最終選考直前に、壮年の夜雀がほうほうの体で広場にかけ込んできた。
弾幕ごっこの敗北時のようなボロ絵になっている。
騒然とする中、ミスティアがその男性夜雀に駆け寄った。
「パパ、どうしたの、誰にやられたの?」
「西行寺幽々子が来る、逃げなさい。
監視員と護衛部隊が合流して、自分も加わって迎撃したのだが、
やっぱりあの幽霊には敵わなかった」
「そんな……」
やがて、夜雀たちにとって不気味な気配が漂ってくる。
かつてミスティアは西行寺幽々子と弾幕ごっこした際、喰われそうになった事があった。
あれが本気だったのか、それとも遊びだったのかは分からないが、
彼女は大変な恐怖を感じ、夜雀族総出で白玉楼方面の監視、対策に当たっていたのだ。
だがやはり幽々子には敵わなかったらしい。
壮年の夜雀、ミスティアの父ミスチーパパの話によれば、監視所と護衛部隊の者もフルボッコにされて放置されたり逃げたりしたらしい。
「ここは私がくい止める、はやく、ママ達と一緒に逃げなさい」
「なにフラグ立ててるのよ、パパも一緒に逃げようよ」
「幽霊は強いだけでなく、足も速い、全速で退却したのにゆっくり歩いてきて、
いつの間にか背後を取られていた。みんなそれでピチューンしてしまった。
ホラー映画の怪物並みだ。だから誰かがおとりになるしかない」
「あら、とても健気な鳥さん達ね」
次第に西行寺幽々子と、従者の魂魄妖夢の影が近づいてくる。
観衆たちは一斉に逃げ、ミスティア達のみが広場に残される。
「ミスティ、早く逃げるんだ」
「パパを置いてはいけないわ」
「我儘を言わないでくれ、お前は娘にして夜雀族の宝だ、死なせたくないんだ。
ママ、ミスティを頼む」
「分かったわ、ほら、こっちへ」
ミスチーママがミスティアの手を引っ張り、低空飛行で彼女を連れ去った。
2羽の従者もその場に残る。
「ちょっと! ちすみー、すみちーまで!」
「姫様ーここは私達に任せてー」
「私たちだって強いんですから~」
そして、候補者の男たちも幽霊の行く手をさえぎり立つ。
「みんな、花婿選考会は中止だ、今は姫様たちを守りましょう」
みす雄の考えに候補者たちは皆賛同する。
「だけど、西行寺幽々子にどうやって勝つんだ」みす朗が言う。
「せいぜい姫が逃げるまでの時間稼ぎってとこだろ。やってやるよ」
髪を整えながらみす彦が覚悟を決める。
「時間稼ぎ? 別に倒してしまっても構わんのだろう、なんてな」とおどけるみす太郎。
「あなた達、大丈夫なの?」ティスミアが問う。
「大丈夫です、原作には出られないけれど、俺たちだって結構強いんですよ」
みす朗が精一杯の笑顔を見せた。
「でもあんた、前編で1ボスの子に気絶させられたでしょ?」とスミティア。
「ううっ、それは、そうですが」
「足りない弾幕はみんなで補えば良い、俺たちもやばくなれば撤退するからさ」
みす彦がみす朗の肩を叩いて励ます。
夜雀国王、ミスチーパパは微笑んだ。
「すまない、さすがは花婿候補、
こんな男たちが娘の結婚相手に名乗り出てくれるなんて……。
この夜雀国王、ミスチーパパ6世、君たちと戦える事を誇りに思う」
「覚悟を決めるのはもう済んだかしら、私はさっさとお姫様を追いかけたいのだけど?」
扇子で口を隠して欠伸しながら、幽々子がけだるそうに告げた。
妖夢は刀を構え、臨戦体制のままだ。
「夜雀族の意地を見せてやる、行くぞみんな!」
夜雀国王と、4羽の花婿候補、2羽の従者が幽々子と妖夢に相対する。
「じゃあ、弾幕ごっこ開始といきましょうか? 妖夢、行くわよ。
これほど必死になって守ろうとする歌姫、きっと絶品でしょうね」
「……はい」
妖夢は剣を抜いたものの、辛そうにうつむく事で、この戦いへの疑問を無言で主に伝えた。
「可哀想に思えるの?」
「いや、そういうわけでは……」
「乗り気でなさそうね、いいわ、あなたはそこで見ていなさい」
「すみません」
幽々子が両手を広げ、死蝶を呼び、夜雀たちも使い魔を召喚し、戦いが始まった。
「みんな戦ってる」
ミスティアは母親に手をひかれながら後方を振り返った。
弾幕の閃光と音が夜空を彩る。
ミスティアは心の中で祈り続けた。
どうか勝って欲しいと。
自分の安全のためだけではない、なにより自分のためにあれだけ献身してくれる父に、
従者たちに、そして花婿候補者たちに消えてほしくないのだ。
そんな彼女の祈りを裏切るかのように、嫌な音が響いた。
ピチューン。
被弾音が1つ、ミスティアの耳を打つ。
ピチューン。
またひとり、誰かが倒れた。
ピチューン。ピチューン。
「もうやめて!!」
ピチューン。
「やめてよぉ……どうして、私なんかのために!」
ピチューン。
とうとう残るは1羽となった。
「せめてあなただけでも逃げて」
だがミスティアの願いもむなしく、全滅を告げる音が無慈悲に鳴った。
ピチューン。
そして、一つの気配と、やや遅れるようにしてもう一つの気配がこちらへ向かってくる。
幽々子と妖夢だろう。
「ここまでね。ミスティ、あなたの服を貸して」
ミスチーママは彼女の服を半ば強引に脱がせ、それを身に付けた。
その行為が意味するところを悟ったミスティアは顔面蒼白になり、
母親に飛びついて泣きながら止めようとする。
「ママ! 嫌よ! もうやめて、私の事はいいの!」
そしてママがミスティアの帽子をかぶると、遠目にはミスティアと区別がつかなくなる。
ミスティアは母親の服を代わりに着せられ、近くの茂みに隠れるよう言われた。
「いい? 気配を殺して隠れているのよ。幽霊たちが森を去るまで、絶対に動かないで」
「そんな!」
「しっ、来るわ。もし生きていたら、また昔みたいにお父さんと一緒に暮らしましょう」
「ママ!」
ミスチーママは幽々子達の方へ向けて飛び出した。
「あら、観念したのかしら」
幽々子達が気付く。
彼女は怪我をしているふりをしてその場に座り込み、
接近されるとまた空を飛んで逃げ、また怪我を装ってその場に倒れ込む。
ある種の母鳥が、捕食者から雛鳥を守るための行動。
これを繰り返す事で、ミスティアを幽々子から引き離そうとしているのだ。
「ああもう、じれったい。狩りの楽しみが減るけどしょうがないわね」
なかなか捕まえられない事に業を煮やしたのか、幽々子は弾幕を放った。
母親はギリギリのタイミングで避け続ける。弾幕パターンの1巡が終わる。
どうにか耐えきり逃走を再開するが、間髪いれず2巡目の弾幕に襲われ、
距離は詰まる一方だった。後ろを向きつつ飛ぶしかない。
3巡目、被弾し、振りではなく本当に傷ついた。
4巡、さらに被弾、まだ必死に飛び続ける。
5巡、6巡、7巡、8巡……。
かなり距離があったのに、ミスティアとミスチーママの目が合う。
傷つきながらも、娘の顔を見てにっこりと微笑んだ。
「もうやめて!!!」
幽々子が弾幕を止め、声のした方を向く。
ミスティアが泣きじゃくりながら幽々子の前に出てくる。
「私を食べたければ好きにして! もう逃げも隠れもしないから、
だから……だからこれ以上みんなを傷つけないで」
「うふふ、うるわしき自己犠牲。つかまえ甲斐があるわ」
幽々子は静かにミスティアに迫り、両手でそっと頬をなでる。
「ミスティ!」
「ママ、もういいの。みんなを踏み台にしてまで生きていたくない」
「さて、一番強い夜雀さん、どんな味かしら」
その時だった。
「待ってくれ!」
もう一人の声がした、なけなしの妖力を振り絞り、傷を再生させたみす彦だった。
他にも傷ついた体を引きずり、花婿候補たちと従者たちが歩いてくる。
右手を胸に当て、みす彦が訴えた。
「頼む、西行寺様、夜雀を食いたいなら俺を食ってくれ」
「勇気ある申し出なんだけど、あなた達はもう妖力スカスカで煮ても焼いても美味しくなさそう。
やっぱり極上のお姫様がいいわ」
「なら、俺の秘蔵の貴重なアクセサリーとか、光る物とか、服も全部献上する、
俺しか知らないルートで集めた逸品ぞろいだ、なんなら欲しい宝石とかあれば言ってくれ、
だから姫様だけは……」
残りの男性夜雀もみす彦を押しのけ、ミスティアを守るためアピールする。
「西行寺様、私は毎晩最高の歌をあなたに聞かせてあげられます」 みす雄。
「僕はどんな家でも作ってみせます、白玉楼の改修だって大丈夫です」 みす朗。
「私はどんな餌でも見つける事が出来る、最高級の食材をさしあげます」 みす太郎。
「ちょっと、私だって美味しいわよ」 スミティア
「私もよ、姫様より肉が柔らかいわよ」 ティスミア。
「あらあら、これじゃあまるでプロポーズみたい。言い寄られて困っちゃう(はあと)」
そして幽々子は、ある取引を持ちかけた。
「そうね、じゃあこんなのはどう? 究極の選択と言うやつよ。
一つ目の選択、貴方が食われ、他の夜雀は全員助かる。
二つ目の選択、貴方だけが助かり、他の夜雀は全員私の胃の中。
どちらかを選びなさい」
一同は一瞬驚いたが、やがてミスティア以外の全員が顔を合わせ、同意する。
「分かった……答えは二つ目だ、姫だけは助けてやってくれ」
ミスティアがあらん限りの声で叫んだ。
「ちょっと待ってー!」
涙声で訴える。
「みんな……、どうして、どうしてなの、私一人のために、なんでそこまでできるの!
