やまと歌は、人の心を種として、よろづの言の葉とぞなれりける。
世の中にある人、事、わざ、繁きものなれば、心に思ふことを、見るもの、聞くものにつけて、言ひ出だせるなり。
花に鳴く鴬、水に棲む蛙の声を聞けば、生きとし生ける物、いづれか歌を詠まざりける。
(古今和歌集、仮名序より)
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○山里は 冬ぞさびしさ まさりける 人めも草も かれぬと思えば
(山里は、とりわけ冬に寂しさが強くなってしまうなあ。人の往来もなくなり、草木も枯れてしまうと思うと)
「つまんなーい!」
冬の寒空の下、チルノは両手を挙げてぷんすか怒っていた。
「何さ!みんなちょっと寒いからって元気無くなっちゃって」
妖精たちは自然に影響されやすい。多くの草木が枯れる冬には、あまり妖精の姿は見かけない。
里の人々も、わざわざ寒い時期に出掛けようとする人は少なく、いたずらの対象もいない。
それに
「大ちゃんもあんまり元気無い…」
力の強い大妖精であっても、寒い冬には本調子とはいかない。特に、冷気の塊であるチルノの傍にいられるのにも限界がある。
一緒に遊ぶ機会も少なくなってしまっていたのだ。
「つまんないつまんないつまんなーい!」
そしてチルノは、また両手を天に向けて大声をあげていた。
○君がため 春の野にいでて 若菜つむ わが衣手に 雪は降りつつ
(あなたのために、春の野に出て若菜を摘み取る私の着物の袖に、雪がしきりに降りそそぐことよ)
「もうちょっとだからね」
そう独りごちて、大妖精は野原で花を摘んでいた。
暦の上では春、しかしまだ雪はしんしんと降っている。
「今はまだちょっぴり寒くてなかなか会えないけど」
袖口に雪が降りそそぐ。手も少々しもやけ気味だ。
でも
「少しずつだけど、春のお花も咲き始めてるから、もうすぐあったかい春が来るから」
春になったら、弱まった力も戻り元気が出てくる。
元気になったら、そうしたら
「またいっぱい一緒に遊ぼうね、チルノちゃん」
暖かくなったら今摘んでいるお花も押し花にして持っていってあげよう。
そう考えながら、花を摘む大妖精だった。
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☆玉の緒よ 絶えなば絶えね ながらえば 忍ぶることの 弱りもぞする
(玉の緒(わたしの命)よ、絶えるならば絶えてしまえ。これ以上生きながらえて、忍ぶ恋心を抑える気持ちが弱っては人目について困るから)
「あーくそう!」
明け方ごろ、布団の中に横たわりながら藤原妹紅は声をあげた。
「何だってあいつのことばっか頭に浮かぶんだ…」
あいつ、とは憎きあいつ。必ず復讐しようと誓ったあいつ。
しかし今妹紅の心を占めるのでは復讐心ではなく、長年の付き合いを通して積み重ねられてきた…焦がれる気持ち。
「こんなことが輝夜にバレたらと思うと…」
もしこの先、この心を抑えきることができず輝夜に気付かれてしまったら…
想像するだけで、恥ずかしくて体全体が熱くなってくる。
「そんなことになる前に…いっそ死んでしまいたい…」
無理だと分かっているにもかかわらず、そんな思いが頭をよぎる。
その気持ちを覆い隠すように、頭まで布団をかぶって眠ろうとする妹紅だった。
☆明けぬれば 暮るるものとは 知りながら なほ恨めしき 朝ぼらけかな
(夜が明けてしまったら、また日が暮れるからあなたに逢えるとは分かっていても、やっぱり恨めしい明け方の別れだなあ)
「いい月ね…」
蓬莱山輝夜は、西の空に輝く月を見上げながらそうつぶやいた。
その月も間もなく沈み、東から日が昇る。朝がやってくるのだ。
「あーあ、楽しかったのにな~」
夜のうちに因縁の相手、藤原妹紅との決闘をする。明け方近くなれば解散して、お互い家に帰る。今は家に帰る途中の道だ。
因縁の相手といっても、長い付き合いを続ける中で、彼女と会うのが一つの楽しみになっていた。
「何だか夜明けが恨めしいわね~。あの西の月さえ恨めしくなってくるわ」
夜が明ければまた日は暮れ、彼女に会う事ができる。それは分かっているけれど
「ずっと夜なら、ずっとあいつと一緒にいられるのに…」
そんなこと死んでもあいつに言うもんか、死なないけど。ほんのり顔を赤くして、そうつぶやいていたら、いつの間にやら永遠亭の門までたどり着いていた。
