1400年前。
「本当によいのですか? 君を実験台にしようとしているのですよ」
「ふふん、我は太子様を信頼してますゆえ、死など怖くはありません。必ずや術は成功するでしょう」
「布都……こんな私を信じてくれてありがとう。全力を尽くして君を尸解仙にしてみせます」
「はっはっは、我だけではなく太子様もですよ。先に眠って待ってます。そしていつの日か共に不老不死を目指しましょう」
「……はい!」
その日、二人の人間がとある目的のもと、永き眠りにつこうとしていた。
人の身を捨て、尸解仙と呼ばれる仙人へと成る。その為には一度死なねばならないのだ。
聖徳王・豊聡耳神子と物部布都は道教を崇拝し、不老不死を目的とした同志である。
道教は自然崇拝で、不老不死を実現するというもの。二人はその魅力に取り憑かれてしまった人間だ。
しかし、不老不死の研究を行っていた神子が実験の結果、身体を壊すという事態に陥ってしまう。
このままでは持たないと、神子は尸解仙の術へ手を出すことを決意する。
だがここで問題が発生した。
本々、人の死に不満を持ったことから道教へと縋ったのだ。
なのに今は死なねばならぬ状況。なんという不条理。
もし失敗したらどうしよう。本当に生き帰れるのか? そんな不安が襲う。
一人で死ぬのを神子は怖れてしまった。
その時だった。
相談を受けた布都が自分が先に尸解仙の術を受けようと申し出たのだ。
同じ志を持つ同朋、神子の力を信じ、実験台になると決めたのである。
布都の真っ直ぐな想いを受け、その場で神子は涙を流したという。
それから二人は秘密裏に準備を行った。
そしてとうとうその日が訪れる。
「しかし屠自古は先に眠ってしまったな。あやつは尸解仙に興味ないのだろうか……」
「あの子は肉体に興味がありませんからね。亡霊でもいいと言ってました」
「むぅ、我々が苦労しているというのに……よぉし、どうせならあやつを我が使役してやろう」
「あまり無茶なことは止めてくださいね」
布都が悪戯を思いついた子供のように唇を歪め小さく笑った。
よからぬことを企んでいる顔だ。屠自古に少しだけ同情する。
だがこれも緊張を解す為に気を使ってくれているのだろう。
何から何まで世話をかけた。感謝してもしきれない。
「そろそろ話は終わりにしよう。では太子様、お願いします」
目を瞑り、身を任せる。覚悟ができたのだろう。
震えることなく、安心しきった表情。失敗することなど無いと信じきっている。
「わかりました」
その信頼に応えなければならない。
神子も呼吸を整え、力を込めた。
そして―――
―――あれ?
―――この後どうするのだろう?
「……太子様?」
「えっ、あ、ちょっと待ってください!」
―――確か死ぬことで尸解仙になるんですよね? じゃあ布都が死ねばいいんだ。
―――ん? ということは、私が殺さないといけないのかな……?
―――……殺すって、どうやればいいの?
神子は人の殺し方を知らない。
尸解仙の術は教わっていたが、知識だけでその行為までには思い至らなかった。
後で復活することを考慮したら損傷はなるべく少なくしたい。
信頼できる部下だ。苦しませるような真似も避けるべき。
というか自分の時はどうしよう?
