Coolier - 新生・東方創想話

地人の愛 または何故古明地さとりは人々の前で目を閉じたのか?

2011/09/15 12:30:07
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 白い雫がぽとりと闇に落ちていった。
 雫?
 否、あれは蛇だと言う。白い蛇が落ちたのだ。小さいのは、子供の蛇だからだと言う。
 種だと言う。根の生えかけた種だと言う。尾に見えたのは半透明に美しい根なのだと。
 小指の先くらいの大きさのものだから、種というには大きいかもしれない。蛇と呼ぶには顔が無い。尾も頼りない。
 頼りない尾を、時折細かく振る。


『一 黒谷ヤマメ 嫉妬深きものといやらしいタペストリーを織り上げるの事』


 雫が網をすりぬけていった。
「おや、何か?」
 癖っ毛がハンモックから零れた。
 黒谷ヤマメが、昼寝を楽しんでいた時だった。
 地下深き洞窟の入り口を守るヤマメの十重二十重に織られた結界は、不可思議な落石を起こし侵入者を追い詰める。追い詰められて転がり出た迷い人の先にはヤマメが笑って待っている。
 ごきげんよう、いらっしゃい。
 黒谷ヤマメは、この地下深き入り口を守る役目を負っている。好みの者は、下に下にと糸をたらして進ぜるのだ。
 もっとも大抵の者は行き着くことなく逃げ出すわけだが。
 地上と地下のの境目に迷い込む者を、追い返すも食うも蜘蛛次第であった。忌んだその名を土蜘蛛と言う。
 やや。
「糸にかからぬ獲物とは不可解な」
 丸い目で落ち行く先に目を凝らせば、白い雫が、空を泳いでいく。洞穴の奥深くへと下っていく。
 外の世界の光を一つに集めたらあんな白い雫になるだろうか。
 それはじんわりとぬくくて、時に照り付けて、土のにおいがした。川のにおいもした。
 ――なんてきれいだったのだろう。
 思い返したのは、もうそれが遥か遥か底に落ちていってしまったからである。
 けれどもし網にかかっていたとしても手に取ってかわいがるには、少し恐ろしかった。触れてはならぬと何かが告げていた。
 あのピクピクと動いて見せたさま。
 次にこみ上げてきたのは疑問だ。
 ――一体なんだったのだろう?
 見た感じ白い蛇にも見えた。大豆もああやって白い根を伸ばす。
 けれど違和感。
「あ、それだ」
 違和感の原因がわかった。あれには小さな足が二本生えていたのだ。おたまじゃくしだ。
 ――白いおたまじゃくし?
 土蜘蛛は首を傾げる。そんなものは今まで見たことが無い。果たして蛙になった時も真っ白なのだろうか? いつも朗らかな少女が、難しい顔をして首を捻る。
 そしてにんまり笑った。
 この下にいる、あの橋の番は気がついただろうか?
 気づいたとしたら、あの美しいものに腹を立てるだろうか? 憎しみ妬むがサガとはいえ、素直に美しいと思って欲しかった。
 とりあえずあの不思議な白い雫の件は気になる。地霊殿に報告に上がらねばなるまい。そのついでにあの美しい女から、からかいついでに話を聞いてみるか。いや、今でもいいか。
「よし!」
 にんまり笑った黒谷ヤマメは、地下の明かり霞む穴の底へと、今しがた見た白い雫に、負けないくらい細く白く温かい蜘蛛の糸、垂らした。
 
 
「ねえ、見た?」
「何を?」
「あれよ」
「あれじゃ判らないわよ」
 と言いながら水橋パルスィはヤマメのために、温めたチョコレートスープにウィスキーを注いだ。
 地底でも冬は始まっている。地下の太陽は燃えているのに、旧都では雪が降っている。凍死や氷りつく心の妖たちが、冬の季節を楽しむためだ。
 パルスィは冬が好きだ。地下を支配する鬼たちは、暑苦しい。この地の獄は凍えるくらいの寒さの方がちょうどいい。なにより陽気な熱など妬ましい。暖炉に火をつけ、一人で本でも捲りながら温かいものでも飲んでゴロゴロするのにちょうどいい寒さが理想なのに、今日はこの突然の来客のせいで部屋の温度が少し高い。
 つい。
「突然来られて、迷惑よ」
 と愚痴が口を出てしまう。
「悪いね」
 パルスィ愛用のソファに横たわって、黒谷ヤマメは頭を掻いた。
「あんたも見たかなあ、と思って。あの雫」
「しずく?」
 と問いかければ、非常識な来客は「うん」とつまみの干し葡萄を食べながら言った。
「白い雫が垂れてきたでしょう?」
「雫?」
「そう。すごい珍しいやつ!」
 力を込めて、目をキラキラさせながらヤマメが言うから、パルスィは溜息を吐いて暑いチョコレートを啜った。
「そんなことで尋ねてきたの?」
「悪い? だって、すごい綺麗だったよ」
 ヤマメの笑顔は、鬼も笑わせる。土蜘蛛の癖に人懐こいギャップが可笑しいのだ、陰気な裏切りの一族のくせにと。
 土蜘蛛が裏切り者、合わせる顔の無い輩と陰口を叩かれる理由を、パルスィは知らない。でもそれはともかくとして、彼女の笑顔が良い笑顔なのは間違いない。パルスィも、彼女の笑顔は好きだ。
 いけないいけない。温度が上がる上がる。
 ほっと息を吐いて、赤くなった顔をひたひた叩く。
 クールにいかなければ、あの方のように。
 心を落ち着けようとするパルスィなんてそっちの気で、ヤマメはにこにことチョコレートを飲む。
「まるでね、あれさ、山の雫なんだよ。だからさ、すごいドキドキしちゃって」
「あんた、こっそり山に行くもんねえ」
 地下に住まう者は、外の世界に行かぬのが決まりである。それをこの土蜘蛛は平気で破る
「しょうがないじゃない。布を染めたらすすがないと。動かない水は淀むんだもん。流れる川で無いとどうもいい色に染まらない。
 どうだった? この前の敷物」
「よかったわよ。寝室にぴったり」
 彼女は満足そうな笑顔で白い歯を見せた。
 地底と地上との約束事をほっぽって、禁忌を破り外に飛び出すヤマメの無邪気さが羨ましい。好きと同時に妬ましい。だから。
「わたし、そんなん見てない」と冷たく言った。そして冷たくなりきれずに。
「わたしが見たのは、蛙だったわよ」と応えれば。
「え――っ! あれ、蛙だったんだ!」
 パルスィのそ知らぬ態度なんて、それこそそ知らぬ顔でヤマメは手を打ち。
「じゃああの雫は、おたまじゃくしだったのかなあ」
 突拍子も無い声を出すヤマメにパルスィが苦笑いする。
「そんなに早くオタマが蛙になるわけないでしょ?」
「捕まえなかったの? その雫」
「土蜘蛛の結界を容易く抜けてきた何者かを?」
 橋姫から遠まわしなお褒めの言葉が出て、ヤマメはにやりと笑うと、ぽんと親指で干し葡萄を弾く。部屋を照らすランタンの明かりの外に黒い粒が飛んで、目の中から消えて、落ちてきた先は見当違いの鼻の上だった。バランスを取りかねて、ぽとりと黒い粒が床に落ちる。
「ありゃりゃ、失敗」
「なにしてるの、もったいない」
 渋い顔をされてもおかまいなしでヤマメは得意げな顔して。
「大丈夫だって、そこから葡萄の蔓が生えるから。そしたらパルスィの部屋中、葡萄で一杯だよ? 嬉しいね、美味しそうだねェ」
「ばか言ってんじゃないわよ」
 パルスィは鼻で笑うと、ひょいと床から干し葡萄を拾って口に入れる。甘酸っぱく濃縮された果糖の味がする。ちゅぽっと指を唇から引き抜いてパルスィは、妬ましいわ、と言った。
「ああ、あの蛙も妬ましい。あれは外の世界そのままだった。酷く妬ましいわ」
 呟く事は止めない。そしてもう一度、温かなウィスキーのカクテルを造る。ヤマメは笑う。
「そんなに外の世界が恋しいならさぁ。こっそり一緒に遊びにいこうよ」
「妬ましいのが楽しいのよ」
 また、フンと鼻で笑って。
「それに外に出る理由なんて、無いわ」
 と言い切った。
 強がりだった。
 その強がりの唇がヤマメに「ねえ」と媚びる。
「あの白い蛙の話、あの御方には話さないでいてくれる?」
「なんで?」
 あっけらかんと聞き返すヤマメは、パルスィの真意がわかっている。パルスィは心配しているのだ。あの人が、白い雫を見つけることを。突っ込まないでいようと思っていたのに、孤独と嫉妬の橋姫は素直な声で。
「あの白い蛙は、山のにおいがするもの。
 あんなお日様の明かりに触れたら、きっとあの御方も地上に帰る。ここを捨てて外に還る」
 涙が走った。
 服の裾をかぶって、女が一人嗚咽する。
 あの人のことを想って、だ。

 暗く深い洞穴、その穴の中。
 日の光とは違う、光ゴケのぼんやりした明かりが道中唯一の明かりである。
 その底にある始終夜の町、旧都。鬼火が蒼白い明かりとなって、いつでも御祭り騒ぎの活気ある場所は鬼達の街だ。鬼火は心の気を吸って陰気に青く燃える。たまに赤く燃えるときは、何か激しい感情に当てられた時だ。
 だから鬼の力強さと陽気さが旧地獄を活気付かせているのだった。
 過去の罪や、パルスィの嫉妬深さすら「くだらない」と笑い飛ばせる鬼は、他人に執着などしない。嫉妬する暇さえ無い。確固たる自分があるから、他人の過去や未来なんて気にも留めない強さがある。嫉妬狂いを抱き寄せて、憎いも怨みも考えられなくなるくらい滅茶苦茶に犯すような乱雑さがある。そういう乱雑さは、パルスィだって嫌いではない。
 ただパルスィが洞穴の通行番として立つのは、そんな鬼から命令を受けたからでは無い。鬼は誰でもウエルカムなのだ。だから迷い込んだ者を追い返すなんて、そんな勿体無いことはしない。
 侵入者を見定め、地下へ続く橋を通す役目をヤマメやパルスィに定めたのは、地霊殿に住む、あの御方の命令だった。
 そう、あの人さえいれば。
 あの方が居なくなったら、私は。
 細く長くすすり泣く女の指から爪が伸びる。
「あの御方さえ居られれば、他に何も入らぬのだわぇ……」
 吐く息に血が混じる。正気が薄れ、瘴気が満ちる。
 ヤマメはそれを見て酒を飲む。静かに静かに酒を飲む。
「あの方は、わたしの心の底の底を見て、なおもわたしより目を背けなんだ。
 我が業を包んでくださるあの御方こそ、我が導、我が主、そして我が王国。
 あの方はさえ居られれば、おう、ぉぅ、懊々……」
 腐りかけた血のにおいをさせる女に。
「あんまり泣くなよ、酒が旨い」
 ヤマメが哂う。
 恨みがましい目で橋姫は爪の伸びた掌を下ろし、血塗れの涙に濡れる顔を晒し、ヤマメに。
「あたし、きれい?」
 と、狂った笑顔で問えば。
「ブスは見飽きなくていい」
 耳まで裂ける蜘蛛の笑顔。全然効いていない。まるで応えていない地底の化け物のしぶとさ。
 ふん、とパルスィは醒めた顔をして。
「馬鹿馬鹿しい」
 と顔を拭った。顔の上に強張った赤い血が、錆びた鉄の粉のようにぽろぽろと零れる。
「おまえと居ると、笑わんとバカバカしくなってきおる」
「土蜘蛛が馬鹿馬鹿しいからさ」
 平気な顔でヤマメは言い、にじり寄り、血の味のする顔を舐める。
「生まれたてから、呪われた裏切り者なのさ、あたしたちは。
 陽気にやらなきゃ、裏切った甲斐が無いじゃないか」
「あんた、事あるごとにそれを言うけど、それってどういう意味なの」
 酒のにおいのする朋友を抱きながら、パルスィは尋ねる。ああやだ、身体が温もっていくと思いながら、手はそっとヤマメの服に滑り込む。柔毛を軽く撫ぜると。
「うふふ、知りたい?」
 土蜘蛛が笑った。
 パルスィの身体が震えた。濡れた場所を、器用な人差し指と親指が弄ったからだ。その反応を楽しみながら、ヤマメはかすれた声で耳を嬲る。
「寝物語の御伽噺をしようか。
 あたしたちが裏切ったのは、神代の者。
 鉄の輪を操り、小麦の髪を成す美しき者。長き腕と伸びる足の戦人を従えた、旧き神々の総大将にして王。
 大和の理に従わぬ者。刃を剥くもの。
 気をつけよ、汝。
 その名を妄りに呼ばえば、大いなる神威に骨ごと喰らわれるであろうよ」
 耳たぶにねっとりと纏わりついた唾液が、白く細い糸になって、垂れた。


 遥か昔の話だ。
 神と神が争う戦があった。
 自らを中央と称し、他方を地方として平定せんとする勢力があった。
 武で以って敵対する者を従え、信仰を略奪し、菓子でも切り分けるように神徳を褒美として盟友に振舞うた。
 まさに不遜の輩どもよ。
 旧い神は彼らと争った。
 しかし善戦すれど勝利は無かった。
 長い戦いに疲れ果て、ヤマメの親祖父一族は、かの王国との旧き盟約を切ったのだ。
 戦いを楽しむように戦うあの御方に、ついていけぬと思ったのだと言う。
 祖父らが果たした離反の策は功を成し、中央の軍は総大将を囲むばかりとなった。
 その結果、かの方は打ち滅ぼされた。
 ヤマメの一族は、緋色の戦装束を纏う中央の殿下に跪き、媚びるように頭を擦り寄せて、寛大な慈悲と、ささやかな報酬を願ったのだと言う。
 ――離反の策、身内の毒、汝ら大儀なる。
 堂々と言い渡して、中央の殿下は澄んだ瞳で言った。
 ――さて、お前達はなぜそんなに惨めに平伏すのか。
 と。
 ――汝らに誇りは無いのか。
 敗者に誇りはありませぬ、と平伏し、恭順を誓ったとヤマメは聞く。全てを勝者に委ね、あくまで慈悲を乞うつもりだったと、一族は言う。それこそが命を永らえる策と信じて。
 しかしこの戦いの功労者、旧き神の首魁を討ち果たした若く美しい武人は、なるほどと嘲ったのだ。
 ――お前たちには誇りは無くとも、叛意はあると見える。
 バカな、そんな、私たちには、めっそうも。
 並べ立てる言葉が醜い陳情のタペストリーを織り上げる前に、殿下の宝刀乱麻を切る。
 ――我らの軍門に下るに、誇り無くして何が誇りかっ!
 大喝に皆が怯えた。
 ああ、バカだ。
 ヤマメは思う。
 ここに一族の命運はほぼ尽きた。
 しかし愚かにも一族は希望の意図にすがりついたのだった。更に舌を動かし、大切なものを捨て去った。
「ああ、将よ、中央の殿下よ、我らに叛意など無し。
「ただ、我らは、生きたかっただけで……。
「何卒寛大な御処置を――。
 正直な心のうちだったと聞く。
 古老はいまだにこの時の仕打ちを受けて泣く。敗者は勝者に詰られるままだと怨嗟の声を上げる。
 泣き喚く者を、汚いものでも見るかのような目で眺め、玉座の君は噛んで含めるように諭す。
 よいか、汝ら。

 ――民を考え、自らの無力を知るなら、降伏もよし。自らの命を長らうために軍門に下るもまた良し。裏切りもまた、戦場の花。
 ――しかし愚かにして惨めなるかな。
 ――恥じつつ、そして怯えつつ這い蹲って許しを乞おうとは!
 ――お前たちの心の、王国はいずこにありしや?
 ――平伏し憐憫を乞い、敗者の誇りをすら持てぬ。
 ――つまりお前たちは、自分が彼の方を裏切ったのを申し訳なく思っているのだ。
 ――それでも神か、旧神の眷属のものか。
 ――詫び媚び諂ったその瞬間――。
 ――お前達の王国は亡くなったのだ!
 ――お前達はあの御方の近くに居て、何一つ学ばなかったのか――!!

