「フンフンフーン♪」
その日、自分の家で妹紅は鼻歌混じりに上機嫌だった。目の前には背負い籠に山と入ったタケノコ。
昨晩は久しぶりに決闘で輝夜に勝ったし、今朝はこうして食べ頃のタケノコを大量に採ることができたからだ。
しかし、調子に乗って採りすぎた。とても一人では食べきれない。
「うーん。また慧音の所に持って行こうかしら」
妹紅はちょくちょく慧音に、タケノコやら作りすぎた煮物やらをおすそ分けしている。
「偶然余ったんだ。もったいないからな」なんてぶっきら棒な物言いで持ってくるのだが、本当はいつも 世話を焼いてくれる慧音へのお礼の印なのだ。
素直になればいいのに、と慧音宅の隣近所が温かく見守っていることに、妹紅は気づいているのだろうか。
ともかく、妹紅は形や大きさの良いタケノコを選別して古文々。新聞に包む。
さぁ家を出ようと扉に手をかけた時、妹紅はフト思い出す。
「今日……慧音は何か用事があるって言ってた気がする……」
何日か前に遊びに行ったら、慧音がこの日、つまり今日は忙しいと言っていた様な記憶がある。
用事があるのに家に出向いたら迷惑だろうし、気を遣わせる。
でも何となく聞いた程度の曖昧な記憶だけに、今日は大丈夫だろうとも思えてくる。
うーん、と妹紅が悩んでいると、格子窓の外に青い服の妖精が見えた。
あれは氷精のチルノだ。
何が面白いのか、竹を凍らせて一人で遊んでいる。
(そうだ、あいつに伝言をさせよう。妖精の頭でも、言ったことを復唱するくらいはできるだろう)
妹紅はそう考えて、早速外のチルノに近づいていく。
「よぉ」
「あっ! その声は火の鳥! さては、あたいを溶かそうっていうの!?」
「何そのあだ名。別に取って食べようとはしないわよ」
大仰に驚き、勝手に戦闘態勢に入るチルノと目線を合わせる様にしゃがみ込み、妹紅は本題に入る。
「頼みがあるの」
「頼み?」
「そう。今から言う言葉を慧音に伝言して欲しいのよ」
「へぇー。別にいいけど、それあたいに何の得があるの?」
「もちろんタダじゃない。これをあげよう」
妹紅はポケットから棒状のものを取り出す。
それはいくつかの短い竹を連結したもので、片方の竹は細く三角形に削られ、反対側の端の竹には口らしき切り込みと目玉が二つ書いてある。
「これは世にも珍しい体が竹で出来た蛇よ。普段は死んだ様に動かないけど、こうやって尻尾をもってやると」
妹紅は三角の持ち手を持って水平に構える。
すると、竹製蛇はまるで生きているかのごとく伸び縮みし、カタカタと蛇行を繰り返す。
チルノの目が好奇に輝いた。
「どう? 欲しい?」
「欲しい!!」
「じゃ、慧音に言伝してくれ」
「わかった! あたいにまかせて!」
「いい返事だ。いいかい?
『今日はいっぱいタケノコが採れた。
おすそ分けしたいから、未の刻に家に行っていいか?
