Coolier - 新生・東方創想話

あれが噂のゲリラ雲

2011/09/20 23:58:27
最終更新
サイズ
14.26KB
ページ数
1
閲覧数
935
評価数
3/8
POINT
450
Rate
10.56

分類タグ

 澄み渡った空を射命丸文は見渡した。太陽は盛んにまぶしい。文の目線はまず住処である妖怪の山を捉え、ついでその反対側へ向けられた。そこには富嶽をもうすこし変にさせた形の入道雲が、南の空は俺のもんだと言わんばかりに広がっていた。

 一目みて立派だとわかる。

 文はそれに見当をつけると、首にかけていたカメラを構えた。

 入道雲の巨体がファインダーに都合よくおさまるよう、ちびりちびりと調整していたところだった。入道雲の上半分がごっそり右へ傾いたのが、ファインダーの十字越しに見てとれたので、文は驚いてカメラから目をそむけてしまった。だが、すぐにその原因に察しをつけた。

 文は入道雲にむかって大声を放った。方方にある山の山彦を奮い立たせた。

 おおーい。と、声は響いた。すると、入道雲のぼやけていた輪郭が、みるみるうちに変容していくではないか。年老いた男の顔が浮き上がってくる。

 よく見るがよろしい。これは入道雲ではなかった。入道だか大入道だか、そんな呼び方をされている妖怪の、雲山に違いなかった。

 文は、というより、天狗は雲山と馴染みの仲であった。古い妖怪仲間と言えばよいのだろうか。そんな風な関係が彼らにあった。

 だからかどうかは知らないが、今日の文からかしこまった敬語が聞けることはなさそうである。さっきの大声にも遠慮がなかった。

 文と雲山の話すところ、こんな具合である。

 文、カメラを手に持ちなおして、やや困った表情で目前の大雲に言う。

 ずいぶん威勢のよい入道雲があったと思ったら、あなただったのね。

 雲山の眉毛とおもわれる箇所がゆっくりとうごく。表情が変わり、文を見ている様子。

 文はまだ喋る。

 いや、本当に何年ぶりかの上出来な入道雲がきたものだと思ったのに。そのためにカメラを構えてパシャリといってやるつもりだったのに、ざんねん。

 文がいかにも口惜しやといった口調と態度をとると、またも雲山の顔がゆっくり変わる。

 雲山、やや憤りをみせる。からだの雲の一部が渦巻きだす。

 文がカメラを構えるフリをしながら言う。

 おや、怒るの、トサカにきたの。いいわよ、その姿を撮ってあげる。私はあなたみたいなオジ様は記事にしようとも思わないけど、今回だけは特別に一面にのせてあげようかしら。そうね、題して「大入道、ハタ迷惑なゲリラ豪雨」とでもいこうかしら。何でも、ゲリラ豪雨って言葉が流行っているそうじゃない。意味は詳しくないけど、字面だけでもう凄まじい雰囲気がしてくるわ。あなたをゲリラ豪雨の真犯人に仕立て上げてやる。

 文のこの言葉は、冗談か、脅しか、本当か、定かでない。

 雲山から怒りの気が消えていく。文の言葉を真に受けたというより、呆れているよう。

 雲山のからだが再びもとの積乱雲型へもどっていく。

 文、ひとつの提案をする。

 そうだ、あなたちょっとモデルになってよ。なにのって、もちろん入道雲のモデル以外には務まらないわね。うってつけじゃない。なにせ入道雲そのものなんだし。いや、たしかに撮るつもりはなかったけど気が変わった。入道雲を撮る練習をするわ。あなたなら角度を自由に決められるし、形状だって思いのままでしょう。

 文がまくしたてると、雲山が困惑する。だがややあって了解を示す。

 こうして雲山の撮影がはじまった。

 して、それはどんな方法で行われるのかというと、文が大声でもって指示を出し、はるか遠くに立ち上る雲山はその要望どおりに変形していくというものだ。

 なるほど。聞いてみると簡単そうではある。ところが実際にやってみるとそうはいかなかった。

 まず文は、その姿のままでも構わないがやや大きさが足りない、もっと膨らんでほしいと言った。雲山は言葉のとおりに体格を盛り上げんと力をこめた。すると取り囲んでいた雲がじわじわ大きくなっていき、南の空のしろい壁となった。

 文はここでカメラを構えて三回ほどシャッターをおろしたが、満足のいかない顔をする。

 二度目には、雲のうねりにもう少し勢いをつけてくれと言った。曰く。うねって複雑な影模様に化粧された入道雲は、なんとも素晴らしいのだそうだ。

 それは分かる気がする。夏の空に雄大にひろがる入道雲の、白と青が重なりあった感じには思わず首をあげて、ぼおっとしてしまいたくなる。文はそんな情景を望んでいるらしかった。

