Coolier - 新生・東方創想話

夢現・膝枕

2011/09/21 23:18:44
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 雪が降っている。
 大きな雪が降っている。
 たくさんたくさん降っている。

 手を伸ばし、触れてみた。
 伝わる感触はもふもふのふわふわ、そして、じんわり暖かい。
 お砂糖まぶして齧りついたら美味しいかな――なんて思っていると、すぅと肌に染み込んだ。



 ――永遠亭の月兎こと、私、鈴仙・優曇華院・イナバは、亭の縁側で白い空を眺めている。



 雪に影響されたんだろうか。
 なんだか私もふわふわふらふら。
 布団の中に潜り込んで欠伸を一つ、いざお休み――そんな感じだ。

 いけないいけない、寝ちゃ駄目だ。
 今日は……今日は……。
 あれ……?

 降り止む気配のないつきたてのお餅のような雪を感じながら、ふと思う。
 はて、今は何時だったろうか。
 や、惚けた訳じゃない。



 ふと、頬を擽る穏やかな風が吹いた。
 寒くも暑くもなく、ただただ優しいその風は、そう、凪。
 ぶれていた焦点を合わせると、瞳に映るのは守矢神社の風祝――東風谷早苗さん。

 ……なんだけど。
 感じた風の柔らかさとは違って、何故かつんとした表情の早苗さん。
 何か怒らせるような事したかな――ふらつく意識をかき集めつつ、私は控えめに手を振る。

 気付いた早苗さんは、どうという事もなく微笑みを浮かべ、手を振り返してくれた。

 早苗さんの微笑は、象徴される凪のようにとても優しい。
 うん、だから。
 少し緊張していた私の顔が綻ぶのは、致し方なしと言えよう。

 ふにゃら。

 にやけた笑みを浮かべる私。
 気付いたのかいないのか、早苗さんは小さく頭を下げ、室内に入って行った。
 うむぅ……やっぱり何か怒らせちゃったのかなぁ?



 首を捻って考えていると、視界の隅に肩を竦める少女が現れた。
 少女っていうか巫女。
 霊夢だ。

 早苗さんの後を追ってきたんだろうか。
 だとしたら、怒らせたのは霊夢なのかな。
 去って行ったほうに目を向け、動作で聞いてみた。

 首が横に振られる。
 加えて、ちらりと後ろに視線を向けた。
 その先に原因がある――やんわりとした微苦笑を浮かべながら、もう一度肩を竦め、霊夢は早苗さんに続いた。

 それはともかく。
 霊夢ってあんな顔するんだ。
 ぴりぴりしている表情ばかり見ていたためだろう、殊更可愛らしく見えた。

 ふにゃら。

 と、再び顔をにやつかせている私に、雪の塊が頭に落ちてきた。
 当たり前だけど冷たいでやんの。
 ……あれ?



 目をぱちくりとしながら頭の上の雪を払おうとする。
 髪に触れるはずの手は、けれど、肌の温かさを伝えてきた。
 頭皮に触れている訳じゃない、私よりも先に潜り込んだのだろうその手は、私よりも大分大きかった。

 おっかなびっくり見上げると、目の前にいるのは乾の神様。
 それと、寄り添うように横にいる坤の神様。
 神奈子さんと諏訪子さんだった。

 神奈子さんが、雪を払うために一度二度、撫でるように手を振った。
 感謝の意を示そうとした私は、だけど気付いて動きを止める。
 服はともかく、なんだかおフタリとも絆創膏だらけ。

 固まる私に、おフタリは顔を見合わせ頬を掻く。

 なるほど。
 早苗さんの態度と霊夢の指摘に納得する。
 ここに来る前、神奈子さんと諏訪子さんが一戦交えたのだろう。
 とは言え、ぴたりと並び立つその様に、険悪な雰囲気は微塵も感じ取られなかった。
 雨降って地固まると言った所か、むしろ、私が知る普段よりも、お互いの距離が近いような。

