ。じゃあ次は、好きなおでんの具はなぁに?」
「は?」
「たまごです!」
「よく即答できますね」
「そうねぇ。お姉さんもおでんのたまごは好きよぉ。でも食べすぎには注意してねぇ。早苗さんはぁ?」
「え・・・」
「早苗さんの好きなおでんの具はなぁに?」
「質問の意図が分かりません」
「あららぁ、ごめんねぇ。言い方を変えるわねぇ。早苗さんは、おでんの具なら何が好きなのぉ?」
「・・・。」
「早苗ちゃん、もしかしておでんを知らないの?」
「そうなのぉ?おでんって言うのはねぇ、ダシたっぷりのお鍋に、」
「知ってます・・・えっと・・・はんぺんです・・・」
「あらぁ、いいわねぇ。お姉さんもあの食感は好きよぉ。次はそうねぇ、ドラえもんの道具なら何が欲しい?」
「何なんですかその質問は」
「こいのぼり操縦機です!」
「何なんですかそのチョイスは!」
「え、だってこいのぼりが操縦できるんだよ?」
「もしもボックスにしといて『もしもこいのぼりが操縦できたら』って言えばいいじゃないですか!そしたら他の願いも叶えられるでしょう!」
「あ、そっか!早苗ちゃんって道具の使い方だけは天才的だね!」
「誰でもそう言います・・・何で私がのび太枠なんですか・・・」
「うふふ、でもお姉さんもこいのぼりを操縦してみたいわぁ。それで、早苗さんは何が欲しいのぉ?」
「はぁ・・・スペアポケットです・・・」
「まぁ、早苗さんはちゃっかりしてるのねぇ。えぇ~と次はぁ・・・一日に何回歯を磨く~?」
「だから何で、」
「1回です!」
「輝夜さんちょっとは質問に疑問を抱いてください」
「う~ん、少なくとも朝晩は磨いた方がいいわよぉ。早苗さんはぁ?」
「あの、すみません」
「なぁに?」
「その質問と命蓮寺様への就職は何か関連があるんでしょうか?」
「早苗さん」
「はい」
「質問しているのはこっちよぉ」
「ごめんなさい・・・」
「いいのよぉ。それで、何回磨くのぉ?」
「3回です・・・」
「あらぁ、偉いわねぇ。毎食後に磨いてるのねぇ。じゃあ次は・・・何を聞こうかしらねぇ」
「あの!」
「なぁに、早苗さん?」
「就職面接ってこういうものでしたっけ」
「こういうものって、どういうものぉ?」
「これじゃ面接じゃなくて世間話だと思うんですけど」
「あらぁ、そうなのぉ?それなら面接ではどういうことを聞くのかしらぁ?」
「えっと例えば・・・『あなたがこの仕事を選んだ理由は何ですか』とか」
「じゃあ、あなたがこの仕事を選んだ理由は何ですかぁ?」
「そのまんま聞いちゃうんですね」
「はい!以前から命蓮寺で信者を集める仕事に興味があって、」
「いい加減その答え方やめた方がいいんじゃないですか・・・大体輝夜さん、命蓮寺の教理も知らないでしょ」
「あらぁ、早苗さんはウチの教理を知っているのぉ?事前に勉強してくるなんて偉いわねぇ」
「え、ええ・・・ちょっと因縁がありましてね。最初は確か白蓮さんから聞いた気もしますが」
「じゃあ、試しにウチの教理を輝夜さんに教えてあげてみてくれる~?」
「あ、はい・・・命蓮寺では、人間と妖怪は平等であり、神様も妖怪も・・・その・・・もごもご」
「神様と妖怪が何?」
「神様と妖怪は・・・お、おな・・・・・・同じ・・・・・・な訳ないでしょう!!!」
早苗が突如立ち上がった。
心の中で何かが吹っ切れたようだった。
「早苗ちゃん?」
「あららぁ?早苗さん急にどうしたのぉ?」
「やっぱり私、命蓮寺では働けません!!神様はあがめるべき存在!妖怪は退治すべき存在!同じな訳ないじゃないですか!」
ついに言ってしまった。最初から言えば良かった。そもそも命蓮寺の考え方に賛同できないのだ。
輝夜がキョトンとして早苗を見ている。白蓮の方は気のせいか顔が少し真剣になった。
「でも早苗ちゃん、ここで働かないともう他にお仕事がないんだよ?」