 雲をうねらすとは、つまり、雲山にとってからだをうねらすという意味になる。なんだか辛そうだ。だが本質は何を言ったところで雲に違いないので、このくらいはお安い御用だった。

 雲がうごめき出す。徐々に徐々に隆盛がはげしくなっていった。

 そのとき文がとつぜん雲山を止めた。雲山のうねりがゆるやかに停止する。文が彼を止めた理由はこうだ。うねりすぎ。簡潔なヒトコトだった。

 雲山が、ではどの程度までうねれば良いのかと聞くと、文は人差し指と親指をこすりあわせながらこのくらい少しでいいんだと言った。雲山は奇妙な顔をしながらも、言うとおりに雲のうねりを落ち着いたものにしていった。

 それも束の間、再び文が止めに入った。もっとうねりを抑えろと言うのだ。雲山はしぶしぶ、さらに控えめになるよう注意を払った。

 慎重におこなったためひどく時間がかかったが、どうやら文の注文どおりにできたようだ。写真は六枚ほど撮影された。

 次に文は、そのままゆっくりと横に回転してくれと伝えた。

 ここではじめて雲山が難色を示すことになる。彼は横向きにからだを回転させることをためらった。そんな格好のつかない、締まらない真似はできないと言うのだ。

 文はううむと唸ったあと、写真に収めることができれば格好がよいだろうと言った。しかし、そんな言葉で惑わされる雲山ではない。間抜けな姿など、写真にしようが絵にされようが滑稽さにかわりなしとつっぱねた。

 文が再び唸り声をもらして、こんな説得をはじめた。

 たしかに回転させられる本人からすれば間抜けに思えてしまうだろうが、静止画にしてしまえば回転していたなどという事実は残らない。かわりに横の角度をまんべんなく捉えた入道雲の写真が残される。そんなものは、妖怪や人間問わず、大抵の者からすれば美しい入道雲にしか見えない。

 文はそう言った。なるほど一利ある。

 雲山はまだ顔をかげらせながらも、いちおう納得した。

 文がカメラを構えなおすと、雲山がきわめて緩慢に回りはじめた。その様子にはためらいが見え隠れする。と言っても文が言ったとおり、我々には入道雲がほんのわずか揺れ動いているようにしか見えないのだ。本人はしかめ面をより厳しくさせてすっかり参ったと言わんばかりである。

 文のカメラからシャッターを切る音が断続的に聞こえてくる。入道雲の正面も側面も後ろ姿も、まとめて四角におさまっていく。

 順調のようだったが、またしても文のクチバシが尖りをみせた。それは、ちょうど雲山が背中を見せ終えたあたりのときだった。文はそのまま止まれと彼に言い、彼のほうへ飛び向かっていった。どうやらその状態が彼女なりに美しく見えたようで、もっと入念に撮影してやろうというそうだ。雲山からしてみれば、背中を向けたままなのは落ち着かないことだろう。

 文は雲山の下にやってきた。地面に近い場所から見上げれば、まさしく夏の景色にふさわしい壮大さと爽やかさだった。文はため息をしいしい、これが雲山でなくホンモノの入道雲だったならと愚痴る。

 下から撮影していき上へと移動していくつもりのようだ。一度は地に降りたシャッター音とフィルムを巻く音が、ふたたび上へ昇っていく。山鳥の鳴き声とたまにつよく吹く風の音もあった。のどかな中で黙々と続けられた。

 お日様を受けてつくられた文の影が雲山の背中にヨコ長に広がっていた。文はいつの間にか雲山を見下ろせる位置にきていた。あともう少しで彼のてっぺんに到着しそうだった。

 文は夢中になっていた。なので背後に近づいていた人影に気づかない。その人影が好意的ではないむすっとした表情でいることにも。

 唐突に肩に手をおかれた文は、嗚咽のような奇妙な驚きの声をあげた。カメラは手から離れたが、首にかけていたので落ちることはない。

「こらこら、貴方さっきから何をやっているの」

 その声は文にとって馴染みうす。しかし振り返って顔をみてみると誰なのかすぐ分かった。何度か取材にむかった人物だ、記憶にはとどめている。

 雲居一輪あらわる。

「何をやっているのか見てわかりませんか。入道雲の撮影を」

「雲山よ」

「雲山の撮影をしていました」

 文は急にかしこまりだした。

「あんまりこういうのは控えてほしいわね。いい気分じゃないわ。雲山だって喜んでいる、というワケでもないし」

「まあ、イイじゃありませんか。撮影の許可はもらっているんですから。そんな貴方に朗報ですが、あともう間もなく終わる予定でいるんですよ。フィルムの残りがそろそろ尽きそうでね。ポーチにあと一つだけ」

