「こんにちは」
優しく微笑む彼女が話しかけてきたのは三途の川の河川敷に広がる無縁塚の外れ。
空には雲一つ無く、よく晴れた昼下がり。
葉も花も纏っていない桜の木の根元で昼寝をしていたあたいに、彼女は挨拶をすると三途の川の向こう側を眺める。
興味深そうに向こう側を眺めるその顔をあたいは寝ぼけ眼で見つめる。
今からどれ位昔の話だろうか。百二十年から百三十年位前だったかな?
細かい年数は覚えていないが、今からうんと昔の出来事だ。
天気が良く、雲の存在すら許さない太陽が幻想郷を照らし出す。
あたいは丸裸の桜の木の下に出来た日陰で転寝をしていた。
うとうとと夢現の狭間を行き来する。
そんなあたいを現に引き戻すように声が聞こえる。
「こんにちは」
寝ぼけた眼で声の主を見つめる。
良かった。四季様じゃない・・・
あたいの睡眠を妨げた声の主は、綺麗な黒い髪を風になびかせ遠くを見つめていた。
生きた者には決して見ることのできない三途の川の向こう側を眺めていた。
視界のぼやける目を擦りながら彼女に声をかける。
「自殺志願者かい?」
「あら、私がそんな風に見えますか?」
微笑みながらこちらを見る少女は聡明な顔立ちをしていた。
そして見た目の歳よりも落ち着いた印象を受けたのを今でも覚えている。
「んー見えないな」
ふふ、っと笑うと彼女は河川敷を進み、足早に川辺に歩いていった。
途中、川原の石ころに足を取られ転びそうになるがお構いなしの様子。
「おい、やっぱ自殺志願者じゃないか」
「今時入水自殺なんて流行らないから止めときなよ!」
慌てて起き上がり彼女を追いかける。
あたいの忠告が聞こえないのか、無視しているのか、その足取りは徐々に速度を増していく。
漆黒の水が流れる川辺に着くと彼女は座りこみ、川の中を覗き込んでいる。
おい、危ないから離れてくれよ。
三途の川には外の世界で絶滅した水中生物達の亡霊が住んでいる。奴らは生きるもの全てを憎み、生きるものを全てを襲う。
奴らは生きるものの魂を喰らい、蘇ろうとする。
迂闊に川を覗き込めば奴らに食われる事だってある。
「おい、危ないから離れろって」
ようやくあたいの言葉が届いたのか、彼女は立ち上がり川に背を向け歩き始めた。
ふぅ、と一息入れた時だった。
物凄い水しぶきと地鳴りの様な鳴声と共に巨大な鰐の様な生き物が飛び上がる。
鰐の様な生き物というのは名前を知らないから使っただけである。
見た目は鰐。
問題は大きさだ。里の外れにある神社の鳥居を遥かに凌ぐ巨体。
その巨体が少女を捕食しようと敵意を剥き出して川辺に上がってきた。
少女は突然現れた敵意剥き出しの巨体に理解が出来ず、ただ立ち尽くす。
やばいね、こりゃ。
「面倒だけどやるしかないな」
そう言いながら背負っていた大鎌を手に取る。
距離おおよそ四丈。足に力を入れ一気に走り出す。
巨体に殺意を向ける。
鰐の様な生き物はあたいの殺意に気付いたのか、標的を少女からあたいに変えた。
人間を丸呑みに出来そうなほど大きな口を開け、こちらに咆哮を飛ばす。
残り約二丈に迫ったところで踏み切り、勢い良く飛び出す。
空中で左足を大きく前に出し、上半身を右に捻る。
両手に握られた大鎌を右肩に乗せ、タイミングを見定める。
「ふぅぅぅ」
深く息を吐き、捻っていた上半身を力一杯左に回転させる。
その反動を使い、肩に乗せられていた大鎌は勢い良く半円を描いた。
その半円は巨大な鰐の様な生き物の上顎を体から分離させた。
巨大な鰐の様な生き物は切り口から黒い蒸気を噴出させるとそのまま勢い良く蒸発した。
「古の生き物の亡霊が勝手に出てくるんじゃないよ」
少女は今更事態を悟り、腰を抜かしてその場に座りこむ。
大鎌を背負い少女のそばに駆け寄る。
「あんた、大丈夫かい?」
「えぇ、大丈夫です」
「そうかい、もう自殺なんて考えるんじゃないよ」
その言葉に少女は口を膨らませ反論してくる。
「だから、自殺など考えていませんってば」
死にたがる奴ほどこういう事を言うんだ。
ここは三途の川。この川を渡ればあの世。普通の生き物は怖がって近寄らない。