「だからと言って神様と妖怪が、」
「違うでしょ?」
「へ?」
「神様と妖怪は違うでしょ」
「違いますけど命蓮寺の教えではそうなんです!」
「全然違うよ?神様も、妖怪も、人間も、月人も」
「そうなんですけど、」
「でも、違うみんなで仲良くできればいいよね」
「え・・・」
「みんな違うから楽しく遊べるんだよ。みんなが同じじゃつまんないよね。みんながニンジン嫌いだったら私は誰にニンジンをあげればいいか分からなくなっちゃうし」
「そういう事ではないんです!」
「あらぁ、そういう事よぉ?」
「え?」
しばらく黙っていた白蓮が口を開いた。
その表情はさっきまでのニコニコが消え、瞳の奥から威厳が滲む深い微笑みになっている。
「私が『神様と妖怪が同じだ』って言っているのはねぇ、何も全く同じだって言っている訳じゃないのよぉ。皆が少しずつ違う。それは妖怪同士の間でも同じこと。でも違うからと言って、そこに争いや対立が起きるなんておかしいでしょ~?」
「それは・・・でも・・・」
「神様も妖怪もねぇ、皆『心』を持っているのぉ。心の大切さは皆同じなのよぉ。それが『同じ』っていうことぉ。私が目指しているのはねぇ、全ての心が傷つく事の無い世界なのよぉ」
早苗は何も言い返せなくなってしまった。
白蓮の言っている事は恐らく正しい。
そして、決して神様を貶める考え方でもないし、神社の信仰とも矛盾しない。
早苗も妖怪と見ればがむしゃらに退治している訳ではない。人間に危害を加える妖怪を懲らしめているだけだ。
それは結局、人間側の心を守っている行為。これも、白蓮の考え方に沿っているのかも知れない。
「ウチの教理をきちんと理解しているのは、輝夜さんの方だったみたいねぇ」
「はい!しっかり勉強してきました」
「嘘はよくないですが・・・」
「それじゃあ、面接の結果を発表しましょうねぇ」
「もうですか。独断で即決なんですね」
「二人とも合格よぉ」
「やたっ!」
「あ、ありがとうございます・・・緊張感の欠片もありませんでしたね」
「早苗さんはしっかりしていて頼りになるし、輝夜さんは素直ないい子で教理も理解しているところがポイントよぉ」
「インテリ系美人ってところも覚えておいてください」
「その言葉、本当に誰が吹き込んだんですか」
「今日からって言いたいところだけど、今日は疲れただろうから帰って、明日からお願いねぇ」
「はい!よろしくお願いします!」
「よろしくお願いします。疲れた原因の半分は・・・いえ、何でもありません」
かくして輝夜と早苗は白蓮の厳しい面接を見事にパスし、命蓮寺で働くことが決まった。
一輪との関わり合いをどうしようかとか、そういうことを早苗はまだ考えていない。
考えたら無職よりも不幸になるかも知れない。
今日は一旦帰って良いとのことだったので、二人が命蓮寺の門をくぐって出て行こうとした時、白蓮が早苗を呼び止めた。
輝夜はそれに気づかず、るんるん気分で歩いていく。
「早苗さん、履歴書にあるこの学校はなぁに?聞いたことのない名前ねぇ」
「あ、それは外の世界の学校です」
「外の世界~?」
「あれ、白蓮さんはご存知ありませんでしたか?この幻想郷は紫さんの力で隔離されているんですよ。紫さんが張った結界の外には別の世界が広がっているんです」
「あらぁ、ここと魔界の他にも世界があったのねぇ」
「あ、すみません、もういいですか?輝夜さんは一度見失うと探すのが大変なんです」
「ええ、ありがとう~。呼び止めてごめんねぇ」
早苗は駆け足で輝夜を追いかけた。幸いまだちょうちょを見つけていないようだ。
「『外の世界』・・・ねぇ」
白蓮は小さくなっていく二人の背中をゆらゆら手を振りながら見届けると、少し何かを考え込んだ後ナズーリンを呼び出した。
永遠亭に帰ると、ご多分に漏れず輝夜はさっさと寝てしまった。