そんな思いが頭を巡る。
「どうかされたのですか!?」
「なんでもない! 大丈夫ですっ」
布都が不審に思い始めている。
まずい、はやくなんとかしないと。
こうなったら思い切って腰に下げた宝剣で突き刺そうかと考える。
その時だった。
「お困りの様ですね!」
神子のよく知る、決して忘れられない女性の声。
「こ、この声は!?」
声の方へ振り向く。
そこには一人の仙人が。
「はぁーい♪ 愛と欲望の伝道者、マジカル邪仙青娥にゃんにゃん、ただいま参上ッ!」
「…………」
これまでのしんみりとした空気を全てぶち壊す美声が霊廟に響き渡る。
その主は霍青娥。何を隠そう神子に道教を伝えた仙人だ。
自分SUGEEEしたくてわざわざ日本までやってきたなんとも自分本位な女。
まともに相手をしたら疲れるだけでなく命すら落としかねない危険人物である。
しかし、神子にとって今は救いの女神。
「豊聡耳様の危機に颯爽と馳せ参じました。この私が来たからにはもう大丈夫。人を呪わば穴二つ。邪法で見事解決いたしましょう!」
訂正、救いの悪魔だった。
しかし、他に頼る人もなく、神子は青娥に泣きつくしかない。
結果の為なら手段を選ばない、いわゆる外道と呼ばれることもこなす女性だが物知りではある。
尸解仙の術も彼女に教わったのだ。だから助けになってくれるはずだと判断した。
「助けて青娥えもん! 人の殺し方がわからないんだ」
「簡単だよミコ太くぅ~ん。パパパパーン! 鉄の処女、三角木馬、ギロチン、電気椅子、鞭、縄、ロウソク」
「……もっと普通の方法でお願いします。それに後半は明らかに使用目的が違いますよね?」
「ええ~、 まだ他に面白いものがたくさんあるんだけど……」
どこから取り出したのか青娥の背後には見知らぬ、けれど知りたくもない道具の山々(使用済)。
楽しみを奪われたような仙人様の残念そうな顔は敢えて無視しておこう。
ちなみに人の殺し方を聞く神子もどうかと思うが本人はいたって真面目なのでご理解頂きたい。
「んー普通ねぇ」
「なんでそんなにつまらなさそうなんですか……大事な部下なので出来るだけ苦しませない方法がよいのです」
「じゃあそれでいいんじゃない」
投げやりに指をさされた先には神子がいつも持ち歩いている笏。
「それで思いっきりぶん殴ってやりなさい」
「案直すぎやしませんか? それに痛そうですよ……」
笏といっても聖徳王の持ち物。普通のよりは丈夫に作られている。その上、聖人の力入りなのですごく堅い。
一度自分で軽く試してみたがタンコブが出来るほどの激痛で涙を流したのを覚えている。
その痛みを布都に味わせるのは気が引けた。
「死んだら痛みなんて分からないわ」
「あ、それもそうですね!」
清々しいサムズアップ付きのフォローで悩みが一瞬にして解決。
流石、人を人とは思わない自称清楚な仙人様だ。こういうことに関しては頼りになる。
神子は吹っ切れた顔で頷く。
「豊聡耳様なら確実に仕留められます」
「やってやんよ!」
アドバイスとして、斜め45度から思いっきり振り抜くのがいいと教わる。
気分は2アウト満塁の一発サヨナラの場面。
神子の腕に力が入る。
「待たせてごめんなさい。さあ、尸解仙の儀式を始めましょう」
「ええ、長いこと待たされたような気がします。声が聞こえましたがどなたかお見えになられたのですか?」
「ただの猫です。にゃんにゃんです」
「なるほど。猫なら仕方にゃい」
神子の言うことなら真実だろうと疑うこともせず、ちゃんと目を閉じて待っていてくれた布都は家臣の鏡といえよう。
後ろの方でにゃーんと猫の声がする。世にも珍しい青い猫かぶり型仙人が鳴いたのだろう。中身は真っ黒だけどね。
「まさか尸解仙の術をお忘れになったのかと心配しましたよ」
「そ、そげなこつあるわけないっぺー」
変な汗が噴き出た。
「ですよねー。太子様に限ってそんなこと。はっはっは」
なんとか危険を回避。忠実な部下で良かった。
ブンブンと素振りを行った後、定位置につく。
「では始めます」
覚悟完了。せめて一瞬で逝かせてあげようと思いっ切り振り抜く―――
「そうそう、確か我が眠っている間に術を掛ければあっという間に完成でしたな」
「―――えっ?」
ブォンッ!
なにか不穏な言葉が聞こえた気がするが勢いがついた腕は止まらない。
パコーーーンと軽快な音と共に信頼する部下、物部布都が地面へ崩れ落ちた。
「……布都?」
「…………」
名前を呼んでみるが反応なし。
「し、死んでるっ!」
当然だ。
「お見事! 清々しいほどの振り抜きっぷり。レッドカード一発退場ものでした。スバラシイィ!」
褒め称えるように嬉々として青い悪魔が現れる。
その相手に神子が涙目で詰め寄ってきた。
「死んじゃったじゃないですか!」
「ええ、殺したのですから死にますわ」
何を当たり前のことを。と不思議そうな表情。
「違います! 尸解仙になるのに殺す必要はないって何で言ってくれなかったんですか」
「尸解仙は眠った後に術を施すだけですよ。 お教えしましたよね? まさかお忘れで?」
「うぐ……」
確かに昔教わったような気がする。
が、今はそれどころじゃない。
「で、でも、それとなく教えてくれてもいいじゃないですか。察してましたよね絶対!」
「あら、私が乞われたのは人の殺し方です。だからちゃんと答えましたわ」
「うぐぐ……でも、でもぉ」
神子の訴えをすり抜けるかのように平然と構える青娥。
自分は悪くないと笑顔で主張している。
「私は要望に応えただけ。実行したのは豊聡耳様。こちらが責められる云われはありません」