『あの御方を殺したのは、うぬではないかっ!!』
 怒りの声をあげる一族に。
 ――見よ! 叛意の意思あるではないかっ!
 大喝が、古老の胸からつき上がった怒りを、瞬く間に萎えさせた。
 怯え震え上がり、這い蹲る神の末裔の余りの惨めさに、中央の総大将は大きく溜息をつく。

 ――お前たちは、失ってはならぬものまで捨て去った他分けである。
 ――分けてならぬ物を他に渡した愚か者を、これよりたわけと呼ぼう。
 ――這い蹲り、平伏し、這い回る姿がお前達の姿なる。
 ――頭無く、その惨めさを赤子にも笑われて過ごす哀れな成れの果て。

 お前達は今日より土蜘蛛を名乗るが良い。

 萎え切った四肢の彼らに、もはや反論の術はなかった。
 土蜘蛛の名を頂いた彼らは、その屈辱に臍を噛む。
 やがて軍神の唇から最後に漏れた言葉は。
 ――いずれお前達は、その惨めさに耐えられず、この地上から姿を隠して暮らす事になろう。
 という残酷な呪いであった。
 ――しかし、蜘蛛には蜘蛛の美しさがある。それがお前達に唯一残された地上への糸だ。
 ――私はお前達に強制はしない。お前達の好きに、生きるが良い。
 予言された通り、土蜘蛛の名を受けた者達は殆どが日の当るところから逃げ出し、そして惨めに地の底に住んでいた。
 けれど、とヤマメは思うことがある。
 我らの古老以上に、中央の殿下は、遥かに苦しい表情を浮かべてはいなかっただろうか?
 なぜなら、自らの眷属が、いじましく惨めで、哀れで、正当性はかの殿下にあるとヤマメは思ったからだ。そしてなにより。
「それはそれで、楽しめば良いじゃない」
 とヤマメは思うからだった。


「どうしてそれが楽しめると思えるのか、判らないわ」
 女がヤマメに絡まりながら言う。文字通り、足も指も髪も全て絡みつきながら橋姫は問う。橋姫のひんやりした石のように滑らかな肌に吸い付いて、ヤマメは答える。
「だって、裏切り者だよ? 世界のルールに背いた者だよ? 自由御免の免状を受けたようなもの。 何やってもいいんだもの。楽しいじゃない。
 それに私らを受けれいてくれた地中の生活も、楽しいもの。こっそりとなら、地上だって行けるし」
「それはルール破りじゃない」
「いいじゃない」
 井戸の底から響くような声で橋姫が詰ると、ヤマメはそっと頬をねぶって。
「裏切り者の土蜘蛛には、地上と地下のルールなんてあって無いようなもんさ」
 笑う土蜘蛛は絡んだ指先からも足先からも口付けからも逃げて、ゆるゆると女を縛り上げる。あぶな絵のように捕らわれて、パルスィは喘ぐ。ゆっくりと彼女を締め上げ窒息させつつ、ヤマメは言う。
「縛られるのは、縛るのと同じよ。
 運命にも、絆にも、生きる限り縛られ、そして生きる限り縛るの。
 絆を、運命を。
 死なない限りは、生きるのさ。
 裏切り者の汚名も、地を這い泥を啜り生きるのも全て我らのもの、我ら一族の物よ。
 あの大神も粋なことをしてくれたものだわ。
 この勝手御免の免状、謹んでお受けしますわ」
「でも、永遠の裏切り者なんて、呼ばれて嬉しいの? 神の資格を奪われて……」
「土蜘蛛は機を折る。
 これぞ我らが神徳である。神技はこの手にある。何を悲しむか。
 ここの服も全て私たちが作っているでしょう? パルスィの、これも」
 服を剥ぐと、中から白いレースが零れ出た。
「あぅっ!」
 橋姫が喘ぐ。
 フロントホックを外すと橋姫の柔らかい胸が零れる。火で炙った白いましゅまろのような乳房が蕩けて、土蜘蛛の神徳が暴かれていく。
 淫らにヤマメは身体を擦り付ける。パルスィの冷たい肌が火照っていく。
 そう。
 土蜘蛛は機を織る。
 新月の夜に、川まで這い出て染めた布を洗う。
 川は染料を洗って、生地にしっかりした色だけ残す。
 それを更に断ち、縫い上げ、一着の服に仕立てる。家を飾るタペストリーとする。街を飾る旗を成す。
 赤、青、黄、紫、緑、橙、白、黒。
 古の旗印は滅びいまや中央の殿下の緋色の下に塗りつぶされる。
 ならば。
「旧神の神徳を以って、地の世界を飾り立ててやろうじゃない。
 麗しい、美しく穢れた色で以って」
「それが、お前の身体の中で、病を作るわけね」
 縛られ、もがきながら橋姫が手を伸ばす。
 ヤマメのねっとりとした視線が、パルスィの指先を見る。
 縛られた指先が、そのボタンを剥ぐ。
 土蜘蛛の真っ黒い笑顔。
 はだけられた土蜘蛛の胸元。
 胸元から臍下まで柔らかく生えた獣毛は様々な色で彩られている。かつて春夏秋冬を示したと崇められた色とりどりの彩りは、今は黴と病と呪いのタペストリーだ。
 そこにパルスィは顔をうずめて、舌を使う。
 彼女はヤマメの乳房と腹に浮かぶ、病の紋様を厭わない。マダラにブチに鮮やかな彼女の穢れを撫で愛しむ。
 さり、と柔らかい体毛で彩られた土蜘蛛の肌は、まるでシンメトリーを極めた錦絵のよう。
 ああ、妬ましい。
 パルスィの声に、ヤマメが尋ねる。
「何が?」
「お前の美しい蜘蛛の紋様が」
 上質の絹の如きその滑らかな柔毛を弄りながら嫉妬の象徴は言うと、ふーっと息を吹いた。
 温かさよりそこに熱さを感じてヤマメはぎゅっと背を反らす。
「ねえ、ヤマメ」
「なあに?」
「私、やっぱり地下の世界好きよ」
「どうして? 」
「だってね? 地下は、あなたの身体の紋様のように色とりどりで賑やかで、そしてとても柔らかいから」
「柔らかい?」
 土蜘蛛のくすぐったそうな声に橋姫は、ヤマメのもっとも柔らかい部分に手を伸ばした。
 彼女の熱が、年若き土蜘蛛の芯に感染していく。
 いつのまにか橋姫の芯、なにより火を持つ。

 ああ。
 妬ましい。


         *


「はあ、八坂神社の楽しい楽しいラブラブチュッチュ教室、ですか?」
 東風谷早苗が小首を傾げるのを、新聞記者は笑顔で見つめた。
「はい、これはまた、八坂の大神にとって願っても無い記事になりますぞ」
 東風谷早苗の前に座るのは、満面笑みの天狗である。ほんのちょっと、いやちょっと、まあまあ少し、よろしければと半ば強引に神殿に乗り込んで来て、切り出した内容がこれである。
 ラブラブチュッチュ。
 東風谷早苗の辞書の中には、中々エントリーしない内容である。
 特にこの幻想郷では、話しかけてくれる男性どころか里の人もいない。いや、まあ、男性よりむしろ心安い女友達が欲しいところである。
 もう少し常識的な、理性ある人が。
 それでも何か思い当たることでもあったのか、早苗は頬を赤らめて。
「ら、ラブラブチュッチュ、と言われましても、私そんなことしたことは……」
「いや、別に巫女の話はしていません。神の話をしているんです」
「とんでもない! 私、神様ですよ!!」
 冷静に返されたのに腹がたって思わず言い返してしまったけれど、天狗は天狗面のまま肩を竦めて微笑する。
「いやまあそりゃ現人神なんでしょうけれどねえ。別にあなたが酔っ払った博麗の目出度い巫女に接吻された、なんて話は珍しくも無い。そんくらい世に疎いカッパも知ってますよ」
「……この馬鹿は、変態で馬鹿だから気にしなくていいよ、東風谷さん」
 青いカッパが不機嫌そうな顔をする。その口から出たのは、可愛らしい外見とは裏腹の、深く低い声である。カッパは別の用件でここを訪れたのだ。それを天狗に見つかって、ご覧のありさまである。妖しげな天狗の取材に付き合わされた河城にとりは仏頂面で隣に正座している。
「この間の幻燈祭が思いも寄らぬ成功をしたのが、どうも嬉しいらしいのだ」
「ああん、もうそんなネタ、遥か昔の気がしますねえ♪誰も覚えちゃいませんよ。幻想郷の住人は、軽くて重くて愉快で深い。かなりスケベでわりと雑食なのです」
「スケベな雑食は……。
 お前の方じゃないか!」
 途端にカッパの声が高く早口になって、早苗は思わずのけぞった。
「お前、自分がそうだからって、ここの住人がみんなそうだと思うなよ。お前だけなんだよ、そういうだらけた浮ついた鳥頭は。天狗は本来賢いし、長生きだし、力も強いのになんでそんな妙な無駄遣いばかり……。
 斜めに物を見ることしか出来ない癖に、批評精神はいっちょ前。その上、女色のスケベときたら、手に負えないじゃないの! もっと自覚しなさいよ!
 馬鹿!」
「まあまあ、落ち着いて下さいな、カッパの。私めはこの八坂神社の力になりたくですね……」
「早苗君、こいつは君に、ここの二柱の神の仲の良さを教えてもらいたい、というのは建前で、実は二柱が今何か企んでいるらしいという秘密を探りにきたのだ。まともに相手にしなくてもよい」
 再び低くなったカッパの声に、はあ、と早苗は答えて。
「でも、それって、私に聞きに来るのって、あんまり意味無いですよね」
「はい?」
 はもる二人の声に、早苗はあっさりと。
「いや、だって私はよく知らないんですもの」
「え?」
「お二人の仲の良い話はともかく、今、二人の立てている計画に関しては私は存じません。それにその件について聞きたくても、本人たちがいません」
「は?」
「いないんです。
 二人でどこか遠くに行ってるみたいなんです。
 ここにいないから、聞きようがありませんよ?」


『二 古明地さとり、星熊勇儀の身体にかきかたを教えて差し上げるの事』

 ドスン、と地が揺れた。
 鬼の一踏みだ。
 はあっと息を吐くと、酒臭い息が白く濁った。うっすらと湯気まで出ている。大物の登場に市が一瞬静まった。
 普段は喧騒が止むことなく地下ははしゃぐのだ。旧都と呼ばれる鬼の街は、快楽と歓喜の街なのだから。
 その喧騒を踏みしだいて鬼は行く。熱した鬼を冷ますために、氷室女が凍える息を吹く。北風の歌だ。パキパキと長く美しい金髪が凍りつき、雪より白い肌が強張って、ああ、それでもダメだ。ブルンと振った首に、何から何までがパキパキと零れていく。みるみる地底都市が明るくなる。勇儀の熱い心に反応して、真夏並みの光を鬼火が発した。
 身体が熱い。
 星熊勇儀が息を吐く。
 その甘い香りに含まれているのは、もはや酒気ではなく媚薬だった。
 かの一角鬼から甘い香りがする時は危険だ。
 胃の中のアルコールが激しく燃えているからだ。
 けれど今、勇儀は一滴も酒を飲んでいないのだった。
 ――これから会う奴に、酒臭い息を吐くのが嫌だからじゃない。
 鬼の生活は常に酔いの中にある。鬼は濁酒のように白い肌を持つ。それが赤く染まるのは、酔いのせいなのだ。色と酒に酔う鬼の色。
 それだけに誇り高く、妄りに肌を許さない。狙った相手は腰が立たなくなるほど陵辱し尽くしてまだ飽きない。血が沸くことならなんでもござれだ。戦いも、相手を粉砕しつくすまで。
 ――それなのに今は。
 けっ。
 自分の境遇が嫌になる。いや、嫌になると言うより、嫌になろうとしているのだ。思い込んだとしても、思念はその形に固まる。思い込みも思いなのだ。これから受けるのは屈辱なのだと心に決めておけば、少なくともその会合を楽しむ事は無い。無い、はずだ。
 額に角を持つ、誇り高き鬼。誰よりもお前は自由であったではないか。けれどその弱みを握られて言いなりとは情け無い。そのことを考えるだけ酔いが醒める。ええい考えても仕方がない。
 飲むか、飲むぞ。
 小脇に抱えた杯に、とっくりから酒を注ぐ。ぐいっと煽る。べ、別にあいつに気を使ったわけじゃないんだから、そう自分に言い聞かせながら。
 自分があの場所で何をしているのを、あいつに心酔する水橋パルスィが知ったらどれほど嫉妬に悶えることか。
 はああ、っと息を吐くと、白く凝った。
 水橋パルスィ、嫉妬を司る者である。仕事も忠実だし、骨もある。
 地底に逃れてくる妖怪の殆どは、ネガティブな思考の持ち主ばかりだ。地上の煩雑で策略的で嘘にまみれた世界から地下に逃げ出した鬼達は、そう言う妖怪も進んで受け入れた。大体は鬼の力と豪快さに乗せられて楽しくやっていたし、見目麗しい者は犯して楽しませた。全て合意の上、とは言わない。しかし鬼は寂しくてたまらないのだ。寂しくて恋しくてなつっこくて、だからその雰囲気に互いにしだらなく楽しみ、しだらなく悦んだ。
 品行方正な人ならば、何と言う淫らな地獄だとののしるかもしれないけれど、非道に奪うわけでは無い。共に酒を飲み、歌い、騒ぎ、或いは交わる時、その者は鬼から多くの力を受け取る。本当に孤独が良い者は無理に誘わない。ただ誰が来てもいいように、余分な席は必ずどこかに用意してあるだけ。

 ――橋姫の肌は、ひんやりして火照った熱を吸い取るようだった。

 ぐずぐずと泣き、恨み言を呟き、鬼の身体に爪を立てながらパルスィは抗って、震えた。
 抱かれることへの抵抗、その強情さに他の鬼どもは手を出さなかったのを、どうしてあそこまで勇儀はあんなに頑張って犯したのだろう。
 繰り返し与える刺激と、柔らかく優しい愛撫に、高まりながら恨みと嫉妬の権化は歯噛みをし、呪いを投げかけ、縛られて弄られ痙攣し、長い長い陵辱の果てにパルスィは笑顔を見せた。気だるく、そのくせ晴れ晴れしい笑顔だった。
 はらわたから口の中まで犯しつくした後、二人で身を寄せて薄めた冷たい果物の汁を啜りながら話し合った。肩と肩を寄せ合う仕草は、まるで恋人同士のそれだった。内容は。
「星熊勇儀、あんたはしたいんじゃなくて、されたいんだよ」
「あたしが? 馬鹿言いな」
 という冷ややかなものだったけれど。
「パルスィ。あんたはあたしに壊されて、満足してたろ」
「ああ、すごくよかったわ」
 肩の上で柔らかい髪が擦れて、勇儀はすうっと息を吸う。濡れた女のにおいがする。濡れ女はそっと鬼の首筋を甘噛みすると。
「よかったから、判るの。あなたはメチャクチャにされたいから、メチャクチャにする方法を知ってるのよ。ストレートなくせに、グチャグチャなのよ。単純明快に見せて、歪んでるのね」

 何度か呼び寄せて、膝の上で犯した。
 祭りの最中、周囲に見せ付けるように犯してみせて、人目に触れさせるほどに狂気のパルスィは感じた。鬼も妖怪も、燃える火を見ながら踊り歌う。恨みの鬼火も踊り狂う。
 各々が勝手に戯れ、呆ける中、勇儀は橋姫を辱める。鬼の酒宴は淫猥で豪快だ。
 そんなパルスィの前で、半裸の土蜘蛛が尻を振り踊る。白い女の肉がきゅうっと緊張して、勇儀は女の耳を噛む。カタカタ震えるのが、恥ずかしがっているのか、興奮しているのかわからない。
 淫らな土蜘蛛のダンスに、見せ付けるように果てる女は、何を考えているのかしら。

 ――心でも読めれば、もっと判りやすいかもしれんな。

 勇儀は頭を、ブンと振る。
 嫌なことでも忘れたいみたいに。
 それもそうだろう。
 勇儀が向かっているのは、心を読む者の住む館なのだから。

 記憶と思考は混ざり合って、必ずしも一つの方向へと進まない。
 鬼は嘘が嫌いだ。
 それなのにやっぱり思考はぐるぐる回り、一直線の思考もやはり嘘の一つなのだった。
 勇儀はそれに気づかされてしまった。
 だからあの女が嫌いだ。
 地霊殿の主は、思考と記憶の嘘を両断して真実しか語らない。あの女と一緒にいると、鬼がうそつきだという真実を晒されるから、近づきたくない。
 星熊勇儀はそんな鬼たちの代表として、その女に会いに行かねばならない。
 これから古明地さとりと、地下都市の運営について話し合わねばならない。
 いや、地獄の運営や祭りの日取りなんて話し合いは殆んどしやしない。あの女はそんなことちゃんと計画し用意して、勇儀にぐうの音も出させやしないだ。
 そう言えば、宴会で余分な席を作っておくように指示したのも、あいつだ。
「誰が来てもそこに座れるようにすればよいのです。
 無理に誘う手立てを取れば、浚ってくるしか手はなくなる。
 けれどそれを避けるのなら、そっと待てばよいのです。待てば来ます」
「待って来なければどうする」勇儀が聞いたら。
「そこは、来るまで待つのです。そして来たら、その時しっかり物にすればよい。何度でもいきたくなるような手管で以ってね? そういうの、鬼は得意でしょう?」
 ほんわかと言ってのけた古明地さとりの言葉は確かだった。全く、大した見解だ、段取りだ。有言実行だ。
「はあっ」
 大きく溜息をつく。
 勇儀が地霊殿に何をされに行くかと言えば、あの女に弄ばれるために行くのだった。

 ――心を読まれたから、あたしは。

「クソッ!! 」
 立ち止まって、思わず声を張れば、周囲の者達が怪訝そうな顔で勇儀を見る。皆顔馴染みだ。どうしました勇儀さん、と声を掛けることが出来ないのは、彼女がどこに向かっているのか察したから。誰も行きたがらないあの場所、地霊殿に向かうのなら、如何な鬼でもそれは「クソ」の一言も出よう物。心を読まれて、嬉しい者などいない。気を使って避ける。
 ぐっと拳を握ると、力が篭って震えた。
 堪えて下を見れば大地をがっしりと踏みしめた自分の足とその側に。
 白い蛙が居た。

 ――蛙?