「フィルムが尽きる前に退場してちょうだい」

「はい、ですが、本当にあともう少しなんですよ。あと一息。ネ、ネ」

「ダメよ。ずっと見ていたけど、雲山と喧嘩しそうになった時もあったし。放っておくと危ない気がするの」

 と、それまではヘラヘラしまりのない笑みを浮かべていた文が、さっきの言葉を耳にした途端に呆然として一輪を見つめた。

「ずうっと見ていたんですか」

「そうよ」

「えっと、それは、まさか……ずうっと、と言うのは、初めっから見ていたんですか」

「そうだけど」

「見ていたってことは……もしかして……ここにいたってこと……」

「しつこいわね。それが何か」

 文の顔がみるみるうちに深刻になっていく。さっきまでの気楽な調子はひっこんで暗雲たちこんだ暗いものになる。その変化には一輪もさすがに戸惑った。

「ど、どうしたの」

 一輪の問いに文は答えず、かわりにカメラからフィルムを取り出してこぶしに転がした。

「それがどうかしたの」

「きっとこれには、雲山のほかにあなたが写っているでしょう。私は雲山を、入道雲だけを撮りたかったのに、あなたが写り込んでしまったら台無しじゃないですか!」

「台無しって……私が写っているとは限らないでしょう。たくさん撮ってたじゃない」

「貴方どこにいましたか」

「えっと、雲山の下で、たしか、あの木のあたりに」

 一輪が指さした場所に目を落とした文は声にならない声を上げ、一輪をギョッとさせたものだった。

「あの木! 間違いなく写真に入っている。ああもうダメだ。やり直しだ。こういうのをね、フィルムの無駄遣いって言うんですよ。分かりますか? このまま大空に向かって広げてしまってもいいくらいの失敗ですよ。ねえ、あと一個、あと一個しかありません。ポーチの中にあと一個」

 文がウエストポーチから取り出したのは、まだ使用されていない無垢のフィルムである。文は慣れた手つきでそれをカメラへ接続してみせると、雲山のほうへ構えた。

 いったい何をするつもりなのかと思った矢先、撮影を初めからやり直すと言い出した。さしあたって、雲山には初っ端の体勢へそっくりそのまま戻ってほしいという難題も加えた。

 一輪はあきれ果てて、雲山は仏頂面をかたくする。こんな無茶な要求をいったい誰が通すと言うのだろうか。一輪がため息混じりに文を諦めさせようとした。

 だがいちど火のついてしまった天狗ときたものだ。タチの悪さはまさに妖怪といったところか。文は引き下がらない。こんな目になったのはお前のせいだと一輪に食ってかかる。その食い方がこれまた尋常ではない。なんだか本当に噛み付いてしまいそうだ。

 顔がぐいっと近づいて牙むけられた一輪は、ワケの分からないという具合に目を白黒させて文の攻撃をうけていた。まさかこんなに文が激昂するとは誰が考えただろうか。

 そうしていると、突然まわりに風が吹きはじめた。風がきたなと思った矢先、恐ろしい圧力で文と一輪を囲いこむと、たちまち二人を引き剥がしてしまった。一輪のほうは上空へ飛ばされたが、文のほうは真下へ急落下させられたのだ。

 文は林へ落ちていくと、木枝に引っかかりつつ引っ掻けられつつ、湿った冷たい腐葉土へ背中を叩きつけるにいたった。だがこれだけで雲山の仕置は終わらない。足元で痛みにもがいている文に雲山は狙いを定めると、体をにわかに薄暗くさせて、うちがわで雷をごろごろと鳴らした。

 間もなく、その林にだけ雨が降りだした。遠くから見ると林のあたりが灰色にくすんでいる。近寄ると雨しぶきの音がやかましい。真下にいた文は何か叫んでいるが雨音にかき消されて分からない。ただうずくまってカメラとポーチを死守している姿はハッキリしていた。

 降り続ける雨に耐え切れなくなった文は、ドロドロに濡れた体をなんとか奮い立たせて水を散らしながら飛びさっていった。

 激しく短い一幕だった。文のみすぼらしい後ろ姿を見送った雲山と一輪は、さすがに少し気の毒に思った。

 そして日は過ぎた。

 これより、二日後のことである。

 紅玉と化した夕日が西のやまへ没しようとする頃、雲山は命蓮寺ちかくの空にたくましい体を横たえていた。

 夜がくるのをしみじみと待っていると、彼の体に見覚えある影が落ちてきた。文だと分かった途端に、それまでおだやかだった雲山の顔が曇る。いっぽうで文は落ち着いた笑顔を表す。企みのない綺麗さがあった。