「ひっく……ですけど……ふぇぇ……やったこと……なかった……からぁ……ぐすっ……」
自分のしたことの重大さに気付き、神子はとうとう泣き出してしまった。
普段は耳のように伸びた髪も今は垂れ下がってしまっている。
そんな聖人の姿を見て青娥はブルリと身を捩らせた。
泣き顔が素敵。いつもはあんなに澄ましている子がこんなに取り乱すなんて堪らないわぁと恍惚の表情。
青娥は自分の望むものの為ならどんなことでもするタイプだった。
「安心して下さい豊聡耳様。最初に言ったはず。この私が来たからにはもう大丈夫と」
十分堪能したんでもういいかと声を掛ける。
青娥は決して悪人なんかではない。ただ自分の欲望に忠実なだけ。
だからこそ、楽しんだ後はしっかりと助ける。これでも仙人なのだ。
アフターケアもばっちり行う。惚れ込んだ相手の為なら尚更救うのが青娥という女。
「今から術を掛ければまだ間に合いますよ」
「ほ、ほんとですか!」
にこりと笑って肯定する。
神子の表情がみるみる明るくなっていく。へにょった髪も持ち上がる。
「では早く執り行いましょう。えっと最初はどうするのでしたっけ?」
「あせらなくても大丈夫ですよ。私が手とり足とり教えましょう。素材(布都)はあるのですから」
「はい。よろしくお願いします」
青娥の講座を真剣な表情で聞く神子。まるで先生と生徒のよう。
きゃっきゃ、うふふと中睦まじく、物言わぬ死体(布都ちゃん)を前に笑い合う二人はいとおかしい。
「いいですか、これから行うことはこの術のキモとなります。心してかかるように」
「は、はい」
青娥が真剣な表情となった。
場の空気がシンと静まり返る。
「では呪文を唱えましょう」
呼吸を整え、力を集中させる。そしてその口から言葉を紡いだ。
「トンリントンリンゾウフォルゥモォ♪ グーフンイエグイヤンシャオグイ☆ ハイ、続けて」
「えっ?」
青娥がとったのは女児向け魔法少女アニメのような可愛らしい決めポーズ。
周りにはキラキラと輝くお星様。のような禍々しい何か。
神子は吐き気を覚えた。今のを自分もやるのかと……。というか道教関係ないだろコレ……。
しかし青娥は額の汗をぬぐいながらやりきった顔で神子を促す。
「恥ずかしがらないで! さあ! 早くしないと物部様が腐ってしまいます」
「うっ」
布都を引き合いに出されたら従うしかない。
「うぅぅ、やりますよぅ……」
「バッチリ私の記憶に残しますから!」
どうにかしないといけないのはコイツの頭かもしれない。
神子は項垂れながら青娥の動きを再現する。
「トンリントンリンゾウフォルゥモォ♪ グーフンイエグイヤンシャオグイ☆」
顔を真っ赤に染めて神子は尸解仙の術(非公式)を唱える。
もちろん必要あるのか不明なポーズ付き。
羞恥心が爆発して死にそうになる。帰ったら布団に顔を埋めて脚をジタバタさせるだろう。
だが、青娥は満足そうに頷いている。
「ふぅ……完璧ね」
「今のでいいんですか!?」
「ええ、タオ胎動でタンキーよ。見てご覧なさい。物部様の安らかな寝顔を」
よく分からないが成功したらしい。
どこか布都の表情も和らいでいるような気もする。
神子は首を傾げながらもなんとか納得した。
「後は埋葬して数年寝かせれば完成です」
「漬物ですか……」
こうして波乱の『ドキドキ初めての尸解仙』は無事に幕を閉じた。
◆ ▼ ◆
数日後。
尸解仙の術が上手く出来たのか気になった神子は一度確認をしようと霊廟を訪れた。
もちろん青娥も一緒である。
布都の眠る棺を前に緊張しながらゆっくりと蓋を開く。
「あ……」
そこには生前と変わらず本当に眠っているかのような同朋の姿。
神子はほっと一息つき、術の成功を噛みしめた。
これで約束通り、共に尸解仙になれる。すぐに自分も眠りにつこうと決めた。
「じゃあ頭出して下さい」
「はい?」
振り返るとニコニコ笑顔で素振りをしている青娥娘々。
神子は楽しそうなその姿を見て何かを悟ったように目を瞑った。
「まさか、大切な部下をその手に掛けたのに、御自身は普通に眠るだけで済ませようなんて考えてはいませんよね?」
「…………分かってますよ。ええ、君はそういう人です」
「うふふ、分かり合える関係って素晴らしい。大丈夫、痛みは一瞬ですわ」
「うん、実に君らしい。滅茶苦茶楽しそうですねこのやろう復活したら覚えてろ―――」
パコーーーン。
衝撃と共に意識がブラックアウトする。
いつかこの邪仙は懲らしめないといけないなと思いつつ神子はその人生に幕を閉じた。
「さよなら人の子。ようこそ、神の子。貴女達を祝福します」
三つの棺を眺めながら青娥は呟く。
その顔に笑顔は無く、どこか寂しげ。
神子達の復活は国が仏教に限界を感じたとき。それがいつになるのかは分からない。
数年、百年、はたまた千年後。何れにしてもまだ時間がかかるだろう。
「暇になっちゃったわ。これからどうしましょう」
祖国から日本へと渡ってすぐに神子と出会えたことは青娥にとって幸運だった。
その強さに惹かれ、この人なら間違いないと確信し道教を布教した。
事実、神子の素質はずば抜けており、その成長ぶりは目を見張るもの。
そしてなにより神子と共に過ごした時間は充実していた。だからこそ最後まで見送ろうと決めたのだ。
「うーん、そうねぇ……私も部下を作ろうかしら? 豊聡耳様の護衛にも使えるものを」
青娥は霊廟を後にする。
「そうと決まれば素材探し。やっぱり可愛い女の子がいいわね」
神子が目覚めるまでどう楽しく過ごそうか?