 勇儀がぽかんと見た。
 湧き上がった憤りがすっとひいて、まじまじとこの蛙を見る。
 白い肌の蛙。地底では今まで見たことが無い。そっと手を伸ばすと、ひょこ、ひょこ、と動いて手のひらに乗る。蛙はひんやりとした地底の中でも更にひんやりとしていた。
 鬼の長く太い指にして二本くらいか。大きくも無く、小さくも無い。ひょこひょこ不自由そうに動く足は何故かと思ったら、前足が一本無かった。懐かしいにおいを感じて、勇儀は話し掛ける。
「山臭いな、お前」
 話しかけて蛙に判るはずも無い。ぎょろぎょろと見て、喉を膨らませている。
「お前、ここから先は怖い怖いところだぞ? それでも行きたいのか?
 食われちまうぞ」
 勇儀が話しかけて、蛙に判るはずも無い。けれど勇儀がどこに行くのか判っているかのように、ぶわぶわと顎の下を膨らませたり縮ませたりしている。もう一度白い蛙の匂いを嗅ぐ。
 やっぱりだ。
 山の匂いがする。
 木々の匂い、土の匂い、河の匂い、日溜りの匂い。春夏秋冬の匂いの中、勇儀の心はひと時空想に遊ぶ。踏みしだく草、肌を冷やす霧、夜の闇と月明かり。そして山がゆっくりと光を得て、段階的に黒から色づいていって。その頂上から見渡す世界。遥か地平線から日が昇る。その神々しさは鬼の胸も打つ。

 ――ああ、もう一度見たい。

 夜を歩き、踏みしめ踏みしだき。鬼は山を行く行く山を行く。
 鬼は山が好きなのだ。まかり通り踏破し空を行き川を行き。
 ただ眼前の山肌を、ふりさけ見ればまだ高く、遥かに青く天の原。
 そんな空想の中。
 共に山を登り、傍らに立つ女の姿が古明地さとりになっていて、勇儀の顔が見る間に真っ赤になった。
 昔は全然別の人を思い描いていたのに。
 駆け出す。
 目的地に向かって。
 気がつけば鬼の町を抜けて、地霊殿前に息を切らせて立っていた。

 ――まさか握りつぶしたか?! 蛙!

 はっとして手を開く。掌に、居ない。では途中で振り落としたか? 首を傾げれば、手の甲からのそのそと這い出してきた。しっかりと鬼にしがみついていたらしい。
「なんだお前、ずるい奴だな」
 白い安堵の溜息が漏れると、蛙はその手から飛び降りる。それから門の前で、ゲコゲコと鳴いた。
「そうか、お前ここのペットだったか」
 地霊殿の主はたくさんのペットを飼っている。ならばそのうちの一匹に違いない。妖怪や鬼には忌み嫌われるのに、動物に好かれるのは、彼女が物の心を読めるからだ。
 いや、多分心を読めると言うことではないのだろうと勇儀は考えている。
 思念は雑多で一様ではない。
 喜怒哀楽が入り混じって、真面目な事を考えながら下らない事も考えていたりするものだ。多分地霊殿の女は、その散漫な意識に一つの方向を与えて、行動と思考を操るのだろう。より本能に、肉体に従った想いに纏め上げられる。だから彼女の前では皆正直になるのだ。
 自らの肉欲に。
 隠された想いに。
 そうやって抽出された情報だけを読み取るのだろう。
 思考が一方向に向かえば、読み取るのも簡単だ。人間もそうして人を操る。

 ――あたしが、お前を、想うのも……。

 今度は声を荒げなかった。身体が潤むから。
 大きく深呼吸して、思考に集中する。
 ――怨霊が大人しいのも、あの女の力で恨みから思考を逸らされているからだろうな。
 明るく歌い騒ぐ鬼の鎮魂も効果があるだろうが、やはりあの女の力あっての安らぎなのか。
 怨霊のネガティブな思念を、ポジティブに向かうよう方向付ける企み。
 動物達がさとりを好きなのも、もしかするとさとりが動物の思考をそう方向付けているのかもしれない。

 ――地霊殿の主、古明地さとりは心を食う。

 勇儀は定期的にそのさとりの元に赴いて、地獄の出来事を報告し、また話し合わねばならない。
 それはさとりが勇儀を自分と地獄との仲立ちとして頼んだからだった。
 皆は言う。
「流石は鬼の四天王の一人。心を読まれてもびくともしない」
 けれどそんなものではない。皆の前では強く振舞っているけれど、自分は弱みを握られているのだ。忌々しいことに、地霊殿の主に。
 フン。
 鼻を鳴らして勇儀は扉を開けて。
「御免!」
 と声をかけると、しばらくして奥からパタパタと小走りで駆けて来る音が聞こえた。来客を待ち侘びたスリッパの音だった。
 門が開くと、お待たせしましたとやんわり笑みを浮かべた彼女がいた。
 次に。
「白い蛙なんて知りませんよ」
 と笑った。
 勇儀は眉を顰める。それから不機嫌な声で。
「あたしとは、きちんと口で会話しろと言ったはずだよ」
「え? すぐお知りになりたいと思って」
 その笑顔に他意は無い。親切のつもりで彼女は勝手に問いに答えたのだ。明るい笑顔。その笑顔に勇儀の心が泡立つ。いけない、心を鎮めろ。
 嫌だ嫌だ、
 お前なんて嫌いだ。大嫌いだ。
「忌々しい、一本取られた、ってそんなしょげることありませんよ」
 しょげてない、一本なんて取られていない。お前の意のままになるもんか。お前なんて大嫌いだ。
 でも地霊殿の主は、鬼の話なんて聞かない。頬が上気して嬉しそうだ。
「今日はイングリッシュブレックファーストにしてみたんですよ? ダージリンの方が好き? ええ、マフィンとサワークリームはたっぷし用意してありますからね。いつもの場所で一緒に食べましょう? それから。
 うふふ」
 ――ふん。
 ――この変態、すけべ、エロさとり!
 ――また、あ、あそこで、あ、あんなことをして、辱めるつもりだろう!
 ――人の弱みを握ったからと言って、私がいつまでもお前のペットに甘んじていると思うなよ!!
「……そうですね、勇儀さん。あなたの推理は正しいですよ」
「え? 」
 心中で毒づいていることへの反応かと思って身構えたら、さとりは。
「私が心を読んでいるのではなく、相手の心を操っている。
 その考えの事ですよ」
 自分の顔を見るさとりからは笑みが消えて、透き通るような視線を向けている。
 勇儀はまるで自宅みたいに地霊殿に上がりこむ。二人で並んで歩いていくのは、今帰ったばかりの亭主を妻が出迎えていくみたいな雰囲気。
 そしてさとりが続ける。
「私も自分の能力がそう言うものだと思っていました。
 私は心を観察しているわけではなく、自分の思考を相手に植え付けているだけではないのか、と。
 私の力は、都合よく人の意志を操る邪眼なのではないかと」
「……違う、と言うのか?」
「はい。
 もしそうなら、あの子は目を閉じる必要なかったでしょうし。
 私はそんな便利な力があったら、あの子に目を閉じさせませんから」
 あの子、とはさとりの妹のことだ。仲の良い姉妹であったが、自らの能力を厭うて、心の目を潰した。心の読めない勇儀でも、さとりの悲しみは察して取れる。
 勇儀は優しい声でさとりに問う。
「ではなぜ、あたしの推理が正しいなんて言うんだね」
「だって私は、嘘が大嫌いで、大好きなんですもの」
 さとりの胸元を飾る、瞳のアクセサリーがぎょろりと動いた。
「私の前では、嘘こそ真。真こそ嘘。
 どちらも同じくらい本当なのですから」
 だから。
「私の邪眼は、人の心をかき乱す。
 ぐちゃぐちゃになった心の濁流の中から浮き上がってくるのものを、私が好んでさらうのです。
 それをまた濁流に放って、新しく浮き上がってくるものをさらう。
 そうして浮き上がってきたものは、他人に知られたくない心の真実の一つ。
 悪趣味でしょう? あなたの言うとおり、私は心を弄ぶものなのです。
 心の内を利用して、私は更に人の心を乱す」
「でも、それはあたしの考えと違うね。
 あたしはあんたが、洗脳を仕掛けてると思ってたんだよ」
「洗脳みたいなものですよ。
 私の思うように、心読まれた者は心動かされる。
 心の操り方は人それぞれでしょう?
 あなたは私が嫌い。嫌いで、好き。
 萃香さまのことは好きで、嫌い。
 どちらも嘘と同じくらい真だわ」
 萃香の名前が出てきて、勇儀はギクリとして、それから。
 さとりを抱いて、荒々しく口付けをする。
 まるで主導権を無理矢理取ろうとするかのように。
 けれど、くたっと身を任せたさとりが、そっと勇儀の耳元を撫で、ゆっくりと舌を使い始めると、膝をついたのは鬼の方だった。
「心を乱して、あなたを堕とします。星熊勇儀さま」
「素直じゃないな、お前は」
 蕩けそうな意識に身を委ねながら、勇儀は笑う。
「二人きりの時に、二人だけの秘密をわざわざ囁くのは、嫉妬からか?」
 星熊勇儀は、伊吹萃香を密かに想っている。
 ずっと一緒に居たいと思った。
 自分のものにしたいと思った。
 それを知っているのは、古明地さとり一人のみだ。そのはずだ。
 勇儀が一番知られたくなかった秘密をつかって、さとりは鬼をなぶり続けた。今日もまた、そう。
「勇儀さまが萃香さまを好きなのは事実でしょう? 他のものに知られれば、驚かれるでしょうね」
 こうやって。
 でも今日は、不思議とその手が通じない。勇儀も、我ながら驚いている。かえってねっとりとした声で勇儀はさとりに問い掛ける。
「あたしの想いが通じない鬼に、嫉妬するのか? お前は」
「そんなこと、……ありません」
「じゃあもしかして、あの橋姫にか?
 嫉妬と恨みのこごったあの女も、たしかにお前よりはかわいい女だ……、っく……!」
 勇儀が息を飲む。胸の敏感な部分を鋭くつねり上げられた痛みに声が出なくなる。
 真っ赤な顔をした心読む者が、震える声で「犯します」と言った。
「私のことが嫌いになるまで。
 あなたが望んでいる、とてもひどいことをたくさん……」
 ――おいおい、ずいぶん色気のある挑発だね。
 けれどその苦笑も、すぐに余裕の無い口元になって、思わず手が唇を押さえる。腰の奥がひくついて、立てない。
「どうしたの? 達したいの?」
 優しすぎる声に、どっと涙が出る。これも、心を操った、結果なの?
 さとり。
「どうなの? 達したいの?」
「うん、うんうん! うん、これ、ねえっ!
 いっぱい! あ、はあっ!」
 ああ、だめだ、たかぶってしまう。あんなに準備していたのに、全部壊れて、壊れるのが。
 悦しい。
 けれどさとりはそおっと薄物を脱いで、逞しい、しかし堕ちていく鬼の身体に身を添わせて。
「いつか、機会が来たら、山へ、一緒に」
 とキスをした。
 たくさんするはずのひどいことの始めのキスにしては、かわいらしすぎるキスだった。


              *


「怨霊が吹いて出てるのよ」
 博麗霊夢が、じと目で鬼を見ている。
 温泉に漬かった鬼は枝豆を食べながら霊夢に。
「怨霊かい? あたしにゃ大したこと、無いねえ」
「判ってるわよ、そんなこと。」
「だったらいいじゃないか」
 伊吹萃香はその裸体を湯の中で遊ばせながら酒を呑み、霊夢を誘う。うるさげに見つめる霊夢は、鬼をあしらって、入れるわけ無いでしょ、と文句を言った。
「怨霊がこんなにもっさりいるところ。どんなありがたい薬効があっても入れないわよ」
 霊夢の言うとおりだった。神社の側から吹き出た間欠泉、その温泉には怨霊がぷかぷか浮いているのだ。まるで自分たちにも温泉の効用があるかのように。そんな中に悠長に入っている萃香に疑問は尽きない。
「あんたみたいな鬼が裏で糸でも引いているんじゃないの」
「あたしらは糸なんて引かないさ。糸を引くのは、蜘蛛くらいだろ」
「地上への妬みや怒り、嫉妬が原因じゃないの?」
「そんな下賎な感情なら、橋の下に投げ捨てっちゃった方がいいねえ」
「じゃあなんでこの温泉に浸かってられるのよ」
 うっふっふ、と笑っている。珍しい、大物ぶった笑みだ。
「あたりまえじゃないか。怨霊なんて、たかがしれてるのよ。魂魄の魄の部分、その煮凝り。供養するなら陽気にやってあげないとね。いつまでもしみったれた顔してると、浮かばれるものも浮かばれない」
「判ったような口を利くわね」
「枝豆あるよ。食べる? 温泉卵もある」
「いらないわよ」
「一緒にお風呂、入ろうよ。あたしゃ、まだ巫女の肌は味わったことないんだよねえ? たっぷりと愉しませてあげるよ」
「いらないわよ。それ、誰の流儀?」
「あたしの流儀さ」
 要らないわよ、と言ったのに、霊夢は黙って温泉卵を指差す。萃香はそれをつまんで放った。服の袖で霊夢は受け取ると、殻を上手に剥いてちゅるんと呑んだ。それからふーっと息をついて。
「身体は開いても、心は開かない癖に」
「いつでも開け晒しさ、あたしの心は。ただ、誰にもなびかないだけ」
「意外と、残酷なのね」
「鬼だからね」
「でも、なんでそんなに頑なに隠すの?」
「何も、隠してなんかいないよ。ただ、口に出さないことが、あるだけさ」
「そうなの?」
「ああ。
 そして、口に出さなくても判ることがあるのも、確かだね。それはちょっと面倒くさい。面倒くさいからあえて口に出さない。残酷みたいだけどね。鬼だからね」
「どんなこと?」
「例えばさ、好きだけど、愛していない者に想われても、迷惑だろ? でも嫌いじゃないんだ。
 だから口に答えを出さないままにしておく。それは嘘じゃない。そういうのは口に出さないままにしておくのさ。
 面倒を避けるためにね。それがいつのまにか習慣になって、忘れ去られた存在になる」
「ああ、そういうことならよく判るわ」
 博麗の目出度い巫女は笑顔で応える。
「だって私、萃香に誘われても迷惑だもの」