 雲山は警戒する。おととい雨で打ち負かして追い払ってやったのだ。今日きたのは報復ではないか、という不安があった。ところが文はさっぱりとした笑顔だ。ますますの怪しさである。

 そうやって雲山が心構えていると、文は心配には及ばないなどと言った。続けて、なぜか、感謝の言葉を坦々と打ち明けていった。

 いや、なに、そんなに堅くならなくって結構。雨にふられた件は、ここでは忘れたも同然。むしろアアなって良かった。ほんと、ありがとう。水をかぶったおかげで頭が冷えたってヤツかしら。感謝するわ。幸い、カメラもフィルムも無事だったし。

 これらを言い終わった文は丁寧なお辞儀をしてから命蓮寺のほうへ降りていった。一輪にも感謝を告げるつもりのようだった。

 雲山はまだ不安げでいる。その表情は西日にあてられ影がくっきりとついていたものだから、とある方角から眺めたとき大層恐ろしく見えた。







   突然のゲリラ豪雨!

   移ろいやすい天気

   その破壊力を検証



 まだまだ残暑の厳しいこの季節、ぼうっと黄昏ていると驟雨に襲われることも少なくない。題名にもあるゲリラ豪雨という言葉、聞きなれない方もおられるだろうが、驟雨の親戚みたようなものだと思っていただくのが良い。ただしその激しさと突発さにおいては圧倒的で、その文字からくる刺々しさに、間違いはなしと言える。“ゲリラ”は外界からきた言葉の一つで、元々は撹乱などをその場の判断で行う作戦を指していた。転じて、予期せぬうちに起こる出来事をゲリラと呼ぶようになったという。つまりゲリラ豪雨とはいきなりのうちに巻き起こる豪雨という意味がある。最近は幻想郷のあちこちでゲリラ豪雨が散発的に発生しており、洗濯物が水浸しになってしまった、散歩していただけなのに川で溺れたみたいになった、というような被害が増えている。これを抑えるためには、ゲリラ豪雨の恐ろしさを広く知ってもらわねばならないと考えた。

 ゲリラ豪雨の恐ろしさを伝えるために、実際に私自らが体験したレポートを記す。今回協力していただいたのは、命蓮寺在住の雲居一輪(妖怪)と、同じく命蓮寺在住の雲山(大入道)である。雲山は雲の妖怪であるため、今回のような気象実験の専門家と呼べる。

 雲山さんには見事な入道雲を演じてもらうことになったが、本題はゲリラ豪雨である。実際に彼の足元へ移動して、雨を降らせてもらうことになった。彼の体は最初は青白かったが降雨間際になると黒く変色し、怒涛の水玉を散らしはじめた。私はその場にしばらく起立し続けるつもりでいたが、数秒としないうちに服がずぶ濡れになってしまう。バケツをひっくり返したような雨、という言葉はよく使われるが、まさにその通りだ。このとき手違いで取材道具を入れたウエストポーチまで水没させてしまいそうになったので、急遽現場から離脱する運びとなった。



<ずぶ濡れの文の服が、白い板の上に広げてある様を写した写真>

   筆者が体験したゲリラ豪雨の威力を物語る一枚。
   わずか数秒、降雨に立ち会っただけでこんな状
   態になってしまった。

<同じく、ずぶ濡れのウエストポーチの写真>

   あとで確認してみると中に入れていたフィルム
   などは無事だったが、ポーチは裏面まで水が通
   過している状態であった。



 この記事を読んでいる皆さんはゲリラ豪雨の恐ろしさを、多少は理解できたかと思う。もしも外出中に雲行きの怪しさを感じたら、急いで雨宿りできる場所を確保するのが賢明だろう。また室内にいたとしても雨を予感したなら、洗濯物を取り込んだり窓を閉めたり、そういう注意を怠らないように。話は変わるが、このような多量の降雨の後には川が氾濫することもあるため、川遊びもほどほどにしておいたほうが良い。溺れていたら河童に助けてもらったという事例もあるが、どちらかというと彼らは戯れるつもりで川底へ引っ張りこんでくることが多い。やはり大事なのは、各人それぞれが気をつけることである。   (射命丸 文)
北風と太陽みたいな話でもよかったかしら。
今野
簡易評価

点数のボタンをクリックしコメントなしで評価します。

コメント



0.190簡易評価
1.80奇声を発する程度の能力削除
ゲリラ豪雨って本当に怖い
2.90名前が無い程度の能力削除
なんか面白かった。
4.90名前が無い程度の能力削除
いいわ