もういい、私の事はもういいから、死なないでよ、お願い」
顔を涙でくしゃくしにして説得するミスティアに、みす彦が優しく語りかけた。
「姫様。アンタは、俺たち夜雀族の希望なんだ」
みす雄も続けて言う。
「そう、異変時に名乗りを上げる事で、幻想郷でも雑魚だった夜雀族の株を上げてくれた。
おかげで私達は誇りを持って生きていけるんですよ」
みす朗が続く。
「あなたの盾になれる事が、中継点になれる事が、とてもうれしいんです。
どうか僕らのわがままを聞いて下さい」
みす太郎も覚悟を決めた。
「姫、生き延びて下さい、責任を感じるなら、むしろ我々を踏み台にしてでも生きるんだ」
ミスティアは袖で涙を拭き、顔を上げた。表情が一変していた。
「分かった、私は死にたくない、みんなも誰ひとり死なせたくない」
幽々子は静かに笑っている。
「我儘を言わないで、貴方の選択肢はたった2つだけ」
ミスティアは首を横に振り、毅然と言い放つ。
「みんな私に力を貸して、一緒に戦いましょう。
西行寺幽々子、答えは三つ目よ『貴方をブチのめし、私もみんなも助かる』」
「あなた達って、本当に面白い子たちねぇ、冥界にとどまり続けた甲斐があったわ」
「あなたには何も渡さない。わたしは欲張りなの。ママ、今のうちにパパを助けに行って。
私達は負けない、絶対にハッピーエンドを迎えて見せるから」
「わかった、みんな死なないで」
飛んでいくミスチーママを幽々子は無視した。
そして、ミスティアは今までにない凛とした声で、同胞の夜雀たちに指示を出す。
「夜雀の姫としてお前達に命ずる、真の名を私に教えなさい」
真の名前、魂のソースコード。
それを知られる事は支配される事を意味する。
反面、支配者の命令で自分の何倍もの力を出す事も出来る。
八雲紫の式神達が、彼女に従う事で大きな力を出せるのと同じ原理である。
4羽の男声夜雀と2羽の従者は素直に指示に従った。
「良く教えてくれました、みんな、体を癒し、私と一緒に戦って」
花婿候補者、従者たちの傷がみるみる回復し、力が戻ってくる。
「仲間を死なせない、私も生き延びる、両方やらなくちゃいけないのが姫の大変な所、
覚悟はできてる? 私はできてるわ」
幽々子も急変する雰囲気に目を見張り、従者に命令を出す。
「いい決意だわ、妖夢、私の傍で盾になりなさい」
「は、はい」
「みんな、この食いしん亡霊にお仕置きするわよ。
全ての二次創作世界で食われた私の弔い合戦、始めるわ」
「おお!」
夜雀族の存亡をかけた戦いが始まった。
「みんな、私の周りを囲んで防御に専念して、私が砲台になる」
「行くわよ夜雀さんたち」
『亡郷 亡我郷 -さまよえる魂-』
空中で夜雀たちがミスティアを囲んで円陣を組み、幽々子の弾幕シャワーを防ぐ。
彼らにとってありえない量のエネルギーの弾が迫るが、
ミスティアから得た力で防げている。今のところは。
「すごい、僕ら、これだけの弾幕を防げてる」
「以前の俺たちならとっくに吹っ飛ばされてるぜ」
「歌で戦えたら良いんですけどね」
みす太郎が携帯食料を投げ渡す。
「みんな、この餅食っとけ、長丁場になりそうだぞ。姫様もどうぞ」
「まだまだぬるいわ、これはイージー、ホント、オリキャラさん達は低出力で可哀想」
幽々子がさらに複雑かつ密度の濃いパターンの弾幕を振りまいてきた。
その場にとどまって受け止めるには圧力が強すぎる。
「ぐっ、こいつはヤバイ」 みす太郎が齧った餅を落とす。
「だがいくら力の差があろうとも」 みす朗が歯を食いしばる。
「今の私達は」 みす雄も耐えている。
「幽香をも凌駕する存在だ」 みす彦が雄たけびを上げる。
耐え続ける男たちにミスティアが指示を出す。
「もういいわ。みんな、散開して避けつつ受け止めて」
すかさずスペルカード攻撃を宣言した。
「みす朗君、あなた、力を貸して」
「えっ、僕が? はい、分かりました(初めて名前で呼んでくれた♥)」
『蛾符 天蛾の蠱道』
ミスティアの弾幕に、みす朗が呼び寄せた蛾の使い魔達が加わり、本来イージークラスのスペルカードがハード相当の攻撃力と化す。
「ありがと、みす朗君」
「やった、やっとお役に立てた」
みす朗も負けじと羽根飾りに宿した使い魔を解き放つ。
「姫さま、アシストします。リフレクター羽根飾り!」
弾幕にまぎれて幽々子と妖夢の背後に使い魔が回る。
通り過ぎた弾幕が色とりどりの羽根飾りにあたって反射し、再び二人の幽霊に襲い掛かる。
使い魔の羽根飾りは巧みに入射角と反射角を調節し、追い続けた。
「これが姫様に与えられた力。以前の俺なら使い魔数匹で息が上がっていたのに。すげえぜ」
幽々子がついに前後左右から来る玉に被弾し、着物の一部と扇子がはじけ飛んだ。
「あら、被弾しちゃった、やるわね」
しかしいまだに余裕の表情である。
「幽々子様! このお」
妖夢が桜観剣で使い魔を切り潰そうとする。
「させない!」
みす雄が、妖夢を鳥目にすべく熱唱する。
「アア♪~~~~~~♪~~~~」
空気がびりびりとふるえ、振動が楼観剣の刀身に伝わる。
構わず使い魔を切ろうとするが、剣の震えは止まらない。
とうとうひびが入り、無数の鉄片となって砕け散った。
「えっ、私にこんな能力あったっけ?」
みす雄が唖然とする中、ティスミアが何とか説明を試みた。
「ああっ、これはアレよ、ええと、すべての物体には固有のなんちゃらがあって、
それと同じ振動だか波長だかをぶつけると、震えが増幅して壊れるってヤツでしょ」
「まあなんて中二的能力」 スミティアが呆れる。
「よくわかんねーけど、原作少女の戦力を結構削いだぞ」 みす彦が歓声を上げる。
「みす彦君、まだ戦いは終わってないわ」 ミスティアが彼をたしなめる。
「すみません」
妖夢はというと、自慢の剣を粉砕された後、しばらく茫然とうつむいていたが、
やがて怒りのためか霊力が増し、一般人なら心臓が止まりかねないほどの殺気が周囲に満ちる。
「私の自慢の剣が……おじいちゃんから受け継いだ剣が……あんまりだぁ」
そして短いほうの剣である白楼剣を抜き、男性陣に切りかかった。
「この、オリキャラ風情がああっ」
「うわあキレやがったー」
最大の目標であるミスティアを完全に無視し、斬撃と弾幕を交互に振りまく妖夢。
みす雄たちは必死で避ける。
「こうやってオリキャラが原作少女を貶めるから、何年書いても人気が出ないのよ」
「知るか! 俺らも原作少女守ってるんだからイーブンだろうが」
みす彦が叫ぶ。みす雄も必死に抗弁する。
「別に原作少女を圧倒したり、都合良く惚れられたりしてないからセーフのはずです」
「どこがセーフだ。他人もそう思ってくれている、そう根拠のない思いこみがだな」
妖夢は男性陣を追いまわすのに夢中になっている。
「こらー待てー」
男声夜雀たちは自らが守るべきミスティアから離れてしまいかねない事に気づく。
「姫様から離れている」 必死で翼を動かしながらみす雄が仲間たちに言う。
「でも、戻ったらあのマジギレ剣士に切られる」 みす彦。
「分断されちまう」 みす朗。
「うう、情けない、盾にすらなれんとは」 みす太郎も悔しそうだ。
ミスティアは男性陣を守り円陣を組み直すため、一旦幽々子から遠ざかり、男声夜雀たちの前方に回り込んだ。
「みんな、こっちよ」
「みんな姫様の元で一旦態勢を立て直そう」
密集し、防御と攻撃を分担すれば1羽あたりの負担も減り、勝ち目が出てくる。
妖夢はいくらか冷静さを取り戻し、その事に気づく。
夜雀たちが集合し、態勢を立て直すのを阻止しなければ。
空を飛ぶスピードを上げ、ミスティアと集合しようとする男声夜雀の間に割って入ろうとした。
「逃がさん!」
妖夢の視界に、1匹の蝶が舞っていた。
(幽々子様の死蝶か)
離れているが、幽々子様の呼んだただの死蝶だろうと思い、彼女は気にも留めなかった。
「いや、何か変だ」
後ろに回り込んだそれが死蝶ではなく、蛾の姿に変化したみす朗と気付くのと、
みす朗が弾幕を飛ばすのはほぼ同時だった。
「あいたぁ! この卑怯者!」
妖夢は後頭部を押さえつつ、振り向きざまに蛾に変化したみす朗を平手ではたく。
みす朗も痛みをこらえ、羽の鱗紛を妖夢の面前でまき散らす。
「『攪乱 鱗紛アタック』みんな今だ!」
すかさずみす朗はその場を退避。妖夢への目潰しは思いのほか有効だった。
「目、目が~」
「一応謝っとく、ごめんな」
みす彦の声と同時に、男声夜雀たちの弾幕が違う方向から彼女を襲った。
ピチューン。
目潰しされ、パターンも何もない、打ちのめすためだけの弾幕で被弾した妖夢は、
そのまま速度と浮遊の力を失い、地面に落ちていった。
「お前ら~~」
半霊が妖夢のクッションとなりそれ以上の傷は追わずに済んだが、
体を受け止めたショックのためか、半霊も気絶(?)してしまったようだ。
みす朗が彼女の落ちていった地面を見つめ、肩で息をしながらつぶやく。
「ぜえ……ぜえ……力のない……オリキャラは……こうやって生き残るのさ」
男声夜雀たちは一度地面に降り、気絶した妖夢を見つめた。
「原作少女のひとりに勝った、とは言えますが……」 みす雄が気まずそうに口を開いた。
「ああ、さっきの光景を事情知らないヤツが見たら、いや事情を差し引いて考えても、
ただの少女暴行でしかないからな」
みす彦も同じ気持ちだった。
「これが戦場だったら、今のうちに雁字絡めに縛っとくか、とどめを刺すとかするんだろうけど……」
「姫様を狙っているのはあの亡霊嬢だけだ。それより今はまだやる事がある。
姫様たちと合流しなければ。態勢を立て直せば、我々はまだまだ戦える。
みす朗君、この天界の桃を食え、力が戻るぞ」
みす太郎は疲労が一番激しいみす朗に桃を与えたのち、
夜雀たちをまとめ、ミスティアと合流すべく移動する。
その場を立ち去る前に、倒れている妖夢に持っていた薬草で傷の手当てをした。
「どうして、助ける?」
「あなたを倒すのは一手段であって目的ではない。姫様を守れればそれでいい。
これで応急処置は済んだなっと」
そうして、夜雀は仲間を追って飛び立っていった。
夜空に浮かんだ彼のシルエットは、やがて小さくなり、光や音のする方向へ消えていった。
「後悔するぞ」
妖夢は白楼剣を杖代わりにして立ちあがる。
自分にも役目があるのだから。
「やっと合流できた。みんな無事だったのね。良かった」
ミスティアと従者、花婿候補たちは、再び密集して西行寺幽々子と対峙する。
幽々子は余裕の微笑みを浮かべていたが、なぜか満面の笑顔に変わり、
夜雀たちの健闘を称えるような事を言う。
「やってくれたわね、夜雀の皆さんたち…… 。
よくも私のフルコースメニューを見事に打ち砕いてくれました……。
妖夢の反応がありませんね。あなたたちが撃墜したんですか?