 ような、じゃなくて、近い。物理的に近い。諏訪子さんが神奈子さんの腰に手を回し、おフタリして奥へと入っていった。わおぅ。





 一人、一妖、一匹、一柱……その後も続々と、訪問客がやってきた。

 どうやら今日は、宴が行われているようだ。
 幻想郷らしい、姫様が好きそうな人妖入り混じった大宴会。
 皆が集まっているのは、この亭の中でも最も広い大広間だろうか。
 ぼぅとそんなことを思うのは、ここからだと喧騒がほとんど聞こえないから。
 比較的耳の良い私がそう感じているのだから、或いは誰かに頼んで空間や何かを弄っているのかもしれない。

 私も、参加しようかな。

 傍らに置いている盆の上の猪口を一つ取り、くぴりと飲んで、薄く笑む。
 宴に参加しようと思ったことは、紛れもない本心だ。
 だけれど、それが本気でないこともまた、真実だった。

 とめどなく降り落ちてくる雪を眺めていると、時間の経過が曖昧になってきた――。





 ふと、空を見上げる。
 無意識に、向かい来る‘力‘を感じたからだろうか。
 否、もっと単純な理由で、空の色の比率が変わったからだった。
 雪が、白い雲からではなく、青い空から降ってきている。
 気付けば、蒼天と呼べる天気になっていた。

 同時、見知った可愛らしい少女の姿を視界に捉える――数少ない私の友達、魂魄妖夢も、宴に来てくれたようだ。

 此方の視線に気付いたのだろう、妖夢の口が開きかける。
 零されるのは挨拶か、再会を喜ぶ歓声だろうか。
 後者だと嬉しいな。

 思いつつ、口に人差し指を当てる。

「――!?」

 妖夢が、一瞬遅れて私が、目を皿のように丸くする。
 時間の差は、彼女が当事者で、私が傍観者だったから起こったもの。
 声が発せられようとした刹那、雪のように白い手が彼女の口を押さえた。

 その手の主は、妖夢のご主人様、西行寺幽々子さんだ。

 唐突な主の動作に見上げる妖夢。
 応えることなく、幽々子さんが妖夢を抱いた。
 どうやっているのか見当もつかないが、発せられているはずの声も完全に押さえこんでいる。

 呆気にとられる私に、幽々子さんは両手を振り、妖夢ともども部屋へと入っていった。

 一瞬のやり取りを終え、私は息を吐く。
 早苗さんや霊夢、妖夢には気付くことが出来た。
 けれど、神奈子さんや諏訪子さん、幽々子さんの接近は意外以外のなにものでもない。
 勿論、特に意識していなかったと言う事実の上で、なのだが。
 それでも、同じ条件下であれば、彼女たちは気付くのだろう――‘力‘の差か。

 ……それはそれとして、ちょびっと妖夢が羨ましい。だって幽々子さんにぎゅっとされていた。おっぱい攻めだ。いいなぁ――んがっ!?

 なんぞ急に一固まりの雪が降ってきた。
 ふやけた表情をしていた私に直撃する。
 頭を冷やせと言うことですね、解ります。

 幽々子さんの‘質‘だろうか。間違ってはいないはずだが、少し違う気もする。彼女の雪はもっと柔らかく、そう例えるならお――んがっ!?



 頭を振って、雪を飛ばす。
 左右に散るはずの滴は、けれど後方に流される。
 一陣、二陣、三陣と風が強く吹き、共に化身たちが降り立った。

 部屋へ迎え入れるため、彼女たちに、私は笑む。

 返されたのは、三者三様の動作。

 一陣目――椛が目を丸くし、頬を朱に染める。
 二陣目――はたてが口を尖らせて、カメラを取り出した。
 三陣目――そんな二名を、文さんが、左右の手で押し留める。
 物言いたげな二名に肩を竦め、早く中に入るようにと促す文さん。
 大人びた仕草に、椛がほぅと息をつき、はたてが不承不承に、歩みを進めた。