一度に二人ものあっち系を相手にした早苗も精神疲労が凄まじく、同じく寝てしまいたいところだったが、永琳が少し話をしたいとのことで永遠亭の縁側に呼び出された。
縁側に腰掛けて夜空を見ている永琳の横に早苗もお邪魔する。
冬の夜空には満月が上がり、僅かな雲がかかるばかりであった。
「あの、お話って何ですか?」
「悪いわね。姫の面倒を見てもらって」
「いえ、大した事じゃありま・・・いや大した事ですが、居候の身ですから」
「さっきの話だけどね。姫の考えが命蓮寺の教理に沿ってたって話」
「ああ・・・輝夜さんが急にまともっぽい事を言うからびっくりしました」
「ふふっ、そうかもね」
永琳が早苗に向き直る。
「早苗さんは姫のことを天然ボケだと思っているかしら?」
「いえ、決してそんな事は・・・」
「ちなみに私は思ってるけど?」
「ド天然だと思います!」
「あらそう。思うのね。ふぅん・・・」
「あ、いえ、その」
「姫はね、」
永琳が再び月を仰いだ。
「ああ見えるけど、今まで色々あったのよ。ああいう性格だから少し分かりにくいところもあるけどね」
「性格のせいと言い切りますか」
「だから、一番大事なことは決して迷わないし、間違えない。私は、永遠の生涯を捧げるに値する人だと思ってるわ」
「・・・。」
「それで、これからがわざわざ呼んでまで早苗さんに伝えたかったことだけど」
「あ、はい」
「姫をお願いね」
「・・・へ?」
「別に変な意味じゃないわ。ただ、姫には早苗さんが必要だと思っただけよ」
「褒めてます?貶してます?」
「どちらでもないわ。客観的事実の観測結果よ」
「嬉しくありませんが」
「喜ばせるために言った訳じゃないもの。・・・姫は大事なことは間違わないけど、それ以外のことはたくさん間違えると思う」
「知ってます。痛いほど」
「そんな時に助けてあげて欲しいのよ。もちろん私もいるしうどんげもいるけど、命蓮寺でずっと姫の側にいられるのは多分、早苗さんだけだから」
「お断りしたいところですが・・・そうなっちゃいますよね」
「不安?」
「とても」
「ふふ、正直ね。でも大丈夫よ」
「どうしてそう言えるんですか?」
「姫はインテリ系美人だもの」
「アンタかしょーもない言葉を吹き込んだのは」
永琳は考えが深すぎてどこまで本気で言っているのか分からない。
ただ、月の頭脳と呼ばれた永琳が輝夜のために「穢れた」地上人である早苗に物事を頼んでいる。
認めたくはないが、輝夜にはどこかしら不思議な魅力があるのかも知れないと考え始めた早苗であった。
了
いそいで前作を読みに行こうと思います。
やったね早苗さん
天然が増えるよ
レベルに達してないとは思いません あと規約に反しなければ自由に投稿してもいい場
だとも思いますし。面白いし ほのぼのするし 正直いなくなって欲しくありません
でもアデリーさんがそう決めたのなら仕方ありません 最後のかぐちゃんのエピソードを
楽しみにしてます! そしてできればそれを書き終わった後 また投稿しよう という
気持ちになって下さるのを期待します。
長く続いてる作品なんですね。前作まで読んでくる。
続きも期待しています。
なんでこんなに愛しく思えるんだろうな、貴方の輝夜は。ちょっと切なくなる程だ。
後書きについて一言。
姫様がとても良いことを言っているな。
「みんな違うから楽しく遊べるんだよ。みんなが同じじゃつまんないよね」
インテリ系美人は大事なことを間違えない。
俺も永琳師匠に激しく同意する。
ずっと続いてほしいぐらい好きな作品
さっそく前作も読んできます
最終回まで頑張って下さい。
と言うより、書きたいことがあるなら回りに遠慮せず書いた方が確実にレベルも上がります。
書く場所は創想話ではなくなるかも知れませんが、胸張ってって下さい。私は好きですよー!