もしここに来る生き物がいるとすれば自殺志願者か変わり者の二択である。
「じゃあ何だってこんな場所に来たんだい?」
「調査です。私はこの幻想郷の事を調べ、資料として纏めるのが仕事なのです」
自殺志願者ではないとするとこの少女は変わり者だ。
幻想郷の事を調べて資料にすると言っていたから間違いないだろう。
「ふーん。この辺を調べるのは構わないが、水辺には近づかない事だね」
呆れた顔の私は、少女に手を差し伸べ立ち上がらせる。
「調査は手を抜けません。危ない時はまた助けてくださいね、死神さん」
笑顔に戻った少女は握ったままの手を上下に振り握手をする。
「あれ、あたいが死神だって知ってたのかい?」
「えぇ、家の書庫で死神についての資料を読みましたから」
得意げな顔をする少女。
話によると彼女は阿礼乙女だそうだ。彼女はそれの八代目。
阿礼乙女。幻想郷に住まう生き物、場所、その他諸々を資料に纏める少女。
話には聞いた事があるが、実際に会うのは初めてだった。
まさか年端も行かないこんな少女がそうだったとはねぇ。
「ところであんた、名前は?」
「失礼しました。八代目阿礼乙女、稗田阿弥と申します。死神さんは?」
「あたいは、小野塚小町。知っての通り死神だよ」
少し遅い自己紹介を済ませたあたい達は、桜の木の木陰に座りしばしの間話をした。
「じゃあ一人で幻想郷に住む人間の魂を彼岸に運んでいるんですね?」
「そう、大変な仕事さ」
「でも、人間の里以外に人間は殆ど住んでないし、死者もそんなに多くないですし、意外と楽な仕事なんじゃないですか?」
彼女から悪意を一切感じさせない鋭利な質問が飛んでくる。
この子、遠慮って言葉を知らないのかい。
「はは、も、もちろん死神の仕事はそれだけじゃないさ」
「さっきみたいに川から上がってくる亡霊の始末をしたり、自殺志願者を止めたりするのも仕事だよ」
彼女は話を聞きながら紙束に何かを書き込んでいる。
何だか仕事をサボった時に四季様から受ける事情聴取みたいだよ。
でも彼女は嬉しそうに話を聞いてくれるのでついつい話が長くなってしまう。
もし、四季様に「仕事もしないでおしゃべりですか」と嫌味を言われても阿礼乙女の取材を受けていたと言えば許してくれるだろう。
たぶん。
翌日。
幻想郷を管轄している閻魔様、四季映姫様から渡されたリストを片手にあたいは川辺で魂を待っている。
死神といっても運ぶ魂は部署により異なる。
他の部署の死神に言わせると人間の魂を担当する部署が一番楽な部署だそうだ。
まったくそんな事思わないんだけどね。
妖怪は寿命が長く魂を運ぶ事は滅多に無いが、死んだ後に魂が我侭を言い、なかなか彼岸に渡ろうとしなくて手を焼くそうだ。
動物は自らの死を素直に受け止め、すんなりと彼岸に渡ってくれる。
だが数が多く、少なくても一日に五百から千程の魂を彼岸に渡す。
人間は数もそれほど多くなく、大人しく彼岸に渡ってくれる。
最大の理由として家族や友人達にちゃんと供養をしてもらえるからだ。
供養のされない魂ほど現世に未練を残し彼岸に渡るのを拒むのだ。
しかし、大きな戦争や流行病がない幻想郷ではそんな魂は殆どいない。
大半以上の魂が素直に言う事を聞いてくれて大人しく彼岸に運ぶ事ができる。
朝靄が立ち込める無縁塚。
太陽はまだ顔を出しておらず、辺りは薄闇に包まれている。
うっすらと青白い光が河川敷に沿ってこちらに近づいてくる。
「お、来た来た。おーい、こっちだ。こっち」
あたいは大きく手を振り死者の魂を導く。
人間は死後七日目に彼岸へ渡る為に三途の川の川辺にやってくる。
魂は大人しく船に乗り出航を待つ。
「さぁ、準備はいいかい?」
言葉を話す事が出来ない魂にあたいは話しかける。
「なんで死んじまったかは分からないけど、良い人生だったかい?」
「ここの閻魔様は頭は固いけど良いお方だ。悪い事してたんなら正直に謝る事だね。そうすりゃきっと許してくれるさ」
船を漕ぎながら魂を安心させるよう色々と言葉をかけるのがあたいの仕事の仕方。