あと、こないだ作ってもらった若竹汁はすごくおいしかった。
また飲みたいな』
どう、覚えられた?」
「大丈夫! あたい最強だから!」
「それは頼もしいね。
ああそれから、多分慧音のことだから返事をくれると思うの。私はそこの小屋にいるから、それを聞かせて頂戴。
それじゃ、頼んだわよ」
「あいあーい」
妹紅とチルノは元気にハイタッチして、契約締結時に行う握手の代わりとする。
両手を突き出し上空へと飛び立ったチルノを見送った妹紅は、暇つぶしに作った玩具が役に立ったな、とほくそ笑んで家に戻った。
――◇――
「いっぱいタケノコ……未の刻に行く……若竹汁おいしい……」
チルノは天気のいい空を、覚えた内容が頭から逃げないようブツブツ反芻しながら人里に向かって氷の羽をはためかせる。
すると、竹林を抜けたすぐ先。
人気の無い寂しい街道沿いに黒いワンピースで頭にリボンをつけた女の子が、木陰にじっと隠れて道側を見張っているのが見えた。
チルノには見知った顔。宵闇妖怪のルーミアだ。
チルノはお使いの途中なのに、ルーミアのそばに何の躊躇もなく降り立つ。
「ルーミア、何してんの?」
「あ、チルノちゃんなのかー。何って狩り」
「狩り?」
ルーミアは街道を指差す。チルノがそちらに目を向けると、道のど真ん中にやたら大きなトラバサミが仕掛けてあった。
「お腹が空いて、ちょっとお肉が食べたいから仕掛けたの。
でも中々狙ってるのが掛からなくて、こうして見張ってるんだよ。
チルノちゃんも一緒に見張らない?」
「それはおもしろそうだけど、あたい今大事な仕事の途中だから無理!」
「そーなのかー」
ルーミアはそう言ったっきり興味が無くなったのか、また街道の監視作業に戻る。
チルノもたいして気にも留めず、そのまま空に飛び上がった
「いっぱいのお肉……あれ……羊汁おいしい……かな」
案の定、チルノの反芻に齟齬が生じ始めてきた。このままでは妹紅が肉食系女子になってしまう。
だが、チルノはそのことに全く気づいていない。
チルノの脳内で情報が錯綜していると、眼下の野原に見覚えのある黒マントと触覚。
いつも遊んでいる、蟲の王を自称するリグルだ。リグルは草むらに屈みこんで何かを熱心に観察していた。
好奇心に駆られたチルノは、降りてリグルに話しかける。
「リーグル! 何見てんの?」
「ああ、チルノちゃん。ホラ見て、とっても珍しい虫。
トゲアリトゲナシトゲトゲがいるのよ。本当に実在したのねぇ」
「トゲアリトゲナシトゲトゲ?」
「棘有棘無棘棘よ」
「……それって、トゲトゲがあるの? ないの?」
「だから、それを観察しているのよ。今のところトゲがあるけれども、もしかしたらこのトゲトゲ、脱着可能なのかも」
「ふぅん……あ、いけない! あたい今大事な任務の途中だからじゃあね!」
チルノはハッと目的を思い出し、トゲにまみれた謎の空間から脱出した。
「いっぱいのトゲトゲ肉をおすそ分け……未の汁にトゲが有って、若竹トゲが無いほうで……」
最早記憶の修復と収納がごちゃ混ぜになっている。一体妹紅はどんな代物をおすそ分けするつもりなのか。
しかし、チルノはこの記憶が正解だと信じて疑わない。
そんなチルノの耳に、音を喜ぶ楽しげな歌声が聞こえてくる。
こんな上空で音楽を嗜む存在は、騒霊楽団を除いては一羽ぐらいしか思い当たらない。
「ぽっぽぽぽぽぽぽっぽ~ ぽっぽぽぽぽぽぽっぽっぽぽっぽ~♪」
「ねぇ、みすちーって鳩だったの?」
「あらチルノ。これは昨日私の屋台に呑みに来た人間が教えてくれた歌なの。
色眼鏡を掛けた男の人でね、鳥の巣みたいな髪型しているのに自分は鼠の先輩だー、なんて言う人だったよ。
おっかしいよね。ぽっぽ~♪」
「ほー。よくわからないけど、その人間には優しくしたほうがいい気がする。
それじゃ、あたい最高の戦いに臨まなくちゃいけないからバイバイ!」
チルノはぽっぽぽっぽと気に入ったフレーズをリフレインするミスティアに別れを告げ、もう目前の人里に向かって高度を落とした。
――◇――
「それで、角が岩に刺さって引っこ抜くのが大変でな」
「それ敵に狙われ放題じゃない」
慧音の自宅の一室で、霊夢は慧音と昼食を食べながら談笑していた。
霊夢が合いの手を入れながらタカった焼き魚をつついていると、戸をどんどんと叩く音。
続いて聞こえてきたのは
「たのも~! た~の~も~!!」
「……この天空に突き抜ける能天気な声はチルノね。何しに来たのかしら?」
「はい、今出ますよ」
慧音がカラカラと戸を開けると、予想通りチルノがなぜか腕組みして仁王立ちしていた。
「けーね先生! 竹林の火の鳥から伝言を預かってきた! 聞きたい?」
「……迷いの竹林に、そんな神獣いたっけ?」
「多分妹紅のことだ。それはご苦労様。是非聞きたいな」
「それならまかせて! 最強に教えてあげるわ」
そう胸を意味不明に反らし、ハッキリしっかりこう言った。
「『恐怖の一端 猛った寅さん。
裾上げしたいけど、密告でイェーイなインテリ移住?