 そして、パチンとウィンク一つを残し、文さんも奥へと消えていった。

 極稀に、だけど。
 何時もは飄々とした文さんが、とても格好よく見える。
 正直真似てみたいと思うのだが、私がそんな仕草をしても滑稽なだけだろう。

 或いは、攻撃準備と取られてしまうだろうか。

 先の椛とは違った――ように思える――溜息を零し、私は微苦笑を浮かべた。

 雨か雪か……判別付かない冷たい滴が、慰めるように頬へと触れた――。





 宴が始まり、もう数時間。
 集まるばかりだった参加者も、そろそろ数が尽きた模様。
 催されている部屋の方から、足音が、一つ二つと近づいてくる。

 一人と一妖、一人と三妖、一人と二柱、一人と半人半妖、半人半霊と一妖……。

 思い思いの相手と共に、各人が帰路につく。
 時に笑み、時に手を振り、時に頭を下げる。
 結局、私は乗り遅れてしまったようだ。

 まぁいいか――だって、宴会なんて日常茶飯事、今の時間の方が珍しい。

 雪が降る、雪が降る、美味しそうな雪が、私の周りを取り囲む――。





 空ばかり眺めていたからだろう。
 お二方が私に近づくのを、いや、通り過ぎたのさえ、気付かなかった。
 そんな私が、視線を正面に、お二方に向け得たのは、そう言う‘力‘を放たれたから。

 懐かしい、月の‘力‘。

 声が出かける。
 口は、確かに開いた。
 だけれど、向けられた、凛とした、また、麗らかな視線に、私は、言葉を飲み込んでしまった。

 四五歩駆ければ手が届く、そんな距離に、私の‘元‘飼い主、綿月依姫様と豊姫様が立っている。

 何時の間に……?
 思考と疑問が絡まり、何も出来ず、何も言えない。
 そう思うのは、自身とお二方に対する、体の良い言い訳だろうか。

 お二方を、同僚を、月を――全てを捨てて逃げ出した私が、何を言えるだろう。

 固まる私に、依姫様が息を吐き、豊姫様がご自身の帽子を取る。
 ぴょんと小兎が飛び出して、奥へと戻っていった。
 へ? ……あぁ。
 こっちに来てから何回か、お二方とも顔を合しているんだった。
 満面の笑みを浮かべる豊姫様に、顔に手を当て依姫様が、それはもう大きな溜息を零す仕草をした。

 そして、依姫様は、その手を一度振り――此方に向ける。

 依姫様の瞳は変わらず凛としていて、だけど、それ以上の情報を読みとることができない。
 豊姫様の表情も同じくで、麗らかに笑んでいるだけだった。
 仕草を、そのままに受け取れと言うことだろうか。

 お二方の口が、ゆっくりと、言葉を想像させるように、開かれる。

『帰りましょう、鈴仙』

 思考が止まる。
 感情が弾ける。
 身体は――けれど、動けなかった。

 いや、うぅん、そうじゃない、私は、動かなかった。

 一瞬の後、今日これまでで一番大きな音が、後方から聞こえてきた。
 私が振り向くのと、誰かがその横を小走りで通り過ぎるのは、ほぼ同時。
 誰か……否、彼女は私だ。

 私と同じ名を持つ少女――レイセンが、お二方に置いていかれまいと、駆けてきた。

 傍らに辿りつき、伸ばされた手を取るレイセン。
 肩で息する彼女を、依姫様が労わった。
 仕方ない、と言った風に。

 私は、顔を伏せ、自身の勘違いに頬を掻く。うわぅ恥ずかしい。

 少しして視線をあげる。
 そこには、もう誰もいなかった。
 お二方とレイセンも、帰路につき、月へと帰ったのだろう。

 お別れの挨拶くらい――思っていると、頭に、囁くような声が届いた。

『なによなによ、ついて来いとまでは言わないけれど、手を握るくらいしてもいいじゃないっ』
『そうねぇ、でも、私たちも何も言わなかったしねぇ』
『……むぐ』
『と言う訳で、あの子が拾えるような波長にて本音をお届けしています』
『お姉様、貴女なんでもありですか!? あ、いや、こほん、アレは貴女を試すためにしたことよ』