                *


「何で文箱に入れているのか気になる? 」
 古明地さとりが話しかけても、何の反応も返ってこない。けれどそれでいいのだ。まずはアプローチをしかけることが大事なのだから。
 美しい三本足の白い蛙に、地霊殿の主は語りかける。
「だってこれは、かくものだからよ。ね? 納得でしょう? のの字を書くのよ。もしくは八の字。勇儀様はぐるっと丸を描いて、ちょんちょん、って突付くのがいいみたいね。
 あの人に、掻き方を教えてあげてるの。
 うふふ。私って趣味悪いわよね」
 白い蛙は答えない。ただじっとたたずんでいるだけだ。
 さとりは文箱を棚の奥底にしまう。中には綺麗に拭った玩具が入っている。さっきまで鬼をなぶっていた玩具だ。嬲られて何度も気をやった鬼は、今は風呂に入ってのんびりしている。
 さとりは先に湯を使っていた。くたびれた身体をほぐして、部屋に着替えに向かうと、蛙が居たのだ。これが勇儀の言っていた白い蛙に違いない。
 責めが終わって放っておいても、鬼は目を覚ましたら勝手に風呂に入り、上がったら勝手に庭先で酒を飲んで待つ。さとりに対して複雑な想いを持つのに、二人の儀式を終えた後は星熊勇儀は気楽だった。
「もっとも憎まれ口は好き放題叩きますけれどね」
 彼女の痴態を思い出すと、頬が緩むのだった。
「お前はどう思う?」
 ちょこんと鎮座して、さとりを見ている蛙に問う。足が一本欠けている。三本足の蛙は吉兆の呼び手だと聞いたことがある。地獄に吉兆とは、異なことだ。
「今までずっと見ていて。
 わたし、あの人好きなのかしら?」
 からかいながら羞恥をまるで感じていないのは、蛙が何も考えていないのがよく判るからだ。
 動物が自分で考えられるようになるのには時間が掛かる。大抵は本能の切れ端が、脳の中で言葉に近い音を発するくらいだ。明確な思念とは違う。それが年を経て、心の音が凝ってきて初めて意思となるのだ。その意志を導くのが、さとりの力でもあるのだ。
 さとりのペットたちは皆そうやって意思を持ち、そしてさとりのもとを離れていくのだ。
 手に入れた心を読まれることを嫌って、館を出て行くのだった
「それであなたは、何を求めてここに来たのかしら? 」
 ――寒い。
 さとりの問いかけに蛙は答えた。
 ――寒い寒い、もっと温かいところに行きたい。
 おや
 こんなに明確な意志を持っているなんて。
 普段動物の心はもっと曖昧模糊としているはずなのに。
 この前足が一本欠けた白い蛙は、ただ寒いと言うだけでここまで辿り着いたのだ。
 寒い、寒い、か。
「寒いのなら冬眠するがいいでしょう。そもそも蛙とはそう言うものですよ」
 言って、この小さなものをそっと手に乗せてみて、何故寒い寒いと言いながら蛙がここまでやってきたのか判った。この蛙の奥には、熱い力がある。山のかおりがした。そしてとても懐かしい地上のにおい。
 これは熱を欲しているのだ。
 地上の光よりももっと強い灼熱を求めてここまで来たのだ。
 確かに普通の蛙ではない。吉兆の呼び手かどうかは知らぬが、普通の蛙で無いならばこのまま通しても構うまい。ただの蛙なら、この先に行けばただ干からびて死ぬ。それは構わないといえば構わなかったが、哀れといえば哀れだった。
 送り出してもよかろう。
 もっと、もっと熱い灼熱へと。
 もう一度さとりはにおいを嗅いで。
「懐かしいにおいがするわね、おまえ」
 とたん、ぴょこんと白い蛙は掌から飛び降りた。さとりは苦笑する。
「ねえ。この心を見る力、何が恐ろしいかお前に判る?」
 眼を合わせず、側のベッドに腰掛けてさとりは独り言を言う。
「人の心を意図せずに読んでしまうこと?
 そんなのは大したことでは無いの。物事は全て嘘と真だもの。全部信じて、全部信じなければいいだけのことよ。
 それに惑わされるのはバカなのよ」
 さとりの口調に、かすかに毒が混じった。
「相手が何を考えてもいい、と。
 少し優しくなればいいだけなのです。
 その優しさが自分の心も救う。
 真実だけを求めようとするから、嘘を許せなくなる。嘘を許せなければ目を瞑るしかない。
 バカです」
 さとりは立ち上がる。
「心読む者の恐れることは、心を読みたい者が居なくなってしまうことなのにね」
 さて、そろそろ部屋から出て、勇儀の食事の相手をしなければ。
 食事の支度はお燐が整えているはず。あまり顔を出すのが遅いと、勇儀は見るからに不機嫌に呑む。自分の責めで嫌われるのはいいけれど、もてなしの不手際で嫌われるのは嫌だった。
 中央の庭に続くガラス戸を開けて、白い蛙をそこに導く。
 庭からは底の底に向かう亀裂が口を開けていて、その先には地獄の釜があるのだった。
「行きたい場所へと行けばいい。私はどこへも留めはしないわ。
 いつかあなたの心の底を、教えてね」
 ひょこひょこと庭へ出て行く蛙を見送りながらさとりは。
「ああ、もう支度を整えているのね? 急いで行くわ」
 くるりと振り返ると、そこには目をぱちくりさせた少女が立っていた。
 自信無さげに、おどおどとした視線を向ける娘の側に、滑るように近づくと、さとりは肩を抱く。
「あらやだ。そんなに嫉妬するものではありませんよ」
「し、嫉妬などではありません、さとりさま」
 ぼさぼさの神に黒い羽根のマントを羽織った彼女は、主の腕に抱かれて顔を朱に染めた。
「さとりさまは、外にお出でになりたいのですか?」
「さあ、どうかしら、私には判らないわ」
「うつほは嘘は許しませぬ!」
 甘えと厳しさの混じった声でこの地獄鴉はさとりの目を見た。ああ、泣いている。この娘、霊烏路空はよく泣く。自分の無力を嘆く。その泣き顔がかわいらしい。かつて自分もこんな顔であのお方を見ていたのだろうか。
 だから、嘘とは? と優しくさとりは尋ねた。ごくり、と唾を飲んでうつほは。
「さとりさまには、愛しい人がいらっしゃったのでしょう」
 と言葉を選んだ。考えたことの全てが主人に判っているから、その中で一番鋭い錐を選んだ。さとりは応えない。応えないのが答えになることを知って欲しかった。さとりの甘えだった。ただ、この可愛らしいペットをこれ以上思い悩ませるのも不憫なので。
「昔昔、私も今のあなたのように、主に仕えたことがあるのですよ」
 と言った。
「まだこいしが目を閉じる前の話だから、本当に昔のお話。
 とても偉大な御方。一人で王国を造り、王国の主となり、王国の民に仕えた方。
 あの人の御心を私は知りたかった」
「その御方と、もう一度お会いしたい、と?」
「彼の方の鉄は朽ち、王国は錆るが如く崩れたのです。
 裏切り者の土蜘蛛の手によって」
 するりとうつほから身をはがす。さとりは目を閉じる。うつほは主人の姿を見失う。気がつけばさとりは廊下の先を歩いていた。
 目を開いたさとりが、こちらを見つめている。
「目を閉じれば、私の前から世界は消える。
 ここ地霊殿は、私が目を開けているのが許される場所。
 そして地上は目を閉じて、私たちを見ない。
 目を閉じた者なんか知りません。
 だから外には参りませぬ。
 外に出ては、目が潰れますよ」
 地霊殿の主は微笑んだ。
 さとりは嘘をついていなかった。
 ただし真実でも無いのは確かだった。
 うつほは泣いていたので、さとりに置いていかれてしまった。
 長い廊下をべそべそしながら地獄鴉はのろのろ歩む。
 霊烏路空は。

 さとりさまがかわいそうだった。


          *


「そろそろ救ってあげたら?」
「救うのは私じゃないの。救うのはあそこに住んでいる者達、自分自身よ。旧地獄が救う手続きを拒否したなら、仕方ないわね」
「それは、あなたの狙いでもあるんじゃなくて?」
「あら、人形遣いが珍しく探偵の役目かしら?」
 パチュリー・ノーレッジは午後のお茶を注ぎながら皮肉な笑みを浮かべた。
 魔法使いのお茶は静かな午後に行われる。
 紅魔館のテラス、左園の見える場所で二人はお茶を啜る。下で庭師が薔薇を整えている姿が見えた。
「地の底に住まう者達は、自ら望んで罰を受ける者でもあるわ。自主的な蟲毒でもある。だから無闇に触れるのは危険なの」
「下手に触れたら火傷をするってわけね」
 アリス・マーガトロイドはチョコレートとレアチーズの大極タルトを一つとって、上品にフォークで切り分ける。口をつける前ににんまりして。
「簡単な話ね。火中の栗は拾わせればいいのよ」
「その通りよ」
「でも、パッチェはそれが心苦しいのでしょう?」
「心苦しいわけ、無いでしょ!」
 声を上げるために一杯に息を吸い込んで、それが彼女の肺によくなかったのか軽く咳き込んだ。咳き込んで息を吐いた時には、アリスの企みをすっかり見抜いていて冷静な顔のまま。
「あの者達が、自分たちで出るつもりが無くては意味が無いのよ」
 とさっきの言葉を繰り返した。
 救う、というのは地底に封じられた妖怪たちの話で、そんな話が出たのは地上に地霊が這い出てきたからであった。封じられた地霊が出るということは、地下深くで異変が起きている証拠でもある。
 閉じ込められているのは危険なものである、と古を知る者は言う。
 閉じ込められているのは危険なものである、と古を記す書は語る。
 しかし今この幻想郷で恐ろしいものなど何があるのだろう?
 神ですら降臨したこの幻想郷にどんな恐ろしいものが?
 救われてもいいんじゃないかしら、と思うのはアリスだった。パチュリーも似たようなことを考えているだろう。
 世界から独立したもう一つの世界が幻想郷だ。そこから更に切り離された地下の世界。そこで何が起きているのか、アリスもパチュリーも知らない。彼らはもうそろそろ表舞台に上がってきてもいいのではないのかしら?
 目を閉じて、何も見ないのは勿体無い。
 とはいえ。
 地上のものが地下のものに触れるのは、約款上禁忌であるのも事実であった。
 触れるには大義名分がいる。
 誰もが納得するような、大義名分が。
 パチュリーが言う。
「救われない者が焼かれて燃え上がっている。そこで何が起こっているのやら。
 でも、そこで燃える何かがあるということは、燃える力があるということでもあるわ。
 その力は欲しいわね」
「それを拾うには長い箸が必要よね」
 アリスは笑う。パチュリーは自分の唇の側をちょいちょいとつついてみせる。慌ててアリスが口元を親指で拭うとチョコレートがついていた。舌を伸ばして舐めとる。
「では、地下の力を手に入れに行くってことにするのね、パチュリーは」
「馬鹿ね。魔法使いが力を手に入れに、わざわざ現場に向かうと思う?」
 うんざりしてみせて、それから紫色の法衣をまとった少女は。
「シンプルにいきましょう」
 と言った。
「地下では変化が起こっている。私たちはそれが気になっている。地上の妖怪は地下の生活に手を触れてはならない。
 これらを全て満たした大義名分があるとすれば、一番大きな概念に触れるしかないわね」
 白いドレスをまとった少女が指をトントンとテーブルに打ち付けると、人形が空のカップにお茶を注ぐ。満たされたカップに口をつけて。
「大きな概念?」
「幻想郷の、危機を救うの」
 噴出しそうになってから少し考えて、アリスは二度三度肯いた。
「なるほど、確かにご立派な大義名分だわ。恐ろしい地下の妖怪が何か企んでいるのかもしれない、と。その企みを阻むために私たちは暗躍するのね」
「そう。長い長い箒の箸を使ってね」
「渦中の栗を拾わせるわけね」

 黙って紅茶を飲んでいた魔法使いの片方が。
「魔理沙を使うのね」と言うから、もう片方が勝ち誇ったように。
「それが心苦しいわけね」と笑うけれど。
「ええ」と相手があんまり素直に認めるから、自分も素直に少し黙った。


『三 火焔猫お燐、将棋の敵となり、その親友、ついに流れる涙を止めるの事』


 機嫌の悪い鬼の背中なんか見たって、なんも楽しいことなんざありゃしない。
 だから火焔猫燐は突き出しの漬物を鬼の側に置いて、一礼して下がろうとしたら、待て、と呼び止められた。
 鬼の背中に目でもついているのか。
 猫足差し足忍び足、そのまま抜け出すのは容易いはずなのに、鬼の背中に見られて身動きできない。
 一角を頭から生やした鬼は、冷えた外庭を眺めながら黙って酒を飲む。
 漬物をつまんで噛んだ。
 鬼がくるりと振り返って、思わず燐は平伏する。地下の世界の実力者、鬼の四天王の一角である星熊勇儀だ。気安い性格だとしっていたけれど、ムッツリ黙って酒を呑んでいた姿は少し怖かった。容易に口をきけない重々しさを微かに感じていた。
 けれど勇儀はさっきまでの不機嫌を脱ぎ捨てて、開けっぴろげな笑顔で。
「将棋を指そうか、お燐」
「へ?」
「お前の主人を待つ間の座興さ。一局指そう」
 慌てて将棋盤と駒を用意する。地霊殿には一通りの玩具が揃っているのだ。
 パシン。
 駒が鳴く。
 鬼の将棋は単純だ。取って取られる。取られて取る。豪よく勝負を制す。
 読み合えば定石でも勝てる。イカサマを使えばもう少し容易に。
 ただし打つ側に胆力があればの話だが。
 鬼の将棋は、戦いの将棋だ。
 鬼から出る殺す気迫が、将棋の読みを狂わせる。死ぬつもりで、殺すつもりでなくては鬼に手傷は負わせられない。
 参ったね、こりゃ。
 お燐は汗をぬぐって一手進める。
 猫の経上がり、火車のお燐は企みも得意だ。
 八方策を駆使して、相手の猛々しさを緩めながらの将棋を指す。滴る汗の重さを気付かれまいと、にこっと笑ってまた一手。ああ鬼が含み笑いする。なんだかねえ、このお人もねえ。素直すぎてねえ。
 本当にさとり様のお相手なんかつとまるのかしら。
 素直な鬼の気迫は、いつしか猫に翻弄されて、少々気弱な考える将棋になっている。将棋の攻めがパズルになれば、後はお燐の独壇場だ。覇気さえ削げば鬼は恐るるに足らぬもの。洩れそうになる鼻歌を堪えてお燐が盤上を見ていると。

 目を閉じた古明地さとりが、勇儀の側の香車を盤上にぱちんと置いた。

 うん。
 お燐は思う。
 これは難手だ。
 誰がこんな手を? お燐は主人に気付かない。
 知ってか知らずか勇儀は盤上を眺めて、それから大いに肯いて美味そうに酒を呑む。そっと手を伸ばすと、干し肉を取りむしゃむしゃと噛む。

 さとりが捧げ持つ皿から肉をとり噛む。

 今度は悩むのはお燐の方だ。鬼とも思えぬ奇手でありながら、鬼らしい単刀直入な香車という一手。
 誰が打ったのだ、こんな手を。
 まったく、人の心でも見透かしたみたい。
 お燐は主人に気付かない。
 さとりは目を閉じて。鬼はいつのまにか上機嫌だ。顎を掻きながら盤面を見る。

 古明地さとりは勇儀の髪を結う。お下げが二本、お燐とお揃いだ。

 ついに満面の笑顔になった勇儀が言うには。
「うん、王手、あたしたちの勝ちだ」
「……あたしたち?」
 きょとんとしてお燐が目を擦ると、勇儀の膝の上でごろんと横になった主人。

 古明地さとりがゆっくり目を開けてこちらを見ていた。

 お燐は慌てる。
「さ、さとり様、いつからこちらに?」
「さっきからずっと居たわよ。お燐は気付いてなかったの?」
 さとりは幸せそうに微笑むので、いやいや、勿論気付いてましたよ、と強がりを言って、それが全く無意味だと気付く。お燐の主人がくすくす笑っているからだ。心を読まれている。読まれたらお燐がついた嘘も容易くばれる。
 でも笑われたら、お燐の負けん気は収まらない。
「ゆ、勇儀さまは?! 気付いてました?!」
「さあねえ、あたしは酔ってるから、よく判らないね」
 惚けてみせたら、さとりがぐっと鬼の頭を抱き寄せて接吻した。淫らがましい口付けだった。お燐はさっと目を伏せる。この接吻が、他の人に知られてはいけないものだと知っているからだ。だからあたしも見てない。見てないんだったら!
 初心な乙女のように頬を赤くするお燐に、鬼は笑って。
「身体と身体のことなど、そうも恥ずかしがるものでもないよ」
「でも、あたしゃ恥ずかしいですよぅ……」
「お燐もしてみる?」
 うっとりと笑うさとりに、慌ててお燐は後ろずさる。今度は二人が笑う。からかわれてなお頬が赤くなる。あたしにどうしろっていうんだよ、チクショウ。
「目を閉じれば見えなくなるは道理。
 そして目を開けば私に見えないものなど無いのです」
 くすくす笑うさとりに踵を返して、お燐は逃げ出す。
 背筋がぞっとする。二人が笑っている。からかっている。怖い、恐ろしい。
「悪戯猫! こっそりくすねてた将棋の駒、返せよ!」
 お燐の袖から、ぽとぽとと隠し持った将棋の駒が零れて、床で跳ねて、馬のようにいなないて廊下を駆け出した。勇儀が呼んだからだ。
 ――バレてた!
 猫の顔が真っ青になる。
 すり替えも隠し持ちも。鬼は黙って知らん振りしてたのだ。なんで、そんなからかうようなことを。
 怖ろしい、恐い。
 あの二人が好きだけど、怖い。
「下手な真似は出来ないね」
 自信満々な猫の手が、じっとり汗をかいていた。