どうやったのかは知りませんが、これはちょっと意外でした…….
それにしても、あと一息のところで晩ご飯が台無しになってしまうなんて……。
妖夢には残念でしたが、わたしはもっとかしら……」
笑顔がかえって不気味さを高める。
強者はいつも笑顔でいる、とミスティアは聞いた事がある。
「はじめてよ……この私をここまでコケにしたおバカさん達は…… 。
まさかこんな結果になろうとは思いませんでした………」
顔を伏せ、頭や腕がぴくぴくと震えだす。
「ゆ、許せない、許せないわ」
次の瞬間、怒りの形相を夜雀たちに向け、拳を握り、ありったけの大声で叫んだ。
「絶対に許さんぞ夜雀ども!!!!
じわじわと焼き鳥にしてくれる。
1羽たりとも逃さんぞ覚悟しろ!!!!」
「ひいっ、口調が変わった」
身分や性別関係なく、夜雀たちは反射的にミスティアに抱きついた。
「……と前からこのセリフ、言ってみたかったのよ。
それほど怒りに我を忘れていてはいないし、それじゃご飯がおいしくないものね、
でも、妖夢の仇討ち、させてもらいます」
ミスティアはみんなを両腕で抱きつつ、恐れず、敢然と言い放つ。
「絶対に許さない? 仇討ち? ハッ、それはこっちのセリフ。襲いに来て良く言うよ。
そちらこそ、私の大切なひと達を怖がらせ、傷つけた返礼をさせてもらうわ」
ミスティアは仲間たちの顔を見つめ、幽々子に聞こえない声で告げた。
「ごめん、もう一度だけ力を貸して。
そのかわり、物理法則をねじ曲げようが、幻想郷の秩序を破ろうが、誰ひとり死なせない。
だって大切な従者と花婿さんたちだから」
誰もが強くうなずいた。戦いは最後の局面に近づいている。
「とっても想われているのね。正直嫉妬するわ。妖夢は私が消えるとしたら……
なんでもない。行きますわ」
幽々子は以前よりパターンが複雑で濃密な弾幕を生みだし、それを夜雀たちへ向けた。
『亡舞 生者必滅の理―毒蛾―』
「みんな、避けながら、隙を見て接近してショット撃ちまくりよ」
夜雀たちは弾幕を避けつつ、ありったけの魔力の弾を幽々子に撃った。
しかし弾幕は後から後から湧き出てくる。
「うふふ怖いでしょう。もうダメかも、そう思うでしょう?」
みす彦が回避に専念しながら怒鳴る。
「幽々子さん、食材なら他に幾らでもあるのに、何で俺らの姫様ばっかねらうんだよ」
「死んでからも、意識もリセットされず、輪廻も許されず、
何千年も冥界を管理しろと言われれば誰だってこうもなるはず。
最近妖夢も冷たいし、こういう荒事でも起こさないと退屈でしょうがないわ」
みす雄がわずかなチャンスを使って幽々子にショットを打ち込む
「退屈しのぎ? そんな馬鹿げた理由で、僕らの姫様を食おうっていうんですか?」
「ほらほら、喋っていると被弾するわよ」
みす太郎が被弾し、姿勢が崩れた所をもう一度被弾する。
「みす太郎さん!」
みす朗が彼の前に飛び出し、弱い弾幕で弾幕を相殺する。
「済まない」
「さっきくれた栄養ドリンクのおかげで調子いいですよ」
ミスティアが一同を励ます。
「みんな、弾幕が弱まってきた。もう少しで攻撃が終わるから持ちこたえて」
ティスミアが一番つらそうだ。
「だめ、反射神経が持たない。当たる」
「もう少しよチスミー。ファイトオオオオオオオオ」
「いっぱあああああああああつ」
スペルカード攻撃が一旦止む。ティスミアは根性で耐えきった。
「助かった」
「良くこらえたわね、でもこれで最後よ」
幽々子が狂気じみた密度の弾幕の雲を生成し、夜雀たちのいる空間へ向けて進行してゆく。
怒りに我を忘れていないと言ったが、あれは嘘かも知れない。
『反魂蝶』
(今までのやり方で避けたり防いだりじゃ、いずれ押し切られる)
ミスティアは鳥頭を必死に回転させ。勝つ方法を考えた。
(そうだ、みんなの力を借りよう)
「みす雄さん、さっきの歌、もう一度、最大出力で」
「は、はい」
みす雄が少し戸惑いがちに左手を自分の胸に当て、
魔力を秘めた渾身の歌を披露する。
幽々子はこの状況で歌うなどとは思っていなかったのか、もろに耳にしてしまった。
「なんなのよ? こんな状況で鳥目にできるなんて」
幽々子の声に若干焦りが混じっている。
そのせいか、弾幕が若干薄くなったようだ。
ミスティアがめまぐるしく弾幕を避けたり防いだりしながら、矢継ぎ早に指示を出す。
「すみちーちすみーは私の後ろで弾幕生成準備を」
「了解です姫様」
「みす太郎さんは後方と側面を結界でガード」
「分かりました」
「みす彦さん、そのど派手な衣装でちょっとだけ攪乱して、できる?」
「『できる?』じゃなくて『やれ!』と言ってくれ姫様」
みす彦が体に妖力を纏わせ、派手な衣装と合わせて光源となり、幽々子の周りを飛び、
周囲が見えなくなった幽々子を翻弄。
「そこかしら」
幽々子がみす彦の見えた場所に死蝶を送り込む。
触れた者に死をもたらすと言われる(弾幕ごっこ時は違うようだが)蝶型の弾丸。
「外れた! じゃあこっち、それともあっち?
ああ! 姑息な手なんか使わないで、弾幕少女なら弾幕で勝負しなさいよ!」
幽々子が光の見えた方に死蝶をばらまいている。
みす彦は真の名と引き換えに与えられた反射能力でかわし続けた。
弾幕がグレイズし、ラメ入りのマントが千切れ飛ぶ。
しかし、みす彦は自分たちが優勢だと確信した。歌い続けるみす雄も同様だった。
「さすがだぜ。こうしていれば、勝てなくても霊力を浪費させられる」
「どう、わたしを焼き鳥にするんじゃなかったの?」
「か、牡蠣を食べるには、苦労して殻を開けるのは当然、
大変なら大変なほど美味しさが増すってものです」
幽々子は焦っている振りを演じながら、ミスティアの気配、妖力を探っていた。
挑発にも動じない。
(見えた、あそこにいる)
ごっこではない、一撃で相手を仕留めるための、本気の霊力をぶつける準備をする。
「今までのお仕置きよ。まだまだこんなもんじゃないわ」
「全然見えない! 謝るから許してぇ(所詮はおバカさん、これで勝ったと思っている)」
幽々子の渾身の霊力が、魔理沙のマスタースパークにも似た霊力の光線となり、
ミスティアに向けて撃ち出される。
(勝った。第3部完! 美味しい焼き鳥一丁上がり)
みす雄が不意打ちに驚き、鳥目の能力を解いてしまった。
それで被弾するミスティアを幽々子ははっきりと見届ける事が出来る。
これで終わり。しかし……と幽々子は違和感を覚える。
霊力に飲み込まれてゆくミスティアの顔が、不意打ちを受けた者のそれではない。
確かに恐怖を感じている。周りを飛び回る従者、歌っている従者もしまったと叫んだ。
しかしミスティア目のだけは、『しまった!』ではない。『来た!』と言っている。
彼女と目が合い、瞬間、幽々子は全てを覚った。
(ああ、そう言う事) (そう、そう言う事)
ミスティアが視界から消える寸前、背後から2羽の従者が飛び出し、
涙ながらに溜めていた魔力を放出する。
「「光符 スミチー/チスミースパーク」」
魔理沙のものよりか細いが、マスタースパーク型のレーザーが2本、
技を出し切り、霊力を消耗し、一瞬動きが止まった幽々子の核深部、
俗に言う『当たり判定』を貫いた。
ピチューン
幽々子は体をのけぞらせ、しかし地面には落ちず、また元の姿勢に戻り、
うつろな瞳でミスティアのいた場所を見やる。
彼女は焼き鳥になってはいない。
防御結界を張り、腕を十字に組んで顔を伏せ、耐えきったのだ。
周囲の空気が月明かりを反射し、ダイヤモンドダストのようにきらめく中、
ミスティアは痛みをこらえつつ苦笑いしている。
「どう、みす朗君に鱗紛を撒いてもらって、光線を減衰させたの」
「考えたわね」
「ずるいと思う?