『キリッ。……うどんげさん、またお会いしましょうね』

『レー、セーッン!?』
『近いうちに遊びに行くわ。じゃあ、切るわね』
『ちょ、お姉様、私まだ……! あぁもぅ、今度は私たちの世話もすること! 以上!』

 空を見上げる。
 煌々と輝く月が、既に昇っていた。
 再会の念を強く込め、私は一つ、頭を下げた。

 月に照らされ輝く雪が、撫でるように、頭につもった――。





 猪口を呷り、ほぅと一息。

 大広間では、宴とは別の喧騒が始められたようだ。
 参加者が帰っても、そもそも亭には何十羽もの兎たちがいる。
 幾つもの部屋を隔てているとは言え、彼女たちの様子は容易に想像できた。

 加えて、姫や師匠も。

『おかたづけー、おかたづけー』
『ほらほら貴女たち、歌ってばかりいないで手も動かしなさいな』
『おかたづけー、おかたづけー』
『いえ、姫様はお休みになられても……頬を膨らませて拗ねないでくださいっ』

 身内をかばう訳ではないが、普段はもっと、兎たちは働き者だ。
 何時ものまとめ役がいないから……それも、騒いでいる一因かもしれない。
 けれど何より、姫や師匠との作業が楽しくて、ついついはしゃいでしまっているんだろう。

 勿論、解らぬお二方ではない。

 だから、師匠は言葉を強く出来ないでいる。
 だから、姫様は共に楽しまれている。
 きっと、皆、笑顔。



 ――そんな様子を頭に浮かべ、その場にいない私の顔も、綻んだ。



 もう一口と、猪口に口をつける。
 出来るだけ静かに嚥下した。
 ずずずぅ。
 ……残ってないでやんの。
 小さな猪口に見切りをつけ、盆に載る徳利を引っつかみ、垂直に口へと立てた。

 とんとん、と徳利の底を軽く叩く。……ちくしょう、こっちも空か。

 もう随分と此処にいる。
 一度だって離れちゃいない。
 喉は渇くしお腹だって空いてきた。
 そろそろ室内に戻ろうか。
 今ならまだ、宴の余り物だってあるかもしれないし。

 徳利を戻し、猪口の代わりと空を仰ぐ。

 雪が降っている。
 大きな雪が降っている。
 たくさんたくさん降っている。
 さも私をこの場に釘付けにするように。
 髪に、耳に、顔に、触れては溶け、染み込んでいく。

 ふと、思い出す。

 今宵振る雪は、ふわふわのもふもふ。
 きな粉をまぶせば、きっと、きな粉餅に早変わり。
 と言うことはつまり、恐らくそのままでもお餅のようなものに違いない!

 雪が降る、雪が降る、覆うのに両の手が必要なほど、大きな雪が降り落ちる。

 眼前で揺れる雪に、私は両手を差し出した。
 手に触れたソレを溶かさないよう、そっと掴む。
 その感触は想像通りで、だから、自然と笑みが浮かんだ。



 声を出す代わりに心で感謝の意を念じ、私は、大きく大きく、口を開いた――(いただきます)。







「……つまり、私としては、お腹が空いていたのでお餅を食べた、と言う認識なの。
 だって、とっても美味しそうだったのよ?
 許されるべき」

 ‘雪‘を見上げながら、ぐっと拳を握り、私は力説した。

「うん、喧しい」

 ‘雪‘が、言葉の割に、にっこにこ笑いながら言い返してきた。あれ、許された?

「あ、そうだ、食感は良かったわ!」
「嬉しそうに言うんじゃないよ」
「いだだだだっ!?」

 ぴ、と立てた人差し指をぎゅうと掴まれ、私は悲鳴を上げる。許されていなかったようだ。



 場所は変わらず、永遠亭の縁側。
 見上げる空は暗く、此方も既に夜になっている。
 時間が経過しているのだろう、室内の喧騒も落ちついてきているようだ。



「たくもう、思いっきり噛みやがって」
「舐めたり吸ったりもしたわ」
「言わなくて宜しい」

 ただ、‘雪‘だけが違う。
 正確には、‘雪‘じゃなかった。
 そう思っていたものは、今も眼前で揺れる耳。

 ‘永遠亭の地兎‘こと、我が同僚、因幡てゐの耳だった。



 ――どうやら、私は長い長い夢を見ていたようだ。



 てゐの耳に齧りつき、彼女が悲鳴を上げるまで、私は延々と寝ていた模様。
 妙に夢を覚えているのは、現でも宴が行われていたからだった。
 つまり、夢に出てきた人妖は、宴会に来て、帰っていった。