ただでさえ、死神という響きが人間達に恐怖を与えるらしいので、出来るだけ気さくなイメージを与えるように心がけている。
まぁ、これから彼岸に向かい、あの世で生前の罪を裁かれる人間にイメージアップを狙っても意味は無いと思うが、黙々と仕事をするのが嫌なのだ。
二時間程船を漕ぐと彼岸の桟橋が見えてきた。
「彼岸が見えてきたよ」
「あんたは良い人生を過ごしたみたいだね」
「他の人間と比べると距離がうんと短かったよ」
「おかげで楽できた」
笑いながら魂に別れを告げ、船を此岸へと向ける。
今日はこれで終わり。
後は勝手に此岸に上がりこんでくる魂がいないかを監視したり、自殺志願者を追い返すだけ。
いやぁ今日は距離が短くて楽だった。
此岸に付く頃には昼前ってところか。着いたらのんびり昼寝でもするか。
そんな事を思い、鼻歌混じりに船を進める。
此岸。
幻想郷に着くと昨日の少女、稗田阿弥が桜の木の根元に座って書物を読んでいる姿が目に入った。
こんなところに二日続けてくるなんてやっぱり変わった奴だ。
あたいは船を桟橋に固定し、足早に彼女の元に向かう。
両手を腰に当て、読書に夢中になっている彼女を覗き込むようにして声をかける。
「よう、阿弥。また来たのかい?」
「こんにちは。小町さん」
相変わらずの笑顔で挨拶をされる。
「昨日、助けて頂いたお礼におはぎを持ってきました」
「お礼なんて良いのに」と言いたかったが甘味の魅力に負け、目を輝かせたあたいは言葉を返す。
「丁度一仕事終えてきたとこだ。有難く頂くよ」
「稗田家に伝わる秘伝のおはぎです。小町さんのお口に合えばいいのですが・・・」
そう言いながら阿弥は風呂敷を開け、竹の皮包みを取り出す。
手渡された竹の皮包を捲りながら、あたいは阿弥の横に腰掛ける。
「おぉ、こりゃあ美味そうだね」
一口かじると口の中に品の良い甘みが広がる。
そして小豆の香りが後を引く。
こりゃあ美味い。
「こんな美味いおはぎ食べた事ないよ」
稗田家秘伝のおはぎ恐るべし。
あたいは大きな口を開けおはぎを放り込む。
喉の奥に詰まり、慌てて胸を叩く。
阿弥が笑いながら水筒を渡してくれて一命を取り留めた。
「あー苦しかった。危うく死神が死んじまうとこだったよ」
涙目になりながら彼女にお礼を言う。
「小町さんってば急いで食べるからですよ」
右手を口元に運び上品に笑う阿弥。
「さて、今日はあたいが命を救われた番だね。これで平等だ」
呼吸を整え、阿弥の方を向きながらあたいは言った。
「命を救っただなんて小町さんってば、大げさですね」
彼女はまた上品に笑う。
さん付けで呼ばれる事に慣れていないあたいは徐々に恥ずかしくなり、体を背ける。
「その、なんだ、呼ばれ慣れてないから小町さんっての止めてくれないか?なんか小恥ずかしいよ」
「分かりました。その代わり、今日も死神の仕事について教えて下さいね、小町」
優しく微笑む彼女は色々な質問をしてきた。
おはぎの味はどうだったとか、今日はどんな仕事をしてきたのかとか、三途の川の生き物の事とか、死神はみんな大鎌を使うのかとか、綺麗な髪の色ですねとか。
終止笑顔の彼女は怒涛の質問攻め。笑顔の彼女に恐怖すら覚えた。
人間の好奇心ってのはすごいもんだよ。
あたいもこれくらい熱心に仕事に取り組んでみたい・・・訂正。
少し肌寒い風が吹き抜ける無縁塚。
阿弥と出会ってから数ヶ月。
秋も深まり、幻想郷中が紅くなる。
無縁塚には彼岸花が咲き、幻想郷を包む紅葉の色とは違う紅が辺りを染める。
彼女は一週間に一回程、用も無いのに無縁塚に来ていた。
執筆活動の息抜きだそうだ。
あたいのさぼり癖が感染したのかねぇ。
あたいはふと疑問に思った事を尋ねてみる事にした。
「なぁ、阿弥」
「んん、なんですか?」
お土産と言って持ってきてくれた饅頭を飲み込みながら彼女は返事をした。
「無縁塚に来るまで妖怪に襲われたりしないのかい?」
「あぁ、その事ですか・・・」
桜の木の下に用意した椅子の替わりの木箱が軋む音が響いた。
・・・
あたい達の間を秋風が通り抜ける。
なんだろう、この沈黙。
言いにくい事でもあるのかな?