 結局鬼は、泊まって帰った。
 鬼の食べ残した料理をこっそりつまみに深酒したら、気分がよくなって、さとりも勇儀も許してやることにした。何を許すのかよく判らなかったけれど。
 勇儀の瓢箪の酒は、無類の美味さだった。

          *

 燃えしきる地獄の釜の側で、少女は一人悩んでいた。
 暗い穴の中だ。地獄の火を調節して、休む時に使う洞穴だ。死者の霊気が流れ込んできていて、ひんやりと涼しい。小さく溜息をつく。
 悩みは、自分の主と、自分の友のことであった。
 友は言う。
「さとり様だって、おくうのこと好きに決まってるじゃない」
 満ち溢れる自信は、自分には無いものだ。火炎猫燐は今日も絶好調である。その舌は猫のものだからか、よく動く。
「実際さ、あたしだってよくやってると思うよ? お空のこと。
 中々出来るこっちゃ無いよ。地獄の釜焚きなんてさ。呪いと恨みを炒めて焼いて、結果として煉獄の火になるんだもの。
 おくうはあたしの誇りだよ」
 ほっぺたに柔らかいものが押し付けられて、奥手な地獄鴉は赤くなる。そんな反応を見て、お燐は笑う。
 もう。
 こうやって彼女はいつも先手を取る。
「だから、あたしたちはそれでいいんだって。
 さとり様の願いが外に出たい、ってことでも、さとり様だってこの地底で好き勝手にしてるんだもの。
 私たちが変に思い悩むこと無いわよ」
 でも、さとり様は外に出たいのだ。
 さとり様だけではない。きっと、鬼も、土蜘蛛も、橋姫も。
 こんなことを言う、お燐も。
 どんなにここが愛しくても、閉じ込められた苦痛は心のどこかにひっかかっている。
 そしてさとりには会いたい人が居る。
 外に出て、かつて愛した人の面影に出会いたいと想っている。
 お空の言葉にお燐は目を丸くして。
「あら? さとり様、ちゃんとここで恋人いらっしゃるでしょ? おくうには判んないかなあ。純愛よ。汚れてるのに、すっごい純愛なの。キャー! 教えてあげようか? 教えてあげようか?! やっぱ教えなーい!!」
 お燐はすごい。
 さとり様に恐れなく近寄れる。そして色んなことを何でも知っている。
 わたしには無理だ。
 鳥頭だし。バカだし。力も所詮、地獄鴉のそれしかない。
「そんなこと無いって。そうだとしても、あたしゃそんなあんたが、大好きだよ」
 そう言うお燐はとても頼りがいがあって、同時に大嫌いだった。
 あんだけ強くて、自信があって、何も恐れないで。
 好きなのに嫌いなのは、きっとわたしが弱いからだ。
 ああ、力が欲しい。
 深く溜息をつくと、誰かが小さな声で囁いた。
 ――どうしてそんなに力が欲しいかね。
 おくうは振り返る。声をかけそうな人はいない。近くに白い蛙がいた。こいつが? まさか! どこからか迷い込んできて、地獄の熱にあてられて、涼しい洞に逃げ込んできたのだろう。愚かな。哀れな。
「まっておいで。あたしが外に連れ出してあげる」
 弱弱しく溜息をついて、首をぐるりと回した。その様子を見て誰かが。
 ――優しいのだね、お前は。
「誰?!」
 驚く地獄鴉に、柔らかい声がなおも語りかける。二つの声が混じって、エコーをつくるみたい。
 ――お前のことを見ているものだよ、小さな烏。
 そして繰り返す。
 ――何故、力が欲しい? と。
 おくうは、少し迷って。
「地獄と地上を、一つに繋ぎたいから」
 子供のような願いだった。
「さとり様は、外に出たい。他の妖怪の皆もそう。あたしだって、外に出てみたい。地底も好きだけど、もっと色んなことが知りたい。
 でもあたしにそんな力、無い! だからここから出られない!
 なんであたしたちはここに居るんだろう? 外に出ちゃいけない理由はなんだろう」
 ――裏切り者、災厄をもたらす者、鬼、心を乱す者、地獄に誘う者。そんなものがここに満ちているからだよ。
「でも、みんないい人ばかりだもの」
 言っていて、悔しくなった。涙がぽろぽろ出た。お燐が見たら、はやし立てるに違いない。またおくうが泣いたって、ケラケラ笑うに違いない。でも笑うなら、笑え。
「あたしたちが厄介者でも、それは悪いってこととそのまま繋がるわけじゃないでしょ!!」
 蛙に、笑われた。
 涙が出た。
 でも、笑われても、お空の心は決まっていた。
 白い蛙を睨みつけ、指が天を指す。
「天も地も、全部融合して一つになりたい!
 みんなと、一緒に、なりたい!
 だってみんな、大好きだものっ!」
 少女の口から漏れた言葉は、地底に住むものだけでは無い、地上に居る者にも大きな意味を持つ言葉であった。
 幻想郷のものならば、その発言がどれほど重いものか知らぬものは無いだろう。
 けれどおくうはそんなものは知らない。ただ思いつくまま喋る。喋ってしまう。
 その内容に動じないのは、幻想郷の常識に捕らわれない何かなのかもしれない。
 そしてその想いを聞いて、ますます呵呵大笑した者がいる。

 ――よう言うた! よう言うたぞよ、小さきもの、小さくて大きいものよ!

 心地よい笑い声だった。
 この小さな妖怪の、涙も吹き飛ばすほどの笑いだった。
 まるで遠くから響いてくるような。
 それがヤマビコに近いものだとおくうが知るのは、遥か後の話になる。
 笑っていたのは、世界であった。
 蛙を通して、世界が笑っていた。
 笑う蛙の口が裂ける。
 中から赤い舌が出た。
 口の避けた上顎は、両目のついた大きな帽子になる。
 そのままゆっくりと持ち上がる。
 下顎は形よい尻になる。頭と尻がくっついて大きな口を作っていた。口中は背であった。
 蛙の右手は、のけぞるように身体を支える左手であった。
 失ったように見えた蛙の左手は、実は右手で胸元で印を結んでいた。
 柔らかく折れ、蛙口を作っていた背中がゆっくりと元の形を整える。
 そしていつの間にか、跪くようにしゃがむ女がそこに居た。
 美しい裸体なのに、大きな目のついたつば広帽をかぶっているのが可笑しい。
 赤い舌は見る見る伸びて、紅の柱となった。
 柱は解けて人型を成した。

 緋色の軍神がそこに居た。

 注意深く蛙が口中に含んでいた為に、その意思を悟られること無く地中深くに訪れた者であった。
 蛙に化けていた者は、帽子を目深にかぶっていたため、その思惑は誰にも悟られることがない。

 二柱が背中合わせで立つ。

 片方は戦着の赤で。
 片方は滑らかで淫らな白であった。

 八坂神奈子。
 洩矢諏訪子。

 乾坤、地獄の底の底に降臨す。

「幼き民」
 軍神が語りかける。
 その荘厳な姿に目を見開いて、お空は口をぽかんと開けている。さあ、幼き民。
「屍をついばみながら、天を望む小さき者よ。
 その望み幼く愚かながら、至極尤もである」
 軍神の手から、一枚の黒い羽根が差し出される。
 うやうやしく受け取った裸身の神が、さっとトランプでも広げるように開くと、羽毛の扇となる。扇は手の中で翼になって、もむもむと揉まれると、烏になった。
 三本足の烏は羽ばたいて軍神の指先に止まり、くるくると丸まると、黄と黒の石になった。
 ――ああ、さとり様と同じ目だ。
 主を想って、ぽろぽろ、と涙が零れる。
 その涙を軍神はそっとぬぐって、小さな額に石を押し当てた。
 熱い。
 そして、冷たい。
「我らは幻想郷を、地底を、そしてまだ見えぬ者達を整えねばならない。
 その為により機能美溢れた力が必要である。
 汝に力与えよう。

 その想いを焔とし、天を貫く火柱となれ!」

 光が脳の奥の奥まで犯して。
 零れる涙は蒸発して消えた。
 そして広がる黒い太陽。

 やがて、光と、熱が、何もかもを包んで。
 ああ。

 あなたもわたしとフュージョンしましょ?


          *


 地底である。
 地底を、しなびた蛙がひょろひょろと這う。
 やがてそれは力尽きると、地面につっぷした。
 否。
 背中を突き破って、何かが生えた。
 葡萄の苗だ。
 その蔦が天に向かって伸びる伸びる。
 根元は瞬く間に枯れ、蛙の死骸と共に土に還る。
 けれどその先だけはするすると伸びていく。
 やがて地上に顔を出すと花をほとほとと咲かせた。
 風が吹く。
 容易く花がほどけて、風に混じる。
 風と共に空を舞い、やがて空飛ぶ虫となる。
 寒さから逃れるため、南に渡り損ねた鳥がその虫を食べた。
 途端、悶え苦しみ地に落ちる。
 草のクッション、そのすぐ側にはやはり飢えた熊が居た。
 子を作り損ねた雌熊だった。
 飢えていた。
 寂しさに飢えていたのかもしれない。
 腹が減って仕方ない。
 落ちた鳥、ありがたや。
 捕えて口に運んで、熊も悶絶した。
 身体の底が熱い。
 やがて腹の中の鳥が膨れて、自分の身体と二つに割れた。
 ああ、毛皮はどこだ、爪はどこだ。
 熊の身が人の身になっている。
 驚いた。
 目の前にはもう一人乙女がいる。
 翼を無くして、熊に食われた恐怖に震える乙女がいる。
 なんだか判らないまま近づいたら、相手もしがみついてきた。
 恐ろしさと寒さに、気が遠くなりそう。
 なんて寒い、寒い、温かいところへ行きたい。
 二人で山道を行く。
 凍え死にそうなところで明かりが見えた。
 炭焼きの小屋だ。猟師がいるらしい、温めさせて貰おう。
 戸を叩くと、酒臭い親父が顔を出して、すぐに頬を染めた。美しい裸体の乙女が二人居れば、それは驚くであろう。顔も赤らもう。
「すみません、寒さに難渋しております、しばらく置いてくだされ」
 熊は一息に言って、こほこほと咳き込んだ。
 途端口からげろりと何かを吐き出した。白い蛇だった。
 蛇はするすると這って木にするすると上り、そのままひょろひょろと天に昇った。
 白い蛇は空を覆って灰色の雲となり。
 ああ、寒いはずだ。
 三人の白い吐息が混じる。
 幻想郷に雪が、降り始めた。
 

           *


 ああ、楽しいね。
 空が言った。
 うん、楽しい。
 土が言った。
 人の身で出来ぬ交わいも、心地よいね。
 そうですね、久しぶりにこうしてあなたを抱く。
 敬語はよしてよ。
 だって本当久しぶり。
 そうだねうふふ。
 やだ、やめてあはは。


            *


 外から声を聞きつけて霧雨魔理沙は外を眺める。
 こんな日は家に篭ってごろごろしていたい。けれど何か空で奇妙な気配がしたから、つい顔を出したのだった。
 寒さが極まって、ついに雪がちらつきはじめた。風と混じって宙で舞う。その様子があまりに奇妙で目を凝らして。
「あ!!」
 大声を出して、魔理沙はぴしゃりと窓を閉める。
「ま、まままま全く、一体何を考えているんだよ! あのバカ! ハレンチ!! 知らない!!」
 言いながら魔理沙はベッドの中に頭を突っ込んでぎゅっと目を閉じた。
 あんな淫らな空を眺めていたら、自分が孕んでしまいそうだった。


              *


 幻想郷に雪が降り積もる。
 天と地を蕩けさせて、一色に染め上げる雪が降る。
 その白い色は二つの白があって。
 一つは天の白で、もう一つは地の白。


              *


 二柱帰還の知らせを風から聞いて、場を清め少女は待っていた。
 がたがたっと戸が揺れる。
 東風谷早苗が瞑想を解いて顔を上げると、二柱が立っていた。
「おかえりなさいませ。湯殿の支度は出来ております」
 そこまで言って、早苗は驚いた。
 目の前の二人は裸であった。それはいい。自然と溶け合って計画を進めると言った大神、八坂神奈子の言葉を覚えていたからだ。けれど驚いたのは、二人の姿にであった。
 神奈子は身体中に古傷があった。精悍な顔つきは早苗と同い年くらいの青年のものであった。
 片や、洩矢諏訪子の髪は長かった。身体つきも少女のそれではなく、大人の女のものであった。
「ご苦労、早苗」
「か、神奈子様、計画は……」
「大事無い」
 目を細める諏訪子にたじたじとしながら早苗が口を開きかけて、また閉じる。その様子を見て二人が笑う。
「そうか、早苗はこの姿は知らなんだな」
「神は常識に捕らわれぬものだよ、早苗」
 二人は笑いながら湯殿に向かう。
 置いてけぼりの早苗はぽかんとその後を見送るのみだった。その耳に戯れ歌が響く。常識破りの二柱の歌が響く。