あと、コダーイ・スクリプト輪っかなたけし城は即刻押し出だす。
マカのみ鯛ランド』!」
「…………はぁ?」
霊夢はあまりの支離滅裂さに混乱する。
何一つとして意味を読み取ることができないが、慧音はうーん、としばらく考え込んだ後に一言。
「成程、よくわかった」
「えっ!?」
霊夢は驚愕する。いったい今の文章のどこに情報があったのだろうか。
だが、慧音は事もなげにチルノにこう告げる。
「それじゃ、妹紅にこう伝えてくれ。
『ソリューションアビリティ、超密告はせんと君の宝塔がある。
サルノコシカケに試着室。
それから、装備品モラルとこっちから漆塗り。
急坂でつるっとアジャンパー』」
「…………はい?」
「うん、わかった!」
「よし。それじゃあ気をつけてね」
「えええっ!?」
霊夢は再び混沌とした謎の語群に眉をひそめ、その言葉に何の疑問を持たないチルノに驚く。
何だ、一体何なのだ。
慧音は間諜者と暗号のやり取りでもしているのか。
だがそんな霊夢の思惑を余所に、チルノは竹林の方にとんぼ返りしてしまった。
「……慧音。あなた宇宙人と交信できるの?」
「いやいや。私が伝言したのは永遠亭の医者ではなく、妹紅だ」
「そーじゃなくて。あんなデタラメなやり取りで、どーやって意思疎通できんのよ」
「ん? あの伝言はあながちデタラメでもないぞ。多分寄り道とかしている間に、内容が曲解されたんだ。
だから返信は、それを逆手に取ってやればいいのさ」
「???」
「まぁ細工は流々、仕上げをごろうじろだ」
慧音はそう自信を持って霊夢に宣言する。
はたして、伝言はキチンと届くのだろうか。
――◇――
チルノは道すがら、またミスティアに会った。
「右からやってきた~ それを左に受け流す~♪」
「何がきて何を受け流したのそれ?」
「この歌は、おヒゲを生やしたダンディなお兄さんに教えて貰ったんだよ」
「ダンディ……黄色い服着てそう」
「ううん、礼服みたいな真っ白い服着てたよ。ふいにやってきた~♪」
「ふーん、じゃまた明日!」
リグルはまだ虫の観察をしているようだった。
「今度は何を見ているの?」
「見て! この茸の裏にエンカイザンコゲチャヒロコシイタムクゲキノコムシがいるの。
小さくて見つけるのが大変ね」
「……あたいはエンカイザンコゲチャヒロコシイタムクゲキノコムシって言う方が大変だと思うけど、じゃまたね!」
ルーミアはまだ街道を見張っている。
「そんなに獲物かからないの?」
「あー、丸々太った豚とか鶏はかかったんだけど、私の食べたいお肉と違うから離してやったのだー」
「へえ、なかなか好みにうるさいんだね。まぁ頑張って!」
「……えーと、それを3つに受け流して……宴会山にこげ茶色のいい肉が……何だっけ?」
ドンドンと戸口から音が聞こえる。
妹紅が戸を開けると、チルノがなぜか腰に手を当てて偉そうにふんぞり返っていた。
「先生から返事をあずかってきた! でも聞きたければ人質と交換だ!」
「ん? ……ああ。はいはい、約束だからな」
妹紅は苦笑いしながらヘビの玩具を渡してやる。チルノはそれをカタカタと伸ばしてご機嫌だ。
「あー。で、慧音は何だって?」
「いけない! これが素敵過ぎて忘れるところだった。今最強に教えるからね!」
「まぁ、普通でもいいから頼む」
「けーね先生はね、こう言っていたよ」
そして、チルノの口から完璧に復唱している『つもり』の言葉が紡ぎだされた。
――◇――
同日 申の刻。
慧音が自宅で待機していると、戸を控えめに叩く音がした。
「やぁ」
「いらっしゃい。さあ上がってくれ」
訪ねてきたのは妹紅。背中には籠を背負っている。
「これ、伝言したと思うけどおすそ分けよ。美味しいところ選んできたから」