「流石に、月の姫君たちは来てないけど」
「そっか」
「来てたら、起してるよ」
「うん」
「……それに、こっち側の鴉は写真撮ってったしね」

 てゐの指が、私の口周りを拭う。
 はらりはらりと白い‘雪‘改め毛が払われた。
 くっついていても気にならないほど、彼女の毛は柔らかい。

 ……フラッシュに気付かなかったのは、てゐが腕で目を覆ってくれていたからだろうか。

「あはは、あのヒトらしいなぁ」
「『らしい』って、夢ん中じゃ諌めてたんでしょ?」
「うんまぁ……」
「なんで?」
「多分だけど、理想みたいなものを投影しちゃったんじゃないかな」
「射命丸に対する理想像、ね」
「格好いいお姉さんって素敵だもの。でへへ」

 『あんたの好みなんて聞いてない』

 頬を掻く私に、言葉なく冷たい視線を浴びせるてゐ。幻視余裕でした。

 けれど、結局その姿は幻だった。

 頬に留まっていたてゐの指がすぅと離れ、私は、促されるように行先を視線で追う。

 てゐは、その手を自身の首元に当てた。
 一二度首を揉み、小さく頭が振られる。
 残る片手を後方に置き、背を伸ばし、溜息を吐く。

「理想、ね……」

 小さな呟き。
 何を意図しているか理解できず、私は小首を捻った。
 密着しているのだ、視線が此方に向けられていなくても、てゐには伝わっただろう。

 その上で、だろうか。



 再度大袈裟に息を吐き、肩を竦め、詰るような言葉が続けられた。

「だとしたら、鈴仙はとんだ薄情者うさ。
 あれやこれやが出てきているのに、このてゐちゃんがいないなんて。
 宴会に参加できないわ足は痺れるわ耳なんて噛まれるわ、とっとと膝から頭を落としておけば良かったうさ」

 きょとんとする私。
 てゐには届かない。
 目の開閉だけでは、仕方ないだろう。



「頭を乗せているのは、膝じゃなくて腿……」
「そー言うことを言っているんじゃない」
「突っ込むならこっち見なさいよ」

 てゐが、意固地になった振りをする。

 だって、そうでしょう?
 この悪戯兎が、『私の夢に出てきていない』と言う理由だけで、意固地になる訳がない。
 地上では最も付き合いが長いのだ、今回に限らず、そんなことは波長を視るまでもなく解っている。