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▼天つ風 雲のかよひ路 吹きとぢよ をとめの姿 しばしとどめむ
(大空を吹くかぜよ、天女の帰る雲間の通り道を吹き閉ざしておくれ。天女のようなこの舞姫たちの姿を、もうしばらくとどめておきたいから)
「ふふ、そんなんじゃちっとも驚きませんよ」
「ううー」
ここは守矢神社の境内。からかさ妖怪小傘は、早苗を驚かせようとしばしばここへやってくる。
今日も今日とて、あの手この手で驚かそうとするが、全戦全敗。早苗は全く驚かない。
「つ、次こそ必ず驚かしてやる!」
「あ、もう帰っちゃうんですか?」
空を飛んで帰る小傘。そんな小傘を見、ついで空を見上げてこう思う。
大空の風さん、どうか雲を吹き集めてこの子の帰り道を塞いでしまってくれませんか?もうちょっと一緒にいてもきっと楽しいでしょうから、と。
「まあ、そんな都合よくはいきませんよね」
実際にはそんなことは起こらず、見る見るうちに小傘の姿は小さくなる。
「風祝といっても、何でもかんでもってわけにはね…」
ついには見えなくなった、その様子を見届け、自嘲気味にそうつぶやくのだった。
▼あしびきの 山鳥の尾の しだり尾の ながながし夜を ひとりかも寝む
(山鳥の尾のしだり尾のように長い夜を、わたしは独りで、まあ、寝るのだろうか)
「あーひとりじゃ退屈だな~」
夜、住処としている洞穴の中で、小傘はぼそっとつぶやいた。
あたりには誰もいない。いるとすれば、野生の鳥が木にとまっているのが見えるくらいだ。
「あの尾っぽみたいに、夜は長いもんな~」
だらっと垂れる山鳥の尾を見てそう言った。
そんな長い夜を独りで過ごさなければならないというのは、結構苦痛で、寂しさも出てくる。
昼間に楽しい時間を過ごした分、この時間は余計つらい。
早苗の顔が頭に浮かぶ。ちょっぴり憎たらしい、でも嫌いじゃない、あの顔。
「早苗…早苗…そうだ!」
小傘はあることを思いつく。
「今から早苗の家に突撃すればびっくりするかも。ついでに泊めてもらおっかな。家広そうだし」
思い立ったら即実行!と言わんばかりに、すぐに飛び立った。
その顔は、いたずらっ子してやったりと言ったような感じで、きしし、と笑っているようだった。
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△小倉山 峰のもみぢ葉 心あらば 今ひとたびの みゆき待たなむ
(小倉山の峰の紅葉よ、もし心があるならば、もう一度の行幸(みゆき、帝のおでかけ)まで散らないで待っていておくれ)
「うわあ…きれい…」
哨戒任務中、椛は絶好のスポットをみつけた。
360°見渡す限り鮮やかな赤や黄色が目に入る、絶好の紅葉狩りスポットだ。
「文さんが見たらなんて言うだろうか…」
きっと嬉々としてカメラに撮り続けるだろう。そんな光景が浮かんで、思わず笑みがこぼれる。
「散る前に、たとえ一回でも、文さんと一緒に見たいな…でも忙しい文さんを無理に連れだすわけにもいかないし…」
射命丸文はとかく取材で飛び回っていて忙しい。なかなか一緒に来ることができないかもしれない。
時間がとれたとしても、その頃に紅葉が散ってしまっていたら意味が無い。
そこで椛は、木々に深々と頭を下げて
「もしあなたたちにお心があるのでしたら、どうか文さんと一緒に来るまで散らないでまっていてもらえませんか?」
今はこれしかできないけれど、鮮やかな景色に向かって丁寧にお願いして、椛はその場を後にした。
△ちはやぶる 神代も聞かず 竜田川 からくれなゐに 水くくるとは
(神代にも聞いたことが無い。竜田川が真紅の色に、水を絞り染めしているかのように見えるほど紅葉を敷きつめて流れているとは)
「きれいですね…」
そう言いながら、文はその風景をぱしゃぱしゃとカメラにおさめた。
散った紅葉たちが川に浮かび、まるで絨毯のように敷きつめられていた。
「あの子にも見せてあげたいですね…」
あの子、犬走椛にもこの風景を見せてあげたら、どんな顔をするだろうか。
きっといい笑顔で、きれいだ、とつぶやくだろう。
「…はっ、何を考えてるんですかわたしは。というか何であの子が出てくるんですか」
我に返って自分につっこみをいれる。気付いたら椛の笑顔が目に浮かんでしまっていた。