 地獄の釜の蓋が動く
 想いが蓋を開け放つ
 三千世界を羽ばたく
 三つ足の烏が鳴いて
 ついに仏が眼を開く♪

 意味ありげな歌だ。
 でもどこかで聞いたことあるような?
 二人を見送る早苗に、二柱は立ち止まって。

「UFO☆」

 ポーズをとった。
 ピンクレディーだった。
 全裸の二柱のかくし芸に、早苗はゆっくりこけた。



『四 小石の如き存在が見ていた出来事と、見せ付けられた出来事の事』


「八坂の大神には、まことごきげんうるわしう」
 八雲紫が深々と頭を下げる。
 神殿であった。
 八坂神社の神殿とは、別名を宴会場という。板張りの床、壁、天井は剣道場のようだが、神のおわします台座があるのが違うところだ。ここを宴会場として使うときは、この神殿の主は決してそこに腰をかけない。宴会は車座で気取らずに、がモットーなのだとか。
 しかし今日は違う。
 台座には、真昼間から不機嫌そうな神奈子が居た。だから今日ここは神殿なのだった。紫が恭しく頭を垂れるのも当然のことだろう。例え腹に一物あったとしても。
「時に、先の地底での事件の話ですが……」
「うむ」
 そのまま話を続けようとして、紫は微かに首を捻った。
 八坂の大神に言いたいことはたくさんあった。
 先の騒動、地下に封じられた鬼と忌むべき妖の住む都の話だ。
 神社の側から吹き出た間欠泉、そして大量の蒸気と怨霊のこと。
 幻想郷に核融合を持ち込もうとしたことや、その騒動の結果開いた地獄の蓋のこと。
 更に飛び出してきた、封じられてきたもの幾多のもの。
 これから飛び出してくる厄介な連中のことども。
 それらの後始末をどうつけるかを、この軍神に問いただしたかったのだ。
 しかし、そんなことよりも全く別のものが紫の興味をひいた。
 この女、八坂神奈子、奇妙に不機嫌である。
 訝しく想う紫の態度に気付いたのか、神奈子は。
「のう、妖怪の賢者よ」
「はあ」
「自分の恋人の、昔の想い人とか出てきたら、あなた、どうする?」
 紫は平伏して、つい吹き出した。上げた顔は、すでに笑顔だった。
 ぱんぱん、と手を叩く。話を切り上げて宴会の合図だ。
「そう言うときは、呑むしかないでしょ」
「そうか? やっぱりそうかね」
 空間がぱっくり割れて、中から忠実な下僕、八雲藍が現れる。酒と肴を運びいれ、さっと杯を神奈子に差し出す。瓶ビールを抜いた。
「やっぱり、なんか色々難しいこと言うよりも、まず飲むことね。あと、食うこと」
「で、昔の想い人って?」
「ん、昔告ってきた子らしい。かわいい系。あのスカした感は、さすがあの王国出身者ね」
「今更浮気も無いでしょう?」
「いや、私もあの子も結構節操無いから、一回くらいしちゃうかも」
「いーじゃない。したって。でも、嫉妬する気も判るわあ」
「でしょぉ?」
 同意を求める神奈子に紫はひやかして。
「でも、この前なんて随分と仲の良い姿を見せてくださいましたのにね」
 ふん、と鼻で笑って神奈子は酒を呑む。
 幻想郷の雪、今年は今までより早く降った。
 神奈子と諏訪子が蕩けあって大気と地でまぐわった後の話であった。
 乾坤合わさって白のカオスなる。
 そのさまを幻想郷に住む妖怪たちは見ている。判らぬままに人も見ている。魚鳥獣草数多が知る。
 けれどその神徳は効果がありすぎて。来年、幻想郷の出生率は少し上がるだろう。
 透き通るように白い指で神奈子は鼻の頭を掻いて。
「人の形は、時に不便ね」
「人間並みの嫉妬もありますからね」
「嫉妬ね……。
 イドの奥底にある、煮えたぎる想いを解放してやるのも、幻想郷の管理者として当然のことじゃない?」
「井戸の底にある地獄は、触れないに越したこと、無いのではなくて?」
 真っ向から神を見据えて妖怪の賢者は問うた。神は黙って豆のサラダをモクモク噛んで。
「生きる者は皆、誰かに触れていて欲しいものよ」
 と厳かに答えた。
「八雲の、だからお前もその式神を造ったのだろう?」
「我が家の話に口を挟みますな、中央の殿下」
「――その呼び名は、止めていただこうか」
 苦い顔で更に酒をあおる神奈子に、紫は。
「よいではないですか。お二人の馴れ初めは幻想郷に伝わっておりますれば――」
「天狗の捏造だ! そんな話は、無かった」
 顔を真っ赤にするのは、怒りよりも羞恥のせいだ。紫は戯れて口元に手をやる。
「よろしいではないですか。そういう話も、ある。造られた話もまた、幻想郷を彩る一つの色なのですから」
「ならば、そこにもう一色加えてもよかろうではないか。
 地下奥深く眠る者、封じられた者諸々の者も」
 緋色の軍神はもはや笑っていない。
 対峙する紫の賢者もまた。
 ゆっくりと紫は応える。
「全ての式は、結果への過程。結論を導き出すもの。
 式を通して出た結論は、事実が存在した証。
 過程が如何に胡散臭くとも答えがあれば、それは一つの式と成り得る。
 しかしあなたは求める答えの為に、答えから式を編み出した。
 あなた方が施した術はあたらしい混乱を導く。
 混乱はやがて新しい式を産む。
 その式の果てにまた答えがあり、答えと答えの果てにあなた達の望む答えがある。
 あなたの本当の答えとは、何か?
 胡散臭い式を成り立たせる神の答えを聞かせて頂きたく」
 慇懃な紫の問いに、つまらなそうに神奈子は。
「言ったでしょう? 色は多いほうが楽しいって」
「――つまり、どういうことかと」
「このもう一つの東方世界で、出てくるキャラは多いほうが楽しいってこと」
 あっけらかんと言う神に、紫は絶句した。神奈子はにやりと笑って。
「目を閉じれば世界も閉じる。
 閉じた瞼の裏に映る世界は、確かに一つの桃源郷だよ。視覚と聴覚と無意識の遊び。夢のまた夢。
 されば、目を開けば世界も開くであろう。
 桃源郷は触感で贖われる。閉じるだけでは勿体無い。
 彩りの多い夢ほど楽しいものさ。
 東方は遥か彼方、概念の外にあるもう一つの概念。
 ズンと存在する重い想いの果ての国だ。
 それならば幻想郷は、目を閉じた夢か? 目を開けた夢か?」
「――完璧な夢ではあります。
 ひたすらに閉じたところなれば――」
 珍しく気弱になった妖怪の賢者に、神奈子がずい、とにじり寄って。
「気弱なのもかわいいね」
「あの御方の代わりに、慰むつもりならお断りします」
 お断りしますと言いながら、声を震わせ目をきらきらさせる妖怪の賢者はなにを企んでいるのやら。
 重なる、影と影。
 目配せをしながらそっと鼻と鼻をすりあわせる。
 そうやって二人の影が寄り添うところを、覗き魔が覗き込んだところで、長い腕がぐっと伸びた。
「あ!」
 こっそり酒とつまみを失敬しながら、二人の様子を見ていた少女がキャッと声を上げた。
 隠れていた世界から、無理矢理つまみ出されたのだ。
 古明地こいしは襟元を掴まれて、はむはむと食べていたさつま揚げをぽろりと手から落としてしまう。
 無意識の狭間で、二人の実力者のやり取りを見ていた妖怪は、今やその身も露にここにある。
「全く、久米の仙人から変わらぬ。情事房事は悟りのものを現世に戻す最良の手だね」
「さとりの果てを茫洋と彷徨う者は、引きずり出してお仕置きするが定めですから」
 うふふ、と笑うのは人間の年増女と変わらぬ人の悪い表情だ。からかっているような苛めているような、可愛がっているような愛しているような。緋色と紫の、色の対極に挟まれて、こいしは少女の顔を歪めて尋ねる。
「どういうこと?」
「つまり君は罠に掛かったと言うことよ」
「あんなに熱心に見ていて、気付かないと思ったの?」
 はっとして、慌ててこいしは胸元の目に手を当てる。
 心を読む妖怪のアクセサリーである、第三の目。
 大丈夫、閉じている。
 心を読むことを厭うて閉じた、悟りの瞳は開かない。
 何も見ないことで、誰からも見られない存在になった古明地こいし。
 無意識と無意識の狭間で遊ぶ者は、あらゆる出来事と戯れる。
 どこにでもいて、どこにでもいない何か。

 だから今までのことも、ずっと見ていた。
 地下の奥深く落ちていくあの美しいものも。

 雫?
 否、あれは蛇だ。
 根の生えかけた種だ。
 土蜘蛛の糸をくぐり。
 橋の欄干を滑り落ち。
 地下の都を這い進み。
 地霊殿の門を潜って。
 更に地獄の灼熱へと。

 ああ、そうか。
 あの美しいものは、お姉ちゃんのものなのだ。
 途端に興味が失せて、こいしはまた無意識の中に解けていく。
 
 そんな時、あの事件が起きたのだ。
 地獄鴉のおくうが、神の力を手に入れて、地上に向おうとしたのだと。
 それを地上に知らせるために、お燐が地霊を地上に放したのだと。
 面白い、面白い。
 見当はすぐについた。
 あの白い蛙が、旧地獄の有力者たちの目を欺いて、おくうに力を与えたのだ。
 なんて素敵なペットだろう。
 なによりお姉ちゃんを騙したのが気に入った。
 心を読む程度の能力を持つ、古明地さとりはこいしの姉である。
 さとりも、無意識に遊ぶ。
 ただ留まらない。目を開けるのも閉じるのも、さとりにとっては自在だから。
 彼女はこいしのように、心を読むことから逃げない。何もかも受け入れてしまう。

 地下の地下という、閉ざされた世界の中で。
 その人の真の姿を見抜いてしまう。誰もその目から逃れられない。
 こいしだって。
 戯れに目を閉じたさとりに、こいしはすぐに見つけられてしまう。
 古明地 さとり。
 あの人は真も嘘も、受け入れるのを恐れない。

 無意識の果てにあるこいしの心は、お姉ちゃんにだって読めない。
 こいしはさとりに読ませない。
 戦いもあの人はこいしに勝てない。
 それなのに古明地さとりは、こいしを決して見逃さない。
 あの人はなんでも出来るのだ。
 まるで、彼女自身が、一つの世界であるかのように。悟りの瞳は小さな小石も見逃さないのだから。
 お姉ちゃん以外があたし気付くわけない。

 だから。

「お姉ちゃんでもないのに、あたし見えないでしょう?!」
 と言ったら。
「見えるさ」
 と神奈子は、心外な、と眉を上げた。
「だってお前、私たち見てるもの」
 見てるものは、見えるものさと神が言うと。
 ぶるるるるっ。
 胸元で何かが震えた。
「見てるものを見返したらね、目と目が合うでしょ。
 だから目合うのさ」
 紫が笑う。
 ほら、小さなあなた、胸元で誰かが呼び出してるわよ、と。
 もう一度触ると、胸元の瞳が震えている。
 こいしが閉じた、胸元の目が震えている。
「本当に、八坂様の仰せの通り。
 色満ち溢れる世界に、一色加わればこんなに面白い小石がある。
 綺麗なこいし、かわいい小石」
 紫にうっとりと撫でられて、少女がぶるっと震える。無意識に逃げようとして、逃げられない。二人の女に迫られて動けない。
「さあ小さい妖怪よ。
 お前の閉じた目が、レム睡眠を起こしているよ?
 どんな夢を見てるのかしら、かわいい子。
 神の力で眼を開いてあげよう。
 それがお前の望んだ力。
 少女を捨てて、女になる力。
 まったく別のモノになる喜びを、お前にも与えてあげようねぇ」
 神奈子に思いもよらぬところを撫で摩られて、ひくっと震えるこいしに、熱い息がかかる。
「さあ、様々な色に染まるロールシャッハを、生命のピンクと情熱の赤で満たしてあげる。
 あなたを私たち共用のペットにしてあげる」
 優しい声に身震いしながら、か弱くこいしは抵抗する。
「あたし、別に、ペットになんかなりたくない……」
 神奈子はいやらしい口調で。
「馬鹿だね、私のつまみに手をつけただろう?
 神に捧げた供物に手をつけた者は、神の供物の一つになるのだよ」
 緋色が落ちて撫子になる。撫子が零れて白になり、白より美しい白になる。
「いい脱ぎっぷりね、八坂様」
「据え膳食わねば女の恥。
 ここで決めなきゃ女がすたるのでな」
 鍛えられてシャープな神奈子の身体の前で、紫がそっと手を伸ばせば、その忠実な従者、八雲藍はそっと主の両肩に手を置いて。
「それでは」
 と着物を勢いよく引けば、着物は藤の花となり、ひらりひらり。柔らかな肌の上に降り積もり、身に纏われ、動けば零れ、紫の唇笑み零れ。
「さあ、夢から夢へ引き込んであげる。
 あなたの心に効くとっておきの。
 気合の処方箋、魅せてあげるわ」
 神と共に大妖、少女を柔らかな肌に挟み込む。
 暴れようにも力が出ない。絡めとられて言葉も出ない。なにより胸元が高ぶって、三つの目が強く瞼を閉じる。紫、笑う。
「私の手はどこまでも伸びる。どこにでも私は居る。あなたの心を捻り開けることなどたやすいこと。
 例え私たちが手を休めても、あなたの胸は高鳴り続ける。拍子が早くなって、ビートを刻む」
 そっと触れられた指先に、身体がビクッと震える。
「心のビートは、もう止められない。
 そうでしょう?」
 暴れようとするか細い腕が、軍神の逞しい腕に固められて、身動きできない。下手に動けば折れそうだ。身をよじって、息を吐いて、吐かされて、嫌悪と期待とで脳みそがぐちゃぐちゃになる。
「……だめ、よ」
 それでも抗う少女の耳元で「何故?」と二人の女は尋ねる。
「だって、わたしの無意識は、真っ暗で何も見えないもの。
 見えない黒を加えたら、ただ黒い混沌に染まるだけ。
 世界に、こんな色、必要ないもの。
 私は、ただ、見てるだけでいいの。
 だから、わたしは混じらなくていいから、二人で楽しんで、ね?」
 及び腰のつたない抵抗は、爆笑でかき消される。
 やばい、泣きそうだ。
「黒、いいじゃないか」
 いやいやするこいしの鼻の頭に、神が優しいキスをするから、思わず身震いする。
「黒なら、幻想の幻燈がよく映るよ……」
「……はうっ!」
 ついに奥に這ってきた指に思わず声を上げる。
 目を閉じられないまま、見たくない現実を見させられる恐怖に、こいしが身体を強張らせる。
「……ぁ。
 だめえ……」
 小さく喘いだその時。

「弾幕の時間だ! コラァッ!」

 マフラーと赤いコートを羽織った巫女が、扉を蹴り上げ踊りこんだ。
「おーおー、やってるやってる」
 そう言って入ってくるのは霧雨魔理沙だ。顔を赤らめてるのは、恥ずかしさのせいだろう。けれど隣に立つ巫女の顔が赤いのは、おそらく憤怒のせいだ。
「神奈子っ!」
「なんだ、博麗の巫女。神のお楽しみの最中に何の用か」
「そういうのは夜伽でやれ! 真昼間からしないのっ!
 そもそも、場所と時間考えてよ!!
 早々は、エッチはダメ!」
 助かった、と這い出すこいしが床の上で滑って転ぶ。腰が立たない。
「た、助けて霊夢、あたしの、ペットにしてあげるから!」
「ペットはあんたんとこの化猫一匹で充分よ!」
 ずれた答えでこいしに答えると、ぐいっと半身を出してしどけない二人の女に詰め寄った。
「……やれやれ。わざわざつっこみの為だけに出てきたのかしら?」
 しどけない姿の神奈子が問えば。
「そんなわけ無いでしょう! 用があるからやってきたのよ!」
 勝手なことばかりして、と霊夢が祓え串を突きつける。
「あんな地獄鴉に、神の力を植えつけて!
 暴走して地上に飛び出て、世界を燃やし尽くす気だったわよ、あいつ!
 ほんと、単純な妖怪に変な力与えるの止めてくれる?!
 なにかあったら、どうするのよ! どうやって止める気だったの!!」
「流石はれいむぅ」
 紫がパチパチ、と手を叩いてはしゃぐ。
「私が聞きたかったことを、ちゃんとこの御方に突きつけてくれたわね」
「紫は黙ってて!
 本当に聞きたいなら、あんたの口から聞き出しなさいよ! この妖怪の賢者!」
「なんだそりゃ、罵倒のつもりか?」
 苦笑しながら魔理沙が割って入る。吐く息が白い。それは寒かろう。まだ春には早いのだ。
「そんなわけでだな。私らはちょっと迷惑料を頂きに来たわけだ。幻想郷用語で、ただ酒を飲んで絡みに来たわけだ。
 ところがここで、迷惑な神様と迷惑な妖怪が迷惑な妹妖怪を襲っているわけで。
 それで弾幕勝負さ」
 フン。
 鼻で笑って、女が立ち上がった。
 神であった。
 白い裸身が、瞬く間に赤く染まる。
 既に具足をつけていた。太刀を穿いていた。
 例えるなら、フルプレートメールスーパー神奈子だった。その吐く息も白い。
「人の恋しを邪魔する奴は、蹴りつけ蹴り上げ地獄に落とす。
 その弾幕勝負、受けてやろう」
「やっかましいわ!」
 どん、と霊夢が足踏みすると、神殿の壁が東西南北にバン、と開く。山に囲まれた神社が、戦いのフィールドになる。神奈子は笑い、右手を前に突き出し牽制した。
 そして呼び出す。
「守矢の巫女よ、出ませい!」
「はいっ!」
 飛び出してきたのは東風谷早苗だ。実はさっきから、飛び出してきたくてうずうずしていたのだ。自信満々な風祝の巫女は霊夢と神の間に割り込むように立つ。
 黒い笑顔を浮かべて、神奈子は命ずる。
「さあ、早苗。
 今ここに神殿を犯さんとするものがいる!
 その者にキツイ罰を与えてやれ!」
「はいっ!」
 早苗はウォンドを神奈子に向けて。
「さあ、かかって来なさい!」
 と宣言した。頬を染めて、戦いたがっている。やる気は満々だ。
「おい早苗」
 軍神から突っ込みが入る。
「なぜそれを私に向ける」
「だって、神殿で犯そうとしてたのは神奈子さまだもん。
 その者にキツイ罰を与えてやれって、神奈子様言ってたもん」
 ドヤッ。
 その効果音こそこの女の子には似つかわしい。
 けれどこいしには判らない。
 自分が奉る神に巫女が喧嘩を売って、とても勝てるとは思えない。
 どうしてそんなこと考えるのかしら?
 心が読めれば判るのに、読めない心だから判らない。
 閉じた瞳が震える。開きそうになる。自分の何かが変わってしまいそうで、怖くてこいしは目を強く閉じて、それでも知りたいから。
「大丈夫なの!」
 叫んだ。心が読めなければ、声に出して問うしかない。嘘か真かわからないまま。
 決心して張り上げた声なのに。
「はい?」
 早苗が問い返す。こいしもう一度言う。
「それ、神様だよ?!」
「え!?」
「神様! 人間が勝てるの?!」
「はい?」

「かー、みー、さー、まーっ!!」

「とんでもない。
 私、神様ですよ」

 早苗のウォンドが天を指す。
 風、起こる。
「私の力を信じなさい。
 幻想郷は常識に捕らわれないところ。
 封じられたという常識も、封じたという常識も、一切が無意味!」
「それなら神殿で女の子に悪戯してもいいじゃない」
 神奈子が不平を唱える。
 もう一つの風が渦巻いた。
 神奈子の風の前に、早苗、微笑する。
「かわいい女の子いじめるのは、私の常識が許しません。
 さあ、信仰は虚ろなる妖の為にも。
 東風谷早苗の常識、いざ、まかり通ります!」

 さっと神奈子が神社から飛び立ったのは、これから始まる戦いのためである。それを追う早苗。さらに。
「まてーっ!」
 と追いかけるのは博麗霊夢。
「幻想郷の常識ぶち破るのも、何やってもいいけど!
 馬鹿馬鹿しく大掛かりなことは、みんなに言ってからやれ!」
「大丈夫ですよ、霊夢さん。順序が逆になっただけですから」
 勢いよく怒鳴りつけた霊夢に、早苗はニコニコしながら言った。
「は?」
 不可解な顔をする霊夢に、早苗は最近聞いたとっておきの話を公開する。どれくらいとっておきかというと、わざわざ「これは秘密だけど」という枕詞がついているくらいとっておきな話だ。
「もし、あの地獄鴉が地下から飛び出たら、幻想郷の最終兵器がお相手するだけですから。
 つまり、霊夢さんと私」
「え?」
「あんな無茶な計画立てられたのは、万が一何かあっても最強のストッパーがあったからなんですね。
 つまり地下からあの八咫烏が飛び出てきた時は、私たちがその暴走を止める予定だったんです。神奈子様と諏訪子様の神威を借りて、ね?
 思った以上に期待されてますよ、私たち」

 どっかああああああああ~ん!!