嫌なら言わなくてもいいさと口にしようとした時、阿弥が口を開く。
「なぜ、阿礼乙女が転生を許されているかご存知ですか?」
「い、いや知らないよ」
「実は、阿礼乙女はどんな大妖怪でも地獄の閻魔様でも相手を無力にする能力を持っています」
怪しい笑顔を浮かべる彼女。
「その能力に恐れて閻魔さまも阿礼乙女の転生を許しているのです」
普段より低い声を出し、真剣な目付きで私を見つめる彼女。
嘘を言ってるようには聞こえないけど、閻魔様すら無力にって・・・
「そしてこの事は誰も知りません・・・」
「えっ?」
「阿礼乙女の真の能力を知ったものは力を全て奪われ屍になるのが運命なのです」
「小町、貴方も例外ではないですよ・・・」
真剣な彼女の眼差しに背筋が凍りつく。
「よ、よせよ。あたいと阿弥の仲じゃないか・・・」
これは嘘を言っている目ではない。
無意識のうちに後退りをする。
「ここに来る途中にも妖怪を三人ほど殺めてしまいました。貴方を入れれば今日だけで四人の命を奪う事になりますね・・・」
下を向きながら立ち上がった彼女はゆっくりとあたいの方に手を伸ばす。
本能が危険を察知し逃げろと命令している。
あたいは腰を抜かし動けなくなる。
「きゃん」
情けない声を出してしまった。
「あ、あたいは何も聞いてない。どうか命だけは・・・」
頭を深く下げ、合わせた両手を頭上に上げ、懇願する。
殺される。殺される。
・・・
・・・
「なーんてね、怖かったですか?」
恐る恐る彼女を見上げるといつも通りの優しい笑顔がそこにあった。
「私には力がありません。ですが知恵ならそこそこあるつもりです」
「私は知恵を使い、私を襲ってくる妖怪を追い払っています」
「それに妖怪賢者様が私に良くしてくれるのを他の妖怪達も知っているので、ちょっかいを出される事なんてほとんどないんですよ」
そして得意げな顔をした彼女は親切に相手に恐怖心を与える話し方や身のこなし方を説明してくれた。
「それにしても死神がずいぶんと情けない声を出すのですね」
阿弥は笑いながらあたいの横に座り、肘で横腹を突いてくる。
「う、うるさいよ」
あたいは顔を真っ赤にしながら阿弥の頭をぐしゃぐしゃにする。
一度見たものを忘れないという能力が関係しているのか、彼女の知能は恐ろしく高い。
その知能によって相手の心理状態を見抜くことなど造作も無い事なのだろう。
そして相手を恐怖に陥れる声のトーンや動きを完全に把握している。
相手の心を食べる妖怪ってのが多いが、彼女が妖怪だったらきっと名のある大妖怪にまで伸し上がっていただろう。
人間で良かったよ。
阿弥と出合ってから二年程経った頃。
あたいは四季様から休みをもらい阿弥の家に泊まりで遊びに行く事になった。
人間の里に出入りするのは機会はそんなに多くないが、茶屋目当てで訪れる事がある。
最後に人間の里に来たのはいつだったかな?
確か、死神仲間と新しく出来た菓子屋に行った時だから三年くらい前だ。
門を潜り、大通りを歩く。
天気が良く、乾燥した空気に人々の下駄の音や話し声が響く。
夏の太陽にも負けないほど里は活気に溢れていた。
んー良い雰囲気じゃないか。
最後に来た人間の里と少し変化が見られる。
あれ、あんな所に家なんて建ってたっけな?あっちも前は乾物屋だったのに小料理屋になってるよ。
そんな里の変化を楽しみながらあたいは歩みを進める。
からん、ころんと気持ちよく下駄の音を響かせて、両手を頭の後ろで組み、周りを見渡しながらのんびりと目的地を目指す。
休みの日は大鎌の所持が禁止されている。
おかげであたいを見て逃げたり、怖がる人間は誰一人いない。
逆に声をかけられる。
「そこの姉さん、一口食べていってよ」
漬物屋の旦那や八百屋の女将。
途中あまりの暑さで堪らず立ち寄った茶屋で、かき氷を食べていると女将に話しかけられた。
「姉さん、見かけない顔だね。旅の人かい?」
「宿がないなら家に泊まってくかい?」
女将はお節介を体言したような顔をした中年の女性だった。
「いやぁ、残念ながら旅人じゃないよ」
「幻想郷の外れに住んでる変わり者さ。久々に里に来ただけだよ」
「そうかい、どうも見かけない顔だと思ったよ」
どっこいしょと図々しくあたいの横に座る女将。
「しばらく来ないうちに里の雰囲気が変わったねぇ」
人間の里に足を踏み入れてから感じていた違和感を口に出してみた。
今まで、里の人間達はどこか活気がなく、何かに怯えている印象があった。
しかし、今はその逆。
活気があり、自信に満ち溢れた目をしている人間が多く見受けられる。
「そりゃそうだよ、姉さん」
疑問符を頭に浮かべるあたいを見て女将は説明を始める。
「半年ほど前に阿礼乙女、稗田阿弥様が新しい幻想郷縁起を発行されたんだよ」
「幻想郷縁起ねぇ」
阿弥の取材に付き合わされた事もあるのでその存在は知っていた。
熱心に話をする女将にあたいは相槌を打つ。
「そこに書いてあったんだよ。人間は妖怪に怯えなくても良いって」
「ふーん」
「それにね、最近は人間以外の生き物でも友好的な奴らもいるんだってさ」
「そうなのか。全然知らなかったよ。」
こういう人と話をすると長居してしまうと察知したあたいは、勢い良くかき氷を口に入れて飲み込んだ。