「き、きっと紅葉を見ていたからに違いありません!べつだんあの子を意識など…まあ、別に暇ができたら誘ってあげてもいいですけど…」
そう自分に言い聞かせる顔は、紅葉が敷きつめられた川のごとく、きれいな赤に染まっていた。
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◆恋すてふ わが名はまだき 立ちにけり 人知れずこそ 思いそめしか
(恋をしているというわたしの評判はあっという間に広まってしまったなあ。人知れず想い始めていたのに)
「…あら?」
厄集めに人里周辺を廻っていた雛は、里人が噂話をしているのを耳にする。
それも、自分に関する噂だ。
「なあ知ってるか?」
「何が?」
「厄神様が恋をなさってるらしいってことだよ」
「ああ知ってる知ってる、それも河童とだって。面白いこともあるもんだよな」
「それに厄神様も河童も、結構純情らしいぜ」
「ははは、なんか可愛い話だな」
あらやだ、と雛は顔を赤くする。
いつの間にか、自分たちのことが人里まで伝わってきてしまったらしい。
「まあ、いっか♪」
そう言って、雛はうれしそうにくるくると回った。
「噂されるのはちょっと恥ずかしいけど、何だかいろんな人たちに認知されているみたいで、それもいいかも、なんてね」
その日、やたら機嫌良さそうに厄をあつめる厄神様を遠くから見た、という里人の目撃情報が里をかけまわったらしい。
◆しのぶれど 色にいでにけり わが恋は 物や思ふと 人の問ふまで
(耐えしのんでいるけれど、顔色に出てしまったのだなあ、わたしの恋心は。物思いにふけっているのか、と人が問いかけてくるほどに)
「ひゅい!?」
突然声をかけられて、思わず間の抜けた声をだしてしまった。
いや、本当は突然だなんてことは無いのだが。
「次は貴女の番なのに、何ぼーっとしてるのさ」
「あ、いや…」
にとりの目の前には将棋の盤と、対局相手の椛。大将棋の途中だったのだ。
にもかかわらず、うわの空になってしまっていたようだ。
「ひょっとして、雛さんのことでも考えてた?」
「ギクッ」
図星だった。
参ったな、にとりはそう思った。どうやらまるっきり顔に出ていたらしい。
普段、雛がいないときにはできるだけ人前には出さないようにしていたつもりだった。あんまり出しすぎると他の人に迷惑だし。
雛と一緒にいる場合はその限りではないのだが。
「ホントににとりって分かりやすいな~」
「え、えへへ…」
あはは、と茶化すように笑う椛に、頬をぽりぽり掻きながら、照れ隠しに笑う事しかできないにとりであった。
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やまと歌は人の心を種として、よろずの言の葉となるのである。
世の中の人、事物、行いは、実に様々であるので、心に思うことを、見ること、聞くことにつけて、ふと言葉に出してしまうのである。
花に鳴く鶯や、水に住む蛙の声を聴き、生きとし生けるものの一体だれが、歌を詠まないだろうか。いや、詠まないものなどいないのだ。
さて、果たして次は、どのような歌が詠まれるのであろうか…
もうちょっとだけ肉付けほしいな、とも思いましたがこのあっさり感も合っている気がします
サクッと楽しませていただきました!
歌を絞った長編も見たかった、というのは贅沢かw
しかし、一つ一つの歌の話のボリュームがもう少し欲しかったというのが個人的な感想。
今も昔も、人の思うことは変わっていないのですねぇ
もう少し構成を考えてそれぞれを関連づけたりしてくれたら嬉しかったかも。
和歌異変とか和歌ごっことかで和歌の優劣で勝敗をきめあったりするのも面白いかも。
雰囲気がとてもよかったです。
東方のキャラに、時代的にもぴったりな題材だと思います
またただ和歌と日常を掛け合わせるだけでなくストーリも考えて作ってあるところがすばらしく心に残りました。
あっさりとしているのに情景を簡単に思わせる読みやすい作品でした。
願わくば他のキャラでも作ってくれると楽しいと思います。
やはり所々無理やり感はありますが、とてもすらすらと読めました。
百人一首全制覇とかできたらすごいですねw
「天つ風~」の場面を読んで、この歌の所為か、と納得。
私も百人一首はうろ覚えですが、こうやって自分の意識の片隅に引っかかってるのを見ると、やはり日本人に一番フィットするリズムなんでしょうね、75調は。
昔習った歌ばかりで懐かしい気分。