「ありがとう。これはいいタケノコだな。ちゃんと若竹汁の準備はできているから、待っていてくれ」
「へへへ、やった」
そんな様子を、驚きの様相で眺めるのは霊夢だ。
「妹紅」
「おわっ! なんだ居たのか。どうしたの?」
「あなた、チルノからの返信を聞いてここに来たのよね?」
「あ、ああ」
「……なんて内容だった?」
「ええ? えーと
『それはありがたいが、今日未の刻は生徒の補習がある。
申の刻にしてほしい。
それから、そう言ってもらうとこちらも嬉しい。
夕飯に作ってあげよう』だよな。
ちゃんと申の刻に来ただろ。間違っているか?」
「……すごい。見事な先読みね」
「だろう。霊夢も子供達の伝言遊びに付き合えば、自然とできるようになるぞ」
そう感服する霊夢に、少し得意げに講釈する慧音。
ただ一人、普通に伝達が行われたと思い込んでいる妹紅は、不思議そうに首をかしげるだけであった。
【終】
その日、自分の家で妹紅は鼻歌混じりに上機嫌だった。目の前には背負い籠に山と入ったタケノコ。
昨晩は久しぶりに決闘で輝夜に勝ったし、今朝はこうして食べ頃のタケノコを大量に採ることができたからだ。
しかし、調子に乗って採りすぎた。とても一人では食べきれない。
「うーん。また慧音の所に持って行こうかしら」
妹紅はちょくちょく慧音に、タケノコやら作りすぎた煮物やらをおすそ分けしている。
「偶然余ったんだ。もったいないからな」なんてぶっきら棒な物言いで持ってくるのだが、本当はいつも 世話を焼いてくれる慧音へのお礼の印なのだ。
素直になればいいのに、と慧音宅の隣近所が温かく見守っていることに、妹紅は気づいているのだろうか。
ともかく、妹紅は形や大きさの良いタケノコを選別して古文々。新聞に包む。
さぁ家を出ようと扉に手をかけた時、妹紅はフト思い出す。
「今日……慧音は何か用事があるって言ってた気がする……」
何日か前に遊びに行ったら、慧音がこの日、つまり今日は忙しいと言っていた様な記憶がある。
用事があるのに家に出向いたら迷惑だろうし、気を遣わせる。
でも何となく聞いた程度の曖昧な記憶だけに、今日は大丈夫だろうとも思えてくる。
うーん、と妹紅が悩んでいると、格子窓の外に青い服の妖精が見えた。
あれは氷精のチルノだ。
何が面白いのか、竹を凍らせて一人で遊んでいる。
(そうだ、あいつに伝言をさせよう。妖精の頭でも、言ったことを復唱するくらいはできるだろう)
妹紅はそう考えて、早速外のチルノに近づいていく。
「よぉ」
「あっ! その声は火の鳥! さては、あたいを溶かそうっていうの!?」
「何そのあだ名。別に取って食べようとはしないわよ」
大仰に驚き、勝手に戦闘態勢に入るチルノと目線を合わせる様にしゃがみ込み、妹紅は本題に入る。
「頼みがあるの」
「頼み?」
「そう。今から言う言葉を慧音に伝言して欲しいのよ」
「へぇー。別にいいけど、それあたいに何の得があるの?」
「もちろんタダじゃない。これをあげよう」
妹紅はポケットから棒状のものを取り出す。
それはいくつかの短い竹を連結したもので、片方の竹は細く三角形に削られ、反対側の端の竹には口らしき切り込みと目玉が二つ書いてある。
「これは世にも珍しい体が竹で出来た蛇よ。普段は死んだ様に動かないけど、こうやって尻尾をもってやると」
妹紅は三角の持ち手を持って水平に構える。
すると、竹製蛇はまるで生きているかのごとく伸び縮みし、カタカタと蛇行を繰り返す。
チルノの目が好奇に輝いた。
「どう? 欲しい?」
「欲しい!!」
「じゃ、慧音に言伝してくれ」
「わかった! あたいにまかせて!」
「いい返事だ。いいかい?