でもそっちこそ、2ボスとオリキャラの住処に、5、6ボスで乗り込みやがって」
『夜雀 真夜中のコーラスマスター』
弾幕がわずかに残っていた幽々子のやる気を完全に粉砕した。
「見事だわ、ミスティア=ローレライ、貴方を、いや貴方たちを見くびっていた。
完敗ね。もう疲れちゃった」
幽々子の姿が徐々に透明になり、一陣の夜風に乗ってどこかへと、
それこそ物語の幽霊のようにかき消えていった。
終わった後、緊張の糸が切れたミスティアは地面に降り、その場に倒れ込んだ。
夜雀たちが駆け寄り、みす朗が彼女を抱え起こす。
2羽の従者が泣きながら主の名を呼ぶ。
「姫様、ミスティア様、この鳥頭、起きて下さいよ」
ミスティアが目をゆっくりと開く。
まだ生きている。意外にも、服は焦げていたものの、ダメージは軽そうだった。
「うるさいなぁ」
「良かった、私達、本当に姫様が死んじゃったと思ったんですよ」
「ちすみー、すみちー、あの子はどうなった?」
「もうばっちりです、完全にピチューンしました」
「そう、良かった」
みす彦が怒鳴り、ティスミアも非難する。
「姫様、なんて無茶をしやがるんだ。一歩間違えれば死んでいたのに」
「そうですよ、私が撃たれた瞬間を撃て、って言われた時はたまげました」
ミスティアは素直に頭を下げた。
「ごめんね、みす彦君。そしてみんな。
でも相手は6ボス。あの子の隙を突こうと思ったら、こうでもするしかなかったのよ。
それともう一つ、あなた達に謝らなければならないわ。
みす雄さんに歌ってもらったのも、みす彦さんに攪乱をお願いしたのも、
私が油断しているとあの子に思わせて、すみちーとちすみーに溜めの時間を与えるためだったの。何も言わず利用しちゃってごめん」
「ちょっと驚きましたが、でも一番ハイリスクだったのは姫様じゃないですか」
「敵を欺くにはまず見方からっていうし。すげえ根性だったぜ」
「ううん、みんなの力添えがあっての作戦よ」
「私も協力したんだから」
人間の女性の姿をした、みす朗とは別の蛾の妖怪がそこにいた。
スズメガのみす朗とは違う模様の、枯れ葉に擬態した羽を持っている。
別の種類の蛾らしい。
「誰?この子」
「この子、アケビ君ですよ。幼虫の時は男言葉使ってましたけど、
僕らは羽化するまで性別が分からないんです」
みす太郎はうつむいている。
「私は何の役にも立てなくて恥ずかしい。年長者なのに」
そのみす朗をティスミアとスミティアがフォローした。
「とんでもない。みす太郎さんの滋養強壮ドリンクが無ければあそこまで粘れなかったし」
「そうそう、腹が減っては戦は出来ぬ、だしね」
ミスティアは起き上がり、改めてみんなを呼び、抱きしめた。
「みんなありがとう。私はバカだった。こんなに多くのひとに支えられていたなんて。
もし許されるなら、全員をお婿さんにしてもいいくらい。
それでどう、言いにくいんだけど、一妻多夫ってのは……」
「ええっ」「それは……」「まあ姫様がそう言うんなら」「意外とありかも知れんが……でも」
「ダメよね、でも、誰か一人を選ぶなんて、みんなの必死さを見ていたらとても無理。
みんなに資格が無いんじゃなくて、私にこそ資格が無いと思うの。
だから、私がみんなに釣り合うと思える日が来るまで、決定は保留にします」
花婿候補たちはショックにも感じたが、心のどこかで、そういう風になるだろうとも感じていた。
この戦いを通して、候補者たちの中でのミスティアが、
結婚相手というより信頼できる指導者へと変化していったのだ。
同時に、他の候補者もライバルではなく、長年付き合ったかのような友人、戦友となっていた。
花婿は決まらなかったものの、新たな絆がここに生まれた事は間違いない。
「ああ、それでもし、私のほかにいいひとが現れたら、その人と一緒になって構いません。
私は潔く諦めます」
候補者たちはお互いの顔を見合わせ、それで納得する事にした。
「さあ、宴会しましょ、何が合っても、最後はみんなで仲良くお酒を飲む、それが幻想郷のルールよ」
一同から歓声が上がる。
ミスティアは両手を広げて走り回り、あるいはくるくると回り、
生きている喜びをかみしめている。
「ああ、私達は死神に勝った、これで悪夢にうなされずに済む。私は生まれ変われるんだ。
あーはっはっはっは」
みす太郎はなにやら不吉めいたものを感じていた。
(何故だろう、もう終わったはずなのに、この心のざわめきは一体?)
「いや、待って下さい姫様。西行寺幽々子がどうなったか確認していません。
まだ牙を研いでいるやも。一旦ここを離れましょう」
「大丈夫。ダメージを受けたのに、体が軽い。こんな幸せな気分は初めて。
もう何も怖くない感じ」
みす太郎の中のざわめきは大きくなり、やがてそれは予感となり、確信に変化する。
叫びながらミスティアの元へ走りだす。
「あれ、みす太郎さん?」
「みんな姫様を囲め! 密集隊形だ密集隊形! こういう弛緩しきった時が一番……」
「その通りだ!」
少女剣士、魂魄妖夢が白楼剣を抜き、ミスティアの背後に迫る。
ミスティアが振り向いたとき、妖夢はすでに斬りかかる絶好の位置にいた。
(何故もっと早く気付けなかった?)
みす太郎は自分を責めた。
安心しきった時に最大の隙が生まれる、
西行寺幽々子との戦いで分かり切っていたはずなのに、と。
(間に合え!)
皆も姫を守ろうと走り出していたが、もう妖夢を止められない。
「ああ……」 誰かが声にならない声を上げた。
コンマ何秒後の惨劇がありありと浮かぶのに、何もできない。
その場にいた誰もが無力感に包まれた。
「?」
しかし、なぜか妖夢の剣の軌道がおかしい。
剣はミスティアを狙わず、ミスティアの頭上にいる何者かを狙う。
妖夢が本当に斬ろうとした相手、それは人の姿から巨大な人魂に変化した幽々子だった。
大きな口を開け、ミスティアの首を噛みちぎろうとしていた。
「いただきまー……」
『峯打ち反射衛星斬』
人魂幽々子の顔面に一文字の溝が刻まれ、夜空へ吹き飛び、空中で再び人の姿に戻り、
そのまま落下して人型の穴を作った。
妖夢は剣を収め、幽々子の吹き飛んだ場所へ走って行き、主を掘り起こす。
夜雀たちも追ってみる。
「げほっ、妖夢、いいとこだったのにぃ。え~ん裏切られた~。しかも顔を、女の命よ」
「幽々子様、もう勝負はつきました。
汚い手で勝つより、美しく負けるのがスペルカードルールの要諦のはず。
みっともないですよ」
「だってあの子たちもいろいろ汚い手使ったじゃない」
「彼女たちの場合は力の差を補う頭脳プレーと言うんですよ」
「妖夢だって、剣壊された時ヤケクソになっていたじゃない。
勝手に貴方が飛んでいったのはショックだったわ。捨てられたんじゃないかと思った。
全くVガンダムの下半身の方がよっぽど使えるわ」
妖夢はみす雄の顔を見た。みす雄の背筋が凍る。
(やべえ)
「……私も未熟でした、あんな事で取り乱して……。
あの夜雀たちは大事なひとを守るために力を尽くしただけです」
(ホッ助かった)
みす朗が勇気を出して幽々子に意見した。
「そうだ、僕たちは大切なひとや日常を守りたかっただけだ。
この従者さんも、内心嫌そうだったんだぞ」
「気付かれていたとは……。まあいいか。
幽々子様、御飯を作りますから帰りますよ。
それから夜雀の皆さん、うちのバカ上司がほんっっっとうにご迷惑をお掛けしました。
言って聞かせますのでご勘弁を」
妖夢は一同にお辞儀をした。
このまま帰ってくれるのかと思いきや、うなだれていた幽々子が立ちあがり、最後の霊力を振り絞る。
青白く光る霊力が彼女の体を包み込み、桜色の髪がたなびき、空気が震えだす。
「何よこのグオオーッていうSEは」 ティスミアがおろおろしている。
「うおおおおおおおおおお」
「幽々子様、もうやめて下さい」
拳を天に突き上げ、思いのたけを簡潔に、しかし力強く訴えた。
我が胃袋に一片の鳥肉無し
「はいはい、要はお腹すいたって事ですね。
すぐ作って差し上げますから、凄まじいオーラで変な事言わないで下さい。
それから夜雀さんたち。いつか平和的な弾幕ごっこで競いましょう」
「うえええ……、妖夢、私の事愛してないの? 男の夜雀さんがこの子を守るみたいに。
私、正直うらやましかった」
「そんな事ありませんよ、私は幽々子様が大好きです。
ただ、愛情も忠誠も、盲従とは違うんです」
そうして、幽々子と妖夢は白玉楼のある天へと還っていった。
「なんだか、従者というより、世話焼き女房かカーチャンって感じだな」
みす彦がつぶやいた。あっちの方もそんな悪い仲ではなさそうである。
「とにかく、全員生き延びたな」
みす太郎はしみじみと言った。
全員生存エンド。必死につかんだ今夜の奇跡を、誰もが噛みしめる。
「最後の私、フラグを立てるなと言った私がフラグ立てまくってたわね。情けない」
「でもみんな無事でよかった」
「もう、警戒は必要でしょうが、あの幽霊が来る事は多分ないでしょう」
ミスチーママが戻ってきた。怪我はしているが命に別条はないパパも一緒だった。
幽霊監視所や護衛部隊の夜雀も、なんだかんだで生きていると言う。
夜雀たちは疲れたのと油断した反省も込めて、歌は自粛し、静かに酒を飲むことにした。
「こうやって、静かに飲むのも悪くないわね。パパ、ママ」
「ええ、さっきまでの地獄がまるで嘘みたい。静かな夜ね」
「でも結局誰か一人なんて選べなかった、私の修行不足かも」
「いずれにしても、皆の命があって良かった。
候補者の方々、本当に感謝してもしきれない。ありがとう」
国王ミスチーパパが深々と頭を下げ。男声夜雀たちは恐縮する。
「いえ、お役に立てて光栄です。今度新曲を披露しますよ」 歌のみす雄。
「次の選考会もバッチリ決めてきますから、幽霊なしで頼みますよ」 服飾のみす彦。