キーンとする頭をぽんぽんと叩きながらかき氷の入っていた器を女将に渡し、お代を渡し席を立つ。
見送りに大通りまで出てきた女将が言う。
「姉さん、世捨て人を気取るのも良いけど、たまには世間を知るのも良いもんだよ」
まったく大きなお世話だよ。
軽く手を振り本来の目的地へと向かう。
しかし阿弥の奴、完成してたんなら見せてくれたっていいじゃないか。
後で読ませて貰うとするか。
そんな事を思いながら阿弥の家を探す。
事前に渡されていた地図を見る。
「うーん、多分この辺りだと思うんだけどねぇ」
きょろきょろと辺りを見渡していると大きな一軒家が見えてきた。
周りを高い壁に囲まれ、ずっしりと構える立派なお屋敷。
壁よりも大きな松や杉が何本も植えられている。
さらに門の前には門番までいる。
稗田家と言えば人間の里で古くから続く名家だ。
しかしまぁ、ここまでとはねぇ。
感心しながら門番の男に話しかける。
「やぁ、友達の阿弥に会いに来たんだけど・・・」
明らかにあたいを怪しむような視線を送る門番の男。
「お前のような薄汚い格好の奴と阿弥様がご友人な訳ないだろ、さっさと帰るんだな」
カチンときたがここで大人しく帰る訳にもいかない。
「阿弥に小町が来たと伝えてくれよ。そうすりゃわかるからさ」
「少し待っていろ」
偉そうに命令すると門番の男は門の中に消えていった。
数分後、慌てた様子の男が戻ってきた。
明らかに態度が違う。
「申し訳ございませんでした、小野塚様ですね。こちらへどうぞ」
こいつを彼岸に送る事があったら途中で川に突き落としてやろうかな。
そんな事を考えながら男の後について庭を歩く。
お屋敷は外から見るよりずっと広く大きかった。
庭には綺麗に手入れがされた松や杉、つつじが植えられていて、巨大な池には綺麗な錦鯉が優雅に泳いでいる。
阿弥の奴、そんな事無いと否定していたけど十分立派なお嬢様じゃないか。
だだっ広い玄関で下駄を脱ぎ、案内された部屋に着くと山積みにされた書物があたいを出迎えてくれた。
ここが阿弥の部屋か・・・
思っていたより散らかっている。
あたいの部屋の方が綺麗かもしれないな。
少し優越感に浸りながら書物の山を眺めていると背後から声をかけられた。
「いらっしゃい、小町」
振り返ると見慣れた笑顔の阿弥が立っていた。
「よう、阿弥様」
あたいはからかう様に返事をした。
「・・・」
あ、やばい。怒った・・・
慌てて話を続ける。
「いやぁ今日も暑いねぇ。途中で茶屋に立ち寄ってかき氷食べてきたよ」
「あら、じゃあ用意した冷茶はいらないですね」
ぷいっとそっぽを向く阿弥。
何だか怒っていると言うより拗ねているのかな?
どちらにしても機嫌を損ねたのは間違いなさそうだった。
「あんた、意外と部屋汚いんだねぇ」
「これならあたいの部屋の方が綺麗だよ」
喰い付いてくれそうな話題を得意げな顔をして投げ掛ける。
「・・・」
今度は顔を真っ赤にして恥ずかしがる阿弥。
「こ、この部屋は私の書斎です」
「資料の整理をしていて、たまたま散らかっているだけです」
「寝室ならいつも綺麗にしてありますから、寝室に行きましょう」
手をバタバタさせ慌てて言い訳を始める彼女はちょっぴり可愛らしかった。
阿弥の後について長い廊下を歩く。
廊下からは日本庭園さながらの庭が一望できた。
しかし、立派なお屋敷だなぁ。
「ここです」
そう言い、立ち止まる阿弥。
あたいの部屋なんて比べ物にならない程、綺麗に整理された部屋に入る。
まるで四季様の部屋みたいだ・・・
四季様の部屋と違い居心地の悪さを感じさせないのは見慣れた阿弥がいるからだろう。
机を挟み、向かい合うように座ったあたい達はいつも通りの会話を始めた。
「ここ来る前にさ、茶屋に寄ったんだよ」
「どこですか?上海堂?黄昏屋?」
目をキラキラと輝かせ、身を乗り出す阿弥。
相変わらず甘味の話になると目が無いねぇ。
「いやぁ、名前まで覚えてないけど、酒屋の隣の茶屋だったね」
「あぁ、そこは上海堂です。あそこの餡蜜は幻想郷一、いや、日本一ですよ!」
この阿弥にそこまで言わせる餡蜜・・・
悩んだけど、かき氷を選んだ自分が悔しかった。
おっと、話がそれちまった。
「餡蜜は今度頂くとしてさ、そこの女将に教えて貰ったんだが、阿弥、書いていた本が完成してたんだって?」
「はい・・・」
急にうつむく彼女にあたいは気付かず話を続けた。
「完成してたんなら教えてくれたって良いじゃないか。水臭いよ」
「ごめんなさい。」
小さな声で謝る彼女の異変に気付き理由を尋ねる。
「なんか言いにくい事でも書いてあるのかい?」
「あそこの死神はさぼってばかりだーとか?」
さっきまで身を乗り出していた彼女は両手を膝の上に乗せ、下を向いたまま話を始める。
「折角仲良くなれた小町と今まで通りでいたかったんです」
「あたいが仕事さぼってるのは事実だから今更そんな事書かれても怒りゃしないよ?」
まったく何を今更気にしてるんだい。
今にも泣き出しそうな表情の彼女は恐る恐る口を開いた。
「違うんです」
「私が阿礼乙女だという事は覚えていますよね?」
「あぁ、それがどうしたんだい?」
「阿礼乙女は幻想郷に住まう人々に妖怪達から身を守る為の知識を書物にして伝えるという責務があります」