『今日はいっぱいタケノコが採れた。
おすそ分けしたいから、未の刻に家に行っていいか?
あと、こないだ作ってもらった若竹汁はすごくおいしかった。
また飲みたいな』
どう、覚えられた?」
「大丈夫! あたい最強だから!」
「それは頼もしいね。
ああそれから、多分慧音のことだから返事をくれると思うの。私はそこの小屋にいるから、それを聞かせて頂戴。
それじゃ、頼んだわよ」
「あいあーい」
妹紅とチルノは元気にハイタッチして、契約締結時に行う握手の代わりとする。
両手を突き出し上空へと飛び立ったチルノを見送った妹紅は、暇つぶしに作った玩具が役に立ったな、とほくそ笑んで家に戻った。
――◇――
「いっぱいタケノコ……未の刻に行く……若竹汁おいしい……」
チルノは天気のいい空を、覚えた内容が頭から逃げないようブツブツ反芻しながら人里に向かって氷の羽をはためかせる。
すると、竹林を抜けたすぐ先。
人気の無い寂しい街道沿いに黒いワンピースで頭にリボンをつけた女の子が、木陰にじっと隠れて道側を見張っているのが見えた。
チルノには見知った顔。宵闇妖怪のルーミアだ。
チルノはお使いの途中なのに、ルーミアのそばに何の躊躇もなく降り立つ。
「ルーミア、何してんの?」
「あ、チルノちゃんなのかー。何って狩り」
「狩り?」
ルーミアは街道を指差す。チルノがそちらに目を向けると、道のど真ん中にやたら大きなトラバサミが仕掛けてあった。
「お腹が空いて、ちょっとお肉が食べたいから仕掛けたの。
でも中々狙ってるのが掛からなくて、こうして見張ってるんだよ。
チルノちゃんも一緒に見張らない?」
「それはおもしろそうだけど、あたい今大事な仕事の途中だから無理!」
「そーなのかー」
ルーミアはそう言ったっきり興味が無くなったのか、また街道の監視作業に戻る。
チルノもたいして気にも留めず、そのまま空に飛び上がった
「いっぱいのお肉……あれ……羊汁おいしい……かな」
案の定、チルノの反芻に齟齬が生じ始めてきた。このままでは妹紅が肉食系女子になってしまう。
だが、チルノはそのことに全く気づいていない。
チルノの脳内で情報が錯綜していると、眼下の野原に見覚えのある黒マントと触覚。
いつも遊んでいる、蟲の王を自称するリグルだ。リグルは草むらに屈みこんで何かを熱心に観察していた。
好奇心に駆られたチルノは、降りてリグルに話しかける。
「リーグル! 何見てんの?」
「ああ、チルノちゃん。ホラ見て、とっても珍しい虫。
トゲアリトゲナシトゲトゲがいるのよ。本当に実在したのねぇ」
「トゲアリトゲナシトゲトゲ?」
「棘有棘無棘棘よ」
「……それって、トゲトゲがあるの? ないの?」
「だから、それを観察しているのよ。今のところトゲがあるけれども、もしかしたらこのトゲトゲ、脱着可能なのかも」
「ふぅん……あ、いけない! あたい今大事な任務の途中だからじゃあね!」
チルノはハッと目的を思い出し、トゲにまみれた謎の空間から脱出した。
「いっぱいのトゲトゲ肉をおすそ分け……未の汁にトゲが有って、若竹トゲが無いほうで……」
最早記憶の修復と収納がごちゃ混ぜになっている。一体妹紅はどんな代物をおすそ分けするつもりなのか。
しかし、チルノはこの記憶が正解だと信じて疑わない。
そんなチルノの耳に、音を喜ぶ楽しげな歌声が聞こえてくる。
こんな上空で音楽を嗜む存在は、騒霊楽団を除いては一羽ぐらいしか思い当たらない。
「ぽっぽぽぽぽぽぽっぽ~ ぽっぽぽぽぽぽぽっぽっぽぽっぽ~♪」