「でも、今回の事で、僕らの経験値もいろいろ上がったように感じます」 大工のみす朗。
「私の餌取り能力も役立ったようで何よりです」 餌取りのみす太郎。
「ずっと姫様をお守りします」 従者のティスミア。
「ちすみーだけじゃとっても不安。私もいてあげないと」 従者のスミティア。
ミスティアは夜雀王国の姫として決意を新たにする。
ただ守られるだけではなく、私も守ろうと。
家族であれ、花婿候補であれ、従者であれ、みんな共に生きる大切な仲間たちなのだから。
(同じ弾幕少女なのにねえ)
そしていつか、本当は悪い子ではない白玉楼のお嬢様とその従者とも、
いつか美味しいお酒を一緒に飲んだり、歌を楽しめる日が来たらいいなとミスティアは強く願うのであった。
弾幕ごっこの敗北時のようなボロ絵になっている。
騒然とする中、ミスティアがその男性夜雀に駆け寄った。
「パパ、どうしたの、誰にやられたの?」
「西行寺幽々子が来る、逃げなさい。
監視員と護衛部隊が合流して、自分も加わって迎撃したのだが、
やっぱりあの幽霊には敵わなかった」
「そんな……」
やがて、夜雀たちにとって不気味な気配が漂ってくる。
かつてミスティアは西行寺幽々子と弾幕ごっこした際、喰われそうになった事があった。
あれが本気だったのか、それとも遊びだったのかは分からないが、
彼女は大変な恐怖を感じ、夜雀族総出で白玉楼方面の監視、対策に当たっていたのだ。
だがやはり幽々子には敵わなかったらしい。
壮年の夜雀、ミスティアの父ミスチーパパの話によれば、監視所と護衛部隊の者もフルボッコにされて放置されたり逃げたりしたらしい。
「ここは私がくい止める、はやく、ママ達と一緒に逃げなさい」
「なにフラグ立ててるのよ、パパも一緒に逃げようよ」
「幽霊は強いだけでなく、足も速い、全速で退却したのにゆっくり歩いてきて、
いつの間にか背後を取られていた。みんなそれでピチューンしてしまった。
ホラー映画の怪物並みだ。だから誰かがおとりになるしかない」
「あら、とても健気な鳥さん達ね」
次第に西行寺幽々子と、従者の魂魄妖夢の影が近づいてくる。
観衆たちは一斉に逃げ、ミスティア達のみが広場に残される。
「ミスティ、早く逃げるんだ」
「パパを置いてはいけないわ」
「我儘を言わないでくれ、お前は娘にして夜雀族の宝だ、死なせたくないんだ。
ママ、ミスティを頼む」
「分かったわ、ほら、こっちへ」
ミスチーママがミスティアの手を引っ張り、低空飛行で彼女を連れ去った。
2羽の従者もその場に残る。
「ちょっと! ちすみー、すみちーまで!」
「姫様ーここは私達に任せてー」
「私たちだって強いんですから~」
そして、候補者の男たちも幽霊の行く手をさえぎり立つ。
「みんな、花婿選考会は中止だ、今は姫様たちを守りましょう」
みす雄の考えに候補者たちは皆賛同する。
「だけど、西行寺幽々子にどうやって勝つんだ」みす朗が言う。
「せいぜい姫が逃げるまでの時間稼ぎってとこだろ。やってやるよ」
髪を整えながらみす彦が覚悟を決める。
「時間稼ぎ? 別に倒してしまっても構わんのだろう、なんてな」とおどけるみす太郎。
「あなた達、大丈夫なの?」ティスミアが問う。
「大丈夫です、原作には出られないけれど、俺たちだって結構強いんですよ」
みす朗が精一杯の笑顔を見せた。
「でもあんた、前編で1ボスの子に気絶させられたでしょ?」とスミティア。
「ううっ、それは、そうですが」
「足りない弾幕はみんなで補えば良い、俺たちもやばくなれば撤退するからさ」
みす彦がみす朗の肩を叩いて励ます。
夜雀国王、ミスチーパパは微笑んだ。
「すまない、さすがは花婿候補、
こんな男たちが娘の結婚相手に名乗り出てくれるなんて……。
この夜雀国王、ミスチーパパ6世、君たちと戦える事を誇りに思う」
「覚悟を決めるのはもう済んだかしら、私はさっさとお姫様を追いかけたいのだけど?」
扇子で口を隠して欠伸しながら、幽々子がけだるそうに告げた。
妖夢は刀を構え、臨戦体制のままだ。
「夜雀族の意地を見せてやる、行くぞみんな!」
夜雀国王と、4羽の花婿候補、2羽の従者が幽々子と妖夢に相対する。
「じゃあ、弾幕ごっこ開始といきましょうか? 妖夢、行くわよ。
これほど必死になって守ろうとする歌姫、きっと絶品でしょうね」
「……はい」
妖夢は剣を抜いたものの、辛そうにうつむく事で、この戦いへの疑問を無言で主に伝えた。
「可哀想に思えるの?」
「いや、そういうわけでは……」
「乗り気でなさそうね、いいわ、あなたはそこで見ていなさい」
「すみません」
幽々子が両手を広げ、死蝶を呼び、夜雀たちも使い魔を召喚し、戦いが始まった。
「みんな戦ってる」
ミスティアは母親に手をひかれながら後方を振り返った。
弾幕の閃光と音が夜空を彩る。
ミスティアは心の中で祈り続けた。
どうか勝って欲しいと。
自分の安全のためだけではない、なにより自分のためにあれだけ献身してくれる父に、
従者たちに、そして花婿候補者たちに消えてほしくないのだ。
そんな彼女の祈りを裏切るかのように、嫌な音が響いた。
ピチューン。
被弾音が1つ、ミスティアの耳を打つ。
ピチューン。
またひとり、誰かが倒れた。
ピチューン。ピチューン。
「もうやめて!!」
ピチューン。
「やめてよぉ……どうして、私なんかのために!」
ピチューン。
とうとう残るは1羽となった。
「せめてあなただけでも逃げて」
だがミスティアの願いもむなしく、全滅を告げる音が無慈悲に鳴った。
ピチューン。
そして、一つの気配と、やや遅れるようにしてもう一つの気配がこちらへ向かってくる。
幽々子と妖夢だろう。
「ここまでね。ミスティ、あなたの服を貸して」
ミスチーママは彼女の服を半ば強引に脱がせ、それを身に付けた。
その行為が意味するところを悟ったミスティアは顔面蒼白になり、
母親に飛びついて泣きながら止めようとする。
「ママ! 嫌よ! もうやめて、私の事はいいの!」
そしてママがミスティアの帽子をかぶると、遠目にはミスティアと区別がつかなくなる。
ミスティアは母親の服を代わりに着せられ、近くの茂みに隠れるよう言われた。
「いい? 気配を殺して隠れているのよ。幽霊たちが森を去るまで、絶対に動かないで」
「そんな!」
「しっ、来るわ。もし生きていたら、また昔みたいにお父さんと一緒に暮らしましょう」
「ママ!」
ミスチーママは幽々子達の方へ向けて飛び出した。
「あら、観念したのかしら」
幽々子達が気付く。
彼女は怪我をしているふりをしてその場に座り込み、
接近されるとまた空を飛んで逃げ、また怪我を装ってその場に倒れ込む。
ある種の母鳥が、捕食者から雛鳥を守るための行動。
これを繰り返す事で、ミスティアを幽々子から引き離そうとしているのだ。
「ああもう、じれったい。狩りの楽しみが減るけどしょうがないわね」
なかなか捕まえられない事に業を煮やしたのか、幽々子は弾幕を放った。
母親はギリギリのタイミングで避け続ける。弾幕パターンの1巡が終わる。
どうにか耐えきり逃走を再開するが、間髪いれず2巡目の弾幕に襲われ、
距離は詰まる一方だった。後ろを向きつつ飛ぶしかない。
3巡目、被弾し、振りではなく本当に傷ついた。
4巡、さらに被弾、まだ必死に飛び続ける。
5巡、6巡、7巡、8巡……。
かなり距離があったのに、ミスティアとミスチーママの目が合う。
傷つきながらも、娘の顔を見てにっこりと微笑んだ。
「もうやめて!!!」
幽々子が弾幕を止め、声のした方を向く。
ミスティアが泣きじゃくりながら幽々子の前に出てくる。
「私を食べたければ好きにして! もう逃げも隠れもしないから、
だから……だからこれ以上みんなを傷つけないで」
「うふふ、うるわしき自己犠牲。つかまえ甲斐があるわ」
幽々子は静かにミスティアに迫り、両手でそっと頬をなでる。
「ミスティ!」
「ママ、もういいの。みんなを踏み台にしてまで生きていたくない」
「さて、一番強い夜雀さん、どんな味かしら」
その時だった。
「待ってくれ!」
もう一人の声がした、なけなしの妖力を振り絞り、傷を再生させたみす彦だった。
他にも傷ついた体を引きずり、花婿候補たちと従者たちが歩いてくる。
右手を胸に当て、みす彦が訴えた。
「頼む、西行寺様、夜雀を食いたいなら俺を食ってくれ」
「勇気ある申し出なんだけど、あなた達はもう妖力スカスカで煮ても焼いても美味しくなさそう。
やっぱり極上のお姫様がいいわ」
「なら、俺の秘蔵の貴重なアクセサリーとか、光る物とか、服も全部献上する、
俺しか知らないルートで集めた逸品ぞろいだ、なんなら欲しい宝石とかあれば言ってくれ、
だから姫様だけは……」
残りの男性夜雀もみす彦を押しのけ、ミスティアを守るためアピールする。
「西行寺様、私は毎晩最高の歌をあなたに聞かせてあげられます」 みす雄。
「僕はどんな家でも作ってみせます、白玉楼の改修だって大丈夫です」 みす朗。
「私はどんな餌でも見つける事が出来る、最高級の食材をさしあげます」 みす太郎。
「ちょっと、私だって美味しいわよ」 スミティア
「私もよ、姫様より肉が柔らかいわよ」 ティスミア。
「あらあら、これじゃあまるでプロポーズみたい。言い寄られて困っちゃう(はあと)」
そして幽々子は、ある取引を持ちかけた。
「そうね、じゃあこんなのはどう? 究極の選択と言うやつよ。
一つ目の選択、貴方が食われ、他の夜雀は全員助かる。
二つ目の選択、貴方だけが助かり、他の夜雀は全員私の胃の中。
どちらかを選びなさい」
一同は一瞬驚いたが、やがてミスティア以外の全員が顔を合わせ、同意する。
「分かった……答えは二つ目だ、姫だけは助けてやってくれ」
ミスティアがあらん限りの声で叫んだ。
「ちょっと待ってー!」
涙声で訴える。
「みんな……、どうして、どうしてなの、私一人のために、なんでそこまでできるの!