「知ってるよ」
「そのせいか、里の人々は私を大切に扱ってくれます」
「お父様もお母様も私を大切に育ててくれました」
「でもある時気付いたのです」
「大切にされているのは阿礼乙女としての私、求聞史の能力を持つ私」
「誰も私の中身を見ようとしてくれないのです」
下を向いていた顔を上げ、あたいを見る阿弥。
「それはちょっと考え過ぎじゃない?」
もっと他に言いたい事があったが上手く言葉に出来ずもどかしかった。
「お父様もお母様も私を『阿弥様』と呼ぶのですよ」
「誰も阿礼乙女じゃない私を見ようとしてくれない」
「でも、小町だけは阿礼乙女じゃない稗田阿弥を見てくれた。
「だから小町に阿礼乙女として書いた私の本を見せたくなかったのです」
「あなたに私を阿礼乙女として見られる事が怖かったのです」
「なんだい、そんな事かい」
あたいは両手を後ろに付き、組んでいた胡坐を崩し両足を伸ばす。
「そんな事って・・・」
「あたいは腐っても死神だよ。その人の職業なんか気にしないよ」
「あたいが見るのはその人の魂で、その人の心だよ」
両目に大粒の涙を溜め込む阿弥。
泣き出しそうな阿弥を見て慌てて続ける。
「あんたがどんなに偉い人だろうと関係ないさね」
「阿弥は阿弥だ。あたいの友達だよ」
「だからそんなに悲しそうな顔するんじゃないよ」
そういいながら身を乗り出し、涙目の阿弥の頭を撫でる。
柄にもなく良い事を口にして急に恥ずかしくなり頭をぽりぽりと掻く。
我ながら恥ずかしい事を言っちまったよ。
でもまぁ、これは本音だ。
そして阿弥は嬉しそうな表情で頷き、お礼を言ってくれた。
その晩、夕食を済ませたあたいたちは庭で花火をしたり、星を見たり、一緒にお風呂に入った。寝る前、前々から疑問に思っていた転生のことについて尋ねた。
「なぁ、阿礼の時から何回も転生してるんだろ?新しく蘇った時に前世の記憶って残ってるもんなのかい?」
「恥ずかしながらしばらく記憶は眠ったままですよ」
「何かきっかけがないと前世の記憶は蘇りません」
横になり顔だけをこちらに向けた阿弥は恥ずかしそうに答える。
「来世で貴方の事を思い出せないかもしれませんね」
ふふっと意地悪な笑顔を作る阿弥。
「そんな寂しい事言うもんじゃないよ」
「もし思い出してくれないようなら三途の川に突き落としてやるさ」
あたいも負けじと意地悪な笑顔を作る。
そして二人で笑いあう。
それから二人で甘味の話をして、明日行く茶屋を決めた。
「これからも友達でいてくださいね」
眠りに落ちる直前にそんな声を聞いたような気がする。
いや、あれは夢の中だったのだろうか。
どちらにしろ、その声は幸せそうだった。
阿弥と出会い十年程経った。
季節は冬。
昨日の夜に降り積もった雪が日の光を受け眩しく輝く。
寒すぎて昼寝する気にもなれないよ。
まぁ、見渡す限り雪なので寝転がることすらできない。
ここのところ毎日阿弥が遊びに来ていたけど、これじゃしばらくは遊びに来れないだろうな・・・
そういえば最近、阿弥の様子がおかしい。
話をしていると思うと急に黙り込み何を言っても上の空だ。
何かあったのかな?
今度来たら聞いてみよう。
無縁塚は辺り一面雪。おかげで昼寝も出来やしない。
仕方ないのであたいは桜の木に寄りかかりぼーっとしていた。
耳が機能していないのではないかと錯覚してしまうほどの静寂の中、遠くから雪を踏む音が響く。
こんなところに近づいて来る者は自殺志願者か変わり者か私の友人くらいである。
「小町ー」
あたいを呼ぶ声が聞こえた。
どうやら自殺志願者でも変わり者でもなく友人が来たようだ。
大きく手を振りながら、友人が辿り着くのを待つ。
寒さで鼻を真っ赤にしてはいるが、私の友人、稗田阿弥は美しい大人の女性に成長していた。
腰まで伸びた髪は黒い絹のようで、地面を覆う純白の雪にも負けない輝きを放っている。
こちらを見る大きな瞳は水晶のように澄んでいる。
阿弥には赤いくせ毛が可愛らしくて羨ましいと言われたが、くせ毛のあたいからはその真直ぐな黒髪が羨ましい。
ようやく大声を出さなくても会話が出来る距離まで彼女が近づいてきた。
「珍しいですね。今日はお昼寝してないんですか?」
からかう様に笑う阿弥。
「さすがのあたいも雪の上じゃ眠れないよ」
苦笑いをしながら答えた。
「こんな雪道の中遊びに来るなんて、どうしたんだい?」
「小町に謝る事があります」
「なんだい?こないだサボって茶屋に行ったのを四季様に密告でもしに来たかい?」
ふふっと笑う彼女はどこか寂しそうだった。
「実は、明日からしばらく会えなくなります」
「何でまた急に?」
「前に話した転生の儀式の準備です」
「そうかい・・・」
そう答えたあたいの頭の中に以前聞いた話が蘇る。
阿礼乙女の寿命は約三十歳。
転生を繰り返す阿礼乙女はただ生まれ変わるだけではないのだ。
次の代の阿礼乙女に魂を渡すため色々と準備をしなくてはいけないそうだ。
後五、六年もすれば阿弥の寿命が尽きてしまうのか・・・
しょんぼりしているあたいに優しい声で阿弥が話を続ける。
「ふふ、そんな悲しそうな顔しないでください」
「今度会いに来る時はおはぎ作ってきますから」
あたいは子供か?