                   ひゃあぁあああああああああああ。

 空の三分の一を覆うほどの弾幕合戦が繰り広げられる中、魔理沙は一杯呑んで観戦していた。その耳元に口を添えて問う者がある。八雲紫だった。
「あら、魔理沙は参加しないの?」
「なんでだよ。私の目的は、ただ酒のみに来ただけだぜ?
 そういう紫はどうなんだよ」
 いつの間にかこの大妖は衣をまとって、魔理沙と一緒に酒を呑んでいるのだった。
「私は、本当は八坂の神を問い詰める為に来ただけだもの。一緒に戦う義理も義務も無いわ。
 ただ、そうねえ。ここの生活の仕方をこの小石に教えてあげる必要はあるかもね」
 肩を抱かれて、こいしはビクッとする。緊張しながら酒を呑む。全く酔えないのが辛かった。
「幻想郷ではね、ダメ、って言ったら、弾幕バトルで抵抗しなくちゃいけないの。
 ダメといったら弾幕ぶちかますのがここの常識と言うものよ。
 ダメ、と言ったら即弾幕。
 お姉さんから教わらなかった?」
「……知らないよ、そんなの」
 ふてくされるこいしを嘲笑してから、紫はぷにぷにとその頬を弄んだ。
「まあ、目を閉じて引き篭もってたら、そんなの判る分けないかしら」
「閉じ込めた側がいう言葉じゃねーな」
 魔理沙が皮肉っぽく会話に割り込むと、紫は目を細めて黙ってしまう。口元にはすました微笑。その表情が気に食わなくて、こいしも反論する。
「お姉ちゃんはすごいんだよ!
 色んな汚いものが見えても、絶対に目を逸らさないんだもの。
 閉じ込められていたら、引き篭もってなんか無いんだから!」
「本当に、そうかしら?」
 今度の笑いは、自嘲気味だ。紫がそんな表情を見せたことなんて一度も無かったから、魔理沙はびっくりする。
 苦い顔をする紫は、空の杯を見ながら呟いた。
「閉じこもり、閉じこもることで完璧であるのは容易い事だわ。
 そこに映るのは自分の無意識も傷つけない優しい夢なのだから。
 でも、その清浄なる世界で、果たして生きているって言えるのかしら?」
 そもそも目を閉じた方がよく見えるものも、あるのよ?
「もっともネンネのこいしちゃんにはわからないでしょうけど」
 そっと空の杯に酒が注がれた。そこに白い指が触れると、波紋が起きた。波立った波紋を一息に飲み干して紫は喘いだ。
「ああ! 全く神は手を汚さないのに、あの御方は進んで手を汚すのだわ!
 でももう賽は投げられた。
 この後、何が出てくるか私にはよく判っている。
 全く頭の痛い話!」

 嘆いてみせた紫の口元が、微かに笑っている。
 ああ、やっぱりこいつ妖怪なんだなと魔理沙は思う。

 春の近づいた幻想郷の空の上。
 八坂の神風が吹く。
 雨の源泉が零れる。
 二重弾幕が決壊する。

「ああ、もう! ほんと、あんたらはあんたらなんだから!」

 幾つ被弾したか、被弾させたか判らないくらい戦いの最中で、霊夢は雄たけびを上げる。

「あんたたちがその路線で行くなら、私だって考えがあるわ!
 神、空でぶちのめす!
 並べて世は事も無し! よ!」

「なあ、紫」
「なあに? 魔理沙」
「霊夢の言ってる、あれってつまりどういうことだ?」
「ああ、あれはね……」
 紫は答える。

「『何があっても怖かない! 幻想郷は通常運行』
 って意味よ。
 最後はいつだって、ぐだぐだなの」


『終章 白き雫底の底に零れ波紋をなし 悟り得て箱を内側より開くの事』


 目の届く範囲のものにしか目がいかない古明地さとりは深く考え込んでいた。
 閻魔より謎を貰っている。
 謎を解くのは好きだった。
 幻想郷の閻魔、四季映姫は地霊殿までゲームをしに訪れる。
 ヤマザナドゥの仕事のついでなのだが。
 地霊殿の下は、現地獄から切り離された旧地獄の灼熱炉なわけで、今もその残り火が燃えている。閻魔が気にかけるのも当たり前なのだった。さらにそこには怨霊までいるのだ。無視は出来なかった。
 さとりは閻魔が好きだった。
 四季映姫・ヤマザナドゥ、この罪深い女の中に、どれほどの想いが渦巻いていることか! あまりに幾重にも想いの糸があり、それは絡み合いすぎて読みきれない。さとりは心を揺らし、心を起こし、浮いてきた意識を読むのだが、ここまで絡まり複雑になるものは見切れない。目の届く範囲のものにしか、目がいかないのだ。
 その上、閻魔は恐れない。
 さとりの力も、自らの心の内も。その強い存在が、さとりの心を和ませるのだ。
 ――自分に姉がいたら、こんな感じなのかもしれない。
 その想いを知ってか知らずか、映姫もさとりを妹のように可愛がってくれる。可愛がって謎を送る。死神を仲介して謎をくれる。
 この小さな箱に何が入っているのか?
「入ってるものは、判るのよねえ」
 さとりは溜息をついて箱を揺らした。片手にのるくらいの小さな箱。中からカロカロと軽い音がする。中に入っているのはお豆だ。
 紙箱の上に小さな穴があいている。そこから豆を入れたのだろうか?

 この謎を死神から受け取った時。
 箱を弄ったら穴から、豆が出てきた。
「これ」
「ああ」
 死神が恥ずかしい顔で豆を取って、さっと自分の口の中に入れた。
「もし箱の中のものが転げてしまったら、口の中に入れて証拠隠滅してしまいなさい」
 そう映姫に言われた結果だった。でももう遅かった。しっかり見てしまった。
 中に入ってるのは、生の豆。
 転げ落ちたのは一番小さくて貧弱な豆で、部屋の中のどこかにも同じ物が転がっていそうだった。おそらく転がっていても判るまい。そうでないものは、箱の底から出てきそうに無かった。
 もう一度振ってみる。
 中でカラコロ音がする。まだ中に何か入っている。
 死神が言った。
「箱に隠されたものは、あげますと四季様の仰せです」
「でも、豆でしょう?」
「豆ですね」
 死神の頭の中身を覗いても何も判らない。当たり前だ。こういう謎は答えが判ってしまったら面白く無い。その為に四季は代理人をよこしたのだ。
 しかし箱の中身は判ろうが判るまいが関係無いのだ。
「四季様の問題はこれです。
 古明地さとり、この紙箱を内側から破ってみせよ」
 そう。
 箱の中を当てる謎ではないのだ。
 紙箱の縁は、やはり紙で糊付けされていて破らなければ開かない。
 中身が判ったから、さとりはその答えがあっと言う間に判る。開けるのは容易い。方法は単純だ。穴から中へ、少しずつ水を垂らせばいいのだ。穴の中の豆は水を吸い、やがて芽を出すだろう。出した芽はやがて大きくなり紙を破る。芽を出した植物の力は強い。
 添えられていた手紙も意味深だ。

『あなたに箱に隠された中身を教えましょう地霊殿の主。
 それは大地に根付くもの。
 キラキラと輝くもの。
 大地から顔を出せば目を楽しませるもの。
 そのまま地に埋もれ安らかに眠るもの。
 上手に整えられるほど価値の上がるもの。

 あなたに契約の印を。
 この世との縁の証を』

「でも、入ってるのは豆ね」さとりが言った。
「豆ですね」死神も肯いた。
 死神は去って、豆の入った謎が残った。

「中身をあげるって言われても、地下に豆植えろってことなのかしら?」
 それでも水を穴から注がないのには、わけがあった。
「もし、この中に浸した水で、紙が破れたらどうしよう」
 そこがさとりを悩ませているのである。
 内側から破る、という条件を満たすには、あくまで内側から開く必要がある。しかし水を穴から零しいれるのは、外側から破る行為にならないだろうか?
 中に豆がある。生命の源がある。それが芽を出し箱を破る、それはよい。
 けれどそれは自ずから成すことに意味があるのかもしれない。そうだとすれば、さとりは箱の中の豆が芽を吹くまで待たなくてはならない。
 中にあるのは重い種だ。重い種が二つある。柔らかく厚い紙の箱がその音を殆んど吸収する。
「芽吹かせたい」
 これだけ厚い紙なのだから、多少水を零したところで破れないとは思う。けれど外側から介入するということが、さとりを躊躇わせるのだ。
「水の中に落とせばどうだろう?」
 全部を水没させ続ける必要は無い。外側からジワジワと水が染みてきて、豆まで達すればいいのだ。そうすれば豆から芽が出て――。
「いや、何か違うな……」
 あーあ、とさとりはベッドに横たわった。

 起き上がって大きく伸びをした。
 少し昼寝をしてしまったらしい。
 指先に白い蛙が居た。
「あ」
 思わず握ったら、蛙じゃなかった。
 五本の指だった。
「お前の心の底を、覗きに来たよ」
 優しい声が聞こえて、あんぐりと口が開いた。
 懐かしい顔がそこにあった。
 あまりに懐かしくて、記憶がでんぐりがえった。
 そしてすぐに、目が開いて心を覗いた。
 彼の人の心の中には王国があった。


             *


 遥か遥か昔。
 さとりがまだ古代の王国の童子であった時。
 とても美しい人がその王国を統べていた。
 古明地姉妹は。
 あの美しい人の心が知りたいと思った。
 人の心は判るのに、あの人の心の奥だけ、どうしても覗けないのだった。
 憧れていて、尊敬していて、それでもさとりはやはりまだ子供だったのだろう。
「どうしてあなたの心が覗けないのですか?」
 聞きにくい質問を、直接聞いた。
「それはお前たちに、私が心を開いていないからだよ」
 あの方は仰った。残酷な答えだった。
「私の王国は、私だけの物。お前たちはその裾野に勝手に住み着く者。お前たちの世界に私は居ても、私の世界にお前たちは居ない。お前たちがどれだけ私を想おうと、私はお前たちを想わない」
 私の王国には、私しかいないのだ、と。
 さとりの覗いた、彼の人の心の中には、確かに彼の人しか居なかった。
 延々と広がる虚無の大地に、ただ一人あの御方が立っていた。
 けれどさとりは恐れなかった。
 向こう見ずだったのかもしれない、若く傲慢だったゆえかもしれない、出来ないことは無いという負けん気があったのかもしれない。
 あの方を、愛していたからかもしれない。
「それならば私も、王国を持ちます!」
 宣言した。
「貴方様を受け入れられるくらい、大きな大きな王国を持ちます!
 さとりの目は何でも見られますから、あなたの御姿も決して見失いませんよ!」
「お前は中々面白いことを言うね」
 彼の人は笑う。
「では、次合う時に、お前の王国を見せておくれ。
 それ次第では、私もお前に心を開いてやろう」
 はい! と返事したさとりに、あの御方は優しい微笑を浮かべてくれた。
「だから、次会う時まで、お前も息災でな」

 土蜘蛛が裏切り、軍団は総崩れになり、要塞にただあの御方だけが残ると決まった日のことだった。
 あの日が最期になるだなんて、思ってもみなかった。


             *


 そう。
 だからさとりは、旧都も、地霊殿も、誰もが気付かぬように統治してきたつもりだった。
 意識と無意識の狭間で、ネガティブな想いを発散させポジティブな気持ちを高めて、地下を各々が各々の楽しむ場所と成す。
 地下都市は、地霊殿を中心とした無意識の王国だ。
 誰も見失わないように、誰でも受け入れられるように。
 どんな力を持つ者だとしても、一人も漏れぬように。
 地上から封印された地下、というのも都合がよかった。
 どんな者でも、最後にはここにたどり着くという印でもあったからだ。
「私の王国は、如何ですか?」
「うん」
 二人並んでベッドの縁に座っている。
 そっと手を伸びた手が、さとりの頭を撫でる。優しくて、くすぐったい。
「よく頑張ったね」
 えへへ、とさとりの口元がほころぶ。褒められて嬉しかった。
 けれどさとりは、久方ぶりに会う主に言った。
「もう、貴女様の中には、既に新しい王国があるのですね」
 彼女の心は、もう開かれている。だからさとりも容易に読むことが出来たのだった。
「うん」
 美しい女は少年みたいな目をして、肯いた。
「戦に破れて、私の心も奪われた。
 私は、あの人の民、あの人の臣、そしてあの人の王。
 だからお前も、もう私から自由になっていいのだよ」
「え?」
 思いもかけぬことを言われて、さとりは目をぱちくりさせる。さとりのかつての主人は、よっとベッドから飛び降りて、さとりの瞳を覗き込んだ。
「ここは旧地獄の底。
 神に反逆を企み、妬み、恨みし続けてきた怨霊や妖の住まう場所。
 すさまじい力を持つ鬼を閉じ込めておく陽気な牢獄。
 その底の底には、何もかも焼き尽くす地獄の炎が燃える。
 古明地さとり。
 お前、そこに私が落ちてくると思って待ってたんだろう?
 かの大和に戦いを挑んだ、祟り神の私が」

 かつての偉大なる王。
 洩矢諏訪子は笑った。
 無邪気な笑顔だった。

 さとりも、笑った。

「何をおっしゃいますか。
 ここの管理を任されたのは四季映姫・ヤマザナドゥから。
 私をここに封じたのは妖怪の賢者、八雲紫。
 あなたのことは全く関係ありませんよ」
「えーっ!?
 なんだ、私の深読みか! 恥ずかしいなあ、もう!」
 諏訪子は笑ってさとりの膝にもたれかかった。その背をさとりが撫でるから、うっとりとして諏訪子は。
「でも私ね、あの時、さとりにああ言って貰って、嬉しかったのよ」
「……もう一度、言ってください」
「私、さとりがここで待っててくれて、すごく嬉しかったの」
 さとりは目を閉じる。
 閉じた瞼の裏に、彼女の、憧れて美しい人の想いが流れ込んでくる。しみじみ、目尻から涙が浮かんだ。突然、その上半身が跳ね上がって、さとりは驚いた。その発せられた言葉にも驚いた。
「恋だな!」
「はい?!」
「さとり、今誰かに恋してるだろ! 愛してるだろ!」
「ななななにを突然」
「だって、お前からすごい濃厚な悩みのにおいがする」
 ああ、それなら閻魔から渡された謎のせいですよ、とさとりが説明すると、諏訪子は。
「お前は、大海を知る井の中の蛙、だな」
 と決めつけた。
「なんですか? それは」
 問いかけてすぐに頭の中身を読み取って。
「ああ、ただ開けろ、ということ? この箱を? 内側も外側も同じものだから?」
 容易に、憧れの人の想いを読むことが出来るのは少し勿体無かった。
 けれど諏訪子の考えることは、全てさとりの考えと違い、少し混乱する。
「箱の中には、豆が入ってない?!
 水をやっても無駄!?」
「そうだよ。
 これはちゃんと言葉にして説明するよ。思考のト書きだけ読んでも理解し辛いでしょ?」
 諏訪子の人の悪そうな笑みに、さとりの目がパチクリした。
「多分ね、その豆はトリックだよ。
 その箱の小穴の入り口に、器用に貼り付けてあっただけさ。中を覗いても奥が真っ暗で見えないでしょ? その穴は箱全部と繋がってる穴じゃないんだ。へこんで奥行きがあるだけなのよ」
「え?」
「零れた豆は、死神が食べちゃったんでしょう?
 そしてそれ以上はどんなに振っても豆は出てこない。当たり前だよ。お前にあげたいのは、豆以外の何かなんだ。きっと。
 だから水を注いだところで、豆から芽が出て箱を内側から開けることなんて無い。多分水で柔らかくなって、箱が破れるのが先だわ。
 もっともそれで何か悟れば、閻魔的にはオッケーなんだろうけどね」
「破ったのは、箱の外からになるでしょう? 内側から破ったわけじゃないんだから」
「井の中の蛙にとっては、井戸こそが世界の全てなんだ。
 井戸の外にある海は、蛙にとって見上げる井戸の中にあるものなのさ」
「でも、客観的に見れば、箱の中は外より小さいですよ」
「見た目の話じゃ、無いんだと思うよ。
 もしかしたらその箱の中に、外に繋がる扉があるのかもしれない。
 少なくとも、この箱の中には何が入っていても許される。
 開けて確認されるまでは。
 お前よりも、この箱の中身の方が千倍も万倍も自由だよ」
「でも!」
 さとりが声を上げた時には、もう誰も居なかった。
 心を読む者の恐れることは、心を読みたい者が居なくなってしまうこと。
 焦って、ベッドの布団を捲る。下を覗き込む。ベランダを開けて、ドアを開いて。
 どこにもいなくなっているのを知って、愕然とする。