 加えて、そも、てゐは勘違いをしている。

 私は、両手を伸ばし、てゐの頬を掴んだ。
 視線を合わせるため、顔を此方に向けさせる。
 然程の抵抗は見られず、思い通りにことは進んだ。

「ねぇ、てゐ」

 けれど、意外なものが指に触れている。
 冷たく、溶け、染み込む。
 それは、‘雪‘。



「見当違いも甚だしいわ。
 あんたはずっと、傍にいた。
 だから、夢の中の皆は、無言だったのよ?」

 ――季節外れなその現象に囚われるより早く、てゐの瞳に視線を合わせ、言葉を紡ぐ。

「現の私と同じように、夢のあんたは寝ていたの。
 入れ替わったって言った方が解り易いかしら。
 つまり、私はあんたの枕代わりだった訳」



 大袈裟に、てゐの目が開く。
 だけど、一瞬後、すぐに細められた。
 視線が逸らされることはなく、ただ、頬に触れていた手に、手を重ねられる。

「……理想、ね」

 微苦笑で零された呟きは、先ほどと変わらず、その意図が理解できなかった。

「えと、子ども扱いっぽいのが気に入らない?」
「どうだろうね。ともかく、ありがと、鈴仙」
「夢だし、素直なあんたとか気味悪い」

 胡乱気な視線に返されたのは、幼い姿に似合わない、どこか大人びた微笑。

「あんたの目に狂わされているうさ」

 あ、なんだか何時も通り。

 そんなことを考えていると、きゅうと気の抜けた音が耳に届く。
 或いは、身体の内側から外側に響いた。
 お腹空いてたんだっけ。

 起き上がるより早く、てゐが、私の口元に正真正銘のお餅を運んでくる。

 傍らに置かれている盆に、徳利と猪口、積まれたお餅が載っていた。

「はいよ」
「なんでこっちにはあるのよ」
「鈴仙と違って、私は抜け目がないからじゃない?」
「あむ、あむあむあむ、あむんっ」
「聞いちゃいねぇ……」

 睡眠欲と食欲が満たされて、余は満足じゃ。
 性欲? 人間じゃないんだから。
 ……いや、柔ぁらかいものは好きだけど。

「おっぱいとか」
「いきなり何を言い出すのかね」
「てゐの腿も柔らかくて好きだよー」

 言いつつうつ伏せになり、顔を左右に振る。
 太すぎもせず細すぎもしない健康的な太腿だ。
 ひょっとしたら、姫様に負けないくらい気持ちいいかもしれない。

 ひゅん、と拳が風を切る音。拙い、調子に乗り過ぎた?

「……もうちょっと、寝てる?」
「拳骨ですね、解ります」
「じゃなくてさ」

 振り落とされると思った拳は、けれどその直前に開かれたようで、私の髪を撫でてきた。



 さらり、さらり。

 言葉はなく、数度撫でられる。

 一定のリズムが、満たされていた睡眠欲をまた呼び起こす。



「うん。今度は食べ物も用意する!」
「欲まみれだね、この兎は」
「てゐにも悪戯するわ」

 おーい、と呼ぶ声は、しかし頭に残らない。



 態勢を戻し、眠りに落ちる前に、てゐに笑む。

「ひざまくら、ありがとう、てゐ」



 目を細め、髪を撫で、てゐも笑みを浮かべた。

「ほんと、鈴仙はずるいねぇ」



「おやすみ」
「お休み」



 何時もの挨拶を交わし、私は、再び眠りに落ちるのだった――。







 雪が降っている。
 大きな雪が降っている。
 たくさん、たくさん、降っている――。



                                   <了>


《亭の他の面々も眠りにつくようです》

「ひめさまひめさま、おふとんがたりません!」
「布団がないならそのまま寝ましょ」
「えーりんさまえーりんさま……、まくらもたりないです……」
「むぅ……布団はともかく、枕は安眠に欠かせないわねぇ」

「じゃあ、年の順に膝を貸していきましょう」
「よしきた」

《/亭を覆う肌寒い夜の空気は、永琳が全力でなんとかしました》
膝枕されたい。五十六度目まして。

少し前にぐやどんを書いたので、久々にてゐれーせん。
臆病者の鈴仙は、付き合いの長いてゐにだけは自然体、とか私得。

あと。てゐの太腿を堪能したり、姫様の股をくんかくんかしたり、何気に私が書く中では鈴仙が一番skmdyな気がしなくもない。

以上
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コメント



0.530簡易評価
1.70名前が無い程度の能力削除
こういうの好きだよー
ただ、途中で意図は分かるんだけどダレ気味だったかなあ。
まあ、このダレた空気を楽しませたいって気持ちも分かるからこの点で。
2.20名前が無い程度の能力削除
遠回しな表現が多くて読んでて凄い疲れました
3.100名前が無い程度の能力削除
ゆるりとした雰囲気がよかったです。
5.100白徒削除
ゆるゆると読むには丁度いいですね。
まったり。しあわせ。
膝枕いいなーかわいいなー。
10.100名前が無い程度の能力削除
和みますねぇ
11.100名前が無い程度の能力削除
うむ。まさにそっと評価されるべき。
12.100名前が無い程度の能力削除
サド揃いの永遠亭と被虐鈴仙が溢れるそそわの中、貴方の描く永遠亭はいつも優しい。
ほっこりしました。
13.100名前が無い程度の能力削除
なんとも不思議な空気ですね
良いお話でした
17.90euclid削除
理想的過ぎるてゐれいせんで、読んでる間中はしゃぎまわりたい気分でいっぱいでした。
21.10zpmfunnpvx削除
Muchas gracias. ?Como puedo iniciar sesion?