まずはキョンシーを作ろう。自分好みの最高傑作を。
他の人間に仙術を教えるのもいい。神子ほどではないが素質のある者は何人か見付けてある。
青娥は次のプランを練りながらクツクツと笑う。
これからの出来事に心躍らせ、空へと舞い戻るのだった。
「ではまた会う日まで、おやすみなさい」
◆ ▼ ◆
現在。
「生前のことを思い出そうとすると、なんかこう頭が痛くなって何も思い出せないのだ」
「あ、あはは……きっと術を掛けた際、記憶に混乱が生じたのでしょう」
「むむむ、そういうこともあるのか? 死の間際、太子様に何かされたような……」
「気のせいです!」
様々な弊害があったが見事復活を遂げた神子達。
幻想郷という地で新たな生活を営むようになってから早数日が経つ。
今は仙界という特殊な空間に住居を構え、平穏に暮らしている。
布都が昔と違い少しポンコツになっていたのは気にしない方向で皆の見解は一致した。
(そこに付け込んで青娥が好き勝手弄って遊んでいるようだが……)
「おはようございます豊聡耳様、物部様」
「今はもうお昼ですよ青娥」
「青娥殿! 先日教えて頂いた“おいろけの術”なるものを屠自古で試したら鼻血を噴いて卒倒したぞ。大成功だ!!」
復活後、それを迎えた青娥も共に仙界で暮らしている。
仙人としては日が浅い神子や布都に仙術を教えながらそれなりに楽しく過ごせているようだ。
「うふふ、それは光栄です。次は里の男性に使用するといいでしょう。すぐに信仰が集まりますわ」
「そうか! よしでは早速披露してくるとしよう」
「止めてッ。その術は禁術です。今後一切の使用を禁じます!!」
「むぅ、太子様がそこまで言うなら諦めるしかないか。せっかく覚えたのだが……」
「私にならいつでも使ってかまいませんよ。受けて立ちましょう。豊聡耳様も一緒にね」
「しません! 布都に変なこと吹き込まないで下さい」
時代も変わり、居場所も変わった。
当初の計画とは大分違ってしまったが、まあ焦る事はない。
永く眠りすぎて日和ってしまったか。それとも死の衝撃でボケてしまったか。
ただ今の生活も悪くないと感じている自分がいる。
この信頼出来る仲間達がいれば、この先もきっとやっていけるだろうと神子は確信した。
「そういえば返事を返してませんでした」
とりあえず目覚めて間もないのだ。
だから今は、新しい生を楽しもう。
「おはようございます。また会えましたね」
おわり
そんなことより、私においろけの術をかけてください
45°で眠っちゃったから、太子さまも微妙に人の話を聞かないんですね。
しかし、 神霊廟のおまけtxt見てると、ギャグ要素を抜いたこのssの展開があったような気がするよ。
製作秘話、面白かったですw
しかし、投稿日見ると各店舗に委託されてから一週間以上経ってますし
ネタバレ注意タグもあるので名前出しても良いと思いますよ…
↑なぜそう思ったのか。いや、装備させてみたいですが。
泣いてる神子ちゃんが可愛いww
泣き崩れる神子かわいいよ神子!
神子を泣かせたくなる気持ちはよくわかります。
青娥さまが楽しそうで何よりですw