「ねぇ、みすちーって鳩だったの?」
「あらチルノ。これは昨日私の屋台に呑みに来た人間が教えてくれた歌なの。
色眼鏡を掛けた男の人でね、鳥の巣みたいな髪型しているのに自分は鼠の先輩だー、なんて言う人だったよ。
おっかしいよね。ぽっぽ~♪」
「ほー。よくわからないけど、その人間には優しくしたほうがいい気がする。
それじゃ、あたい最高の戦いに臨まなくちゃいけないからバイバイ!」
チルノはぽっぽぽっぽと気に入ったフレーズをリフレインするミスティアに別れを告げ、もう目前の人里に向かって高度を落とした。
――◇――
「それで、角が岩に刺さって引っこ抜くのが大変でな」
「それ敵に狙われ放題じゃない」
慧音の自宅の一室で、霊夢は慧音と昼食を食べながら談笑していた。
霊夢が合いの手を入れながらタカった焼き魚をつついていると、戸をどんどんと叩く音。
続いて聞こえてきたのは
「たのも~! た~の~も~!!」
「……この天空に突き抜ける能天気な声はチルノね。何しに来たのかしら?」
「はい、今出ますよ」
慧音がカラカラと戸を開けると、予想通りチルノがなぜか腕組みして仁王立ちしていた。
「けーね先生! 竹林の火の鳥から伝言を預かってきた! 聞きたい?」
「……迷いの竹林に、そんな神獣いたっけ?」
「多分妹紅のことだ。それはご苦労様。是非聞きたいな」
「それならまかせて! 最強に教えてあげるわ」
そう胸を意味不明に反らし、ハッキリしっかりこう言った。
「『恐怖の一端 猛った寅さん。
裾上げしたいけど、密告でイェーイなインテリ移住?
あと、コダーイ・スクリプト輪っかなたけし城は即刻押し出だす。
マカのみ鯛ランド』!」
「…………はぁ?」
霊夢はあまりの支離滅裂さに混乱する。
何一つとして意味を読み取ることができないが、慧音はうーん、としばらく考え込んだ後に一言。
「成程、よくわかった」
「えっ!?」
霊夢は驚愕する。いったい今の文章のどこに情報があったのだろうか。
だが、慧音は事もなげにチルノにこう告げる。
「それじゃ、妹紅にこう伝えてくれ。
『ソリューションアビリティ、超密告はせんと君の宝塔がある。
サルノコシカケに試着室。
それから、装備品モラルとこっちから漆塗り。
急坂でつるっとアジャンパー』」
「…………はい?」
「うん、わかった!」
「よし。それじゃあ気をつけてね」
「えええっ!?」
霊夢は再び混沌とした謎の語群に眉をひそめ、その言葉に何の疑問を持たないチルノに驚く。
何だ、一体何なのだ。
慧音は間諜者と暗号のやり取りでもしているのか。
だがそんな霊夢の思惑を余所に、チルノは竹林の方にとんぼ返りしてしまった。
「……慧音。あなた宇宙人と交信できるの?」
「いやいや。私が伝言したのは永遠亭の医者ではなく、妹紅だ」
「そーじゃなくて。あんなデタラメなやり取りで、どーやって意思疎通できんのよ」
「ん? あの伝言はあながちデタラメでもないぞ。多分寄り道とかしている間に、内容が曲解されたんだ。
だから返信は、それを逆手に取ってやればいいのさ」
「???」
「まぁ細工は流々、仕上げをごろうじろだ」
慧音はそう自信を持って霊夢に宣言する。
はたして、伝言はキチンと届くのだろうか。
――◇――
チルノは道すがら、またミスティアに会った。
「右からやってきた~ それを左に受け流す~♪」
「何がきて何を受け流したのそれ?」
「この歌は、おヒゲを生やしたダンディなお兄さんに教えて貰ったんだよ」
「ダンディ……黄色い服着てそう」
「ううん、礼服みたいな真っ白い服着てたよ。ふいにやってきた~♪」