もういい、私の事はもういいから、死なないでよ、お願い」
顔を涙でくしゃくしにして説得するミスティアに、みす彦が優しく語りかけた。
「姫様。アンタは、俺たち夜雀族の希望なんだ」
みす雄も続けて言う。
「そう、異変時に名乗りを上げる事で、幻想郷でも雑魚だった夜雀族の株を上げてくれた。
おかげで私達は誇りを持って生きていけるんですよ」
みす朗が続く。
「あなたの盾になれる事が、中継点になれる事が、とてもうれしいんです。
どうか僕らのわがままを聞いて下さい」
みす太郎も覚悟を決めた。
「姫、生き延びて下さい、責任を感じるなら、むしろ我々を踏み台にしてでも生きるんだ」
ミスティアは袖で涙を拭き、顔を上げた。表情が一変していた。
「分かった、私は死にたくない、みんなも誰ひとり死なせたくない」
幽々子は静かに笑っている。
「我儘を言わないで、貴方の選択肢はたった2つだけ」
ミスティアは首を横に振り、毅然と言い放つ。
「みんな私に力を貸して、一緒に戦いましょう。
西行寺幽々子、答えは三つ目よ『貴方をブチのめし、私もみんなも助かる』」
「あなた達って、本当に面白い子たちねぇ、冥界にとどまり続けた甲斐があったわ」
「あなたには何も渡さない。わたしは欲張りなの。ママ、今のうちにパパを助けに行って。
私達は負けない、絶対にハッピーエンドを迎えて見せるから」
「わかった、みんな死なないで」
飛んでいくミスチーママを幽々子は無視した。
そして、ミスティアは今までにない凛とした声で、同胞の夜雀たちに指示を出す。
「夜雀の姫としてお前達に命ずる、真の名を私に教えなさい」
真の名前、魂のソースコード。
それを知られる事は支配される事を意味する。
反面、支配者の命令で自分の何倍もの力を出す事も出来る。
八雲紫の式神達が、彼女に従う事で大きな力を出せるのと同じ原理である。
4羽の男声夜雀と2羽の従者は素直に指示に従った。
「良く教えてくれました、みんな、体を癒し、私と一緒に戦って」
花婿候補者、従者たちの傷がみるみる回復し、力が戻ってくる。
「仲間を死なせない、私も生き延びる、両方やらなくちゃいけないのが姫の大変な所、
覚悟はできてる? 私はできてるわ」
幽々子も急変する雰囲気に目を見張り、従者に命令を出す。
「いい決意だわ、妖夢、私の傍で盾になりなさい」
「は、はい」
「みんな、この食いしん亡霊にお仕置きするわよ。
全ての二次創作世界で食われた私の弔い合戦、始めるわ」
「おお!」
夜雀族の存亡をかけた戦いが始まった。
「みんな、私の周りを囲んで防御に専念して、私が砲台になる」
「行くわよ夜雀さんたち」
『亡郷 亡我郷 -さまよえる魂-』
空中で夜雀たちがミスティアを囲んで円陣を組み、幽々子の弾幕シャワーを防ぐ。
彼らにとってありえない量のエネルギーの弾が迫るが、
ミスティアから得た力で防げている。今のところは。
「すごい、僕ら、これだけの弾幕を防げてる」
「以前の俺たちならとっくに吹っ飛ばされてるぜ」
「歌で戦えたら良いんですけどね」
みす太郎が携帯食料を投げ渡す。
「みんな、この餅食っとけ、長丁場になりそうだぞ。姫様もどうぞ」
「まだまだぬるいわ、これはイージー、ホント、オリキャラさん達は低出力で可哀想」
幽々子がさらに複雑かつ密度の濃いパターンの弾幕を振りまいてきた。
その場にとどまって受け止めるには圧力が強すぎる。
「ぐっ、こいつはヤバイ」 みす太郎が齧った餅を落とす。
「だがいくら力の差があろうとも」 みす朗が歯を食いしばる。
「今の私達は」 みす雄も耐えている。
「幽香をも凌駕する存在だ」 みす彦が雄たけびを上げる。
耐え続ける男たちにミスティアが指示を出す。
「もういいわ。みんな、散開して避けつつ受け止めて」
すかさずスペルカード攻撃を宣言した。
「みす朗君、あなた、力を貸して」
「えっ、僕が? はい、分かりました(初めて名前で呼んでくれた♥)」
『蛾符 天蛾の蠱道』
ミスティアの弾幕に、みす朗が呼び寄せた蛾の使い魔達が加わり、本来イージークラスのスペルカードがハード相当の攻撃力と化す。
「ありがと、みす朗君」
「やった、やっとお役に立てた」
みす朗も負けじと羽根飾りに宿した使い魔を解き放つ。
「姫さま、アシストします。リフレクター羽根飾り!」
弾幕にまぎれて幽々子と妖夢の背後に使い魔が回る。
通り過ぎた弾幕が色とりどりの羽根飾りにあたって反射し、再び二人の幽霊に襲い掛かる。
使い魔の羽根飾りは巧みに入射角と反射角を調節し、追い続けた。
「これが姫様に与えられた力。以前の俺なら使い魔数匹で息が上がっていたのに。すげえぜ」
幽々子がついに前後左右から来る玉に被弾し、着物の一部と扇子がはじけ飛んだ。
「あら、被弾しちゃった、やるわね」
しかしいまだに余裕の表情である。
「幽々子様! このお」
妖夢が桜観剣で使い魔を切り潰そうとする。
「させない!」
みす雄が、妖夢を鳥目にすべく熱唱する。
「アア♪~~~~~~♪~~~~」
空気がびりびりとふるえ、振動が楼観剣の刀身に伝わる。
構わず使い魔を切ろうとするが、剣の震えは止まらない。
とうとうひびが入り、無数の鉄片となって砕け散った。
「えっ、私にこんな能力あったっけ?」
みす雄が唖然とする中、ティスミアが何とか説明を試みた。
「ああっ、これはアレよ、ええと、すべての物体には固有のなんちゃらがあって、
それと同じ振動だか波長だかをぶつけると、震えが増幅して壊れるってヤツでしょ」
「まあなんて中二的能力」 スミティアが呆れる。
「よくわかんねーけど、原作少女の戦力を結構削いだぞ」 みす彦が歓声を上げる。
「みす彦君、まだ戦いは終わってないわ」 ミスティアが彼をたしなめる。
「すみません」
妖夢はというと、自慢の剣を粉砕された後、しばらく茫然とうつむいていたが、
やがて怒りのためか霊力が増し、一般人なら心臓が止まりかねないほどの殺気が周囲に満ちる。
「私の自慢の剣が……おじいちゃんから受け継いだ剣が……あんまりだぁ」
そして短いほうの剣である白楼剣を抜き、男性陣に切りかかった。
「この、オリキャラ風情がああっ」
「うわあキレやがったー」
最大の目標であるミスティアを完全に無視し、斬撃と弾幕を交互に振りまく妖夢。
みす雄たちは必死で避ける。
「こうやってオリキャラが原作少女を貶めるから、何年書いても人気が出ないのよ」
「知るか! 俺らも原作少女守ってるんだからイーブンだろうが」
みす彦が叫ぶ。みす雄も必死に抗弁する。
「別に原作少女を圧倒したり、都合良く惚れられたりしてないからセーフのはずです」
「どこがセーフだ。他人もそう思ってくれている、そう根拠のない思いこみがだな」
妖夢は男性陣を追いまわすのに夢中になっている。
「こらー待てー」
男声夜雀たちは自らが守るべきミスティアから離れてしまいかねない事に気づく。
「姫様から離れている」 必死で翼を動かしながらみす雄が仲間たちに言う。
「でも、戻ったらあのマジギレ剣士に切られる」 みす彦。
「分断されちまう」 みす朗。
「うう、情けない、盾にすらなれんとは」 みす太郎も悔しそうだ。
ミスティアは男性陣を守り円陣を組み直すため、一旦幽々子から遠ざかり、男声夜雀たちの前方に回り込んだ。
「みんな、こっちよ」
「みんな姫様の元で一旦態勢を立て直そう」
密集し、防御と攻撃を分担すれば1羽あたりの負担も減り、勝ち目が出てくる。
妖夢はいくらか冷静さを取り戻し、その事に気づく。
夜雀たちが集合し、態勢を立て直すのを阻止しなければ。
空を飛ぶスピードを上げ、ミスティアと集合しようとする男声夜雀の間に割って入ろうとした。
「逃がさん!」
妖夢の視界に、1匹の蝶が舞っていた。
(幽々子様の死蝶か)
離れているが、幽々子様の呼んだただの死蝶だろうと思い、彼女は気にも留めなかった。
「いや、何か変だ」
後ろに回り込んだそれが死蝶ではなく、蛾の姿に変化したみす朗と気付くのと、
みす朗が弾幕を飛ばすのはほぼ同時だった。
「あいたぁ! この卑怯者!」
妖夢は後頭部を押さえつつ、振り向きざまに蛾に変化したみす朗を平手ではたく。
みす朗も痛みをこらえ、羽の鱗紛を妖夢の面前でまき散らす。
「『攪乱 鱗紛アタック』みんな今だ!」
すかさずみす朗はその場を退避。妖夢への目潰しは思いのほか有効だった。
「目、目が~」
「一応謝っとく、ごめんな」
みす彦の声と同時に、男声夜雀たちの弾幕が違う方向から彼女を襲った。
ピチューン。
目潰しされ、パターンも何もない、打ちのめすためだけの弾幕で被弾した妖夢は、
そのまま速度と浮遊の力を失い、地面に落ちていった。
「お前ら~~」
半霊が妖夢のクッションとなりそれ以上の傷は追わずに済んだが、
体を受け止めたショックのためか、半霊も気絶(?)してしまったようだ。
みす朗が彼女の落ちていった地面を見つめ、肩で息をしながらつぶやく。
「ぜえ……ぜえ……力のない……オリキャラは……こうやって生き残るのさ」
男声夜雀たちは一度地面に降り、気絶した妖夢を見つめた。
「原作少女のひとりに勝った、とは言えますが……」 みす雄が気まずそうに口を開いた。
「ああ、さっきの光景を事情知らないヤツが見たら、いや事情を差し引いて考えても、
ただの少女暴行でしかないからな」
みす彦も同じ気持ちだった。
「これが戦場だったら、今のうちに雁字絡めに縛っとくか、とどめを刺すとかするんだろうけど……」
「姫様を狙っているのはあの亡霊嬢だけだ。それより今はまだやる事がある。
姫様たちと合流しなければ。態勢を立て直せば、我々はまだまだ戦える。
みす朗君、この天界の桃を食え、力が戻るぞ」
みす太郎は疲労が一番激しいみす朗に桃を与えたのち、
夜雀たちをまとめ、ミスティアと合流すべく移動する。
その場を立ち去る前に、倒れている妖夢に持っていた薬草で傷の手当てをした。
「どうして、助ける?」
「あなたを倒すのは一手段であって目的ではない。姫様を守れればそれでいい。
これで応急処置は済んだなっと」
そうして、夜雀は仲間を追って飛び立っていった。
夜空に浮かんだ彼のシルエットは、やがて小さくなり、光や音のする方向へ消えていった。
「後悔するぞ」
妖夢は白楼剣を杖代わりにして立ちあがる。
自分にも役目があるのだから。
「やっと合流できた。みんな無事だったのね。良かった」
ミスティアと従者、花婿候補たちは、再び密集して西行寺幽々子と対峙する。
幽々子は余裕の微笑みを浮かべていたが、なぜか満面の笑顔に変わり、
夜雀たちの健闘を称えるような事を言う。
「やってくれたわね、夜雀の皆さんたち…… 。
よくも私のフルコースメニューを見事に打ち砕いてくれました……。
妖夢の反応がありませんね。あなたたちが撃墜したんですか?