あたいを諭す阿弥にツッコミを入れたかったがそんな気にもなれず、おはぎ楽しみに待ってるよとだけ伝えた。
特に会話も無く、お茶を飲みながら二人で三途の川を眺めていた。
凍える様な風が吹いていたが、阿弥と飲むお茶は体の芯から温まれる気がした。
これからもこんな時間を過ごす事が出来ますように・・・
あたいは終止そんな事を考えていた。
日が暮れると帰るのが大変だから。
そう言うと彼女は無縁塚を後にした。
それから一ヶ月ほど月日は流れ、幻想郷は新しい年を迎えていた。
無縁塚に阿弥が現れる事もなく、あたいが阿弥の家に訪れる事も無かった。
なによりも転生の儀式の邪魔をしちゃ悪いと思い彼女の家に行こうとは思わなかった。
はやくあんたの作ったおはぎが食べたいよ。
そんな事を毎晩夜空に呟いた。
大地を覆った雪が凍りつくほどの寒さに包まれた冬の日。
空は分厚い雲に覆われていた。
あたいはいつも通り、四季様の部屋を訪れ彼岸に送る魂のリストをもらいにいった。
「小町です。入りまーす」
少し疲れた顔の四季様はあたいにリストを渡した。
それもそうだ。
この寒さの影響で人、妖怪、動物が例年より多く死んでいる。
このあたいですら一日に三途の川を何往復もしている。
別の部署の死神は目の下に大きなクマをつくりフラフラになっている。
そんな中あたいの上司である四季様は一週間以上、寝ずに仕事に明け暮れているそうだ。
いやぁ、この部署で良かった・・・
そんな事を思いながら手渡されたリストを確認する。
あれ?
今日は一件だけだ・・・
ふぅと胸を撫で下ろし次のページを確認する。
そこには見慣れた名前が書いてあった。
輸送魂名:稗田阿弥
輸送時刻:未時
担当:小野塚小町
「四季様、いくら疲れているからってこういう間違いは笑えないですよ」
あたいは怒りを込めた笑顔をつ作り、リストを四季様に付き返す。
いくら閻魔様だろうと許さないよ。
「小町、人間の寿命は短いのです」
「辛いと思いますが認めてください」
何を言ってるんだこの人は・・・
あたいはぐっと握り拳を作り、四季様に反論する。
「あいつの寿命は三十歳くらいですよ?まだ四、五年も残ってる!」
「きっと何かの間違いですよく調べてください」
「転生の儀式とは自ら魂を肉体から分離させる儀式です」
「阿礼乙女は自らの命が尽きる前にその儀式を行います」
「嘘です。あいつは儀式が終わったら会いに来るって言ってました」
信じ難い真実を突きつけられ、必死に食い下がる。
「優しい子ですから、貴方を悲しませたくなかったのでしょう・・・」
それ以上なにも言わない四季様を見て嘘や間違いではなくこれが現実なのだと認めざるを得なかった。
どうして、どうして、どうして、どうして、どうして・・・
「辛いならこの仕事、他の死神に頼みますがどうしますか?」
四季様の声で飛びかけていた意識が戻ってくる。
「いえ、あたいに送らせて下さい」
空っぽになった頭で返事をして四季様の部屋を出る。
本当に悲しい事があると涙は流れないと聞いたことがあるがどうやら本当のようだった。
心に大きな穴が空いたような感じ。
虚無感があたいの体を支配していた。
何も考えられない。何も考えたくない。
無縁塚に着くと周囲の雪を青白く染めるよう、魂が淡い光を放ちながらふわふわと浮かんでいる。
阿弥の魂が桜の木の下であたいを待っていた。
「まったく魂になっても真面目な奴だね」
「まだ出航の時間より早いよ?」
こみ上げてくる感情を噛み殺し、笑顔で魂に話しかけた。
せめて笑顔で阿弥の魂を送ってやらないと。
「せっかく出航まで時間があるんだ。少し話でもしようか」
あたいは思い出話をした。
阿弥と初めて会った時の事、取材の手伝いで出かけた場所の事、夏の夜に花火をした事、阿弥が初恋の相手にふられ大泣きした時の事、一緒に酒を呑んだ時の事、阿弥が作ってくれたおはぎの事。
どんな話をしても魂は答えてくれない。
まったく何とか言いなよ。寂しいじゃないか・・・
「さて、そろそろ時間だね」
そう言って立ち上がり船へと向かう。
魂を船に乗せ彼岸へ向けて出航する。
ぎぃぎぃと船を漕ぐ音が三途の川に響く。