「ふーん、じゃまた明日!」
リグルはまだ虫の観察をしているようだった。
「今度は何を見ているの?」
「見て! この茸の裏にエンカイザンコゲチャヒロコシイタムクゲキノコムシがいるの。
小さくて見つけるのが大変ね」
「……あたいはエンカイザンコゲチャヒロコシイタムクゲキノコムシって言う方が大変だと思うけど、じゃまたね!」
ルーミアはまだ街道を見張っている。
「そんなに獲物かからないの?」
「あー、丸々太った豚とか鶏はかかったんだけど、私の食べたいお肉と違うから離してやったのだー」
「へえ、なかなか好みにうるさいんだね。まぁ頑張って!」
「……えーと、それを3つに受け流して……宴会山にこげ茶色のいい肉が……何だっけ?」
ドンドンと戸口から音が聞こえる。
妹紅が戸を開けると、チルノがなぜか腰に手を当てて偉そうにふんぞり返っていた。
「先生から返事をあずかってきた! でも聞きたければ人質と交換だ!」
「ん? ……ああ。はいはい、約束だからな」
妹紅は苦笑いしながらヘビの玩具を渡してやる。チルノはそれをカタカタと伸ばしてご機嫌だ。
「あー。で、慧音は何だって?」
「いけない! これが素敵過ぎて忘れるところだった。今最強に教えるからね!」
「まぁ、普通でもいいから頼む」
「けーね先生はね、こう言っていたよ」
そして、チルノの口から完璧に復唱している『つもり』の言葉が紡ぎだされた。
――◇――
同日 申の刻。
慧音が自宅で待機していると、戸を控えめに叩く音がした。
「やぁ」
「いらっしゃい。さあ上がってくれ」
訪ねてきたのは妹紅。背中には籠を背負っている。
「これ、伝言したと思うけどおすそ分けよ。美味しいところ選んできたから」
「ありがとう。これはいいタケノコだな。ちゃんと若竹汁の準備はできているから、待っていてくれ」
「へへへ、やった」
そんな様子を、驚きの様相で眺めるのは霊夢だ。
「妹紅」
「おわっ! なんだ居たのか。どうしたの?」
「あなた、チルノからの返信を聞いてここに来たのよね?」
「あ、ああ」
「……なんて内容だった?」
「ええ? えーと
『それはありがたいが、今日未の刻は生徒の補習がある。
申の刻にしてほしい。
それから、そう言ってもらうとこちらも嬉しい。
夕飯に作ってあげよう』だよな。
ちゃんと申の刻に来ただろ。間違っているか?」
「……すごい。見事な先読みね」
「だろう。霊夢も子供達の伝言遊びに付き合えば、自然とできるようになるぞ」
そう感服する霊夢に、少し得意げに講釈する慧音。
ただ一人、普通に伝達が行われたと思い込んでいる妹紅は、不思議そうに首をかしげるだけであった。
【終】
先生の意志疎通能力の半端なさに脱帽、面白かったです。
チルノの伝言はひどかったけど、チルノですもんね、仕方ないですねw
みすちーの屋台には毎年幻想入りした業界人たちが募りそうですねw今年は誰が行くかなw
リグル、何がすごいってまず噛まないことがすごいw
ルーミアの獲物は、まあきっと竹林のウサギでしょうwまさか人ってことは…ん?なんだこの罠?それに何だあの黒い球た
慧音先生が天才だってことくらいしか分からぬ
使いこなせるのが世界で唯一人っぽいから汎用性はエラク低いだろうけど。
手紙を渡せば済むなどと考えるのは、氷精のパルプンテ的な言動を考慮すれば素人の浅墓さなのでしょう。
古文々。新聞が、何故かとても遣る瀬無く感じる件について。
トップ記事くらいには目を通しているよね? その上での再利用だよね藤原さん?