どうやったのかは知りませんが、これはちょっと意外でした…….
それにしても、あと一息のところで晩ご飯が台無しになってしまうなんて……。
妖夢には残念でしたが、わたしはもっとかしら……」
笑顔がかえって不気味さを高める。
強者はいつも笑顔でいる、とミスティアは聞いた事がある。
「はじめてよ……この私をここまでコケにしたおバカさん達は…… 。
まさかこんな結果になろうとは思いませんでした………」
顔を伏せ、頭や腕がぴくぴくと震えだす。
「ゆ、許せない、許せないわ」
次の瞬間、怒りの形相を夜雀たちに向け、拳を握り、ありったけの大声で叫んだ。
「絶対に許さんぞ夜雀ども!!!!
じわじわと焼き鳥にしてくれる。
1羽たりとも逃さんぞ覚悟しろ!!!!」
「ひいっ、口調が変わった」
身分や性別関係なく、夜雀たちは反射的にミスティアに抱きついた。
「……と前からこのセリフ、言ってみたかったのよ。
それほど怒りに我を忘れていてはいないし、それじゃご飯がおいしくないものね、
でも、妖夢の仇討ち、させてもらいます」
ミスティアはみんなを両腕で抱きつつ、恐れず、敢然と言い放つ。
「絶対に許さない? 仇討ち? ハッ、それはこっちのセリフ。襲いに来て良く言うよ。
そちらこそ、私の大切なひと達を怖がらせ、傷つけた返礼をさせてもらうわ」
ミスティアは仲間たちの顔を見つめ、幽々子に聞こえない声で告げた。
「ごめん、もう一度だけ力を貸して。
そのかわり、物理法則をねじ曲げようが、幻想郷の秩序を破ろうが、誰ひとり死なせない。
だって大切な従者と花婿さんたちだから」
誰もが強くうなずいた。戦いは最後の局面に近づいている。
「とっても想われているのね。正直嫉妬するわ。妖夢は私が消えるとしたら……
なんでもない。行きますわ」
幽々子は以前よりパターンが複雑で濃密な弾幕を生みだし、それを夜雀たちへ向けた。
『亡舞 生者必滅の理―毒蛾―』
「みんな、避けながら、隙を見て接近してショット撃ちまくりよ」
夜雀たちは弾幕を避けつつ、ありったけの魔力の弾を幽々子に撃った。
しかし弾幕は後から後から湧き出てくる。
「うふふ怖いでしょう。もうダメかも、そう思うでしょう?」
みす彦が回避に専念しながら怒鳴る。
「幽々子さん、食材なら他に幾らでもあるのに、何で俺らの姫様ばっかねらうんだよ」
「死んでからも、意識もリセットされず、輪廻も許されず、
何千年も冥界を管理しろと言われれば誰だってこうもなるはず。
最近妖夢も冷たいし、こういう荒事でも起こさないと退屈でしょうがないわ」
みす雄がわずかなチャンスを使って幽々子にショットを打ち込む
「退屈しのぎ? そんな馬鹿げた理由で、僕らの姫様を食おうっていうんですか?」
「ほらほら、喋っていると被弾するわよ」
みす太郎が被弾し、姿勢が崩れた所をもう一度被弾する。
「みす太郎さん!」
みす朗が彼の前に飛び出し、弱い弾幕で弾幕を相殺する。
「済まない」
「さっきくれた栄養ドリンクのおかげで調子いいですよ」
ミスティアが一同を励ます。
「みんな、弾幕が弱まってきた。もう少しで攻撃が終わるから持ちこたえて」
ティスミアが一番つらそうだ。
「だめ、反射神経が持たない。当たる」
「もう少しよチスミー。ファイトオオオオオオオオ」
「いっぱあああああああああつ」
スペルカード攻撃が一旦止む。ティスミアは根性で耐えきった。
「助かった」
「良くこらえたわね、でもこれで最後よ」
幽々子が狂気じみた密度の弾幕の雲を生成し、夜雀たちのいる空間へ向けて進行してゆく。
怒りに我を忘れていないと言ったが、あれは嘘かも知れない。
『反魂蝶』
(今までのやり方で避けたり防いだりじゃ、いずれ押し切られる)
ミスティアは鳥頭を必死に回転させ。勝つ方法を考えた。
(そうだ、みんなの力を借りよう)
「みす雄さん、さっきの歌、もう一度、最大出力で」
「は、はい」
みす雄が少し戸惑いがちに左手を自分の胸に当て、
魔力を秘めた渾身の歌を披露する。
幽々子はこの状況で歌うなどとは思っていなかったのか、もろに耳にしてしまった。
「なんなのよ? こんな状況で鳥目にできるなんて」
幽々子の声に若干焦りが混じっている。
そのせいか、弾幕が若干薄くなったようだ。
ミスティアがめまぐるしく弾幕を避けたり防いだりしながら、矢継ぎ早に指示を出す。
「すみちーちすみーは私の後ろで弾幕生成準備を」
「了解です姫様」
「みす太郎さんは後方と側面を結界でガード」
「分かりました」
「みす彦さん、そのど派手な衣装でちょっとだけ攪乱して、できる?」
「『できる?』じゃなくて『やれ!』と言ってくれ姫様」
みす彦が体に妖力を纏わせ、派手な衣装と合わせて光源となり、幽々子の周りを飛び、
周囲が見えなくなった幽々子を翻弄。
「そこかしら」
幽々子がみす彦の見えた場所に死蝶を送り込む。
触れた者に死をもたらすと言われる(弾幕ごっこ時は違うようだが)蝶型の弾丸。
「外れた! じゃあこっち、それともあっち?
ああ! 姑息な手なんか使わないで、弾幕少女なら弾幕で勝負しなさいよ!」
幽々子が光の見えた方に死蝶をばらまいている。
みす彦は真の名と引き換えに与えられた反射能力でかわし続けた。
弾幕がグレイズし、ラメ入りのマントが千切れ飛ぶ。
しかし、みす彦は自分たちが優勢だと確信した。歌い続けるみす雄も同様だった。
「さすがだぜ。こうしていれば、勝てなくても霊力を浪費させられる」
「どう、わたしを焼き鳥にするんじゃなかったの?」
「か、牡蠣を食べるには、苦労して殻を開けるのは当然、
大変なら大変なほど美味しさが増すってものです」
幽々子は焦っている振りを演じながら、ミスティアの気配、妖力を探っていた。
挑発にも動じない。
(見えた、あそこにいる)
ごっこではない、一撃で相手を仕留めるための、本気の霊力をぶつける準備をする。
「今までのお仕置きよ。まだまだこんなもんじゃないわ」
「全然見えない! 謝るから許してぇ(所詮はおバカさん、これで勝ったと思っている)」
幽々子の渾身の霊力が、魔理沙のマスタースパークにも似た霊力の光線となり、
ミスティアに向けて撃ち出される。
(勝った。第3部完! 美味しい焼き鳥一丁上がり)
みす雄が不意打ちに驚き、鳥目の能力を解いてしまった。
それで被弾するミスティアを幽々子ははっきりと見届ける事が出来る。
これで終わり。しかし……と幽々子は違和感を覚える。
霊力に飲み込まれてゆくミスティアの顔が、不意打ちを受けた者のそれではない。
確かに恐怖を感じている。周りを飛び回る従者、歌っている従者もしまったと叫んだ。
しかしミスティア目のだけは、『しまった!』ではない。『来た!』と言っている。
彼女と目が合い、瞬間、幽々子は全てを覚った。
(ああ、そう言う事) (そう、そう言う事)
ミスティアが視界から消える寸前、背後から2羽の従者が飛び出し、
涙ながらに溜めていた魔力を放出する。
「「光符 スミチー/チスミースパーク」」
魔理沙のものよりか細いが、マスタースパーク型のレーザーが2本、
技を出し切り、霊力を消耗し、一瞬動きが止まった幽々子の核深部、
俗に言う『当たり判定』を貫いた。
ピチューン
幽々子は体をのけぞらせ、しかし地面には落ちず、また元の姿勢に戻り、
うつろな瞳でミスティアのいた場所を見やる。
彼女は焼き鳥になってはいない。
防御結界を張り、腕を十字に組んで顔を伏せ、耐えきったのだ。
周囲の空気が月明かりを反射し、ダイヤモンドダストのようにきらめく中、
ミスティアは痛みをこらえつつ苦笑いしている。
「どう、みす朗君に鱗紛を撒いてもらって、光線を減衰させたの」
「考えたわね」
「ずるいと思う?