「そういや阿弥、一度で良いからあたいの仕事してる姿を見てみたいって言ってたねぇ」
船を漕ぎながら魂に話しかける。
「どうだい、あたいの船を漕ぐ姿は?なかなか様になってるだろ?」
「今度、幻想郷縁起を書くことがあればあたいの事を記事にしてくれていいよ」
「三途の川の船頭。死神、小野塚小町は仕事熱心で有名であるってね」
「・・・」
聞こえてくるのは船を漕ぎ進める音と、船に掻き分けられた水の音。
いつもなら何言ってるのとツッコミが入るはずが魂は何も答えてくれない。
沈黙に耐えられずあたいは鼻歌を歌う。
あたいの好きな幺樂団の曲。
阿弥にどれだけ聞かせても良さが分からないと言われたが、魂となった今では文句は言えないだろう。
きっとこれだけ聞かせれば来世で好きになってくれるはず。
そしたら一緒に鼻歌を歌おう。
出航して一時間程で彼岸に着いた。
阿弥、あんた良い人生だったんだね。
こんなに距離が短いのは初めてだよ。
まったく、少しくらい悪さしてても良かったじゃないか・・・
桟橋に船を寄せ、魂を下ろす。
「あ、阿弥、その・・・」
言いたい事が言えず俯いていると、聞き慣れた声が聞こえた気がした。
「ありがとう、小町。貴方みたいな友達がいて私は幸せでした」
ハッと顔を上げあたいは答えた。
「何言ってんだい、これからも友達のままだよ」
まったくこいつは魂になってもあたいを気にかけてくれるのかい。
泣き出しそうなあたいの顔を見て声をかけてくれたんだね・・・
お礼を言うのはこっちだよ。
ありがとう。
笑顔になったあたいは船を此岸へと向ける。
「じゃあまたね、早く帰らないと四季様に叱られるからもう帰るよ」
「今度会う時ちゃんとおはぎ持って来るんだよ!」
そう言うとあたいは力一杯船を漕ぎ出した。
此岸に向かう船の上。
あたいの頭はようやく阿弥がこの世からいなくなってしまった事を認識し始めた。
ぽっかりと空いた心の穴に悲しみが詰まっていく。
此岸の桟橋に付く頃には、ぽっかりと空いた心の穴は悲しみで塞がっていた。
苦しい。切ない。辛い。
何が死神だい。
友達一人の死期も見抜けないなんて・・・
自分への怒り。
船を固定し、桜の木の下へ向かう。
ざくっざくっと雪の上を歩くたびに阿弥との思い出が蘇り、心の穴から溢れた悲しみが涙となって流れ落ちた。
桜の木の下、阿弥との思い出が詰まった場所であたいは泣いた。
次の日もその次の日も仕事をほったらかして泣き続けた。
「こんにちは」
優しく微笑む彼女が話しかけてきたのは三途の川の河川敷に広がる無縁塚の外れ。
空には雲一つ無く、よく晴れた昼下がり。
葉も花も纏っていない桜の木の根元で昼寝をしていたあたいに、彼女は挨拶をすると三途の川の向こう側を眺める。
興味深そうに向こう側を眺めるその顔をあたいは寝ぼけ眼でみつめる。
「無縁塚は変わらないですね」
少女は懐かしむように話し始める。
「川の色も、河川敷の形も、桜の木の下でさぼっている死神さんも昔のまま・・・」
眠気が一瞬にして消えた。
がばっと勢い良く飛び起き、少女の正面へ回る。
「あ、あんた、阿弥なのかい?」
淡い期待を胸に少女の両肩を強く握り真直ぐに彼女を見つめる。
「いいえ、違います」
その言葉を聞き落胆するあたいに少女は続ける。
「今は稗田阿求と呼ばれています。会いに来るのが遅くなってごめんなさい、小町」
そう言うと彼女はそのままあたいに抱きつき何度も何度も謝った。
「約束通り、おはぎ作ってきましたよ」
「うれしいねぇ、ちょうど小腹が空いてたところさ」
涙を拭きながらあたいは答える。
桜の木の下であたいたちはおはぎを食べながら思い出話に花を咲かせた。
あたいは丸裸「で」桜の木の下に出来た日陰で転寝をしていた。
こう読めたので三回ほど読み返しました
でもこういう話ならもっと尺が欲しかったかも。
わかっている終わりを見ずに終わりが来て認識
最後には幸せHAPPYEND
サイコーのSTORYでした
阿求の前世の話ってあんまり見ないと思う。
ただ私ももう少し尺があってもいいかと
と言うよりもっと小町と阿弥の話しがあっても良かったと思います
小町は気さくでおしゃべりな感じで、いい友達になれそうなキャラですよね。