>「だろう。霊夢も子供達の伝言遊びに付き合えば、自然とできるようになるぞ」
→それはない
あとリグルの虫知識が何気に面白かったです。楽しく読ませていただきました。
意外に全然伝わらないんですよね、あれ。
ともあれ面白い話をありがとうございます。
しかし逆再生。その発想は無かった。
でも紙使おうよ妹紅……
あと霊夢と慧音はいったい何を話してたのでしょうか?
いや、この場合落第妖精とでも言うのか
和ましいお話、ありがとうございました。そして後書きw
ノックアウトです
先生はね、すごいんです。ひたすらに。
2番様
チルノ伝言は使い手を選びます。慧音先生はOK!
今年はラブを注入してくれるマッサージ師かも? 人が他人の名前を噛まないのと原理は一緒です。
その黒球に触れちゃいけn(ピチューン)
4番様
傍から見ればエスパーにしか見えません。でもできちゃう先生に違和感がありません。
6番様
彼女なら、あるいはスワヒリ語もいけるのではないでしょうか。
8番様
ありましたね、そんなお話が。ナイスコンビだと思います。
コチドリ様
チルノ伝言は、慧音コンピュータでしか解読不能です。
細かい字が苦手なので、見出しをちょろっと一瞥して使っています。
先生なら、子供との遊びの中から才能を開花させられる……はず。
10番様
「実は、私も慧音先生に習いたいくらいです……」by大妖精
ワレモノ中尉様
エンカイ(略)はしっかり実在します。楽しんでいただけてなによりです。
15番様
ありがとうございます。
とーなす様
不思議と内容が面白い方向にいっちゃうんですよね。こちらこそご感想ありがとうございます。
22番様
慧音先生が半端ないということで(笑)
26番様
発展を見るのも楽しいですが、逆に辿って原本を探るのはなかなか技術がいりますよね。
28番様
昔はよく見ていました。今もこんな感じでやっているのでしょうかねぇ。
幻想様
ものぐさな妹紅を慧音がフォローする形ですね。うーん、ナイス内助の功。
これはモンハンのパロディです。多分頭突きを避けられて、岩に角が刺さった話でしょうな(笑)
35番様
だってインテリゲンチャなんだもん。
37番様
『伝言をする』という行為を忘れないだけまだマシってもんです。
v様
先生ならできそうなのが不思議です。後書きは……やりすぎちゃいました(某CM風)
41番様
妹紅もこれで伝わると思うから、ますます慧音先生の精度があがりそうですね。
44番様
歌系芸人さんは、割と幻想郷に近い存在なのかもしれません。
45番様
それだけ単純な機構をしているってことですね(笑)
携帯がない時代の人は、伝言大変だったんだろうな。がま口でした。
でもこのお話は私一番好きかも。ほのぼの系で、クスッてくる感じで。私的には竹で出来た蛇のおもちゃ?がすご
く気になる。どんなんだよ!?てツッコンじゃったww お嬢様
とても大変お久しぶりでございます。ルーミアちゃんのこだわりぶりに何故か涙しそうになりました。やはり食いし
ん坊はこうでないといけませんね。一緒に獲物をずっと待ちたい気分になりました。 冥途蝶
慧音先生凄スっ! わたしもこういうヒトになりたいあ~、て思います。でもきっと無理ですけどね!
でもチルノちゃん、エライぞ! 超門番
あれ? 竹の蛇ってマイナーな玩具なんですかね。私は縁日の定番だと思っていました。
今回あの道中トリオの中では、一番いろんな意味で黒いのがルーミアです(笑)こだわり強し。
大丈夫。話半分くらいならイケると思います。あとは慣れでカバー(オイ)
ご感想ありがとうございます。幻想郷の昆虫は、画像検索してもまともな姿が確認できない奴らばっかり生息していると思われます。