でもそっちこそ、2ボスとオリキャラの住処に、5、6ボスで乗り込みやがって」
『夜雀 真夜中のコーラスマスター』
弾幕がわずかに残っていた幽々子のやる気を完全に粉砕した。
「見事だわ、ミスティア=ローレライ、貴方を、いや貴方たちを見くびっていた。
完敗ね。もう疲れちゃった」
幽々子の姿が徐々に透明になり、一陣の夜風に乗ってどこかへと、
それこそ物語の幽霊のようにかき消えていった。
終わった後、緊張の糸が切れたミスティアは地面に降り、その場に倒れ込んだ。
夜雀たちが駆け寄り、みす朗が彼女を抱え起こす。
2羽の従者が泣きながら主の名を呼ぶ。
「姫様、ミスティア様、この鳥頭、起きて下さいよ」
ミスティアが目をゆっくりと開く。
まだ生きている。意外にも、服は焦げていたものの、ダメージは軽そうだった。
「うるさいなぁ」
「良かった、私達、本当に姫様が死んじゃったと思ったんですよ」
「ちすみー、すみちー、あの子はどうなった?」
「もうばっちりです、完全にピチューンしました」
「そう、良かった」
みす彦が怒鳴り、ティスミアも非難する。
「姫様、なんて無茶をしやがるんだ。一歩間違えれば死んでいたのに」
「そうですよ、私が撃たれた瞬間を撃て、って言われた時はたまげました」
ミスティアは素直に頭を下げた。
「ごめんね、みす彦君。そしてみんな。
でも相手は6ボス。あの子の隙を突こうと思ったら、こうでもするしかなかったのよ。
それともう一つ、あなた達に謝らなければならないわ。
みす雄さんに歌ってもらったのも、みす彦さんに攪乱をお願いしたのも、
私が油断しているとあの子に思わせて、すみちーとちすみーに溜めの時間を与えるためだったの。何も言わず利用しちゃってごめん」
「ちょっと驚きましたが、でも一番ハイリスクだったのは姫様じゃないですか」
「敵を欺くにはまず見方からっていうし。すげえ根性だったぜ」
「ううん、みんなの力添えがあっての作戦よ」
「私も協力したんだから」
人間の女性の姿をした、みす朗とは別の蛾の妖怪がそこにいた。
スズメガのみす朗とは違う模様の、枯れ葉に擬態した羽を持っている。
別の種類の蛾らしい。
「誰?この子」
「この子、アケビ君ですよ。幼虫の時は男言葉使ってましたけど、
僕らは羽化するまで性別が分からないんです」
みす太郎はうつむいている。
「私は何の役にも立てなくて恥ずかしい。年長者なのに」
そのみす朗をティスミアとスミティアがフォローした。
「とんでもない。みす太郎さんの滋養強壮ドリンクが無ければあそこまで粘れなかったし」
「そうそう、腹が減っては戦は出来ぬ、だしね」
ミスティアは起き上がり、改めてみんなを呼び、抱きしめた。
「みんなありがとう。私はバカだった。こんなに多くのひとに支えられていたなんて。
もし許されるなら、全員をお婿さんにしてもいいくらい。
それでどう、言いにくいんだけど、一妻多夫ってのは……」
「ええっ」「それは……」「まあ姫様がそう言うんなら」「意外とありかも知れんが……でも」
「ダメよね、でも、誰か一人を選ぶなんて、みんなの必死さを見ていたらとても無理。
みんなに資格が無いんじゃなくて、私にこそ資格が無いと思うの。
だから、私がみんなに釣り合うと思える日が来るまで、決定は保留にします」
花婿候補たちはショックにも感じたが、心のどこかで、そういう風になるだろうとも感じていた。
この戦いを通して、候補者たちの中でのミスティアが、
結婚相手というより信頼できる指導者へと変化していったのだ。
同時に、他の候補者もライバルではなく、長年付き合ったかのような友人、戦友となっていた。
花婿は決まらなかったものの、新たな絆がここに生まれた事は間違いない。
「ああ、それでもし、私のほかにいいひとが現れたら、その人と一緒になって構いません。
私は潔く諦めます」
候補者たちはお互いの顔を見合わせ、それで納得する事にした。
「さあ、宴会しましょ、何が合っても、最後はみんなで仲良くお酒を飲む、それが幻想郷のルールよ」
一同から歓声が上がる。
ミスティアは両手を広げて走り回り、あるいはくるくると回り、
生きている喜びをかみしめている。
「ああ、私達は死神に勝った、これで悪夢にうなされずに済む。私は生まれ変われるんだ。
あーはっはっはっは」
みす太郎はなにやら不吉めいたものを感じていた。
(何故だろう、もう終わったはずなのに、この心のざわめきは一体?)
「いや、待って下さい姫様。西行寺幽々子がどうなったか確認していません。
まだ牙を研いでいるやも。一旦ここを離れましょう」
「大丈夫。ダメージを受けたのに、体が軽い。こんな幸せな気分は初めて。
もう何も怖くない感じ」
みす太郎の中のざわめきは大きくなり、やがてそれは予感となり、確信に変化する。
叫びながらミスティアの元へ走りだす。
「あれ、みす太郎さん?」
「みんな姫様を囲め! 密集隊形だ密集隊形! こういう弛緩しきった時が一番……」
「その通りだ!」
少女剣士、魂魄妖夢が白楼剣を抜き、ミスティアの背後に迫る。
ミスティアが振り向いたとき、妖夢はすでに斬りかかる絶好の位置にいた。
(何故もっと早く気付けなかった?)
みす太郎は自分を責めた。
安心しきった時に最大の隙が生まれる、
西行寺幽々子との戦いで分かり切っていたはずなのに、と。
(間に合え!)
皆も姫を守ろうと走り出していたが、もう妖夢を止められない。
「ああ……」 誰かが声にならない声を上げた。
コンマ何秒後の惨劇がありありと浮かぶのに、何もできない。
その場にいた誰もが無力感に包まれた。
「?」
しかし、なぜか妖夢の剣の軌道がおかしい。
剣はミスティアを狙わず、ミスティアの頭上にいる何者かを狙う。
妖夢が本当に斬ろうとした相手、それは人の姿から巨大な人魂に変化した幽々子だった。
大きな口を開け、ミスティアの首を噛みちぎろうとしていた。
「いただきまー……」
『峯打ち反射衛星斬』
人魂幽々子の顔面に一文字の溝が刻まれ、夜空へ吹き飛び、空中で再び人の姿に戻り、
そのまま落下して人型の穴を作った。
妖夢は剣を収め、幽々子の吹き飛んだ場所へ走って行き、主を掘り起こす。
夜雀たちも追ってみる。
「げほっ、妖夢、いいとこだったのにぃ。え~ん裏切られた~。しかも顔を、女の命よ」
「幽々子様、もう勝負はつきました。
汚い手で勝つより、美しく負けるのがスペルカードルールの要諦のはず。
みっともないですよ」
「だってあの子たちもいろいろ汚い手使ったじゃない」
「彼女たちの場合は力の差を補う頭脳プレーと言うんですよ」
「妖夢だって、剣壊された時ヤケクソになっていたじゃない。
勝手に貴方が飛んでいったのはショックだったわ。捨てられたんじゃないかと思った。
全くVガンダムの下半身の方がよっぽど使えるわ」
妖夢はみす雄の顔を見た。みす雄の背筋が凍る。
(やべえ)
「……私も未熟でした、あんな事で取り乱して……。
あの夜雀たちは大事なひとを守るために力を尽くしただけです」
(ホッ助かった)
みす朗が勇気を出して幽々子に意見した。
「そうだ、僕たちは大切なひとや日常を守りたかっただけだ。
この従者さんも、内心嫌そうだったんだぞ」
「気付かれていたとは……。まあいいか。
幽々子様、御飯を作りますから帰りますよ。
それから夜雀の皆さん、うちのバカ上司がほんっっっとうにご迷惑をお掛けしました。
言って聞かせますのでご勘弁を」
妖夢は一同にお辞儀をした。
このまま帰ってくれるのかと思いきや、うなだれていた幽々子が立ちあがり、最後の霊力を振り絞る。
青白く光る霊力が彼女の体を包み込み、桜色の髪がたなびき、空気が震えだす。
「何よこのグオオーッていうSEは」 ティスミアがおろおろしている。
「うおおおおおおおおおお」
「幽々子様、もうやめて下さい」
拳を天に突き上げ、思いのたけを簡潔に、しかし力強く訴えた。
我が胃袋に一片の鳥肉無し
「はいはい、要はお腹すいたって事ですね。
すぐ作って差し上げますから、凄まじいオーラで変な事言わないで下さい。
それから夜雀さんたち。いつか平和的な弾幕ごっこで競いましょう」
「うえええ……、妖夢、私の事愛してないの? 男の夜雀さんがこの子を守るみたいに。
私、正直うらやましかった」
「そんな事ありませんよ、私は幽々子様が大好きです。
ただ、愛情も忠誠も、盲従とは違うんです」
そうして、幽々子と妖夢は白玉楼のある天へと還っていった。
「なんだか、従者というより、世話焼き女房かカーチャンって感じだな」
みす彦がつぶやいた。あっちの方もそんな悪い仲ではなさそうである。
「とにかく、全員生き延びたな」
みす太郎はしみじみと言った。
全員生存エンド。必死につかんだ今夜の奇跡を、誰もが噛みしめる。
「最後の私、フラグを立てるなと言った私がフラグ立てまくってたわね。情けない」
「でもみんな無事でよかった」
「もう、警戒は必要でしょうが、あの幽霊が来る事は多分ないでしょう」
ミスチーママが戻ってきた。怪我はしているが命に別条はないパパも一緒だった。
幽霊監視所や護衛部隊の夜雀も、なんだかんだで生きていると言う。
夜雀たちは疲れたのと油断した反省も込めて、歌は自粛し、静かに酒を飲むことにした。
「こうやって、静かに飲むのも悪くないわね。パパ、ママ」
「ええ、さっきまでの地獄がまるで嘘みたい。静かな夜ね」
「でも結局誰か一人なんて選べなかった、私の修行不足かも」
「いずれにしても、皆の命があって良かった。
候補者の方々、本当に感謝してもしきれない。ありがとう」
国王ミスチーパパが深々と頭を下げ。男声夜雀たちは恐縮する。
「いえ、お役に立てて光栄です。今度新曲を披露しますよ」 歌のみす雄。
「次の選考会もバッチリ決めてきますから、幽霊なしで頼みますよ」 服飾のみす彦。
「でも、今回の事で、僕らの経験値もいろいろ上がったように感じます」 大工のみす朗。
「私の餌取り能力も役立ったようで何よりです」 餌取りのみす太郎。
「ずっと姫様をお守りします」 従者のティスミア。
「ちすみーだけじゃとっても不安。私もいてあげないと」 従者のスミティア。
ミスティアは夜雀王国の姫として決意を新たにする。
ただ守られるだけではなく、私も守ろうと。
家族であれ、花婿候補であれ、従者であれ、みんな共に生きる大切な仲間たちなのだから。
(同じ弾幕少女なのにねえ)
そしていつか、本当は悪い子ではない白玉楼のお嬢様とその従者とも、
いつか美味しいお酒を一緒に飲んだり、歌を楽しめる日が来たらいいなとミスティアは強く願うのであった。
バトってるのにやたら和むのが好きです
ストーリはわかりやすかったですが、戦闘シーンが少し見にくかったです。
今後も頑張ってください。