 少し虚脱していた。
 人恋しい。
 誰かに側に居て欲しい。
 そしてそれは、ペットじゃ嫌だった。
 箱を握る手に力が入る。
「一体、あの御方は何をしに来たんだろう」
 ここまで続いてきた話が、一体何の為のものかさとりはすっかり見失っている。
 神の、旧地獄を利用して無限のエネルギーを手に入れる計画。
 神を取り込んだお空と、地上に助けを求めたお燐の話。
 無意識で遊ぶ妹が、神の力を欲しがって地上に出た事。
 そして、さとりの前に現れた、かつての主。
「判らないわ」
 平坦な声でさとりは言う。
「見えないものは、判らないもの」
 あれだけ慕っていた主への想いも、随分落ち着いてしまっているのもショックだった。
 寒い。
 温かいものが、欲しい。
 ふと、会いたい人の顔が浮かんで、頭を横に振った。
「私は、地霊殿から出られないから」
 呟いて、ハッとする。
 それからそっと、箱の穴に親指を添わせた。
 ゆっくりと、爪が箱に穴を開けていく。
 それは全く単純な話なのだった。
 箱に穴が開いている、ということは、その穴を通して内側は既に外なのだ。迎え入れる穴が、外と穴の境界を曖昧にしている。
「――閉じてなんか、いなかったんだ……」
 まるで蜜柑の皮でも剥くみたいに、箱はめりめりとめくられる。箱の中には何も無い。いや、さとりは知っている。諏訪子の言うとおり、箱の中には薄く黒い紙が張られていて、その隙間の中に何かが入っていた。触った瞬間、何か判った。目で見なくても、確かに。
「だから、箱に隠されているもの、か」
 箱の中に隠されているものではないわけだ。箱そのものに隠された贈り物。
 大きく息を吐いて、そっと紙を破って、中を見て。
 ぴょん、と飛び上がってから、タランテッラを一踊りして、駆け出した。
 スリッパを脱ぎ捨てた。走るのに邪魔だ。
 地霊殿の廊下を走り抜ける。
 すごい足音に、ペットたちが顔を覗かせる。
「さ、さとりさま、どうしたんです?」
 おやつを食べに地霊殿まで来ていたお空が、さとりに続いて飛び出した。
「ちょ、ちょっと待ってよ! あたしも連れてってったら!
 ニャー!」
 お燐が、ぽふん、と人型から猫又の姿に変身して、お空の肩に乗る。
 鬼の住む旧都は夕暮れの賑わいの中にある。
 地下の陰気を吸って、蒼白く燃える鬼火の明かり。
 それが急に情熱の赤い炎になった。
 まるでお山の夕焼けのよう。懐かしい、外の世界、鬼や妖したちが目を細めて眺める。おお、と感嘆の声がある。その赤の出所を見るために目を凝らす。
 そこに、地霊殿の主が立っていた。
「あ、さ、さとりさま!」
 パルスィが顔を赤らめて声を上げる。
「こ、これからお買い物?」
 陽気を装ってヤマメが声をかける。
 さとりは答えない。走る。ただ走る。
 裸足のままで飛び出して。
 そのただならぬ様子に、皆ひきつけられる。
 その駆け行く先は、なんて切なく美しい夕焼け空。
 何があったのか?
 あのいつも余裕ぶった、心を読む者が今日はあんなに取り乱して。
 おい、ああ、の言葉と共に、皆がさとりの後をついて走る。
 やがて、息せき切って駆けてきたところは、星熊勇儀の屋敷だった。
「勇儀様!」
 かすれた、さとりの声が門の前で響く。
「ゆうぎさまっ!」
 しばらくして、ゆっくりと戸が開いた。
「なんだ。今日は、どうしたの?」
 きつねにつままれたような顔の勇儀が、さとりとさとりを取り巻く鬼や妖怪たちの群を見てぱっくり顎を開けた。
「ど、どうした? この連中、なんでこんなところいるんだ?」
「知りません」
 はっきりした答えに、勇儀はドキっとする。
 判らない、ではなく、知らない、なのだ。
 今、さとりにとって、他の人間の心の声など知ったことでは無いのだ。知りたいのはただ一人の心。
 おそらく、勇儀の心。
 そこまで気付いて、勇儀はぐびりとつばを飲んだ。空を覆っている黄昏に、初めて気付いた。そしてその赤を映し出しているのは、目の前の女からだと知って、胸がぎゅっと掴まれる想いがした。
 この気持ち、読まれただろうか?
 いつもならそんな勇儀の想いを口にせずにはいられないさとりなのに、今日は勝手が違った。それだけ言いたいことがあるのだ。心を読んだうえでの、言葉の反復ではなくて、さとりが自分で伝えたいことが。
 息を整えて、さとりが口を開く。
「閻魔様が、プレゼントを下さったのです」
「プレゼント?」
「これです」
 さとりが、ぎゅっと握っていた拳を開くと、汗にまみれた指輪が二つ入っていた。
「これを――」
 そして言葉を繋ごうとして、さとりは息を呑んだ。
 閻魔の謎を解いて、そこから送られてきた贈り物を手に取って、思わずここまで駆けてきてしまったけれど、そこからどうするのかさとりは全く考えていなかった。
 そこから核心に触れるのが、怖かった。
 おそるおそる手を、もう一度握り締めようとしたら、鬼の指が器用にひょいと指輪をつまんで。
「指に合うかな?」
 と周囲のギャラリーに見せて、自分の左手の薬指にはめた。
 勇儀のしなやかな指にぴったりだった。
 それかもう一つを取って、さとりの細い指にはめた。
 指輪についていたのは、ダイヤだった。
 さとりの声が、震える。
「ゆうぎさま、いみがわかって、やってるんですか?」
「――底無しの穴に指を埋めて契りを成す、だろ?
 いつもお前がわたしにやってくれてるじゃないか」
「そんな、はずかしいこと!」
「いまこんなことしてて、恥ずかしいもないじゃない」
「だって、勇儀さまは!」
「おっと、それ以上はダメ」
 二人きりの約束だろう? と優しく言われて、慌ててさとりは口を閉じた。それから小さな声で。
「ほんとうに、いいんですか?」
「信じられないなら、わたしの心、読めば?」
「は、ははは、はずかしくて、できません!」
 自分の心が高ぶって、もう人の心を読む余裕が無い少女の姿に、顔を赤くして、それでもあっけらかんと勇儀は。
「今度一緒に山のぼりしようか」
 と言った。
 古明地さとり、声を震わせて答う。
「二人だけじゃ、ダメ」
 と。
「みんないっしょに行くの」
 と
「だって、わたし、みんなだいすきだから」
 と。
 白い雫が、ぽたり、と頬から零れる。
 涙だった。
「ここだって、幻想郷で、でも、ここもわたしたちのいえで、だから……」
 えくっ、て、喉の奥が鳴った。
 一度鳴ってしまうと、もう止まらない。
 え、え、う、う、おおお。
 嗚咽交じりの告白が、さとりの口からまろび出る。
 もう止まらない。
「わたし、みんなが、すき!
 地下都市がすき! 地霊殿も、みんなでいっしょに生きてきた、この世界が大好き!
 だから!
 追放とか、封印とか、いやだったの!
 あたしたちが厄介者でも、それは悪いってこととそのまま繋がるわけじゃないでしょ!」
 涙が、止まらない。
 ぼたぼたと零れる雫、しずく。

 ああ、閉じた箱。
 内側から開いた。

「外に出たい!
 他の妖怪の皆もそうだって、知ってる。
 ここも好きだけど、もっと色んなことが知りたい。
 みんなといっしょに、いきたい!
 地獄と地上を、一つに繋ぎたい……。
 でも、そんなこと想っても、それは、この状態が、わたしが……」
 私が企んでいたことに利用できたから、という言葉が出る前に、鬼がそっと唇をふさいだ。

 妬ましい、ほんと妬ましいわ、と泣きながら祝福する橋姫の尻をそっとヤマメが撫ぜる。
 バカ! 空気読みなさいよ、と叱られている。
 ほら、さとりさまだって恋人ちゃんといたでしょ? とお燐がお空にいばる。
 お燐は本当に観察力すごいなあとお空は感心する。

 泣きじゃくるさとりが落ち着くまで口付けしていたのに、野次馬は一向に引く気配が無い。
 勇儀とさとりが、どういう経緯でこんなことになっているのか、この連中はわけが判ってて指笛吹いたり歓声あげたりしてるのだろうか。照れ笑いが苦笑になり、勇儀は微妙な顔をする。
 今まで心の奥に溜めていた色々なものが噴出して、これからここはどうなってしまうんだろう?
 言いたいだけ言って落ち着いたさとりが、服の裾で鼻をすすりながら言った。
「なんだか、大変なことになっちゃって、すみません」
「いいよ。騒がしいくらいがちょうどいいんだもの」
 もう、なんだか、笑うしかない。
 何も言わないでも通じ合った二人は、一緒に笑った。
 アホっぽい顔、と思った。
 さとりと勇儀はそのアホっぽい顔をして、ギャラリーに手を振った。否応無く盛り上がる周囲に、そうやって返すしか思い至らなかった。
 途端、地霊殿のペットたちが飛び掛って主人をもみくちゃにした。
「え!?」
 それから胴上げ。
「ひゃーっ!」
 鬼も混ざって。
「ひゃああああああーっ!!」
 さとりの身体、もう一段高く飛んだ。
 続いて勇儀の身体も。


         *


「はあ、やるもんですねえ」
 文々。新聞、社主兼編集長兼記者の射命丸文は溜息をついて、カメラのシャッターをニ三度切った。
 メモには「幸せ一杯の笑顔」と書かれていた。
「まったく、蕩けそうな顔しちゃって」
 本人たちが「アホっぽい」と思っている顔は、他人からはそんな風に見えているのだった。
 ところで何故射命丸記者がこんなところにいるのか。
 文は、八坂の神を追っていったら、いつの間にか地下にたどり着いてしまったのだった。ありのままにおこったことを説明するなら、元々文はお山の産業革命のことを追っていたはずなのに、気がつけばその取材の隠れ蓑であったはずの「八坂神社の楽しい楽しいラブラブチュッチュ教室」の方を追っていた。何を書いてあるのか判らなかった。自分のメモを読み返して、頭がどうにかなりそうだった。
「まとめそこないとか、超展開とか。
 そんなチャチなものじゃ断じてありませんねえ、これ」
 もっと怖ろしい、己の業の片鱗を味わった射命丸文であった。
 とはいえそれはそれで別に構わなかった。地下で思わぬスクープを手に入れたからだ。
 鬼がらみの記事になってしまうから、出版を差し止められる可能性はあるけれど、とりあえずおめでたいことは確かだった。
「でも、こんな結婚式紛い、許されるんですかね」
 よどみなくカメラのフィルムを取り替えて、橋姫にビンタされる勇儀を撮る。それから橋姫はさとりに「妬ましい!」と叫んで泣いていた。あの嫉妬姫、あの鬼のこと、好きだったのかしら?
 まあ、そんなことはどーでもいいわ。
「こんな展開、後になって、公式で無かったことにさせられても驚かないわよ。幻想郷は色んなものがくるくる変わるんだから。
 それよりこれ見てる人は何考えてるのかしら。ここだけ見ても、なんだか全然判らないわ。ちゃんと追いなおさないと、何がなにやら。
 そもそもいつまで続くのかな、この展開? こんなんありならなんでもありじゃないの? 私得ではありますが……」
 ブツブツ言いながらもう一度シャッターを切ろうとしたその時。

 ――世は並べてことも無し。
 ――幻想郷は通常運行。
 ――善哉善哉。

「へ?」
 文は、誰かに話しかけられたような気がして、周囲を見回す。
 足元に白い蛙が居た。
 白い蛙は。
 ケロケロ。
 と鳴いて、そのまま街の中をゲコゲコ去っていった。
「何あれ?」
 肩を竦めて新聞記者はカメラを構える。白い蛙より、もっと興味のあるものが目の前にあったからだった。
 フレームには、地底の実力者二人が目と目を合わせている。
 いーけ、やーれ、と煽られている。
「ねえ」
「うん」
 お互い照れて。そして。
 満座の歓声の中。

 古明地さとり、そっと目を閉じる。
 星熊勇儀唇を開いて、無言で語る。

 白い雫、ぽとりと落ちる。
                      (了
長文読了ありがとうございました
ぎりぎりなので、一応15禁タグ

* ヤマネ修正しました。ご指摘感謝します
* ご指摘を受け、若干文章変更
白石 薬子
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コメント



0.660簡易評価
1.100名前が無い程度の能力削除
艶やかにして華やか。
文章を読み進めることが楽しくて仕方ありませんでした。
2.80名前が無い程度の能力削除
誤字が多く、気が散らされたのが残念。
3.90奇声を発する程度の能力削除
>その強がりの唇がヤマネに「ねえ」と媚びる
ヤマメ
ドキドキしながらも楽しく読めました
5.60名前が無い程度の能力削除
爛れてるなぁ。でもそれがいい。
でも後半は割合ダレてたように感じたのでこの点数で。読むのが辛くなって読み飛ばすところが多々あったし。
6.70名前が無い程度の能力削除
ストレンジラブを想起させる題名にホイホイ誘われて。
やや独りよがりが過ぎ、登場人物の捌き方に違和感、
作品の雰囲気にもまとまりが無いように感じたけれど
いずれも確信犯的な作りにも感じられ、みょんに納得してしまいました。
言いかえれば、場面によって作風を使い分けているようにも感じ取れ
過去作も含め、作者様の手腕が計りしれないのが1番の魅力。
10.90名前が無い程度の能力削除
おお、いいですねぇ。好きですよ。
11.90名前が無い程度の能力削除
ついて行くのに少々苦労。
暗く淫靡な雰囲気を絡めつつ、眩しいような恋路を往く幻想郷を楽しみました。
12.100名前が無い程度の能力削除
詩的、よい。

バッドエンドが好きな私には、箱の外は少々明るすぎたかもしれませんね。
ただ、内側を見るのは大好きです。貴方様の作品は、内が非常に美しい。
貴方様には鬱な帰結を書いてもらいたい、と強く感じました。
もしかしたら、貴方様も箱の内側に住まう方なのでしょうか――
17.90名前が無い程度の能力削除
>ゆっくりと彼女を締め上げ窒息させつつ、パルスィは言う
締め上げている側なんだから、土蜘蛛ないしはヤマメ、かな?

たぶんあなたにしか書けない物語なんでしょうね。
ひとつひとつの描写もそうですが、キャラクタの書き分け、濃淡や陰影のつけ方が際立って、これは自分には書けないと。嫉妬してしまいます。
濃厚に「出来上がって」いる二柱や紫たちと、空や魔理沙、こいしの対比のあざやかさ……。
その両端を行き来するさとりの自在さ。

バランスがいいとか、そつなく仕上がっている、というような感想は出ないのです。
ただ徹頭徹尾魅力的な作品でした。